世界が見えた世界・5話 C


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「お兄ちゃん、お帰りなさ――ひっ!!」
 エーデルを引き連れて帰って来た俺を見た美優の反応。
「あれ、兄貴お帰り、アタシより遅いなんて珍し――うっ!!」
 続いて、美羽の反応。
「お帰りなさい、ヒロトさん。今日はどうなさったので――あら?」
 ユリアさんの反応。
「お帰り、ヒロト殿。ん、おまけつきか。それはともかく、遅くなるときは先に言っておいてくれ。夕飯が無駄になるかと思ったぞ」
 レンさんの反応が超淡白だった。
「はっはっはっ! 諸君、出迎えご苦労! 姫、本日も麗しゅう」
「誰もお前を出迎えてないっつの……まったく。あ、ちょっとみんなで話したいことがあるんだけど、いいか?」
 俺の提案に、みんな不思議そうな顔をするもののうなずいた。
 いや。ユリアさんだけは何か勘付いたのか、小さく体を震わせた。はぁ……気が重い。




 もうね、いちいちもったいぶっても無駄だし、アホ王子を家にいつまでも上げておくのも嫌だったからさっさと話題を進めてしまう。
「なんか世界が崩壊するとか言われたんだけど、そこんとこどーなん?」
 世界が崩壊する前にうちのリビングが凍結した。このまま家庭崩壊一直線かって思うぐらいの見事な硬直っぷり。
 ただ、その顔を見ればそれぞれがなぜ硬直したのかもわかる。レンさんと美羽は愕然と、ユリアさんは諦めの表情になった。美優は……いや、その……うん、気持ちはわかるけど、お兄ちゃん、頭大丈夫だから。だからそんな、かわいそうなものを見るような目、やめてね?
「ヒロトさん……その話、エーデルさんから聞いたんですね? エーデルさん……」
「申し訳ない。だがしかし、このボクにも事情があるのです! そう、それは儚く悲しきボクとあなたの運命! それゆえにボクはごふぁっ!?」
「うるせぇ、キャベツぶつけんぞ!」
「お兄ちゃん、もうぶつけてる……」
 なんでこの男はいちいち余計なことをしゃべらないと気がすまないんだ。話が進まないだろう。
 さて、気を取り直して。
「エーデルから聞いたというか聞かされたというか……その辺の事情も話すけど、まずは実際どういうことなのかを聞きたい。君達が何のためにウチに来たのかや、何をしているのかは今まで聞いてこなかったけど……妹がかかわってる以上、あまり危険なことだと見過ごせなくなる」
「兄貴、アタシは大丈夫……!」
「美羽。俺は昼に宣言したからな。場合によっては悠長なことはしてられないって。まあ、まさかこんなに早く知ることになるなんて予想外もいいところだけどな」
 エーデルともいずれ話はするつもりだったが、まさかこんなに急展開で進むとは思わなかった。アホが俺を観察する期間がたまたま今だったということなんだろうが、まったく、タイミングがいいのか悪いのか。
 それに続いて、あの雷小僧。やれやれ、この話、どこまで膨らんでいくんだか。正直、手に余るどころの話じゃなさそうだ。
「ユリアさん。話してくれるか? 君達が何者で、何のためにやってきたのか。それを、君の口から聞きたい」
「……はぁ。わかりました。そもそも、隠し通せるものでもなかったのでしょうし。所詮、早いか遅いかの話なのでしょう。早すぎる、ということはないでしょうし」
 いつか、どこかで聞いたような言い回しの後、ユリアさんは諦めの表情をおさめ、決意の表情をあらわす。
「まず、最初に言っておきましょう。あなたがいるこの世界は、後1年で崩壊します」
 死の宣告にも等しい言葉。エーデルから一度気かされたにもかかわらず、体が小さく震えた。美優は話についていけていないのか、少し混乱しているようだった。もっとも、俺もついていけているとはいえないのだが。
「なんていうか……そんな事突然いわれても、にわかには信じられないんだけどな。むしろ、みんなでドッキリでも仕組んでるって言われたほうが納得できる」
「信じられないのも仕方ないと思います。けれど、ヒロトさんはそれでも感じているんでしょう? だから、信じられなくても信じてしまっている」
 この人は。俺が感じていることを、まるで自分の事のように語ってしまった。
 この世界が崩壊するなんて突然言われて、信じられるわけがない。信じる要素なんかどこにもないじゃないか。だったら、そんなの夢物語に決まっている。そのはずだ。
 なのに、俺はその言葉に納得してしまった。ああ、そうなんだ、と感じてしまった。ふたつの相反する結論が自分の中で同時に生まれてしまった。
「流されやすい性格も、ここまで来ると困りもんだな……じゃあ、それが事実と仮定しよう。君達は、その……なんなんだ?」
 明らかに世界の法則を逸脱した魔法。エーデルは水を扱うところしか見ていないが、彼女が地水火風雷を操るところを見ている。
「私達が何者か、すでに証拠は見せています。私達は、この世界ではない、別の世界の住人です。私とレンは、次元を越えてこの世界へやってきました。私の使ってみせた、この世界にはない形態の魔法が証拠になると思います」
「別の……世界の……魔法……っ」
「美優、どうした? 顔色がよくないぞ?」
「な、なんでもない! つ、続けてください……話を……」
 美優……? なんだろう、何か、怯えている……?
「そう、ですか? 一度、間をおいたほうが……」
「だいじょぶ、ですから……お願いします。続き、聞かせてください……」
「……わかりました。それで、私達がこの世界へやってきた目的は、この世界の崩壊を防ぐためです。……より正確に言うのならば、この世界の崩壊を防ぐことで、私達の世界の崩壊を防ぐため、ですけれど」
「俺達の世界を守ることが、ユリアさんたちの世界を守ることにつながるのか? そりゃまた、どうして?」
「わかりません」
 …………へぁ?
 あんた今にこやかにすごいこと言いませんでしたか。
「えーっと、あの。あれ?」
「ああ、わからない、というのは少々御幣がありますね。そうですね、大まかに説明するとこんな感じです」

 話が長いのでざっとまとめてしまおう。
 世界は複数存在しており、それらは互いに多少なり影響を与えながら独立して存在している――というのが彼女らの世界での通説だという。世界は同じ混沌の中より生まれ、混沌の中へ還る。
 世界は世界を構成するためのエネルギーで満ちており、それは常に一定を保ち続けている。世界同士での交流が非常に困難なのは、自世界と他世界のエネルギーの質の差によるものが大きいのだそうだ。
 そして今現在、ユリアさん達の世界のエネルギーがどういう理由か、俺たちの世界に流れ込んできているのだという。それも常軌を逸した勢いで。その影響か、彼女らの世界ではすでに夜空から星座が四つ、消滅したのだという。星座を構成する星が消滅したのではなく、星座丸ごとが、すでに四つ、なくなったのだと。そして今も夜空からは星が、海からは水が、大地からは実りが、消えていっているのだというのだ。
 消えていく。その存在を構成するためのエネルギーが足りなくなったために。
 そして俺たちの世界が今現在どういう状況なのかといえば、こちらはその逆。エネルギーが充満しているのだという。それも異世界のエネルギーという、本来あってはならないもので。
 A型の人間にB型の血液を輸血すれば死んでしまう。同じ血液にもかかわらず死んでしまう。それは世界にもいえることで、この世界に異世界のエネルギーを入れ続ければこの世界は死んでしまう。消滅ではなく、こちらは死滅。どちらが良い悪いを論じるつもりはないがそれは凄惨な事になるだろう。
 しかしそれよりも最悪な事は、この世界の容量は最初から一杯であるという事だ。世界は世界を構成するエネルギーに満ちている。そこに、さらに異世界のエネルギーを無理矢理詰め込んだのだ。
 一人の人間に二人分の血液を無理矢理与えてしまえばどうなるのか。想像もしたくない。

 話を聞き終わって、無理やり要点を飲み込む。
「つまり、ユリアさんはこの世界へのエネルギーの流入を止めるために来た……と。そうすることで、2つの世界が救われるわけだ」
「ええ、そうなります。もっとも、かつてない事態ですから、調査は困難――というより、手探り状態なのですけれど」
「それはわかるけど……これ、言っていいのかわかんないけど、何で学生なんかしてるんだ? 別に責めるわけじゃないし、ウチの世界が救われるから文句言える立場じゃないけど、そんなのんびりしてる暇なんかないんだろ? 遅くとも、後1年で世界が崩壊するわけだし」
 これは当然の疑問だった。この世界の為にもなることをしてもらっているんだから文句はない。だが、当然疑問ではある。学生をしていれば行動的な制約は自然と多くなり、長時間拘束もされる。調査、という目的の為にはかなり不利になるんじゃないだろうか。
「ええ、確かにそうですね。でも、あの、これは言っていいのかどうか、かなり迷うのですが――」
「いや、もうこの際だから全部ぶっちゃけてもらっていいよ。さすがにもうこれ以上驚くようなことはないだろうし」
「はい。どうにも、崩壊の中心となっているのが学校周辺のようなんです。なので、壊れるときはあの辺りから真っ先に異変がでちゃいますし、壊れるときはあの辺が真っ先になくなっちゃいます」
「「えええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」
 俺と美優、二人の叫びがこだまする。
 驚いた。超驚いた。
 ていうかユリアさん、そこかわいくいっていい場所じゃないでしょうに。何でそこだけ異様にかわいらしいんですか。
「場を和ませようと思いました」
 そうですか。大失敗ですよそれ。
「あと、他にも理由がありまして。この世界の異常を感じるためには、この世界に馴染む必要があったんです。……本当は学校に通うつもりはなかったのですが、学園長さんに強く勧められまして」
「あれ、こっちの驚きは軽くスルーですか? いや、いいけど……この世界に馴染むっていうのは、どういうこと?」
「えっとですね……私達も、この世界にとっては異物なんです。他世界のエネルギーを持っていますから。なので、その世界に暮らす人たちと触れ合ったり、生活したりして、存在をこの世界になじませるんです。この世界の異常を見つけようと思ったら、この世界の視点で見ないといけませんから。異常に異常は、見抜けません」
 ふぅん、そういうものか……随分まどろっこしいな。事態がどれだけ切羽詰っても、段階を踏まなきゃならないのか。
 とにかく、自分を馴染ませるためにうちに泊まったり学校に通ったりして、さらに学校の異常を探していた、と。学園の中に設置したといっていた風も、そのためのものか。
 なるほど、重要な情報は大体集まった感じだ。けど、まだ足りない。
「じゃあ、その調査の結果とか、そういうのはまだ出ていない?」
「そう……ですね。多少進歩はしていますが、まだ原因の究明には至っていない感じです。というのも、どうやら私が考えていた以上に私の世界のエネルギーの濃度が高いようで、この世界へ馴染むのが以前より随分遅くなっているのです。とはいえ、異常の濃い場所の特定はすんでいますから、そこを重点的に調査すれば早ければあとひとつき程度で調査の結果が出せるかと思います」
 ひとつき。短いのか長いのか、判断に困る数値だ。
「崩壊までの正確な期間は、わからないんだったよな? 長くても、後1年……その中でひとつき、か。問題はその先、解決までにどれだけの時間がかかるか、ていう点か」
 原因不明で前例なし。この状況は、絶望的ともいえるんじゃないだろうか。
 そういうことならもっと世界的な話題に……ああ、だめなのか。もしもニュースで突然『なんか一年くらいで世界が崩壊しちゃうけど原因不明だから解決できないかもしれない』とか言われたらまあ暴動が起きるだろうね。
 人が生きていられるのは未来があるからだ。それがないとわかってしまえば、人々は生きることを続けられるだろうか。この人間の形作る世界はどれだけそのカタチを維持できるのだろうか。
 この事情を一体世界中のどれだけの人間が知っているのかはわからない。だが目の前の二人が鍵である以上、この二人を全力でサポートするほかないのだろう。
「そうなります。エネルギーの流入は今もとまっていませんし、もし私の世界以外の世界からもエネルギーが流れ込んでいるようなら、崩壊はさらに加速される恐れもあります。ですがこればかりは、待つしかないので」
「いやいや、別に責めてる訳じゃないから! んで、実は俺としてはこっちもかなり重要な問題なんだけど……」
 ちら、と美羽に視線を向ける。
「何でコイツがそんなことに参加してるのか、正直よくわからないんだけど」
「兄貴!? それはアタシがやりたいって言って……!!」
「こんなこと言いたくはないけど、ウチである理由も特にはない筈だ。んで、ハッキリ言うと妹がそんなわけのワカラン事態に巻き込まれているのを兄としては見過ごしていられない」
「アタシは大丈夫だよ! 今までちゃんとユリアさんの手伝いとかしてきたし、これからもちゃんとできるよ! 今まで危ないことなんかなかったんだし、ユリアさん達がウチにきたのだって」
「何かがあってからじゃ遅いだろうが! お前が大怪我でもしてそれを後から見てろってのか!?」
 自分でも抑えられない声が居間を震わせた。涙を浮かべる美羽と睨み合う。互いに、引くつもりはない。
「アタシには……アタシには、何もできないって言うの!? アタシは、兄貴に守られていられるだけでしかいられないの!?」
「そういう問題じゃないだろうが!」
「そういう問題だよ! アタシにとっては、そういう問題なの! 兄貴の馬鹿!!」
 ってぇ! んのやろ、いきなりティッシュ箱なんか投げてんじゃ…………!! って、もういない。気づけば、階段を上る音が聞こえていた。続いて響くバタンと言う音。部屋の扉を勢いよく閉じたのだろう。
「……近所迷惑だっての、あの、馬鹿」
「お兄ちゃん、大丈夫……?」
「ああ……俺は大丈夫だから、美優は美羽についててやってくれるか? フォローはいらん。今の俺は謝るつもりがないからな」
「……うん、わかったよ。でも、お兄ちゃん……お姉ちゃんの事……」
「――怒っては、いない。納得は、できないし、容認も、できないけど」
「うん、わかった……ありがと」
 弱弱しい笑みを浮かべ、美優も美羽を追っていった。気まずい沈黙がリビングに降り積もる。
 だが……今は、とにかく、止まっていていい時じゃ、ないよな。
「ごめん、ユリアさん。なんか、みっともないところ見せちゃって」
「そ、そんな! こちらこそ……私のせいで、こんな、けんかなんて……」
「ユリアさんのせいじゃないよ。これは、俺と美羽の問題だと思う。ごめんね、なんか世界がどうとかの話なのに、スケールの小さな話しちゃって」
「そんな事……そんな事ないですよ! ヒロトさんがどれだけミウさんやミユさんを大事にしているか、お2人がどれだけヒロトさんを大切に思っているか。世界がどうとか、そういうのは比べるものじゃないと思います」
 いや、なんていうか。
 世界の為に動いている人の口からその言葉聞くと、重いよ。妹達が大事なのは当たり前だ。美羽は血の繋がる唯一の家族だし、美優は血の繋がりはなくても大切な家族だ。
 それを守りたくて、みっともなく喚き散らす自分。それも含めた全部も守ろうとしている、ユリアさん。
 俺ってちっせぇ、なぁ……親父。
「ヒロト殿。人には優先順位が、守りたいものがある。いかなる状況においても優先してしまうものがある。それは仕方のないことだ。自分を詰っても、何も良いことはないぞ」
「ですか」
「ですよ」
 ため息をついて、深々と頭を下げる。
「とりあえず、あいつがどういうことを手伝っているのか、聞いていいですか。それに今の話を聞いていたら、真っ先に異世界のエネルギーに毒されそうなのはあいつだ。本当に大丈夫なのか――」
「その点については心配ありません。毎日私とレンでチェックしていますし、何よりも彼女の魔法は万能の盾です」
 なるほど、異世界の『エネルギー』か。確かに美羽の魔法はあいつの身を守るだろう。
「わかりました。それで、手伝いって言うのは?」
「私が私の世界のエネルギーを辿り、ミウさんにはこの世界の違和感を探ってもらっています。その中心点を割り出せば、原因をつかめる可能性が高いとふんでいます」
 それがどういうことなのかはいまいちわからなかったが、危険があるような行為にも思えない。とりあえず、当面の間危険はない、と判断してもいいだろう。というか、そう思っておかないと心労で死ぬ。
「あいつ、多分引かないと思います。だから、あいつの事、守ってやってください。俺の事は、平気ですから……レンさん」
「む……気づいていたのか?」
「なんとなく、最近はよく視線を感じていたので。美羽よりは、自分の身を守れるつもりですし」
「フ……よく言ったものだね、魔法も使えない身の上で。いっておくが、エネルギーの流入がいかなる形で行われているにしろ、その解決手段は魔法以外にありえない。君ができるのはせいぜい探索くらいだろうが、それにしたって自己防衛もできない君じゃあ足手まといもいいところだろう。それでミウ嬢よりも身を守れる? ボクには冗談にしか聞こえないがね」
 気絶していたはずのエーデルが気づいたらしい。それで早速嫌味とは、コイツもいい趣味をしている。ていうか、かっこをつけたいのならせめて座れよ。なんでいつまでも寝転がったままなんだ。
「ボクはデリケートなんだ。君の狼藉のおかげで、いまだに体が動かないのさ」
「デリケートと貧弱は別物だ!! ていうかキャベツぶつけたぐらいでどれだけ気絶してるんだお前は!?」
「じゃあ君はキャベツに頭をぶつけたことがあるというのかい!? この痛みは経験をしたものにしかわからないぞ!!」
「キャベツはないがスイカなら全力投球されたわ! あの痛みに比べたらキャベツがなんだ、わがまま言うな!!」
 ていうか『何をぶつけられたら1番痛いか』なんて論争したくない。食べ物は、粗末にしちゃいけません。
「ていうか、お前をつれてきた意味がぜんぜんなかったな……もういいよ、お前帰れ」
「やれやれ、相変わらず態度がなっていない庶民だね。いや、庶民だからこそ、といったところかな? それに、ボクはボクで姫に言うことがあるのだよ。――姫、この世界を見捨て、城へ戻っていただきたい」
 レンさんとユリアさんが呼吸を止める。しかし、その表情からある程度の予想はついていたらしい。
「「――――っ!!」」
 ああ、そうか。
 こいつの目的は、そっちか。
「そもそも、この世界に王族であるあなたがこなければならない道理はない。確かに、世界移動をできるほどの実力者は少ない。だが、それゆえに王族であり、最大の切り札であるあなたを送り込むことは、誰もが反対したはず」
「私が最大の切り札であるのなら、王国最強の手札ならば、真っ先に赴いて破滅を止めるべきでしょう」
「いいえ、違います。あなたの出番は、最後の最後であるべきです。このような、何のサポートも期待できない状況で飛び込んでいかれては、後ろの我々にはどうすることもできません。あなたは、我々の世界を、守って下さればいいのです」
「サフィール殿、いくら貴方でも姫様に対してその言い草、度が過ぎるのではないでしょうか?」
 3人の間に険悪な空気が流れる。
 心情的にはユリアさんの味方をしたいところだが……エーデルの言うこともわからなくもない。エーデルにとっては自分の世界が最優先されるのだろう。これも結局、さっきレンさんが言った優先順位の問題に過ぎない。
 とはいえ、ここでエーデルに味方する理由も意思も、優先性もなにもない。
「お前は黙ってろアホ王子。ユリアさんがやるっていってんだからやらせればいいだろうが」
「君こそ黙っていてくれたまえ。これは庶民には関係のない話だよ」
「はぁ? じゃあお前、その庶民がいなけりゃどうやって生活してんだ。お前の食うものも、着る物も、元はと言えば庶民が原材料生産してんだろうが。裸の王様にでもなるつもりか?」
「庶民とは、貴族たるボクに従う運命にあるのだ!」
 くっだらねぇぇぇぇっ! 心底くだらねえぞエーデル・サフィール。その程度の器か。それで、ユリアさんに物を語るのかお前は。
「ノブレス・オブリージュの概念のまったくない馬鹿だなお前。結局、お前から貴族って立場を取ったら何も残らないって自分で白状してるってわかってるのか? この世界はお前の世界じゃないんだ。貴族だなんだの、そんなのに従う理由なんかどこにもねえんだぞ」
「なっ! だ、だがしかし、ボクはサフィール家の跡継ぎ! 高貴なる役目を背負った存在だ!」
「だから何だって言ってんだよ! ハイハイお偉い貴族様ですか御機嫌よう。けどここはお前のいた世界じゃない、お前の住んでいた王国じゃない、俺たちの世界だ。お前の立場も貴族って衣も、なぁんにもねえんだよ。それでなお、お前に従わなければならない人間がいると思うのか、お前に従う人間が一人でもいると、本気でそう思ってんのかお前。だったらお前、本物の馬鹿だよ」
 俺の言葉に、エーデルは何も言い返せなかった。自分でも無茶苦茶言ってると思うが。ていうか、俺とエーデルの会話が会話になっていない。相手の話を聞き入れるつもりが毛頭ないんだから当然だけど。
「大体お前、お姫さまに仕える貴族じゃないのか。じゃあ手伝えよ、彼女のしていることを」
「……ボクは国王からの命でここにいるのだ。彼女はほぼ家出同然で国を出た。そのことに対し、貴族達からは彼女の王位継承権の剥奪が叫ばれている。自分の世界より他世界に重きを置くのなら、とね」
「お父様から…………」
「貴族連中は、こんなときまで権力争いがしたいとでも言うのですかっ」
 ユリアさんは窓から月を見上げる。そこに、遠い故郷を思っているのかもしれない。
「……ていうか、世界の移動ってそんなほいほいできないんじゃ? エーデルの話聞いてると、なんかすぐにでも帰れるような感じがするけど」
「世界の移動を行うためには、膨大な魔力が必要になるんです。私はその魔力を数ヶ月ため続けることで、単身移動ができるのですが……普通の魔法使いでは、一生かかってもできないと思います」
「実際には私もお供をするために半年ほど魔力を貯めたのだがな」
 よくわからないけど凄いということだけは伝わった。ていうか、マジでリーサルウエポンじゃねぇか、この人……。
 つーか、じゃあ後をほいほい追ってきたエーデルも同じくらいすごいっていうことになるのか?
「いくらボクでも、それほどの事はできないさ。サフィール家は代々、この宝石に魔力を溜め込んでいてね。それを2つ消費することで、どうにか国王の命にも応えることができたわけだ。まあ、それを扱うボクの技量がなくてはできない芸当ではあるがね。とりあえず、今回は持ってきた1つの宝石を使って姫には戻ってもらう手筈だよ。ボクは残りひとつの宝石と、この空になった宝石に魔力を貯めてから戻ることになるね」
 そこで自慢しなけりゃ素直にほめてやるのに。
 しかし、そこまでの苦労をしてまで他世界に干渉するものなのだろうか、普通。ユリアさんが度を越したお人よしなのか。まあ、逃げるぶんだけの魔力は世界崩壊までに貯められるみたいだし、そのことを考えた上なのかもしれないけど。
 けど、その間はユリアさんの国はそちらの世界では単純に戦力が低下しているわけだよな。いや、姫がいないんだから、様々な弊害が出ることは間違いないだろう。人として、ユリアさんのとった行動は素晴らしいかもしれない。でも、姫としての立場を見たとき同じようにいえるかといえば、それはどうなんだろうな。
 って、俺がそんなことを気にしても仕方がないんだが。結局決めるのはユリアさんだしな。
「どうする、ユリアさん? どうやらすぐにでも帰る手段はあるらしいけど。自分の国での立場も微妙なようだし、ここいらで引き揚げても文句は出ないと思うけど。実際、エネルギーの流入だってまだそちらの世界は危険域ってワケでもないんだろ? なら、改めて危険になったときに人員を割けばいい。……この世界がそのときどうなってるのかは、俺にはわからないけどさ」
「ヒロトさんは……私が、ここにいるのは、いけないと思いますか?」
 なんで、そんなに自信のない顔をするんだ。そんなに、悲しそうな顔をするんだ。
 俺の意思が、そんなに大事か? やりたいことはもう決まっていると、そう瞳が訴えているのに、それでも俺の意思を聞こうとしてくれるのか?
「俺は、偉い人の事情とかはよくわからないよ。いいとか悪いとか、想像することしかできない。けど、さっきも言ったようにこの世界の上で考えるなら……ユリアさんを、ただの女の子として意見を言うのなら……ユリアさんの自由にして、いいと思う。ユリアさんの意思で決めていいと思う」
「庶民のヒロト君には何もわかっていないようだね。このままでは、彼女は帰る国をなくすのかもしれないんだぞ! 例えこの世界が救われたところで、そうなってしまっては意味がないだろう!!」
「どの結果を選ぶのかはユリアさん次第だ。どの結末になっても、この世界じゃ彼女に強制できる人間は実際にいないだろ。だから、その過程も結果も未来も意味も、ユリアさんが選ぶしかない」
 何もかもを自分で決めるというのは、とてつもなく重い。その結果の全てを、自分の責任で受け止めないといけない。
 だからほとんどの人は楽な結末を望むか、あるいはその選択から逃げようとするだろう。俺も、そういう人間だ。
 だから、俺は――
「けど、ユリアさんがどんな選択をしても、俺は君の味方になろうと思う。俺は君の選択を責めないし、その意思を尊重する」
「ヒロトさん……いいん、ですか、そんなことを言って? もし私が残ったら、ミウさんをずっと巻き込むことになりますよ?」
「こんなときまで他人の心配しないでいいから。どうせあいつ、自分が決めたことは譲らないし。ユリアさんがいなくなってもひとりで続けると思う。それなら、ユリアさんがいてくれた方が何かと安全だしな」
 情けない話、確かに魔法を持たない俺じゃあ美羽を守れないかもしれないんだ。
 あの、カミナリ小僧。ポーキァから。
 酷く惨めな話だが、それならユリアさんやレンさんと共に行動したほうが安全かもしれない。あいつの狙いがユリアさんであっても、無力な俺と一緒にいるよりは。
 いずれここにユリアさんがいることがばれる可能性は、かなり高いのだから。
「だから、ユリアさん――我が侭になれ。自分のやりたいことをとことんやってみろ。俺は家族の、君の、味方だから。何があっても絶対に」
「あ…………」
 その頭に手を置いて、柔らかな髪を梳くように軽く撫でる。美羽や美優にするのと同じように。
 強く、儚い彼女を、受け入れるように。
「わ、私は、子供じゃないですよ!」
 ぷくっと頬を膨らませるユリアさん。うん、わかってる。でも口元がゆるんでるから。膨らんだ頬が赤く染まるのを見て、可愛らしいなと、改めて思った。
「エーデルさん。私は、戻りません。ここで成すべきこと――いえ、成したい事があるのです。どうしても見捨てられないものがあるのです」
「……そうですか。やはり……こうなりましたか」
 エーデルは深くため息をついた。その表情に多少の不満の色はあるが、むしろ納得しているようだった。
「まあ、貴女様の性格はそれなりに存じ上げているつもりです。強制的に連れ帰ることもできないですし、貴女の意思がそれであるのなら、ボクは納得しましょう。なので――国王より受け賜ったもうひとつの命を実行したく思います」
 エーデルはユリアさんの前に跪き、頭を深くたれた。
「この世界において、この私めが貴女様の助けとなるべくよう受け賜りました。これ以降、貴女様に害を為す者はだれであろうと、このボクが許しません。どうぞご安心して、貴女様の御意思のままにお進みください」
 エーデルの言葉は意外なものだった。エーデルの役目は、彼女を連れ戻すこと。それができなくば、彼女をサポートすること。
 つまり、俺の予想のどちらもが、エーデルの請け負った使命だったということか。
「……ええ、ありがとうございます。でもエーデルさん。先ほどもヒロトさんが言ったように、私達はこの世界ではただの人に過ぎません。ですから、そこまでかしずく必要もありませんよ」
「いえ、これはボクがこうしたいと思った故の行動です。姫ではなく、貴女という人にこうしたいという、ボクの意思です」
 ユリアさんの意思。それに、エーデルは膝を折ったというわけか。
 ユリアさんはエーデルの言葉に照れたのか、困った顔でこちらを見る。いや、俺に助けを求められてもどうしようもないですって。苦笑を返す。
「さて。なんかもう何を言われるか結果がわかってることを改めて聞くのもなんだけどさ。――俺は、どうすればいい」
「何もするべきではないな」
 俺の言葉に真っ先に答えたのは、案の定レンさんだった。
 ユリアさんは俺に遠慮して答えられないだろうし、エーデルは俺と会話しても話がまとまらないのは一連の会話を見ればすぐにわかる。
 だから、この答えを放ったのがレンさんだというのは、ある意味順当だろう。そして、それがわかっていても――どうして、という思いは、消えなかった。
「この件に関しては、魔法使いでないと対処できない。確かにヒロト殿も異常を感じることはできるだろう。いや、おそらく我々の中の誰よりも、それに敏感だと思う。だが、その後が問題だ。もしそこで何かの障害が発生したとき、魔法のないヒロト殿では対処できない可能性が高い。例えば誰かを同行させても同じだ。いや、足手まといがひとり増える分、より危険だといえる」
「……だから、俺はなにもするな、と?」
「そういうことだ。ミウ殿の身の安全は私が全力を尽くす。そうでなくとも、ミウ殿は魔法使いとしても優秀だ。事実小さなトラブルはひとりで片付けてしまったこともある。だがヒロト殿。あなたはそうなったとき、何もできない」
「レン、そんな言い方――!」
「ですが姫、これは事実です。ユウキヒロト、君も愚かでないのならわかるだろう。それが現実だと」
 無力感。
 俺には何もできない。俺じゃあ何も変えられない。そういう、昔から嫌というほど感じてきた、絶望的な壁。
「酷かもしれない。だが、そういうしかないのだ、ヒロト殿。ミウ殿は、少なくともあなたを守りたくて我々に協力しているのだ。なればこそ、彼女の想いを無下にしないためにも、あなたには手を出さないでいただきたい」
 ――――――――――――あ。
 ああ。ああ。ああああああああああああああああああああああああ!!!!
 咽の奥から、腹の底から、意味のない衝動が体を蹂躙する。ただ無意味に吠え、この無力感を打ち消したい。それが、負け犬の遠吠えだと知りながらもそうせずには、いられない。
 それを耐える。耐えるしかないんだ。事実に、現実に。
「そ、か――わかった。って、みんなそんな変な顔するなって。言ってることはわかってる。別に、俺だって、そんな考えなしのつもりはないんだから」
 あるいは、もう少し利口であったのなら。
 何かできたのかもしれないけど。何ができたのかはわからない。ただ、今の自分みたいにただ耐えることしかできなくて、どうにもできない衝動に身を震わせるしかできないような自分じゃなかったら。
 そう、思わずには、いられなかった。
ツールボックス

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