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「世界が見えた世界・6話Cold」(2008/03/04 (火) 10:51:58) の最新版変更点
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母さん、事件です。なぜか俺、今海にいます。
ここ数年っていうかもう最後に行ったのがいつになるのかわからないような感じですが、そんな俺が海に来ています。
ビーチパラソルの下、貴俊と二人並んでぼけーっと海を眺めています。夏休みにはまだ入っていないので、客は少ないのでまあいい感じですが、なぜ俺は海に来ることになったのでしょうか。
そのきっかけは、文化祭が終わった数日後の話になります。
朝食の最中に、いきなり美羽が立ち上がった。
美羽「兄貴、今度の試験休みに海に行こう!!」
唐突にそんなことを言われても、俺としては反応の仕様がない。というか、みんなびっくりしている。
大翔「とりあえず落ち着け美羽、食事中に急に立ち上がるんじゃない。……ていうか、何でいきなり海なんだ」
美羽「なんでって、みんなで思いで作るんでしょ?」
大翔・ユリア「「――――っ!?!?!?」」
俺とユリアさんが同時に味噌汁を噴出しそうになってむせる。
ちょ、おま……!? な、何をいきなり!? っていうか、何でそれを!!
美羽「黒須川先輩に聞いたんだけど、どうしたのよその反応、何か問題でもあった?」
ユリア「な、ななな、ないですみょっ!? なんでも!!」
ユリアさん噛んでる。あと顔がすごく赤い。そしてこっちをちらちら見ないで、なんか照れる!
美羽「? まあよくわからないけど、そんなわけだから海いこう。ちょうど調査も一区切りついたし、しばらくは暇でしょ?」
レン「ふむ……確かに調査はしばらくは期間を置かなくてはならないが……調査対象からあまり離れるのも少々危険があるかもしれない。姫様、どういたしますか?」
レンさんは相変わらず冷静な判断を下している。確かに、いくら調査が今やることがないからといって、その場所から離れると何かあった時に対応しづらいだろう。それにしても、今どういう状況なんだろうな。調査で何もしない期間って、できるもんなのか?
ところが、ユリアさんはというと、
ユリア「え、あの、う、海ですか、そ、そうですね、どうでしょうねっ!?」
大翔「ユリアさん、まずは落ち着いて!」
なぜか顔を真っ赤にしているユリアさんをなだめるのに十分ほどを要した。思い返すと、あの状況であの言葉ってすごく恥ずかしいんだが。
しかし貴俊のやつ……俺たちのこと覗いてたのか?
ともあれ、その後俺を置いてけぼりにして海に行くことが決定したのだった。行くメンバーは我が家のメンバーと陽菜と貴俊とアホ王子。乃愛先生が残って学校周辺の見回りで、引率がなぜか沙良先生ということになったのだった。
沙良先生はどこから借りてきたのか、ちょっとしたバスのような車を持ってきた。ていうか、免許持ってるんだ。警察に見つかったら問答無用でとめられそうだけど。
なんてことを俺が思っていたら、そのまま口に出していた貴俊が全身の関節をすごい方向に曲げられていた。口は災いの元って本当だと思う。
貴俊「それにしても、沙良先生の車の運転は凄かったなぁ……あれは絶対走り屋だよな、元」
沙良先生の車の運転は荒いなどという次元を遥か遠くに置き去りにするようなすばらしいものだった。ああ、生きていることはすばらしい。
その運転によってユリアさんとレンさんとアホ王子の3人に車に対する異常な恐怖感が植えつけられたことは、今回の最大の反省点になることは間違いないと思われる。
大翔「にしても、いくら夏休み前の平日だって言っても人少なすぎやしないか? せめてもう少し位いるかと思ったけど」
目に見える範囲で俺たちのほかに浜辺にいるのは20数名といったところ。結構綺麗な浜だし今日は日もいい具合に射していて海水浴日和だといえる。平日はやっぱり少ないもんなのか?
貴俊「まあいいじゃねーか。俺はこうやってお前と二人、浜辺で青い海を眺めていられるだけでテンションがあがってくるぜ!!」
大翔「お前の隣で震えている青い髪の生き物は完全無視か、こら。アホ王子もいつまでも先生の車の運転に怯えてるんじゃない」
エーデル「はっ!? ボ、ボクがいつミス・サラの運転に怯えたというのだね!?」
そうは言っても足がガクガク震えてるぞ、お前。虚勢ってバレバレだ。
向こうの世界の人たちは嘘つくのがヘタなんだろうか。いや、嘘つくのがヘタって言うよりは無闇に素直っていうか正直なところがあるような。そういう気風なんだろうなぁ、きっと。
大翔「しかし帰りもあの運転で帰るのかと思うと、さすがの俺もちょっと気が重いなぁ……」
エーデル「はぁっ!? そ、そうか……帰りも彼女の運転で……っ!! く、歩いて帰るしかないのか……!?」
いや、俺の家からここまで50キロ以上あるんだけど。最寄の学校への転移場所でも結構な距離があると思うぞ。歩いて帰るつもりか、その距離。
貴俊「俺はお前とだったらどんな距離だって構わない。共に歩いた距離が、その分愛を深めると信じて……!!」
大翔「ああもう気持ち悪い暑苦しい、引っ付くな、水着を脱がそうとするな! ええい、HA・NA・SE!」
そんな風にじゃれていると、
美羽「ちょっと、気持ち悪いから白昼堂々と男同士いちゃつくのやめてくれる?」
大翔「やかましい! 俺だってそんな風な視線で見られるのは嫌に決まってる!!」
美羽たちが着替えを終えてやってきた。
それぞれ水着に着替えて……着替えて…………る、のか?
大翔「おい美羽。なぜあの三人はタオルで体を隠してあんな遠くから見てるんだ」
美羽「いや……なんか恥ずかしいとか何とか」
またありがちな理由だった。ていうか、ユリアさんとレンさんはなんとなくわかるけど、美優までってのはどういう事……ああ、俺以外の男の視線が気になるのか。
何しろエーデルが美羽を見たとたん元気になってる。現金にもほどがある。
エーデル「素晴らしい! 実に素晴らしいミウ嬢!」
むしろ元気になりすぎて気持ち悪い。重石つけて海に沈めたくなってきた。ちょっと完全犯罪やってみようかなぁ。
……なんでこんな爽やかな日に爽やかな気分でバイオレンスな思考に走ってるんだ俺は。反省反省。とにかく、向こうに隠れてる三人をどうにかしないことには……三人?
大翔「おい美羽。先生と陽菜はどうした? なぜ姿が見えない」
陽菜「じっつは陽菜ちゃんはすでにヒロ君の後ろに回っていたからでーっす!!」
がばぁっ!!
大翔「うおわあぁぁっ!?」
背後から突然抱きつかれて情けない声を上げてしまった。こ、これはまさか陽菜か? 擬態で俺の後ろに回っていたのか!?
やわらかい感触が、背中にやわらかい感触が!!
……ああでも、なんかいつも乃愛さんの攻撃食らってるせいで慣れてるかも。しかもその感触がちょっと寂しいというか、哀れさを誘ってしまうというか。
陽菜「ちょっとヒロ君!? なんか今哀れみのこもったため息つかれたよーな気がしましたよ!?」
大翔「いや、大丈夫だなんでもない。人にはそれぞれの分野というものがあるということを認識をしただけだ。だからほら、両手を包丁に擬態させるのはやめろ。いいか動かすなよ、その状態で刃を引いたら俺の両腕がボディと永遠の別れになってしまうからな!?」
部分的な擬態ってできるんだ、へーすごいじゃん。とか関心している余裕はない。この刃の冷たさは本物だ、誰か助けてくれ!!
ユリア「だ、だめですヒナさん! くっつきすぎです……じゃなくて、刃物を振り回すのは危険ですよ!!」
おお、ユリアさんがものすごい勢いで助けに来てくれた! ああ、こんなところに救世主が!
しかしその割にはユリアさんの表情がやたらと切羽詰っている。ていうか、手のひらをこちらに向けていかにも臨戦態勢。しかしそのおかげでタオルは落ちて水着姿があらわになっている。
GJ。ものすごくGJだ陽菜……! しかしこの状況は同時にピンチでもある。俺は果たして喜ぶべきかそれとも恐れおののくべきなのか!?
沙良「あー、はいはい。アンタ等はもちっと落ち着かんとあかんなあ。ま、ガキなんやからはしゃぎたい気持ちもしゃあないやろうけどな」
もこり、と沙良先生が砂の下から現れた……!! 今までの誰の登場シーンよりもインパクトが強いぞ、これ!?
美羽「あー、驚いてる驚いてる。まあアタシらも先生がましゅまろに乗ったまま砂に埋まってく姿見たときには心底驚いたわ」
大翔「またこいつの仕業かよ!? いったいどんな機能が詰まってるんだこいつ! ていうか、ほんとにぬいぐるみですかこれは!!」
いまさら過ぎる疑問だった。しかし沙良先生は俺の疑問に答えることなく、陽菜を俺から引き剥がしてユリアさんの魔法も止めさせた。実に手際がいい。
沙良「ほらほら、さっさと海に飛び込んだ。遊ぶ時間なんていくらあったって短いんやで。粗末にしたらあかんよ」
その沙良先生の言葉に……ていうか、大福にげしげし押されてレンさんと美優もしぶしぶタオルを手放した。
先生、GJ……!!
美羽の蔑みに満ちたブリザード以下の低温の視線すら今は涼しいぜ! ああ、暑い夏、最高!!
貴俊「よっしゃぁ大翔! まずは海で水着の脱がしあいだぁ!!」
エーデル「何、そんなものがこの世界には存在するのかい!?」
大翔「黙れこの変態共が! いいか、水着ってのは着ているからこその美があるんだよ、脱がしたら意味ねーだろうが!!」
男三人、夏の浜辺で女性たちからの蔑視を受ける。
でも気にしない。気にすらならないぜ、はっはっは!
岩場の影でないたのは内緒です。
定番のビーチバレーではユリアさんが予想外の身体能力を発揮し、美羽が魔法を使ってボールの軌道をむちゃくちゃにかき乱し、レンさんが持ち前の運動神経で鬼のようなスパイクを叩き込むも美優の魔法でそのまま跳ね返す。
違うだろおい、こんなのビーチバレーじゃないだろどう考えても! ていうかいくら人が少ないからってこんなところで魔法をバンバン使っちゃらめえぇぇぇっ!!
という俺の主張をやっと聞き入れて普通のビーチバレーになった。正直ビーチバレーで命をかける必要はないと思う。
スイカ割りもそれなりにスリリングだった。
というのも、レンさんがやたらとムキになるのだ。どうやら、目を隠されたくらいで目標を斬れないのが気に入らないらしい。
レン「くっ……まだだ、この程度で諦める私ではない!!」
ユリア「レン、落ち着いて。もうさっきからずっと回りっぱなしだし、少し休んだほうが……」
レン「いいえ姫様、負けたまま引くなど王国騎士でありあなた様の従者である私の矜持が許しはしません!!」
レンさんが剣を振り、ずざあああっ! と砂浜が切り裂かれる。最初は木刀だったのに自前の剣を持ち出すあたり、レンさんの真剣具合がうかがえる。
そんな大層なもんかなぁ、スイカ割り……。
ちなみにユリアさんは泳ぐのは初めてだということで俺と陽菜をコーチとしてちょっとした特訓もした。
まず顔を水につけられないレベルだったのでそこを突破するのが大変だった。まあ、それを乗り越えてしまえば後はとんとん拍子だったけど。ビーチバレーの時に見たように、運動神経はよかったからなぁ。
ていうか、この中で一番貧弱なのってアホ王子だろどう考えても。美優も意外と体力あるし。
案の定泳げないアホ王子は、得意の水の魔法をふんだんに使って水の上を走ったりしている。あれはあれで楽しそうに見えるが、いつでもどこでもポーズを取る癖、いい加減誰か矯正してやれ。俺? やだよあんなのにかかわりたくないもん。
貴俊「うおーい大翔ぉ!」
大翔「うわっ、なんだよいきなり? ああもう、引っつくなっての」
陽菜「そーだよ貴俊君! ヒロ君に抱きついていいのは陽菜だけなんだから」
ちょっと待て陽菜。俺そんなこと許可した記憶はまったくないぞ。勝手にそんなルールを作るな。
貴俊「なんだと……っ!? 仕方ない、じゃあ大翔に抱きつかれるのは俺が戴いた!」
貴俊も対抗するな。ていうか抱きつかないから。期待に満ちた眼差しで俺を見るな!
貴俊「おいおいつれないな大翔。だがそんな冷たさも夏の日差しには心地よい! さあこの胸に飛び込んで来い。今ならこの太平洋すら俺の鼻血で真っ赤に染めてみせるぜ!!」
貴俊がどんどん変態になってるなぁ……そろそろ付き合いを考え直したほうがいいかなぁ……。
そんなことを考えていると、俺の手につかまってるユリアさんがふくれっつらになっていた。あー、練習の途中で騒ぎ出すから不機嫌になってしまったか。
大翔「ほら貴俊、お前はもうむこういけ。陽菜も離れる。これじゃあユリアさんが練習できないだろ」
ようやく練習が再開できるようになった。すると、ユリアさんの表情も柔らかいものに戻る。ほっとした。
その後、ユリアさんはあっという間に泳ぎを身につけてしまった。これだけ上達が早いと、教える側としても実に楽しいものだ。
昼にはみんなでバーベキューもした。やはり初めての経験の異世界組に加え、美優も初めてということで基本的な準備は俺と貴俊で全部やってしまった。なんだかんだで重労働だからこの割り振りは妥当だったかもしれない。
貧弱王子は知識があっても使い物にはならなかっただろうし。ていうかすでに波に揉まれて息も絶え絶え。大丈夫か、こいつ。
陽菜「にくぅー! ヒロ君、どの肉が一番おいしい!?」
大翔「悪いけど肉は専門外。貴俊が持ってきたんだしどうせ無駄に高級な肉なんじゃないか?」
貴俊「馬鹿いえ。バーベキューっつったら大量生産の安物肉をかき集めてがーって食うのが楽しいんじゃないか! そんな雰囲気をぶち壊すようなまねをしてたまるか!! っつーわけで沢井、牛肉なんだし焼きすぎなけりゃ自分の好きなタイミングで食えば?」
また妙な美学を持ち出すなこいつは。まあ安い肉を大量にって気持ちはよくわかるし家計にもやさしいので大賛成だが。
そして沙良先生は食う食う食う! この小さな体のどこにそんな大量の肉が収まるのかと思うくらいに食べまくる。これだけ食べてもぜんぜん太らず背も伸びない胸も育たないって、どれだけ燃費悪いんだろう。
沙良「…………なあ結城兄。なんやその目は妙に腹たつんやけど」
大翔「だからなんで俺の周りの人は妙に勘が鋭いんですか。ていうか視線だけでなぜわかるんですか」
俺はサトラレか?
それにしても、食べ方にしたってずいぶんと性格が出るもんだ。美羽は野菜と肉をバランスよく。美優は野菜ばかりを。貴俊はスイカを焼いたりいろいろチャレンジしている。アホ王子はこだわりはないらしくその場にあるものを。ユリアさんもバランスよく食べているが、美羽ほど几帳面ではない。レンさんは肉がやや多め。そして陽菜と沙良先生は肉ばかり。
なんかこう、イメージどおりなんだが。
ところで、大量にあった肉はあっという間に食い尽くされた。先生と陽菜もそうだがやっぱり食べるのがユリアさん。ゆっくり食べているようにしか見えないのにやたらと早い。何かの手品を見ているのかと思った。
今日一日、とにかく遊び倒した。文化祭ではみんなでまとまって遊べなかった分を今日で取り戻したような感じだな。
夕日が沈むのを見ながら浜辺を歩いていると、ユリアさんが海を眺めて座っているのを発見した。
大翔「海はどうだった? 結構、楽しんでたみたいだけど」
ユリア「とても楽しかったですよ。あんなにしょっぱいとは思ってなくて驚きましたし、ずっと波が返ってくるなんてとても不思議」
なるほど。海を初めて見る人はそんな感想を抱くのか。そういうのも、ちょっと新鮮だな。
ユリアさんと一緒にいると、自分の世界でさえ新しい発見をすることができる。その驚きは味わい深く、興味深い。
ユリア「あれですよね、こういう夕日の海で追いかけっこしたりするんですよね!」
でもこっちの変な知識ばかり吸収してる気もする。
どれだけ昔のドラマの話をしてるんですか。再放送でも見たのかな……。
大翔「なんかユリアさんずいぶんこっちの生活にもなれたね。特にテレビが気に入ってるみたいだけど」
ユリア「テレビのようなものは私の世界にはないですから。娯楽でみんなで共有できるものといったら、本くらいなものです」
んー、技術レベルがそこまで高くないんだろうか。そういえば、王都の外は荒地になってるとかも言ってたな。うーん、中世ヨーロッパぐらいのレベルか? まあ、単にお姫様とかそういうのでどうしても想像してしまってるだけかも知れないけど。
大翔「ユリアさんも、テレビドラマに憧れたりするの? こういう風な体験してみたいーとか」
美優なんかはそういうタイプだな。さらに言えば、そこからさらに妄想を拡大させるタイプだ。最終的にはまったく別の物語が出来上がってるんだから面白いもんだと思う。
ユリア「そうですね……ドラマのシーンというわけではないんですけど、まるでドラマのようなシーンならちょっとだけ、想像したりしました」
ユリアさんは唇に人差し指を当てて『ほかの皆さんには内緒ですよ』と前置きして、その想像を語ってくれた。
ユリア「雪の日に、好きな人を膝枕してあげるんです。私、雪の日に外に出たことないんですよ。それに、私の国はそんなに雪が降る地方でもなかったのでつもったりもしないんです。だから、薄くつもった雪の絨毯の上に座って、好きな人を膝枕して、空を見上げて、いろんなことを話せたらなぁって、そんなことをこの間、考えたりしました」
そういえば、冬を題材にしたドラマの再放送が最近流れていたっけ。その影響だろうか。膝枕はどこから出てきたのかよくわからないけど。
大翔「でもそれ、寒くないか? 雪の日に膝枕ってことは、ユリアさんは雪の上に座りっぱなしだし、相手は寝っ転がることになるんだろ」
ユリア「きっと平気ですよ。だって――好きな人がずっと、そばに居てくれるんですよ? あったかいに、きまってるじゃないですか」
そういったユリアさんの顔は、幸せな想像に胸を膨らませるただの少女の姿で。
その姿につい見惚れてしまって、ふと、思った。彼女はその想像の中で、誰をひざの上に乗せているんだろう、なんて。
願うのなら、その相手が――、
――いや。いいだろう、そんなことは。
夕日を見ていた。
静かに並んで、夕日を眺めていた。
仕上げにみんなで花火をしている。その光景を遠くに見ながら、俺は一人、人気のない方へない方へと歩を進めていく。
じゃり、じゃり、と砂を踏む音が、波の音に飲み込まれていく。
静かな音だけが支配する世界。星がちらちらと瞬き、月明かりが海に白く輝く。幻想的とでも言えばいいのか、普段見ることのない、それでも当然知っているものなのに、やはり不思議な感動が芽生えてくる。
きっと、この世界を純粋に好きになっていく人が、すぐそばに居るからなんだろう。そんな人の影響を受けているせいなんだろう。
大翔「こういう夜は、嫌いじゃないよ俺。自分がどこかに溶けてしまいそうになる」
小さなつぶやきに、言葉が返ってきた。
エーデル「ボクもこんな夜は嫌いじゃない。だが、君のような奇妙な理由からではないよ。ボクはただ、美しいものを単純に愛するだけさ」
軽やかな足取りで岩陰から現れたのはアホ王子ことエーデル・サフィール。
大翔「もう海の疲れは取れたのか。よかったな貧弱」
エーデル「ボクは貧弱なのではない! ちょっとか弱いだけだ!!」
そんなもんただの表現の違いだとかツッコミ入れたい! ていうか男がか弱いとか言うな、なんかすごくこう、嫌だ。
大翔「やーい、貧弱、貧弱ぅ!」
エーデル「や、やめないか、くそ、なんて子供くさい真似を!!」
いや、子供くさい嫌がらせって結構精神的にくるんだって。根拠はないけど、そんな気がする。
エーデル「大体、君はボクの合図に気づいてここへ来たのだろう! だったら少しは話を聞く姿勢をとったらどうなんだい!?」
大翔「それはそうなんだけど、ほら、俺お前のこと嫌いだから」
エーデル「ボクだって君の事は嫌いだ!!」
大体、アホ王子の言う合図ってそんな大層なものじゃなかった。ものすごくわかりにくいパントマイムだった。あれ絶対レンさんとか貴俊は気づいてたって。レンさんは気を使ってくれたみたいだけど、貴俊はもしかしたらどこかで見てるかもしれない。一応、後ろをつけられていないかは確認したけど、意味あるかなぁ。
エーデル「まああいい。君に聞きたいことがある。それというのは他でもない。君が今後姫とどう付き合っていくのかを尋ねようと思ってね」
大翔「俺が、ユリアさんと? 何だそれ、お前の質問っていつもわけがわからないな」
というよりは、遠回りなのか。核心を訪ねないで、それでも核心にたどりつける質問をぶつけることで、知りたい事そのものを隠し通す。異世界組を素直だと言ったが、素直なだけにこういった小手先の技もうまいのかもしれない。
もっとも、こういう質問は本人の想像力や推理力の力が必要だろうから、誰でもできるわけでもないんだろうけど。
大翔「ま、一応質問には答えてやるけどな。今後どうするも何も、特に変わることはないだろうよ」
エーデル「まあ、君ならそういうだろうと思ったがね……だが、それはボクから言わせてもらえば迷惑なんだよ」
迷惑。という言葉にむっとなる。
エーデル「というより、君たちの存在がね。この世界になじむためには広く浅くの付き合いを続ければいいんだ。それを、姫は広く浅くの付き合いをする一方で、君たちというごく狭い範囲で深く付き合っている。こういうのは、彼女が元の世界に帰るときのしがらみになるんだよ。もはや調査は順調で、このままいけば数ヶ月もしないうちにこの世界の危機は免れ、僕らの世界も安定を取り戻すだろう。そのときに、しがらみが多くては困るんだよ」
大翔「そういうのを、お前にいちいち気にされなきゃならない理由がないだろ。ユリアさんにも、俺にも」
エーデル「庶民のヒロト君にもわかるように何度も言ってきたが、彼女は僕らの国の王女だ。その彼女が、他世界に心を残しているわけにはいかないんだよ」
ああもう、こいつはいつもいつも人のことを庶民庶民庶民庶民! 大体、ユリアさんは――
大翔「しらねー。しったこっちゃねー。ユリアさんは……ただの女の子だろうが」
俺の言葉が、アホ王子の逆鱗に触れた。
足元の砂を突き破って幾筋もの細い水流が飛び出してきた。とっさに身をよじってかわすが、手の甲に小さな痛みが走る。どうやら、少し切ったらしい。
大翔「いきなり何のつもりだ! 今のは完全に入ってたら重症だぞ!?」
エーデル「そのつもりでやっている! 状況を理解しようとしない君を排除して、無理にでも彼女をあの家から連れ出す!」
大翔「ふざけるな! 何の権利があってそんなことお前ができるってんだよ!」
エーデルは、ただまっすぐに俺を睨み付けている。視線をそらさない。逸らしてたまるか!
エーデル「権利などない――ただそれが、ボクが正しいと思える道だというだけの話だ!!」
さらに多くの水の鞭が月光の元に現れる。光をきらきらと反射する水の糸たちは、まるで月が流す涙のように儚く、
エーデル「行けっ!!!!」
獣の牙のように、獰猛。けどな――!
大翔「こちとら、もっと厄介なケダモノとやりあったことがあるんだよ! そんなもんで俺の意思を曲げられると思うな!!」
水の鞭は自由な動きで俺を狙ってくる。命をとるつもりはないようだが、殺傷能力は高い。ちょっとかすっただけで手の甲にきれいな切り傷を作るのだから、まともに当たれば深い傷を簡単に与えられてしまうだろう。もしかしたら人体を貫通してしまうかもしれない。
そんなもの、まとめて食らうわけにはいかない――!!
大翔「お前の正義はわかるけどな、だからって言って、俺の意思を曲げてやる義理はない!!」
上下左右というあらゆる方向からの攻撃に、精神がすさまじい勢いで磨耗していくのがわかる。集中が一瞬でも途切れれば、即座に肉体を引き裂かれるだろう。
でも、引かない。引けない。引きたくない!!
理由? 知るか!
ただ、あの笑顔を。夢見る少女のように、空想を語る彼女を、少しでも長くそばで見ていたいと。
大翔「お前が彼女を守りたいのは結構だけどな、俺だって、お前が守りたい彼女とは違う彼女を守りたいんだよ!!」
跳ぶ。
大きく砂地を蹴って、堤防の壁を蹴り三角跳びし、一息にアホ王子との距離をつめる。
エーデル「それで彼女はどうなる!? 元の世界に戻ったとき、二度とは行けぬだろう世界を思いながら、苦しみながら生きろというのか!!」
馬鹿か、こいつは?
いや、馬鹿なんだ、こいつは。
大翔「だったら――笑って思い出せる思い出をいっぱい残してきゃいいだけの話だろうが!!」
エーデル「それは子供の発想だ!!」
拳が。水が。互いにぶつかり合う。
水が月光を受けながら飛沫となって飛び散り。
拳が月光を飲み込む血飛沫を散らし力を失う。
大翔・エーデル「「せえええええい!!」」
右の拳がやられたのなら左の拳を出せばいい! 着地し、伸び上がる勢いのままに拳を叩き込む。同時に、胸に重たい衝撃が走った。
見ると、エーデルは拳に水をまとっている。
大翔「がっ! ……くそ、貧弱王子のくせして、パンチの形はしっかりできてるじゃんかよ」
エーデル「ぐっ! ……ふん、弱点を弱点のまま残しているほど甘くはないということだ。君こそそれしか能がないとはいえ、見事な一撃だった」
これは予想外だった。運動神経皆無、体力皆無の癖に、前回指摘されたのが悔しかったのか多少は体を鍛えだしたって事か。
上等。
今の一撃が聞いたのか、ひざが多少震えるけど、問題はない。エーデルも、顔色を多少青くしているがその瞳の意思の光は消えていない。
大翔「これで終わりじゃないだろうな」
エーデル「これで終わるわけがないだろう」
口元に笑みが自然と浮かぶ。
待ち受けるエーデルへと駆け出し、やつは俺を迎え撃つべく更なる水を呼び寄せる。
幻想的な夜にふさわしくない泥臭い戦い。水が唸りを上げ螺旋を描き空を裂き地に突き刺さる。その合間を駆け抜け、蹴散らし、突き進む。
意味のない戦い。理由のない戦い。ただ、意思のみがある戦い。だからこそ、この意思は――
大翔「譲れない!」
エーデル「ああ、譲れるわけがない!」
右腕で目の前の水糸をまとめて振り払う。だが次から次へと現れる水糸の数は増える一方で、俺の攻めの手は確実に減っていく。
そして、
大翔「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
エーデル「さあ……これで、ボクの詰みだ」
俺の周りをぐるりと囲むように水糸が並んでいる。その数は数えるのもばかばかしくなるほどの量で、もはや逃げ道などひとつもないと誰だって理解できるような状況にまで追い込まれた。
エーデル「さあ……これで君の負けは確実だ。もはやこの状況から君が逆転することは、不可能だよ」
大翔「……黙れよ。まだ勝ってもいないうちから勝ったつもりか。そういうやつは、しっぺ返しを食らうのが物語のセオリーなんだよ」
エーデル「だが事実、君に現状で勝ち目はないだろう。さあ、降参したまえ」
はは。なに言ってるんだお前。なんでそんなこと言ってるんだお前。お前その顔、俺が嫌だって言うのわかってる顔だろ。
大翔「…………あのな。俺は何度だって言うぞ」
鋭く、ただひたすらに己を研ぎ澄ませる。チャンスは一度きり。その一度にすべてをかける。俺の意思のすべてを託す。
大翔「俺はな」
必要なのは、道。奴へ俺の拳を叩き込むための、まっすぐな道。俺の意思をなすための道。
大翔「家族を」
何のために戦うのかなんて、そんなことはわからない。別に戦わなくたっていいだろうとも思う。実際、もっと賢くなればこんなところでエーデルと戦う必要なんてないんだろう。
でも、それでも、俺はこうして戦いを選んだ。だから……勝つ。
『あったかいに、きまってるじゃないですか』
それで、誰かが笑っていてくれると。誰かと一緒に居られると。
大翔「守るんだよ!!」
そう、信じる。
空気がはじけ、重い音とともに一気に道が開けた!
エーデル「ばかなっ!?」
俺とエーデルの間には、何一つ障害物はない。間にあるものすべて、俺の魔法が貫き尽くした!
その距離はわずか数メートル。エーデルは一瞬の自失からすばやく立ち直るが、それでも俺のほうがまだ早い!
大翔「おおおお!!」
ドン、と大地を踏みしめる。そこから伝わってくるエネルギーをそのまま拳に伝え、伸びるような動作で左の拳をエーデルの胸に。さらに、そのまま服を掴んで相手を引き寄せ、右のひじをみぞおちに叩き込む!
重苦しい打撃音が響き、エーデルの体が大きくのけぞった。が、その指がまっすぐと俺を指し示し、
エーデル「解き放て、我が力を得し命の運び手よ!!」
大量の水が殺到し、俺の全身を四方八方から殴りつけてきた。
気絶していた時間は、そんなに長くないようだ。ふらつく頭を振り、意識を覚醒させる。遠くからは、まだ花火の音が聞こえている。
エーデルは、というと、まだ伸びていた。
大翔「…………ああもう! おいこら、おきろエーデル!!」
エーデル「う……くっ! 気絶していたのか……ボクの最後の攻撃はどうなったんだ?」
ここでうそをつくのは簡単だが……
大翔「ぼっこぼこにされたよ。ったく、最後の最後で隠しだまなんてな」
そんなことに意味はないな。そもそも、この戦いにだって意味はないんだし。
エーデル「ふん……やれやれ。君とは決着がつかないな。まさかあそこで魔法を使ってくるとは思わなかった。魔法には頼らないんじゃなかったのかい?」
大翔「頼ってないだろ。使うべきものを当たり前に使っただけだ」
なぜか、使えるという確信があったというのもあるけど。自分の魔法ながら、いまいちわけのわからない力だ。
大翔「んで? まだやるのか?」
エーデル「……ふん。そもそもボクが何を言ったところで彼女の意思が変わるわけでもないんだから、連れ出すということ自体が無理なわけだし、今日はここまでにしておくよ」
…………ああ、そりゃそうだ。妙に納得できるぞ、その意見。あの人結構頑固だもんな。
いや、それならなぁ…………。
大翔「何であんな話吹っかけてきてんだよ、意味わからねーぞ!?」
エーデル「ミス・ノアによると、君は調査には加わらず調査の環境を守るほうに重点を置くらしいね。それはつまり、君はもう一度あのポーキァと戦う可能性を考えているということだ。君のミスは彼女の身の危険に直結している。君は何があっても彼女を守らなくてはならない」
何があってもって。おい、お前、まさか…………。
エーデル「誰かを守るためには信念が必要だ。何かを為すためには執念が必要だ。姫はその両方を持っている。それがなんなのかボクは知らないが、それだけの意思と覚悟をもって姫はこの世界に来た。何を持っても砕けないその心こそが、彼女をこの世界に向かわせた。ゆえに彼女は引かないだろう。己の身の危険を知ったところで、彼女は決して逃げはしないだろう。ならば、その身に迫るあらゆる危険を排除するものが必要だ。信念と執念を持った露払いが必要だ」
また……面倒なことばかりを考える男だな、こいつは。
エーデル「このボクの意思と向かい合っても引かず、立ち向かって来た点は評価しよう。あの場面において自分の意思を捨てぬその意思を評価しよう。それが家族というのは――まあ、実に君らしいといったところだが」
だからなんでお前はいつも偉そうなんだっつーの。
いつもいつも人のことを試しやがって。そんなにテストが好きですか? お前この前の定期試験そんなに楽しかったかこら。
大翔「お前に認めてもらおうがもらうまいが、俺のやることは変わらないんだよ。邪魔する奴はぶっ飛ばす。昔からそうやってきたんだ」
エーデル「君は奇妙な人間だな。状況に流されやすいくせに頑なだ。頑ななまま流されている。実に変わり者だ」
心底変だと思ってるんだろう。なんか視線が理解不能なものを見る目つきだ。
大翔「巨大なお世話だ、馬鹿。……ほら、手をかせ。どうせ力が入んないんだろうが」
座り込んだままのエーデルに左手を差し出す。しばらくその手を不振そうに見ていたが、
エーデル「ボクが庶民の手を借りるなどめったにないんだ。感謝したまえ、ヒロト君」
大翔「俺が男に手を貸すことだってめったにないんだよ。そっちこそ感謝しろ、エーデル」
ふん、と同時に鼻を鳴らす。肩を貸してやろうかとも思ったが、やめた。男なんかと肩を組んだところで何も楽しくなんかない。
エーデルを立ち上がらせて、さっさと身を翻してみんなのところへと歩き出す。服はよれよれで水浸しで、右手なんかは結構傷が入ったりしているけどもう気にしない。気にするようなことじゃない。
目の前に、やるべきことがあるんだから。
後ろから砂を踏む音がついてくる。エーデルも歩き出したらしい。ゆっくりだが、その足取りはしっかりしている。結構きれいに入ったはずだが、思ったよりも根性はあるらしい。
横目に月を見る。海の上の月はいつも通り。このいつも通りが、いつまで続くのか。いや、いつまでも続かせるためにこの世界にやってきた人が居る。その人の元へ歩いていく。一歩一歩、歩いていく。
月の似合う彼女のところへ、一歩一歩。
そんな二人を遠くから眺めていた人物が居た。
大翔の予想通り、あとをつけていた貴俊だ。とはいえ距離は100メートルは離れている。当然声は聞こえない。だが、双眼鏡を使っているのでその様子だけは確認していた。そして、貴俊が身に着けていた無駄な技能はここで存分に発揮されていた。
貴俊「しっかしまあ、読唇術をこうも立て続けに使うなんてなぁ。大翔の周りも複雑になったもんだ」
二人の口の動きだけで、ある程度の会話を読み取っていた。完璧ではないし、向きによっては口の動きが見えないこともあるから完全な内容はわからないが、あらかたの内容がわかれば残りは推察できる。
貴俊「ふうん……この世界、世界なぁ……なーんか、面白そうなんだよなぁ。こりゃあ、やっぱりちょっと探ってみねーとなぁ」
くっくとのどの奥で小さく笑う。大翔と居ると退屈しない。貴俊にとってこれほど興味をそそられる人間は居なかった。自分と大翔が出会ったのは運命だったとさえ思っている。
貴俊「だから、なぁ、大翔……お前だけは、俺の愛に押しつぶされるなよ」
足元の小石を蹴り上げ、噛み砕く。夜に沈んでいく海へと静かに歩き出す。その後姿は、孤独な獣のような荒んだ気配を漂わせていた。
だんまりとおした。何があったのかと聞く美羽や美優、ユリアさんがしつこく聞いてきたが、とにかくだんまり。
レンさんと沙良先生はなにやら察しているらしく、特に何も言うことはなかった。沙良先生は傷の手当をするときにぶちぶちと文句を言っていたが、それも呆れているというか、諦めているというか、そんな感じだった。
沙良「ま、あんたらくらいの年頃は馬鹿でええとウチはおもっとる」
大福の上でため息をつきながら苦笑する沙良先生は、ああ、この人もそれなりに年食ってんだなぁ、と思った。思ったらいきなりひっぱたかれた。
美羽はいつまでも俺が何をしでかしたのか気にしていたけど、俺が何もしゃべらないとわかると怒ってさっさと行ってしまった。美優はどちらかといえば俺の傷のほうが気になるようで、それが大事ないとわかるとほっとしたのか、美羽についていった。
陽菜はどこか不思議な反応だった。俺の怪我を見て、悲しそうに呟いた。
陽菜「陽菜は……ヒロ君が本気でけんかするの、見たくないな」
少し、辛そうだった。昔俺が何かしたのだろうかとも思ったけど、俺が何もしゃべらないのに聞くわけにもいかないから聞けなかった。
そして、ユリアさんはというと……。
大翔「あのー、ユリアさん」
ユリア「……………………」
ぷくーっとふくれっ面。さっきからずっとこの状態だ。さてどうしよう。結構途方にくれている。エーデルを見ると、ふんと顔を逸らしやがった。自力でどうにかしろ、らしい。最初っからお前の力なんか借りないよ、ばーか。
……でもどうしたらいいのかわからない。えーっと、さて。話を逸らすか! 馬鹿の一つ覚えだけど!!
大翔「あの……うん。水着、似合ってた。言ってなかったけど」
ユリア「ふぇっ!? あ、あう…………」
おー。照れてる。うん、そして俺もすごく照れくさい。なんという自爆。学習能力ないだろ俺!
でも嘘は言ってない。うん、嘘は言っていない。
大翔「あー、えーっと、うん。それでその……いい思い出に、なった?」
突然の俺の質問にユリアさんはきょとんとするが、
ユリア「当たり前じゃないですか。みんなで遊んで、みんなでばーべきゅーを食べて……ヒロトさんと一緒に、夕日を見ました。とても楽しくて、幸せな、思い出です」
そうか。それは、よかった。笑顔で思い出せる思い出が増えて、よかった。
ユリア「ヒロトさんも楽しそうですね。笑ってますよ」
大翔「ん? 笑ってた? ……ま、楽しかったよ、俺も」
思わず笑いあった。なんだかよくわからないけど、何がおかしいのかわからないけど、笑い出したい気分だったんだ。
美羽「ほらー、二人とも! もう帰るよー!!」
大翔「おー! 今行くー! ほら、ユリアさん、急ごう」
ユリア「はい……って、ヒロトさん! 話をごまかしましたね!」
今頃気づいても遅い! さあ帰ろう、我が家へー!!
車までの短い追いかけっこ。それもやたらと、楽しくて仕方がない。
こうして、俺たちの海での一日が終わった。何かが変わったような、結局今までどおりのような、とても楽しすぎた一日だった。
そして。
日常が、確実に終わっていく。