世界が見えた世界・2話 C

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乃愛さんと二人でどうにかレンさんを宥めすかして、ユリアさんが落ち着くのを待ってようやく家に帰りつくことができた。 長かった……なんだか知らないけど、物凄く長かった…………! 学校案内の時間よりも家に帰るまでの時間のほうが精神的にしんどかった。 乃愛さん一人だけがやたらと楽しそうだった。 乃愛「君のことだからさぞユカイなことになっているだろうと思っていたが、まさかあそこまでとはな」 大翔「勘弁してください……事故なんですから」 乃愛「ふふふ、わかっているとも。そもそも、君が出会ったばかりの異性に対してそんな積極的な行動がとれるとは思っていないさ。怒られるのを承知で言えば、君は女心というものをまるで理解していないからね」 大翔「それは美羽にも美優にも散々いわれてます。大体、俺は男なんだからわからなくて当たり前です」 乃愛「それがわかっていないというのだよ。女はわかってもらえないとわかっていてもわかってもらいたがるものなのだ。覚えておけ、人生のテストで役に立つぞ」 人生のテストって……。 乃愛さんとの他愛のない会話をしながら、俺は食材を次々と包丁の餌食としていく。うちの料理は俺が一手に引き受けていたおかげで、自分で言うのもなんだがかなり手馴れたものだ。 もっとも、面倒くさがりな性格だから毎日やってるわけでもないんだけど。 今日のご飯は和風で攻めることにした。ユリアさんたちがどこの国から来たのかはわからないが、まあ少なくともアジア圏ということはないだろうし、和食を食べたこともそんなにないだろう。今朝レンさんが用意してくれた食事も洋食だったし。 大翔「乃愛さんは苦手な食べ物とかありましたっけ?」 乃愛「ないな。ちなみに好みでいうのならヒロト君のような男の子は大好物だ」 大翔「うわっ! 調理中に変な冗談言わないでくださいよ! 指切っちゃうところでしたよ」 乃愛「なんだ、黒須川の愛は受け入れられて私の愛は受け入れられないのか。ハードだな」 勘弁してください、マジで。 勘弁と言えば、ユリアさんとレンさんは家に帰ってからというものそれぞれ宛がわれた部屋にこもっている。 ユリアさんは家についてからも顔を真っ赤にしていたから、多分というか間違いなく部屋でそれを収めてる。俺だって女の子とあんなに密着したことなんてないから照れるし焦るが、目の前であそこまで初心な反応をされるとすごい申し訳なくなってきた。 ……今でも思い出すと色々大変だからなるべく思い出さないようにしているのはナイショだ。 レンさんはユリアさんの危機に何もできなかったこと、その後逆上して俺に襲い掛かりそうになったことに対して猛省していた。こちらはこちらで見ているほうが申し訳なるくらいの落ち込み方だった。 おかげで、今我が家の二つの部屋の精神的湿度は100%を越えるじめじめ具合を発揮しており、正直居心地が悪い。 乃愛さんはその辺も楽しんでいるみたいだけど。 美優「お兄ちゃん、お風呂の用意終わったよ」 大翔「ん、そうか。だったら先に入ってきたらどうだ? 飯はもう少し時間かかりそうだし」 美優「うん……そういえば、お姉ちゃんはまだ帰ってないの?」 大翔「ああ……なんか随分遅いな……乃愛さん、何か聞いてませんか?」 確かに、もう時刻は8時になろうかという時間だ。いくらなんでも遅すぎる感がある。 テレビを見ている乃愛さんに問いかける。 乃愛「んー、聞いていないこともないんだけどね、それを私の口から言うべきかどうか」 美優「も、もしかして男の人が!?」 大翔「美優、いつもながらお前の発想が飛びすぎているんだが」 だが、美優は俺の言葉なんか聞きもしない。 美優「お……お姉ちゃんに彼氏さんが……お、お姉ちゃんが大人への階段を一足飛びに…………!!」 乃愛「なんというか、相変わらず面白いなぁ、ミユは」 面白いとかどうとかいうもんだいなのか、これ。 美優「はわわわ……お、お姉ちゃんダメだよ! ああ、学生なのにそんな事まで!!」 乃愛「一度ミユの頭の中をのぞいてみたいと思わないかい? どんなストーリーが展開しているんだろうね」 大翔「多分、俺達には理解できない世界が広がってるんじゃないですか……」 一度始まった美優の暴走はとまらない。こちらの声が届かなくなるくらい、本人がのめり込んでしまうのだ。やめられないとまらない、というキャッチフレーズを思い出す。 美優「ど、どうしようお兄ちゃん! お姉ちゃんが結婚しちゃうよ!」 大翔「また短時間で随分と空想が飛躍したな……」 美優「ああああ! そ、そんな……家政婦さんに見られた……」 大翔「だからどういう妄想が広がってるんだ、お前の頭の中には!?」 美羽「ていうか、人を使って盛大に妄想を繰り広げないでちょうだい……」 いつの間にか美羽が帰ってきていて、今の扉のところにたっていた。 大翔「お帰り、美羽」 乃愛「やあミウ。随分遅かったじゃないか」 美羽「ただいま兄貴、乃愛さん。……で、美優」 美優「あ、お姉ちゃん! お姉ちゃん、ワタシのこと見捨てちゃやだぁ~!」 美優、マジ泣き。自分の妄想でここまで入り込めるのもある意味才能だと思う。もしかしたら、演劇とかやらせたら結構いけるんじゃないか? ……無理だな、性格的に。 美羽「はーいはい、大丈夫だからちょっと落ち着いてよ」 美優「うう……お、お兄ちゃんがお姉ちゃんのだんなさんを殺しちゃったぁ……」 大翔「家政婦に見られてたのは俺か!?」 いつの間にか俺までキャストに加えられていた。 しかも犯人役だった。 大翔「それにしても、随分遅かったな。こんな時間まで何してたんだ?」 美羽「んー、生徒会の仕事。ちょっと時間がかかりすぎちゃってさー」 大翔「ふーん」 嘘だな。そこまで忙しかったのなら、あの時俺を放ってまでユリアさんたちを生徒会室には入れなかったと思う。それなら、力ずくでも俺を止めて学校案内をさせていたはずだ。 それくらいじゃどうにもならないくらいに仕事がたまっていたっていうんなら、話は別だけど。 文化祭まではまだ少し時間があるし、そこまで仕事があるとも思えないんだけど……。 美羽「兄貴、どうかした?」 大翔「…………いや、別に。ただ、遅くなるときはなるべく連絡入れるか事前に言うかしないと心配するぞ」 美羽「う、それはごめん。気をつける」 大翔「よし、それなら早く着替えて来い。んで、レンさんとユリアさんが部屋にいるから呼んできてくれ。もう飯ができた」 美羽「りょーかーい」 大翔「美優は皿出したりしてくれ。んで、乃愛さん、別にくつろぐなとは言いませんけど、テレビの前を大きく占拠するのはやめませんか?」 乃愛「ははは、悪いね。私にも手伝えることがあれば何でも言ってくれ」 こうして、10分も経たないうちに夕食が始まった。 大翔「美羽、そこのソースとってくれ。あと乃愛さん、その炒め物は塩のほうが多分乃愛さん好みです」 乃愛「ふむ、これはなかなか……。ミユ、そっちの漬物をちょっと取ってくれないか」 美羽「兄貴ー、ご飯おかわり」 美優「あ、ワタシがついでくるよ。レンさんはどうですか?」 レン「うむ、私もいっぱい頂こう。ところで姫様、さっきから食が細いようですが、大丈夫ですか?」 ユリア「え、だ、大丈夫ですよ! ちゃんと頂いていますから!」 ユリアさんが慌てたようにおかずに手をつける。 どうやらレンさんは復活したようだが、ユリアさんはいまだに復活できていないらしい。 美羽「ちょっと兄貴、なんかユリアさんの様子が変だけど、何かあったの?」 大翔「いやー、あったといえばあったような、なかったといえばなかったような」 美羽が疑問符を浮かべる。どう説明しろってんだこんちくしょう。 ユリアさんに視線を向けると、ばっちりと視線がぶつかった。 ユリア「……………………(ボッ!!!!)」 大翔「ち、ちょっとユリアさん!?」 すさまじい変化だった。 真っ白な肌が一瞬で耳の先まで真っ赤に染まる。 ユリア「ひ、ひひひひひ、ヒロトサン!!」 大翔「は、はい!」 椅子を倒しそうな勢いで立ち上がったユリアさんにつられて、俺も立ち上がる。他のメンバーの視線が集中する。 見られている気恥ずかしさよりも、目の前のユリアさんの態度に気恥ずかしさを覚えて俺の顔も熱くなってきた。 ユリア「…………(ぱくぱくぱくぱく)」 大翔「………………」 酸欠の金魚みたいにしばらく口をパクパクさせたユリアさんは。 ユリア「…………(しゅーん)」 そのままうつむいて座ってしまった。 え、ちょ、そのリアクションは何でしょう。 戸惑っていると。 美羽「こん…………のっ!!」 大翔「いったぁ! お前今足踏んだろ!? 全力で踏んだだろ!!」 美羽「このバカ兄貴! ユリアさんに何したの!?」 大翔「べつにやましいことは何もしてないっての!」 美羽「じゃあなんでユリアさんがあんな態度取ってるのよ!!」 乃愛「それはあれだ、ミウ。君だってヒロト君に全力で抱擁されたら同じようなリアクションをとるんじゃないのかな?」 美羽「ぜ、全力で兄貴が抱擁してきたらって、そ、そんないきなり……ってぇぇぇ! 全力で抱擁!? ユリアさんに!?」 大翔「乃愛さーん!? それ嘘じゃないけど真実を正しく伝えてないって時点で下手な嘘よりめんどくさいですよ?」 次の瞬間、俺は美羽に弁明する暇もなくキラーキックの餌食になっていた。 最後に見えた乃愛さんの表情は、非常に満足げだった。ちくしょう……。 目が覚めると自分の部屋の天上が視界に入ってきた。時計を見ると、とっくに日付が変わっている。 大翔「結局、美羽の一撃で昏倒したのか……」 なんかもう色々とこんちくしょーと叫びたい。 ため息を一つついて、のどの渇きに気がついた。 台所でコップに水を注ぎ、居間のソファに座ってのどを潤す。 そういえば、服も制服のまんまだな……今更だけど着替えないとまずいか……。 ユリア「あの、ヒロトさん……」 大翔「あれ、ユリアさん今晩は。ユリアさんも水が欲しいの?」 ユリア「え、と、それじゃあ1杯いただけますか」 自分の分も注ぎなおして、ソファに並んで座る。 横目でユリアさんを見ると、ちびちびとちいさく口をつけていた。そのしぐさが妙にかわいらしい。 それにしても、やっぱり綺麗だな……。肌もそうだけど、やっぱり髪のきめ細かさとか透き通った蜂蜜色を見てそう思う。 月とか、似合いそうだな。 柄にもないことを考える自分がいることに気づく。けど、そんなのも悪くないかな、とも思った。 ユリア「あの、ヒロトさん……今日はごめんなさい」 大翔「ごめんって、何が?」 ユリア「学校で助けてもらったときにお礼を言わなかったし、さっきは私のせいであんなことになって」 しゅん、となっているユリアさんはなんだかかわいらしくて、気づけばクスクスと笑いが漏れていた。 ユリア「ひ、ヒロトさん? 私は真面目に言ってるんですよ」 すねた顔もまた、かわいらしい。本人は気づいていないんだろうけど、昼間みたいに構えたところがなくて自然体のユリアさんを感じる。 俺も、それに釣られてか友達に話しかけるような感覚で接することができた。 大翔「いや、わかってるよ。気を悪くしたのならごめん。でもさっきのは気にしなくていいよ。あれは話をきちんと聞かない美羽が悪いんだから」 ユリア「ミウさんも、あのあととっても反省していたから許してあげてね」 大翔「許すも何も、最初から怒ってないんだから構わないって」 ユリア「はあ……よかった。これで二人が喧嘩しちゃったらどうしようって、そう思ってたから……」 大翔「大丈夫だよ。これでも兄妹なんだし、そのくらいで喧嘩したりしないから」 ユリア「うん」 どことなく子供っぽいしぐさでうなずくユリアさん。 大翔「もしかして、結構眠い?」 ユリア「う……ん、だいじょうぶ……平気」 ぜんぜん平気に見えない。 大翔「俺ももう寝るから、ユリアさんももう寝たほうがいいよ」 ユリア「はい……寝ます…………くー」 大翔「って、違う違う! ここでじゃなくて、自分の部屋……ってああ、完全に寝ちゃったよ」 ソファにくてっと体を預ける姿は、本当にあどけない。 お姫様……か。 そんなことで距離を感じていた自分が、ちょっとばかり馬鹿馬鹿しい奴に思えた。 なるほど。確かに、心配されるようなことじゃなかったらしい。 悔しいが、貴俊は確かに俺のことをよくわかっているらしかった。 そのあと、ユリアさんを背負って部屋まで送り、俺は床についた。 ただ、眠りについたのはそれから1時間以上も経ってからだった。 ……背負ったせいで背中に感じたもろもろの感触のせいだったことは、胸中にしまっておく。
 乃愛さんと二人でどうにかレンさんを宥めすかして、ユリアさんが落ち着くのを待ってようやく家に帰りつくことができた。  長かった……なんだか知らないけど、物凄く長かった…………! 学校案内の時間よりも家に帰るまでの時間のほうが精神的にしんどかった。  乃愛さん一人だけがやたらと楽しそうだった。 「君のことだからさぞユカイなことになっているだろうと思っていたが、まさかあそこまでとはな」 「勘弁してください……事故なんですから」  うう、思い出すだけで顔から火が噴き出す。 「ふふふ、わかっているとも。そもそも、君が出会ったばかりの異性に対してそんな積極的な行動がとれるとは思っていないさ。怒られるのを承知で言えば、君は女心というものをまるで理解していないからね」 「それは美羽にも美優にも散々いわれてます。大体、俺は男なんだからわからなくて当たり前です」 「それがわかっていないというのだよ。女はわかってもらえないとわかっていてもわかってもらいたがるものなのだ。覚えておけ、人生のテストで役に立つぞ」  人生のテストって……。  乃愛さんとの他愛のない会話をしながら、俺は食材を次々と包丁の餌食としていく。うちの料理は俺が一手に引き受けていたおかげで、自分で言うのもなんだがかなり手馴れたものだ。  もっとも、面倒くさがりな性格だから毎日やってるわけでもないんだけど。  今日のご飯は和風で攻めることにした。ユリアさんたちがどこの国から来たのかはわからないが、まあ少なくともアジア圏ということはないだろうし、和食を食べたこともそんなにないだろう。今朝レンさんが用意してくれた食事も洋食だったし。 「乃愛さんは苦手な食べ物とかありましたっけ?」 「ないな。ちなみに好みでいうのならヒロト君のような男の子は大好物だ」 「うわっ! 調理中に変な冗談言わないでくださいよ! 指切っちゃうところでしたよ」 「なんだ、黒須川の愛は受け入れられて私の愛は受け入れられないのか。ハードだな」  勘弁してください、マジで。  勘弁と言えば、ユリアさんとレンさんは家に帰ってからというものそれぞれあてがわれた部屋にこもっている。  ユリアさんは家についてからも顔を真っ赤にしていたから、多分というか間違いなく部屋でそれを収めてる。俺だって女の子とあんなに密着したことなんてないから照れるし焦るが、目の前であそこまで初心な反応をされるとすごい申し訳なくなってきた。  ……今でも思い出すと色々大変だからなるべく思い出さないようにしているのはナイショだ。  レンさんはユリアさんの危機に何もできなかったこと、その後逆上して俺に襲い掛かりそうになったことに対して猛省していた。こちらはこちらで見ているほうが申し訳なるくらいの落ち込み方だった。  おかげで、今我が家の二つの部屋の精神湿度は百パーセントを越えるじめじめ具合を発揮しており、正直居心地が悪い。  乃愛さんはその辺も楽しんでいるみたいだけど。 「お兄ちゃん、お風呂の用意終わったよ」 「ん、そうか。だったら先に入ってきたらどうだ? 飯はもう少し時間かかりそうだし」 「うん……そういえば、お姉ちゃんはまだ帰ってないの?」 「ああ……なんか随分遅いな……乃愛さん、何か聞いてませんか?」  時刻は昨日に続いて8時になろうかという時間だ。昨日はユリアさん達をうちにつれてくるためだったんだろうけど、それなら今日はなんだ?  テレビを見ている乃愛さんに問いかける。 「んー、聞いていないこともないんだけどね、それを私の口から言うべきかどうか」 「も、もしかして男の人が!?」 「美優、いつもながらお前の発想が飛びすぎているんだが」  だが、美優は俺の言葉なんか聞きもしない。 「お……お姉ちゃんに彼氏さんが……お、お姉ちゃんが大人への階段を一足飛びに亜音速で…………!!」 「なんというか、相変わらず面白いなぁ、ミユは」  面白いとかどうとかいうもんだいなのか、これ。  そのたくましすぎる妄想筋をもう少し家事能力に向けてもらいたいのだが。 「はわわわ……お、お姉ちゃんダメだよ! ああ、学生なのにそんな事まで!!」  姉を使ってどんな想像をしているんだろうか、この耳年増は。 「一度ミユの頭の中をのぞいてみたいと思わないかい? どんなストーリーが展開しているんだろうね」 「多分、俺達には理解できない世界が広がってるんじゃないですか……」  一度始まった美優の暴走はとまらない。こちらの声が届かなくなるくらい、本人がのめり込んでしまうのだ。やめられないとまらない、というキャッチフレーズを思い出す。 「ど、どうしようお兄ちゃん! お姉ちゃんが結婚しちゃうよ!」 「また短時間で随分と空想が飛躍したな……」 「ああああ! そ、そんな……家政婦さんに見られた……」 「だからどういう妄想が広がってるんだ、お前の頭の中には!?」 「ていうか、人を使って盛大に妄想を繰り広げないでちょうだい……」  いつの間にか美羽が帰ってきていて、扉をあけてぐったりと脱力していた。  帰ってくるなり素敵夢時空な話を聞かされてしまえば無理もない反応だとは思う。素敵かどうかはさておき。 「お帰り、美羽」 「やあミウ。随分遅かったじゃないか」 「ただいま兄貴、乃愛さん。……で、美優」 「あ、お姉ちゃん! お姉ちゃん、ワタシのこと見捨てちゃやだぁ~!」  美優、マジ泣き。自分の妄想でここまで入り込めるのもある意味才能だと思う。もしかしたら、演劇とかやらせたら結構いけるんじゃないか?  ……無理だな、性格的に。 「はーいはい、大丈夫だからちょっと落ち着いてよ」 「うう……お、お兄ちゃんがお姉ちゃんのだんなさんを殺しちゃったぁ……」 「家政婦に見られてたのは俺か!?」  いつの間にか俺までキャストに加えられていた。  しかも犯人役だった。 「それにしても、随分遅かったな。こんな時間まで何してたんだ?」 「んー、生徒会の仕事。ちょっと時間がかかりすぎちゃってさー」 「ふーん」  嘘だな。そこまで忙しかったのなら、あの時俺を放ってまでユリアさんたちを生徒会室には入れなかったと思う。それなら、力ずくでも俺を止めて学校案内をさせていたはずだ。  それくらいじゃどうにもならないくらいに仕事がたまっていたっていうんなら、話は別だけど。  文化祭まではまだ少し時間があるし、そこまで仕事があるとも思えないんだけど……。 「兄貴、どうかした?」 「…………いや、別に。ただ、遅くなるときはなるべく連絡入れるか事前に言うかしないと心配するぞ」 「う、それはごめん。気をつける」 「よし、それなら早く着替えて来い。んで、レンさんとユリアさんが部屋にいるから呼んできてくれ。もう飯ができた」 「りょーかーい」 「美優は皿出したりしてくれ。んで、乃愛さん、別にくつろぐなとは言いませんけど、テレビの前を大きく占拠するのはやめませんか?」 「ははは、悪いね。私にも手伝えることがあれば何でも言ってくれ」  こうして、10分も経たないうちに夕食が始まった。 「美羽、そこのソースとってくれ。あと乃愛さん、その炒め物は塩のほうが多分乃愛さん好みです」 「ふむ、これはなかなか……。ミユ、そっちの漬物をちょっと取ってくれないか」 「兄貴ー、ご飯おかわり」 「あ、ワタシがついでくるよ。レンさんはどうですか?」 「うむ、私も頂こう。ところで姫様、さっきから食が細いようですが、大丈夫ですか?」 「え、だ、大丈夫ですよ! ちゃんと頂いていますから!」  ユリアさんが慌てたようにおかずに手をつける。  どうやらレンさんは復活したようだが、ユリアさんはいまだに復活できていないらしい。 「ちょっと兄貴、なんかユリアさんの様子が変だけど、何かあったの?」 「いやー、あったといえばあったような、なかったといえばなかったような」  美羽が疑問符を浮かべる。どう説明しろってんだこんちくしょう。  ユリアさんに視線を向けると、ばっちりと視線がぶつかった。 「……………………(ボッ!!!!)」 「ち、ちょっとユリアさん!?」  すさまじい変化だった。  真っ白な肌が一瞬で耳の先まで真っ赤に染まる。 「ひ、ひひひひひ、ヒロトサン!!」 「は、はい!」  椅子を倒しそうな勢いで立ち上がったユリアさんにつられて、俺も立ち上がる。他のメンバーの視線が集中する。  見られている気恥ずかしさよりも、目の前のユリアさんの態度に気恥ずかしさを覚えて俺の顔も熱くなってきた。 「…………(ぱくぱくぱくぱく)」 「………………」  酸欠の金魚みたいにしばらく口をパクパクさせたユリアさんは。 「…………(しゅーん)」  そのままうつむいて座ってしまった。  え、ちょ、そのリアクションは何でしょう。  戸惑っていると。 「こん…………のっ!!」 「いったぁ! お前今足踏んだろ!? 全力で踏んだだろ!!」 「このバカ兄貴! ユリアさんに何したの!?」 「べつにやましいことは何もしてないっての!」  ちょっぴりやらしいことにはなっちゃったけどね☆  なんていえる雰囲気じゃねぇ。 「じゃあなんでユリアさんがあんな態度取ってるのよ!!」 「それはあれだ、ミウ。君だってヒロト君に全力で抱擁されたら同じようなリアクションをとるんじゃないのかな?」 「ぜ、全力で兄貴が抱擁してきたらって、そ、そんないきなり……ってぇぇぇ! 全力で抱擁!? ユリアさんに!?」  美羽の右手が椅子の背もたれに伸びる。おいおいおいおい、それは座るものであって武器にするもんじゃないんだよ。  俺はもはや諦観しながらそれでも乃愛さんに愚痴をこぼす。 「乃愛さーん? それ嘘じゃないけど真実を正しく伝えてないって時点で下手な嘘よりめんどくさいですよ?」  次の瞬間、俺は弁解する暇も与えられずにキラーマシンの餌食になっていた。  最後に見えた乃愛さんの表情は、非常に満足げだった。ちくしょう……。  目が覚めると自分の部屋の天上が視界に入ってきた。時計を見ると、とっくに日付が変わっている。 「結局、美羽の一撃で昏倒したのか……」  なんかもう色々とこんちくしょーと叫びたい。  ため息を一つついて、のどの渇きに気がついた。  台所でコップに水を注ぎ、居間のソファに座ってのどを潤す。  そういえば、服も制服のまんまだな……今更だけど着替えないとまずいか……。 「あの、ヒロトさん……」 「あれ、ユリアさん今晩は。ユリアさんも水が欲しいの?」 「え、と、それじゃあ1杯いただけますか」  自分の分も注ぎなおして、ソファに並んで座る。  横目でユリアさんを見ると、ちびちびとちいさく口をつけていた。そのしぐさが妙にかわいらしい。  それにしても、やっぱり綺麗だな……。肌のきめ細かさとか薄明かりを反射して透き通った蜂蜜色の髪を見てそう思う。  月とか、似合いそうだな。  柄にもないことを考える自分がいることに気づく。けど、そんなのも悪くないかな、とも思った。 「あの、ヒロトさん……今日はごめんなさい」 「ごめんって、何が?」 「学校で助けてもらったときにお礼を言えませんでしたし、先ほどは私のせいであんなことになって」  しゅん、となっているユリアさんはなんだかかわいらしくて、気づけば小さくと笑いを漏らしてしまっていた。 「ひ、ヒロトさん? 私は真面目に言ってるんですよ」  すねた顔もまた、かわいらしい。本人は気づいていないんだろうけど、昼間みたいに構えたところがなくて自然体のユリアさんを感じる。  俺も、それに釣られてか友達に話しかけるような感覚で接することができた。 「いや、わかってるよ。気を悪くしたのならごめん。でもさっきのは気にしなくていいよ。あれは話をきちんと聞かない美羽が悪いんだから」 「ミウさんも大変反省していたから許してあげて下さい」 「許すも何も、最初から怒ってないんだから構わないって」 「はあ……よかった。これで二人が喧嘩しちゃったらどうしようって、そう思ってたから……」 「大丈夫だよ。これでも兄妹なんだし、そのくらいで喧嘩したりしないから」 「うん」  どことなく子供っぽいしぐさでうなずくユリアさん。 「もしかして、結構眠い?」 「う……ん、だいじょうぶ……平気」  ぜんぜん平気に見えない。 「俺ももう寝るから、ユリアさんももう寝たほうがいいよ」 「はい……寝ます…………くー」 「って、違う違う! ここでじゃなくて、自分の部屋……ってああ、完全に寝ちゃったよ」  ソファにくてっと体を預ける姿は、本当にあどけない。  お姫様……か。  そんなことで距離を感じていた自分が、ちょっとばかり馬鹿馬鹿しい奴に思えた。  なるほど。確かに、心配されるようなことじゃなかったらしい。  悔しいが、貴俊は確かに俺のことをよくわかっているらしかった。  そのあと、ユリアさんを背負って部屋まで送り、俺は床についた。  ただ、眠りについたのはそれから1時間以上も経ってからだった。  ……背負ったせいで背中に感じたもろもろの感触のせいだったことは、胸中にしまっておく。

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