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ルイズと無重力巫女さん-78






 ルイズは生まれてこの方十六年、これ程厄介なサプライズを体験したことは無かった。
 自分や姉、そして家族の誕生日会などでは、嬉しくも恥ずかしいと感じたサプライズなイベントを経験してきている。
 サーカスの一座が芸を見せてくれたり、御呼ばれされた手品師が誕生日プレゼントを消したり増やしてくれたりと、その方法も様々…
 時には恥ずかしい思いをしたし、嬉しいと感じた事もあった。今となっては、絵画にして額縁に飾っておきたい思い出達。

 けれども、今この場で―――最前線と化したタルブ村の外れで体験したサプライズは、ルイズにとって厄介であった。
 それ自体は決して迷惑ではない。何せ、過程はどうあれ結果的には思わぬ助太刀になったのだから。
 問題はそのサプライズを送ってきた四人の男女の内の一人で、恐らく残りの三人をここまで引っ張ってきたであろゔ厄介゙な隣人。
 出身地も、入学した魔法学院の寮室も隣同士という全く嬉しくない数奇な縁で結ばれている褐色肌に燃えるような赤い髪のゲルマニアの少女。

 ――――そして、今この場にいる事などあり得ない筈の彼女が姿を現した。
 連れてきた三人のうち、最も親しく背の小さい親友の使い魔である風竜のシルフィードの背に乗ってやってきたのである。


 ルイズ、霊夢、魔理沙の三人とデルフの一本にとって、それは突然の出来事であった。
 森から出てきて自分たち三人に攻撃をしようとしたキメラが、空から降ってきた青銅のワルキューレに押し潰されたのである。
 まるで薄い鉄細工の様に潰れたキメラの哀れな姿と、落ちてきたにも関わらず目立った傷が無い青銅のワルキューレ。
 ルイズは勿論、やる気満々であった魔理沙や霊夢もこれには意表を突かれ、思わず何が起こったのか理解する事ができなかった。
 そしてルイズがそのワルキューレの正体に気が付いた時、満を持して彼女は上空から現れたのである。

「キュルケ!どうしてアンタがここに…!?」
「こんばんはルイズ。てっきりギーシュのゴーレムで大変な事になってたと思ったけど…とんだサプライズになってくれたわねェ」
 シルフィールドの背の上に立ってこちらを見下ろしているキュルケは、笑顔を浮かべてルイズたちに手を振っている。
 その隣には彼女の親友であるタバサも降り、自分の使い魔である幼い風竜の耳元(?)に顔を近づけて、何かを喋っているのが見えた。 
 霊夢と魔理沙の二人もルイズに続いてキュルケ達の存在に気づき、目を丸くしながらも声を上げていた。
「ちょっと、ちょっと…あれってキュルケとタバサじゃないの…?何でここにあの二人が来てるのよ」
「おぉ本当だ!コイツは嬉しいねェ、援軍にしてはちょっと遅い気もするがな」
「――~ッ!そんなワケ無いでしょうがッ!!――――って、ちょっと!何降下してきてるのよ!?」
 これまであの二人―――正確にはキュルケに色々と絡まれていた霊夢は鬱陶しい相手を見るかのような目つきで彼女たちを睨む一方で、
 魔理沙は何を勘違いしているのか、嬉しそうな声色でシルフィールドの上にいる少女達を見上げている。
 一方のルイズはそんな黒白に怒鳴ろうとしたが、ゆっくりと地面へ降りていくシルフィールドに気づいてそちらの方にも怒鳴り声を上げた。。

 どうやら先ほどタバサが指示したらしく、ルイズの怒鳴り声に怯むことなく風竜は三人から少し離れた場所へと降下していく。
 結果、十秒と経たずに着地したシルフィードの背からタバサとキュルケの二人がバッと飛び降り、そのまま軽やかに地面へと降り立った。
 流石にここまで来ると事情を聞かずにはいられないのか、ルイズは二人の名を呼びながら近づいていく。
「キュルケ!タバサ!」
「はろろ~ん、ルイズ!こんとな所で会うなんて奇遇じゃないの?」
「今は夜」
 学院指定のブラウス越しでも分かる程大きな胸を揺らして着地したキュルケは、またもや手を上げてルイズに二度目の挨拶をする。
 そこへすかさずタバサが短く、的確な突っ込みを入れると、更にもう二人分の声がシルフィールドの背の上から聞こえてきた。
「す、凄い!僕のワルキューレが…何だか良く分からないモノを倒してるぞ…!」
「どう見てもただの事故に見えるんだけど…って、本当に降りる気なの?アタシは嫌よ!?」
 声色からしてキザなうえに自己陶酔的な雰囲気を放つ少年の声に、キュルケやタバサとも違う何処か神経質的な少女の声。
 その声に酷く聞き覚えのあったルイズはすかさずキュルケ達の後ろにいるシルフィードへと、視線を向ける。
 案の定青い風竜の背中から身を乗り出していたのは、『青銅』のギーシュと『香水』のモンモランシーの二人であった。

「ギーシュとモンモランシー…ッ!?何でアンタ達までここに…」
 知り合いとはいえ、先の二人と比べたら交流の薄かったこの二人が来ているなんて予想のしていなかったルイズは、
 頭上でキュルケを見つけた時よりも大きく素っ頓狂な声を上げて、彼らの名を呼んだ。

「んぅ?おぉ、ルイズじゃないか!一体こんなところで何をやっているんだね!」
「『こんな所で何をやっているか』何て…それって私達も同じような立場に置かれてるわよね?」
 先ほど青銅のワルキューレを空から落としたであろう少年は先程のキュルケと同じように手を振って、ルイズに挨拶している。
 彼の隣にいる金髪ロールが眩しいモンモランシーは周りの異様さに気が付いているのか、恐怖を押し殺したような表情を浮かべていた。

「……これは一体どういう事なんだ?というか、何でタバサやキュルケ達がこんな所へ来てるんだよ」
 流石の魔理沙と霊夢も、ギーシュやモンモランシーまで来たところを見て怪訝な表情を見せる。
 そして、本当なら全くの無関係であろう彼女たちがこんな危険な場所まで来ている事に疑問を抱かざるを得なかった。
「さぁ?私にもさっぱり分からないわ。ただ…何となく面倒くさい予感はするけど」
 黒白の言葉に対しての答えではないが、同じく何が何だか分からない霊夢も肩を竦めつつやれやれと言いたそうに首を横に振る。
『やれやれ。お前さんたち、今日は本当にツイテないようだね~』
「そういうのは言わなくていいわよ。……とにかく、ルイズだけじゃあアレだし私達も話を聞きに行きましょう」
「えぇ~?私もかぁ?……と言いたいところだが。生憎私も久しぶりに二人と話したいし、ついて行ってやろうじゃないか」
 デルフの嫌味満々な言葉に忌々しく思いながらも、彼女たちの方へと詰め寄っていったルイズの下へ行こうとした。
 只でさえ厄介な状況だというのに、これ以上ややこくしなってしまう前に事情を聞いておかねばならない。
 一方の魔理沙も先ほどまで森をにらんでいた時とは打って変わって軽いノリでそう言うと、クルリと踵を返して霊夢の後ろを歩き出す。

 ――――――この時、二人ば明確な敵゙がいる森に背を向けていた。
 本当ならば魔理沙か霊夢のどちらかがすぐに対応できるよう、森を見張っておく必要があるのである。
 しかし、命を賭けた戦いの経験が薄い魔理沙はそれを怠り、霊夢に関しては即時対応ができる為に背中を見せられる余裕があった。
 初戦ならばまだしも既に戦ったことのある異形の動きを把握している彼女にとって、怖れる相手では無くなっていた。
 相手が人間ならば状況は違っていただろうが、話しの通じぬ異形ならば遠慮なしで屠れる。そう判断していたのである。
 まだまだ体には『ガンダールヴ』の能力を行使した副作用で疲労が残ってはいたが、それ自体がデメリットにはならない。
 だからこそ今の様に敵にを背を向けられる余裕が出来ていたのだが…――――それが却って、危機を呼び込む結果となった。

「……?―――…ッ!?レイム、マリサッ!後ろッ!」
 二人の会話に気付いたルイズが後ろを振り向き、その鳶色の瞳を見開いて叫んだ直後…
 背後から幾つもの枝の折れ、葉が擦れる激しい音に二人は後ろを振り向き、思わず魔理沙は「うわっ!」と驚いた。
 彼女たちの頭上、丁度地上から二~三メイル程まで飛び上がったキメラ『ラピッド』が三体、獲物を振り上げて森から飛び出してきたのである。
 闇夜に輝く銀色の薄い鎧が煌めき、鋭い刃先を持つ槍を上から突き刺そうとするかのように霊夢と魔理沙に襲い掛かろうとしていた。
「二人とも、伏せてッ!!」
 ルイズは手に持っていたままだった杖をキメラ達へと向けて、間に合わないと知りつつ呪文を詠唱し始めた。
 キュルケやギーシュ、モンモランシーは突然出てきた異形に驚いているのか目を見開いてキメラ達を見つめている。
 魔理沙は魔理沙で迎撃が間に合わないと察したのか、「うぉお…!?」とか叫びながらルイズたちの方へと倒れ込もうとしていた。

 しかし、あらかじめこうなると予想のついていた霊夢は手に持ったままであったスペルカードをスッと頭上に掲げて見せる。
 まるで興味のないパーティーで催されたビンゴ大会で、一番早くに上がった自分のカードを掲げるかのように、
 大したことではないと言いたげな余裕と傲慢さでもって、スペルカードの宣言と共にキメラ達を始末する――――筈であった。
「…霊符『夢想妙じ―――――」
「―――――ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」
 だがしかし、彼女がスペルを宣言するよりも早くに一つの呪文を詠唱し終えた少女がいた。
 まるで湖の底の様に暗く静かで、氷の様に冷たい声色を持つ少女の声に霊夢の気だるげなスペル宣言が止まってしまう。
 ここでスペルカードを宣言しなければ間違いなく彼女はキメラの持つ武器の餌食になってしまうが、それはあり得ない未来となってしまった。

 何故ならば、背後から風を切る物凄い音と共に三本の『氷の矢』が彼女の真横を通り過ぎ、
 霊夢と魔理沙を襲おうとしていたキメラ達の胴にブチ当たり、勢いよく森の方へと吹き飛ばされていっただから。
「…は?」
「大丈夫?」
 突然の事に何が起こったのかイマイチ把握しきれていない霊夢の背中に、先ほどの呪文を唱えた少女が声を掛けてくる。
 後ろを振り向くと、目を丸くして唖然としているキュルケの横にいたタバサが杖を掲げていた。
 自分の身長より大きな杖の先は、先ほど放った『ウインディ・アイシクル』の余韻なのか白い冷気を放出している。

「まさか、アンタが助けてくれたの?」
 思わず口から出してしまった霊夢の質問に、タバサはコクリと頷く。
 眼鏡越しに見えるやる気の無さそうな目や顔の表情とは裏腹に、杖を向けて呪文の詠唱と発動は驚くほど早かった。
 キュルケやルイズなんかの同年代の子たちと比べれば、明らかに゙何か゛が違っているような気がする。
 最も、今の霊夢にはそれが何なのかまだ分からなかったが。

 伏せて避けようとしていた魔理沙も状況が変わったのを知ってか、顔を上げるとタバサに向かってニヤリと微笑んだ。
「へへ、わりぃなタバサ。また返す気の無い借りを一つ作っちまったな」
「別に気にしないでいい」
「いや、そこは怒るところなんじゃ…っていうか、アレは一体何なのよ!あの化け物たちは!」
 二人のやりとりを聞いて思わず突っ込もうとしたモンモランシーが、ふと先ほどのキメラ達を思い出して叫ぶ。
 少なくとも彼女の記憶の中では、あの様な亜人や幻獣などを図鑑やホントなどで目にした記憶は無かった。
「う~む…どうなんだろう。少なくとも動作から見て、ゴーレムやガーゴイルの類では無いと思うけど…」
 一番傍にいたギーシュはそんな事を言いながら、先ほどタバサの『ウインディ・アイシクル』で吹き飛んだキメラ達の様子を思い出した。
 頑丈にしたガーゴイルやゴーレムならばあの程度の魔法などでは、吹き飛んで行ってもまたすぐに起き上がってきているに違いない。
 けれども先ほど森の中へ戻されていった三匹は一向に戻ってこないし、あの動きでゴーレムの類と言われても信じないだろう。

 そんな風にしてギーシュとモンモランシーが、先ほどの化け物達に関する場違いな考察に入ろうとした時…、
 彼らよりも前にいたキュルケが二人の間に割りこけ様なかたちで、声を掛けてきた。
「二人とも、そんなに悩まなくたってここに証人がいるじゃないの」
 そうよね、ルイズ?最後にそう付け加えて、キュルケは目の前にいる桃色髪の少女へと緯線を向ける。
 既に赤い髪の同級生に視線を向けていたルイズは彼女の目を睨み付けると、いかにも言いたく無さそうな渋い顔つきになった。
 まぁ無理もないだろう。何せ自分たちは恐らく彼女たちだけの問題に、わざわざ首を突っ込んできたのだから。
 しかしキュルケはその事を理解したうえで、敢えて首を突っ込んでやろうという意気込みを持っていた。
 一応親友としてついてきてくれたタバサはともかく、彼女の企みに巻き込まれてる形となったギーシュとモンモランシーは違うのだろうが…

「安心しなさいな。別に貴女達の邪魔をしにきたワケじゃないんだから」
 ちっとも安心できないキュルケの言葉に、ルイズは当然ながら「信用できるワケないじゃない」と素っ気なく返す。
「何処からつけて来たのか知らないけど、アンタ達には今回の事は関係ないわよ」
「知ってるわ。でも私は最近の貴女と傍にいる二人の事が気になるから、ここまで来てあげたのよ?」
 静かに憤るルイズの事など露知らずに、今にもしな垂れかかりそうなキュルケの物言いにその二人―――霊夢と魔理沙が顔を向けた。


「私達の事、ですって?」
「お、何だ何だ。もしかして、私の直筆サインを杖に書いて貰いたいとかかな?」
「それは有難くお断りさせて頂くわ。…まぁ、貴女達の゙正体゙を知りたくてここまで来たってのは、先に言っておきましょうか」
 魔理沙のサインをハッキリと断りながらも、キュルケは笑顔を浮かべたまま二人にそう言い放った。

 瞬間、それまでキュルケを見つめていたルイズと霊夢、そして魔理沙の三人は思わずその目を丸くしてしまう。
「ふふ、その表情。…何か隠し持ってそうね?」
 三人の変化を間近で目にしたキュルケは上手く行ったと言いたげな言葉と共に、クスリと微笑んだ。
 表情こそはいつもの彼女が浮かべているような、どこか人を小ばかにした艶めかしさが垣間見える笑顔である。
 しかし細めたその目は一切笑っておらず、刺すような視線が霊夢と魔理沙の二人をじっと睨みつけていた。

「!………それって、一体どういう意味なのかしら?」
「そう睨まなくても良いんじゃないの?この前のトリスタニアで、散々変なところを見せてくれたっていうのに…そうよね?」
「あぁ、まぁそうだな。そういやあの時に色々見られてたモンなぁ~…ははッ」
 意味深に睨み付けてくる霊夢の言葉にそう返すと、今度は彼女の隣にいる魔理沙の方へと話を振る。
 先に話しかけた巫女さんとは違い、黒白の魔法使いはトリスタニアの旧市街地で起きた出来事を思い出して呟くが、その目線は自然と横へと逸れていく。
 タバサとモンモランシー、それにギーシュもその事は事前にキュルケから聞いていたので、然程驚きはしなかった。
 しかし、そこへ待ったを掛けるようにして慌てた様子を見せるルイズが割り込んできた。

「ちょ…ちょっとキュルケ!アンタねぇ、そんな下らない事に為にこんな危険な場所まで来たって言うの…!?」
「下らない事なんかじゃあないわよ、ヴァリエール。少なくとも私にとってはね?」
 霊夢達と自分の間に入ってきたルイズの言葉に嫌悪な雰囲気を感じつつ、それでもキュルケはその口を止めはしない。
 まるで彼女の暴発を誘うかのように、得意気な表情を浮かべてペラペラとお喋りを続けていく。

「貴女とレイム、それにそこの黒白が怪しいのは前々からだったし、この前のトリスタニアでは色々と見せてくれたじゃないの。
 それに…私だけじゃない。タバサにモンモランシー…それにギーシュだって、みんな貴女が召喚した巫女さんと居候の事を怪しんでるわ。
 学院長とミスタ・コルベール辺りは何かを知っていそうですけれど、私は直接貴方の口から聞きたいのよヴァリエール…。分かるでしょう?」

 後ろにいるタバサたちを見やりながら喋り終えたキュルケに、ルイズは渋い顔をしてしばし考え込む様な素振りを見せ……首を横に振った。
「…悪いけど、今は教えられないわ。今は、ね?」
 彼女の意味深な言い方にふとキュルケは前方にある森の方へと視線を向け、あぁ…と頷く。
 確かに彼女の言うとおりであろう。今このような状況で、悠長に話をしている場合ではないのは流石のキュルケでも察する事ができた。
「ま、まさか…あんなのが二体三体もいるってワケなの…?何なのよコイツラ…」
「まだ良く分からない事が多いけど、戦わないと駄目なんじゃないかなぁ?…多分」
 モンモランシーやギーシュは慌てて杖を手に取り、霊夢と魔理沙の二人も森の方へと視線を向けて再び臨戦体勢へと移っている。
 タバサはタバサで片手持ちであった節くれだった杖を両手で持ち、呪文を詠唱し始めていた。
 シルフィードもその頭を持ち上げて、森の方にいるであろゔ敵゙に歯をむき出しにして唸り始めている。
「そうよねぇ…。あんな得体の知れない怪物に命を狙われてる中で、長々と説明しているヒマはないんですものね」
 キュルケも腰に差していたルイズのそれより細く華奢な造りをした杖を手に持ち、その先で風を切りながら森の方へと向ける。
「そういう事。少なくとも、詳しいことはコイツラを倒した後でね」
 やる気満々と言わんばかりのキュルケにそう言った後、ルイズは一人小さなため息をつく。

「まあ遅かれ早かれバレるとは思っていたけど、まさかアンタの他にも三人いたとは思わなかったわ…」
 残念そうな表情でそう言いながらも、手に持っていた杖を再び森の方から現れようとする敵に突きつける。
 計七人と一匹、そして一本という少数戦力に対し、相手は少なく見積もって計五、六体の異形達。

『へへッ、何だ何だ?険悪ムードから一転して、共闘とは心が弾むねェ』
「少なくとも、私はまだまだ険悪なままなんですけどね?」
 一触即発な空気の中、空気を読まないデルフに霊夢が軽く起こった瞬間―――――
 それを合図にして、森の中からキメラ『ラピッド』達が数体纏めて飛びかかってきた。




「――――゙試験投入゙開始から、早くも十時間越えたな…」
 船特有の揺れで、唯一の灯りであるカンテラの灯りに当たりながら学者貴族の青年クレマンは一人呟いた。
 ハルケギニアでやや珍しい茶髪にゲルマニア出身の母から受け継いだ褐色肌が、カンテラの灯りに照らされて黒く輝いている。
 彼は手に持った懐中時計で時間を確認した後、それを懐にしまいこむと思わず止まっていた書類仕事を再開し始める。
 今、この船の中―――特に今いる部屋の中は、驚くほどに静かである。今、地上で行われている事と比べて…

 そんな事を考えながらペンを走らせていた彼は、突然ドアの方から聞こえてきたノック音でその手を止めてしまう。
「おーい、紅茶淹れてきてやったぞ。両手塞がってるから、そっちから開けてくれぇ」
 木で出来たドアを軽く蹴る音と共に、外の風を吸いに出ていた同僚であるコームの声がドア越しに聞こえてくる。
「おぉそうか。じゃあちょっと待っててくれ、すぐ開ける」
 時折不安定な揺れ方をする船内の中で書類と悪戦苦闘していたクレマンは一言返してから、ここ数時間座りっぱなしであった椅子から腰を上げた。
 それから大きな欠伸と共に背伸びをしてから、しっかりと作られた板張りの床を靴音で鳴らしつつ部屋の出入り口をサッと開ける。

 開けた先にいたのは、いかにもマジメ君という風貌をした緑髪に眼鏡を掛けた青年の貴族が立っていた。
 彼が両手に持つ皿の上には、熱々の紅茶が入ったマグカップが二つに五、六切れのハムサンドウィッチを乗せた皿が乗っていた。
「サンキューなクレマン。…紅茶を淹れてくるついでにサンドウィッチも貰ってきたから、ここらで休憩といこうや」
「そりゃあいい。この゙試験投入゙が始まってからひっきりなしに報告書と戦ってたしな、バチは当たらんだろ」
 意味深な単語を口から出しつつもクレマンはコームの持ってきてくれたサンドウィッチを一切れ手に取り、勢いよく齧る。
 しっとりと柔らかく、小麦の風味が出ているパンと、それに挟まれているハムとトマトにマヨネーズという具が舌を優しく刺激してくる。

 口の中に広がる暫しの幸福を堪能しつつ、しっかりと咀嚼してから飲み込んだクレマンは満足そうなため息をついた。
「ふぅ…!流石最新鋭の艦だけあるな。こんな夜食程度のサンドウィッチでも、中々どうして美味いとはな」
「空海軍じゃあこんなサンドウィッチでも、食べられるのは士官様ぐらいなもんらしいぜ?」
 クレマンの言葉に続くようにしてコームが言うと、彼は持っていたトレイを部屋の中央にあるテーブルへ置いた。
 それから紅茶の入ったマグカップを一つ手に取ると、息を吹きかけてから慎重に飲み始めている。
 クレマンも彼に倣ってカップの取っ手を掴み、湯気の立つそれに優しく息を吹きかけていく。

 そんなこんなで、男同士の慎ましやかな深夜のお茶会を堪能しているとふとコームがポツリと呟いた。
「ほぉ…!それにしても、サン・マロンの幹部方は、随分大胆な事をし始めたもんだな」
「全くだな。新作の『ラピッド』のお披露目ついでとか言って、よりにもよってあのレコン・キスタに貸し出すとは考えてもいなかったぜ」
 若い世代の貴族らしい砕けた喋り方で会話をする光景を歳を取った貴族が見たのならば、思わずその顔を顰めてしまうであろう。
 しかし、平民が使うような喋り方を彼らは躊躇なく使っているものの、その口調とは別に中身はちゃんとした学者の卵である。
 正規の試験と面接を受けて、晴れてガリア王国のサン・マロン―――通称『実験農場』研究として選ばれた身でもあるのだ。


 そんな彼らが今いる場所は、その『実験農場』が所有している最新鋭の試験用小型輸送艦―――通称『鳥かご』の中にある一室。
 ガリア陸軍の新基準として艦隊戦ではなく地上戦力の空中輸送と偵察に特化した、この時代ではまだ変わり種と言える船である。
 今この船は『実験農場』の上層部からの命令で、『新型キメラの実戦テストを兼ねた試験投入』の為にトリステインのラ・ロシェールへと派遣されていた。

 船員及び駆り出された研究員たちは『実験農場』特別顧問である゙女性゙からの命令を受け、トリステイン軍に対しキメラによる攻撃を実地している。
 その為現在トリステインに侵攻しているレコン・キスタの艦隊に手を貸している状態なのであるが、それを気に留める者は殆どいなかった。
 船そのものはアルビオンの艦隊から大きく離れた場所に隠してあるし、この計画の事をしっている者はアルビオン側は指で数える程度。
 当然トリステイン王国も、まさかお隣の大国であるガリア王国の研究機関が、自分たちを攻撃しているなどと夢にも思っていないであろう。

「しっかし、トリステイン側もエラく粘ってるなぁ。日が落ちるまでこっちが持ってきた戦力の三分の一を片付けてるんだからさぁ」
「最初のパニックはラ・ロシェールまで続いたが、タルブ辺りで態勢を整えられたのが原因だろう。トリステインはああ見えても精鋭揃いだしな」
 熱い紅茶をゆっくりと啜りながら、コームは同僚が見ていた報告書を一枚手に取って満足げな表情を浮かべている。
 船外へ出ている゙偵察員゙による報告は、キメラのみの戦力投入によるトリステイン側とキメラ側の被害状況を淡々と綴られていた。
 最初の投入地点であるトリステイン軍側の砲兵陣地で起こったパニックが、ラ・ロシェールにいる駐屯軍にまで波及した事。
 しかし、タルブ村で態勢を整えられてしまいその結果にキメラ側がそこそこの被害を被ってしまったものの、何とか占領できた事。
 他にも、現在ラ・ロシェール周辺に複数潜伏している偵察員たちが、リアルタイムで報告書を送ってきているのだ。

 その報告書を確認し、まとめる役割を務めていたのがクレマンであった。
 彼自身の気持ちとしては研究に参加しその完成と量産決定の決議を見届けていた身として、キメラの活躍報告が届けられるのは素直に嬉しかった。
 しかし、書類仕事の専門家ではなかった彼にとって膨大な数のソレを相手にするのには、まだまだ経験が足りなかったようである。
「自分たちの研究成果が活躍してくれるのは嬉しいけど、こう報告書の数が多いとな…―――ん?」
 クレマンはそんな愚痴をボヤキながら、二つ目のサンドイッチにかぶりつこうとした時であった。

 ふと、丁度部屋の真上にある甲板が騒がしくなってきたのに気が付き、コームと共に天井を見上げてしまう。
 薄暗い天井から漏れる声は複数人あり、声から察して甲板で観測任務についていた船員たちであろう。
 その船員たちが何を言っているのかまでは分からなかったが、何やらタダ事ではないという事だけは分かった。


「何だろう?甲板が妙に騒がしいな…」
「確かに。…ひょっとして、何か地上で大きな動きがあったのかも」 
 不思議そうな表情で天井を見つめていたコームがそう言った直後、ドアの外から何人もの足音が通りすぎていった。
 やがてドア越しに幾つもの靴音が通り過ぎていき、それまで静かであった船内が一気に喧騒に包まれていく。
 二人は互いの不思議そうな表情を浮かべる顔を見合わせ、ドアの方へと視線を向けた。

「な、何だ…?」
「分からんが…とにかく、何かあったんだろう。ちょっと見てくるわ――――…って、うおッ!?」
 首を傾げるクレマンに向けてそう言い、席を立ったコームがドアを開けようとした時、
 物凄い勢いで開いたドアが彼の鼻頭を掠め、思わず後ずさろうとしたあまりそのまま背中から倒れて床に尻もちをついてしまう。
 危うく彼の鼻を傷つけようとしたのは同じ『実験農場』に所属する先輩で、ややパーマの掛かった金髪と小太りな体が特長的なオーブリーだった。
 彼は牛乳瓶の底の様な眼鏡がずれてるのにも構わない程慌てた様子で、ドアを開けて最初に見えたクレマンに捲し立ててきた。

「おいクレマン、緊急だ!緊急連絡!特別顧問のシェフィールド殿が試験の終了及び、現空域から撤退しろとの事だ!
 これからすぐに船の発進準備に移る。お前らも地上へ派遣された偵察員への撤退連絡作業に加わるんだ、早くしろ!」

 突然そんな事を捲し立ててきたオーブリーに、クレマンは目を丸くして驚くほかなかった。
 つい一時間ほど前に届いた連絡文には実験の終了や撤退を匂わせるような事は書かれていなかったハズである。、
「え…!?ちょ、ちょっと待って下さい先輩、試験終了ってどういう事ですか!それに―――」
 しかし、困惑する後輩には構っていられなぬ言いたげに彼の前に肉付きの良い右掌を突き出してから、オーブリーは口を開く。
「質問は後で聞く、今は緊急を要する事態だ!もう他の連中も動いてる、お前もそこで倒れてるコームも早く動け」
 頼んだぞ!…最後にそう言ってから、小太りの先輩は踵を返して甲板へと続く廊下を走り去って行った。


 いきなりドアを開けて来たかと思えば、物凄い喧騒で捲し立てて去っていった先輩に、二人はただただ聞く事しかできなかった。
 まるで風の様にオーブリーが現れ、消えていった一分後にようやく立ち上がったコームが口を開く。

「な、何だよ…一体、何が起こったっていうんだ?」
「…さぁ?俺に聞くなよ」
 騒がしくなっていく船内の中で、二人の研究員はついていく事ができないでいた。
 まるで激しい濁流に巻き込まれたかのように、急変した状況に流されるがままとなってしまっている。
 それと同時に、先ほど慌ただしくやって来て去って行った先輩の様子と、周囲の喧騒は絶対に只事ではないという事。

 それだけが何となく分かっているせいで、妙な胸騒ぎだけを感じていた。



「―――――まぁ、私達まで首を突っ込んじゃった貴女たちの今の状況の事は…良く分かったわ」
 先程自分の火で燃やした『ラピッド』の形見とも言える左腕の切傷を睨みながら、キュルケはルイズから聞いた話を理解していた。
 ついさっき、自分に襲い掛かってきた最後の一体を仕留める前にソイツが飛ばしてきた羽根の様な刃でつけられたのである。
 六枚も飛んできて当たったのは幸運にもたった一枚であったが、彼女的には「不覚を取った」と言いたい気持であった。
 幸い傷自体は浅く出血もそんなにしてはいないし、絶対に頼もしいとは言えないが『水』系統の魔法で治療してくれる子がいる。
 薄らと血が流れる傷口を眺めていたキュルケはふと、嫌悪感を隠さぬ顔で地面に転がる異形の躯へと視線を移す。

 彼女の放った『ファイアー・ボール』によって焼き殺されたソイツは、体にまとう銀色の鎧が黒く煤けている。
 口や体のあちこちから黒い煙が立ち上っている所を見るに、恐らく本体まで焼けてしまっているに違いない。
 体の中までは流石に生焼け状態かもしれないが、まず生きていないのは確実であろう。
 他にもキュルケが倒したのを含め、計五体ばかりのキメラ――『ラピッド』達が物言わぬ死体と化していた。
 ある一体は口の中をタバサが放った『ウインディ・アイシクル』が貫かれ、別の一体はルイズの失敗魔法で黒焦げとなっている。
 これら三体のキメラ達の倒され方は、まぁルイズを覗いてメイジが使う魔法での戦い方としてはオーソドックスな方であった。

 しかし、四体目は黒白の自称゙魔法使い゙が魔理沙がその手に持っていた黒い八角形のマジック・アイテムによって倒されている。
 それも普通の倒され方ではなく、『マジックアイテムから出た極太の光線で体の三分の二を失う』という壮絶な最期であった。
 本人にあれが何かと聞いた時は「これが私の魔法だぜ!」と、自分の正体を正直バラしてくれた。
 そして五体目、ルイズの使い魔である霊夢を相手にしたキメラは『手を出す前に消し飛ばされ』ている。
 自分たちが姿を見せる前に戦っていたであろう彼女は、疲れた様子で右手に持った一枚のカードをかざして、一言呟いただけ。

「―――霊符『夢想妙珠』」
 一言。そう、たった一言だけで彼女の周りから色とりどりで大小様々な光る玉が現れたのだ。
 かつて『土くれ』のフーケがゴーレムで襲った時にそれを見ていたキュルケとタバサは、それを目にしていた。
 ギーシュとモンモランシーの二人はそれを見るのが初めてであった為、目を丸くして驚いていた。
 光る玉たちは霊夢の周囲を飛んでいたかと、彼女へ迫ろうとしていたキメラに向かって殺到したのである。
 その後の事を例えるならば――――まるで獲物を仕留めるべく、喰らいつく狼の群れの如し。
 上下左右から迫りくるその光る玉の力によって、キメラは文字通り『手を出す前に消し飛ばされ』たのだ。

「前の決闘でも不可思議な事をしてくれたが…。き、君の力は一体何なんだ…?」
 全てが片付いた後、一度彼女と戦ったことのあるギーシュがおそるおそるそんな質問をしていた。
 疲れたと言いたいような大きなため息をついた彼女はゆっくりと後ろを振り返り、視線の先にいた彼へ一言…

「コレ?霊符『夢想妙珠』っていう弾幕よ。中々綺麗でしょ?そんでもって、使い勝手も良いのよ」
 ――――ま、ホーミングの精度が良すぎるのも偶に傷なんだけどね?
 最後にそう付け加えて説明した彼女は、右手に持っていたカード―――『夢想妙珠』のスペルカードをペラペラと振って見せた。
 魔理沙と同じく、彼女もまた自分の正体を隠す気は無かったようである。

 そんな風に先程まで起こっていた戦いの事を思い出していると、すぐ傍でモンモランシーの声が聞こえてきた。 
「―――…ょっと、聞いてる?」
 その声に慌てて横を向くと、自分の真横で杖を片手に持つモンモランシーが少し怒った表情を浮かべて立っていた。
「モンモランシー?どうしたのよ、そんなにいきり立って」
「どうしたのよ、じゃないわよ。こっちは『癒し』の使い過ぎで参ってるっていうのに」 
 恐らくさっきの戦いで傷ついた皆を治療してくれているのだろう。魔法の使い過ぎで少し疲れている様な感じが見えている。
 きっとモンモランシー本人も、ここに来るまで自分の魔法で誰かを治療するという経験は無かったはずである。
「あらごめんなさい、ちょっと考え事を…それで、何?治療してくれるのかしら」
「そうよ…ってちょっと、わざわざ近づけて見せつけないでよ!」
 キュルケはややご立腹な彼女に平謝りしつつも、左腕の切傷をそっ…と自分より背の低い彼女の顔へと近づけた。
 モンモランシーは自分の目の前で見せつけられる生々しい傷を見て、小さな悲鳴を上げて思わず後ろへと下がってしまう。

 しかしまぁ直してもらえるならそれに越したことは無いと、その後は素直にモンモランシーからの治療を施してもらう事となった。
 杖から発せられる青い光がキュルケの腕の傷を癒している最中、ふとモンモランシーはそこらで倒れているキメラたちを見つめている。
「それにしても、コイツら一体何なのよ。私達まで襲ってくるなんて…」
「多分ルイズ達と一緒にいたから、味方だと思って攻撃してきたんじゃないかしら?」
 生まれて初めて見るであろう人とも幻獣ともつかない不気味な姿の怪物を見て、彼女は青ざめた表情を浮かべている。
 モンモランシー本人は先頭に参加しておらず、傍にいたギーシュも彼女と自分を守るのに必死であった。
 とはいっても自分たちが地上へと降りる前に護衛にと出しておいたワルキューレが落ちて、戦いが始まる前に出てきた一体を押しつぶしてくれたので、
 実質的に何もしてないとは言えず、モンモランシーも戦いが終わった後にこうして不慣れながらも手当てをしてくれている。

「全く…何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ…ったく、もう…。―――はい、終わったわよ」
「ちょっと!叩かないでよ――――ってアレ?…痛く、ないわ」
 今日一日起きた出来事を思い出していたモンモランシーは無事治療を終え、元通りに治ったキュルケの腕をトンッと軽く叩いた。
 てっきりそれで塞いだ傷口が痛むかと思ったキュルケであったが、驚いたことに腕の内側から突き刺すような痛みは襲ってこない。


 それはつまり腕に出来た切傷が完全に塞がっている事を意味しており、キュルケは目を丸くしてしまう。
「綺麗に治ってる…。貴女、医者にでもなれるんじゃないの?」
「フン!そうお膳立てしても、アンタが私達を厄介ごとに巻き込んだのには変わらないからね」
「あら、酷いことを言うわね?貴女だって、彼女たちの事は気になってたんでしょう?」
「私はギーシュのついでよ!つ・い・で!!」
 キュルケの賛辞を言われても、モンモランシーは不機嫌な態度を変える事は無かった。

 そもそも彼女がルイズとその周りいる紅白の使い魔に、怪しい黒白の居候の事を調べたいと言わなければ、こういう面倒事に巻き込まれはしなかった。
 最初はコソ泥みたいにルイズの部屋を漁っていた時に無理やり誘われ、その次は不便な山中で一日中王宮を監視。
 はたまたその次は、ウィンドボナで執り行われる王女殿下の結婚式についていくであろう彼女たちを尾行――と、思いきや…
 何故かラ・ロシェール方面へと単独へ向かい始めた三人を追って、霧の中シルフィードの背に乗せられて無理やり尾行に付き合わされる。
 挙句の果てには、何故かゴーストタウンならぬゴーストビレッジと化しているタルブ村で、正体不明の怪物に襲われ、
 そして極め付けは、頭上の夜空に悪夢としか思えないような悪名高いアルビオン貴族派の艦隊が、トリステインへ攻めてきている事だ。
「私、多分生まれて初めてここまで不幸な目にあった事がないわよ。…ん?」
 思い出せば思い出すほど碌な目に遭っていないモンモランシーに、キュルケが優しくその肩を叩いた。
 まるで血の滲むような思いで仕事を成し遂げた部下に「お疲れ様」と労う上司がするかのような、そんな方の叩き方。
 夏だというのに夜霧で冷えている右肩に、キュルケの温かな手の温もりにモンモランシーは彼女の方へと顔を向ける。

 視線の先にいたキュルケは笑みを浮かべていた。我が子を褒める母親が浮かべる優しい笑みを。
 いつも浮かべているような人を小馬鹿にする笑みではない事に、モンモランシーは思わず「な、何よ…?」とたじろいでしまう。
 そんなモンモランシーに優しい笑みを向けたまま、キュルケはそっと口を開き…つぶやいた。


「良かったじゃないの?後々歳を取った後に、子供たちに語れる武勇伝が一日に幾つも出来て」
「――――――…アンタって、本当に上等な性格してるわね」
 優しい笑みの内側に、最大限の嘲笑を込めていたキュルケの言葉に、
 モンモランシーは怒りより先に、どこにいても変わらぬ留学生に対して苦笑いを浮かべるしかなかった。


 そんな様子を少し離れた所から不思議そうに見ていたギーシュは、ポツリと言葉を唇の隙間から洩らす。
「…あの二人、髄分長い事話し合っているじゃないか?」
「そうね。もっとも、言ってることばお互い仲良じって感じとは程遠いけどね」
 彼の返事を期待していなかったであろう独り言に、ルイズは先程まで切り傷が出来ていた足を不安げに触っている。
 本当ならば自分で持ってきた水の秘薬を使えば良かったのだろうが、アレはアレで相当傷口に染みる代物である。
 それに対してモンモランシーの魔法なら傷口に痛む事もないので、遠慮なく治療してもらったのだ。
 最も、当の本人にその事を伝えたら…「事あるごとに私を『洪水』とか呼んで小馬鹿にしてる癖に…」と愚痴を聞かされてしまったが…。

(だって本当の事じゃないの。洪水並みのお漏らししたって有名な癖に…)
 助けてくれたのは良いもののどこか自分と似たり寄ったりな彼女の事を思いながら、ルイズはとある方向へと視線を向ける。
 その先にいたのは霊夢とデルフ、そして魔理沙とタバサに地に足着けている風竜シルフィードだった。
 タバサとシルフィードに霊夢は先程の戦いは無傷で、魔理沙もまた服に掠った程度で済んでいる。
 キュルケと何やら揉めているモンモランシーと違い、三人と一本と一匹の間に漂う雰囲気は…どこかほんのりとしていた。
 いつ頭上のアルビオン艦隊がこちらに砲塔を向けて来るやも知れぬ状況だというのに、である。


「…にしても、お前は良いよな大した怪我がなくて。私だけだぜ?ルイズにあの痛い薬を塗り込まれたのは」
「お生憎様ね。私だってその秘薬が痛いって事は大分前にルイズから教えてもらっているから」
 魔理沙は右手の甲を隠すようにルイズが巻いてくれた包帯を睨みつつ、霊夢に愚痴をこぼしている。
 それに対して霊夢も、疲れているとは思えない様な睨みと笑みを見せて魔理沙に噛み付いていた。

 一見…いかにも掴み合いが始まりそうな嫌悪な雰囲気ではあるが、丁度二人の間にいるタバサは全く動じていない。
 まるで丈夫な鉄柵の向こう側から野良犬と野良猫の喧嘩を見つめているかのように、一人の傍観者と化している。
 しかし右腕に抱いている大きな一振りの杖はいつでも使えるようにと、左手の指がしっかりと掴んでいる。
『へへッ、流石レイムだぜ。あんだけ戦いまくって、まだあんな口喧嘩できる余裕があるとはな…なぁ、お前さんもそう思うだろ?』
「きゅいィ~?」
 その一方で霊夢が一旦地面に置いていたデルフが二人の口喧嘩を眺めながら、面白おかしそうにシルフィードへと話を振る。
 しかし人語はかろうじて通じてもその言葉を喋れぬ風竜のシルフィールドは、ただただ不思議そうに首を傾げるしかなかった。
 霊夢と魔理沙の事を見慣れてしまったルイズも別に二人が仲違いしているワケではないという事を知っているので、動じる事はなかった。
 むしろ相も変わらず元気な二人を見て、まぁまだあんな余裕があるのねぇ…と溜め息をつきたい気持ちで一杯になってしまう。

「な、なぁ…ルイズ?あの二人の口喧嘩、止めないで良いのかい?何だかイヤな事が起きそうな気がするんだが…」
 そんな彼女の耳に、ギーシュの不安げな言葉が入ってくると彼女はそちらの方へと顔を向けて言った。
「あぁ?それなら大丈夫よギーシュ。…あの二人、何か事あるたびにああして言い争う形で話し合ってるから」
「い、いつも…?君、良くそんな二人と一緒にあの狭い部屋で暮らせるもんだねぇ。したくはないけど、感心するよ」
 最後に余計な一言が混ざったギーシュの言葉に、ルイズはどうもと手を軽く上げて返事をしてから、ふと頭上を見上げた。

 ラ・ロシェールとタルブ村の上空。本来ならトリステイン王国の領空内である空を、我が物顔で居座るアルビオン艦隊。
 アルビオン王家を滅ぼしたうえに、あまつさえ今度はトリステイン王家をも滅ぼそうと企んでいる不届き者たちの集まり。
 それだけではあき足らず、おぞましい異形のキメラ達をけしかけて自分の大切な家族の一人まで傷つけようとした。
 かつて『ロイヤル・ソヴリン』号と呼ばれ、今は『レキシントン』号と名付けられている巨大戦艦がゆっくりと動き始めている。
 周囲に大小様々な軍艦を妾達の様に集結させた艦隊は、後十分もすれば自分たちの真下を通過するだろう。
 恐らく、そこからが勝負となるのだ。勝率があるかどうかすら分からないそんな危険な勝負が。

「…さてと、そろそろ準備しとかなきゃダメかしらね?」
 一人そう言って背伸びしたルイズは、腰に戻していた杖を手に取るとまるで演奏指揮者の様に軽く先端を振った。
 その行為そのものに特に意味は無い。だが強いて言えば、それは心の奥底から湧き出てくる゙恐怖心゙の裏返しとでも言えば良いのだろうか。
 やはりというか、なんというか…最終的には上空のアルビオン艦隊を止めなければどうにもならないらしい。
 疲労している霊夢と魔理沙に自分の三人だけで、あれにいざ挑むとなってくると流石に二の足を踏みそうになってしまう。
 だからこそルイズは、自分の今の心境を誤魔化すために杖を振っていた。

「準…備――てっ…。え!?ちょっと待てよ!まさか君たちは本当にあの…あの艦隊と真正面からやり合うつもりかね!?」
 ルイズの言葉と、進行方向の関係上こちらへ近づいてくるアルビオン艦隊を交互に見比べながら、ギーシュは叫んだ。
 彼の叫び声と口から出た言葉に、いがみ合っていたキュルケ達や小休止していた霊夢達の耳にも届いてしまう。
 しかしそんな事お構い無しと言いたげなルイズはギーシュが大声を上げたことを気にもせずに、振っていた杖の動きを止めた。
 ピタッと綺麗に止まった彼女の古い相棒の先端の向く先には、こちらへ近づこうとしている『レキシントン』号。
 個人の力ではどうしようもないような威圧感を漂わせるその軍艦へ、彼女は無言で一方的な宣戦布告を突きつけたのである。

「無謀だルイズ!君のやろうとしている事は、そこら辺の棒きれ一本で腹を空かした火竜と戦うようなものなんだぞ?」
「別にアンタ達に手伝え何て言ってないわよ。元はと言えば私とレイムたちで決めた事だしね」
 必死な顔で゙無謀な行為゙を止めようとするギーシュに向けてそう言うと杖を下ろし、今までずっと肩にかけていた鞄をゆっくりと地面へ下ろしていく。
 持っていく時は軽いと感じたソレも、体の中に疲れが溜まっている所為なのか酷く重たいモノへと変わっている。
 そして自分の体や髪、服と同じくらいに土埃に塗れた鞄が地面から生える雑草たちを押しつぶして地面へと下ろされた。


 荷物を降ろした途端、フッと軽くなった肩を揉みながらホッと一息つく。
 その姿を見て先程までキュルケといがみ合っていたモンモランシーが、まるで機嫌の悪い仔犬のように突っかかってきた。
「ちょっとルイズッ!アンタ馬鹿じゃないの!?いくらアンタの使い魔と居候がスゴクたって、艦隊に勝てるワケなんか…」
「勝てる勝てないの問題じゃあないのよモンモランシー。アンタだって私の話聞いてたでしょ?あの艦隊は、このまま王都を滅ぼすつもりなのよ」
「……ッ。そりゃ聞いてたわよ!だけど、だけど…こんなの相手が悪すぎるじゃないの!?」
 彼女が最後まで喋り終える前に自分の言葉でそれを止めてきたルイズに、モンモランシーは突然一択しか選べぬ選択肢を突き付けられた気分に陥ってしまう。

 あのキメラ達との戦いが終わった直後、キュルケ達四人はルイズ達から今起きている状況をある程度教えてもらっていた。
 アルビオンからやってきた親善訪問の艦隊が、突如裏切って迎えに来たトリステイン艦隊を攻撃してきた事。
 攻撃してきたアルビオンの連中はその勢いを借りてあのキメラ達を地上へ放ち、迎え撃とうとしたトリステインの地上軍を蹴散らした事。
 そして偶然にも、自分の一つ上の姉であるカトレアがタルブ村を訪問している最中で、不幸にもアストン伯の屋敷で多くの村人たちと共に立て籠もっている事。
 自分は姉を助ける為に、霊夢と魔理沙は人を襲う異形達を駆逐し、それを操っているアルビオンを倒すためにここへ来た、という事。
 そして最後に…アルビオンの艦隊は夜明けと共にキメラの軍団を率いて前進し、最終的にはトリスタニアを攻め落とそうとしている事を…、
 ルイズは四人に伝えていたのである。

 そして今、迫りくる最後にして最大の敵たちをルイズ達三人は戦おうとしているのだ。
 ルイズと同じくトリステイン出身であるギーシュと、モンモランシーは彼女がやろうとしている事にはある程度の理解を示している。
 トリステイン王国の貴族として生まれた以上、母国と王家に害を為す者には断固たる意志を持って戦わなければいけない。
 しかし…未だ学生の身である彼女たちにはやはり頭上に浮かぶ相手はあまりにも大きく、そしてその傲慢さを持てる程の強さを持っている。
 例え彼女―――ルイズが使い魔である霊夢と、居候の魔理沙と共に戦ったとしても勝てる確率は恐らく―――二桁の数字にすらならないだろう。
「ルイズ、悪いことは言わない。僕らじゃあアレは止められない、蟻数匹が暴れ牛に戦いを挑むようなものだ!」
 この時ギーシュは、かつて『ゼロ』と呼んで蔑ろにしていたルイズを思い留まらせようとしていた。
 特に親しい間柄というワケではないが、知り合いである彼女が…一人の女がこれから地獄に片足突っ込もうとしているのだ。
 だがそんなギーシュの説得に対し、ルイズはつまらなさそうに鼻を鳴らして鞄の蓋を止めていたボタンを外している。
「アンタらしくないわねギーシュ?いつものアンタなら、王家の為に喜んで命を差し出そう!って言いそうなのにね…」
「そりゃアンタがそこまで変わったら、流石のギーシュだって止めに入るって事ぐらい分からないのかしら、ヴァリエール?」
 蓋を開けた鞄を漁っていたルイズの言葉に対しそう返したのは、背後のギーシュではない。
 モンモランシーのいる方向から聞こえてきたその声にルイズがスッと顔を上げると、赤い髪と大きな胸を揺らして歩いてくるキュルケの姿が目に映った。

「何があったのかしらないけどねぇ、そうやって格好つけるのはやめなさいヴァリエール」
 顔を上げたルイズに対し、普段とは違う真剣味のある声色と、彼女には似合わぬ真顔で喋るキュルケ。
 いつもとは違うギャップを見せる彼女に、ギーシュとモンモランシーの二人は硬直してしまう。
 ルイズの後ろにいる霊夢達もこれまで見たことのないキュルケの様子に、思わず視線を向ける。
「…キュルケ?」 
 ルイズもルイズでまるで豹変したかのような真顔を見せるライバルに、ルイズは怪訝な表情を浮かべてしまう。
 やがて一分もしないうちに彼女のすぐ傍にまで来たキュルケは、腕を組んだ姿勢のまま淡々と喋り始めた。

「貴女、今自分が何を相手にしようとしているのか…分かっているの?」
「…貴女に言われなくても、分かってるわよ。今から私が、とんでもなく馬鹿な事をしでかそうしている事ぐらい」
「なら下手に言わなくても良いわね。でも、そこまで理解しておいて何で抗おうとするのかしら?」
 キュルケは右手の握り拳から親指を一本立てて、背後の『レキシントン号』をその親指で素早く指さした。
 ルイズが鞄を降ろす前よりも少しだけ近くなったその巨大戦艦へとルイズが視線を向ける前に、それを遮るようにしてキュルケが質問する。
「答えて頂戴ヴァリエール。―――――大方そこの怪しい二人に、何か言われたんでしょう」
「おいおい…!ちょっと待てよ。それは酷い誤解ってモンだぜ?」
 彼女のその言葉を耳にした魔理沙が聞き捨てならんと言いたげに一歩前に出て、慌てるように言った。
 魔理沙に続いて霊夢も何か言いたい事があるのか、一歩前に出る…どころかキュルケの方へとツカツカと歩き出した。

 体から薄らとした怒りの雰囲気を放ちながら、ムスッとした表情で歩いてくる霊夢の姿…。
 一方のキュルケは待っていましたと言わんばかりにその顔に緩やかな笑みを浮かべて、近づいてくる巫女さんの方へと身体を向けた。
 そしてとうとう、キュルケとの間が一メイルにまで縮まった霊夢はその顔を上げて、自分より身長が上のキュルケをキッと睨みつける。
「アンタ、もしかして私と魔理沙がルイズを戦わせるように仕向けた…って言いたいのかしら?」
「えぇそうよ?ヴァリエールは典型的なトリステインの貴族だけどねぇ、こんな事を仕出かすような命知らずやバカじゃあなかったわ」
 怒りの気配を放つ霊夢のムスッとした軽い怒り顔にも動じる事無く、キュルケは自慢の赤い髪を掻きあげながらそう返事をした。
 髪を掻きあげられるほどの余裕に満ちていると思ったのか、霊夢はそのムスッとした顔に嫌悪感を付加させて喋り続ける。

「残念だけどね、ルイズはアンタが考えてるほどバカじゃないわ。アンタだって聞いてたでしょう?アイツが元々ここへ来たのは、自分の目的があったからよ」
「それはついさっき聞いてるから分かってるわ、でもそれは単なる無謀と言う行為よ。たった三人で艦隊に挑んで勝てるとでも思ってるのかしら?」
 売り言葉に買い言葉。お互い一歩も引かぬ強気な者同士の言い争いに傍にいた魔理沙は思わずたじろいでしまう。

「お、おぉ…過去に何があったかは知らんが、霊夢の奴も相当カッカしてるぜ」
「君、君…!そんな暢気に解説してる暇があるなら、ちょっと止めてみようとかそんな努力をしてみないかね?」
「んぅ~どちらかというとこのまま見ておきたいが…まぁ確かに、あんなデカブツがすぐ近くまで飛んできてるしなぁ」
「ちょっと!そこは悩むところなの…!?」
 すぐ傍にまで命が危機が迫っている状況の中でも、魔理沙は決して己のペースを崩すことなく、
 突っ込みを淹れてくるギーシュやモンモランシーにまだ軽口をぼやける余裕は残っていた。
 タバサは相も変わらず無口で、地面に垂らしたシルフィードの尻尾の上に腰を下ろしてジッとキュルケと霊夢を見つめている。
 そして、二人の言い争いの原因でもあるルイズは鞄の中に入れていた手を引っ込ませると、その場でスクッと立ち上がった。
 重くなってしまった腰を上げたルイズは再び軽い背伸びをした後、キュルケの方へと顔を向けるとその口から出る言葉で彼女の名を呼んだ。

「…キュルケ」
「あらルイズ。いよいよ教えてくれる気になったのかしら?彼女たちに何を吹き込まれたのかを…ね?」
 突如話に加わろうとして来るルイズに、キュルケは嬉しさのあまり小さく両手を叩いて笑顔を浮かべた。
 そして、喋った言葉の中にあった「吹き込まれた」というのを聞いて、霊夢は思わがその顔を顰めてしまう。
「ルイズ、アンタが出てくる必要は無いわよ。すぐにコイツとの話は終わらせるから、準備でも…―――…ッ?」
 自分の前へ出ようとしたルイズを手で止めようとした霊夢はしかし、遮ろうとした自分の腕を下げたルイズにこんな事を言われた。
「ごめんレイム、ちょっと静かにしててくれる?この分からず屋に、ちゃちゃっと説明して終わらせるわ」
 まるで聞き割れの無い生徒を諭しに行く教師の様な表情と口調でそう言うと、彼女は霊夢の一歩前へと進み出た。
 一方の霊夢は、先程までと比べて妙に落ち着いているルイズを見て一体何を喰ったのかと訝しんでしまう。
 本人が彼女の今の心境を知ったら殴られそうであったが、幸いにも口にしていない為ルイズの耳に入る事は無い。

 そんな風にして、キュルケの話し相手が霊夢からルイズへと流れるようにして変わる。
 微笑みを浮かべて腕を組むキュルケと、そんな彼女を下から睨み上げるルイズに―――動く背景の様なアルビオンの艦隊。
 あまりにも奇怪で危機的な状況の中でも二人は決して動じず、両者ともに自分のペースで話し始めた。

「さてと…アンタには何処から話して良いのやら…でもまぁ、アンタにはとりあえず言っておきたい事があるの」
「ふふん!その言い方だと…何か面白そうな事を言ってくれそうじゃないの。良いわ、言ってみなさい」
「勿論言ってあげるわよ。アンタの言ゔ無謀な行為゙をするだけの理由をね」
 未だ余裕癪癪なキュルケに対し、ルイズは瞼を鋭く細めたまま話を続けていく。
 ギーシュやモンモランシーの目から見れば、それはいつも学院で目にしている二人の言い争いの場面を思い出させた。
 だがそんな彼らの意思に反して、ルイズはキュルケの微笑みを見てもかつて程怒ってはいなかった。

「じゃあ教えてもらおうじゃないの。この二人に何を吹き込まれて…命知らずな事をしようと思ったのかを」
「ちょっとアンタ。いい加減にしないと前の時みたいに蹴飛ばすわよ」
 あくまで彼女の使い魔と居候を敵視しているキュルケに、その使い魔である霊夢がいよいよ怒ろうとした直前、
 彼女を睨み上げていたルイズはふぅ…と一息ついてから……キュルケの言ゔ命知らずな行為゙をする理由を告げた。

「―――ムカつくのよ。ただ単純に」
「………はぁ?何ですって?」
「単純にムカつくって言ってるのよ。あの空の上でふんぞり返ってるレコン・キスタの連中がね」
 キュルケは予想していなかったであろうルイズの口から出た言葉に、思わず自分の耳とルイズの口を疑ってしまう。
 しかしそんな彼女に聞き間違いではないという事を教える為に、ルイズは目を鋭く細めてもう一度言った。
 細めた瞼の隙間から見える鳶色の瞳は気のせいか、キュルケの目には激しい怒りを湛えているかのように見えてしまう。
 そして彼女の言葉はキュルケの傍にいた霊夢や魔理沙にタバサ、そしてギーシュやモンモランシーの耳にも届いていた。

「む…ムカつくからってだけで、あの艦隊に戦いを挑もうとしてたの…?」
「ま、まぁ…怒りっぽいルイズらしいと言えば言えるけどね」
「怒りの気持ちで、人はどこまでも強くなれる」
 モンモランシーとギーシュは、どこかルイズらしいその理由に呆れつつも苦笑いし、
 相も変わらず無表情なタバサはポツリと、何処ぞの偉い人が言ったような格言みたいな言葉を呟いた。

 一方で、キュルケに敵視されていた霊夢と魔理沙もルイズの告白に反応を見せていた。
「…ここに来て、ようやっとぶちまけてきたわねぇ」
 先ほど露わにしていたキュルケへの怒りはどこへやら、霊夢はやれやれと言いたげに肩を竦めて見せた。
 しかし実際のところ、ここに至るまでやりたい放題やってきた連中を倒す目標としては一番お似合いである。
 本人は家族を助ける為だったりと、アンリエッタの為に戦おうと色々理由付けはしていたが本心では色々とムカついていたのだろう。
(まぁでも、私としてはそれを咎めるつもりはないし…ムカつくから戦り合うってのは至極単純で悪くはないわね)
 霊夢がそんな風にしてぶっちゃけたルイズを見ていると、後ろにいた魔理沙がニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきた。
「まぁ良いんじゃないか。そっちの理由の方が流石お前さんを召喚した人間らしいと思うぜ」
「それ、どういう意味よ?」
「いや、別に気が付かないならいいさ。心の中にそっとしまっておいてくれ」
 人を苛つかせる様な二ヤついた顔で意味深な事を呟いた魔理沙に、霊夢はキッと鋭い睨みをお見舞いする。
 しかしそんな睨みは普通の魔法使いには全く利かず、ニヤついた顔を反らしただけに終わった。

 そんな風にして五人が様々な反応を見せている間、ルイズとキュルケの話は続いていた。
「ヴァリエール、貴女…さっきのは本気で言っているのかしら?」
「本気に決まってるじゃないの。じゃなきゃアンタになんか自分の本音をぶちまけたりはしないわよ」
 ルイズの睨みに対し、その顔から微笑を消して真剣な表情を浮かばせるキュルケが彼女と口論を始めている。
 二人の間に漂い始めた近づきがたい気配は周囲に散り出し、周りの者たちは皆口が出せない様な雰囲気を作っていく。


 そんな事露も知らないキュルケは、ルイズの口にした『自分の本音』という言葉を聞いてフンッと鼻で笑いながら言った。
「へぇ…?じゃあ家族を助けるっていうのは単なる口実って事に……」
「誰も口実だなんて言ってないわよツェルプストー!私はねぇ、ちぃ姉様も助ける為にここへ来てるのよ!!」
 自分の言っている事をイマイチ理解できてないであろうキュルケに、ルイズは強く言い返す。
 突然大声で怒鳴ってきた彼女に思わず口をつぐんでしまうものの、すぐに気を取り直して喋り出した。
「……じゃあ何?アンタはここにいる家族の一人を助けて、ついでにムカつくアルビオン艦隊を倒しに来たって事なの?」
「バカだと思うでしょう?無理だと思うでしょう?残念だけと゛、私は大マジメなのよ。ツェルプストー」
 キッチリと自分の今の意思を伝え終えたルイズは、自分と見つめ合うキュルケの表情が変わっていくのをその目で見た。
 真剣な眼差しと真剣な表情が一瞬で変わり、目を丸くさせて信じられないと言いたげな怪訝なモノとなっていく。

「どう、分かったでしょう?私はレイムとマリサに誑かされてるワケじゃないって事を」
「……まぁね、大体分かったわ。けれどルイズ、貴女―――変わったわね?」
 両手を小さく横へ広げてハイ話は終わりと言いたげなルイズに、キュルケも肩を竦めながらポツリと呟いた。

 キュルケとしては、ただ『ムカつく』から圧倒的すぎる相手と戦おうとするルイズの事が信じられないでいた。
 かつてのルイズは名家であるヴァリエールの生まれでありながら、魔法の才能に恵まれず常にそのことで頭を抱えていた苦悩者。
 多少怒りっぽいところと高いプライドが珠に瑕であったが、それでも一人の貴族としては彼女ほど出来た者は二年生には指で数える程しかいない。
 魔法では勝てても乗馬の技術や運動神経ではあと一歩の差を空けられ、座学に関しては自分よりも一歩も二歩も先を歩いている。
 『土くれのフーケ』のゴーレムと戦った時の様な発作的な無茶をする時はあったが、基本的には体と頭が同時に動くのがルイズであった。
 例えるならば自分は頭よりも先に体が動き、タバサは体より先に頭が動く。しかしルイズは頭で考えつつ体も的確に動かしていく。
 もしも魔法の無い世界で生まれていたのならば、彼女…ルイズは天才と呼ばれる人間にまで成り上がっていたかもしれない。

 少なくとも自分のライバルとして彼女の右に出る者はいないだろう。キュルケは今までそう思っている。
 だからこそこれまでツェルプストーの者として彼女を馬鹿にしてきたものの、基本的には良きライバルとして彼女を見ていた。
 もしもルイズがまともな魔法が使えるようになった時、いつかは決闘を申し込んでみたいと望んでいる程度に…。

 しかし今目の前にいるルイズは、少なくとも自分が見知ってきていた彼女とは何処か別人のように見えていた。
 戦地に取り残された家族を助ける為に…というのならともかく、ただ単純に『ムカつく』からアルビオンの艦隊を戦おうとする無茶振り。
 だがそれを宣言してくれた彼女の怒りは驚くほど冷静であった。いつもなら火山が噴火するかの如く怒り散らすあのルイズが。

 無論性格は自分が知っているままだ。だけども、今の彼女ば何かに影響されている゙かのように自らの感情に従いつつ冷静に動いている。
 自分に悪口を言われて突っかかった時や、フーケのゴーレムに単身挑んだ時のような発作的な怒りではない。
 まるで我に必勝の策ありとでも言いたいかのような、そんな絶対的な『強気』を今のルイズから僅かに感じられるのだ。 
 ……では一体、何が彼女をここまで強気にさせているのか?キュルケは無性にそれが気になって仕方が無かった。
「ねぇルイズ、一つ聞いても良いかしら?」
「あによ。もうアンタに今話す事は話し終えたと思うけど?」
 一度気になれば聞かざるを得ない。そう思ったキュルケは喋り終えて一息ついていたルイズに再び話しかける。
 ルイズもルイズでまた話しかけてきたキュルケに軽くうんざりしつつも、彼女の質問に付き合う事にした。

「一つ聞くけど……貴女がそこまであの艦隊を倒すって言って聞かないのなら―――当然あるんでしょう?」
「……何がよ?」
「あのアルビオン艦隊を倒すことのできる、俗に゙必勝の策゙ってヤツ」
 ほんの少しもったいぶってからルイズにそう告げたキュルケの顔には、笑みが戻っていた。
 それはルイズを小馬鹿にする類のものではなく、いつか話のタネになりそうな面白そうな事を見つけた時の笑顔。
 ヒマを持て余していた荒くれ者が、美しい女を見つけた時の様な無邪気と邪悪が入り混じったようなそんなニヤついた表情である。


 それを顔に浮かべたキュルケの質問にルイズはほんの少し顔を俯かせ――――勢いよくバッと上げた。
 何処か邪悪なキュルケの笑みにも負けぬと言わんばかりの、ドヤ顔をその顔に貼り付かせて。
 まるで咄嗟に思いついた計画が思い通りに行くと信じて仕方がない盗人が浮かべるような、確固たる自信に満ち溢れた表情であった。

「――――ある。それも、゙出来立てホヤホヤ゙の必勝の策がね」
 彼女の言葉は表情と同じくらい、あるいはそれ以上の自信に満ち溢れている。
 はたしてそれが本当に成功するのかどうか分からない…しかも本人いわぐ出来たてホヤホヤ゙と豪語した。
 本来作戦というモノはある程度の時間を掛けて練り上げ、修正していく事で限りなく完璧な作戦へと仕上がっていくものだ。 
 だからこそ、ルイズの言う゛出来たてホヤホヤ゙という急造の作戦が上手く行くかどうか分からなかったか。
「へぇ、そうなの…―――成程、貴女も言うようになってきたじゃないの」
 しかし、キュルケは変な確信をここに来て持ち始めていた。彼女が提案した作戦が上手く行くという確信を。
 それがどこから来たのかは分からない。しかし今のルイズにはそれを実行に移し、成功へと導くだけの力があるように思えてしまう。
 否、思えて仕方がないと言えば良いだろうか。とにかく、キュルケは先ほどとは違いルイズの評価を大きく変えていた。

 本当は色んな隠し事をしているルイズの後を追って、こんな危険な場所へと突撃し、
 そして今度は無謀な戦いを行おうとした彼女を止めようとしたキュルケは…ここに来て新しくその目標を変えた。
「面白い。…だったら、貴女の言う作戦とやらに私達も混ぜさせてもらえないかしら?」
「えぇっ!ちょ…ちょっとキュルケ!?アンタ一体どういうつもりなのよ!」
 ルイズと同じく自身満々な笑みを浮かべてそう宣言したキュルケに叫んできたのは、モンモランシーであった。
 てっきりルイズを止めてくれるかと思いきや、何があったが急に彼女と同調してしまったのを見て驚きを隠せないでいる。
「聞いた通りよ。何だかルイズには必勝の策とやらがあるから、それを見てみたいな~って思っただけよ」
「そんないい加減な…!だからって君は、何も僕達まで巻き込まなくても良いんじゃないかね?」
「まぁ私も無理に誘っちゃった事もあるしね、何ならタバサに頼んで安全な所まで逃げれば良いんじゃないの?」
 モンモランシーに続いてギーシュも非難めいた言葉を放つが、キュルケの顔には反省の意思は浮かんでいない。
 それどころか妙に開き直った様子で腰を手を当てると、ギーシュたちに向けて別付き合わなくても良いという主旨の言葉さえ口に出した。

 しかし、平民ならばまだしもトリステイン貴族の二人…特にギーシュにその言葉は意外と効いたのか、
 少し悩むように顔をうつむかせた後、彼は怯えを隠し切れぬ顔を上げて首を横に振った。


「いや…そ、それはできないぞ!僕だってトリステイン王国の貴族だ、戦ってもいない敵に背中を見せて逃げる事はできないぞぉ!」
 半ば自暴自棄が入ったその叫びと共に腰に差していた薔薇の造花を付けた杖を手に取り、バッと上空の『レキシントン』号へと向ける。 
 それは彼なりの意思表示と言うやつなのだろう、ともあれ半端ではあるがそれなりの覚悟を決めたギーシュにキュルケは「上出来じゃない」と笑った。
「ちょ…ちょっとちょっと!ギーシュまで何やってるのよ!」
 一方のモンモランシーはあっさりと意思を変えたギーシュに掴みかかったが、ギーシュは戦々恐々としながらも自分の考えを喋っていく。
「ご、御免よモンモランシー…けれども、あのルイズが戦うって言ってるんだ。それなのに男の僕が逃げてはグラモンの名が廃れてしまう…」
「そういう事よ。さっきも言ったけど、別に強制はしてないわ。生き残るって事も立派な戦いの内…ってよく言うじゃない」
 自分のガールフレンドに言い訳をするギーシュの肩を軽く叩きながらも、キュルケはどちらかを選ぶよう勧めている。
 このままタバサに頼んで安全圏まで非難するか、それともギーシュと残って圧倒的な敵と戦うかの二つに一つしか選べぬ選択。
 ひとまずギーシュのシャツの襟を掴んでいた両手を離したモンモランシーは、少し考えたところでタバサに向かって話しかけた。

「タバサ、アンタはどうす…」
「私はどっちでも構わない。…だけど、キュルケが残るのなら私も残る」
 ―――退路は絶たれた。頭を抱えたい事実にモンモランシーは悔しそうな表情を浮かべ、ため息をついてしまう。
 確かに逃げたいのは山々だ。けれども、皆が残るという中で自分だけ逃げるのは…人として、貴族として腰が引けてしまうのだ。

「さてと、そろそろ時間も無いようですし答えを聞かせて貰おうかしら?」
 更に悩んでいる所へ追い打ちをかけるようにして返答を促してくるキュルケ。
 もはや悩んでいる暇はない。断崖絶壁から飛び降りるような気持ちで、モンモランシーは目を瞑って叫んだ。
「良いわよ!やってやろうじゃないの!?どうせ乗り掛かった船よ、最後まで突きあってあげるわよォッ!」
 もはやヤケクソとしか言いようの無いモンモランシーの意思表示に彼氏のギーシュはたじろぎ、キュルケは「最高ね!」とコロコロ笑った。
 それを離れた所から見ていたタバサはホッと小さなため息をついて、後ろで休んでいたシルフィードに目配せをする。
 ―――準備しておいて。主からのサインと判断した幼き風竜は「キュイ」と短く鳴いて、コクリと頷いて見せた。

 ひとしきり笑った所で、キュルケは自分の後ろで様子を見ていたルイズ達三人の方へと振り返った。
「さてと、これで全員参加だけど、アンタの言う作戦が少人数で事足りるって事あるワケないわよね」
「…キュルケ。何で今更になって手助けしてくれるのかしら?」
「何で…って?そりゃ貴女アレよ、私の性格と家名を知ってれば自ずと答えが出てくるってヤツよ」
 キュルケからの確認を質問で返してきたルイズに、キュルケは考える素振りも見せずにそう答えた。
 しかしそれでもイマイチ分からなかったのか、不思議そうに小首を傾げるルイズを見て彼女は説明していく。

「私はツェルプストー。常にヴァリエール家のライバルとして、その隣で生きてきた。
 領地も隣り、そして所有する農場や牧場も隣で保有している兵力の数で争っているそんな仲。
 ヴァリエールの事なら何でも知っているし、知らない事があってはならない。戦じゃあ情報も大切だしね。
 だから私も知らなきゃいけないのよ。そこの紅白ちゃんを召喚して以来、変わってしまった貴女の事を…ね?」

 さいごの「ね?」の所で軽くウインクして見せたキュルケを見て、ルイズは感動と軽い怯えを感じていた。
「そ、それってつまり…アレよね?俗にいうストー…」
「はいはい、これ以上話してる時間は無いでしょうに。とっとと始めちゃいましょう」
 あと少しでキュルケを怒らせそうになった言葉を言いかけたルイズを遮りつつ、彼女の後ろにいた霊夢が大声を上げる、
 霊夢としては空気を読んで止めたワケではなかったものの、彼女が言うように残された時間は少ない。
 頭上を見上げてみれば、もうすぐあの『レキシントン』号が頭上を通過してくるほどまでに近づいてきている。

「おぉ~おぉ~、コイツはでかいな!こんなに大きいのなら、潰し甲斐があるってモンだぜ」
「言うのは簡単だけどさ…、いざこうして間近で見てみると中々迫力があるわね」
 近づいてくる巨大戦艦を暢気に見上げる魔理沙と、場違いな発言をする霊夢の二人は既に戦闘態勢を整えていた。
 魔理沙はいつでも箒に乗って飛べるように身構えており、霊夢も万全とはいえないもののある程度体力を取り戻している。
『レイム、分かってるとは思うが『ガンダールヴ』の能力を使うのは流石に無理そうだけど…いけるか?』
「私を誰だと思ってるのよ。地上では散々剣を振るったけど…次は私の十八番で戦うから問題ないわ」
 デルフの言うように『ガンダールヴ』能力は使えないが、恐らく次の戦い舞台はあの戦艦の周囲――つまりは空中。
 地上からでも既に随伴している竜騎士の姿が見えており、艦隊の間を縫うようにして飛び回っている。


「大物にほどよい小物…こりゃ間違いなくハードだが楽しいステージになりそうだな」
「とりあえず、あの竜に乗ってるのは人間だろうし…何だか面倒な事になりそうね」
 二人して、向こうから迫りくる戦いに気合を入れていざ飛び立とうとした―――その時であった。


「ちょっと待ちなさい二人とも。悪いけど、突撃はちょっと待ってくれないかしら」
「えッ?」
 いざ地面を蹴ろうとしたその時になって、こちらに背中を向けていたルイズが制止したのである。
 突然の事に霊夢は思わず体の動きを止めて、何やら鞄を漁っているルイズの方へと視線を向けた。
 魔理沙の方は既に箒で宙を浮いていたものの足が地に付くギリギリの高度を保ちながら、止めてきたルイズへと声を掛ける。
「お?何だ何だ?どうしたんだよルイズ。私達でアレを相手にするんじゃな無かったのか?」
「まぁ確かに、最初の作戦の時はストレートにそれで行くつもりだったけど…ちょっと試してみたい事ができたのよ」
 急にそんな事を言ってきた彼女に霊夢と魔理沙はおろか、キュルケ達も思わず不思議そうな表情を浮かべてしまう。
 ついで霊夢たちがやろうとした事をルイズがサラッと認めた事に、思わずギーシュとモンモランシーはその顔が青くなった。

「何だろうね?ルイズの言う「試してみたい事」って」
「さぁ、分かるワケないでしょうに。―――まぁ、正面突破よりかはマシだと祈りたいけどね」
 純粋に不思議がっているギーシュとは対照的に、どこか投げ槍的なモンモランシーは先ほど飛び上がろうとした霊夢達を思い出して身震いした。
 いくらなんでもあの二人が異様に強い力を持っているとしても、無数の竜騎士とアルビオン艦隊へ突っ込む事なんて考えてもいなかったのだ。
 例えるならば、ちょっと戦える程度の強いメイジが「今ならだれでも倒せる筈!」と叫んで、エルフたちのいるサハラへ突っ込むようなものである。
 そんな恐ろしい例えが頭の中へ浮かんだ時に、丁度突っ込もうとした二人の内黒白の方が話しかけてきた。
「お、どうしたんだよそんなに身震いさせて?風邪でもひいたのか」
「別に風邪とかひいてないわ。むしろ平気な顔して突っ込もうとしたアンタたちの方が、何かの病気なんじゃないの?」
「生憎だが、私は健康的な魔法使い生活をしてるから。そういう心配は御無用だぜ」
 ――――そういうことじゃ無いっての!心の中で叫びつつも、モンモランシーは勘違いしている魔理沙をキッと睨む。
 そして、ルイズの言う「試したい事」が自分たちにとって安全なものでありますようにとひたすら願っていた。

 その一方で、霊夢はゴソゴソと鞄を漁っているルイズにキュルケと一緒になって問い詰めていた。
「で、どういう事なのよ?『試してみたい事』って…私はそんなの聞いてないんだけど?」
「まぁ確かに、アンタには話してないわね。…けれどまぁ、何て話して良いのやら…」
 いざ参る!というところで止められた霊夢はやる気を削がれてしまったのか、気怠そうな表情をルイズを睨んでいる。
 一方のルイズも、その『試したい事』をどういう風に説明すればいいのか悩んでいた。
「ふ~ん…ってことはつまり、貴女が言った「試したい事」って即ぢさっき言ってたら゙出来たてホヤホヤの作戦゙の事ね?」
「はぁ?何よソレ。折角好き放題やってた連中の鼻頭を叩き折ろうって時に、わざわざ水を差すだなんて…どういう了見よ」
「伝達ミスによる指揮系統の混乱」
 そんな二人の間に割って入るようにしてキュルケがおり、彼女の隣にはようやっとこっちへ来たタバサもいる。
 二人は霊夢と魔理沙は知らず、ルイズだけが知っているその「試したい事」が…彼女が先ほど言っていだ出来たてほやほやの作戦゙なのではと察していた。
「まぁそう怒るもんじゃないわよ紅白ちゃん?で、ルイズ…貴女の言う「試したい事」で、私達はなにをすれば良いのかしら?」
 一方のキュルケは内心突撃を敢行しようとした好敵手が一歩手前で止まってくれたことに、内心ホッと一息ついている。
 いくら今のルイズが恐ろしいくらい勝ち気だからといって、敵のど真ん中へ突っ込むなんて命がいくつあっても足りないだろうからだ。
 だから突撃をやめた事に関して特に何も言うことなく、ルイズがこれからしようとしている事を笑顔で見守っている。
 何をするかによっては自分も手伝うという意気込みを交えながら、鞄を漁り続ける彼女に話しかけたのである。

 だが、話しかけてきたキュルケに対してルイズが返した言葉は予想外のモノであった。
「いや、多分これは…ワタシ一人で出来ると思うから、周囲に敵が来ないかだけ見てくれれば良いわ」
 鞄を漁っていた手を止め、中に入れていたであろう道具を一つずつ両手で取り出したルイズからの返答に、キュルケ達は驚いた。
 無理もないだろう。彼女が言った事を解釈すれば――あの魔法が使えない『ゼロ』ルイズが、一人でアルビオン艦隊を止めて見せる。という事なのである。
 まだ霊夢や魔理沙…それに協力を申し出たキュルケやタバサ達の力を借りれば、一桁であっても勝率と言うものはあるかもしれない。
 だが彼女はそれを自らの手で大丈夫といって跳ね除けた。一桁だった勝率を限りなくゼロにまで下げる行為を、いとも容易く行ったのである。

「ちょ…ちょっと、馬鹿言いなさいなルイズ!いくら何でも、貴女一人だけじゃあ…」
「そうよルイズ!いくら失敗魔法が爆発だからって、空の上にいる戦艦を撃ち落とそうとか考えてるんじゃないでしょうね!?」
 すかさずキュルケとモンモランシーが、とち狂った(ようにしか見えない)ルイズを再び説得し始めた。
 その二人に背中を向けているルイズは「…うん」や「そうだけど…」と先程の威勢の良さはどこへやら、歯切れの悪い相槌を打っている。
 しかし…そんな相槌を繰り返す裏で、彼女は右手で鞄から取り出していた指輪を左手の薬指にゆっくりと嵌めていく。
 指輪に台座に嵌った宝石は、まるで澄んだ海の水をそのまま固めたような青く神秘的な輝きを放っている。
「モンモランシーの言うとおりだよルイズ。『レキシントン』号クラスの戦艦じゃあ…ちょっとやそっとの爆発じゃ大したダメージにはならないぞ!」
「………?」
 自分のガールフレンドに同調するかのようなギーシュの隣にいたタバサは、この時ルイズが指にはめた指輪の事に気が付いた。
 そして、彼女の左腕には…同じく鞄へ入れていたであろう古ぼけた一冊の本が抱えられている事にも。
 まるでお化け屋敷の中で拾って来たかのような、誰からも忘れ去られて朽ちていくしかない現れな運命に晒された一冊。
 そんな本をまるで腹を痛めて産んだ我が子の様に腕で抱えているルイズの姿は、タバサの目には何処か奇妙に映っていた。

 そして…素っ頓狂な事を口にしたルイズに、当然の如く霊夢と魔理沙の二人も反応していた。
 何せ、正々堂々と突っ込もうとした矢先に急に止めに入られたかと思いきや――今度は自分一人で倒してみるという始末。
 別にこの二人でなくとも、気が狂ったとしか思えないルイズにちょっと待てと言いたくなるのも無理はないだろう。
「ちょっとアンタ、馬鹿にしてはいないけどさぁ、…何処かで頭でも打ってるんじゃないの?」
「それを言うなら、毎度毎度トチ狂ったような弾幕をヒョイヒョイと避けてるお前さんのも相当なモンだぜ?」
『このバカッ!今はそんな事いってる場合じゃねぇだろ。…にしても一体どうしたってんだ娘っ子、急にあんな事言うなんてよぉ?』
 霊夢と魔理沙だけではなく、デルフからも問い詰められてから、ルイズはようやっとその顔皆の方へと向ける。
 目前に迫りつつあるアルビオン艦隊を倒せると豪語し、今度はソレを他人ではなく自分の力だけで倒して見せるという狂言を放ったルイズ。
 ついさっきまで、皆に背中を向けて何かをしていた彼女の顔には――――二つの表情が入り混じっていた。
 まるで十六歳まで平和に生きていた少女が、ある日天からの導きで始祖の生まれ変わりだと告げられたかのような…信じられないという驚愕。 
 そして自らの始祖の力を用いて、これから多くの人たちをその力で導かなくてはいけないという――否応なしに受け入れるしかない決意。

 二つの表情が入り混じり、どこか泣き笑いか苦笑いとも取れる表情を見せるルイズは霊夢達に向かって口を開いた。
「レイム―――信じてくれないだろうけどさぁ?……あの吸血鬼の言葉、本当に当たってたみたい」
 そう言ってルイズは、左腕に抱えていたボロボロの本―――『始祖の祈祷書』を右手に持ち、左手でページをゆっくりとひらいていく。
 青い宝石の指輪―――『水のルビー』を嵌めた左手で、触れただけで壊れてしまいそうなその本のページをひらいた直後―――

 まるでこの時を待っていたかのように…『水のルビー』と『始祖の祈祷書』が眩く光り出したのである。



「何、ワルド子爵が戻ってこんだと…?」
 空いた手持ちのグラスに、秘蔵のワインを注いだばかりのジョンストンは伝令が伝えに来た情報に首を傾げた。
 先程帰還した偵察の竜騎士隊から伝令を承った水兵は、お飾りの司令長官の言葉に「ハッ!」と声を上げて報告を続ける。
「偵察隊の一員として加わったワルド子爵は、他の者たちが気づいた時には姿を消していたとのことです!」
「んぅ…、一体どういう事だ?誰も子爵が消えた所を見ていないというのか」
「それに関しては、子爵は竜の調子が悪いと言って最後列を飛んでいた為に確認が遅れたとのこと!」
「成程、……まぁ良い。子爵も祖国への情が湧いたのだろう、放っておきなさい……ンッ」
 一水兵として、模範的な敬礼を崩さぬまま報告する若き水兵とは対照的なジョンストンはそう言って、グラスに注いだワインを飲み始めた。
 既に酔っているのか彼の頬はほんのりと赤く染まっており、水兵の鼻は彼の体から仄かなアルコールの臭いを嗅ぎ取っている。

 グラスに並々注いでいたワインの半分を一気に飲み込んだジョンストンは、そこでグラスを口から離した。
 「プハァッ…!」と場末の酒場で仕事の後のワインを煽る労働者の様な酒臭い息を吐いて、伝令に話しかける。
「この状況、もはや子爵一人裏切っただけでは戦況など覆らん!我々を止めるモノなど一人もおらんからな!」
「りょ…了解しました!伝令は以上です!」 
 半ば酔っぱらっているジョンストンに怯みながらも、伝令は最敬礼した後自分の持ち場へと戻っていく。
 まだまだ入って間もない若者の背中を見ながら、赤ら顔の司令長官はブツブツと独り言を呟きながら残ったワインをちびちびと飲み始めた。

「全く、これだから外国人は…何を考えているかわからんわい…まぁよい、これでワシは…閣下に英雄として称えられて…フフフ…」
  既に酔いの段階が爽快期に突入しているジョンストンの姿は、『レキシントン』号の甲板の上では異様な存在に見える。
 事実周りでキビキビと動きまわる水兵や下士官、士官や出撃直前の竜騎士たちは彼を奇異な目で見つめていた。
 そんな中でただ一人、『レキシントン』号の艦長でボーウッドはお飾りの司令長官に背を向けてただひたすらに夜空を見ている。
 彼の思考は既にこの艦隊の進む先にいるであろう敵――ゴンドアで籠城するトリステイン軍とどう戦うか、その方法を練っている最中であった。
「…その報告は確かか?」
「はい、偵察から帰ってきた竜騎士の話によれば間違いなく王軍の増援が来ているとの事です」
 ジョンストンへ報告した者とは別の水兵が、ジッと夜空を見つめているボーウッドに淡々と報告していく。
 ワルド子爵がいなくなった後も偵察隊は任務を続行し、見事その務めを果たしていた。
「ふぅむ…、街で縮こまっているというトリステイン艦隊が死にもの狂い攻撃してくれば、こちらも無傷で勝てるという戦いではないな…」
 果たしてこの艦を含めて、何隻生き残るか…。心の中で呟きながら、彼はようやく背後で酔っている司令長官の方へと視線を向けた。

 トリステイン艦隊がゴンドアで縮こまり、キメラにより止むを得ず撤退した地上軍からの攻撃も無い故に順調な進軍。
 最初の交戦で何隻か失ったものの、未だ神聖アルビオン共和国の艦隊が今この周辺にいる戦力の中で最も強い事は変わっておらず、
 有頂天になったジョンスントンは先ほどの進軍開始の合図として打ち上げた花火で更にテンションを上げてしまい、とうとうワインを飲み始めたのである。
 最初こそそれを諌める者はいたが、あろうことか彼は杖を抜いて「司令長官のささやかな一杯に口出しする気か!」と逆上したのだ。
 こうなっては誰も止める者はおらずボーウッドも、そのまま酔っていてくれれば作戦に口出ししてくる事はないと放置している。

(まぁ最も、トリステイン軍との交戦が開始したら…酔いなど吹っ飛んでしまうだろうけどな)
 精々今の内に喜んでいるといい。軽蔑の眼差しを司令長官殿に向けながら、ボーウッドが心の中で呟いた直後―――
 『レキシントン』号の見張り台から、地上の様子を見張っていた水兵が双眼鏡を片手に大声を上げた。

「タルブ村の高台にて、謎の発光を確認!繰り返す、謎の発光を確認!」


 ルイズの指に嵌められた『水のルビー』と、古ぼけた『始祖の祈祷書』。
 彼女が鞄の中にこっそりしまっていたとのステイン王家の秘宝が、まるで地平線から顔を出す太陽の様に眩い輝きを放っている。
 あまりにも激しいその輝きは、当然の様に周囲にいる者たちの目を容赦なく眩ませていく。
「ちょ…!?ちょっと、ちょっと!今度は何?何が起きてるのよ!?」
 突如、ルイズの手元から迸った激しい光にモンモランシーは手で目を隠しながら悲鳴を上げた。
 しかし彼女の疑問に答える者は誰もいない。いや、正確に言えば皆が皆それに答える程の余裕が無かったと言えばいいか。
 ギーシュとキュルケも彼女と同じように突然の光に目が眩み、あのタバサさえも目を瞑って顔を光から反らしている。
 シルフィードは器用に前足で顔を隠して、きゅいきゅいきゅい~!?と素っ頓狂な鳴き声で喚いていた。

「うぉっ!眩しッ…っていうか、何だこりゃッ!?」
「くっ…ルイズ、アンタ…!」
 そして霊夢と魔理沙の二人もまたルイズが手にした二つの秘宝から発する光に目をつむるほかなかった。
 だが、それでも光は防ぎきれず魔理沙は両腕で目を隠したうえで更に顔まで反らしている。
 霊夢もこの黒白に倣って同じような事をしたかったが、それを敢えて我慢して彼女はルイズの様子を見守っていた。
 それは彼女が先ほど…『始祖の祈祷書』と呼ばれていたあのボロボロの本を開く前に呟いた言葉が気になったからである。 

 ――――……あの吸血鬼の言葉、本当に当たってたみたい

(あの吸血鬼…もしかして、レミリアの事?)
 久々に聞いた様な気がする紅魔館の幼き主人の名前が、ルイズの口から出たのには少し驚いてしまった。
 そして思い出す。かつて彼女と共に一度幻想郷へと帰ってきた際の集会で、あの吸血鬼――レミリア・スカーレットが言っていた事を。

 ――霊夢の左手には貴方達の種族が『伝説』と呼んで崇める存在が使役した使い魔のルーンが刻まれているんでしょう?
     という事は、貴女にはそいつと同等の力をもっているという事じゃないかしら。貴女がそれを自覚していないだけで

 かつてこの地に降臨し、この世界を作り上げた始祖ブリミル。その始祖が使役した四つの使い魔の内『神の左手』ガンダールヴ。
 そのルーンは今や霊夢の左手の甲に刻まれ、かつては千の敵を屠ったという力でワルドとも互角に渡り合えた力。
 そして…そのルーンを持つ霊夢――ーひいては使い魔を使役するルイズは、つまり―――――…。
 レミリアの言葉を思い出して、思考の波へ埋もれかけた霊夢はハッとした表情を浮かべると首を横に振る。
(でも…ルイズの事と今の光には何の関係が――――…ん?)
 霊夢が心の中で呟いていた最中、それまで周囲を乱暴に照らしていた光がスゥ…と小さくなり始めた。
 まるで東から昇ってくる太陽が、ゆっくと西の空へと沈んでいくかのように光はゆっくりとその激しさを失っていく。 
 そして一分と経たぬうちにあんなに激しく迸っていた乱暴な光は姿をひそめ、それに気づいたキュルケ達がようやっと目を空けられるようになった。

「な、何だったのよ今のはぁ~…?」
「さ、さぁ…。けれど、ルイズが手に持っている本から光が出てきた様に僕には見えたが…」
 もうウンザリだと顔で叫んでいるモンモランシーが落ち込んだ声で放った質問に、未だ困惑から抜け出せないギーシュが曖昧に答える。
 彼の言ゔ光の源゙であろう『始祖の祈祷書』は今や、ルイズの顔を寂しく照らす程度の光しか放っていない。
 それでも、ページが光っているだけでもボロボロの本は今やその見た目以上の価値を持っている事は明らかであろう。
「ちょっとちょっと…!ヴァリエール、今の光は何なのよ?…っていうか、その光ってる本は一体…」
「う~ん…ちょっと待って頂戴キュルケ。…こればっかりは、私もどう説明したら良いか…――――ん?」
 光が収まった事でようやく目をつむるのをやめたキュルケが、真っ先にルイズへ質問する。
 しかし、光を発した二つの道具をカバンから取り出したルイズもいまいち把握してない様な事を言おうとしたとき、その表情が変わった。
 眩い光を放った二つの秘宝の内の一つ―――『始祖の祈祷書』の開いたページ光に目がいったのである。
 否、正確に言えば何も書かれていなかったページに現れていた『発光する文字』に。
「何…?これ?」
 本来なら結婚するアンリエッタ王女とゲルマニアの皇帝へ送る詔を清書するために用意された白紙のページ。
 ゴワゴワで少しページの端を引っ張っても破れてしまいそうな紙の上に、光文字がいつの間にか綴られていたのである。
 しかも光っている事を抜きにその文字は、普段ルイズたちが目にするどの文字とも似て非なるものであった。

 ルイズの怪訝な言葉に気付いたのか、ルイズが左手に持っている『始祖の祈祷書』のページを横から見た。
「ん…?ちょっと待って!…これってもしかして……文字が光ってるの?」
 一番近くにいたキュルケが声を上げると、モンモランシーや霊夢達も何だ何だと周囲に集まってきた。
「えぇ、ちょ…何よ?このボロボロの本はマジックアイテムか何かっていうの?っていうか、何で光ってるの?」
「いや、だから僕に聞かれても答えようが…」
 モンモランシーの目から見て使い方も分からないそのボロボロの本が見せた意外な一面に驚き、
 彼女に次々と疑問を吹っかけられているギーシュは首を横に振りながら、ただただ呆然とした表情で祈祷書を見つめている。
「おっ?ルイズ、これってお前が中々出来なかったて言ってた詔か?中々良さそうじゃないか。全然読めないがな」
「違うわよこの黒白!」
「今は魔理沙の事なんか放っておきなさい。で、ルイズ…これって一体どういう事なのよ?急にあのボロボロな本がこんな事になるなんて」
 魔理沙は魔理沙で何かを勘違いしているのか、的外れな感想でルイズを怒らせていた。
 そんな二人の間に割り込む形で霊夢がルイズの前に出て、彼女に何が起こったのかを聞こうとする。
 ルイズは一瞬言葉を詰まらせるものの、やがて決心がついたのかフゥッと一息ついてから淡々と話し始めた。

「レイム…それがちょっと、私にも良く分からないのよ。…さっき気絶している時に変な夢で誰かが『指輪を嵌めて、祈祷書を開け』って…」
「気絶しているときに見た夢?あぁ、ワルドに攫われた後の事ね」
「何、何々?何か面白そうな話が聞けそうな気がするんだけど?」
 ルイズの言う事に心当たりのあった霊夢がその時の事を思い出し、キュルケのレーダーが二人の話に気を取られた時…
 霊夢の少しだけ蚊帳の外にいたタバサがルイズの持つ『始祖の祈祷書』のページへと目を向けると、ポツリと呟いた。


「これ…もしかして古代のルーン文字…?」
 タバサの言葉に祈祷書を持っていたルイズは再びページへと目をやり、コクリと頷いた。
 彼女の言うとおり、ページの上で光る見慣れぬ文字は全て古代の人々が文字として使っていたルーン文字である。
「確かにそうだわ…これって大昔…つまり私達のご先祖様が使ってたっていう文字だわ」
「古代ルーン文字って…ちょっとちょっと、何で貴女がそんなスゴイモノを持ってるのよ?」
「おいおい何だ。詔かと思ったら、これまた随分とスゴイものが書かれていたじゃないか!」
 マジック・アイテムの蒐集が趣味である魔理沙はここぞとばかりに目を輝かせている。
 何せ魔導書にもなりそうにないボロボロの本が一変して、古代の貴重な文明の一端を記しているマジックアイテムへと早変わりしたのだから。



 黒白が喜んでいる一方でルイズはゆっくりと、人差し指で文字を追いながらゆっくりと読み始めた。
 幸いにも古代史の授業をしっかりと真面目に受けていた事と、祈祷書に書かれている文字の状態が良かったからなのだろう。 
「『…序文。これより我が知りし真理をこの書に記す。』…」
 その一文と共に、ルイズは自らの世界にのめり込んでいく幼子の様に祈祷書の文字を読んでいく。
 背中で見守る知り合いたちを余所に、…そして唯の一人険しい表情で自分の背中を見つめている霊夢の事など露知らずに…。

 ―――この世のすべての物質は、小さな粒より為る。
 ――――四の系統はその小さな粒に干渉し、かつ影響を与え、変化せしめる呪文なり。
 ―――――その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す。

「つ、つまりどういう事なんだい…?」
「私達がいつも使ってる魔法は、この世界にある小さな粒を刺激して行使できてるって事を書いてるのよ?」
 分かりなさいスカポンタン。イマイチ分かっていないギーシュに、マジメに聞いているモンモランシーが文句と共に補足する。
 そんな二人をよそに、ルイズははやる気持ちを何とか抑えて次のページを捲っていく。
「っていうか、何でこんなボロボロの本なんかにそんな御大層なことが書かれてるのよ?」
「それは、すぐに分かると思う」
 キュルケが最もな疑問を口にし、タバサはそれに短く答えつつもルイズの横に立って文字を目で追っていた。
 一方のルイズはまるで耳が聞こえなくなったかのように周囲の喧騒に惑わされる事無く、祈祷書の内容を読んでいる。

 ―――神は我に更なる力を与えてくれた。
 ――――四の系統が影響を与えし小さな粒は、更に小さな粒より為る。
 ―――――神が我に与えし系統は、四の何れにも属せず。
 ――――――我が系統は更なる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。

「……゙我が系統゙?つまりコレを書き残したヤツってのは四系統の魔法よりも更に上位の魔法使…メイジだったって事か」
 ルイズが読む『始祖の祈祷書』を聞いていくうちに、最初はおちゃらけていた魔理沙も真剣な表情へと変わっている。
 本の状態から考えてこの著者が存命していたのは大昔―――それも、人間なら気の遠くなる程の。
 そんな大昔にこの分を後世の者達へ遺して死んでいった者は、なんの意図を込めているのだろうか?
 魔理沙の頭の中に浮かんだ知的好奇心はしかし、祈祷書を読むルイズによって解決されてしまう。

 ―――――四にあらざれば零。
 ――――――零すなわちこれ『虚無』。
 ―――――――我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん。

 ルイズの口からその一節が言葉として出てきた瞬間、四人のメイジは一斉の目を丸くした。
 まるでジグソーパズルのピースのように、前の一節と合致するその文章。
 平民すら知っているこの世界でメイジが仕える四つの系統魔法に属さぬ、もう一つの魔法。
 その実態は果てしなく遠い過去へ取り残され、今や誰もその正体すら知らぬ謎のベールに包まれている『五つ目の系統』。
 かつてこの地に降臨した始祖ブリミルしか使いこなせなかったと言われ、神の力とも呼ばれた『虚無』


「ねぇギーシュ?今、虚無の系統ってルイズ言ったわよね?」
「あ、あぁ…僕も聞いたよ間違いない」
 目を丸くしたモンモランシーは、同じような目をしたギーシュに自分の聞き間違いでないかどうかを確認している。
 タバサは無言であったもののその口はほんの少し開かれ、丸くなった目と合わせてどこか間抜けな表情を浮かべていた。
 そしてキュルケは、突然光る文字が現れ、伝説の系統が書かれていたそのボロボロの本と、それを持っていたルイズを交互に見比べている。

 先程まで成長したなと感心し、手で触れるもののほんのちょびっとだけ離れた彼女が、一気に手の届かぬところへ行ってしまったかの様な喪失感。
 今、光文字で覆い尽くされた古びた羊皮紙の本へと視線を向ける彼女の背中は、まるでルイズとは思えぬ程別人に見えてしまう。
 ルイズのライバルであり、常に彼女の隣りに付き纏う筈だった自分は、とっくの昔に置いて行かれてしまっていたのだろうか?
「ルイズ、貴女は一体…」 
 キュルケが何かを言おうとする前に、ルイズは更にページを捲って新しい文を読み始める。
 まるでそれが今の自分がするべき使命だと感じているかのように、キュルケの声は届いていない。
 ただ、己の鼓動だけがやたらと大きく聞こえた。 

―――これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者なり。
――――またそのための力を担いしものなり。『虚無』を扱う者はこころせよ。
―――――志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
――――――『虚無』は強力なり、また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。
―――――――詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。

―――したがって我はこの書の読み手を選ぶ
――――たとえ資格なき者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。
―――――選ばれし読み手は『四の系統の指輪』を嵌めよ。さればこの書は開かれん。


 そこまで読んだところで、ルイズは深呼吸をした。
 まるで戴冠式に臨む王位継承者のように、自分を待ち受けているだろう運命を想像したときのように…。
 そして自分の言葉一つで国の生き死にを左右する程の力を得る事の覚悟を、受け入れるかのように――――
 深く、そして長い深呼吸の末にルイズは序文の最後に書かれた者の名を、ゆっくりと告げた。

「―――――――ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・・ヴェー・バルトリ…」

 ルイズとシルフィードを除く、その場の誰もが驚愕を露わにした。
 モンモランシーとギーシュは言葉も出せないのか、互いに見開いた目を合わせながら硬直している。
 無理もないだろう。何せこれまで歩んできた人生の中で最も刺激的な体験を既に幾つもこなしているうえで、更に超弩級的な話まで聞いてしまったのだ。
 限界まで回っていた頭の中の歯車がとうとう煙を上げてしまい、ただただ驚くことしかできない状態なのである。
「マジかよ…?ルイズのヤツ、確かに他の連中とは違う魔法を使うとは思ってたが、正に『みにくいアヒルの子』ってやつだな…」
「…………」
 一方で、以前にルイズの゙失敗魔法゙を間近で見ていた魔理沙は思わぬ事実を聞いて目を丸くしていた。
 そして子供の頃に聞いた外の世界の童話を思い出し、話の主役であるみにくいアヒルの子―――もとい白鳥と今のルイズの姿を重ね合わせていた。
(成程ね…、レミリアや紫の言っていた通りだった…という事ね)
 霊夢は霊夢で、怪訝な表情を浮かべつつもルイズが『始祖の祈祷書』を開く前に言っていた言葉に納得していた。

「る、ルイズッ!ちょっと、これは一体どういう事なのよ……ッ!?」
 驚愕と同時にルイズの肩を掴んだキュルケは、余裕を取り繕う暇も無く彼女に問い詰めようとする。
 しかしルイズは口を開くことはせず、自分の肩を掴むキュルケの手を優しく取り払うとスッと軽い動作でその腰を上げた。

 この時、タバサは気が付いた。ルイズがあらかじめ指に嵌めていた指輪の正体を。 
 最初にそれを目にした時は似たようなアクセサリーの類かと思ってはいたが、あの文章を聞けば誰もが彼女と同じ答えに達するであろう。
 青く光る宝石の指輪。それはトリステイン王家に古くから伝わる『四系統の指輪』の一つ、『水』のルビー…だと。
 唯一の疑問は、何故名家と言えどもまだまだ子供でしかない彼女がそれを持っているのかという事だが、それは本人に聞かねば分からない。

「ルイズ、それはもしかして――――…゙『水』のルビー゙なの?」
「タバサ…!」
 もう一人の親友が口にしたその言葉にキュルケは思わず大きな声を上げてしまう。
 彼女は認めたくなかったのだろう。本に書かれていた内容を思い出し、これからルイズに降り掛かるであろう運命を。

 したがって我はこの書の読み手を選ぶ
 たとえ資格なき者が指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。
 選ばれし読み手は『四の系統の指輪』を嵌めよ。さればこの書は開かれん。

 彼女が指に嵌めている、本と同じく青色に輝く宝石が台座に嵌った指輪。そしてその通りに開かれた本。
 そしてそれを開き、読みし者がこれから受け入れるしかないであろう運命が、決して楽ではないという事。
 だからキュルケは不安だった。いつも自分の事だけで精一杯で、それでも必死に背伸びして頑張ってきたルイズの゙これから゙が。

 しかしそんなキュルケの大声も空しく、立ち上がったルイズは二人の方へと顔を向けると、
「―――ごめん、二人とも。詳しい話は私達の頭上にあるアイツらを片付けてからにして頂戴」
 二人に向かってそう言ったルイズは、右手に持った杖を頭上のアイツラ―――もといアルビオン艦隊へと向ける。
 この十六年、苦楽を共にし、異世界へも一緒に行った古い友人の様な杖をルイズはしっかりと握り、魔力を込めていく。
 何度呪文を唱えようとも失敗し、その度に大きな爆発を起こしつつも決してその爆発で折れる事は無かった。
 そして今は、今までそうしてきた様に魔力を込めているが…これから唱えていくであろう呪文は初めて詠唱するもの。
 今まで見てきた呪文の中で、恐らく最も長いであろうその魔法が何を起こすのかまでは良く知らない。
 けれども…唱え終わり、杖を振った後に起こり得るべき事象はルイズには予測できた。
 何故ならば、左手に持った『始祖の祈祷書』にはその魔法の呪文の横に名が記されていたのだから。
 その名前を見た時、彼女は確信した。今まで自分が爆発させてきたのは、決して失敗では無かったという事を。 

 ただ、やり方が分からなかっただけなのだ。
 魔法の才能があると見出された子供が、いきなりスクウェアスペルの魔法にチャレンジするかのように。

 ―――――以下に、我が扱いし『虚無』の呪文を記す。
 ――――――初歩中の初歩。『エクスプロージョン(爆発)』

(私の魔法は失敗じゃなかった…!ちゃんと唱えるべき呪文があったんだ!)
 ルイズは胸の内で歓喜の叫び声を上げると、ついではやる気持ちを抑えようと軽い深呼吸をする。
 『始祖の祈祷書』に書かれていた事が確かならば、指輪を嵌めて祈祷書の内容を読むことのできた自分は、まさに『虚無』の担い手ではないのか?
 幻想郷で出会った吸血鬼のレミリア・スカーレットが言うとおりに、自分の本当の力はこれまで目覚めていなかったのかもしれない。
 あの世界では一際強力な力を宿した人間の霊夢を召喚し、あまつさえ彼女は伝説の使い魔『ガンダールヴ』となっている。

 そして、ワルドに眠らされた時に見たあの変な夢。
 あの時、夢の中で自分に話しかけてきた男の人は確かに言っていた。『水』のルビーを嵌めて、『始祖の祈祷書』を開け、と。
 見ていた時にはハッキリと聞こえなかったあの言葉が、今になって鮮明に思い出せる。
 確かに、鞄の中にはお守りの代わりにアンリエッタから貰った『水』のルビーと『始祖の祈祷書』を入れていた。
 その事を何故、あの夢の中にいた男の人は知っていて、それを身につけページを開けと伝えてきた理由までは知らない。
 所詮は夢の中…と言えばそれで良いのだろうが、ルイズにはあの男の人が『単なる夢の中の存在』だとは思えなかった。
 今にして思い出してみると、耳に入ってくるあの人の声色やしっかりとした靴音は、夢とは思えないくらいに生々しかったのである。
 まるでワルドの魔法で気を失った自分の意識だけが、どこか別の空間に移っていたかのような…。
 そして夢から覚める前に、彼はこんな事を言っていた。

 ――――君ならば…―――制御でき―――る…。
 ――――使い道を、間違え…――――あれは、多くの…人を――――無差別に…―――――――殺…せる

 君ならば制御できる。そして、多くの人を無差別に殺せる…と。
 目覚めた直後は何を言っていたのか分からなかった。
 しかし夢で言われたとおりに指輪を嵌め、ページを開いた祈祷書に書かれている゙エクスプロージョン゙の名と呪文を見て、確信した。
(どうしてかは知らないけれど、きっとあの男の人はこれの事を言っていたんだ。私が上手くその力を制御して、アルビオン艦隊を止めろって…)
 頭上に迫るアルビオン艦隊。その進む先には大好きなカトレアがいるであろう屋敷に、王都トリスタニア。
 後退したトリステイン軍ではあれを防ぎきれるかどうか分からない、もし破られればトリステインは一方的に蹂躙されるかもれしない。

(なら、私がやるしかない。こんなタイミングで、『虚無』の使い手だと発覚した私が…止めるしかないのよ)
 だからこそ彼女は祈祷書に猿された呪文を唱えるのだ。その小さな背中にあまりにも大きすぎる荷物を背負って。
 杖を振り上げ、遠い遠い歴史の中に冴えて言った伝説の呪文を唱えるその後ろ姿はあまりにも危うげで、しかしどこか勇猛さえ垣間見えた。

 ―――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ

 ルイズの口から低い詠唱の声が漏れ出している。
 その声は妙に落ち着いていており、子供のころから唄っている子守唄の様にしっかりとした発音。
 キュルケやモンモランシーもその詠唱を聞いて口を閉ざし、今やそれを静聴する観客の一人となっている。
 既にアルビオン艦隊は間近にまで迫ってきており、近づけば近づくほど船の周囲で警戒にあたっている竜騎士たちに見つかりやすくなる。
 タバサはその時の為に呪文を耳に入れつつもその視線は上空へと向けて、近づいてくる艦隊と竜騎士に警戒していた。
 一応この中で唯一の男子であろうギーシュも警戒に当たっていたが、恐らく一番頼りないのも彼なのも間違いない。
 何にせよ気づかれれば一触即発。ハルケギニア一の竜騎士とうたわれるアルビオンの竜騎士隊との戦いは避けられないであろう。

「全く、あっちはあっちで盛り上がってるぜ。私のこの逸る気持ちを放っておいてさぁ」
 ルイズの落ち着いた声と聞き慣れぬ呪文の詠唱が周囲に聞こえる中、魔理沙は口をとがらせて上空を睨んでいた。
 森の中では上手く戦えず、ワルドには眠らされた挙句にようやく自分らしい戦いが出来ると思いきや…ルイズからのお預けである。
 本当ならばルイズはルイズで呪文を唱えている間にひとっ飛びでもして、あの艦隊と竜騎士たちに喧嘩を売りに行きたい気分だというのに…。
 まるでエサ皿を前に「待て」と言われた飼い犬の様に大人しくしていた魔理沙であったが、彼女がそう易々という事を聞くはずがなかった。

 ルイズが艦隊へと杖を向けて詠唱し、キュルケ達がそんな彼女の背中を黙って見ている状況。
 五人の後ろにいた魔理沙はキョロキョロと辺りを見回すと、音を立てずにそっと箒に腰かけようとする。
「まぁいいか。ルイズはルイズで頑張れば良いし、私はちょっくらちょっかいを掛けにでも…―――…って、うぉっ!?」
 そして、そんな事を呟きながら飛び立とうとした彼女は…後ろにいた霊夢に襟を掴まれて強制着陸してしまう。
 幸いにも飛び立とうとする直前であった為に、地面にしりもちをつくという情けない姿を掴んできた相手に見せる事はなかった。
「全く…アンタは何、そう他人事みたいに言って、一人で突っ込もうとするのよ?ったく、世話が焼けるわね」
 世話の焼ける子供を相手にする年上のようなセリフを言ってきた霊夢を、魔理沙は苦虫を噛んだ様な表情で睨み付ける。
「……おい霊夢、コイツは一体どのような了見かな?自分一人だけ満足するまで戦っておいて、私の時だけ邪魔するのは良くないと思うぜ?」
「アンタとは違って私は別に戦いが好きってワケじゃないわよこの弾幕バカ」
 ルイズの詠唱を邪魔せぬ程度の声量で、二人は喧嘩にならない程度の口げんかと会話を同時に進めていく。
 一方でルイズの詠唱を見守っていたタバサがチラリと霊夢たちの方を垣間見るが、二人はそれに気づかずに会話を続けていた。

「にしたってよぉ、本当は私等三人でアレを倒すつもりだったっていうのに…まさかルイズ一人に取られるとはなぁ」
 霊夢に止められて一旦は諦めが付いたのか、箒に腰かけるのをやめた魔理沙が未練がましく呟く。
 そんな彼女を見ていた博麗の巫女は、相も変わらずドンパチ好きな知り合いにため息をつきつつも話しかけた。
「別に邪魔するつもりじゃあ無かったのよ。ただ、今ルイズが唱えているあの呪文の事で、ちょっとイヤな予感を感じただけよ」
「……!ちょっと待て、お前さんの言ゔイヤな予感゙ってのはあまり耳にしたくは無いんだが…私を引きとめたって事はそんなにヤバイのか?」
 勘の良さに定評のある霊夢の口から出た言葉に、魔理沙が物騒なモノを見るかのような表情を浮かべてしまう。
 しかしそんな魔法使いに構うことなく、彼女は上空の艦隊を見上げながら呟いた。

「何が起こるのかまではまだ分からないけど…これはちょっと、洒落にならない事がおこるかもね?」
「マジかよ…」
 いつも暢気にしている霊夢が真剣な表情で呟いた言葉に、魔理沙はようやく大変な事が起ころうとしている事に気が付く。
 事あるごとに鋭い勘を働かせ、異変解決に勤しんできた霊夢の真剣な様子と物言いは決してバカにできないと知っているからだ。
「まぁアンタも私も、何かあったときはお互い動ける様にはしときましょうか」
「何か私だけお預けを喰らった気分だが、しゃーない!これは借りにしておくからな」
 ルイズの口から漏れ続ける、失われし系統『虚無』の呪文が耳に入ってくる状況の中、魔理沙はふと気が付く。
 霊夢の左手の甲に刻まれたルーン―――今は休眠状態にある『ガンダールヴ』のルーンが、薄らと光り出した事に。



「んぅ~…?何だぁ、船首が騒がしいぞぉ…」
 お気に入りのワインを五分の二ほど飲んだジョンストンが騒ぎに気付いたのは、それ程遅くは無かった。
 最初の奇襲が失敗し、待ち伏せしていたトリステイン軍の伏兵に地上から攻撃された後、彼は気つけ薬として酒を飲んでいた。
 最初はエールを軽く一杯チビチビと飲んでいたが、切り札であるキメラ軍団の活躍を聞いてから、エールの入った瓶はすぐに空になった。
 部屋にあったエールを一瓶飲み干し、タルブ村一帯まで占領したという情報が入ってきてから、彼はとうとう秘蔵のワインに手を出したのである。
 それから後はトントン拍子に酔ってしまい、花火を打ち上げてそれを進軍の合図にしたりと既に気分は勝利者の状態なのであった。
 今の彼は周りの水兵や将校達からは放っておかれている状況であったが、程よく酔っている今の彼にはどうでも良いことでしかない。

 しかし、そんなジョンストンではあったが船首に集まっている何人かの将校を見つけることは出来ていた。
 『レキシントン』号に乗船したている士官や艦長のボーウッドまで船首から首を出して、望遠鏡で何かをじっと見ている。
 まるで子供の頃に親に買ってもらった望遠鏡で星空を眺めるかのように、一生懸命右目をレンズに当てて地上の様子を観察しているのだ。
 大の大人…ましてやボーウッド程の軍人が子供じみた真似をしているのを見て、思わずジョンストンは口の端をゆがめて笑ってしまう。


(全く、この私の前であれ程偉そうなに振舞っておいて、自分は部下たちを引き連れてトリステインの田舎観察とはな)
 既に頭の中も酒気に中てられたジョンスントンは、そんな事を思いながら「ハッ!」と小さな笑い声を上げる。
 しかし、笑うと同時に気にもなった。あのボーウッドや士官たちは自分たちの仕事ほ放っぽり出してまで、何を必死に見ているのだろうか?
「……うぅ~む。一体なんだ、何を見ているのだ?…気になる、気になるぞ」
 呂律が回らなくなってきた口で一人ぶつぶつと呟きながら、ジョンストンは少し危なっかしい足取りで艦長たちの方へと歩いていく。
 途中何人かの水兵が彼の背中に声を掛けてきたものの、それ等を無視してお飾りの司令長官はボーウッドの下へとたどり着いた。

「おぉうボーウッドよ、夜空の上から眺める地上とやらは綺麗かな?」
「……!サー、ジョンストン司令。一体何用でございますか」
 背後から酔っ払いのジョンスントンに声を掛けられたボーウッドは、慌てて彼に向かって直立し、次いでビシッと敬礼を決めた。
 他の士官たちも酔っぱらった司令長官が来た事に気が付いたのか、皆望遠鏡を下ろしてから急いで敬礼をしていく。
 相変わらず生真面目なヤツらだと思いながら、ジョンストンは赤くなった顔でニヤニヤ笑いつつボーウッドの左手の望遠鏡を指さして言う。
「いや何、アルビオン共和国が王国だった頃から働いてると君たちが子供の様に望遠鏡を覗く姿に興味が湧いてね。…で、どうだい?星でも見えるのかい?」
 酔いの勢いもあってか、朝方の弱気な態度が消えたジョンスントンへの苛立ちを隠しつつ、ボーウッドは敬礼の姿勢を崩さぬままこう答えた。
「いえ実は…先程からタルブ村の小高い丘の上で、怪しい動きを見せている者たちがおりまして」
「何だと?少し借りるぞ」
 ボーウッドの報告を聞いて笑顔が一転怪訝な表情へと変わったジョンストンはそう言った後、彼の手から望遠鏡をひったくった。
 お飾りとはいえ司令長官の命令には逆らえず、他の士官仲間たちが残念に…と言いたそうな表情を向けてくる中、ボーウッドはひたすら冷静を装っている。
 アルビオン王国時代から空軍が愛用し続ける望遠鏡を手に取った司令長官は、他の者達かしていた様に船首から地上の様子を観察した。
 最初こそどこにいるか探る為に十秒ほどの時間が掛かったものの、森へと通じる小高い丘にボーウッドの言ゔ者達゙の姿を発見する。

「おぉ、あヤツらか…。ふむ、確かに怪しいな…ひぃ…ふぅ…合わせて七人…おぉ小さいが風竜もいるなぁ」
 ジョンストンが望遠鏡越しに覗く先には、怪しい七人と一匹の青い風竜――――ルイズたちが見えていた。

 その内五人がマントを羽織っているのを見て貴族だと気が付くが、望遠鏡越しに見ても軍人とは思えないほど身の細い者達ばかり。
 更に残りの二人の内一人…黒髪の少女は異国情緒漂う変な格好をしており、紅白の衣装は夜中と言えども酷く目立っている。


「あれは一体何のつもりだ?まさかたったの七人で我が艦隊を止めるとでも…いや、まさかな」
 ジョンストンの独り言から、彼も自分たちが見ていたモノを発見した事に気が付いた士官の一人が、咄嗟に説明を入れた。
「実は船首で地上警戒に当たっていた水兵が彼女らを見つけまして…我々も何た何だと見ていたのです」
「そうか……ん?」
「どうしました?」
 望遠鏡は下ろさず、そのまま士官の説明を聞いていたジョンストンは、ふとある事に気が付く。
 その七人の内唯一男子であろう派手なシャツを着た少年を覗き、六人がそれなりいい年の美少女だという事に。
「ふぅむ、ここからだと顔は良く見えんが。流石はアルビオン謹製の望遠鏡!この距離でも相当綺麗な乙女ばかりと辛うじて分かるぞ!」
「……そ、そうですか」
 聞いてもいないのにそんな事まで言ってくるジョンスントンに、士官たちは声を上げなかったものの皆呆れた表情を浮かべている。
 ボーウッドもボーウッドで冷静を装いつつも、自分に絡んできた酔っ払いをこれからどうしようか考えあぐねていた。
 そんな風にお荷物な司令長官に呆れてしまっていた時、その司令長官であるジョンストンが怪訝な表情を浮かべて言った。

「いや…待てよ、七人の内の一人だけ…ピンク色?の頭の少女…あれは何を…杖を向けて、呪文を唱えているのか?」
 実況するかのように望遠鏡越しに見える少女の様子を喋っていたジョンストンの言葉に、ボーウッドたちは再び船首から身を乗り出した。



 目まぐるしく状況が変化しているのは、何もアルビオンやトリステイン軍、そしてルイズ達だけではない。
 霊夢や魔理沙たちもまた、この戦場と呼ぶにはあまりにも静かすぎる空間の中で目まぐるしい状況の変化を味わっていた。

 ―――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド

「……何これ?一体どうなってるの?」
 『始祖の祈祷書』に現れた虚無のスペルを唱えるルイズの声が響き渡る中、ふと雑音の様な巫女の声。
 薄らと光り出した左手の甲に刻まれた使い魔の証――『ガンダールヴ』のルーンを見て、霊夢が怪訝そうに呟いたのだ。
 今のところ持てる力を使い切ってお休み状態になっていた筈だというのに、まるで息を吹き返したかのように光り始めたのである。
「おいおいどうしたんだよ霊夢?何だか知らんが、使い魔のルーンがやけに調子良さそうじゃないか」
 霊夢よりも先に気が付いていた魔理沙は、元気?を取り戻していく使い魔のルーンを見つつ、面白いモノを見るかのような目で言った。
「まるで他人事みたいに…まぁアンタには他人事だろうけどね。……って、うわッ…ちょ…何これ、力が…」
 そんな黒白を無視せずに悪態をつこうとした霊夢はしかし、ルーンの発光と共に自分の身に異変を感じ、思わず驚いてしまう。
 気のせいなのだろうか。否、気のせいと思いたいのか、ルーンからほんの僅かだが力が湧き出しているののに気が付いたのだ。
 まるでスコップで掘った地面の穴から温泉が徐々に滲み、湧き出てくるようにゆっくりと自分の体の中をルーンから流れる力で満たされていく。

(ちょっと嬉しい気持ち半面、気持ち悪いわねェ…―――でも、そういえば一度だけ…)
 一体どういう気まぐれなのか、恐らく体力を使いすぎた自分を労わってくれているであろうルーンに、霊夢は複雑な気持ちを感じてしまう。
 そもそも使い魔のルーンに感情何てあるのかどうかすら知らなかったが、ふと彼女は思い出す。一度だけ、今と似たような状況に遭遇したことが。
 ルイズに召喚されたばかりの頃、まだ紫が迎えに来る前の事。あのアンリエッタが持ってきた幻想郷録起を手掛かりに、アルビオンへ赴いた時の事。
 偶然見つけた浮遊大陸の底に出来た大穴、そこを通って辿り着いた森で出会った長耳に金髪の少女。
 昼食を頂いた後で襲い掛かってきたミノタウロスに止めを刺そうとした直前、杖を手にした彼女が唱えた呪文。
(あの時とは違うけど…似ている。彼女の呪文は心が安らいで…消えてたルーンがまた戻ってきて…そしてルイズのこの呪文は…――――…ッ!?)
 『ガンダールヴ』のルーンを通して、自分に力を与えてくれている。そこまで考え付いた時、霊夢は気が付いた。
 呪文を唱えているルイズの体から漂ってくる魔力が、際限なく膨れ上がっていくのを。

 ――――ベオーズス・ユル・スヴェエル・カノ・オシェラ

 ルイズが詠唱を続けていくごとに、彼女の体の中に蓄積していく魔力が膨れ上がりつつも一定の形へと姿を変えていく。
 まるで地面から盛り上がった膨大な土の山に緑が生い茂り、巨大な霊峰へとなっていくかのような、魔力の突然変異。
 そうとしか言いようの無い魔力の形成が、年端もいかぬルイズの体内で起こっている事に、霊夢と魔理沙は――いや、キュルケ達も薄々気が付いていた。
「霊夢…!こいつは…」
「一々言わなくても良い、分かってるわよ」
 先ほどルーンが光っていた事を小馬鹿にしていた魔理沙は、真剣な表情でルイズを見つめている。
 魔法使いであるが故か、この世界の魔法使い…もといメイジであるルイズの魔力に気付いて、額から冷や汗が流れ落ちた。
「お前さんの勘が当たったなぁ?何が起こるかまでは分からないが…もし、あれだけの魔力を攻撃に使ったら…」
 そこから先の言葉を唾と一緒にグッと飲み込んだ彼女を見て、霊夢は思わず背中に担いでいたデルフに喋りかける。
「ちょっとデルフ、これ一体どういう事よ?ルイズのヤツ、虚無の魔法がどうたらとか言って、呪文を唱えてるだけどさぁ…」
 始祖の使い魔について妙に詳しかったこの剣の事だ、きっと何か知っているかもれしない。そんな期待を抱いて、話しかけた。

『……………。』
 しかし、ワルドと戦いだしたときはあんなに饒舌だったインテリジェンスソードは、その口?を閉ざしていた。 
 眠ってるわけではないのだろうが、あのお喋りな剣が黙りこくっていることに霊夢は不安を感じてしまう。
「――……ちょっと、聞いてる?デルフー?」
『―――…え?あ、あぁ悪りぃ悪りぃ!俺とした事が久々の『虚無』の呪文を聞いて呆気に取られちまったぜぇ…!」
 念のためもう一度声を掛けた直後、まるで止まっていた時が動き出しすのようにデルフが喋り出した。
 暫しの沈黙を破ったインテリジェンスソードの声には抑揚がついており、その言葉からは嬉しそうな響きが混じっている。
 霊夢はため息をつきつつも、変に嬉しそうなデルフを鞘から抜くと面と向かって彼に話しかけた。
「ちょっとアンタ、その様子だとルイズが今唱えてる『虚無』とかいうのに詳しそうじゃないのよ。何か知ってるの?」
 彼女の質問はしかし、テンションが上がっているデルフの耳?には入らず、彼は一人捲し立てている。
『いやー何!あの娘っ子が『虚無』の担い手だったとなはぁ…、まぁ人間のお前さんを召喚して『ガンダールヴ』にしちまったんだから…当然―――ッウォ!』
 ダミ声と金属音が一緒くたになって重なり合い、下手くそな音楽になりかけた所で、苛立った霊夢が思わずデルフを地面へと突き刺した。
 雑草を切り裂き、程よく固い土と土の合間に入り込むようにめり込んだところで、ようやっとデルフは我に返る事ができた。

「だぁーかぁーらぁーッ!私はその『虚無』とやらを詳しく知りたいワケ!アンタの一人語り何てどうでもいいのよ!」
 ハッキリとした苛立ちを顔に浮かべた霊夢の怒気を感じ取った魔理沙が、「おぉ、怖い怖い」とデルフと彼女を交互に見つめて笑っている。 
 その間にも詠唱を続けるルイズの体から漂う魔力は先鋭化していっており、魔理沙の笑顔もどことなく硬い表情であった。
『わ、分かった分かったって…ったく、おっかねぇなぁレイム。ちゃんと説明するつもりだったんだよ』
「だったら今質問するからそれに答えなさい。…ルイズが今唱えてるのが『虚無』だとして、『エクスプロージョン』ってどういう魔法なのよ」
『えぇ?……あぁ、思い出した。確かにそうだな、この呪文は確かに『エクスプロージョン』のだな。『虚無』の中でも初歩中の呪文だ』
 霊夢の質問にデルフがそう答えると二人からちょっとだけ離れていた魔理沙がふらりと近づき、デルフに質問を投げかける。
「なぁデルフ。ルイズが今唱えてる呪文…名前からして爆発系の魔法なんだろうが、あの魔力の貯め方だと相当な威力が出るんだろ?」
 普通の魔法使いからの質問には、なぜか数秒ほど考える素振りを見せてから、金具を動かして喋り出した。

『あぁ…―――まぁそうだなぁ~…。娘っ子が『虚無』を初めて扱うにしても、手元を狂わせる事は…しないだろうなぁ』
「手元を狂わせる…?何だよ、何かヤケに不吉な言い方だな?」
『不吉って言い方は似合わんぜマリサ。もし娘っ子が『エクスプロージョン』の制御に失敗したら…』
 そこでまたもや喋るのを止めたデルフの沈黙の間に入るようにして、

 ――――ジェラ・イサ・ウンジューハガル・ベオークン・イル…

 ルイズの詠唱が辺りに響き渡った直後、意を決した様に言った。
『―――――俺もお前ら全員。跡形も無く消えちまう…文字通りの『死』が待っているんだぜ?』 
 直後、そこで詠唱を止めたルイズは一呼吸置いた後にアルビオン艦隊へと向けた右手の杖を軽く振り上げた。
 すると彼女の体内で溜まっていた魔力の塊が一気に杖へと流れ込み、ルイズの体内から魔力を削り取っていく。

 そして…体内に溜まっていた魔力をほんの僅かだけ残し、残りが全て杖へと注がれた瞬間。
 ルイズは振り上げたその杖で、頭上のアルビオン艦隊を斬り伏せるようにして―――振り下ろす。
 直後。詠唱と共に練り上げられたルイズの魔力は『エクスプロージョン』として発動し、その効果を発揮した。



「ん…―――――ッ」
「うぉ…――――ッ!」
『おぉッ…!』
 眩しい、眩しすぎる。



 ルイズが発動した『エクスプロージョン』を一目見ようとした霊夢と魔理沙は、偶然にも同じ感想を抱いていた。
 最も、それを言葉として出すよりも先に二人して小さい悲鳴が口から漏れ出し、目の前を覆い尽くす白い閃光に目を瞑らざるを得なかったが。
 魔理沙はともかくとして霊夢は目の前を覆う白い光に目をつぶり、顔を背けつつも何が起こったか把握しようとしている。
「何これ…!眩しい…、ちょっと魔理沙!」
「私に聞かないでくれ!今は目ぇ瞑ってるだけでも精一杯なんだからさぁ…!」
 しかし、彼女の目で見えるのはすぐ横にいる魔理沙と地面に突き刺したままのデルフだけで、ルイズとその近くにいたキュルケ達は見えない。
 魔理沙も魔理沙で直視すれば失明の危険すらある程の眩しい光と対峙する勇気はないのか、必死に顔を背けていた。
「ちょ…ッ!何よこれ、何が起こったっていうの!?」
「!…キュルケ、アンタ…さっきまで立ってた場所にいるの?」
 その時であった。彼女たちのいた場所からあのキュルケの叫びが聞こえてきたのは。
 姿は見えないにしても会話を邪魔するような騒音が無いために、姿は見えずとも彼女と自分の声だけは鮮明に聞き取れていた。

「れ、レイム…何だか、大変な事になっちゃっってるわねぇ…!?」
「こんな時に楽しそうに喋れるアンタの気楽さを見習いたいもんだわ…!」
 ギーシュやモンモランシーと一緒に、ルイズの傍にいたであろう彼女は自分達よりもっと大変な目に遭っているかもしれないが、
 珍しいモノが見れたと思っているのか、抑揚のついた声で話しかけてきたキュルケに霊夢は思わず苛立ちの声を上げてしまう。
「で、ルイズはどうなの、無事なのッ!?」
「大丈夫!ルイズはいる、僕たちの傍にいるよ!モンモランシーは気を失っちゃったけどね!」
「タバサも大丈夫、私の傍にいるわ!」
 ついで確認したルイズの安否にはギーシュが答え、自分のガールフレンドが倒れた事も報告してくる。
 キュルケも無口であるタバサの安否を確認し、彼女の使い魔であるシルフィードが返事替わりに「きゅいー!」と一鳴きした。

 ひとまずこの場に居た全員の安否を確認した霊夢は、光の発生源であろうルイズの事を思って舌打ちした。
「くっそ…!ルイズのヤツ、こんな事が起こるっていうなら先に言っておきなさいよ!」
『なぁに、この閃光は長くは続かないぜレイム。娘っ子のヤツは無事に『エクスプロージョン』を成功させたぜ!』
 思いっきり理不尽な物言いをする霊夢を励ますかのように、唯一目を瞑る必要すらないデルフが、嬉しそうな様子でそう言った直後―――光が晴れ始めた。
 まるで霧が晴れていくようにして薄まっていく光が彼女たちの視界から消え失せ、周囲は再び夜の闇に包まれていく。

「…光が消えた?………――ん?…―――…ッ!」
 光が晴れた事で、無事に視界が元に戻った霊夢はふと頭上を見上げ―――――目を見開き絶句した。 
「お、やっと光が晴れ……て…――――…はぁッ!?―――えぇ…ッ?」
 彼女の隣にいた魔理沙もようやく視界を取り戻した直後、彼女に倣うかのように頭上を見上げ、驚愕する。
 そして信じられないと言わんかのように何度も両目を擦り、もう一度頭上を見上げて驚いて見せた。

「………ははっ、何よコレ?」
「―――――…どういう事なの」
 キュルケは目立った反応こそ見せなかったものの、明らかに引き攣った笑みを浮かべて夜空を見上げていた。
 タバサもまた動揺を抑える事ができず、丸くなった目でゆっくりと地面へと落ちていぐソレ゛を見つめている。
「る…る、る…ルイズ…?ま、まさか君が…君がやったのかい…゙アレ゙を」
 気を失ったモンモランシーを抱きかえているギーシュは限界まで見開いてしまった目で、すぐ横にいるルイズを見つめた。
 アルビオン艦隊が゙いだ場所へ杖を向けたままの姿勢で固まっている彼女は、ジッと夜空を見上げている。
 暗い闇に包まれていた地面を照らす太陽の様に激しく燃え盛る炎が幾つも舞い、落ちてくる夜空を。

『ほっほぉ~?奴さんたちの被害を見るに…娘っ子のヤツ、相当溜めてたみたいだねぇ?』
 ルイズとモンモランシーを除いた皆が驚きを隠せぬ中で暢気に喋るデルフは、夜空に浮かぶ炎へと視線を向ける。
 夜空に浮かぶ炎の正体。それは見るも無残に炎上するアルビオン艦隊であった。
 全ての艦の帆に、甲板に火がつき、その灯りで地上を薄らと照らしてしまうほどに燃え盛っている。
 そして不思議な事に、あれだけ快調に進んでいた艦船群全てが、艦首を地面へ向けて墜落していくのだ。
 まるで火山灰に巻かれ、成す術も無く地上へ落ちていく渡り鳥のように。
「冗談だろ…?まさか、これ全部、ルイズのあの魔法一発で…」
「少なくとも、幻想郷であんなの使ったら…大変な事になるわね」
 自分たちを照らしつつ緩やかに墜落していくアルビン艦隊を見つめながら呟いた魔理沙に、霊夢が相槌を打つ。
 魔理沙も魔理沙で破壊力のある弾幕を放つことはあったが、ルイズが発動したであろう『エクスプロージョン』は格が違った。
 あれはあくまでも弾幕ごっこで使う弾幕であり、それ以上でもそれ以下でもない。しかし、目の前の艦隊を全滅させた『エクスプロージョン』は違う。
 弾幕ごっこは人と妖が対等に戦える遊戯かつ幻想郷流の決闘でもあり、どんな弾幕でも避けれるチャンスはあるが、あの『虚無』にはそれが無かった。
 一方的な攻撃かつ徹底的な破壊、それが一瞬で行われる。妖怪ならまだしも、人間の少女であるルイズがあの魔法を幻想郷で放てば一大事になるだろう。
 均衡を保っていた人間と妖怪のパワーバランスが崩壊してもおかしくはない、ルイズが見せてくれた『虚無』はそれだけの力を持っていた。


『そう、これが『虚無』の一端。かつてこの地に降臨して、今の世の礎を築いた始祖ブリミルが使っていた第五の系統さ』
 唖然とする二人を見ていたデルフがまるで自慢するかのように言った直後、キュルケが悲鳴を上げた。
「ルイズ!ちょっと、大丈夫…!?」
「う、うぅん…ん…」
 見れば先ほどまで二本足で立っていたルイズは糸が切れた人形の様に、地面へと倒れている。
 悲鳴を上げたキュルケは彼女の傍に寄り添い体を揺するが、ルイズ本人は呻き声を上げるだけで一向に目を開けない。
「ルイズ!」
 霊夢の隣にいた魔理沙も気になったのか、ルイズの使い魔である知り合いよりも先に彼女の下へと走る。
 一方の霊夢も一足遅れて近づこうとしたが、ふと甲板と帆を炎上させて墜落していく『レキシントン』号を見て、苦々しく呟いた。

「何が魔法よ…!こんなの、魔法のレベルを超えてるじゃない。私から言わせれば……強いて言わせれば―――――」

――――――『粒を操る程度の能力』だわ…!
 最後の言葉を心の中で叫んだ彼女は、デルフをその場に突き刺したままルイズの下へと駆けていく。

 霊夢は思い出していた、ルイズが読んでいた『始祖の祈祷書』に書かれていたであろう内容を。
 この世の物質は小さな粒から為り、四系統の魔法はその粒に干渉し、『虚無』はそれより更に小さな粒に干渉できる。
 ならばルイズが放った『エクスプロージョン』は、その小さき粒を刺激し変化させ、艦隊の周囲で爆発させたのだ。

 だから彼女はルイズの゙魔法゙を、幻想郷で言ゔ能力゙と位置付けた。
 使い方次第では神にも大妖怪にも為り得る、強大過ぎるルイズの『虚無』を。





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