世界が見えた世界・5話 A

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ここ最近、貴俊の機嫌がやたら悪くなっている。ちょっと前は無意味に楽しそうにしてたくせに。 まあ、理由は明白だから俺が気にすることでもないか。ちなみに理由というのは、 エーデル「はっはっはっはっ! ごきげんよう庶民のヒロト君、相変わらず朝からみすぼらしい顔だな!」 このアホ王子のせいだった。 エーデル・サフィール。ユリアさんの国の最有力貴族の第一子で次期当主。恵まれた魔法の才能と顔立ちを持つ、大馬鹿野郎。いったいどういう裏技を使ったのか、沙良先生にぶっ飛ばされた次の日、うちの学園に転入してきたのだ。 アレだけの騒ぎを起こしておきながら平然と転入してくる面の皮の厚さといい、それ以降のこいつの態度といい、まあ貴俊が面白くないと思うのも無理はないと思う。 大翔「……まあ、みすぼらしい顔だからって困ったことはないから別にいいけどな。で、何か用かアホ王子」 エーデル「無論だ。まったく君は何度言っても人の言うことに従わないのだから質が悪い。そもそも、君のような庶民がボクのような高貴な存在を知ることができたというだけでもありがたいと思うべきであり、君はその幸運に対して――」 大翔「あ、ユリアさん、次の授業の準備を先生に頼まれたんだけど、ちょっと1人じゃきつそうだから手伝ってくれる?」 ユリア「ええ、かまいませんよ」 レン「姫様、私もご一緒します。ヒロト殿、構わないか?」 大翔「断る理由なんてないですよ。んじゃ、行きましょうか」 エーデル「そもそもだね、我がサフィール家の成り立ちは王家とも深い関係があり、その血統の誉れ高さというのがどれほどのものか――む、な、いつの間にかいなくなっている!? どこだ、どこに行った、ユウキヒロト!!」 どっかの馬鹿が叫んでいるのを聞きながら廊下を歩いていく。自然、ため息が漏れた。 ユリア「ヒロトさん、疲れているんですか? 最近、ため息やぼうっとしていることが多いですけど……」 大翔「あはははは。疲れてるっちゃ疲れてるけどね……なんかもうね、どうでもいいやってね、どっちかって言うと投げやりな気分でね」 レン「あー、まあ、なんだ、ヒロト殿。もう大分わかってきたとは思うが、あの方の事はあまり気にしすぎないほうがいいぞ」 ユリアさんとレンさんに気遣われてしまった。うーん、そんなに顔に出てるか……。ていうか、ユリアさんはほんとにエーデルの事を歯牙にもかけてないのな……哀れ、アホ王子。 大翔「まー、対処法は覚えたから割と慣れては来たんだけど……むしろ今は、貴俊が何かしでかさないかが心配だな……」 ユリア「タカトシさんが、ですか?」 黒須川貴俊。俺にとっては一番付き合いの長い男友達であり、同時に謎の多い男でもある。 そもそもの出会いは中学時代。あの頃の俺は、自分で思い出すのも嫌になるぐらい、世間に対して随分と尖っていたように思う。自分ひとりの力で生きていると自惚れていたと言ってもいい。言い訳はできるが、ま、そんなのはどうでもいい。 そんなときに出会ったのが、貴俊だった。 勿体つけても仕方がない。はっきりといってしまおうか。 俺と貴俊の出会いは、エーデルの出会いが最悪とするのなら、それは災厄とでも言うべきものだった。お互いにとって、それまでの自分を徹底的に破壊されてしまうような、災厄。そのおかげで、ずれていた俺は世間というものに向かいあうことができるようになり、貴俊も多少はまともになったわけだが。 全治2ヶ月。お互いがお互いに与えた怪我に対する診断は、同じものだった。 大翔「あいつは『安全の範囲でいくらでも楽しくやる』ってのが好きなんだよ。だから、アホ王子みたいに周りの被害を気にせずに自分の主義を貫くようなのとはウマが合わないんだ」 さらに言えば、あいつは自分が自分の環境を壊すのは構わないが、自分の知らないところで自分の環境が壊されるのをもっとも嫌う。 普通の転校生なら、貴俊もここまで荒れることはなかったんだろうけどなぁ。あのアホ王子は良くも悪くも――いや、悪い影響ばかりをばら撒いていってしまう。 レン「ふむ。私にはタカトシ殿の事はよくわからないが、ヒロト殿ならどうにかできるのではないか?」 大翔「無理ですね。あいつの不満を抑えるなんて重労働。せいぜいどっか別の方向にそらすくらいですよ」 まあ、そういうことをするとまず間違いなく回りまわって俺が対処させられる羽目になるんだけど。 はてさて、どう転んでいくことやら。 納涼文化祭が近いということで、校内はだんだん活気付いてきている。 それぞれのクラスやクラブで、出店や発表、企画を検討し、すでに動き出しているところも多いようだ。ウチのクラスの連中はお祭り好きではあるが基本的にまとまりがないので、小さなグループごとに分かれていくつかの店を運営するらしい。 ……うん、まあ『らしい』ってことからわかるように、俺はどこに入っている、とかいうのはない。ちまちま、それぞれの店の雑用をやっているくらいだ。 逆に、ユリアさんとレンさんはあちこちから引っ張りだこだ。何しろ、見た目だけで目を引くからな。そうじゃなくても、この2人はクラスならず他のクラスからも人気が高い。1ヶ月足らずでそれだけの人望を集めるほど、この2人は突出している、ていうことか。 ……んでまあ、そういう2人といつも一緒にいる俺にはどんどんやっかみの視線が集まってくるわけですよ。もうね、ぎしぎしとね。たまに遠くから魔法で狙われてる事あるしね。ある意味エーデルよりもこっちのほうが問題だったり。 大翔「まあ、そういう複雑な事情があるわけだよ、お兄ちゃんには」 美羽「や、そんな理由で生徒会室を退避場所に選ばれても困るんだけど、こっちは?」 睥睨する美羽。ふ、その程度の視線でこの俺を追い返せると思うなよ。そんな視線、いつも家で浴びせられてて辛いとも思わなくなってるぜ! ……うん、ごめん、ちょっと嘘ついた。やっぱりたまに泣きそうになる。 大翔「とにかくさぁ……アホ王子やら視線のいじめやら、なんかもう心労がたまって仕方ないんだよ」 美羽「そんな事いわれても……。生徒会だってこの時期忙しいんだし、正直長居されても困るんだよ?」 大翔「大丈夫。あと10分もすればアホ王子が屋上を探しに行くはずだから、その5分後くらいに屋上に行けば問題ない」 美羽「そうやって相手の行動パターンはしっかり読んでるのね……兄貴がもっとしっかりしてれば逃げ回る必要もないと思うんだけど?」 大翔「いや、これって俺のせいなの? 何もしてないじゃん、俺……」 美羽「何もしてないから問題なの! 兄貴、サフィールさんの事避けてばっかりでしょ? いいたい事があるのならちゃんと言わないと。顔を合わせるのが嫌だから言わない、なんて言い訳、聞かないからね」 あらまあ、完全にこちらの思考を読んでいらっしゃるようで、なんつーか容赦ないね、おい。 大翔「じゃあ、お前も言いたくないから説明したくないから、説明せずにかってにやっちゃおうとかそういうのやめろよ」 思わず口をついたのは、そんな文句だった。美羽の固まった表情を見て、なんとなく、心の隅っこが騒いだ。 美羽「な……あ、アタシが、何してるってのよ!」 だから、そうやって慌てるからばれるんだってば……。いや、俺みたいに腹芸がうまくなった美羽とかすっごく嫌だけど。 大翔「美羽……お前ね、自分の性格自覚しろってば。お前はもう少し、我が侭になっていいんだよ」 美羽「な……何よ、いきなり、そんな事…………」 大翔「んー。まあ、お前が何かを隠したがるのなら、それは隠すだけの事なんだと思う。ただ、それを隠せてると思うな。結構単純っていうか、ごまかすのが下手すぎるんだよ、相手に嘘をつくことに後ろめたさ大爆発してるから」 ほら、そうやってすぐに気まずい表情になる。この辺り、美羽とユリアさんは似てるけど決定的に違うよな。 ユリアさんは、必要ならば平気で嘘をつくだろうし、それを自分の責務だとして振舞うだろう。そこに罪悪感を感じることはあっても、後ろめたさを感じることはないはずだ。 美羽には、それができない。例え自分の責任において相手を騙す必要があったとしても、相手を騙すということに対して馴れがない。割り切れてない。それじゃあ、人は騙せない。美羽みたいに、人を騙すことができない人が嘘をつくときにまず最初に騙さないといけないのは、自分自身だから。 美羽は、他人の気持ちに重きを置きすぎる。 まあ、この2人の場合はそのどちらがいいとは言えないものなんだろうけどさ。ユリアさんなんかは、嘘をつかないといけない場面だって当然出てくるような環境で育ったんだろうし。だからこそ、常に正しくあろうとするんだろう。 大翔「隠し事がしたいのなら、隠して当然だって思え。もっと自分に我が侭になれ。それができないのなら最初から隠し事なんかするんじゃない。何言ったってやめないってわかってる頑固者に隠し事されてると、兄や妹は気になって仕方ないだろうが」 美羽「……………………ごめ、ん」 ひとしきり愚痴を終える頃には、美羽はしょんぼり小さくなっていた。こりゃ、叩きすぎたかもしれないな。けどこのくらいは言っておきたいのも事実だ。 最近、美羽の帰宅時間はてんでばらばらで、遅くなるときはとことん遅くなる時がある。ユリアさんたちも遅いのは遅いが、時間のぶれは少ない。あちらはあちらで、色々と動き回っているみたいだけど。 ……なんか、この上なく疎外感感じるぞ。かといって、ユリアさんも美羽も何をしてるのか教えてはくれないだろうしな。 大翔「まあ、お前がやるって決めたことなんだからあんまり口は出さないけどな。でも、一応聞いとくけど、危険はないのか」 美羽「それ、は…………わかんない。……まだ」 大翔「…………さようか」 ああ、まったく……くそったれだな、本当に。誰がって、俺が。 今の言葉を聞いた瞬間――美羽が危険なことに関わるかも知れないと思った瞬間、俺が真っ先に思ったのは最悪の考えだった。つまり、ユリアさん達が来なければ。という考えだった。最悪だ。そういうのは最悪の考え方、だろうが、俺。 美羽「あ、あの、兄貴? す、凄く怒ってる?」 大翔「怒ってねぇよ別に。ちょっとお茶目な思考回路した自分の良心回路に高圧電流を加えたくなっただけだ」 美羽「うん、とりあえず何言ってるのかぜんぜんわかんないんだけど」 そう、その呆れたような目! うんうん、やっぱり美羽はこうじゃないとな。妙に弱気になったり素直な美羽は、正直、うん、キモイ。 美羽「兄貴、兄貴ー? なんか今すごく失礼なこと考えてるオーラが出てたんだけど、何か考えてなかった?」 大翔「おいおい、何を根拠にそんな事いってるんだ? 根拠もなく人の事を疑っちゃいけないぜー、生徒会役員ともあろうお方が」 美羽「わかった。疑うのはやめて確信するね。兄貴は失礼なことを考えていた。よし、殴る」 大翔「おっけー、了解した。だからやめてくれ美羽こんなところで人死にを出すつもりか大体殴るって普通素手だろ何で木刀とか持ってるんだっていうか生徒会室に木刀とか必要ねえだろ!?」 じりじりとにじり寄ってくる美羽からゆっくりと距離をとる。美羽は木刀のようにバットを振り回しながらにこやかに迫ってくる。ちなみに、美羽は1年生にして女子剣道部では並び立つ者がいないほどの腕前を持っている、本物の大怪獣だ。男子にも勝ってしまうことがあるんだから恐ろしい。多分放射能を浴びてパワーアップしたに違いない。 美羽「あにきー? 今また何かへんなこと考えたねー? あ、コレ質問じゃなくてただの確認だから。疑ってないから安心してね?」 大翔「だから安心する要素がひとつもないじゃん! 何をどう安心しろってんだよ!?」 美羽「大丈夫。兄貴ならお父さんとお母さんのところへ行け――あ、うん。まあ、ほら、来世でまた会えるよ、きっと。……虫とかになって」 大翔「なあ、ちょっと待って。お前のほうが酷くない? なんか凄く酷い事言ってるよね!?」 美羽「え? やだ、ちょっと兄貴。本当の事言って酷いこといってるっていわれたら、嘘しか言えないじゃない。ほら、アタシって嘘が苦手じゃない?」 大翔「だからお前の俺に対する評価って何でそんなに低いんだよ……」 くそ、あんな説教するんじゃなかった! こんなところで見事に逆手に取られるなんて思ってもいなかったよ! ていうか真面目な話をこんなところで蒸し返さないでください、俺がピエロじゃんか! 大翔「くそっ……なんて世の中だ。ちょっとふざけて真面目な話をしてみたらこんなしっぺ返しが来るとは!」 美羽「いや、真面目な話をふざけてやる時点でぜんっぜん、真面目じゃない……ってぇの!」 ひゅごうっ! 風を切る音が前髪を削り、おおきく空振った美羽は俺の胸にこつんと頭をぶつけた。え……と、展開が速すぎてなにが起こってるのかよくわからないんだが? 美羽「あのね……兄貴。アタシは今、もしかしたら危ないことに首を突っ込んでるかもしれない。でも、アタシを頼ってくれた人がいるんだよ。アタシに、何かができるって思ったんだよ。……アタシは、アタシにも、誰かが助けられるって、救えるって、支えてあげられるんだって、思いたいんだよ……だから、お願い……あたしの思うように、させて」 大翔「……。お前の説得は、諦めない。でも、無理にやめさせることはしない。でも、覚悟しとけよ」 美羽の髪をなでる。そういえば、いつから頭をなでられるのを嫌がるようになったんだっけ。最後に美羽の頭をなでたのは、随分前になる気がする。 大翔「お前が隠そうとしてること。俺は多分暴くぞ。その内容によっては、説得なんて悠長な手段、使わないからな。だから、まあ――さっさとやること終わらせろ。じゃないと美優が泣き出すぞ? 美羽「うん……ごめん。あと、ありがと。愚痴聞いてくれて」 背中を軽くたたいてやりながら苦笑する。何もかもを自分の中に溜め込むのはしんどいだろう。 けど同時に思う。なるべく早く、美羽がなにをしているのかを知る必要がある。それは恐らくユリアさん達に関わることで、美羽が俺たちに隠さないといけないと思うもの。 検索条件が曖昧すぎるな……情報が足りなさ過ぎる。さて……どうしたものか。 美羽「あの……兄貴?」 大翔「ん、どうしたそんな小さな声で?」 美羽「いや、あの……い、いつまで、この状態なのかなぁ、とかね、思って、ね? あ、いや別に嫌とかじゃないんだけど、さすがに、ちょっとほら、ね?」 大翔「あー? ああ、そうだな、いつの間にか他の生徒会の連中にもじーって見られてるしなぁ?」 美羽「うえぇぇっ!? え、ちょ、あにっ、や、だっだめだめだめ! それダメちょっとダメ、無理いぃぃ!」 おー、美羽が腕の中でじたばたしてる。あはははは、なんかすっごく面白いぞこれ。試しにぎゅーっと強く抱きしめてみた。 美羽「っ!?!?!?!? あ、あにあああああにああああああ!!」 大翔「いや、なにが言いたいか解らなくなってるぞ、美羽」 ほほえましいなあもう。こういう兄妹のスキンシップは実に和む。 美羽「い、いいから放せぇぇぇぇぇっ!! はあ、はあ、はあ……や、やっと開放された」 大翔「いや、悪かった悪かった。ちょっと悪ふざけが過ぎたな……ん? なんか随分顔が赤いけど、そんなにきつく締めたか、俺? 大丈夫か?」 美羽「っ!! だ、大丈夫! 大丈夫だからっ! ああもう、顔が近い、覗き込まないでってば! ほんとに平気だから!」 大翔「まあ、お前が平気だってんなら、それでいいんだけど……それじゃあ、俺はそろそろ行くぜ。生徒会の人も、妹をよろしくなー」 それなりに親しい生徒会メンバーから『うぃー』だの『わかりましたー』だののいい返事が返ってくる。それに混じって『相変わらず先輩は鬼畜な……』だの『あの天然力、侮れぬ』だの『ていうか不幸な目にあえよ』だのと、黒い言葉もちらほらと。 そちらを見ると、にこやかに親指を下に向けられた。えと……あれは、嫌われているのか? 何かしたかなぁ……確かに、貴俊とよく無茶はやってる気がするけど、そのせいか? 首をひねりながら、生徒会室を後にした。 まず俺に足りないのは情報。とはいえ、その情報源が俺に情報をくれるつもりがないって言うのが困りものだな。こうなると、他に知ってそうな人をあたるしかないなぁと言うことになる みんなが文化祭にベクトルを向けてるときに、随分と個人的な方向に力入れてるなぁ、俺……。すまんみんな、後でちゃんと手伝うから今は見逃してくれ。 大翔「というわけで乃愛先生、何か知ってますよね? せっかくなので教えてくださいよ」 乃愛「何がせっかくなのかがよくわからない上に、以前に私が話すことではない、といったと思うんだがなぁ」 大翔「そういえば先生、甘いもの好きでしたよね。なぜかここにできたてのドーナツがいくつかあるんですけど、どうしましょうかこれ」 乃愛「……この私を買収するつもりかい、結城兄?」 大翔「まさか。乃愛さんがそんな感単に美羽を裏切るとは思っていません。ただ、ちょっとヒントくらいは欲しいなぁとか思ったりするわけですよ」 乃愛先生の視線がまっすぐに俺を射抜く。俺はその視線を正面から受け止めた。小さな部屋に、緊張が満ちる。 乃愛「結城兄……いいかい、よく覚えておくといい。ドーナツごときで……んぐ、この私をどうにかできるとは……もぐ、思わないことだ……ごく」 大翔「ものすごいうまそうにひとのドーナツ頬張りながら言うせりふじゃないでしょうがっ」 俺の言葉にも乃愛さん決して動じない。問答無用で人のドーナツ頬張っていく。 乃愛「うん、さすがだな。料理の腕だけでなくお菓子の腕もあるとは、実にいいな君は」 大翔「ほめてくれるのはうれしいんですけど、もう少し遠慮といいますか、こう、なんていうかそういうのないですかね?」 乃愛「いやいや、せっかくそこに食べ物があるのならしっかり食べないとな。それに、君は先ほ『ひとのドーナツ』と言っていたが、それは誤りだぞ? 昔の人がこんな格言を残している。――『君のものは、私のもの。私のものは、私のもの』と」 大翔「ここでその台詞持ってきますか普通!? 最悪ですよそのパターン! ていうか、格言でもなんでもない!!」 無銭飲食かよ! 対価払う気さらさらないじゃないんですか、乃愛さん!! 乃愛「まあ待ちたまえ。いくら過去の格言が素晴らしいからといって、それをそのまま使ったのでは芸がない。だから私は、私なりにその言葉をアレンジしてみたんだ」 大翔「はぁ……ていうか、さっきの暴君宣言が格言だっていうのは取り下げないんですか。俺としてはそこが一番気になるんですけど」 乃愛「気にするな、些細なことじゃないか。それでアレンジの件だが――『私のものは私のもの。つまり私の部屋は私のもので私の部屋の中のものも私のもの。結論として私の部屋に入ってきた瞬間にそれは私のもの』」 大翔「長っ!? やたらと長い上に、言ってることほとんど一緒じゃないですか!?」 乃愛「落ち着け結城兄。これだと部屋の中に入るまではその所有権は君にあるということになる」 大翔「結局中に入るんだから意味ないじゃないですか! なんですかその蟻地獄みたいなトラップは!」 無茶苦茶すぎるだろ、それはいくらなんでも。そんな局地的ルールが使いたいのなら教室の前に張り紙でも張っておいてくださいよ……。 ああもう……これじゃあ話を聞くどころじゃないじゃないか。まあ、どうせそうやってはぐらかすのが目的なんだろうけど……思わずはまってしまったからな。やれやれ。なんていうか、俺単純すぎ。 乃愛「君の反応はいつも軽快だからな。ついつい何かしてしまいたくなるんだ。まあ、宿命だと思って受け入れてくれ」 大翔「あれ、俺それ受け入れないとダメなんだ……?」 俺の人生が大変なことになろうとしている気配がする……。このままじゃ、リアクション芸人になってしまう。それは勘弁してください。あの人たち、テレビで見てるとほんとに大変そうだし。 乃愛「まあそれはさておいて、確かにこうなってくるといくら君でも気になろうというものか。彼女らの事情が」 大翔「いくら俺でもって辺りが気になりますけど、気にならないといえば嘘になります。ていうか、割と最初からですが」 だが、俺の不満に乃愛さんは形のよい唇を余裕ありげに曲げるだけ。 乃愛「そうだな、気にはしていたが心配はしていなかった。それがなぜ、今更心配になったのか――あの王子のせいだね? それまでは、何かあるにしても『お姫様』がやっているのだから、危険なことではないと判断していた。だが、あの王子が来たせいで状況が変わってしまった」 大翔「……まあ、そんなところです。あいつがユリアさんを追ってきただけなのか。それとも、それ以外にも何か理由があるのか。……理由があるとすればそれは何か。可能性として一番高いのは……ユリアさんを連れ戻しに来たのか手伝いに来たのか、てところですか。……ていうか俺ってそんなに思考をトレースしやすいですか?」 なんか乃愛さんの立てた考えの道筋が俺の考えとまったく一緒だったんだけど。俺ってそんなにわかりやすいかな……。 乃愛「君の思考が辿りやすいのは確かだが、それは君が単純なのではなく、単に私と思考が似通っているせいだよ」 大翔「いや、それのほうがあんまり信じられないんですけど」 少なくともおれはジャイアニズムをパワーアップさせる考えなんかは持ったことなんかないんですが。あと、そういう俺の思考も読んだ上で俺の顔面をにぎってトマトでも握りつぶすかのように握力をだんだん加えてみるなんてそんな芸当できななああああああああ!!!! 大翔「痛い! 痛い痛い! いや、痛いって言うか、なんか刺さるような感じが!? え、なにこれ、何がおきてんの!? 目の前が真っ暗だから何もわかんねぇ!」 乃愛「いやぁ、実に君の思考は愉快だ。私と似ている。似ているということは根幹の部分はまったくの別物ということだからね。それがまあ、よくここまで似通ってしまったものだと思うよ」 ぎゃあぁぁぁっ!! 何かいってるけど聞いてる余裕がねぇぇぇっ!? 刺さる! 何かがめりめりと俺の頭蓋を刺している!? 乃愛「憶えておきたまえ、ヒロト君――君のその生き方は、いずれ自分の大切な人と決定的にぶつかることになるぞ。あるいは、私とも。……そうならないことを、願うがね」 大翔「ぐほぁっ! か、開放された……? うう、まだ何かが刺さっているような感触が……先生、今いったい何が起きてたんですか?」 乃愛「ああ、頭蓋骨って意外と柔らかいね」 大翔「いわなくていいです聞きたくないです教えようとしないでください!」 慌てて頭の形を確かめる。……ほっ、どうやら、どこかが異常に凹んでいたりはしていないらしい。本当に指がめり込んでいたのか……いや、怖いからもう考えるのはよそう。 大翔「ていうか先生、さっき俺が苦しんでいる間になにか言ってませんでしたか?」 乃愛「残念だな結城兄。私は1度言ったことを2度続けていうのはあまり好きじゃないんだ」 大翔「初めて聞きましたけど……ていうか、俺結局ここに痛めつけられに来ただけですか」 踏んだり蹴ったりだ。 乃愛「それなら、ヒントだけでもあげておこうか。そんなに期待されても困るがな。そうだな、彼女達のやっていることは……自分のためにやっていることが他人のためになっている、といったところか。彼女らに自覚があるのかはわからないがね」 乃愛さんの笑い方は。 どこか、虚ろだった。 大翔「えっと……いまいちイメージがわからないんですけど。それって、医者が私利私欲で薬を開発したら世界中の人が幸せになったとかそんな感じなんですか?」 乃愛「例えがイマイチだが、そう考えてもらってかまわない。ただ、彼女らの場合その自分のためですら他人のためなのだがな。外から見た場合」 やばい。何よこの謎かけ。さっぱりわけがわからない……。 その後はもう、乃愛さんはヒントも何もくれる様子はなく、普通に雑談して教室を後にした。 大翔「なんだかなぁ……せっかく謎を解きに来たのに謎を増やされただけだぞ、これじゃあ」 軽くため息をついた。どうにも一筋縄じゃいかないな、俺の周りの人たちは。 文化祭の準備でにぎわう廊下を歩きながら、 ――決定的にぶつかることになるぞ 鐘が響くように脳内で響いた何かに、少しだけ、嫌なものを感じた。 [[世界が見えた世界・5話 B]]
 ここ最近、貴俊の機嫌がやたら悪くなっている。この前まで無意味に楽しそうにしてたくせに。  まあ、理由は明白。 「はっはっはっはっ! ごきげんよう庶民のヒロト君、相変わらず朝からみすぼらしい顔だな!」  このアホ王子のせいだった。  エーデル・サフィール。ユリアさんの国の最有力貴族の第一子で次期当主。恵まれた魔法の才能と顔立ちを持つ大馬鹿野郎。いったいどういう裏技を使ったのか、沙良先生にぶっ飛ばされた次の日、うちの学園に転入してきたのだ。  アレだけの騒ぎを起こしておきながら平然と転入してくる面の皮の厚さといい、それ以降のこいつの態度といい、まあ貴俊が面白くないと思うのも無理はないと思う。 「……まあ、みすぼらしい顔だからって困ったことはないから別にいいけどな。で、何か用かアホ王子」 「無論だ。まったく君は何度言っても人の言うことに従わないのだから質が悪い。そもそも、君のような庶民がボクのような高貴な存在を知ることができたというだけでもありがたいと思うべきであり、君はその幸運に対して――」 「あ、ユリアさん、次の授業の準備を先生に頼まれたんだけど、ちょっと1人じゃきつそうだから手伝ってくれる?」 「ええ、かまいませんよ」 「姫様、私もご一緒します。ヒロト殿、構わないか?」 「断る理由なんてないですよ。んじゃ、行きましょうか」 「そもそもだね、我がサフィール家の成り立ちは王家とも深い関係があり、その血統の誉れ高さがどれほどのものか――む、な、いつの間にかいなくなっている!? どこだ、どこに行った、ユウキヒロト!!」  どっかの馬鹿が叫んでいるのを聞きながら廊下を歩いていく。自然、ため息が漏れた。 「ヒロトさん、疲れているんですか? 最近、ため息やぼうっとしていることが多いですけど……」 「あはははは。疲れてるっちゃ疲れてるけどね……なんかもうね、どうでもいいやってね、どっちかって言うと投げやりな気分でね」 「あー、まあ、なんだ、ヒロト殿。もう大分わかってきたとは思うが、あの方の事はあまり気にしすぎないほうがいいぞ」  ユリアさんとレンさんに気遣われてしまった。うーん、そんなに顔に出てるか……。ていうか、ユリアさんはほんとにエーデルの事を歯牙にもかけてないのな……哀れ、アホ王子。そしてざまあみろ。  嫌なやつだなぁ、俺。ちょっと自己嫌悪に陥ってしまった。 「まー、対処法は覚えたから割と慣れては来たんだけど……むしろ今は、貴俊が何かしでかさないかが心配だな……」  基本的には無視すればどうにかなるアホ王子はたいした問題ではない。大爆発を起こしかねない貴俊のほうが俺にとっちゃ大問題なのだ。 「タカトシさんが、ですか?」 「そーそー。あのヤロウ一筋縄じゃいかないから、ひねくれ方が」  黒須川貴俊。俺にとっては最も付き合いの長い男友達であり、同時に謎の多い男でもある。  その出会いは中学時代にまでさかのぼる。あの頃の俺は、自分で思い出すのも恥ずかしいほど、世間に対して随分と尖っていた生意気なガキだった。自分ひとりの力で生きていると自惚れていたと言っても過言ではない。言い訳はできるが、そんなのはどうでもいい。  そんなときに出会ったのが、貴俊だった。  勿体つけても仕方がない。はっきりといってしまおうか。  俺と貴俊の出会いは、エーデルの出会いが最悪とするのなら、それは災厄とでも言うべきものだった。互いにとって、当時の自分を徹底的に否定され破壊されてしまうような、災厄。そのおかげで、俺は切っ先を折られて少しは丸くなり、貴俊も多少は牙を折られておとなしくなった。  全治2ヶ月。因果なことに、互いが互いに与えた怪我に対する診断は、同じものだった。 「あいつは自分のペースを、空間を侵害されることを極端に嫌うからね。アホ王子とは水と油もいいところだよ」  さらに言えば、あいつは自分が自分の環境を壊すのは構わないが、自分の知らないところで自分の環境が壊されるのとにかく嫌う。  普通の転校生なら、貴俊もここまで荒れることはなかったんだろうけどなぁ。あのアホ王子は良くも悪くも――いや、悪い影響ばかりをばら撒いていってしまう。 「ふむ。私にはタカトシ殿の事はよくわからないが、ヒロト殿ならどうにかできるのではないか?」 「無理ですね。あいつの不満を抑えるなんて重労働。せいぜいどっか別の方向にそらすくらいですよ」  まあ、そういうことをするとまず間違いなく回りまわって俺が対処させられる羽目になるんだけど。高校に入ってからの貴俊を見ていれば、少なくとも昔ほどの無茶はやらかさないと思う。  はてさて、どう転んでいくことやら。  納涼文化祭が近いということで、校内はだんだん活気付いてきている。  それぞれのクラスやクラブで、出店や発表、企画を検討し、すでに動き出しているところも多いようだ。ウチのクラスの連中はお祭り好きではあるが基本的にまとまりがないので、小さなグループごとに分かれていくつかの店を運営するらしい。  ……うん、まあ『らしい』ってことからわかるように、俺は特定の何かに所属していない。クラスのそれぞれの店の雑用をやっているくらいだ。  逆に、ユリアさんとレンさんはあちこちから引っ張りだこ。何しろ、見た目だけで目を引くからな。そうじゃなくても、このふたりはうちのクラスだけでなく他のクラスからも人気が高い。ひと月足らずでそれだけの人望を集めるほど、この2人は突出している、ということか。  ……んでまあ、そういう2人といつも一緒にいる俺にはどんどんやっかみの視線が集まってくるわけですよ。もうね、ぎしぎしとね。たまに遠くから魔法で狙われてる事あるしね。ある意味エーデルよりもこっちのほうが問題だったり。 「まあ、そういう複雑な事情があるわけだよ、お兄ちゃんには」 「や、そんな理由で生徒会室を退避場所に選ばれても困るよ、こっちは?」  呆れてため息をつくする美羽。その視線が俺を無言で攻め立てるが、ふ、甘いな。その程度の視線でこの俺を追い返せると思うなよ。そんな視線、いつも家で浴びせられてて辛いとも思わなくなってるぜ! ……うん、ごめん、ちょっと嘘ついた。やっぱり泣きそう。 「とにかくさぁ……アホ王子やら視線のいじめやら、もう心労がたまって仕方ないんだよ。タンポポのようにはかない俺の心は折れる寸前ですよ?」 「そんな事いわれても……。生徒会だってこの時期忙しいんだし、正直長居されても困るんだよ? ていうかタンポポってすんごいしぶとい花じゃないの。それ以前に兄貴の図太さはむしろヒマワリ級でしょ」  高低差十倍以上かよ。 「大丈夫。あと10分もすればアホ王子が屋上を探しに行くはずだから、その5分後くらいに屋上に行けば問題ない」 「そうやって相手の行動パターンはしっかり読んでるのね……兄貴がもっとしっかりしてれば逃げ回る必要もないと思うんだけど?」 「いや、これって俺のせいなの? 何もしてないじゃん、俺……」 「何もしてないから問題なの! 兄貴、サフィールさんの事避けてばっかりでしょ? いいたい事があるのならちゃんと言わないと。顔を合わせるのが嫌だから言わない、なんて言い訳、聞かないからね」  あらまあ、完全にこちらの思考を読んでいらっしゃるようで、なんつーか容赦ないね。  確かに俺はアホ王子のことを避けていた。面倒だから云々と理由をつけているが、なぜだかアイツと関わることを忌避している部分があるのだ。 「じゃあ、お前も言いたくないから説明したくないから、説明せずにこっそりやっちゃおうとかそういうのやめろよ」  思わず口をついたのは、そんな文句だった。美羽の固まった表情を見て、なんとなく、心の隅っこが騒いだ。 「な……あ、アタシが、何してるってのよ!」  だから、そうやって慌てるからばれるんだってば……。いや、俺みたいにさらっと嘘を吐く美羽とかすっごく嫌だけど。 「美羽……お前ね、自分の性格自覚しろってば。お前はもう少し、我が侭になっていいんだよ」 「な……何よ、いきなり、そんな事…………」 「んー。まあ、お前が何かを隠したがるのなら、それは隠すだけの事なんだと思う。ただ、それを隠せてると思うな。結構単純っていうか、ごまかすのが下手すぎるんだよお前。相手に嘘をつくことに後ろめたさ大爆発してるから」  ほら、そうやってすぐに気まずい表情になる。この辺り、美羽とユリアさんは似てるけど決定的に違うよな。  ユリアさんは、必要ならば平気で嘘をつくだろうし、それを自分の責務だとして振舞うだろう。そこに罪悪感を感じることはあっても、後ろめたさを感じることはないはずだ。  嘘をつくのなら嘘をつくことに躊躇いを見せてはならない。それを必要と割り切るか、あるいは人を騙すことに罪悪感を覚えないようにしなくてはならない。  しかし美羽にはそれができない。例え自分の責任において相手を騙す必要があったとしても、相手を騙すということに対して馴れがない。割り切れてない。それじゃあ、人は騙せない。それが必要だと、無理矢理にでも自分を納得させることさえできない。  自分さえ騙せずに他人を欺くことなどできるわけがないのに、だ。理論武装もできていないのに嘘なんかついても、見破ってくれと言っているようなものだ。  美羽は、他人の気持ちに重きを置きすぎる。  まあ、このふたりの場合はそのどちらがいいとは言えないものなんだろうけどさ。ユリアさんなんかは、嘘をつく必要がある環境で育ったんだろうし。だからこそ、常に正しくあろうとするんだろう。  ……って、必要もなく嘘がうまい俺って一番だめな人種じゃないのか、もしかして。 「隠し事がしたいのなら、隠して当然だって思え。もっと自分に我が侭になれ。それができないのなら最初から隠し事なんかするんじゃない。何言ったってやめないってわかってる頑固者に隠し事されてると、兄や妹は気になって仕方ないだろうが」 「……………………ごめ、ん」  ひとしきり愚痴を終える頃には、美羽はしょんぼり小さくなっていた。こりゃ、叩きすぎたかもしれないな。けどこのくらいは言っておきたいのも事実だ。  最近、美羽の帰宅時間はてんでばらばらで、遅くなるときはとことん遅くなる。ユリアさんたちも遅いのは遅いが、時間のぶれは少ない。あちらはあちらで、色々と動き回っているみたいだけど。  ……なんか、この上なく疎外感感じるぞ。かといって、ユリアさんも美羽も何をしてるのか教えてはくれないだろうしな。 「まあ、お前がやるって決めたことなんだからあんまり口は出さないけどな。でも、一応聞いとくけど、危険はないのか」 「それ、は…………わかんない。……まだ」 「…………さようか」  ああ、まったく……くそったれだな、本当に。誰がって決まっている、俺が。  今の言葉を聞いた瞬間――美羽が危険なことに関わるかも知れないと思った瞬間、俺が真っ先に思ったのは最悪の考えだった。つまり、ユリアさん達が来なければ。という考えだった。最悪だ。そういうのは最悪の考え方、だろうが、俺。 「あ、あの、兄貴? す、凄く怒ってる?」 「怒ってねぇよ別に。ちょっとお茶目な思考回路した自分の良心回路に高圧電流を加えたくなっただけだ」 「うん、とりあえず何言ってるのかぜんぜんわかんないんだけど」  そう、その呆れたような目! うんうん、やっぱり美羽はこうじゃないとな。妙に弱気にだったり素直だったりする美羽は、正直、うん、不気味だ。 「兄貴、兄貴ー? 今すごく失礼なこと考えてるオーラが出てたんだけど、何か考えてなかった?」 「おいおい、何を根拠にそんな事いってるんだ? 根拠もなく人の事を疑っちゃいけないぜー、生徒会役員ともあろうお方が」 「わかった。疑うのはやめて確信するね。兄貴は失礼なことを考えていた。よし、殴る」 「おっけー、了解した。だからやめてくれ美羽こんなところで人死にを出すつもりか大体殴るって普通素手だろ何で木刀とか持ってるんだっていうか生徒会室に木刀とか必要ねえだろ!?」  バットのように木刀を振り回しながらにこやかに迫ってくる美羽から距離をとる。ちなみに美羽は、一年生にしてすでに女子剣道部では並び立つ者がいないほどの腕前を持っている本物の大怪獣だ。男子にも勝ってしまうことがあるんだから恐ろしい。多分放射能を浴びてパワーアップしたに違いない。 「あにきー? 今また何かへんなこと考えたねー? あ、コレ質問じゃなくてただの確認だから。疑ってないから安心してね?」 「だから安心する要素がひとつもないじゃん! 何をどう安心しろってんだよ!?」 「大丈夫。兄貴ならお父さんとお母さんのところへ逝け――あ、うん……。まあ、ほら、来世でまた会えるよ、きっと。……虫とかになって」  お前今最後にボソッと何付け加えやがった。それ以前にその言葉の途中ではっと思いとどまるのはどういうことだ。俺はどこに逝くんだよ、おい。 「なあ、ちょっと待って。お前のほうが酷くない? なんか凄く酷い事言ってるよね!?」 「え? やだ、ちょっと兄貴。本当の事言って酷いこといってるっていわれたら、嘘しか言えないじゃない。ほら、アタシって嘘が苦手だから」 「だから何でお前の俺に対する評価ってそんなに低いんだー!?」  くそ、あんな説教するんじゃなかった! こんなところで見事に逆手に取られるなんて思ってもいなかったよ! ていうか真面目な話をこんなところで蒸し返さないでください、俺がピエロじゃんか! 「くそっ……なんて世の中だ。ちょっとふざけて真面目な話をしてみたらこんなしっぺ返しが来るとは!」 「いや、真面目な話をふざけてやる時点でぜんっぜん、真面目じゃない……ってぇの!」  ひゅごうっ!  風を切る音が前髪を削り、おおきく木刀を振りきった美羽は俺の胸とびこんでにこつんと頭をぶつけた。え……と、展開が速すぎてなにが起こってるのかよくわからないんだが? 「あのね……兄貴。アタシは今、もしかしたら危ないことに首を突っ込んでるかもしれない。でも、アタシを頼ってくれた人がいるんだよ。アタシに、何かができるって思ったんだよ。……アタシは、アタシにも、誰かが助けられるって、救えるって、支えてあげられるんだって、思いたいんだよ……だから、お願い……あたしの思うように、させて」  搾り出された、精一杯の、声。顔は見えない、見せない。これが美羽の精一杯の、素直。  かすれた声に精一杯込められた想いに、俺はため息をついて肩の力を抜いた。 「……わかった。無理やり聞き出そうとはしない。でも、覚悟しとけよ」  美羽の髪をなでる。そういえば、いつから頭をなでられるのを嫌がるようになったんだっけ。最後に美羽の頭をなでたのは、随分前になる気がする。 「お前が隠そうとしてること。俺は多分暴くぞ。その内容によっては、説得なんて悠長な手段、使わないからな。だから、まあ――さっさとやること終わらせろ。じゃないと美優が泣き出すぞ?」 「うん……ごめん。あと、ありがと。愚痴聞いてくれて」  背中を軽くたたいてやりながら苦笑する。何もかもを自分の中に溜め込むのはしんどいだろう。  けど同時に思う。なるべく早く、美羽がなにをしているのかを知る必要がある。それは恐らくユリアさん達に関わることで、美羽が俺たちに隠さないといけないと思うもの。  検索条件が曖昧すぎるな……情報が足りなさ過ぎる。さて……どうしたものか。  思考を巡らせる。単純に考えれば後を付けまわせばいいのだろうがあまり褒められた行いではないだろう。まだ危険があると確定したわけではないのだから。しかし危険というものは唐突に沸くものだ。これまでが安全だったからといってこれからが保障されるわけではない。  足りない情報を手に入れる必要がある。それを手に入れられるルートはいくつか心当たりがあるが、どれも一筋縄ではいかないだろう。さて、誰から当たるか……。 「あの……兄貴?」 「ん、どうしたそんな小さな声で?」 「いや、あの……い、いつまで、この状態なのかなぁ、とかね、思って、ね? あ、いや別に嫌とかじゃないんだけど、さすがに、ちょっとほら、ね?」 「あー? ああ、そうだな、いつの間にか他の生徒会の連中にもじーって見られてるしなぁ?」 「うえぇぇっ!? え、ちょ、あにっ、や、だっだめだめだめ! それダメちょっとダメ、無理いぃぃ!」  おー、美羽が腕の中でじたばたしてる。あはははは、なんかすっごく面白いぞこれ。試しにぎゅーっと強く抱きしめてみた。 「っ!?!?!?!? あ、あにあああああにああああああ!!」 「いや、なにが言いたいか解らなくなってるぞ、美羽」  ほほえましいなあ。こういう兄妹のスキンシップは実に和む。 「い、いいから放せぇぇぇぇぇっ!! はあ、はあ、はあ……や、やっと開放された」 「いや、悪かった悪かった。ちょっと悪ふざけが過ぎたな……ん? なんか随分顔が赤いけど、そんなにきつく締めたか、俺? 大丈夫か?」  あまりにも必死なのでいい加減解放してあげることにした。叫びすぎて酸欠になったのか美羽は耳まで真っ赤にしている。 「っ!! だ、大丈夫! 大丈夫だからっ! ああもう、顔が近い、覗き込まないでってば! ほんとに平気だから!」 「まあ、お前が平気だってんなら、それでいいんだけど……それじゃあ、俺はそろそろ行くぜ。生徒会の人も、妹をよろしくなー」  それなりに親しい生徒会メンバーから『うぃー』だの『わかりましたー』だののいい返事が返ってくる。それに混じって『相変わらず先輩は鬼畜な……』だの『あの天然力、侮れぬ』だの『ていうか不幸な目にあえよ』だのと、黒い言葉もちらほらと。  そちらを見ると、にこやかに親指を下に向けられた。えと……あれは、嫌われているのか? 何かしたかなぁ……確かに、貴俊とよく無茶はやってる気がするけど、そのせいか?  首をひねりながら、生徒会室を後にした。  まず俺に足りないのは情報。とはいえ、その情報源が俺に情報をくれるつもりがないって言うのが困りものだな。こうなると、他に知ってそうな人をあたるしかないなぁと言うことになる  みんなが文化祭にベクトルを向けてるときに、個人的な方向に力入れてる俺……。すまんみんな、後でちゃんと手伝うから今は見逃してくれ。 「というわけで乃愛先生、何か知ってますよね? せっかくなので教えてくださいよ」 「何がせっかくなのかがよくわからない上に、以前に私は私の意志の下に話すことを拒絶したと思うんだがなぁ」 「そういえば先生、甘いもの好きでしたよね。なぜかここにできたてのドーナツがいくつかあるんですけど、どうしましょうかこれ」 「……この私を買収するつもりかい、結城兄?」 「まさか。乃愛さんがそんな感単に美羽を裏切るとは思っていません。ただ、ちょっとヒントくらいは欲しいなぁとか思ったりするわけですよ」  乃愛先生の視線がまっすぐに俺を射抜く。俺はその視線を正面から受け止めた。小さな部屋に、緊張が満ちる。 「結城兄……いいかい、よく覚えておくといい。ドーナツごときで……んぐ、この私をどうにかできるとは……もぐ、思わないことだ……ごく」 「ものすごいうまそうにひとのドーナツ頬張りながら言うせりふじゃないでしょうがっ」  俺の言葉にも乃愛さん決して動じない。問答無用で人のドーナツ頬張っていく。  ちなみに乃愛さんは外見に見合わず大食漢だ。こちら側――コミューンでは名の知れたフードファイターだそうな。ちなみにうちの周辺地域の大食い系の店には大体乃愛さんの写真が最高記録と共に飾ってある。  人間の体って神秘に満ちてるよなぁ……。 「うん、さすがだな。料理の腕だけでなくお菓子の腕もあるとは、実にいいな君は」 「ほめてくれるのはうれしいんですけど、もう少し遠慮といいますか、こう、なんていうかそういうのないですかね?」 「いやいや、せっかくそこに食べ物があるのならしっかり食べないとな。それに、君は先ほ『ひとのドーナツ』と言っていたが、それは誤りだぞ? 昔の人がこんな格言を残している。――『君のものは、私のもの。私のものは、私のもの』と」 「ここでその台詞持ってきますか普通!? 最悪ですよそのパターン! ていうか、格言でもなんでもない!!」  無銭飲食かよ! 対価払う気さらさらないじゃないんですか、乃愛さん!! 「まあ待ちたまえ。いくら過去の格言が素晴らしいからといって、それをそのまま使ったのでは芸がない。だから私は、私なりにその言葉をアレンジしてみたんだ」 「はぁ……ていうか、さっきの暴言が格言だっていうのは取り下げないんですか。俺としてはそこが一番気になるんですけど」 「気にするな、些細なことじゃないか。それでアレンジの件だが――『私のものは私のもの。つまり私の部屋は私のもので私の部屋の中のものも私のもの。結論として私の部屋に入ってきた瞬間にそれは私のもの』」 「長っ!? やたらと長い上に、言ってることほとんど一緒じゃないですか!?」 「落ち着け結城兄。これだと部屋の中に入るまではその所有権は君にあるということになる」 「結局中に入るんだから意味ないじゃないですか! なんですかその蟻地獄みたいなトラップは!」  無茶苦茶すぎるだろ、それはいくらなんでも。そんな局地的ルールが使いたいのなら教室の前に張り紙でも張っておいてください。  ああもう……これじゃあ話を聞くどころじゃないじゃないか。まあ、どうせそうやってはぐらかすのが目的なんだろうけど……思わずはまってしまったからな。やれやれ。なんていうか、俺単純すぎ。 「君の反応はいつも軽快だからな。ついつい何かしてしまいたくなるんだ。まあ、宿命だと思って受け入れてくれ」 「宿命と来ましたか、よりにもよって」  生まれながらにして他人にいじられなきゃならない人生を背負ってるとかどんだけの悲劇だよ。 「まあそれはさておいて、確かにこうなってくるといくら君でも気になろうというものか。彼女らの事情が」 「いくら俺でもって辺りが気になりますけど、気にならないといえば嘘になります。ていうか、割と最初からですが」  そもそも一国の姫が一般市民の家にホームステイするというこの現状が不自然極まりないのだ。今までは思考停止させていたが危険がある『かもしれない』という話を聞いてしまってはのん気な事を言っていられない。  だが、俺の不満に乃愛さんは形のよい唇を余裕ありげに曲げるだけ。 「そうだな、気にはしていたが心配はしていなかった。それがなぜ、今更心配になったのか――あの王子のせいだね? それまでは、何かあるにしても『お姫様』がやっているのだから、危険なことではないと判断していた。だが、あの王子が来たせいで状況が変わってしまった」 「……まあ、そんなところです。あいつがユリアさんを追ってきただけなのか。それとも、それ以外にも何か理由があるのか。……理由があるとすればそれは何か。可能性として一番高いのは……ユリアさんを連れ戻しに来たのか手伝いに来たのか、てところですか。……ていうか俺ってそんなに思考をトレースしやすいですか?」  なんか乃愛さんの立てた考えの道筋が俺の考えとまったく一緒だった――いや違う、今のは乃愛さんがわかりやすく俺の考えをなぞっていっただけだ。俺ってそんなにわかりやすいかな……。 「君の思考が辿りやすいのは確かだが、それは君が単純なのではなく、単に私と思考が似通っているせいだよ」 「いや、それのほうがあんまり信じられないんですけど」  少なくともおれはジャイアニズムをパワーアップさせる考えなんかは持ったことなんかないんですが。あと、そういう俺の思考も読んだ上で俺の顔面をにぎってトマトでも握りつぶすかのように握力をだんだん加えてみるなんてそんな芸当できななああああああああ!!!! 「痛い! 痛い痛い! いや、痛いって言うか、なんか刺さるような感じが!? え、なにこれ、何がおきてんの!? 目の前が真っ暗だから何もわかんねぇ!」 「いやぁ、実に君の思考は愉快だ。私と似ている。似ているということは究極的には決して同じではありえないと言う事で、君と私の根底にあるものは明らかな別物だということなのだからね。それなのに――だからこそ、かな? 君と私がこれほど相似してしまっている。これが愉快でなくてなんなのだろうね」  ぎゃあぁぁぁっ!! 何かいってるけど聞いてる余裕がねぇぇぇっ!? 刺さる! 何かがめりめりと俺の頭蓋を刺している!? 「憶えておきたまえ、ヒロト君――君のその生き方は、いずれ自分の大切な人と決定的に衝突することになるぞ。あるいは、私とも。……そうならないことを、願うがね」 「ぐほぁっ! か、開放された……? うう、まだ何かが刺さっているような感触が……先生、今いったい何が起きてたんですか?」  キリキリと締め付けていた圧迫感は消え、解放された頭は逆に思考が冴え渡っているような気さえした。まあ急激な圧迫から解放されてそう錯覚しているだけなんだろうけど。 「ああ、頭蓋骨って意外と柔らかいね」 「いわなくていいです聞きたくないです教えようとしないでください!」  慌てて頭の形を確かめる。……ほっ、どうやら、どこかが異常に凹んでいたりはしていないらしい。本当に指がめり込んでいたのか……いや、怖いからもう考えるのはよそう。 「ていうか先生、さっき俺が苦しんでいる間になにか言ってませんでしたか?」 「残念だな結城兄。私は1度言ったことを2度続けていうのはあまり好きじゃないんだ」 「初めて聞きましたけど……ていうか、俺結局ここに痛めつけられに来ただけですか」  踏んだり蹴ったりだ。  さてはこの人、最初から最後まで俺に何一つ話を聞かせるつもりなんてなかったな。単に自分が語りたかっただけに違いない。 「それなら、ヒントだけでもあげておこうか。そんなに期待されても困るがな。そうだな、彼女達のやっていることは……自分のためにやっていることが他人のためになっている、といったところか。彼女らに自覚があるのかはわからないがね」  乃愛さんの笑い方は。  どこか、虚ろだった。 「えっと……いまいちイメージがわからないんですけど。それって、医者が私利私欲で薬を開発したら世界中の人が幸せになったとかそんな感じなんですか?」 「例えがイマイチだが、そう考えてもらってかまわない。ただ、彼女らの場合その自分のためですら他人のためなのだがな。外から見た場合」  やばい。何よこの謎かけ。さっぱりわけがわからない……。  参ったな。とりあえずもうひとつ、前々から気になっていたことを聞いてみるか。 「あの、乃愛さんはユリアさん達の魔法を見ましたか? あのびっくり大道芸」 「大道芸レベルで言うのなら私の方が向いていると思うがね。それがどうしたんだい?」 「ええと――なんていうか。あの魔法を目の前で使っているのを見るとき、全身に、なにかこう、違和感というか悪寒を感じるんですけど、そういうことってあるんでしょうか?」  初めてユリアさんの魔法を見たあの時。それだけでなく、それ以降の何度かもそうだった。あの魔法を目の前で見るたび――いや、使おうとした瞬間からすでに悪寒を感じるのだ。それは魔法の規模に比例し、時には立っていることが辛いほどにもなる。  これまで、他の魔法をどれだけ見たところでそんなことにはならなかったのに。  さすがにユリアさんに相談するわけにもいかず、美羽や美優、貴俊、陽菜にそれとなく訊ねてみたのだがそんなことはないらしい。 「ふむ……なるほど。それは不思議な事もあるものだね。ところでヒロト君今度はクッキーが食べたいのだが」 「超投げやりっすね!?」  その後はもう、乃愛さんはヒントも何もくれる様子はなく、普通に雑談して教室を後にした。 「なんだかなぁ……せっかく謎を解きに来たのに謎を増やされただけだぞ、これじゃあ」  軽くため息をついた。どうにも一筋縄じゃいかないな、俺の周りの人たちは。  文化祭の準備でにぎわう廊下を歩きながら、  ――決定的に衝突することになるぞ  脳内で響いた何かに、嫌なものを感じた。  ねっとりと足に絡みつくような、不快な何かを。

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