B:美羽がいた

B:美優がいた

「お帰りなさい」
「あれ、美優だけか。美羽は?」
「ユリアさん達と一緒に買い物」
「ふーん。て、え? 買い物? ユリアとレンさんが?」
「うん」

 ナンテコッタイ、嫌な予感しかしやしない。
 片や生粋のお姫様。まして、この世界に来て日が浅い。
 片や銃刀法を違反どころか無視を決め込む騎士メイドさん。
 もし姫の身に何かあれば、天気予報のお姉さんは
 『本日の天気は晴れのち血の雨になるでしょう』
 と悲しいニュースを読む羽目になる。
 しかも降水確率90%オーバーときた。

「な、なんてことを! 誰だそんなバカなこと許可したのは!!」
「美羽お姉ちゃんが、ユリアさんと一緒に買い物行こうって。
 そしたらレンさんも着いていくって聞かなくて」

 とんでもねぇ。仮にも、ユリアはお姫様だ。もし何かあったらどうすんだ。
 この場合、何かあったらというのはユリアに対してじゃない。
 周りの人間に、主に俺に対してだ。
 レンさんが何かしらの理由で御用となったら連帯責任でユリアの経歴にも泥がつく。
 地位の高い人物の経歴に傷をつけたとなっちゃ、ましてや姫だ、王家が黙っていまい。
 人生オワタ、と頭の中の誰かが騒ぎ出す。
 頭の中のその人は、何とか必死に樹海に行こうとする。
 だってのに、周りは罠がいっぱいで、上から下から針に潰されティウンティウンするのだ。
 何が言いたいかというと、つまりそれだけ今俺はパニック状態になっている。

「おい美優! 美羽はどこに買い物行くって言ってた、何時何分
 何秒に出てった!?
 そもそもなんで止めなかったんだ!? 誰がどう考えたって死亡
 フラグ立ちまくりだろそれ!」
「お兄ちゃん、落ち着いて。出てったのはお兄ちゃんが家を出て
 から10分後ぐらい。止めなかった理由はあれ」
「あれ?」

 その指差された先には、一着のメイド服と一本の剣。

「……置いてったの?」
「うん。お姉ちゃん、ユリアさんとレンさんが普段着る服を買い
 に行くって」
「先にいえよなぁ」

 一気に肩の力が抜けた。
 ったく、同居人が増えると気苦労が増えていけない。
 いくら事情があるとはいえ、こういうのは姉妹の分だけで充分である。
 今後もこういうことが増えるようなら、対策を考えなきゃいけないかもしれない。

「ま、それなら安心だろ。美優、腹減ってないか? 久しぶりに
 俺が飯作ってやるよ」
「えっ……い、いいよ。私が作る」
「なんだよ。久しぶりに漢の飯を作ってやろうってんだぞ?
 遠慮すんなって」
「べ、別に遠慮じゃなくて」
「あ、でもなんか俺餃子食べたい餃子。今日は中華料理だ!」

 後ろで美優が騒いでいるようだが聞いちゃおれん。思い立ったが吉日と言うし。
 確か餃子の皮は余っていたはずだよな。それから薄力粉はどこにあったっけ。
 最後に餃子を水で蒸す時に軽く薄力粉を混ぜると、いい感じに羽がつくのだ。
 よっしゃ、俄然やる気出てきた。ちょっと本気出して作ろう、うん。

「ただいまー」
「ただ今戻りました」
「お、おかえりー。随分遅くなったんだな」
「そうなの、レンさんがごねちゃってさ」
「し、しかし、やはりこのような服は騎士としては……」
「ハイハイ、話は後で聞いてやるから、まずは飯食おうぜ。俺が
 作っといたから」

 テーブルの上には既に所狭しと料理が並んでいる。
 チャーハンにホイコーロー、豚肉が少し余っていたから雲白肉もセットで。
 そしてメインディッシュの餃子等々。中華料理独特の香ばしい匂いが、部屋中に充満している。

「げ、兄貴が今日飯作ったの!?」
「あら、いい匂い。ヒロトさんは料理の腕もおありでしたのね」
「だから、問題なのよ……」
「なんだよ、旨けりゃ問題ないだろうに」

 何がいけないのか、昔から美優と美羽は俺の料理を嫌う。
 昔、悪友の家で徹マーした後腕を奮ってやった時は、悪友に

『頼むから料理人になってくれ。あるいは俺の為だけに飯を作ってくれ』

 と頼まれたほどの腕の持ち主なのに。告白っぽくて凄く気持ち悪かったからぶん殴ったけど。
 逆にインスタントやトーストといった単純な料理は、自分でも驚くほど下手だったりするが。

「飯だ飯だ。今日は疲れたからな、俺もうハラペコだっつの」
「ええ、では夕飯にしましょう。レン、貴方も隠れてないで席に
 着きなさい」
「し、しかし」
「しかし、ではありません。夕飯時には王家が一同に会して食を 取りました。ならば、ここでも皆が一同に会して食事するのが
 礼儀というものでしょう」
「う……わかりました、それが姫様の命であれば」

 渋々と恥ずかしそうにレンさんが、その後ろからユリアが顔を出す。
 ユリアはあの豪華なドレスとは一転して、割と控えめな純白のワンピースを着ている。
 それでもオーラとでも言うのだろうか、高貴な印象が抜けない辺り流石だ。
 避暑地のお嬢様ってこんな感じなんだろうか?
 対して、レンさんはGパンにTシャツのみというボーイッシュなカジュアル系。
 これはこれで、キャラのイメージにあってよく似合っている。
 美羽は服のセンスいいからな。俺達兄弟の中で一番おしゃれが好きだし。

「な、なんだその目は。やはり似合わないと思っているのか?」
「んなまさか。むしろ似合いすぎて驚いたぐらいだ。ユリアも
 よく似合ってるぞ」
「ありがとうございます。実は衣服のことはよくわからないので、
 全て美羽さんに選んでいただいたのですが」
「ふっふーん、どうよ兄貴、このチョイス。ぴったりでしょ?」
「ああ、GJだ。よかったマークをやろう」
「よかったマーク? 何それ」

 最近読んだ小説の中に出てきたシールのことだが、お前は知らなくてよろしい。

「その、何だ。ミウには感謝している。某は自分の服のことなど
 無頓着だった故、彼女が居なければどれを選べばいいかわから
 なかった」
 「お、もう呼び捨てするほどの仲になったのか」

 美優とは仲がよくなったと思ったが、美羽とももうそんなに仲良くなっていたのか。
 意外と、レンさんも人の心を掴むのが上手いのかもしれない。

「ああ。だから、その何だ。お前も某のことをさん付けで呼ぶの
 はやめてくれ」
「へ? 何で、いいじゃんか別に減るもんじゃなし」
「減る、減らないの問題ではない。お前が姫様を呼び捨てにする
 のならば、私も呼び捨てにしろと言うだけの話だ」
「えと、何か関係あるのかそれ?」
「大有りだ。某は姫様のメイド。姫様より下賎の身だ。だという
 のに、某だけそのような敬称で呼ばれるのはおかしいだろう。
 それに、その、どうにもむず痒いのだ、そのようにさん、など
 と呼ばれるのは」
「あー、なるほどな。了承、じゃこれからレンって呼ぶからな」

 そっちのほうが俺も楽でいい。昨日、ユリアに向かって家族に敬称は変だと言ったのは俺だ。
 なら、俺だってそれに習うべきだろう。

「ま、二人とも腹減ったろ。今日は腕によりをかけたからな。
 思う存分食ってくれ」
「う、腕によりをかけちゃったわけね……よりにもよって」
「アッハッハー、上手いこと言うなあ美羽は」
「そんなつもりないわよ、バカ兄貴!!」
「あの、何故ヒロトさんが料理をしてはいけないのですが?
 匂いも見た目も申し分ないほどなのですが」
「ふ、フフフ、ユリアさんもきっと今日の夜にでもわかるわよ、
 理由が……」

 何だかんだと文句を言いながらも、全員が食卓に着く。
 いただきます、の合図が終われば、この場は今朝よりも険しい戦場と化す。
 飛び交う箸と怒号。鋭い牽制とフェイント。そして、絡み合う箸と箸。
 マナー? 礼儀? 何それ、おいしいの?
 ほら、ユリアももっと前に出ろ、じゃないと……ってえぇ!? 何そのすばやい箸捌き!?
 コレも淑女のたしなみです、って違う、それ嗜み違う。

「うぅ……」
「おいおい、どうした美優? 箸が進んでないじゃ、あ、それは
 俺の!!」
「だって……これ、全部ほうれん草入ってる」
「あったりまえだ。お前はそうでなくとも超低血圧なんだから、
 ちゃんと鉄分採らないと。ほら、レバニラとってやったから、
 ってぬわ、追撃!?」
「でも、ほうれん草もレバーも嫌い」
「だーめ。兄貴命令だ。ちゃんと食べなさい」

 美優は低血圧な癖に鉄分豊富なものをどうしてか嫌う。
 俺の料理の腕が上がったのも、実はそのせいだ。
 ピーマン嫌いな子供よろしく、どんなに巧妙に隠しても美優は上手いことそれを取り除く。
 そうして俺と美優の戦いは激化し、ついに俺はこの料理の腕を手に入れてしまった。
 しかもその戦いは未だ続いていたりする。こいつの好き嫌いはどうにかならんものか?

「そんなんじゃ、お兄ちゃんみたく強くなれないぞー?」
「お兄ちゃんみたいになりたくないから食べない」
「な、なんという反抗期。あははー、兄さん結構ショックでかい
 ですよ?」
「いいのよ。美優、それが正解。アンタは、食べちゃダメ」
「どういう意味でしょうか?」
「フッフッフ……ユリアさん、レンさん。地獄へようこそ……」

 そんなこんなで夕食も無事終了。久々に家族の団欒という奴を味わった気がする。
 やっぱり食事は大勢でとるもんだよな。こういう賑やかなのは嫌いじゃない。
 ところで、風呂場の方から『イヤーッ!?』だの、『あぁ、これでまた三ヶ月あの地獄を味わうのね』だの、『明日から走りこみましょう、ええ是非に!』だの聞こえたけどなんだったんだろう。
最終更新:2007年07月22日 05:45
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