ウルトラマンゼロの使い魔
第百五十七話「カルカソンヌの夜」
波動生命体プライマルメザード 登場
第百五十七話「カルカソンヌの夜」
波動生命体プライマルメザード 登場
ガタノゾーア率いる超古代怪獣軍団の撃退後、教皇ヴィットーリオは怪獣を操る黒幕たる
ガリアに対して“聖戦”を宣言。するとロマリアはまるで初めから準備が成されていたかの
ように――実際そのようになる手筈だった訳だが――瞬く間に部隊を編成し、たったの二週間
ほどでガリアの奥深く、首都リュティス目前にまで侵攻した。
ここまでの速い進軍は、ガリア軍の分裂も理由にあった。元々気分屋で意味不明な勅命を
出しまくっていたため国内でも『無能王』と蔑称されて支持の低かったジョゼフであるが、
人類の敵である怪獣を操っているとして教皇から“聖敵”と認定されたことで、いよいよ
多くの人心が彼から離れた。特に理不尽な理由で不遇をかこち、王政府に不満と恨みを抱えて
いた多くの諸侯たちはロマリアに寝返り、結果ロマリア軍はほぼ無血でリュティスから西に
四百リーグ離れただけの城塞都市カルカソンヌまで踏み込んだ。
しかしそこで進軍はストップした。カルカソンヌの北を流れるリネン川に向こうには、
それでも王政府に忠誠を誓うガリア王軍が防衛陣形を敷いているからだ。その勢力はおよそ
九万。対するロマリアの兵力は反乱軍を合わせてもせいぜい六万。国の半分が反旗を翻しても
ロマリア側を三万も上回るとは、さすがはハルケギニア一の大国である。聖戦の錦旗を掲げて
いるロマリアも1.5倍もある兵力差を前にしては、容易に攻め込むことは出来なかった。
一方でガリア王軍の戦意も低かった。聖戦を発動した相手を敵に回すことの愚かしさも
加え、やはりジョゼフの求心力のなさが彼らにも少なからず影響していた。
そのような事情が重なった結果、両軍は川を挟んでの硬直状態を既に三日も続けていた。
ガリアに対して“聖戦”を宣言。するとロマリアはまるで初めから準備が成されていたかの
ように――実際そのようになる手筈だった訳だが――瞬く間に部隊を編成し、たったの二週間
ほどでガリアの奥深く、首都リュティス目前にまで侵攻した。
ここまでの速い進軍は、ガリア軍の分裂も理由にあった。元々気分屋で意味不明な勅命を
出しまくっていたため国内でも『無能王』と蔑称されて支持の低かったジョゼフであるが、
人類の敵である怪獣を操っているとして教皇から“聖敵”と認定されたことで、いよいよ
多くの人心が彼から離れた。特に理不尽な理由で不遇をかこち、王政府に不満と恨みを抱えて
いた多くの諸侯たちはロマリアに寝返り、結果ロマリア軍はほぼ無血でリュティスから西に
四百リーグ離れただけの城塞都市カルカソンヌまで踏み込んだ。
しかしそこで進軍はストップした。カルカソンヌの北を流れるリネン川に向こうには、
それでも王政府に忠誠を誓うガリア王軍が防衛陣形を敷いているからだ。その勢力はおよそ
九万。対するロマリアの兵力は反乱軍を合わせてもせいぜい六万。国の半分が反旗を翻しても
ロマリア側を三万も上回るとは、さすがはハルケギニア一の大国である。聖戦の錦旗を掲げて
いるロマリアも1.5倍もある兵力差を前にしては、容易に攻め込むことは出来なかった。
一方でガリア王軍の戦意も低かった。聖戦を発動した相手を敵に回すことの愚かしさも
加え、やはりジョゼフの求心力のなさが彼らにも少なからず影響していた。
そのような事情が重なった結果、両軍は川を挟んでの硬直状態を既に三日も続けていた。
リネン川では今日も、ロマリア軍の兵士とガリア軍の兵士が川を挟みながら罵詈雑言を
飛ばし合う。
「ガリアのカエル食い! お前の国は、ほんとにまずいものばっかりだな! パンなんか
粘土みたいな味がしたぜ! おまけにワインのまずさと来たら! 酢でも飲んでる気分だな!」
「ボウズの口にはもったいねぇ! 待ってろ! 今から鉛の玉と、炎の玉を食わせてやるからな!」
「おいおい! 怖気づいて川一つ渡れねぇ野郎がよく言うぜ!」
「お前たちこそ、泳げる奴がいねぇんだろ! いいからとっとと水練を習ってこっちに来やがれ!
皆殺しにしてやる!」
罵り合いはエスカレートしていき、やがて興奮した貴族の一人二人が川を渡り、中州で
一騎討ちを行う。勝利者はそこに居残り、己の軍旗を立てて、負けた陣営からは敵討ちの
ように別の挑戦者が現れる、というように軍旗の掲げ合いが延々と繰り広げられていた。
そんな様子を、ミラーとともにいるルイズが呆れた目でぼんやりながめていた。
「全く、男ってのはよくあんな下らない諍いに熱心になれるものね。グレンだって、ミラー、
あなたが止めてなかったらいの一番に参加してたわよね」
とぼやくルイズに、ミラーが言う。
「グレンはあんな性格だからですが、他の人たちは、こうでもしないといたたまれなくて
しょうがないからでしょう」
「いたたまれない?」
聞き返したルイズにうなずくミラー。
「教皇の命令とはいえ、私たちですらまだガリアが怪獣を使役している動かぬ証拠を得ては
いません。だから今度の戦の大義について内心迷いがある。対するガリア側も、軍の半数が
ロマリアについている状態です。それで本気で戦える気分になれるはずがありません」
「まぁ確かにね」
「ですがここまで来てしまった以上は、お互い何もしないままでいる訳にはいかない。だから
こんな小競り合いでも戦の対面を保っていないことには、気持ちが落ち着かないのでしょう」
説明を聞いたルイズが肩をすくめる。
「ほんと、軍隊って面倒なものね。まぁこっちからしたら、このにらみ合いが続く方が都合が
いい訳だけど」
ルイズはガリアの領土に攻め入る前に、アンリエッタにヴィットーリオたちが才人を謀殺
しようとしたことを伝えた時のことを思い返した。
アンリエッタも、人間同士の争いの防止と聞かされていながら、その実はガリアとの開戦が
目的だったことを思い知らされ、己の考えの甘さを悔いるとともにヴィットーリオへの反感を
強めていた。そこにルイズたちの報告を受けて、彼女は何かを決心したような顔になった。
そしてアンリエッタはルイズと才人に「わたくしにお任せ下さい。わたくしは全生命を
賭けて、この愚かしい“聖戦”を止めてみせましょう」と宣言し、その準備として一旦
トリステインに帰国していった。同時に自分が戻るまでに決定的な会戦が始まらないよう、
時間稼ぎをしてほしいと頼んだのであった。そのため、下らなくとも均衡状態が続いている
ことはルイズにとっては願ったり叶ったりである。
しかしミラーは残念そうに首を振った。
「ですが、いつまでもこのままでいられる保証はありません」
「え?」
「ここは敵地です。そこに留まる時間が長引くのに比例してこちらが不利になるものです。
更にそんな状態に陥れば、反乱を起こしたガリアの諸侯も再度寝返る恐れがあります。
そうなれば、均衡は一気に崩れ去るでしょう」
ミラーの語った状況を想像して、渋い顔になるルイズ。
「また、ガリア王政府……はっきり言えば、ジョゼフ王がまたも怪獣を差し向けてくることも
十分ありえます。今はまだその兆候はありませんが……」
それが一番恐れていることであった。ジョゼフが何を考えているのかは知らないが、虎街道
以来怪獣を刺客に送ってくることは起きていない。しかしその気になればいつでも出来るはずだ。
怪獣ならばウルティメイトフォースゼロが相手になれるが、その戦いの余波でロマリア側に打撃が
あったら、こんな均衡はすぐにでも崩れてしまうことだろう。そうなれば敗戦は必至だ。
「つまり、表面的には均衡が取れてるようでも、実際はこっちの旗色が大分悪いってことね。
ああ、姫さま、早く戻られないかしら。何をどうするつもりなのかは知らないけど……」
祈るようにつぶやいたルイズは、はたとミラーに尋ねかける。
「ところで、サイトはどこに行ったか知ってる? 今日は朝から姿が見えないんだけど……」
「サイトならあっちの方で、ゼロと一緒にいますよ」
ゼロと? ルイズはミラーの言動を訝しんだ。才人とゼロは再度融合したので、一緒にいる
なんてことはいちいち言わなくてもいいことのはずだ。
ともかくミラーが指し示した方向へ向かってみると、そこで才人が誰かに剣の稽古をつけて
もらっていた。
「もっと自分の感覚を研ぎ澄ませ! 一瞬たりとも集中を切らすな! もう一度行くぜ!?」
「ああ! 頼む!」
その相手とはランであった。ルイズは驚いて二人の稽古に割って入る。
「サイト! どうしてまたゼロと分離してるの?」
ランの正体はもちろんゼロである。つまり才人は、再びゼロと一体化したというのにまた
分かれているということだ。どうしてそんなことをしているのか。
ルイズに振り返った才人とゼロが順番に答えた。
「ちょっとな、ジョゼフの奴をぶっ倒す時のために備えて、少しでも鍛えてもらってたんだ。
こうして剣の相手をしてもらう方が一番効率いいからな」
「ジョゼフの正体が宇宙人の変身とかだったらともかく、人間だったら才人の純粋な実力で
戦わなきゃならねぇ。その時に確実に勝てるようにってな」
ルイズはそんな二人に呆れ果てる。
「姫さまが武力による戦い以外で決着をつけようとなさってるじゃない。あんたたちは姫さまの
ことを信じてないの?」
「そうじゃないけど、ジョゼフだけはどうしても俺の手で直接引導を渡してやりたいんだ。
あいつがタバサにしたことは、ほんとに思い返すだけで腹が煮えくり返るからな!」
憤りながらの才人の発言。ルイズは無駄に熱意を燃やす才人に肩をすくめるとともに、
ある意味でタバサに熱を上げる才人の様子が若干面白くなかった。
そんなところに、マリコルヌたちオンディーヌの仲間が駆けつけてきた。
「サイト! こんなところにいたのか!」
「あッ! その男はこないだの!」
マリコルヌたちはランの顔を認めると、険しい顔で彼に対して身構えた。彼らからしたら、
突然現れて才人の居場所を奪ったように見えるランは憎らしく感じるのだろう。その正体が
ウルトラマンゼロだと知ったら、一体どんな反応を見せるのだろうか。
才人は苦笑しながらマリコルヌたちに取り成した。
「みんな、この人は俺の友達で、訓練をつけてくれた師匠でもあるんだ。だからそう嫌わないで
やってくれよ」
その言葉は嘘ではない。才人はゼロの戦いぶりをすぐ側で見ていることで強くなった面もある。
才人の言葉でオンディーヌの態度も変わる。
「えッ、そうだったのか?」
「何だ。それならそうと俺たちにも紹介してくれよな! 全く水臭いぜ」
「すいません。にらんだりなんかして」
態度を軟化させて謝罪するマリコルヌたちに手を振るゼロ。
「いいんだ。それより才人に何か用があったんじゃないのか?」
「ああそうだった! サイト、ギーシュの奴を助けてやってくれないか」
マリコルヌが才人に振り返って頼み込んだ。
「ギーシュを?」
「あの目立ちたがり屋、酔った拍子に中州の決闘に加わろうとしてるんだ。だけど相手が
こっちの貴族を三人も抜いてる奴でさ、ギーシュじゃあどう考えても荷が重いんだよ。
殺されるかも」
「あんの馬鹿」
才人は急いで駆け出し、川原へと躍り出て今まさに出航しようとしていたギーシュの小舟に
上がり込んだ。
それを見送ったルイズは大きなため息を吐いた。
「ギーシュの奴、相変わらず困ったものね。最近少しはマシになったかと思ったのに、やっぱり
問題起こすんだから」
「全くだな」
ゼロも苦笑いして肩をすくめた。
飛ばし合う。
「ガリアのカエル食い! お前の国は、ほんとにまずいものばっかりだな! パンなんか
粘土みたいな味がしたぜ! おまけにワインのまずさと来たら! 酢でも飲んでる気分だな!」
「ボウズの口にはもったいねぇ! 待ってろ! 今から鉛の玉と、炎の玉を食わせてやるからな!」
「おいおい! 怖気づいて川一つ渡れねぇ野郎がよく言うぜ!」
「お前たちこそ、泳げる奴がいねぇんだろ! いいからとっとと水練を習ってこっちに来やがれ!
皆殺しにしてやる!」
罵り合いはエスカレートしていき、やがて興奮した貴族の一人二人が川を渡り、中州で
一騎討ちを行う。勝利者はそこに居残り、己の軍旗を立てて、負けた陣営からは敵討ちの
ように別の挑戦者が現れる、というように軍旗の掲げ合いが延々と繰り広げられていた。
そんな様子を、ミラーとともにいるルイズが呆れた目でぼんやりながめていた。
「全く、男ってのはよくあんな下らない諍いに熱心になれるものね。グレンだって、ミラー、
あなたが止めてなかったらいの一番に参加してたわよね」
とぼやくルイズに、ミラーが言う。
「グレンはあんな性格だからですが、他の人たちは、こうでもしないといたたまれなくて
しょうがないからでしょう」
「いたたまれない?」
聞き返したルイズにうなずくミラー。
「教皇の命令とはいえ、私たちですらまだガリアが怪獣を使役している動かぬ証拠を得ては
いません。だから今度の戦の大義について内心迷いがある。対するガリア側も、軍の半数が
ロマリアについている状態です。それで本気で戦える気分になれるはずがありません」
「まぁ確かにね」
「ですがここまで来てしまった以上は、お互い何もしないままでいる訳にはいかない。だから
こんな小競り合いでも戦の対面を保っていないことには、気持ちが落ち着かないのでしょう」
説明を聞いたルイズが肩をすくめる。
「ほんと、軍隊って面倒なものね。まぁこっちからしたら、このにらみ合いが続く方が都合が
いい訳だけど」
ルイズはガリアの領土に攻め入る前に、アンリエッタにヴィットーリオたちが才人を謀殺
しようとしたことを伝えた時のことを思い返した。
アンリエッタも、人間同士の争いの防止と聞かされていながら、その実はガリアとの開戦が
目的だったことを思い知らされ、己の考えの甘さを悔いるとともにヴィットーリオへの反感を
強めていた。そこにルイズたちの報告を受けて、彼女は何かを決心したような顔になった。
そしてアンリエッタはルイズと才人に「わたくしにお任せ下さい。わたくしは全生命を
賭けて、この愚かしい“聖戦”を止めてみせましょう」と宣言し、その準備として一旦
トリステインに帰国していった。同時に自分が戻るまでに決定的な会戦が始まらないよう、
時間稼ぎをしてほしいと頼んだのであった。そのため、下らなくとも均衡状態が続いている
ことはルイズにとっては願ったり叶ったりである。
しかしミラーは残念そうに首を振った。
「ですが、いつまでもこのままでいられる保証はありません」
「え?」
「ここは敵地です。そこに留まる時間が長引くのに比例してこちらが不利になるものです。
更にそんな状態に陥れば、反乱を起こしたガリアの諸侯も再度寝返る恐れがあります。
そうなれば、均衡は一気に崩れ去るでしょう」
ミラーの語った状況を想像して、渋い顔になるルイズ。
「また、ガリア王政府……はっきり言えば、ジョゼフ王がまたも怪獣を差し向けてくることも
十分ありえます。今はまだその兆候はありませんが……」
それが一番恐れていることであった。ジョゼフが何を考えているのかは知らないが、虎街道
以来怪獣を刺客に送ってくることは起きていない。しかしその気になればいつでも出来るはずだ。
怪獣ならばウルティメイトフォースゼロが相手になれるが、その戦いの余波でロマリア側に打撃が
あったら、こんな均衡はすぐにでも崩れてしまうことだろう。そうなれば敗戦は必至だ。
「つまり、表面的には均衡が取れてるようでも、実際はこっちの旗色が大分悪いってことね。
ああ、姫さま、早く戻られないかしら。何をどうするつもりなのかは知らないけど……」
祈るようにつぶやいたルイズは、はたとミラーに尋ねかける。
「ところで、サイトはどこに行ったか知ってる? 今日は朝から姿が見えないんだけど……」
「サイトならあっちの方で、ゼロと一緒にいますよ」
ゼロと? ルイズはミラーの言動を訝しんだ。才人とゼロは再度融合したので、一緒にいる
なんてことはいちいち言わなくてもいいことのはずだ。
ともかくミラーが指し示した方向へ向かってみると、そこで才人が誰かに剣の稽古をつけて
もらっていた。
「もっと自分の感覚を研ぎ澄ませ! 一瞬たりとも集中を切らすな! もう一度行くぜ!?」
「ああ! 頼む!」
その相手とはランであった。ルイズは驚いて二人の稽古に割って入る。
「サイト! どうしてまたゼロと分離してるの?」
ランの正体はもちろんゼロである。つまり才人は、再びゼロと一体化したというのにまた
分かれているということだ。どうしてそんなことをしているのか。
ルイズに振り返った才人とゼロが順番に答えた。
「ちょっとな、ジョゼフの奴をぶっ倒す時のために備えて、少しでも鍛えてもらってたんだ。
こうして剣の相手をしてもらう方が一番効率いいからな」
「ジョゼフの正体が宇宙人の変身とかだったらともかく、人間だったら才人の純粋な実力で
戦わなきゃならねぇ。その時に確実に勝てるようにってな」
ルイズはそんな二人に呆れ果てる。
「姫さまが武力による戦い以外で決着をつけようとなさってるじゃない。あんたたちは姫さまの
ことを信じてないの?」
「そうじゃないけど、ジョゼフだけはどうしても俺の手で直接引導を渡してやりたいんだ。
あいつがタバサにしたことは、ほんとに思い返すだけで腹が煮えくり返るからな!」
憤りながらの才人の発言。ルイズは無駄に熱意を燃やす才人に肩をすくめるとともに、
ある意味でタバサに熱を上げる才人の様子が若干面白くなかった。
そんなところに、マリコルヌたちオンディーヌの仲間が駆けつけてきた。
「サイト! こんなところにいたのか!」
「あッ! その男はこないだの!」
マリコルヌたちはランの顔を認めると、険しい顔で彼に対して身構えた。彼らからしたら、
突然現れて才人の居場所を奪ったように見えるランは憎らしく感じるのだろう。その正体が
ウルトラマンゼロだと知ったら、一体どんな反応を見せるのだろうか。
才人は苦笑しながらマリコルヌたちに取り成した。
「みんな、この人は俺の友達で、訓練をつけてくれた師匠でもあるんだ。だからそう嫌わないで
やってくれよ」
その言葉は嘘ではない。才人はゼロの戦いぶりをすぐ側で見ていることで強くなった面もある。
才人の言葉でオンディーヌの態度も変わる。
「えッ、そうだったのか?」
「何だ。それならそうと俺たちにも紹介してくれよな! 全く水臭いぜ」
「すいません。にらんだりなんかして」
態度を軟化させて謝罪するマリコルヌたちに手を振るゼロ。
「いいんだ。それより才人に何か用があったんじゃないのか?」
「ああそうだった! サイト、ギーシュの奴を助けてやってくれないか」
マリコルヌが才人に振り返って頼み込んだ。
「ギーシュを?」
「あの目立ちたがり屋、酔った拍子に中州の決闘に加わろうとしてるんだ。だけど相手が
こっちの貴族を三人も抜いてる奴でさ、ギーシュじゃあどう考えても荷が重いんだよ。
殺されるかも」
「あんの馬鹿」
才人は急いで駆け出し、川原へと躍り出て今まさに出航しようとしていたギーシュの小舟に
上がり込んだ。
それを見送ったルイズは大きなため息を吐いた。
「ギーシュの奴、相変わらず困ったものね。最近少しはマシになったかと思ったのに、やっぱり
問題起こすんだから」
「全くだな」
ゼロも苦笑いして肩をすくめた。
ガリアの騎士は相当な手練れであったが、才人とて数々の激戦に揉まれた猛者。無事に撃退し、
ギーシュを助けることに成功した。更にはガリア側の後続も次々返り討ちにし、オンディーヌは
才人が倒した騎士から身代金をせしめて大儲けした。才人は、そんなことをしに来たんじゃ
ないんだけど、とぼやいていた。
しかし最後の相手となった、鉄仮面を被った男は、それまでの決闘が子供の遊びに思えるかの
ように強い戦士であった。さすがの才人もてこずり、緊張の汗を流したが……男は才人と鍔迫り合いを
しながら、こんなことを聞いてきた。
「シャルロット……いや、タバサさまを知っているか?」
男はタバサの家系であった、オルレアン公派の人物だったのだ。彼はわざと才人に負け、
釈放金に紛れさせたタバサ宛ての手紙を才人に送ったのだった。
その日の夜、才人はその手紙をタバサに渡しに行った。しかし“聖戦”が発動してからと
いうもの、自分やタバサにはどこに行こうともロマリアの見張りがついていて、内容如何に
よっては彼らの前で読む訳にはいかない。そこで才人はタバサとの逢引きのふりをして、
シルフィードに乗って空へと上がることにした。
その間、タバサが妙に黙っているので、才人は少々気を揉んだ。
「……ごめん。嫌だったか?」
「……平気」
タバサが黙っていたのは全く別の理由からだったが、幸か不幸か、才人にそれを察する
洞察力はなかった。
「……昼間、中州で俺たちガリア軍の貴族と一騎討ちをやってたんだよ」
「知ってる」
「最後の相手が、俺にこれを託した。タバサにこれを渡してくれって。お前の味方じゃないのか?」
才人が預かった手紙をタバサに差し出した。タバサが封筒を破り、中から出てきた便箋を
杖の灯りで読み始める。
「カステルモール」
「やっぱり、知ってる奴か? 聞いたことがあるな。そうだ! お前を助け出した時に、
ガリア国境で俺たちを逃がしてくれた奴だ!」
感慨深げにつぶやく才人。アーハンブラからの逃避行で、ガリアからゲルマニアへ逃れる際の
国境破りの際に、タバサを連れていると知りながら見逃してくれた男だったのだ。
「俺も読んでいいか?」
タバサの許可を得て、手紙の内容に目を走らせる才人。そこには、ジョゼフに対して決起を
起こしたが返り討ちに遭ったこと、どうにか逃げおおせてからは傭兵のふりをしてガリア軍に
潜り込んでいること、そしてタバサに“正統な王として即位を宣言されたし”と書いてあった。
そうすれば、ガリア王軍からの離反者を纏め上げてタバサの元に馳せ参じると……。
才人は厳めしい顔となってタバサに尋ねかける。
「難しいことになってきたな……。で、どうするんだ?」
「どうすればいいのか分からない」
才人は考え込む。ガリア王軍のほとんどが忠誠を誓うのは、王家の血筋。今となっては
その血筋は、表向きはジョゼフの系列しか残っていないから、ジョゼフの下についているが、
そこにタバサが王権を主張して進み出れば、確かに王軍からも離反者が多く出ることだろう。
亡きオルレアン公は、ジョゼフとは反対に人望に厚かったからだ。
しかしそうすることは、タバサの危険が大きい。タバサが国のほとんどを奪い取れば、
ジョゼフもいよいよ黙ってはいまい。本気でタバサの命を狙ってくる恐れが強い。才人は
そんなことは認めがたかった。
才人は考えた後に、タバサに告げた。
「今、姫さま……アンリエッタ女王陛下は国に帰っている。この“聖戦”を止めるために、
何か策を練っている最中なんだ。俺たちはそれまで自重しろと言われてる。一騎討ち騒ぎとか
やっちゃったけど……。だから、タバサもとりあえずこの件は置いといてくれないか?」
「……分かった」
タバサは素直に才人の頼みを聞き入れた。
そして二人は、手紙の末尾の一行に、目を丸くした。
“ジョゼフは恐ろしい魔法を使う。寝室から、一瞬で中庭に移動してのけた。くれぐれも
ご注意されたし”
「タバサ、こんな魔法を聞いたことがあるか?」
タバサは首を横に振った。彼女の豊富な知識でも、そんな魔法には覚えがなかった。
「となると……。未知の呪文。……まさか、虚無?」
「……その可能性は低くはない」
緊張した声音でタバサが答えた。ジョゼフは四系統の魔法の才能がないことが、『無能王』と
呼ばれるようになった最大の理由なのだ。
「この話はここに留めておこう。ロマリア軍がどこで聞いているか分からないからな。全く、
空の上ぐらいしか落ち着いて内緒話が出来ないなんて」
ため息を吐いた才人に、タバサが不意に寄り添ってきた。
「どうした? 寒いのか?」
タバサはこくりとうなずいた。
「そっか……。夜だし、空の上だもんな」
納得する才人だが、しかし風はシルフィードが上手くそらしてくれているから、才人が
寒いと感じていないならばタバサも同じはずなのだ。
だが才人は疑わず、マントを広げてタバサの身体も覆った。
「……じゃあ、そろそろ帰るか」
才人はそう言ったが、タバサは次のように告げた。
「もうちょっと」
「え?」
「……もうちょっとだけ、飛んでいたい」
才人には、どうしてタバサがそんなことを言うのか見当がつかなかった。しかしタバサが
そう言うのならば、と従うことにする。
「そうか。それじゃあもう少しだけ……」
と言いかけたのだが……その時に、ガリア側の陣地の上空に何やら怪しげなものが漂って
いることに気づいて言葉を途切れさせた。
「何だあれ?」
才人のひと言にタバサも我に返って顔を上げ、そして硬直した。目に映ったものが理解
できなかったからだ。
空に浮かぶ『それ』は、白く巨大なクラゲのようだった。しかし当たり前な話、クラゲは
空にはいない。そしてその輪郭はやたらとおぼろげであり、一体だけのようでありながら
複数いるように見える。どうにもはっきりとしないその光景は、幻覚も疑うところだ。
「空に……でかいクラゲ?」
呆気にとられる才人たちだったが、やがてそれにばかり気を取られていられない事態が
発生していることに気がつく羽目になった。
地上を見下ろすと、崖の裾野の平原を貫くリネン川をいくつもの点が横断していた。
そしてその点の正体は……全員ガリア軍の兵士や騎士であった!
「何!? ガリアの夜襲か!?」
色めく才人だったが、タバサが緊張した面持ちで否定した。
「……違う。様子がおかしい」
高空からでは正確な様子は分からないが、川を渡るガリア軍は全員がてんでバラバラで、
隊列の概念すら成していない。しかも身分までがごちゃ混ぜであり、貴族が平民の中に平然と
混ざり込んでいる。普通ならば考えられないことだ。
極めつけは、彼らの全員が正常な精神状態にないことだった。船も使わずに夜の川を泳いで
渡ろうなど、正気の沙汰ではない。
才人はハッと、空に漂う巨大クラゲに目を戻した。
「まさか……あいつの影響かッ!」
ギーシュを助けることに成功した。更にはガリア側の後続も次々返り討ちにし、オンディーヌは
才人が倒した騎士から身代金をせしめて大儲けした。才人は、そんなことをしに来たんじゃ
ないんだけど、とぼやいていた。
しかし最後の相手となった、鉄仮面を被った男は、それまでの決闘が子供の遊びに思えるかの
ように強い戦士であった。さすがの才人もてこずり、緊張の汗を流したが……男は才人と鍔迫り合いを
しながら、こんなことを聞いてきた。
「シャルロット……いや、タバサさまを知っているか?」
男はタバサの家系であった、オルレアン公派の人物だったのだ。彼はわざと才人に負け、
釈放金に紛れさせたタバサ宛ての手紙を才人に送ったのだった。
その日の夜、才人はその手紙をタバサに渡しに行った。しかし“聖戦”が発動してからと
いうもの、自分やタバサにはどこに行こうともロマリアの見張りがついていて、内容如何に
よっては彼らの前で読む訳にはいかない。そこで才人はタバサとの逢引きのふりをして、
シルフィードに乗って空へと上がることにした。
その間、タバサが妙に黙っているので、才人は少々気を揉んだ。
「……ごめん。嫌だったか?」
「……平気」
タバサが黙っていたのは全く別の理由からだったが、幸か不幸か、才人にそれを察する
洞察力はなかった。
「……昼間、中州で俺たちガリア軍の貴族と一騎討ちをやってたんだよ」
「知ってる」
「最後の相手が、俺にこれを託した。タバサにこれを渡してくれって。お前の味方じゃないのか?」
才人が預かった手紙をタバサに差し出した。タバサが封筒を破り、中から出てきた便箋を
杖の灯りで読み始める。
「カステルモール」
「やっぱり、知ってる奴か? 聞いたことがあるな。そうだ! お前を助け出した時に、
ガリア国境で俺たちを逃がしてくれた奴だ!」
感慨深げにつぶやく才人。アーハンブラからの逃避行で、ガリアからゲルマニアへ逃れる際の
国境破りの際に、タバサを連れていると知りながら見逃してくれた男だったのだ。
「俺も読んでいいか?」
タバサの許可を得て、手紙の内容に目を走らせる才人。そこには、ジョゼフに対して決起を
起こしたが返り討ちに遭ったこと、どうにか逃げおおせてからは傭兵のふりをしてガリア軍に
潜り込んでいること、そしてタバサに“正統な王として即位を宣言されたし”と書いてあった。
そうすれば、ガリア王軍からの離反者を纏め上げてタバサの元に馳せ参じると……。
才人は厳めしい顔となってタバサに尋ねかける。
「難しいことになってきたな……。で、どうするんだ?」
「どうすればいいのか分からない」
才人は考え込む。ガリア王軍のほとんどが忠誠を誓うのは、王家の血筋。今となっては
その血筋は、表向きはジョゼフの系列しか残っていないから、ジョゼフの下についているが、
そこにタバサが王権を主張して進み出れば、確かに王軍からも離反者が多く出ることだろう。
亡きオルレアン公は、ジョゼフとは反対に人望に厚かったからだ。
しかしそうすることは、タバサの危険が大きい。タバサが国のほとんどを奪い取れば、
ジョゼフもいよいよ黙ってはいまい。本気でタバサの命を狙ってくる恐れが強い。才人は
そんなことは認めがたかった。
才人は考えた後に、タバサに告げた。
「今、姫さま……アンリエッタ女王陛下は国に帰っている。この“聖戦”を止めるために、
何か策を練っている最中なんだ。俺たちはそれまで自重しろと言われてる。一騎討ち騒ぎとか
やっちゃったけど……。だから、タバサもとりあえずこの件は置いといてくれないか?」
「……分かった」
タバサは素直に才人の頼みを聞き入れた。
そして二人は、手紙の末尾の一行に、目を丸くした。
“ジョゼフは恐ろしい魔法を使う。寝室から、一瞬で中庭に移動してのけた。くれぐれも
ご注意されたし”
「タバサ、こんな魔法を聞いたことがあるか?」
タバサは首を横に振った。彼女の豊富な知識でも、そんな魔法には覚えがなかった。
「となると……。未知の呪文。……まさか、虚無?」
「……その可能性は低くはない」
緊張した声音でタバサが答えた。ジョゼフは四系統の魔法の才能がないことが、『無能王』と
呼ばれるようになった最大の理由なのだ。
「この話はここに留めておこう。ロマリア軍がどこで聞いているか分からないからな。全く、
空の上ぐらいしか落ち着いて内緒話が出来ないなんて」
ため息を吐いた才人に、タバサが不意に寄り添ってきた。
「どうした? 寒いのか?」
タバサはこくりとうなずいた。
「そっか……。夜だし、空の上だもんな」
納得する才人だが、しかし風はシルフィードが上手くそらしてくれているから、才人が
寒いと感じていないならばタバサも同じはずなのだ。
だが才人は疑わず、マントを広げてタバサの身体も覆った。
「……じゃあ、そろそろ帰るか」
才人はそう言ったが、タバサは次のように告げた。
「もうちょっと」
「え?」
「……もうちょっとだけ、飛んでいたい」
才人には、どうしてタバサがそんなことを言うのか見当がつかなかった。しかしタバサが
そう言うのならば、と従うことにする。
「そうか。それじゃあもう少しだけ……」
と言いかけたのだが……その時に、ガリア側の陣地の上空に何やら怪しげなものが漂って
いることに気づいて言葉を途切れさせた。
「何だあれ?」
才人のひと言にタバサも我に返って顔を上げ、そして硬直した。目に映ったものが理解
できなかったからだ。
空に浮かぶ『それ』は、白く巨大なクラゲのようだった。しかし当たり前な話、クラゲは
空にはいない。そしてその輪郭はやたらとおぼろげであり、一体だけのようでありながら
複数いるように見える。どうにもはっきりとしないその光景は、幻覚も疑うところだ。
「空に……でかいクラゲ?」
呆気にとられる才人たちだったが、やがてそれにばかり気を取られていられない事態が
発生していることに気がつく羽目になった。
地上を見下ろすと、崖の裾野の平原を貫くリネン川をいくつもの点が横断していた。
そしてその点の正体は……全員ガリア軍の兵士や騎士であった!
「何!? ガリアの夜襲か!?」
色めく才人だったが、タバサが緊張した面持ちで否定した。
「……違う。様子がおかしい」
高空からでは正確な様子は分からないが、川を渡るガリア軍は全員がてんでバラバラで、
隊列の概念すら成していない。しかも身分までがごちゃ混ぜであり、貴族が平民の中に平然と
混ざり込んでいる。普通ならば考えられないことだ。
極めつけは、彼らの全員が正常な精神状態にないことだった。船も使わずに夜の川を泳いで
渡ろうなど、正気の沙汰ではない。
才人はハッと、空に漂う巨大クラゲに目を戻した。
「まさか……あいつの影響かッ!」
突然夜空に現れた怪物に注意を向けている才人たちは気づかない。いや、たとえそれが
なかったとしても悟ることはなかっただろう。一羽のフクロウが、才人たちの会話を拾える
ギリギリの距離を保ちながらシルフィードを尾行していたということに。黒いフクロウの姿は
夜空の中に紛れ込んでおり、また気配を完全に殺して夜の闇と同化していたのだ。
なかったとしても悟ることはなかっただろう。一羽のフクロウが、才人たちの会話を拾える
ギリギリの距離を保ちながらシルフィードを尾行していたということに。黒いフクロウの姿は
夜空の中に紛れ込んでおり、また気配を完全に殺して夜の闇と同化していたのだ。