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ルイズと無重力巫女さん-80






 トリスタニアを覆う巨大な城壁、かつては王家同士の内戦や他国との戦いで見事に敵軍を押しとどめた立派な防壁。
 それぞれ方角ごとにある城門とは別に、これまた大きな駅舎が街側の方に建てられている。
 今現在に至るまで何回かの増改築を繰り返した駅舎は、上級貴族の豪邸にも引けを取らぬ立派な造りの建物であった。
 外側には馬車を停める為の厩や駐車場もあり、建物としての規模では相当大きな部類に入る。
 国内外から駅馬車や個人の馬車で来る者たちは皆一度はこの駅舎の中へと入り、役員たちと軽い話をするものである。

 勤務する者たちも今となっては平民の方が多く、特に近年稀にみる人材不足の影響で平民もデスクワークをするようになっていた。
 かつては平民がそのような職業に就いてはならぬという法律があったものの、先王の代で愚法として廃止されている。
 そのお蔭で辺境地に暮らす平民の子供たちの中には、地元の教会などで神父から文字や数字を覚えて街へ出稼ぎに行く者たちも増えていた。
 魔法学院で働くメイドたちもそういった者たちが多く、トリスタニアは若者が集まる街として最近他国でも話題に上がっている。
 しかしそれが原因で一部地域では若者が返ってこず、年寄りだらけの過疎地域が増えているのもまた事実であった。
 そして出稼ぎに出た若者たちほど、多くの人員がいなければ成り立たない駅舎の様な建物で雑用係やデスクワーカーとして働く運命なのである。

 トリステインだけではなく、今ハルケギニアの各国で起きている地方問題に関わっているその駅舎の内の一つ。
 ゲルマニア側にある北部駅舎では、貴族平民問わず多くの人々が受け付け窓口に並んでいた。
 一応貴族と平民とで受付窓口は二つに分けているものの、その列は窓口から十メイルも離れた出入り口まで続いている。
 ガリア側への交通ルートがある南部駅舎と同じく、休日祝日はごった返すことで有名であるが、ここまで並ぶことは滅多に無い。
 その原因はたったの一つ。それは先日大々的に報じられたアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式中止にあった。
 理由はまだ明らかにされていないものの、そのお触れが出されてからはこうして返金に来る者たちが駅舎へと訪れている。

「はい、返金ですね。承りました、少々お待ちを…」
「うむ…よろしく頼むよ」
 いかにも裕福な貴族がチケットを受付窓口で渡し、窓口に座る受付嬢がチケットの番号と貴族の名前を元に返金対応を進めていく。
 彼は有事の際の返金対応をしっかりとしてくれている駅馬車会社からチケットを買っていたので、後は黙っているだけで良い。
 それよりもその貴族が最も心配している事は、急に中止のお触れが出たアンリエッタ王女の結婚式の事であった。
 成り上がりのゲルマニア皇帝と結婚せずに済んだのはまぁ良かったが、それでも結婚式が中止になるという事例は滅多にある事ではない。
 歴史的にも王族の関わる結婚式が中止になったという事例は、この六千年の中で指を数える程度しか起こっていないのだ。
 先のアルビオンの裏切りといい、王女殿下の結婚式の中止といい、今年は何故か妙に騒がしくなっている。
「これまで自分の人生はずっと平凡だと思っていたが…」
「……はい?」
「あっ…何でもない、ただの独り言だよ。…ゴホン、君は職務に戻りたまえ」
 先の見えない不安からか、無意識のうちに口走った胸中の言葉を誤魔化すように、わざとらしい咳をした。 

 彼だけではなく、この場へ来ている貴族の大半が皆似たような不安を抱えている。
 中には貴族派に乗っ取られたアルビオンとの戦争が始まるのではないかと、そう推測する者もいた。
 確かにそうだろう。タルブ村で裏切ったアルビオンの訪問艦隊が全滅した後、アルビオン側の大使が宣戦布告の通知を王宮へ突きつけたのである。
 そしてトリステイン王国もその通知を快く受け取り、今では神聖アルビオン共和国と名を変えたあの白の国とは戦争状態にある。
 しかし、これをゲームに例えればアルビオン側はボロボロなのに対し、トリステイン側は殆ど無傷と言っても良い状態にあった。
 トリステイン側は親善訪問に出ていた主力艦隊はほぼ無傷であり、損失した艦の補充も既に準備できている。
 地上戦力は件の化け物騒ぎでそれなりの損害が出ているものの、致命的と呼ぶには程遠いくらいであった。

 対してアルビオン側は親善訪問に出ていた『レキシントン』号含めた、主力艦隊を丸ごと喪失。
 加えて輸送船に載せていた地上部隊を合わせて、計四千もの戦力がトリステイン軍の捕虜となったのだ。
 このご時世ここまで損害が出過ぎると、アルビオン側の指導者がトリステインへの裏切りを謝ったうえで指導者としての座を辞すべきであろう。
 だが宣戦布告以降アルビン側からの連絡は一切なく、まるで死んでしまった仔犬の様に黙ってしまっている。


 不特定多数の者たちが、共通した悩みを抱えている空間と化した駅舎一階受付口の丁度真上にある、二階待合室。
 全三階である北部駅舎の二階は、貴族専用ではあるが馬車の発車をゆっくり休みながら待てる場所となっている。
 一階とは別の貴族専用のお土産売り場や、お茶や軽食が食べれるカッフェに小さいながらもブティックや本屋も設けられている。
 既に夏季休暇の時期に入っているので、平日や虚無の曜日などよりも多くの貴族たちが出入りしていた。

 その一角にある『麦畑の片隅』という、一風変わった名前でありながら洒落たレストランがあった。
 トリステインの地方にある農家をイメージをした外観に似合った、トリステイン地方料理と紅茶がウリの店である。
 王都や都市ではお目に掛かれぬような素朴で、悪い言い方をすれば田舎者が食べるような料理の数々。
 それでも味は決して悪くは無く、むしろ珍しい地方料理が食べれるという事で王都の貴族達も時折足を運ぶ程である。
 パンも街で食べられているような白パンではなく、雑穀や胡桃が入った変わり種のパンが厨房の窯で焼かれている。
 そして各地方から取り寄せた茶葉で淹れた紅茶は、国外からやってきた観光客にも一定の人気があった。

 はてさて、そんな店の隅には四つほどの個室が設けられている。
 主に貴族の家族や数人単位で観光に来た外国の貴族たちが自分たちのペースで楽しく食事を楽しめるようにと用意されているのだ。
 部屋のつくりは平均的な中流貴族が暮らすような部屋より少し上程度ではあるが、掃除はキッチリとされている。
 既に昼食の時間帯に差しかかった店内は忙しく、当然のように個室も全て満室となっていた。
 その内の一室、右端にある『風の個室』というネームプレートが扉に取り付けられた個室の中でルイズたちがいた。
 当然の様に霊夢と魔理沙の二人もいたが…意外な客も一人、彼女たちの食事に同席していた。


「にしたって、駅舎の中にこんな豪華な店があるなんてなぁ~」
 先程店の給士が運んできてくれたチキンソテーをナイフで切り分けた魔理沙が、天井を軽く見上げながら呟いた。
 シーリングファンが回る夏の個室はやや暑いと思っていたが、そこはやはり貴族様専用の店というところか。
 店で雇っているメイジが造った氷から放たれる冷気がファンで室内に充満していて、ほんの少しではあるが涼しかった。
 氷は溶けた水滴が落ちない様に器に入れられており、今のところ氷の真下にコップを置く必要はなさそうである。
「それにしても、この前ルイズと一緒に行った店には、これよりもっとスゴイマジックアイテムがあったような…」
「あぁ、そういえばあったわね。あぁいうのが神社にもあれば、一々゙アレ゙を用意する必要が無くなるのに」
 魔理沙の言葉に、タニアマスのムニエルを食べていた霊夢が思い出したかのように相槌を打つ。

 二人の会話を聞いて、上座の席にいるルイズが呆れた風な表情で会話に入る。
「そんなの出来るワケないじゃないの。あのマジックアイテム、幾らすると思ってるのよ?」
「へぇ、アレってそんなに高いんだ。結構簡単に作れそうなもんだと思ってたけど…」
「アレを一つ購入しただけでも、波の貴族なら半年分の給料がフッ飛ぶレベルよ」
「成程、それならこのレストランの天井にある氷とシーリングファンの方が安く済むというワケか」
 割り込んできたルイズに不快感を抱くことなく、彼女の方へと視線を向けた霊夢が意外だという感じで呟く。
 ついで魔理沙も笑顔で会話に混ざりながら、大雑把に切り分けたチキンソテーを豪快に頬張る。
 バターと一緒に炒めたピーナッツの風味と塩コショウがうまいこと鶏のモモ肉とマッチして、口の中を小さな幸せで包んでくれる。
 ウェイトレスはこの料理を「田舎農場の平民夫人が作る、バターとピーナッツのチキンソテー」という長ったらしい名前を読み上げていた。
 その名の通り、メインにモモ肉に炒めたピーナッツに付け合せは茹でたトウモロコシだけといういかにも田舎らしい料理である。
 しかしその地味な見た目とは裏腹に味はしっかりしており、これを作ったシェフの腕の良さをこれでもかとアピールしていた。

(ふぅ~ん…まぁ確かに、ちょっと素朴な味付けで悪く無いが。……これだけだとご飯とは合わないだろうな~)
 嬉しい気持ち半分、この世界へ来てから一口も食べていない白飯への想いを募らせながら、
 見た目とは裏腹な美味しい料理に、舌鼓を打っていた。


「それにしても、まさかアンタ達三人とこうして食事する羽目になるなんてね」
 そんな三人の食事風景を見ながら、丁度ルイズと向かい合う席に座っていた意外な客こと…モンモランシーが口を開いた。
 メインに頼んだ猪のスペアリブを半分ほど食べ終えたところで、彼女は神妙な面持ちで言う。
 一方の三人…特にルイズは何を今更と思ったのか、怪訝な表情を見せて自分と向かい合っているモンモランシーに話しかける。
「どうしたのよいきなり?」
「いや、だって…そこまで深い関わり合いが無かった貴女とそこの二人と一緒に、こうやって食事をするなんて思ってもいなかったから」
 ルイズからの質問に彼女はそう答えると、薄いレモンの輪切りが入ったソーダをクイッと一口飲んだ。
 豚肉の匂いとソースの風味で占領されていた口の中へと、弾けるような炭酸水の甘味が綺麗に洗い落していく。
 そして程よく主張するレモンの爽やかな風味が、やや鈍くなりかけていた食欲をもう一度促進させてくれる。

 一口飲んだところでコップを離し、ホッと一息ついたモンモランシーが残り半分の豚肉を食べようとした直前、
 付け合せのコーンサラダを食べ終えた霊夢が、ティーカップを持ったまま口を開いた。
「っていうか、元を正せばアンタが無理言って私達との相席を頼んできたのが原因じゃないの?」
「……それは言わないで頂戴、私だってできればやりたくなかったんだから」
 容赦ない指摘にフォークとナイフを持った手を止めたモンモランシーは、ジロリと霊夢を睨みながら言った。
 まるでカエルを睨む蛇の様なモンモランシーの目つきに対し、ジト目の霊夢も全く引く様子を見せない。
 両者互いに軽く睨み合う中、蚊帳の外であるルイズと魔理沙は亜互いの顔を見あいながら似たような事を思っていた。

「私思うのよ。霊夢の言葉って、誰にでも容赦しないからすぐ火が点いちゃうんだって…」
「それには同意しちまうな。霊夢のヤツはあぁ見えて、人付き合いが少ないから慣れてないんだよ」
 両者互いに思っていた事を口にした後も、二人のにらみ合いはそれから一分ほど続いていた。



 そもそも、どうしてルイズたちはこうしてモンモランシーと食事をする事となったのか。
 時を遡れば今から一時間前、幾つかの諸事情で王宮を離れる事となったルイズが二人を連れて故郷に帰る時に起こった。
 結婚式も中止となり、ひとまずは大丈夫という事で長かった王宮での生活が終わる事となった。
 出ていく際の荷造りの時、王宮の図書室から本を持ち出していた魔理沙のせいで、時間が大幅に遅れたものの、
 給士たちの手伝いも借りて荷造りを終えたルイズは、二人を伴って故郷のラ・ヴァリエールへと一旦帰る事となった。
 既に夏季休暇の時期に入っており、キュルケやギーシュたちも一旦は故郷へと帰る予定であった。
 彼女たちも大丈夫だという事で解放され、多少後ろ髪惹かれつつもキュルケとタバサは一足先に王宮を後にしている。

 ギーシュの方は荷造りを終えた後、給士から手渡された手紙を見て慌てて出て行ったのだという。
 一体どこからの手紙かと興味津々な魔理沙が聞いてみた所、トリスタニアにあるアウトドアショップからだという。
 テントやキャンプなどに使う器具や道具などの販売、レンタルを行っている店でルイズも店の名前くらいは知っていた。
 唯一残っていた…というより、慌てて出て行ったギーシュに放って行かれたモンモランシーが詳しい話をしてくれた。
「あぁ…多分アイツがレンタルしてたテントの延滞料金ね。キュルケの提案でアンタ達のいた王宮を監視してた時に使ってたから…」
 ギーシュに置いていかれたせいで多少怒り気味に話した彼女に、ルイズはあぁ…と納得した。
 一応監視の話はキュルケから聞いていたので驚きはしなかったが、テントの話までは初耳であった。

 その後、モンモランシーも故郷に帰るという事で魔法衛士隊員が学院から持ってきてくれた荷物片手に王宮を後にした。
 少しして、ルイズ達も執務を途中で抜け出してきたアンリエッタにお礼と挨拶をしてからブルドンネ街へと入っていった。


 王宮と外を繋ぐ大きな門を歩いて出てから暫くして、街中に充満する茹だるような暑さに霊夢が呻き声を上げた。
「クッソ暑いわね…」
「そりゃ夏だしね。暑いのは当たり前じゃないの」
『いやー娘っ子、街中に陽炎がでる程暑いのが当たり前とか言われたらお手上げさね』
 自分の荷物が入った旅行鞄を左手に、そしてデルフを背中に担いで汗だくの顔を右手で煽る霊夢にルイズがそう返すと、デルフがすかさず突っ込みを入れた。
 トリステイン、特に王都はこの時期になると外国から来た観光客が気温の高さに驚くのはいつもの事である。
 道幅の狭さもあるが、ブルドンネ街だけでも人口の密集率が多さと合わさって街全体が熱気に包まれるのだ。
「にしたって、この前来た時はこんなに熱くなかったぜ?」
 黒い服を着てるせいか、霊夢以上に熱さで茹だっている魔理沙が帽子を仰ぎながら涼しい顔をしているルイズに苦言を漏らす。
「だって、あの時は初夏だったでしょ?あれくらいで音を上げてたら、タニアっ子にはなれないわよ」
「こんなに暑い所で暮らすなら、ならなくてもいいぜ…」
『全くだな。オレっちは別にそういうのは感じはしないが、見てるだけでも暑いって分かるよ』
 うんざりした風に言ってから、ハンカチで顔の汗を拭く魔理沙を見てルイズは内心ホッとしていた。
 てっきりこんな暑さどうってこと無いとか言うと予想していたが、思っていた以上に彼女たちは人間らしい。

(正直に言えば、まぁ確かに暑いっちゃあ暑いわよねぇ…)
 一見汗をそれ程掻いて無さそうに見える彼女であったが、着ているブラウスの内側は既に汗だく状態であった。
 何せそのまま着ている魔法学院の制服は長袖なのだ、それで暑くないとか言ってたら頭がおかしい思われるだろう。
 魔法学院指定のブラウスには一応半袖のモデルはあるし、ルイズも予備のブラウスにと一着持っている。
 しかし、王宮で匿われる際に魔法衛士隊員が持ってきてくれた鞄の中にはそれが無かったのだ。
 おそらく入れ忘れか何かなんだろうが、そのお蔭てこうして体の内側から蝕んでくる汗に苛なむ羽目になっている。 

(ラ・ヴァリエールとかなら、こんなに暑い思いはせずに済むんだけど…)
 そろそろ額から滲み出てきた汗をハンカチで拭いつつ、トリステイン最北端にある自分の故郷をふと想った。
 これから二人を連れて帰るべき場所、王都から駅舎の貴族専用長距離馬車で最低でも二日は掛かる距離にある遠き我が家。
 広い草地を通り抜けていく涼しい風を想像しながらも、ルイズは暑さでバテかけている二人を励ます。

「まぁ暑いのは王都とか都市部ぐらいなもんだし、地方に行けばちゃんと涼めるわよ」
「えぇ…?あぁ、そういえばこれからアンタんとこの家に帰るんだったっけ?確か…ラ・ヴァリエールだったわよね」
 ルイズの言葉に、王宮を出る前に彼女が言っていた事を思い出した霊夢がその名を呟く。
「ラ・ヴァリエール。…トリステインの北側の端に位置する領地で、私の父ヴァリエール公爵が治めている土地よ」
 霊夢の言葉にコクリと頷いた後、ルイズはヘトヘトな二人を伴ってブルドンネ街を歩き始める。
 ここから歩いて一時間近くも掛かるであろう、北部駅舎へ向かって。

 それから後は、色々なトラブルに見舞われ到着が遅れに遅れる事となった。
 ただでさえ気温が高いというのに、最短ルートで北部駅舎行くためには人口に比べて道幅が狭い大通りを歩くしかないのである。
 流石のルイズも歩き始めて十五分程度でバテてしまい、他の二人はそれより前に暑さでどうにかなりそうな状態にまで追い詰められた。
 止むを得ず通りを出た広場で小休止しようにも、木陰や日陰の場所は占領されてまともに涼めずじまい。
 幸い屋台や広場を囲うようにしたレストランや果物屋では冷たいジュースなどを売っていた為、街中で行き倒れる羽目にはならなかった。
 三人とも二本ずつ絞りたての冷たいジュースを飲み、広場を出た後も苦難の道のりであった。
 通行人同士の喧嘩で通りが一旦封鎖されるわ、平民が干していた洗濯物のシーツが三人の頭に覆いかぶさってくるわでトラブル続き。
 一体全体、どうして駅舎へ行くだけなのにこうも大変な目に遭わなければいけないのかと…ルイズは駅舎に辿り着いた時にふと思った。


 そうこうして北部駅舎の玄関に辿り着き、一部窓口で物凄い行列を横目で一瞥しつつルイズは別の窓口で切符を購入した。
 行先は無論ラ・ヴァリエール着の長距離切符三人分。長旅で疲れない様にランクの高い馬車をその場でチャーターしたのである。
「馬は二頭で屋根付き、国産シートとシーリングファンにクールドリンク及び食事付き。それを一両貸切でお願いね」
 最初、彼女からの注文を聞いた受け付け嬢は「は?」と言いたげな表情を一瞬浮かべ、ついで彼女がヴァリエール家の人間だと理解した。
 本当ならば切符の値段も去る事ならば、高ランクの馬車を予約も無しに借りるなど…並みの貴族であってもお断りされる事間違いなしだ。
 しかし、行先であるラ・ヴァリエール領を治める貴族の家の者ならば断ることは失礼に当たる。

「は、はい。かしこまりましたミス・ヴァリエール…!ただいま業者に問い合わせますので暫しお待ちを…!」
 受付嬢の近くにいた駅舎の職員数人がルイズの注文を急いでメモして、慌てて何処かへと走っていく。
 予約も無しに高ランク馬車の貸切りは相当無茶な注文であったが、当然その分の支払いも相当な額になる。
 しかし、ルイズの要望に応えるとなるとそれ相応の負担も付くために、業者側も上げたい手を中々上げられない依頼であった。
 数分後、業者への問い合わせが終わった一人の職員がシュルピスに本社を置く馬車会社が要望通りのモノを貸し出せるとルイズに報告した。

「ただ…先程のメンテナンスで車軸の交換が必要と診断されたので、修理に時間が掛かるとの事です」
「そうなの?でもまぁ大丈夫よ、乗せてくれるのならいくらでも待てるから」
 まるで自分の足を踏んでしまったかのように必死に頭を下げる職員に、ルイズは軽く微笑みながら言う。
 彼女の後ろにいた霊夢達は、まだ十六歳であるルイズにヘコヘコと頭を下げる職員を見て軽く驚いている最中であった。
「なんていうか…ルイズの家って本当に凄いんだな~…って改めて思うわ」
「そりゃあなんたって、ここの王家と相当繋がりが深いし当然だろ?」
『まぁぶっちゃければ、娘っ子ぐらい名家じゃないとあぁいう事はできそうにないしな』
 改めてルイズが公爵家の人間だという事を改めつつ、二人と一本が軽い驚きと関心を示しているのを横目で一瞥し、
 思いの外、自分の家が特別なのだと再認識していた。

 その後、二階のレストランで食事を摂りつつ時間を潰して欲しいと言われた。
 持ってきていた荷物は受付で預かって貰い、当然ながら安全面を考慮してデルフもお預かりされる事となってしまった。
「多分、暇を持て余したらペチャクチャ喋ると思うし、その時は鞘に納めて黙らせといて頂戴」
 このクソ暑い中、それまで喋っていたデルフと暫しの別れが出来る霊夢は遠慮も無く、鞘に収まったデルフを差出し、
 カチャカチャとひとりでに動くデルフを見て、給士は大変な仕事を任されたと感じつつそのインテリジェンスソードを預かるほかなかった。
「は、はぁ…かしこまりました」
『ひっでぇコト言うな~…、まぁでも許す。何せお前は俺の久方ぶりの゙相棒゙だしな』
 一方のデルフは相も変わらず冷たい霊夢にそんな軽口を叩きつつ、『まぁ楽しんで来い』と心の中で軽く手を振る。
 それが通じたのかどうかは知らないが、荷物と一子に金庫へと運ばれていくデルフに巫女も小さく手を振っていた。

 そうして、身軽になったルイズたち三人は古い階段を上って二階のフロアへと入った。
 貴族専用の待合スペースでもあるそのフロアは、流石『貴族専用』と謳うだけあって、中々綺麗な造りをしている。
「土産売り場に小さな本屋…後はレストランまであるとは。こりゃあちょっとした小さな通りが、宙に浮かんでる様なもんだぜ」
「そういえばそうよね、…だからって道幅の狭さに対して人の多さまで再現しなくたっていいのに」
 店や廊下を出入りする国内外の貴族達を見ている魔理沙の一言に、霊夢が余計な一言を入れつつ頷く。
 彼女のいう事もあながち間違っておらず、お昼の掻き入れ時という事もあってか、多くの貴族たちが廊下を行き交っている。


 多少なりとも二階は涼しかったが、人ごみだけは相変わらずな廊下を歩いて、席の空いているレストランを探していた。
 しかし時間が時間という事もあってかどこも満席であり、空席があっても予約済みの席と言う有様。
 一度すべてのレストランを見て回り、二階のロビーへと戻ってきたルイズたちはどうしようかと頭を抱えるほかなかった。
「どうするのよ?このままだと、食べずじまいで此処を出る羽目になるわよ」
「う~ん…一応、馬車側の方でも軽食は出してくれると思うけど…ちょっと勿体ないような気もするし」
 こういう場所で食べれる物と言うのは、基本的に外国の貴族でも満足できるような美味しい料理だと相場が決まっている。
 ロマリア人の次に食を愛するトリステイン人のルイズにとって、この様な場所で食事を摂れないというのには不満があった。
「とりあえずもう一回巡ってみようぜ?もしかしてたら空席が出来てるかもよ」
 そんな彼女の内心を察したのかもしれない魔理沙の言葉に彼女は頷き、もう一度レストランめぐりをしてみたところ…
 見事『麦畑の片隅』という看板の店で、丁度空きができた所を彼女たちは目撃する事が出来た。

 恐らくロマリアから来た観光客の貴族たちが食事を終えた直後なのだろう。
 ルイズと然程年が離れていない様に見える貴族の少女達が各々「チャオ!」と言って入口の給士に手を振って立ち去っていく。
 今がチャンスと感じたルイズは、貴族の子達が離れたのを見計らって、頭を下げていた給士に声を掛けた。
「ちょっと良いかしら?そこのギャルソン」
「…!はい、貴族様。当店でお食事でございましょうか?」
 何かと思い頭を上げた彼は、目の前にいる少女が貴族だと知って再度頭を下げて要件を尋ねてくる。
 ひとまずは「申し訳ございませんが…」と言われなかったルイズは、後ろにいる霊夢達を見やりながら「三人、いけるかしら?」と聞き返す。
 ルイズの目線に気付き、彼女の肩越しに霊夢達を見た給士はあぁ…と納得したようにうなずく。
「丁度今、外国からいらした貴族様方が使用していた個室が空きましたので…よろしければそちらをご案内いたします」
 接客業を務める人間の鑑とも言える様な眩い笑顔を浮かべて、給士は三人を店の入口へと案内した。

 ひとまずは店へ入った彼女たちは、食器等の片づけで少し待ってほしいと言われ、
 まぁそんなに時間は掛からないだろうと、大人しく順番待ちの時に座るソファに腰を下ろしていた時…。
「ちょっと!どういう事よ!?二重予約しでかして私の席が無くなってしまうなんてッ!」
「大変申し訳ありませんお客様…!こちらの手違いでこの様な事になってしまうとは…」
 先ほど給士が笑顔で頷いてくれた店の出入り口から、ヒステリックな少女叫び声が聞こえてきたのである。
 何だ何だと既に食事を頂いている貴族たちの何人かが入口の方へと顔を向け、ルイズたちもそれにならって入口の方へと視線を向ける。
 自分たちのいる順番待ちの部屋からは先ほど叫んだ少女の姿は見えず、このレストランのオーナーであろう中年の貴族が、平民の給士と一緒に頭を下げているのが見えた。
 二人そろって年下のお客に頭を下げる姿を見つめながら、霊夢が苦虫を食んでいるかのような表情を浮かべつつ口を開く。
「何なのよ?せっかくの昼食時にあんな金切り声で叫んでるのは?」
「さぁ…?でも何となく、聞き覚えのあるような声だな」
 魔理沙が興味津々といった様子でそう呟くとおもむろに立ち上がり、入口の方へと歩き出した。
 何の迷いや躊躇も無くスタスタと軽い足取りで入口へ向かう彼女を見て、咄嗟にルイズが止めようとしたが間に合わず、
 「ちょっと…!」と言ってソファから腰を上げた時には、入口の方へと戻った魔理沙と叫び声の主がほぼ同時に声を上げた。

「ちょっ…!何でアンタがこんな所にいるのよ!?」
「おぉ、もしやと思って顔を見てみれば…やっぱりお前さんだったかモンモランシー!」
 お互い暫しの間、顔を見せる事は無かったと思っていたのだろう。
 まるでもう二度と出会わないだろうと誓った矢先に街中で鉢合わせしたかのように、二人は奇遇な再開に驚いていた。


 魔理沙が声の主の名を呼んだことで他の二人も入口へと向かい、そしてあの金髪ロールが特徴の彼女もルイズたちを見て目を見開く。
「はぁ…?ちょっと待ってよ、一体どういう事があれば…こんな茶番みたいな事になるワケ?」
 ――――それを言いたいのは私の方よ、モンモランシー…。
 思わず口から出しそうになった言葉を何とか口の中に閉じ込めつつ、ルイズは大きなため息をついた。
 ルイズの後に歩いてやってきた霊夢も、ルイズと同じく魔法学院の制服を着た彼女を見てあぁ…と二回ほど小さくうなずく。
「あぁ、道理で聞き覚えがあると思ったら…随分とお早い再会を果たせたわね?」
「全くだわ…あぁもう」
 唖然とするモンモランシーを見つめながら、他人事のような言葉を吐く霊夢にルイズは頭を抱えたくなった。
 やっぱり自分は色々な厄介ごとに直面する運命を始祖ブリミルに『虚無』の力と共に授けられたのであろうか?
 現実逃避にも近いことを考えつつ、ルイズは目を丸くしているモンモランシーに次はどんな言葉を掛けたらいいか悩んでいる。
 そして、先ほどまでモンモランシーに誤っていた店長の貴族と給士は何が何だか分からず困惑していた。

 予期せぬ再会であったものの、モンモランシーの怒りはこちらに向くことは無かった。
 話を聞く限りモンモランシーが予約していた普通のテーブル席の様で、自分たちが運よく入れた個室席ではないようである。
 無論ルイズも食事を取り上げられた彼女の前でうっかりそれをバラす事はせず、穏便に立ち去ってもらいたかった。
 しかし…またもやそんなルイズの前に災難は立ちはだかったのである。霧雨魔理沙という快活に喋る災難が。
「しっかし、お前さんも災難だな?こっちは運よく個室席とやらを―――…ウグ…ッ!?」
「この馬鹿…!」
 口の中に拳を突っ込まんばかりの勢いで彼女の口を塞いだものの、時すでに遅しとは正にこの事。
 黒白を黙しらせてモンモランシーの方へと顔を向けた時、そこにば野獣の眼光゙としか言いようの無い目つきでこちらを睨む彼女がいた。
 その目つきは鋭く、獲物を見つけた肉食動物の様に体に力を入れてこちらへゆっくりと近づくさまは、紛う事なき野獣そのものである。
 流石の魔理沙や、一人離れて様子を見ていた霊夢もモンモランシーが何を考えているのか気づく。当然、ルイズも…。

「ル――――」
「何でアンタと一緒に昼食を食べる必要があるのよ?」
「まだアンタの名前を言いきってすらないじゃない!…っていうか、私が腹ペコみたいな決めつけしないで頂戴!」
「あっ…御免なさい。じゃあアレね、私達の個室席に無理矢理入りたいっていうのは私の勘違いだったのね」
「いや、ワタシはそれを頼もうとしたんだけど…」
「アンタ腹ペコどころか、物凄い厚かましいわねぇ」

 そんな会話の後、当然と言うか定めと言うべきか…二人の口喧嘩が『麦畑の片隅』の入口で繰り広げられた。
 ルイズは「アンタに席を分けてやる義理はないじゃないの!」と言うのに対し、モンモランシーは「アンタ達の事助けに行ってあげたじゃないの!」と返していく。
 流石にタルブでの顛末を詳しく話すことは無かったものの、当事者であったルイズも彼女があの場で治療してくれたのは知っている。
 しかし、だからといってそれ以前――少なくとも霊夢を召喚するまで彼女から受けた嘲笑や罵りが帳消しになったワケではない。
 それを指摘してやると、それを思いだしたモンモランシーは「グッ…」と一歩引いたものの…暫し考えた素振りを見せて再び口を開いた。
「わ、若気の至りってヤツよ!…あの時はアンタがあんなにスゴイって知らなかったんだもの!」
「去年と今年の春までの事を若気の至りって呼ばないわよ!」
 双方とも激しい罵り合いに、モンモランシーに頭を下げていた給士とオーナーの貴族は震えあがっていた。
 給士はともかくとして今まで人間相手に杖をふるったことの無い中年のオーナーにとって、火竜と水竜が目の前で喧嘩している様な状況に何もできないでいる。


 店の内外にいた貴族たちも何だ何だと口喧嘩を聞いて駆けつけてきて、ちょっとした人だかりまでできている始末。
 下級、中級、上級。単身、カップル、家族連れ。そして老若男女に国内外様々な貴族たちがどんどん近寄ってくる。
 そんな光景を目にして、この騒動を引き起こした魔理沙は無邪気に騒いでいた。引き起こした本人にも関わらず。
「おーおー…何だか騒がしい事になってきてるじゃないか」
「アンタがバラさなきゃあ穏便に済んだ事じゃないの、全く…」
 流石にこれ以上騒いでは昼食どころではないと察したか、ようやく博麗の巫女が重い腰を上げる事となった。
 人間同士のイザコザは完全に彼女の専門外ではあったが、解決方法は知っている。

「ほら二人とも、口げんかはそこまでしときなさい」
 いよいよ口喧嘩から髪の掴み合いに発展しそうになった二人を、霊夢がそう言ってサッと引き離す。
 突然の介入は二人同時に「何するのよッ!」と丁寧にタイミングを合わせて叫んで来たので、咄嗟に耳を塞ぎながら霊夢は二人へ警告する。
「アンタ達ねぇ、そうやって喧嘩するのは良いけどそろそろやめとかないと食事どころじゃなくなるわよ?」
「はぁ?一体何を……あっ」
 彼女に指摘された初めて周囲の状況に気が付いたルイズは目を丸くして困惑し、モンモランシーも似たような反応を見せていた。 
 どうやら本当に周りが見えていなかったらしい。霊夢はため息をつきたくなったが、辛うじてそれを押しとどめる。
(まぁルイズの性格であんなに怒ったらそうなるのは分かってたし、モンモランシーも似たような性格だからね…)
 そんな事を思いながらも、ようやっと頭が冷えてきた彼女たちに霊夢は至極落ち着きながらも、まずはモンモランシーに喋りかける。

「まず聞くけど、どうしてこの店に拘るのよ?予約してた席が無くなったんなら、さっさと他の店で空いた席を探せば良いじゃない」
「え?…えっと、それは…うぅ」
 至極もっともな霊夢の言い分にモンモランシーは何か言いたげな様子であったが、悔しそうに口を噤んでいる。
 それを見てルイズは自分の味方になってくれている霊夢にエールを送り、店の者たちはホッと胸をなで下ろしていた。
 マントを羽織っていないのでルイズの従者という扱いの彼女であったが、平民であれ何であれこの騒ぎを鎮めてくれるのであれば誰でもよかった。
 一方で、店の外にいる貴族たちの何人かがモンモランシーを止める霊夢を見て「平民が貴族を諭すなどと…」という苦々しい言葉が微かに聞こえてくる。
 霊夢はそれを無視しつつも、何か言いたそうで決して口外できない風を装っているモンモランシーを見て、何か理由があるのだと察していた。
 彼女のもどかしそうな表情と「気付いてほしい…」と言いたげな目つきを見れば、誰だって同じように気づくであろう。

 一体何を抱えているのか?面倒くさそうなため息をついた霊夢はモンモランシーの傍に近づくと、すぐさま彼女が耳打ちしてきた。
 耳元から囁かれるモンモランシーの神経質な声にむず痒さを覚えつつ、彼女が大声で言えない事をヒソヒソ声で伝えていく。
「この店ってさぁ、北部駅舎の飲食店の中で比較的安い店だって知ってる…?」
「知らないわねェ?でもまぁ、ルイズなら知ってそうだけど…」
「そう…。それでね、この時間帯に出るランチセットは…一応値段的にはそれなりに働いてる平民でも気軽に頼めるお手軽価格なの」
 ま、平民はここへは入れないけど。…最後にそう付け加えて、ご丁寧に説明してくれた彼女に霊夢は「…で?」と話の続きを促す。
「それで、まぁ…アンタに話すのも恥ずかしいけれど、世の中にいる貴族にはそういう低価格で程よい豪華な食事を楽しみたい層がいるのよ」
「それがアンタってワケ?何処かで聞いたけど…アンタの家は領地持ちなんでしょう。だったら金なんていくらでも持ってるんじゃないの?」
 霊夢の指摘にモンモランシーは暫し黙った後、巫女さんの顔を気まずい表情で見つめながらしゃべり始めた。
「この際だから、アンタにも話しておこうかしらね?貴族には、二通りの存在がいる事を…」
「…?」
 突然そんな事を言い出したモンモランシーに首を傾げると、彼女は勝手に説明を始めていく。



「このハルケギニアにはね、お金と仲良しな貴族と…お金に縁のない不幸な貴族がいるの。
 例えば前者を挙げるとすれば、ルイズのヴァリエール家や、キュルケの所のツェルプストー家が良い例よ?」

「…あぁ、確かに何となく分かるわね」
 唐突に始まったものの、やけに丁寧なモンモランシーの説明に霊夢は納得したように頷きつつ、引き続き話を聞いていく。

「そして、後者の例を挙げれば…私の実家のモンモランシ家や、ギーシュのグラモン家ね。
 グラモン家は代々軍人の家系で、アイツの父親はトリステイン王軍の元帥の地位にいる程の御人よ。
 だけど、過去に行われた山賊やオーク鬼退治のなんかの出征の際に見栄を張り過ぎて、金を殆ど使い果たしてると言われてる…
 あと…モンモランシ家は、えーと…干拓に大失敗して領地の半分がペンペン草も生えぬ荒野になっちゃって、経営が大変なのよ」

 自分の家の経営事情を気まずそうに説明したところで、彼女は霊夢に説明するのを止める。
 とはいえ、この説明だけでも十分にモンモランシーの財布が小さい理由が分かってしまった霊夢は、多少なりとも同情しそうになった。
「何ていうか…その、貴族って意外と大変なのね」
「やめてよ。嬉しいけどそういう同情の仕方はやめてよ」
 気休めにならないが、すっかり気分が萎れてしまった霊夢からの慰めにモンモランシーは複雑な気持ちを抱くしかなかった。


 その後、更に詳しくモンモランシーから話を聞くとどうやら彼女も帰省する為にここの馬車を利用するのだという。
 とはいえルイズの様にチャーターできるワケもないので比較的安く、尚且つ長旅となる為にせめてここで美味しいモノを…と思ったらしい。
 席自体は数日前に手紙で予約していたモノの、店側のミスで一般席は全て埋まってしまい、彼女以外の予約席もあって二時間待ちという状態。
 それに輪をかけてチケットを取っている馬車の発車時刻は一時間半後という、不幸としか言いようのない状況に陥っているのが今の彼女であった。
 モンモランシーの口からそれを直接聞いた霊夢は、大分落ち着いたものの未だご立腹なルイズに丁寧に伝えた。

「…というわけで、個室の席は四つあるから相席させて欲しいって言ってきてるけど…どうするの?」
「何よそれ?そんなら同じフロアの土産売り場で売ってるサンドイッチやジュースとか買って、食べとけば良いじゃないの」
 非の打ちどころの無いルイズの正論にしかし、モンモランシーはそれでも必死に食い下がる。
 まるで絞首台の前に立った罪人が必死に抵抗するかのように、彼女はルイズを説得しようとしていた。
「そんなの味気ないじゃない!それに…アンタだって知ってるでしょうに?ウチの領地の特産物がジャガイモぐらいしか無いの!?」
 今にも怒り泣きしそうな忙しい表情で叫んだモンモランシーの言葉に、ルイズはそういえばそうだったわねぇ…と思い出す。

 諸事情で干拓に失敗したあの領地で安定して育てられる野菜と言えば、ジャガイモぐらいしか耳にしたことがない。
 年に何回かは別の野菜が王都の市場にまで運ばれては来るが、同じく運ばれてくるジャガイモの出荷量と比べれば小鳥の涙程度。
 そのせいかモンモランシー領で暮らす人々の食事は貴族平民問わずジャガイモはメインの野菜である。というかジャガイモしかない。
 時折他の領地から運ばれてきて、高い値段が付く他の野菜を食べる事はあれど、朝昼夕の基本三食には必ずジャガイモがついてくる。
 魚はともかく、肉類などは十分に領地内での確保に成功しているが、それらがどんなに美味そうな料理になっても忌々しいジャガイモが隣にいるのだ。
 茹でたジャガイモ、マッシュポテト、ポテトサラダ、フリット(フライドポテト)…。ゲルマニア人もびっくりなくらい、モンモランシー領はジャガイモに塗れていた。

 だからこそ彼女は必死なのだろう、夏季休暇で芋地獄の故郷へ戻る前に王都の華やかな食事にありつきたいのだと。
 有名ではない地方から来た貴族程、王都へ足を運んだ際には食事にはある程度金を惜しまないと聞く。
 そこには、モンモランシーの様に偏った食事しかない地方に住まう自分の待遇を一時でも忘れたいが為の現実逃避でもあるのだ。


 ルイズは悩んだ―――確かにモンモランシーは、あの時タルブへ嫌々来ながらも、キュルケ達と共に残ってくれていた。
 それに、王宮で自分の『虚無』を明かそうとした時、まあつっけんどんながらも口外しないという約束までしてくれたのである。
 以上の二つの事を思い出してみれば、なるほど彼女と相席になってもまぁ別に悪くは無いと思えてしまう。
 だが、そんな考えが出てきたところでハッとした表情を浮かべたルイズは、慌てて首を横に振った。

 先程自分が言ったように、入学当初からは暫く彼女から散々嫌味を言われていたのだ。
 それもついでに思い出してしまうと、不思議と体の奥底から゙許せない…゙という意思が湧き上がってくる。
 自分を馬鹿にしていた入学当初のモンモランシーと、自暴自棄ながらもアルビオン艦隊と戦うと決めてくれたタルブ村のモンモランシー。
 二人のモンモランシーの内どれを選んだら良いのか…?それに悩んでしまい、ついつい無言になってしまう。
 そんな彼女を見かねてか、はたまた空腹が我慢できないレベルになってきたのか…それまで黙っていた魔理沙がその口を開いた。
「別に良いんじゃないか?この際昔の事を忘れて、これからの事を考えながら食事っていいうのも?」
 今に至る騒動を生み出した張本人は、脱いでいた帽子を手で弄りながら葛藤するルイズにそう言った。
 その言葉にモンモランシーがハッとした様な表情を浮かべて魔理沙を見遣り、一方のルイズはそれでも不満気なまま彼女に反論する。

「つまりアンタは、今まで馬鹿にされてた事を水に流せって言いたいワケなの?」
「そう言ってるワケじゃあないさ、偶にそんな事言う奴もいるけど、人間自分が馬鹿にされた事は中々忘れられないもんさ」 
 自分が過去に、どれだけ『ゼロ』と揶揄されてきたのか知らないくせに。そう言おうとしたルイズに対し、
 普通の魔法使いは彼女の内心を読み取ったかのような言葉を、彼女に投げかけた。
 そんな事を言われてしまうと口の中から出ていきそうになった言葉を、出そうにも出す事が出来なくなったルイズ。
 魔理沙はルイズが静かになったのを確認した後、手に持っていた帽子をかぶり直して一人喋り出す。

「でも、お互いそうやっていがみ合ったままじゃあ色々と疲れちまうもんだぜ?
 ワタシだって霊夢の事は今でもライバル視してるけど、いつもは仲良く接してるのをお前は見てるだろ?
 それと同じさ。いざとなったらアンタの頬を抓ってやる覚悟だが、
 今はその時じゃあないからお互い仲良くいきましょう…って感じだよ
 お互い鉢合わせたら即喧嘩なんて…モンモランシーもお前も、疲れててしまうじゃないか」

 魔理沙の言葉にルイズは「そもそも喧嘩を起こした張本人のアンタが言う事…?」という疑問を抱いていたが、
 小さな頭で少しだけ考えてみると、確かに彼女の言う通りなのかもしれないという確信もゆっくりゆっくりと浮上してくる。
「ちょっと魔理沙、何で私がアンタといっつも仲良しみたいな事言ってるのよ?」
「なーに言ってんだよ霊夢。私が遊びに来た時には良くお茶と茶菓子を分けてくれるじゃあないか」
 何やら言い争いをしている霊夢達を余所に、ルイズは再びどうするか悩んでいた。
 多生揉めてでも店から追い出すか、それとも一時の間だけ昔の事を忘れて彼女と同席するか…。
 二つの内一つしか選べぬ選択肢を目の前に出された彼女は、あともう数分だけ時間が欲しいと言いたかった。
 しかし、これ以上は店側も待てないのか「お客様…」と蚊帳の外にいたオーナーがおずおずとルイズに声を掛けてくる。
 自分を含めて霊夢や魔理沙たちも腹を空かせてているだろうし、何よりチャーターしている馬車の事もある。

 もうこれ以上の猶予は無い。そう悟ったルイズは…以前デルフが言ってくれたあの言葉を思い出した。
 ――――ちっとは大目に見てやろうぜ。そうでなきゃいつまでも溝は埋まらねぇぞ?
 以前霊夢と喧嘩になった際、いつもはからかう側のインテリジェンスソードが自分に語りかけてくれたあの言葉。
 それが脳裏を過った後、待合室の天井を仰ぎ見たルイズは軽い深呼吸をした後にモンモランシーの方へと顔を向ける。



 モンモランシー…入学当初は自分を『ゼロ』と呼んで自分を馬鹿にしていた彼女であったが、今ならそんな事さえしないだろう。
 何故なら彼女は目撃したのだから。二度と指を差して笑えぬ、自分の中に隠されていたあの怖ろしい『力』を。
(…確かにコイツには色々と嘲笑われたけど、あの時はまだ何も゙知らなかっだものね…キュルケや、私さえも…)
 そう思うと、不思議と彼女のしてきた事がほんのわずかだが゙些細な事゙だったのだと思えるようになってくる。

「……ルイズ?――――…っ!」
 こちらのをジッと見つめたまま黙っているルイズに、モンモランシーは声を掛ける。
 その声で止まっていた自分の体が動き出したかのように、ルイズは右手の中指と人差し指でピースを作り、モンモランシーの眼前へと出した。
 突然のことに少し驚きを隠せなかったものの、そんな事お構いなしにルイズは彼女に話しかけた。

「モンモランシー、二よ?三分の二で手を打つわ」
「三分の…二?アンタ、急に何を言ってるのよ…?」
 イマイチ彼女の真意を把握できぬ事に、モンモランシーは首を傾げてしまう。
 自分でも何を言っているのかと呆れたくなる気持ちを抑えて、ルイズはもう一度口を開いた。

「割り勘よ。アンタが予約してた席代をそのまま、私達の個室料金にぶち込みなさい。
 アンタには一年生の頃から色々とされたけど、今回は…今回だけはそれを別の所に置いといて上げるわ…
 ――――後、絶対に勘違いしないでよね?アンタと今から仲直りしようってワケじゃない。お店の事を考えてそれで丸く収めるって事よ」

 忘れないで頂戴。右手の指二本を震わせながら、ルイズは最後にそう付け加える。
 それはルイズなりに決断した、モンモランシーへの譲歩であった。


 ――――時間は戻り、食事を終えて支払いも済ませた彼女たちはモンモランシーを先頭に歩いていた。
 食欲を満たし、イライラも落ち着いた彼女は満足げな笑みを浮かべ、自慢のロールを揺らしながら駅舎一階のロビーを進んでいく。
 個室の席代はやや高くついたものの予算の範囲内であったし、何より楽しみにしていたランチセットよりも上の料理を食べる事が出来たのである。
 不幸中の幸い、という言葉こういう時の為にあるのだろう。幸せな満腹感に満たされながら、モンモランシーはそんな事を思っていた。
「…ふぅ~…全く、店側の手違いで昼食が食べ損ねるかと思ってたら…まさかこうもアンタ達と偶然再会するとは思ってなかったわ」
「偶然は偶然だけど、望まぬ偶然よ。全く…」
 そんな彼女の後をついて行くように、浮かぬ顔で歩くルイズは思わず苦言を漏らしてしまう。
 本当ならば、霊夢と魔理沙の三人で軽くこれからの事を話し合いながら食事をするつもりだったというのに…
 偶然にもあの店で予約を取っていて、手違いで無かった事にされたモンモランシーと出会ったせいで色々と予定が狂ってしまった。
 一応出てきた食事には満足したものの、自分よりも幸せそうな彼女を見ていると今更ながら苛立ちというモノが募ってきてしまう。
 好事魔多し…という言葉を何かの本で目にしたことがあるが、正に今の様な状況にピッタリな言葉には違いないだろう。

(まぁ予想はついてたけど…思ったよりちょっとは溝が深いようね)
 一時は和解できたと思っていたモノの、少し浮かれているモンモランシーの背中をジッと睨んでいるルイズの後姿。
 それをジト目で見つめながら後に続いていた霊夢が心中でそんな事を呟いていると、先程返却してもらったデルフが話しかけてきた。


『にしたって奇遇なモンだねぇ?あん時の金髪ロールの嬢ちゃんとこうやって再会するとはねェ』
「まぁお互いそそれを嬉しいとは思ってい無さそうだけどね?」
 先ほどまで駅舎で預けられていて、魔理沙からいきさつを聞いたテン入りジェンスソードに霊夢は相槌を打つ。
 てっきり預けられていた不満が出てくるのかと思いきや、きっと荷物を預かってくれた職員が話し相手にでもなってくれたのだろう。
 預ける前よりかは少しだけ良くなった機嫌を剣の体で表しているのか、時折独りでにカチャカチャと動いている。

(まぁそれ程気になるワケではないけど、鬱陶しくなったら鞘越しに刀身を殴って黙らせりゃあ良いか)
 デルフにとってあまり穏やかではない事を考えながら、ルイズとモンモランシーの後をついていく。
 ふと自分の後ろを歩く魔理沙を見てみると、しきりに視線を動かして駅舎一階の中や造りを興味深そうに観察している。
 霊夢は然程気にはしないものの、こういういかにも洋風な造りの建物など幻想郷では指で数えるほどしかない。
 一番大きい洋風の建物と言えば紅魔館ぐらいなものだし、人里でもこういう感じの建物は本当に少ないのだ。
 だから、まだまだ好奇心が旺盛な年頃の彼女が夢中になる気持ちは分かる。分かるのだが…
 天井やら人列が並ぶ受付口に目がいってしまう余り、そのまま別の所へ行ってしまうのは…流石に声を掛けるべきなのだろう。
「ちょっと魔理沙、アンタどこ行くつもりよー」
「…え?おぉ…っと、危ない危ない!」
 霊夢の呼びかけで、ようやってルイズ達から離れかけた彼女は慌てて彼女の方へと駆けてくる。
 ルイズもそれに気づいたのか、はぐれかけた黒白に「何やってるのよ?」と軽く呆れていた。


 それから少しだけ歩いて、ルイズたちはロビーを出た先にある三番ステーションへと足を運んでいた。
 全部三つあるステーション――つまり駅馬車の乗り降りをする場所の中で、唯一国外へと出ない馬車の発車場である。
 その分割安ではあるが、いかにもグレードの低そうな駅馬車ばかりが集められていた。
 無論ルイズがチャーターした馬車があるのは、国内外の行き来可能で一流業者が集められている一番ステーションだ。
 なら何故ここを訪れたのかと言うと、これから領地へ帰るモンモランシーがここの馬車に乗るからであった。 
「チケットを予約していたモンモランシーよ。馬車の準備は出来ているかしら?」
 ステーション内に設けられた別の受付を担当している職員に、モンモランシーはそう言ってチケットを見せる。
 まだここで働き始めたであろう青年職員は、チケットに書かれた氏名、番号、有効期限を確認するとモンモランシーにチケットを返す。
「確認が終わりました。ミス・モンモランシーの予約している駅馬車は二番プラットホームの馬車です」
「うん、有難うね」
 良い旅を、チケットをしまって受付を後にした彼女の背中に担当職員は声を掛けた。
 彼女がその声に軽く右手を振った後、ルイズたちも多くの人が行き交う三番ステーションの通路を歩き始める。
 ステーションの左側は外へ直結しており、真夏の太陽の光と照りつけられている地面がその目に映っている。
 外と繋がっているせいか夏の熱気も流れ込んできて、駅舎の中であるというのに再び肌からじわりじわり汗が滲む程に暑かった。
 ハルケギニアの夏に未だ慣れていない霊夢と魔理沙の二人は、この建物の中では感じることは無いと思っていた熱気に怯んでいるものの、
 ステーション内で客の荷物を詰め込む馬車の御者や書類片手に走る職員に、客の貴族や平民たちは平気な様子で行き来している。
「あーくそ…、折角涼しい場所で食事できたと思ったら、まさか外の熱気がここまで来るとは…」
「いっその事メイジの魔法なりでここに冷たい風でも吹かせてくれればいいのにね」
 幸せな気分から一転、またもや汗だくとなっていく二人の愚痴を後ろから聞きながら、
 ルイズと自分が乗る馬車の方へと歩いていくモンモランシーの二人も、少しワケありな会話をし始めていた。


「それにしても、アンタはともかく…ワタシまでこんな数奇な出来事に見舞われるなんてね」
「は?何よイキナリ…」
 突然そんな事を呟いたモンモランシーに、ルイズは怪訝な表情を浮かべる。
 まさかちょっと過去の事に目をつぶって、昼食を共にしただけで自分と仲良くしたいと思っているのか?
 本人の耳に聞こえたら間違いなく決闘騒ぎになるような事を思っていたルイズであったが、それを口に出す事は無かった。

「だってそうじゃない?アンタが使い魔召喚の儀式で異世界出身の巫女さんを呼んじゃうし、アルビオン王国が倒れて…
 お次は魔法学院で色々と騒ぎがあった末に夏季休暇の前倒し…かと思えば、キュルケ達と一緒にアンタ達の素性を調べたり、
 そんでテントの中で籠ってたかと思えば、シルフィードの背に乗ってレコン・キスタの艦隊が上空に浮かぶタルブ村まで連れてかれて…
 んでなし崩し的に私までアンタ達と一緒にその艦隊と戦う羽目に成ったり…と思いきや、アンタのあの゙光゙で艦隊が全滅…してからの王宮での監視生活」

 …これが数奇な出来事じゃなくて何になるの?最後にそう付け加えて喋り終えた彼女は、何となく肩をすくめる。
 まぁ確かに彼女の言っている事に間違いはないだろう。ルイズはひの顔に苦笑いを浮かべつつ軽くうなずいて見せた。
 それでも、自分や霊夢達が直に体験してきた事と比べれば幾分か優しいというのは、言わない方が良いのだろうか?
 頭の中でそんな二者択一の考えを巡らせている中、喋り終えたばかりのモンモランシーがまたもやその口を開いた。
「あぁでも…私にとってその中でも一番衝撃な事といえば……数日前に聞かされだアレ゙よね?」
「……!あぁ、あの事ね」
 彼女が口にした『数日前』という単語で、ルイズもまだアレ゙を思い出す。
 それはトリステイン人であり、この国の貴族でもある二人にとって最も衝撃であり、何よりもの朗報であった。

 先王の遺した一人娘であり、他国からもトリステインに相応しき一輪の百合とも称される美しき王女。
 そしてヴァリエール家のルイズとは幼馴染みであり、トリステインの女性たちにとっての憧れでもある、アンリエッタ・ド・トリステイン。
 以前は王女として北部の隣国帝政ゲルマニアへの皇帝へと嫁ぐはずだった彼女は、近いうちに女王として戴冠式を挙げる予定である。
 つまり、永らく座る者のいなかった玉座へと腰を下ろすために、アンリエッタは王冠を被りこの国を背負う女王陛下となるのだ。
 ゲルマニア皇帝との結婚式が中止になったのもこれが原因であり、トリステインが彼女を留まらせる為の救済策。
 そして、これからレコン・キスタもとい…神聖アルビオン共和国との戦争の為に、国内の結束力を高める為に必要な儀式でもあった
 惜しくも王家の嫁を迎え入れられなかったゲルマニアだったが、代わりにトリステインはゲルマニアとの軍事同盟を結んでいる。

 その為ゲルマニアはトリステイン王国に武器、兵器等を正規の手続きをもって売れるようになり、
 トリステイン軍も王軍、国軍を再編して同盟国と同様の陸軍を創設する為のノウハウを教える為の人材をゲルマニアに要求できるようになった。
 伝統を保守し、尊重するトリステインではあるものの軍部は先のラ・ロシェールでの戦闘で意識を改めており、
 新式とは言えないが比較的新しいゲルマニア軍の兵器を買えるうえに、陸軍創設の際にもゲルマニアと言う大先輩が教えてくれる。
 トリステインは新しい女王が就任し、ゲルマニアは軍事的にもトリステインを指示できる立場となり、互いに面子を守れるという結果に終わった。

 …とはいえ、王宮内部では既に戴冠式の予定日まで決まっているが、未だ民衆や王宮で働いていない貴族達には知らされていない。 
 ルイズたちが聞いた話では夏季休暇の終わる数週間前に戴冠式が発表され、丁度長い夏休みが終わると同時に式が行われるという。
 その為街中では結婚式が中止になった事でそれを不安に思う者たちが大勢いたが、そこまではルイズたちの知る所ではなかった。

「まさか、あの姫さまがいよいよ女王陛下にならなれるなんて…段々遠くなっていくわね…」
 流石のルイズも声を抑えつつ、自分の幼馴染が色んな意味で高い場所にいるべき人となっていく事に切ない感情を抱いていた。
 マザリーニ枢機卿からその事を聞かされた時は嬉しかったものの、時間が経ってしまうと妙なもの悲しさが心の中に生まれてくる。

 先王亡き当時…マリアンヌ王妃は戴冠を拒み、アンリエッタはまだ幼すぎるとして戴冠の事はこれまでずっと保留にされてきた。
 その為トリステイン王国は、今まで玉座に座るべき王が不在という状態の中で大臣や将軍たちが一生懸命国を動かしていた。
 特にロマリアからやっきてた枢機卿の働きぶりは凄まじく、彼がいたからこそ今日までトリステイン王国は生き残る事が出来たと言っても過言ではない。
 だから冠を被るのに充分な年齢に達したアンリエッタが王となるのは喜ぶべきことであり、落ち込む理由は何一つ無いはずなのである。

「ちょっと、なーに暗い顔してるのよ?」
 そんなルイズを慰めるように、刺すような視線を向ける霊夢がポンポンとルイズの背中を軽く叩いてきた。
 突然のことに目を丸くした彼女は思わずその口から「ヒャッ…!」と素っ頓狂な悲鳴を上げてしまう。
 一体何をするのかと後ろにいる巫女さんをを睨んだが、彼女はそれを気にせず言葉を続けていく。
「アンタとアンリエッタが幼馴染なのは知ってるし、まぁ遠い人間になるのは分かるけど…アンタだってアイツからあの書類を貰ったじゃないの?」
 その言葉に、ルイズは受付で預かってもらっている旅行鞄の中に入れた『あの書類』の事を思い出した。

 そう遠くないうちに女王となる幼馴染から頂いた、一枚の許可証。
 書面にアンリエッタ直筆の証とも言える花押がついた、女王陛下直属の女官であるという証を。


 それは数日前の事、キュルケやモンモランシー達と共にアンリエッタと『虚無』の事について話していた時であった。
 一通り喋り終えた後、魔理沙の口から出た何気ない一言のお蔭で彼女はルイズたちに話をす事が出来たのである。
「残念な事に…敵は王宮の中にもいるのです。―――――獅子身中の虫という、厄介な敵が」
 女王になる前だというのに、既に悩みの種が出来つつある彼女は残念そうに言ってから、その゙獅子身中の虫゙について説明してくれた。
 古き王政を打倒し、有力な貴族による国家運営を目指しているレコン・キスタの魔の手はアルビオン王国が倒れる前から世界中に伸びていたのである。
 ゲルマニアやガリア王国、果てにはロマリアの一部貴族達は貴族派の内通者として暗躍し、国が表沙汰にしたくない情報を横流ししていたのだという。
 トリステインもまた例外ではなく、既に一部貴族が貴族派に加担している者が出ており、挙句の果てにスパイまで逮捕している。
 各国と自国の状況から考えて、不特定多数もしくは少数の貴族たちが貴族派の者と接触しており…最悪彼らの企てに協力している可能性があるというのだ。

「そんな事になってたのですか…?ワルド元子爵の様な裏切り者が他に…」
「まだ断定できるほどの状況証拠があるワケではないのだけれど…決していないとも言いきれないのが今の状況よ」
 その話を聞いたルイズはふとアルビオンで裏切ったワルドの事を思い出し、アンリエッタも悲しそうな表情を浮かべて頷く。
 彼女にとってワルドは恋人の仇であり、ルイズは自分の一途な想いを裏切った挙句、タルブで霊夢の命を奪おうとまでした男だ。
 実力差はあるものの、あの男と似たような思考で裏切ろうとしている者たちがいるという可能性に、ルイズは自然と自分の右手を握りしめる。
「…だからルイズ。貴女はこれから自分の覚醒した力を公にせず、ここにいる者たちだけの秘密として心の中にしまっておいてください」
「!―――殿下…」
 アンリエッタの言葉にルイズが反応するよりも先に驚いたのは、マザリーニ枢機卿であった。
 彼はルイズの今後について知らなかったのか、アンリエッタの口から出たルイズへの指示に目を丸くしている。
 枢機卿に続くようにして、ルイズも「しかし、姫さま…!」と信じられないと言いたげな表情で幼馴染に詰め寄った。
「私は…自分の力となった『虚無』を、姫さまの為に役立てたいと思っています…それなのに…」
「分かってるわルイズ、貴女の気持ちは良く分かる。けれども…いいのです。恐らくその力は、貴女の身に災いを持ってくるやも知れませぬ」
「構いません。既にこの身は『虚無』が覚醒する前から幾つもの災難を体験しています…今更災いの一つや二つ…」
 拒否の意を示す為に突き出したアンリエッタの右手を、ルイズは優しく払いのけながら尚も詰めかける。
 咄嗟にアンリエッタは枢機卿へと目配せするものの、老齢の大臣は静かに自分の目を逸らしてみて見ぬふりを決め込んでいた。
「枢機卿!」
「姫殿下、誠に失礼かと思いますが…今は一人でも多く信頼できる人材が必要だと…私は申し上げましたぞ」
 これ以上心許せる友を巻き込みたくないアンリエッタと、今はその気持ちを押し殺して仲間として加えるべきと進言するマザリーニ。
 友の為に国益を損する事に目を瞑るのか、それとも国益のために友の身を危険な場所へと赴かせるのか。
 どちらか一つを選ぶことによって、ルイズの今後は大きく変わる事になるかもしれない。

「いやはや、ルイズの奴も苦労してるんだな~」
「そうね。幾つもの災難に見舞われてきただなんて…まぁ私に身に覚えがないけれど」
「多分ルイズの言う『災難』の内半分は、絶対にアンタ達が原因だと思うわよ?」
 緊張感漂う部屋の中で、二人仲良くとぼけている霊夢達にモンモランシーはさりげなく突っ込んでいた。


 その後は色々あり、役に立てぬというのなら杖を返上するというルイズの発言にアンリエッタが根負けする事となってしまった。
 『虚無』が覚醒する以前は、魔法が使えぬ故に『ゼロ』という二つ名を持っていた彼女が、自分の為に働きたいとという気持ちが伝わったのだろうか。
 アンリエッタは安堵している枢機卿に丈夫な羊用紙を一枚用意するよう命令した後、自分の前で跪いているルイズの左肩をそっと触る。
「ルイズ、貴女は本当に…私の力となってくれるのね」
「当然ですわ、姫さま。これまで姫さまに与えて貰って御恩の分、きっちりと働いて見せます」
 顔を上げたルイズの、決意と覚悟に満ちた表情を見て、多少の不安が残っていたアンリエッタも力強くうなずいて見せた。

「……分かりました。ならば、『始祖の祈祷書』と『水のルビー』は貴女にもう暫く預かってもらいます。
 しかしルイズ。貴女が『虚無』の担い手であるという事はみだりに口外しては駄目よ。それだけは約束してちょうだい
 それと、何があったとしても…タルブの時に見せた様な魔法とは言えぬ超常的な力も、使用する事は極力控えるようにして」

 アンリエッタからの約束に、ルイズは暫しの沈黙の後…「分かりました」と頷いた。
 その頷きにホッと安堵のため息をついたと同時に、マザリーニが持ってきた羊皮紙を貰い、次いで机に置いていた羽ペンを手に取る。
「これから先、貴女の身分は私直属の女官という事に致します」
 羊皮紙にスラスラと何かしたため、最後に花押を羊皮紙の右端につけてから、ルイズの方へと差出した。
「これをお持ちなさい。ルイズ・フランソワーズ」
 自分の目の前にあるそれを手に取ったルイズは、素早く書面に書かれた文章を読んでいく。
 後ろにいた霊夢と魔理沙も肩越しにその書類を一目見たが、残念な事にどのような内容なのかは分からなかった。
 しかしルイズにはしっかりと書かれていた内容を読むことができ、次いで軽く驚いた様子で「これは…!」と顔を上げる。

「私が発行する正式な許可証です。これがあれば王宮を含む、国内外のあらゆる場所への通行が可能となるでしょう」
 それを聞いて霊夢達の後ろにいたギーシュやモンモランシーは目を丸くしてルイズの背中を凝視する。
 アンリエッタ王女が正式に発行した通行許可証。それも王宮を含めた場所の自由な出入りができる程の権限など並みの貴族には滅多に与えられない。
 例えヴァリエール家であってもセキュリティーの都合上、王宮への訪問には事前の連絡が必要なのである。
 その過程丸ごとすっ飛ばせる程の権限を、あの『ゼロ』と呼ばれていたルイズのモノとなったことに、二人は驚いていたのである。 
 一方のキュルケは、トリステイン貴族でなくとも喉から手が出るくらい欲するような許可証を手にしたルイズを見て、ただ微笑んでいた。
 実家も寮の部屋も隣であった好敵手が、自分の目の前でメキメキと成長していく姿を見て面白いと感じているのであろうか?
 タバサは相変わらずの無言であったが、その目はジッとルイズの後姿を見つめていた。


 そんな四人の反応を余所に、アンリエッタは説明を続けていく。
「…それと警察権を含む公的機関の使用も可能です。自由が無ければ、仕事もしにくいでしょうから」
 既に許可証を受け取っていたルイズは恭しく一礼した後、スッと後ろへ下がっ。
 一方で、アンリエッタの話を聞いて大体の事が分かった魔理沙はまるで自分の事の様に嬉しそうな表情を浮かべてルイズに話しかける。
「おぉ、何だかあっという間にルイズと私達は偉くなってしまったじゃないか?」
「凄いわねぇ…私はともかく、魔理沙には渡さない様にしておきなさいよ」
 次いで霊夢も興味深そうな表情と「私はともかく…」という言葉に、ルイズはすかさず反応した。
「正確に言えばこの許可証が効くのは私だけであって、アンタ達が持ってても意味ないわよ?」
 この二人の手で悪用される前に最低限の釘を刺し終えた彼女は、最後にもう一度確認するかのように許可証に目を通す。
 アンリエッタのお墨付きであるこの書類が手元にある以上、自分はアンリエッタと国の次に位置する権力を手に入れたのである。
 ルイズとしては、ただ純粋に苦労しているアンリエッタの為に何かお手伝いができればと思っていたのだが…。
(流石にこんなものまで貰えるだなんて、思ってもみなかったわ…)
 そんなルイズの気持ちを読むことができないアンリエッタは、最後にもう一度話しかけた。

「ルイズ…それにレイムさんとマリサさん。貴方達にしか頼めない案件が出てきたら、必ずや相談いたします。
 表向きはこれまで通りの生活をして、何か国内外の行き来の際に困ったことがあればそれを提示してください
 私の名が直筆されたこの許可証ならば例え外国の軍隊に絡まれたとしても、貴女たちへの手出しは出来なくなるはずです」




 そして時間は戻り、モンモランシーがこれから乗る馬車が駐車されている二番プラットフォーム。
 四頭立ての大きな馬車はもうすぐここを出るのか、平民や下級貴族と見られる人々が続々と馬車の中へと入っていく。
 馬車の後部にある荷物入れには、御者と駅舎の荷物運搬員が積み込んだ旅行鞄などの大きな荷物がこれでもかと詰め込まれている。
 鞄の持ち手などにしっかりと付けられたネームタグがあるので、誰がどの荷物なのかと混乱する手間は省けられそうだ。

 そんな馬車を前にして、モンモランシーは昼食を共にしてここまで見送りに来てくれたルイズ達三人と向き合っていた。
 ルイズはこれまで彼女に嘲られていた事を思い出してか渋い表情を浮かべており、どう解釈しても好意的な表情には見えない。
「まぁ今日は…色々と世話になっちゃったわね。…ともかく、夏季休暇が明けたらこの借りはすぐに返すことにするわ」
「本当ならアンタに今まで笑われた分の借りも請求したいところだけど、正直ここで数えてたらキリがないからやめておくわ」
「…!そ、そう…助かるわね」
 まだ気を許していないルイズの刺々しい言葉にムッとしつつも、今度はレストランで仲介役をしてくれた霊夢に視線を向ける。
 ルイズの使い魔であり、こことは違う異世界から来たという彼女の視線はどこか別の方へと向いている。
 何か彼女の興味を引くものがあったのか、はたまた単に興味が無いだけなのか…そこまでは流石に分からなかった。
 これは普通に声を掛けた方が良いのか、それとも無視した方が良いのだろうか?モンモランシーはここへ来て、些細な葛藤を覚えてしまう。
「………え、え~と…あの―――」
「あぁ、ゴメンゴメン…てっきり私の事は無視するかと思ってたからつい…で、何よ?」
「…挨拶するつもりだと思ってたけど、気が変わったから良いわ。御免なさい」
「別に謝る必要なんて無いんじゃないの?」
「それアンタが言うの?普通は逆じゃない?…はぁ、もういいわよ!」
 と、まぁ…然程自分の事を気にしていなかった霊夢に詰め寄りたい気持ちを何とか堪えたモンモランシーは、
 最後に三人いる知り合いの中で、唯一笑顔を向けてくれている魔理沙へと顔を向けた。


 まぁどうせ碌でも無い事を考えてるに違いない。そう思いながらも口を開こうとするよりも先に、魔理沙が話しかけてきた。
 それは、先にルイズと霊夢に話しかけていたモンモランシーにとって、少しだけ意外な言葉を口にしてきたのである。
「いやぁー悪いな。折角タルブの時には助けに来てくれたっていうのに、コイツラが色々と不躾で…」
「え…?」
 右手の人差し指で前にいるルイズたちを指さしながら言った魔理沙に、モンモランシーは思わず変な声が出てしまう。
 てっきり先の二人に負けず劣らずの失礼な言葉を投げかけられると思っていただけに。
「ちょっとマリサ、アンタ自分の事を棚に上げて私を不躾な人間扱いするとはどういう了見よ?」
 腰に手を当てて怒るルイズに同意するかのように、霊夢も「全くだわ」と相槌を打つ。
 しかしモンモランシーからして見れば、この場で最も不躾なのは今の二人に違いは無いと思っていた。

 一方の魔理沙も二人がご立腹という事を気にすることなくカラカラと笑った。
「ハハッ!まぁこんな風に自分の事を省みない二人だが、ここは私の笑顔に免じて穏便にしておいてくれないかな?」
「ん…ま、まぁ別にそれ程…一応は昼食の際に同席を許してくれたし、最初から起こるつもりなんて無かったわよ」
 ルイズ達とは違う無邪気な子供が見せるような笑みと、利発的な魔理沙の声と言葉に自然とモンモランシーは気を許してしまう。
 昼食を摂ったばかりで気が緩んでしまっているという事もあるのだろう、今の彼女には黒白の魔法使いが『自分に優しい人間』に見えていた。
 仕方ないと言いたげな表情でひとまず熱くなっていた怒りの心を冷ましてくれたモンモランシーに、魔理沙は「悪いな」と礼を述べてから、再度彼女へ話しかける。

「まぁ…お前さんには夏季休暇が終わった後にでも、ちょいと頼みたい事があるしな」
「頼みたい事ですって?」
 突然彼女の口から出た言葉にモンモランシーは怪訝な表情を浮かべる。
 気分を害してしまったと思った魔理沙は少し慌てた風に「いやいや、そう難しいことじゃないさ」とすかさず補足を入れる。
「ちょっと前にアンタが『香水』って二つ名で呼ばれるくらい香水やポーション作りに精通してるってのを聞いてさ、それで興味が湧いてね」
「ふ~ん、そうなの?…で、その私に頼みごとって何なのよ」
 少し警戒しつつも、そう聞いてきたモンモランシーに魔理沙は元気な笑顔を浮かべながら、゙頼みごどを彼女へと告げた。
 その直後であった。モンモランシーの乗る馬車の御者が、出発を告げるハンドベルを盛大に鳴らし始めたのは。

 モンモランシーを含めた貴族、平民合わせて計八名を乗せた中型馬車がゆっくりと駅舎から遠ざかっていく。
 魔理沙は頭にかぶっていた帽子を手で振りながら、どんどんと小さくなる馬車へ別れを告げていた。
 正確に言えば、彼女にとって大事な゙約束゙を漕ぎ着ける事の出来たモンモランシーへと。
「じゃあまたな~!ちゃんと約束の方、忘れないで覚えておいてくれよぉ!」
 満面の笑みを浮かべて帽子を振り回す魔法使いの背を見ながら、ルイズはポツリと呟いた。


「レイム、私思うのよね」
「何よ?」
「多分私達三人の中で、今一番『悪魔』なのはマリサなんじゃないかなって」
 ルイズの言葉に霊夢は暫しの沈黙を置いてから、「そりゃあそうよ」とあっさりと肯定の意を示した。
 馬車が出る直前、御者が鳴らすハンドベルの音と共にモンモランシーは魔理沙とそんな約束をしたのである。

「この夏季休暇が終わったらさ、アンタがポーションや香水を作ってる所とか見せてくれないか。
 それに、ここの世界のそういう関連の本も詳しく知りたいしな。美味しいお菓子も私が用意するし、どうかな?」

 気分を良くしていたモンモランシーには、魔理沙との約束を断る理由など無かった。
 彼女は知らなかったのだろう。霧雨魔理沙と言う人間が、借りると称してどれだけの本を持って行っているのを。
 霊夢はともかく、ルイズもまた学院の図書室や王宮の書庫からごっそり本を持って来た彼女の姿を何度も目撃している。
 そして、彼女の次のターゲットとなるのは…三年生や教師等を含めても魔法学院の中で最もポーションに詳しいであろうモンモランシーなのだ。

 人の皮を被った悪魔の様な魔法使いの背中を二人の話を聞いて、それまで黙っていたデルフが哀れむような声で呟いた。
『あらら、あのロールの嬢ちゃん可哀想に。一体どんなことをされるのやら…』
「人聞きの悪いこと言うなよデルフ。私はアイツに何もしないさ、本を借りたいという事を除いて…だけどな?」
 デルフの声で魔理沙は帽子をかぶり直し、振り返りながらそう言った。
 その笑みは先ほどモンモランシーに見せたものと変わらない、実に純粋な笑顔であった。


 それから十分も経つ頃には、今度はルイズたちがここを出ていくべき立場となっていた。
 もう馬車の修理も済んでいるだろうという事で、ルイズは他の二人を連れて一番ステーションを目指している。
「チケットとかは無くてもいいのか?モンモランシーののヤツは用意してたけど…」
「私達の場合ヴァリエール領までチャーターしてるから、そういうのは駅舎の人たちが用意するから大丈夫よ」
 魔理沙からの質問に手早く答えつつ、ルイズは持つべき荷物が無い身軽な足取りでドンドン前を進んでいく。
 預かってもらっている荷物ならば既に馬車へ運ばれているだろうし、無かったら無かったで持って来させればいいだろう。
 そんな事を考えながら足を動かしていると、ふと一番後ろにいた霊夢が声を掛けてきた。
「…それにしても、アンタんとこの実家に帰ってきてるのかしらねぇ?」

 霊夢の言葉にルイズは顔を後ろにいる彼女へ向けつつ、足を動かしたまま口を開く。
「まだ分からないわ。…けれど、ここ近辺にいないとすれば…ラ・ヴァリエールに帰ってる可能性は否めないわね」
『?…一体何言ってるんだお前ら、オレっちは単なる帰郷だけとしかマリサから聞いてないが…』
「あぁ、ごめんごめん。そういやぁお前には詳しく話してなかったっけか」
 そこへすかさず割り込んできたデルフに魔理沙がそう言うと、お喋り剣は「ひでぇ」とだけ呟いて刀身を震わせた。
「そう簡単に震えないでよ。ちゃんとアンタにも分かるよう説明してあげるから」
 自分の背中でブルブルと微振動するデルフを軽く小突きつつ、ルイズが故郷へと帰るもう一つの理由を彼に話し始める。

 ルイズが霊夢達を連れて故郷ラ・ヴァリエールへと変える理由。それは彼女の一つ上の姉、カトレアを探す為でもあった。
 ヴァリエール家の次女として生まれ、幼い頃から不治の病と闘い続けている儚くも綺麗な女性。
 あのルイズも彼女には愛情を込めて「ちぃ姉様」と呼んでおり、ヴァリエール家の中で一番愛されている人と言っても過言ではない。
 その彼女が父から貰ったラ・フォンティーヌを出て、タルブ村へと旅行に行ったという話は長女のエレオノールから聞かされていた。
 しかし、不幸にもタルブ村は親善訪問で裏切ったアルビオン軍との戦闘に巻き込まれ、カトレアも従者たちと共に戦場のど真ん中で取り残されてしまったのである。
 ルイズは彼女を助ける為、そして大事な姉と敬愛するアンリエッタと母国を傷つけようとするアルビオンと戦う為、霊夢達と共にタルブ村へと飛び込んだ。

 その後はキメラを操るシェフィールドと言う女との戦い…カトレアの知り合いだという、霊夢と所々似ている服を着た謎の黒髪の女性の加勢。
 裏切り者ワルドの急襲に呼んでもいない加勢に来てくれたキュルケ達と――――艦隊を吹き飛ばす程の力を持つ、『虚無』の担い手としての覚醒。
 たった一夜にしてこれだけの事が起こり、エクスプロージョンを発動してアルビオン艦隊を沈黙させたルイズはあの後すぐに気を失った。


 目が覚めた後、トリステイン軍に保護されたルイズはタルブの隣にある町ゴンドアで目が覚め、援軍の総大将として来ていたアンリエッタと顔を合わせる事が出来た。
 最初こそ「なんという無茶な事を…」と怒られてしまったが、その後すぐに「けれど、無事でよかったわ」と優しい抱擁をしてくれた。
 霊夢やキュルケ達も無事保護されており、ホッと一息ついた後…ルイズはアンリエッタに「あの…ちぃ姉様はどこに…?」と訊いてみた。
 タルブ村の領主、アストン伯の屋敷の前でキメラを操るシェフィールドとの戦いで加勢してくれたあの黒髪の女性が屋敷の中にカトレアがいると言っていた。
 戦いが終わった今ならばきっと彼女も屋敷から連れ出され、自分と同じようにこの町で休んでいるかもしれないと、ルイズは思っていた。

 しかし、現実はそう簡単に二人を会わせることは無かった。
 確かにカトレア他屋敷の地下室に籠城していた者たちは救出部隊によって保護されていた。
 だが彼女自身はルイズが近くにいたことはいらなかったのか、もしくは迷惑を掛けられまいと思ったのだろうか。
 アンリエッタも知らぬ間にカトレアは従者たちを連れて、町の中で立ち往生していたトリスタニア行きの馬車でゴンドアを後にしていたのである。
 その事を知ったアンリエッタがすぐさま使いの者を出したものの時既に遅く、その馬車を発見したのは王都の西部駅舎であった。
 彼女を乗せた馬車の御者に聞いてみるも、確かにトリスタニアでカトレアらしき人物を乗せたという情報を掴むことができたが、
 何処へ行ったかまでは聞く事が出来なかった為、カトレアの行方はそこで完全に途絶えてしまったのだ。


「姫さまは引き続き人を使って探してくれるって言ってるけど、もしかしたら自分の領地に帰ってるかもしれないし…」
「あー、それはあるかもな。こういう時に限って、流石にここにはいないだろうって所に探し人はいるもんだしな」
 やや重い表情で゙もしかしたら…゙の事を喋るルイズに、魔理沙も申し訳程度のフォローを入れる。
 確かにそれはあるかもしれない。ルイズはラ・フォンティーヌでゆっくりとしている一つ上の姉を想像しつつ、コクリと頷いた。
 本当ならば実家に手紙でも送ってカトレアがいるかどうか確かめて貰えばいいのだが、そうなれば両親まで彼女の身に何が起こったのかを知ってしまう。
 彼女の事を大事にしている両親の事だ。きっと父親である公爵は驚きのあまり気絶して、母親はそんな父を引っ張って王都までくるかもしれない。
 何よりカトレア自身が、たかが自分の為にそこまで心配しないで欲しいと願っているかもしれない。
 やや自棄的とも言える彼女の献身的な性格をしっているルイズだからこそ、敢えて手紙での確認は控えたのである。

 長女のエレオノールなら何か知っているかもと思い、アカデミーに確認の手紙を送ったりもした。
 しかし、ここでも始祖ブリミルはルイズを試してきたのかアカデミーから返ってきた返信は、エレオノールの同僚からであった。
 ヴァレリーという宛名で送られてきた手紙によれば、エレオノールは数日前にとある遺跡の調査でトリステイン南部へと赴いているのだという。
 『風石』を採掘する前の地質調査の際に発見されたものらしく、どんなに早くても来月までは王都に帰ってこないのだという。
 更に、遺跡はかの始祖ブリミルと深く関っている可能性が高い為にロマリアの゙宗教庁゙との合同調査として機密性のグレードが上げられ、
 仮に遺跡の場所を教えて手紙を送ったとしても、手紙はその場でロマリア人に絶対燃やされる。…との事らしい。

「となれば、一刻も早くラ・ヴァリエールに帰って…ちぃ姉様がいるかどうか確認しないと…」
 身近に頼れる者が霊夢と魔理沙、そして自分では動く事ができないインテリジェンスソードのデルフという二人と一本という悲しい状況。
 しかし彼女らのおかげで何度も危険な目に遭いつつも、今こうして生きていられているという実績がある。
 だからこそルイズは決意を胸にラ・ヴァリエールへと帰る事を決めていた、行方をくらましたカトレアを探すために。

 しかし現実はまたしても、ここでルイズの足を止めようと新たな防壁を展開しようとしていた。
 それは彼女の『エクスプロージョン』でもってしても消し飛ばせない…否、したくてもできない王家の花押付きの手紙として。


 しっかりとした足取りで、ルイズたちが一番ステーションへと続く観音開きの扉を開けた先で待っていたのは、
 入ってすぐ横にある御者たちの休憩スペースにいた、一人の若い貴族であった。
「失礼。ミス・ヴァリエールとその御一行と御見受けしますが…」
「…ん?」
 突然横から声を掛けられたルイズは足を止めて、そちらの方へと顔を向ける。 
 まだ二十歳を半ば過ぎたかそうでない年頃の貴族の姿を見て一瞬、ルイズはナンパか道を尋ねてきた旅行者かと最初は思った。
 しかし初対面である男が自分をヴァリエール家の人間だと知っていたうえ、霊夢と魔理沙たちの事まで知っている。
 という事は即ち、自分たちが何者であるかしったうえで彼は声を掛けてきた…という事になる。
 見た感じレコン・キスタからの刺客、という風には見えない。
「一体どなたかしら?これから故郷へ帰る前の私に一声かける程の用事があって?」
「えぇ。アンリエッタ王女殿下から直々のお手紙を、貴女様に渡すようにとの事で急遽こちらへ来ました」
「…!姫様から?」
 聞き覚えのあり過ぎる名前を口にすると共に、青年貴族は懐から一通の封筒をルイズの前に差し出した。
 封筒には宛名が書かれていないものの、その代わりと言わんばかりに大きな花押が押されている。
 それに見覚えがあったルイズはすぐさまそれを手に取ると封筒を開けて、中に入っている手紙を読み始めた。

 その一方で、何が何やら良く分からぬ霊夢は突然声を掛けてきた青年貴族に話しかける事にした。
「ちょっと、アンタは誰なのよ?これからこんなクソ暑い街から出ようって時に邪魔してくるなんて」
「それは失礼。しかしながら、ミス・ヴァリエールと貴女達は今からこのクソ暑い街でやってもらわねばならぬ事がありますので…」
 遠慮のない霊夢の言い方に動じる事無く、涼しい表情を浮かべた青年貴族は肩を竦めてそう言った。
 彼が口にしだやって貰わねばならぬ事゙という意味深な言葉に、彼女は怪訝な表情を浮かべる。
 そして同時に思い出す。以前虚無の事を離した際、ルイズがアンリエッタ直属の女官になった時のことを。
(そういえばアンリエッタのヤツ、何か用事があれば任せるとかなんとか言ってたけど…いやいやまさか)

 いくら何でもタイミングがあまりにも悪すぎる。そんな事を思っていた霊夢の予感は、残念なことに的中していた。
 手紙を一通り読み終えたルイズが最後にザっと目を通した後、彼女は手紙を封筒に戻し、それを懐へとしまい込んだ。
 そして自分に手紙を渡してくれた青年貴族へ向き合うと、キッと睨み付けながら鋭い声で話しかけた。
「この手紙に書かれていた最後の報告文とやら…間違いないんでしょうね?」
「その点に関してはご安心を。特定多数の者たちからの証言と、市街地での目撃情報が合致していますので」
「………そう、分かったわ。ありがとう、わざわざ届けに来てくれて」
 ほんの一瞬の沈黙の後に来たルイズからの礼に、青年貴族は「どういたしまして」と頭を下げる。
 そして今度は、一体何が起こってるのかイマイチ良く分からないでいる霊夢達へと体を向けてからルイズは二人へある決定を告げた。


「帰郷は中止よ」

 突然告げられたルイズに対し、先に口を開いたのは魔理沙であった。
「は?それって…一体…」
「文字通りの意味よ。ちぃ姉様を探すためにも、そして姫さまからの願いを叶える為にも、帰郷は中止するわ」
 聞き間違う事の無いように、ルイズがはっきりとそう告げた直後――――13時丁度を報せる鐘が駅舎の中に鳴り響いた。





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