夜中の会合a


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 あれから数日が経ち、中間テストも終了の鐘をガンガンと鳴らしていた。しかし、どうしてテスト前と後で教室の空気がこんなにも違う気がするのだろう。
 俺はというと、美羽と美優のテスト勉強を教えていたりで丸っきり自分の方は後回しになりテスト当日に四苦八苦していた。それでも、化学に関してだけ身も心もボロボロになるという結果だったので、まだマシじゃないかと思う。
 早朝の学園の掲示板に晒されている補習決定者のリストを見ながら、俺は軽くため息を吐いた。
「あちゃー補習っすか。そんなに悪かったの?」
 いつの間にか隣に来ていた沢井陽菜(さわい ひな)がニヤニヤしながら俺を見ていた。八重歯が愛想がてらに見える。
 赤茶色の外ハネセミロングの髪。胸は小さい。このお隣さんである陽菜の家は自宅を出てから、十歩も進まないうちに着くほど近い。ガキの頃からの付き合いだから、トータルでは貴俊よりも腐れ縁を続けていることになるのか。進学した場所も同じ、クラスも一緒。ついでに性格も似たり寄ったりなら付き合いやすいのだが、実際は楽天家で積極的な趣向の持ち主だ。心配性で消極的な俺とは丸っきり対照的と言っていい。
「しゃーない、しゃーない。あんまり落ち込むなよ!」
 からからと笑いながら俺の肩に手を置いた。俺は苦笑いしながら陽菜を見る。
「ありがとよ」
 悲しいことにリストに貴俊の名前はどこにもない。
「てか、化学ってヒロ君以外いないじゃん」
「不幸中の幸いって奴だな」
 これで誰かと肩を並べて仲良く補習なんて考えただけでもゾッとする。
「えー誰かいないと寂しいよ。陽菜が一緒にいてあげようか?」
「いらんよ。お前は俺を泣かせたいのか」
「いーね。その後、幼稚園時代みたいに慰めてあげよう」
 幼稚園のバラ組からの付き合いだ。俺の過去を知ってるせいでどうにも扱いに困る。
 ノリは本当に貴俊と似たり寄ったりだと思うが、どちらもそんなに深く関わろうとしない。貴俊曰く、「同病相哀れむみたいな?」とよく分からないことを吐いており、陽菜は陽菜で「クロ君と一緒にヒロ君を弄るのが楽しいんだもん」と俺を完全に無視した発言をした。
「それにしてもヒロ君、化学苦手だったっけ?」
「得意ではないね」
 他の教科も似たり寄ったりだ。
 しかし、それでも補習食らうまで酷いとは思わなかった。多分、平均点が酷く高いせいだろう。こういう時に限って示し合わせたように全員が頑張りやがる。誰かが俺をこの歳で胃潰瘍にさせたいのかと勘ぐるくらいだ。
 2-Bという看板背負った教室に入り、しばらく陽菜の相手をしていた。
 教室の中はまだ人もいなく、三人や四人のグループが固まって何か談笑している。男どもは大抵トランプを持ってきて大富豪をやる。賭けトランプだが、レートはそんなに高くない。精々一枚十から五十円と言ったところだ。女たちは皆雑誌見てたり、たまに会話してたり。一度陽菜の横で女たちの会話を聞いていたことがあったが、あれほど理解のできない内容は俺の想像以上だった。いつもツルんでないせいか会話は完全に意味不明だし、理解できる話もこれまた単調を極める。バイトの大変さを話すことひとつ取っても男なら「マジだるい」で終わることも、女にかかればその日の気分に加えておしゃれな喫茶店のメニューの話に移り始める。昨日の出来事を話させたら、脱線も含めて何時間でも話せるのではないかと俺は勘ぐった。
「ねー今度買い物に付き合ってよ。昼飯ぐらいおごったげるよ」
 陽菜がニコニコしながら両手で頬杖をついていた。
「別にいいけど、長いのは勘弁してくれ。発狂しちゃうかもしれないから」
「いーね。発狂したところ見てみたい」
「実験対象か俺は」
 それからさらにしばらくすると貴俊が教室に入ってきた。
 いやにニヤニヤしているところを見ると掲示板を見たのだろう。俺の肩を叩くなり、「現実って厳しいね、大翔くん」と切り出した。
「しかし、まぁ、たまにはこういう事も悪くないと思うよ、俺は。なんっつーの? 日常にイレギュラー要素が混じってこそ、人生面白いってもんよ。コーラはどうだ? 俺の奢りさ。祝うのには十分だろ? ケーキは後で焼いてやろう」
 右手に持ったコンビニ袋からコカ・コーラを取り出して俺の机に置いた。
「慰めにしか見えないよ、コノヤロー」
 俺は愚痴を吐くと、コーラを手にとって煽った。その後ちょっと咽そうになる。そういや俺、炭酸苦手だったんだ。
「まぁまぁいいじゃない。ちょっとしたミニゲームだと思ってさ」
「楽しそうなミニゲームだ。これが対教師シューティングゲームならもっと楽しいだろうな」
「大翔がシューティングゲーム好きだとは思わなかった。てっきり妹系エロ――」
 右ストレートで貴俊の腹に一発ぶち込むと、貴俊は苦渋の表情で「いいストレートだ……」と言った。
「おかげさまでツッコミのレベルは上がったよ。タイミングはばっちりだっただろう?」
「ヒロくんはそんなものしないもんね。だって、リアルでしてる感じ――」
「おい。お前もそれか。そろそろ泣くぞ」
 そこで貴俊と陽菜がケラケラと笑った。俺は左手で頬杖をついて、上手い返しを考えたが、結局何も思い浮かばなかった。
 こいつらと喋っていると時折これが無限に続けばどれだけ幸せだろうかと、考えることがある。それは、俺がネガティブ人間だからだろうか。ただ単に、"その時"が来た時のための一種の抵抗なのだろうか。どちらにせよ、こいつらがいなかったら俺の学校生活も随分つまらんモノになってただろうと思う。
 ホームルームが始まって、いつか喋ってる途中で倒れるんじゃないかと心配するような印象を受ける担任の五十嵐が女を一人連れてきた。
 不健康を体全体で主張している五十嵐とは対照的に、健康そうな女はメガネをかけて、髪は軽いウェーブの入ったロングを後ろでまとめてポニーテールのような感じにしている。シャツを身にまとい、実に堂々とした姿で目の前に現れた。鋭い目が厳しそうな性格を想像させる。
「えー、今日から夏休みまで教育実習生として来た、苅野乃愛(かりの のあ)先生だ」
 担任の五十嵐が黒板に書きながら言う。苅野乃愛はペコリと丁寧にお辞儀した。
「こんにちは。今日から教育実習生としてこのクラスを担当することになった苅野乃愛です。教科は化学で、これから皆さんと二ヶ月ほど一緒に勉強させて頂きます」
 苅野乃愛はまるで緊張している素振りも見せず、淡々と言ってみせた。
「それじゃー苅野先生はまず授業を見てもらいますか」
 そう言われて、苅野乃愛が一番後ろにイスを持ってきて座る。
 この教育実習生は、傍目から見ても垢抜けているように思える。その端正な顔立ちと狙ったようなスタイルの良さは中々魅力的だ。俺がそう思うんだから間違いない。
 担任の五十嵐が行う化学の授業風景も、かったるそうにしか見ていない……どころか軽く眠そうだ。
 態度が大きいというわけじゃない。真剣にやってない――というわけでもなさそうだった。ただ、単純に眠そうという表現が一番合っているように俺は思う。
「ありゃあ、冷やかしだぜ」
 貴俊はそういう感想を漏らした。
 翌日に苅野乃愛先生が教鞭を持っても、現役教員顔負けの分かりやすい授業を行う。
「酸と塩基は、酸から生じるH+の物質量と塩基から生じるOH-の物質量が等しいとき、ちょうど中和する――」そんなことを言いながら欠伸をする時もあった。やっぱ、面倒なだけかもしれない。
 そんな苅野乃愛先生は酷く個人主義的であった。一匹狼とも言う。質問は受け付けているようだが、基本的に生徒との接点がないと言っていい。ついでに先生同士でも仲よさそうにしているところを見たことがない。
 そういう雰囲気を前面に出しているのも原因の一つかもしれないが、特に授業が終わるとなぜか実験室に篭る。俺が言うのも何だが、お世辞にも付き合いやすいとは言えないだろう。
 我々生徒の間でも、容姿以外の話題が上ることはなかった。女子生徒の中にはその堂々とした姿に憧れを抱いている者もいるとか。
 そんなわけで、昼休み貴俊他数人と昼飯を食っている時に苅野乃愛に話かけられたのにはいささかびっくりした。
 まぁ内容は俺の不手際の話だったのだが。
「補習今日からだから、さっさと帰らないでね」
 変な威圧感を受ける。五十嵐が何か理由をつけて苅野乃愛に補習作業を託したのだろう。「てめぇのおかげで余計な仕事が増えてんだよ」と目が暗に言っているような気さえした。


 誰もいなくなった教室。何故か祭りの後片付けを彷彿とさせる気がするのは俺だけだろうか。何かもの悲しい。
 この補習にどれだけの効果があるのかはまったくもって不明だったが、するというのだから仕方ない。貴俊は含み笑いのまま、さっさと帰っちまったし、陽菜はきっと今頃校庭のトラックを走っているんだろう。あいつは陸上部だから。窓の外から掛け声が何度も聞こえる。
 この桜木台学園は、運動系部活が元気いいことで有名だ。去年は野球部も夏の甲子園に出場したし(一回戦で負けたが)、水泳部がアクアスロンに挑戦したとも聞いた。サッカー部は全国大会でベスト16まで頑張ったらしいし、陸上部も駅伝で五位まで登りつめた。陽菜に引っ張られるように見に行ったのだからそこは間違いない。
 二つの大きな建物に渡り廊下をつけたH型の校舎と部室棟を持つこの学園は、下手な野球スタジアムよりも広かったりする。そして、今はもう過ぎてしまったこの学園の桜の季節は一種の見世物だ。これでもか、というくらいに桜があったりする。近所の人間が花見に来ることも……というか、この学園では春の季節に行事を設けている。テレビで桜の開花日が発表されるとそれに応じた前後を含めた三日間に春のお祭りを始める。二年である俺は当然手伝わされ、豚汁や飲み物の配付をしたりして一日を潰された。名前負けしないように、という理由だと誰かから聞いたことがあるが、これはやり過ぎだろう、常識的に考えて。
 窓の外をボーっと見ていると、誰かが入ってくるのが分かった。
「たそがれるのが趣味なの?」
 苅野乃愛が俺を見るなりそう言った。
「いいえ、野鳥観察の方ですよ。いい趣味でしょう?」
 まぁね、という風に微笑してから教壇に立った。そして、立つなり一枚の紙をカバンから引き抜いてじっと見つめている。
「ええっと、君……結城大翔君か。それほど成績悪くないじゃない。なんで今回に限って補習食らったの?」
「不可抗力による事故にさらに自ら突っ込んだせいです」
「そのせいで化学限定で遅れを取ったと? 人騒がせも甚だしいわ」
 今度は俺が苦笑いしてみせた。
 この学園はちょっと気を抜くと簡単に補習を食らうシステムになってる。昔、テストを受けたすべての生徒が補習を食らったという伝説も聞いたことがあった。まるで先生が生徒に対して恨みでも持ってるんじゃないかと……まぁなくもないかもしれない。
「ええっと、今日はイオン化系列とかその辺か。基礎をやる?」
 そりゃあ、随分と楽な話で。
「授業をやるんですか?」
「他に何か?」
「演習プリント使えば、先生は何もしなくていいじゃないですか」
「まるで私が怠け者みたいな言い方だな。キリギリスくらいの労働意欲は持っているつもりだぞ」
 俺は軽く笑った。印象と反して、案外ノリがいい。
「かよわきキリギリスに祝福を」
 ははぁ、というように乃愛先生が笑った。
「でも、残念。最近はキリギリスも学習してるからアリには逆らわないことにしてる。アリである五十嵐先生に実践の意味を込めて授業しなさいと言われてるから」
 あの不健康面め。
 ちょっと待て、ということは――
「そういうわけで一時限分やるよ。小テストもお望み?」
「新しい拷問法ですか」
 この補習を一週間やると思うと本当に気が重くなる。
 俺の返しが気に入ったのか、乃愛先生が少し笑った。大して捻った覚えはなかったが。
「ヒロトくん。なんだか私は君のことが気に入ったよ」
 そりゃどうも……。
 苦笑いしか出てこない。反対に乃愛先生は満面の笑みを見せてきた。ちょっと裏がありそうな笑顔だったが、この学園で見られたのは多分俺が始めてだと思う。希少価値がある。
「最初の印象は根暗にしか見えなかったけど」
 本音を包み隠さず言うタイプのようだ。言われっぱなしは癪だったので、ちょっと言い返してみることにした。
「先生は一匹狼って印象ですよ。あんまり人と接点を持ちたがらないタイプでしょう?」
 乃愛先生は少し考えると「そうだね」と言った。
「面倒だからかな。どうしても人といることが煩わしいと感じる。孤独が楽なんだ。集団は性に合わない」
「そういう感じですね」
「ヒロトくんも孤独が好きに見えたが?」
 根暗だけにか?
 また少し窓に目を向け、考えた。鳥が二羽ほど窓を横切るように飛ぶのが見える。
「俺は……きっと人に何も期待していないだけです。孤独が好きなわけでも嫌いなわけでもない。人に対して期待しないでただ諦めてるだけだと思いますよ。それが消極的な原因かもしれませんね」
「いい判断だ。益々気に入った」
 変な先生だ。こういう話で褒められるというのはそうそうある事じゃないだろう。暑苦しい先生なら、その場で説教の一つでも始めそうなのに。
「世間じゃ歓迎されない性格ですがね」
 乃愛先生が教科書を引っ張り出し、俺がノートを用意している時に突然、乃愛先生が俺の胸元に視線を向けてきた。
「それはヘルメスの杖か?」
 俺もネックレスに視線を向けた。杖の上に羽があり、その杖に二匹の蛇が撒きついているアクセサリー。
 さぁ? というように俺は首を捻ってみせた。
「確か、錬金術でそんなものがあったな。中々いいデザインだ」
 さっきから褒めっぱなしな気がする。悪い気はしないが、やはり若干気持ち悪い。
 そうして、丸っきり個人レッスンと化した授業が始まった。

 (ここに選択肢を入れる予定)

 ユリアとレンが居候を始めて、二週間が経った。
 あまり外に出ない二人は、一日の大半を部屋で過ごしている。たまに出るとしてもレンは庭で剣を振るために、ユリアは美優と一緒に近所のスーパーに買い物に行く時ぐらいだ。
 あの客間で一体何をしているのかは聞いたことがない。聞いたところで理解できるとは到底思えなかったし、理解する気もないくせに一々ちゃちゃを入れるのは無粋な気がしたからだ。
 二人ともこの世界の生活にだいぶ慣れたようで、ユリアは「またデパートに行きたい!」と言ってるし、レンは俺が話した日本刀の実物を見たくて仕方が無いらしい。
 多少のワガママは聞いてやるべきだろうか。
 事情を聞いたあの時の「帰れる見込みはありません」と言った際のユリアの顔は今にも泣き出しそうだった。異世界。それは一体どこにあるのだろうか。そして、それは一体何なのだろうか。
 あれから、俺はどうするべきかずっと考えているが答えは出てない。
「お兄ちゃん、ご飯出来たよー」
 ベッドで横になっていた俺は、キッチンから発せられたであろうその声でようやく起きた。
 ベッドとパソコン、机とイス、本棚、タンス、ミニコンポで構成されたシンプルなこの部屋には大した物が揃ってるわけじゃない。主なインテリアは机の上に乱雑に置かれてる教科書やプリント類だし、床に当然のように服が絨毯代わりになってることもよくある。両親が死んでから、消耗品以外ほとんど弄ってない。
 気分転換に何か新調するかな。
 俺はドアの前を塞いでいるズボンを後ろに蹴っ飛ばすと部屋を出て、リビングに降りた。
「今日はレンさんが作ったハンバーグでーす」
「……」
「兄貴、何ボーっとしてんの?」
 俺が美優の方を見ると苦笑いで「色々あったんです」という顔をしていた。
 ハンバーグ自体はおいしそうに出来ているし問題ない。美羽はイスに座り、何でもない顔をしている。ユリアは楽しそうに喋っている。レンは俺をじっと見ている。
 そして、もう一人――
「ヒロ君、座らないの?」
 陽菜がいた。
「俺は何に対して突っ込むべき?」
「流れに任せなさい」
 美羽が達観したようなセリフを吐いた。ふざけんじゃねぇよ。
 何で一人増えてるんだよ。っていうか、ユリアとレン……いや、まぁいつかバレることだろうけど。それにしても唐突過ぎる。
「へぇ、ユリアちゃんイギリスの人なんだ。陽菜も一度行ってみたいと思ってたんだよねー」
「何普通に溶け込んでるんだよ。お前は俺の嫁にでも来たいのか?」
「それも選択肢の一つだね!」
 ユリアから俺に視線を移した陽菜が笑顔で親指をぐっと出して俺に見せてきた。
「それにしても、ホームステイなんて初めて聞いたよー。ヒロ君何も言わないんだもん」
「ヒロトさんには本当に感謝していて――」
「ヒロト殿、座ったらどうだろう?」
「美優ー、お茶持ってきてー」
「はーい。あ、お兄ちゃん、説明はご飯食べながらでも……」
「それにしてもレンちゃんってスタイルいいよねぇ。でも! 胸の大きさは陽菜も負けてないよぅ!」
 おいおい……。
 昔から、陽菜の人懐っこさは犬に匹敵すると思っていたが……。それにしても、馴染むの早くないだろうか。逆に、この五人の女たちの食卓に混ざる俺はどうも場違いな気がしてしょうがない。
 居づらさは最後まで解消されることはなかったが男六人の場合と比較して、「こっちの方がまだマシか」と自分に納得はさせた。こんなことなら貴俊を無理矢理でも連れてくるんだった。
 俺そっちのけで話す、美羽、陽菜、ユリアとは反対に、レンと美優は事情を話してくれた。
 それによると、どうやらユリアとスーパーに買い物に行くときに出会ったらしい。元々近所だし出会う確率は高かっただろう。そんなわけで、美優は俺が貴俊にでっち上げて説明した「イギリス人のホームステイ」という話をそっくりそのまま話したらしい。そこからの話の流れでいつの間にか一緒に食卓を囲むことになったという。
「ごめんなさい。お兄ちゃんに許可貰おうと思ってたんだけど……」
「いや、いい。相手は陽菜だしな」
 それに俺が出てもきっと結果は変わらないだろう。こいつはテンションで押し切るところがある。
 食べ終わった後も、陽菜はしばらく美羽、美優、ユリア、レンに満遍なくちょっかいをかけていたが、満足したのか「そろそろ帰るねー」と言い出した。
 時計は十一時十分を指している。
 俺は「すぐそこだからいいよ」と言う陽菜を無視してお見送りすることにした。ドアを抜け、少し肌寒い夜の空気が当たる。確かに十歩ほどだし、隣の親も大して心配はしていない。見送るほどじゃない。ただ、これは半ば習慣と言ってよかった。昔から陽菜がうちに遊びに来る時は絶対俺が見送りに出る。「男たるものどんなに危険がないように見えても女の子をガードするべし」という母の言葉を耳が痛くなるほどに聞かされて育ったせいもあるかもしれない。レトロだぜ。
 陽菜の家のドア前まで着くと、「じゃあな」と言って踵を返そうとした。が、陽菜が呼び止めてきた。
「ヒロ君」
「ん?」
「大丈夫? 疲れてない?」
「……?」
 陽菜が俺の方に寄ってきて、じっと見てくる。俺も陽菜の意図が読めず、同じように見つめていた。
「最近、悩んでるように見えるよ。もしかして、ユリアちゃんとレンちゃんが関係あるの?」
 貴俊といい陽菜といい、妙なところで鋭いな。俺は首を振ってみせた。
「いや、ちょっと自分がどういう位置に立てばいいのか分からないだけだ。まぁゆっくり考えるさ」
「辛くなったら言ってね」
 陽菜が前屈みになって俺の手を取る。手のぬくもりが伝わってくる。
「陽菜も何かお役に立てると思うよ。昔からお隣さんとして一緒に頑張ってきたもんね」
 俺は何か冗談のひとつでも返そうとしたが、結局何も思い浮かばず、「ありがとう」とだけ言った。陽菜は嬉しそうに「えへへ」と笑うと踵を返した。
「明日、朝練ないから一緒に学校行こうよ。じゃあね、オヤスミ! あ、買い物の話忘れないでよ!」
「分かってるよ、記憶力はいい方だ。……勉強以外でだけど」
 そりゃあよかった、と言って手を振りながら陽菜は家に入って行った。しかし、いつもテンション高いな、あいつは。


 遅い風呂に入ったあと、リビングで難しい顔してソファに座っているユリアに会った。
 美羽も美優も自分の部屋。レンは庭で剣を振るっている。
「世界崩壊への歯止めは上手くいってますかね」
 かなり軽い気分で聞いたことだったが、ユリアは深刻そうな顔で首を振った。
「ダメなんです。返しても返しても戻ってきてしまうんです……」
「戻ってくる? 精霊が?」
 ユリアがゆっくり頷いた。
「返す量に比べて、この世界に来る量が多い……やはり、原因を突き止めないと崩壊は免れないかもしれません」
 しかし、返すだの送るだの精霊の力ってのはそんなに簡単に動かせるものなのか。
「ユリアはその原因をどう見る?」
 ポカンとした顔でユリアが俺の顔を見てくる。
「内的要因か外的要因か、その中でさらに人為的要因か偶発的要因か。大雑把にでもいいから、消去法で潰していかないと」
「そう……ですね。私は私たちの世界、ミマエ・ソキウに原因があると思っています。そして、それは多分誰かがそうしていると……」
「まぁ俺から見てもそうだと思うよ。この世界から精霊の力を把握することは出来ないようだし、たとえ偶発的な力でこの世界が精霊を引っ張ってくるというなら、もう俺らに出来ることはほとんどないんじゃないか。その原因の糸口さえ掴んでいない状況だろう。解決法が見つかったとしても、もう手遅れの可能性の方が高そうだしな」
 ユリアがまた少し沈んだ顔をした。それで俺はちょっと反省した。これからはネガティブになりやすいユリアにはもう少しポジティブな話を中心にすることにしよう。
「それと、もう一つ変なことがあるんです」
「変なこと?」
「はい。この世界で、私たち以外の誰かが精霊の力を使っているんです。しかも、多分、この近くで」
 俺は頭を抱えそうになるのを何とか我慢した。
 異世界から来た人間が他にもいるってことか?
「私たちの世界、ミマエ・ソキウでは普通の人はこんなこと出来ません。けど、この世界は精霊の力が少ないので私たちぐらいでも分かるんです」
 まったく便利だな。
 剣を振り終えたレンがタオルで汗を拭きながら俺とユリアに近づいてきた。火照った顔が少し色っぽい。
「大丈夫ですか、姫様。ヒロト殿、あまり――」
「分かってる。尋問みたいなマネは控えるよ。でも、定期連絡ぐらいは欲しいね」
 レンが「ああ」とほとんど呻くように言った。
「レン、私たちは居候させてもらっている身です。ですから――」
 はっとしたようにユリアが顔を上げた。ほぼ同時にレンも真剣な顔つきになった。俺はわけも分からずボーっと二人を交互に見ていた。
「近い!」
 言うが早いか、レンはすぐに庭に出て、物置にある剣をひったくるとすぐに視界から消えた。外に出たのだ。ユリアも俺を完全に無視して、玄関から外に出る。
 俺は何が何だか分からなかったが、ついていくしかなかった。特にレンは危険だ。鞘に仕舞ってはあるが、剣を持っている。
 どこにそんな力があるのかと小一時間問い詰めたいくらいの速度でユリアが暗闇の道を走っていく。電灯のおかげでかろうじてどこに行くのか分かるが、完全な闇だったらとっくに見失っているはずだ。全速力で走っても追いつけないってのはどういうことだ?
 夜の住宅街では幸いにして人に会うことはなかった。ユリアの後を追った俺は、昼間は交通量の多い大通りを突っ切り、公園に入った。木々に満ち、遊具はないものの犬とフリスビーして遊ぶのが似合うような公園は夜であろうと人に会う確率は高くなる。ここは通り道であることを祈っていたが、悲しいことにレンもユリアも足を止めていた。まぁ正直な話、どこに止まっても困るのではあるが。
「何者だ!」
 レンが怒鳴る。頼むよ、ここは住宅街の中にあるんだから、大きい声は勘弁してくれ。
 剣を構えるレンの目の前には人がいた。しかも、見たところ女だった。いや、それどころかそれは見知った顔だった。
「乃愛先生……」
 俺の言葉でレンとユリアが振り返った。
「おや、これは見知った顔が」
 乃愛先生が面白そうにタバコを吹かしながら俺に視線を投げかけた。

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