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『たった一つの探し物』  いつどこで生まれたとか、どこから来たのかとか、細かい事は憶えてない。  ただ、あの爺さんのことだけは、今でも時々思い出す。  初めて会ったのは、いつだったか。  トロそーなエルフの爺さんがいたので、ちょっとからかってやろうと思って懐に手出したら、あっという間にボコにされた。  そのまま手足縛られて川に放りこまれたが、意識がなくなったくらいの所で助けてくれたらしい。気が付いたら二人で焚火に当たってた。  何となく世間話になった。爺さんは旅をしてるっていうので、何となくついて行くことにした。  気が付いたら爺さんの手下みたいな立場になってた。まー文句はない。食えるもん探してきたり、火焚いたり、その程度のことだ。爺さんは強いクセに、普段の動きはどうもトロいので、つい俺が動いちまう。エルフの爺さんとグラスランナーのガキじゃ、そんな役回りもしょうがねえ。  結構、楽しんでた。長生きしてるだけあって、色々知ってる爺さんだった。教わったことはだいたい忘れたけどな。  いつだったか、爺さんに旅の目的を聞いてみた。 「故郷を探している」  ヘンなこと言うなーと思った。なんで探す必要があんだ? 「儂がまだ若い頃だったが、この世界が様変わりする出来事があってな……」  ああ、大破壊とかいうやつな。そーいや、この爺さんいくつなんだろな。  爺さんの言うには、つまり、色々ありすぎて故郷の場所がわかんなくなっちまったんだと。  わかんねーならわかんねーでいーじゃねーか、と俺は思うけど、爺さん的にはそーじゃなかったらしい。 「生きているうちに、必ず、帰る」  よくわかんねーが、そーゆー理由で爺さんは旅をしてたらしい。  そんなデコボコ二人旅がどれくらい続いたか。月日を数えるほうじゃねーからわかんねー。  けど、俺にしちゃ、わりと長いこと一緒にいたよーな気がする。とにかく爺さんはどこにでも行くから面白かったしな。  僅かな記憶を辿って、ちょっとでも気になったらどんな場所にでも。アホみてーに険しい山の上だろーが、魔法なしじゃ潜れない海の底だろーが、おっかねー蛮族の支配域だろーが、何のその。危険なんて考えやしねえ。  そーゆー爺さんが、結構好きだったけどな。  旅の終わりは、唐突に訪れた。  動くものも見つけられないような荒れ砂漠の中、建造物の破片を見て、爺さんが声を上げた。  同じような残骸がいっぱいあった。追っていったら、でかい遺跡に辿り着いた。  風に吹かれ砂に埋もれ月日に埋もれ、変わり果てた姿の、爺さんの故郷。  かつては美しかったのだろう建造物も、人が行き交っていたはずの通りも、今は見る影もなく。子供のころの爺さんが遊んだであろう湖は干上がって、水の一滴も残っていない。  俺には、それはもう、発掘する価値すらない、廃墟にしか見えなかった。  でも、爺さんには、違ったらしい。  小さくなった建物の欠片や、元の姿が想像もつかない日用品らしきものや……そんなものをかき集めて、爺さんは街を組み立て始めた。  って言っても、無理がある。砂遊びみてーなもんだ。  爺さんの真剣な顔が、なんだかすげー怖かった。爺さんが怖かったんじゃない。爺さんをそこまでさせるものが、怖かった。 「……なー、いつまで続けんだ?」  …………。 「ここ、さあ。もう……」  …………。 「なー、爺さん」  …………。  爺さんは黙って、終わらない砂遊びを続けている。  手持ちの保存食と水でしばらくは凌いだが、ここじゃ新しく調達するのは無理がある。昼は死ぬほどあっついし、夜は死ぬほど冷えるのに、隠れる場所もなく燃やすものもなく、穴を掘って毛布ひっかぶってるくらいしかない。  このままじゃどうにもならない。帰りの食料ももう危ない。 「なーなー、爺さん」 「……セッテ」  爺さんは、こちらを向きもせずに、言った。 「一人で、行っていいぞ」  言うと思った。こっちが期待もしてなかったと言えば嘘になる。でも、それって、ひどいじゃん? 「俺さー……。全然、わかんねーんだけど」  足元に転がってた何かの破片を、爺さんのほうに放って、言った。 「ここじゃなくてもさ、いーと思うんだよな……」 「…………」 「なんで、ここじゃなきゃいけねーんだ? もう、だって……何もねーだろ。思い出の中にしかないなら、ここにいなくたっていいだろ」  なーんて、自分でも説得力のかけらもねーと思った。だって、仕方ない。  いつどこで生まれたとか、どこから来たのかとか、細かい事は憶えてない。気が付いたら今と同じ、旅の空の下だった。  俺には、故郷なんてない。なら、爺さんに何が言える? 「セッテ」  やっぱり、振り向かないまま、爺さんは言った。 「……すまんな」  謝るなよ、バカ。どうしていいかわかんねーだろ。 「爺さん、俺……」  どうしても言葉がまとまらなかった。口から先に生まれたようなこのセッテ様が、喉が詰まって声すら出せなかった。  その日、俺は一人で、廃墟を離れた。  それからは、一人で旅を続けている。  路銀が欲しかったので、冒険者始めてみた。面白い奴らがいっぱいいて面白い。一緒に冒険したり離れたりしながら、顔なじみも何人かできた。  ちょっと思う。あの時、他の連中なら、爺さんをどうしたんだろう?  俺はああするしかなかったし、今だってああするだろうけど。  別に後悔じゃない。ただ、あの爺さんのことだけは、今でも時々思い出す。      
『たった一つの探し物』  いつどこで生まれたとか、どこから来たのかとか、細かい事は憶えてない。  ただ、あの爺さんのことだけは、今でも時々思い出す。  初めて会ったのは、いつだったか。  トロそーなエルフの爺さんがいたので、ちょっとからかってやろうと思って懐に手出したら、あっという間にボコにされた。  そのまま手足縛られて川に放りこまれたが、意識がなくなったくらいの所で助けてくれたらしい。気が付いたら二人で焚火に当たってた。  何となく世間話になった。爺さんは旅をしてるっていうので、何となくついて行くことにした。  気が付いたら爺さんの手下みたいな立場になってた。まー文句はない。食えるもん探してきたり、火焚いたり、その程度のことだ。爺さんは強いクセに、普段の動きはどうもトロいので、つい俺が動いちまう。エルフの爺さんとグラスランナーのガキじゃ、そんな役回りもしょうがねえ。  結構、楽しんでた。長生きしてるだけあって、色々知ってる爺さんだった。教わったことはだいたい忘れたけどな。  いつだったか、爺さんに旅の目的を聞いてみた。 「故郷を探している」  ヘンなこと言うなーと思った。なんで探す必要があんだ? 「儂がまだ若い頃だったが、この世界が様変わりする出来事があってな……」  ああ、大破壊とかいうやつな。そーいや、この爺さんいくつなんだろな。  爺さんの言うには、つまり、色々ありすぎて故郷の場所がわかんなくなっちまったんだと。  わかんねーならわかんねーでいーじゃねーか、と俺は思うけど、爺さん的にはそーじゃなかったらしい。 「生きているうちに、必ず、帰る」  よくわかんねーが、そーゆー理由で爺さんは旅をしてたらしい。  そんなデコボコ二人旅がどれくらい続いたか。月日を数えるほうじゃねーからわかんねー。  けど、俺にしちゃ、わりと長いこと一緒にいたよーな気がする。とにかく爺さんはどこにでも行くから面白かったしな。  僅かな記憶を辿って、ちょっとでも気になったらどんな場所にでも。アホみてーに険しい山の上だろーが、魔法なしじゃ潜れない海の底だろーが、おっかねー蛮族の支配域だろーが、何のその。危険なんて考えやしねえ。  そーゆー爺さんが、結構好きだったけどな。  旅の終わりは、唐突に訪れた。  動くものも見つけられないような荒れ砂漠の中、建造物の破片を見て、爺さんが声を上げた。  同じような残骸がいっぱいあった。追っていったら、でかい遺跡に辿り着いた。  風に吹かれ砂に埋もれ月日に埋もれ、変わり果てた姿の、爺さんの故郷。  かつては美しかったのだろう建造物も、人が行き交っていたはずの通りも、今は見る影もなく。子供のころの爺さんが遊んだであろう湖は干上がって、水の一滴も残っていない。  俺には、それはもう、発掘する価値すらない、廃墟にしか見えなかった。  でも、爺さんには、違ったらしい。  小さくなった建物の欠片や、元の姿が想像もつかない日用品らしきものや……そんなものをかき集めて、爺さんは街を組み立て始めた。  って言っても、無理がある。砂遊びみてーなもんだ。  爺さんの真剣な顔が、なんだかすげー怖かった。爺さんが怖かったんじゃない。爺さんをそこまでさせるものが、怖かった。 「……なー、いつまで続けんだ?」  …………。 「ここ、さあ。もう……」  …………。 「なー、爺さん」  …………。  爺さんは黙って、終わらない砂遊びを続けている。  手持ちの保存食と水でしばらくは凌いだが、ここじゃ新しく調達するのは無理がある。昼は死ぬほどあっついし、夜は死ぬほど冷えるのに、隠れる場所もなく燃やすものもなく、穴を掘って毛布ひっかぶってるくらいしかない。  このままじゃどうにもならない。帰りの食料ももう危ない。 「なーなー、爺さん」 「……セッテ」  爺さんは、こちらを向きもせずに、言った。 「一人で、行っていいぞ」  言うと思った。こっちが期待もしてなかったと言えば嘘になる。でも、それって、ひどいじゃん? 「俺さー……。全然、わかんねーんだけど」  足元に転がってた何かの破片を、爺さんのほうに放って、言った。 「ここじゃなくてもさ、いーと思うんだよな……」 「…………」 「なんで、ここじゃなきゃいけねーんだ? もう、だって……何もねーだろ。思い出の中にしかないなら、ここにいなくたっていいだろ」  なーんて、自分でも説得力のかけらもねーと思った。だって、仕方ない。  いつどこで生まれたとか、どこから来たのかとか、細かい事は憶えてない。気が付いたら今と同じ、旅の空の下だった。  俺には、故郷なんてない。なら、爺さんに何が言える? 「セッテ」  やっぱり、振り向かないまま、爺さんは言った。 「……すまんな」  謝るなよ、バカ。どうしていいかわかんねーだろ。 「爺さん、俺……」  どうしても言葉がまとまらなかった。口から先に生まれたようなこのセッテ様が、喉が詰まって声すら出せなかった。  その日、俺は一人で、廃墟を離れた。  それからは、一人で旅を続けている。  路銀が欲しかったので、冒険者始めてみた。面白い奴らがいっぱいいて面白い。一緒に冒険したり離れたりしながら、顔なじみも何人かできた。  ちょっと思う。あの時、他の連中なら、爺さんをどうしたんだろう?  俺はああするしかなかったし、今だってああするだろうけど。  別に後悔じゃない。ただ、あの爺さんのことだけは、今でも時々思い出す。      

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