ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十九話「破滅降臨」
破滅魔虫ドビシ
破滅魔虫カイザードビシ 登場
第百五十九話「破滅降臨」
破滅魔虫ドビシ
破滅魔虫カイザードビシ 登場
ガリア王国の首都リュティスは、聖戦の開始以来ずっと、大混乱の坩堝に陥っていた。
街には南部諸侯の離反によって、その土地から逃げてきた現王派の貴族や難民が溢れ返り、
それがなくとも国民はロマリア宗教庁より“聖敵”にされてしまったことで震え上がり、
連日寺院に救いを求める始末であった。華の都と呼ばれたリュティスは、たったの一週間で
終末がひと足先に訪れたかのようになってしまったのだ。
王軍もまた、反乱を起こした東薔薇騎士団の壊滅から来るジョゼフへの恐怖心と外国軍への
嫌悪感からほとんどがジョゼフに従っていたが、その士気は最低であった。しかも本日未明に
もたらされた、カルカソンヌに展開していた最前線の部隊が怪獣に操られ、その末に全員が
捕虜となって文字通り全滅したという報せによって、これ以上下がらないと思われていた士気が
どん底になっていた。――ジョゼフは何も言わないが、怪獣が彼の仕業なのはどう見ても明らか。
つまり、かの王は自分たちですら捨て駒としか思っていないのだ。彼らが今もガリア王軍であり
続けるのは、最早何をしても自分たちの破滅は変わらないのだから、せめて最後まで王家への
忠義と誇りは捨てなかったという体裁は保ちたいという絶望的な願いだけが理由であった。
常識家でただの善人だった宮廷貴族だけは、祖国をどうにか立て直そうと躍起になって
いたのだが、そんな彼らでも、東薔薇騎士団の反乱の際に崩壊したヴェルサルテイル宮殿の
一角……美しかった青い壁が今やただの瓦礫の山であるグラン・トロワの無惨な姿を見る度に、
自分たちの仕事が無駄になることを認識していた。
街には南部諸侯の離反によって、その土地から逃げてきた現王派の貴族や難民が溢れ返り、
それがなくとも国民はロマリア宗教庁より“聖敵”にされてしまったことで震え上がり、
連日寺院に救いを求める始末であった。華の都と呼ばれたリュティスは、たったの一週間で
終末がひと足先に訪れたかのようになってしまったのだ。
王軍もまた、反乱を起こした東薔薇騎士団の壊滅から来るジョゼフへの恐怖心と外国軍への
嫌悪感からほとんどがジョゼフに従っていたが、その士気は最低であった。しかも本日未明に
もたらされた、カルカソンヌに展開していた最前線の部隊が怪獣に操られ、その末に全員が
捕虜となって文字通り全滅したという報せによって、これ以上下がらないと思われていた士気が
どん底になっていた。――ジョゼフは何も言わないが、怪獣が彼の仕業なのはどう見ても明らか。
つまり、かの王は自分たちですら捨て駒としか思っていないのだ。彼らが今もガリア王軍であり
続けるのは、最早何をしても自分たちの破滅は変わらないのだから、せめて最後まで王家への
忠義と誇りは捨てなかったという体裁は保ちたいという絶望的な願いだけが理由であった。
常識家でただの善人だった宮廷貴族だけは、祖国をどうにか立て直そうと躍起になって
いたのだが、そんな彼らでも、東薔薇騎士団の反乱の際に崩壊したヴェルサルテイル宮殿の
一角……美しかった青い壁が今やただの瓦礫の山であるグラン・トロワの無惨な姿を見る度に、
自分たちの仕事が無駄になることを認識していた。
ハルケギニア一の大国、ガリア王国をほんの一週間でこれほどの惨状に変えた張本人である
ジョゼフは、仮の宿舎とした迎賓館――語頭に「元」がつくのも遠い未来ではないだろう――で、
運び込んだベッドの上から古ぼけたチェストを見つめていた。それは中が見た目より広くされて
いるマジックアイテムであり、幼き頃にはシャルルとかくれんぼに興じていた懐かしい思い出の
品である。
当時のことを思い返しながら、ジョゼフは独りごちる。
「一度でいいから、お前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎに
ならずに済んだのになぁ。見ろ、お前の愛したグラン・トロワはもう、なくなってしまった。
お前が好きだったリュティスは、今や地獄の釜のようだ。まぁ、おれがやったんだけどな。
それでも、おれの感情は震えぬのだ。あっけなく国の半分が裏切ってくれたし、残った奴らも
事実上捨ててやったが、何の感慨も持てん。実際『どうでもいい』以外の感情が持てぬのだよ」
ジョゼフはため息を吐いた。
「何だか面倒になってしまったよ。街を一つずつ、国を一つずつ潰していけば、その内に
泣けるだろうと思っていたが……まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと思う。
もちろん、このガリアを含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」
そこまでつぶやいた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。
「父上!」
顔面蒼白で、大股でつかつかと歩いてきたのは、娘であり、王女であるイザベラだった。
王族ゆかりの長い青髪をなびかせながら、父王に向かって問うた。
「一体、何があったというのですか? ロマリアといきなり戦争になったと聞いて、旅行先の
アルビオンから飛んで帰ってきてみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという
話ではありませぬか!」
「それがどうした?」
ジョゼフはうるさそうに、たったひと言で返した。
「……“それがどうした”ですって? わたしには、父上のお考えが理解できませぬ!
ハルケギニア中を敵に回しているのですよ!? 王国がなくなるのですよ!?」」
「だから、“それがどうした”と言っているのだ。おれにとっては、誰が敵に回ろうと、何が
なくなろうとも、どうでもよいことなのだ」
冷たく突き放したジョゼフに、イザベラはわなわな小刻みに震えた。父に、恐怖を感じているのだ。
ジョゼフはそんなイザベラに、冷めた視線を返していた。ジョゼフは己の娘でさえ、愛した
ことは一度もなかったのだ。それどころか、魔法の才に恵まれない彼女に昔の自分の面影を見て、
嫌悪感すら抱いていた。彼女が何かわがままを言う度にそれを叶えてきたが、それは鬱陶しい
イザベラの声をさっさと黙らせたいからだけでしかなかった。成長してからもイザベラはその辺の
愚昧な人間と変わりなく、彼女に対して何の評価もしていなかった。
だがしかし、次の瞬間、イザベラは彼の抱いている人物像に反する行動に打って出た。
「父上……どうかお考え直し下さいッ!」
彼女は恐怖心を振り切り、必死な声音でジョゼフに改心を求めてきたのだ。
「何?」
「もう遅すぎるのかもしれませんが……何か変えられるものがあるやもしれませぬ! せめて、
この国の民の命だけは助かるよう便宜を図って下さい! 彼らには何の罪もないではありませぬか!」
その声音には、保身や計算の色はなかった。王になってから散々聞いてきたので、それくらいは
分かる。だからこそジョゼフには信じられなかった。あのわがまま娘が、このようなことを口走るとは。
「……意外な言葉だな。誰からの受け売りだ?」
「ある者より教わりました。間違いは、生きていれば正せると。……わたしは、己というものを
省みたことがありませんでした。そのこと自体、どうとも思っていませんでした。ですが……
その者より教わって以来、そんな自分を変えたいと思うようになったのです」
胸の辺りをギュッと握り締めるイザベラ。その懐には、アスカが置いていったエンブレムの
パッチがあった。
「そして父上にも、どうか過ちを正していただきたいのです! このままではどう考えても、
誰もが破滅する結末しか待っていません。それが正しいことのはずがありませぬ! どうかッ!
どうか父上、お考え直しを……!」
イザベラの強い訴えを一身に受け……ジョゼフは声を張りながら大笑いした。
「ワッハッハッハッ! ワッハッハッハッハッ!」
「ち、父上?」
「いやはや、おれは本当に人を見る目がないな。お前がそんなに立派な台詞を言う人間に
なっていたとは。今の今まで、全く知らなかった。実に驚かされたよ」
ジョゼフの言葉に、イザベラは一瞬表情が輝いた。
「父上、では……!」
だが、ジョゼフから向けられたのは杖の先端だった。
「え……?」
「だが、それもやはりどうでもよいことだ。おれは何も変えるつもりはない。お前が『正しい』と
思うことをしたいのなら、今すぐにここから出ていくことだな。さもなければ、出来ない身体に
なるかもしれんぞ」
イザベラは再び、ガチガチと震え出した。先ほどよりも深い恐怖を、ジョゼフに感じている。
「とっとと去れ。身内を殺めるのはもうやった。同じことを二度やるのは下らんことだ。
だから見逃してやる。従わないのなら……いい加減鬱陶しいので、黙らさなければならんな」
ジョゼフが自分を見逃す理由は、その言葉以外にないのは明白だった。結局、彼は自分の
ことをこれっぽっちも愛してはくれなかったのだ。
イザベラはそれがとても苦しく、悔しく、そして悲しかった。感情とともに溢れ出た涙と
ともに、この寝室から飛び出していった。
次いで現れたのは、ミョズニトニルン。彼女は集めた情報をジョゼフに報告する。
「死体の見つからなかったカステルモールの件ですが……。どうやら生きているようです。
カルカソンヌで捕虜となった王軍に紛れているとのこと」
「そうか」
「シャルロットさまと接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」
「それには及ばぬ」
ジョゼフは首を振った。
「どうしてですか?」
「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴らは『おれを倒せるかもしれぬ』という希望を
抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、そうそう味わえるものではない。
羨ましいことだ」
最後のひと言は、紛れもないジョゼフの本音であった。
ジョゼフは、仮の宿舎とした迎賓館――語頭に「元」がつくのも遠い未来ではないだろう――で、
運び込んだベッドの上から古ぼけたチェストを見つめていた。それは中が見た目より広くされて
いるマジックアイテムであり、幼き頃にはシャルルとかくれんぼに興じていた懐かしい思い出の
品である。
当時のことを思い返しながら、ジョゼフは独りごちる。
「一度でいいから、お前の悔しそうな顔が見たかったよ。そうすれば、こんな馬鹿騒ぎに
ならずに済んだのになぁ。見ろ、お前の愛したグラン・トロワはもう、なくなってしまった。
お前が好きだったリュティスは、今や地獄の釜のようだ。まぁ、おれがやったんだけどな。
それでも、おれの感情は震えぬのだ。あっけなく国の半分が裏切ってくれたし、残った奴らも
事実上捨ててやったが、何の感慨も持てん。実際『どうでもいい』以外の感情が持てぬのだよ」
ジョゼフはため息を吐いた。
「何だか面倒になってしまったよ。街を一つずつ、国を一つずつ潰していけば、その内に
泣けるだろうと思っていたが……まだるっこしいから、纏めて灰にしてやろうと思う。
もちろん、このガリアを含めてな。だからあの世で王国を築いてくれ。シャルル……」
そこまでつぶやいた時、ドアが弾かれるようにして開かれた。
「父上!」
顔面蒼白で、大股でつかつかと歩いてきたのは、娘であり、王女であるイザベラだった。
王族ゆかりの長い青髪をなびかせながら、父王に向かって問うた。
「一体、何があったというのですか? ロマリアといきなり戦争になったと聞いて、旅行先の
アルビオンから飛んで帰ってきてみれば、市内は大騒ぎ! おまけに国の半分が寝返ったという
話ではありませぬか!」
「それがどうした?」
ジョゼフはうるさそうに、たったひと言で返した。
「……“それがどうした”ですって? わたしには、父上のお考えが理解できませぬ!
ハルケギニア中を敵に回しているのですよ!? 王国がなくなるのですよ!?」」
「だから、“それがどうした”と言っているのだ。おれにとっては、誰が敵に回ろうと、何が
なくなろうとも、どうでもよいことなのだ」
冷たく突き放したジョゼフに、イザベラはわなわな小刻みに震えた。父に、恐怖を感じているのだ。
ジョゼフはそんなイザベラに、冷めた視線を返していた。ジョゼフは己の娘でさえ、愛した
ことは一度もなかったのだ。それどころか、魔法の才に恵まれない彼女に昔の自分の面影を見て、
嫌悪感すら抱いていた。彼女が何かわがままを言う度にそれを叶えてきたが、それは鬱陶しい
イザベラの声をさっさと黙らせたいからだけでしかなかった。成長してからもイザベラはその辺の
愚昧な人間と変わりなく、彼女に対して何の評価もしていなかった。
だがしかし、次の瞬間、イザベラは彼の抱いている人物像に反する行動に打って出た。
「父上……どうかお考え直し下さいッ!」
彼女は恐怖心を振り切り、必死な声音でジョゼフに改心を求めてきたのだ。
「何?」
「もう遅すぎるのかもしれませんが……何か変えられるものがあるやもしれませぬ! せめて、
この国の民の命だけは助かるよう便宜を図って下さい! 彼らには何の罪もないではありませぬか!」
その声音には、保身や計算の色はなかった。王になってから散々聞いてきたので、それくらいは
分かる。だからこそジョゼフには信じられなかった。あのわがまま娘が、このようなことを口走るとは。
「……意外な言葉だな。誰からの受け売りだ?」
「ある者より教わりました。間違いは、生きていれば正せると。……わたしは、己というものを
省みたことがありませんでした。そのこと自体、どうとも思っていませんでした。ですが……
その者より教わって以来、そんな自分を変えたいと思うようになったのです」
胸の辺りをギュッと握り締めるイザベラ。その懐には、アスカが置いていったエンブレムの
パッチがあった。
「そして父上にも、どうか過ちを正していただきたいのです! このままではどう考えても、
誰もが破滅する結末しか待っていません。それが正しいことのはずがありませぬ! どうかッ!
どうか父上、お考え直しを……!」
イザベラの強い訴えを一身に受け……ジョゼフは声を張りながら大笑いした。
「ワッハッハッハッ! ワッハッハッハッハッ!」
「ち、父上?」
「いやはや、おれは本当に人を見る目がないな。お前がそんなに立派な台詞を言う人間に
なっていたとは。今の今まで、全く知らなかった。実に驚かされたよ」
ジョゼフの言葉に、イザベラは一瞬表情が輝いた。
「父上、では……!」
だが、ジョゼフから向けられたのは杖の先端だった。
「え……?」
「だが、それもやはりどうでもよいことだ。おれは何も変えるつもりはない。お前が『正しい』と
思うことをしたいのなら、今すぐにここから出ていくことだな。さもなければ、出来ない身体に
なるかもしれんぞ」
イザベラは再び、ガチガチと震え出した。先ほどよりも深い恐怖を、ジョゼフに感じている。
「とっとと去れ。身内を殺めるのはもうやった。同じことを二度やるのは下らんことだ。
だから見逃してやる。従わないのなら……いい加減鬱陶しいので、黙らさなければならんな」
ジョゼフが自分を見逃す理由は、その言葉以外にないのは明白だった。結局、彼は自分の
ことをこれっぽっちも愛してはくれなかったのだ。
イザベラはそれがとても苦しく、悔しく、そして悲しかった。感情とともに溢れ出た涙と
ともに、この寝室から飛び出していった。
次いで現れたのは、ミョズニトニルン。彼女は集めた情報をジョゼフに報告する。
「死体の見つからなかったカステルモールの件ですが……。どうやら生きているようです。
カルカソンヌで捕虜となった王軍に紛れているとのこと」
「そうか」
「シャルロットさまと接触するやもしれませぬ。何らかの手を打たれた方が……」
「それには及ばぬ」
ジョゼフは首を振った。
「どうしてですか?」
「希望の中でこそ、絶望はより深く輝く。奴らは『おれを倒せるかもしれぬ』という希望を
抱いたまま、ただの塵に還るのだ。そんな深い絶望など、そうそう味わえるものではない。
羨ましいことだ」
最後のひと言は、紛れもないジョゼフの本音であった。
昨晩の事件によって、ロマリア軍はリネン川を渡り、がら空きとなった対岸へと歩を進めた。
しかしそこで進軍は一旦ストップとなった。捕虜の人数把握や整理などの処理に時間が必要
だったからだ。街の半分に陣を張っていた軍団を纏めて捕虜にするなど異例のこと。そのため
ロマリア軍も忙殺されているのだ。
しかし進軍の停滞も、持って一日というところだろう。明日にはリュティスへ向けて進撃を
再開してしまうはずだ。リュティスはカルカソンヌの比ではない数の兵が守っているので、
さすがにすぐ激突とはならないだろうが……それでも本格的な戦闘はもう秒読み寸前という
ところまで迫っている。それまでにアンリエッタが間に合わなかったらアウトだ。
そんな風にやきもきしているルイズは……才人がラン=ゼロに何か怪しげな特訓をつけられて
いるのを目撃した。
「まだだ! まだお前には集中力が足りねぇ! 極限まで精神を研ぎ澄ませッ!」
「おうッ!」
傍から見たら昨日と同じ剣の稽古なのだが……才人の方は何と目隠しをしているのだ。
視界をふさいだ状態で剣を振るうなど、奇行としか言いようがない。
「サイト……あんた何やってんの?」
「その声、ルイズか?」
才人たちは一旦手を止め、才人は目隠しを取ってルイズに向き直った。
「特訓さ」
「それは見たら分かるけど、あんた何で目隠しなんかしてるのよ。いくら何でもそれは危ないでしょ」
「いや、それが必要なんだよ」
とゼロは証言する。
「目隠しが必要?」
「ジョゼフを討ち取るためにな。特に、今はこんな状況になっちまっただろ? だから最悪
今日中にこの特訓を完成させなきゃならねぇんだ。悪いが邪魔してくれるなよ」
「まぁそれはいいけど……昨日は目隠しなんかしてなかったじゃないの。どうしてまたそんな
ことを……。昨晩に何かあったの?」
と聞かれて、才人たちはギクリとした。昨夜はタバサと密談していた。そこでカステルモール
からの手紙からジョゼフが正体不明の魔法を扱うことを知り、その対策をゼロと話し合ったのだが……。
喧嘩をすることもあるが、才人は仲間であるルイズを信頼している。しかし、ロマリアの
手の者がどこでどうやって盗み聞きしているか分かったものではない。ガリアの者からタバサに
王として名乗り出てほしいと言われているなんて内容、ロマリアは諸手を挙げて喜ぶだろう。
そんなことはさせられない。
だから才人たちは内心ルイズに謝りながら、ごまかすことにした。
「その、何て言うか……これはとっておきの秘策なんだ。決まればジョゼフの野郎はおったまげる
こと間違いなしの」
「ああそうだ。念には念を入れてな」
「そうなんだ……」
ルイズは訝しみながらも、才人たちの引きつった顔から何かを察してくれたのだろう。
それ以上追及はしなかった。
「それだったらいいわ。特訓頑張ってね。じゃあわたしはこれで」
当たり障りのないことを言ってルイズはこの場から離れていった。後に残された二人は
ふぅと息をつく。
「……それにしても、本当に俺がジョゼフを倒さなくちゃいけないって状況になってきてるな。
姫さまは明日には来てくれるかな……」
「信じるしかねぇな。この心配が杞憂になってくれるのが、一番いいんだけどな……」
と言い合う才人とゼロ。もしアンリエッタが間に合わなかったら、才人がジョゼフの元に
乗り込んで召し捕らなくてはならない。ジョゼフさえ倒せば、ガリア軍に抗戦の意志はあるまい。
戦争を止めるには、とにもかくにもジョゼフ打倒が必要なのだ。
しかしそこで進軍は一旦ストップとなった。捕虜の人数把握や整理などの処理に時間が必要
だったからだ。街の半分に陣を張っていた軍団を纏めて捕虜にするなど異例のこと。そのため
ロマリア軍も忙殺されているのだ。
しかし進軍の停滞も、持って一日というところだろう。明日にはリュティスへ向けて進撃を
再開してしまうはずだ。リュティスはカルカソンヌの比ではない数の兵が守っているので、
さすがにすぐ激突とはならないだろうが……それでも本格的な戦闘はもう秒読み寸前という
ところまで迫っている。それまでにアンリエッタが間に合わなかったらアウトだ。
そんな風にやきもきしているルイズは……才人がラン=ゼロに何か怪しげな特訓をつけられて
いるのを目撃した。
「まだだ! まだお前には集中力が足りねぇ! 極限まで精神を研ぎ澄ませッ!」
「おうッ!」
傍から見たら昨日と同じ剣の稽古なのだが……才人の方は何と目隠しをしているのだ。
視界をふさいだ状態で剣を振るうなど、奇行としか言いようがない。
「サイト……あんた何やってんの?」
「その声、ルイズか?」
才人たちは一旦手を止め、才人は目隠しを取ってルイズに向き直った。
「特訓さ」
「それは見たら分かるけど、あんた何で目隠しなんかしてるのよ。いくら何でもそれは危ないでしょ」
「いや、それが必要なんだよ」
とゼロは証言する。
「目隠しが必要?」
「ジョゼフを討ち取るためにな。特に、今はこんな状況になっちまっただろ? だから最悪
今日中にこの特訓を完成させなきゃならねぇんだ。悪いが邪魔してくれるなよ」
「まぁそれはいいけど……昨日は目隠しなんかしてなかったじゃないの。どうしてまたそんな
ことを……。昨晩に何かあったの?」
と聞かれて、才人たちはギクリとした。昨夜はタバサと密談していた。そこでカステルモール
からの手紙からジョゼフが正体不明の魔法を扱うことを知り、その対策をゼロと話し合ったのだが……。
喧嘩をすることもあるが、才人は仲間であるルイズを信頼している。しかし、ロマリアの
手の者がどこでどうやって盗み聞きしているか分かったものではない。ガリアの者からタバサに
王として名乗り出てほしいと言われているなんて内容、ロマリアは諸手を挙げて喜ぶだろう。
そんなことはさせられない。
だから才人たちは内心ルイズに謝りながら、ごまかすことにした。
「その、何て言うか……これはとっておきの秘策なんだ。決まればジョゼフの野郎はおったまげる
こと間違いなしの」
「ああそうだ。念には念を入れてな」
「そうなんだ……」
ルイズは訝しみながらも、才人たちの引きつった顔から何かを察してくれたのだろう。
それ以上追及はしなかった。
「それだったらいいわ。特訓頑張ってね。じゃあわたしはこれで」
当たり障りのないことを言ってルイズはこの場から離れていった。後に残された二人は
ふぅと息をつく。
「……それにしても、本当に俺がジョゼフを倒さなくちゃいけないって状況になってきてるな。
姫さまは明日には来てくれるかな……」
「信じるしかねぇな。この心配が杞憂になってくれるのが、一番いいんだけどな……」
と言い合う才人とゼロ。もしアンリエッタが間に合わなかったら、才人がジョゼフの元に
乗り込んで召し捕らなくてはならない。ジョゼフさえ倒せば、ガリア軍に抗戦の意志はあるまい。
戦争を止めるには、とにもかくにもジョゼフ打倒が必要なのだ。
その日の夜……才人から王への即位を止められていたタバサだったが、シルフィードと
ハネジローが寝静まった頃に、才人がこっそりと部屋にやってきたのであった。
タバサは驚くとともに、こんな夜更けに才人が一人で自分の元を訪れたという事実に少し
緊張を覚えながら、彼を中に招き入れた。
才人は一番に、こう言った。
「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」
「……え?」
「ほら、タバサが王さまになるって奴」
「それが?」
「やっぱり、正当な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」
昨日とは正反対の言葉に、タバサは顔を曇らせた。
「ロマリアに説得されたの?」
「違う。自分で考えたんだ。どうすれば、この戦は早く終わるのかなって。やっぱり……
これが一番だと思う」
そう才人は語る。
「ロマリア軍が遂に川を渡っちまっただろう? それで、ガリア軍の総攻撃も始まるらしいんだ。
そうなったら、ほんとに地獄のような戦になっちまう。姫さまの帰りを待っている暇はもうないんだ。
だからタバサ……どうか頼む。みんなを救うために」
と説得する才人に、タバサは……。
「……誰?」
「え?」
「あなたは、誰?」
疑問で答えた。手を伸ばし、杖を手に取る。
「な、何言ってるんだよ。俺が誰かなんて……どうしてそんな変なこと聞くんだ?」
顔が引きつりながらも聞き返す才人に、タバサは言い放った。
「あの人だったなら……仲間のことを信じない選択は取らない」
アンリエッタも才人の大事な仲間だ。彼女が待っていてほしい、と言ったならば、才人は
ギリギリまで待ち続ける。仲間を信頼しているから、絶対にそうするはずだ。
それが、ゼロたち仲間とともに戦い、成長してきた才人という人物だと、彼を熱く見守って
いたタバサには分かるのだ。
「そ、それは、俺にも事情が……」
もごもごと言い訳する『才人』に、タバサは決定打となるひと言を投げかけた。
「ゼロの声を聞かせて」
その途端、『才人』は身を翻して逃げ出そうとした。タバサはその背中にディテクト・
マジックを掛けた。やはり魔法の反応があったので、氷の矢を背に放った。
みるみる内に『才人』の身体はしぼんで小さくなっていき……いつかの任務で自分も
使ったことのあるスキルニルの正体を晒した。血を吸わせた対象の姿に成り切る魔法人形だ。
ロマリアの手の者が、密かに才人の血液を手に入れ、自分を利用するために差し向けて
きたのだ……と分析したタバサは、拾い上げた人形を握り潰した。その瞳には、強い怒りが
燃えていた。
ハネジローが寝静まった頃に、才人がこっそりと部屋にやってきたのであった。
タバサは驚くとともに、こんな夜更けに才人が一人で自分の元を訪れたという事実に少し
緊張を覚えながら、彼を中に招き入れた。
才人は一番に、こう言った。
「昨日の夜の話……俺、真面目に考えたんだ」
「……え?」
「ほら、タバサが王さまになるって奴」
「それが?」
「やっぱり、正当な王位継承者として、タバサは即位を宣言すべきだ」
昨日とは正反対の言葉に、タバサは顔を曇らせた。
「ロマリアに説得されたの?」
「違う。自分で考えたんだ。どうすれば、この戦は早く終わるのかなって。やっぱり……
これが一番だと思う」
そう才人は語る。
「ロマリア軍が遂に川を渡っちまっただろう? それで、ガリア軍の総攻撃も始まるらしいんだ。
そうなったら、ほんとに地獄のような戦になっちまう。姫さまの帰りを待っている暇はもうないんだ。
だからタバサ……どうか頼む。みんなを救うために」
と説得する才人に、タバサは……。
「……誰?」
「え?」
「あなたは、誰?」
疑問で答えた。手を伸ばし、杖を手に取る。
「な、何言ってるんだよ。俺が誰かなんて……どうしてそんな変なこと聞くんだ?」
顔が引きつりながらも聞き返す才人に、タバサは言い放った。
「あの人だったなら……仲間のことを信じない選択は取らない」
アンリエッタも才人の大事な仲間だ。彼女が待っていてほしい、と言ったならば、才人は
ギリギリまで待ち続ける。仲間を信頼しているから、絶対にそうするはずだ。
それが、ゼロたち仲間とともに戦い、成長してきた才人という人物だと、彼を熱く見守って
いたタバサには分かるのだ。
「そ、それは、俺にも事情が……」
もごもごと言い訳する『才人』に、タバサは決定打となるひと言を投げかけた。
「ゼロの声を聞かせて」
その途端、『才人』は身を翻して逃げ出そうとした。タバサはその背中にディテクト・
マジックを掛けた。やはり魔法の反応があったので、氷の矢を背に放った。
みるみる内に『才人』の身体はしぼんで小さくなっていき……いつかの任務で自分も
使ったことのあるスキルニルの正体を晒した。血を吸わせた対象の姿に成り切る魔法人形だ。
ロマリアの手の者が、密かに才人の血液を手に入れ、自分を利用するために差し向けて
きたのだ……と分析したタバサは、拾い上げた人形を握り潰した。その瞳には、強い怒りが
燃えていた。
「しまったなぁ……。失敗してしまったか」
才人に化けさせたスキルニルがいつまで経っても戻ってこないことで、事の次第を把握した
ジュリオはやれやれと頭を振っていた。
「恋は盲目と言うから、あの聡い彼女も騙せると踏んだんだが……ぼくとしたことが読み
違えてしまったな。聖下に何と申し開きをしたらいいか……」
うーん、と腕を組んでうなるジュリオだったが、すぐにその腕を解いた。
「でもまぁ、最終的に彼女が王位に就けばそれでいいんだ。そうすれば後は何とかなる。
幸い軍は渡河に成功してるし、後はどんな形でも、ジョゼフ王を王座からどかすだけだな……」
と算段を立てるジュリオ。聖地奪還のためにあらゆる手を投げ打つ彼らは、一度のミスで
その陰謀に歯止めを掛けるようなことはしないのだ。
才人に化けさせたスキルニルがいつまで経っても戻ってこないことで、事の次第を把握した
ジュリオはやれやれと頭を振っていた。
「恋は盲目と言うから、あの聡い彼女も騙せると踏んだんだが……ぼくとしたことが読み
違えてしまったな。聖下に何と申し開きをしたらいいか……」
うーん、と腕を組んでうなるジュリオだったが、すぐにその腕を解いた。
「でもまぁ、最終的に彼女が王位に就けばそれでいいんだ。そうすれば後は何とかなる。
幸い軍は渡河に成功してるし、後はどんな形でも、ジョゼフ王を王座からどかすだけだな……」
と算段を立てるジュリオ。聖地奪還のためにあらゆる手を投げ打つ彼らは、一度のミスで
その陰謀に歯止めを掛けるようなことはしないのだ。
翌日、タバサはロマリアに聞かれることを承知で、昨夜のことを才人とルイズに知らせた。
どうせこれを仕組んだのもロマリアなのだから、聞かれたところで構いやしない。
「何だって!? 俺の偽者を、あいつらが……!?」
スキルニルの仕組みを聞いた才人は、ジュリオのフクロウが自分の頬をかすめたことを
思い出した。
「あの時だな……! くっそ! 分かっちゃいたが、あいつらほんとに手段を問わねぇな……!
油断も隙もねぇ……!」
「ほんとなのね!」
「パムー!」
才人も憤慨していたが、シルフィードとハネジローはそれ以上にカンカンであった。
「おねえさまにこんな汚い手を使って! 絶対に許せないのね!」
「確かに、ロマリアのやり口は本当に卑劣極まりないものだけど……」
ルイズも怒りを覚えながら、タバサのことをじっとにらんだ。
「どうしてロマリアは、才人の姿ならあんたが言うことを聞くと思ったのかしら」
タバサはサッと顔をそらした。ルイズが追及するより早く、タバサは話題をそらした。
「今は、このことはもういい。それより、これからどうするか」
「それだったら、遂に朗報が来たんだよ!」
才人がウキウキしながら言った。
「今朝方に、姫さまがガリアに到着したって報せが届いたんだ。なぁルイズ?」
「ええ。きっと今頃はジョゼフのところに面通りをしてるでしょうね。後は姫さまの交渉が
上手く行くのを祈るばかり……」
とルイズが言った矢先に、窓から差し込んでくる日差しが急に途切れ、部屋の中がやおら
暗くなった。
「ん? 急に暗くなったな。もう夜か?」
そんなまさかな、と才人が自分に突っ込みながら窓の外を覗き込んで、すぐに顔をしかめた。
「何だ、この空模様……。こんな曇り空、見たことないぞ……」
見渡す限りの空が、厚い雲に閉ざされているのだ。急に夜が来たかのように暗くなったのも
そのせいだ。しかしあの曇り空は、何かが変だ……。
ルイズたちも奇妙に空を見上げていると、ゼロが叫んだ。
『あれは雲じゃねぇッ!』
「え?」
『あれは……怪獣の群れだッ!』
「!?」
ギョッとする才人たち。才人がゼロの力を借りて遠視すると……雲に見えたものが、体長
六十サントほどもある虫型の怪獣の集まりであることが分かった。
「ほ、本当だ! けどあの量……一体何万、いや何億匹いるんだよ!?」
才人は戦慄していた。普通の虫よりもずっと大きいとはいえ、一匹一匹は一メイルにも
満たないサイズ。それが、広大な空を埋め尽くしているのだ!
しかも虫の群れの各部が変形して、虫の塊がいくつも地上へと降ってくる。その塊は形を
変えていき……一つ目の異形の巨大怪獣となってカルカソンヌの中に侵入してきた!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
虫型怪獣の名前はドビシ。それらが融合して巨大怪獣と化したものは、カイザードビシという!
カイザードビシの群れの光景に、才人たちはアンリエッタの交渉がどのような結果になったのかを
自ずと察した。
「ジョゼフの野郎……とうとうやりやがったなッ!」
ゼロが懸念した通りに、才人がジョゼフを討ち取らなくてはならない状況となってしまったのだ。
どうせこれを仕組んだのもロマリアなのだから、聞かれたところで構いやしない。
「何だって!? 俺の偽者を、あいつらが……!?」
スキルニルの仕組みを聞いた才人は、ジュリオのフクロウが自分の頬をかすめたことを
思い出した。
「あの時だな……! くっそ! 分かっちゃいたが、あいつらほんとに手段を問わねぇな……!
油断も隙もねぇ……!」
「ほんとなのね!」
「パムー!」
才人も憤慨していたが、シルフィードとハネジローはそれ以上にカンカンであった。
「おねえさまにこんな汚い手を使って! 絶対に許せないのね!」
「確かに、ロマリアのやり口は本当に卑劣極まりないものだけど……」
ルイズも怒りを覚えながら、タバサのことをじっとにらんだ。
「どうしてロマリアは、才人の姿ならあんたが言うことを聞くと思ったのかしら」
タバサはサッと顔をそらした。ルイズが追及するより早く、タバサは話題をそらした。
「今は、このことはもういい。それより、これからどうするか」
「それだったら、遂に朗報が来たんだよ!」
才人がウキウキしながら言った。
「今朝方に、姫さまがガリアに到着したって報せが届いたんだ。なぁルイズ?」
「ええ。きっと今頃はジョゼフのところに面通りをしてるでしょうね。後は姫さまの交渉が
上手く行くのを祈るばかり……」
とルイズが言った矢先に、窓から差し込んでくる日差しが急に途切れ、部屋の中がやおら
暗くなった。
「ん? 急に暗くなったな。もう夜か?」
そんなまさかな、と才人が自分に突っ込みながら窓の外を覗き込んで、すぐに顔をしかめた。
「何だ、この空模様……。こんな曇り空、見たことないぞ……」
見渡す限りの空が、厚い雲に閉ざされているのだ。急に夜が来たかのように暗くなったのも
そのせいだ。しかしあの曇り空は、何かが変だ……。
ルイズたちも奇妙に空を見上げていると、ゼロが叫んだ。
『あれは雲じゃねぇッ!』
「え?」
『あれは……怪獣の群れだッ!』
「!?」
ギョッとする才人たち。才人がゼロの力を借りて遠視すると……雲に見えたものが、体長
六十サントほどもある虫型の怪獣の集まりであることが分かった。
「ほ、本当だ! けどあの量……一体何万、いや何億匹いるんだよ!?」
才人は戦慄していた。普通の虫よりもずっと大きいとはいえ、一匹一匹は一メイルにも
満たないサイズ。それが、広大な空を埋め尽くしているのだ!
しかも虫の群れの各部が変形して、虫の塊がいくつも地上へと降ってくる。その塊は形を
変えていき……一つ目の異形の巨大怪獣となってカルカソンヌの中に侵入してきた!
「グギャアーッ! グギャアーッ!」
虫型怪獣の名前はドビシ。それらが融合して巨大怪獣と化したものは、カイザードビシという!
カイザードビシの群れの光景に、才人たちはアンリエッタの交渉がどのような結果になったのかを
自ずと察した。
「ジョゼフの野郎……とうとうやりやがったなッ!」
ゼロが懸念した通りに、才人がジョゼフを討ち取らなくてはならない状況となってしまったのだ。