世界が見えた世界・4話 D

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様々な騒動があった初日だったが、ユリアさんもレンさんも、学校での生活には1週間もたてば随分慣れていた。 まあ、やっぱりたまにずれた発言があったり、妙なことを言い出したりすることはあったが、それをいったらクラスメイトの大半が変人で構成されているわけで。 そうして暮らしているうちに、だんだんとあの2人の性格も色々と掴めてきた。 ユリアさんはどこかおっとりしているようだが、絶対に譲れない一線になると頑なになるようだった。たいていの場合、それは倫理に反するかどうかという判断で下されているように思う。 ユリアさんはとにかくまっすぐで、純粋で、正しくあろうとしている。それは、まさに物語の中のお姫様のように。 レンさんはというと、こちらもまっすぐなのだが、ユリアさんとは少し違う。 レンさんにはまずユリアさん第一という前提条件があり、それを中心とした自分自身の信念を貫いている。それは、たまに他人とぶつかることもあるだろうし、受け入れられないこともあるだろう。 それでも、レンさんはまっすぐにそれを貫いている。そこに、レンさんなりの何かしらの思いがあるのだろう。 気がつけば、彼女達がやってきてから1週間が経っていた。 大翔「もう、結構経つよなあ……」 夜も更け、街全体が寝る時間。そんな時間に、俺は夜の街をぶらついていた。本当にぶらつくだけで、何をするわけでもない。たまに、意味もなくランニングをしたりもする。 警察に見つかったら、ちょっと嫌かもしれない状況だった。 大翔「警察といえば……」 丁度、近くにあった掲示板を見ると、大きなポスターが張ってあった。 <注意! 最近、巨大な刃物を持つメイドに警官が気絶させられるという事件がありました。皆さんも、お出かけの際には十分注意してください> あまりにも身に覚えのあるその注意に顔が引きつる。実際、レンさんと外に出るときなんかはほんとに怖かったりしたこの数日だ。とはいえ、そのことも杞憂に終わったようだ。レンさんはどうやら、近所の奥様方に対して受けがいいらしく、お買い得情報なんかはこの1週間で俺とためを張るほどになっていた。 ……そういえば、テレビのリモコンの電池が切れてたな。 ふと思い出して、足を24時間営業のコンビニへ向ける。 電池で思い出したけど、ユリアさんもレンさんも機械に対してとにかく音痴だった。扱い方がわからずに叩いてみたり振ってみたりは当たり前。時には投げてみたり落としてみたりなど、当たり前にそれに触れてきた俺達からしてみたら斬新な扱い方をいくつも披露してくれた。 かと思えば、一度使い方を覚えたら子供のようにそれに張り付いて離れない。特に2人ともテレビがお気に入りなようで、レンさんは特に時代劇に目を輝かせていた。 ……そのうち、侍のいるところにつれてけとか言わないだろうな、あの人。 ありえるなぁ、などと考えているうちに、コンビニに着いた。えーっと、乾電池は…… 貴俊「あれ、大翔じゃん。こんな時間に何してんだ?」 大翔「貴俊? いや、っつーかそれはお前にも言えることだろ。そっちこそ何してんだよ」 偶然、貴俊と出会ってしまった。ああ、これは今日の運勢は最悪だな。 貴俊「なんか今、お前からの熱い愛を感じたんだが。そうだ、今からホテルにでも行かないか?」 大翔「存在しないものを感知している辺り、お前のセンサーは物凄く役立たずだな。あと、いい事思いついたみたいな顔をするんじゃない」 軽く小突いてやる。それすらもニヤニヤと受け止める貴俊。 大翔「……お前、最近妙に機嫌いいな」 貴俊「おう~、何しろ、存分に頭フル回転させてっからなぁ」 大翔「そっか。それはまあいいんだけど、ひとついっといていいか?」 貴俊「はいはい、マイスイート? なんとなく言いたいことはわかるけど、何かな?」 貴俊がニヤニヤと口をひん曲げて、目を弓のようにゆがめて笑っている。それはいいんだが、ずっと昔に注意した癖が直ってないぞこいつ。 その、目の奥で相手を威嚇する癖、いい加減治せってのに。 大翔「じゃあ、お前の予想の斜め上を狙ってやろうか。あのな……俺を騒動に巻き込むのは自由だけど、俺の家族は巻き込むな。以上」 貴俊「ふむ……家族。家族ねぇ……それ、血のつながりをいってんのか?」 大翔「それじゃあ美優はどうなる。あいつを勝手にうちの一家から外すんじゃねーっての」 貴俊「んじゃあ、苗字が一緒、とかか?」 大翔「乃愛さんにはさんざんお世話になってるんだけどな。ガキの頃から、ずっとだ」 乾電池は……あれ、単何だったっけ? ……えっと、まあ、3でいいだろ。うん。家電って大体そうだしな。 それと……なんか眠くなる食べ物ってないかな…… 貴俊「大翔」 大翔「ん、何」 振り返ると。 貴俊が、心底面白いことを見つけたといわんばかりに笑ってた。そうそう、こんな顔だ。 野生の獣さえもおびえてしまいそうな、こんな顔。貴俊が面白そうと思ったときよりもさらに、さらに、さらに深い笑み。心底愉快を覚えたときにしかみせない、そんな笑み。 貴俊「了解だ。俺はお前の願いならなーんでも聞くぜ。お前がそういうのなら、お前の家族にゃ手はださねぇよ」 大翔「そうしてくれ。最近、美羽が妙にせわしなくてな。あんまり手を煩わせるのもアレだろ。ユリアさんとレンさんは、学校にいるときもずっと何か探してるみたいだし」 確かに、2人とも純粋に学園生活を楽しんでいる。ただ、それだけじゃない。そういうことだ。 学園初日、なぜユリアさんが俺が目覚めてすぐに保健室に来たのか訊ねたところ、帰ってきたのはこういう答えだった。 ユリア『学園のあちこちに風を置いてあるんです。その風は、私の元へ声を運んでくれます。それで、ヒロトさんが目覚めたことがわかったんですよ』 それはつまり、俺を心配してみていたわけじゃなく、学園全体を見張っているということだった。 さて。そんなことをして何が目的なのか。学園長にあったってんだから、何かまずいことをしているわけじゃないとは思いたいけどね。 様子からしてわかっていることは、ユリアさんとレンさんの事情を美羽が手伝っているって事ぐらいか。あのお節介め。人には簡単に手を差し伸べるくせに、自分が他人の手を借りるのは嫌いなんだよな。 貴俊「けどなぁ大翔。俺はガンガン関わってくぜ。楽しそうだからな、お前らは」 大翔「……俺もかよ」 貴俊「ん? おいおい、勘違いするなよ。俺の愛をちゃんと受け取ってるか? 俺はお前らって言ったんだぜ。お前が、中心なんだよ」 大翔「いつも思うけど、お前のその考えには賛同しかねるな。今回に関してはどう考えても中心はユリアさんたちだろ」 貴俊「どうかねぇ……お前は才能があるからな。厄介ごとに巻き込まれる、いや、厄介ごとを巻き込む、才能が」 ……滅茶苦茶欲しくないな、その才能。ていうか、厄介ごとを引き連れて歩いているような人間が何をいっとるんだか。 買うものを買ってコンビニを出る。結局、乾電池以外に買ったものはなかった。 貴俊「んじゃ、俺はそろそろ帰るぜー」 大翔「俺もそろそろ帰るか。ていうか、結局お前は何をしてたんだ」 貴俊「ふっ、お前と俺の愛が俺をここに呼び込んだ――冗談だ、冗談だからそんな睨むなって。偶々だよ。ちょっと散歩してただけ。そういうお前はどうなんだ?」 大翔「同じだな。俺も、ちょっと散歩してただけだ」 実際は、ちょっとという時間を大幅に超えていたりするわけだが。 貴俊「へぇ、まさしく運命だな。俺達の愛は世界すらも動かすってことだ」 大翔「……正直、お前のその妄想力と美優の妄想力、どっちが上なのか興味が出てきたよ」 貴俊「俺に興味が出てきたか! じゃあ、ホテル行こうぜホテル! なんなら、その辺の公園だっていいぜ! 俺いいスポット知ってんだ!!」 大翔「さっさと帰るかあるいは土に還れこの変態野郎!!」 足元に転がってた小石をぶん投げる。ひょいとそれをかわすと、貴俊は明らかに近所迷惑な大声で笑いながら走って夜の闇に消えていった。 ……なんて気持ちの悪い奴だろう。 家に帰るまでに30分。それから布団に入るものの、どうにも寝付けなかった。 今日は珍しく弁当なんぞを作ってみた。結局寝付けなかったので、手の込んだ弁当を作ってみた次第だ。 俺と美羽と美優、そしてレンさんとユリアさん。最低でも5人で食べるわけだから、かなりの量になる。さらにそこに貴俊や陽菜が入る可能性も考えると……足りるか、重箱ひとつで? なんか2つくらい用意しといたほうがいいような気になってきたな……。 大翔「……ていうか、作るのはいいんだけど正直持ち運びが面倒なんだよな」 ごめんなさい、無精者で。 そもそも俺って別に働き者じゃないんだよ。美羽がしっかりしてるから、結構ゆるーくやっても家の事回るし。ああでもここ最近、美羽が学校から帰ってくるのが遅かったりして、家の中結構汚れてきたな。レンさんがこまめに整理してくれてるけど、たまに配置変わるんだよな流石に。 大翔「まあ、片付けは帰ってからでいいか。……昨日も一昨日も同じこと考えてた気がするが」 愚痴っても仕方ない。やることやらないと後で困るのは自分だしな。 そんなことを考えていると、上がなにやら騒がしくなってきた。あの足音は、美羽か? 朝から何騒いでんだ? 2階のあちこちの部屋を行き来した後、階段を転げ落ちるような速さで降りてきてリビングの扉を騒々しく開いた。 美羽「あぁっ!? 嘘、遅刻!?」 大翔「朝っぱらからいい度胸だテメェそこに直れ」 人の顔を見るなりいきなりの失礼発言。お兄ちゃん怒ってもいいかな? だが、美羽は美羽で朝っぱらから血圧の高そうな顔をしている。何をそんなに興奮してるんだ。 美羽「あれ、時間いつもどおりだ……え? 兄貴、ちょっと、何やってんのよこんな時間に起きるなんて…………」 大翔「だから、そういう怖ろしいものを見るような目をしてんじゃねぇ! ガタガタ震えるな!」 美羽「だって、兄貴がこんな時間に起きてるなんておかしいじゃない! どう考えてもへんだよ!? ねえ、何かへんなことでもあったの?」 美羽が本気で心配してくれてるのがわかる。人に心配されることがここまで腹立つのは初めての経験だった。 続いて、とたとたとた……ひょこ、と顔を出したのは、美優。 美優「……お姉ちゃん……どうした……のっ!? あ、あれ? ワタシ、遅刻しちゃった……?」 大翔「さすが姉妹似たような反応をありがとうなちくしょうめっ!!」 弁当ひっくり返していいかなぁっ!? ユリア「みなさん、どうしたんです……か…………ひ、ヒロトさん……?」 レン「姫様、そんなところで固まっていったい何が……ヒロト殿!?」 大翔「あんたらもかっ? なんかそれだけで俺に対する認識がわかろうってもんだぞ、おい!?」 最近確かによく朝寝坊してたけどさぁっ! 美羽とか美優は知ってるだろ、俺が本来そんなに寝坊しないの! 妙に寝起きが悪いの、ここ1ヶ月くらいじゃねぇかよぉ……。って、今日は単に寝てないだけだから別に早起きってワケでもないか。 大翔「あのなぁ……人が朝から台所に立ってるのがそんなに変か……」 美羽「変って言うか……何してんの、兄貴?」 美羽はいまだに困惑している様子だ。 大翔「弁当作ってたんですー。つか、そんな扱いするんならもう弁当作るのやめるぞ」 美優「お、お兄ちゃんのお弁当……? た、食べるよ、ワタシ食べる!」 美羽「兄貴が弁当作ったの? 珍しいなぁ、それにしても、何でいきなり?」 大翔「作りたくなったから作ってるだけだよ。別にいいだろ、理由なんか」 まさか、夜眠れないから、とか言うわけにもいかないし。 ユリア「それにしても、これだけの量を作るのは大変だったんじゃないですか? かなりの量ですよ、これ」 大翔「や、時間だけはあったから、へーきへーき」 ユリア「……………………」 ユリアさんは、真剣な表情で俺の目を覗き込む。 ユリア「ヒロトさん、ちょっと、いいですか?」 大翔「へ? って、と、ち、ちょっと?」 返事をする前に手をつかまれて引っ張られる。見送る三人の視線を背中に受けながら、俺はユリアさんの部屋に連行された。 ユリア「えっと、少し聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」 大翔「ああ、うん、大丈夫だけど……」 とか言いながら地味に緊張してる自分を意識する。……考えたら、ユリアさんの部屋に入るの初めてだ。じろじろ見たら悪いだろうなーとか思いながら、ついつい視線が室内に向いてしまう。 ユリア「……ヒロトさん」 大翔「うわぃっ!!」 しまった油断した! お、おこられる!? ん? なんか、ユリアさんの様子が少しおかしい? ユリア「その……私たちが来てから、体の調子がおかしかったりすることとか、ありませんか?」 大翔「ないよ」 気づいた時には勝手に口がしゃべっていた。嘘をつこう、なんて考える暇もなかった。思わずという言葉すら、この場合には当てはまらないかもしれない。 あまりの反応の速さにユリアさんが少し驚いた顔をしている。ていうか、言った俺がそもそも驚いていた。 ……ここで会話を途切れさせるのは、よくないか。 大翔「どうしてそう思うの?」 ユリア「あ……その、以前、レンが夜中にヒロトさんと公園で訓練したという話を聞いたんです。……それで、実は昨晩と4日前、夜中に目が覚めたときにヒロトさんが出かけるのが見えたので、もしかしたら眠れないのかな、と思ったんです」 ん? 見られてたんだ。 ていうか、それは単に寝付けないだけで体調不良といえないような……ああ、不眠症か? 大翔「んー、それは単に寝付けなかっただけなんだけど。別に体調が特に悪いとか、そういうのはないよ」 ユリア「っ。じ、じゃあ、妙に胸騒ぎがしたり、感覚が敏感だったりとかいうことはないですか?」 少し考える。簡単にNOということもできるけど、ユリアさんの真剣な様子を見て、それをすることはできない。 大翔「多分、ないと思うよ。……何か、気になることでも?」 ユリア「その……ほら、私たちの魔法って独特じゃないですかっ。そ、それで、そのせいでもし、ヒロトさんに何かの影響が、出てるかもしれませんし……」 ユリアさんは必死に言葉を選んでいる様子だった。 何を、そんなに心配しているんだろうか。そもそも、他人の魔法のせいで体調不良を起こすなんて、聞いたことがない。いくら独特の魔法を持っているからってそんなことが起こるんだろうか? 大翔「大丈夫だよ。別に夜に眠れなくなるのは、初めての事じゃないから。ま、ユリアさん達が来てちょっと緊張してるんだと思うよ」 ユリア「あう……やっぱり、迷惑ですか?」 大翔「ぜんぜんそんな事ないよ。っつーか、むしろ来てくれて楽しくなったくらいだから」 ユリア「そうですか。それは、その、なんていうか……ありがとう、ございます」 はにかむユリアさんを見て、一瞬心臓が大きく跳ねたような気がした。だから、そういう、無防備な顔は、やめてってば……。 ユリア「えへへへへ……」 大翔「あはははは……」 2人顔を見合わせて笑いあう。明らかな愛想笑いは、基本的に長続きしない。 ユリア「……………………」 大翔「……………………」 妙に居心地の悪い沈黙が流れる。お互いにどこか視線を合わせるのをためらいながら、相手の様子を伺っている気配がする。 ……こういう場合、どういう風に動くのが正解ですかっ!? なんだこう、この、妙な空気は……ユリアさんは、どんな様子――っ! 目があった。こっちをチラ見していたユリアさんが目を見開いて、同じタイミングで顔をそらす。耳まで赤くなっていくのがわかる。多分、ユリアさんも同じだろう。 ど、どうしたらいいんだぁっ!? そのとき、救いの手が差し伸べられた。こんこん、と扉がノックされる。 レン『お二人とも、そろそろ、時間が押してきましたが……』 ユリア「にゃぁっ! れ、レン!! わ、わわわ、わかったから! すぐ行くから……きゃっ!?」 大翔「うぉわっ!?」 突然のレンさんの登場にフリーズ解除されたユリアさんは、焦って立ち上がろうとしてしまってバランスを崩してしまった。俺もレンさんの声に注意が向いていたせいで、反応するのが遅れてしまった。結果、 ユリア「……………………………………」 大翔「……………………………………」 倒れこんできたユリアさんを、俺が抱きとめるカタチになっていた。 ユリアさんの体は柔らかくて、暖かくて、髪からほのかにいい香りが漂っている。すっぽりと腕の中に体をおさめて、しなだれるようになったユリアさんと目が合う。 先ほどから赤かった肌は、もはや気の毒なくらいに真っ赤に染まり、吐息も微かに荒い。密着した胸のやわらかさと、その奥の心臓の鼓動が俺の理性をかき乱していた。 ユリア「……………………………………」 大翔「……………………………………」 突然の事態に完全に動きを止めた俺達は、 レン「姫様?」 がちゃり、とドアを開けると同時にレンさんがはいてくると同時に、部屋の端と端にまで飛びのいていた。 大翔「ぐあっ!?」 飛びのきすぎて壁に頭をぶつけた。ユリアさんは、飛びのく途中でひっくり返っていた。 レン「……お二人とも、何をなさっているので?」 大翔「いや、これは、その…………あ、あははははっ! そ、それじゃあ俺、弁当の仕上げしてくるんで!!」 ユリア「あ、はい! お昼、楽しみにしていますねっ!!」 レン「????????」 明らかに挙動不審な俺達に、レンさんは疑問不を浮かべていた。が、俺は一刻も早くこの場を離れないといけない。じゃないと、なんか気分がおかしいっていうか、なんだよさっきまでのピンクな俺はあぁぁぁぁ!!! その後、洗面所で頭から冷水をぶっ掛けても、なかなか顔の火照りは取れてくれなかった。 うう……ユリアさんと顔があわせ辛い…………。 昼休み。 4段の重箱という高校生にあるまじき巨大弁当を持参した俺は、周囲の視線を集める午前を終え、屋上に弁当を広げていた。 美羽はなにやら忙しいということで、少しおかずを食べただけでさっさと行ってしまった。ユリアさんたちと何か話していたが、その内容までは聞こえなかった。 そんなわけで、今ここにいるのは俺、美優、ユリアさん、レンさん、貴俊、陽菜に加え、なぜか沙良先生が加わっていた。ちなみに、沙良先生は弁当持参。いや、何でいるんすか、先生? 沙良「いや、噂の結城兄の激ウマランチが食えるいう話やったからな。顔出して見たんや。それにしても、ホンマにうまいなあ、アンタの飯」 大翔「誰ですか、そんなわけのわからん情報を垂れ流してる人は……」 沙良「乃愛やけど?」 大翔「あの人は…………」 ちなみに、乃愛先生には以前の反省を生かして小さい弁当箱に別につめて持ってきた。まあ、アレだけ喜んでもらえたらこっちも嬉しいが……。 沙良「なんや、職員朝礼でいきなり自慢するもんやけん、どんだけのもんかちと気になってな」 大翔「あの人はっ……!」 何つーことをしてくれてるんすか……。 美優「でも、お兄ちゃんの料理、おいしいから……」 大翔「ほめてくれるのは嬉しいが、あまり理由になってないぞ、それ……」 貴俊「だが実際、お前の料理がうまいのは事実だ。うん、これで俺の将来の食事の心配はないわけだな」 大翔「そういうわけのわからん話をするのならさっさとここから飛び落ちろ」 貴俊はばくばくと勢い良く弁当を平らげていく。特に唐揚げが気に入ったらしい。ていうか、もっと野菜を食え、お前は。 レン「しかし、この弁当には工夫がこもっているな。どれも長時間の保存と味の変化を考慮したものになっている」 レンさんは相変わらず、俺の料理の分析に余念がない。お互い、妙なライバル意識が生まれている気がする。 陽菜「ううう……お弁当の味付けはこっちはこっちで凄いおいしい……! うだー! 陽菜の勝てる要素がいったいどこにっ!?」 陽菜は相変わらず良くわからないことを吼えていた。食事中に大口を開けないの。 そして、ユリアさんは…… ユリア「…………(チラッ)」 大翔「……………………」 ユリア「(もぐもぐもぐもぐ)…………(チラッ)」 あまり会話に参加せず黙々と食べ続けている。ただ、時々伺うようにこちらをちらちら見ているけど。 ていうか。あの。 すんごい、気まずいの。どうしよ、この状況。 陽菜「あのー、ヒロ君? なーんかユリアちゃんの様子がおかしくないっかな? なんかあったの?」 大翔「え? いや、何も……いや、あったかもだけど。いやしかしそれはだな」 陽菜「あ、わかっちゃたよ! アレでしょ、ヒロ君がユリアちゃんを怒らせちゃったんでしょ? もー、ダメだよヒロ君」 こら。なんでそんな結論にいきなり至るのか。 ていうか、周りの連中もなんかそれに同意するような視線を向けるんじゃありません。 陽菜「仕方ないなぁヒロ君は! ここはこの陽菜ちゃんが、ふたりの仲直りのお手伝いをしちゃってあげるんだから!! おーい、ユリアちゃーん」 大翔「おーい、陽菜さーん。そろそろその勘違いをやめちゃってくれませんかー?」 けど陽菜は聞かないやめないとまらない。 陽菜の言葉に、ユリアさんは顔を上げる。陽菜は何もいわずにユリアさんの手を引いて、俺の目の前に引っ張ってきたっておいおいおいおい。 陽菜「ほら、ユリアちゃん、座って座って」 ユリア「え、あの、でもその私は……」 陽菜「もう、だめだよ、喧嘩しちゃあ。ふたりとも仲良くしないとねっ!」 そういって、陽菜はギャラリーに戻る。 ねえ、何その投げっぱなし解決策。あとは俺達でどうにかしろって、なんかそれ凄い無責任すぎやしませんか? 俺とユリアさんは困って顔を見合わせる。そもそも、喧嘩なんかしてないんだけどなぁ……ユリアさんも同じ考えなのか、苦笑を浮かべていた。 ああでも、コレでようやくまともに顔を合わせられたんだし、そこのところは陽菜に感謝しよう。 ユリア「ええと……今から、何をすればいいんでしょうか?」 大翔「まあとりあえず、仲がいいことを証明すればいいんじゃないですか?」 普通に会話するとか、どうやって証明すればいいのかいまいちわからないけど。さて、どうやって陽菜たちを納得させるべきか……ん? なにやら、ユリアさんが真剣な表情で考え込んでいる。と、おもむろに卵焼きを取り、箸をこちらに差し出してきた。左手は添えるように差し出され、ユリアさんは期待に満ちたまなざしで俺を見ている。 まあ、なんつーか。 いわゆる『あーん』のポーズだった。 …………あの。 大翔「ユリアさん? あの、なんでしょう、コレは……」 ユリア「昨日、テレビでやっていたんです。仲のよい男女は、このようにして相手に食事を食べさせ合うのだといっていました」 違っ! それ、仲いいの意味が違っ!? 横を見てみるとそれぞれがそれぞれの表情を浮かべていた。 美優は夢見る乙女のような、きらきらした顔で。 貴俊は愉快な見世物を見るような、にやけた顔で。 レンさんは珍しいものを見るような、驚いた顔で。 陽菜は衝撃に身を打ち震わせて、愕然とした顔で。 沙良先生はいかにも『若いってええなぁ』な顔で。 要するに、割と他人事っぽい扱いで。 ユリア「さ、ヒロトさん」 大翔「いや」 ユリア「ささ、ヒロトさん」 大翔「あのですね」 ユリア「さささ、ヒロトさん」 大翔「ユリアさん?」 ぜんぜん聞いちゃいない。多分、テレビでやってたことをそのままやるのが楽しいんだろう……うう、なんだ、この針の筵。ていうか、屋上にいるのは俺達だけじゃないんだ。他のグループからも凄い視線が集まってるんだけど……! 仕方なしに、ユリアさんの差し出してくれた卵焼きにぱくりとかぶりついた。ユリアさんは実に楽しそう。何で俺1人、こんな恥ずかしがってなきゃいけないんだ……。 陽菜「うわあぁぁぁっ! し、しまったぁぁぁっ!!」 ようやく陽菜が動き出した。頭を抱えてのけぞる。悪かったな、俺があーんしてもらうのがそんなに衝撃的な光景で。 ユリアさんはやたらと満足そうな顔で―― ユリア「あー」 大翔「…………」 どうやら、ここからが本当の地獄らしい。 結局、その後は俺とユリアさんによるあーん合戦を鑑賞しながら飯を食う会になっていた。 飯を食い終わっても、美優は妄想をひたすらに広げていていまだに帰ってこないし貴俊は腹を抱えて笑い転げていた。沙良先生は大福に座って爪楊枝を咥え、陽菜は叫びすぎて息切れしていた。 状況だけ見たらひるご飯の後とは思えないだろうな。 大翔「はぁ……ユリアさん、楽しそうですね……」 ユリア「はい! 実は、てれびで『あーん』を見たときから、やってみたかったんです」 大翔「いや、まあいいけどね……満足した?」 ユリア「はいっ!」 元気に答えるユリアさんに苦笑して、美優にするようになんとなくその頭を軽くなでる。ユリアさんは気持ちよさそうに目を細めた。 と、そのとき、 ?「まてぇぇぇぇい!!!!」 屋上全体に響き渡るほどの大音声。 なんだ、今の声は? 声のしたほうを振り返ると、そいつは屋上の入り口の上のさらに上、貯水タンクの上に立っていた。 青い長髪を風になびかせ、口に真っ赤なバラを咥えたそいつは、青空を背景にこれでもかといわんばかりに――へんなポーズをとっていた。 突然の驚きに支配された屋上。だが、その姿を見たものはひとり、またひとりと、 「ぶっ」「ぷ、くくく……」「くすくす」 笑いに沈んでいく。 なんという破壊力……出オチでアレだけの笑いを取るなんて、あいつはもしや次世代を担う芸人か!? 変人「おい、そこの貴様!」 変人が、へんなポーズのまま口を開く。顔が真面目なだけに余計に面白さが増してしまっている。 変人「こら、何を笑っている!? お前だといっているのだ、そこの庶民!!」 先ほどから変人は何者かに対して呼びかけている。誰だろう? 俺にはさっぱりわからない。 変人「ええい、きょろきょろと周りを見回している貴様だ! 庶民、それはわざとではなかろうな!?」 ……いや、気づいてたよ? だってあいつ、最初からずっと俺のほうをじぃっと見てるし……。いやだなぁ……関わりあいたくないなぁ……。 俺が反応するのを渋っていると、美優がくいくいと袖を引いてきた。 大翔「ん、どした?」 美優「お兄ちゃん……あの人、なんか怖い……」 大翔「……まあ、確かに、アレだけ敵意満々で見られたらなぁ。けど、あいつが見てるのは俺だから、美優は少しはなれてな」 そう微笑みかけると、 美優「……………………」 ぎゅ。袖をにぎる力に力がこもる。逃げない、と目が言っていた。 どうやら、逆効果だったらしい。苦笑を浮かべて、変人を見る。……とりあえず、今後美優に何かないように始末をつけないといけなくなったな。 変人「ふ……どうやらようやく自分の事だと理解したようだな庶民」 大翔「っつーかさっきから庶民庶民うるさいぞ。お前に名乗る名前はないけど庶民はやめろ」 変人「ふん、ボクも君の名前なんか知りたくもないがね! だが、庶民ごときにお前と呼ばれるのを無視するわけにもいかない。仕方がないから、特別にボクの名前を教えてやろう。心して聞くがいい! このボクこそが次期サフィール家当主――」 貴俊「なあ、あいつ結構いい面してるんだが、あいつは俺の愛を受け止めてくれると思うか?」 大翔「はなから相手を馬鹿にしてかかるような奴だし、難しいんじゃないか? まあ、お前が俺への愛とやらをささやくのをやめてくれるんなら全力でそっちに愛を傾けて欲しいが」 貴俊「じゃあいいや。あいついらね」 大翔「いや、そもそもお前のもんじゃないだろ、あれは……」 生徒A「ねえ、あのポーズって何かの流行なの?」 生徒B「えー、あんなダッサいポーズが? ちょおセンス悪くない?」 生徒C「こんな感じか、あのポーズ? あ、もうちょっと右手を上げる感じか?」 生徒D「なあ、次の授業の課題終わってないんだけど、教えてくれない?」 ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ 誰一人として変人の言葉を真面目に聞いちゃいなかった。ここまで無視されるとさすがに哀れに見えてくる。 変人「え、ええい! こらお前達、このボクの名前を知りたいとは思わないのか!? くそっ、これだから庶民は……!!」 だむだむとタンクを踏みつける変人。美形がああやって慌てふためくのはギャップがあってなかなかコミカルだった。 美優「お兄ちゃん……あの人、なんか可哀そう……」 大翔「優しいなぁ美優。けど、アレはほっとこう。なんか関わっちゃいけない空気が駄々漏れだ」 美優「う……うん…………」 とりあえず今のうちに逃げようと、ユリアさんとレンさんに声をかけようとする。が、2人は揃ってぽかーんと変人を見ていた。 どうしたんだ? ユリア「エーデルさん!?」 レン「サフィール殿!?」 2人の声が重なるが、口に出した言葉は違うものだった。つまり……さっき次期当主だとかなんとか言ってたから、エーデルが名前で、サフィールが苗字、か? エーデル「ふっ、お久しゅうございます。姫、ミス・ノア」 ユリア「なぜ、あなたがこちらにいるのですか!? サフィール家嫡男ともあろう、あなたが!」 エーデル「それを仰るのであれば、王族であるあなたがここにいることがまず問題となりましょう」 エーデルとかいう男の言葉に、ユリアさんが言葉を詰まらせる。なんだ、この状況は? 様子からして、どうやらこの3人は知り合いらしい。同じ国の出身だろうか? エーデル「ボクがここへ来たの理由はただひとつ……あなたに、愛をささやくためですっ」 エーデルは懐からバラの花束を取り出し、空中へ振りまいた。その姿を見た屋上にいた生徒の心がひとつになる。 一同『やばい…………こいつ、バカだ!!』 ひらひらと舞い落ちるバラの花を思い思いに避ける生徒達。俺もなるべく触れたくないのだが、何しろ野郎の目標であるユリアさんのすぐそばにいるため、振ってくる量も他の場所とは段違いにおおい。とりあえず、美優があんなのに触れないように保護する。 美優「お兄ちゃん……あの人、今まで見た中で一番、痛々しいよ…………!?」 大翔「とりあえず、そういうことは思っても口に出さないように」 こくんとうなずく美優の頭をなでる。なんかこいつ、たまに無意識的に強烈な毒吐くよな……。 ユリア「愛ですか。愛はいいものですね、父もよく言っています。でも、ささやいていては周りの方に聞こえませんよ?」 レン「……姫様、おそらくサフィール殿はもう少し別の意味で愛をささやくと言っておられるのだと思われますが」 ……なんか、この3人の関係が一気に見えてきた気がする。つまりあれか、あの見るからにお坊ちゃまな奴はユリアさんが好きで、ユリアさんはそれに気づかなくて、レンさんはそれを見ている、と。 とことん報われないな、あのエーデルって奴は。 大翔「えーっと、結局あいつはなんなんだ、ユリアさん?」 ユリア「彼は私の国の最有力貴族、サフィール家の次期当主のエーデルさんです。愉快な方なんですよ」 大翔「はぁ……で、なんでそいつがいきなりここへ?」 レン「サフィール殿は姫様の行く先にはどこにでもついて来られるからな。だが、まさかここまでついてくるとは予想外だったが……それにしても、どうやってこちらへ……」 ぶつぶつと呟くレンさん。どうやっても何も、飛行機でも使えば簡単にこられると思うんだが。それとも、何か別に理由があるんだろうか? エーデル「おいこら! そこの庶民! ボクの姫になれなれしく話しかけるんじゃない!!」 貴俊「おいこら! そこの変態! 俺のスウィートに乱暴な口きいてんじゃねぇぞ!!」 大翔「貴俊お前は状況をさらに混乱させるだけだから何もしゃべるな」 もはやどうやってこの状況をまとめたらいいのかが思いつかない。とりあえず、ユリアさんに頼むしかないか。 大翔「ユリアさん、ちょっといいですか……」 ユリア「はい、なんですか?」 ユリアさんの手を引く。とりあえず、いったん落ち着ける場所を探して話し合ったほうがよさそうだ。何を話し合うのかも良くわからないけど、このまま放置するよりはましだろう。 そう、思ったのだが。 エーデル「だ、か、ら…………! ボクの姫になれなれしくするなといっているのだ、庶民!!」 大翔「!?」 ぞわり、と全身に悪寒が走る。振り返ると、エーデルはへんなポーズのまま全身に淡い光をまとっていた。 エーデル「1度痛い目を見なければわからないらしいな……庶民! 我が意に従い牙をむけ、大いなる水の力を知らしめよ!!」 その言葉が終わると同時、貯水タンクが震えたかと思うと、弾け飛んだ。だが、水は弾けることなく、渦巻き、荒れ狂い、蛇を形作る。エーデルはその水蛇の頭に飛び乗る。 ユリア「エーデルさん!?」 エーデル「さあ、庶民! ボクの力の前にひれ伏すがいい!! みっともなく命乞いをすれば、この場は見逃してやろう!」 己の力を誇示し、エーデルが高らかに宣言する。強大な魔法を駆使し、己の力として傲慢なほどに他者を見下す。 ――むかついた。 大翔「おい、アホ王子」 美優「おにい……ひっ」 美優がおびえてるのがわかる。けど、フォローは後回しだ。今は、あいつがむかついて仕方がない。 大翔「てめえ、周りよく見ろよ。どれだけの人間がいると思ってんだ? こんなところでそんな大掛かりな魔法使って、誰か怪我したらどうすんだ」 エーデル「ふん……そのような瑣末事に関わっていられるほど、僕は暇人ではない」 大翔「……よくわかった。とりあえず、お前はむかつく。ぶっ飛ばすから覚悟しろよ」 エーデル「庶民が……このボクに楯突いたこと、痛みの中で後悔するがいい!!」 水蛇が体を大きくしならせ、牙をむいて突進してくる。その速度はすさまじく、一瞬でこちらまで到達するだろう。あの巨体と勢いに正面からぶつかり合えば、こっちの身は持たないだろう。なら、狙うのは蛇の頭に立つ、奴だけだ。ギリギリまでひきつければ、相打ち覚悟でどうにか一撃を―― 美優「――お兄ちゃん」 大翔「――――――」 あー。だめだ。それダメ。相打ちとかね、俺のキャラじゃねーわ。熱くなりすぎ。頭冷やせ、俺。 こんな奴相手にするために、家族泣かせたら馬鹿みてーじゃん。 大翔「美優、貴俊。悪いけど頼んでいいか。情けないけど、俺じゃ魔法がうまく出るかどうかわかんねー」 美優「うん――平気」 貴俊「当然! 俺があいつをぶん殴ってやりたかったからな!」 袖をにぎっていた美優の手をぎゅっとにぎりかえす。貴俊は余裕のある表情で、俺の横に並んで立った。 エーデル「庶民が揃って……このボクを止められるかな!?」 沙良「もうええて。あんた退場や」 蛇の口がひときわ大きく開かれた瞬間、暢気な声の持ち主が軽い動作と共に俺達の前に立つ。そして、その小さな人影を飲み込む寸前、水蛇の動きが止まった。 エーデル「な……? い、いったい何をした!?」 沙良「何でもええやろ。ていうかな、アンタ。いくらなんでも、この学校でウチの世話になる人間をほいほい量産しようとか考えんなや。はっきり言って迷惑やで。そういうオイタは、ウチの『流理』に負けん位の力をつけてからやるべきやな」 沙良先生はいつもの調子で、くるくると余った白衣の袖を回す。すると、しゅるしゅると水蛇が形を崩し、貯水タンクのあった場所に渦を巻いた。 エーデル「なぁっ!?」 沙良「そんで、アンタにはお仕置きが必要やな……ウチの庭で勝手なことしたら、ただじゃおかんで。なあ、ましゅまろ」 言葉と共に、沙良先生の白衣の下からあの大福のぬいぐるみが現れた。ぽんぽんと跳ねるそいつは、 エーデル「ぶごふっ!?」 全力でエーデルの顔面に突っ込んだ。さらに追い討ちで、 沙良「ちぃぇすとぉぉっ!!」 エーデル「ごふぁっ!?」 沙良先生の後ろ回し蹴りが華麗に炸裂した。先生……アンタさっき、自分の世話になる人間をだすなって言ってませんでしたっけ? みんなの視線を受けながら、沙良先生はエーデルを大福に乗せ、そのまま屋上を出て行こうとする。 沙良「ああ、せや。水はウチの力でしばらくこのままにしとくけど、こんなかに修復系か復元系の能力の子はおるか? ああ、せやったらアンタらちょっとタンク直したってな。ウチはこいつを学長のタヌキんとこにもってかないかんさかい。ほな、後よろしゅう頼むわ」 そういって、沙良先生は屋上を去っていった。一連の出来事に呆然としていた俺達は、やがて屋上の片付けに取り掛かる。といっても、タンクの破片を拾ったりするだけだが。 それにしても…… 大翔「美優、魔法の発動随分早くなったな」 美優「練習、してるから……」 俺はいつの間にかそこに存在していた姿見サイズの鏡を指でピンと弾く。鏡は震え、さらさらと光になって消えていく。 美優は学園に入ってから確実に魔法の力を高めている。それは、あの努力家の美羽にもいえることだろう。それに比べ…… 大翔「あー、なんか情けねーな、俺……さすがにちょっと凹みそうだ。魔法が使えねーのもそうだけど、熱くなって美優の事頭になくなったりとか」 美優「でもあの人、酷い事言ったから……お兄ちゃんは、悪くないよ」 大翔「ありがとな、美優。けどやっぱ、俺がもっとしっかりしてりゃなって思うよ、俺は」 貴俊「なーに、俺とお前の愛があればどんな困難も打ち砕く! それが、愛の力って奴だぜ」 大翔「お前はいいから……。ユリアさん? どうかしたの?」 ユリアさんは、沙良先生が出て行った扉をじっと見ていた。 ユリア「いえ……多分、平気です」 レン「姫様…………」 ユリアさんとレンさんは深刻な表情で空を見上げた。俺もつられて空を見上げる。 空は、気持ちいいくらいに突き抜けるくらいに、ただ、青く深く広がっていた。 これが、俺とエーデル・サフィールとの出会いだった。 お互いの最初の印象は、最悪。互いに互いを嫌いあう、そんな間柄となった。 そんな奴が、俺の運命を大きく変えるきっかけになると、このときの俺はまだ知らなかった。 ああちなみにまったくの余談になるが。 美羽「兄貴! なんか屋上でやたらとラブラブ空間を展開していた馬鹿の目撃証言があったんだけど、何か言い残すことは!?」 大翔「ちょ、お前いきなりジ・エンド確定ってなんだそりゃ!? せめて事情の説明くらい」 美羽「うるさい黙れ、この馬鹿兄貴!!」 大翔「おいこらやめろいくら俺でもそんなもので殴られたら脳味噌がいい具合に愉快なことになるって……ぐああぁぁぁっ!?」 そろそろ、このパターンやめねえか、美羽。
様々な騒動があった初日だったが、ユリアさんもレンさんも、学校での生活には1週間もたてば随分慣れていた。 まあ、やっぱりたまにずれた発言があったり、妙なことを言い出したりすることはあったが、それをいったらクラスメイトの大半が変人で構成されているわけで。 そうして暮らしているうちに、だんだんとあの2人の性格も色々と掴めてきた。 ユリアさんはどこかおっとりしているようだが、絶対に譲れない一線になると頑なになるようだった。たいていの場合、それは倫理に反するかどうかという判断で下されているように思う。 ユリアさんはとにかくまっすぐで、純粋で、正しくあろうとしている。それは、まさに物語の中のお姫様のように。 レンさんはというと、こちらもまっすぐなのだが、ユリアさんとは少し違う。 レンさんにはまずユリアさん第一という前提条件があり、それを中心とした自分自身の信念を貫いている。それは、たまに他人とぶつかることもあるだろうし、受け入れられないこともあるだろう。 それでも、レンさんはまっすぐにそれを貫いている。そこに、レンさんなりの何かしらの思いがあるのだろう。 気がつけば、彼女達がやってきてから1週間が経っていた。 大翔「もう、結構経つよなあ……」 夜も更け、街全体が寝る時間。そんな時間に、俺は夜の街をぶらついていた。本当にぶらつくだけで、何をするわけでもない。たまに、意味もなくランニングをしたりもする。 警察に見つかったら、ちょっと嫌かもしれない状況だった。 大翔「警察といえば……」 丁度、近くにあった掲示板を見ると、大きなポスターが張ってあった。 <注意! 最近、巨大な刃物を持つメイドに警官が気絶させられるという事件がありました。皆さんも、お出かけの際には十分注意してください> あまりにも身に覚えのあるその注意に顔が引きつる。実際、レンさんと外に出るときなんかはほんとに怖かったりしたこの数日だ。とはいえ、そのことも杞憂に終わったようだ。レンさんはどうやら、近所の奥様方に対して受けがいいらしく、お買い得情報なんかはこの1週間で俺とためを張るほどになっていた。 ……そういえば、テレビのリモコンの電池が切れてたな。 ふと思い出して、足を24時間営業のコンビニへ向ける。 電池で思い出したけど、ユリアさんもレンさんも機械に対してとにかく音痴だった。扱い方がわからずに叩いてみたり振ってみたりは当たり前。時には投げてみたり落としてみたりなど、当たり前にそれに触れてきた俺達からしてみたら斬新な扱い方をいくつも披露してくれた。 かと思えば、一度使い方を覚えたら子供のようにそれに張り付いて離れない。特に2人ともテレビがお気に入りなようで、レンさんは特に時代劇に目を輝かせていた。 ……そのうち、侍のいるところにつれてけとか言わないだろうな、あの人。 ありえるなぁ、などと考えているうちに、コンビニに着いた。えーっと、乾電池は…… 貴俊「あれ、大翔じゃん。こんな時間に何してんだ?」 大翔「貴俊? いや、っつーかそれはお前にも言えることだろ。そっちこそ何してんだよ」 偶然、貴俊と出会ってしまった。ああ、これは今日の運勢は最悪だな。 貴俊「なんか今、お前からの熱い愛を感じたんだが。そうだ、今からホテルにでも行かないか?」 大翔「存在しないものを感知している辺り、お前のセンサーは物凄く役立たずだな。あと、いい事思いついたみたいな顔をするんじゃない」 軽く小突いてやる。それすらもニヤニヤと受け止める貴俊。 大翔「……お前、最近妙に機嫌いいな」 貴俊「おう~、何しろ、存分に頭フル回転させてっからなぁ」 大翔「そっか。それはまあいいんだけど、ひとついっといていいか?」 貴俊「はいはい、マイスイート? なんとなく言いたいことはわかるけど、何かな?」 貴俊がニヤニヤと口をひん曲げて、目を弓のようにゆがめて笑っている。それはいいんだが、ずっと昔に注意した癖が直ってないぞこいつ。 その、目の奥で相手を威嚇する癖、いい加減治せってのに。 大翔「じゃあ、お前の予想の斜め上を狙ってやろうか。あのな……俺を騒動に巻き込むのは自由だけど、俺の家族は巻き込むな。以上」 貴俊「ふむ……家族。家族ねぇ……それ、血のつながりをいってんのか?」 大翔「それじゃあ美優はどうなる。あいつを勝手にうちの一家から外すんじゃねーっての」 貴俊「んじゃあ、苗字が一緒、とかか?」 大翔「乃愛さんにはさんざんお世話になってるんだけどな。ガキの頃から、ずっとだ」 乾電池は……あれ、単何だったっけ? ……えっと、まあ、3でいいだろ。うん。家電って大体そうだしな。 それと……なんか眠くなる食べ物ってないかな…… 貴俊「大翔」 大翔「ん、何」 振り返ると。 貴俊が、心底面白いことを見つけたといわんばかりに笑ってた。そうそう、こんな顔だ。 野生の獣さえもおびえてしまいそうな、こんな顔。貴俊が面白そうと思ったときよりもさらに、さらに、さらに深い笑み。心底愉快を覚えたときにしかみせない、そんな笑み。 貴俊「了解だ。俺はお前の願いならなーんでも聞くぜ。お前がそういうのなら、お前の家族にゃ手はださねぇよ」 大翔「そうしてくれ。最近、美羽が妙にせわしなくてな。あんまり手を煩わせるのもアレだろ。ユリアさんとレンさんは、学校にいるときもずっと何か探してるみたいだし」 確かに、2人とも純粋に学園生活を楽しんでいる。ただ、それだけじゃない。そういうことだ。 学園初日、なぜユリアさんが俺が目覚めてすぐに保健室に来たのか訊ねたところ、帰ってきたのはこういう答えだった。 ユリア『学園のあちこちに風を置いてあるんです。その風は、私の元へ声を運んでくれます。それで、ヒロトさんが目覚めたことがわかったんですよ』 それはつまり、俺を心配してみていたわけじゃなく、学園全体を見張っているということだった。 さて。そんなことをして何が目的なのか。学園長にあったってんだから、何かまずいことをしているわけじゃないとは思いたいけどね。 様子からしてわかっていることは、ユリアさんとレンさんの事情を美羽が手伝っているって事ぐらいか。あのお節介め。人には簡単に手を差し伸べるくせに、自分が他人の手を借りるのは嫌いなんだよな。 貴俊「けどなぁ大翔。俺はガンガン関わってくぜ。楽しそうだからな、お前らは」 大翔「……俺もかよ」 貴俊「ん? おいおい、勘違いするなよ。俺の愛をちゃんと受け取ってるか? 俺はお前らって言ったんだぜ。お前が、中心なんだよ」 大翔「いつも思うけど、お前のその考えには賛同しかねるな。今回に関してはどう考えても中心はユリアさんたちだろ」 貴俊「どうかねぇ……お前は才能があるからな。厄介ごとに巻き込まれる、いや、厄介ごとを巻き込む、才能が」 ……滅茶苦茶欲しくないな、その才能。ていうか、厄介ごとを引き連れて歩いているような人間が何をいっとるんだか。 買うものを買ってコンビニを出る。結局、乾電池以外に買ったものはなかった。 貴俊「んじゃ、俺はそろそろ帰るぜー」 大翔「俺もそろそろ帰るか。ていうか、結局お前は何をしてたんだ」 貴俊「ふっ、お前と俺の愛が俺をここに呼び込んだ――冗談だ、冗談だからそんな睨むなって。偶々だよ。ちょっと散歩してただけ。そういうお前はどうなんだ?」 大翔「同じだな。俺も、ちょっと散歩してただけだ」 実際は、ちょっとという時間を大幅に超えていたりするわけだが。 貴俊「へぇ、まさしく運命だな。俺達の愛は世界すらも動かすってことだ」 大翔「……正直、お前のその妄想力と美優の妄想力、どっちが上なのか興味が出てきたよ」 貴俊「俺に興味が出てきたか! じゃあ、ホテル行こうぜホテル! なんなら、その辺の公園だっていいぜ! 俺いいスポット知ってんだ!!」 大翔「さっさと帰るかあるいは土に還れこの変態野郎!!」 足元に転がってた小石をぶん投げる。ひょいとそれをかわすと、貴俊は明らかに近所迷惑な大声で笑いながら走って夜の闇に消えていった。 ……なんて気持ちの悪い奴だろう。 家に帰るまでに30分。それから布団に入るものの、どうにも寝付けなかった。 今日は珍しく弁当なんぞを作ってみた。結局寝付けなかったので、手の込んだ弁当を作ってみた次第だ。 俺と美羽と美優、そしてレンさんとユリアさん。最低でも5人で食べるわけだから、かなりの量になる。さらにそこに貴俊や陽菜が入る可能性も考えると……足りるか、重箱ひとつで? なんか2つくらい用意しといたほうがいいような気になってきたな……。 大翔「……ていうか、作るのはいいんだけど正直持ち運びが面倒なんだよな」 ごめんなさい、無精者で。 そもそも俺って別に働き者じゃないんだよ。美羽がしっかりしてるから、結構ゆるーくやっても家の事回るし。ああでもここ最近、美羽が学校から帰ってくるのが遅かったりして、家の中結構汚れてきたな。レンさんがこまめに整理してくれてるけど、たまに配置変わるんだよな流石に。 大翔「まあ、片付けは帰ってからでいいか。……昨日も一昨日も同じこと考えてた気がするが」 愚痴っても仕方ない。やることやらないと後で困るのは自分だしな。 そんなことを考えていると、上がなにやら騒がしくなってきた。あの足音は、美羽か? 朝から何騒いでんだ? 2階のあちこちの部屋を行き来した後、階段を転げ落ちるような速さで降りてきてリビングの扉を騒々しく開いた。 美羽「あぁっ!? 嘘、遅刻!?」 大翔「朝っぱらからいい度胸だテメェそこに直れ」 人の顔を見るなりいきなりの失礼発言。お兄ちゃん怒ってもいいかな? だが、美羽は美羽で朝っぱらから血圧の高そうな顔をしている。何をそんなに興奮してるんだ。 美羽「あれ、時間いつもどおりだ……え? 兄貴、ちょっと、何やってんのよこんな時間に起きるなんて…………」 大翔「だから、そういう怖ろしいものを見るような目をしてんじゃねぇ! ガタガタ震えるな!」 美羽「だって、兄貴がこんな時間に起きてるなんておかしいじゃない! どう考えてもへんだよ!? ねえ、何かへんなことでもあったの?」 美羽が本気で心配してくれてるのがわかる。人に心配されることがここまで腹立つのは初めての経験だった。 続いて、とたとたとた……ひょこ、と顔を出したのは、美優。 美優「……お姉ちゃん……どうした……のっ!? あ、あれ? ワタシ、遅刻しちゃった……?」 大翔「さすが姉妹似たような反応をありがとうなちくしょうめっ!!」 弁当ひっくり返していいかなぁっ!? ユリア「みなさん、どうしたんです……か…………ひ、ヒロトさん……?」 レン「姫様、そんなところで固まっていったい何が……ヒロト殿!?」 大翔「あんたらもかっ? なんかそれだけで俺に対する認識がわかろうってもんだぞ、おい!?」 最近確かによく朝寝坊してたけどさぁっ! 美羽とか美優は知ってるだろ、俺が本来そんなに寝坊しないの! 妙に寝起きが悪いの、ここ1ヶ月くらいじゃねぇかよぉ……。って、今日は単に寝てないだけだから別に早起きってワケでもないか。 大翔「あのなぁ……人が朝から台所に立ってるのがそんなに変か……」 美羽「変って言うか……何してんの、兄貴?」 美羽はいまだに困惑している様子だ。 大翔「弁当作ってたんですー。つか、そんな扱いするんならもう弁当作るのやめるぞ」 美優「お、お兄ちゃんのお弁当……? た、食べるよ、ワタシ食べる!」 美羽「兄貴が弁当作ったの? 珍しいなぁ、それにしても、何でいきなり?」 大翔「作りたくなったから作ってるだけだよ。別にいいだろ、理由なんか」 まさか、夜眠れないから、とか言うわけにもいかないし。 ユリア「それにしても、これだけの量を作るのは大変だったんじゃないですか? かなりの量ですよ、これ」 大翔「や、時間だけはあったから、へーきへーき」 ユリア「……………………」 ユリアさんは、真剣な表情で俺の目を覗き込む。 ユリア「ヒロトさん、ちょっと、いいですか?」 大翔「へ? って、と、ち、ちょっと?」 返事をする前に手をつかまれて引っ張られる。見送る三人の視線を背中に受けながら、俺はユリアさんの部屋に連行された。 ユリア「えっと、少し聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」 大翔「ああ、うん、大丈夫だけど……」 とか言いながら地味に緊張してる自分を意識する。……考えたら、ユリアさんの部屋に入るの初めてだ。じろじろ見たら悪いだろうなーとか思いながら、ついつい視線が室内に向いてしまう。 ユリア「……ヒロトさん」 大翔「うわぃっ!!」 しまった油断した! お、おこられる!? ん? なんか、ユリアさんの様子が少しおかしい? ユリア「その……私たちが来てから、体の調子がおかしかったりすることとか、ありませんか?」 大翔「ないよ」 気づいた時には勝手に口がしゃべっていた。嘘をつこう、なんて考える暇もなかった。思わずという言葉すら、この場合には当てはまらないかもしれない。 あまりの反応の速さにユリアさんが少し驚いた顔をしている。ていうか、言った俺がそもそも驚いていた。 ……ここで会話を途切れさせるのは、よくないか。 大翔「どうしてそう思うの?」 ユリア「あ……その、以前、レンが夜中にヒロトさんと公園で訓練したという話を聞いたんです。……それで、実は昨晩と4日前、夜中に目が覚めたときにヒロトさんが出かけるのが見えたので、もしかしたら眠れないのかな、と思ったんです」 ん? 見られてたんだ。 ていうか、それは単に寝付けないだけで体調不良といえないような……ああ、不眠症か? 大翔「んー、それは単に寝付けなかっただけなんだけど。別に体調が特に悪いとか、そういうのはないよ」 ユリア「っ。じ、じゃあ、妙に胸騒ぎがしたり、感覚が敏感だったりとかいうことはないですか?」 少し考える。簡単にNOということもできるけど、ユリアさんの真剣な様子を見て、それをすることはできない。 大翔「多分、ないと思うよ。……何か、気になることでも?」 ユリア「その……ほら、私たちの魔法って独特じゃないですかっ。そ、それで、そのせいでもし、ヒロトさんに何かの影響が、出てるかもしれませんし……」 ユリアさんは必死に言葉を選んでいる様子だった。 何を、そんなに心配しているんだろうか。そもそも、他人の魔法のせいで体調不良を起こすなんて、聞いたことがない。いくら独特の魔法を持っているからってそんなことが起こるんだろうか? 大翔「大丈夫だよ。別に夜に眠れなくなるのは、初めての事じゃないから。ま、ユリアさん達が来てちょっと緊張してるんだと思うよ」 ユリア「あう……やっぱり、迷惑ですか?」 大翔「ぜんぜんそんな事ないよ。っつーか、むしろ来てくれて楽しくなったくらいだから」 ユリア「そうですか。それは、その、なんていうか……ありがとう、ございます」 はにかむユリアさんを見て、一瞬心臓が大きく跳ねたような気がした。だから、そういう、無防備な顔は、やめてってば……。 ユリア「えへへへへ……」 大翔「あはははは……」 2人顔を見合わせて笑いあう。明らかな愛想笑いは、基本的に長続きしない。 ユリア「……………………」 大翔「……………………」 妙に居心地の悪い沈黙が流れる。お互いにどこか視線を合わせるのをためらいながら、相手の様子を伺っている気配がする。 ……こういう場合、どういう風に動くのが正解ですかっ!? なんだこう、この、妙な空気は……ユリアさんは、どんな様子――っ! 目があった。こっちをチラ見していたユリアさんが目を見開いて、同じタイミングで顔をそらす。耳まで赤くなっていくのがわかる。多分、ユリアさんも同じだろう。 ど、どうしたらいいんだぁっ!? そのとき、救いの手が差し伸べられた。こんこん、と扉がノックされる。 レン『お二人とも、そろそろ、時間が押してきましたが……』 ユリア「にゃぁっ! れ、レン!! わ、わわわ、わかったから! すぐ行くから……きゃっ!?」 大翔「うぉわっ!?」 突然のレンさんの登場にフリーズ解除されたユリアさんは、焦って立ち上がろうとしてしまってバランスを崩してしまった。俺もレンさんの声に注意が向いていたせいで、反応するのが遅れてしまった。結果、 ユリア「……………………………………」 大翔「……………………………………」 倒れこんできたユリアさんを、俺が抱きとめるカタチになっていた。 ユリアさんの体は柔らかくて、暖かくて、髪からほのかにいい香りが漂っている。すっぽりと腕の中に体をおさめて、しなだれるようになったユリアさんと目が合う。 先ほどから赤かった肌は、もはや気の毒なくらいに真っ赤に染まり、吐息も微かに荒い。密着した胸のやわらかさと、その奥の心臓の鼓動が俺の理性をかき乱していた。 ユリア「……………………………………」 大翔「……………………………………」 突然の事態に完全に動きを止めた俺達は、 レン「姫様?」 がちゃり、とドアを開けると同時にレンさんがはいてくると同時に、部屋の端と端にまで飛びのいていた。 大翔「ぐあっ!?」 飛びのきすぎて壁に頭をぶつけた。ユリアさんは、飛びのく途中でひっくり返っていた。 レン「……お二人とも、何をなさっているので?」 大翔「いや、これは、その…………あ、あははははっ! そ、それじゃあ俺、弁当の仕上げしてくるんで!!」 ユリア「あ、はい! お昼、楽しみにしていますねっ!!」 レン「????????」 明らかに挙動不審な俺達に、レンさんは疑問不を浮かべていた。が、俺は一刻も早くこの場を離れないといけない。じゃないと、なんか気分がおかしいっていうか、なんだよさっきまでのピンクな俺はあぁぁぁぁ!!! その後、洗面所で頭から冷水をぶっ掛けても、なかなか顔の火照りは取れてくれなかった。 うう……ユリアさんと顔があわせ辛い…………。 昼休み。 4段の重箱という高校生にあるまじき巨大弁当を持参した俺は、周囲の視線を集める午前を終え、屋上に弁当を広げていた。 美羽はなにやら忙しいということで、少しおかずを食べただけでさっさと行ってしまった。ユリアさんたちと何か話していたが、その内容までは聞こえなかった。 そんなわけで、今ここにいるのは俺、美優、ユリアさん、レンさん、貴俊、陽菜に加え、なぜか沙良先生が加わっていた。ちなみに、沙良先生は弁当持参。いや、何でいるんすか、先生? 沙良「いや、噂の結城兄の激ウマランチが食えるいう話やったからな。顔出して見たんや。それにしても、ホンマにうまいなあ、アンタの飯」 大翔「誰ですか、そんなわけのわからん情報を垂れ流してる人は……」 沙良「乃愛やけど?」 大翔「あの人は…………」 ちなみに、乃愛先生には以前の反省を生かして小さい弁当箱に別につめて持ってきた。まあ、アレだけ喜んでもらえたらこっちも嬉しいが……。 沙良「なんや、職員朝礼でいきなり自慢するもんやけん、どんだけのもんかちと気になってな」 大翔「あの人はっ……!」 何つーことをしてくれてるんすか……。 美優「でも、お兄ちゃんの料理、おいしいから……」 大翔「ほめてくれるのは嬉しいが、あまり理由になってないぞ、それ……」 貴俊「だが実際、お前の料理がうまいのは事実だ。うん、これで俺の将来の食事の心配はないわけだな」 大翔「そういうわけのわからん話をするのならさっさとここから飛び落ちろ」 貴俊はばくばくと勢い良く弁当を平らげていく。特に唐揚げが気に入ったらしい。ていうか、もっと野菜を食え、お前は。 レン「しかし、この弁当には工夫がこもっているな。どれも長時間の保存と味の変化を考慮したものになっている」 レンさんは相変わらず、俺の料理の分析に余念がない。お互い、妙なライバル意識が生まれている気がする。 陽菜「ううう……お弁当の味付けはこっちはこっちで凄いおいしい……! うだー! 陽菜の勝てる要素がいったいどこにっ!?」 陽菜は相変わらず良くわからないことを吼えていた。食事中に大口を開けないの。 そして、ユリアさんは…… ユリア「…………(チラッ)」 大翔「……………………」 ユリア「(もぐもぐもぐもぐ)…………(チラッ)」 あまり会話に参加せず黙々と食べ続けている。ただ、時々伺うようにこちらをちらちら見ているけど。 ていうか。あの。 すんごい、気まずいの。どうしよ、この状況。 陽菜「あのー、ヒロ君? なーんかユリアちゃんの様子がおかしくないっかな? なんかあったの?」 大翔「え? いや、何も……いや、あったかもだけど。いやしかしそれはだな」 陽菜「あ、わかっちゃたよ! アレでしょ、ヒロ君がユリアちゃんを怒らせちゃったんでしょ? もー、ダメだよヒロ君」 こら。なんでそんな結論にいきなり至るのか。 ていうか、周りの連中もなんかそれに同意するような視線を向けるんじゃありません。 陽菜「仕方ないなぁヒロ君は! ここはこの陽菜ちゃんが、ふたりの仲直りのお手伝いをしちゃってあげるんだから!! おーい、ユリアちゃーん」 大翔「おーい、陽菜さーん。そろそろその勘違いをやめちゃってくれませんかー?」 けど陽菜は聞かないやめないとまらない。 陽菜の言葉に、ユリアさんは顔を上げる。陽菜は何もいわずにユリアさんの手を引いて、俺の目の前に引っ張ってきたっておいおいおいおい。 陽菜「ほら、ユリアちゃん、座って座って」 ユリア「え、あの、でもその私は……」 陽菜「もう、だめだよ、喧嘩しちゃあ。ふたりとも仲良くしないとねっ!」 そういって、陽菜はギャラリーに戻る。 ねえ、何その投げっぱなし解決策。あとは俺達でどうにかしろって、なんかそれ凄い無責任すぎやしませんか? 俺とユリアさんは困って顔を見合わせる。そもそも、喧嘩なんかしてないんだけどなぁ……ユリアさんも同じ考えなのか、苦笑を浮かべていた。 ああでも、コレでようやくまともに顔を合わせられたんだし、そこのところは陽菜に感謝しよう。 ユリア「ええと……今から、何をすればいいんでしょうか?」 大翔「まあとりあえず、仲がいいことを証明すればいいんじゃないですか?」 普通に会話するとか、どうやって証明すればいいのかいまいちわからないけど。さて、どうやって陽菜たちを納得させるべきか……ん? なにやら、ユリアさんが真剣な表情で考え込んでいる。と、おもむろに卵焼きを取り、箸をこちらに差し出してきた。左手は添えるように差し出され、ユリアさんは期待に満ちたまなざしで俺を見ている。 まあ、なんつーか。 いわゆる『あーん』のポーズだった。 …………あの。 大翔「ユリアさん? あの、なんでしょう、コレは……」 ユリア「昨日、テレビでやっていたんです。仲のよい男女は、このようにして相手に食事を食べさせ合うのだといっていました」 違っ! それ、仲いいの意味が違っ!? 横を見てみるとそれぞれがそれぞれの表情を浮かべていた。 美優は夢見る乙女のような、きらきらした顔で。 貴俊は愉快な見世物を見るような、にやけた顔で。 レンさんは珍しいものを見るような、驚いた顔で。 陽菜は衝撃に身を打ち震わせて、愕然とした顔で。 沙良先生はいかにも『若いってええなぁ』な顔で。 要するに、割と他人事っぽい扱いで。 ユリア「さ、ヒロトさん」 大翔「いや」 ユリア「ささ、ヒロトさん」 大翔「あのですね」 ユリア「さささ、ヒロトさん」 大翔「ユリアさん?」 ぜんぜん聞いちゃいない。多分、テレビでやってたことをそのままやるのが楽しいんだろう……うう、なんだ、この針の筵。ていうか、屋上にいるのは俺達だけじゃないんだ。他のグループからも凄い視線が集まってるんだけど……! 仕方なしに、ユリアさんの差し出してくれた卵焼きにぱくりとかぶりついた。ユリアさんは実に楽しそう。何で俺1人、こんな恥ずかしがってなきゃいけないんだ……。 陽菜「うわあぁぁぁっ! し、しまったぁぁぁっ!!」 ようやく陽菜が動き出した。頭を抱えてのけぞる。悪かったな、俺があーんしてもらうのがそんなに衝撃的な光景で。 ユリアさんはやたらと満足そうな顔で―― ユリア「あー」 大翔「…………」 どうやら、ここからが本当の地獄らしい。 結局、その後は俺とユリアさんによるあーん合戦を鑑賞しながら飯を食う会になっていた。 飯を食い終わっても、美優は妄想をひたすらに広げていていまだに帰ってこないし貴俊は腹を抱えて笑い転げていた。沙良先生は大福に座って爪楊枝を咥え、陽菜は叫びすぎて息切れしていた。 状況だけ見たらひるご飯の後とは思えないだろうな。 大翔「はぁ……ユリアさん、楽しそうですね……」 ユリア「はい! 実は、てれびで『あーん』を見たときから、やってみたかったんです」 大翔「いや、まあいいけどね……満足した?」 ユリア「はいっ!」 元気に答えるユリアさんに苦笑して、美優にするようになんとなくその頭を軽くなでる。ユリアさんは気持ちよさそうに目を細めた。 と、そのとき、 ?「まてぇぇぇぇい!!!!」 屋上全体に響き渡るほどの大音声。 なんだ、今の声は? 声のしたほうを振り返ると、そいつは屋上の入り口の上のさらに上、貯水タンクの上に立っていた。 青い長髪を風になびかせ、口に真っ赤なバラを咥えたそいつは、青空を背景にこれでもかといわんばかりに――へんなポーズをとっていた。 突然の驚きに支配された屋上。だが、その姿を見たものはひとり、またひとりと、 「ぶっ」「ぷ、くくく……」「くすくす」 笑いに沈んでいく。 なんという破壊力……出オチでアレだけの笑いを取るなんて、あいつはもしや次世代を担う芸人か!? 変人「おい、そこの貴様!」 変人が、へんなポーズのまま口を開く。顔が真面目なだけに余計に面白さが増してしまっている。 変人「こら、何を笑っている!? お前だといっているのだ、そこの庶民!!」 先ほどから変人は何者かに対して呼びかけている。誰だろう? 俺にはさっぱりわからない。 変人「ええい、きょろきょろと周りを見回している貴様だ! 庶民、それはわざとではなかろうな!?」 ……いや、気づいてたよ? だってあいつ、最初からずっと俺のほうをじぃっと見てるし……。いやだなぁ……関わりあいたくないなぁ……。 俺が反応するのを渋っていると、美優がくいくいと袖を引いてきた。 大翔「ん、どした?」 美優「お兄ちゃん……あの人、なんか怖い……」 大翔「……まあ、確かに、アレだけ敵意満々で見られたらなぁ。けど、あいつが見てるのは俺だから、美優は少しはなれてな」 そう微笑みかけると、 美優「……………………」 ぎゅ。袖をにぎる力に力がこもる。逃げない、と目が言っていた。 どうやら、逆効果だったらしい。苦笑を浮かべて、変人を見る。……とりあえず、今後美優に何かないように始末をつけないといけなくなったな。 変人「ふ……どうやらようやく自分の事だと理解したようだな庶民」 大翔「っつーかさっきから庶民庶民うるさいぞ。お前に名乗る名前はないけど庶民はやめろ」 変人「ふん、ボクも君の名前なんか知りたくもないがね! だが、庶民ごときにお前と呼ばれるのを無視するわけにもいかない。仕方がないから、特別にボクの名前を教えてやろう。心して聞くがいい! このボクこそが次期サフィール家当主――」 貴俊「なあ、あいつ結構いい面してるんだが、あいつは俺の愛を受け止めてくれると思うか?」 大翔「はなから相手を馬鹿にしてかかるような奴だし、難しいんじゃないか? まあ、お前が俺への愛とやらをささやくのをやめてくれるんなら全力でそっちに愛を傾けて欲しいが」 貴俊「じゃあいいや。あいついらね」 大翔「いや、そもそもお前のもんじゃないだろ、あれは……」 生徒A「ねえ、あのポーズって何かの流行なの?」 生徒B「えー、あんなダッサいポーズが? ちょおセンス悪くない?」 生徒C「こんな感じか、あのポーズ? あ、もうちょっと右手を上げる感じか?」 生徒D「なあ、次の授業の課題終わってないんだけど、教えてくれない?」 ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ、ざわざわ 誰一人として変人の言葉を真面目に聞いちゃいなかった。ここまで無視されるとさすがに哀れに見えてくる。 変人「え、ええい! こらお前達、このボクの名前を知りたいとは思わないのか!? くそっ、これだから庶民は……!!」 だむだむとタンクを踏みつける変人。美形がああやって慌てふためくのはギャップがあってなかなかコミカルだった。 美優「お兄ちゃん……あの人、なんか可哀そう……」 大翔「優しいなぁ美優。けど、アレはほっとこう。なんか関わっちゃいけない空気が駄々漏れだ」 美優「う……うん…………」 とりあえず今のうちに逃げようと、ユリアさんとレンさんに声をかけようとする。が、2人は揃ってぽかーんと変人を見ていた。 どうしたんだ? ユリア「エーデルさん!?」 レン「サフィール殿!?」 2人の声が重なるが、口に出した言葉は違うものだった。つまり……さっき次期当主だとかなんとか言ってたから、エーデルが名前で、サフィールが苗字、か? エーデル「ふっ、お久しゅうございます。姫、ミス・ノア」 ユリア「なぜ、あなたがこちらにいるのですか!? サフィール家嫡男ともあろう、あなたが!」 エーデル「それを仰るのであれば、王族であるあなたがここにいることがまず問題となりましょう」 エーデルとかいう男の言葉に、ユリアさんが言葉を詰まらせる。なんだ、この状況は? 様子からして、どうやらこの3人は知り合いらしい。同じ国の出身だろうか? エーデル「ボクがここへ来たの理由はただひとつ……あなたに、愛をささやくためですっ」 エーデルは懐からバラの花束を取り出し、空中へ振りまいた。その姿を見た屋上にいた生徒の心がひとつになる。 一同『やばい…………こいつ、バカだ!!』 ひらひらと舞い落ちるバラの花を思い思いに避ける生徒達。俺もなるべく触れたくないのだが、何しろ野郎の目標であるユリアさんのすぐそばにいるため、振ってくる量も他の場所とは段違いにおおい。とりあえず、美優があんなのに触れないように保護する。 美優「お兄ちゃん……あの人、今まで見た中で一番、痛々しいよ…………!?」 大翔「とりあえず、そういうことは思っても口に出さないように」 こくんとうなずく美優の頭をなでる。なんかこいつ、たまに無意識的に強烈な毒吐くよな……。 ユリア「愛ですか。愛はいいものですね、父もよく言っています。でも、ささやいていては周りの方に聞こえませんよ?」 レン「……姫様、おそらくサフィール殿はもう少し別の意味で愛をささやくと言っておられるのだと思われますが」 ……なんか、この3人の関係が一気に見えてきた気がする。つまりあれか、あの見るからにお坊ちゃまな奴はユリアさんが好きで、ユリアさんはそれに気づかなくて、レンさんはそれを見ている、と。 とことん報われないな、あのエーデルって奴は。 大翔「えーっと、結局あいつはなんなんだ、ユリアさん?」 ユリア「彼は私の国の最有力貴族、サフィール家の次期当主のエーデルさんです。愉快な方なんですよ」 大翔「はぁ……で、なんでそいつがいきなりここへ?」 レン「サフィール殿は姫様の行く先にはどこにでもついて来られるからな。だが、まさかここまでついてくるとは予想外だったが……それにしても、どうやってこちらへ……」 ぶつぶつと呟くレンさん。どうやっても何も、飛行機でも使えば簡単にこられると思うんだが。それとも、何か別に理由があるんだろうか? エーデル「おいこら! そこの庶民! ボクの姫になれなれしく話しかけるんじゃない!!」 貴俊「おいこら! そこの変態! 俺のスウィートに乱暴な口きいてんじゃねぇぞ!!」 大翔「貴俊お前は状況をさらに混乱させるだけだから何もしゃべるな」 もはやどうやってこの状況をまとめたらいいのかが思いつかない。とりあえず、ユリアさんに頼むしかないか。 大翔「ユリアさん、ちょっといいですか……」 ユリア「はい、なんですか?」 ユリアさんの手を引く。とりあえず、いったん落ち着ける場所を探して話し合ったほうがよさそうだ。何を話し合うのかも良くわからないけど、このまま放置するよりはましだろう。 そう、思ったのだが。 エーデル「だ、か、ら…………! ボクの姫になれなれしくするなといっているのだ、庶民!!」 大翔「!?」 美優「え?」 ぞわり、と全身に悪寒が走る。振り返ると、エーデルはへんなポーズのまま全身に淡い光をまとっていた。 エーデル「1度痛い目を見なければわからないらしいな……庶民! 我が意に従い牙をむけ、大いなる水の力を知らしめよ!!」 その言葉が終わると同時、貯水タンクが震えたかと思うと、弾け飛んだ。だが、水は弾けることなく、渦巻き、荒れ狂い、蛇を形作る。エーデルはその水蛇の頭に飛び乗る。 ユリア「エーデルさん!?」 エーデル「さあ、庶民! ボクの力の前にひれ伏すがいい!! みっともなく命乞いをすれば、この場は見逃してやろう!」 己の力を誇示し、エーデルが高らかに宣言する。強大な魔法を駆使し、己の力として傲慢なほどに他者を見下す。 ――むかついた。 大翔「おい、アホ王子」 美優「おにい……ひっ」 美優がおびえてるのがわかる。けど、フォローは後回しだ。今は、あいつがむかついて仕方がない。 大翔「てめえ、周りよく見ろよ。どれだけの人間がいると思ってんだ? こんなところでそんな大掛かりな魔法使って、誰か怪我したらどうすんだ」 エーデル「ふん……そのような瑣末事に関わっていられるほど、僕は暇人ではない」 大翔「……よくわかった。とりあえず、お前はむかつく。ぶっ飛ばすから覚悟しろよ」 エーデル「庶民が……このボクに楯突いたこと、痛みの中で後悔するがいい!!」 水蛇が体を大きくしならせ、牙をむいて突進してくる。その速度はすさまじく、一瞬でこちらまで到達するだろう。あの巨体と勢いに正面からぶつかり合えば、こっちの身は持たないだろう。なら、狙うのは蛇の頭に立つ、奴だけだ。ギリギリまでひきつければ、相打ち覚悟でどうにか一撃を―― 美優「――お兄ちゃん」 大翔「――――――」 あー。だめだ。それダメ。相打ちとかね、俺のキャラじゃねーわ。熱くなりすぎ。頭冷やせ、俺。 こんな奴相手にするために、家族泣かせたら馬鹿みてーじゃん。 大翔「美優、貴俊。悪いけど頼んでいいか。情けないけど、俺じゃ魔法がうまく出るかどうかわかんねー」 美優「うん――平気」 貴俊「当然! 俺があいつをぶん殴ってやりたかったからな!」 袖をにぎっていた美優の手をぎゅっとにぎりかえす。貴俊は獰猛な表情で、俺の横に並んで立った。 エーデル「庶民が揃って……このボクを止められるかな!?」 沙良「もうええて。あんた退場や」 蛇の口がひときわ大きく開かれた瞬間、暢気な声の持ち主が軽い動作と共に俺達の前に立つ。そして、その小さな人影を飲み込む寸前、水蛇の動きが止まった。 エーデル「な……? い、いったい何をした!?」 沙良「何でもええやろ。ていうかな、アンタ。いくらなんでも、この学校でウチの世話になる人間をほいほい量産しようとか考えんなや。はっきり言って迷惑やで。そういうオイタは、ウチの『流理』に負けん位の力をつけてからやるべきやな」 沙良先生はいつもの調子で、くるくると余った白衣の袖を回す。すると、しゅるしゅると水蛇が形を崩し、貯水タンクのあった場所に渦を巻いた。 エーデル「なぁっ!?」 沙良「そんで、アンタにはお仕置きが必要やな……ウチの庭で勝手なことしたら、ただじゃおかんで。なあ、ましゅまろ」 言葉と共に、沙良先生の白衣の下からあの大福のぬいぐるみが現れた。ぽんぽんと跳ねるそいつは、 エーデル「ぶごふっ!?」 沙良「ああ、それからな……ウチの学園は関係者以外立ち入り禁止や。てかな――ウチの生徒に手ェ出してんじゃねえよ、カスが」 全力でエーデルの顔面に突っ込んだ。さらに追い討ちで、 沙良「ちぃぇすとぉぉっ!!」 エーデル「ごふぁっ!?」 沙良先生の後ろ回し蹴りが華麗に炸裂した。先生……アンタさっき、自分の世話になる人間をだすなって言ってませんでしたっけ? みんなの視線を受けながら、沙良先生はエーデルを大福に乗せ、そのまま屋上を出て行こうとする。 沙良「ああ、せや。水はウチの力でしばらくこのままにしとくけど、こんなかに修復系か復元系の能力の子はおるか?」 沙良先生の言葉に、数人の生徒が手を上げる。 沙良「ああ、せやったらアンタらちょっとタンク直したってな。ウチはこいつを学長のタヌキんとこにもってかないかんさかい。ほな、後よろしゅう頼むわ」 そういって、沙良先生は屋上を去っていった。一連の出来事に呆然としていた俺達は、やがて屋上の片付けに取り掛かる。といっても、タンクの破片を拾ったりするだけだが。 それにしても…… 大翔「美優、魔法の発動随分早くなったな」 美優「練習、してるから……」 俺はいつの間にかそこに存在していた姿見サイズの鏡を指でピンと弾く。鏡は震え、さらさらと光になって消えていく。 美優は学園に入ってから確実に魔法の力を高めている。それは、あの努力家の美羽にもいえることだろう。それに比べ…… 大翔「あー、なんか情けねーな、俺……さすがにちょっと凹みそうだ。魔法が使えねーのもそうだけど、熱くなって美優の事頭になくなったりとか」 あのまま相打ち覚悟でやっていたら、もしかしたら美優も巻き込んでいたかもしれない。最初に冷静になろうって思ったくせに、ちょっと気に食わないことを言われたからって熱くなったのは、なんていうか、情けない。 美優「でもあの人、酷い事言ったから……お兄ちゃんは、悪くないよ」 大翔「ありがとな、美優。けどやっぱ、俺がもっとしっかりしてりゃなって思うよ、俺は」 貴俊「なーに、俺とお前の愛があればどんな困難も打ち砕く! それが、愛の力って奴だぜ」 大翔「お前はいいから……。ユリアさん? どうかしたの?」 ユリアさんは、沙良先生が出て行った扉をじっと見ていた。 ユリア「いえ……多分、平気です」 レン「姫様…………」 ユリアさんとレンさんは深刻な表情で空を見上げた。俺もつられて空を見上げる。 空は、気持ちいいくらいに突き抜けるくらいに、ただ、青く深く広がっていた。 これが、俺とエーデル・サフィールとの出会いだった。 お互いの最初の印象は、最悪。互いに互いを嫌いあう、そんな間柄となった。 そんな奴が、俺の運命を大きく変えるきっかけになると、このときの俺はまだ知らなかった。 ああちなみにまったくの余談になるが。 美羽「兄貴! なんか屋上でやたらとラブラブ空間を展開していた馬鹿の目撃証言があったんだけど、何か言い残すことは!?」 大翔「ちょ、お前いきなりジ・エンド確定ってなんだそりゃ!? せめて事情の説明くらい」 美羽「うるさい黙れ、この馬鹿兄貴!!」 大翔「おいこらやめろいくら俺でもそんなもので殴られたら脳味噌がいい具合に愉快なことになるって……ぐああぁぁぁっ!?」 そろそろ、このパターンやめねえか、美羽。

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