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ルイズと無重力巫女さん-95





「ふーむ…いやぁ全く。こういう時はどうすりゃあ良いのかねぇ?」
 霧雨魔理沙は考えあぐねている、今日一日をこれからどう過ごせば良いのかと。
 気温は高し、されで外は天晴れと叫びたくなるほど快晴であり、ずっと屋根裏部屋の中で過ごすのは損だと感じてしまう。
 こういう時は多少暑くとも外へ出て思いっきり汗をかき、帰ったらシャワーなり水浴びをしてサッパリしたくなる。
 少なくとも彼女はそう思っていた。今はこの場にいない霊夢とルイズはそういう人間ではないが。
 それに今日は外へ出て調べものをしようと思っていた所であり、ついさっきも裏口から外へ出ようと思っていた所なのである。
 しかしタイミングが悪いというべきか今日の運気が下がっていたかどうかは知らないが、それは成し得なかった。
 別に裏口のドアにカギか掛かっていたワケでもなく、ましてやドアを開けた先の路地が汚物やゴミに塗れていたわけではない。
 鍵はちゃんと開いていたし、路地は近年王都で台頭し始めている清掃業者のおかげで十分と言えるほど綺麗にされている。

 じゃあ何故彼女は外へ出ず、こうして屋根裏部屋に戻ってきているのか?答えはたった一つ。
 それは突然の来訪に対応せざるを得なかったからである、絶対に無視したり蔑ろにするべきレベルでない人物の。
 あの霧雨魔理沙が…否、きっと霊夢以外の人間――ルイズやこの世界の者たち―ならば絶対に驚愕してしまうだろう。
 そして誰もが信じないだろう。まさかこんな繁華街の一酒場の屋根裏部屋に、かのアンリエッタ王女がいるという事など。

 一体何故来たのか?そもそも何の目的でこんな所までやって来たのか…その他色々。
 ひとまず聞きたい事が多すぎて何を最初に言えば良いのか分からない魔理沙に、ベッドに腰かけるアンリエッタが申し訳なさそうに口を開く。
「いきなりですいませんマリサさん。…私としてはちゃんと事前に知らせてから来たかったのですが…」
「ん?あぁ別に気にするなよお姫様。まぁ、急に来られたのは本当にビックリしたが、ルイズがいたらそれだけじゃあ済まなかったろうし」
 今に項垂れてしまいそうなアンリエッタにフォローを入れつつ、魔理沙はふどもしも゙の事を考えてしまう。
 もしもこここにルイズがいたのならば、今頃急にやって来たアンリエッタの前で会話もままならない程動揺していたに違いない。
 しかし、霊夢ならばそれこそいつもの素っ気無い態度で彼女に『何しに来たのよ?』と言う姿が目に浮かんでくる。

 今は有り得ぬ゙もしも゙の事を考えていた魔理沙はすぐさまそれを隅へ追いやり、ひとまずアンリエッタに話しかけた。
「しかし、アンタも物好きだよな?ワザワザ私達を呼びつけるんじゃなくてそっちから来るだなんてさ」
「その事については申し訳ありません。けれど、本当に複雑な事情がありまして…」
「……複雑な事情、ねぇ?まぁ外の騒がしさを考えれば、何か厄介ごとに巻き込まれた…ってのは分かるけどな」
 アンリエッタの言葉に魔理沙はそう言いながら窓の方へと近づき、そこから通りを覗き見てみた。
 先程まで静かな朝を迎えていたチクトンネ街の通りはアンリエッタが来てから五分と経たず、数十人もの男女を騒々しくなっている。
 それもただの平民ではない。ボディープレートと兜を装備し、その手に市街地戦向けの短槍を手にした衛士達だ。

 彼らは二人一組か四人一組となって行動しており、路地や通りを行き交う平民に聞き込み調査を行っていた。
 中には扉が閉まっている酒場のドアを強めにノックして店の人間を起こしてまで聞き込んでいるのを見るに、相当力が入っている。
 隊長と思しき衛士が何人かの部下に命令か何かを飛ばしており、それを聞いて敬礼した彼らは急ぎ通りを走り去っていく。
 一体何を…いや、誰を捜しているのか?その答えを既に魔理沙は知っていた。
「もしかして、じゃなくても…色々と複雑な事情がありそうだな」
 その言葉にアンリエッタは何も言わず、ただ黙って頷いて見せる。
 やっぱりというかなんというか…、思わぬところで面倒事に巻き込まれたモノだと魔理沙は思った。
 思いはしたが、しかしその顔には薄らとではあるが笑みが垣間見えている。

 ―――今この王都で何かが確実に起きているのだ。それこそお姫様が直接動かねばならない程の事が。

 一昨日の出来事と合わせて、改めて何かが起きつつある場所に自分がいるという状態に、彼女は喜んでいたのだ。
 自身ありげな笑みを浮かべた魔理沙はアンリエッタの横に腰を下ろすと、親しい友人に話しかける様な調子で口を開いて見せる。
「にしてもさぁ、一体何用で来たんだよ?ルイズと霊夢は野暮用でいないしさぁ。私に出来る事なんて限られてるとおもうが?」
「それは…」
 魔理沙からの質問にアンリエッタは暫し悩んだ後、ここまでやってきた目的の一端を魔法使いへ告白する事となった。
 今この場で説明すべき事をし終えるのに、五分以下の時間があれば十分である。

 アンリエッタから事情を聞き終えた魔理沙は、これは増々厄介ごとにっにてきたと改めるほかなかった。
「…成程。…とにもかくにもアンタがここへ来た目的は何となく分かったぜ」
 そう言って溜め息をついた彼女はベッドから立ち上がり、暫し何かを考え込むようなそぶりを見せつつも、先ほど彼女に言われた事を思い出す。
 青天の霹靂…と例える程でも無かったが、それでも 一昨日までは何となく平和な日々を過ごしていた魔理沙には到底信じられない様なお願いであった。
 アンリエッタが魔理沙に頼んできた事、それはエスコート。つまりは護衛の仕事であった。
 護衛…それもこの国で最も重要な地位を持つ少女の護衛である。失敗すれば生きてはこの国から出られないであろう。
 そんな重要な仕事をアンリエッタ親しい間柄であるルイズ…にではなく、魔理沙に直接頼んできたのである。

 さすがの霧雨魔理沙もこれには二つ返事で了承しかねるのか、一人気難しそうな顔を浮かべんて悩んでいた。
 如何に彼女と言えども、この国の象徴たる少女に自分の護衛をして欲しいと頼まれればこうもなるだろう。 
 暫し考え込んでいた魔理沙であったが、痺れを切らした彼女は自分に守ってほしいと頼み込んできた王女からの意見を聞くことにした。
「けれど本当に私で良いのか?ルイズならアンタか頼み込んできた仕事をこころよく引き受けてくれそうなモンだが?」
 その質問に暫しの沈黙が続いた後…『えぇ』と肯定し、少し離れた所から自分と見つめ合う魔理沙に向かって言う。
「はい。…というよりも、ルイズには今回の事をなるべく黙っていたいのです」
「ルイズにはナイショ…だって?」
 彼女の口から出た信じられない言葉を耳にした魔理沙は思わずその言葉を反芻してしまう。
 霊夢と一緒に見ても十分中の良かった二人の内片方の口から出るとは思っていなかった言葉である。

 それからまたもや数秒程の無言を間に挟み込んでから、魔理沙が意を決してアンリエッタにワケを聞いてみる。
「なぁ…一体どういう事が説明してくれないか。わざわざルイズにまで秘密にする事って一体…?」
 魔理沙からの質問に対し、深々と頭を下げつつもアンリエッタは全てを語る事まではしなかった。
「今はまだ多くを語れません。…ただ、もしルイズを今の段階で関わらせてしまえばあの娘を深くガッカリさせてしまうのよ」
「だったら尚の事アイツを頼った方が良いんじゃないか?何かワケがあったのは分かるが、通りの騒ぎを見れば無断で抜け出したのか何となく分かるぜ?」
 相も変わらずルイズを大切に思いつつも何処か不器用なアンリエッタの言葉に、魔理沙は外を指さしながら言う。 
 それでもアンリエッタは理由を言えないのか、申し訳なさそうな表情で首を横に振るばかりであった。

 中々に口が堅いお姫様相手に、流石の魔理沙もこれ以上はダメだと判断したのだろうか。
 参ったと言いたげに大きな溜め息一つついてから、軽く両手を上げつつ「わかった、わかった」と言って彼女の願いを聞く事にした。
「とにかく今のアンタが結構なワケありで、尚且つその理由をルイズに話す事はできないが…私には護衛役になってくれ。そう言いたいんだな?」
「一方的な願いだというのは承知しております。短くとも今夜中には、ワケを話せると思いますので、どうか…」
 渋々といった感じで自分の願いを承ってくれた魔理沙に対して、アンリエッタは申し訳なさそうに頭を下げながら礼を述べた。

 王家、それも実質的にはこの国のトップである少女が下げた頭からは、本当に申し訳ないという悲痛な思いが漂ってくる。
 流石の魔理沙でもそれを感じ取って、本当なら今すぐにも理由を打ち明けたいという彼女の気持ちが伝わってきてしまう。
 ましてやこの国の人間ではない自分にこんな対応を見せてくれているのだ、それを無下にできるほど霧雨魔理沙は非道ではなかった。

 バツの悪そうな表情を浮かべる魔理沙は頬を少し掻きつつも、頭を下げているアンリエッタに声を掛けた。
「んぅー…まぁいいや。アンタには色々と貸しがあるし、何より最後まで隠しっぱなしにする気はなさそうだしな」
 その言葉にアンリエッタは顔を上げ、一転して明るい表情を浮かべて見せた。
「…!それじゃあ…」
「暇を潰そうと思っていた矢先にこれだからな。丁度良い暇つぶし替わりにはなるだろうさ」
「マリサさん、あり…ありがとうございます」
 やっと嬉しそうな反応を見せてくれたアンリエッタにそう言ってみせると、彼女は優しく魔理沙の手を取って握手してくれた。
 常日頃森の中へと入り、キノコや野草を採取して、色々な薬品に触れてきたが、それでも毎日のケアを欠かさずにしている自分の手と比べ、
 アンリエッタの手はとても柔らかくて綺麗で、その肌触りだけで生まれや育ちも自分とは全く違うのだと、魔理沙は改めて認識してしまう。

 その後、魔理沙は改めてアンリエッタから護衛の詳細を聞く事となった。
 長くても短くても今日中に夜中まで衛士や騎士達に捕まることなく、街中で潜伏できる場所で一緒にいて貰いたいとの事。
 最初魔理沙は「隠れるなら街の外へ出た方が見つかりにくいだろ?」と提案してみたが、それは却下されてしまった。
 アンリエッタ曰く外へと通じる場所は全て厳重な警備が敷かれており、正規の出入り口には魔法衛士隊までいるらしい。
 その為外へ隠れる事は不可能であり、実質的に彼らが巡回する街中に隠れるほかないのだという。
「何も二、三日隠れるワケではありませんから、どこか彼らの目が届かない場所があれば良いのですが」
「とはいっても相当難しいぜ?アンタを捜してるのなら、そういう場所まで目を通せるだけの人員は出してるだろうしな」
 二人してベッドに腰を下ろして考えていると、ふと窓の外から激しくドアをノックする音が聞こえてきた。 

 その音を耳にして魔理沙は思い出す。衛士達の何人かが、店を閉めている酒場のドアを叩いていた事を。
 まさかこの店までおってきたのか?…彼女はベッドから腰を上げるとすぐさま窓から外を見下ろしてみる。
 しかし『魅惑の妖精』亭の入口には誰も立っておらず、もしや…と思って右隣りの店へと視線を向ける。
 案の定その店の入り口には三人ほどの衛士が立っており、先頭に立っている男性衛士がドアを強めにノックしていた。
 店の店主は寝ているのだろうかまだ出てこないのだが、衛士達の様子を見るに何時ドアを蹴り破られても可笑しくは無い。
 そして店の中へと押し入り、粗方探し終えた暁には――この店にも同じことをしてくるのは明白であった。
 アンリエッタは彼らに見つかってはいけないと言っている以上、するべき事はたったの一つしかない。

「ひとまず、この店…と言うより一帯から離れた方が良さそうだな」
「そうですね。…あ、でもすいません…今私が着ているドレスが…」
 魔理沙の言葉にアンリエッタも続いて頷いたものの、ふと自分の着ている服の事を思い出した。
 一応上からフードを被っているものの、衛士達の目に掛かればすぐに看破されてしまうだろう。
 現にドレススカートの端っこであるフリル部分がはみ出ており、これではフードの下からドレスを着ていますと主張しているようなものである。
「…そっか、まぁ持ってないのは一目でわかるが、着替えとかは?」
「すみません。何せここまで連れてきてくれた者達からなるべく身軽になるよう言われたので着替えの持ち合わせは…」
 一応ダメ押しで着替えの有無を確認した魔理沙であったが、案の定というか予想通りの答えが返ってくる。
 まぁお姫様の着替えとなると、どれも繁華街の中では目立ってしまうだろうから使えなかったかもしれない。

「とはいえこのままドレスで出ていくのは危ないし、何かお姫様が着れるような服は――――…ありそうだな」 
 魔理沙はそんな事を考えつつもとりあえず屋根裏部屋を見渡してみると、ふと隅に置かれた三つの旅行用鞄に気が付いた。
 三つとも大きさは大体同じであるものの、外見を見れば誰の鞄なのかはすぐに分かる。
「…?どういたしました?」
「あの鞄なら姫様でも着れるような服があるだろうし、ちょっくら調べてみるぜ」
 魔理沙はそう言って鞄の方へと近づくと、一番右に置かれた高そうな旅行鞄へと手を伸ばす。
 如何にもこの世界でブランド物として扱われていそうな高い旅行鞄の持ち主はルイズである。
 ルイズの制服…少なくともシャツとプリッツスカートだけならばアンリエッタが身に着けても怪しまれる心配は少なくなるかもしれない。
 そう思って鞄を開けようとした魔理沙はしかし、寸での所である事に気が付いてしまう。

 ――――ちょっと待て?アンリエッタの体格的だと色々無理じゃないか?主に胸囲的に。

 ふとそんな考えが脳裏を過った後、思わず魔理沙はバッと振り返ってみる。
 そこにはタイミングよくフードを脱いで、見慣れたドレス姿になったばかりのアンリエッタが立っていた。
 見比べるまでも無くルイズ以上…もしかするとあのキュルケよりも僅差で勝っている程大きな胸がドレス越しに主張している。
 魔理沙自身あまり他人の胸でどうこう言った事はなかったものの、その圧倒的大きさに思わず唸ってしまいそうになった。
 そして胸だけでなくヒップやウエストもバスト程主張していないが、ルイズ以上だというのは一目で分かってしまう。
(ルイズの鞄から服を取り出す前に確認しといて良かったぜ…)

 親友の体で悲惨な目に遭いかけた危機からルイズの服を救って見せた魔理沙は、その左隣にある鞄へと目を向けた。
 茶色字でいかにも手入れしていなそうな鞄であり、取っ手付近には墨で『博麗霊夢』と目立つような書かれている。
 流石にアンリエッタにあの巫女服を着せるのは目立つ目立たない以前に怒られるような気がした、主にルイズと霊夢の二人に。
 どっちにしろ、アンリエッタ程胸の大きくない霊夢の服ではサイズが合わなくで色々危うい゙事になるのは火を見るより明らかだ。
 霊夢の巫女服なんて着せられんわな…そう思った魔理沙はしかし、ここで少し前の出来事を思い出した。
 そう…あの日、ルイズが姫様との結婚式があるからといって巫女服しかない霊夢にプレゼントしたあの服を。
(あれなら…何とか行けそうかな?どっちにしろ私の服じゃあ姫さまのサイズに合いそうにないしな)

 左側に置いていた自分の鞄には触れぬどころか視線も向けぬまま、魔理沙は霊夢の鞄へと手を掛ける。
 手慣れた動作でロックを外すと鞄を開き、そこに入っているであろう目当ての服を捜して巫女服やら茶葉の入った缶やらをかき分けていく。
 紅と白、紅と白…と紅白しか目立たない鞄の中では、対称的なモノクロカラーのソレはすぐに見つける事ができた。
「おぉあったぜ!これを探してたんだよコレを」
「あのマリサさん?コレ…とは私の着替えの事でしょうか?」
 鞄を少しだけ探り、両腕に抱え上げたのが何なのか気になったアンリエッタは魔理沙の肩越しに彼女の言ゔコレ゙覗き見てみる。
 それは鞄の中をほぼ占領していた紅白の中では一際目立つ、白いブラウスと黒のスカートであった。

 白と黒、というのは魔理沙の服と似てい入るがこちらの方が大分涼しげに見える。
 ふと彼女が空けていた鞄の中にも視線を向けてみると、スカートと同じ色をした帽子まで入っていた。

「まぁ、随分とシンプルだけど良さげな感じね。…ところでマリサさん、ひよっとしてそのか鞄の持ち主って…」
「あぁコレか?まぁ中を見てみれば分かるが霊夢の鞄だよ。巫女服だらけだから誰にでも分かると思うけどな」
「そうですか…って、えぇ!?それって少しまずいのでは…」
「大丈夫だって安心しろよ。霊夢のヤツもソレはそんなに着る事はないし、秘密にしてればバレはしないさ」
 鞄の中を覗き見した際に一瞬だけ見えた巫女服に気付いたアンリエッタの質問にね魔理沙は笑いながら答えて見せる。
 それから少し遅れで驚いて見せたアンリエッタは、魔理沙が手に持っている霊夢の服を見て至極当然の事を聞いた。
 しかし魔理沙はそれに対して笑いながら大丈夫と言いつつ、アンリエッタにその服と帽子一式を手渡した

「……うーん、分かりました。私自身文句を言える立場にはありませんもの」
 魔理沙に代わって霊夢の服を腕で抱える事になったアンリエッタは暫し躊躇ったものの、止むを得なしと意を決したのだろうか、
 その目に強い眼差しを浮かべてそう言ってのけた彼女は、ひとまず着替えをベッドの上に置いてからドレスへと手を掛ける。
 そして勢いをなるべく殺さぬよう遠慮なくドレスを脱ぎ、その下に隠れていた胸を揺らしつつも下着姿に早変わりして見せた。
 ソレを近くで見ていた魔理沙は改めて思った。やはり彼女は、脱いだ先にある体は流石に王家なのだと。
「……やっぱデカいなぁ」
「―――…?」
 小声で呟いた為聞こえはしなかったものの、珍しい物を見るかのような目で此方を凝視する彼女が気になるのか、
 怪訝な表情を浮かべつつも、アンリエッタは魔理沙から手渡された霊夢の服へと着替え始めた。

 結果として彼女が服を着るのはスムーズに終わったものの、その後が大変であった。
 要点だけ言うと、霊夢とアンリエッタのサイズが微妙に合わなかったのである。主に胸囲が。

「何だか…ちょっとサイズが小さめなんですのね…?」
「マジかよ」
 折角着終えたというのに胸の部分がやや窮屈そうに張りつめているブラウスを見て、魔理沙は思わず唖然としてしまう。
 いつも一緒にいる三人の中では霊夢が比較的大きいと思っていただけに、微妙なショックを覚えていた。
 それを余所に少し窮屈気味にしていたアンリエッタであったが、それもほんの一瞬であった。
「…ま、いいわ。別に着れないってワケじゃないのだし」
 いいのか!結構寛容なアンリエッタの判断に、魔理沙は思わず内心で突っ込んでまう。
 まぁ本人が良しとするならそれでいいのだろう。着られている服としては堪ったものではないだろうが。
 しかしここで魔理沙が一息ついた隙を突くかのように、アンリエッタは「こうしたらもっと良いかも…」と言って胸元を触り始めている。

 一体何をしようかと視線を向けた時、そこには丁度シャツのボタンを一つ二つと外す彼女の姿が目に入ってきた。
 無理にボタンを留めていたせいでシャツによる束縛が緩くなっていき度に、胸の谷間が露わになっていく。
 三つ目を外そうとした所で流石にこれ以上は不味いと判断したかの、ボタンを二つ外した所でアンリエッタは満足そうにうなずいて見せた。
 王族の人なのに随分と大胆な事をするなーと驚く一方であった魔理沙は、同時に彼女が取った行動に成程なーと感心してしまう。
 ボタンを外したことにより、清楚なデザインであったシャツが胸の谷間を強調しているかのような…いかにも夜の女が着そうな服へと早変わりしている。
 実際にはそういう風に見える、程度であるが…こうして見直してみると繁華街で暮らしている水売りの女性にも見えなくない。

 そして何よりも面白い事は、そんな服を着ているにも関わらずアンリエッタの美しさが殆ど崩れていないという事にあるだろう。
 むしろドレスの時と比べて扇情的な雰囲気を醸し出しているので、男にとって大変目のやり場に困るのは間違いなしだが。
 感心の目を向ける魔理沙に気付いたのか、アンリエッタは少しだけ顔を赤くすると自分の胸元を見ながら喋り出す。
「多少無理はあるかもしれませんが、人の借りものですし…何よりちょっとした変装になるかと思いまして…」
「へぇ~…王族の人だからけっこうお淑やかだと思ってたが、中々どうして似合っているじゃないか?」
「え?そ、そうでしょうか…?その、こういう服は初めて着ますので正しいのかどうかはわかりませんが…ありがとうございます」
 流石に自分でも恥ずかしいと感じているのか、照れ隠しするアンリエッタに魔理沙は苦笑いしつつ賞賛の言葉を送った。
 何故かそれに困惑しつつも、アンリエッタは恐る恐るといった感じで礼を述べたのであった。

 その後、もしも衛士達がここまでやってきた時に見つかっては不味いという事でドレスとフードは隠す事なった。
 屋根裏部屋に元々置いてあった木箱の中で幾つか蓋の開くものがあったが、中は案の定埃に塗れている。
 蓋を開けた途端に舞い上がる埃を見て二人は目を細めたものの、それに怯むことなくアンリエッタはフードを箱の中へと入れた。  
「私の目から見てもそのフード含めて結構上等なモノそうだが、こんな場所に入れといて良いのか?」
 いくら本人が良いと言ったとはいえ、流石の魔理沙も明らかに特注品であろう高級ドレスを埃だらけの環境に置いておくのはどうかと思ったのだろうか。
 最初にフードを入れたアンリエッタは、再び舞い上がる埃に軽く咳き込みつつも頷いてみせた。
「ゴホ…構いませぬ。もしも見つかってしまった後の事を考えれば…ケホッ!…ドレスの一枚や二枚、ダメになったとしても…コホンッ!安いものですわ」
「……そうか」
 やはりワケあり、それも相当なモノだと改めて理解した魔理沙は手に持っていたドレスを箱の中へと入れる。
 この国の象徴である白百合の様な純白の色のドレスには埃が纏わりつき、その白色を汚していく。
 それを見下ろしつつも蓋を閉めようとした魔理沙は、ふとアンリエッタが呟いた独り言を耳にしてしまう。

「埃に纏わりつかれる純白のドレス……皮肉ね。今この国と同じ状況に置かれるだなんて」
 悔しさがありありと滲み出ている表情でドレスを見下ろす彼女を横目で見やりつつ、魔理沙は蓋を閉めていく。
 彼女は一体何に対して悔しみを感じているのか?そしてこの国の今の状況とは一体?
 やはり単純な面倒事ではなさそうだなと魔理沙は感じつつ、同時にこれは大事になるかもしないという危惧を抱いたのであった。




 …このタイミングで最愛の姉であるカトレアとの再会を果たすなんて、運命の女神と言うヤツはどれだけ悪戯好きなのだうろか?
 ここ最近のルイズはそんな事を考えながらも、何もせずにじっと過ごしていた。
 無論、事前にカトレアがこの街に滞在しているという事は知っていたし、いずれは本腰を入れて探すつもりであった。
 しかし今は姫様から仰せつかった任務があるし、何よりも魔理沙が戦ったという正体不明の怪物の件もある。
 更に最悪な事に、一昨日あのタニアリージュ・ロワイヤル座でその存在を裏付けるかのような惨殺事件さえ起こったのだ。
 昨日は死体を見たショックで何もできなかった自分とは違い、霊夢は事件の謎を追って街中を飛び回っていたという。
 ならば自分も落ち込んでいるワケにはいかず、彼女と一緒に王都に潜んでいる゙ナニガを捜し出すべきなのである。

 それが霊夢を召喚した者として、そしてガンダールヴの主として自分が果たすべき責務というものではないのだろうか?
「――――…だっていうのに、私はこんな所で何をしてるのかしら?」
「…はい?」
「あ、な…何でもないわ!」
 検問という事で通るのに身分証明が必要という事で学生手帳を渡した後、許可が出るまで待っている最中にぼーっとしてしまっだろう。
 ここに至るまでの過程を軽く思い出すのに夢中になってしまったあまり、口から独り言が漏れてしまったようだ。
 学生証の写しを摂っていた詰所の下級貴族の怪訝な表情を見て、ルイズは何でもないと言わんばかりに首を横にふっしまう。
 何でも無いというルイズの言葉に肩を竦めながらも、見張りの彼は身分証明の確認が済んだ事をルイズへ告げる。
「お待たせいたしましたミス・ヴァリエール。どうぞ、横のゲートを通って中へお入りください」
 学生手帳を返した下級貴族はそう言って詰所内の壁に設置されたレバーの持ち手を握って、それを下へと下ろしていく。

 するとルイズの目の前、彼女をここから先へ通さんとしていたかのように立ちはだかっていた通行止めのバーが、上へと上がっていく。
 細長くやや部厚めの木で出来たバーが上がる様子を眺めつつ、ルイズは衛士代わりの下級貴族に礼を述べた。
「ありがとう。こんな所にヴァリエール?って感じで疑われるのを覚悟していたから助かったわ」
「いえいえ、何せ今年の夏季休暇はここに『特別なお方』がお泊りになっておりますからね」
 あの人の家元を考えれば、ヴァリエール家の者がここにいると勘づくのは分かっていましたよ。
 最後にそう言ってルイズに軽く敬礼をしてくれたのを見届けた後、ルイズはゲートを通ってその向こう側へと入る。
 そしてそこで一旦足を止めて背後を振り返ると、彼女は一人ポツリと呟いた。
「『風竜の巣穴』…か。確かにパンフレット通り…良い景色が一望できそうね」
 王都の街並みを一望できる小高い丘の下に建てられたリゾート地の入り口で、ルイズはホッと一息つく。

 ルイズがここへ来た理由は一つ、一昨日別れたカトレアに会いに行くためである。
 別れ際に彼女からここの居場所と、ご丁寧にもどこの別荘に泊まっているという事も教えてくれた。
 わざわざ教えてくれなくとも場所さえ教えてくれれば自力で探せそうなものだが…と、当時のルイズは思っていたのである。
 しかし、それが単なる迂闊であったという事は初めてここを訪れたルイズは身を持って知る事となった。
「ちょっとした規模のリゾート地かと思ったけど。…成程、こうも同じような建物ばかりだと迷っちゃうわよね…」
 カトレアから手渡されたメモと地図が載ったパンフレットを片手に道を歩く彼女は、似たようなデザインが続く別荘を見てため息をついた。
 一応細部や部屋の様相が違うという事はあるだろうが、外見だけ見ればどれも似たようなものである。
 それが何件も続いている為、中庭に誰も出ていなければ何処に誰がいるか何て分からないに違いない。

 幸い各別荘の入口には数字が書かれた看板が刺さっており、何処が何番の別荘だと迷う事は無いだろう。
 ルイズはメモに書かれている「12」番の看板を捜して、別荘地の奥へ奥へと進んでいく。
「今が五番で次が六番だから…って、この先道が二つに分かれてるのね」
 「5」番目の看板が目印の、オリーブ色の屋根が目立つ別荘の前で足を止めたルイズは、ふと前方に分かれ道がある事に気が付く。
 次の別荘は隣にあったものの、どうやら七番目と八番目の別荘は左右に分かれているらしい。
 右の方には『8』が、左には『7』の番号が振られた別荘がそれぞれ宿泊施設としての役目を果たしている最中であった。
 どちらの別荘にも貴族の家族が泊まりに来ているようで、右の別荘の芝生では幼い兄弟が楽しそうにキャッチボールをしている。
 ボール遊びといってもそこは貴族の子供、平民の子から見れば結構アクロバティックな球技と化していた。

 思いっきり上空へと投げたボールを受け取る子供が『フライ』の呪文を唱えて見事にキャッチし、次いで空中から投げつける。
 それを先ほど投げた子が『レビテーション』の呪文を唱えて勢いを殺し、難なくボールを手にしてみせる。
 兄弟共に楽しそうな笑み浮かべて汗を流して遊ぶ姿は、例え魔法が使えるとしても平民の子供と大差は無い。
 それを若干羨むような目で見つめていたルイズは、左の別荘の方へも視線を向けてみる。
 左の別荘の芝生ではこれまた幼い姉妹が魔法の練習をしており、子供用の小さな杖を一生懸命振って魔法を発動させようとしていた。
 ルイズが今いる位置からでは聞き取れなかったが、彼女たちの周囲で微かなつむじ風が起こっている事から恐らく『風』系統の練習なのだうろ。
 子供の幼い舌では上手く呪文を唱えられないのであろう、必死に杖を振る姿がなんとも昔の自分にそっくりである。
 ただ違う所は一つ。彼女らは一応風を起こしているのに対し、自分はどれだけ杖を振っても成果が出なかった事だ。

(あの時自分の系統が何なのか気付いてたら…って、そんな事考えても仕方ないわよね)
 幼少期の苦い思い出を掘り越こしてしまった気分にでもなったのであろう、ルイズは沈んだ表情を浮かべつつも首を横に振って忘れようとする。
 自分がここを訪れた理由は一つ。幼少期の苦い思い出を堀り越こす為ではなく、カトアレに会いに行く為だ。

 その後、すぐに気を取り直したルイズは芝生で遊んでいた子供たちの内、魔法の練習をしていた姉妹に聞いてみる事にした。 
 最初こそ怪しまれたものの、今日はマントを身に着けていた為不審者扱いされずに何とか道を聞く事ができた。
 どうやら「12」番の看板が刺さった別荘は彼女たちがいる左側にあるようで、二人して道の奥を指さしながら教えてくれた。
 ルイズは「そう、助かったわ。ありがとう」とお礼を言って立ち去ると、姉妹は揃って「じゃあねぇ!」と手を振りながら見送ってくれた。
 彼女も笑顔で手を振りつつその場を後にすると、左側の道路を奥へ奥へと進んでいく。

 その間にも何人かの宿泊客達と出会い、軽い会釈をしつつも「12」番の看板目指して歩き続ける。
 やがて数分程歩いた頃だろうか、もうすぐ行き止まりという所でようやく探していた番号の看板を見つける事ができた。
「十二番…ここね」
 少しだけ蔓が絡まっている看板に書かれた数字を確認した後、ルイズは臆することなく芝生へと入っていく。
 綺麗に切りそろえられた芝生、その間を一本の線を走らせるようにして造られた石造りの道をしっかりとした足取りで歩くルイズ。
 他と同じような造りの二階建ての別荘からは人の気配があり、ここを利用している人たちが留守にしていないという何よりの証拠である。
 看板は合っている、留守ではない。それを確認したルイズはそのまま道を進んで玄関の方へと歩いていく。
 一分と経たない内に玄関前まで来た彼女は軽く深呼吸した後、ドアの横に付いた呼び鈴の紐を勢いよく引っ張った。

 直後、ドア一枚隔ててチリン、チリン…という鈴の音が聞こえ、誰かが訪問してきたという事を中の人々に知らせてくれる。
 呼び鈴を鳴らし終えたルイズはスッと一歩下がった後に、このドアを開けてくれるであろう人物を待つことにした。
 すると、一分も経たない内に呼び鈴を聞きつけたであろう誰かが声を上げたのに気が付く。
「…~い!少々お待ちォー!」
 ドア越しに軽快な足音を響かせてやってきた誰かは、ゆっくりとドアを開けてその姿を現す。
 その正体は市販のメイド服に身を包んだ、四十代手前と思われる女性の給士であった。
 薄黄色の髪を短めに切り揃え眼鏡を掛けている彼女は、ドアの前に立っていたルイズを見て「おや」と声を上げる。
「おやおや、これは貴族様ではございませぬか?…して、この別荘に何か御用がおありでしょうか?」
 丁寧に頭を下げつつも、ルイズがどのような目的でこの別荘のドアを叩いたのか聞いてくる給士の女性。
 ルイズは丁寧かつ仕事慣れした彼女の挨拶に軽く手を上げて応えつつ、単刀直入にここへ来た目的を告げた。
「今ここを借りているち…カトレア姉様に会いに来たの。ルイズが来たと伝えて頂戴」
「…ルイズ!?…わ、分かりました。すぐにお呼び致しますので、どうぞ中へ…」
 基本的に宿泊している貴族の名を明かすことは無いこの場所において一発で名前を当て、尚且つルイズという名を名乗る。
 この国の重鎮であるヴァリエール家の事を多少は知っていた給士はハッとした表情を浮かべ、すぐさまルイズを家の中へと招いた。

 カトレアが現在泊まっている別荘の中へと入ったルイズは、給士の案内でハイってすぐ左にある居間へと通される。
 大きなソファーと応接用のテーブルが置かれたそこには彼女とは別にカトレア御付の侍女が一人おり、部屋の隅の観葉植物に水をやっている所であった。
 丁度その時ルイズに対し背を向けていたものの、ルイズはポニーテルにした茶髪と鳥の羽根を模した髪飾りを見てすぐに誰なのかを知る。
「ミネアさん、ミネアさん。お客様が来られましたよ」
「あっはい……って、ルイズ様!?ルイズ様ですか!」
 給士がその侍女の名前を口にする彼女――ーミネアはクルリ振り向き、ついでその後ろにいたルイズを見て素っ頓狂な声を上げてしまう。
 そりゃまさか、こんな所で自分の主の妹様にお会いする等と誰が予想できようか。
 驚きのあまりつい大声を出してしまったミネアはハッとした表情を浮かべて「す、すまいせんつい…!」と謝ろうとした所で、ルイズが待ったと手を上げた。
「別に良いわよミネア。貴女が驚くのも無理はないかもしれないんだから」
「あ…そ、そうですか…。でも驚きました、まさかルイズ様とこんな所でお会いするだなんて…」
 ルイズが学院へ入学する少し前に、地方からカトレア御付の侍女として採用されたミネアとの付き合いは決して長くは無い。
 けれども無下にできるほども短くも無く、こうして顔を合わせば親しい会話ができる程度の仲は持っていた。

 その後給士の女性は居間起きたばかりだというカトレアを呼びに二階へと上って行き、
 居間で彼女を待つ事となったルイズにミネアは紅茶ょご用意いたしますと言って台所へと走っていった。
 結果居間のソファに一人腰を下ろしたルイズは、すぐに下りてくるであろうカトレアを待つ間に今をグルリと見回してみる事にした。
 全体的に目立った装飾は施されていないものの、貴族が泊まれる別荘というコンセプトを考えれば確かに泊まりやすい場所には違いないだろう。
 最近の貴族向けのホテルではいかに豪勢な装飾を施すかで競争になっていると聞くが、ここはそういう俗世の嗜好とは無縁の場所らしい。
 どらかといえばあまり装飾にこだわらず、街から少し離れた静かな場所で休みを過ごしたいという人には最良の場所なのは間違いないだろう。

 そんな風に素人なりの考えを頭の中で張り巡らしていたルイズの耳に、彼女の声が入り込んできた。
「あら、こんな朝早くから一体誰が来たのかと思ったら…やっぱり貴女だったのねルイズ!」
「ちぃねえさま!」
 慌てて腰を上げて声のした方へ顔を振り向けると、そこには眩しくて優しい笑顔を見せるカトレアの姿があった。
 いつものゆったりとした服を着て佇む姿に何処も異常は見受けられず、あれから二日間は何事も無かったようである。
 最も、ルイズとしてはあれ以来何か変な事があったのなら驚いていたかもしれないが、それも単なる杞憂で済んでしまった。
 まぁ何事も無ければそれで良く、ルイズは何事も無い二番目の姉の姿を見てホッと安堵しつつ、彼女の傍へと近寄る。
 カトレアもまるで人に慣れた飼い猫の様なルイズを見て安心したのか、近寄ってきた彼女の体をそのまま優しく抱きしめてしまう。

「あぁルイズ、私の小さなルイズ。いつ見ても貴女は愛くるしいわねぇ」
「ちょ…ち、ちぃねぇさま…!う、嬉しいですけど…!何もこんな所で…ッ」
 突然抱きしめられたルイズは嬉しさと恥ずかしさからくる照れで頬が赤面しつつも、姉の抱擁を受け入れている。
 服越しに感じる細めの体と優しい香水の香りに、自分とは比べ物にならない程大きくて柔らかい二つの胸の感触。
 特に胸の感触と圧迫感の二連撃でどうにかなってしまいそうな自分を抑えつつ、ルイズはカトレアからの愛を受け入れ続けている。
 これがキュルケや他の女の胸なら容赦なく押し退けていたが、流石に自分の姉相手にひんな酷いことは出来ない。
 むしろここ最近苦労続きの身には何よりものご褒美として、彼女は顔に押し付けられている幸せを安らかに堪能していた。
 そしてふと思う。今日は自分一人だけで姉のいる此処へ訪問するという選択が正しかったという事を。
(ここに霊夢たちがいなくて、本当に良かったわ…死んでもこんな光景見られたく無しいね)

 その後、互いに一言二言の会話を交えたところで準備を終えたミネアがティーセットをお盆に載せて戻ってきた。
 朝と言う事もあって軽い朝食なのだろうか、小さいボウルに入ったサラダとベーグルサンドがお盆の上にある。
 カトレア曰く「食材等もここの人たちが用意してくれてるの」と言っており、今の所不自由は無いのだという。
 確かに、サラダに使われてる野菜や焼き立てであろうベーグルを見るに食材には気を使っているのが一目でわかる。
 平民にも食通が多いこの国では貴族の大半は美味しい物を食べ慣れており、酷い言い方をすれば舌が肥えているのだ。
 そうした貴族たち専門の宿泊地で食材に気を使うというのは、呼吸しないと死んでしまうぐらい常識的な事なのであろう。

 姉からの説明でそんな事を考えていたルイズの耳に、今度は元気な幼女の声が聞こえてきた。
「おねーちゃん!……って、この前の小さいお姉ちゃん?」
 カトレアと比べてまだ聞き慣れていないその声にルイズが声のした方―――厨房の方へと顔を向ける。
 するとそこに、顔だけをリビングへと出して自分を見つめている幼女、ニナの姿があった。
 彼女は見慣れぬ自分の姿を見て多少驚いてはいるのか、そのつぶらな瞳が丸くなっているのが見て取れる。
 カトレアはリビングへとやってきたニナを見て、嬉しそうに笑い掛ける。
「あぁニナ。今日は私の大切で可愛い妹が朝早くから来てくれているの。ついでだから、一緒に朝ごはんを頂きましょう?」
「え?…う、うん」
 いつもは元気な返事をするであろうニナは、見慣れぬルイズの姿を見つめたまま曖昧な返事をする。
 その姿はまるで元からいた飼い猫が、新参猫に対して警戒しているかのようであった。

 カトレアもニナの様子に気が付いたのか、優しい微笑みを浮かべつつ言葉を続けていく。
「大丈夫、怯える事なんてどこにもないわよ。こう見えても、ルイズは私より気が利く子なんですから」
「ちょっ…急に何を言うのですかちぃねえさま?」
 やや…どころかかなり持ち上げられてしまったルイズは、カトレアの唐突な賞賛に赤面してしまう。
 嬉しくも恥かしい気持ちが再び胸の内側から込み上がる中で、ついつい姉に詰め寄っていく。
 カトレアはそんなルイズの反応を見てクスクスと笑いつつ、呆然とするニナの方へと顔を向けながら一言、
「ね、そんなに怖くは無いでしょう?」と不安な様子を見せるニナに言ってのけた。
 ニナもニナでそれである程度ルイズを信用するつもりになったのだろうか、コクリと小さく頷いて見せる。
 それを見て良しとしたカトレアもコクリと頷き返してから彼女の傍へと近寄り、優しく頭を撫でながら「良い子ね」と褒めてあげた。
「それじゃ、頂きますをする前に手を洗いに行きましょうか?」            、 
「……うん」
「あ、私も一緒に…」
 カトレアの言葉に頷くと、彼女の後に続くようにして洗面場の方へと歩いていく。
 それを見ていたルイズもハッとした表情を浮かべて席を立つと、若干慌てつつも二人の後を追って行った。

 その後、成り行きで三人仲良くてを洗い終えたルイズ達は居間で朝食を頂く事となった。
 スライスオニオンとハムの入ったベーグルサンドとサラダは朝食べるのにうってつけであり、紅茶との相性も良い。
「どうしらルイズ?味は保証できると思うけど、量が少なかったらパンのおかわりもあるけど…」
「あ、いえ。大丈夫ですよちぃ姉さま、私はこれくらいでも十分ですし…それに御味の方も、とても美味しいです」
 勿論実家のラ・ヴァリエールや魔法学院での朝食と比べれば品数は少ないが、ルイズ自身朝はそれ程食べるワケではない。
 自分の質問に素早く答えたルイズにカトレアは微笑みつつ、サラダのドレッシングで汚れたニナの口元に気が付く。
「あらニナ、そんなに慌てて食べなくてもサラダは逃げませんよ?」
「ムグムグ……はぁ~い!あ、じじょのおねーさん!パンのおかわりちょーだい!」
 カトレアは無論小食であるので問題は無く、食べ盛りであるニナは少し物足りないのか侍女達からおかわりのパンを貰っている。
 貴族らしくお淑やかに頂くルイズ達とは対照的にがっついているニナの姿に、侍女達は元気な子だと笑いながらバゲットから焼きたてのパンを皿の上へと置く。
 ニナはそれにお礼を言いつつ置かれたばかりのパンを掴むとそのまま齧りつく…事は無く、一口サイズに千切って口の中へと放り込む。
 きっとカトレアから教わったのだろう。この年の子供で平民だというのに食事のマナーを覚えているニナに流石のルイズも「へぇ…」と感心の声を上げてしまう。

 それを耳にしたであろうカトレアが、妹の視線の先にニナがいる事で察したのか嬉しそうな笑みを浮かべながら言った
「偉いわねニナ。妹のルイズが貴女の綺麗な食べ方を見て感心してくれてるわよ?」
「え、ホントに?」
「え?いや…そんな、別に…ただ平民の子供だからちょっとだけ感心だけよ」
 まるで本当の母親のように褒めてくれたカトレアの言葉に、ニナは嬉しそうな瞳をルイズの方へと向ける。
 ニナが褒められたというのに何故か気恥ずかしい気持ちになってしまったルイズは、照れ隠しのつもりで手に持っていたサンドウィッチに齧り付いた。
 シャキシャキとした食感と仄かな甘味のある玉葱と少し厚めにスライスされたロースハムの旨味、
 そしてベーグルに塗られたマヨネーズの酸味を口の中で一気に感じつつ、ルイズは久方ぶりなカトレアとの朝食を楽しんでいた。


 朝食が済んだあと、侍女たちが食器を片づける中でニナは中庭の方へと走っていった。
 何でもカトレアが連れてきている動物たちもそこにいるようで、餌やりは既に終わっているのだという。
「やっぱりというか、なんというか…連れてきていたんですね?」
「えぇ。何せこんな長旅は初めてだから、あの子達にも良い教養になると思ってね」
 侍女が出してくれた食後の紅茶を堪能しつつ、ルイズはお茶請けにと用意された見慣れぬ焼き菓子を一枚手に取った。
 元はトンネルの様な形をした菓子パンであり、表面には雪の様に白い粉砂糖が降りかけられている。
 それを侍女に六枚ほどスライスしてもらうと、生地の中にナッツやレーズン等のドライフルーツが練り込まれている事にも気が付いた。

 トリステインでは見た事の無いお菓子を一切れ手に取ったルイズはすぐにそれを口にせず、暫し観察してしまう。
 それに気が付いたのか、カトレアは微笑みながらルイズと同じく一切れを手にしながらそのお菓子の説明をしてくれた。
 何でもゲルマニアやクルデンホルフを初めとしたハルケギニア北部のお菓子らしく、始祖の降臨祭の前後に食べられるのだという。

「本来は降臨祭の三、四週間ほど前に焼き上げてそこからからちょっとずつスライスして食べていくらしいわよ。
 それでね、降臨祭が近づくにつれてフルーツの風味がパンへ移っていくから、ゲルマニアでは…
 「今日よりも明日、明日よりも明後日、降臨祭が待ち遠しくなる」…っていう謳い文句で冬には大人気のお菓子になるらしいの」

 カトレアからの豆知識を耳にしつつ、ルイズは大口を開けて手に持った菓子パンをパクリと齧りついてしまう。
 いかにもゲルマニアのお菓子らしく表面は固いものの、内側のパン生地はしっとりしていて柔らかく、そしてしっかりと甘い。
 恐らく長期保存の為に砂糖やバターを一般的なお菓子よりも大量に使っているという事が、味覚だけでも十分に分かってしまう。
 そこへドライフルーツの甘みも加わってくると甘みと甘みのダブルパンチで、口の中が甘ったるい空間になっていく。
「どうかしら、お味の方は?」
「は、はい…その、とっても甘くてしっとりしていて…でもコレ、甘ったるいというか…甘いという名の暴力の様な気が…」
 平気な顔して一切れを少しずつ齧っているカトレアからの質問にそう答えつつ、ルイズは齧りついた事に後悔していた。
 本場ゲルマニアではどういう風に齧るのかは知らないが、多分姉の様に少しずつ食べるのが正しいのだろう。
 少なくともトリステインの繊細かつ味のバランスが取れたお菓子に慣れきったルイズの舌には、この甘さはかなり辛かった。

「ン…ン…、プハッ!…ふうぃ~、とんでもない甘さだったわ」
 その後、齧りついた分を何とか飲み込む事ができたルイズはコップに入った水を一気飲みしてホッと一息ついていた。
 ルイズと違い少しずつ齧り取っていたカトレアはそんな妹のリアクションを見て、クスクスと楽しそうに笑っている。
「あらあら、貴女もコレを初めて食べた私と同じ轍を踏んじゃったというワケなのね?」
「ま、まぁ…そういう事みたいですね。正直ゲルマニアの料理は色々と食べてきましたが、あんなに甘ったるいのは初めてでしたわ」
 決して自分を馬鹿にしているワケではないと分かる姉の笑いに、ルイズも釣られるようにして苦笑いを浮かべてしまう。
 ハルケギニアでは比較的新しい国家であるゲルマニアには、他の国よりも名のある保存食が多い事で有名である。  

 ひとまずルイズは一切れ飛べた所でもう大丈夫だと言って、カトレアは残った菓子パンを下げるにと侍女に告げた。
「もしお腹が減ったら貴女たちで分けて食べても良いわよ。…ついでに後一枚だけ残しておいてくれたら助かるわ」
 ようやく手に取った一切れを食べ終えたカトレアの言葉に、菓子パンの乗った皿を下げる侍女はペコリと一礼してから居間を後にする。
 周りにいた侍女たちにももう大丈夫だと言って人払いさせた後、彼女はルイズと二人っきりになる事ができた。
 ニナは中庭で動物たちと一緒に遊んでおり、暫くはここへ戻ってくる事はないだろう。
 ご丁寧にドアを閉めてくれた侍女の一人に感謝しつつ、ルイズはゆっくりとカップに入った紅茶を飲んだ。
 これも宿泊場の支給品なのだろうが、中々グレードの高い茶葉を用意してくれたらしい。
 朝食の後に食べてしまった甘ったるいあの菓子パンの味を、辛うじて帳消しにしようとしてくれる程度には有難かった。

 暫し食後の紅茶を堪能していると、何を思ったのかカトレアが話しかけてきたのである。
「さて…貴女がここへ来たのは、何も会うのが久しぶりな私の顔を見に来たってワケじゃないのでしょう?」
 紅茶が半分ほど残ったカップを両手に、カトレアは一昨日の出来事を思い出しながらルイズに質問をした。
 いきなりここへ来だ本題゙を先に言われてしまったルイズは、どんな言葉を返そうか一瞬だけ迷ってしまう。
 確かに彼女の言うとおりだ。ここへ来た理由は、久しぶりに顔を合わせる家族に会いに来ただけ…というワケではない。

 ルイズはどんな言葉を返したらいいか一瞬だけ分からず、ひとまずの自身の視線を左右へと泳がせてしまう。
 しかしすぐに言いたい事が決まったのか、決心したかのようなため息をついた後で、カトレアからの質問に答えることにした。
「信じて貰えないかもしれませんが…一昨日の事は、色々と複雑な事情があったからこそなんです」
 霊夢や魔理沙たちの事を、カトレアには何処から何処まで喋れば良いのか分からない今のルイズには、そんな言葉しか考えられなかった。
 そんな彼女の姉は妹の返事に「『信じて貰えないかもしれない』…ねぇ」と一人呟いてから、ルイズの方へとなるべく体を向けつつも話を続けていく。
「荒唐無稽でなければ、貴女の言う事は大概信用できるわよ?」
「ちぃねえさまなら本当に信じてくれるかもしれませんが…でもやっぱり、ねえさまに話すのは危険だと思うんです」
「…!危険な事、ですって?」
 ルイズの口から出た「危険」という単語に、カトレアはすかさず反応してしまう。 

 少しくぐもってはいるものの、中庭の方からニナの笑い声が微かに聞こえてきた。
 それよりも近い場所からは侍女たちが後片付けしている音が聞こえ、二つの音が混ざり合って二人の耳に入り込んでくる。
 今の二人にとって雑音でしかないその二つの音を聞き流しつつも姉妹は見つめ合い、それからまずルイズが口を開いた。
「いや、別にねえさまに直接身の危険が及ぶとか、そういうのではありませんが…でも、もしかしたらと思うと…」
「身の危険って…、誰が好き好んで私みたいな病人を襲うというのかしら?」
「あまり自分の身を軽く考えてはいけません。ちぃねえさまだってヴァリエール家の一員なんですから!」
 自嘲気味に自分を軽視するカトレアに注意しつつも、ルイズは更に話を続けていく。

「ねえさまも見知っているとは思いますが、レイムとマリサの二人とは今切っても切れない様な状態にあります。
 何故…かと問われれば答えにくいんですが…今本当に、色々な問題を抱えちゃってるんです…」

「レイム、それにマリサ…うん、覚えているわ」
 愛する妹の口から出た人名らしき二つの単語を耳にして、、カトレアは一昨日の出来事を思い出す。
 あの時、確かにルイズの近くにはそういう名前の少女が二人いたのを覚えている。
 時代遅れのトンガリ帽子を素敵に被っていた金髪の少女がマリサで、中々にフレンドリーであった。
 いかにも物語の中に出てくるようなメイジの姿をしていたが…、
 どちらかと言えば平民寄りであり、初見であるニナや自分にも気さくな挨拶をしてくれていた。

 そしてもう一人…黒髪で見た事も無い異国情緒漂う――もう一人の居候とよく似た格好をした、レイムという名の少女。
 あの時はマリサと比べ口数も少なく、考え事をしていたかのようにじっとしていたあの少女。
 彼女が背負っていたインテリジェンスソードが、代わりと言わんばかりに喧しい声で喋っていた事は覚えている。
 ハルケギニアでも見慣れた姿をしていたマリサとは何もかも違っていた、レイムの姿。
 今はこの場に居ない『彼女』を何故かしきりに睨んでいた事も、同時に思い出す。

「しかし、あの二人と貴女にどんな縁ができちゃったのかしら?私、そこが気になってくるわ」
「…少なくとも、あの二人がいなかったら一昨日の事件にもそれほど関わりたいとは思わなかったかもしれません」
 …何より、命が幾つあっても足りなかったかも…―――と、いう所までは流石に口にできなかった。
 いくらなんでも済んだこととは言え、霊夢達には命の危機を何度も救ってもらっている…なんて事までは言えない。
 逆に言えば、アイツラの所為で色々と危険な目に遭っている…という考えは否めないが。
(まぁこれまでの経緯を全部言っちゃうと、ねえさまが心配しちゃうしね)
 いざカトレアと対面した今は、霊夢達との経緯を何処からどう詳しく話せばいいか悩んでいた。
 春の使い魔召喚の儀式で霊夢を召喚してしまい、それから命がけでアルビオンまで行って戻ってきた所か?
 彼女たちがこの世界の人間ではなく、幻想郷とかいう異世界に住んでいるという所からか?

(…駄目ね、何処から話しても多分ねえさまには余計な心配をさせちゃうわ)
 今振り返ってみても碌な目に遭っていない事を再認識しつつ、ルイズは頭を抱えたくなった。
 霊夢一人だけでも結構大変な毎日だったというのに、そこへ来て幻想郷と言う彼女の住処まで半ば強引に拉致され、
 挙句の果てに何故か自分の世界と関係してその世界が崩壊の危機を迎えているという、自分には重荷過ぎる事を説明され、
 更にその原因を引き起こしている黒幕はハルケギニアに居ると言われて、なし崩し的に霊夢と異変解決に乗り出す事となり、
 そこへ更に状況を悪化させるかのようにスキマ妖怪が魔理沙を連れてきて、魔法学院の自室には三人の少女が住むことになった。
 三人いるおかげで部屋は手狭り、魔理沙が持ってきた大量の本が部屋の二隅を今も尚占領されている。

 そして自分たちを戻ってきたのを見計らっていたかのように訪れる、危機、危機、危機!
 奇怪な異形達にニセ霊夢、そしてアルビオンのタルブ侵攻と虚無の使い魔ミョズニトニルンに…ワルド再び。
 これだけでも頭の中が一杯になりそうなのに、王都では奇怪な事件が現在進行中なのである。
 我ながら大きな怪我を一つもせずにここまで生きて来られたな…ルイズは自分を褒めたくなってしまう。
 しかしその前に思い出す。今はそんな事を一人で喜ぶよりも、先にするべき事をしなければならないのだと。
 ふと気づくと、自分の横にいる姉は何も言わずに考え込んでいる自分の姿に怪訝な表情を見せている。
 自分だけの世界に入ろうとしていたルイズはそこで気を取り直すように咳払いしつつ、話を再開していく。
「ま、まぁとにかく!あの二人とは色々あり過ぎて…どこから説明すれば良いのかわからないんです」
 これは本当であった。正直霊夢達が来てからの出来事が濃厚過ぎて、どこからどう話しても結局カトレアに心配を掛けてしまう。 
 とはいえこのまま何も言わず…かといって幻想郷の事を話そうものなら、彼女もまた今回の件に首を突っ込ませてしまうに違いない。
 一体どうしようかと今もまだウジウジと悩むルイズを見て、カトレアは何かを思い出したのだろうか?
 あっ…小さな声を上げると手に持っていたティーカップをテーブルに置くと…パン!と自らの両手を合わせてみせた。
 何か思いついたのだろうか?大切な姉を巻き込みたくないというルイズの意思を余所に、妙案を思いついたカトレアはルイズに話しかける。
「そうだわルイズ!私、アナタと再会したら聞きたいとおもってた事があったのよ?」
「…?き、聞きたい事…ですか?」
 突然そんな事を言われたルイズは半分驚きつつも、姉の口から出た言葉に興味を示してしまう。
 カトレアも『えぇ』と嬉しそうに頷くとスッと顔を近づけて、『聞きたい事』を口にした。

「私の家にいるもう一人の居候から聞いたのだけれど…貴女はその二人と一緒に゙あの時゙のタルブにいたのよね?
 なら、この機会に教えてくないかしら?貴女達がどうしてあんな危険な場所へ赴いて、何をしようとしていたのかを…ね?」

 ルイズとしては彼女の口から出ることは無いだろうと思っていた言葉を聞いて、何も言えずに固まってしまう。
 …あぁ、そういえば今ねえさまの所にあの巫女モドキがいるんだっけか?そんな事を思い出しながら、ルイズはどう説明しようか悩んでしまう。




 朝だというのに夏の陽光に晒されて、今日も水準値よりやや高い気温に包まれた王都トリスタニアがブルドンネ街。
 こんなにも暑いというのに平常通りに市場はオープンし、今日も多くの人々がこの街を出入りしていた。
 タオルやハンカチに日傘などを片手に狭い通りを歩く市民らの顔からは、これでもかと言わんばかりに汗が滲み出ては流れ落ちていく。
 夏に入ってからというものの、街中のジュースやアイスクリームを販売するスタンドの売り上げは日々右肩上がり。
 今日も木陰に設置されたジューススタンドには、キンキンに冷えた果汁百パーセントのジュースを目当てに人々が列を作っている。
 とある通りに面したレストランでも、冷製スープなどが話題のメニューとして貴族平民問わず話のタネになっていた。
 更にロマリア料理専門店ではそれに触発されてか、冷たいパスタ…つまりは冷製パスタという創作料理が貴族たちの間で話題となっている。
 そのロマリアからやってきた観光客たちからは困惑の目で見られていたが、それを気にするトリステイン人はあまりいなかった。

 どんなに暑くなろうとも、その知恵を振り絞って何とか耐え凌ごうとする人々でひしめきあうブルドンネ街。
 その一角…大通りから少し離れた先にある小さな広場に造られた井戸の前で、霊夢はジッと佇んでいた。
 額や髪の間から大粒の汗を流しながら一人呟いた彼女の視線の先には、井戸の横に設置された看板。
 ガリア語で『飲み水としてもご利用できます!』と書かれた看板を睨み付けながら、背中に担いだデルフへと声を掛ける。
「デルフ…この看板で良いのよね?」
『んぅ?あぁ、飲み水としても使えるって書いてあるから、問題なく飲めると思うぜ?』
 ま、保証はせんがね。と釘を刺す事を忘れないデルフの言葉に頷きつつ、霊夢は井戸の傍に置かれた桶を手に取った。
 それを井戸の中へ躊躇なく放り込む。少しして、穴の底から桶が着水する音が聞こえてくる。

 それを聞いて小声で「よっしゃ」と呟いた彼女は、ロープを引っ張って滑車を動かし始めた。
 カラカラと音を立てて滑車は回り、井戸の中へと落ちた桶を地上へと引っ張り上げていく。
 やがて水を満載した桶が井戸の中から出てくると、霊夢は思わず目を輝かせてその桶を両手で持った。
 袖が濡れるのも気にせず中を覗き込むと、驚く程冷たく澄み切った水が桶の中で小さく揺れ動いている。
 思わず上げそうになった歓声を堪えつつも、彼女は桶を器に見立ててゆっくりと中の水を飲み始めた。
 ゴクリ、ゴクリ…と喉を鳴らす音が広場に聞こえた後、満足な表情を浮かべた博麗の巫女がそこにいた。


「いやー!生き返った生き返った!やっぱこういう時は冷たいお茶か…次に冷たい水よねぇ~」
 数分後、井戸の横にある木の根元に腰を下ろした霊夢はそう言って、傍らに置いた桶をペシペシと叩いて見せた。
 中には数えて四杯目となる水がなみなみと入っており、彼女に叩かれた衝撃でゆらゆらと小さく揺れ動いている。
 本来ならば桶の独占は禁止されているものの、幸いな事にこの広場には彼女とデルフ以外誰もいない。
 それを良い事に霊夢は今この時だけ、井戸の桶をマイカップみたいに扱っていた。
「今回は有難うねデルフ、アンタのおかげでそこら辺で干からびてるトカゲやミミズの仲間入りせずにすんだわ」
 潤いを取り戻した彼女は満面の笑みを浮かべて看板を呼んでくれたデルフに礼を言いつつ、片手で水を掬っては鞘から出した彼の刀身に水を掛けている。
『そりゃーどうも。…ところでいい加減、オレっちの刀身に水かけるのやめてくんね?』
「何でよ?アンタ体の殆どが金属なんだから一番涼みたいんじゃないの?」
『そりゃまぁ冷たいのは冷たいが、できればその桶に水一杯張ってさーそこに突っ込んでくれるだけでいいんだが…』
「そんな事したら私が水を飲めなくなっちゃうから駄目」
 デルフの要求を笑顔で拒否した霊夢は、それから暫くの間デルフの刀身に水を掛け続けてやった。

 それから三十分程経った頃、ようやく満足に動けるだけの休息を取った彼女は左手に持った地図と睨めっこをしていた。
 ルイズの鞄から無断で拝借しておいたこの地図は、王都トリスタニアのものである。
 主な通りやチクトンネ街とブルドンネ街の境目の他、御丁寧にも旧市街地の通路も詳細に描かれていた。
 霊夢はそれと空しい睨めっこを続けつつ、ついさっき特定できた現在地からどこへ行こうかと悩んでいる最中である。

「んぅ~…。何でこう、道が幾重にも分かれてるのかしらねぇ?人里なら路地裏でも単純な造りしてるってのに…」
『人が多く住めばその分家や建物を増やさなきゃならんしな。その度に新しくて小さな道が幾つも生まれていくもんなのさ』
 幻想郷の人里とは人工も規模も圧倒的過ぎるトリスタニアの複雑的で発展的な構造に苦虫を噛んだかのような表情を見せる霊夢に対し、
 桶に張った水に刀身を三分の一程刀身を入れているデルフは落ち着き払った声でそう返す。
 殆ど鞘に入れられていた事と太陽の熱気の所為で熱くなってしまった刀身を冷ますには持って来いであろう。
「…そうなると、考え物よねぇ。発展っていうヤツは」

 デルフの言葉に霊夢は嫌味たっぷの独り言を呟きつつ、食い入るように地図上に記された路地裏を見回していく。
 大通りや人通りの多い地域は分かりやすいが、路地裏や脇道等は結構複雑に入り組んでいる。
 主要な通り等はあらかじめ名前付いているらしく、すぐ近くの大通りには『サミュエル通り』と黒字で大きく書かれている。
 勿論霊夢に読める筈も無いのだが、辛うじて文字の形と並びだけで何となく区別する事は出来ていた。
 一昨日シエスタに案内してもらった公園が隣接する小さな通りにも名前があるらしい。
 名前があるならまだマシであったが。生憎これから調査の為に入るであろう街中の裏路地には名前など全く持っていなかった。
 まるで土から芽生え出てくるよう芽のように名前の付いた通りからいくつも生まれる小さな道には誰も興味を示さないのであろう。
 何時の頃かは知らないが、きっと大昔に名前を貰えなかった道はそのまま一つ二つと増えていき…結果、
 地図で記されているような、幾重にも分かれた複雑な裏路地群を形成していったのであろう。
 そんな事をふと考えてしまっていた霊夢はハッとした表情を浮かべると、咳払いして気を取り直しつつもう一度視線を地図へと向ける。
 ブルドンネ街とチクントネ街、そして旧市街地も合わせれば実に百に近い数の裏通りや路地が存在している。
 そしてこの広い街の何処かにいるのである。今現在霊夢とデルフを、この炎天下の下に曝け出している奴らが。

 アンリエッタから渡され、霊夢が増やした金貨を盗んでいった少年に、一昨日劇場で惨殺事件を起こしたであろう黒幕という二つの存在。
 明らかに人間がやったとは思えない手口で殺されたあの老貴族の事を思うと、どうしても体が動いてしまうのである。
 そして件の少年に関しては…この手で金を取り戻したうえで鉄拳制裁でもしない限り、死んでも死にきれない。 

 こうして行方をくらましているスリ少年を捜しつつ、惨殺事件の黒幕をも探さなければいけなくなった霊夢は、
 こんなクソ暑い炎天下の中を、デルフと共に動かなければいけなくなったのである。
「…全く、季節が春か秋なら手当たり次第に探しに行けるんだけどなぁー」
『おー、おっかねえな~?となるれば、あの小僧も間が良かったって事だな』
 日よけの下で忌々しく頭上の太陽を見上げる霊夢の言葉に、デルフは刀身を震わせて笑う。
 彼の言うとおり、霊夢達から見事お金を盗むのに成功したあの少年は本当にタイミングが良かったのだろう。
 幻想郷以上に暑いトリスタニアの夏では霊夢も思うように動けず、それが結果として少年の発見を遅れさせている。
 最も、この前魔理沙に見つかったらしいので恐らくそう遠くない内に見つかるに違いない。
 そうなったら何が起こるのか…それを知っているのは始祖ブリミルか制裁を加えると宣言している霊夢だけだ。

 遅かれ早かれ捕まるであろう少年の運命に嗤いつつ、デルフはついでもう一つ彼女が抱えている問題を口にする。
『それにあの子供だけじゃねぇ。この前の貴族を返り討ちにしたっていうヤツも探さないとダメなんだろ?』
 デルフの言葉に霊夢はキッと目を細めると「そりゃそうに決まってるじゃない」と返した。
 一昨日、タニアリージュ・ロワイヤル座で起きた貴族の怪死事件についてはまだ人々に知らされてはいないらしい。
 昨日は閉館していたモノの、今朝仮住まいを出てすぐに其処の前を通りかかると、平常通り多くの人々でごった返していた。
 あんな事が起きたというのに、たった一日空けただけで大丈夫だと責任者は思ったているのだろうか?
 幻想郷の人里で同じような事件が起きたら一大事で、諸悪の根源が捕まるか退治されるまで閉館し続けるのは間違いないだろう。
 そして博麗の巫女である自分が呼ばれて、それに釣られるようにして鴉天狗がスクープ目当てで飛んでくる。

 そんなもしもを一通り考えた後、ここが改めて幻想郷とは違う常識で動いてるのだと再認識せざるを得なかった。
 人が死んでいるというのに何も知らされず、人々はいつものように劇を見て満足して帰っていく。
 その姿はあまりにも暢気であり、例え真実を知っても彼らは其処で死んだ初老の男の事など気にも留めないだろう。
 中にはお悔やみを申し上げる者もいるだろうが、きっと大半は「あぁ、そんな事があったんだ」で済ませてしまうに違いない。
 あのカーマンと言う貴族の男はそんな光景をあの世から眺めて、一体何を思うのだろうか。
 自分の死で街中がパニックにならない事を安堵するのか、それとも人を何だと思っていると怒るのだろうか?
「…仮に私なら、まぁ怒るんだろうなぁ」
『え?何が?』
 思わず口から独りでに出た呟きを聞いてしまったであろうデルフに、霊夢は「ただの独り言よ」と返す。
 そレに対しデルフはそうかい、と返した後無言となり、半身浴(?)を楽しむ事にした。
 霊夢は霊夢で腰を下ろしたまま空を見上げて、自分に礼を言って死んでいったカーマンの事を思い返す。
 病気を患った妻の為に薬を買えるだけの金を用意したところで、無念の死を遂げた初老の彼。
 そんな彼の事を思うと、やはりあのような目に遭わせた存在を見過ごすワケにはいかないのである。

「見てなさいよ。相手が化け物だろうが人間だろうが…タダじゃあすまさないんだから」
 夏の空を見上げながら、霊夢はまだこの街の地下にいるかもしれないもう一人の黒幕、
 窃盗少年よりも厄介なこの黒幕が何処にいるのかは、カーマンの最期の言葉で大体の目星は付けている。
 そこは王都の真下、地上よりも入り組んでいるであろうラビュリンスの如き地下下水道である。
 彼が死の間際口にした言葉で、少なくともあのような仕打ちをした存在が地下に逃げたという事だけは分かっていた。
 地図に記されていないものの、いま彼女らが腰を下ろす地面の真下にもう一つの世界が存在するのである。

 霊夢としては今抱えている二つの問題の内、厄介な地下の方を先に済ませたかった。
 少年の方も気になって仕方がないが、そちらと比べれば文字通りの犠牲者が出ない分後回しに出来る。
 あの初老の貴族を殺したモノが何であれ、あんな殺し方をする以上マトモなヤツではないだろう。
 これ以上被害が出る前にヤツが潜んでいるであろう地下世界へと一刻も早く潜入して正体を確かめた後、対処する必要があった。
「もしも相手が人間なら縛り上げて衛士に突き出してやるけど…何かそうならない気がするのよねぇ」
『おいおい、縁起でも無い事言うなよ?って言いたいところだが…まぁ確かにそんな気がしてくるぜ』
 意味深な霊夢の言葉にデルフも渋々と言った感じで肯定せざるを得なかった。

 霊夢とデルフ―――――特に霊夢は長年異変解決をこなしてきた経験がある故に、その気配を感じ取っている。
 ここ最近、王都トリスタニアでは人々の見てない所で何か良くない事が連続して起こっているという事を。
 それは日中や夜間の軽犯罪が多発している事ではなくそれより深い、まず並みの人間が感知できない不穏な『何か』だ。
 相次いで発生している怪死事件に、魔理沙が街中で出くわしたという正体不明の妖怪モドキ。
 それらがどう関係しているかはまだ説明は出来なかったが、それでも彼女はこの二つが決して無関係ではないという確信を抱いていた。
 博麗の巫女として長い間妖怪や怪異と戦い続けてきた彼女だからこそ、そう思っているのかもしれない。
 しかし、彼女とは違いハルケギニアの存在であるデルフも彼女と同様の事を思っていたようである。

『お前さんも思ってるかどうかは知らんが…なーんか最近、変な事がたて続けに起こってると思わないか?』
「あら、奇遇じゃない。私も同じような事を考えていた所よ…っと!」
 意外と身近な所にいた賛同者…ならぬ賛同剣の言葉にほんのちょっと喜びつつ、博麗霊夢はようやくその重い腰を上げた。
 夏の日射で奪われた体力を取り戻した彼女はその場で軽い体操をした後、桶に入れていたデルフを手に取る。
「…というワケで、これから地下へ突入するつもりだけど…勿論一緒に来てくれるわよね?」
『オレっちに拒否権なんか無いうえでそれを言うのか?…まぁいいぜ、お前さんはオレっちの『ガンダールヴ』だしな』
 水も滴る良い刀身を太陽の光で輝かせながら、デルフは拒否しようがない霊夢の問いにそう答えて見せた。

 かくして霊夢とデルフは王都の地下を調べる事にしたのだが、事はそう上手く運ばない。
 彼女らが地下へと入る為にそこら辺の適当な水路から入る…という事自体が難しくなっていたからだ。

「やっぱりいるわよね?こんなクソ暑いのに律儀だこと」
 井戸のあった広場を抜けて、ブルドンネ街の一通りにそって造られている水路の傍へと来ていた。
 そこはアパルトメントや安い賃貸住宅が連なっている住宅街があり、その真ん中を縫うようにして水が流れている。
 平民や下級貴族が主な住民であるこの地区も今は日中の為か、閑散としている。
 今は人気の少なくて寂しげな場所となっているが、霊夢としてはそちらの方が有難かった。
 何せこの通りを流れる川には、地下水道へと続く大きなトンネルがあるのだから。
 この王都に数多く存在する地下へと続く入口の内、一つであった。

 あの井戸のある広場から最短で来れる場所であり、穴の大きさも十分なので入るにはうってつけの場所である。
 しかし、霊夢本人はというとその穴へと飛び込まず歯痒そうな表情を浮かべて道路の上から眺めていた。
 その理由は一つ。彼女よりも先にやって来ていたであろう衛士達が数人、地下へと続くトンネルを見張っていたからである。
 先ほど彼女が口にした「やっぱりいるわよね?」というのも、彼らに対しての言葉であった。
 デルフも鞘から刀身を少しだけ出して、彼女がついた悪態の原因を見て口笛を吹いて見せた。
『ヒュー!流石衛士隊と言った所か、平民の集まりと言えどもお前さんの一歩先を行ってたようだねぇ』
「平民がどうのこうの何て私は興味ないけど、でもあぁやって集まられると素通りできないじゃないの」
 軽口を叩くデルフを小声で叱りつつ、霊夢は地下へと続いているトンネル前にいる衛士達を観察してみる。

 数は五、六人程度が屯しており、装備している胸当てや篭手等は夏用の軽装型であろうか。
 男性ばかりかと思いきや、その内三人が女性の衛士でありトンネルの入り口近くの陰で休んでいるのが見える。
 兜の代わりに青色のベレー帽を頭に被っている。まぁこんな猛暑日に兜なんか被ってたらすぐに立てなくなるだろうが。
 武器は手に持っている槍と腰に差している剣だけのようで、やろうと思えば強行突破など簡単かもしれない。
 しかし、人数が人数だけに何かしらの不手際を起こししてしまうとアッと言う間に取り押さえられてしまうだろう。
 そうなればまた詰所につれて行かれるのは確実だろうし、面倒な取り調べをまたまた受ける羽目になるのだ。

 一昨日夜の事を思い出して苦い表情を浮かべる霊夢に、デルフが話しかける。
『この分だと、衛士さん方も犯人が地下にいると踏んで他の入口もこんな感じで見張ってるような気がするぜ』
「確かにね。…でも、それにしたって今日はヤケに厳重過ぎない?」
 ここへ来る途中、霊夢は複数人で街中を移動する衛士達の姿を三度も見ている。
 真剣な表情を浮かべて人ごみの中を歩いていく彼らの様子は、明らかに『何か』を捜しているかのようであった。
『衛士がか?確かに、特にこれといったイベントのある日でも無さそうなのにな』

 霊夢が口にした疑問にデルフも同意した所で、反対側の道路から他の衛士の一隊が来るのに気が付く。
 五人一組で街を警邏している最中なのだろう。水路にいる仲間たちと同じ装備をしている彼らは同僚たちに声を掛けた。
「おーい!そっちはどうだー?」
「成果なしだ!そっちはー!?」
 自分たちを見下ろしながらそう聞いてきた男性衛士に対し、水路にいる女性衛士の一人が言葉を返しつつ質問も返す。
 それに対し男性衛士は大袈裟気味に首を横に振ると、女性衛士は額の汗を腕で拭いつつ彼との話を続けていく。
「最新の情報だとチクトンネ街でそれらしい人影が目撃されたらしいから、そっちの方へ回ってみてくれー!」
「わかったー!水分補給、忘れるなよー!」
 そんなやり取りの後、道路側の衛士達は水路にいる同僚へと手を振りながらチクトンネ街の方へと走っていく。
 対する水路側の衛士達も全員、走り去っていく仲間に軽く手を振りながら見送っていた。

 大声でやり取りしていた衛士師達に通りがかった通行人たちの内何人かが何だろうと騒いでいる。
 その輪に混ざるつもりは無かったものの、霊夢もまた彼らが何を言っていたのか気になってはいた。
「人影…って言ってたから探し人なのは確実だけれども…まさか一昨日の犯人を?」
『どうだろうな。王都のど真ん中で貴族を殺したヤツが相手なら、あんな風に悠長にしてるワケはなさそうだが』
「でも、他に理由は無さそうじゃない?」
 デルフの疑問を一蹴しつつも、霊夢は踵を返してその場を後にしようとする。
 ここが使えないと分かった以上やるべきことは唯一つ、下見していた他のトンネルへと行く事だ。

「ひとまず私達は地下へ行かなきゃダメなんだから、まずは安全な入口を見つける事を優先しないと…」
『…ここがあんな感じで見張られてるとなると、他のも粗方警備の衛士がついてると思うがね』
「ここは馬鹿みたいに大きいのよ?そしたらどっか一つだけでも見落としてる場所があるでしょうに」
『王都の衛士隊がそんなヘマやらかすとは思えんが…まぁオレっちはただの剣だし、お前さんの行きたい場所に行けばいいさ』
 自分の意思をこれでもかと曲げぬ霊夢の根気に負けたのか、デルフの投げやりな言葉に「そうさせてもらうわ」と彼女は返す。
 まぁデルフがそんな事を言わなくても決して足を止める気は無かったのだろう、そさくさと大通りの方へと戻っていく。

 大通りを挟んで南の方に二か所、そこから更に西を進んだ通りに同じような地下へと通じるトンネルがあるのは知っていた。
 とはいえ流石の霊夢でも大通りから近い場所はとっくに衛士達がいるだろうと、何となく予想だけはしている。
 しかし、だからといってこのまま命に係わる程暑い地上を捜しても見つかるものも見つからない。
 今探している相手は地下に潜んでいると知っているのだ。だとしたら何としてでもそこへ行く必要がある。
「どっか警備に穴空いてる箇所とか、あればいいんだけどなぁ~…」
 建物の陰で直射日光を避けて歩く霊夢は一人呟きながら、暑苦しいであろう大通りへと向かっていく。
 一体全体、どうしてこの街に住んでる人々はあんなぎゅうぎゅう詰めになりながらもあの通りを使うのだろうか?
 冬ならともかく、こんな真夏日にあんなすし詰め状態になってたら、何時誰かが熱中症で死んでもおかしくは無い。

 そんな危険な場所を今から横断しようとする事実で憂鬱になりかけた所で、ふと霊夢は思いつく。
「…いっその事、こっから次のトンネル付近まで飛んで行こうかしら?」
 主に空を飛ぶ程度の能力、名前そのままの力にしてあらゆる重圧、重力、脅しすら無意味と化す能力。
 博麗の巫女である霊夢に相応しいその能力を行使すれば、あの大通りを苦も無く横断できであろう。
 さすがに飛び続けていれば怪しまれるかもしれないか、この街は屋上付きの建物が結構建てられている。
 屋上や屋根を伝うようにして飛んで行けば、そんなに怪しまれない…かもしれない。
 この王都では余程の事が無い限り使わなかったが、今正に空を飛ぶべきだと霊夢は思っていた。

 決意したのならば即行動、それを体現するかのように霊夢は自身の霊力を足元へと集中させていく。
 彼女の体内を流れるその力を感知したのか、それまで静かにしていたデルフは『おっ?』と声を上げて反応する。
『何だい?こっから次の目的地まで一っ飛びするつもりかい?』
「そのつもりよ、こんな照り返しで限界まで熱くなってる道路の上に立っていられないわ」
 頭上に浮かぶ太陽をに睨み付けながらそう答えると、彼女の体はフワリ…と宙へ浮いた。
 ここら辺の動作は幼少期からやっているお蔭で、今では息を吸って吐くのと同じくらい簡単にこなしてしまう。
 足が地面から数十サント離れたところで、霊夢は周囲に人がいないかどうか確認する。 
 幸い通りは閑散としており、ここから五分ほど歩いた先にある大通りの喧騒が聞こえてくるだけだ。
 準備を済ませ、目撃者となるであろう他人もいない事を確認した後、いよいよ霊夢は飛び上がろうとする。

「ん…―――…!」
 既に体を浮かせ、後は入道雲の浮かぶ青く爽やかな空へ向かって進むだけでいい。
 幻想郷と然程変わりない色の空へといざ飛び上がろうとしたその時――――霊夢はその体の動きをビクリと止めた。
 突如脳内を過った微かな、それでいて妙に鋭い痛みのせいで飛び上がるタイミングを失ってしまう。
 霊夢は突然の頭痛に急いで地面に着地すると、右手の指で右のこめかみを抑えてしまう。
 これにはデルフも驚いたのか、鞘から刀身を出して唐突な頭痛に悩む彼女へと声を掛ける。
『おいおい!いきなりどうしたんだよレイム?』
「ン…わっかんないわ。何か、こう…急に頭痛がして…――――…ム!」

 急な頭痛に困惑する中、デルフに言葉を返そうとした最中に彼女は気が付く。
 別段体に異常は無いというのにも関わらず起こる急な頭痛の、前例を体験している事に。
 つい二日前、あのタニアリージュ・ロワイヤル座でも体験したこの痛みの原因が、あの゙女゙にあるという事も。
 そして今、霊夢は感じ取っていた。すぐ後ろ…建物建物の間に造られた細道からその゙女゙の気配を。
 突然過ぎる上にタイミングが悪過ぎる出会いに、霊夢は軽く舌打ちしてしまう。
(何の用があるか知らないけど…ちょっとは空気ってモンを呼んでくれないかしら…?)

 他人に対して無茶な要求をする博麗の巫女に続いて、デルフもまた背後の気配に気が付く。
 慌てて視線(?)を背後へ向けた直後、その気配の主が横道から姿を現した姿を現したのである。
『…おいおいレイム、こいつぁはとんでもないお客さんのお出ましだぜ?』
「えぇそうね。…っていうか、アンタに言われなくても気配の感じでもう分かってるんだけどね」
 デルフの言葉にそう返すと、霊夢は未だジンジンと痛む頭のまま…後ろへと振り返る。
 そこにいたのは彼女が想像していた通り、あの刺々しい気配の持ち主―――ハクレイであった。

「二日ぶり…と言っておきましょうか、私のソックリさん…っていうか、偽物さん?」
「…二日ぶりに顔を合わす人間に対して、その言い方はないんじゃないの?」
 好戦的な霊夢の買い言葉に対し、暑さで若干バテているかのようなハクレイは気怠そうな様子でそう返す。
 炎天下の猛暑に晒された王都の片隅で、二人の巫女は再び相見える事となった。




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