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 ――汝、フレデリック・ジェードを、ダーレスブルグ公国騎士の位に任ずる――


「お疲れさまでした、兄さん」
 翠の瞳をした美しい少女は、そう言って、ふわりと僕の腕に抱きついた。――世界一可愛い僕の妹、エレノア。
「ありがとう。とりあえず、一段落ってところかな」
 本当は騎士位より、もっと上の位……などと言うのは不遜だろうか。これからも、それを求めていくつもりではあるけど。
「ごめん、エレ。これから、不自由もさせることになると思う」
「いいえ」
 エレが首を振る。
「兄さんの望む通りに……兄さんの妹で居られるなら、私にとって、それ以上の幸せはないから」
 そう言って、エレは華やかに微笑んだ。
 エレの、こんな満面の笑顔を見たのは久しぶりかもしれない。
 それを彼女にもたらしたのが僕だと思えば、誇りに胸が熱くなる。きっと、ずっと彼女を悲しませていたのも同じ僕なんだけど。
 騎士になっただけで安心してはいられない。この世界で、彼女を守れるのは僕だけなんだから。……今となっては、本当に。

 母さんは、ずっと、父さんがどこにいるか知っていたんだと思う。
 父さんは……少なくとも、間に合わなかった。
 僕はエレを手放さないために、ジェードの家だけは辛くも残した。爵位は取り戻せていないし、色々な面で伯父様に頼るしかないのも変わらないけど、エレに『ベリル伯爵の養女』でも『ただの平民の娘』でもなく、『騎士フレデリックの妹』という立場だけは作ってあげることができた。でも、母さんは伯爵の妹。ベリル家の人間だ。僕には、そこまで手は届かなかった。
 でも、僕にとってエレが何よりも大事であるように、父さんにとっては母さんが一番大事で、母さんにとっても父さんが一番大事なんだろう。
 だから、二人は消えた。
 いなくなった母さんの部屋に、置き手紙が残されていた。「落ち着いたら子供たちには居場所を伝えます」「お兄様、申し訳ありません。今まで有難うございました」
 伯父様は怒りもしなかった。呆れ切っているのか、それとも、伯父様にも始めからわかっていたのかもしれない。
 僕はまだ、両親のことについて、心の整理をつけることができていない。

「いつか、伯父様にご恩を返すことができるかしら」
「高名な冒険者が身内にいるだけで、助かるとは言ってくれたけど……。できれば、違う形で、何かできたらいいね」
「兄さんの力が必要になるようなことって、起こらないほうがいいものね」
「あはは、その通り」
 いつの間にか、僕の仕事はたいてい『おおごと』になるようになっている。大きな災厄から誰かを守れることを誇らしくも思うが、責任の重さも感じるようになった。
「本当は、兄さんがどこにも行かずに、私の側にいてくれるのが一番いいと、思っていたけれど……」
 エレが顔を伏せる。……そう、誰かを守るためにこの身を投げ打とうとすればするほど、僕はエレを不安にさせ、寂しがらせることになる。
 僕が自分から背負った責務を、エレにも半分背負わせてしまっている。
「でもね、兄さん」
 エレが顔を上げ、僕の目を覗き込んだ。
「私、離れている間も、ずっと兄さんのことを考えている。そうして、気付いたの。兄さんは、いつも私の側に居るんだって。――兄さんはこの国を守ってくれているんでしょう? この国も、他の国の色々な人たちも、兄さんが守ってくれているんでしょう? だから私はこうして、ずっと兄さんのことを想って、それだけで生きていられるの。兄さんがどこに居ても」
 エレの翡翠の瞳に、僕の翡翠の瞳が映る。
「私にとって、世界は兄さんなの。だから、寂しくても、大丈夫」
 エレの言葉は、呪文のように僕の心に響く。
「エレ……。僕は、英雄になってもいいのかな」
「兄さんは、私の英雄よ。ずっと前から、生まれたときから」
 ――ああ、彼女のためになら何にでもなれる。騎士にでも、貴族にでも、英雄にでも。
「……そうだ、エレ。大事なことを忘れてた」
 僕はその場に片足をついて跪くと、彼女の手を取って、その手の甲にキスをした。
「マイ・レディ……誕生日、おめでとう」


『Happy Birthday』

End.