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『機織り歌と吟遊詩人』

 小さい頃の思い出は、いつも、おねえちゃんと一緒。
 おねえちゃん、シェエラ。私より4つ年上の、優しいおねえちゃんです。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。

 お父さんは、大きな絨毯やタペストリーを。お母さんは、小さな壁掛けや、きれいな服にするための布を、織っていました。私とおねえちゃんは、機織り工房の隅で、大人の仕事のジャマをしないように、おままごとやお人形遊びをしていました。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 機織りの人たちは、仕事をしながら、歌を歌っていました。
 歌、とも言えないような。単純な言葉に、気の向くままメロディを乗せるだけの。
 後にわたしが修道院で、ひとりで小さな機織り機に向かう時も、同じ歌を歌っていました。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ひとりで歌うと、少し寂しかったけれど、やっぱり、歌わないと調子が出ないのです。
 ずっと、そんなふうに繰り返していたから、今でも、機を織るでもないのに、口ずさんでしまっていたりします。
 冒険者の宿、朝。いい天気なので、窓を開けました。まだまだ風は冷たいけれど、陽の暖かさに感謝して、マーファ様にお祈りをします。
 それから、しばらく、窓を開けて、静かな朝の空気を楽しみます。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ふと、つぶやくように、口ずさんでいました。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。



 昔の夢を見た後は、目が覚めて、しばらくぼうっとする。少しして、彼女がもういないことを思い出す。それから、彼女の顔を思い浮かべる。まだ、憶えている。それだけ確認して、安心する。
 ベッドから起き上がり、身支度をする。今日は、昨日より、少し空気が暖かい。
『季節の変わり目が一番危ないのよ』
 養母の言葉を思い出して、一枚多く服を着込む。その言葉は無論、私に向けられたものではなかったのだが。
 布団が重いと言っては寝床を這い出し、風が冷たいと言っては苛立って布団に戻る。そんな事の繰り返し。それでも、次第に彼女が床から出る時間は短くなっていった。
 ――リータ。
 義姉、と言っていいのだろうが、私は彼女の弟というより、玩具……人形のようなものだったと思う。私自身も、自分はそういうものなのだと思っていた。彼女のための人形なのだと。だから、彼女が亡くなってから、どうすればいいのかわからなくなった。
 今も、わからないまま、彷徨っている。
 ただ、養父が死に際に言った。『リータを憶えていて欲しい』と。その言葉だけは、守っていたいと思う。



 顔を洗う水を汲むため、宿の中庭に出る。井戸の周りには、まだ人がいない。同じ宿にいるはずの冒険者たちは、出払っているのか、それともまだ眠りの中なのか。
 ――ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ふと、不思議な声に気付いて、耳を澄ます。歌声、だろうか。やや調子が外れている気がするが。
 ――ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 宿の、どこかの部屋から聞こえてくるようだ。やや幼い印象の声だが、冒険者、だろうか。
 ――ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 聞こえてくる声に合わせて、歌ってみた。
「!」
 声は、驚いたように歌を止めた。悪いことをしただろうか。



 朝食を終えて、一度、部屋に戻った。リュートを取りだして、手入れをする。
 ふと、先ほど聞いた歌声を思いだした。
 ――ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 単調な音とリズムの繰り返し。それなのに、妙に心に残っている。
 弦を弾いて再現してみるが、どうも音が合わない。声だけの方が合わせやすいようだ。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 繰り返して、歌ってみる。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。



 さっきの声は、誰だったのでしょうか。
 わたしは、やっぱり恥ずかしくて、窓を閉めて、布団をかぶってしまいました。
 知らない人? 知り合いだったらとても恥ずかしい。でも、そうではない気がします。あれは、たしかに、男の人の声でした。わたしの冒険者の知り合いは、今のところ、女の子ばかりですし。
 ――ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
「!」
 歌が、聞こえてきました。わたしの歌った機織り歌。さっきの人の声です。近くの部屋……まさか、お隣? 耳を澄ましてみたけれど、方向はよくわかりません。
 どうしようもなく恥ずかしくて、布団の中で縮こまります。
 でも……その声は、なんだかとても優しくて。
 そういえば、あの歌を、人が歌っているところなんて、小さい頃以来に聞きました。なんだか、ちょっと、なつかしくて、悲しくなって、目がじんわり熱くなりました。
 布団から出て、涙を拭いて、マーファ様にお祈りしました。お祈りは心を静めてくれます。感謝と、それから、お願いのお祈りをしました。
 わたしと、おねえちゃんと、他のみんなと、それから、この歌を歌っている人の心に、平穏がありますように。


 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ぱた、ぱた、ぱたん。とん、とん、くるり。
 ――わかったような気がする。
 この歌は、郷愁だ。
 養父母やリータの顔が浮かぶ。まだ、憶えている。それだけ確認して、安心する。
 歌を止め、リュートを仕舞って、窓から外を眺める。ひんやりと冷たい風に、わずかに花の香りを感じたような気がした。