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暗の使い魔‐21



赤くかがやく焔が、目前の無数の人々を包んでいくのを眺め、『彼ら』は割れんばかりの歓喜の声を上げた。
地を埋め尽くす群衆。その、一人ひとりが武装した軍団の中心で、煙にまかれて砦が燃える。
赤みを帯びた夕焼けの空へ、高く高く黒煙が昇っていった。
炎の中から響く無数の断末魔にも耳を貸さず、彼らは叫ぶ。
見ているか、と。
革命を掲げる『彼ら』にとって、その狼煙とも言える黒煙は、ある者どもへの何よりのメッセージである。
――岬の城に籠った脆弱なる王家よ、見えるか?貴様らを助けに行く者どもはもはやこの地にいない。助けられるものもいない――
ここから遠く離れた王党派の居城ニューカッスルからも十分に目視できるほどの大火であった。
砦を囲むから声が上がりオオオ――と鬨の声が上がる。王を廃した貴族派による、新たな政治を夢見る彼らには、最早迷いも躊躇いも無い。
目前のすべてを塗り替えて新たな時代を作るのだ、と息巻くのだ。
「諸君!」
と、突如の大声量が鳴り響く。全軍団が、一糸乱れずそちらへ向き直る。
彼らの視線の先には、燃え落ちる砦を背景に立つ、一人の男。
まるで僧のような恰好だが、手に握りしめた杖ときらびやかな装飾から、男の位の高さが伺える。
そして表情は岩のようだが、そのぎらついた眼はむしろ溶岩を連想させる。
静かにたたずむ群衆の目前で、彼は口を開いた。
「見よ、王軍に与する最後の支城は焼け落ちた。これより我らは、ニューカッスルに籠る本軍を叩く」
仰々しく手を広げ、彼は続ける。
「みたまえこの光景を!炎を!これは灯である。我らの行く末をきらびやかに照らす未来のともしびである!」
それを聞き、全軍から再び割れんばかりの歓声が巻き起こる。
彼らは口々に叫んだ。
「クロムウェル陛下万歳!」
「神聖アルビオン万歳!」
それを聞き彼、貴族派総司令オリヴァー・クロムウェルは、静かに笑みを浮かべた。そして再び声を張り上げた。
「全軍!ニューカッスルの部隊と合流せよ!愚かな王家を討ち滅ぼし、あらたな夜明けを迎えるのだ!」
号令とともに、全軍が動きだした。黒い軍団が、うねるよに大地を飲み込んでいく。
それを見て、クロムウェルはますます笑みを強めた。
その時。
「陛下」
突如、黒いローブの人影が彼の背後から歩み寄り、彼に声をかけた。
細身の体の人間、そしてそれに合致するような年若い女の声である。
クロムウェルは振り返ると、変わらぬ笑みで彼女を迎えた。
「おお、ミス!ご苦労だったな!して、状況はいかがかな?」
影がクロムウェルに近づき、耳元で囁く。
「ふむ、そうか順調か。多少の狂いはあったが、無事進行しているようだな」
報告を聞き、彼は満足そうに頷く。
「いよいよ明後日、我らの目的は果たされる。彼ならば必ずやり遂げるだろう。だが――」
突如クロムウェルが言葉を閉ざす。先ほどと変わり少々笑みを曇らせ、彼は押し黙る。
意図を察した彼女が静かに呟いた。
「ご心配なく、陛下。あ奴に関しては、此度の計画に手出しは無用と釘はさしております」
それを聞き、クロムウェルはむぅと唸る。
「万に一つ動くようなことがあれば、あの程度の異邦の者など――」
「成程、わかった」
一通り聞いたクロムウェルが彼女のこれ以上の言を制す。落ち着いた仕草だが、そこには何かを避けたいような様子が見え隠れする。
「ミス・シェフィールド」
「はい」
名を呼ばれた彼女が、彼に向き直る。
クロムウェルは彼女に背をむけながら、静かに呟いた。
「くれぐれも、頼んだぞ」
シェフィールドはそれを聞き、静かに応答する。
しかし、彼女は聞き逃さなかった。
そのクロムウェルの声の、微かな震えを。


暗の使い魔 第二十一話 『ニューカッスルの夜』


「な、なななっ……!」
黒田官兵衛は、わなわなと、実に分かりやすく動揺していた。
長曾我部と船で戦い、気を失い数時間。たった今目覚めた自分が、置かれているこの状況に。
「全部……」
震える声で、彼は叫んだ。
「全部終わっただとーーーーーっ!!?」
ぎゃんぎゃんと、屋内に響く叫び声に耳を塞ぎながら、ルイズはため息をついた。
「そうよ。あんたが寝てる間に皇太子殿下との話は終わったわ。あとはこの手紙を無事姫様に届ければ――」
「任務は完了だよ、使い魔君」
ルイズの言葉を引き取って、ワルドが答えた。
目覚めたベットに腰かけたまま、官兵衛は頭を抱えた。
官兵衛が目覚めたここは、アルビオン大陸の先端岬に位置する居城ニューカッスル、その一室である。
長曾我部の襲撃騒ぎから数時間、官兵衛が寝込んでる間に、ルイズたちは無事ニューカッスルの城についた。
現在貴族派の大群に囲まれているニューカッスルの城へは、陸路やまともな方法では入城できない。
そこで彼らは、アルビオン大陸の真下にもぐりこむ航路をとった。
その先には、王軍だけが知る秘密の港があったのだ。
ルイズの話に官兵衛が舌を巻く。
「大陸の真下を通るだと?目隠ししながら航行するようなもんじゃないか」
巨大な大陸の下は太陽の光も届かない。一歩間違えば闇の中、大陸の岩肌に衝突して一巻の終わりだ。
それを彼ら王軍は涼しい顔で航行してのけたという。
その時のウェールズの話では、それは空を知り尽くした軍人には造作もないことだだ、という。
無粋な貴族派に空を制すことはできない。
彼らが裏で空賊に扮した行動をとれたのは、この航空技術によるところが大きいという。
話を聞き終えた官兵衛は、思わず感嘆の息を漏らした。
案外、王軍もやるじゃないかと。
しかしその時ふと、官兵衛の脳裏に、ある疑問が浮かんだ。
「(確かにその技術はすごいが、それだけでここまで持ちこたえられるのか?)」
考えが浮かんだらすぐ口に出したくなる官兵衛。
おい、とルイズに呼びかけようとした、その時だった。
不意にガチャリと戸が開き、部屋に初老の男性が入ってきた。
「失礼いたします。お連れの方がお目覚めになられたと聞きまして。」
実に丁寧に一礼する男性。ルイズとワルドもそれに合わせる。
そして男性は官兵衛にも同じように一礼すると名乗った。
「わたくし王族付きの執事を務めさせていただいております、パリーと申します」
官兵衛も、その丁寧で洗礼された仕草に対して、礼をする。
「小生は、黒田官兵衛。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの……その、使い魔だ」
使い魔の部分をやや声をひそめて言う。
パリーは嫌な顔一つせず、にこやかに言った。
「クローダ様、ようこそアルビオンへ。皇太子殿下もお目覚めを心待ちにされておりました。」
「ああ……ん?」
返事をして、ふと言葉が止まる。やや呆けた表情で、官兵衛は思わず聞き返した。
「皇太子、ああいや!皇太子殿下がなんだって?心待ち?」
それに対してパリーは柔和な笑みを浮かべる。
「ええ、ぜひ一目お会いください。今夜は盛大なパーティでございます。」
再びパリーが礼をして、扉の外へ視線を向ける。そこにはすでに、宴参加の準備をしようと、多数の侍女が控えていた。


「うおっ!うおおこりゃすごい!」
「相棒~。はしゃぎすぎだよ」
夕日が沈みかけた頃、官兵衛は、宴の会場を訪れた。
官兵衛はデルフを携帯し、背中に背負っている。
背中から掛かる、うるさい声などものともせずに、官兵衛は声を上げた。
「こいつぁまた随分と豪華な。学院の宴とはまた一味違うな!」
城内で最も広いであろうそのダンスホールでは、所狭しと人々が並び、きらびやかに着飾って談笑している。
ホール中央の巨大なテーブルには、ローストされた巨大な鳥がソースに塗られて光っており、周りにはデザートからオードブルまで様々な食事が山盛りになっていた。
てんやわんやで、今朝から何一つ食事をとってない官兵衛は、腹の虫が鳴りっぱなしであった。
「飯、飯、飯!とりえず鳥か。あとは……!」
「相棒ー。あんまがっつくなって!一応王様主催のパーティなんだからな?」
「へいへい、わかってる。目立たんようにコッソリ、仰山!たらふく食うぞ!」
官兵衛が息巻くのを見て、デルフリンガーはやれやれと言う。
「相棒、わるいけどそりゃもう無理そうだぜ」
「あん?なんでだ」
「周り……みてみ?」
その言葉にはっとして見回したときはもう遅かった。
周囲の人間が、食事の手を止め、ぱちくりと官兵衛を見据える。
「…………あぁ、ハ、ハジメマシテ」
収束する視線の中、はぎこちない笑顔でほほえむ。
この瞬間から、鉄球を引きずったまま剣と会話する男が、一斉に宴の話題になったのだった。

そのころ、パーティ会場から下へ下へと階段を下り、地下の秘密港へ続く階段の途中。
そこから分かれた岩壁の通路を進んだ、その先の牢獄、そこにその二人はいた。
「チクショウ!俺様をこんなところに閉じ込めやがって!開けやがれってんだ!」
「あーあ終わったねアタシら。よりにもよって王軍最期の戦場真っただ中に連れてこられたんだから」
鋼鉄の扉で閉ざされた狭い牢獄の中で二人、長曾我部とフーケは思い思いの言葉を吐いた。
2メイル四方程度の狭い牢獄内は窓もなく、小さなともしびが揺れてるのみ。
壁は分厚い石壁である。その壁に両足を鎖でつながれた二人は、暇な時間を無駄口を叩きながら過ごしていた。
「まったく!あんたがさっさと王様を押さえてりゃあこうはならなかったのにさ!」
「あぁん!?おめえがあんな髭にあっさり捕まるのが悪いんだろうが!」
壁を背にして座り込んだ二人は、仲良く並んで罵り合う。
「あたしゃあガッツリ時間は稼いだだろうさ!あんな狭い船で逃げ回るのがどれだけ大変かわかってんの!?」
「うーるせえぃ!俺だってあんにゃろうの妨害がなきゃあとっくに――!」

――ぐうぅううううぅ……――

むなしい腹の音が、二重奏を奏でた。
その間の抜けた音色と、底知れない空腹感に、二人は静かに閉口し、うなだれた。
「腹ぁ減った」
「あたしも」
はああ、と深いため息が同時に漏れる。
これ以上しゃべると余計に腹が減ることを察したのか、二人は押し黙ってじっとしていた。
するとどこからか、なにやら鼻腔をくすぐる香りが、漂ってくる。
場所としてはおそらく看守室だろう。夜勤の牢番が食事でもとってるのか。
「おい牢番さんよ!うまい飯くれよ!」
「そうさ!あたしらはお客人だよ!ちょっと挨拶が手荒だっただけじゃないのさ!飯くらいまともなのおくれよ!」
とうとう我慢できなくなったか、二人はぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。それを聞きつけ、牢番が飛んでくる。
「ええいさっきからうるさい奴らめ!殿下の身を危険にさらした賊にかける慈悲などあるか!食事ならそこに転がってるパンとスープでも食らっておけ!」
いうや否や、牢番は持ち場へ戻っていく。
「けっ!仕方ねえ」
長曾我部は短く言うと、床のトレイに置かれたパンをかじり始めた。
乾いてカチカチになったそれを、苦い顔でかじりながら長曾我部は言う。
「ほういや、ふーへよ」
「口にもの入れながら喋るんじゃないよ。行儀悪い」
ごっくんとパンを嚥下しながら長曾我部が改めて言う。
「んぐっ。そういや、フーケよ。俺たちゃこれからどうなんだ?まあ大方予想はつくがよ」
長曾我部の問いに、フーケがため息をつく。
「まー王様の裁量に任されてるとこだろうけど」
彼女が一息おいて言う。
「まあこのまま城とともに放置されて死ぬのか、処刑てとこかね。なんせ王族を襲ったんだから」
「だよな」
それを聞いて、長曾我部もまたため息をついた。
「まあただの密航者ならトリステインに送り返されるだけだったろうけど。それでも監獄に逆戻りするだけだしねぇ。あー成功してりゃあ……」
人質さえとれてればうまくいったのに、とフーケは愚痴を漏らした。
「まあしょうがねえ。終わっちまった事は」
長曾我部も仕方なさげに首を振る。
「それよりよフーケ……」
その時、ふと長曾我部が声をひそめてしゃべり始めた。
「なにさ」
フーケも牢番に気づかれないよう身を寄せる。
「お前、あの髭に捕まったよな。何があった?」
「なんだい、失敗したのはお互い様だろ?もうこのやり取りは止めようよ」
「ちげえ、気になるんだよ」
「何が?」
ぶつくさ言いながらフーケも聞き返す。
「あいつは王軍が扮した賊につかまってて、丸腰だったよな。でお前はあいつの杖がある武器庫にいたと」
「ああ」
未だに質問の意図がわからないまま、彼女は聞く。
「あの髭、丸腰じゃなかったってことか?」
その瞬間、フーケはハッとした。
自分は突如あらわれたあいつに――
「そう、そうだよ!あいつは確かに杖を持ってた!隠し持ってたのさ!」
そうだ、自分は出合頭に何か魔法をくらってそのまま意識を手放した。奴の手には、短い杖が光ってたのだ。
「やっぱりな」
聞くや否や、長曾我部は黙り込んだ。
「どういうこと?」
「こいつはやべえかもな……」
それからだった。長曾我部が一言も発しなくなり、静かに鎮座したままになったのは。
「あんた?おいモトチカ?」
幾度の呼びかけにも答えない。
何時間だっただろうか。
やがてある事が起こるその時まで、彼はフーケと言葉を交わすことはなかった。


「おお!あなたがトリステインからいらしたクロード殿ですな!」
「クローベ殿!空の旅は快適でしたかな!」
「さあさあこのワインを!旅の疲れなど吹き飛びましょうぞ!」

波が押し寄せるように、人がわんさか寄ってくる。

「あーいや!ありがとさん、ありがとさん!ちょっと待ってくれ!」

官兵衛はそれを、手に持ったチキンで制しながらやり過ごす。

「おお!黄金鳥の蒸し焼きですな!それよりこちらのパティでもいかがか!」
「ややや!脂っこいもの続きではもたれてしまいますぞ!こちらの果物でも!」
「さあさあさあ!しかし鉄球とは面白い!トリステインでは新しい試みが多いと聞きますが、まさに!はっはっは!」

「(いやいやありがたいんだが、さすがに簡便してくれっ!)」

好意が過ぎると逆効果な好例だろうか。官兵衛はやや疲れ始めていた。
パーティが始まって一時間くらいは過ぎただろうか。官兵衛は怒涛のもてなしを受けていた。
なぜ自分にこうも人が集まるんだろうか。そりゃあ鉄球つけてれば目立つが、それでもよほどな状況である。
官兵衛はそんな群れをやりすごし、パーティ会場の片隅に座り込む。
「……でもまあ、無下にはできんよなあ」
「そうさね相棒。なんせあいつらにとっちゃあ、今日は最期の晩餐だからね」
官兵衛はしみじみと言う。
「だな」
官兵衛は上座の人々を見る。
そこにはウェールズ皇太子と無数の付き人。戦時中にもかかわらず、さわやかな笑みを浮かべ、臣下と会話に花を咲かす。
そして、そのさらに上座に鎮座する人物。
見るからに老いた風体。しかしその白髪の上には、紛れもなく王たるを示す冠が輝く。
アルビオン王国の現国王、ジェームズ一世である。
臣下に支えられながらよろよろと歩く姿から、すでに体も衰えているのだろう。
官兵衛は静かに視線を落とす。先ほどのジェームズの演説が思い起こされた。

「皆の者よく聞け!貴族派は、明日の午後に総攻撃を開始する!
皆、よくぞこれまでこの無能な王に付いてきてくれた。明日の戦いは、もはや戦いではなく、一方的な虐殺になるであろう」
かすれた声で精いっぱいの声を張る。そしてひと際大きな声で言い放つ。
「よって朕は諸君らに暇を出す!明日この城から、非戦闘員をのせた難民船が飛び立つ!
それに乗り込み、この忌まわしき大陸を離れるがいい!」
言い終わるやいなや、王は激しくせき込んだ。
殿下、と付近の臣下が背をさする。
演説から、状況から、そして何より弱弱しいその王の姿が、この王国がじきに消え去ることを連想させた。
しかし、それに返ってくる言葉はなんとも活力に満ち溢れていた。
「陛下!我らはただ一つの命しか望みませぬ!全軍前へ!全軍前へ!今宵は酒のため、それ以外の命は聞こえませぬぞ!」
「耄碌するにはまだ早いですぞ!命じてくだされ!」
次々と、王に付き従う声が上がっていく。
勇ましい忠誠の声に、ジェームズは涙をぬぐった。

その光景を脳裏に浮かべ、官兵衛はグラスのワインをぐっとあおった。
旅の道中口々に聞く、戦争の情報から、勝敗はわかってはいた。
王党派は明日、最後の攻撃で一人残らず討ち死にする。
ゆえに今この宴があるのだ。
最期の最後に、貴族派に精いっぱいの勢いを見せつけてやろう。
我らの活力を見せつけよう、と。
だからこそ彼らは官兵衛に、異国の男に、その様を伝えようと関わってくるのだ。
それを無下にできようものか、と官兵衛はデルフに言うのだった。
「……腹が減ったな」
「おう、いつも以上に食うね!」
デルフが茶化すように言う。
ただ官兵衛は、とにかく食べたかった。
のしのし歩いて、テーブルからごっそり肉を盛る。
そしてかっこむ。
途中でまたもや話しかけられたが、官兵衛は楽し気に話を進める。
それが、こういう場での習わしだと感じた。
アルビオンの人々は、終わり際に必ず『アルビオン万歳!!』と叫んで帰っていく。
官兵衛はそんな彼らを無言で見送った。
「うむ!うまいな!こっちの飯はあんま食いなれてないが、何か、とりすていんとは味が違うな!デルフ」
「そだね。まあ俺は剣だからわからねえがね」
官兵衛は何でもない風に、料理を堪能していた。
デルフがどうでもよさげに言う。
その時ふと、官兵衛に声がかけられる。
「ああ、その料理はハーブが効いてるからね。アルビオン特有のものさ」
「ほう、はーぶ?山椒みたいな、もの、か……」
後ろから聞こえた親切な説明に振り返った官兵衛は、その瞬間面食らった。
「やあ、楽しんでくれてるかな?」
ウェールズ皇太子が、変わらぬ笑みでそこにいた。
「ウェールズ皇太子……殿下!」
とっさに敬称を付け加えながら、官兵衛は言った。
ウェールズが笑いながら言った。
「ははは、ウェールズでいいとも、クロダ殿」
「あ、ああ……」
とりあえず口に詰まった食事を咀嚼しながら向き合う官兵衛。
そんな彼にウェールズは気兼ねなく話しかける。
「先ほどは大変そうだったね、すまない」
「ああ、いや。気にしなさんな」
先ほどからもてなしで休む暇がなかった官兵衛を気遣ってのことだろう。
官兵衛は気にした風もなく返す。
「……こういう時だからね。みんなは異国の大使がそうとう珍しいと見える」
相も変わらず笑顔だが、どことなく寂しげにウェールズは言う。
「嬉しいのさ。最後に、我らの誇りを見に訪れてくれた客人が」
そうか、と官兵衛は静かに呟く。
しばし、二人の間に沈黙が流れる。
パーティーのにぎやかな喧噪だけが、ほんの少し遠くに聞こえた。
やがてどちらからか口を開く。そこから楽しげな談笑が始まった。
官兵衛はといえば、アルビオン大陸を初めて見た時の感動、空を飛んだ感動、雲、空。
果ては長曾我部のことまでと、なんでも口にした。
出身については異世界などと言えないので、遥か離れた東方の地、ということで誤魔化す。
ウェールズもそれをたのしげに聞き、時には問いかける。
程よく酒も入り良い気分だ。
そして不思議とその時は、時間がたってもだれも二人に介入しようともしなかった。
「そうか!我がアルビオンはそんなに美しいかね!」
「おう!なかなか見れるもんじゃないねえ!」
互いにグラス一杯のワインを飲み干しながら、笑いあった。
そのとき、やや間をおいて官兵衛が問いかける。
「いいのか?皇太子殿下がずっとここにいて」
「なに、一通りの話は済ませたさ。君やヴァリエール嬢、ワルド子爵と話をしたいからね」
ふん?と官兵衛が言う。
「君らがいたから、僕はこうして最後の地に戻ることができた。君ら三人の活躍があったからね」
ウェールズが続ける。
「おそらく、皆同じ気持ちさ。君らは単なる大使殿ではない。恩人なのさ」
そういって微笑むウェールズに、官兵衛は若干申し訳ない気持ちになった。
船を襲った長曾我部と自分は面識がある。共謀を疑われると思っていたからだ。
それゆえに官兵衛は、パーティのさなかも警戒していたのだ。
最も、今のウェールズの言葉を本心だと過信はできないが。
「疑わないのか?」
官兵衛は問いかける。それに対してウェールズはきょとんとする、が、ややおいて。
「ふっ!ははは!それもそうか、いやすまない」
大きく笑いながら言った。
「突然失礼。いやなに、ヴァリエール嬢と話をしたんだ。短い間だったが、君の話は色々聞いてしまってね」
ルイズが、と官兵衛が言う。
「なに、僕はともかく周りの家臣は疑ったさ。みんな君とあの賊との話を聞いていたからね。君が賊を引き込んだんじゃないかと」
ウェールズが真顔になる。しかしウェールズは、だが、と続けた。
「彼女は言うんだ。カンベエにそんなこと大それたこと出来るわけがない、とね!」
ウェールズは表情を緩め、再び笑った。
官兵衛はあっけにとられて話を聞いていた。
「それに僕は思うよ。あの素直で優しい大使殿の使い魔殿さ。疑う余地はない、とね」
ウェールズはふう、と息をつくと言った。
「滅びゆく王国は、みな正直なのさ。誇り以外守るものも無い。僕らのことは信じてほしい」
頭を下げるウェールズを見て、官兵衛は言った。
「すまん」
顔を上げ、ウェールズも言う。
「いいさ」
二人は再び笑いあった。


ニューカッスル最後の宴、その喧噪はどこまでも響き渡った。
それは敵の貴族派の陣営にも。
突き出た岬のニューカッスルを見下ろすように、その艦船は上空を浮遊していた。
大きさは、王軍のイーグル号のゆうに二倍はあろう。
要塞と見まごうほどの巨体のその船は、貴族派艦隊旗艦レキシントン号。
彼らが初めて、反乱を成功させた町の名だ。
この戦争も、この船の反乱から始まったのだ。
そんな貴族派にとって、最も重要ともいえるこの船に乗るのは、艦隊提督、そして。
「耳を澄ませたまえ。あの熱に」
静かで、落ち着いた声色が、傍らの影に語り掛ける。
二つの人影が、甲板で気流に晒されながら、岬の城を見つめていた。
「幾度か出会った光景ではあるが、卿はあれに何か感じるかね?」
宴の喧噪について、声がもう一方の影に語り掛ける。しかし返答はない。
もう一方、細身の影はただじっと黙して佇むのみ。その手に、身の丈ほどの得物を握りながら。
「なんだ。卿も言葉を失くしていたのか。残念だ」
声の主は、ややつまらなそうに呟く。
が、やがて吹き荒れる甲板が飽きたか、風が肌障りか、踵を返して歩き出す。
「私は一足先に戻るよ。卿は、そうだな……精々懸命に動き給え」
声の主は、静かに船内へと消えていった。
残された細身の影は、静かに甲板の縁へと立つ。
ゆっくり目的の城を見下ろし、そして天を仰ぐ。
夜も更け、輝く星空でも見えるかと思ったが、どうにも雲行きは悪いようだ。
分厚い雲が空を、星を、月を覆おうとしていた。
「闇夜か。有難い」
年若い声が、するりと甲板から落ちていった。
眼下に広がる居城では、いまだに賑やかな喧噪が鳴り響いている。
ニューカッスルの、長い長い夜が始まろうとしていた。



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