OP1

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その女の子は笑わなかった。 ただ、ムスっとした顔で、 一言も声を発さずに僕をじぃっと眺めていた。 辺りはすっかり日が暮れて、 茜色に染まった雲が遠くに流れていく。 ほんのりとそよぐ風が気持ちいい。 今この公園にいるのは、僕と、 さっき出会ったばかりの目の前の女の子だけ。 あれだけいたはずの人達は、いつの間にかその影すらない。 きっとみんな、とっくに帰ったのだろう。 僕がそれに気付かなかっただけの話。 いつもと同じ光景。 同じ出来事。 誰もいなくなった公園で、一人僕は残される。 ──そのはずだったんだけど、今日は少し違う。 じっと、僕と向かい合って こちらを見つめてくる名も知らぬ女の子。 僕と同い年くらいだろうか? 目鼻立ちの整った顔。 長い髪の毛。 人形みたいに綺麗な女の子だった。 どこか遠くの方で、日暮が鳴く声が聞こえてくる。 彼女は相変わらずの無言。 視線が痛い。 何かを話さなくちゃとは思うのだけれど、 何を話せばいいのかよく分からない。 妹と話す時みたいに上手く話題が出てこない。 そもそも彼女は一体僕の何を気に入ったのだろうか。 僕はいつものように公園で一人で遊んでいた。 ふと視線を感じ、振り向くと 女の子がこちらを見つめながら座り込んでいたのだ。 そして、観察でもするかのように ずっと飽きもせず今まで僕の方を見続けているのだ。 「えっと……」 とりあえず声を出してみる。 「その……」 でも、そこから先が続かない。 困った。 妹や幼馴染の子と話す時みたいに、すぐに言葉が出てこない。 そもそも僕は、同年代の子供が知っているような流行とか、 そういうものには疎くてよく分からないのだ。 どうしたもんだろう。 悩み、しばし考える。 それでも僕は、傍に綺麗な女の子がいるという、 その事実が嬉しくて、少しだけ舞い上がっていた。 だから僕は、ついうっかりとあの話をしようと思ってしまった。 そう、周りのみんなが僕を馬鹿にするあの話を。 「ねぇ、聞いてくれる? 実は僕、魔法使いになりたいんだ」 言った後、僕は少しだけ後悔した。 きっとこの子にも笑われる。 そう思った。 でもその子は、僕の話を聞いても他のみんなみたいに笑わなかった。 彼女は最初、僕の言葉にびっくりしたような顔をしていた。 そしてその後、興味深そうに大きく目を見開くと、 コクコクと何度も頷いた。 何だかそれは、自分自身を肯定されたみたいで嬉しくて、 僕はその子に向かって喋り続けた。 魔法使いになりたいこと。 死んでしまったお父さんとお母さんのこと。 ずっと一緒にいる元気な妹と、 血は繋がっていないけど、 それでもとっても大事な、もう一人の泣き虫の妹のこと。 お隣に住んでいる、幼馴染の子のこと。 調子に乗って色んなことを話した。 彼女は、時折コクコクと頷きながら、 じっと僕の話を最後まで聞いてくれた。 どれだけ経ったのだろう。 僕は時間を忘れて夢中になって話し続け、 彼女はそれを黙って聞いていた。 いつしか完全に日は落ちて、空には大きな月が昇っていた。 公園内にある、古ぼけた色の灯りをともした外灯は、 さっきから不規則な点滅を繰り返している。 僕が話し終わると彼女は、 スカートの汚れを軽く払って立ち上がった。 「もしかして、帰るの?」 僕の問いに、彼女が頷く。 「そっか」 もうちょっと話していたいけど、仕方ない。 それに、僕もそろそろ家に戻らないと 妹達と、親代わりに世話を焼いてくれているおばさん達が心配する。 いや、もうかなり遅い時間だから、 間違いなく今頃心配しているだろう。 彼女は僕から離れると公園の出口へ向かって歩き出し、 そして、しばらくしてこちらへと振り返った。 彼女と同じように、帰ろうかと 足を踏み出しかけていた僕は立ち止まる。 「どうしたの?」 問いかけは、闇の中に吸い込まれるように消える。 互いに無言。 しばらく、見詰め合う。 月の明かりが、きらきらと彼女に降り注いでいた。 不意に、彼女が動いた。 長いスカートの裾を両手で摘む。 流れるような動作でゆっくりと細い膝が曲がり、 そして、僕へと向かって優雅に一礼をしてみせた。 「あっ」 言葉にならない。 時間が止まったかのような錯覚。 これは、きっと魔法。 僕の時間を止めてしまった魔法。 目の前にいる彼女から目が離せない。 離すことができない。 それは、どこかの絵本で読んだ御伽噺。 それは、どこかの映画で見た一幕。 月明かりの下にいる彼女はとても幻想的で。 現実なんだけど、そこは現実じゃないみたいで。 ──僕は、その光景に心を奪われた。 「まるで魔法の国のお姫様みたいだ」 高揚したまま動けないでいる僕の口から、 呆けたような声が漏れる。 その言葉を聞くと、彼女はこぼれる様に微笑んだ。 そう、その時彼女は初めて、 確かに笑った顔を僕に見せたんだ。

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