世界の中心 > 四日目

 ……ト様。ヒロト様。お目覚めください。ヒロト様。
 いつから俺は若いメイドさんボイス付き目覚ましなんか買ったのだろうか。
 この目覚ましを買った俺に言ってやりたい。GJ、アンタホントいい仕事したわ。
 でもまぁ、まだ眠いし。二度寝したって構わないはずだ。
 目覚ましのボタンを手探りで探し、それっぽいのを押し込む。
 むにゅむにゅ……むにゅ? あれ、目覚ましのボタンってこんな柔らかかったっけ……?

「ん、ふ。ヒロ、ト様。お目覚め、ください」
「ん、あ?」

 目を開けた先にはメイドさん。あれ、俺メイドなんか雇った?
 そんなはずもなく。そういえば、ここはユリアの城だったっけ。
 じゃあ、今俺が止めたはずの目覚まし時計はどこに?
 そう思って伸ばした手の先を見たら、立派に育った果実を握り締めていましたとさ。
 
「って、どわぁ!? スイマセン、悪気はなくて!!」
「その、お戯れはほどほどにお願いします。もし、どうしてもと言うのでしたら、夜勤めさせていただきますから」
「勤めるってナニを!? じゃなくて、誤解ですってば!」
「フフフ、存じております。目を覚まされましたら食卓へ。朝食の支度は済んでおりますので」

 そう言ってメイドさんは部屋を出て行った。いや、驚いたな。
 よくよく思い出してみると、今のは昨日服を渡してきたメイドさんじゃないか。……ユーモア溢れる人だな。

「あ、そうそう」
「ひゃい!? なんでせう!?」
「ヒロト様。朝からお元気なようで何よりです」

 ある一点を見つめながら、それだけ伝えて出て行くメイドさん。
 てか、本当にそれだけ伝えにきただけか。一体なんなんだ?
 目線の先を追ってみる。ああ、おはよう。朝はいつも元気だな息子よ。
 ……ただ悪戯好きの人みたいだ。とりあえず、火照った顔の赤さでも隠すために顔を洗ってからにしよう。うん。
 
 朝食を取った後、俺とユリア、レンは作戦司令部のような部屋に集まった。今後のことを相談しあうらしい。

「で、だ。ユリア、色々聞きたいことがあるから答えてくれ」
「はい。私も、色々伝えなければいけないことがあります」
「まず一点目。核ってのは何処にあるんだ? 調査してないわけじゃないんだろ?」
「それについては某が説明する。核はここから南方の、山を三つほど越えた先に存在する」
「何だ、場所はわかってるのか。なら手をこまねく必要は」
「それが出来たら苦労はしない。核が汚染されているのは聞いたな?問題は、その汚染のカスだ」
「カス?」
「それがモンスター化して近隣をうろついている。対して強くはないから一匹一匹なら我が近衛メイド隊でも問題はないだろう。だが、数が圧倒的なのだ」
「これまで、いくつもの調査団を送りました。結果は全て失敗。そこに至るまでの拠点も制圧されてしまい、手を出せなくなっているのが現状です」
「なるほどな。じゃあ二つ目だ。その汚染してる奴ってのは? 調査団を送りこんだって聞いたけど、分かってるのか?」
「今姫が説明したばかりだろう。調査は全て失敗している。敵が誰であるかは判明していない」

 結局、何もわかっていないってことか。漏らしそうになる溜息を押し止めて、話を促す。

「ですから、まずは制圧された拠点を取り戻しつつ、核へ近づくことが重要です」
「ここから一番近い山の麓に砦がある。幸い距離はないからな。三日も歩けばつく所に」
「れ、レンメイド長!」
「何だ、今は会議中であるぞ!!」
「緊急です! 城壁に例の獣達が押し寄せています!」
「何だと!? 何故接近を許した!!」
「そ、それが見張り番は既にやられた後で」
「弁明は後で聞く、お前は近衛隊を緊急招集、対策に当たれ!!」
「お、おいちょっと待てよ。俺はどうすれば」
「ヒロト殿や姫を危険に晒すわけにはいかん。某が退けるから、それまで城の中に篭り決して外に出るな!!」

 乱雑に扉を開け、レンは走って行ってしまった。何てこった、いきなり緊急事態かよ!?
 突然の敵襲に連絡経路も上手くいってないらしい。食後というのもマズイ、人間は満腹状態では気も緩み、碌に動けないものだ。

「まさか……こんなに早くここまで到達するなんて……」
「嘆くのはもうちょっと後だ。ユリアは王室に篭れ」
「でも、皆が頑張っているのに私だけ」
「バカ言うな、お前が居なくなったらこの国は誰が引っ張ってくってんだ! それに、俺も、レンも、美優に美羽も悲しむだろ。いいから、お前はもう部屋に篭っとけ、俺もすぐに行くから」
「そんな、ヒロトさんは何処へ!?」
「ちょっと便所だ」

 明らかな嘘をついて走り去る。あれだけ言えばユリアは付いてこないだろう。
 その間にあの人を探す。見た目格闘に向いているようには見えなかった、なら恐らく何処かにいるはずだ!!
 城内を駈けずり回る。何処だ、何処にいる、早く……っ!
 居た! 廊下の突き当たり、おろおろとしている一人のメイドさん。今朝俺を起こしに来てくれたあの人だ。
「ヒロト様!? 何をしておられるのです、早くこちらに!!」
「そんなことより聞きたいことがある。簡潔に教えてくれ」
「は? その、私で分かることでしたら。でもスリーサイズは」
「んな冗談はいらない! いいか、必ず答えてくれ。いいな? ―――武器庫ってのは何処にある?」


「一斑は左に回れ! 二班は魔法援護、三班は一般人を! 負傷したものは速やかに撤退しろ!!」

 剣を薙ぎながら伝令する。城門を突破してきた奴らはその数で我らを圧倒する。
 既に負傷したものは数知れず、分断された隊の現状を知ることすら難しくなってしまっている。
 剣を振るう腕が疲労で鈍りそうになる。そうしている間にも数は増していき、最早対処しきれなくなりそうだ。
 そんなことを考えていたからだろう。敵の攻撃を剣で弾いた時、背後に隙が出来てしまった。しまった、これは防げない!
 
「おっとぉ、させるかよ!」

 覚悟を決めたその時、背後の敵が切り裂かれ崩れ落ちる。その先に居たのは―――


「何だ、ありゃぁ……」

 メイドさんから武器庫へ案内された俺は、そこにある鎧や剣を身にまとい城の外へと出た。こんな事態だ、人手は多い方がいいに決まっている。
 飛び出した先は、真っ黒な何者かで埋め尽くされていた。
 影、と呼ぶしかないような、異型の化け物達。その目の輝きと異様な口、そこから伸びる牙のような何かが恐怖を煽る。
 そして、大群。目視出来るだけでも百は越えるであろうそれは、最早なんて表したらいいかわからないほどだ。
 そんな黒の中、一点の白に目が行く。レンだ。他のメイド隊の姿は見えない。恐らく、連絡を絶たれてしまったのだろう。
 それでも諦めずに孤軍奮闘しているが、このままではマズイ。いつやられてしまうか……
 と、次の瞬間、剣で相手の爪を弾いた途端、少し体形を崩してしまう。危ない!!

「おっとぉ、させるかよ!」

 背後からその凶刃を伸ばさんとする影を、握り締めた剣で一閃。
決して気持ちよくない感触を残して、ソレは崩れ落ちた。

「ヒロト殿! 姫と共に城に篭れと言っただろ!」
「あのな、俺だって言っただろ! お前は俺の家族なんだ。家族が危険な目にあってるってのに、何もしないで見てられるか!」

 人であって人でない、そんな異型の影の軍勢。
 薙ぎ、振り下ろし、突き刺し。八方から繰り出されるその腕を、必死で回避する。
 地を削り、壁を壊し、風圧だけで萎縮されるそれは、当たればたやすく体を切り裂くだろう。
 冗談じゃない。確かに簡単にはいかないとは思っていたけど、ここまで敵が強いなんて予想外だ。
 手にした剣を、腕を掻い潜って出鱈目に振るう。当たり前だが、剣なんて初めて持ったからどうやって扱えばいいかなんてわからない。
 それでも何とかもう一匹切り裂いた。避ける素振りすらしないのを見ると、どうやら知性は高くないらしい。
 だが、この圧倒多数の前では多勢に無勢。たかが数匹仕留めたところで、迫り来る死の数に変わりはない。

「く、そ、駄目だ……このままじゃ……」

 体はもう疲れはじめ、避けることもそろそろ儘ならなくなってきている。爪を掠めた頬からは血が伝い、そのことが余計に焦りを生み出す。八方塞りとは正にこのことだ。

「って、ヤバッ」

 足が縺れた! 転倒は免れたが、その隙を見逃すほどコイツらは甘くない。我よ我よと襲い掛かる爪、爪、爪。まずい、これは死―――ッ!?

「ヒロト殿、かがめ!」

 咄嗟に頭を抱えしゃがむ。同時に、頭上を剣が通り過ぎ、数匹巻き添えにして通り過ぎた。
 サンキュ、レン! なんて礼を言う間もなく、減らされた数を一瞬で補う膨大なバケモノ共。何か、何か手はないのか!?

「クッ、このままではジリ貧だ……ッ!!」
「ってか、そっちもそうだがこっちも何気ピンチ通り越してヤバイ! コイツラ何か弱点とかないのかよ!?」
「知らん! せめて数が減れば、こっちにも勝機が、」

 どうやら喋る暇すら与えてくれないらしい。振り上げられた腕をバックステップで避ける。
 巻き上がる土埃に思わず目を閉じかける。そんなことをしたら最後、文字通りあの世逝きだ。
 土? 待てよ、それなら!

「レン! 合図をしたら一斉にその場から飛べ!」
「ヒロト殿、何を」
「いいから! 3・2・1、今!」

 全力で後ろに跳ねる。同時に魔力を構築し、向かい風を作って出来るだけ滞空時間を延ばす。
 その間に、別の術式を起動。内容は対象を数メートル先に移動させるだけのチンケな魔法だが、今回その対象は人ではない。
 化け物共が立ち並ぶ地面をそっくりそのまま移動させる。即席の落とし穴だ。

「何をしている、無駄だ! それでは悪戯に時間を稼ぐだけで」
「まぁ見てろって!」

 範囲設定を無視して、落とし穴の中心に魔法エネルギーを生成、固定。そこに、火の玉を飛ばす。
 無論、そんな短い間で作った火などマッチほどの威力もないが、それで十分!
 火の玉を受けたエネルギーは炎という属性を受け、膨張。自らの殻を破るように暴走し―――
 天を揺さぶるような轟音と共に、大爆発を起こした。

「~~~ッ! っあー、耳いてぇ……」
「バ、馬鹿者!! あんな威力の爆発だと!? 被害がこちらにまで及んだらどうするつもりだったんだ!!」
「怒鳴るのはやめてくれ、まだ耳鳴りが……というかだな、被害を出さないために先に落とし穴を作ったんだろうが」

 そう。落とし穴によって作られた空間内を、魔法によって爆破。
 左右を土によって防がれた炎は、その方向を上下に強制される。即席の指向性爆弾というわけだ。

「全く、お前って奴は。何て無茶を……」
「悪い。でも、おかげで数は減ったぜ?」

 今の爆発に巻き込まれた影は、残りわずかになっていた。この程度なら、脅威にすらなりえない。

「さて、と。じゃ、反撃といきますか」


 その後、あっさりと勝利を収めた俺達は、負傷者を抱え城へと戻った。だがその実、被害はかなり大きいものとなった。
 まず、一般人への被害。人体的な被害はさほどでなかったが、家屋を家屋を壊された損害は、人々の心に大きく傷を残すだろう。
 そして、近衛隊の壊滅。死者はどうにか出なかったようだが、負傷者が多すぎた。これでは、まともに動くことも出来ない。
 最後の被害。それは、
 
「ヒロトさん! なんだってあんな無茶をしたのです!!」

 今俺が王室でユリアに叱られているという、精神的被害だ。
 
「あなたは訓練も受けてない、ただの一般人なんですよ!? 一歩間違えたら死んでいたかもしれないんです!!」
「姫様のおっしゃる通りだ。あんな所に出しゃばってくるなんて、足手まとい以外の何物でもない」

 あ、レンまでそんなこと言いますか。最後助けてもらったのはどっちだってんだ、こんにゃろー。
 
「ハァ、話は後にしましょう。レン、今回の戦闘の詳細を」
「ハッ、こちらにまとめてあります」

 レンから受け取った詳細報告に目を通すユリア。しばらく思案顔でそれを読んでいたが、急に驚いた顔になり、報告書と俺の顔を何度も何度も確認しはじめた。
 
「ど、どした? 何か問題でもあるのか」
「ヒロトさん。ここに書いてあることは事実なのですか?」

 差し出された報告書の一文。『結城ヒロトが作り出した爆炎により、敵の大半を撃退』と書かれている。
 
「え、ああ。間違いないけど」
「詳しくお願いできますか?」
「いや、詳しくも何も。あの影っぽい奴らの地面を移動させて、そこに魔力の塊作って、火つけただけだよ。特別なことは何も」
「何もって、これだけのことをしといて? ……魔力が枯渇したとかは」
「それもない。範囲とか定めたわけじゃないし、そういう細かい作業抜いたら使われる魔力なんて微々たるもんだろ?」

 通常、魔法は範囲を指定してから発動するものだ。じゃないと、飛び火がどこまで伸びるかわからなくなる。
 そしてその範囲指定も魔力を使って行われる。それがなかった分だけ、魔力消費量は少なく済んだってわけだ。
 
「……」
「ユリア? どうした、何か考えてるみたいだけど」
「……いえ、何でもありません。レン、あなたはメイド隊に休暇をとらせなさい。今回の損害から考えると、今後旅に同行する事は出来ないでしょうから」
「了解致しました」
「それとヒロトさん。明日から、私に付き合っていただきます」
「付き合うって、何に?」
「魔法の鍛錬です」
「うげ、マジで? いやぁ、俺そういうのは苦手なんだけど」
「いいえ、許しません。今回勝手を行った罰です」

 それを言われてしまえば断れないじゃないか。何か理不尽だ。
 
「では、これにて解散。今日はお疲れでしょうから、もうお休みになってください。レンもゆっくり休むこと。いいわね?」
「ヒロト様は私が部屋までお連れします」

 申し出たのはやっぱり例のメイドさん。姫の前だからだろうか、少し緊張しているように見える。
 レンとユリアに見送られ、王室を後にした。
 


「全く! 急に武器庫に案内してくれ、なんてお頼みになるから何事かと思ったら、あんな無茶をなさるなんて。私、とても心配したのですよ?」
「すいません、何かいてもたってもいられなくなってしまって」
「メイド長にも、凄く怒られたのですからね」
「え、怒られた?」
「ヒロト様を止めることが出来なかったということで、メイド長に減給されてしまいました……」

 うわぁ、それは可愛そうなことをしたな。ここにきて初めて、申し訳ないという気持ちが湧き上がってきた。
 
「さぁ、部屋につきました。今日はお疲れになられてるでしょうから、とにかくお休みになってください」
「はい。色々とすみませんでした」
「かまいません、慣れておりますから」

 減給処分に慣れてちゃ駄目だろ、と心の中だけで突っ込む。
 ベッドの上に横たわったら、急に疲れが襲ってきた。確かに、酷く疲れていたみたいだ。
 疲れに任せるように目を閉じ、俺はそのまますぐに深い眠りについた。
最終更新:2007年07月22日 05:48
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