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ルイズと無重力巫女さん-94-a





 日中ハルケギニアの空を照らし、気温を上げていた太陽が暮れようとしている時間。
 人々の中には空を見上げ、赤みを増していく太陽と、薄らと見えてきた双月を眺めながら帰路につく者もおり、
 これからが本番と言わんばかりにテンションが上がり、友人たちと今夜は何処の酒場に行こうかと相談する若者たちや、
 そして街中の惣菜や市場には夕食の惣菜や材料が並び、それを求めて足を運ぶ老若様々な大勢の人たちがいた。
 ブルドンネ街の酒場では日中寝ていた人々がようやく目をさまし、今夜の開店準備に勤しみ始めている。
 店によっては待ちきれない呑兵衛たちが固く閉じた扉の前で屯して、下らない雑談に花を咲かせて笑っている。
 その中には下級貴族や異国から来た観光客たちもおり、今夜もこの街は大賑わいする事間違いなしであろう。
 しかし、その日のブルドンネ街はそれよりも少し前からある場所が賑わっていた。

 とはいっても、そこは実質的にブルドンネ街の一部と言って良いタニアリージュ・ロワイヤル座であった。
 地図上ではチクトンネ街に入っているものの、王都で一番の劇場があるせいで日中と言わず年中賑わっている。
 チケットは安いものの、酒場の安いワインや料理と女の子に金を使う連中にとってかなり無縁な場所である事は間違いない。
 一方で、その連中からチップと称してお金を貰っている女の子達にとっては、数少ない娯楽とスイーツを一度に楽しめる場所となっている。

 だが、その賑わいは普段多くの人が目にしている喜びや嬉しさに満ちたものではない。むしろ喧騒に近かった。
 ついさっきまで人々が上っていた階段には何人もの衛士達がおり、槍や剣を片手に周囲を警戒している。
 劇場前の噴水広場には何頭もの馬が留められており、時折衛士の一人がそれに跨って街中へと走っていく。
 馬だけではなく、街中から掻き集められたのかと言わんばかりの数になった衛士達が集結し、劇場とその周辺に屯しているのだ。
 彼らに占領された広場は自然的な封鎖状態となり、ここを通ろうとした人々は何事かと困惑するしかない。
 中には急ぎの用事で通ろうとした者たちが、半ば喧嘩腰で衛士を問い詰めたりしていた。

「おいおいふざけんじゃねェよ?こっちは急ぎで、こっから回り道すんのにいくら時間が掛かると思ってんだ!」
「申し訳ありませんが今は通行止めをしていますので、迂回してください」

 衛士達は研修で教えられた言葉を高性能なガーゴイルのように発しつつ、通行者達を止めている。
 中には平民の衛士なんて怖くないと、無理やり通ろうとした者たちもいたが…それは無謀と言うより馬鹿に近い行為だったらしい。
 軽い気持ちでロープを超えた者は、例え下級貴族であっても衛士達に身動きを封じられ、その手をロープで縛られていった。
「え!?…ちょっ、俺が悪かったよ…悪かったって!?だから逮捕だけは…」
「黙れこの野郎!一々手間取らせやがって。…おい、コイツを最寄りの詰所に連れてけ」
「ま、待て待て!僕はこうみえても貴族なんだけど!?」
「残念ですが今は貴族様であっても、現場に不法侵入した場合一時的に拘束するよう命令が出ていますので…」

 平民も貴族もまとめて捕縛されて連行される光景を見て、人々は誰もロープを超えようとはしなくなった。
 大人数で突撃すれば無理やり通れるかもしれないが、それをすれば衛士達と全面的にぶつかる事になる。
 そうなれば殴られ蹴られて逮捕されるだろうし、誰もがそんな痛い目に遭ってまで通りたいとは思っていなかった。
 何人かは諦めて踵を返したが、残った人々は野次馬として何が起こったのか探ろうしていた。

 劇場のロビーへと続く扉の前には、誰も開けるなと言わんばかりに黄色く太いロープが張られていた。
 ロープには黄色の下地に黒い文字で『立ち入り禁止!』と書かれた看板が下がっており、その周囲を更に数人の衛士達が警備している。
 :現場の指揮を執っているであろう中年の衛士が一人の部下を呼びつけて、何やら会話をしていた。



「…それで、魔法衛士隊は出てくれるのか?三十分前から進展を聞いてないぞ」
「はっ!先程の報告ではド・ゼッサール隊長率いるマンティコア隊の一個分隊が増援として来るとの事ですが…」
「この時間帯の交通事情でも、魔法衛士隊なら十分くらいで来るか?」
 首に掛けた紐付きの懐中時計で時刻を確認しつつ、早いとこ彼らが来てくれる事を祈っていた。
 ここ最近不穏な事件が続いている王都であったが、今回の件に関してはそれとは明らかに格が違っている。

 まず事件が発生したのはここタニアリージュ・ロワイヤル座であった。それも、真昼間から堂々と。
 しかも被害に遭ったのは貴族であり、それが事件を大事にさせる原因ともなった。
 今現在の被害者の状態といい、その被害者の近くにいたといゔ少女゙の狂言といい、衛士達だけでは対処できるものではない。
 劇場従業員からの通報で現場に急行した最寄詰所の隊長はそう判断し、各詰所と魔法衛士隊にまで応援を要請したのである。
 結果的に本部を含めて計四つの詰所とマンティコア隊から各一分隊の増援が派遣され、劇場周辺が衛士達によって占拠されてしまったのだ。

 部下から報告を聞いた隊長はふぅ…と一息ついてから、スッと空を見上げる。
 そろそろ上空からマンティコアに跨った貴族たちが現れてもおかしくなかったが、一向にその姿は見当たらない。
 事件の起きた場所が場所だけに貴族の増援が欲しいというのに、そういう時に限って中々来ないものなのだろうか?
 そんな事を思いながら、通報で食べ損ねた遅めの昼飯の事を思い出しながら彼は懐からパイプを取り出しつつ言った。
「全く…こんな忙しい時期に限って、どうしてこう連日奇怪な事件が起こるんだか…」
「奇怪な事件…?先日の下水道の件ですか?」
 部下の言葉に彼は「あぁ」と頷きつつパイプに煙草を詰めると口に咥え、懐からマッチ箱を取り出す。
 そしてマッチを一本取り出すとそれを箱の側面で勢いよく擦るが、一回だけやっても火はつかない。

 二回…三回…と必死に擦り。ようやく四回目でマッチ棒の先端に火が点いた。
 小指よりも小さい火種を絶やさぬよう注意を払いつつ、それをパイプに詰めた煙草に着火させる。
 モクモクと火皿から煙をくゆらせ始めたのを見てから彼はマッチの火を消して、足元へと投げ捨てた。
 その一連の行動を見ていた部下は苦笑いしつつ、地面に捨てられたソレを広いながら上司に話しかける。
「相変わらず火付けの悪い道具ですな。まぁ便利といっちゃあ便利ですがね」
「そこのカンテラや松明で着火なんてしてたら、俺が先に火傷しちまうよ。…あぁ、それは捨てといてくれ」
 妙に扱いの荒い上司の命令に彼は「了解、了解」と言いながら背後にあったゴミ箱へとマッチ棒を投げ捨てる。

 そんな時であった、煙をくゆらせて一服していた彼に背後から話しかけてきた女性がいたのは。
「相変わらずの煙草好きですねぇ、タニアリージュ担当のアーソン隊長殿」
 快活かつ、鋭さを秘めた女性に自分の名を呼ばれた隊長――アーソンは、フッと振り返る。
 そこにいたのは、王都の衛士達の間ではすっかり有名人となった女衛士のアニエスが近づいてくるところであった。
「あぁアニエス、お前さんも来てたのか。それならすぐに話しかけてくれば良かったのに」
「すいません。実は私個人でどうしても片付けておきたい用事がありましたので…今来た所なんです」
 立場的には上司の一人であるアーソンに軽く敬礼しつつ、アニエスは劇場ロビーへと続く入り口へ視線を向ける。

 つい数時間ほど前までは大勢の人で溢れかえっていたロビーを、衛士達が忙しそうに走り回っている。
 ある者は何人かの部下に指示を出し、またある者は従業員や警備員達に事情聴取を行っている。
 アニエスたち衛士にとって見慣れた光景であったが、まさかこれをこの場所で見る事になるとは思っていなかった。
 場所が場所だけに、入り口から見ているとまるで演劇の一シーンの様に見えてしまう。
 そんな事を考えつつ、ふと気になった事ができたシエスタはそれをアーソンに聞いてみる。
「そういえばアーソン隊長、劇場内にいた客たちはどこへ…?」
「今回の件で関係ありそうな人間以外、全員帰したよ。俺的にはそれは不味いと思ったんだが…」
 彼女に質問に対し、口元からパイプを放した彼は気まずそうな表情を浮かべる。
 大方、劇場に来ていた貴族の客たちのが中に脅しまがいの文句を言った者が何人かいたのだろう。
 平民には滅法強い自分たちだが、貴族が相手となると余程の事が無い限り頭が上がらくなってしまう。
 つい先ほど出たような命令が無い限り、下級貴族であっても任意同行を拒まれてしまう事も多々ある。

 自分たち衛士の世知辛い事情を知っていたアニエスも渋い表情を浮かべつつ、肩を竦める。
「全員に聞き込みするとなると時間が掛かりますからね、仕方がありませんよ…それで、被害者の情報は?」
 ひとまず話を置いておき、彼女は今回の事件の要である被害者の事を聞いてみる。
 それに対し答えたのはアーソンの横にいた隊員であり、彼は脇に抱えていた資料をアニエスへと差し出す。
 少し小さめの張り紙サイズの薄い木版にピン止めされている書類には、一人の貴族の情報が書かれている。
 アニエスはルを右から左へと走らせて流し読みすね最中に、隊員は補足するかのように付け加えてきた。
「゙まだ゙本人の意識が残っているので名前からの特定は容易でした。…といっても、自分の様な安月給の衛士でも気が滅入るものでしたがね」
「領地無し…今はシュルピスのアパルトメントで病気の妻を介護しつつ給金暮らしか。…これは酷いな」

 報告書に書かれていた内容は、貴族であっても決して裕福にはれないという現実を記していた。
 彼の名はカーマン。領地は無く、今はシュルピスの南側にあるアパルトメント『イオス』の三階の一室に妻と暮らしている。
 年は五十後半。とある三流家名の末っ子として生まれ、二十代の頃に雀の涙ほどの金貨を貰って領地から追い出される。
 その後はトリステイン各地を放浪しつつ日雇い仕事で金を溜めて、三十代前半で今の妻と出会い、交際を経て結婚。
 結婚後は定職に就こうと意気込んでトリステイン南部の一領地で国軍に志願し、国境沿いの砦に配属されていた。
 しかし四十代の米に妻が病気で倒れたのを切欠に退役し、退職金と共にシュルピスへと引っ越す。
 それから今に至るまで日々病状が悪化する妻の介護に明け暮れ、今は僅かな給付金で生きているのだという。

 報告書を読み終えたアニエスは悲哀に満ちたため息をつきつつ、アーソンへと話しかける。
「…それで、被害者は今どこに?」
「最初に発見された避難用通路だ。…というより、下手に動かせんのが現状だがね」
「…それは一体、どういう意味で?」
 やや意味深な言葉にアニエスは首を傾げたが、すぐにその理由を知る事となった。

 彼女が案内されたのは、一階ロビーの左端の避難通路の奥であった。
 忙しなく同僚たちが行き交っていて狭くなったソコを横断して、暗い廊下をアーソン達と共に歩く。
 そこにも衛士達の姿があり、聞き込み調査や書類の確認をしながら横切っていく。
 入ってすぐの時は単に暗い廊下だなーと思っていた彼女であったが、すぐにそれは変わってしまう。



 歩いて数分暗い経ったであろうか、廊下の至る所に物が置かれているのが見えるようになった。
 小さな物は使えなくなった椅子や大きなものは雑用品が入っているであろう木箱。
 本来なら倉庫か物置にでも入れておくような雑多な道具が、これでもかと放置されている。
 流石の衛士達もこれには四苦八苦しているのか、皆一応に物を避けながら歩いていた。
「これで避難通路なのですか?どう見てもすぐに通り抜けられるような感じではありませんが…」
「まぁ長い事使われていなかったらしいからな。そりゃー物置にするのは流石に駄目だとは思うが」
 アニエスの言葉にそう答えつつ、アーソンはこの頃ふくよかになってきた体を補足しつつ廊下を進んでいく。

 やがて物置と化していた部分を通り過ぎ、一旦従業員用の明るい通路を渡って現場へと急ぐアニエス。
 再び暗い廊下へと踏み入れると、壁に文字の刻まれたプレートが埋め込まれているのに気が付く。
 埃を被ったそれは丁寧な字で『この先、避難用下水道』と書かれており、もう現場が目前だという事を知る。
 確かに、周りにいる数人の衛士達はその場で待機して周囲を警戒していた。
「アニエスこっちだ。この曲がり角の向こうの先に被害者がいる」
「あ、はい」
 ふと前にいたアーソンに声を掛けられた彼女は返事をしながら頷き、そちらの方へと足帆進める。
 丁度曲がり角の手前で足を止めた彼と彼の部下は、アニエスに見てみろと言わんばかりに視線を右へずらしていく。

 この先に被害者がいるのだろうか?アニエスはそんな事を思いつつ、軽い足取りで角を曲がる。
 自分が常駐する詰所内や、巡回や非番時に街の角を曲がるかのようないつもの動作でもって。
 …しかし、その角の向こうにあったのはおおよそ彼女の現実からかけ離れた光景が広がっていた。

 最初、それを目にした彼女はソレを見て『氷の彫刻』かと勘違いしてしまった。
 何故ならば暗い廊下に転がっているそれは氷に包まれており、一見すればそれが人だとは思えなかったからだ。
「何だ、アレ?」
 アニエスは素直に思った言葉を口にすると、二人の衛士が見張っているソレへと近づいていく。
 手足の様な突起物は見当たらず、唯一目につくのは造りものにしては精巧過ぎると言っていいほどリアルな男の頭。
 まるで甲羅から首だけを出した亀のような状態のソレを見て、誰が人だと思うだろうか
 しかし彼女はすぐに気が付く、これがどれだけ悲惨な状態に陥った人間の姿なのであると。
 出来る限り傍へ寄って正体が何なのか知ろうとする前に気付けたのは、ある意味運が良かったと言うべきか。

「……?………――――……ッ!これは…」
 アニエスがようやく気付いたのは、その頭がゆっくりと瞬きをしてからだ。
 そして同時に、薄い氷に包まれたその頭の目が未だその輝きを失っていない事に気が付く。
 つまるところ、これはまだ人として生きている状態なのだ!この様な悲惨な姿であっても。
 ソレへ背中を向けて極力見ない様にしている見張り達の前で狼狽える彼女へ、アーソンが声を掛ける。
「気づいたか?」
「き、気づいたか…ですって?これ…これは一体何が?」
 初見の物ならば誰もが思うであろう疑問を言葉にしたアニエスに、彼はソレから目を逸らしつつ答えていく。
「詳しい事は良く分からんが、かなりの威力を持った風系統と水系統の合わせ魔法を喰らったようだ。
 手足は第一発見者が見た時点で無かったらしい。…相手は余程のメイジで、しかも相当イカレてる奴だな」
 半ば憶測であったが、アーソンはこちらに向かって顔を向ける七割り氷漬けの男を一瞥する。


 見えてるかどうかも分からぬ目を此方へと向け、僅かに凍ってない唇を動かして何かを喋ろうとしていた。
 それに気付いた彼はハッとした表情を浮かべ、「ドニエル!」と少し後ろに控えていた若い衛士を呼びつける。
 仲間たちと何やら話していたであろう三十代半ばの衛士すぐにアーソンの元へと駆け寄り、スッと綺麗な敬礼をした。
「被害者がまた喋ろうとしている、至急何を言ってるか調べてくれ」
「了解、暫しお待ちを」
 この現場では隊長である彼の言葉に従い、肩から下げていた小型バッグからメモ帳と羽ペンを取り出す。
 そして被害者の傍で屈むと口許へ耳を近づけ、微かに聞こえてくるであろう声を必死に聞き取り始めた。
 耳を傾ける一方で、ペンを持つ手は忙しなく動いて、メモ帳にスラスラと何かを記している。

「あれは何を?」
「文字通りの聞き取りさ、といっても…一方的に喋ってる事を書き連ねてるだけだがな」
 首を傾げそうになったアニエスにアーソンはそう返して、ついで詳しく話してくれた。
 手足を失い体の外側もほぼ凍り付き、唯一動かせる頭も決して無傷とは言い切れない状態だ。
 そんな中で意識すらハッキリしていないのか、ここ数時間の内何回か助けを求めるかのように喋り出すのだという。
 呟いた中に自身の名前が入っていたおかげで彼が下級貴族だと分かったものの、得られた有用な情報はそれだけだ。
 後は記憶すら混濁しているのか、ワケの分からない事を呟いているだけらしい。
 詳しい事は分からないが、平民であっても彼が手遅れなのは何となく分かるような状況だ。

「……ひょっとすると、このまま楽にしてやったほうが良いのでは?」
「俺もそう思うが、最終的な判断は魔法衛士隊の隊長が来てからだ」
 聞く度に嫌気がさしてくる被害者の情報にシエスタが思わず苦言を呈したところで、聞き取りは終わったらしい。
 メモ帳と羽ペンをしまい、立ち上がったドニエル隊員かアーソンとアニエスの許へと寄ってくる。
「聞き取り終わりました!」
「御苦労、それで…本名の次に有用な情報は得られたか?」
 隊長の言葉に若い彼は少しだけ苦渋に満ちた表情を浮かべた後、首を横に振る。
 自分たちとしては、被害者にこのような仕打ちをした容疑者の事を知りたかったが…どうやら高望みであったらしい。
 軽くため息をつくアーソンを見てこれは言わなければいけないと感じたのだろうか、ドニエルは言葉を続けた。
「ただ一言だけ、気になる事を粒呟いていまして…」
「気になる事?」
「『自分を最初に見つけてくれた黒髪の子は何処か?』…と」
 その言葉を聞いてアーソンは苦虫を噛んだかのような表情を浮かべ、背後の廊下へと視線を向ける。
 急に視線を変えた彼に訝しむアニエスをよそに、彼は頭の中にその゙黒髪の子゙の顔を思い浮かべた。
 第一発見者として警備員に捕まり、狂犬の様に騒ぎ立てていたあの少女の顔を。

 最初に彼女と再会した時、霊夢は何かの冗談かと思いたくなってしまったのは確かな事であった。
 とはいってもついこの間事件現場にいるのは見かけたし、いずれは鉢合わせるだろうと思ってはいた。
 王都は案外広いようで狭く、しかも今街で起きている奇怪な出来事は衛士達もかなり首を突っ込んでいる。
 であるならば、遠からず二度目の体面を果たすであろうと何となく予想していたのだ。
 最も、それが今日の出来事になってしまうという事だけは予想しきれなかったが。

 そして霊夢と同じように、アニエスもこれは何の悪戯かと目の前にいる少女達を見つめている。
 アーソンの命令で第一発見者だという少女を連れて来いと言われ、ここへと足を運んできた。
 一階ロビーから階段を上り、ラウンジへと着いた彼女の前に見知った顔が大勢いたのである。
 まさかこんな所で再会すると思っていなかった…という気持ちは、霊夢もまた同じであった。
「…まさか、アンタとこうして顔を合わせる日がまたくるなんてね…」
「奇遇だな。私も今そんな事を思っていたところさ」
 霊夢とアニエス。互いに鋭く細めた目で互いを睨み合い、一言ずつ言葉を述べ合う。
 傍から見れば実に殺伐としているだろうが、不思議な事にそこからは敵意というものは感じられない。
 二人して普段からこんな感じだからなのだろう、すっかり自然体と化してしまっている証拠であった。

「何も知らない人が遠くから一見したら、何時殴り合いが始まってもおかしくない光景って言いそうね…」
「で、でもルイズ…いくら何でもアレは見ててちょっとハラハラしてくるわ…」
 それを少し離れた所から呆れた風な様子で見つめるルイズに対し、傍らのカトレアは心配していた。
 劇場一階ロビーの階段を上がってすぐの所にある、二階貴族専用のラウンジ。
 ちょっとした談話スペースであるそこは、数時間前の賑わいはとっくに消え去ってしまっている。
 今は第一発見者とその関係者として、霊夢とルイズ達はそのラウンジに閉じ込められていた。
 まぁ閉じ頃られているといっても、衛士達が周囲を囲んで見張っているだけなのであるが。
 幸い二階にもお手洗いはあり、今はカトレアの連れであるハクレイがニナをトイレに連れて行ったばかりである。
 喉が渇けば一階から水差しを持ってきてくれるとも言っていたので、一応不便な箇所は見当たらなかった。
 それでも、第一発見者である霊夢にとってこれは納得の行かない事であった。

「私に犯人を追わせずにルイズ達ごと監禁して、それで今あの悲惨な男に会わせたいだなんて…随分身勝手じゃないの」
「知るかよ。第一、お前が第一発見者だって事をついさっき知ったばかりだぞ」
 霊夢の苦言に対してそう一蹴して返すとその場で踵を返し、階段の方へと歩いていく。
 ついて来いと言いたげなその背中を見て察したのか、霊夢もその後を続く。
 自分達を後に、アニエスに連れられてロビーを後にする彼女を見て今しか無いと思ったのか。
 それまで敬愛する姉の傍らにいたルイズが立ち上がり、アニエスに「待ちなさい!」と声を掛けてきた。

「第一発見者としてレイムを連れていくのは良いとして、ついでだから私も連れていきなさい!」
「ルイズ、いきなり何を言いだすの貴女は?」
 突然一歩前へ進み出て名乗りを上げた妹に、カトレアは驚いてしまう。
 事情をよく知らぬカトレアでも、衛士達の話を盗み聞きして何となくだが状況は知っていた。
 この劇場で何らかの事件が発生し、それが一筋縄ではいくような簡単な事件ではないのだと。
 ラウンジからロビーを見下ろし、慌ただしく行き交う衛士達や彼らから事情聴取を受けている従業員たちの姿を見て何となく理解する事はできた。
 そしてこれまた色々とワケがあって、ルイズがハクレイと良く似たレイム…という子を使い魔として召喚した事も教えてくれていた。

 使い魔と主は一心同体、余程の事が無ければ互いに離れる事が無いというのは常識である。
 しかし…だからといって何も゙見てはいけない様な物゙を、わざわざ見に行く必要があるのだろうか?
 やや過剰にも見える程動員されている衛士達とその物々しさから、カトレアは何か異常な事が起きたのだろうと察してはいた。
 それを知って知らずか、使い魔の後を追おうとしているルイズを彼女は制止したのである。
 そして後を追われようとしている霊夢も彼女の言いたい事を察したのか、後をついてこようとしているルイズを止めようとした。
「別にアンタまで来なくていいじゃないの。呼ばれたのは私だけなんだし…っていうか、何でワザワザついて来ようとするのよ?」
「でも…!…あ、ちょっと…!」
 スパスパと鋭利な刃物のような言葉を投げかけてくる霊夢に反論しようとしたルイズであったが、
 その前にアニエス他、階段の前で待機していた二人の衛士に周りを囲まれてその場を後にしようとする。

「すいませんが暫し彼女を借ります。そうお時間は掛けないので…」
「…と、いうわけでちょっくら現場に行ってくるからデルフの事宜しく頼むわよ~」
 待ったと言いたげに手を伸ばしたルイズにアニエスが詫びの言葉を入れ、霊夢が暢気そうに魔理沙への言葉を残していく。
 霊夢の代わりに再びデルフを持っていた魔理沙がそれに応えるかのように、元気そうに右手を振って返事をする。
「おぉーう!隙が出来たら私も抜け出してお前ン所へ行くからな~」
『相変わらず知的そうな姿しといて法律ってモンを知らないねぇ、お前さんは?』
 楽しげな顔で物騒な事を言う魔理沙にデルフは呆れつつ、視線をチラリとルイズの方へと向ける。
 そこでは先ほどから少し離れた場所で様子を見ていたシエスタが、彼女と話をしている最中であった。

「さっきは何であんな事を言ったんですか?わざわざ事件現場に赴く…だなんて」
「レイムから聞いたでしょ?被害者らしい貴族の男が、一階で肩をぶつけてしまった初老の男だったって」
 シエスタスからの質問に対し、ルイズは行けなかったことへの不満を露わにしつつ思い出す。
 数時間前…まだ劇場がいつもの活気で賑わい、ルイズたちがカトレア一行と出会う前の事…。
 その時霊夢とぶつかり、彼女の不遜な態度にも怒らなかった紳士の鑑とも言うべきあの初老の貴族。
 霊夢曰く、その彼が言葉にするのも醜い状態で廊下に転がっているのだという。

 シエスタがその事を思い出して顔を青くするのを余所に、ルイズは言葉を続ける。
「アイツが嘘を言ってるとは思わないけど…信じろって言われてもそう信じれることじゃないでしょ?」
 数時間前に出会い、軽く一言二言言葉を交えた紳士が今や被害者という扱いを受けているのだ。
 現実とは思えない出来事を眼前にして、ルイズは本当の事を自分の目で知りたいのだろう。
 例えそれが吐き気を催す程酷い状態であったとしても…それを現実だと受け入れる為に。

 確かに彼女の言う事も分からなくはないと、魔理沙は少なくない共感を得た。
「まぁルイズの言うとおりだな。私だって気になる事を調べられないていうのは、何だか癪に障るんだよなぁ」
「でも…レイムさんが言ってたじゃないですか?結構酷い状態だったって…」
「ソレはソレ…所謂自己責任ってコトでいいじゃないか?ルイズだって覚悟して行きたいって言ったんだし」
 シエスタの反論に普通の魔法使いはそう返し、ルイズの方へ顔を向けて「だろ?」と話を振ってくる。
 突然の事に多少反応が遅れたものの、魔理沙からの問いにルイズは緊張した面もちで頷く。

「ま、まぁそれは当然よ。…吐くかどうかは、直接見てみないと分からないけど…」
 ルイズの返答を聞いて魔理沙はニヤリと笑い、彼女の肩をパシパシと軽く叩いて見せた。
「…な?この通り本人はとっくに覚悟決めてるんだぜ」
『まぁ吐いても別に文句は言われんだろうさ。白い目で見つめられそうだけどな』
「…なんで決めつけてくるのよ。後、私の肩を無暗に叩かないでくれる?」

 デルフの余計なひと言に文句を言いつつも、肩を叩いてくる魔理沙の手を払いのける。
 のけられたその右手を軽くヒラヒラと動かして悪い悪いと言いつつ、黒白は話を続けていく。
「…でもま、ここからは出られそうにないし何もできない事に代わりはないけどな」
『絵空事は好きに思い描けるが、それを忠実に実行する事程難しい事はないってヤツだよ』
 あっけらかんと事実を述べてくる彼女とデルフにムッとしつつ、ルイズは不屈の意志を露わにする。
「でもこのまま大人しくしてたら手遅れになっちゃうじゃないの。何かいい方法は無かったかしら…?」
「ルイズ…貴女、本当に行くつもりなの?」
 そう呟いて周辺を警備している衛士達を見つめていると、それまで黙っていたカトレアが言葉を投げかけてきた。
 敬愛する姉の言葉にルイズはスッと顔を向けると、それを合図にしたカトレアが喋り出す。

「そこの黒白…マリサさんの言う事には私も賛同できるわ。私だって、色んなことを自分の目で見てみたいもの。
 けれど…貴女が今から目にしたいというモノは、おおよそ誰もが見てみたいと言うようなものじゃないかもしれない…というのも事実よ」

 やや遠回し的ではあるものの、彼女の言いたい事は何となく理解する事はできた。
 確かに、自分これから目にしたいというモノは並の人間が物見気分で目にするようなものではないだろう。
 むしろ平和な社会ではおぞましいモノとして忌避され、目をそむけて見ない振りをする類のものかもしれない。
 世の中にはそういうモノを見て興奮する人間がいるらしいが、 当然ルイズにそのような趣味は全く無い。
 実際にソレを見てしまえば顔を真っ青にして卒倒してしまうかもしれないし、吐いてしまうかもしれない。

 それでもルイズは知りたかった…否、霊夢の傍に生きたかったのである。
 自分と魔理沙たちには上辺だけを語り、自分の私見を述べる事を控えた彼女だけが知ってるであろう事実を
 突拍子も無く何かを感じ取り、脇目も振らずに現場へと直行した彼女が何を感じ取ったのか。
 これまで抱えてきた幾つかのトラブルを自分たちにはあまり語らず、あくまで個人の問題として片付けてきた霊夢。
 彼女は何かを知っているに違いない。この劇場で起きた、奇怪な事件の裏に隠された真実を。

 …とはいえ、彼女の元へ辿り着くには今のところ色々と大変なのは火を見るより明らかだ。
 どうやら魔法衛士隊が現場に到着するまでの間は、自分たちはこのラウンジで待機する事になっている。
 一階へと通じる階段にはもちろんの事、それ以外の劇場のあちこちに衛士達が屯している。
 その間を巧妙に掻い潜って霊夢の元へ行くとなると…かなり無理なのは明白であった。
 貴族の強権で無理やり…というワケにもいかない。そんなのが通じたのは四十年も前も昔の事である。
 今では許可さえあれば、平民の衛士でも学生相手ならば『公務執行妨害』の名のもとに拘束できてしまうのだ。

 最も、それは学生側も相当暴れなければ滅多にそうならないし、ルイズ自身ここで暴れようなどという気は微塵も無い。
 ただ…いつもの態度で通しなさいと言っても、彼らは決して道を譲ることは無いだろう。
 簡単には通してくれそうにも無く、ましてや実力行使などもってのほかで八方塞りと言う状況。
 それでもルイズ自身諦めきれないのは、色々と異世界からやってきた者たちの悪影響を受けたからであろうか?
 手段が思いつかぬ中、それでも何かないかと考えているルイズを見て、魔理沙は微笑みながら話しかけてきた。
「なんだなんだ?普段はあんなに仲が悪そうなのに、いざってなるとアイツの事が気になって仕方がなくなったのか?」
「え?…ち、違うわよこの馬鹿。…っていうか、何でそんな想像ができるのよ」
 突然魔理沙にそんな事を言われたルイズは一瞬慌てながらも、すかさず反論を投げ返す。
 しかしそれを受け取った魔理沙は何故か怪訝な表情を一瞬だけ浮かべ、またすぐに笑みを浮かべて見せる。
 今度は先ほどとは違い、他人の良からぬ秘密を知った時の様な嫌らしい笑顔であった。
「あぁ~…成程な、そういうことか。…つまり、お前さんにはソッチの気があるってことか?」
「…?そ、ソッチ…?」
 今度はルイズが黒白の言葉の意味をイマイチ理解できずにいると、デルフが余計な一言を挟んでくれた。

『いやー娘っ子、多分お前さんの考えてた事とマリサの考えてた事は全然違うと思うぜ~』
「え?それって一体…」
 魔理沙の腕に抱かれるデルフはルイズが首を傾げるのを見て、もう一言アドバイスする事にした。
『つまり…魔理沙が言いたいのは、お前さんはレイムの事―が…あり?―――いでッ…!?』
「うおぉッ…!?」
 しかしそのアドバイスは最後まで言い切る前に理解したルイズに勢い掴まれ、床に叩きつけられた事で途切れてしまう。
 二階のラウンジに鞘に収まった剣が勢いよく叩きつけられ、派手で重厚な音が周囲に響き渡る。
 これには流石の魔理沙も驚いたのか、地面に横たわる(?)デルフを見捨てるかのように後ずさってしまう。
 周りにいた衛士達や様子を見ていたシエスタ、カトレアも何事かと一斉にルイズの方へと視線を向ける。

 地面に転がるデルフをやや怖い目つきで睨むルイズへ向かって、カトレアが驚きながらも話しかける。
「ちょ…ちょっとルイズ、貴女どうしたの?」
 敬愛する姉からの呼びかけに彼女はハッとした表情を浮かべると、すぐに顔を上げて応えた。
「あ、いえ…ちいねえさま。大丈夫…大丈夫です、何の問題もありませんわ」
 インテリジェンス―ソードを思いっきり床へ叩きつけて、挙句に怒りのこもった目で睨みつけていて何が大丈夫なのか。
 久しぶりに見たであろう妹の癇癪に狼狽えるカトレアを見て、流石に剣相手に怒り過ぎたと思ったのだろう。
 ルイズは自分で床に叩きつけたデルフを拾い上げると、軽く咳払いしてから彼に話しかけた。

「…コホン。とにかく、私はマリサが思ってるような意味で言ってないって事は理解しておきなさい」
『あぁ、肝に銘じとくぜ。…イテテ、だけど流石にアレはキツイぜ』
「身から出た錆ってヤツよ。アンタ自身は憎たらしいくらいにピッカピカだけどね」
 今回ばかりはいつも涼しい顔をしているデルフも、苦悶の呻き声を上げている。
 まぁあれだけ激しい仕打ちを受けたのだから、無理も無いだろう。
 珍しく反省の様子も見せる彼を目にして、ある意味事の発端者である魔理沙がちょっかいを掛けてきた。
「まぁ日頃から色々と毒を吐いてるしな。これを機に自分を改めてみたらどうかな?」
「…その言葉、デルフに代わって私がそのまま返してやるわ」
 デルフ以上に反省の色を見せぬ黒白に呆れつつも、ルイズは直前に考えていた事へと意識を切り替えていく。
 魔理沙とデルフの所為で脱線しかけていた直面の問題を思い出し、その事で再び頭を悩ませる。
 とはいえ、彼女が思いつく限りの事は既に考え切ってしまっている。
 それらは全て上手く行くという可能性は低く、結局の所ここで大人しくしているのが一番ベストな選択だろう。
 ルイズ自身できればそうしていたかったが、同時に霊夢が目にしたモノを自分の目でも確認したかった。
 探究心と好奇心、それに使い魔であり共に異変を解決する間柄となった筈の霊夢に置いて行かれるという微かな怒りが心の中で混ざっていく。
 そう簡単に発散できないその感情を心の中で渦巻かせて、ルイズはやるせないため息をついてしまう。
 溜め息に混じる感じとったのだろうか、ルイズの表情を察してやや真剣な顔をした魔理沙が話しかけてくる。

「…その様子だと、霊夢に置いてかれた事が結構ショックだったそうだな」
『娘っ子の性分から考えりゃあ、自分だけ隠し事されててレイムだけが知ってるってのが気に食わんのだろうさ』
「ふ~ん…。まぁ霊夢のヤツって、大体自分だけで抱え込んだ問題を大抵は自分の力だけで解決しちゃうからな」
 これまで幻想郷の異変で幾度と無く霊夢の活躍を見てきた魔理沙には分かるのか、デルフの補足にウンウンと頷いている。
 いつもは神社の縁側でお茶飲んでグータラしてるあの巫女は、何かが起こった時だけは機敏に動き回るのだ。
 そして基本的には誰にも頼らず単独で黒幕の元へと飛び、チャッチャと異変を解決してしまうのが博麗霊夢という人である。
 だから今回の件も、ルイズや自分には頼らずさっさと片付けようとする未来が思い浮かんでしまう。
 最も、ここはハルケギニアなので幻想郷とは勝手が違うだろうが…それは些細な問題であろう。

 そんな風に一人何かに納得する魔理沙を余所に、ルイズは自らが抱えているデルフへと話しかける。
「デルフ、アンタもここから理由を付けて出られそうな案とか思い浮かばないかしら?」
『ここを出るどころか、そもそも手足が無い剣のオレっちにソレを聞くのかい?ふぅー…』
 自分一本だけでは身動きすらままならないデルフはルイズの要求に対して、暫し考え込むかのような溜め息をつく。
 カチャ、カチャ…と喋る度に動いている留め具の部分を適当に鳴らしてから――ふと、ある事を思い出した。

『…なぁ娘っ子。お前さん、とりあえずここから出てレイムの元へ行きたいんだったっけか?』
「…?そうだけど」
 何を今更再確認などと…そう言いたげな様子を見せるルイズにデルフは言葉を続ける。
『だったら一つ…行けるかどうかは知らんがそういう事ができそうな方法があるぜ』
「え?それ本当なの?」
『あぁ。…でもその顔から察するに、あんま信じて無さそうだな』
 剣の口(?)から出たまさかの言葉に、ルイズはやや半信半疑な様子を見せていた。
 何せありとあらゆる方法を考えて駄目だったというのに、今更どんな方法があるというのだろうか。

 そう言いたげな雰囲気が空けて見えるルイズの顔を見て、デルフは『まぁ聞けや』と更に話を続けていく。
『その方法は…まぁ、スッゴい今更かもしれんが、お前さんはとっくにその方法を『持って』るんだよ』
「…はぁ?」
 やや躊躇いつつも留め具から出したその言葉に、ルイズの表情は「何を言っているのだこの剣は」という物へと変わる。
 対してデルフの方はルイズの反応を大体予想していたのか、まぁそうなるわな…と思いつつ喋り続けた。
『忘れたのかい?…ホラ、ちょっと前に大切な友人から貰ったあの゙書類゙の事を』
「…?゙書類゙…って―――――…あっ」
 デルフの留め具から出だ書類゙という単語を耳にして、ようやく彼女も思い出したらしい。
 ハッとした表情を浮かべたルイズはひとまずデルフを魔理沙へと渡し、次いで慌てた様子で自身の懐を探り始めた。

 ルイズとデルフのやり取りを見ていた魔理沙も、それでようやく思い出したのか。
 「あぁ」と感心したかのような声を上げ、ポンと手を叩いてからニヤリと笑って見せた。
「そういや…そういのも貰ってたっけか?今の今まで使い道が無かったから、流石の私も忘れかけてたぜ」
「まぁ、そりゃ…モノがモノだから無暗に使うワケにも…いかないわよ!」
 魔理沙の言葉にルイズは懐を漁りつつ、目当てのモノを『魅惑の妖精』亭に置いてきてない事を祈っていた。
 今彼女が探しているものは…もしも何か、最悪の事が起こったらいつでも使えるようにと直に持っていたのである。
 ブラウスのポケットを探り終えたルイズは少しだけ顔を青くしつつ、次にスカートのポケットへと手を伸ばしたところ―――

「……あったわ」
 ポケットへと突っ込んだ指先に触れる羊皮紙の感触に、彼女はホッと安堵しつつ呟いた。
 すぐさまそれを人差し指と親指で摘み、慎重かつ素早くポケットの中から取り出して見せる。
 それは数回ほど折りたたまれた羊皮紙であり、見た目でも分かる程の紙質の良さは決して安物ではないと証明している。
 微かに震えだした指先で慎重に紙を開いていくと、それは一枚の゙書類゙へと姿を変えた。
 その゙書類゙を見て魔理沙もパッと嬉しそうな表情を浮かべ、ルイズの肩を数回叩いて喜んでいる。

 その書類はかつて、ルイズがアンリエッタ直属の女官となった際に貰ったものであった。
 女官としての仕事を行っている最中、不都合な事があった際に提示すれば特別な権限を行使できる魔法の一枚。
 今まで特に使い道が思い浮かばず懐へ忍ばせ続けていたその魔法を、ルイズは今正に取り出したのである。

「おぉ、やっぱり持ってたのか!でかしたなー、ルイズ」
「あ、当たり前じゃない…ってイタ、イタ!ちょっとは加減にしなさいよこの馬鹿!」
 魔理沙としては加減したつもりなのだろうが、ルイズにとっては結構痛かったらしい。
 自分の肩を乱暴気味に叩く魔理沙の手を払いのけつつ、ルイズは改まるかのように咳払いをしてみせた。
「コホン…とりあえず、この書類の権限を上手い事使えば階段前の彼らは通してくれるかも…」
「それでダメなら、ダメになった時の事は考えてるのかい?」
「流石に通してくれないって事はないかもしれないけど…まずはやってみなきゃ始まらないわよ」
 いざ見せに行こうというところで不安なひと言を掛けてくる魔理沙を睨みつつ、ルイズは階段の方へと歩いていく。
 その間にも数回咳払いしつつもサッと身だしなみを整え、ついで軽い呼吸でもって自身の意識をサッと切り替えてみせた。
 三人の衛士達が槍を片手に階段の近くで待機しており、何やら軽い雑談をしている最中だ。
 やがてその内一人が近づいてくるルイズに気が付き、すぐに他の二人も彼女の方へと視線を向ける。

 何か言いたい事でもあるのかと思ったのか、真ん中にいた一人が近づいてくるルイズに話しかけた。
「ミス・ヴァリエール。何か我々に御用がおありでしょうか?」
「あぁ、自分から話しかけてくれるなんて気が利くわね。悪いけど、ここを通してもらえないかしら」
 話しかけてきた衛士に軽く手を上げつつ、ルイズはサラッと本題を要求する。
 その突然な要求に二十代後半と見られる若い衛士は数秒の無言の後、口を開いた。
「…?お手洗いでしたなら、二階にもあった筈ですが…」
「お手洗いじゃないわ。私も一階に下りて、事件現場を視察に行きたいの」
「あぁすいません。そうでした…って、え?」
 ある意味大胆すぎるルイズの要求に話かけた衛士はおろか、横にいた二人も目を丸くしてしまう。
 例え衛士であっても、それなりの地位を持つ貴族の命令はある程度聞かなければならない。
 それがヴァリエール家のものであるなら尚更だが、今回だけは特別として命令を聞く必要は無いと言われていた。
 通してくれと要求された衛士はその事を思い出すと慌てて首を横に振りつつ、ルイズに通せない事を伝えようとする。
「も、申し訳ありませんが特別命令が発布されておりまして、許可が無い限り誰も通すなと厳命されているんです…」
「あらそうなの?でも大丈夫よ、私もアナタたちにここを通しなさいと命令できる立場にいるんですもの」
 ルイズはあっけらかんにそう言うと、先ほど取り出した書類をスッと彼の前に差し出して見せた。
 衛士は目の前に出されたその一枚へと視線を移し、そこに記されている内容を声を出さずに読んでいく。
 幸い彼は衛士の中でもそれなりに高い地位にいるので、文字の読み書きはできる方であった。

 横にいた同僚たちも何だ何かと横から覗き見し、やや遅れつつも内容に目を通していく。
 やがて記されていた内容を読み終え、最後にそれを記入した者の名とそれに寄り添うかのように押された白百合の印へと目を通す。
 確認し直すかのように何回か瞬きをした後、書類を見せるルイズに向けて改めて敬礼をした。
「し、失礼いたしました!」
 それと同時に後ろにいた同僚たちも続いて同じように敬礼したのを見届けてから、ルイズは口を開く。
「一目で分かってくれれば大丈夫よ。…じゃ、後ろにいる黒白も一緒に連れていくからそこんトコはよろしくね」
「は、はい!お気をつけて!」
 サラッと自分を連れて行く事も許可できたルイズに、魔理沙は嬉しそうな表情を浮かべている。

「コイツは嬉しいねぇ。てっきりシエスタたちと一緒に御留守番かと思ったが」
「アンタだって一応ば関係者゙何だし、第一アンタだって見に行きたいんでしょ?」
「まぁ嘘じゃないと言えば嘘になるな。どっちにしろ助かったよ」
 一言二言言葉を交えた後で魔理沙はデルフを脇に抱えると、近くに置いてあった自分の箒を手に持った。
 喧しくて中々重い剣とは違い無口で軽い相棒を右手に、いざルイズの傍へと行こうとする。
 そんな時であった、それまで一言も発さず状況を見守っていたシエスタが言葉を投げかけてきたのは。
「ま、待ってください二人とも!一体どこへ行くんですか!?」
「何処って…そりゃお前、霊夢の元に決まってるだろ?後、被害者になったっていう貴族がどういうヤツなのかも見に行くがな」
「え?でも、でも何でワザワザ見に行こうとするんですか?後でレイムさんに聞けばいいじゃないですか…」
 知り合いの呼び止めに魔理沙が足を止めてそう返すと、彼女は首を横に振りつつ言った。
 まぁ確かにシエスタの言うとおりであろう。しかし彼女は未だ、霊夢という良くも悪くも独り走りが好きな少女の事を良く分かっていない。

 自身の言葉を常人らしい正論で突き返された魔理沙は頬を左の小指で掻きつつ、何て言おうか迷っていた。
「う~ん…そうだな。…これは私の経験則なんだが、霊夢のヤツだとあんまりそういう事をせがんでも言ってくれる人間じゃないしな」
「と、いうと…」
『つまり、あの紅白が見聞きしたことをそのまま教えてくれる保証は無いってマリサのヤツは言ってるのさ』
 ま、オレっちの目にはそこまで酷いヤツには見えんがね?最後にそう付け加えたのは、デルフなりの優しさなのであろうか。
 それに関しては特に意義は無いのか魔理沙も「ま、そういう事さ」で話を終えて、再びシエスタに背を向ける。
「それに私自身気になったモノは自分の目で見て、耳で聞きたい性分なんでね。…ま、知識人としての性ってヤツだ」
「アンタの何処が知識人なのよ?」
 顔だけをシエスタへと向けて自慢げに自分を上げる魔理沙に、ルイズは冷静に突っ込みを入れた。
 それでもまだ納得が行かないのか、シエスタは首を横に振りつつ「それでも…」と縋るように言葉を続ける。


「それでも、やっぱり変ですよ!レイムさんも言ってたでしょう?被害者の貴族様はかなり酷い状態だって。
 周りにいる衛士さん達の話を聞く限りでは、あの人は嘘を吐いてないって事も何となくですが分かります…
 それでも、それでもレイムさんと同じ場所へ行くんですか?わざわざ、誰もが目を背けたくなるようなモノを見に…」

 やや過剰とも思えるシエスタの引きとめに、流石の魔理沙もどう返せばいいか迷ってしまう。
 まさかここまで自分とルイズの事を心配してくれるなんて、流石に想定の範囲外であった。
 ルイズ本人としても、シエスタの言う事は平民、貴族を抜きにしても真っ当な言葉である事には違いない。
(確かに…わざわざ事件現場を見に行く学生ってのも、やっぱりおかしいんでしょうね)
 わざわざアンリエッタから貰った書類を使ってまで見に行こうとする自分と魔理沙は、さぞや奇異に見えるのだろう。
 そんな事を思いつつ、それでも尚現場へ赴きたいルイズが魔理沙の代わりにシエスタへ言葉を返す。

「…何だか悪いわねシエスタ。平民のアンタにそこまで言われるとは思わなかった。
 正直、アンタの言ってる事は至極マトモだし少し前の私なら、わざわざ見に行こうなんて思いもしなかったし…」

 申し訳ないと言いたげな笑みを浮かべるルイズに、シエスタは「じゃあ…」と言い掛けた言葉を飲み込む。
 最後まで聞けなかったが彼女の言いたい事は分かる。――じゃあ、どうして?だと。
 その意思を汲み取ったルイズはほんの数秒シエスタから視線を外した後、それを口に出した。
「どうして…?と言われたら、そうね…多分、言っても分からないし無関係のアンタに言ったら駄目なんだと思う…」
「言ったら、ダメ…って?」
「文字通りなのよ。理由を言ったら、多分非力なアンタまで厄介な事に巻き込まれちゃうから」
 視線を逸らし、言葉を慎重に選びながらしゃべるルイズにシエスタは首を傾げてしまう。
 数秒程度の無言の後、ルイズはシエスタの方へと顔を向けてそう言った。
 その言葉を口にした声色と、真剣な表情は決して冗談の類を言ってるとは思えない。
 平民であり物騒な出来事とはあまりにも無縁なシエスタにもそれは分かる事ができた。

 ルイズの言った事に目を丸くして半ば呆然としているシエスタに、話しは異常だと言いたいのか。
 彼女へ背中を向けると「じゃ、また後で」という言葉を残して階段を下りようとする。
「待ちなさい、ルイズ」
 しかし、その直前であった。それまで沈黙を保っていたカトレアが、自分の名を呼んだのは。
 先ほどの自分と同じくいつもの柔らかさを抑えた低音混じりの声で呼び止められた彼女は、思わず振り返ってしまう。
 いつの間にかシエスタの横にまで移動していた姉は、先ほどの声とは裏腹に心配そうな表情を浮かべてルイズを見つめていた。
「ちぃねえさま…」
 その表情とあの声色で、彼女が今の自分を心配しているのは痛い程分かっている。
 けれども互いに何を言って良いか分からず、暫し見つめ合ってから…ルイズが「ごめんなさい」という言葉と共に踵を返した。

 そして急いでこの場から離れようとやや急ぎ足で、やや大きな音を立てて階段を下りていく。
「…あ、おいちょっと待てよ!」
『―…と、まぁそんな感じでこの場は後にさせてもらうぜ。トレイに言ってるお二人にもよろしく言っといてくれ』
 黙って様子を見ていた魔理沙はハッとした表情を浮かべ、デルフと箒を手に彼女の後を追っていった。
 その彼女の腕の中でデルフは後ろにいる二人にそう言いつつ、魔理沙と共に一階へと下りて行ってしまう。
 後に残されたのは呆然とするシエスタと心配そうな表情を浮かべるカトレアに、どうすれば良いのか分からない数人の衛士達。
 一階では下りてきたルイズ達に何事かと駆けつけた衛士達が声を上げ、暫し揉めた後に急いで道を譲っている。
 ガヤガヤと騒がしくなる一階とは身体に、二階ラウンジには沈黙が漂っている。
 皆が皆どのような事を言っていいのか分からぬ故に誰も喋らず、それが更なる沈黙を作っていく。
 そして、そんな彼らの中で第一声を上げたのは…先ほどまでここにいなかった二人の内一人であった。
「…何だか、色々と厄介な事があったそうね」
 聞き覚えのあるその女性の声に、カトレアがハッとした表情で振り返る。
 ラウンジの奥、トイレへと続く曲がり角の手前にその女性―――ハクレイは立っていた。
 用を足し終えたニナと手を繋ぐ一方で、真剣な表情を浮かべてラウンジにいる者たちを見つめていた。



「…それにしても、人の縁っていうのは色々と数奇なモノよね~」
 アニエスを先頭にして再び現場へと向かう最中、霊夢はそんな一言をポツリと漏らしてしまう。
 しっかりと明りが灯された一階通路のど真ん中で放った為か、通路を行き交う衛士たちの何人かが二人の方へと視線を向ける。
 それにお構いなく歩き続けるアニエスは、暢気に喋る霊夢に「あんまり大声で喋るなよ」と注意しつつ彼女の話に言葉を返していく。
「私の方こそ驚いたぞ。まさかこんな所でミス・フォンティーヌやお前達と再会できるなんて夢にも思っていなかったんだ」
「…そんでもって、彼女らが私達の知り合いだったって事もでしょう?」
 自分の言葉に付け加えるかのような霊夢の一言に、アニエスは「まぁな」とだけ返しておくことにした。
 そこから暫し無言であったが、このまま黙っているのはどうなのかと思った霊夢がアニエスへ話しかける。

「そういえばアンタ、どうしてタルブにいたルイズのお姉さんやシエスタの事を知ってたのよ?」
「…ん?あぁそうか、お前さんには話しておくべきか」
 霊夢からの疑問に対してアニエスはそえ言ってから、軽く深呼吸した後でざっくばらんに説明をしてくれた。
 あの村の周辺で戦争が始まる直前に、一時的に衛士隊から国軍へ入るよう命令が届いたこと、
 命令通りに軍へと入って新兵たちの仮想上官として訓練を行い、簡単な任務を遂行している内に何と戦争が勃発。
 不可侵条約を結ぼうとしたトリステイン空軍はアルビオン艦隊の不意打ちに驚きつつも、これを何とか回避、
 一方で訓練中であった国軍は空軍の援護と称して用意していた大砲で砲撃し、地上から敵艦隊を攻撃したのだとか。

「へぇ~…あそこでそんな戦いが起こってたのね」
「…最も、あそこで貴族平民問わず決して少ない数の将兵がワケの分からん連中に襲われて命を落としたがな」
「ワケの分からん連中…?何よソレ、そっちの方が気になるわね?」
「…あぁイヤ、スマン。そっちの方は教えられない事になっている」
 アニエスからの話を聞いていた霊夢は納得したように頷きつつ、同時に彼女の言う『ワケの分からん連中』の正体を既に知っていた。
 つまりアニエスは軍の一員としてあのタルブにいて戦争に参加し、そして奴らの放ったキメラに襲われたのだろう。
 霊夢が一人ウンウンと微かに頷いて納得する中で、アニエスは話を続けていく。
 結果的に突如現れたその『ワケの分からん奴ら』に襲われて地上部隊は敗走し、アニエスと幾つかの部隊はタルブ村まで後退。
 そしてアストン伯の屋敷の地下へと村民たちと共に避難し、そこでカトレア一行と出会ったのだという。

 その後は夜を待ってから、隣町にまで後退したであろう仲間たちを呼ぶ為に彼女を含めた兵士たちが脱出を決行。
 周辺の山を越える為の水先案内人として、偶然にもその中で最も若く丈夫であった地元民のシエスタが選ばれたのだという。
「…成程、アンタとシエスタはそこで顔を合わせってるってワケね」
「正確に言えば、そこで二度目だったんだが…まぁその話は後でいいだろう」
「…二度目?」
 アニエスの意味深な言葉に、霊夢は思わず首を傾げてしまう。
 それを余所にアニエスは話をそこで切り上げ、彼女を後ろに更に廊下を進んでいく。




 その通路は数時間前に霊夢が通った廊下とは違いしっかりと掃除が行き届いており、雰囲気も暗くはない。
 あの不気味な通路があったとは思えぬ程ちゃんとした場所でも、それでもあの通路とはほんの少し距離がある程度であった。
 霊夢自身はこの通路へ入る前にアニエスからの説明で、一応は現場へと続いているという事だけは教えてもらっていた。
 最初は自分をだまして尋問か取り調べでするつもりかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
 多少遠回りにはなるらしいが、それでも時間を計ればほんの数秒程度の差しかないのだとか。
「あともう少し歩いたら通路の横に扉があるから、ソレを通って現場近くの廊下にまで出るぞ」
「…ん、分かったわ」
 忙しそうに劇場内を行き来する衛士達を横目で見つめながら、霊夢は右側の壁へと視線を向ける。
 確かにアニエスの言うとおり、自分たちから見て通路右側の壁に古めかしい扉が取り付けられていた。 

 見ただけでも年季の入りが分かるソレのノブをアニエスが手に持ち、捻る。
 そのまま前へと押し込みドアを開けると、ドアとドアの間に出来た隙間から男達の話し声が聞こえてきた。
 恐らく見張りについている衛士達なのだろう。言葉遣いだけでも何となくその手の人間だと分かってしまう。
(見張っている最中に無駄話などと…まぁでも、それぐらいなら特に咎める事じゃあないな)
 アニエスは心の中で肩を竦めつつ、そのまま無視してドアを開けようとした…その時であった。
 彼女が今最も意識の外に追いやりたかった『問題』を彼らが口にしてしまったのは。
「…そういえば、お前さぁ。昨日配られたポスターの顔ってさぁ、やっぱり…」
「しー、それはあまり言わん方が良いぞ。俺たちの仲間なんだし、アイツと親しいアニエスもここにいるんだしな」
 最初こそソレを無視して開けようとしたアニエスの手がピタリと止まり、ドアを少し開けた状態のまま固まってしまう。
 後ろにいた霊夢もその話し声を耳にしており、一体何を話してるのかと気になったのだろうか、
 アニエスの横に移動するとそこから少し耳を傾けて、 何を話しているのか聞き出そうとしていた。

 衛士達は扉を開けてすぐ右にいるのだろうか、話し声がやたら大きく聞こえてくる。
 声からして二人。互いの口ぶりから結構親しい間柄のようだ。
「…それにしても、アニエスのヤツも大変だろうなー。何せ隊長が行方不明で、おまけにミシェルが指名手配されてるしな」
「っていうか、何であんなすぐに指名手配が出たんだろうな。普通ならもっと時間掛かるだろうに」
「そこだよな?ってか、ウチの所の隊長もその指名手配に首を傾げてたなー…だって結構マジメだったし」
「だよな。俺なんて今年の初めに、警邏中に油売ってたら思いっきり尻を蹴飛ばされたよ」
「ははは!お前さんらしいぜぇ~」
 まるで場末の酒場でしている様な会話に、流石のアニエスも我慢できなくなったのか、 
 危機を察した霊夢がスッと身を引くのと同時に、思いっきり開け放って見せた。

 丁度扉の近くにいた一人の衛士が急に開いたソレを見て身を竦ませつつも、彼女の名を叫んだ。
「おぉっ…!?な、何だよアニエス!危ないじゃねぇか!」
「悪かったな。勤務中だというのに下らん話しをしていた連中がいたもんでな、少し驚かせてやったんだよ」
 驚く同僚に詫びを入れたアニエスは次いで右の方へと視線を向けて、そこにいた二人の衛士を睨み付ける。
 二人して二十代半ばだろうか、まだ入って一年であろう彼らはドアの向こうから姿を現した彼女に驚いていた。
「え…!ちょっ…いたのかよお前!」
「…このままお前らの間抜け面に思いっきり拳を埋めてやりたいが…今は仕事中だ。…私の気が変わらんうちに持ち場へと戻れ」
「わ…わかった、わかったよ!」
 驚く二人に人差し指を突き付けるアニエスにビビったのか、もう一人がコクコクと頷きながらその場を後にした。
 残った一人も彼の背中を追い、そのままロビーの方へと走り去ってしまう。
 その情けない背中を見つめつつも、霊夢は静かに怒っているアニエスに話しかけた。

「やけに怒ってたわね、何か気になる事でもあったの?」
「仕事中に油を売っていたのもあるが…今はちょっとな、忘れておきたい事を思い出されたんだ」
「忘れておきたい…?」
「今の仕事に集中できんって事だよ」
 またもや首を傾げそうになった霊夢にそう言って、アニエスは踵を返して廊下の奥へと進んでいく。
 先ほどとは違い明りの殆どない、薄暗いその廊下を。
 その後ろ姿を見つめる霊夢は、何かしらの事情があるのだろうという事だけは何となく理解していた。
(気になるっちゃあ気になるけど…今はそれを一々聞ける程時間の余裕は無さそうね)
 今抱えている『何か』を記憶の片隅に置いている彼女に声を掛けられる前に、霊夢はその後をついていく。
 もう一度この薄暗い廊下の向こうにいる、氷漬けにされた男の許へ。

 アニエスと霊夢が下水道へと続く通路がある曲がり角へ辿りついたのは、それから一分も経ってないであろうか。
 曲がり角の手前には見張りであろう若い衛士と隊長らしき中年の衛士がおり。それに加えて魔法衛士隊員も二人ほどいた。
 薄く安そうな鎧を纏った衛士達とは違い、ある程度上質な服にマンティコアの刺繍が入ったマントを羽織っている。
 こに至るまで平民の衛士達ばかり見てきた霊夢は、見慣れぬ貴族たちを指さしながらアニエスに聞いてみた。
「誰よアイツら?アンタ達のお仲間?」
「そうとも言うな、所属は物凄く違うが。…今回事件の起きた場所と被害者が原因で、ここに派遣されてきた魔法衛士隊の連中だ」
 霊夢の質問にそう答えるていると、中年衛士のアーソン隊長と話していた魔法衛士隊の隊長らしき男が近づいてくる二人に気が付いたらしい。
 貴族にしてはヤケに穏やかな表情を浮かべた彼は、わざわざアニエスたちの方へと近づいてきたのだ。

 それに気が付いたアニエスはその場で足を止めると、近づいてくる隊長にビッ!見事な敬礼をして見せた。
 突然の礼に何となく足を止めてしまった霊夢は少し驚いたものの、それを真似して敬礼する程彼女はマジメではない。
 敬礼もせず、ましてや頭を下げる事も無く見物に徹する事にした巫女さんを余所にアニエスは彼の名前を口にした。
「魔法衛士隊所属マンティコア隊隊長ド・ゼッサール殿!わざわざお越し頂き、誠に恐縮です!」
「やぁ、君が噂のラ・ミラン(粉挽き)かい?…成る程、噂に違わぬ鋭い美貌に…何より、体も十分に鍛えてある。女だてら良い衛士だ」
 返す必要も無いというのに、わざわざ敬礼を返しつつもゼッサールはアニエスの満足そうに頷いてみせる。
 そして、彼が粉挽きと呼んだ彼女の横に立って此方を見つめている霊夢の存在に気が付いてしまう。

「おや?君は…確かどこかで見たことがあったかな?」
 先に現場に到着していた衛士達や、自分たち魔法衛士隊隊員たちとは明らかに見た目や雰囲気が違う。
 そんな少女を無視できるはずも無く、質問を飛ばしてきたゼッサールに霊夢は少し面倒くさがりながらも軽い自己紹介をした。
「まぁお互い初対面じゃないのは確かね。…名前は博麗霊夢、それを聞いたら思い出すでしょう?」
「…レイム?…レイム、レイム…レイ……ん、アァッ!」
 自己紹介を聞き、暫し彼女の名を反芻していたゼッサールはすぐに思い出す事か出来た。
 それは今から少し前、アルビオンが急な宣戦布告を行ってきた際の緊急会議で王宮に呼び出された時…。
 大臣や将軍たちの終わりの無い会議の最中に突如乱入してきた、紅白の少女が彼女であった。
 確かあの時は自分とは縁のあるヴァリエール家の御令嬢がいた事も、記憶に残っている。

 思い出したと言いたげな表情を浮かべるゼッサールを見て、霊夢は「どうよ?」と聞く。
 それに「あぁ」と頷いて見せると、二人が知り合いだという事に気が付いたアーソンが彼の方へと顔を向ける。
「ゼッサール殿、この少女の事を見知っていて…?」
「ん、…あ、あぁ!まぁな、少し前に知り合う出来事があってな…まぁ友達って呼べるほど親しくもないがね」
 訝しむ彼とアニエスに片目を竦めつつそう言うと、自分を見上げる霊夢を指差しながらアーソンへと聞いた。
「…で、彼女が被害者を最初に発見した少女なのかね?」
「え、えぇ。駆けつけた警備員たちが被害者の眼前にいた彼女を見ております」
 ゼッサールからの問いに 軽く敬礼しながら答えると霊夢も思い出したかのように「そうなのよぉー」と相槌を打ってきた。

「最初、私を容疑者だと勘違いしたのか手荒な事をしようとしてきたのよアイツラ?
 全く失礼しちゃうわ。相手が化け物ならともかく、この私が人殺しなんてするワケないのに…!」

 失礼極まりないわね!最後にそう付け加えて一人怒っている彼女を見てゼッサールは思わす苦笑いしてしまう。
 いきなり容疑者扱いされて怒るのは当たり前だろうが、警備員たちも人を見て判断するべきであっただろう。
 何がどう間違えれば、こんなに麗しい見た目をした彼女を人殺しなどと呼べるのであろうか。
 最初に見かけたときは少し遠くからでイマイチ分からなかったが、こうして間近でみれば何と可愛い事か。
 この大陸では珍しい黒髪とそれに似合う紅く大きいリボンに、異国の空気を漂わせている変わった服装。
 彼自身の好みではなかったが、それでもこのハルケギニアでは一際珍しい姿は彼の目を引き付けたのである。
 しかし、あまりに観すぎてしまったせいか、少し前の出来事を思い出して怒っていた霊夢に気付かれてしまった。


「全く……って、何ジロジロ見てるのよ」
「え?あ、いや…失礼した。こうして間近で見てみると変わった身なりをしていると思ってね」
「…何だか久しぶりに指摘された気がするわ」
 一貴族とは思えない程丁寧なゼッサールからの指摘に、霊夢は苦々しい表情を浮かべてしまった。




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