世界が見えた世界・4話 B


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「あー、なんか地味に酷い目にあった……」
「皆さん、仲がよろしいんですね。うらやましいです」
 そうか、あの光景は仲がいいとも取れるのか……。
「ま、ユリアさんならすぐにでもうちのクラスに打ち解けられますよ。っつーか、勝手に取り込むだろ、うちのクラスの連中ならよ」
 貴俊の言うことには全面的に賛成だ。お祭り大好きなうちのクラスなら、ユリアさんの持つ世間とのずれとか、やたらと素直すぎるあたりも平気で受け入れるだろう。……その分、俺がやっかみを受けるわけになるんだが。
 今朝から続く四方八方からの視線による責め苦は、俺に明らかな疲労を与えていた。
「いやぁ、人気者は辛いねぇ」
「肩をたたくな……ていうか、人気者は俺じゃなくてユリアさんだろ」
 だが、貴俊は俺の言葉なんか聞かずにバシバシと肩を叩く。叩く。叩く。叩いてるうちにだんだんと手の位置が下がっていったので、顔面を殴って止めておいた。
 割と全力で殴ったのだが、妙に幸せそうな顔をしていたので罪悪感はない。むしろちょっと――いやかなり気持ち悪い。
 親指を立てるな。何かを達成したようなすがすがしい笑顔を浮かべるな。
「その……ヒロトさんとクロスガワ様は、なんといいますか…………」
「あー、別にそんな無理やり言葉を探さなくてもいいですよ。関係がよくわからないってのは、美羽にも美優にもなぜかよく言われますから」
「あの2人にもわからないとなると、確かに変わった関係なのだろうな」
 まあ、自覚はある。貴俊との付き合いは男友達の中でも最長にあたるが、はっきり言ってなんで続いているのかなんて自分でもさっぱりわからない。たとえば趣味にしたって、貴俊は完全にアウトドア派だが俺はどちらということもない。同じような主義を持っているのかといえばそれはまずないだろう。貴俊の主義は非常にひねくれていて、俺は主義じみたものは特に持っていない。価値観もずいぶん違う。ていうか、こいつがたまに言ってくる愛だの何だのが何なのかがいまいちわからない。たまに本気で後ろに危険を感じることはあるが。
 そもそも、中学時代からの付き合いだが相手の家になんぞ実はお互い一度もいったことがない。ユリアさんには以前ああいったが、あれも実はその場しのぎで貴俊を自宅に呼ぶつもりは今もさらさらない。理由? ないよ、そんなの。ただ、貴俊のことだからどうせ誘ってもこないとは思うけど。
 うん、考えれば考えるほど所謂『ともだち』とは何かが違う気がしてくる。
「ま、気楽な関係ではあるけどな。俺の溢れんばかりの愛を受け取ってくれる稀有な存在だぜ?」
「受け取った端から廃棄処分してるけどな」
「いや、お前ら授業聞けよ……」
 呆れ顔の中にどこか疲れた様子の数学の先生がため息をついた。
 ただいま授業中。
「そうはいっても先生、正直俺数学とかすごい苦手なんですけど」
「そんなものお前だけじゃないだろう。というか、このクラスに数学が得意な奴は俺の記憶の中じゃあいないはずだが」
 その教師の言葉に、クラスがざわめく。おい、お前前回のテスト何点だった? とか、お前今やってるところどんぐらいわかる? とか。そうやってひとしきりざわついて、収まると。
『はぁぁぁぁぁ~~~~…………』
 息が合いすぎだろみんな。いや、俺も例に漏れず成績はあんまりいいほうじゃないけど。
 学年全体から見たら平均点より少し下といったところだが、このクラスに限ってみた場合その順位は上の中あたりにまで跳ね上がる。これだけでこのクラスの数学の成績が推し量れるというものだ。
 ……いや、全科目そんな感じだけどさ。
「だからため息をつきたいのはこっちだって! 何でお前らは揃いも揃って数学に拒絶反応を示すんだ!?」
「先生、それは間違っています!!」
 貴俊が右腕を伸ばし、数学教師をまっすぐに見据える。その瞳の力強い光に、教師が一歩後ずさる。
「俺はそもそも数字に拒絶反応を示します!!」
『ああ!』
「納得するな! まったくお前らは……いくら魔法使いだからって言っても、魔法だけ使えたって就職先なんか見つからんぞ? このクラスのやつらは魔法能力は軒並み高いんだから、他の教科ももう少しがんばるように!」
 その正論に対してのうちのクラスの反応は、こんな感じだった。みんなの揃って『え、なに無理言ってんの、この人』という顔になるのだ。
 教師は脱力すると、自分の仕事に戻る。いくら俺達が理解しないからといって、教えなければほんとに何も出来なくなるからだ。何も出来なくなると、あの人の夏休みの補講担当日数が増えるわけで。
 まあ自分たちの夏休みも減るわけだしみんなそれだけは回避しようと必死になるのだが、いかんせんもともとの性能差による部分は埋めがたい。
 ああ、背中に哀愁が漂ってる……。
「このせか……国では、随分と先生と生徒の間の距離が近いのですね」
 ユリアさんは感心したように言うけど、それ、多分うちのクラスが特別に変なだけだから。




 次の授業は『能力活用術』
 そのまんま、自分の能力を自由な発想で扱うための授業なのだが……正直、この授業は全科目の中でも一番嫌いだったりする。ていうか、針のムシロ。
 この授業のポイントは魔法をいかに理解し、自由に扱えるか。
「そういえば、ユリアさんとレンさんはどんな魔法を使うの?」
「どんな…………ですか?」
「うん、そう。そういえば、2人の魔法って見たことないなって思って」
 それを言うなら俺の魔法だって見せたことないんだけど。いやだって、俺の能力って日常とかじゃほとんど使い道がないし応用とかもできないし……って、ああもう、だからそれを考える授業なんだよな……。
 俺が1人で悶々としている前で、ユリアさんもぽえーっとしていた。なんというか、俺の言っていることが良くわかっていない表情だ。
「どんな……魔法…………。…………どんな?」
「姫様。私たちの……特殊…………一般的に……です」
「あ……ああ! はい、魔法ですね、わかっています! わかっていますよ?」
 レンさんがなにやら耳打ちすると、ユリアさんが何を悟ったのか大慌て。何がわかっているのかわからないが、この様子からして何かがわかっていなかったことは明白だった。
 いやまあすでにわかりきっていたことだけど、隠し事できないなこの人たち。すごく政治やらに向いていない気がするんだけど。
「えと、わ、私の魔法ですね!? 私の魔法はですね……魔法は……魔法……」
「あ、あの~、ユリアさん?」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください! 今丁度いい言い訳を考えますから!!」
 言っちゃったよ。言い訳考えてるって言っちゃったよ!! 意味ないじゃん! 俺の周りにはこんな女の子ばっかりなのか!? それともなにか、みんなして狙ってんのか、そういうのが今の流行なのかっ!?
 しかしユリアさんは自分の失言に気づいていない様子だ。いや、むしろこれはツッコミ待ちとかそういう話なのか……いや、しかしお姫様だしそういう知識はさすがにないよなぁ……。ああでも、よくテレビは見てるっけ。珍しいとか何とかで……じゃあ知っていてもおかしくない、となるとやっぱりツッコミ待ちか?
 またもや悶々とする俺と、ぽえーっとそれでもどこか焦った様子で言い訳(?)を考えているユリアさん。
 レンさんが、俺達をどうしたものかと困った表情で見ていることに気づいたのは、それから数分経ってからだった。授業には、何とか間に合った。




 今日の『能力活用術』はよりにもよって実技だった。
 この学校にある魔法に対するいくつかの授業のうち、魔法を実際に使用する二つの科目がある。そのひとつが『能力活用術』であり、残りのひとつが『能力制御学』だ。
『能力制御学』はその名の通り自分の能力をいかにうまく制御するか、出力の限界点はどのくらいか、などを見極めるための授業なので、個人の能力によって活動場所が変わってくる。
 『能力活用術』は先ほども言ったように能力を自由な発想で使うための授業なので、クラスまとめて行われる。今日はグラウンドで、自分の能力を何かの競技に役立てることが出来るか、というものだった。
 ある一分野に特化した己の技術を、他者と同じ条件下でいかに有効に振るえるかを鍛えるのだ。
 さて、俺達が使う能力――所謂『魔法』とは何なのか。実は、良くわかっていないらしい。
 曰、一部の人間にのみ与えられた特別な力である。
 曰、人間の脳に秘められた力をたまたま扱えるようになったものである。
 曰、世界に満ちる不可視のエネルギーを制御する技術である。
 他にも諸説あるが、俺みたいな一般人からしてみたら結局のところ『不思議パワーである』で片付けてしまってなんら問題ないものだ。現実にそこにそういう力があり、そういう力を持つ者たちがいる。確実なのはこの位だ。そしてそれだけがわかっていればそれを使うことに支障はないし、有効に役立てる方法も考えることができる。要はテレビや飛行機と同じだ。原理がわかっていなくても活用することはできる。飛行機にいたってはなぜ飛んでいるのかを物理的に説明できないのだから、魔法と似たようなものだ。
 ただ、この『魔法』は、所謂物語で聞くようなファンタジーな能力ではない。地面や空中に魔方陣やらを書くなんてこともしなければ、何もない空間から炎や氷や雷を自由に生み出すなんて真似、出来ないのだ。
 それなら、何が出来るのか。答えは――なんでも出来る。ただし、能力は1人につき1種類のみ。そして、その能力は先天的なものだ。
 そのせいで、昔どこかの研究機関が後天的開発をしようとしてえげつない人体実験をやっただの、宗教団体が脳味噌いじっただの、そういう噂話に枚挙はない。つまりはそういう話が出るくらいに、後天的能力というものは夢物語扱いというわけだ。
 というわけで、ひと括りに『魔法』といってもその能力は個人によって千差万別。さすがに人間が扱うものだから人間に理解できる力ばかりだが、逆を言えば人間が理解できる――想像できるようなことなら大抵の魔法はどこかの誰かが有している。
 世界に自分だけが持つ能力。神様が与えたオーダーメイド。だというのに、それを活用できていない人間がいる。活用、できない、人間がいる。
 そして、この学園にいる関係者は1人の例外もなく魔法使いである。それぞれが個性的な能力を持っていて、自分の力を学んでいる。
 能力はある程度区別できるが、中には特別過ぎる能力を持っている人もいて、そういう人は能力の訓練が大変らしい。何しろノウハウがないのだから仕方がない。だが、彼らはまだいい。自分の力が何なのか、ちゃんと理解できているのだから。
 生まれてきて、息の仕方がわからない人がいないように、魔法使いも、自分の能力をなぜか理解している。理解しているはずなのだ。
 自分の能力がわからなければ、それがいつ自分を傷つけるのかわからないのだから当然だ。当然なのだ。当然なのに。
「………………………………。だぁぁぁぁっ」
 集中をとき、頭を抱える。やっぱり、ダメだ。使えない。
「大翔は相変わらずか。最近は制御学は随分ましになってるのになぁ」
「あれは出すだけだからな……数うちゃでるんだが……こっちは狙ったタイミングで出さないといけないからなぁ…………」
 せっかくのオーダーメイドもその全容を持ち主が把握していないのであれば無用の長物に他ならない。いや、むしろ発現はできて制御が疎かという現状は無用よりも遥かに厄介だ。いつ暴発するとも知れない爆弾を持ち歩いているに等しい。
 自分の掌を見つめる。当然のことが出来ない、という事がかなりのプレッシャーを受けるいうことに、この学園に入ってから気づかされた。
 俺は、自分の能力が何なのか知らない。一応、物体を貫く――あるいは、穴を開ける類の能力だということはわかる。だがそれは、過去の記憶や経験から導き出された推測であって、俺自身が理解しているわけじゃない。
 つまるところ、俺はこの学園においてはかなりの変り種というか、まあ、要するに『普通じゃない』存在として扱われているのだ。
 実のところ、1年生の頃なんかはかなりしんどい時もあった。ま、今じゃだいぶ気楽に受け止められるようにはなったけどさ。
 グラウンドを見ていると、他にも『活用術』や『制御学』の授業で大いに魔法を使っている人たちはいる。その誰もが、自分の魔法に対して向き合い、その力を扱っている。
 ……なんだかなぁ……能力を知っているかどうか以前に、やっぱり、場違いだよなぁ……。
 その光景に、なんとなく、暗い気持ちを覚えた。
「ヒロトさん? どうしたんですか、なんだか顔色がすぐれないようですけど……」
「ユリアさん。いや、別になんでもない……ていうか、ちょっと顔が近いって!」
 ユリアさんはうつむく俺を覗き込むようにしていた。そのおかげで、お互いの顔の距離がすぐそこにまで近づいていた。翡翠色の瞳に、自分の情けない顔が映っている。
 ……なんとなく、ユリアさんの前でそんな顔をしているのは嫌だった。
「ていうか、ユリアさんはさっきからずっと人の活動みてばっかりだけど、自分の方はどうなの?」
「あ~、それがですね、その……何といいますか…………」
「姫様。ここは私にお任せください」
「レン! 何かうまいごまかし方があるの!?」
 ユリアさんが笑顔をはじけさせる。あああ、そんな大声でごまかすとか。ねえ、ツッコんでいい? ツッコんでいいの!?
「ヒロト殿。姫様の魔法は……というか、我々の魔法はあなた達の扱うものと少々違ったものなのだ」
「お、なんか面白そうな話じゃん。俺もその話には興味があるぜ」
「あ、ああ。あー、その、わが国における魔法というのはひとつの技術として確立されていて、この国やその他で言うような魔法は『特殊魔法』といって、私たちの国ではむしろ珍しい部類に入るのだ」
「「……………………」」
 俺と貴俊は顔を見合わせる。技術として確立された魔法? そんな話聞いたこともない。レンさんを疑うようで悪いが、にわかには信じられない話だ。
 先ほども言ったように、魔法は似たような効果を表すことは当然あるが細かいところに必ず差異が出る。
「とはいっても、さすがに見もせずに信じるというのは難しいだろう。姫様。申し訳ありませんが、お願いできますか」
 レンさんの言葉にしかし、ユリアさんの反応は鈍かった。渋っている……いや、何か、忌避するように。その原因は……俺? ユリアさんの視線が、なぜか不安げに揺れていた。
「……でも、レン。ヒロトさんに見せて、もし、ヒロトさんが巻き込まれるようなことになったら……」
「しかし姫様。この学園にいるということは、自然、魔法を使わなければならない機会が出てくるということです。学園長に無理を言って入れてもらったのですし、これ以上特例を認めていただくのも……」
「わかっては……います。巻き込むというのなら、学園長様やミウさんを、もう、巻き込んでいるんですから……」
「姫様…………」
「だから、レン。お願い。ヒロトさんに何かがないように、気をつけてあげて。これまで以上に」
「それが、あなた様の望みであるのなら。私こそ、出すぎたまねをして申し訳ありません……私にも、通常魔法の腕が十分であればよかったのですが」
「いいのよ。それに、人には向き不向きがあるのだから仕方がないわ。あなたは、良くやってくれているもの」
「ありがとうございます」
 しばしユリアさんとレンさんで深刻な顔で何か話し合っていた。やがて、ユリアさんがレンさんを連れてこちらへと歩いてきた。
 その表情に、すでに迷いはない。何か計り知れない意志の強さを感じる。
 ただ魔法を使うだけ――ろくに扱えない俺が言うのも変な話だが――にしては、やけに重々しい。
「それでは、私たちの言うところの魔法を見せたいと思います。……少し、離れていてください」
 ユリアさんの言葉に従い、距離をとる。ユリアさんは両手を広げると、深く息をすいこんだ。
「私たちの魔法を私たちは通常魔法といっで、普段は魔法と呼んでいますが――それでは、こちらで言う『魔法』と区別がつかなくなるので通常魔法、と呼ばせてもらいますね。通常魔法は、自然を操る魔法です。5元素――火、水、風、土、雷の5つの力を操り、時には組み合わせて様々な現象を操るのです」
「それって……なんていうか」
「まんま、ゲームとかに出てくる魔法みてーだな」
「げーむ……? えっと、とにかく、何かを出してみましょう。私は風の魔法と相性がいいので、風を起こしてみます」
「っ!?」
 息を呑む。ユリアさんを包む空気が一瞬のうちに変容した。まるでコールタールの海に沈んだかのような重みが全身にのしかかり、神経を無遠慮に撫で回されるような嫌悪感に襲われる。
 その感覚に気をとられた瞬間、ユリアさんの足元から風が巻き起こり、一瞬の旋風を巻き起こした。さらに続いて、左手を天に掲げ、
「炎よ――請い願う我の元へ集いたまえ」
 言葉が合図になったのか、指先から発生した炎が渦を巻き、ユリアさんのひじ辺りまでを飲み込んだ。その炎を右掌で打つと、炎がばっとはじける。
「雷よ――呼びかけし我が身に寄り添いたまえ」
 青白い雷がバチバチと音を立ててユリアさんの全身を守るように弾ける。幻想的な光景のなかで、静謐な表情をしているユリアさんと、一瞬視線が交錯する。俺の驚きを見透かすかのように、クスリ、と小さく笑った。
 その笑顔に一瞬、全身を苛む悪寒を忘れてしまった。それほどに、魔法を扱う彼女の笑顔は無垢だった。
「大地よ――上に立ちし我が身を覆いたまえ」
 ユリアさんの周りを囲んでいた雷を貫く勢いで、地面が隆起し、堅い岩盤の盾となる。
「水よ――従えし我が意思に沿いたまえ」
 その岩盤の下から水が溢れ出し、渦を巻き、噴水というよりは水の壁になってしまう。しばらくしてそれが収まっていくと、そこに立っていたのは自信満々の顔をしたユリアさんだった。さっきまで岩盤がめくれていたグラウンドは元通りになっている。
「これで、わかってもらえましたか?」
「……………………」
 驚きのあまり声も出ない。まさか、こんな技術があるなんて思いもしなかった。呆然としていると、後ろでわっと歓声が上がる。振り返ると、クラスのみんなが集まってきていた。……あれだけ派手なことをすれば当然といえる。
 みんなしきりに、すごいだの派手だのと各々の感想を述べているけど……今のはそういうので済むレベルか?
「ぷっ、くく、くはははは!! いやぁ、その通りだわ! スゲェし派手! これで十分じゃねぇか、大翔!?」
「お前までそんな反応を……何考えてんだ、自称知識人?」
「いんや、まーだなーんも考えてないって。けどさ、すっげぇ面白そうってことだけは、わかるだろ? ならそれでいいじゃねーか!!」
 貴俊はこういう人間だった。楽しければ良し。その中心に自分がいればさらに良し! 楽しくない世界なんて願い下げ!!
 以前、目の前で堂々と宣言されたことがある。いや、潔いと思うし面白いのが好きっていうのはわかるんだけど、自分から騒動を起こして楽しむからなぁ、こいつの場合は……。
「お前がそれでいいのならいいけど……あんまり、変なことするなよ? 仮にもお姫様なわけだし、レンさんも洒落が通じないところあるから」
「なぁに言ってんだよ大翔。無茶をすればするほど、そのあとにやってくる渦は楽しく俺達をかき回してくれるんだぜ?」
 貴俊が目を細めてわくわくした顔で、クラスメイトにもみくちゃにされるユリアさんを見ている。
 うわー、なんか、すっげぇ面倒なことしでかしそうで嫌だなぁ……。
「ひ、ヒロトさん~。助けてく、下さい~~」
 人の渦から情けない声が聞こえてくる。レンさんも、殴り飛ばす理由がないもんだからクラスメイトをどうあしらったらいいのかがわからないらしい。ああ、そっか。お姫様とそのお付だから、こういういかにも友達な連中のリアクションにはなれてないんだろうな。
 ……なら、もう少し経ってから助けてあげよう。
 もみくちゃにされて悲鳴を上げて、それでも口元に笑みを浮かべる2人を見て、そう思った。
「……あ?」
 そして、気付く。
 あの悪寒が跡形もなく、それこそ白昼夢でも見ていたかのように、綺麗に消失していることに。
 なんだろう。
 なんだかとても、意識が。
 ざらつく。




「うう……あんな目にあったのは、生まれて初めてです……」
「なんというか……人ごみというのはすさまじいな……」
「あはは……まあ、クラスのみんなも悪気はないから」
 ユリアさんとレンさんはやや憔悴したようだった。……少々、助けるのが遅かったかもしれない。
 今は昼休み。ユリアさんとレンさんを連れて、学食へ向かっているところだった。ちなみに、貴俊はどっかに行ってしまった。さっきあんなことを言っていただけに、何かしでかさないかと多少不安はある。
 今度釘を刺しておいたほうがいいだろう。
「あ、あれぇっ? う、嘘ぉ!? ユリアちゃんとレンさん、何で学校にいるの!?」
 背後から元気いっぱいの声が聞こえてきた。振り返ると……案の定、そこには陽菜がいた。
「よう、陽菜。相変わらず元気……でも、ない……か? ていうか、微妙にぼろぼろになってるのはなに?」
「はうぁっ! いや、これは、別にね? 今朝ちょっとナマイキなワンコに絡まれただけなのだよっ!!」
 犬に襲われたって……結構危ないんじゃないのか、それ、は…………あ? 犬に……あ、れ? 陽菜、が……い、ぬ…………。
 ん? あれ、なんか、変だぞ?
 耳の奥で声が響いている。陽菜の……声、が。泣いて……いやいやいや、ちょっと待て俺。なんだよ、誰が泣いているって?
「それにしても、ユリアちゃんもレンさんも、いつの間にうちの学生に……?」
「その、学園長さんの勧めで、短期留学という形になっているんです」
「私たちはとある理由があってこちらへ来たのだが、そのためにもなるだろうと言われてな」
「へぇ~、そうなんだぁ。それにしても、ユリアちゃんの制服姿……反則じゃね? なんかすごい似合ってるんだけど……」
「そ、そうですか? ……ヒロトさんは、何も言ってくれませんでしたが」
「えぇ~!? ああでも、ヒロ君女の子をほめるとかぜんぜんしそうにないもんねぇ。ほら、ヒロ君! 何か感想言ってあげて……って、ヒロ君? どうしたの!?」
 なんだ? 何を驚いた顔をしている、陽菜?
 っつーか、クソ。状況が良くわからないんだけど……なんだ。耳の奥で、音が鳴ってる……目の前に、白い粒が浮いてる……。意識が、朦朧としている。
 あかとしろがこんだくして、いしきがぐるぐるとうずをまく。
「ねえ、ヒロ君!? ヒロ君てば!」
「ヒロトさん、どうしたんですか? 具合が悪いんですか!?」
「これは……? ヒロト殿、落ち着け。一度深呼吸をしろ! 過呼吸になっている。落ち着け!」
 みんなが何かを言っているのに、それが聞こえない。頭の中で、何か……別の音が。犬の、吼える、声が。
 うるさいよ、だまれよ。耳の奥で。心の、奥で。それ以上。
 泣くな。鳴く、なよ!!!!
『ひろくん、たすけて!』
『おにいちゃん、――ちゃんが!』
 ぐらぐらする。ゆらゆらする。揺れて、崩れて――落ちていく。知らない光景が浮かんでは消えていく。赤いのは、なんだ。目の前の――か、それとも俺の――か? 浮かび上がってくるのは、知らない風景。知らない? 本当に?
『だいじょうぶだから……だいじょうぶだからっ』
 夕焼けと、女の子の悲鳴と決意と――。
『ね……どうしてなの?』
 雨音と、女の子の疑問と悲しみが。
「…………陽菜」
「ひ、ヒロ君! だいじょうぶ、どうしたの!?」
「犬の……墓は…………?」
 朦朧とした意識の中、痺れる舌が何をしゃべったのか、俺にはわからない。
「―――――――――。え?」
 だから、陽菜の怯えを含んだ驚愕の表情なんか、理解できるわけもないんだ。
 何がなんなのか、よくわからなくなって。俺は。俺の意識が、記憶が。それら全てを包括した、俺という存在そのものが。
「っ! ヒロトさん!!!」
 闇に。消える。
ツールボックス

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