6/
「……そういうわけなので、まぁ、お暇でしたらどうぞ」
「父様と母様も来るのかしら」
「招待状は送りましたよ」
「ふぅん」
「……義兄上とリヴァにも、送りました」
「そう」
「ま、来るかどうかわかりませんけど」
「来ないでしょうね」
「……そうなんですか? まぁ、遠いですしね。そのうち挨拶に……行きたくないけどリヴァには会いたいので行きますよ」
「そう」
「……よかったら、ですけど」
「何」
「……来て、欲しいです。姉上には」
「……まぁ、時間があれば、ね」


4/
「アーニー君アーニー君。今度バイクの後ろに乗せてくれない?」
「トップスピードで突き落としてもいいんですね」
「警告してくれるだけ優しくなったね?」

「まだ僕の事が世界で一番嫌いかな?」
「……嫌いですね」
「おや、間があったね」
「まぁ、その程度です」


2/5
――――
僕のファーレンディアへ
 寒中お見舞い申し上げます。
 寒い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
 贈り物をありがとう。リヴァはとても喜んでいました。僕としては、まだあまり彼に魔法を使わせたくない部分もあるのですが、大空に羽ばたく鳥を籠に閉じ込めるのも愚かでしょう。
 僕に出来る事と言えば、彼の健やかな成長を見守る事ぐらいです。日々行動範囲を広げる彼を見ていると、出来る事など殆どないのだと思い知らされます。
 けれど、そんな自分の無力感が、どうしようもなく嬉しくもあるのです。
 無論、君はそこにいる限り、それを良しとしないでしょう。君もまた大空に羽ばたく鳥なのだから、いつか別の形で彼を導くこともあるだろうと、そう思って楽しみにしています。
 こうしてペンを取っていると、君への愛の言葉が浮かんで尽きないけれど、言葉にしなくても君は全て知っているはずだから、敢えてここには記しません。
 君への尽きせぬ愛情と、遠く離れた君の想い、二人分の愛情を注いで、リヴァの成長を見守っています。どうかご心配なさらず。
 それでは、また。
 愛を込めてxxxx
 貴女のリード・シルフェルより

 追伸
 以前君の使っていた日記帳が出てきたので送ります。懐かしいね。
――――

7/10
「……今年は会わなかったんですね」
「! なんで知って……あぁ。あなたが会ったのね」
「もしかしたら会わないで済むかもしれないと思ったんですけどね……」
「期待を裏切ることにかけては敵うもののない男だもの」
「姉上は期待してたんですか?」
「……別に」
「ま、僕も別にそれはどうでもいいです……。あ、これお土産です。杏のシロップ漬けと、黒スグリのジャム。それと、両親からも誕生日プレゼントが……」
「ふぅん……。それで、どうしたの?」
「別に……。報告しておこうってだけで」
「まぁ、アーニーだものね」
「えぇ、僕ですからね」

7/7
――――
僕のファーレンディアへ
 暑中お見舞い申し上げます。
 暑さも盛りになってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
 こちらは皆元気にやっております。リヴァもすくすく大きくなって、こちらが肝を冷やすような場面も多くなりました。
 彼の魔法の才には実に驚かされます。今はまだぬいぐるみを動かす程度ですが、じきに君のような偉大な魔術師になるのかもしれません。
 至らない父親ではありますが、リヴァが独り立ちできる歳になるまでは、力の限りを尽くして彼を守っていくつもりです。ご心配なさらず。
 書きたいことは尽きませんが、また次の機会に。
 どんな時も君の無事と活躍を信じています。
 愛を込めてxxxx
    君のリード・シルフェルより

 追伸
 誕生日おめでとう。贈り物を同封します。
 いずれまた会いに行きます。
 追々伸
 リヴァの描いた絵を同封します。「おかあさん」の絵だそうです。
 追々々伸
 今度来る時、ペガサス借りてきてくれるとリヴァが喜ぶってアーニー君に言っておいて。
――――

7/6
母「それにしても……ねえ?」
アーニティ「……仰りたいことはよくわかりますが」
父「それにしても……なあ?」
母「まあ、レンデの時もこんな感じだったわねえ」
アーニティ「あらゆる意味で一緒にしないで下さい」
母「とりあえず、どうするつもり?」
アーニティ「どうするって……とりあえず、報告だけはしておこうって」
母「ふーん……まあ、アーニーだものね」
アーニティ「僕ですからね」
父「アーニーだからな」


11/15
「あ、姉上。これ、お土産です」
「……これは」
「母上の手作り、木苺のジャム。好きでしょう?」
「……土産と言ったわね?」
「えぇ。ちょっと顔出してきました」
「……よくもまぁ。あなたも飛び出して来た身でしょうに」
「平手打たれたくらいで済みましたよ。あと、父上にチェスでボコボコにされましたけど」
「……ふぅん」
「……聞かないんですか?」
「変わりなかったのでしょう?」
「リヴァ、随分大きくなってましたよ。喋るようになったし」
「当たり前でしょう。子供は育つものよ」
「……ま、そうなんですけどね」
「…………」人形の頭を撫でる
「……父上も母上も、心配してましたよ」
「当たり前でしょう。親は子供の心配をするものよ」
「……ま、そうですね」
「それだけ? ……忙しいのよ、私は。あなたと違って」
「あ、もう一つ……えぇと」
「何?」
「…………すみません、ちょっと整理できてないので、落ち付いてから言いますが」
「何が言いたいのよ」
「……とりあえず、ちょっと確認しておきたくて。リヴァのことですけど、人には内緒なんですよね」
「そうよ」
「ティルスではともかく。ここで、そうする必要があるんですか?」
「……私は、天才術師。"黄昏の明星"ファーレンディアよ」
「姉上は……うん、そうですよね」
「えぇ。今更何を言っているの?」
「いえ、まぁ、なんというか。うっかり口が滑ったらすみません」
「すみませんで済むわけがないでしょう!」扇でべしん
「だって僕がどれだけ義兄上に嫌味言われてると思うんですか! 愚痴りたくもなりますよ!」
「あれは嫌味ではないわ。玩具にしているだけよ」
「より悪いじゃないですか!」
「……つまり、愚痴を言う許可を求めに来たの? あなたは」
「……いえ、そういうわけでもないんですけど」
「とりあえず却下。いいわね」
「まぁ……わかりました」
「……本当に必要なら」
「え?」
「私が、言うわ」
「…………」
「私が、それでも構わないと思ったら、ね」
「……わかりました」
「言うべきことの整理がついてから、また来なさい?」
「……そうします」


10/
「……純白を純白のまま保つには、どうすればいいんでしょうね」
「簡単よ。汚れた上からまた白を塗り重ねればいい」
「…………」
「そうでもしなければ、不可能ということよ。零れた水は元には戻せない。奇跡でも起こさない限りはね」
「姉上は……零れた水を掬うんですか?」
「私は先に進むだけよ。そうでなければ奇跡など起こせはしないのだから。
あなたは、難しい事は忘れて、今日の夕飯の事でも考えていなさい。
答えの出ない答えを探すのは、私の仕事よ」
「……答えが欲しいのは、僕だって同じです」
「そう。それなら、まぁ、頑張りなさい?」


9/
「あぁ、アーニー。林檎のタルトを作ったのだけれど、食べるわね?」
「……は?」
「何、その反応は」
「いえ……姉上が料理とか……それもお菓子とか……」
「貴方よりは出来るわよ」
「知ってますけど。どういう心境の変化ですか?」
「別に。作りたくなっただけだけれど?」
「……まぁ、折角だから、頂いておきますが」
「あぁ、そうそう。お友達にお裾分けしてもいいけれど、私が作ったとは言わないように」
「…………」




「姉上、僕の事好きですか?」
「は?」
「いえ、聞いてみただけです」
「答える必要はあって?」
「いえ、想像はつきます」
「まぁ……一応、世界で四番目か五番目くらいかしら」
「……想像以上の答、ありがとうございます」


5/19
「姉上、"黄昏の明星"だか何だかなんでしたっけ?」
「そうよ。昼と夜の狭間に立ち、一際輝く星……まさに私でしょう?」
「まぁ何か、空気読まない感じがそんな風ですよね」
「ふん。あなたも早く二つ名で呼ばれる程度になりなさいな」
「なりましたよ」
「ふぅん。それは結構なことね。何と?」
「"七転八倒"」
「……姉弟の縁を切りたいわ」
「奇遇ですね。僕も切りたいです」
「少しは身内の恥を考えなさい!」
「そのお言葉はそっくりそのまま姉上にお返しします」
「あぁっ、もうっ……! どこかの誰かが大笑いするのが目に浮かぶ……!」
「いいじゃないですか、笑われるくらい。もう慣れてますよ」
「私が慣れないのよ! 許せないのよ!」
「そういう相手を好きになったのが姉上の運の尽きですね。ついでに僕の運も尽きましたけど」
「……とにかくっ! これから死ぬ気で頑張りなさい! そんな失笑しか買わない渾名は早く払拭なさい!」
「まぁ、死ぬまでは頑張りますよ。姉上のためじゃないですけどね」



3/
「本当に、欲しい時に居ないわね」
「……なんですかいきなり」
「まぁ、居ても役に立たなかったでしょうけれど」
「役に立たないことにしておきますよ。世界の平和のために。姉上が僕に頼るなんてロクなことじゃないでしょう」
「……えぇ。大したことではないわ」
「…………なんですか、この、僕が悪いみたいな空気」




「アーニティ。私の魔法力が切れるまでスパークを受け続けるのと、インテンス・コントロールで強化したローム君と殴り合うのと、どちらがいいかしら?」
「…………あの、いきなり何ですか」
「余計なことは言うなと散々言ったでしょう!」
「な、何か言いましたっけ?」
「あのイレーネとかいうナイトメアの子と、どういう話をしたの!?」
「どういうって……夜食をご馳走になって、お酒をご馳走になって、まあ……少し愚痴ってしまっただけですが」
「あなたが人生において愚痴を撒き散らさずに生きていけないのはあなたの責任でしょう。私と……リヴァの事は、口が裂けても言うなと言ったはずよ!」
「い、言ってませんよ!? ……そりゃ、ちょっと姉上のことについても愚痴ったような憶えはありますが、リヴァや義兄上がどうとかとは……」
「だったら、どうして『お嬢様』なんて……」
「…………あ。あー、それ、ちょっと誤解してませんか?」
「え?」


「……まぁ、それはわかったわ」
「わかったなら、その魔法の粘土、片付けてもらえませんか……」
「もう一つ。……リヴァに誕生日カードを贈ったと言ったわね?」
「……あぁ。義兄上、柘榴石亭の冒険者の方と、会う機会があったらしいですね。あの人も、まぁ、お変わりないようで」
「カードに、何を書いたの?」
「何って……いたって普通にお祝いですよ?『誕生日に祝福を。貴方の誕生に感謝を。貴方の健やかな成長に祈りを。貴方の道に幸多からんことを。……ファーレンディア・ルールシェンク・シルフェル&アーニティ・ルールシェンク』」
「……"マナよ、雷となり……"」
「暴力に訴えるのはやめてください。……姉上がお怒りなのは、僕よりむしろ義兄上のことでしょう?」
「…………」
「前々から言ってますよね。僕は個人的に義兄上のことは心の底から大嫌いですが、ああなった以上、お二人のご関係については、弟としては認めますよ。でも、それならせめて、リヴァのためにも、まともに家庭作ってください、って。……お二人にそれができないのも知ってますけどね。でも、僕は、リヴァのことを一番に考えたいんですよ。……まぁ、お二人の『愛の結晶』ですから? 僕が口出しできる話でもないですが、叔父として出来る限りの事は、したいんですよ」
「……大きなお世話もいいところだわ」
「いらぬ苦労を背負いこむのが僕の生き方ですから。姉上とは逆にね」
「……まぁ、いいでしょう。今回はスパーク一回で」
「撃たない選択肢はないんですか……。あ、着替えてきます。この服セールで買ったやつじゃないので」




「ねぇアーニー。リヴァの誕生日っていつだったかしら」
「……姉上、今、何気に最低なこと口走りましたね」
「時期を憶えているだけ大したものと思いなさいな。あなたの誕生日なんて冬だってことしか憶えていないわ」
「僕のことはどうでもいいですけど……ちなみにもうリヴァの誕生日も過ぎましたからね」
「どうして先に言わないのよ」
「カードは贈っておいたから安心してください。連名で」
「どうしてそう勝手なことするのかしら」
「甥っ子と友人は大切にするのが僕のポリシーですから」
「姉を忘れているわよ」
「……ご自分を省みてください」
「口ばっかり達者になって。……ところで」
「はい?」
「あの子、何歳になったのだった?」
「…………」



「全く……こんな所で顔を見るとは思わなかったわよ。何を考えているんだか」
「何を考えてるのかはこっちが聞きたいですけど、聞いてもわからないのは知ってるのでやめときます」
「言っておくけれど、私のことはあまり人に話さないことね。こんな弟がいるなんて思われたくないし」
「実際、弟なんだから、しょうがないじゃないですか。……あんまり話さないから、安心して下さい。特に、リヴァのことは」
「当たり前よ。あの子はリードの子、母親は不明。それでいいの」
「……姉上の選択ですから、今さらどうこう言いませんけど」
「で、あの子、元気にしてる? 大きくなった? 病気なんかしてない? リード一人でちゃんと育ててる?」
「心配なら帰ったらいいじゃないですか……」
「心配なんかしてないわよ。私の子だもの」
「まあ、元気なのは元気ですよ。あれでも、頑張ってますよ、義兄上」
「ちょっと待ちなさい。あにうえって誰よ」
「僕の甥っ子の父親です」
「……フン」
「正直、仲良くなれる相手じゃないですけどね。……すごく見せ辛いんですけど、いつの間にかこんなものが鞄の底に入ってまして」



僕のファーレンディアへ
    君のリード・シルフェルより

拝啓
 ちらほら雪も降る季節となっておりますが、いかがお過ごしでしょうか。お陰様で、こちらは皆、変わらず元気でやっております。
 リヴァも大分大きくなりました。年が明ければ2歳になります。言葉などもいくらか覚え、あちこち動き回るようにもなりました。すくすく元気に育っています。ただ、時折、悲しいことがあると、泣きながらママ、ママ、と呼んで歩き回ることなどもあります。そんな時、僕にはどうすることもできず、心が痛むばかりです。
 子育てに当たっては、一人ではどうしようもないことも多々あるのですが、君のご両親やアーニー君の助けもあり、どうにか毎日、無事に過ごしております。
 最も、そのアーニー君も、君を追って街を出るつもりでいるようで、少々不安にも思います。けれど、君にもアーニー君にも、そうせざるを得ない理由というものがあるのでしょう。お二人のご健勝ご活躍、陰ながらお祈りしております。
 そうそう、君が家を出る前から、僕が取りかかっていた研究。やっと、発表できる段階まで漕ぎつけました。これも全て君のお陰です。君にはどんなに感謝しても足りません。できることなら直接会って、抱きしめて、心からのお礼と愛の言葉を、百万回でも贈りたいけれど、君はまだここに戻っては来ないのでしょうね。そんな君を愛しているのだから、仕方がないのですが。
 いつも君を想っています。君に会えないのは寂しいけれど、遠くから君の夢を応援しています。でも、もし寂しくなったら、いつでも帰ってきて下さい。
 リヴァは日に日に可愛く、賢くなっています。彼に君と僕のことをどう教えていけばいいか、不安ながら楽しみでもあります。君と僕がどんなに愛し合って、君がどんなに命懸けでリヴァを産んだのか。彼に教えてあげる日が楽しみです。
 勿論、君が彼の母親であることは、あまり人に言わないようにと言い聞かせるつもりなので、その点は安心して下さい。
 書きたい事は尽きませんが、今回はこのあたりで筆を置きます。どうか、お元気で。アーニー君にもよろしく。
敬具

追伸
 この手紙に、僕とリヴァの髪の毛を同封しました。僕の髪は人形の中にでも、リヴァの髪は飾り紐にでもして貰えたらと思います。

追追伸
 愛してるよ××××



「アーニー、火」
「……気持ちはよぉーくわかるけど、せめて外に出ましょう」



「こうして見ると髪の色合いが違うわね。やっぱりこちらに似ているわ、あの子」
「母上が言ってましたよ、僕の小さい頃によく似てるって」
「馬鹿言わないで。リヴァの方が百万倍可愛いに決まってるじゃないの」
「……母上は千倍で許してくれたんですけどね」
「親馬鹿もいいところね」



「出来ましたよ、姉上。とりあえず、組み紐に編み込んでみました」
「……ふぅん。まぁ、悪くないわね」
「で、そっちは人形に入れるんですか?」
「そんな物混ぜたらストローくんが可哀想でしょう。もう一つ作りなさい。適当でいいから」
「作るのはいいですけど、どうするんです?」
「無論、ズタズタになるまで肌身離さず身につけてやるわよ。糸が解れるたびにあいつの体に激痛が走るとか、想像したら楽しいでしょう?」
「姉上……怖いんだか微笑ましいんだかわかりません」



「……それにしても。本当に本気なの?」
「本気というか、ヤケというか。これまで通りに生きていくのは、無理だと思いました」
「……ふぅん。まぁ、精々、頑張りなさいな。リヴァとお揃いにならなければいいけれど」
「頑張りますよ。努力だけが取り柄ですから。僕は、姉上と違って、天才じゃありませんからね」
「……フン」






最終更新:2014年06月20日 04:11