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ウルトラ5番目の使い魔、第三部-47


 第47話
 激闘! トリスタニア防衛戦

 密輸怪獣 バデータ 登場


「全乗員退艦終了を確認。今、艦内にはわたしたち以外には誰も乗っていないことを確認しました」
「よろしい。では、これよりラグドリアン湖への潜行を開始する。水の精霊よ、この場所で間違いないのですね?」
「ああ、我らの都はちょうどこの真下に位置している。このまま潜っていけば、迷うことなく到達することができるだろう」
「わかりました……では、これより我らは、水の精霊の都のある、ラグドリアン湖の深部へ向かって、出発します」

 広大なラグドリアン湖の中心部で今、巨大な船が猛烈な水泡を吹き上げながら沈んでいこうとしていた。
 オストラント号。本来ならば空を駆け、光り輝く未知なる世界へと飛び立つために生まれたはずの船が、真逆の暗黒の淵、暗き水の底の世界へと旅立とうとしている。
 見送るのは、一隻の小型の帆船。いや、ヨットと呼んだほうがいいような小さなそれが一艘のみ。
「船の沈む姿ってのは、あまり見てて気持ちのいいものじゃないな」
 水精霊騎士隊の少年のひとりがぽつりとつぶやいた。これまで何度も死地を共に潜り抜けてきた船が、たとえ本当に沈没するわけではないにせよ沈みゆく姿は物悲しいものを感じてしまう。
 しかし、これは必要な未来を手に入れるための勇気ある冒険なのだ。小型船の上では、ベアトリスとエーコたち、銃士隊に水精霊騎士隊、そしてモロボシ・ダンが期待を込めた眼差しで沈みゆく東方号を見つめていた。
「頼むぞ、私は短いあいだだがこの目で見てきた。この世界の人間たちは、地球人たちと同じように私の想像を超えた活躍を何度も見せてくれた。君たちにも、きっとその力は備わっていると私は信じている」
 奇跡は力によって起こすものではない。行動によって起こすものだ。
 宇宙の中では、未開の弱小種族に過ぎない地球人が何百という侵略者から地球を守ってこれたのは、不可能を成し遂げようとする強い意志があったからだ。それは精神論という意味ではなく、困難に対してあらゆる努力を尽くし、道を切り開くことをあきらめないことを言う。
 最初から強い力を持っている自分たちには思いもよらない、弱いからこそ呼べる奇跡の力。セブンは、それを信じている。
 ラグドリアン湖の中心部は断崖と化しており、その水深は正確に観測されたことはなく、一説には数万メイルの深さを誇るとも言われる。なにせ、どんな魔法を使おうとも、いかに水に適した使い魔であろうとも、紙風船のように押し潰してしまう強大な水圧の力の前には敵わなかったからだ。
 唯一、底を知るものは水の精霊のみ。その水の精霊の加護があろうとも、水圧地獄を克服しなくては、湖底にあるという水の精霊の都に到達することはできない。
 湖面に巨大な渦を残しつつ、東方号はついにその全容を水の中に消していった。巻き込まれないように離れて見守る船からは、ベアトリスやギーシュたちが、始祖よ彼らをお守りください、と、祈り続けている。
 予定通りに事が進めば、東方号が再浮上してくるのは四時間から五時間後。彼らはそれまで、ここで待ち続けるつもりであった。


 東方号は船内に残った空気を気泡にして吐き出しながら、ゆっくりと湖水の中を沈んでいっている。一気に沈んでいったのでは、船体にかかる水圧の負荷が大きすぎるためだ。
 水中という、本来ならば船にとって墓場である場所を行く東方号。その姿は、見る者がいたらまさに沈没船としか思えなかっただろう。
 しかし、湖上で待つベアトリスやギーシュたちの心配とは裏腹に、東方号の耐圧区画の中にいるキュルケたちは、意外にも快適な時間を送っていた。
「深度、二百メイルを突破。そのまま秒速約三メイルで沈降中っと。よーしよし、潜行は順調よ」
「案外拍子抜けね。潜ったらこう、すぐにギシギシ言い出すものかと思ってたのに、なんともないじゃない」
 水上にいるときとまったく変わらない船内の様子に、キュルケが気が抜けたようにつぶやいた。
 耐圧区画は分厚い鋼鉄の壁に覆われた、中は少し大きめのアパートほどの広さの空間で、移設されてきたアイアンロックスの手動コントロール装置を除いては何もない。そこに、コルベール、キュルケ、ティラ、ティア、ドゥドゥー、ジャネット、ファーティマの七人が乗り込んでいるわけだが、水底に潜るということで同じようにドゥドゥーやジャネットも緊張していたのが拍子抜けした様子であったのを、コルベールが笑いながら説明した。
「君たち、この船は本来ならばそのままでラグドリアン湖の底の底まで潜れるように作っていた船だよ。もっと深くまで潜ったならともかく、この程度の深さじゃあビクともしないさ」
「はぁ、こっちはすぐにでも魔法を使おうと思って構えてたのに、気が抜けちゃったよ」
「はは、それは残念だったね。だが、幸運ではあったよ。テストもしていないぶっつけ本番だが、どうやら水漏れなどはなさそうだ。こんな深さで浸水していたら、それこそ絶望だったところさ」
 このくらいの深さなら、普通の潜水艦でも問題はない。登山家なら、まだ一合目に差し掛かったばかりというところだ。このくらいで息を切らしていては話にならないだろう。
 当分は魔法で中から支えなくても問題はない。ファーティマも、エルフの水軍にも水中を進むことの出来る海竜船というものがあり、その気になればこのくらいの深さに耐えられるものならたやすく作れるさとうそぶく。その胸を張った偉そうな態度に、ジャネットはため息をついて面倒そうに、持ち込んでいた水筒のふたを取った。中には薄めのワインが詰めてある。
「命がけの冒険っていうから、もっと最初からワクワクするのを期待してたのに残念だわ。出番が来るまでわたしは休んでるわね」
 そう言うとジャネットは、配管の上に腰掛けてふてぶてしくワインを喉に流し込んでいった。ドゥドゥーやキュルケはそれを見て呆れ顔をし、コルベールは苦笑しつつすまなそうに言った。
「悪かったね。しかし、私にとっても初めての体験だから事前に詳しく説明のしようがなかったんだ。このまま順調にいけば、あと一時間……そう、深度一万メイルくらいまでは余裕だろう」
「じゃあそれまでは暇ってことね。あーあ、せっかく可愛い子たちが揃ってるんだから、かっこいいところ見せて好感度アップしようと思ってたのに。あんたのコッパゲ見てたらやる気がなくなっちゃったわ」
 そういうことを本人たちの目の前で言うか普通? と、思っても、普通ではないのが元素の兄弟だ。
 しかし、しばらく退屈そうなのは確かで、船の状況を見続けねばならないコルベールとティラとティアはともかく、他の面々は手持ち無沙汰だ。精神力を温存といえば聞こえはいいが、ドゥドゥーなどは早くも退屈に耐えかねてファーティマを相手に。
「へえ、君はエルフの士官なのかい。まだエルフの戦士とはやりあった経験はないなあ、よかったら後で僕と遊んでみないかい」
「蛮人のならず者がネフテスの武人に対等な口を利くな。身の程を知れ」
 と、挑発し合っている。キュルケとジャネットも、互いの不信感を隠そうともせずに視線をぶつけ合い始めた。
 これはどうも空気がよくない。こんなことでは、これから先に危険が襲ってきたときにまずいことになると、コルベールは危惧し始めた。
 だが、コルベールが仲裁に入ろうと決意しかけたとき、アイアンロックスのコントロールパネルを操っていたティアが振り返って言った。
「あなたたち、退屈してるんだったらこんなものはどう?」
 その瞬間、彼らのいる鋼鉄の小部屋の左右の壁が、まるで溶けたように掻き消えて外の様子、すなわち湖の中が透けて見えるようになった。
 なんだっ!? ええっ!? 突然のことに驚くキュルケやドゥドゥーたち。壁がなくなったと、コルベールも一瞬頭頂部まで青ざめたが、水が中に入ってくる様子はない。そしてティアはおかしそうに説明した。
「驚いた? 外の様子を壁に映し出してるのよ。本当ならメンテナンス用の機能なんでしょうけど、退屈なら外の景色でも見て気を紛らわせてたら? もう太陽の光は届かないから暗いけど、けっこういろいろ生き物がいるわよ」
 ライトがつけられたようで、湖の中の様子が鮮明にわかると皆はまた別の意味でびっくりした。
 漆黒の水の中を、見たこともないような魚や生き物たちが動き回っている。色とりどりだったりグロテスクだったり、それらが次々に行ったり来たりして、中にはこんな深さまで潜ってこれるのか、白色の淡水海豚までもが横切っていったのには皆が声をあげて驚いた。
 深度約三百メイル。まだたったこれだけしか潜っていないのに、すでに自分たちの知っている湖の中の世界とは大違いだ。太陽の光の届かない暗黒の水中では、地上の異変などは関係ないらしい。
 と、そのとき水中の映像の中にタバサ……いや、タバサに擬態した水の精霊が現れた。
「この日にも滅亡が来るかもしれないというのに、ずいぶんと楽しそうだな、単なる者たちよ」
「水の精霊!? 聞いてたの? そうか、壁を伝わった音を感じ取っていたのね。盗み聞きとはいい趣味してるじゃない」
「水中は地上よりも音がよく伝わる。声を潜めてもいなかったお前たちが悪い。それよりも、まだ入り口に過ぎぬが、この深さまでやってきた人間はまだほとんどおらん。我らの領域の姿を見て、どう思う?」
 そう尋ねられて、一同は顔を見合わせた。そう急に感想を求められても困る。しかし答えないで水の精霊の機嫌を損ねてもことなので、キュルケは少し考えて答えた。
「そうね、すごい……すごいところだと思ったわ。風の魔法で作ってもらった玉で湖に潜ったことはあるけど、ごく浅いところだけで、太陽の光も届かないこんなところにまでたくさんの生き物がいるなんて、思ってもいなかったわ」
 それはキュルケの正直な答えだった。太陽の光が届かないような深い水の底で、生き物が生きていられるなんて不可能だと決め付けていた。実際、地球でも近代になって本格的な深海調査が行われるようになるまでは、深海はほとんど生物のいない砂漠のような環境であろうというのが一般の認識だったのだ。
 だがそれは誤りであり、太陽の恩恵がなくても生物は暗黒の世界で平然と繁栄している。怪獣のような特殊な存在でなくとも、生物はあらゆる環境に適応して生きているのだ。
 水の精霊はキュルケの答えを聞くと、ゆっくりと湖の中を見渡すように首を回した。表情はタバサのそれと同じく無表情で、なにを考えているのかは読み取れない。
「お前たちの知っている世界は、この世界のほんの一部分に過ぎない。水は、お前たちが海や湖と呼ぶ存在としてこの世界の大部分を覆い尽くし、お前たちの領域はその上に突き出たわずかなのだ。心せよ、単なる者たちよ。お前たちがいくら地上で権勢を誇ろうとも、それが届かない大きな世界があるのだ」
 コルベールやキュルケたちハルケギニアの人間は、ハルケギニアの外のことは知らない。海に対する認識は、しょっぱくて魚が捕れるくらいの知識しかない。だが、ラグドリアン湖にほんのわずかに潜っただけなのに、これだけの未知と出会えるとは、いったい海の中にはどれだけの神秘が隠れているというのだろうか?
 コルベールは、新たな未知の可能性を提示されて、瞳を輝かせながら言った。
「すごい、私は今まで空を飛んで未知の世界へ行こうとばかり思っていました。けれど、こんな身近に人間の知らない未知の世界があったとは、見解の狭さを思い知りました」
 ラグドリアン湖はトリステインの人間にとって身近な存在だ。しかし、その身近な世界のことすら自分たちはろくにわかってはいなかった。そのくせして、未知の世界を探検していこうなどとはおこがましい。
 しかし、明晰なコルベールは不明を感じつつも喜びも得ている。未知なる生き物には、未知なる発見がつきものだ。新種の生き物から、たったひとつの新薬が発見されるだけで世界ががらりと変わることさえあるのだ。
 一方で、精霊を信奉するエルフのファーティマは、それが当然だというふうにうなづいている。ドゥドゥーは、自分には関係ないことだとそっぽを向いているが、意外にもジャネットが興味ありげな様子をしているのでどうしてかと尋ねたら、「だって海にまだまだわたしたちの知らない生き物がいるんだったら、この世のどこかにマーメイドやセイレーンみたいなおとぎ話の生き物がいるかもしれないじゃない。わたし、小さい頃から人魚とお近づきになるのが夢だったのよね」と、楽しそうに答えるものだから、「あっ、そうかい」とだけ言っておいた。
 ただ、一刻も早く目的を達成したいキュルケにとっては、相手がタバサの姿を模していることもあって愉快ではいられなかった。
「それで、水の精霊さん? あなたはわたしたちに説教がしたいわけなの?」
 あまりに無礼なキュルケの態度は、隣にいたコルベールたちを慌てさせた。この場で水の精霊の機嫌を損ねてしまうのはまずい。
 しかし、水の精霊は静かな様子のままで、独り言にも思えるくらいに穏やかな声色で彼らに語りかけてきた。
「知っておいてもらいたいからだ。この世界には、無数の生命が息づいており、それは外の世界でも変わりない。そして、異なる世界の生き物同士が触れ合うとき、それは大きな災いともなる」
「わかってるわよ。現に今、アークボガールの脅威に困ってるんじゃないの」
「そうだ。だが、お前たちが将来そうならないという保障があるか? 未知なる領域を見つけたお前たちが、土足でそこを踏み荒らしに行かないと言えるのか?」
「それは……」
「我は危惧しているのだ。お前たちはついに、我々の領域に立ち入るまでの力を手に入れた。だが、その力でお前たちが我々の都の平穏を乱しに来る未来をな」
 コルベールは、はしゃいでいた自分を恥じて押し黙った。コルベール自身は野心はなくても、コルベールが切り開いた道を通って欲深い人間たちがやってくることは容易に想像できる。地球の過去に置いても、勇敢な探検家が切り開いた道を辿って奴隷商人がやってきた歴史的事実がある。
 キュルケも、水の精霊の危惧の現実性を感じて押し黙った。ティラとティアも、自分たち自身は純粋な思いでハルケギニアの海洋調査を行っていたが、それをミミー星人に悪用されてしまった。ほかにも、ミラクル星人の調査資料をテロリスト星人が悪用しようとしたりと、善意の結果が悪意を持つ者によって台無しにされてしまうことは多いのだ。
「たとえこの脅威を逃れられたとしても、いずれお前たちと我らの争いが起こるやもしれん。そうなったとき、お前たちは責任を持てるのか?」
 水の精霊の問いかけに、コルベールは自分の信念の危うさに気づかされた。自分は東方号を軍事利用するつもりはなくいたが、技術は制限できても、人は一度見たものを超えようとする本能がある。東方号を目標にして、いずれは……
 そしてラグドリアン湖にも、珍しい生物を目当てにした欲深な人間が押し寄せてくることは想像は容易だ。コルベールは、自分の発明がとんでもない災厄の引き金になりかねないと知って考えた。
「皆さん、我々がここで目にしたものは、帰っても他言無用にしましょう。そして、私は女王陛下にも上奏して、技術が拡散する前に希少生物の捕獲と流通の厳罰化の法整備を訴えていくつもりです。いったん作り出した技術を消すことはもはやできませんが、悪用を防ぐために私は残りの人生を懸けていきます。たぶんそれが、この世にあらざるものを持ち込んだ私にできる唯一の贖罪なのでしょう」
 人間の欲望には限度がない。だからこそ、誰かが歯止めをかけなければならない。
 キュルケもまた、人事ではないと思った。以前にエギンハイム村で見た人間と翼人の領域を巡る衝突。これから先、技術の進歩で人間の領域が拡大すれば、軋轢も拡大していく。将来、自分は大貴族ツェルプストーの一員として、領民の暴走を食い止めて、他の見本となっていくことができるのだろうか。
 責任の重さが彼らの肩にずっしりと圧し掛かってくる。しかし、水の精霊はまるで安心したかのように彼らに語りかけた。
「お前たちは、本気で我らのことを思ってくれているようだな。お前たちの生命の鼓動が、真実を伝えてくれた。お前たちを招いた我の判断は、間違っていなかったようだ」
「えっ? ……ずるいわね。声を潜めてなんて言いながら、心音まで聞き取れることを隠してたのね。今のやりとりで、わたしたちの本気を試したってところかしら?」
「許せよ。単なる者を呼ぶことは、我々にとっては大きな決断だったのだ。しかし、案内する以上、お前たちには我らの真実を知っておいてもらいたい。お前たちが本気で世界を救いたいと思うならば、お前たちが戦おうとしている敵の正体……それは恐らく、我らが知るものであろう」
「な、なんですって! ロマリアの、あの教皇たちの正体を知っているっていうの?」
 意外な、意外で衝撃的な話だった。ヤプールとは違い、しかしこの世ならざる力を持つ教皇が何者であるかは、敵であること以外はまったくの謎だったからだ。
 ギーシュたちから聞かされた、教皇の見せた”奇跡”の数々。その秘密を持ち帰るだけでも、大きな収穫になる。キュルケやコルベールは、一言も聞き逃すまいと耳を傾けた。
「お前たちの敵、それはお前たちが考えているよりずっと古い存在だ。この世界は、お前たちが文明を持つ以前から、様々な干渉を受けて成り立ってきた。思えば、今の世界の異常は、それらが積み重なってきたゆえかもしれん」
 キュルケはそれでハッとした。以前カトレアから聞いたことのある、大昔にラグドリアン湖に現れて暴虐を尽くしたという異邦人たち。水の精霊は、太古からそれらのすべてを見てきたのだ。
「そもそも、我らからして元々この世界にいたわけではない」
「えっ? なんですって!」
 コルベールが驚きを隠せずに叫んだ。水の精霊はハルケギニアではもっとも古い存在と言われている。それが、ハルケギニアで生まれたものではないというのか?
「お前たちが水の精霊と呼ぶ我らは、お前たちが目指す異世界の門の先から迷い込んできたのがはじまりだ。だが門は不安定で、元の世界に帰ることのできなくなった我らは、この世界に適応して姿を変え、今のお前たちが知る我らになったのだ」
 声もないコルベールやキュルケたち。ファーティマも、精霊が異世界からやってきた存在だと聞いて驚きを隠せずにいる。
 一方で、ティラとティアだけは納得したようにうなづいていた。彼女たちの尺度からすれば、宇宙規模での外来種の定着などは珍しくもないからだ。
 生物はそれだけ強い適応力を持っており、例えばこんな話がある。地球に巨大隕石が衝突して、地上は焼き尽くされ海は干上がり、全生命が絶滅したとしても、宇宙空間に舞い上げられた、酸素を必要とせず高熱や放射線にも耐えられるバクテリアがいずれ冷えた地表に舞い戻ってきて進化していき、また数億年経てば地球は元通り再生するという。
「この世界にとどまることを余儀なくされた我らは、お前たちがラグドリアンと呼ぶ湖を第二の故郷として生きてきた。やがて湖畔に人が住み着き、歴史を刻みだし、我らはそれを見守ってきた。だがあるとき、この地に恐るべき悪意を持つ者たちがやってきたのだ」
「それって、六千年前にラグドリアン湖のそばで戦争をはじめた異邦人たちのこと?」
「いいや、それより後の時代のことだが、無関係ではない。お前たちの尺度で言う六千年前、長耳の単なる者たちが大厄災と呼ぶ異変が世界を襲った後、しばらくの間も世界は不安定な状態を続けた。ラグドリアンはその深さゆえに無事を保てたが、地上の乱れた波動は水底にも影響を与え、閉じていたはずの扉の先から邪悪なる者たちを呼び寄せてしまったのだ」
 邪悪なる者たち……それが。
「何者なの? そいつらは」
「わからない。奴らは、まるで影のように正体をつかませない。ただそこに存在し、悪意を持っているのだけは確かだが、どこからやってきて、どれほどいるのかなど見当もつかんのだ。奴らはこの世界の存在を知ると、自ら異世界への扉を開いて仲間を呼び集め、この世界の人間たちの間に浸透していった。それからだ、お前たちがブリミル教徒と呼ぶ集団が増え始めたのは」
「ちょ、ちょっと待ってください! それじゃ、我々が信仰してきたブリミル教は、異世界の侵略者が作ったものだって言うのですか?」
 コルベールが慌てて叫んだ。教皇が侵略者だということは知っている。だがそれはあくまで、今の教皇がという意味だ。始祖ブリミルに対する信仰は消えておらず、それはブリミル教が精神の根幹を成しているハルケギニアの民にとって一大事だ。しかし水の精霊はタバサの顔を横に振った。
「いや、ブリミルという男が存在したのは事実だ。それ以前にも、湖を訪れる人間たちがブリミルの名を口にすることはよくあった。が、一気に信仰という形で増えだしたのはそれからだ。作り出したというより、利用したというべきだろうな」
「なるほど、それなら女王陛下が公開した始祖ブリミルの遺産と、教皇たちロマリアの主張が食い違うのは当然です。けれども、やはり複雑な気分です……」
 敬虔な、というほどではないがコルベールはブリミル教に当たり前に親しんできた普通の人間だ。まだ年若いキュルケやドゥドゥーたちと違い、そのショックは大きい。
 だが、敵はそれほどまでに昔からハルケギニアに根を張ってきた存在ということになる。しかも正体を水の精霊にも悟らせずにだ。
「恐らくはだが、奴らは人間を自分たちにとって都合のよいように操りたかったのだろう。しかし、我がここから観察しているだけでも、人間たちは近年になって急激に変わりつつある」
「それで、操るのが面倒になる前に、いっそ滅ぼして丸ごと自分たちのものにしてしまおうというわけですな。水の精霊よ、その敵は元々はあなたの世界にいたものなのでしょう、ほかになにかわからないのですか?」
「いいや、向こうの世界の同胞、向こうの世界の人間たちにとっても、奴らの正体は謎のままだった。わかることは、根源的な悪意を持って、破滅をもたらしにやってくるものたちだということだけだ。それゆえに、奴らは向こうの世界ではこう呼ばれていた。根源的破滅招来体と」
「根源的、破滅招来体……」
 その、ぞっとする名前にコルベールの背筋に寒気が走った。ドゥドゥーだけは、どんな奴が相手でも僕には勝てないさとうそぶいているが、さすが裏社会で生きてきた本能なのだろう、それだけ人間社会に浸透しながらも一切正体を掴ませなかったという敵の存在を警戒して目筋の一部がわずかに震えている。
 それほどの敵が、ハルケギニアを狙っている。しかも怪獣を操ったりと、ヤプールと同程度の力を持つのは明らかなのに、人間とエルフを同士討ちにさせようという魂胆は狡猾だ。
 果たして勝てるのか……? コルベールやキュルケの胸中に不安がよぎる。だが、そこへファーティマがいぶかしげに尋ねてきた。
「待て、水の精霊よ、なぜ向こうの世界の奴らの呼び名を知っている? それに、向こうの世界の人間たちだと? あなたたちは元の世界へは帰れないのではなかったのか?」
 ハッ、とコルベールたちも気づいた。そういえばそうだ。敵が懇切丁寧に教えてくれるはずもないのに、なぜそんな情報を持っているのだ?
「我らは門を潜って帰ることはかなわないが、門を通じて元の世界の同胞らと、ある程度の意思疎通はできるのだ」
「ちょっ! そういうことは最初に言いなさいよね」
「そうか? そんなに大切な情報だとは思わなかったのだが。我らが案ずるお前たちと我らとの調和と、お前たちの門にたどり着くという目的のためには、我らの世界のことは特に必要あるまい」
 あちゃあ、と、キュルケたちは思った。こういう気の回らないところが水の精霊のやっかいなところだ。
「あのねえ、あなたの世界でも、その破滅招来体というのが暴れてたんだったら、あなたの世界でどう戦ったのかを聞けばこっちで戦う方法がわかるかもしれないじゃない」
「そうか、戦う……方法か。すまないが、我らにはお前たちの言う、その”戦術”とやらの概念がわからないのだ。我らは外敵に対して自らの力を行使することはできても、外敵に対してどう戦えばいいのかということはわからない。そもそも、もともと我らには戦う力すらなかったのだ」
「それだけの力を持ってるのに、戦う方法がわからないですって?」
「そうだ、単なる者よ。我らは単にして全、たとえ分かれてもすべてが我だ、お前たちと違って、同じ者同士で争うことはない。湖を汚すものに対して、心を奪うことは出来るが、倒すためにはどうすればなどはわからないのだ」
 人間やエルフ、ほかの亜人たちにせよ、個の生命体であることに変わりはない。水の精霊はそのすべてが同一の全であるがゆえに、自分自身と争うなどということはなく、その存在の巨大さゆえに外敵と呼べるものもない。だから、いざ自らの存在を脅かすものが現れたとしても、戦うことができないのだ。
「だから単なる者たちよ。我にはお前たちの持つ、個を守るために戦う力が必要なのだ。我という存在と、このラグドリアンを守るために」
 水の精霊は全の生命、しかし世界や宇宙規模で見れば個に等しい。ならば、自らを守るためにはどんな手段をとろうと戦わなければならないという自然界の掟からは逃れられない。戦わない生き物には死あるのみ。
 よく環境問題で、外来種が在来種を駆逐して生態系を破壊するなどと言われるが、自然というのはもっとシビアでドライな存在で、在来種の生態系が壊れれば外来種の生態系がとって変わるだけで、自然界そのものは調和を保ち続ける。善悪などは存在せず、生存競争の敗者に対しては徹底的に残酷なのが自然界なのだ。
 水の精霊も、どんな存在であろうと自然界で生きている以上は自己保存のために動かなければ滅ぶ。だが自らに戦う術がないのであれば、生き残る術は、逃げ隠れするか、それもできないのであればひとつしかない。
「わかったわ、水の精霊さん。あなたが生きるために、わたしたちに協力してくれる。前と同じように、お互いにメリットがあるから手を貸すというわけね」
「そうだ。お前たちの概念では、助け合いと言うのではなかったかな」
「いや、それはどうかしら? 助け合いってのは、利益がどうとかじゃなくてもっとその……どうかしらねえ」
「むう?」
 キュルケは、水の精霊の認識に対して修正を試みようとしたが、うまく言葉に表すことができなかった。
 だが、そこへティラとティアがすっとキュルケの代わりに答えてくれた。
「言葉で説明して、わかってもらえることじゃないよ。気持ちの問題だからね」
「まあ、強いて言うなら、わたしたちは個の生き物だから、相手の個を大切にしたいってことかな。水の精霊さん、わかりにくいかもしれないけど、前にミミー星人にやられて死に掛けてたわたしたちを助けてくれたあんたなら、いつかわかるかもしれないよ」
「そういうものか。個に生きるということは、なんとも複雑で難しいものだ。だが、我にも大厄災の前には、少ない期間だが単なる者と共に生きた時間があった。あの頃の人は、ひたすらに純粋であった」
「純粋っていうことは、逆に言えば幼稚ってことでもあるからね。生き物ってのは、個をぶつけあってどんどん複雑になってくものさ。精霊さん、まだ時間はあるんだろ? もっともっといろんなことを話そう。相手を知るのに、話すことはなにより大事だからさ」
 さすがは学者のたまごのふたりであった。キュルケが言いづらかったことを、見事に形にしてくれた。
 キュルケは、タバサそっくりの姿で考え込むしぐさをする水の精霊を見て、そういえばタバサも最初はこんなふうに、何を考えてるのかさっぱりわからない子だったわねえと思った。
「話か。だが扉の向こう側のことがわかるといっても、向こうでの戦いのほとんどは地上で起こったらしいから、詳しいことはわからないぞ。それに、扉も不安定で、我らの世界とは違う海につながってしまうことも多い。以前には、巨大な亀が胸に傷のある黒い怪物に食い殺されている海の光景を見たことがある」
「構わないわ。あなたたちとわたしたちじゃ、感じ方が違うかもしれないし、いろんな世界につながっているならわたしたちにとっては都合がいいわ。さあ、もっといろんな話をしましょう。おしゃべりは女の子のたしなみよ、精霊さんもそんなかっこうしてるんだから、もっと気楽に気楽に」
 何千年もの間、変わらずにいた水の精霊が今すぐに人の感情を理解してもらえるとは思わない。しかし、なんであろうとも始めなければ結果が生まれることはない。
 沈み行く東方号は、その深度を千メイルを越え、まだまだ沈んでいく。キュルケはタバサの顔をした水の精霊と語り合いながら、必ず本物のあなたも連れ戻してあげるわねと、決意を新たにするのだった。


 だが、その一方で、トリスタニアでおこなわれているロマリアとの戦争は、まさしく激戦の様相を見せていた。
 トリスタニアに攻め込むガリア・ロマリア連合軍十二万の大軍勢。街を囲む城壁では大砲と矢と銃弾と魔法が飛び交い、ゴーレムの足音が轟き、兵隊のときの声が間断なく響き続ける。
 その頭上では、ガリアの両用艦隊に属していた竜騎士と、ド・ゼッサールの率いるグリフォン、ヒポグリフ、飛竜、マンティコアに乗った魔法騎士の混成部隊が魔法をぶつけあっていた。
「名にしおうガリアの竜騎士とあれば、相手にとって不足はない。このド・ゼッサール、烈風の一番弟子の名を恐れぬというのであればかかってくるがいい」
 結局魔法騎士隊は再建が間に合わず、すべての幻獣の部隊をド・ゼッサールがまとめて指揮しているという情けない状態だったが、士気は皆高い。戦争が始まるギリギリ前まで、彼らはカリーヌから実戦さながらの模擬戦でもまれていたのだ。あれより強い敵など存在しないという自信が彼らを支えていた。
 しかし、戦いの本番はあくまで地上である。
「攻め込め! 討ち入れ! 教皇聖下の御前である。異端の都を火の海にせよ!」
 聖堂騎士の隊長が叫び、トリスタニアの城下町にロマリア兵が大挙して攻め入ってくる。いくらトリスタニアが要塞化されているとはいえ、ロマリア側は何十万もの大軍団であり、城門、城壁の何箇所かは突き崩されて、城下町への侵入を許していた。
 しかし、ロマリア軍は大軍で攻め入りながらも焦っていた。なぜなら彼らが攻撃に使える時間は少なく、アルビオン艦隊が補給のためにトリスタニア上空を去っている、この間隙しかチャンスはないことを知っているからだ。
「進め進め! 小国トリステインの田舎町など粉砕するのだ」
 ロマリア兵たちは、限られた時間でトリスタニア内に橋頭堡を築こうと、必死に城下町を、ブルドンネ街の大通りを駆けた。なにせ、今のトリスタニアの街はベロクロンの襲撃で壊滅したのを再建した際に大きく改築され、ブルドンネ街も道幅を五メイルから一気に四十メイルに拡大したから大軍でも攻め入りやすかった。
 だが、そう簡単にいくほど攻城戦というのは甘くない。道幅の広さは、敵兵の侵入を容易ならしめすよりも、怪獣に襲われた際に素通りさせて被害を軽減するためにおこなわれたものだから、確かに戦争時の防御力は落ちたように思える。
 が、しかし。状況が変われば、それに合わせて工夫をするのが人間というものだ。大通りを氾濫した川のように突進してくるロマリア兵の軍団の先頭集団が、いきなり消滅してしまったのだ。
「うわっ!」
「なんだっ? おわっ!」
「しまった、落とし穴だ! と、止まれ押すな! うわぁぁっ!」
 広い街道の中に、いきなり堀のように開いた巨大な落とし穴にロマリア兵たちは飲み込まれるように転がり落ちていった。そう、広い街道なら敵は当然一直線に突進してくる。ならば、その進路上に罠を仕掛ければと考えるのも当然のことだ。
 罠自体は単に街道いっぱいの広さがあるだけの堀に過ぎず、平民たちが一日で掘りあげたものだ。ただし、穴の上には巧妙にふたをかぶせて偽装されており、足を乗せるまでは存在がわからないようにされていた。功を焦って突撃していた先頭集団はまとめて落とし穴に落とされ、なんとか止まることのできた後ろの集団も、幅十メイル深さ五メイルはありそうな堀を越えることはできずに立ち往生してしまった。
 平民の兵隊では、こんな大きな堀は特別な装備がなくては越えられない。空を飛べるメイジがいなくはないが、これを待ちかねていたように堀の向こう側にトリステインの部隊が現れて防御陣を敷いてしまった。平民の兵の支援もなしに自分たちだけで先に行っても袋のねずみになるだけである。別の道に逸れようにも、横道にはバリケードが組んであって入れない。
 もちろん、時間をかければ大きいだけのただの空堀を越える手段などいくらでもある。しかし、彼らにはその時間がなかったのだ。
「隊長、もう王宮にたどり着いていないと危険な時間です。このままでは」
「おのれ、田舎者どもめっ。やむをえん、撤退だ!」
 結局、落とし穴に落ちた兵はまとめて捕虜になり、残った兵たちもこれ以上進めずにいては、アルビオン艦隊が戻ってきたら頭上から砲弾の雨に見舞われるために、来た道を必死に帰るしかできなかった。

 さらに、破られた城壁の一部からは裏町や、チクトンネ街にも敵兵が入り込んでいた。
「城壁を越えたぞ。突撃ぃぃ!」
 こちらは込み合ったままの町並みのため、侵入した敵兵との間で激しい白兵戦が繰り広げられていた。敵地への一番槍はどこでも最高の名誉とされるのは変わりない。勇んで攻め入ってくる敵兵を、待ち構えていたトリステイン軍が迎え撃つ。
「ようこそトリスタニアへ。観光か? 商売か? なに戦争? ではたっぷり鉄の味を堪能していってくれたまえ」
「うぉぉぉ、異端者どもめえぇ!」
 杖と剣、槍や鉄砲が交差する激しい戦いで街路が埋まる。
 だが、旗色は明らかにガリアやロマリアの兵のほうが悪い。彼らは、城壁を破ってなだれ込んだまでは良かったが、その内側に予想外に大軍が待っていたために、チクトンネ街の真ん中から先には進めず釘付けにされてしまっていたのだ。
「ばかだねえガリアの兵隊さんたち。一番防備の固いところにおびきだされたのも知らないでさあ」
 軍曹の階級章をつけた中年の男が鉄砲を撃ちながらつぶやいた。道筋がわからずにおたおたしていたガリア兵が足に銃弾を受けて倒れこむ。
 理屈は単純なことだ。いくらロマリアとの全面対決を覚悟したとて、トリステインにはトリスタニアを完全な要塞都市に整備するだけの時間も予算も人員もなかった。そこで、街の周囲を覆う城壁の何分の一かは簡易な作りにして、その内側の街に兵力を集中した重点陣地を作っておいたのだ。
 つまり、ロマリア軍が破った城壁は最初から破られやすいところで、兵隊たちはてぐすね引いてトリステイン軍が待っている中に飛び込んでいったことになる。これならば兵力の少ないトリステイン軍でも大軍と戦えるという寸法だ。
 チクトンネ街は、ただでさえ道が狭く入り組んでいる上に、家々にはトリステインの兵隊が潜んでロマリアやガリアの兵に不意打ちをかけては倒していく。そして倒された兵隊は、かつてリッシュモンも使った地下通路に運び込まれて次々と捕虜となっていった。
 しかし、手だれの兵やメイジは不意打ちが効かない。そういう敵には、トリステインの魔法衛士隊や銃士隊が相手をする。
「さて、思えば人間相手の戦はずいぶん久しぶりな気がするな。まったく、人間同士で争っている場合ではないというのに、馬鹿どもめが」
「サイトが見たら、きっと怒るでしょうね。しょうがないですが、人間の馬鹿の始末は人間がしませんとね。では、片付けてくるとしましょう」
 アニエスとミシェルが、隊員たちを連れていっせいに突撃を開始した。あらかじめ、チクトンネ街の構造を頭に叩き込んである彼女たちは遮蔽物を利用し、機敏な動きと陽動で一気に距離を詰めるとメイジさえ切り倒していく。
「ウ、ウィンド・ブレ」
「遅いっ!」
「ぎゃあぁぁっ!」
 内懐に飛び込んでしまえば魔法は無力だ。近接戦も鍛え上げた魔法戦士は数が少なく、単なるメイジであればメイジ殺しの鍛錬を積んできた銃士隊の猛者たちの敵ではない。
 銃士隊の剣を受けて倒れこんだメイジたちは、それでも意地を見せて魔法で反撃を試みようとした。が、すぐに体の異変を感じて杖を取り落としてしまった。
「ぐっ、あぁぁっ!? 喉が、喉が焼けるっ。き、貴様ら、や、刃に毒をっ!」
「心配するな。命に別状は出ない、後で縛り上げてから治してやるからしばらくおとなしくしていることだな」
 銃士隊の使用している剣には、モルフォ蝶の燐粉を元に作られたしびれ薬が塗られていた。効力はミシェルたち自身が体験済みで折り紙つき、これでかすり傷でも相手を無力化することができる。
 しかし、普通に毒薬を使えばいいのに何故しびれ薬を使っているのか? それは、この戦争が勝ち負けが重要ではないからだ。
「なるたけ殺すな。こいつらのほとんどは何も知らんに過ぎん。殺せば殺すほど、この世界に怨念をばらまくことになる!」
 この戦いは本来無益なものだ。仮にトリステインが圧勝したとしても、死屍累々の荒野からはなにも生まれず、戦死者の友人や家族をはじめとしてガリアやロマリアの人間から多大な恨みを買うだけだ。
 さらに、ヤプールをはじめとする邪悪な侵略者たちは人間の怒りや恨みから生まれるマイナスエネルギーを糧にしていることがわかっている。ここで死者を多数出すことは、本当に戦うべき侵略者たちを肥え太らせ、対抗戦力をすり減らす愚策に過ぎないのだ。
「殺さないが基本の戦いか、銃士隊もずいぶん甘い組織になったものだ」
 アニエスはひとりで自嘲した。戦争となれば敵は殺して当然、軍人とはそういうもので通してきたつもりだったが、より広くて長い眼で見れば、殺す敗北、殺さない勝利もあることを学んだ。
 しかし、世の中には情けをかけるに値しない者も存在する。
「うへへ、見ろ見ろ女だぜ。こりゃ、思わぬ役得に預かれそうだぜ」
「野盗崩れの傭兵どもか、どこの戦場でもこういうゴミどもは出てくる。自分から救われたくないと言ってる奴らは、手心はいらんな」
 アニエスは一転して吐き捨てると、剣を致命傷を与えられる構えに切り替えた。やりたくて悪党に堕ちている奴には、それ相応の報いをくれてやらねばならない。
 ほかの銃士隊の隊員たちも、瞳に冷酷な光を宿らせて剣を構える。生きているだけで他人に不幸をもたらすような奴を野放しにするほど、銃士隊は慈悲深い組織ではない。
「一度だけチャンスをくれてやる。そこらに転がってる連中よりひどいめに会いたくなかったら、今すぐ武器を捨てて投降しろ。嫌なら、思い切り残虐な方法で殺してやる」
「へへ、生ぬるいやりかたしかできねえ貴族なんかに勝ててるからっていい気になんじゃねえぞ。たかが女ふぜいが、俺たちがどれだけ殺してきたか知らねえだろ、残虐な方法だって? 教えてもらおうじゃねえか」
「そうだな、逃げてもどこまでも追いかけていって、槍を口の中に何度も刺しまくってから念入りに死んでるかどうか確認した後で、崖から落として殺してやる」
「え?」
 なにそのオーバーキル? というか、もう途中で死んでるんじゃない? というか、あんたら槍なんか持ってないでしょ? というか、この街に崖なんてあったっけ?
 傭兵どもは、自分たちが敵に回してはいけない相手を前にしたんじゃないかと思ったが、後の祭りであった。そう、例えるならば、道を歩いていたら突然返り血で赤く染まった通り魔に出会ってしまったような。そういえば、どこかから不穏な音楽がレクイエムのように聞こえてきた、気がする。
 手加減するのをやめたアニエスの剣がギロチンのようにうなり、ミシェルの魔法が貫き、銃士隊の突撃が蹂躙する。彼らが宣言どおりに崖下に投擲されたかどうかは、誰も知らない。


 しかしトリステイン軍ももちろん無傷ではない。負傷者は増え続け、それらはチクトンネ街の飲食店などを改装して作られた臨時救護所に担ぎ込まれていた。
 その中のひとつに、魅惑の妖精亭も入っており、スカロン店長以下のジェシカたち店員たちが臨時の看護婦として働いている。
「包帯をもっと持ってきて! それからお湯も代えて。急いで! まだ怪我人はどんどん運ばれてくるわよ」
「傷は浅いわよ。しっかりして、首がつながってる限り助けてあげるから、気をしっかり持つのよ」
 普段はきわどい衣装に身を包んでいる少女たちも、今ばかりは白衣で怪我人たちを介抱している。
 本来ならば、スカロンは彼女たちをよその町に避難させたかったが、彼女たちは揃ってがんとして残ると言い放ったのだ。
「ミ・マドモアゼル。わたしたちがお金目当てだけで、ここで働いてたと思ってたんですか? わたしたちだって、この街が好きです、女王陛下が好きです、そしてなによりこの店とミ・マドモアゼルが好きです。逃げるならみんないっしょです。ミ・マドモアゼルが、この街とこの店を守るために残るなら、わたしたちも同じですよ」
 それを聞いたときのスカロンの号泣振りは、ジェシカをはじめ少女たち全員が一生忘れられないものとなった。いや、忘れたくても忘れようがないものとなった。
 だが実際、彼女たちの力はトリステインにとってはありがたかった。戦場は前線よりもむしろ後方の活躍で決まることが大きい。負傷者に応急処置を施す彼女たちの活躍で、どれだけの命が救われたものか。
 ただ、兵隊の中にはこんなときだというのに白衣姿の少女たち目当てにわざと怪我した振りしてやってくる不届き者も存在した。しかし、魅惑の妖精亭の店員にとっては、男たちの下心などは簡単に読める。そういう馬鹿どもへは、きついお仕置きが待っていた。
「まあ、これは大変だわ。すぐに念入りな手当てをしないと。ミ・マドモアゼル、こちらの彼に思いっきり人工呼吸をお願いしまーす」
「え? ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!?」
 むしろ殺されたほうがマシなんじゃないか? と思うような仕打ちに、軽傷で救護所へやってくる兵隊はいなくなった。
 しかし、救護所へやってくるのは味方だけとは限らない。小数ではあるが、防御陣をすり抜けた敵兵が、救護所を襲ってくることもあったのだ。
「トリステインの異端者どもめ、神罰を下してやるぞ!」
 目を血走らせたロマリアの騎士が、無防備な負傷兵や少女たちに杖を向けて魔法を打とうとする。
 だがそこへ、疾風迅雷のごとく飛び込んできた筋肉の壁があった。
「ふんぬっ!」
「ぐぼぁっ!? な、なにがっ」
「こんのおクソ坊主めぇ、私の可愛い妖精さんたちに、なにしようとしてくれとるんかしらぁぁ!」
「あろばがひでぶぅ!?」
 哀れ、スカロンの剛拳によってロマリアの騎士はお星様となった。
「さあ、こっちは大丈夫よ妖精さんたち。あなたたちは私が守るから、安心して働いてちょぅだい。チュッ」
「は、はーい。ミ、ミ・マドモアゼル……」
 本気で怒ったミ・マドモアゼルってあんなに強かったのか。というか、ミ・マドモアゼルひとりで全部いいんじゃないかな? と、ジェシカたちは思うのであった。
 そんなスカロンの活躍ぶりを見て、ひとりの壮齢の女性が微笑を浮かべながら言った。
「さすがですねスカロンさん。うちのおじいさん仕込みの格闘術、久しぶりに見せてもらいました」
 それはシエスタの母のレリアだった。彼女はタルブ村に住んでいるけれども、親戚のスカロンのことを心配してトリスタニアに来ていたのだ。
 スカロンはにこりと口紅が分厚く塗られた唇を歪めて笑い返しながら言った。
「あらん、レリアちゃん。あなたにほめてもらえるなんて光栄ねえ。懐かしいわあ、私の妻が亡くなったとき、あの頃はまだシエスタもジェシカも小さかったわね。あなたのおじいさん、私がひとりでジェシカを育てていくって言ったら、「男がひとりで生きていくのに必要なものは、まず腕っ節だ」って言って鍛えてくれたものね」
「そうそう、タルブの平原でスカロンおじさんを馬車で追い掛け回して、「やめてください」って泣き叫ぶおじさんに「逃げるな、向かって来い」ですものね。あれは私もおじさんがかわいそうになったわ」
「まったく、ひどいことするわ。何度本当に死にそうになったことか。でも、おかげでチクトンネ街のチンピラくらいには負けないパワーと、多少のことには折れない肝っ玉を手に入れられたけどね。ササキおじいさまには感謝してるわ。あれからすぐだったわね、おじいさまが亡くなられたのは」
 スカロンとレリアは空を仰いで、遠い目をしながら今は亡き佐々木武雄をしのんだ。
 彼がいる限り、雑兵ごときならば問題にならないだろう。ちなみに、襲ってきた雑兵はもうひとりいたが、そいつは大きなトカゲに頭をかじられていた。
「いだだだだ! な、なんなんだこいつは!」
「いいぞぉ、特殊戦闘用非メカニックモンスター、ナマガラオンよ。もっとガジガジしてやるがいい!」
 笑いながら命令を飛ばしている三人のおっさんたち。もといミジー星人三人も、ペットにしている小型怪獣バデータとともにここに残っていたのだ。
 ちなみに、彼らがここにいる理由は正義感とか恩義とかいうよりも、魅惑の妖精亭から出て行ってホームレス生活に戻ることが嫌だったからだ。
 なお今のバデータは体長1メートル50センチほどに成長しており、体格も成体に近くやや鋭角的になっている。しかし性格は温厚で魅惑の妖精亭の少女たちにもよく懐き、不届きな客を追っ払うのに役に立っているので意外に店でも重宝されていた。
 余談であるが、ミジー星人たちがつけたナマガラオンという名前は不評で、ジェシカたちの間ではガラちゃんの愛称で通っている。
 どうやら、網をかいくぐってきた敵兵はこれで全部らしい。それに、戦場のほうで聞こえるときの声も小さくなってきている。城壁を突破してきた敵も、内側の防御陣は破れずに後退を始めたようだ。
 スカロンは、戦いが下火になってきている様子にほっと胸をなでおろした。
「よかった。これで、アルビオンの艦隊さんたちが戻ってきてくれればもう安心ね。それに、思ったより怪我人が少なくて助かったわ。戦争の前に将軍さまたちから、地獄を見ることになるぞって言われてたから包帯もお薬もいっぱい用意してたけど、半分も使わなかったわね」
 実際、運び込まれていた負傷兵の数は当初予想の三分の一以下にしか過ぎなかった。スカロンがジェシカたちに向かって、「妖精さんたちもみんな無事ー?」と聞くと、全員の元気な声が返ってくるほど、少女たちもたいして疲れてはいない。

 だがこれは、なにもトリステイン軍が奮闘したからでもガリア・ロマリア軍が手を抜いたからでもない。想定外の第三者が介入したからだった。

 破壊されたトリステインの城壁。そこに累々と転がるガリアやロマリア兵を冷たく見下ろしながら、筋骨隆々とした大男と小柄な少年が立っていた。
「ふう、おおむねこんなところですかね。まだやりますか? ダミアン兄さん」
「いいや、もうこのへんでいいよジャック。これで、ぼくらの功績はきっちりとトリステインの皆さんに見てもらえた。あまりやりすぎて、彼らにまで恐れられたら面倒になる」
 元素の兄弟のダミアンとジャック。彼らが城壁で暴れたことが、ガリアとロマリア軍がトリスタニアに大軍を送り込めなかった原因であった。
 単独でも一騎当千の強さを誇る彼ら兄弟にとって、そこいらの兵隊を蹴散らすことなどは造作もなかった。しかし何故、彼らがこんなところでトリステインに味方しているのか。その理由にジャックは、兄に向かって呆れたようにつぶやいた。
「まったく兄さんは、俺たちは人前に顔を出さないのが基本だったろうに。こんなに堂々と暴れて、うまくいかなかったらどうするんだい?」
「そのときはまた別の考えがあるから心配しないでいいよ。気楽にやりなよジャック、クルデンホルフの専属になればあまり好き勝手することもできなくなるからね。今のうちに傭兵でもなんでも、稼げるうちはなんでも稼いでおかないと」
 それが、ダミアンとジャックがトリスタニアにいて、ドゥドゥーとジャネットだけがベアトリスの前に現れた理由だったのだ。
 ジャックは、まったく兄さんの商売根性の強かさには勝てないよと諦めるばかりである。けれども、裏稼業に未練があるように憮然としているのを見抜いたダミアンは、教え諭すように彼に言った。
「僕らもずいぶん長いこと裏でやってきたからね。ジャック、君の気持ちはよくわかってるつもりだ。けど裏の稼業でやっていくにしても、信頼のおけるスポンサーがどんどん減ってる今じゃ、無理して続けても仕方ないよ」
「ガリアとロマリアのことですか。けど、払いのよさのためなら少しくらい我慢したっていいんじゃないのか?」
「ジャック、君はまだわかってないね。確かに連中は金を持ってるが、僕らを捨て駒にする気で満々さ。それならそれで別にいいけど、なにより僕の見るところじゃあ、ガリアもロマリアももう長くは持たない。味方したってタダ働きになるよ」
 まるで予知でもしたかのように確信げに語るダミアンに、ジャックはごくりとつばを呑んだ。
「それで、こんな小国に味方するのかい。スポンサーとしては下の下だと思うけどね」
「傭兵への払いは、有利なほうはケチるけど不利なほうはなりふり構わず払うものさ。それに、ドゥドゥーとジャネットの独断が悪いとはいえ、人の弟妹に危ない仕事を押し付けたロマリアとガリアは気に食わないしね。調べてみたが、なんだいあのコルベールという男は? 本気になられていたら、ドゥドゥーの命はなかったよ」
「ですね、けど兄さんも心配してたならそうとドゥドゥーとジャネットに言ってやればよかったのに」
「やだよ、兄の威厳というものに関わるからね。まだ当分はあのふたりに甘い顔は見せられないさ」
 出来の悪い弟や妹を持つと兄は苦労するのさ、と語るダミアンに、ジャックは同意したようなしていないような複雑な笑みを見せるのであった。

 だが、ダミアンは楽観してはいない。ガリアやロマリアの兵などは恐れるに足らずだが、彼の勘は大きな危険が近づいていることを告げていた。
「正攻法でのトリスタニア攻略は無意味。さて、どう出てくる教皇さん? あんたの持つ神の奇跡の力、せっかくだから特等席で拝見させてもらうことにするよ」
 この戦争は長くは続かない。ダミアンはそう読んでいる。
 ジャックには話していないが、この戦争に参戦した本当の理由は、これからの世界の趨勢を見極めるためだ。それによってはそれこそ、裏も表もなく、すべてがひっくり返る。この先生き残り、大望を成し遂げるためには、多少の危険は覚悟してもそれを見届ける必要があるためなのだ。
 トリスタニア上空に補給を終えたアルビオン艦隊が帰還し、戦闘はまたにらみ合いへと戻った。
 しかし、心ある者は、これが長く続くとは思っていない。アンリエッタやカリーヌも、両軍が適度にぶつかりあった今こそ教皇が超常の力を使って勝負を決めに来ると予想し、そしてそれは間違ってはいなかった。


 続く


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