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ルイズと無重力巫女さん-96




「どうしたものかしらねぇ…」
 カトレアは悩んでいた、半ば強引にルイズから聞いた『これまで起きた事』を聞いてしまった事に対して。
 玄関に設置してある壁掛け時計の時を刻む音が鮮明に聞こえ、それが彼女の集中力を高めていく。
 一方で、姉のカトレアに『これまで起きた事』を説明し終えたルイズは彼女の反応を窺っている。
 すっかり温くなってしまったカップの中の紅茶を見つめつつ、時折思い出したように一口だけ啜る。
 今振り確かいないこの居間の中で、妹は姉の動向をただ見守るほかなかった。

 そんなルイズの心境を読み取ったのか、やや真剣な表情を浮かべて見せる。
 そして彼女の前で反芻して見せる。妹が口にし、自分が今まで聞いたことの無かった数々の単語の内幾つかを。
「ゲンソウキョウという異世界にヨウカイ、ケッカイに異変…」
 初めて聞いた単語を言葉にして口から出してみると、横のルイズか生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
 恐らく自分の言ったことを嘘かどうか、見極められていると思っているのだろう。
 まぁそれは仕方がない事だろう。普通の人にこんな事を話したとしても本気で信じてくれる者はいないに違いない。
 精々酔っ払いか薬物中毒者の戯れ言として片づけられるのが精いっぱいで、それ以上上には進まないだろう。

 しかしカトレアは信じていた。愛する妹が口にした異世界の存在を。
 現に彼女はその証拠であろう少女達を間近で見ているのだ、博麗霊夢と霧雨魔理沙の二人を。
 彼女たちの存在感は、同じハルケギニアに住んでいる人たち…と呼ぶにはあまりにも変わっている。
 それを言葉で表すのは微妙に難しいが、彼女たちは異世界の住人か否か…という質問があれば、間違いなく住人だと答えられる。
 考えた末に、確かな確信を得るに至ったカトレアはルイズの方へ顔を向けると、ニッコリ微笑んで見せた。
「ち、ちぃねえさま…?」
「大丈夫よルイズ。貴女の言う事にちゃんとした証拠がある事は、ちゃんと知っているつもりよ」
「…!ちぃねえさま…」
 微笑み見せるカトアレからの言葉を聞いて、ルイズの表情がパッと明るくなる。
 彼女が小さい頃から見てきたが、やはり一番下のこの娘は笑顔がとっても似合う。

 そんな親バカならぬ姉バカに近い事を思いつつ、カトレアは言葉を続けていく。
「それで貴女は春の使い魔召喚の儀式でレイムを召喚して、それが原因でゲンソウキョウへいく事になったのよね?」
 先ほど簡潔に聞いたばかりの事を改めて聞き直すと、ルイズは「えぇ」と頷きつつその事を詳しく話していく。
 幻想郷はその異世界の中にあるもう一つの世界であり、その世界とは大きな結界で隔てている事、
 そしてその結界を維持するためには霊夢の力が必要であり、彼女がいなくなった事で結界に異変が生じた。
 それを良しとしない幻想郷の創造主である八雲紫が霊夢を助けるついでに、自分まで連れて行ってしまい、
 結果的に並大抵の人間が味わえない様な、不可思議な世界への小旅行となってしまったのである。

 そこまで聞き終えた所で、ルイズはカトレアが嬉しそうな表情を浮かべている事に気が付いた。
「あらあら!聞く限りでは結構楽しい体験をしてきたのね。異世界だなんて、どんな大貴族でも行ける場所じゃないわ」
「え?え、えぇ…そりゃ、まぁ…考えたらそうなんでしょうけど…」
 先ほどの真剣な表情から打って変わった素っ頓狂な事を言う姉に困惑の色を隠し切れずにいる。
 まぁ確かに良く考えてみれば、ハルケギニアの歴史上異世界へ行ったという人間がいた記録は全くない。
 そもそもそうして異世界自体は創作や架空の概念であり、現実にはありえない事の筈…なのである。
 そう考えてみると、確かに自分は初めて異世界へと赴いたハルケギニアの人間という事になるだろう。

 しかしルイズは思い出す、あの幻想郷にたった丸一日いただけでどれほど散々な目に遭ったのかを。
 瀟洒なメイドには挨拶代わりにナイフを投げつけられ、あっちの世界の吸血鬼に限りなく迫られる…。
 あれが向こうの世界流の歓迎…とは思わないが、流石にあんな体験をしてもう一度行きたいとは思う程ルイズは優しくない。
(一応ちぃねえさまにはそこの所は話してないけど…やっぱり心の中にしまっておいた方がいいわよね?)
 流石にその時の事まで話したら心配させてしまうと思ったルイズは、再度心の中に仕舞いこんだ。
 そして一息つくついでに温くなった紅茶を一口飲んだところで、カトレアが再度話しかけてくる。

「…でも、その向こうの世界で更なる問題が発生してその問題を解決する為に、あの二人が貴女の傍にいるっていう事ね?」
「あ、はい!その通りですちぃねえさま。私はその…まぁ唯一彼女たちを知っているという事で協力を…」
 その言葉にルイズが頷きながらそう言うと、今度は笑顔から一転気難しい表情を浮かべたカトレアはため息を吐いた。
「それでも危険だわ。何か探し物だけをするっていうのならばともかく…あの時のタルブ村にまで行くなんて事は流石に…」
「ねえさま…」
 憂いの色を覗かせる顔であの村の名前を口にしたカトレアに、ルイズは申し訳なさそうに顔を俯かせてしまう。
 カトレアとしては正直、どんな形であれルイズと親しくしてくれる人が増えただけでも嬉しかった。
 本来は優しいとはいえ普段は長女や母、そして父譲りの硬さと厳格さで他人に甘える事は少ない。
 風の噂で聞いた限り、魔法学院では魔法が使えない事で『ゼロのルイズ』というあんまりな二つ名までつけられているらしい。
 そんな彼女に理由や性別はどうあれ、付き添ってくれる人達ができた事は家族の一人としてとても嬉しかった。

 しかし…だからといって彼女を…愛するルイズを戦場へ連れて行って良い理由にはならない。
 例え彼女自身が望んだこととは言え、できる事ならば王宮へ残るよう説得してもらいたかった。
 結果的に無事で済んだから良かったとルイズは言うが、それはあくまで結果に過ぎない。
 カトレア自身戦争には疎いが、あの時のタルブ村はハルケギニア大陸の中で最も危険な地域と化していた。
 ラ・ロシェールとその周辺に展開していた軍人たちは大勢死に、タルブや街の人々にも犠牲が出ているとも風の噂で耳にする。
 そんな場所へ自由意思だからと妹を連れて行った霊夢達を、カトレアは許していいものかと悩んでいる。

「いくら私が心配だからとはいえ、あの時のタルブ村がどれ程危険なのか…王宮にいた貴女は知ってる筈でしょう?」
「は、はい…けれどねえさまの事が心配で…」
「貴女は私と違って未来は未知数なのよ。そんな希望溢れる子が命を賭けに出すような場所へ行ってはダメでしてよ」
 厳しい表情で言い訳を述べようとするルイズの言葉を遮り、カトレアは妹を優しく叱り付ける。
 これが姉のエレオノールならもっと苛烈になっていたし、母なら静かに怒りながら突風で彼女を飛ばしていたかもしれない。
 父も叱るであろうが…きっと今の自分と同じように優しく叱る事しかできないだろう、父はそういう人だ。

 だからカトレアもそれに倣って優しく、けれども毅然とした態度でルイズを叱り付ける。
 頭ごなしに否定し、威圧するのではなく抱擁しつつもしっかりとした理屈を語るかのように。
 そう意識して叱ってくるカトレアのそんな意図を、ルイズも何となくだが理解はしていた。
 けれども、あの時感じた姉への心配は本物であったし、いてもたってもいられなかったというのもまた事実。
 しかし常識的に考えれば悪いのは自分であり、今のカトレアは悪戯好きな生徒を諭す教師と同じ立場。
 どのような理由があったとしても、今の自分は戦場へ行ってしまったことを叱られる身でしかない。
 反論もせず、叱られる仔犬の様に縮こまってしまうルイズを見てカトレアはホッと安堵の一息をついた。
 言いたい事はまだまだあったものの、一つ上の姉のように叱りに叱り付ける何て事は自分には到底真似できない。
 それにルイズも見た感じ反省はしているようだし、これで危険な事にも手を出すことは少なくなるに違いない。
 他人からして見ればやや甘いと見受けられる裁量であったが、カトレア自信はルイズが反省さえしてくれればそれで良かったのである。
「まぁでも、今回は無事に帰ってこれたようですし。私としてはこれ以上叱る理由は無いわ」
「…!ちぃねぇさま…」
 ションボリしていたルイズの顔に、パッと喜色が浮かび上がり思わずカトレアの方へと視線を向けてしまう。
 何歳になっても可愛い妹に一瞬だけ照れそうになった表情を引き締めつつ、姉は最後の一言を妹へと送る。

「ルイズ。もしも貴女の周りにいるあの二人が危険な事をしそうになったら、その時は貴女が止めなさい。いいわね?」
「…え!?あ、あの二人って…レイムとマリサの二人を…ですか?」
 その一言を耳にして、大人しく話を聞いていたルイズはここで初めて大声を上げてしまう。
 突然の事に多少驚いてしまったものの、カトレアは「えぇ」と頷きつつそのまま話を続けていく。
「あの二人だって年は貴女とそれほど差は無いのでしょう?いくら戦えるとっても、そんな年端の行かない子供が戦うだなんて…」
「いや…でも、あの二人は何と言うか…住む世界が違うから…その…そこら辺のメイジよりスゴイ強くて…」
 何故か余計な心配をされている霊夢達についてはそんなモノ必要ないズは言おうとしたが、それを遮るかのように姉は言葉を続ける。

「強い弱いは関係無いのよ、ルイズ。どんな事であれ、荒事に首を突っ込むのは危険な事なの。
 どんなに強い戦士やメイジでも戦いの場に出れば、たった一つの…それも本当に些細な事で命の危機に晒されてしまうのよ。
 …だからね、もしもあの二人が何か危険な事をしようとしたら…貴女は絶対に彼女たちを止めなければいけないの」

「ち、ちぃねえさま…」
 カトレアのしっかりとした…けれどもあの二人には間違いなく火竜の耳に説教な言葉にルイズは何も言えなくなってしまう。
 姉の言っていること自体は真っ当である。真っ当であるのだが…如何せんあの二人に関しては本当に止めようがない。
 一度これをやると決めたからには、坂道発進するトロッコの如く一直線に走るがのように考えを事を実行へと移す。
 そして最悪なのは、アイツラが魔法学院で威張り散らしてるような上級性すら存在が霞むような圧倒的な『我』の強さを持っている事だ。
 仮にあの二人にカトレアの話したことをそのまま教えても…、

――――ふ~ん?で、それが何よ?私が自分で決めた事なんだから他人に指図される覚えはないわ
――――――成程、じゃあ私はその言葉を厳守させてもらうぜ。お前の姉さんが傍にいたらな

  …なんて言葉で終わってしまうのは、火を見るよりもずっと明らかだ。
 姉にはすまない事なのだと思うが、それが博麗霊夢と霧雨魔理沙という人間なのである。
(すみませんちぃねえさま…流石にあの二人に諭しても無駄なんです)
 ニコニコと微笑むカトレアにつられて苦笑いを浮かべるルイズは心中で姉に謝る。
 いずれはカトレアもあの二人の本性を知る機会があるかもしれないが、流石に無駄な事だと直接喋ることは無い。
 だからルイズは口に出さず心の中で謝ったのだが、それとは別にもう一つ…姉との約束を守れそうにない事への謝罪もあった。

 恐らくこれから先…もしかしてかもしれないが、タルブ以上の『危険』に自分たちは突っ込んでいく可能性が高い。
 タルブで出会ったキメラ達に、それを操るシェフィールドという虚無の使い魔のルーンを持つ女の存在。
 誰が主人…つまり虚無の担い手なのかまでは分からないが、もう二度と会えないという事は無いだろう。
 いつか何処か…そう遠くない内に互いに顔を合わせてしまい…そのまま穏便に済む事が無いのは確実である。
 そして一番の問題は、その出会いが人の大勢いる所で起きてしまった場合…、

 村と街を丸ごとキメラで占領し、多くのトリステイン軍人を血祭に上げて尚涼しい顔で笑っていた女だ。
 何をしでかすか分からない。恐らく真っ先に動くのは霊夢と自分…そして魔理沙であろう。

 だからきっと、姉との約束は果たされないだろうという申し訳なさで胸がいっぱいになってしまう。
 それが表情に出ないよう耐えつつも、自分が今の状況から逃げられない程の使命を背負っている事を改めて痛感する。
 博麗の巫女を召喚した結果、幻想郷の結界に重大な生じ、その原因がここハルケギニアにあるという事、
 そして霊夢を召喚できる程の凄まじい系統…『虚無』の担い手という、一人の少女には重すぎる運命。
 二つの重く苦しい使命の事に関しては、絶対にカトレアには話す事は無いのだとルイズは決意する。
 幻想郷での異変の事に関しては大分ソフトに話していた為、本当の事までは話していなかった。
(ねぇさまはねぇさまで大変な毎日を過ごしている…だからこの二つの事は、隠しておこう…何があっても)

 改めて決意したルイズが一人頷いた、その時…中庭の方からニナの喜色に溢れた声が聞こえてくるのに気が付く。
 ルイズとカトレアが思わず顔を上げた直後、間髪入れずにニナがリビングへと走りながら入ってきたのであった。
「キャハハッ!ねぇ見ておねーちゃん、四葉のクローバー見つけたよ!」
 黄色い叫び声を上げながらカトレアの傍へと寄ってきた彼女は、土だらけの右手をスッとカトレアの前へと突き出してくる。
 突然の事にカトレアとルイズは軽く驚いていたが、その手の中には確かに四葉のクローバーが一本握られていた。
「あら、綺麗なクローバーねぇ」
「ふふ~!でしょ?」

 確かにカトレアの言うとおり、ニナの持ってきたクローバーは見事な四葉であった。
 ニナが嬉しがるのも無理はないだろう、仮に自分が見つけたとしても少しだけ嬉しくなる。
 ルイズはそんな事を思いながら彼女の手にあるクローバーをもっと良く見ようとした…その時であった。
 ふとキッチンの方から様々な動物たちの鳴き声と共に、雑務をしていた侍女たちの叫び声が聞こえてくる。
「きゃー!お嬢様の動物たちがー!」
「あぁっ!コラ、待ちなさい!それは今日のお昼ご飯の材料…」

 ドタン、バタンと騒がしい音動物たちの鳴き声が合わさりが別荘の中はたちまち大騒ぎとなる。
 ここからでは直接見えないものの、侍女たちのセリフからして何が起こっているのかは容易に想像できた。
 突然の騒ぎにルイズは目を丸くし、ついでクローバーを持ってきたニナが顔を真っ青にさせているのに気が付く。
 そう、彼女はついさっきまで動物たちのいる中庭で遊んでおり、その中庭からクローバーを持ってきた。
 余程見つけた時に感激したのだろう。是非ともカトレアに診せたいという気持ちが勝って慌てて別荘の中へと入った。
 中庭と屋内を隔てる窓を開けっ放しにした事を今の今まで忘れていた…というのはその表情から察する事ができる。

 クローバー片手に今は顔を青くしたニナの背後には、未だニコニコと微笑むカトレアの姿。
 ルイズは何故かその表情に恐怖を感じてしまう。何といえばいいのであろうか…そう、笑っているが笑っていないのだ。
 まるで笑顔のお麺の様にそれは変に固まっており、何より細めた目をニナへと全力で注いでいる。
 幾ら年端のいかぬニナといえども、カトレアが心からか笑っていないという事は看破しているようだ。
 とうとう冷や汗すら流しつつも、「お、おねーちゃん…?」と恐る恐るではあるが勇敢にも話しかけたのである。
 返事は意外な程早かった、というよりも…ニナが口を開くのを待っていたかのように彼女は口を開く。

「あらあら、ちょっと大変な事になっちゃったわねぇ。まさか動物たちが入ってきてしまうなんて……
 今の時間は侍女さんたちがキッチンで料理の下準備をするから閉めていたというのに、おかしいわねぇ?」

 わざとらしく小首を傾げながらそう言うカトレアに、ニナは「うん、うん!そ…そうだよ!」と必死に頷いている。
 薄らと瞼を開けたカトレアの目は明らかに笑っておらず、ただジッと首歩を縦に振るニナを見つめているだけだ。
 それを横から見ていたルイズは口出しする事など出来るワケもなく、ただジッと見守るほかない。 
 もはやニナに逃げる術などなく、どうしようもない袋小路に追い込まれた所で、カトレアは更に言葉を続ける。
「まぁ鍵は掛けていなかったし、中庭で遊んでいた貴女が゙うっかり開けっ放じにしたままだったら、あるいは…」
「え…へ?え、えぇ!?わ、私が…に、ニナちゃんと閉めたよぉ~?何でそんな事を―――」
 いきなり確信を突かれたことに対して、咄嗟に誤魔化そうとしたニナであったが、
 何も言わず、彼女の眼前まで顔を近づけたカトレアによって有無を言わさず沈黙してしまった。

 この時ルイズは見ていた、カトレアの顔は常に笑っていたのを。 
 いつも見せる笑顔とは明らかに違う感情の籠っていない笑みに、流石のニナも狼狽えているようだ。
 そんな彼女を畳み掛けるように、ニナの眼前に顔を近づけたままカトレアは質問した。
「ニナ」
「は…はい?」
「貴女よね?クローバー私に見せたいと思って、ドアを閉めずに屋内へ入ったのは?」
「……………はい」

 ――――普段から怒らない人間が怒る時こそ、最も恐ろしい。 
 以前読んだ事のある本にそんな言葉が書かれていた事を思い出しつつ、ルイズもまた恐怖していた。
 あんな感情の無い笑みを浮かべられて近づかれたら、そりゃコワイに決まっている。
 始めてみるであろうかなり本気で怒っている(?)カトレアの姿を見ながら、ルイズは思った。



 霊夢は思っていた。この世界の運命を司っているであろうヤツは、超が付くほどの性悪だと。
 前から薄々と思っていたのだが、何故かこのタイミングで出会う事となったハクレイの姿を見てその思いをより強くしていく、
 確かに彼女の事も探してはいたのだが、今は彼女よりも他に探すべきものが沢山あるという時に限って姿を現したのだ。
 まるで朝飯に頼んだ目玉焼きが何時までたっても来ず、夕食の時に今更その目玉焼きが食卓に並んだ時の様な複雑な心境。
 目玉焼きは欲しかったが、わざわざ夜中に食べたい料理ではないというのに…と言いたげなもどかしさ。
 それは今、自分の目の前に姿を現したハクレイにも同じことが言えるだろう。
 探している時には全く姿を現さなかった癖に、何故か探してもいない時には自ら姿を現してくる。

「全く、どうしてこういう時に限ってホイホイ出てくるのかしらねぇ…?」
「それを他人に面と向かって言うのって、結構勇気がいるんじゃないの?」
 そんな複雑の心境の中で、更にジンジンと痛む頭に悩まされながらも霊夢はハクレイに向かって喋りかけた。
 対するハクレイも、汗水垂れる額を袖で拭いつつ、売り言葉に買い言葉な返事を送る。
 炎天下が続く王都の一角で、双方共に予期せぬ出会いを果たした事をあまり快く思ってないらしい。
 霊夢はハクレイを見上げ、ハクレイは霊夢を見下ろす形で互いに睨み合っている。
 しかし…下手すれば、街のど真ん中で戦闘が起こるのか?と言われれば、唯一の傍観者であるデルフはノーと答えただろう。

 一見睨み合っている二人ではあるが、互いに敵意を抱くどころか身構えてすらいない。
 霊夢もハクレイも、予期せぬ邂逅を果たしたが故に単なる睨み合いをしているだけに過ぎないのである。
 そしてその最中、霊夢は改めて相手の服装をじっくりかつ入念に眺め、調べていた。

 ――――こうして改めて見てみると何というか、…飾り気が無さすぎで渋すぎるわね…
 自分のそれとよく似たデザインの巫女服を見つめながら、霊夢はそんな感想を抱いてしまう。
 今自分が着ている巫女服を簡易的にデザインし直した感じ、良く言えばスッキリしているが、悪く言えば作り易い安直なデザインである。
 余計な装飾はついておらず、戦闘の際に破損しても直しやすいだろうし追加の服も安価で発注できるだろう。
 ただ、霊夢本人の感想としては「悪くは無いが、酷く単純」という余り良いとは言えない評価を勝手に下していた。
 何せアンダーウェアの上から直接スカートと服を着ているだけなのである、シンプルisベストにも程がある。
(いや、妖怪退治をするっていうならそういうデザインで良いんでしょうけど…私は着たくないわね。特にアンダーウェアとかは)
 下手すれば水着にも見て取れる彼女の黒いアンダーウェアをチラチラ見ながら、そんな事を考えていた。

 ―――――何というか、地味に華やかね…
 一方で、ハクレイもまた霊夢の服装を見てそんな感想を心の中で抱いていた。
 自分とは対称的な雰囲気を放つ彼女の巫女服は、年頃の女の子が程よく好きそうな飾り気を放っている。
 スカートや服の小さなフリルや黄色いタイに頭のリボンが目立つその服と比べてみれば、いかに自分の服が地味なのか思い知らされてしまう。
 とはいっても別に羨ましいと感じることは無く、むしろ『良くそんな服で戦えたわねぇ…』と霊夢本人が聞いたら憤慨しそうな事を思っていた。
 ただしそれは侮蔑ではなく感心であり、殴る蹴るしかできなかった自分とは全く別のスマートな戦い方をしていた事は理解している。
 飛んだり飛び道具を投げたりするような戦い方であれば、あぁいう服でも戦闘に支障をきたさないのは容易に想像できる。
 でも自分も着たいかと言われれば、正直あまり好みではないと言いたくなるデザインだ。
(私にフリルなんて合いそうにないのよねぇ?まぁコイツみたいに小さい子なら似合うんだろうけど…結構、涼しそうだわ)
 夏場にはイヤにキツいアンダーウェアに窮屈さを覚えつつ、ハクレイは霊夢の服を見てそんな事を考えている。

 もしも、ここに心を読む程度の能力の持ち主がいれば、きっと二人の心の中を読んで苦笑いを浮かべていたであろう。
 こんな炎天下の中で極々自然に出くわし、そのまま互いを睨み付けつつ勝手に服の品評会を始める始末。
 二人してこの暑さで頭がやられたのかと疑いたくなるようなにらみ合いは、しかし他人が見ればそうは思わないだろう。
『…あ~お二人さん、睨み合うのは良いが…せめてもうちっと涼しい場所で睨み合おうや』
 その他人…というか霊夢が背負うデルフも、流石に心の内側まで読めないらしい。
 馬鹿みたいに暑い通りのど真ん中でにらみ合い続ける二人に、大丈夫かと言う感じで声を掛ける。

「…ん?あぁ、そういえば…ったく!せっかく涼んだっていうのに台無しになっちゃったじゃないの…!?」
「…?なんで私の所為になるのかしら」
『そりゃそうだな。こんなに暑けりゃどんなに涼んでも外にいるなら変わらんよ』
 この呼びかけが功をなしたのか、それまで黙ってハクレイをにらみ続けていた霊夢がハっと我に返る。
 そしてついさっき井戸の水で涼んできた体が再び汗まみれになっているのに気が付いて、ついついハクレイに毒づいてしまう。
 傍から見れば勝手に汗だくになった霊夢が同じ汗だく状態のハクレイに理不尽な怒りを巻き散らしているだけに過ぎない。
 現にハクレイは一方的に怒られる理不尽に違和感を感じる他なく、流石のデルフもここは彼女の肩を持つほかなかった。

 ――――結局のところ、真夏の太陽照り付ける通りで突っ立っていたのが悪い…という他ないだろう。
 不意の対面とはいえ、せめて太陽の光が直接入らない通りで出会っていたのならばまた結果は違っていたであろう。
 霊夢としても後々考えれば場所を変えればいいと思ったが、汗だくになってしまった後で考えても後の祭りというヤツだ。
 せめて次はこうならないようにと気を付けつつ、またさっきの場所へ戻って汗を引かせるしかないであろう。
 対して彼女よりも前に汗だくになっていたハクレイは、元々涼める場所を探していた最中であった。
 …と、なれば。二人の足が行き着く場所は自然とさっきの井戸広場なのである。

『―――――…で、結局さっきの井戸広場へとUターンってワケかい』
 霊夢に担がれて、何も言わずにあの井戸がある小さな広場へともどってきたデルフは一言だけ呟く。
 その呟きには明らかに呆れの色がにじみ出ていたが、当の霊夢はそれを聞き流してまたもや地下の冷水でホッと一息ついていた。
「はぁ~…。やっぱり水が冷たいモンだから、癖になりそうだわ~」
「確かにそうよね、こんな街のど真ん中でこんな良い水が飲めるなんてね…ンッ」
 そんな事をつぶやき続ける霊夢から少し離れたベンチに座っているハクレイも、同意するかのように頷いて見せる。
 ついでその両手に持っていた井戸用の桶を口元へ持って行き、中に入った水を飲んで暑くなっていた体の中を冷やしていく。
 地上とは温度差が大きすぎる地下水道の水はとても冷たく、ひんやりとしている。
 それを口に入れて飲んでいくと、たちまちの内に火照っていた喉がその温度をさげていく。

「――…プハァッ!…ふぅ、確かに生き返るわね」
「でしょ?まさに砂漠の中のオアシスって感じよねぇ~」
 ま、砂漠なんて見たことないんだけどね。すっかり上機嫌な霊夢も井戸桶で水をぐびぐびと飲んでいく。
 そこら辺の酒場の大ジョッキよりも一回り大きい桶の中に入った水は、少女の小さな体の中へとどんどん入っていく。。
 ハクレイはともかくとして、あの霊夢でさえ苦も無く桶いっぱいに入った水を飲み干そうとしている。
『一体あの小さな体のどこに、あれだけの量の水が入るっていうんだよ…』
 彼女のそばに立てかけられたデルフはいくら暑いからと言って飲みすぎな霊夢の姿に、戦慄が走ってしまう。
 そんな事を他所に、中の水を飲み干した霊夢はホッと一息ついてから桶を足元へと置いた。

 暑さから来る怒りでどうにかなりそうだった霊夢は、冷静さを取り戻した状態でハクレイへと話しかける。
「そういえば…なんであんな所にアンタまでいたのよ?」
「…?別に私があそこにいても良いような気がするけど…ま、教えても別に困ることはないか」
 炎天下で出会ったときとは違い大人し気な霊夢からの質問に対し、ハクレイは素直に答えることにした。
 そこへすかさずデルフも『おっ、ちょっとは面白い話が聞けるかな?』という言葉を無視しつつ、あそこにいた理由を喋って行く。
 少し前に、一人の女の子にカトレアから貰ったお金を盗まれてそのまま返してもらって無いという事、
 カトレアは別に大丈夫と言っていたがこのままでは申し訳が立たず、何としても見つけて返してもらう為に街中を探し回っている事、
 かれこれ今日に至るまで探しているが一向に見つからず、挙句の果てに朝からの炎天下で参っていた所だったらしい。
「…で、そんな時に私と鉢合わせてしまっちゃった、ということなのね?」
 壁に背中を預けて聞いていた霊夢が最後に一言述べると、ハクレイはそうよとだけ返した。
 最後まで話を聞いていた霊夢であったが、正直言いたいことがたくさんありすぎて頭をついつい頭を抱えてしまう。
 そういえば財布を盗まれたあの晩に空中衝突してしまったが、偶然……と呼ぶにはあまりにも奇遇すぎる。
(まさか向こうも金を盗まれていたなんて、何もそこまで同じじゃなくたって良いんじゃないの?)
 この世界の運命を司る神を小一時間ほど問い詰めたい衝動にかられつつも、霊夢はこれが運命の悪戯なのかと実感する。
 このハルケギニアという異世界で、財布を盗まれた巫女姿の女同士がこうして顔を合わせる事など天文学的確率…というものなのであろう。
 流石に盗んだ相手の性別は違うものの、そんな違いなど些細な事に違いはない。
 デルフもデルフでこの偶然には驚いているのか、何も言わずにただジッとしている。

 頭を抱えて悩む霊夢の姿に、「どうしたの?大丈夫?」という天然気味な心配を掛けてくれるハクレイ。
 そんな彼女を他所に一人顔を挙げた霊夢は大きなため息を一つついてから、心配してくれる彼女のほうへと顔を向けた
「…まぁ、アンタの苦労もなんとなく理解できたわ。ま、お互いここでお別れだけど…精々捕まえられるよう祈っておくわ」
「一応、礼を言うべきなのかしらね?…あっ、でもちょっと…待ちなさい」
 巫女のくせにそんな事を言ってその場を後にしようとした所、軽く手を上げて見送ろうとしたハクレイが霊夢を止めた。
 ちょうどデルフを背中に戻したところであった彼女は、何か言いたい事があるのかとハクレイのいる方へと顔を向ける。

「ん?何よ、何か言いたいことでもあるワケ?」
「怪訝な表情浮かべてるところ悪いけど、まぁあるわね。…なんでアンタは人にだけ喋らせといて自分はとっと逃げようとしてるのかしら?」
「……あっ、そうか。……っていうか、喋る必要はあるのかしら?」
「いや、普通に不公平だっての」
『まー、普通に考えればそうだよなぁ~』
 ハクレイの言葉に霊夢は目を丸くしてそんなことを言い、ハクレイがそれに容赦ない突っ込みを入れる。
 そんな二人のやりとりを見て、デルフは暢気に呟くしかなかった。

「……とまあ、そんなこんなで私は色々と忙しい身なのよ」
 その言葉で霊夢が説明を終えたとき、井戸のある広場には決しては多くはないが何人もの人々が足を運んでいた。
 専業主婦であろうか女性がその大半をしめていたが、その中に紛れ込むようにして男性の姿も見える。
 ほとんどの者は水を汲みに来たのだろう、井戸のそれよりも一回り小さい桶を持ってきている者が何人かいた。
 彼らは井戸の隣で話し込む霊夢たちを横目に井戸から水を汲んで、自分の家の桶に入れていく。
 桶の大きさからして近所に住む人々なのだろう、何人かが見慣れない少女たちの姿を不思議そうに見つめている。
 中には日の当たらぬところで子供たちが地面や壁に落書きをしたり、談笑に花を咲かせている主婦たちの姿も見えた。
 それはこの一角に住む人たちにとって何の変哲もないあり触れた日常の光景で、こんな夏真っ盛りにもかかわらずそれは変わらない。
 ただし、今日は霊夢たちが先にいた為か何人かの市民がチラリチラリと見やりながら談笑していた。

 周囲から注がれる視線に霊夢が顔をしかめようとした時、それまで黙って聞いていたハクレイが口を開いた。
「なるほどね。アンタもアンタでいろいろ忙しそうね」
「……え?まぁね、一つ問題を解決しようとする所で放っておけない事が起きるんだから堪らないわよ」
 ややワンテンポ遅れているかのようなハクレイの言葉に霊夢はため息をつきながら返す。
 実際、お金を盗まれた件よりも地下に潜伏しているであろう謎の相手をどうするかが最優先事項となってしまっている。
 下手すれば、劇場で死んだあの下級貴族と同じような殺され方で命を落とす人々が出てくるかもしれない。
 その為にも唯一の手掛かりがあるであろう地下に潜ってできる限り情報を探り、最悪見つけ出して倒さなければいけない。
 だが運命というヤツは今日の彼女にはより一層厳しいのか、一向に地下へ潜れるチャンスというものに恵まれないのである。

「なんでか知らないけど警備は厳しくなってるわ、外は暑いわで……正直イヤになりそうだわ」
『今お前さんの今日一日の運勢を占い師に見せたら、きっと最悪って言われるぜ』
 前途多難にも程がある現状に頭を抱えたくなった霊夢に追い打ちをかけるかのように、デルフが刀身を震わせながら言う。
 それが癪に障ったのか彼女は「ちょっと黙ってて」と言いつつデルフを無理やり鞘に納めると、それを背中に担いですっと腰を上げた。
「…と、いうことで私は地下に潜れる所を探さないといけないからここらでお別れにしましょうか」
 ――いい加減、ジリジリと微かに痛むその頭痛ともおさらばしたいしね。
 その一言は心の中で呟きつつその場を後にしようとした霊夢は、ハクレイの「ちょっと待ちなさい」という言葉に煩わしそうに振り返る。
「まさかと思うけど、その変にお喋りな剣だけと一緒に探すつもり?」
「……それ以外誰がいるっていうのよ。まぁ手伝ってはくれそうにないけど、丁度いい話し相手にはなるんじゃない?」
『ひでぇ。剣だから喋る事と武器になる事以外役に立たないのは事実だが……それでもひでぇ』
 霊夢とハクレイの双方からボロクソに言われたデルフは、悔しさの為か鞘に収まった刀身をカタカタと震わせている。
 そんな彼に対して霊夢は「動くなっての!」と怒鳴ったが、ハクレイは逆に興味がわいたのかデルフの傍へと近寄っていく。

「……それにしても、意思を持っている剣とはねぇ。アンタ、寿命とかあるのかしら」
『?……いんや、オレっちのようなインテリジェンスソードは寿命とかは無いね。だから一度生まれれば後は戦い続けるんだよ』
 ――『退屈』という悪魔との戦いをな。いきなり質問してきた彼女に軽く驚きつつも、やや気取った感じでそう答える。
 それに対してハクレイは「へぇ~?」と興味深げな表情を浮かべて、何の気なしにデルフへと手を伸ばしていく。
 一方で霊夢は「ちょっとぉ~人の背中で何してるのよ?」と明らかに迷惑そうな表情を浮かべている。
 しかし、そんな霊夢の言葉が聞こえていないかのようにハクレイはスッと撫でるようにして、優しくデルフの鞘へと触れた。
 ――その直後であった。彼女とデルフの間に、霊夢でさえ予想しきれなかった事態が起こったのは。


 ハクレイの人差し指が最初にデルフの鞘に触れ、そのまま中指、薬指も鞘へと触れた直後、
 ――――バチンッ!…という音と共に、デルフの鞘と彼女の指の間で青い電気が走ったのである。

「――――……ッッ!?」 
『ウォオッ!?』
 突然の事に驚愕の声を上げつつもハクレイは咄嗟に後ろへと下がり、デルフは驚きのあまり鞘から飛び出してしまう。
 まるで黒ひげ危機一髪ゲームの黒ひげのように飛び出た剣は、幸いにも地面へと突き刺さった。
 対してハクレイは余程ビックリしたのか、数歩後ずさった所でそのまま尻餅をついてしまっている。
 周りにいた人々は突然の音と稲妻を見て何だ何だとざわつきながら、霊夢たちの方へと一斉に視線を向けていく。
 そして唯一二人と一本の中で無事であった霊夢は、状況の把握に一瞬の遅れが生じていた。
 無理もない、なんせ急に刺激的な音が聞こえたかと思えば、鞘から飛び出したデルフがすぐ近くの地面に刺さっていたのだから。
「――――……っえ?…………何?何なの?」 
 目を丸くし、キョトンとした表情を浮かべた彼女は一人呟いてから、ハッとした表情を浮かべてデルフへと走り寄る。
 ようやく状況を把握できたらしい彼女はすぐにデルフを地面に引き抜くと、何も言わない彼へと何が起こったのか聞こうとした。
「ちょっとデルフ、今の何よ……っていうか、何が起こったの?」
『……』
「デルフ?……ちょっとアンタ、こんな時に黙ってたら意味ないでしょうがッ!」
 霊夢の問いかけに対して、デルフは答えない。あのデルフリンガー、がだ。
 いつもなら何かあれば鞘から刀身を出して喋りまくるあのデルフが、ウンともスンとも言わなくなったのである。
 まるでただの剣になってしまったかのように、彼女の呼びかけに応じないのだ。

 ついさっき、何かが起こったというのにそれを知っているデルフは黙っている。
 自分が知りたい事を知らせない、それが癪に障ったのか霊夢は苛立ちつつもデルフに向かって叫んでしまう。
「アンタねぇ……いっつも余計な所で喋ってるくせに、こういう肝心な時に黙ってるてのはどういう了見よ!?」
 デルフの事を知らない人間が見れば、暑さで頭をやられた異国情緒漂う少女が剣に向かって叫んでいる光景はハッキリ言って異常だ。
 現に周りにいた人々はその視線を霊夢へと向き直しており、何人かが自分の頭を指さしながら友人や家族と見合っている。
 中には「衛士に通報した方がいいんじゃない?」とか言っていたりと、状況的にはかなり不味いことになり始めていく。
 それを察したのか、はたまた本当に今の今まで気を失っていたのか……金属質なダミ声がその剣から発せられた。

『――…あー、何か…何が起きた?』
 耳障りな男のダミ声が剣から聞こえてきたのに気が付いた人々は驚き、おぉっと声を上げてしまう。
 何人かが「インテリジェンスソードだったのか…!」と珍しい物を見つけたかのような反応を見せている。
 そしてそのデルフを持っていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、怒った表情のままデルフへと話しかけた。
「……ッ!デルフ、この野郎!やっと目を覚ましたわね!?」
『あ~……いや、別に気絶してたワケじゃないんだが……まーとりあえず、落ち着こうな……――な?』
 いつもとは違い、口代わりの金具をゆっくりと動かしながらしゃべるデルフに霊夢はホッと安堵する。
 だがそれも一瞬で、デルフの言葉でようやく周囲の視線に気が付いた彼女は、軽く咳払いした後に急いで彼を鞘に戻す。
 鞘に戻した後で、改めて咳ばらいをした彼女は今度は落ち着き払った様子で早速刀身を出した彼へと質問をぶつけてみる。
「一体全体、急にどうしたのよ?なんかバチンって凄い音がアンタから出て、気づいたら鞘から飛び出てたし…」
「……んぅ、オレっちにも何が起こったのかさっぱりで……それより、ハクレイのヤツは大丈夫なのか?」
 質問に答えてくれたデルフの言葉に霊夢も「そういえば……」と思い出しつつ背後を振り返ってみる。
 するとそこには、少なくない人に周りを囲まれているあの女性が立ち上がろうとしている所であった。。
 どうやら彼女はあの音の正体を間近で見ていたのか、今だショックが抜けきってないような表情を浮かべている。
 周りの人たちはそんな彼女を気遣ってか「大丈夫かい?」などと優しい心配をかけてくれていた。
 対するハクレイはそれに一言のお礼を返すことなく立ち上がったところでふと感づいたのか、霊夢はスッと傍へ走り寄る。
 この時デルフは彼女にも大丈夫?どうしたの?って言葉を掛けるのかと思っていたのだが…。
 そんな彼の予想を真っ向から打ち破るような言葉を、霊夢は真っ先に口にしたのである。

「ちょっとアンタ、コイツに何か細工でもしようとしてたんじゃないの?」
「え?………細工、ですって?」
 てっきり大丈夫か?何て一言を期待していたワケではなかったが、今のハクレイの耳にはやや棘のある言葉であった。
 まぁでも、確かに持っていた本人がそう思うのも無理はないだろうと理解しつつ、どんな言葉で返せばいいのか悩んでしまう。
 こういう時は咄嗟に反論するべきなのだろうが、はてさてそれでこの場が丸く収まるかどうか……。
 明らかに自分に非があると疑っている霊夢を前にして、ひとまずハクレイが口を開こうとするより先に、デルフが霊夢を窘めようとする。
『まぁまぁレイム、落ち着けって。別段オレっちは何処も弄られてなんかいやしないぜ?』
「デルフ?でもアンタ、それじゃあ何で勝手に鞘から飛び出したりしたのよ」
『え?あ~……いや、その……それはオレっちにも説明しにくいというか……何が起こったのかサッパリなんだよ』

 ハクレイを庇おうとするデルフは、霊夢からのカウンターと言わんばかりの質問にどう答えていいか悩んでしまう。
 彼自身、今起こった事を何と答えて良いのか分からいのか珍しく言葉を濁してしまっている。
 霊夢も霊夢で、そんなデルフを見てやはり「何かがある」と察したのか、ハクレイへと詰め寄っていく。
「やっばり……アンタが何かしでかしたんじゃないのかしら?ん?」
「わ、私は別に何も……っていうか、アンタの言い方って明らかに私がやってる前提で言ってるでしょ?」
「何よ、なんか文句でもあるワケ?」
「大ありよ!」
 ジト目で睨みつけながら訊いてくる霊夢に顔を顰めつつも、ハクレイはひとまず自分は何もしていないということをアピールする。
 それに対してすっかりハクレイが怪しいと思っている霊夢は、強硬な態度を見せる相手に対してムッとしてしまう。
 ハクレイもハクレイで負けておらず、尚も自分がデルフに何かをしたのだと疑っている霊夢を睨み返している。

 たったの一瞬、奇妙な出来事が起こっただけで緊迫状態に包まれた広場に緊張感が伝染していく。
 正に一触即発とはこの事か。彼女たちの周りにいる人々がいつ爆発してもおかしくない睨み合いから距離を取ろうとしたその時……。
 その勝気な瞳でハクレイを見上げ睨んでいた霊夢の背中から、デルフの怒号が響き渡ったのである。
『だぁーッ!待て、待て二人とも!こんな長閑な所で決闘開始五秒前の空気なんか漂わせんじゃねぇ!』
 まるで夕立の落雷のように、耳に残るダミ声の怒号に霊夢やハクレイはおろか他の人々も皆一斉に驚いてしまう。
 特に彼を背負っている霊夢には結構効いているのか、目を丸く見開いて驚いている。
 ハクレイも先ほどまで霊夢を睨んでいた時の気配はどこへやら、目を丸くしてデルフを見つめている。
 さっきまで険悪な雰囲気に包まれていた二人の警戒心が上手く吹き飛んだのを見て、デルフは内心ホッと安堵した。

(――ダメ元で叫んでみたが……どうやら、上手くいったようだな) 
 周囲の視線が自分に集まってしまったのは仕方がないとして、デルフは霊夢へと話しかけていく。
「まぁ落ち着けよレイム。意味が分からないのは分かるが、それはオレっちやハクレイだって同じことさ」
「んぅ~ん。何かイマイチ納得できないけど、まぁアンタがそこまで言うんなら、そうなのかもね」
 まだハクレイが何かしたのだと疑っている様な表情であったが、何とか説得には成功したらしい。
 先ほどまでの険悪な雰囲気を引っ込めた霊夢に、デルフは一息ついて安堵する。
 ハクレイもまた喧嘩寸前の所を止めてくれたデルフに内心礼を述べていた。

 その後、二人と一本は騒然とする広場を後にして表通りへと続く場所へと姿を移していた。
 理由はただ一つ、互いに探しているモノを探しに行く前に、別れの挨拶を済ませる為である。
 先ほどいた広場でしても良かったのだが、色々とひと騒動を起こしてしまったせいで人の目を集めすぎた。
 だから変に居心地の悪くなったそこから場所を変えて、丁度表通りとつながる横道で別れる事となったのである。
「――じゃ、アンタとはここでお別れね」
 デルフを背負った霊夢は背中を壁に預けた姿勢のまま、前にいるハクレイに別れを告げる。
 大勢の人が行き交う表通りを見つめているハクレイもその言葉に後ろを振り向き、小さく右手を上げながら言葉を返す。
「そのようね。ま、何処かで再会しそうな気はするけど」
「……何か冗談抜きでそうなりそうだから言わないでくれる?」
「そこまで本気っぽく言われるとちょっと傷つくわねぇ」
 おそらく、そう遠くないうちにそうなりそうな気がした霊夢は嫌そうな苦笑いを浮かべて肩を竦めてみせる。
 彼女がルイズの姉の傍にいる内は、最悪明日にでもまた顔を合わせる事になるだろう。

『まぁまぁ良いじゃねぇか。少なくとも敵じゃねぇんだから、仲良くしとくに越したことはないぜ』
 本気かどうか分からない霊夢に対し、苦笑いを浮かべるしかないハクレイを見てデルフがスッと口を開いた。
 彼自身、言った後で少しお節介が過ぎたかと思ったが、同じくそれを理解していたであろう霊夢が「それは分かってるわよ」と返す。
「まぁ何やかんやで助けてくれた事もあるから一応は信用してるけど、記憶喪失や名前の事も含めてまだまだ不安材料も多いしね」
「そこを突かれるとちょっと痛くなるわねぇ。相変わらず記憶は戻らないし、しかもアンタも゛ハクレイ゛だなんてねぇ」
 彼女の言う不安材料がそう一日や二日で解決できるものではない事を理解しつつ、ハクレイもまた肩を竦めて言う。
 唯一今回の接触で分かった事と言えば彼女――霊夢の上の名前が自分と同じ゛ハクレイ゛であったという事だけである。
 しかしそれで何かが解決するという事も無く、じゃあ私はその少女と同じ゛ハクレイ゛の巫女なのか……という確証までは得られなかった。
 霊夢自身も自分より前の代の巫女のことなど知らないので、彼女が博麗の巫女なのかという謎を抱えることになってしまっている。
 とはいえ、髪の色はともかく服装からして、間違いなくこことは違う世界から来た人間だという事は容易に想像できる。
(少なくともこの世界の人間じゃないだろうけど……やっぱり藍の言ってた先代の巫女……って彼女なのかしら?)
 以前街中で紫の式が話してくれた先代博麗の巫女の事を思い出した霊夢は、しかしそれを否定する。
(ま、どうでもいいわよね?仮にそうだとしてもそれが何だって話だし、それに本人が記憶喪失だからすぐに分かる事じゃないから……)

 ――まーた厄介事が一つ増えちゃっただけなんだしね。心の内で一人ため息をつきながらも、霊夢はハクレイの方を見据えながら喋る。
「まぁアンタの事は追々調べるとして、アンタもアンタでせめて自分が博麗の巫女なのかどうか調べておきなさいよ」
「あんまりそういうのに期待して欲しくないけど……まぁ私も調べられる範囲で調べて……――――ん?」
 変にプレッシャーを掛けてくる霊夢からの無茶ぶりに苦笑いを浮かべていたハクレイは、ふと背後からの違和感に怪訝な表情を浮かべる。
 一体何なのかと後ろを振り向いてみると、そこには自分のスカートを指で引っ張っている少女の姿があった。
 最初はどこの子なのかと思ったハクレイであったが、その容姿と顔が目に入った瞬間に゛あの時の事゛を思い出す。
 今こうして霊夢と出会い、炎天下の中このだだっ広い王都を歩く羽目となり、ニナに水浸しの雑巾を顔に当てられた元凶となった、少女の姿を。
「貴女――……ッ!」
「え?何?どうしたのよ……って、あぁ!」
 全てを思い出し、目を見開いたハクレイの姿に霊夢もまた少女の姿を見て声を上げる。
 彼女もまた少女の姿に見覚えがあったのだ。あの時、自分に屈辱を与えた少年を兄と呼んでいた、その少女の事を。
 霊夢が声を上げると同時に少女も声を張り上げて言った。今すぐ逃げ出したい衝動を抑えつつも、彼女は二人の゛ハクレイ゛に助けの声を上げたのだ。

「あの、あの……ッ!お金、盗んだお金を返すから……私の――――私のお兄ちゃんを助けてくださいッ!」



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