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「世界が見えた世界・1話 B」(2007/12/08 (土) 21:08:08) の最新版変更点
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乃愛「まったく結城兄も黒須川も仕方ない奴らだな、もぐぞ?」
大翔「何を!?」
サディスティックな視線でこちらを見ているのは、苅野乃愛先生。実は子供のころからお世話になっている人で、この学園を紹介してくれたのもこの人だ。
ちなみに先の一言でわかるように、いろいろと無茶な人。教師として優秀だし大人として純粋に尊敬しているけど、でも無茶な人。
大翔「遅刻くらいで何をもぐと?」
乃愛「たかが遅刻されど遅刻。時間を大事にしないと将来苦労するよ? 特に君には気合いを入れておくように妹君たちに頼んでいたはずだけれど」
大翔「むしろそれが原因で遅刻したと全力で主張しますが」
俺は今朝のイモムシモードについて話した。乃愛さんは実に楽しそうに話を聞いていた。
乃愛「君はそんな方法で気合いが入るような人間だと妹たちに思われているのか、変態だな」
大翔「え、嘘俺なんですか? この場合俺が責められるんですか、発想した美羽じゃなくて?」
なんだろう、世の中理不尽だよ、母さん。
貴俊「けど大翔に気合を入れとくようにって、なんかまたオモシロイことでもあるんすか?」
乃愛「気合というものは面白いことがあるから入れるものでもないだろうに」
貴俊「そりゃーそーでしょうけど、わざわざこいつに言うんだからやっぱりなんか理由がありそうじゃないすか」
楽しそうだな、諸悪の根源め……。俺が面倒に巻き込まれるのは大抵お前のせいなんだぞ?
こいつとの思い出はいつも俺の涙と悲鳴と流血にまみれている。まさに死山血河死屍累々。今なお五体満足なのは奇跡のおかげだね、まったく。
乃愛さんにしてもちょっとした気まぐれでそういうことを言い出しかねない人なんだし、いちいち理由なんか探るほどのことか?
乃愛「ともあれ君らは普段から目を付けられているんだ。付け入る隙は作らないでおくべきだよ」
うい、了解しました。
解放された俺たちは職員室から立ち去った。
世界にはささやかながら魔法が存在し、それを扱う魔法使いが存在する。
いつからいるのかなんて事は誰にもわからないし、誰が見つけたのかなんてこともわからない。ただ昔からあり、今もあるというだけの話。
俺が通うのはそんな魔法使い達を集め、魔法の使い方やら何やらを教える『普通の学校』だ。魔法に関する科目が少々あるだけで他は普通の学校となんら変わらない……と、思う。
や、他の学校なんて知らないし。
ちなみに俺が魔法使いやこの学園について知ったのは、実は数年前のことだ。自分の魔法に関してはある程度自覚していたが、それが集団作ってなおかつ学校なんぞあるなんて知ったときはたいそう驚いた。
……ちなみに、美羽や美優が魔法使いだと知ったときもたいそう驚いた。二人は俺が魔法使いだと知っていたらしいが。なんで教えてくれなかったのかと問えば、
『や、なんとなく』
と実にあっさりした答えが返ってきたものだ。何故か怒っていたというか不機嫌な様子だったが。
俺がいるのはそういう、少々常識はずれな場所だ。まあ学園へ行く方法が側溝へずぶずぶ沈むという時点でトンデモな場所だって事はわかると思うけど。
俺はサンドイッチをほおばる。シャリシャリとレタスの歯ごたえが心地よい。
あっという間に平らげてしまった。
大翔「ていうか、なんでお前がここにいるんだ、美優?」
美優「あう、だ、だめだった……?」
いや、だめってことはないけどさ。
大翔「クラスの友達とか、ちゃんとできてるんだろうな? お兄ちゃんは心配してるんだぞ、これでも」
結城美優。血の繋がっていない俺の妹。うちに来て何年経つかな、もう,七、八年くらいはいっているはずだ。
見た目の通りおとなしい性格で、ちょっと気の弱いところがある。まあそれが可愛いといえば可愛いのだが、心配の種でもある。
しかしながら美羽の影響なのか芯が元々強いのか、どこか強情なところもあるんだけどそれが発揮されることはあまりない。
兄としては入学したばかりなんだし、やっぱり友達は作ってほしいと思う。間違っても『まともじゃない』友達は作らないで貰いたい。
貴俊「お? どうしたそんな熱い視線で俺を見て。愛か、愛なのかげほっ!?」
蹴り飛ばす。こーゆーのは、もういらないから。
美優「だ、大丈夫だよ。ちゃんと友達、できてるから……」
大翔「それならいいけど、その友達と一緒に食べなくていいのか?」
美優「そのこ、学食だから」
大翔「別に学食に持ち込んでくってもいいんだけどな……まあ確かにあそこは地獄だもんな」
昼の学食。それは戦場だ。そこでは級友でさえ悪鬼羅刹となり屍を乗り越え踏み台とする。まさに敵の坩堝。蟲毒の壷に放り込まれたらきっとあんな感じだ。
ていうか飯が欲しいからって魔法をぶちかますなよと。
大翔「美優の魔法は相性的に有利だろうけど」
美優「うう……だって、みんな怖いんだもん」
まあ気持ちはよくわかる。何で人間って腹が減ると人格変貌するんだろうな。
貴俊「まったく、飯ごときでみんな情けねぇな。俺なんかいつでも泰然と構えて――あー! クリームパンのクリームがこぼれたぁぁぁっ!!」
大翔「騒ぐなやかましい。泰然としていろ」
本気で涙ぐむ貴俊に乾いた笑いをあげる美優。ちょっと引いている。
とはいえこれでもそれなりに前進したものだ。入学当初美優に貴俊を紹介した……といえるのか、アレは。まあいいや、紹介した時なんかマジで泣いてたからな。
『お、おにいちゃああああっ! なんか、なんか際どいひとがいるうううう!!』
って。そんで俺に抱きついた美優にさらにトチ狂った叫びを上げた貴俊は俺が全力で殴っておいたけど。
なんでも入学したばかりの癖に俺となれなれしい女子がいたから威嚇したんだと。大概迷惑だなテメェ。
ちなみに美羽の反応。
『兄貴何あの悪趣味な生きものっ!?』
うん、なんていうかナチュラルに口が悪いのが俺の妹達だ。
大翔「そういえば、美羽は生徒会か?」
美優「うん。なんだか、急に呼び出されてた」
美羽は生徒会だ。なんで入学したばかりの生徒が、と思うかもしれない。
そこには俺と生徒会長の因縁が色々絡んでくるのだが割愛するが、うちの学校では生徒会長が気に入った人物を生徒会にいつでも入部させられるのだ。無論、本人が望めばの話だが。
そんで生徒会長が美羽に目をつけて、美羽もその話を受けた。そういうわけだ。
ちなみに美優も同じく誘いを受けたらしいのだが全力で断ったらしい。その時の首を振る勢いたるや、首がそのまま回転して飛んでいきそうなほどだったという。
大翔「なんか乃愛さんもちょっとぴりぴりしてたし、こりゃ本格的に厄介ごとか……?」
貴俊の勘は野生の獣並みだ。信頼はしないが信用はできる。
貴俊「進級してから派手に活動してなかったし、新入生に俺の存在を知らしめるためにもここらで一発愛の活動を始めるかっ!!」
大翔「そういう対抗意識を燃やすんじゃない! 火消しに回るのが誰だと思ってるんだ!!」
美優「……ていうか、もう学園の中で黒須側先輩とお兄ちゃんを知らない一年生、いないと思う。ワタシも、よく、お兄ちゃんのこと聞かれるし」
ぐぁ、まじか。
俺はあくまで平凡で平和な学園生活が送りたいだけなのに。
貴俊「こんな非常識な場所で何常識的なこと言ってんだ、お前」
大翔「場所が非常識だからって非常識にすごさなきゃならん理由もないだろうに」
貴俊「面白くねぇなあ。今はボクシングだって投げ技をかます時代だぜ? もっと積極的になろうぜ」
いや、ボクシングに投げ技はないだろ。なんだそれガキの遊戯か。まさか公式試合とかタイトルマッチじゃないだろうな。
まさかな。それじゃただの喧嘩だしな、ルールのあるスポーツの場でんなことやるやつはいないだろ。
貴俊「ところで今の話題関連で思ったんだけど、うさぎとかめってさー」
大翔「つながりが心底わからないがとりあえずやめろそれ以上口を開くな」
危険なにおいがぷんぷんする。
本当に理由はよくわからないんだけれども。
貴俊「愛か、愛なのか?」
それはもういい。
美優「……愛、なの?」
お前も毒されてるんじゃない。というか頬を赤らめるなきらきらした目で妄想を暴走させるんじゃない。
何を考えている、お前の脳内では今どんな花が咲き乱れているっ!?
美優「……、うわ」
大翔「おいこら何を想像した、今俺をみてうわって、何を想像した!?」
美優「ちょっと、昼間からそういうこと言うのは……」
まじで何を想像しくさった、お前。
追記。
結城美優。想像力――否、妄想力が人並み桁外れて高い。エベレストとか目じゃないから、うん。
昼休みも十分を残したところで屋上から降りた。
さすがにこの季節はまだ風が少し寒い。俺や貴俊は平気だが、美優が辛そうだった。うーん、もっと早く気付いてやんないといけなかったな。
そんな反省をしながら一人で廊下を歩いている。特に目的はない。理由はあるが。
大翔「……なんつーか変な感じだな、この視線」
視線を感じていたからだ。首の後ろがちくちくするくらい凝視されている。最初は自意識過剰な勘違いかとも思ったんだけど、さすがに校舎を半周もすれば疑念は確信へ変わる。
誰かが俺の後をつけてきている。
けどそれも変な感じだ。
路地裏で感じるような悪意と敵意の織り交ざった嫌な感じじゃない。かといって友好的なそれとも違う。なんていうかこう、情念? そういうのがこもってるような、ねっとりしたって言うかやたら密度の高い感情がこもってそうな視線を感じる。
うん、正直振り返るのが怖いです。
まだちょっと逝っちゃってる感じのDQNとかの方が対応しやすいです。腕力に訴えられるぶん。
大翔「こういうのの対処法、どうするんだっけ。えっと、そう、相手を刺激しちゃいけないんだよな」
……どういう行動が相手を刺激するんだろう。
えっと、だから、なんだ。
大翔「逃げるが勝ちっ!!」
陽菜「あっ!?」
脱兎。
後ろから聞こえてきた声が妙にかわいらしい女の子の声だったことに興味を覚えたものの、振り返らずに逃げた。
ふははっ、これでも趣味はランニングだぜ! 暇すぎて三時間ぐらいひたすら走り続けたりすることもあるんだ、そうそう追いつかれたりは……
陽菜「ええええいっ!!」
大翔「嘘おおぉぉっ!?」
思わず振り返ってしまった。
なんと女子生徒は俺の走りについて来ていた。距離が離れているから顔とかはわからないが、確実についてきている……ていうかちょっとずつ距離が縮まっている!
これでもクラスの中じゃかなり早いんだぞ俺、陸上部かあの女っ!?
大翔「ええい、スピードアップだぁぁ!!」
陽菜「なんの……きゃあああああっ!?」
え?
あ、こけてる。こけて盛大にひっくり返ってスカートが……いや、コメントは差し控えよう。
感想だけ。
うん、白っていいよね。
そんなこんなで放課後。
大翔「……おかしい、普通の一日だったはずなのに普通から半歩ほどずれていた気がする」
そもそも目覚めからしておかしかったわけだし。ていうか何でぐるぐる巻きにされるまで目が覚めないんだよ俺は。
大翔「なんか変な夢でも見てたような気がするんだよな」
変な、というより違和感や胸に錘を残すような、そんな夢。気がかりとでも言えばいいだろうか。
たぶん夢を見たはずなんだけど内容が思い出せない。とても大切だったような気もするしありふれたものだったような気もする。思い出せないことに対して不安がよぎる。
それ以前に。そもそも俺は夢を見たのかどうかさえも曖昧だった。
大翔「っつーか夢なんて久しぶりに見た気がするんだよな」
放課後の教室は静かだ。誰も居ない。グラウンドから体育会系の部活動の掛け声が響き渡る。そのさらに遠くからは魔法の炸裂音と悲鳴。まあこれは聞かなかったことにしよう。雰囲気ぶち壊しだ。
考え事をするのにはこういう環境はうってつけだ。浸れるとも言う。気分は大切だ。
夢の事なんか考えたところで今更わかるわけもないという事はわかっている。たぶん今の俺は、こうやって考えて、わかったつもりになりたいだけだ。自覚して、みっともないなぁかっこわるいなぁと自嘲して。
大翔「なんだっけなぁ……」
でもやっぱり考える。どうしても考えてしまう。なんかこう、益体のない内容だった気がするんだよな。
ガラガラ
大翔「え?」
ユリア「あっ」
目が合った。俺はまさかこんな時間に誰か来るなんて思ってもいなかったし、相手も誰かいるなんて思っても見なかったんだろう。
だが俺が言葉を失ったのは、人が現れたということじゃなくて。
大翔「……コス……プレ?」
やってきた人物の突き抜けたファッションセンスだった。見たままお姫様な服装。しかも怖いくらいに似合っている。
いるんだな、ああいう服が似合う人。しかし現代社会でああいうのが似合っても着る機会ってあんまりなさそうだよなぁ。
ユリア「あのう……」
大翔「はっ、あ、はいはい、うちのクラスに何か用でも?」
ぼうっと見とれている場合じゃない。
ユリア「いえ、あの、人を探していまして。私の付き人なんですけれど」
付き人、ときましたよ。もしかしたら本当にお嬢様か何かなのかも。
いや、となるとこの服装は父親の趣味か何かか? 父親GJ。
大翔「俺はずっとこの教室にいたけど誰も入ってきてませんね」
俺が答えると、その人は怪訝な顔になった。なにやら呟いている。『確かに魔法の波動を感じたのに……』とかなんとか。よく聞き取れないけど。
大翔「その人の特徴とか教えてもらっていいですか?」
ユリア「ええと、まず剣を腰に下げていて」
大翔「まてこら」
銃刀法違反って知らんのか。
ユリア「どうかしましたか?」
大翔「どうもこうも……剣を持ってたりなんかしたら大問題……にもならないか、うちの場合」
そんなもんよりも物騒なものを天然で持っているようなやつらの巣窟なわけだし。けど危ないものは危ない。
大翔「まあいいや、それでその、他には?」
ユリア「そうですね……料理がとても上手で気配りがよく聞きます。私の知らない知識を沢山持っていて、勉強家ですね。あとはそう、最近特に力を入れているのが――」
いや、あの。
そんな人間性っていうか内面的な特徴を教えられても困るんですけど。
料理上手とかってヒントで人探せって無茶だろ。その人歩きながらチャーハンでも作ってるのか?
大翔「あのー、できれば外見的な特徴を教えて欲しいんですけど」
ユリア「あ、ああごめんなさい! 私ってばいっつもこんな感じで……本当、レンがいなければ何もできないのかしら。自分が情けなくなってしまいます」
大翔「いやいやそんな落ち込まないで! ほら、元気出しましょう! なんならこれから頑張っていけばいいんですから!!」
何故か必死に励ます俺。いやだってすごい落ち込み方してるんだもん。ていうかペースがつかめないんだけどこのお嬢様!
そうして俺が必死に彼女をなだめていると……。
だだだだ……
どこかとおくから、
ずだだだだだだだ……
勇ましい足音が、だんだんと近づいてきているような――
ずだだだだだだっ、だんっ!!
レン「貴ッ様あああああ! 姫様に何をしている――!!」
大翔「ぎぃえあああっ!?」
ぐきっていった! 今なんか首がぐきって、絶対立てちゃやばい系の音を軽快に鳴らした!!
大翔「ぐ、げほっ!? い、一体何が……!?」
ユリア「レン!」
大翔「あんたの探し人かぁっ!!」
思わず怒鳴ってしまった。
しゃきん。
俺の鼻先に鋭利な刃が突きつけられる。冷たい刃先が、ぴたりと皮膚に触れている。
……本物だ、本物の剣だ。この感触は間違いなく、獲物を――否、人を切るために研ぎ澄まされたものだ。その意志を、目的を込められて鍛え上げられた刃だ。
ごくり、と喉が音を鳴らす。
武器としての刃物は苦手だ。いい思い出がない。相性が悪いんだろうか、刃物が絡むと昔から大怪我ばかりする。一番最近のだと中学時代に三ヶ月ばかりの深い傷を負うきっかけにもなった。
刃物は苦手だ。
それが今、すぐ触れている。
確かな敵意を放つ刃が、そこにある。
まずい。
相手が刃を抜く瞬間は見えた。速い。今この瞬間に刃をさらに深く突かれれば、俺の顔面に風穴が開く。それを避けるためには、相手が動く前にこちらが回避を終えなくてはならない。
現実的に不可能だが、それをしなくてはこちらの身の安全がない。その為には……
ユリア「待ちなさい、レン!」
レン「姫様?」
今っ!
一瞬、剣から少女が意識を離した隙に大きく跳躍し、距離をとる。剣の少女――レンというらしい――が驚いた表情を浮かべる。
ユリア「レン、剣をしまいなさい! 彼には助けてもらっていたんです!」
レン「そう……なのですか?」
なによその不満そうな目は。
ユリア「もう……ごめんなさい、この子、私のことになるとちょっと気が短くなるんです」
大翔「ああ……いや」
た、対応し辛いな、このコンビ。まあ、生真面目なんだろう、そういうことにしておこう。
でっかい刃物はすごく怖いけど。
レン「その……すまないな」
大翔「いや、わかってもらえたらいいから。えっと、んじゃおれは、これで!!」
急いで踵を返してその場を離れた。とにかくその場を逃げたかった。
恐怖で足が震えるところなんて、たとえ見ず知らずの女の子の前でも見せられるわけないんです。
ちと油断した。気構えができてればこんな無様な事にはならない、と、思う、んだけどね。
美羽「れ? 兄貴、まだ校内にいたの? 早く帰りなよ、美優が寂しがるでしょ」
大翔「美羽。いや、今から帰ろうと思ってたところなんだけどな」
美羽「……鞄もなしに?」
……あ、しまった。
俺のその顔を見た美羽は大きなため息をついた。
結城美羽。血の繋がった俺の妹。
美優とは対照的に人懐っこくて活発な性格をしている。生徒会にはいってもその辺の性格のおかげですでに違和感なくメンバーに溶け込んでいるようにみえる。
少々気が強く頑固なところがあり正義感が強いので、人と衝突する事もある。
そういうときによく美優が美羽を励ましているのを見る。
美羽「まあ兄貴のことはどうでもいいんだけど」
んで、普段の俺の対応といったらこの程度なもんですよ。お兄ちゃんちょっと悲しいね。
美羽「ちょっと、何すねてるのよ。ねえ兄貴、なんていうかこう……変わった人たち見なかった?」
大翔「変わった人たち?」
それはあれか、なんかファンタジーな服装をしたファンタジーな装備を持った人たちのことか。
大翔「それなら今しがた尻尾を巻いて逃げてきたばかりだが」
美羽「え、どこ、どこであったの!?」
大翔「俺のクラスだが……」
そういった瞬間、美羽の瞳がきりきりとつりあがった。
額には青筋が浮かび、憤怒の形相を浮かべる。
あれ、俺何か失敗した?
美羽「兄貴はいつもいつもいつも……なに、可愛い女の子を見つけたらたらしこまずにはいられないわけ!?」
大翔「ちょっとまて、いつ俺が節操なしに女の子をたらしこんだ!?」
美羽「何よ、前だってアタシの友達をうちにつれてきた時になんかやたら迫ってたじゃない!!」
大翔「いや待てよ、何度も説明しただろあれは!」
ていうか何で放課後の廊下でこんな妹と痴話喧嘩じみたことをしてるんだ。
大翔「あー、なんかいいや、興がそがれた。帰るわ」
美羽「ちょっと兄貴、話はまだ終わって――」
大翔「わかったわかった! 帰ったら聞くって、じゃあな!」
なおも叫び続ける美羽の声を背中に聞きながら俺は自分のクラスへ戻る。
あの二人はいなくなっていた。
正直ほっとした。
「まったく結城兄も黒須川も仕方ない奴らだな、もぎもぎするよ?」
「何を!?」
サディスティックな視線でこちらを見ているのは、担任の苅野乃愛先生。子供のころからお世話になっている人で、この学園を紹介してくれたのもこの人だ。
ちなみに先の一言でわかるように、いろいろと無茶な人。教師として優秀だし大人として純粋に尊敬しているけど、でも無茶な人。
「遅刻くらいで何をもぐと?」
「たかが遅刻されど遅刻。時間を大事にしないと将来苦労するよ? 特に君には気合いを入れておくように妹君たちに頼んでいたはずだけれど」
「むしろそれが原因で遅刻したと全力で主張しますが」
俺は今朝のイモムシモードについて話した。乃愛さんは実に楽しそうに話を聞いていた。
「君はそんな方法で気合いが入るような人間だと妹たちに思われているのか、変態だな」
「え、嘘、俺なんですか? この場合俺が責められるんですか、発想した美優じゃなくて?」
なんだろう、世の中割と理不尽だよ、母さん。ていうか目の前の人が理不尽なだけなんだけどね。
「大翔に気合を入れとくようにって、なんかまたオモシロイことでもあるんすか?」
「気合というものは面白いことがあるから入れるものでもないだろうに」
「そりゃーそーでしょうけど、わざわざこいつに言うんだからやっぱりなんか理由がありそうじゃないすか」
楽しそうだな、諸悪の根源め……。俺が面倒に巻き込まれるのは大抵お前のせいなんだぞ?
貴俊との思い出はいつも俺の涙と悲鳴と流血にまみれている。まさに死山血河死屍累々。今なお五体満足なのは奇跡のおかげだね、まったく。
大体、乃愛はちょっとした気まぐれでそういうことを言い出しかねない人なんだし、いちいち理由なんか探るほどのことか?
「ともあれ君らは普段から目を付けられているんだ。付け入る隙は作らないでおくべきだよ」
うい、了解しました。
解放された俺たちは職員室から立ち去った。
世界にはささやかながら魔法が存在し、それを扱う魔法使いが存在する。
いつからいるのかなんて事は誰にもわからないし、誰が見つけたのかなんてこともわからない。ただ昔からそれは確かに存在し、今もそれを扱う者が確かにいるという、それだけの話。
俺が通うのはそんな魔法使い達を集め、魔法の使い方やら何やらを教える『普通の学校』だ。魔法に関する科目が少々あるだけで他は普通の学校となんら変わらない……と、思う。
や、他の学校なんて知らないし。
ちなみに俺が魔法使いやこの学園について知ったのは、実はほんの数年前のことだ。自分の魔法に関してはある程度自覚していたが、それが集団作ってなおかつ学校なんぞあるなんて知ったときはたいそう驚いた。
……ちなみに、美羽や美優が魔法使いだと知ったときもたいそう驚いた。二人は俺が魔法使いだと知っていたらしいが。なんで教えてくれなかったのかと問えば、
『や、なんとなく』
と実にあっさりした答えが返ってきたものだ。そのときの美羽は何故か怒っていたというか不機嫌な様子だったが。
俺がいるのはそういう、少々常識はずれな場所だ。まあ学園へ行く方法が側溝へずぶずぶ沈むという時点でトンデモな場所だって事はわかると思うけど。
俺はサンドイッチをほおばる。シャリシャリとレタスの歯ごたえが心地よい。
あっという間に平らげてしまった。
「ていうか、なんでお前がここにいるんだ、美優?」
「あう、だ、だめだった……?」
いや、だめってことはないけどさ。
「クラスの友達とか、ちゃんとできてるんだろうな? お兄ちゃんは心配してるんだぞ、これでも」
結城美優。血の繋がっていない俺の妹。うちに来て九年前後か。
見た目の通りおとなしい性格で、ちょっと気の弱いところがある。まあそれが可愛いといえば可愛いのだが、心配の種でもある。
かと思えば美羽の影響なのか芯が元々強いのか、どこか強情なところもあるんだけどそれが発揮されることはあまりない。
兄としては入学したばかりなんだし、やっぱり友達は作ってほしいと思う。ただしひとつ注文をつけるとすれば、間違っても『まともじゃない』友達は作らないで貰いたい。
「お? どうしたそんな熱い視線で俺を見て。愛か、愛なのかぐげぁっ!?」
蹴り飛ばす。こーゆーのは、もういらないから。
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと友達、できてるから……」
「それならいいけど、その友達と一緒に食べなくていいのか?」
「そのこ、学食だから」
「別に学食に持ち込んでくってもいいんだけどな……まあ確かにあそこは地獄だもんな」
昼の学食。それは戦場だ。そこでは級友でさえ悪鬼羅刹となり友の屍を乗り越え踏み台とする。まさに混沌の坩堝。蟲毒の壷に放り込まれたらきっとあんな感じだ。
そもそもな、飯が欲しいからって魔法をぶちかますなよと。一応学内での魔法の使用はある程度禁止されてるはずなのに。
「美優の魔法は相性的に有利だろうけど」
「うう……だって、みんな怖いんだもん」
まあ気持ちはよくわかる。何で人間って腹が減ると人格変貌するんだろうな。
「まったく、飯ごときでみんな情けねぇな。俺なんかいつでも泰然と構えて――あー! クリームパンのクリームがこぼれたぁぁぁっ!!」
「騒ぐなやかましい。泰然としていろ」
本気で涙ぐむ貴俊に乾いた笑いをあげる美優。ちょっと引いている。
とはいえこれでもそれなりに前進したのだ。入学当初美優に貴俊を紹介した……といえるのか、アレは。まあいいや、紹介した時なんかマジで泣いてたからな。
『お、おにいちゃああああっ! なんか、なんか際どい人がいるうううう!!』
って。そんで俺に抱きついた美優にさらにトチ狂った叫びを上げた貴俊は俺が全力で殴っておいたけど。
なんでも入学したばかりの癖に俺となれなれしい女子がいたから威嚇したんだそうな。大概迷惑だなテメェ。
ちなみに美羽の反応。
『兄貴何あの悪趣味な生き物っ!? え、嘘、人類!?』
うん、なんていうかナチュラルに口が悪いのが俺の妹達だ。
……俺の影響かなぁ?
「そういえば、美羽は生徒会か?」
「うん。なんだか、急に呼び出されてた」
美羽は生徒会に所属している。なんで入学したばかりの生徒が、と思うかもしれない。
そこには俺と生徒会長の因縁が色々絡んでくるのだがその辺は割愛して説明する。うちの学校では生徒会長が気に入った人物を生徒会にいつでも入部させられるのだ。無論、本人が望めばの話だが。
そんで生徒会長が美羽に目をつけて、美羽もその話を受けた。そういうわけだ。
ちなみに美優も同じく誘いを受けたらしいのだが全力で断ったらしい。その時の首を振る勢いたるや、首がそのまま回転して飛んでいきそうなほどだったという。
「なんか乃愛さんもちょっとぴりぴりしてたし、こりゃ本格的に厄介ごとか……?」
貴俊の勘は野生の獣並みだ。信頼はしないが信用はできる。
その貴俊はといえば、期待を全身から発していた。こっちはこっちで面倒くさいな。
「進級してから派手に活動してなかったし、新入生に俺の存在を知らしめるためにもここらで一発愛の活動を始めるかっ!!」
「そういう対抗意識を燃やすんじゃない! 火消しに回るのが誰だと思ってるんだ!!」
「……ていうか、もう学園の中で黒須側先輩とお兄ちゃんを知らない一年生、いないと思う。ワタシも、よく、お兄ちゃんのこと聞かれるし」
ぐぁ、まじか。
俺はあくまで平凡で平和な学園生活が送りたいだけなのに。
美優もなんだかすねたような顔だ。うーん、妹ってことで注目を浴びるのが嫌なのかもな。
「憂鬱だ……俺は地味に普通に過ごしたいだけなんだ……」
「こんな非常識な場所で何常識的なこと言ってんだ、お前」
「場所が非常識だからって非常識にすごさなきゃならん理由もないだろうに」
「面白くねぇなあ。今はボクシングだって投げ技をかます時代だぜ? もっと積極的にならないと」
いや、ボクシングに投げ技はないだろ。なんだそれガキの遊戯か。まさか公式試合とかタイトルマッチじゃないだろうな。
まさかな。それじゃただの喧嘩だしな、ルールのあるスポーツでんなことやるやつはいないだろ。
「ところで今の話題関連で思ったんだけど、うさぎと亀ってさー」
「つながりが心底わからないがとりあえずやめろそれ以上口を開くな」
危険なにおいがぷんぷんする。
本当に理由はよくわからないんだけれども。
「愛か、愛なのか?」
それはもういい。
「……愛、なの?」
お前も毒されてるんじゃない。というか頬を赤らめるなきらきらした目で妄想を暴走させるんじゃない。
何を考えている、お前の脳内では今どんな花が咲き乱れているっ!?
「……、うわ」
「おいこら何を想像した、今俺をみてうわって、何を想像した!?」
「ちょっと、昼間からそういうこと言うのは……」
まじで何を想像しくさった、お前。
追記。
結城美優。想像力――否、妄想力が人並み桁外れて高い。
昼休みも十分を残したところで屋上から降りた。
さすがにこの季節はまだ風が少し寒い。俺や貴俊は平気だが、美優が辛そうだった。うーん、もっと早く気付いてやんないといけなかったな。
そんな反省をしながら一人で廊下を歩いている。特に目的はない。理由はあるが。
「……なんつーか変な感じだな、この視線」
視線を感じていたからだ。首の後ろがちくちくするくらい凝視されている。最初は自意識過剰な勘違いかとも思ったんだけど、さすがに校舎を半周もすれば疑念は確信へ変わる。
誰かが俺の後をつけてきている。
けどそれも変な感じだ。
街中で唐突に感じるような悪意と敵意の織り交ざった嫌な感じじゃない。かといって友好的なそれとも違う。なんていうかこう、情念? そういうのがこもってるような、ねっとりしたって言うかやたら密度の濃い感情がこもってそうな視線を感じる。
うん、正直振り返るのが怖いです。
なんといっても魔法の学園。井戸から出てきた感じの長い黒髪の女がヴアーって襲ってこないとも限らない。いやたぶんないだろうけど、呪いなんかありそうじゃない?
そういうのよりはまだちょっと逝っちゃってる感じのDQNとかの方が対応しやすいです。腕力に訴えられるぶん。
「こういうのの対処法、どうするんだっけ。えっと、そう、相手を刺激しちゃいけないんだよな」
……どういう行動が相手を刺激するんだろう。
えっと、だから、なんだ。
「逃げるが勝ちっ!!」
「あっ!?」
脱兎。
後ろから聞こえてきた声が妙にかわいらしい女の子の声だったことに興味を覚えたものの、振り返らずに逃げた。
ふははっ、これでも趣味はランニングだぜ! 暇すぎて三時間ぐらい延々と走り続けたりすることもあるんだ、そうそう追いつかれたりは……
「ええええいっ!!」
「嘘おおぉぉっ!?」
思わず振り返ってしまった。
なんと女子生徒は俺の走りについて来ていた。距離が離れているから顔はわからないが、確実についてきている……ていうかちょっとずつ距離が縮まっている!
これでもクラスの中じゃかなり早いんだぞ俺、陸上部かあの女っ!?
「ええい、スピードアップだぁぁ!!」
「なんの……って、きゃあああああっ!?」
え?
あ、こけてる。こけて盛大にひっくり返ってスカートが……いや、コメントは差し控えよう。
感想だけ。
うん、白っていいよね。
そんなこんなで放課後。
「……おかしい、普通の一日だったはずなのに普通から半歩ほどずれていた気がする」
そもそも目覚めからしておかしかったわけだし。ていうか何でぐるぐる巻きにされるまで目が覚めないんだよ俺は。
「なんか変な夢でも見てたような気がするんだよな」
変な、というより違和感や錘を胸に残すような、そんな夢。気がかりとでも言えばいいだろうか。
たぶん夢を見たはずなんだけど内容が思い出せない。とても大切だったような気もするしありふれたものだったような気もする。思い出せないことに対して不安がよぎる。
それ以前の問題として、そもそも俺は夢を見たのかどうかさえも曖昧だった。
「っつーか夢なんて久しぶりに見た気がするんだよな」
放課後の教室は静かだ。誰も居ない。グラウンドから体育会系の部活動の掛け声が響き渡る。そのさらに遠くからは魔法の炸裂音と悲鳴。まあこれは聞かなかったことにしよう。雰囲気ぶち壊しだ。
考え事をするのにはこういう環境はうってつけだ。浸れるとも言う。気分は大切だ。
夢の事なんか考えたところで今更わかるわけもないという事はわかっている。たぶん今の俺は、こうやって考えて、わかったつもりになりたいだけだ。自覚して、みっともないなぁかっこわるいなぁと自嘲して。
「なんだっけなぁ……」
でもやっぱり考える。どうしても考えてしまう。なんかこう、益体のない内容だった気がするんだよな。
ガラガラ
「え?」
「あっ」
目が合った。俺はまさかこんな時間に誰か来るなんて思ってもいなかったし、相手も誰かいるなんて思っても見なかったんだろう。
だが俺が言葉を失ったのは、人が現れたということじゃなくて。
「……コス……プレ?」
やってきた人物の突き抜けたファッションセンスだった。見たままお姫様な服装。しかも怖いくらいに似合っている。
いるんだな、ああいう服が似合う人。しかし現代社会でああいうのが似合っても着る機会ってあんまりなさそうだよなぁ。
「あのう……」
「はっ、あ、はいはい、うちのクラスに何か用でも?」
ぼうっと見とれている場合じゃない。
「いえ、あの、人を探していまして。私の付き人なんですけれど」
付き人、ときましたよ。もしかしたら本当にお嬢様か何かなのかも。
ん、となるとこの服装は父親の趣味か何かか? 父親GJ。
「俺はずっとこの教室にいたけど誰も入ってきてませんね」
俺が答えると、その人は怪訝な顔になった。なにやら呟いている。『確かに魔法の波動を感じたのに……』とかなんとか。よく聞き取れないけど。
「その人の特徴とか教えてもらっていいですか?」
「ええと、まず剣を腰に下げていて」
「まてこら」
銃刀法違反って知らんのか。
「どうかしましたか?」
「どうもこうも……剣を持ってたりなんかしたら大問題……にもならないか、うちの場合」
そんなもんよりも物騒なものを天然で持っているようなやつらの巣窟なわけだし。けど危ないものは危ない。
「まあいいや、それでその、他には?」
「そうですね……料理がとても上手で気配りが上手ですね。私の知らない知識を沢山持っていて、勉強家でもあります。少し慌てんぼうなところもあるのですけれどね。あとはそう、最近特に力を入れているのが――」
いや、あの。
そんな人間性っていうか内面的な特徴を教えられても困るんですけど。
料理上手とかってヒントで人探せって無茶だろ。その人歩きながらチャーハンでも作ってるのか。
「あのー、できれば外見的な特徴を教えて欲しいんですけど」
「あ、ああごめんなさい! 私ってばいっつもこんな感じで……本当、レンがいなければ何もできないのかしら。自分が情けなくなってしまいます」
「いやいやそんな落ち込まないで! ほら、元気出しましょう! なんならこれから頑張っていけばいいんですから!!」
何故か必死に励ます俺。いやだってすごい落ち込み方してるんだもん。ていうかペースがつかめないんだけどこのお嬢様!
そうして俺が必死に彼女をなだめていると……。
だだだだ……
どこか遠くから、
ずだだだだだだだ……
勇ましい足音が、だんだんと近づいてきているような――
ずだだだだだだっ、だんっ!!
大きく床を踏み切った音に首をめぐらせると、
「貴ッ様あああああ! 姫様に何をしている――!!」
視界を埋め尽くす靴の底。続く衝撃。
「ぎぃぃやあああっ!?」
ぐきっていった! 今なんか首がぐきって、絶対立てちゃやばい系の音を軽快に鳴らした!!
「ぐ、げほっ!? い、一体何が……!?」
「レン!」
「ってやっぱあんたの探し人かぁっ!!」
思わず怒鳴ってしまった。
しゃきん。
俺の鼻先に鋭利な刃が突きつけられる。冷たい刃先が、ぴたりと皮膚に触れている。
……本物だ、本物の剣だ。この感触は間違いなく、獲物を――否、人を切るために研ぎ澄まされたものだ。その意志を、目的を込められて鍛え上げられた刃だ。
ごくり、と喉が音を鳴らす。
武器としての刃物は苦手だ。いい思い出がない。相性が悪いんだろうか、刃物が絡むと昔から大怪我ばかりする。一番最近のだと中学時代に今でも残るほどの深い傷を負うきっかけにもなった。
刃物は苦手だ。
それが今、触れている。
確かな敵意を放つ刃が、そこにある。
まずい。
相手が刃を抜く瞬間は見えた、でも見えただけだ。速い。今この瞬間に刃を突き入れられるだけで――結果は想像したくない。それを避けるためには、相手が動く前にこちらが回避を終えなくてはならない。
現実的に不可能だが、成し遂げられなければ頭蓋に風穴が開く。その為には……
「待ちなさい、レン!」
「姫様?」
今っ!
一瞬、剣から少女が意識を離した隙に大きく跳躍し、距離をとる。剣の少女――レンというらしい――が驚いた表情を浮かべる。
「レン、剣をしまいなさい! 彼には助けてもらっていたんです!」
「そう……なのですか?」
なによその不満そうな目は。
「もう……ごめんなさい、この子、私のことになるとちょっと気が短くなるんです」
「ちょっと? ……いやなんでもないですごめんなさい睨まないで」
た、対応し辛いな、このコンビ。まあ、生真面目なんだろう、そういうことにしておこう。
でっかい刃物がすごく怖いので。
「その……すまないな」
「いや、わかってもらえたらいいから。えっと、んじゃ俺は、これで!!」
急いで踵を返してその場を離れた。とにかくその場を逃げたかった。
恐怖で足が震えるところなんて、たとえ見ず知らずの女の子の前でも見せられるわけないんです。
ちと油断した。気構えができてればこんな無様な事にはならない、と、思う、んだけどね。
「れ? 兄貴、まだ校内にいたの? 早く帰りなよ、美優が寂しがるでしょ」
「美羽。いや、今から帰ろうと思ってたところなんだけどな」
「……鞄もなしに?」
……あ、しまった。
俺のその顔を見た美羽は大きなため息をついた。
結城美羽。血の繋がった俺の妹。
美優とは対照的に人懐っこくて活発な性格をしている。生徒会にはいってもその辺の性格のおかげですでに違和感なくメンバーに溶け込んでいるようにみえる。
少々気が強く頑固なところがあり正義感が強いので、人と衝突する事もある。
そういうときによく美優が美羽を励ましているのを見る。
「まあ兄貴のことはどうでもいいんだけど」
んで、普段の俺の対応といったらこの程度なもんですよ。お兄ちゃんちょっと悲しいね。
「ちょっと、何すねてるのよ。ねえ兄貴、なんていうかこう……変わった人たち見なかった?」
「変わった人たち?」
それはあれか、なんかファンタジーな服装をしたファンタジーな装備を持った人たちのことか。
「それなら今しがた尻尾を巻いて逃げてきたばかりだけど」
「え、どこ、どこであったの!?」
「俺のクラスだが……たぶんもういないんじゃないかな」
そういった瞬間、美羽の瞳がきりきりとつりあがった。
額には青筋が浮かび、憤怒の形相を浮かべる。
あれ、俺何か失敗した?
「兄貴はいつもいつもいつも……なに、可愛い女の子を見つけたらたらしこまずにはいられないわけ!?」
「ちょっとまて、いつ俺が節操なしに女の子をたらしこんだ!?」
「何よ、前だってアタシの友達をうちにつれてきた時になんかやたら迫ってたじゃない!!」
「いや待てよ、何度も説明しただろあれは!」
ていうか何で放課後の廊下でこんな妹と痴話喧嘩じみたことをしてるんだ。
「あー、なんかいいや、興がそがれた。帰るわ」
「ちょっと兄貴、話はまだ終わって――」
「わかったわかった! 帰ったら聞くって、じゃあな!」
なおも叫び続ける美羽の声を背中に聞きながダッシュ。とにもかくにも、さっさと学校から出て行きたかった。
自分のクラスに戻った時には、彼女達の姿はすでに消えていた。
正直ほっとした。