世界が見えた世界・8話 C

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 部屋の電気をつけず、窓に背を預けて月明かりを浴びる。  今日一日で起こった様々なこと。その中でわかった新しいことと、その思い。  自分が今まで、どんなものに守られていたのかを、痛感した。  ……この体たらくで、何を守るつもりだったんだろうなぁ。  浮かぶ苦笑も、どこか虚ろで。月を見上げて、ため息を吐く。 ユリア「ヒロトさん、少し、いいですか?」 大翔「ん、いいよ」  そっと扉を開いて入ってきたユリアさん。俺の隣の腰をおろす。薄暗い部屋に聞こえるのは、お互いの浅い呼吸音だけ。  静かな、夜だった。 ユリア「ごめんなさい。今までずっと、黙っていて」 大翔「気にすること無いよ。確かに言いづらいことだったと思うし、聞かされても俺も混乱したと思う」  ユリアさんはきっと暗い顔をしてるんだろう。そういう顔をさせていることが、なんだかいやだった。せめてユリアさんには、笑っていてほしいと思う。こんな時だからこそ、いつもみたいに優しく。 ユリア「怖かったんです、ずっと。あなたがお父様のことを慕っていたのは知っていたから。私のせいで、お父様が亡くなったって知った時に嫌われるんじゃないかって。そんなこと、無いってわかってたのにそれでも、怖かった……!」  嗚咽交じりの告白は、俺の胸を強く締め付けた。俺はかける言葉が思いつかなくて、ただその肩を抱き寄せることしかできなかった。  月の白い光の中、ただずっとそうしていた。  陽菜が落ち着いたところで、すべての事情を説明することにした。話を聞いた陽菜は酷く驚いていたが、 陽菜「まあ、ヒロ君が何かに巻き込まれてるのはいつものことだもんね!」  と、無理して、それでも笑顔でそんなことを言った。  それを見ていた乃愛さんは小さく笑う。優しく見守る瞳が、少し照れくさい。 乃愛「さて……それじゃあ、今日一日に何があったのか、それを聞かないとな。そして、私の知っていることもすべて話そう。ヒロト君、君にとっては特に、重要な話だ」 大翔「はい、覚悟はしています」  今まで自分が知らなかった何かを知らされる。得体の知れない恐怖を覚えたが、だからと言って聞かないわけにはいかないだろう。  乃愛さんの瞳をしっかりと見据えて、力を込めて頷いた。 乃愛「それじゃあ……まずは景気の悪い空気を払拭するためにもヒロト君、うまい飯を頼むよ」  と、乃愛さんが買い物袋を手渡してきた。結構重いな、何が入ってるんだろう?  買い物袋を覗き込むと――うわ。 大翔「乃愛さん、あなた、また人の考えを」  ニヤニヤと笑う乃愛さん。あきれてため息も出なかった。やれやれ。  買い物袋の中には、すき焼きの材料が大量に入っていた。  用意した鍋は二つ。何しろ人数が人数だ。鍋ひとつではどうしても数が足りない。  まあ、これでも争奪戦は発生してしまうわけだが。 大翔「っておいこら、シラタキの隣に肉を入れるな、硬くなるだろうが! 素人どもめ! その程度のこともわからないのか!?」 美優「お、お兄ちゃん、怖い……」  うるさい、すき焼きは戦場だ。戦場は正しく管理せねばならんのだ。  って、肉ばかりを食べるなってばもう、野菜も食べろよ。 沙良「アンタやっぱりへんなところで凝り性やなぁ」 大翔「性格ですから。ほっといてください」  相変わらず頭に大福を乗っけている沙良先生。落ちそうになるとぴょんと跳ねてその位置を調整している辺り、本当に生きているようにしか見えない。  謎は深まるばかりだ。  そしてすき焼きの材料もほとんどなくなったころ、 乃愛「さて、みんなそろそろお腹もいっぱいになってきたころだろうし、暴露大会といこうか。さて、誰かカミングアウトしたいことがある人はいるかな?」  乃愛さんの言葉に、みなが一様に動きを止める。今日一日、様々なことがあった。それが頭を駆け巡っていく。  聞きたいこと、知りたいことがありすぎて、何を聞いていいのかわからないのが俺の正直な意見だ。俺が困っていると、美優が小さく手をあげた。 乃愛「うん、ミユか。さあ、存分に語るといい」 美優「はい……あの、その。き、今日ワタシが使った魔法のこと、なんだけど。わ、ワタシね、本当はこの世界の人間じゃないんです」  予想していたとはいえ、美優の口からそれを聞かされるとさすがに堪えた。けどそれで親父が美優の過去をきくなと言っていた意味が理解できた。確かに異世界からやってきたなど、そう簡単に言えることじゃないだろう。  辛いこともあったようだし、美優としては忘れられることなら忘れたかったのかもしれない。 美優「もうずっと昔のことだからわからないけど、たぶんユリアさん達と同じ世界にいたんだと思う。そこで、ワタシの村が、あの人たちに焼かれちゃって……その時に、お父さんがワタシを見つけてくれて、それで、うちに来たの」  村を、焼かれた、だって!? ファイバーたち、ユリアさん達の世界でそんなことまでやってたのかよ!  美羽も美優の過去に絶句していた。その瞳に少なからず怒りが宿っている。俺達の妹にそんな辛い目を合わせたのだと思うと、それも当然だ。 美優「こっちに来てからは、ずっと楽しくて。だから、元いたところのことは全部忘れちゃおうって思って、ずっと向こうの魔法は使わないようにしてたの。でも、今日あの人を見たら、村を焼かれた時のことを……」  美優が両手で顔を覆った。その体を、美羽が優しく抱きとめる。大丈夫、大丈夫だと。背中をゆっくりとさする。それは、いつかの夜に俺が美優にしてあげたように。  美羽は優しい瞳で美優を見、 美羽「――――」 大翔「――――」  俺を見て、互いに頷きあう。美優は大切な家族だ。たとえ別の世界から来たのだとしても、それを忘れるために隠していたのだとしても、それはたいした問題じゃない。  だから俺達は美優の兄として姉として、美優が今までどおりに楽しいと思って生きていけるようにしないといけないんだ。  気持ちは伝わっただろう。美優は小さく微笑んで、また美優に視線を戻した。 乃愛「ミユの事は私も大雑把にしか聞いていなかったんだが、まさかファイバー達が関わっていたとはな。まったく、因縁とはどこまでも気に食わないものだな」  乃愛さんはいったいどこまで事情を把握してるんだろう。純粋に疑問を感じた。  ついで手を上げたのは陽菜だった。それを見て、美羽も表情を硬くする。 陽菜「あのね、ヒロ君。陽菜、ヒロ君に謝らないといけないことがあるの」  陽菜が俺に謝ること? 俺が陽菜に謝ることなら思いつくけど、その逆はまったく思いつかない。 陽菜「思いつかないのは当たり前だよヒロ君。だって、思いつくための材料、陽菜が全部隠しちゃってるから」 大翔「材料を、隠す? どういう意味だ、それって?」  陽菜は乃愛さんを見ると、乃愛さんは小さく頷いた。その指が小さく光り、俺の額を小突く。  と、 大翔「……は?」  何かが脳内で砕け散った。 陽菜「ねえヒロ君、お願いがあるの。ヒロ君『嘘をほんとにしてくれる』?」  わけがわからないままに肯くと、今度は脳みそが一気に爆発した。  目の前が真っ白に染まり、ごちんと痛烈に額を食卓にぶつけた。 大翔「いってええ!? 滅茶苦茶いてえ! なんだこれ、陽菜お前何した、なんか頭の中でバチバチなってるぞ!?」  ぐああああっ!?  頭の奥のほうから次から次に色々なものが浮かんでくる。  これは、記憶? けど、俺の知らないものばかり……いや、違う。これは俺の記憶だ。ただ、俺の記憶じゃないと思い込んでいるだけ、奥底に封印されていた、俺の記憶だ。 大翔「これ、が。陽菜がいう、謝らないといけないこと、か?」 陽菜「そうだよヒロ君。ねえ、ヒロ君が陽菜と遊ばなくなったきっかけ、思い出した?」  思い出した。あまりにも凄惨で血生臭い記憶。  ある日、いつものように遊んでいたら、陽菜が野良犬に襲われていたのだ。俺が美羽達に呼ばれてそこにたどり着いた時には、陽菜は追い詰められていた。そして俺は陽菜を救うために――その犬を、殺した。魔法で殺したんだ。  俺はそのショックで体調を崩し、精神を病んでしまっていた。親父が死んだばかりだったことも関わっているかもしれない。おかげで俺はすっかり衰弱してしまったのだ。  だからその記憶を乃愛さんと陽菜で封印して、それ以来陽菜とは疎遠になっていた。でも、どうして? 陽菜「記憶を封印したばっかりの時は、何かの拍子で思い出しかねないから。だから、ヒロ君とはなるべく会わないようにしてたの」 乃愛「一応の目安としたのが高校入学までだったんだが、まあさすがに何年も会っていないと声をかけづらかったんだろうね」  陽菜を忘れていた間。それは、陽菜が俺を守ってくれていた期間でもあったのか。 大翔「陽菜……ありがとう、俺の心を守ってくれて」 陽菜「元はと言えば陽菜が悪かったんだよ、あれは。ヒロ君はただ陽菜を助けてくれただけ。それでヒロ君が傷ついちゃったから、乃愛先生に助けてもらったの。それに……ヒロ君を助けることは、陽菜にはできないから」  最後に何かつぶやいたようだが、声が小さくて聞き取れなかった。でも、聞いても答えは返ってこないように見えた。  俺は自分の中に浮かんできた懐かしい記憶を辿る。そこでは、俺と美羽と美優と……陽菜が、楽しそうに街中で遊んでいる姿がある。辛い記憶ひとつのために、このすべてを押し込めていたことが、なんだか酷く悲しかった。  でもそれは、昔の俺の弱さが招いたことなんだから、甘んじて受けるべきなんだろう。 大翔「陽菜。あの犬、その後はどうなったんだ?」 陽菜「さすがに人には見せられないって、お父さんがウチの庭に埋めてくれたよ」  そうか。じゃあ、一度手を合わせないといけないな。俺が奪った命なんだから、もう一度、今度はちゃんと向き合わなければいけないだろう。  俺の魔法。野良犬を一撃で葬った、貫く一撃。と、そこで気がついた。 大翔「あれ……? え、ちょっとタンマ。なんで昔の俺は普通に魔法を使ってるんだ!?」  今戻ってきた記憶の中で、俺はたまに魔法を使っていた。そして自分の魔法を正しく理解していた。それなのに、なぜかその内容が思い出せない。  これはいったい、どういうことだ? まさか、まだ俺の記憶の中には何かカラクリがあるのか? 乃愛「ふむ、ヒロト君落ち着きたまえ。それに関しては、私から後で話そう。それよりも、今は君に話を聞いてほしそうな人が、あと一人残っているよ」  そういう乃愛さんに促された先には―― ユリア「私も、あなたに言わなくてはいけないことがあります」  酷く弱々しい様子のユリアさんがいた。  ユリアさんは、語りだしてもやはり何か迷っている様子だった。 ユリア「ヒロトさんのお父様は、元々は私の国の騎士だったそうです。それが、私が生まれる前にこちらの世界で奥様と出会いご結婚して、こちらへと移り住んだそうです。騎士を辞めても、何度か国のために戦ってくれていましたが」  それだけでも、俺には十分驚くべき事実だった。というか、美羽も美優も驚いている。これで驚くなと言うほうが無理な話だ。  親父がユリアさんの世界の住人だったって、じゃあ何か、俺達は異世界の人間のハーフ? ユリア「元々お父様がこちらの世界へ渡ってしまったのは偶然だったそうです。その時に、奥様と出会い、そして恋に落ち、王国へ戻ってから正式に騎士を辞め、こちらの世界へと移ったのだとか」  世界を超えた恋物語だったのか。あのおっとりとした親父が騎士だったことにも驚くが、簡単には超えられない世界を超えた情熱的な恋をしていたのも十分な驚きだ。  まあバカップルっぷりは今でもしっかりと覚えているから、納得できると言えば納得できるけど。 ユリア「ところが、お二人が王国へ来た時に巻き込まれた事件のせいで、奥様は亡くなられました。なんでも、宗教団体同士の紛争に巻き込まれたそうなのですが、彼女は自分の危険を押してまで、その戦いを止めにかかったそうです。そのおかげで紛争は早期に解決し、団体同士も今では友好的な関係を築いています」  異世界でとんでもないことをやっていたのか、母さん。身の危険を顧みずに争いを止めようとした、か。  あの人は頑固なところがあったと親父からよく聞いていたから、少し納得できた。それでも、その宗教団体とやらには微妙な感情を抱かずにはいられないけど。 ユリア「ちなみに、その宗教団体は今では奥様を神の使いとして崇めています」 大翔・美羽「「ぶふー!!!!」」  コーヒー吹いた。おいおいおいこら、ちょっと待て! ひとんちの母親捕まえて何とんでもないものに祀り上げてるか!? 神の使い? ないないない、それはない!  母さん、あなたいったい何をしたんですか……。  でもあの人なら何か突拍子のないことをしでかしていそうで怖かった。 ユリア「それから数年たって、王国の貴族達が連続で襲撃される事件がありました。護衛の魔法使い達も敵わず、目撃者を残さない完璧なやり口が恐れられ、緊急の対策が要請されました。そこで呼ばれたのが、ヒロトさんのお父様――タイヨウ様でした」  瞳が伏せられ、まつげが揺れる。ああ、そうか、それで親父は。 ユリア「その時、私はまだ幼くて物を知らず、あまりに無知でした。私は言いつけを守らず、一人で街へと出て行ったのです。襲撃者は私を狙っていたので、その隙を逃すはずはありませんでした」  その、襲撃者が、つまり、 ユリア「あの時の襲撃者も、間違いなくファイバーでした。そして、タイヨウ様は私を守り、ファイバーを退けたのです。ですが、私という足枷はあまりにも重過ぎました。その身に幾つもの大きな魔法を受けたタイヨウ様は……」  それは、たぶん、あまりにも親父らしい最期だった。  今まで知らなかった、親父が死んだ理由。こんなところでいきなり聞かされるなんて、思いもよらなかったけど。  そうか……親父、ユリアさんを守って、死んだのか……。  沈黙が降りる。ユリアさんは身を硬くして俺の言葉を待っているようだった。 大翔「親父……最期に、なんか言ってた?」 ユリア「『僕は生きた、こうして生きている。だから君も生きてほしい』と。そして、家族にあったら伝えるようにと一言『愛している』」  胸がぎゅっと苦しくなった。  そんな、こと。いちいち、伝えなくたっていいだろ。そんな、わかりきってる事、さぁ。  なあ、親父。 乃愛「私の知る彼は、きっと最後まで考え続けて生きたのだと思うよ。その結果選んだ道だ。彼はきっと、後悔はしなかっただろうさ」 大翔「俺もそう思います。親父はずっと探してたから。自分の生きていく意味を。だから最期にそう言ったってことは、ちゃんとそれを見つけたんだと思う。だからユリアさん、そんなに怯えないで」 ユリア「ヒロト、さん……」  そんなに怖がらなくてもいいんだ。親父が死んだことは悲しいけれど、殺されたことに怒りは覚えるけれど、だからと言って、親父の死をユリアさんに背負ってほしくはない。責任を感じてほしくない。  ユリアさんは流れる涙を拭うこともせずに、ただ涙を流し続けた。 乃愛「さて……それじゃあ、私の話になるか」  乃愛さんは居住まいを正すと語り始めた。 乃愛「まず、私の出身だがこの世界でも姫の世界でもない。どことも知らない、暗い世界さ。そこで私は生まれ、早々にその世界から追い出された」 大翔「追い出された? どういうことですか?」  乃愛さんはどうもこうもない、と肩をすくめる。 乃愛「あの世界は弱肉強食の気が強すぎてね。親でさえ子を殺す。私はそれを逃れたものの、あっさりと追い詰められた。そして奴らは私を嬲るつもりだったのか、異世界へと放り出したんだ。ただ殺すだけでは飽き足らなかったのだろうな」  淡々と語られる異世界は、完全に俺の想像の範疇を超えていた。異世界と聞いて、遠く離れた外国程度の認識しかなかったが、世界が違えばそれほどまでに様相が変わるものなのか。 乃愛「そこで私が得ていた名前がノア・アメスタシアと言うわけだ。それからまあしばらくは、放り出された世界で生きていて、そこでタイヨウさんに保護されたわけだ」  もう捨てた名だがね、と笑う。 大翔「乃愛さんも親父に保護されたクチなんですか? ていうか、それって何年前の話です?」  乃愛さんは小さく笑うだけで俺の質問には答えない。この人、実際年齢何歳なんだろう。これはこれで疑問だ。 乃愛「まあ、それでタイヨウさんとミクさんについて回っていたからな。ファイバーとも何度か出会っている。まさか向こうが私のことを覚えているとは思っていなかったが、なかなか律儀な性格だな」  乃愛さんはあまり面白くないのか、不満を隠しもしない。ファイバーのことを相当嫌っているようだ。口調からして親父や母さんを相当慕っていたようだし、それも仕方のないことなのかもしれない。 乃愛「特に、ミクさんにはとてもお世話になったよ。今の私があるのは彼女のおかげと言ってもいい。正直、彼女の血を半分受け継ぐヒロト君やミウには嫉妬を覚えたこともあるんだよ」 美羽「うわ、想像もできないや、アタシに嫉妬する乃愛さんなんて」  昔の話だと笑う乃愛さん。その横顔から何かを読み取るには、俺には経験が足りなさ過ぎた。 乃愛「まあそれで、いろいろあって、君達と直接顔を合わせたのはタイヨウさんの葬儀のときだったか。それからは、君達と私の付き合いだから話すことはとくにはないだろう」  乃愛さんが俺達に色々と世話を焼いてくれる理由。それはもしかしたら、乃愛さんなりの親父と母さんに対する恩返しのようなものなのかもしれない。 乃愛「そして、ヒロト君、君の魔法に関する記憶だが……実はそれは、君自身の心の問題に起因することで私にはどうしようもないんだ」 大翔「俺の、心の問題?」 乃愛「そう、君の心の問題だ。君が自分の魔法を忌避する理由、理解しない理由。それらに関しては、君自身がどうにかするほかない」  俺の心に問題があって、魔法に関する記憶を封じてしまったのか?  いったいどういうことだろう。わけがわからず困惑する俺だったが、乃愛さんはそれ以上何を言うつもりはないようだった。  後は自分で何とかしろ。そういうことなんだろう。 乃愛「さて、これで話は終わりかな? それじゃあ他に、何かカミングアウトしてみたいことがある人は言ってみるといい。そういえばみんな知っているかな、ヒロト君の尻にはほくろがあるんだが、実はこれ」 大翔「ヘーイ! ヘーイッ!! 何を突然カミングアウトしてるんですかっていうか、なんでそんなこと知ってるんですか!?」 乃愛「まあ気にしない気にしない。ほら、他に何かないかな?」  いや、気になるって。俺の尻のほくろなんて、俺だって知らないぞ!? え、見たの? もしかしてみたんですか乃愛さん。いつ、どこで?  謎を解き明かしたと思ったら新たな疑惑の誕生かよ。しかも結構気になるぞこれ。 貴俊「はーい! 俺が大翔を愛するようになったきっかけは、夜の路地裏でお互いに痛い思いをしながら差したり叩いたりしたことがきっかけです!」 大翔「そして貴様の物言いは明らかに悪意がこもってるだろうが!」  二日目参加者とか一部の方々がたくましい想像力を働かせそうだからやめろ! ていうか美優は瞳を輝かせるな、鼻血を垂らすな!  貴俊は『嘘は言ってないのに~』などと体をくねくねしているが、キモイからやめろっつってんだろうが。 沙良「ああんじゃウチも。ましゅまろな、実は今年でハタチになんねん」 レン「そうなのですかっ!?」  これも地味に驚きの情報だった。いやでもハタチって。ぬいぐるみにハタチって。むしろそれがいったいどういう原理で動いているのかの方が気になるんですけど。  その後、このカミングアウト大会は俺がツッコミ疲れて力尽きるまで続けられた。  カミングアウトしている人たちは、実に満足げな顔をしていた。  思い出したら頭痛くなってきた。  へんにシリアスになるよりはやりやすいけど、なんかこう、もっと空気ってもんがあると思うんだよ。 ユリア「この家に来るのは、二度目なんです」 大翔「え、そうだったの?」  ユリアさんは小さく肯いて、ちらりとこちらを覗き見た。  すこし頬を上気させて、どこか緊張しているように見える。 ユリア「タイヨウ様の葬儀のときに、ほんの少しだけ」 大翔「そうだったんだ……来てくれてたんだね。ありがとう」  ユリアさんは小さくかぶりを振ると、またこちらをじっと見ていた。その視線は、何かを期待しているようにも見えた。なんだろう? 大翔「ユリアさん? どうかしたの?」 ユリア「いえ、なんでもないんです」  それでも、どこか残念そうに見えた。 ユリア「ヒロトさんは、魔法を使いたいんですか?」 大翔「魔法か……使いたいというか、使えないことに少し疑問を感じるのは確かかな。昔は使えたものが何で使えないのか、使おうとしなくなったのか。その理由は、知りたいよ」  だって、もう思い出したから。  俺は親父に、この魔法をしっかり使えるように、鍛錬と同じように練習していたのだ。魔法は格闘術と同じく、親父が俺にくれた大切なものなんだと思い出したから。むしろ格闘術よりも前から習っていたんだ。  うまく魔法が使えなかった俺を、母さんは優しく慰めてくれた。父さんは何も言わずに使い方を教えてくれた。それがとても、嬉しかった。  それを自分で封印してしまったと言うのは、さすがに少しどころではなく、悔しい。 大翔「うん、悔しいよ。親父が残してくれたものを否定するのは、すごく悔しい」  握りこぶしを見つめる。この力は俺のもので、俺だけのものじゃない。 ユリア「守りますよ、今度こそ、私が」 大翔「ユリアさん?」  そっと俺のこぶしを両手で包み込んだ。  え、あの。 ユリア「あなたの魔法は、きっといつか取り戻せます。だからその日まで、もうあんな無茶はしないで……私があなたを、守るから」  なぜそんなに切ない顔をするんだ、君は。俺は戸惑い、声をかけることができなかった。  それに、それは約束できないことだった。ファイバーたちは必ず何かしら仕掛けてくるだろう。それをただ見ていることはきっと俺にはできない。ユリアさんもそれはきっとわかっている。  わかっていて、こんなことを言うのだろうか。 ユリア「あなたは、ひとりじゃないから。だからそんなに、頑張らないで……」  その言葉は、なぜだか酷く心に響いた。
 部屋の電気をつけず、窓に背を預けて月明かりを浴びる。  今日一日で起こった様々なこと。その中でわかった新しいことと、その思い。  自分が今まで、どんなものに守られていたのかを、痛感した。  ……この体たらくで、何を守るつもりだったんだろうなぁ。  浮かぶ苦笑も、どこか虚ろで。月を見上げて、ため息を吐く。 「ヒロトさん、少し、いいですか?」 「ん、いいよ」  そっと扉を開いて入ってきたユリアさん。俺の隣の腰をおろす。薄暗い部屋に聞こえるのは、お互いの浅い呼吸音だけ。  静かな、夜だった。 「ごめんなさい。今までずっと、黙っていて」 「気にすること無いよ。確かに言いづらいことだったと思うし、聞かされても俺も混乱したと思う」  ユリアさんはきっと暗い顔をしてるんだろう。そういう顔をさせていることが、なんだかいやだった。せめてユリアさんには、笑っていてほしいと思う。こんな時だからこそ、いつもみたいに優しく。 「怖かったんです、ずっと。あなたがお父様のことを慕っていたのは知っていたから。私のせいで、お父様が亡くなったって知った時に嫌われるんじゃないかって。そんなこと無いってわかってたのに、それでも、怖かった……!」  嗚咽交じりの告白は、俺の胸を強く締め付けた。俺はかける言葉が思いつかなくて、ただその肩を抱き寄せることしかできなかった。  月の白い光の中、ただずっとそうしていた。  陽菜が落ち着いたところで、すべての事情を説明することにした。話を聞いた陽菜は酷く驚いていたが、 「まあ、ヒロ君が何かに巻き込まれてるのはいつものことだもんね!」  と、無理して、それでも笑顔でそんなことを言った。  それを見ていた乃愛さんは小さく笑う。優しく見守る瞳が、少し照れくさい。 「さて……それじゃあ、今日一日に何があったのか、それを聞かないとな。そして、私の知っていることもすべて話そう。ヒロト君、君にとっては特に、重要な話だ」 「はい、覚悟はしています」  今まで自分が知らなかった何かを知らされる。得体の知れない恐怖を覚えたが、だからと言って聞かないわけにはいかないだろう。  乃愛さんの瞳をしっかりと見据えて、力を込めて頷いた。 「それじゃあ……まずは景気の悪い空気を払拭するためにもヒロト君、うまい飯を頼むよ」  と、乃愛さんが買い物袋を手渡してきた。結構重いな、何が入ってるんだろう?  買い物袋を覗き込むと――うわ。 「乃愛さん、あなた、また人の考えを」  ニヤニヤと笑う乃愛さん。あきれてため息も出なかった。やれやれ。  買い物袋の中には、すき焼きの材料が大量に入っていた。  用意した鍋は二つ。何しろ人数が人数だ。鍋ひとつではどうしても数が足りない。  まあ、これでも争奪戦は発生してしまうわけだが。 「っておいこら、シラタキの隣に肉を入れるな、硬くなるだろうが! 素人どもめ! その程度のこともわからないのか!?」 「お、お兄ちゃん、怖い……」  うるさい、すき焼きは戦場だ。戦場であるからこそ守るべきルールというものが存在するのだ。  って、肉ばかりを食べるなってばもう、野菜も食べろよ。 「アンタやっぱりへんなところで凝り性やなぁ」 「性格ですから。ほっといてください」  相変わらず頭にましゅまろを乗っけている沙良先生。落ちそうになるとぴょんと跳ねてその位置を調整している辺り、実は未知の生命体なのではないかという疑惑は消えない。むしろ深まる、ずぶずぶと。  そしてすき焼きの材料もほとんどなくなったころ、 「さて、みんなそろそろお腹もいっぱいになってきたころだろうし、暴露大会といこうか。さて、誰かカミングアウトしたいことがある人はいるかな?」  乃愛さんの言葉に、みなが一様に動きを止める。今日一日、様々なことがあった。それが頭を駆け巡っていく。  聞きたいこと、知りたいことがありすぎて、何を聞いていいのかわからないのが俺の正直な意見だ。俺が困っていると、美優が小さく手をあげた。 「うん、ミユか。さあ、存分に語るといい」 「はい……あの、その。き、今日ワタシが使った魔法のこと、なんだけど。わ、ワタシね、本当はこの世界の人間じゃないんです」  予想していたとはいえ、美優の口からそれを聞かされるとやはり衝撃を受けた。けどそれで親父が美優の過去を聞くなと言っていた意味もわかる。確かに異世界からやってきたなど、そう簡単に言えることじゃないだろう。ていうか信じろというほうが無茶だ。  辛いこともあったようだし、美優としては忘れられることなら忘れたかったのかもしれない。 「もうずっと昔のことだからわからないけど、たぶんユリアさん達と同じ世界にいたんだと思う。そこで、ワタシの村が、あの人たちに焼かれちゃって……その時に、お父さんがワタシを見つけてくれて、それで、うちに来たの」  村を、焼かれた、だって!? ファイバーたち、ユリアさん達の世界でそんなことまでやってたのかよ! しかもよりにもよって美優の村を……家族を、だと!?  美羽も美優の過去に絶句していた。その瞳に少なからず怒りが宿っている。俺達の妹にそんな辛い目を合わせたのだと思うと、それも当然だ。俺だって怒りを隠せない。 「こっちに来てからは、ずっと楽しくて。だから、元いたところのことは全部忘れちゃおうって思って、ずっと向こうの魔法は使わないようにしてたの。でも、今日あの人を見たら、村を焼かれた時のことを……」  美優が両手で顔を覆った。その体を、美羽が優しく抱きとめる。大丈夫、大丈夫だと。背中をゆっくりとさする。それは、いつかの夜に俺が美優にしてあげたように。  美羽は優しい瞳で美優を見て、 「「――――」」  俺を見て、互いに頷きあう。美優は大切な家族だ。たとえ別の世界から来たのだとしても、それを忘れるために隠していたのだとしても、それはたいした問題じゃない。  だから俺達は美優の兄として姉として、美優が今までどおりに楽しいと思って生きていけるようにしないといけないんだ。  気持ちは伝わっただろう。美羽は小さく微笑んで、また美優に視線を戻した。 「ミユの事は私も大雑把にしか聞いていなかったんだが、まさかファイバー達が関わっていたとはな。まったく、因縁とはどこまでも気に食わないものだな」  乃愛さんはいったいどこまで事情を把握してるんだろう。純粋に疑問を感じた。  ついで手を上げたのは陽菜だった。それを見て、美羽も表情を硬くする。 「あのね、ヒロ君。陽菜、ヒロ君に謝らないといけないことがあるの」  陽菜が俺に謝ること? 俺が陽菜に謝ることなら思いつくけど、その逆はまったく思いつかない。しつこいようだが、情けないことこの上ない事実だ。 「思いつかないのは当たり前だよヒロ君。だって、思いつくための材料、陽菜が全部隠しちゃってるから」 「材料を、隠す? どういう意味だ?」  陽菜は乃愛さんを見ると、乃愛さんは小さく頷いた。その指が小さく光り、俺の額を小突く。  と、 「……は?」  何かが脳内で砕け散った。何が変わったわけでもないはず、なのだが、頭の中の何らかの枷が確かに今、外れた。 「ねえヒロ君、お願いがあるの。『嘘をほんとにしてくれる』?」 「あ、ああ……お? お、おおおおっ!?」  わけがわからないままに肯くと、今度は脳みそが一気に爆発した。しかも、強烈な頭痛のオマケ付き。  目の前が真っ白に染まり、勢いで額をごちんと痛烈に食卓にぶつけた。 「いってええ!? 滅茶苦茶いてえ! なんだこれ、陽菜お前何した、なんか頭の中でバチバチなってるぞ!?」  ぐああああっ!?  頭の奥のほうから次から次に色々なものが浮かんでくる。  これは、記憶? けど、俺の知らないものばかり……いや、違う。これは俺の記憶だ。今までその影さえも見せなかった頭の奥底に封印されていた、俺の記憶だ。 「これ、が。陽菜がいう、謝らないといけないこと、か?」  ようやく痛みが引いてきてどうにかたずねることができた。 「そうだよヒロ君。ねえ、ヒロ君が陽菜と遊ばなくなったきっかけ、思い出した?」  ああ、思い出したよ。あまりにも凄惨で血生臭い記憶だ。  ある日、いつものように遊んでいたら、陽菜が野良犬に襲われていたのだ。俺が美羽達に呼ばれてそこにたどり着いた時には、陽菜は追い詰められていた。そして俺は陽菜を救うために――その犬を、殺した。魔法で殺したんだ。  俺はそのショックで体調を崩し、精神を病んでしまっていた。親父が死んだばかりだったことも関わっているかもしれない。おかげで俺はすっかり衰弱してしまったのだ。  だからその記憶を乃愛さんと陽菜で封印して、それ以来陽菜とは疎遠になっていた。でも、どうして? 「記憶を封印したばっかりの時は、何かの拍子で思い出しかねないから。だから、ヒロ君とはなるべく会わないようにしてたの」 「一応の目安としたのが高校入学までだったんだが、まあさすがに何年も会っていないと声をかけづらかったんだろうね」  陽菜を忘れていた間。それは、陽菜が俺を守ってくれていた期間でもあったのか。 「陽菜……ありがとう、俺の心を守ってくれて」 「元はと言えば陽菜が悪かったんだよ、あれは。ヒロ君はただ陽菜を助けてくれただけ。それでヒロ君が傷ついちゃったから、乃愛先生に助けてもらったの。それに……ヒロ君を助けることは、陽菜にはできないから」  最後に何かつぶやいたようだが、声が小さくて聞き取れなかった。でも、聞いても答えは返ってこないように見えた。  俺は自分の中に浮かんできた懐かしい記憶を辿る。そこでは、俺と美羽と美優と……陽菜が、楽しそうに街中で遊んでいる姿がある。辛い記憶ひとつのために、このすべてを押し込めていたことが、なんだか酷く悲しかった。  でもそれは、昔の俺の弱さが招いたことなんだから、甘んじて受けるべきなんだろう。 「陽菜。あの犬、その後はどうなったんだ?」 「さすがに人には見せられないって、お父さんがウチの庭に埋めてくれたよ」  そうか。じゃあ、一度手を合わせないといけないな。俺が奪った命なんだから、もう一度、今度はちゃんと向き合わなければいけないだろう。  俺の魔法。野良犬を一撃で葬った、貫く一撃。と、そこで気がついた。 「あれ……? え、ちょ、ちょっとタンマ。なんで昔の俺は普通に魔法を使ってるんだ!?」  今戻ってきた記憶の中で、俺はたまに魔法を使っていた。そして自分の魔法を正しく理解していた。それなのに、なぜかその内容が思い出せない。  これはいったい、どういうことだ? まさか、まだ俺の記憶の中には何かカラクリがあるのか? 「ふむ、ヒロト君落ち着きたまえ。それに関しては、私から後で話そう。それよりも、今は君に話を聞いてほしそうな人が、あと一人残っているよ」  そういう乃愛さんに促された先には―― 「私も、あなたに言わなくてはいけないことがあります」  酷く弱々しい様子のユリアさんがいた。  ユリアさんは、語りだしてもやはり何か迷っている様子だった。 「ヒロトさんのお父様は、元々は私の国の騎士だったそうです。それが、私が生まれる前にこちらの世界で奥様と出会いご結婚して、こちらへと移り住んだのだそうです。騎士を辞めても、何度か国のために戦ってくれていましたが」  それだけでも、俺には十分驚くべき事実だった。というか、美羽も美優も驚いている。これで驚くなと言うほうが無理な話だ。  親父がユリアさんの世界の住人だったって、じゃあ何か、俺達は異世界の人間のハーフ? 「元々お父様がこちらの世界へ渡ってしまったのは偶然だったそうです。その時に、奥様と出会い、そして恋に落ち、王国へ戻ってから正式に騎士を辞め、こちらの世界へと移ったのだとか」  世界を超えた恋物語だったのか。あのおっとりとした親父が騎士だったことにも驚くが、簡単には超えられない世界を超えた情熱的な恋をしていたのも十分な驚きだ。  あのバカップルっぷりもそういうことだったのかと思えば納得できると言えば納得できるけど。……いや、あの二人だし関係ないか。 「ところが、お二人が王国へ来た時に巻き込まれた事件のせいで、奥様は亡くなられました。なんでも、宗教団体同士の紛争に巻き込まれたそうなのですが、彼女は自分の危険を押してまで、その戦いを止めにかかったそうです。そのおかげで紛争は早期に解決し、団体同士も今では友好的な関係を築いています」  異世界でとんでもないことをやっていたのか、母さん。身の危険を顧みずに争いを止めようとした、か。  あの人は頑固なところがあったと親父からよく聞いていたから、少し納得できた。それでも、その宗教団体とやらには微妙な感情を抱かずにはいられないけど。 「ちなみに、その宗教団体は今では奥様を神の使いとして崇めています」 「「ぶふー!!!!」」  美羽ともどもコーヒー吹いた。おいおいおいこら、ちょっと待て! ひとんちの母親捕まえて何とんでもないものに祀り上げてるか!? 神の使い? ないないない、それはない! あの母親が神の使いって、えぇー……やだなぁ、その神様。  母さん、あなたいったい何をしたんですか……。  でもあの人なら何か突拍子のないことをしでかしていそうで怖かった。 「それから数年たって、王国の貴族達が連続で襲撃される事件がありました。護衛の魔法使い達も敵わず、目撃者を残さない完璧なやり口が恐れられ、緊急の対策が要請されました。そこで呼ばれたのが、ヒロトさんのお父様――タイヨウ様でした」  瞳が伏せられ、まつげが揺れる。ああ、そうか、それで親父は。 「その時、私はまだ幼くて物を知らず、あまりに無知でした。私は言いつけを守らず、一人で街へと出て行ったのです。襲撃者は私を狙っていたので、その隙を逃すはずはありませんでした」  その、襲撃者が、つまり、 「あの時の襲撃者も、間違いなくファイバーでした。そして、タイヨウ様は私を守り、ファイバーを退けたのです。ですが、私という足枷はあまりにも重過ぎました。その身に幾つもの大きな傷を負ったタイヨウ様は……」  それは、たぶん、あまりにも親父らしい最期だった。  今まで知らなかった、親父が死んだ理由。こんなところでいきなり聞かされるなんて、思いもよらなかったけど。  そうか……親父、ユリアさんを守って、死んだのか……。  沈黙が降りる。ユリアさんは身を硬くして俺の言葉を待っているようだった。 「親父……最期に、なんか言ってた?」 「『僕は生きた、こうして生きている。だから君も生きてほしい』と。そして、家族にあったら伝えるようにと一言『愛している』」  胸がぎゅっと苦しくなった。  そんな、こと。いちいち、伝えなくたっていいだろ。そんな、わかりきってる事、さぁ。  なあ、親父。 「私の知る彼ならば、きっと最後まで考え続けて生きたのだと思うよ。その結果選んだ道だ。彼はきっと、後悔はしなかっただろうさ」 「俺もそう思います。親父はずっと探してたから。自分の生きていく意味を。だから最期にそう言ったってことは、ちゃんとそれを見つけたんだと思う。だからユリアさん、そんなに怯えないで怖がらないで。ひとりで何でも背負わなくたっていいから」 「ヒロト、さん……」  そんなに怖がらなくてもいいんだ。親父が死んだことは悲しいけれど、殺されたことに怒りは覚えるけれど、だからと言って、親父の死をユリアさんひとりに背負ってほしくはない。いらない責任を感じてほしくない。  ユリアさんは流れる涙を拭うこともせずに、ただ涙を流し続けた。 「さて……それじゃあ、私の話になるか」  乃愛さんは居住まいを正すと語り始めた。 「まず、私の出身だがこの世界でも姫の世界でもない。どことも知らない、暗い世界さ。そこで私は生まれ、早々にその世界から追い出された」 「追い出された? どういうことですか?」  乃愛さんはどうもこうもない、と肩をすくめる。 「あの世界は弱肉強食の気が強すぎてね。親でさえ子を殺す。私はそれを逃れたものの、あっさりと追い詰められた。そして奴らは私を嬲るつもりだったのか、異世界へと放り出したんだ。ただ殺すだけでは飽き足らなかったのだろうな」  淡々と語られる異世界は、完全に俺の想像の範疇を超えていた。異世界と聞いて、遠く離れた外国程度の認識しかなかったが、世界が違えばそれほどまでに様相が変わるものなのか。 「その世界で私が得た名前がノア・アメスタシアと言うわけだ。それからまあしばらくは、放り出された世界で生きていて、そこでタイヨウさんに保護されたわけだ」  もう捨てた名だがね、と笑う。 「乃愛さんも親父に保護されたクチなんですか? ていうか、それって何年前の話で……いえなんでもありません愚かな質問でした」  表情ひとつ変わっていなかったのに身の毛もよだつほどの殺気を感じた。というか今ここにいる年長組って実年齢が不明にも程がある。 「まあ、それでタイヨウさんとミクさんについて回っていたからな。ファイバーとも何度か出会っている。まさか向こうが私のことを覚えているとは思っていなかったが。なかなか律儀な性格だな」  乃愛さんはあまり面白くないのか、不満を隠しもしない。ファイバーのことを相当嫌っているようだ。親父や母さんを相当慕っていたようだし、それも仕方のないことなのかもしれない。 「特に、ミクさんにはとてもお世話になったよ。今の私があるのは彼女のおかげと言ってもいい。正直、彼女の血を半分受け継ぐヒロト君やミウには嫉妬を覚えたこともあるんだよ」 「うわ、想像もできないや、アタシに嫉妬する乃愛さんなんて」  昔の話だと笑う乃愛さん。その横顔から何かを読み取るには、俺には経験が足りなさ過ぎる。 「まあそれで、いろいろあって、君達と直接顔を合わせたのはミクさんの葬儀のときだったか。それからは、君達と私の付き合いだから話すことはとくにはないだろう」  乃愛さんが俺達に色々と世話を焼いてくれる理由。それはもしかしたら、乃愛さんなりの親父と母さんに対する恩返しのようなものなのかもしれない。 「そして、ヒロト君、君の魔法に関する記憶だが……実はそれは、君自身の心の問題に起因することで私にはどうしようもないんだ。というか、私は何もしていないんだからどうしようもないんだよ」 「俺の、心の問題? 何もしていないって……何も、ですか?」 「そ、君の心の問題だ。君が自分の魔法を忌避する理由、理解できない理由。それらに関しては、君自身がどうにかするほかない。私だって驚いたんだ、君が、君の魔法を忘れている事実にね」  俺の心に問題があって、魔法に関する記憶を封じてしまったのか?  記憶の中では、幼い――少なくとも陽菜を守るために魔法を使ったのが、最後だ。あの時は確かに、自分の魔法の何たるかを理解していた。だからそれ以降。目を覚まして、入院して――退院した後だ。乃愛さんが俺の記憶を封印したのは。そしてそれ以降、俺は自分の魔法を理解して扱ったことは一度もない。  いったいどういうことだろう。わけがわからず困惑する俺だったが、乃愛さんはそれ以上何を言うつもりはないようだった。  後は自分で何とかしろ。そういうことなんだろう。 「さて、これで話は終わりかな? それじゃあ他に、何かカミングアウトしてみたいことがある人は言ってみるといい。そういえばみんな知っているかな、ヒロト君の尻にはほくろがあるんだが、実はこれ」 「セーイ! セーイッ!! 何を突然カミングアウトしてるんですかっていうか、なんでそんなこと知ってるんですか!?」 「まあ気にしない気にしない。ほら、他に何かないかな?」  いや、気になるって。俺の尻のほくろなんて、俺だって知らないぞ!? え、見たの? もしかしてみたんですか乃愛さん。いつ、どこで?  謎を解き明かしたと思ったら新たな疑惑の誕生かよ。しかも結構気になるぞこれ。 「はーい! 俺が大翔を愛するようになったきっかけは、夜の路地裏でお互いに痛い思いをしながら刺したり叩いたりしたことがきっかけです!」 「そして貴様の物言いは明らかに悪意がこもってる!」  二日目参加者とか一部の方々がたくましい想像力を働かせそうだからやめろ! ていうか美優は瞳を輝かせるな、頬を染めるな呼吸を荒げるな!  貴俊は『嘘は言ってないのに~』などと体をくねくねしているが、キモイからやめろっつってんだろうが。 「じゃあ俺もカミングアウトな! 貴俊は実はSに見えるがMでもある! セルフSM機能付きだ!!」 「いや兄貴、それカミングアウトじゃなくて告発じゃん。しかもあんまり聞きたくない類の情報だよ……」 「おいおい大翔、いくらなんでもそりゃひでぇってもんだ。俺がS? 俺がM?」  やれやれ、とゆっくりと立ち上がり、自信に満ち溢れた力強い仕草で己を指差した。 「なめるなよ? 俺は……ドMでドSだ! 間違えんじゃねえ!!」 「うわぁぁ、言わなきゃよかった!!」  より深い領域の存在だったか、貴俊。自信満々にそんな事言う人間初めて見た。と、言うかだな。美優の表情が余りにも満たされすぎていて逆に引くんだが。 「ああんじゃウチも。ましゅまろな、実は今年でハタチになんねん」 「そうなのですかっ!?」  これも地味に驚きの情報だった。いやでもハタチって。ぬいぐるみにハタチって。むしろそれがいったいどういう原理で動いているのかの方が気になるんですけど。  その後、このカミングアウト大会は俺がツッコミ疲れて力尽きるまで続けられた。  カミングアウトしている人たちは、実に満足げな顔をしていた。  思い出したら頭痛くなってきた。  へんにシリアスになるよりはやりやすいけど、なんかこう、もっと空気ってもんがあると思うんだよ。 「この家に来るのは、二度目なんです」 「え、そうだったの?」  ユリアさんは小さく肯いて、ちらりとこちらを覗き見た。  すこし頬を上気させて、どこか緊張しているように見える。 「タイヨウ様の葬儀のときに、ほんの少しだけ」 「そうだったんだ……来てくれてたんだね。ありがとう」  ユリアさんは小さくかぶりを振ると、またこちらをじっと見ていた。その視線は、何かを期待しているようにも見えた。なんだろう? 「ユリアさん? どうかしたの?」 「いえ、なんでもないんです」  それでも、その顔からは落胆が見え隠れした。 「ヒロトさんは、魔法を使いたいんですか?」 「魔法か……使いたいというか、使えないことに少し疑問を感じるのは確かかな。昔は使えたものが何で使えないのか、使おうとしなくなったのか。その理由は、知りたいよ」  だって、もう思い出したから。  俺は親父に、この魔法をしっかり使えるように、鍛錬と同じように練習していたのだ。魔法は格闘術と同じく、親父が俺にくれた大切なものなんだと思い出したから。むしろ格闘術よりも前から習っていたんだ。  うまく魔法が使えなかった俺を、母さんは優しく慰めてくれた。父さんは何も言わずに使い方を教えてくれた。それがとても、嬉しかった。うんまあ今思えばその訓練方法は無茶苦茶だったけどな!  それを自分で封印してしまったと言うのは、さすがに少しどころではなく、悔しい。 「うん、悔しいよ。親父が残してくれたものを否定するのは、すごく悔しい」  握りこぶしを見つめる。この力は俺のもので、俺だけのものじゃない。 「守りますよ、今度こそ、私が」 「ユリアさん?」  そっと俺のこぶしを両手で包み込んだ。  え、あの。 「あなたの魔法は、きっといつか取り戻せます。だからその日まで、もう今日みたいな、あんな無茶はしないで……私があなたを、守るから」  なぜそんなに切ない顔をするんだ、君は。俺は戸惑い、声をかけることができなかった。  それに、それは約束できないことだった。ファイバーたちは必ず何かしら仕掛けてくるだろう。それをただ見ていることはきっと俺にはできない。ユリアさんもそれはきっとわかっている。  わかっていて、こんなことを言うのだろうか。 「あなたは、ひとりじゃないから。だからそんなに、頑張らないで……」  その言葉は、酷く優しく心を抉った。

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