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ルイズと無重力巫女さん-71






 床に落ちる水滴の音が、耳の奥にまで響いてくる。
 まるでその音を聞いている者に起きろ、起きろ…と語りかけているかのように…



「――――…ん、こ…ここは?」
 天井から滴り落ちる水の音に目を覚ました時、彼女の口からそんな言葉が出た。
 無理もない。何せ部屋の仲は薄暗く、彼女の視界はその暗闇に慣れきってはいないのだから。

 上半身を越こしながらも周囲を見回すと、背後には唯一の明かりであろう小さな提灯が、火を灯されて置かれている。
 明りがある事を確認すると、暫し時間を置いて目が闇に慣れていき、ここがどんな場所なのか把握できた。
 木造の格子がこの部屋と外を隔てており、出入り口であろう右端の小さな扉には南京錠が掛けられている。
 自分が横たわっていた場所には、黒く湿っぽい畳が六畳ほど敷かれている。
 布団の類は部屋の格子側の左端に置かれており、まるで病に斃れた老牛の様に畳の上に置かれている。
 背後の提灯しか明りの類が無いこの部屋を一通り見回した後、 ここがどういう場所なのかある程度は理解した。

「これが俗に言う、座敷牢ってヤツかしら?」
 彼女はポツリと呟きながら立ち上がり、その場でワケもなく軽い背伸びをした。
 腰まで伸びた黒髪、紅い巫女装束にそれと別離した白の袖、下は袴ではなく赤色のロングスカートという和洋折衷な彼女は格子の方へと近づく。
 何の遠慮もなく木製のそれへと左手で触れてみるが木そのものは特に腐ってはおらず、頑丈な格子の役目を果たしている。
「はてさて…どうして私は、ここにいるのかしらねぇ?」
 明らかに尋常ではない場所にいながら暢気そうな口調でぼやきつつも、木製格子を触り続けている。
 体感している気温の低さと薄暗さから地下にいるのだろうが、どうしてそんな所に閉じ込められのか、その理由が分からない。

「…っというか、私は今まで何をしてたんだっけか?」

 まるで記憶を失ってしまったかのような言葉であるが、事実今の彼女には自分が誰なのかすら分からない状態である。
 自分の名前が分からず、そして今まで何をしてきたのかすら忘れてしまうという感覚はどこか不気味なものだ。
「記憶喪失ってヤツなのかしら?成程、こりゃ確かにムズ痒くてもどうしようもないわね」
 他人事のように今の自分の状態を述べてから、格子に背を預けるようにして腰を下ろす。
 ここは冷たいが鍵が無いと出られない以上、無駄にじたばたしても仕方がない。したらしたで腹を減らしたうえで余計に疲れるだけだ。
 体育座りで格子にもたれ掛かる彼女はお手上げと言いたげなため息をついて、天井を見上げた。
 暗くて良く見えないが、恐らく格子と同じ木で組まれた天井からして上にある建物も木造だという事が分かる。 

 だからといってこの事態の解決の手立てにもならず、また憂鬱げなため息をつこうとした…その時であった。
 ふと背後から、重く冷たい鉄扉を開けるかのような耳障りな音が聞こえてきたのは。

「えっ?……うわっ!」
 その音と同時に振り返った彼女はしかし、視界を塞ぐほどの眩しい光を前にして咄嗟に目をつぶってしまう。
 急いで立ち上がると同時に両手で光を遮りながらも目を開けて、光が差す方向に何があるのか確認しようとする。
 最初は眩しすぎで何もわからなかったものの、闇に慣れようとしていた目が徐々に元に戻ろうとしている。
 そうして右手だけで遮るほどに光に慣れ戻った彼女の目に入ってきたのは、後光を受けて佇む一人の゛女性゛であった。
 まるで下界に降臨した神の様に眩い光を背に受けて立つその女性の頭には、大きなリボンが付けられている。
 頭の右側のソレは色こそ分からないものの、かろうじて見えるシルエットはまるで大きな蝶のようだ。

「…アンタは?」
 格子を隔てて彼女は女性に質問に投げかけるが、女性はその質問には答えない。
 反応なしか…。そう思った彼女の心を読み取ったのか、女性はその口を開いて喋り出した。

――――――さぁ、いよいよアンタの時代よ。―――を血に染める時代が始まるわ…

 喋った。とはいえ、彼女の質問には応えてくれない。だけど言っていることはどうも穏やかではない。
 背丈は大人の女性だというのに少女の様に澄んだ声が、物騒な言葉を紡ぎだす。
 少し聞こえなかったところがあるも、どうにも嫌な予感が脳裏をよぎっていく。
 その゛嫌な予感゛がよぎる際に脳に軽く接触したのだろうか、彼女は妙な頭痛を感じた。
「んっ…」
 顔を顰めて目を細めつつも女性を捉える視線だけは決して逸らさず、見つめ続ける。
 一瞬でも視線を逸らせば消えてしまうかもしれない。そんな確証のない実感を、彼女は感じていた。
「だから、アンタは誰なのよ?」
 今度は少し言葉を荒げさせながらも、後光を受ける女性に質問を投げかけ続ける。
 それが無駄になるだろうと思いつつも、悲しいかな彼女の予想とものの見事に的中した。

―――――アンタには私の一部を託した。…そして、これまで抱えてきた負の感情も…全て!

 格子越しの女性もまた言葉を途中で荒げ、彼女に向けて喋り続ける。
 澄んだ声から出せるとは思えない恐ろしい゛何か゛を含んだ女性の言葉は、より先鋭化している。
 そして、狭く暗い牢獄から解放されたかのような嬉しそうな喋り方が、格子越しの女性を異様なモノへと変えていく。
「な、にを……――…クッ!」
 それと同時に、先ほど感じ始めていた頭痛が段々と酷くなっていくのに気が付く。
 まるでその声に毒が含まれているかのように、女性が言葉を紡ぐたびに彼女の頭痛はどんどん深刻になっている。

――――さぁ行きなさい。そして思い知らせるのよ!奴らにとって、『ハクレイの巫女』が如何に化け物なのかを!

 格子越しに聞いていた彼女に向かってそう叫び、女性は光の中にゆっくりと飲まれ始めた。
 それを望んでいるかのように女性は身じろぎ一つせず、彼女を見つめ続けながら光の中へと消えていく。
 彼女をそれを見て目を見開き、頭痛が酷くなっていく頭の中であの女を逃がしてはならないと決意した。
 あの女性は明らかに゛何か゛を知っている。自分が誰なのか、そして自分に何をさせようとしているのか…。
 彼女はそれが知りたかった。頭の中にポッカリと空いている空白を埋めたいが為に。
 しかし…追いかけようにも格子が二人を隔てている今は、それを精一杯掴んで叫ぶほかなかった。

「ま、待ちなさい……ッ!!――ン…――ウァ…ッ!?」
 しかし…彼女が女性に対し叫ぶのを待っていたかのように、頭の中を占領している頭痛がより一層激しいモノへと変異した。
 今まで脳味噌を軽く撫でられていたかのような痛みは一気に殴りつけるような激痛となり、それに耐えられなかった彼女はその場で膝をつく。
 女性を飲み込んだ光は徐々にその輝きを失い、先ほどの様に一寸先も見えぬ闇へと戻っていく。
 それすら気にすることができない程の激痛に襲われた彼女は、苦渋に満ちたうめき声を上げつつも両手で頭を押さえて痛みを堪えようとする。
 だがそんな気休めにもならない行為で頭の激痛は取り除ける筈もなく、彼女の意識すら刈り取らんとするかのように頭の中を蝕んでいく。

「わ…たし…は……わた――し…は…!」

――――――ワタシハイッタイ、ダレナンダ?

 その言葉を紡ごうとした彼女の声は、堪えきれなくなった痛みを開放するかのような叫び声へと変わった。
 まるでこの世の全てを憎み、人前に出せぬ感情を吐露するかのような、悲しみと怒りに満ちた悲痛でありおぞましい絶叫。
 自分の体の中の感情を全て叫びとしてぶちまけて、理性すら吐きだそうとしたその時――――彼女の脳裏に見知らぬ光景が映し出される。
 瞼の裏に映るソレ等は不鮮明であり共通点すらなく、クッキー缶の中に入っていた写真をばらまくようにして、脳裏をよぎっていく。

――後光に照らされてこちらを見やる、二人の女。
―――黒く暗い森の中で自分に驚愕の表情を向ける、黒の体毛に人面の猿たち。
――――何処かも分からぬ道の真ん中で、恐ろしいモノを見るかのような目つきで睨む人々。
―――――滅茶苦茶になった田んぼの中で原型を留めぬ状態で蹲った八尺の大女と、血にまみれた自分の両手。

 失いすぎている彼女には全く見覚えが無かったが、光景が変わるたびに胸の奥底からドス黒い何かが湧き出してくる。
 光が失せた格子の向こうと同じか、あるいはそれ以上に濃いソレが、彼女の身体を内側から蝕んでいく。
 不思議とその黒いソレに蝕まれる度に、頭を蝕もうとした激痛がゆっくりと、それでいて確実に鎮静されていく。
「ぅっ…――あぁ…っ――ーグ…!」
 珠の様な汗を体から噴き出しつつ、頭痛に苛まれていた彼女は収まっていく激痛に、安堵のため息を漏らす。
 その口からは若干艶やかな喘ぎ声を出し、頭を抱えていた両手が無意識に自分の体を抱きしめている。
 まるでその黒いソレを抱擁し体を上下させて呼吸をするその姿は、背後から提灯に照らされるせいで変にいやらしい。
 体の内側から湧き上がるソレはとどまる事を知らず、頭痛を和らげると同時に彼女の心と体を侵食していく。
 だというのに不安は無く、むしろ拒むことなく全て受け入れてしまった方がいいのではないかとさえ思ってしまう。 

 このまま…この黒い何かに体を飲み込まれてしまうのだろうか?
 光に飲まれた、あの女の様に…?

 ふとそんな考えが脳裏をよぎった瞬間、 またもや頭の中に記憶にない一枚の光景が映し出される。 

――――笑みを浮かべて、自分を見上げる笑っている黒髪の少女。

 たったそれだけだ。写真をぶちまけ終えた後、クッキー缶の底に貼り付いていたかのような一枚の光景…。
 しかしその光景は、さきほど彼女が瞼の裏で見たモノとは全く違う゛何か゛が含まれていた。
 言うなればその゛少女゛は――――彼女をドス黒いソレから救おうとするかのような、白く眩い『光』とでも言うのだろうか。

 既に黒一色に染まってしまった心を浄化するかのように、その白い『光』が彼女を内側から照らしていく。
 痛みが消えて安堵していた彼女はその『光』に気が付くと同時に、ふと項垂れていた頭が無意識に天井を見上げる。
 先程まで何も見えなかった暗闇だけの天井から差す、か細くもしっかりとした一筋の『光』が彼女の目に入った。
 彼女は無意識に右手を上げてその『光』を、まるで蜘蛛の糸を掴もうとするかのように天井へと向ける。
 届くはずのないその『光』を、取り上げられた玩具を取り返さんとする子供の様に彼女は必死に手を伸ばした。
 そうして限界まで手を伸ばし切り、目に見える『光』が届かぬ存在だと知った時―――――

 それが目覚める切欠となった。
 彼女が何処かも分からぬ牢獄で苦しみ、光を見つけた゛夢゛からの目覚めは。

 ややコミカル色の強い鳩の喧しい鳴き声が、耳に入ってくる。
 乱暴な目覚め方であった分、眠りについていた彼女を確実に起こしてくれる結果をもたらしてくれた。

「――――………」
 目を開けて、木製の天井を見つめている彼女の耳に規則正しい音が聞こえてくる。
 開いた目を軽く動かすついでに瞬きをした後、自分がベッドで横になっているのだと、背中に伝わる柔らかい感触で理解する。
 ついで思っていたよりも柔軟に動く自分の頭を右に動かしてみると、先程の音の正体が壁に掛けられた鳩時計なのだと知った。
 鳩は既に時計の中に入っているだろうが、、他に時計と思えるものがない為結論的にこれが鳩時計だと断定することにした。

 ついでに視線をほんの少しだけ動かし、時計の短針の位置が『Ⅶ』と『Ⅷ』の間に、長針が丁度『Ⅵ』の位置を差しているのを確認する。
 次に頭を左の方へ動かすと、窓越しに浮かぶ双月と暗い夜空に浮かぶ無数の星たちが見える。
 どうやら今が何日なのかは知らないが、自分が夜になるまで寝込んでいたのは確かなのだと理解した。
 一体誰が自分をここで寝かせてくれたのかは知らないが、部屋の造りからして身分相応の人間だという事が伺える。
「ん―よ、…っと!」
 一通り周りを確認した後で、彼女は掛け声と身体に勢いを付けて横になっていた上半身を起こした。
 それと同時に首から下まで覆っていたシーツが体から離れ、その下にあった紅色の巫女装束とその下に着込んだアンダーウェアが露わになる。
 今までシーツとベッドに挟まれていたおかげか若干アンダーウェアが暑苦しいなと思いつつ、そのシーツを思いっきり横へとどけた。

 袴の代わりに着けている紅いロングスカートも服と別離した白い袖も着けたままであり、変わった所は見られない。
 一不満なのは、足に履いていた靴下もそのままであったせいなのか、その部分だけ汗で妙に濡れていて気持ちが悪い、というところか。
「まったく。どこの誰かは知らないけれど…せめて靴下ぐらい脱がしてくれなかったのかしら?」
 溜め息をつきながら右足の靴下を脱ぐと、白色のソレを何処かにおける場所は無いかと辺りを見回す。
 それと同時に左足の靴下を脱ぎおわった時、ふと天井を見上げた。

 文明の光に照らされる部屋に置かれたベッドの上で、ポカンとした表情を浮かべる彼女。
 時計が針を刻む規則的な音が支配する部屋の中、彼女の体は時が止まったかのように静止している。
 そうして十秒ほど経過したところで上げていた頭を項垂れさせた彼女は、ポカンとした表情のままひとり呟く。
「どうして私は、こんな所にいるんだろ?」
 呆然とする自分の口から出た言葉の通り、彼女はここに至るまでの記憶が欠落していた。
 俗に言う記憶喪失とでもいうのだろうか。それがわかった途端、感じたくもない感覚を体が理解してしまう。 
 そう、まるで先程の゛夢゛と同じように…どうしようもできない不快感と、自分を思い出せないムズ痒さを。

 そんな時であった。壁時計のすぐ横にあるドアから、規則的なノックの音が聞こえてきたのは。
 木製のドアを優しく、それでいてこの部屋にいる人が気づく人為的なソレは、当然項垂れていた彼女の耳にも入る。
 頭を上げた彼女は顔に掛かった自身の黒髪を後ろへかき上げつつ、こういう時はどうすればいいのか悩んでしまう。
 そんな彼女を手助けするかのように、ドアの向こうで待っているでろあぅ人が、彼女へと声を掛けてきた。
「ねぇ、起きてる?貴女の部屋を警護してる人がね、貴女が起きたらしいって言ったから夕食を持ってきたの」
 優しい鈴の音の様でいて、何処か儚さを含んだその女性の声に、暫し彼女は戸惑ってしまう。
 とりあえずは声を出そうとするものの、「えっと…あの…」と妙に掠れた小声しか喉から出せない。
 返事が聞こえていないのか、ドア越しに佇んでいるでろあう女性が怪訝な声で再度訪ねてくる。


「……?もしもし?」
「…えっ!あの、その…も、もういいわよ」 
 それにつられるようにして出た声が多少上ずっていたのが恥かしいと思ったのか、彼女の頬が赤くなってしまう。
 そんな事をお構いなしに、返事を聞いた女性…ではなく部屋の前にいたであろう軽装のメイジがドアをゆっくりと開けた。
 ドアを代わりに開けてくれたメイジに一礼しつつ、ドアの向こうにいた女性―――カトレアは両手でお盆を持ったまま部屋へと入ってくる。

「ありがとう。助かったわ」
 メイジにお礼を述べつつ部屋に入ってきたカトレアが持つお盆の上には、夕食であろう食事が載せられている。
 ベッドの上に腰を下ろしている彼女の視界からは見えないが、何やら美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐってくるのを感じた。
 カトレアは両手に持っていたそれをひとまずテーブルに置いてから、ベッドの上にいる彼女をみてクスクスと笑う。
「まぁ、あらあら?ごめんなさい。今の季節だと少しシーツが分厚かったのかしら」
 一瞬何を言われているのか分からなかったが、彼女はカトレアの視線が自分の足元に向けられているのに気が付く。
 それと同時に慌てて脱ぎ捨てたばかりの靴下を履き直しつつ、更に頬を赤く染めてしまう。
「え?…あ、いや…これはその…!」
「いいのよ別に。気負ってばかりじゃ体に悪いものね」
 そう言ってカトレアはベッドへと腰かけ、振り返って彼女の体を上から下へと見回し始める。
 まるで商品の何処にも傷が入ってないか確認する商人の様な動きに、彼女は何もできずにされるがままの状態だ。
 一通り見たところで大丈夫と判断したのか、ほっと一息ついたカトレアが安堵した表情で話しかけてきた。
「良かった、もう目立った外傷は無さそうね。…貴女はどうかしら?」
 ここで目を覚ます以前の事を忘れてしまっている彼女は、カトレアからの質問に即答はできない。
 少し戸惑う素振りを見せてから、ひとまず頭の中で思いついた言葉を口に出してみることにした。
「え…?あの…アンタは?」
「あら、私の事を忘れちゃったのかしら…?でも大丈夫、すぐに思い出せる筈よ」
 すまなさそうに言った彼女に対しカトレアはそう返すと、ふと自分の両手で彼女の右手を握りしめてきた。
 突然の事に軽く驚きつつも、右手に伝わる両手からの温もりで振りほどく理由などなくなってしまう。
 されるがまま右手を握りつめられている彼女に面と向かって、カトレアを口を開く。

「私はカトレア。覚えているでしょ?あの綺麗な川で出会ったこと、そこでお話したことを…」
 その声と同じく、優しげでどこか儚い笑顔を浮かべるカトレアの言葉に、彼女はその口をゆっくりと開く。
「カト、レア……カトレア…―――――あっ」
 自分の手を握ってくれている女性の名を覚束ない感じで一度、二度口に出した時…彼女の記憶に異変が生じた。
 まるで歯車に油を差して動かしやすくするように、スルスルと潤滑な動きで忘れていた記憶を取り戻していく。

 何処とも知れぬ森の中で、ふと自分に話しかけてきた桃色ブロンドの女性。
 変な夢を見て悩んでいた自分に、のんびりとした態度で接してきた変わった空気の持ち主。
――――そんな夢って…どんな夢かしら?
―――――まだ立っていられる内に、自分の足で歩いて散歩するのが昔の夢だったわ。
 生まれつき体が弱く、それでも外の世界が見たくて飛び出した箱入り娘。

 まるで無くしたパズルのピースを見つけ、それをまたはめ直していくように記憶が戻っていく。
 それと同時に、自分を覆っていた不快感とムズ痒さの一部が剥がれ、消えていくような感覚を覚える。

「カト…レア…カトレアなの?」
 時間すればほんの一瞬、頭の中で失くしていた記憶を再生し終えた彼女が、もう一度カトレアの名を呼ぶ。
 そこには先ほどの覚束なさは無く、しっかりとした発音で箱入り娘の名前を口に出している。
 彼女の異変に気付いたカトレアもまた微笑みを崩さぬまま、今度は身じろぎ一つしない彼女の体を優しく抱擁した。
 それを振り払うようなことはせず、彼女はただ黙ってカトレアの抱擁を受け入れている。
「良かった。私の事は…ちゃんと記憶の奥底に隠れていてくれたのね…」
 心の底から安堵しているかのような言葉に「…えぇ」という、小さな相槌だけを返した。


 一時の抱擁が済んだあと、彼女はカトレアと向かい合う形で椅子に座っていた。
 彼女は自分の目の前に置かれたトレイの上に載せられた゛夕食゛のメニューに、目を通していく。
 バゲットは片手で掴めるサイズに切ったものを二切れ用意されており、それを乗せた皿の右下にバターも置かれている。
 前菜のクルトン入りサラダには、ハーブやここの村で採ったという野菜がふんだんに使われており、黒胡椒ベースのドレッシングがかかっている。
 飲み物にはコップに入った水が用意され、おかわり用であろう水差しも運ばれていた。
 そしてメインであるシチューなのだが、恐らくこのメニューの中では一番に目を引くものであった。

 やや薄いブラウンカラーのどんよりとしたスープの中に野菜やハーブ、鶏肉や茹でたミートボールに魚の切り身まで浮かんでいる。
 野菜に至ってはサラダに使われているモノから、貴族が滅多に口にしないであろう根菜が一口サイズになって入れられていた。
 食材の宝石箱…というよりもおおよそ人がいつも口にしている食べもののごった煮というシチューが、彼女の目の前に置かれている。
「驚いたでしょう?それ、タルブ村の名物で゛ヨシェナヴェ゛って言うらしいのよ。大丈夫、味は保障するから」
 まるで自分が作ったかのように自慢するカトレアの言葉に、彼女は何も言わずにスプーンでシチューを一掬いしてみる。
 掬われたスープからは山海の幸がブレンドしたかのような芳醇が漂い、彼女は有無を言わずにそれを口の中に入れた。
 目で見るよりも更にサラッとしていたスープの味は、何も食べていなかった彼女の脳を思いっきり刺激し飲み込まれていく。
「どう?」
「うん………美味しい。美味しいわね」
 カトレアに尋ねられつつもシチューから視線を逸らさずに答えた彼女は、抑え込んでいた食欲が動き始めたところだった。
 まるで風石を入れて順調に飛び始めた軍艦の様に人によってはそれなりの速度でヨシェナヴェを口の中に入れていく。
 野菜や根菜は十分煮込まれて柔らかくなっており、肉や魚からしみ出す旨味が彼女の胃袋を益々刺激させる。
 やめられない、止められない。――――そんな言葉がいかにもに似合いそうな豪快な食べっぷりに、カトレアは嬉しそうに微笑んでいた。
「そんなに急いで食べなくても、おかわりなら厨房の人たちがたくさん作ってくれてるわよ?」
 最後の一口で細かく刻んだ軟骨と玉葱の入ったミートボールを咀嚼し、飲み込んで一息ついた彼女に向けてカトレアがそう言うと…
 彼女は「えっ、ホントに?」と呟いて嬉しそうな表情を浮かべたのを見て、箱入り娘はコロコロと笑った。


 その後パンとサラダを片付け、もう二杯ほどヨシェナヴェシチューをおかわりしてから彼女の夕食は済んだ。
 久方ぶりであろう食事を堪能した彼女は、安堵の表情を浮かべて給士が持ってきてくれた食後の紅茶を頂いている。
 カトレアも同じように紅茶を飲んで、始めて目にしたであろう彼女の安堵した表情を見て微笑んでいた。
「ふぅ~…何か、すっごい久々にお腹いっぱいになれた気がするわ。本当にありがとう」
「あらあら、それは良かったわね。…でもお礼を言うならここの屋敷の主人と厨房の人たちに言ってあげた方がいいわね」
 カトレアにお礼を言いつつ、彼女はお茶請けの菓子として出されたクッキーを一枚手に取って口の中に入れる。
 バターの風味とサクサクとした食感、そしてソフトな甘さが口の中に広がっていく。
 一通り咀嚼して飲み込んだところで、砂糖の入っていない紅茶を一口飲み、ホッと一息ついた。


 夜の八時になって少し経つ夜の部屋で、二人は静かにゆっくりと食後のお茶を堪能している。
 そんな時だった、腹も膨れて色々と頭の中で考えられる余裕がでてきた彼女が、カトレアへと話しかけたのは。
「ねぇ、今まで聞くのを忘れてたけど…今私達がいる場所はどこなの?」
「ようやく聞いてきてくれたわね。てっきりこのまま聞かれずじまいなのかと思ってたわ」
 やや抜けたところを見せる彼女にカトレアは微笑み崩さぬままそう言い、次いで説明をしはじめた。
 ここはラ・ロシェールというトリステインの一都市の近くに建てられた村で、タルブという名前で呼ばれているという事を。
 そこまで聞いて、彼女はまたもや思い出せた事があったのか「…あっ」と声を上げてカトレアに話しかける。
「タルブって、もしかして貴女が行きたがっていた村じゃないの?」
「そう、ご名答。長い長い旅路の終着点にようやくたどり着いたというワケ」
 カトレアはそう言って紅茶を一口飲んでから、今に至るまでの経緯の説明を再開する。


 カトレアの説明で分かった経緯を、彼女なりに考えて三つの要約にすればこうなる。
 一つ。自分とカトレアがコボルドに襲われた近隣の村人と少女の二人を助けたのが今日の朝方に起こった出来事。
 二つ。コボルドとその頭であるというコボルドシャーマンを追い払ったのが自分だというのだが、あまり覚えていない。
 カトレアと出会った所から、村人たちを殺そうとしていたコボルドに殴り掛かった所までは覚えているが、それから先の記憶がスッポリ抜け落ちている。
 その事を聞いてみたところ…どうやらカトレアがあの老人と女の子と一緒に避難し、お供の護衛達を連れて戻った時にはコボルド達の姿はなかったのだという。
 代わりに街道から少し横に逸れた草地の上で、強打したのか頭から血を流して倒れている自分がいたのだとか。
「意識は失っていたけど、幸い傷自体は大したこと無かったし水の秘薬を使ったから痛みも無いはずでしょう?」
「その代わり色々と覚えてる事を忘れちゃったのかもね」
 カトレアの言葉にそう返しつつ綺麗な額を左手で撫でながら、彼女は薄茶色の紅茶をゆっくりと飲み始める。
 熱い紅茶の苦味とミルクの風味、そして砂糖の甘味という三つの味が重なり合って口の中で渦巻いていく。
 それをゆっくりと飲み込み、小さなため息をついてから彼女はまたも喋り出す。
「そして気を失った私をここ…タルブ村を収める領主、アストン伯とかいう人の屋敷までやってきたのが…三つ目」
「まぁ、そうなるわね」
 質問に近い彼女の言葉にそう返して頷き、カトレアもまた紅茶をゆっくりと飲んでいく。

 その後も話は続いたのだが、どうやらあの老人と少女がいた村にカトレアの護衛たちが半数ほど残っているらしい。
 夜中にコボルド達が襲撃してくるのを警戒して残るよう命じたらしいのだが、まぁ妥当な判断だと彼女は思った。
 タルブ領主のアストン伯も、近隣の村で起こったのだから他人事ではないという事で、駐留している国軍兵士達をその村へ出動させたのだという。 
「まぁあれだけの人数なら流石のコボルド達も迂闊に襲ってはこない筈よ」
「油断は禁物っていう言葉があるけど、村人たちからしてみりゃ有難いかもね」
 安心しきっているカトレアの言葉にそう返しながらも、彼女は窓越しの夜闇を見ながら紅茶を啜る。
 温かな甘味が心を落ち着かせてくれるのだろうが、内心ではそうしてられんという気持ちが勝っていた。
 カトレアや今日の事は思い出せたのはまぁ良かったが、それ以外の事は未だに頭の中に浮かんでさえ来ない。
 一、二匹中ぶりな魚を釣り上げたのはいいが、本命の大物を釣り上げることができないでいる。
 そしてそれを釣り上げる為の餌すら見つからず、さぁどうすればいいのかと頭を抱えているのが現状だ。
(せめてさっきの夢みたいに寝ている最中に思い出せれば…………あれ?)
 思い出せない自分の事に頭を悩ませながら心の中でそう呟いた時―――彼女は思い出した。
 ここで寝かされ、目覚める直前に見ていたあの悪夢の事を。
 あの内容は、あの座敷牢みたいな場所で見たフラッシュバックの様な光景は何だ?
 あれこそ正に、今は忘れている自分の事につながる大事な手がかりじゃないのだろうか?

「――――――覚えてる…、覚えてるじゃないの!」
 興奮のあまり、立ち上がりながら叫びんでしまった事に彼女自身が気が付いたのは、その直後であった。
 急に立ち上がったせいか椅子が後ろに傾き、叫び声と同時に大きな音を立てて床に倒れたのを、外にいた護衛が聞き逃さなかった。
 部屋から聞こえてきた二つの騒音に「何事ですか!」と、槍を模した杖を手にしたメイジがそう言って部屋に入ってくる。
 自分が大きな音を立ててしまった事に気が付いた彼女は目を丸くしつつ、入ってきた護衛に驚く。
 そしてメイジが両手に持つ戦闘用の杖を目にしてか、思わず両手を顔のところまで上げてどう言い訳するか悩んだ。
「え…あの?…その、つい…」
「私は大丈夫、ちょっと彼女のプライベートの事なの。…よろしくて?」
「………そうですか。では」
 すかさずフォローしてくれたカトレアのおかげか、護衛も部屋に入ってきた以上の事をする気は無いようだ。
 気を付けの姿勢をするとカトレアに向けて軽く敬礼し、踵を返して部屋から出て行く。
 開いていたドアを閉めた後、ホッと一息ついた彼女は倒した椅子を元に戻して席に着き直した。
 カトレアもまたふぅ…と軽く息を吐いて姿勢を直すと、その口を開く。
「で、何を覚えていたのかしら…?教えてくれない?」
「え…あぁ、そうね…」
 カトレアからの質問に対し、彼女は素直に先程の夢の事を話すことにした。


「なるほど、確かに悪夢と言えばそうなるわねぇ…」
 一通りの説明を聞き終えたカトレアはそう言って、話してくれた彼女の顔を見やる。
 話している最中にその夢の内容を思い出してしまったのだろうか、話す前と比べてどことなく憂鬱な陰が差している気がした。
 淹れなおした紅茶の湯気に当たっている顔は若干俯いており、カトレアの視線からでもその顔が暗い表情を浮かべているのがわかる。
 無理もない。自分は言葉から悪夢の内容を想像するしかないが、それを話してくれる彼女はそれを夢の中の視界で見て、体感したのだから。
 彼女の為とは言え、質問するのは早すぎたのだろうか…?遅い後悔を胸に抱きながらも、カトレアは慰めの言葉を掛ける。
「ごめんなさい、私も貴女の事が心配なのだけれけど…。やっぱり説明させるのは早すぎたかしら?」
 顔をうつむかせていた彼女は相談相手に慰められた事に気づいてか、慌ててその顔を上げて首を横に振った。
「いや、違うのよ。――――ただ、どうにも夢の詳細を思い出せないのよ」
「思い出せない?」
 彼女の口から出た新たな事実に、カトレアは思わず首を傾げてしまう。

「確かに私は何処か暗い場所にいて…何かイヤなモノを見た気がするんだけど、
 『それが゛何処゛で、何を゛見た゛のか』が思い出せないの…それに、それだけじゃない…
 その後に何かを゛見た゛気もするんだけど…頭の中からその゛見た゛ものの正体がスッポリ抜け落ちてる…」

 彼女はそう言って自分の両手で俯いた顔を覆い隠し、大きな溜め息をついた。
 そんな彼女を見て憐れみの心を抱いてしまったであろうか、カトレアはテーブル越しに彼女の右肩に触れる。
 ベッドの上で抱擁された時と比べやや寂しいものの仄かに暖かいその手が、触れている肩を優しく撫でていく。
 肩を触られたことに気付いた彼女が顔を上げると、どこか寂しそうな微笑みを浮かべたカトレアと目があった。
「大丈夫…夢っていうものはね、見ている時と起きたばかりの時には鮮明に覚えているけど…ふとした事で忘れちゃうものなの。
 良い夢の時だとちょっとショックだけれど、酷い悪夢を見たときには思いの外助かったと思うモノなのよ?」
「けれど…もしかしたら、私が誰だったのか思い出せそうだったのに…」
 諭すようなカトレアの言葉に縋り付くかのような彼女に対し、カトレアは更に言葉を続けていく。
「人の頭の中って不思議なものでね…ふとした拍子に忘れてしまった夢の事を思い出してしまう事があるの。
 それこそ昨日みた夢から幼い子供の頃に見たモノまで…だから、貴女もきっとこの先思い出すことがあるかもしれないわ」
 不出来な生徒を励ます教師の様なカトレアの慰めの言葉を聞き入れつつも、それでも彼女は「でも…」と納得しきれないでいる。
 そんな彼女を見て右肩に触れていたカトレアの手は彼女の両手を握り、泣きわめく赤子をあやすかのような声で「大丈夫よ」と呟いた。


「それなら、貴女が自分の事を思い出せる時まで私が傍にいてあげる。それで良いでしょう?」
「えっ?…ちょ、ちょっと待ってよ!…そんないきなり…」
 カトレアの口から出た突然の提案に、流石の彼女も目を丸くして驚いた。 
 無理もない。何せまだ出会って一日もたってないであろう自分の傍にいてあげると言うのだから。
 それに、今朝は弱っていた彼女をコボルド達との戦いに巻き込んでしまったのだ。
 その負い目があってか、彼女はどうしてもカトレアの提案に対し肯定の意を出すことができない。

「記憶を失くして自分が誰なのかも分からない私なんて、
 アンタの傍にいてもいても迷惑なだけじゃないの?それに…
 今日の朝方だって血を吐いて弱ってたアンタに魔法を使わせちゃったし…」

「あのコボルド達の事なら大丈夫。それにアレは、私が自分で判断したことなのよ?貴女が負い目を感じることは無いわ」
 そう言ってカトレアは席を立つと座っている彼女の背後に回り、その大きな背中をギュッと抱きしめる。
 先ほど肩に触れた手よりも暖かい抱擁を再びその体で受けた彼女は、憂鬱だった心に何か温かいモノが入ってくるのを感じた。
 それをどういう言葉で例えるべきなのか分からなかったが、彼女はその両目を閉じて背中に伝わる温もりを受け入れてく。
 何も言わない彼女に対し、同じくただ黙って抱擁するカトレアは彼女の横顔を見やり、口を開く。

「それに、記憶を失ってる今の貴女には、どこも行くアテが無いのでしょう?尚更放っておけないわ。
 これから私の傍にいて、色んなモノを見て、聞いて行けばきっと何か思い出せるかもしれない…
 大丈夫。私のお屋敷は広くて書斎もあるし、御付の人達や私の゛お友達゛がいるから寂しくもないわ」

 ――――――だから、一人で解決しようなんて思わないで。
 最後にそう付け加えた一言には、どこか懇願の意思が秘められている気がした。
 それを聞いて抱きついているカトレアを振り払い、立ち去れるほど彼女は強くも、また孤独に慣れてもいなかった。
 カトレアからの一方的な要求に参ったと言わんかのようなため息をついてから、彼女は口を開く。

「確かにアンタの言うとおりかもね、どこにも行くアテなんてないんだし…」

 その言葉を耳にしたカトレアは寂しげだった表情がパッと明るくなり、「良かったぁ…」と呟いて抱擁を解いた。
 背中から伝わっていた温もりが離れるのは名残惜しいが、胸が当たるのか少し窮屈だったのでまぁ丁度良いかと思う事にしよう。
 ホッと一息ついて、温くなってしまった紅茶を口に入れようとしたとき、嬉しそうにしていたカトレアがあっと声を上げる。
 どうしたのかと思い、後ろを振り向くと神妙な面もちのまま立っているカトレアが、顔を向けてきた彼女のこんな事を聞いてきた。
「そういえば…貴女、名前も忘れていたのよね?いつまでも名無しのままだと、流石に貴女も困るだろうなぁって思って…」

 カトレアからの言葉に彼女はあぁ、確かに…。と相槌を打ったと同時に、ふと頭の中に一つの単語が脳裏を過った。
 それは先ほどの悪夢の中で゛聞いた゛であろう言葉であり、恐らくこの地では聞き慣れないであろう単語だと理解する。
 思い出すと同時に思った。何故カトレアに名前を聞かれた時、その単語が脳裏を過ったのだろうと。
 何故?どうして?その是非を問うか問わないかという前に、彼女は無意識に自分の口が開くのを感じた。

 そしてそれが必然であったかのように…、

「―――――…ハク、レイ?」
「…え?今何て?」
 開いた口から単語という名の鳥が、羽を広げて飛び立っていった。
 それを間近で耳にしたカトレアも顔を上げて、首を傾げながら彼女に聞いてみる。
 カトレアからの要求に彼女は暫し何も言わずに黙ってから、ようやくその口を開いて呟く。

「ハクレイ―――――……夢の中で、誰かが私をそう呼んでいた気がする…」


 ハルケギニア各国の王宮は、基本日が暮れても多くの者たちがその中を行き来している。
 王宮で職務を行う重鎮の貴族や魔法衛士隊の隊員であったり、掃除用具を持った給士だったりと多種多様な人々が歩き回っている。
 まるでアリの巣の様に忙しなく動く人の流れは、夜が更けるまではけっして止まることは無い。
 それ故に王宮へ侵入し、盗みを企もうとする不届き者などこの時代には殆どおらず、いてもすぐに見つかってしまうであろう。
 捕まってしまえば運が良くて独房行き…悪ければその首が翌朝王宮の前で晒される事になるかもしれない。


 美しくもおっかない。そんな場所である王宮の内側に作られた廊下を、霊夢と魔理沙の二人はテクテクと歩いていた。
 夕食も済ませた彼女達は何か面白い事が無いのかと、退屈を凌ぐために宮殿内の散歩へと繰り出している最中である。
 もっともそれを思いついたのは魔理沙で、霊夢自身はそれほど乗り気ではないものの退屈なのには変わりないので仕方なく彼女に同行していた。
 既にアンリエッタの許可で、ある程度自由に歩き回れる事は知れ渡っているのか、警備の衛士達が見つけても咎められることはない。
 むしろ歩いている途中で見つけたモノを指さしては何事か話している少女達を、物珍しそうな目で見つめる者がチラホラといるだけだ。
 そんな奇異な視線をものともせず、王宮の中央部に造られた中庭を上から一望できる廊下をなんとなく歩いていた。



「そういえばさぁ、あのお祓い棒ってドコで手に入れたんだよ?」
 初夏の夜風で金髪を揺らす魔理沙は、左手に持った帽子を人差し指でクルクル回しながらそんな事を聞いてきた。
 朝方背負っていたデルフには部屋の留守を任せているので、心なしかかその足取りも軽くなっている。
 一方の霊夢はそんな質問をされて一瞬だけキョトンとしたものの、すぐに思い出したかのような表情に変わる。
「あぁ、あれね。…確か大分前に魔法学院の一角で変な黒い筒に入ってたのを拾ったのよ」
「…呆れた巫女さんだぜ。いつも人の事悪く言っておいて、盗みを働くとはな」
「まぁそうよね。少なくともアンタにそうやって言われるつもりもないけど」

 巫女の口から出た言葉に首を横に振りながら両肩を竦めて、知り合いの行った非行に形だけの非難を見せる。
 思いっきり普段の自分を見ていないような素振りだが、それで一々怒る霊夢でもない。
 淡々とそう返しつつ、今もアンリエッタが貸してくれた客室に置いてあるあの御幣の事を思い返す。
「第一、アレが置かれてた所はいかにも廃品置き場っぽかったからね。この私が拾って、善い行いの為に使ってあげてるのよ」
「じゃああのお祓い棒の唯一不幸だった事は、お前に拾われたって事ぐらいか?」
 自分の行動をトコトン正当化しようとする巫女に苦笑いを浮かべつつも、魔理沙は「それにしても…」と言葉を続けていく。
 まだ喋るのか…と思いかけた霊夢は口に出そうとしたその言葉を、普通魔法使いのの真剣な表情を見て寸でのところで止めた。

「あのお祓い棒ってさ、相当長いよな。お前が普段幻想郷で使ってるのと比べて、使いにくくないか?」
「ん~、そうかしらねぇ?特にそんな事を考えた事は無かったわねぇ~…ただ、変わってると言ってくれればそれに同意していたけど」
 霊夢の勘が当たったのか、魔理沙のか口から続けて出たのは真剣な類の質問であった。
 それに真面目な様子で答えつつ、あのお祓い棒自体がそれなりにユニークな代物だと思い出す。
「紙垂は薄い銀板でできてるし、棒自体も結構頑丈に作られててリーチもあるから、あれそのものがちょっとした武器としても使えるのよ」
「確かになぁ~。私も軽く触ってみたけど大して重量も無くて振り回そうと思えば楽に回せそうだったよ」
 思い寄らぬ告白を交えた魔理沙の言葉に、いつの間に触っていたのかと心の中でぼやきつつも、ふと疑問に思った。

 物置と言えど、どうしてあんな所にお祓い棒が…それも綺麗な状態のまま放置されていたのだろうかと、今になって思い始めてしまう。
 しかもここハルケギニア大陸は思いっきり西洋文化の世界だ。間違ってもこの大陸に神社のような建物があるとは考えられない。
 一応この大陸の外にもう一つ別の世界――ロバなんとかだっけか?――もあるらしいが、そこから来たのなら尚更宝物このような場所に置かれているだろう。
 何故あんなゴミ捨て場の様な物置に置かれていたのかが、全く理解できない。

(とすると、考えられるのは…やっぱり誰かが『意図的に置いてった』のかしらね?)
 霊夢は頭の中で、そんな芸当が出来る゛胡散臭い知り合い゛の顔を思い浮かべていた時であった。
 今更な疑問の渦の中で思考しようとしてた彼女の耳に、邪魔をするかのような魔理沙の声が突っ込んできたのは。
「…あっ、おい霊夢!中庭の方にルイズとお姫様がいるぜ」
 魔法使いのつり合いに妨害された巫女は、軽くため息をついてから声のした方へと目を向けた。
 左手で手すりを掴み、右手で小さく階下の中庭を指さす魔理沙の姿が見える。
「全く、アンタって奴は一々良いところで声かけてくるわねぇ…」
「…?何だ?褒めてくれてるのかソレ?」
 言った相手には分からないであろう愚痴をこぼしつつ、魔理沙の隣にまで移動して霊夢は階下へと視線を向ける。
 確かに、魔理沙の言うとおり中庭中央部に造られたガゼボの中にルイズとアンリエッタがいた。
 紅魔館でも見たことのあるようなテーブルとイスが置かれている西洋風あずまやに入って、何やら会話をしている。
 ガゼボの四隅と天井に設置されたカンテラで会話しているのはわかるが、何を話しているのかまでは分からない。
 大方、今朝やってきて帰っていったエレオノールと家族の事についての事なのかもしれないが、あくまでそれは憶測である。
 近づけば何を話しているのか確実に分かるが、それに体力を注ぐ程今の霊夢の興味という名の琴線に触れてはいない。
 ただ…隣にいる黒白が持つ興味という名の琴線は、触れるどころか思いっきり弾かれて振動していることだろう。

 そんな事を思った霊夢は顔を顰めながらも、隣で好奇心を露わにした魔理沙に声を掛けた。
「…で、どうすんのよ?」
「そりゃ勿論、あんなのを見たら聞かぬは損ってヤツだろ?」
「少なくとも、私としては避けられる厄介事の類はゴメンなんだけど、ねぇ…?」
 若干ドヤ顔な魔法使いにそんな事をこぼしながらも、霊夢は軽いため息をつく。
 何でしてこう、今日という日はこんなにも厄介な事に一々巻き込まれなければいけないのだろうか?
 霊夢は自分の運の無さを呪いつつも、心の中では魔理沙の言葉に少なからず同意していた。
(まぁ確かに…ルイズはともかくとして、何かあのお姫様も色々と抱えてるっぽいのよねぇ…)
 そんな二人が何を話しているのか?博麗の巫女以前に一人の人間、それも少女である霊夢。
 興味は無いが多少気にはなるし、少なくとも彼女以上に年頃の少女らしい魔理沙は、もっと気になる事であろう。
「…じゃあ私は先に行ってるから、アンタも早く来なさいよね」
 うんざりしたかのような口調でそう言った霊夢は手すりを掴んでいる手に力を入れて、そのままヒョイっと乗り越えてしまう。
 まるで自分の腰ほどしかない柵を乗り越えるかのような軽い動作をした彼女の目に広がるのは、四メイル程下にある中庭。
 足場なるモノは何一つなく、メイジでもない普通の人間ならば下手をしなくともよくて致命傷、悪くて死が待っている高さだ。
 そんな高さから身を乗り出した霊夢はしかし、真っ逆さまに落ちる事無く空中でその体をふわふわと浮かばせている。
「アンタが首を突っ込んだんだから、何か言われた時にいないと面倒なのよ」
 最後にそう言って、手すり越しに此方を見ている魔理沙を尻目に霊夢は中庭へと降りて行った。
 この日彼女にとって幸いだったのは、この時の出来事を見ていた人間が魔理沙だけであったという事だろうか?

「やれやれ…相変わらず、動く時は早いんだよなぁ」
 そう言って魔理沙は手に持ち続けていた帽子をかぶり直し、下へと続く階段へと歩き始める。
 別に箒が無くても飛べることは飛べるのだが、それをしてしまうと霊夢に早く追いついてしまって面白味がない。
 ここは慌てず騒がすゆっくり歩いて、今からどんな事が起こるのかと想像しながら向かってみるのも良いだろう。
「全く、今日は面白い出来事が沢山だぜ」
 一人呟きながら、彼女は嬉しそうな足取りで階段を降りて行った。


 一方で、アンリエッタとルイズは霊夢たちの事などつゆ知らずにガゼボの中で会話を始めようとしているところであった。
 だがアンリエッタの表情から察するに…これから話す事は姫さまにとって、あまり芳しくない事だとルイズは察してしまう。
「御免なさいルイズ、詔を考えるだけでも精一杯だというのに外へ連れ出してしまって…」
「そんな…滅相もありません。姫さまからの相談ごとというのなら、いつでも乗ってあげますよ」
 天井のカンテラ照らされた憂鬱げな表情のアンリエッタに対して、ルイズは微笑みながらもそう答える。
 それでも幼馴染の顔は曇ったままであり、一体何を悩んでいるのだろうかと訝しんでしまう。
 何せ結婚式を控えた身なのである。曇った顔色のままゲルマニアに嫁いでも、あの国の皇帝は機嫌を損ねてしまうかもしれない。
 あの帝国を仕切る男、アルブレヒト三世の良くない噂の類を思い出そうとしたが…それを振り払うかのようにルイズは頭を横に振る。
(とはいえ、私も姫さまの事は言えないんだけどね…)
 彼女は心の中でそう呟き、テーブルを中心に散らばっている丸まった白紙の事を思い返した。

 夕食を食べ終えた後、ルイズは未だ『始祖の祈祷書』に清書できぬ詔の様な何かを白紙に書いては丸め、ゴミ箱に捨てるという作業を繰り返していた。
 結婚式までまだ数週間程あるのだがそれでも詩のセンスが並みの貴族と比べて低いルイズにとって、あまりにも短すぎるのである。
 しかも幼馴染であり敬愛するアンリエッタの結婚式なのだ、誰もが聞き惚れするかのような素晴らしい詔に仕上げなければいけない。
 だけど悲しいかな。始祖ブリミルは彼女に座学と体力は与えたものの、魔法と裁縫…そして詩を考える才能を与える事を忘れていたらしい。
 結果、詔と言えぬような酷い駄文が書かれた紙だった丸い物体が、ゴミ゛箱の中と言わず床に散乱する羽目になってしまった。
 彼女がそれに気づいたのは、幸か不幸か部屋の前に立つアンリエッタがドアをノックし、ルイズに自分の名を告げた時であった。
 詔を考えるのに夢中になり過ぎた結果、自らの手で作り上げてしまった醜態に流石のルイズも顔を赤くしてしまったのである。
 しかし辺りに散らばったそれらを片付けるより先にドアの前で待ってくれているアンリエッタを待たせるわけにもいかない。
 自分の名誉を優先し、姫さまを待たせる…という選択肢など端からないルイズは…『ドアを少しだけ開けて、部屋の中を見せない』ようにした。

(結果的にOKだったけど、部屋の中でお話ししましょうって言われてたらどうしようかと…)
 アンリエッタに微笑みを向けながらも、内心あの時の事を想いだして冷や冷やしているルイズ。
 そんな彼女の心の内をかすかに読み取ったのであろうか、アンリエッタたが訝しむような表情を向けてくる。
「どうしたのルイズ?貴女も何か悩み事が…」
「えっ?あっ…いえ、何でもありませんよ?何でも…それより、相談したい事とは一体なんですか?」
 幼馴染からの唐突な指摘に慌ててそう答えつつ、誤魔化すように話を進める。
 特に引っ掛ったものを感じなかったのか、アンリエッタもそれ以上追及することはなかった。
「そう……実は、もうすぐ控えている結婚式の事でつい…」
「………?」
 何が言いたいのかイマイチ良く分からず首を傾げたルイズに向けて、アンリエッタは喋り始めた。

「本当に私は、今のトリステインを放ってゲルマニアに嫁いで良いのか、分からないんです。
 今トリステインはかつてない危機に置かれています。レコン・キスタの存在に内通者…
 国内に潜む虫たちの排除すらままならぬこの状況の中で、私一人だけが他国へ逃げるなんて…」

「逃げるなんて、そんな…」
 アンリエッタの口から出た告白に、ルイズはどう答えていいのか迷ってしまう。
 確かに今はトリステイン王国が滅亡するかどうかの危機に置かれているのは事実だ。
 内通者はいるわ、レコン・キスタはこっちと手を握るつもりが全くないわで良くない事づくめなのである。
 そこまで考えた時、ふとルイズの脳裏に一つの仮定が思い浮かんだ。

(でも…だからこそ、せめて姫さまだけでも安全な所へ…ゲルマニアへ嫁がせるのかもしれない)
 ルイズのその考えは、トリステインの貴族として到底認められるものではなかったが、合理的に考えればあながち間違ってはいない。
 トリステインと比べ大国であるゲルマニアは、航空戦力は劣るものの陸上戦力ではレコン・キスタの数十倍だ。
 これと肩を並べ、また対抗できるのは同じく空海軍から陸軍に力を注ぎ始めたガリア王国くらいなものであろう。
 悔しいが小国であるトリステインや連合皇国のロマリアの軍事力を馬と例えるならば、ゲルマニアとガリアは正に火竜である。
 逆に言えば、アンリエッタがゲルマニアへ嫁げば少なくともトリステインが最悪の事態に陥ってもアルビオンの様に王家が滅ぶことも無い。
 最も、ゲルマニアがこっちの思い通りにアンリエッタを大切にしてくれるかと言えば…正直不安しかないのもまた事実だ。

「それに、悩んでもいるのです。本当にこのまま、逃げるようにしてゲルマニアへ嫁いで良いのかと…」
「え…?――――あ、それは…えっと…その、どういう意味でしょうか?」
 考えすぎて危うく思考の波に飲まれそうになったルイズを、アンリエッタの声が再び現実へと引き戻してくれる。
 頭を横に振って中に溜まっていた雑念を払い落し、彼女は幼馴染が抱える二つ目の悩みを聞き始めた。
 それを話そうとしてくれるアンリエッタの顔は先ほどと比べ何処か悲しげであり、今彼女の身体を軽く小突いたら目か涙が零れてきそうである。 
 無論、そんな不敬な事をするルイズではなかったが…その表情からアンリエッタが何を言いたいのかを察することができた。
 しかしそれを口にして良いのかどうか少しだけ悩み、それでも言わなければならないと判断したルイズは恐る恐る口を開く。
「……もしかすると、ウェールズ様の敵討ち…なのですか?」
 ルイズの言葉にアンリエッタは暫し無言であったが、やがてその目だけを彼女に向けると、コクリと頷いた。
 やはりそうだったか。今朝の言葉から何となく思ってはいたが…ルイズが内心そう呟くのをよそに、アンリエッタは喋り始める。

「私は将来トリステイン王国の指導者となる者。ゲルマニアへ嫁いでもそれは変わりないでしょう。
 それに今朝の言葉は、決して偽りではありません。あの世にいるであろうウェールズ様も、きっと…」

 そこで一旦言葉を区切ると軽く深呼吸をし、ガゼボの中から見える夜の庭園を見回した。
 トリステイン一の庭師たちが季節の花や植木を芸術的かつ均等に配置して作り上げた庭は、実に美しい。
 まるで地面から一つの芸術品が生えて来たかのように、庭園の狭い空間にも馴染んでいる。
 それらを眺めて、自らの心の中に生まれた葛藤と得も知れぬ憎しみを抑え込もうとしているのだろうか?
 彼女の幼馴染であるルイズにもその気持ちは計り知れず、どんな言葉を掛けようかと悩んでしまう。
 しかしその前にアンリエッタが何かを決意したかのようにまた軽い深呼吸をした後、話を再開した。

「けれど…何故か私の心は自分が思っている事と真逆の事を考えているのよ…?
 レコン・キスタが憎い。ウェールズ様を、アルビオン王家を滅ぼした逆賊たちを倒せ…
 それは夢の中や、家臣たちからアルビオン関係の話を聞く度に、古傷が疼くかの様に現れるの。
 最初は抑え込めたその気持ちも、今ではうっかり口に出してしまいそうな程に、膨れ上がって…いるわ…」

 話の最後で涙を堪えるかのような声になったのに気づき、思わずルイズは「姫さま…?」と不安げな声を上げる。
 その声に反応するかのようにアンリエッタは庭園を向けていた顔をルイズの方へと向けた。

 ―――――でもルイズ、私は大丈夫よ。

 そう言いたげな健気な笑顔を、アンリエッタは浮かべたかったのだろうか。
 しかしその目からは一筋の涙が頬を伝って流れており、目の端から滾々と涙が絶え間なく浮かび続けている。
 まるで膨れ上がった感情を抑えようとして、抑えきれていないソレが体からにじみ出てきているようだとルイズは思った。
 ルイズの表情を伺わなくとも、自分がどんな表情を浮かべているのか知っているのか、涙を流しながらしゃべり続ける。

「御免なさい…こんな情けない表情を見せてしまって、けれど…言ったでしょう?
 段々抑えきれなくなってるのよ。…あの人を失った悲しみと、レコン・キスタが平然とのさばっている事実に対する怒り…。
 その二つが、今すぐにでも私の体を内側から食い破って出てこようとしているのよ…」

「姫さま…」
 こんな時にどういう対応をすればいいのか、ルイズには良く分からなかった。
 時偶街の劇場で見る劇の中ならば、優しい言葉を投げかけて相手を微笑ませたり、激励して立ち直らせたりするものだ。
 しかしここは現実であり、今目の前にいる実在の幼馴染は優しい言葉や激励だけではその泣き顔を笑みに変えてはくれないだろう。
 ならどうする?このまま黙って彼女が勝手に泣き止むのを待つか?
 下手に出ると何が起こるか分からないのであれば、そうしても良いがアンリエッタは悲しみを抱えたままになってしまう。
(せめて姫さまの幼馴染として、この悲しみをどうにか乗り越えてもらって…笑顔のままお嫁にいってもらいたいわ…)
 ルイズは十六年の経験から経た知識を総動員して、アンリエッタをどうにか励ます方法を考えようとするが全く思い浮かばない。
 何せ彼女の涙はウェールズ王子を失った悲しみから来るものであって、初恋の人に裏切られた挙句に殺されかけたルイズにはその気持ちがいまいち理解できないのだ。
(諦めちゃダメよルイズ…きっと方法がある筈よ…姫さまを励まして笑顔を取り戻せる方法を…)
 そんな時であった、頭を抱えるルイズとはらはらと涙を流すアンリエッタの耳に、聞き慣れた少女の声が入ってきたのは。


「何よ、そんなにしょぼくれた顔しちゃって?」


「えっ…?…きゃっ!」
「ちょ…ちょっと、アンタいつの間に……!」 
 ふと上の方から聞こえてきたその声に反応したアンリエッタがまず小さな悲鳴を上げてしまう。
 そしてルイズはというと、信じられないものを見るかのような目で視線の先にいる少女を凝視していた。
 無理もないだろう。何せ、二人の視線の先には霊夢の頭…それも逆さになった状態で二人を見つめていたのだから。
 もっとも体の方は二人の視界に入っていないだけで、ガゼボの上にいる霊夢が頭だけを出している状態である。
「全く、何やらまた厄介なモノ抱え込んでると思って来てみたら、そんな悲鳴をあげられるなんてね…っと!」
 霊夢はそう言いつつ屋根から身を乗り出すと、猫の様に華麗な一回転して地面に降り立った。
 そして、少しだけ膝に付いてしまった土を手で払いのけてから改めてルイズたちの方へと視線を向けた。
 いつもの澄ました顔の彼女に対し癪に障るところがあったルイズは、盗み聞き…していたであろう巫女を指さしながら怒鳴った。
「…っていうかレイム!アンタはいつから上で盗み聞きしていたのよ!?」
「盗み聞きなんかしてないわよ、魔理沙の奴がアンタ達二人の姿を見つけて、私もちょっと興味が湧いてやって来ただけよ」
「あんの黒白…!」
 霊夢の話を聞いてあの白黒もいると知ったルイズは珍しく悪態をつきつつ、一旦ガゼボの外に出て辺りを注意深く見まわした。
 しかし夜中の庭園はガゼボからの灯りがあっても十分に暗く、あの特徴的な黒白の姿は見当たらない。
 キョロキョロと頭を動かすルイズの隣にいる霊夢は、彼女の様子を見て魔理沙がまだここに来ていない事を察した。

「何?もしかして魔理沙のヤツが見当たらないっていうの?」
 既に怒り心頭とも言えるようなルイズを見た霊夢は、小憎らしい笑みを浮かべて廊下から飛び降りる自分を見下ろす魔理沙の姿を想像してしまう。
 大方何処かで道草でも食っているのだろう、一足先に行ってしまった自分と厄介事を抱えているであろうルイズたちのやりとりを何処かで観戦しながら。
(予想はしてたけど、やっぱりあの黒白に一杯喰わされたわねぇ…) 
 内心呟きつつも、あの黒白がやってきたら鳩尾に拳骨の一発でもぶち込んでやろうかと霊夢は思った。
 そんな時であった。突然現れた霊夢に面喰ってしまったアンリエッタが口を開いたのは。


「あ、あの?…すいません、レイムさん…」
「……?何よ?」
「やっぱり、その…もしかしてなくても、私の話を、屋根の上で耳にしたんですよね…?」
 どこか心配そうな表情を浮かべているアンリエッタからの質問に、軽いため息をついてから答える。
「まぁ、結婚式云々の事は放っておくにしても…アイツらやウェールズの事となるとねぇ…」
 そう言った彼女の顔には、小難しいことを考えていそうな渋い表情が浮かんでいる。

 かつてアンリエッタが学院に持ち運んできてくれた幻想郷縁起のおかげで、足を運ぶことになったアルビオン。
 成り行きでルイズと合流し、結果レコン・キスタやスパイであったワルドと戦った挙句に皇太子のウェールズには返しようのない借りがある。
 別に霊夢自身そういった貸し借りを余程大事にする事は無いが、あの皇太子と王女様が相思相愛だったというのは容易に想像できる。
 だからこそ王女という足枷に動きを封じられ、復讐と抑制の狭間で右往左往して涙するアンリエッタの事をどうにも放っておくことができなかった。
(使い魔として召喚されるといい、今回の事といい…つくづく私は不幸の星の下に生まれて来たわね…)
 博麗の巫女としての性と、少女としての自分に根付く好奇心…その両方を軽く呪いつつも、霊夢はまたもやため息をつく。
 それからフッと頭を上げて、夜空に浮かぶ星々を目にしながらいつもの気怠そうな表情で言った。

「でも…アンタとは違って私にはそういう経験が無いし、アンタの隣に立って言えるような事なんて何一つないわ」
 霊夢の口から出た言葉にアンリエッタは「そうですか…」と言って悲観に暮れる顔を俯かせる。
 流石の霊夢でも駄目だったか。ルイズはそう思い、意気消沈した幼馴染の姿を見て何もできない自分に歯痒さを感じてしまう。
 やはり第二者でしかない自分たちには、彼女が抱えている気持ちを理解することはできないのだろうか?
 しかし、そんな二人を余所に星空を見上げ続けていた霊夢は「でも…」という言葉を皮切りに、ゆっくりと喋り始めた。

「仮にもの話だけど、私がアンタの立場なら空の上にいるアイツ等をとっちめに行ってやるかもね」
 その言葉にアンリエッタが目を丸くして顔を上げ、ルイズもハッとした表情で霊夢の方を見やる。
 相変わらず夜空に目を向けている彼女であったがその顔は至って真剣なモノへと変わっており、目も笑っていない。
 さっきまで気だるげな顔だっのに、一体どうしたのかとルイズが訝しみつつも今の状況打破し欲しいと願うしかなかった。

 「人の恋人ごとその国を滅ぼした挙句に、今度は武力を盾にアンタたちの国を脅してるのよね?
  だったら二度とそんな真似が出来ないように、ボッコボコに退治してとっちめてやればいいのよ」

「―――え、えぇ…?」
「ボ、ボッコボコ…って、アンタ…」
 そこまで聞いたところでアンリエッタが困惑気味な声を上げ、ルイズは目を丸くして霊夢が口にした言葉をうまく理解できていなかった。
 確かに解決方法の一つとしては実に単純明快なのだろうが、それができれば苦労はしない。
 アンリエッタは確かに復讐を望んではいるが、そうなれば手段はアルビオンとの戦争に至ってしまう。
 彼女は恋人…それも公にできぬ人の仇を取る為だけに、戦力差がありすぎるアルビオンとの戦争を忌避しているのだ。

「ちょ、ちょっとレイム!アンタ、私達の話を聞いてたって言ってたわよね?
 姫さまは確かにウェールズ様の仇を取りたいとは思ってるけど、そうなったら戦争になっちゃうのよ?
 自分の復讐だけで起こす戦争で、多くの無関係な人が死ぬのを姫さまは恐れているの!分かる!?」

 やや興奮気味に捲し立てたルイズの説明に、霊夢は多少引きながらも「ありゃ?そうなの…?」とアンリエッタに聞いてみた。
 アンリエッタはそれに無言で頷き、それが肯定の意だと理解した霊夢はふ~ん…とやや興味なさげな表情を浮かべる。
 分かっているのかいないのか、それがイマイチ分からないルイズは呆れたとでも言いたげなため息をつく。
 しかし…そんなルイズを見て何か言いたい事でも思い浮かんだのだろうか、霊夢が一拍子おいて話しかけてきた。
「じゃあどうするのよ?…このままおめおめと泣き寝入りして、したくもない相手との結婚をしちゃうワケ?」
「…えっ?そ、それは…仕方ないじゃない、姫さまは王族なんだから…好きな相手と結ばれる事は少ないのよ」
 望まぬ相手と結婚するであうろアンリエッタを見やりつつ、ルイズは申し訳なさそうに言う。
 一方の霊夢は、そんな理由など知らんと言わんばかりの言葉を次々と口から紡ぎ出していく。

「人生で不条理な目にあって、その度にいちいち仕方ないで全部済ませてたら、死んだも同然の人生しかないわよ。
 良い?人の一生なんてあっという間に終わる。その間に楽があれば当然の様に苦もある。無論、不条理なことも…。
 けれどその不条理を全部仕方ないで済ませてたら、気づいた時にはそれまでに得たモノを全て失う羽目になってるかもね?」

 真剣さと気だるげな気持ちが混ざった表情で喋り終えた霊夢に、ルイズは言葉を詰まらせてしまう。
 彼女が語ったのはあくまで一人の人間の人生の話であり、生まれたときから貴族階級の頂点に立つアンリエッタはそれに当てはまらない。
 王族ともなれば政略結婚や政争、宮廷内の謀略に巻き込まれて不条理な生き方をした者たちも数多くいる。
 それは決して抗えぬ事であり、酷い言い方かもしれないが王族としての責務であり宿命でもあるのだ。
 しかし…霊夢の言葉は王族であるアンリエッタを一人の゛人間゛として見ている事を意味しているのだと、ルイズは察する事ができた。
 だからこそ王族という前提を無視して、彼女は話を進められているのだ。自分やアンリエッタとは違って。
 そこまで考えたルイズはしかし、霊夢の言葉に同意できるほどハルケギニアの常識を捨ててはいなかった。
(けれど、そんな不条理を飲んで生きていくしかないのが王族なのよ…)
 アンリエッタの抱える逃れられない宿命を思いながらも、ルイズはキッと表情をきつくしてから口を開く。
「確かにそうかもしれない。だけども、そういう使命を背負って生き行くのが王族なの。それが此処での現実というヤツよ」
「それはアンタたちの視野が狭すぎるから、それしかないと錯覚しちゃってるだけじゃない。馬鹿らしいわね」
「なんですって…?」
 身勝手ともとれる霊夢の言動にルイズはいら立ちを募らせてきたのか、その顔がより一層険しくなる。
 王族という籠の中でしか生きられない鳥であるアンリエッタの事など、さほど気にもしていないような霊夢の見解。
 幼い頃からアンリエッタの傍にいたルイズにとって、無遠慮な発言をする巫女を放っておくことなどできはしない。
 対して霊夢はさほど気にならんと言わんばかりの涼しい表情を浮かべながら、ルイズと睨み合っていた。
 そんな時であった。まるで山奥から怒涛の勢いで下ってくる水流の如き仲裁を図ってきた者が現れたのは。

「ま、待ってください…!何も私の事でお二人が喧嘩するなどあってはなりません!」
「…なっ、ひ…姫さま」
 流石にこの雰囲気は不味いと察したのか、二人の間に分かつかのようにアンリエッタが間に入ってきた。
 まるでゴールテープを切っていくマラソン選手の様に両腕を広げた姫殿下の御姿など、滅多に見られるものではないだろう。
 一触即発気味であったルイズは突然の仲裁に思わず面喰らい、霊夢はただ何も言わずにスッと後ろに下がった。
 ひとまず最悪の事態は回避できたと判断したアンリエッタは、ルイズと霊夢の二人を交互に見やりながら喋り出す。
「落ち着いて下さい二人とも…。私が悪いんです、私が…自分で解決すべき悩みを他人に頼ろうとしたばっかりに…」
「そんな事はありませんわ姫さま…!この私の考えが至らぬばかりに…」
(やっぱ関わらなきゃよかったかしら?…面倒くさいにも程があるわねぇ、このお姫さまは)
 未だネガティブ思考から抜け出せぬアンリエッタを、妙案が未だに思い浮かばないルイズが慰めようとする。
 そんな堂々巡りである二人を見てやる気が落ちたのか、霊夢は盛大なため息をついてから踵を返した。
 自分の事を一向に決められず、何度も何度も悲観に暮れては他者に頼るしかない人間の相手をしていたら日が昇ってしまう。

(…というか、私をここへ誘った当の本人はドコ行ったってのよ…?あの泥棒魔法使いめ)
 ふと夜空を見上げつつも、こんな面倒事を見つけてくれた挙句に姿を隠した黒白に悪態をついた時であった。

「あっ…コラ、レイム!アンタ一人だけ言うだけ言って、帰るつもりなんじゃないでしょうね!?」
 溜め息で気づいたルイズがその体から怒気を発しつつ、自分たちに背中を見せている霊夢に向かって怒鳴る。
 しかしその怒鳴り声に身を竦ませるどころか振り向くこともせずに、霊夢はポツリと言った。


「アンタも程々にしといた方が良いわよ?何かあればメソメソ泣いたり、自分が悪いって言ってばかりのような人間の相手なんて」
「――――……ッ!!、あ、あ、あ、アンタねぇ…!!!」
 さすがにこの一言で堪忍袋の緒が切れたのか、キッと目を鋭くさせたルイズは腰に差した杖を抜いた。
 鳶色の瞳に怒りを滲ませ、杖の先を自身の使い魔であり巫女である霊夢の背中に迷いなく向けている。
「る、ルイズ…!いくら何でもそれは…」
「大丈夫です姫さま。できる限り調節して、アイツだけが煤だらけになるようにしますから…!」
 アンリエッタからの制止されようが、怒り心頭であるはずのルイズは異様に冷めた声でそう返す。
 杖を向けられている霊夢本人もルイズからの気配で察したのか、本日何度目かになるため息をついて後ろを振り向こうとした時――――

「おぉ!色々と時間を掛けてやって来て見れば、何やら面白いことが起こりそうじゃないかッ!」

 ふと対峙しようとした二人の頭上から聞き覚えのある知人の、楽しげな声が聞こえてきた。
 嬉しそうに弾んだ調子のソレには、まるでサーカスの大道芸を前にしてはしゃぐ子供の様な無邪気さがある。
 突然の声を耳にしたルイズとアンリエッタははハッとした表情を浮かべ、霊夢は「アイツめぇ…」とでも言いたげな苦々しい表情で頭を上げる直前…
 小さな風を起こしながらも、庭園の柔らかい芝生の上に箒を手にした黒白の魔法使いこと魔理沙が降り立ってきた。
 その背中にはいつの間にかデルフを担いでおり、恐らくアレを取りに行って時間でも掛けたのだろうか。
「待たせたなぁ三人とも。面白い話限定でなら、この魔理沙さんが相談に乗ってやるぜ!」
 丁度ルイズと霊夢の間に着地した魔理沙が得意気に言った後に、彼女が背中に担いでいるデルフが喋った。
『何でぇマリサ、面白そうな厄介ごとがあると聞いてみりゃレイムに娘っ子…おっと、お前さんの言うとおりお姫様までいるじゃねぇか』
 金具の部分をカチカチとやかましく鳴らしながら、デルフが少しエコーの掛かった声でそう言う。
 それに対し魔理沙は既に浮かべている笑顔をより一層輝かせながら「だろ、だろ?」と嬉しそうに返した。

 一方、そんな一人と一本の乱入者の流れ、というか雰囲気についてこれない三人がいた。
「ま、マリサ…アンタ…」
 ルイズは霊夢と意見の違いで睨み合おうとした最中に、突然自分と彼女の間に図々しく表れた魔理沙に目を丸くしていた。
 霊夢の話が正しければ、こんな事になったのも彼女が原因らしいのだが、当の本人は凄く楽しそうにしている。
 まるで偶然通りがかった広場で、ピエロが大道芸をしているのを発見した子供の様な、嬉しそうな表情を浮かべていた。
 一体何を期待して私と姫様の間に入ろうとしたのか?それを問おうとしたルイズが声を上げようとした時、それを遮るように魔理沙が喋り出す。
「おぉルイズ。さっきお姫さまと何か色々と面白そうな相談事してただろ?良ければ是非私にも教えてくれよ」
 元気そうな笑顔を浮かべて空気も読まず…というよりも読む気すらない彼女の言葉にルイズはただただ目を丸くして何も言えずにいる。
 アンリエッタはアンリエッタで突然の乱入者にビックリして、ルイズ同様その口から言葉が出ない状態となってしまった。
 一方で、自分の好奇心を刺激してくれた二人が何も言わない事に状況を把握してない魔理沙は身勝手不満を感じていた。
「何だ何だ、私が来た途端に二人して黙るなんて?何か良からぬ話でもしてたのか?主に私方面の…―――って、うぉっ!?」
 流石に空気を読まない魔理沙の行動を見かねたのか、その背中を見せつけられていた霊夢がさりげなく彼女の口を止めた。
 止めたと言ってもただ単に左手で後ろ襟を掴んで強く引っ張っただけなのだが、それでも効果はあったようだ。
「何一人ペラペラと話してるのよ?この黒白!」
「ったく、だれか思えば霊夢かよ?…まぁ、お前が先に行ってくれたおかげで色々楽しいことになってるけどな」
「…は?アンタ今何て?……霊夢を先に行かせたですって?」

 この場では失言としか言いようのない言葉を耳にしたルイズが、魔理沙の方へと詰め寄る。
 魔理沙は一瞬だけ怪訝な表情を浮かべると、詰め寄ってきたルイズの方へと体を向け得意気な顔になって喋り出した。
「おうよ。さっき上の階からお前とお姫さまが話してたのを偶然見かけてな、それで何か面白そうだな~っと思っ…―――――」


「そりゃぁっ!!」 
 魔理沙がそこから先の言葉を言うよりも速く、
 そして正確無比な制度でもってルイズの左ストレートが不躾な魔法使いの鳩尾に、容赦なくぶちこまれた。
 悲鳴や呻き声を上げる間もなく、ルイズの一撃を喰らった魔理沙はそのまま背中から倒れる。
 一見すれば死んだかのように思えるが、ピクピクと痙攣しつつも体が上下しているので気を失っているだけだろう。

「まぁ、今のは魔理沙が悪いわね」
 仰向けに倒れた知人を見下ろしながら、霊夢が冷めた口調でそう言う。
『何だか良く知らんが…ま、確かにマリサが悪そうだな。ところで、誰かオレっちをそのマリサの背中から引っ張ってくれないか?』
 魔理沙の背中からデルフもそう言って、ついでと言わんばかりに助けを乞うた。 



 それから一分と経つまもなく、霊夢が地面に倒れた魔理沙を起こす羽目となった。
 流石に蹴飛ばして起こすのもなんだと思ったのだろうか、顔をペシペシと叩いて目を覚まさせる事となったが。

「ホラ、さっさと立ちなさいよ。面倒かけさせないでよね」
「ぅ、うぅ~、…何だって私がこんな目に…」
 気絶から目を覚ました魔理沙はルイズから受けた突然の暴力を思い出しつつ、殴られた鳩尾を摩りながら呻いた。
 受けた本人は、これが自らの好奇心が招いた結果だとは到底思っていないようである。
『イヤ~娘っ子からの話じゃあ、どう考えても悪いのはお前さんだと思うがね?』
「何だよデルフ?お前までルイズたちの味方になるのかよ」
 魔理沙の心の内を読み取ったかのように、霊夢が左手に持っているデルフがカチャカチャ音を立てて喋る。
 そんなインテリジェンスソードに、ようやく立ち上がることのできた魔理沙がそう言いながら苦々しい目で睨む。
 目があるのかどうかも分からないデルフは魔理沙の睨みに対し笑っているのか、プルプルと鞘越しの刀身を震わせた。
『オレっちとしちゃあ、面白いモンが見れればそれに越したことはないんでね』
「こいつめぇ……って、うぉわッ!?」
 悪びれもしないデルフに魔理沙が悪態をつこうとした時、後ろにいたルイズが彼女の後ろ袖を遠慮なく引っ張ってきた。
 またもや後ろから引っ張られた魔法使いは何かと思って後ろを振り向くと、鋭い目つきをしたメイジが彼女を睨んでいた。 

「ちょっとマリサ!そんな剣に構う暇があるなら、姫さまに謝りの一言でも言ったらどうなのよ?」
 ルイズは冷静に、しかし確実に怒っている口調でそう言ってきたので、魔理沙はアンリエッタの方へと体を向ける。
 魔理沙の乱入から今に至るまでただひたすら状況に置いて行かれてしまった彼女は、少しおどおどした様子でルイズたち三人と一本を見つめている。
 しかし当の本人はあまり反省してなさそうな表情を浮かべつつ、鳩尾を押さえながら言った。


「う~ん…謝れって言われても、私はただここに泊めもらってる恩を返そうと思っただけなんだかなぁ」
「さっき上の階にいた時のアンタの顔、そんな事露にも思って無さそうな感じだったけど?」
「ついでに、さっき箒から降りて来た時も好奇心で突っ込んできた感じだったわね」
『お前さんは気付いてないだろうけど、オレっちを部屋から持っていく時に好奇心で殺される直前の猫みたいな顔してたぜ?』
 言い訳がましい魔理沙の言葉に霊夢が突っ込みを入れて、ルイズがそれを肯定の意を述べた。
 そしてついでと言わんばかりにデルフがそう言ったところで、今まで静かだったアンリエッタが口を開いた。
「あ、あの…二人とも、そんなに彼女の事を責めないであげてください」
「姫さま…!けれどコイツは…」
 アンリエッタの口から出た許しを乞う言葉に、ルイズがためらいながらも反論の意を述べようとする。
 しかしそれよりも先にアンリエッタが無言で首を横に振ることで、ルイズは何も言えなくなってしまう。
 幼馴染が口を慎んだのを確認した後、アンリエッタがその口を開けてゆっくりと喋り出した。

「元はと言えば自分一人で解決すべき問題を、詔を考えている最中の貴女に振ってしまった私の責任です。
 ですから好意で相談に乗ってくれたルイズ…そしてレイムさんと、マリサさんに頼ろうとしたのが間違いでしたわ」

 あまりにも自虐的な印象が見えてしまうアンリエッタの謝罪に、すかさずルイズが反論しようとした。
 そんな事はありません!とそう力強く叫ぼうとしたときであった…彼女の後ろから「そんなことはないさ」という言葉が聞こえてきたのは。
 聞き覚えのある声に後ろを振り向いたとき、まだ鳩尾を押さえながらもしっかりと立っている魔理沙がアンリエッタを見つめていた。
 顔はまだ笑顔のままであるが、さき程とは違いその笑みが好奇心由来のものではないという事だけはわかった。
 それに気づいたルイズが彼女の名を呟くと、ルイズの方へ顔を向けてニコッと笑って喋り始める。

「今こうして王宮って立派で珍しい所に風呂付きで泊めさせて貰って、おまけに一日三食とおやつに紅茶までついてタダときた。
 そこまでしてくれたヤツが悩んでいるところで見れば、流石の私だって気が引けてついつい相談にも乗りたくなるさ。
 だからさ、これからも何か自分で解決できなさそうな悩み事とかあったら、この魔理沙さんに話してみてくれよな?
 まぁ、その日の気分次第だが…相談内容によっちゃあ博打の代打ちから妖怪退治まで何でもござれだぜ」

 所々アンリエッタの知識に入っていない単語があったものの、彼女が自分に言いたい事だけは何となく理解できた。
「つまり…私に一宿一般の恩義を返すために、お礼がしたい…という事なのですね?」
 アンリエッタからの言葉に、魔理沙は暫し口を閉ざしてからこう言った。
「まぁスッパリ切って要約するとそうなるな。あぁけど、さっきのは私の好奇心が七割ほどの原因だったけどな?」


「何よソレ!結局アンタの好奇心が原因じゃないッ!?」
 魔理沙の口から潔く先程の事についての言葉が出ると、ルイズが勢いよく突っ込むと同時に飛びかかった。
 急なことに流石の魔理沙も避けることはできず、つい口から「うぉっ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
 彼女の上半身にしがみつくようにして組み付いたルイズに、流石の魔理沙も焦った様子でルイズに許しを乞い始める。
「わっちょっ…!おまえっ落着けルイズッ!話せば分かる、分かるからッ!!」
「分かるもんですかッ!この性悪黒白ォッ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい二人とも!さすがにソレは危ないですよッ!?」
 話せば分かると叫ぶ魔理沙に対し、絶対に許さんと言わんばかりにしがみつくルイズを見て、アンリエッタも止めに入る。
 トリステイン王宮のど真ん中に位置する庭園で、出自の違う三人の少女達が喧嘩が元で絡まり合うという異様な光景。
 きっとこれまでもこれからも、こんなおかしい光景に出合うという事は滅多にに無いであろう。

 そんな三人を少し距離をおいた所で見ていた霊夢の耳に、デルフの声が入ってくる。
『何だ、随分おもしれー事になってるな!…で、お前さんは行かないのかい?』
「何かもうどうでも良くなったわ。ま、アイツが来てくれたおかげで…面倒事は楽に済んだ分良しとしましょうかね?」
 イヤらしいデルフの言葉に霊夢は気だるげにそう言って、大きな欠伸を一つかました。




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