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ルイズと無重力巫女さん-69




 あぁ、これは夢にしてはちょっとリアル過ぎないかしら?

 物心を持った霊夢が何年かした後にそんな事を思うようになったのは、数にして役二桁程度だろうか。
 例えば今食べたいモノを口にしている食感とか、賽銭箱に入った貨幣を勢いよく掴みとった時の感触等々…。
 起きる直前まで夢と思えぬ程の現実感に酔いしれて、手に取れぬ幸せに浸れる時間こそ夢の醍醐味なのではと彼女は思っている。
 だが、ふとした拍子に目が覚めて初めて夢だと気づいた直後…今見ていた現実がそっくりそのまま幻に置き換わったかのような虚無感がその身を襲う。
 上半身だけを起こして重たい瞼を瞬かせた後に、落胆のため息と共に訪れるどうしようもない空しさ。
 そんな「リアルな夢」を、彼女はこれまで幾度となく見てきた。そして、これからも睡眠の時にそういうモノを見る機会が増えるであろう。
 しかし、ついさっきまで見ていた夢には悪い意味で「生々しい」迫力があった。

 勢いよく振り下ろした拳が柔らかい物を殴ったかのような感触に、その拳に付着する液体の生ぬるさ。
 振り払った右足の蹴りでそれなりの固さがある木の枝を折ったかのような、しっかりとした抵抗感。
 そして耳の中に入ってくるのは、犬とよく似た鳴き声を持つ動物たちの唸り声と死を連想させる断末魔の叫び。
 鼻腔を刺激する血の臭いが眠り続ける彼女の体を緊張させ、その体から汗を滲ませる。

 何も見えない闇の中で、何者かと争っているかのようなリアルな悪夢。
 手足が痛み、血の匂いで鼻が駄目になりそうだと感じてもその戦いは終わりを告げる様子が全く無い。
 もしかするとこのまま目を覚ますことなく、生々しい悪夢の中に囚われてしまうのではないかという不安すら抱いてしまう。

 結局のところ、その悪夢は彼女の体内時計の中では十分ほどで終わりを告げた。
 目を覚まして冷や汗だらけの体をベッドの上から体を起こした後で今まで夢を見ていたのだと気づき、安堵する。

 あぁ、これは夢にしてはちょっとリアル過ぎないかしら…

 そんな一言を内心呟きながら、彼女は胸をなで下ろしたのである。


 ◆

 午前四時半という朝と夜が交差し始める時間帯。
 見た目は立派だが『この建物の中』では比較的大人しい部類に入る調度の部屋。
 普段は客室として使用されており、昨日からは二人の少女を客として迎え入れてその役目を果たしていた。


「……なるほど。何であんなに汗だくだったのかという理由が、ようやく分かったよ」
 暗い部屋の中、共に小さなカンテラを囲む霊夢からの話を聞いていた魔理沙がウンウンと頷いた。 
 夏という事もあって暖炉の火はつけておらず、備え付けのカンテラをテーブルに置いている。
 魔理沙の服装はいつも着ている黒白のドレスだが黒いベストは外しており、白のブラウスがやけに目立っていた。
 彼女に先程見ていた夢の事を聞かせていた霊夢もいつもの紅白服で、それを見れば二人に眠る気が無いのは一目瞭然だろう。
「全く…あんなの見てたらもう眠りたくても眠れないじゃないの。まだ朝って言えるような時間でもないし」
 先程見た妙にリアル過ぎた夢に愚痴を漏らしながら、博麗の巫女は肩をすくめる。 

 部屋の外から人の声どころか物音ひとつ聞こえてこないのが分かれば、まだ人の起きる時間ではないという事だ。
 外と内部の警備をしている衛士達の姿も日を跨ぐ前の時間帯と比べ少なくなっており、起きている者たちも眠たそうな様子を見せている。
 そんな中でこの二人だけは空気を読めないのか、こうして夜中に起きて暇つぶしにと適当な会話をしていた。
 最も、ついさっきまで寝ていた事もあるが二人の目はちゃんと冴えており、今ベッドで横になってもすぐに眠れはしないだろう。
 時間も微妙であり、後もう少しすれば太陽が顔を出してしまうので仕方なしに起きている。
 だが魔理沙としては紅白の巫女が語ってくれた話が中々面白かったので、まぁこういうのも良いなという程度にしか思っていなかった。
 むしろ夜更かしという行為にあまり抵抗が無い事もあってか、話を聞かせてくれている霊夢よりもずっと目が覚めていた。

「しっかしそんな気持ちの悪い夢を見るとは…お前、もしかして誰かに恨まれてるとか?」
『あぁ~、そりゃあ大いに有り得るねぇ。まぁお気の毒さまってヤツよ』
 多少寝不足気味な巫女を励ましているのか良くわからない言葉を魔理沙が言うと、彼女のすぐ横から男の声が聞こえてくる。
 やかましいだみ声にエコーを掛けたようなその声と同時に、カチャカチャという金属特有の音も二人の耳に入ってきた。
 その音の正体はインテリジェンスソードのデルフリンガー。簡単に言えば人並みの感情と理性を持っている殺人道具だ。
 喋る際に鳴り響く金属音が気に障るのか、苛ついた様子を見せる霊夢がデルフに愚痴を漏らす。
「…アンタは良いわよね。どうせ眠らなくたってイライラしたりしないんでしょう?」
 赤みがかった黒目を鋭く光らせた喋ったもののデルフにはさほどの効果は無いようで、あっさりと言葉を返される。
『まぁね。だからその分夜中とクローゼットに入れられている時は辛いもんさ。何もすることが無いしな』
「というか、手も足も無いお前に何ができるんだろうな?できる事があったら聞きたいくらいだぜ」
 新た強い玩具を与えられた子供の様な笑顔を浮かべて魔理沙が話に入ってくると、デルフの視線(?)も彼女の方へと向いた。
『そういやそうだな。…良しマリサ!この際だから手足の無い剣のオレっちに何かできる暇つぶしを考えてくれよ』
「良し、わかった。じゃあ今からでもちよっと考えてみるから待っててくれよ」

 いつの間にか魔理沙とデルフだけの会話になり、蚊帳の外へと追い出された霊夢は一人ため息を突く。
 しつこい位に自分に話しかけてくるヤツは鬱陶しいが、こうも簡単に離れられてしまうと寂しいモノを感じてしまう。
 黒白と一本の様子を横目で見ながらも、ふとここへ゛来てから゛もう四日も経った事に彼女は気づいた。

(思ったよりかは、学院より割と静かで生活しやすい場所ね。王宮ってところは)

 そう、今彼女たちとここにはいないルイズがいる場所はトリステイン魔法学院ではない。
 この国…トリステイン王国の中心地といっても過言ではない建物である王宮にいた。


 どうして彼女たちがここにいるのか?今に至るまでの過程を説明しておこう。
 時をちょっとだけ戻して前日の夕方頃…ルイズと霊夢、魔理沙とキュルケの四人は衛士達の詰所から王宮へ護送されてきた。
 詰め所を出る前にルイズから聞かされていた話が正しいのならば、彼女たちを王宮へ呼んだのはアンリエッタ姫殿下である。
 なぜ王宮の中でも一際高い地位にいる少女が自分たちを呼んだのか?その理由をルイズが教えてくれた。

 彼女たちが詰所へ来る原因の一つには、旧市街地の方で霊夢とそっくりでありながら全く違う゛何か゛と戦った。
 本物の霊夢がソレと戦い何とか勝利を収めたものの、結果として怪我を負った彼女はその場で気を失う事となってしまう。
 どうしようかと慌てふためいていたルイズと魔理沙であったが、丁度いいタイミングで助け舟が来てくれた。
 その助け舟こそ、旧市街地で物騒な爆発が起きていると通報で知り、馬に乗って駆けつけてきた衛士隊の面々である。 
 到着した彼らはそこにいたルイズたちから霊夢の応急手当を頼まれ、見事にそれを果たしている。
 最もその場で出来たのは包帯を使っての簡単な止血だけで、ちゃんとした止血をするには詰め所に行く必要があった。
 何より彼らは、霊夢とレイムの戦いで荒れてしまった旧市街地の入り口を見たおかげで、彼らが通報の原因だと察していた。

 その後、安全に運ぶためにと馬車を呼んで詰所本部へと送られた霊夢を除く三人は、取り調べを受けている。
 つい最近街で奇怪かつ不可解な貴族の殺害事件があったということもあって、その取り調べは徹底していた。
 最も、名家の末女であるルイズと留学生のキュルケは事情聴取だけで済んだが、魔理沙だけか危うく゛尋問゛されかけたのだという。
 大方いつも通りの態度で衛士たちと接したのだろうと、本人の体験談を聞いた霊夢はそんな感想を心中に抱いていた。

 ルイズとキュルケは夜中の十一時に解放されたらしいが、いつもどおり過ぎた魔理沙はこってり夜中の二時半まで絞り上げられてから詰所で一夜を過ごした。
 本来なら学院へ送り返すべきなのだろうが、時間が遅すぎるということで結局早馬を使って伝令を送ることとなった。
 そうして朝になり、三人がとりあえずの朝食を頂いてしばらくしてから魔法科学院…ではなく王宮からの使いがやってきた。
 それこそが、四人が王宮へ行くこととなったアンリエッタ王女からの使いだったのだ。


 馬車に乗ったルイズは何が起こるか分からないといった表情を浮かべる霊夢に「まぁ大丈夫よ」と言い、それに対して嬉しそうな魔理沙には呆れるかのようなため息をついてみせた。
 ただ詰所へと運ばれる前に起った゛ド派手な出来事゛のせいで三人の事をもっと知りたくなったキュルケは、彼女たちと同行できなかったのである。
 二つ名である゛微熱゛に似合う性格に隠し事を嫌う彼女は、王宮に入ってすぐそこにいた人たちの手によって学院に送り返されていたのだ。

 その人たちこそルイズとキュルケの学び舎であり、今の霊夢と魔理沙の住処である魔法学院の教師であるオールド・オスマンとミスタ・コルベールであった。
 衛士達の馬車で王宮の中まで運んでもらった後、エントランスで四人を待っていたのが彼らだった。
 ルイズと少し驚いた様子を見せて彼らの名を呼び、それに対して先に口を開いたのは心配そうな表情を浮かべるコルベールだった。
「あぁ!貴女たち!!話は色々と聞いておりますぞ!よくぞご無事で!」
 忙しない足取りでルイズの手を取った彼の後頭部に、霊夢の隣にいた魔理沙が声を上げた。
「おぉコルベールじゃないか?何だ、アタシたちが帰ってこなかったからって迎えに来てくれたのか?」
「多分半分正解で半分外れね。…っていうか、何で学院から教師が来てるのよ?」
 場違いなくらい楽しそうな雰囲気を放つ魔理沙に続いて発言したのは霊夢だった。
 身体の方はまだ完全に癒えていないものの、口だけは達者になれる程度に回復していた。
「ワシ等は姫殿下直々に呼ばれてのぉ。諸君らと一緒に色々と話し合わなきゃいけない事ができたのじゃよ」
 しわがれた声がコルベールの後ろから聞こえてくると同時に、彼の後ろからひょっと姿を現したのが学院長のオールド・オスマンであった。
 青みがかった黒のローブを纏い大きな杖を右手に持った老人は、四人の姿を見て柔らかい笑みを浮かべた。
「ウム。ミス・ツェルプストーもミス・ヴァリエールを含めた他の三人も特に傷ついてはいないようだ」
「ここに来るついさっきまで、頭に包帯を巻いてたんですけど?」
 うっかり呟いた後に飛んできた霊夢の突っ込みに、オスマンは何の問題か言わんばかりにフォフォフォ…と笑う。
 反論できるくらいの元気があるなら問題は無いじゃろ。何年生きてきたのか誰も知らぬ老人の笑みは、そう言っている様にこの時のルイズは思えた。


 その時までは互いに気楽な会話をしていたのだが、それはすぐに終りを告げた。
 顔を合わせて一番に霊夢からの突っ込みをもらったオスマンは、笑顔を浮かべたままキュルケの方へ体を向けると、こんなことを言ってきた。
「さてと…ミス・ツェルプストー。ここまで来て悪いのだが、このままミスタ・コルベールと一緒に学院の方まで戻ってくれんかのぉ?」
「……?それは一体どういうことでしょうか、オールド・オスマン」
 まるで使い古したモップのような白い髭を撫でる学院長の言葉に、キュルケはキョトンとした表情を浮かべてしまう。
 無理もない。何せ今の彼女は、昨日起こった゛非現実的過ぎる出来事゛に直面した人物になっているという事を内心喜んでいたからだ。
 そしてもっと面白い事が起きるかも知れないとルイズ達と一緒に王宮まで来たというのに、そこで学院へ戻れという命令は余りにも酷であった。
 簡潔に例えるならば、目の前で生肉を見せつけられて涎を垂らす飢えたマンティコア。それがあの時のキュルケだった。

 しかしそんな彼女の心境を知る者など当然おらず、その一人であるコルベールが説明してくれた。
 昨晩の騒動を受けてトリスタニアには厳戒態勢が敷かれ、特に学院の生徒たちは一週間ほど外出禁止の命令が出たのだという。
 特にその騒ぎの中心にいたのがあのヴァリエール家の令嬢という事もあって、王宮側が今朝一番に竜騎士を使いに出してまでその事を伝えに来たということも付け加えて話した。
「ウソでしょ?まさかそんな大事になってたなんて……」
 コルベールからの丁寧な説明にルイズは驚きのあまり目を丸くしたのだが、一方のキュルケは「あら、そうですの」と軽い反応を見せた後にこう返した。
「ですがミスタ・コルベール。私もルイズたちと同じ場所にいて、同じ体験をしましたのよ?証人としての価値は十分にありますわ」
 横にいるルイズと霊夢たちを見やりつつ、燃え盛る炎のような赤い髪を手で撫でながら開き直るような言葉を返した。
 しかし、その言い訳臭い彼女の言葉を全否定するかのように、オスマンがホッホッホッと笑いながらこんな事をキュルケに教えてくれた。


「実はなぁ、ミス・ツェルプストー。…アンリエッタ姫殿下からのお言伝があってのう。
 わざわざ外国から来てくれた大事な留学生のお方を危険な立場に晒したくない、
 ですからすぐにでも安全な学院へ返してあげください―――とな?」


(あの時のアイツの悔しそうなは…もしかして初めて見たかも)
 ふと何となく王宮へきた時のことを思い出した霊夢は、カンテラの火に照らされながら心の中でぼやく。
 結局キュルケはコルベールと共にルイズたちと別れることとなり、名残惜しそうな表情を浮かべて学院へと引きずられていった。
 帰ってきたらちゃんと私に教えなさいよねぇ!…という捨て台詞を残したキュルケと、それを見て苦笑いを浮かべるコルベールの姿は未だに忘れていない。
 そんな二人を見ながら、オスマンはただふぉふぉふぉ…としわがれた笑い声を小さく上げていたのも記憶に残っている

 これは霊夢の考えであるが、おそらくあの言葉はオスマンの口から出た所謂゛出まかせ゛か…或いは゛国家的権力゛というモノなんだろう。
 今のところ自分たちの秘密を知っているハルケギニアの人間はルイズを除いてアンリエッタにコルベール、そしてあの学院長だけだ。
 実質的に第三者であり口が軽いであろうキュルケを意図的に学院へ戻したのは妥当な判断ともいえる。
(まぁ居たら居たで色々と厄介だったし。ここはあの学院長に感謝すべきよね)
 やけに眩しくて目に刺激を与えるカンテラの明かりから少し目を逸らした霊夢は、ふと魔理沙たちの方を見やる。



 未だ太陽の出ぬ未明の闇のなかで光り輝く小さな火は、向かい側で楽しげなやり取りをするデルフと魔理沙の姿も照らしていた。
 先ほどデルフから(霊夢からすればとても無茶難題な)願いを託された普通の魔法使いは、目を瞑って考え事をしている。
 恐らく人間である彼女の視点から手も足もないひと振りの剣にどんな暇つぶしができるのか模索している最中であろう。
 霊夢を初めてとして並大抵の人間なら未だ寝ている時間帯だというのに、人間である魔理沙はかなり目が覚めているようだ。
 生々しいグロテスクな悪夢を見て目覚めた霊夢の目は冴えているが、目の前の魔法使いと比べれば日中よりも左右の脳はうまく機能していない。
 魔法使いだから夜更しに慣れているのか、それともパチュリーやアリスのように人間をやめる準備を着々と進めているのか…真相は当の本人以外誰も知らない
(魔女になってくれたりしたら、遠慮なく退治できるんだけどなぁ~…)
 割と数の少ない知り合いに対して物騒なことを思いついたのがばれたのか、デルフと会話していた魔理沙が怪訝な表情を浮かべた。

「……おまえ、今私に対して物凄い物騒なことを考えてたな?」
「あら?随分と勘が良いわね。それぐらい良かったら私の代わりくらい勤まりそうなものよ」
 普通の魔法使いにそう指摘された巫女ははぐらかすこともなく、あっさりと心の内をさらけ出す。
 しかし彼女の言葉に対してデルフによる遠慮のない突っ込みが、横槍のごとく彼女の耳に入ってくる。


『いやいや。お前さんが今見せてるジト目を見たら、誰だって何か怖いこと考えてるなぁ~…って思うぜ?』
  そう呟いた直後、部屋中にインテリジェンスソードを蹴飛ばす硬く甲高い音が響き渡った。



 深い深い闇の帳を誘う夜に永遠はない。地平線の彼方から上ってくる日の光がそれを払いのけるからだ。
 夜明けとともに闇を好む者たちは姿を隠し、日の出とともに人々は目を覚まして起き上がる。
 それは大体の人間に当てはまる当たり前のことであり、ルイズもまたその゛当たり前゛に従ってゆっくりと目を覚ました。
「ん…ムニュウ…」
 少しだけ窓から鳥たちの囀りが耳に入る中上半身をのそりと起こした彼女は、自分の周囲を見回す。
 ルイズが今いる場所は学院の自室ではなく王宮の中にある来客用の豪華な部屋で、大きさは二回り程も上である。
 体を起こせば眩しい朝日を背中に受ける位置に、彼女よりも遥かに大きいベッドが設置されている。
 部屋の中央には接客用のソファーとテーブルが置かれており、一目見ただけでもこの部屋に相応しい一級品とわかった。

 未だ寝ぼけている頭でボーっとしていたルイズは大きな欠伸を一つかますと、ふと部屋の右側へと頭を動かす。
 ルイズから見てベッドのすぐ右横に置かれているハンガーラックには、学院で着用しているブラウスとスカート…それにマントが掛けられていた。
 そしてそのハンガーラックの丁度真ん中部分に作られている小さなテーブルには、彼女が愛用する杖がそっと置かている。
 いつまでもベッドにいても仕方ないと思ったのか、もぞもぞとベッドから出てきたルイズは眠り目を擦りながらスローペースで着替え始める。
 それが終わって杖を腰に差したあたりでルイズの目は充分に覚めており、今日一日頑張るぞと言わんばかりに両手を上に上げて大きく背伸びした。
 ふと時計を見てみると時間はまだ朝の八時を少し過ぎたところ。朝食の時間である九時までほんの少しだけ余裕がある。
(それにしても…昨日は衛士隊の人たちが着替えを持ってきてくれて本当によかったわ)
 屈伸を終え、ひとまずソファに腰かけたルイズは心の中で呟きつつも昨夜の出来事について思い出し始めた。


 本来なら王宮にはないルイズの服や私物は前日の夜…すなわち王宮入りしたその日に学院から持ってこられたものだ。
 アンリエッタが魔法衛士隊に命令し、その日の内に鞄に詰められた状態でこの部屋に運び込まれたのである。
 ご丁寧にアルビオンで放置してきたが為に買い直したばかりの真新しい鞄に詰めてきたのは衛士隊の粋な計らいだろうとルイズは思うことにした。
 無論、彼女だけではなく別の部屋にいる霊夢と魔理沙の着替えや私物も持ってきてくれたので、これにはあの二人も感謝の意を述べていた。

――――しかし…だからといってあのインテリジェンスソードまで持ってくることは無いんじゃないかしら?

 新兵であろう若い青年衛士が苦笑いを浮かべつつ霊夢の前に差し出した縄で縛られたデルフの事を思い出してしまい、ルイズの表情が渋くなる。
 最初にそれを差し出された霊夢も同じような表情を浮かべつつ、どうして持ってきたのかと衛士に問い詰めていた。
 まるで魔法学院を卒業したばかりのような初々しさを顔に残した彼は、少し困惑したような表情を浮かべながら説明してくれた。
 何でも、衣類などを鞄に詰めている最中にクローゼットの中でジタバタと動いているのを見つけてしまったらしく、これも私物なのかと思い持ってきたのだという。
 まぁ最近はそんなにうるさく喋ることもないし、何よりその衛士に学院に戻してこいと何て言えるはずもないので、渋々霊夢が預かる事となった。

――――まったく、ただでさえ厄介なことに巻き込まれたのについでにアンタまで来るなんて災難だわ
――――――そりゃオレっちのセリフだっての…二年半くらい閉じ込められてた気分だぜ畜生…!

 ぶっきらぼうな表情で霊夢がそう言うと、なんとか金具の部分を自力で出したデルフは吐き捨てるように言葉を返していた。

 そんな事を思い出していると、ふとドアの方からノックの音が聞こえた後に自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「御早う御座いますミス・ヴァリエール。朝の洗顔と髪梳きに参りました」
「あら、わざわざありがとう。それならお言葉に甘えてしてもらおうかしら」
 まだ二十代もいかぬ思える瑞々しく若い声に、ルイズは反射的に左手を挙げて言葉を返す。
 一時的な部屋の主に入室の許可を得た給士が水の入った小さな桶と櫛、それに数枚のタオルが乗ったお盆を手に入ってきた。
 亜麻色の髪をポニーテールで綺麗に纏めており、身に着けているメイド服は魔法学院のものと比べ所々に金糸の刺繍が施されている。
 これからの季節を考慮してか半袖のメイド服の給士はソファに腰かけているルイズのすぐ横にまで来ると、お盆を自身の足元に置いて一礼した。
「それではまず、洗顔の方から入らせて貰います」
 王宮の給紙として充分な教育を受けた彼女はそう言うと一枚目のタオルを手に取り、それを桶に入った水にさっと浸す。
 ついで水を吸ったタオルを軽く絞り、一度広げてからそれを正方形に折りたたんだ後に、失礼しますと声を掛けてからルイズの顔を拭き始めた。

 魔法学院では基本自分の身だしなみは自分で整えるが、大半の貴族はこのように給士にさせる事が多い。
 ルイズも幼少期の頃はよく給士や侍女にしてもらった事があった為、当たり前のようにしてもらっている。
 無論それは彼女だけではなく今は魔法学院にいる生徒たちにも、そういった経験をしている者たちは少なくない。

「ありがとう、これくらいでもう良いわ」
 洗顔を済まし、櫛で髪を梳いてもらったルイズは給士に身支度を終わらせるよう命令する。
 それを聞き、わかりましたと給士は櫛を盆に置き一礼してから、盆を手に持って立ち上がりそのまま軽やかかつ丁寧な足取りで退室した。
 ドアの閉まる音が聞こえるとルイズはほっと一息つき、ふと別の部屋で一晩寝ることとなった霊夢と魔理沙のことを思い出す。
 そういえばあの二人は今頃何しているのだろうかと考え、さっきまでの自分のように給士に身支度を整えてもらってるのだろうかと想像しようとする。
 魔理沙なら面白半分でさせてそうなのだが、どう思い浮かべても霊夢が人の手を借りて身支度を済ますというのは考えられなかった。



 その時だった、またもやドアのノック音が耳に入ってきたのは。
 今朝はやけに部屋を訪ねてくる人がいるなぁと思いつつ、ドアの向こうにいる人物が喋る前に声をかけてみる。
「はい、どなたかしら?」
 ルイズの呼びかけに対し来訪者は数秒ほどの間を置いてから、言葉を返した。
 この時もまた侍女が来たのだと思っていたが、その予想は良い意味で裏切られることとなった。
「おはようルイズ、昨晩はよく眠れたかしら」
「…………っ!ひ、姫さまだったんですか!?」
 部屋の戸をたたいたものの正体はこの王宮に住む主でありトリステイン王国の華である、アンリエッタ王女だった。
 ルイズは思わぬ人物がやってきたと驚きつつも急いで立ち上がり、出入り口まで早足で歩いてドアを開けた。
 ドアを開けて顔を合わせたアンリエッタは軽く一礼すると部屋の中に入り、それを見計らってルイズがそっとドアを閉じる。
「おはようございます姫さま。わざわざこの部屋にお越しいただかなくとも私が直接姫さまのお部屋に赴きましたのに…」
「いいのよルイズ。朝一番に貴女の顔を見に来たかったのですから…ってあらあら?」
 アンリエッタは先程までルイズが寝ていたベッドの上に、脱ぎ捨てられたネグリジェが放置されていることに気付いた。
 そこで寝ていた本人もアンリエッタの視線がどこを向いているのか気づき、あわわわと言いたげな表情を顔に浮かべてしまう。
「ふふ、少しタイミングが狂っていたら私が貴女を起こすことになっていたかもね。ヴァリエール」
「は…はい、この部屋のベッドがあまりにも気持ちよかったもので…ついさっきまで眠っていたところでした…」
 悪戯っぽい微笑みを浮かべてそう言うアンリエッタとは対照的に、ルイズは恥ずかしそうな苦笑いを浮かべて言った。


 廊下で待機していたであろう侍女達を呼んでベッドを直してもらっている最中、二人はソファに腰かけて会話している。
 朝早くから花も恥じらう程美しい少女二人がゆったりと腰を下ろして話し合う光景は絵画として後世に残しても良いと思えるほどだ。
 ただしその二人の口から出る言葉はこの年頃の娘がとても口にするとは思えない言葉が飛び交っていた。

「つまり…枢機卿は陸軍の一個大隊と砲兵隊も動員してレコン・キスタの゛親善訪問゛に臨むと?」
「えぇ。でも私としては、後ろ手に短剣を隠す持つような真似はしないで欲しいと仰ったのですが…」
 心配そうな顔で先ほど話した事を改めて確認してきたルイズに、アンリエッタはどこか陰りを見せる表情でそう返す。
 その二人の会話を聞いているのかいないのかよくわからない表情で聞いている侍女は両手でシーツをつかむとバサッと大きく持ち上げた。
「グラモン元帥をはじめ陸空に魔法衛士隊など、この国の守り人たちを指揮する幹部の方々も同じように賛成しているのでとても…」
「そうなのですか…」
 そういえばあのギーシュの父親は軍人だったな…と余計な事を考えつつも、ルイズは相槌を打った。
 アンリエッタがルイズに話した内容とは、滅亡したアルビオン王家に変わりあの白の国を統べる事となった゛神聖アルビオン共和国゛の親善訪問に関することであった。

 ルイズがアンリエッタの使いで、霊夢は故郷の書物と巡り合った事でアルビオンへと赴き、
 二人一緒に一難超えて帰還した後にレコン・キスタはその名を「神聖アルビオン共和国」へと改めている。

 王家を打倒し、貴族による国家を成立させ、初代神聖皇帝兼貴族議会議長であるオリヴァー・クロムウェルはトリステインとゲルマニアに特使を派遣した。
 特使が持ち込んだ話は不可侵条約の締結打診であり、両国間は数日の協議を経てこれを了承する。
 仮に今現在の戦力でトリステインとゲルマニアが組んだとしても、五十年前の戦争で圧倒的戦果を上げたアルビオンの空軍と艦隊に勝てる勝算はあまりにも低すぎる。
 一部空軍の将校や士官が王家討伐の際に粛清されたとも聞くが所詮は雀の涙ほどの人数であり、未だ多くの優秀な軍人が向こうにいることは変わりない。
 その為両国の政治を司る者たちはこれ幸いと言わんばかりに不可侵条約に飛びつき、こうして一時的な平和が約束された。

 しばらくして、今度はアンリエッタとゲルマニア皇帝アルブレヒト三世の結婚式の時期が近づいてきた。
 そんな時である。トリスタニアで内通者と思われる貴族が変死体で発見されたのは。
 現場に残されていた機密情報の内容や殺され方等に不審な点が多々あり、現在も調査中らしい。
 しかし内通者がいたという時点で軍部は確信したのである。アルビオンとの戦争が水面下で密かに始まったという事を…。
 そもそも貴族至上主義を掲げて立ち上がった連中である。不可侵条約など、元からトリステインとゲルマニアに対する目くらましだったのだろう。

 それに加えて魔法学院や森林地帯、そして旧市街地で連続的に発生した異常な騒動。
 もはや悠長かつ暢気に親善訪問を待つ必要はないと結論付けた軍上層部は、昨晩のうちに国内の各拠点へと早馬を飛ばしたのである。
 アルビオンに条約を守る意思なし。至急全部隊に動員の必要あり。…という一文を付け加えて。


「はぁ…束の間の平和が来ると思っていたのに…。またもや戦争が始まってしまうなんて…」
 窓からさす朝陽に照らされた憂鬱な表情のアンリエッタを見て、ルイズもその意見に肯定するかのように軽くうなずく。
 しかし頷いてから何かに気付いたのか、細めた目の視線を少しだけ左右に泳がせた後に、その口をゆっくりと開いた。
「姫さまは…アルビオンとの戦争を、今の貴族至上主義者達との戦いを本当に危惧しておられるのですか?」
 ルイズからの質問に心当たりがあったアンリエッタは目を丸くさせた後、その顔を俯かせる。
 そして暫しの時間を置いた後に強い思いが浮かぶ顔を上げ、彼女の質問にこう答えた。
「貴女の言いたいことはわかるわ…何せ彼らは、ウェールズ様の仇であるのですから…」
 ほんの少し前の…若いころの自分が犯し、目の前の親友とその使い魔(?)に清算してくれた過ちを思い出す。
 最期まで自分の事を想い続けてくれた初恋の人の仇は、今まさにこの国を滅ぼそうとする神聖アルビオン共和国そのものなのだ。
 だからこそ軍部の考えに、賛成しないのですか?――ルイズその言葉を遠回しに聞いてきたのである。

「確かに私は、今もレコン・キスタを憎んでいます。
 ですが…大きな争いを起こしてまで、彼の仇を取りたいとは思っておりません。
 恋文の回収騒動で貴女とレイムさんを命の危機に追いやり、
 あまつさえウェールズ様の命を間接的に奪ったとも言える私が…
 ましてや、個人的な感情だけで戦争を支持するなど…
 将来一国を背負うであろう私には許されぬ行為なのよ……」

「姫さま…」
 何かを決意したかのような強さの陰に悲哀が見える表情で自らの心情を吐露したアンリエッタに、ルイズは言葉を返せない。
 ただ侍女たちが慌ただしく部屋を整理する物音を聞きながら、彼女の顔をジッと見つめる事しかできないでいる。
 そんな時であった、朝から重苦しい雰囲気を漂わせる二人の周囲を崩すかのように侍女が声を掛けてきたのは。

「姫殿下、朝早くから申し訳ないのですが…殿下とミス・ヴァリエールに顔を合わせたいという客人が……」
 おずおずと話しかけてきた侍女にルイズが「客人…?」と首を傾げ、それに対し侍女も「えぇ…」と返して頷く。
 アンリエッタ自身この年になってからは色々な者たちと顔を合わせてきたが、こんな時間から来る客人など珍しい。


「一体誰なのですか…?今のトリステインが滅多にない由々しき事態の中であっても…朝から王宮を訪ねてくるなんて…」
 怪訝な表情を浮かべて訪ねてきた王女に、侍女はかしこまった様子でこう答えた。
「あ、はい…確か、その方のお名前は…………」

 ◆

 朝の王宮は、多くの人々が廊下を行き来し忙しなく動き回っている。
 侍女たちは点呼を取った後にまずは朝の清掃を始め、警備の魔法衛士隊の隊員たちは胸を張って足を動かす。
 王宮勤務の貴族たちは既に朝食を食べ終えて、書類や仕事道具を抱えてそれぞれの部署へと早足で駆けていく。
 そんな人々でできた川の流れのように激しい動気を見せる廊下の端っこで、霊夢と魔理沙の二人は立ち往生していた。
 まるで初めて大都会の駅に迷い込んでしまった田舎者の様に、二人してその顔に苦笑いを浮かべていた。

「迷ったわねぇ~…」
「迷ったなぁ…」

 霊夢の口から出た言葉に魔理沙がそう返すと、彼女が部屋から持ち出してきたデルフがカタカタと動いて喋り出す。
『だから言ったろう?王宮みたいなバカでっかい場所を、オメーらみたいな田舎者が歩き回るとこうなんだよ』
 戒めるというより、まるで嘲笑っているかのような物言いに霊夢はムッとした表情を浮かべるが、この剣の言葉にも一理ある。
 そもそも、なぜルイズの関係者とはいえこの王宮では部外者に近い二人が自由に王宮を歩き回れているのか…?
 その理由は昨晩のとある出来事が発端とも言えた。

 ●

 ―――それは昨日の事…学院長を交えたアンリエッタとの話が終わった後、ルイズたちは一時的に学院へ戻る事ができなくなった。
 学院長の口から語られた魔法学院で起こった怪事件や、森の中でルイズたちに襲い掛かってきた怪物の話…。
 それらの話を聞いたアンリエッタは何か国内で良くないことが起こりつつあると察し、学院に戻るのは今は危険だと判断したのだ。

 学院長もそれには同意の意思を示し、結果としてルイズたち三人は近々行われるゲルマニア皇帝との結婚式の日まで王宮で匿われることとなった。
 結婚式はゲルマニアの首都ヴィンドボナで執り行われるので、国境地帯で合流するゲルマニア陸軍の一部隊と合同しての大規模かつ厳重な護衛部隊に囲まれて移動する。
 式場での詔を読む巫女としてルイズや霊夢たちも誇りあるゲストの一員でアンリエッタに同行しするので、ここにいればわざわざ学院まで迎え行く手間が省けるのだ。
 こうして安全性の高さと迎えに行く手間が省けるという理由で、ルイズたちは暫し王宮で羽を休める事となったのである。
 ルイズは最初そのことが決まってから多少狼狽えたものの、学院長とアンリエッタの心配という気持ちは理解していた為にやむを得ずお言葉に甘える形となってしまった。

「こいつは飛んだハプニングだぜ、まさかお前さんの偽物に襲われただけでこんな素敵な場所で寝れるなんてな」
「アンタとルイズはそれで済むけど。私は殺されかけたうえに流血沙汰にまでなってるんだけど?」

 思いもよらぬ展開に魔理沙は嬉しそうに言うと、苦々しい表情を浮かべた霊夢がそう返した。
 話が終わり…オスマン学院長が竜籠で学院へと戻った後に、客室へと案内してくれた際にアンリエッタからこんな言葉を頂いていた。
「今夜はもう出られないですが、明日からは王宮の中を自由に散策してもらっても構いませんよ」
 その言葉に部屋へと案内された魔理沙が「えっ?それは本当か?」と嬉しそうな声で聞き返し、ルイズは「えぇっ!?」素っ頓狂な声を上げた。
「えッ…!?姫様…ちょっ…それってどういう意味ですか?」
「何って…そのまま言葉通りの意味よルイズ。私の結婚式までまだ日数があるし、部屋の中に閉じこもっていては退屈してしまうでしょう?」
 霊夢以上にトラブルメーカ気質の魔理沙の事を知っているルイズの言葉に、アンリエッタは純粋な気持ちでそう返す。

「私の結婚式が行われるのは、丁度トリステイン魔法学院の夏季休暇が始まる頃…まだまだ一月分の余裕があります。
 彼女たちは異世界から来たのですから、この国の素晴らしい王宮を是非見て回ってもらった方がいいと思いまして…」

 そう言った後に彼女は懐に入れていたメモ帳を取り出すと、部屋のテーブルに置かれていた羽ペンで文字と自分の名を書き始める。
 親友の優しすぎる行動にルイズはただただ冷や汗を流し、一方の魔理沙は思わぬチャンスの到来に満面の笑みを浮かべている。
 二、三分の時間を使って三ページ分の文章を書き込んだ後に、アンリエッタは慣れた手つきでもってそれらをメモ帳から切り離した。

 ピリリ…という軽快な音が三回響いた後、メモ帳から切り離されたやや硬質な紙でできたメモが三枚テーブルの上に並べられる。
 その三枚に掛かれている文章と、自分の名前にミスが無いか確認した後に「よし…」と声を上げたアンリエッタは、今度は懐から小さな袋を取り出す。
 袋の口を縛っていた紐を解き、中からとりだしたのは長方形の形をした木製の印章であった。
 羽ペンとインク瓶の横に置かれていた朱色のスタンプパッドにその印章を押しつけると、これもまた慣れた動作でメモに押していく。
 メモの右端部分に押した印章の絵柄は、ハルケギニアで聖獣と呼ばれるユニコーンと水晶の杖を組み合わせたものであった。

「これは簡易的な身分証明書です。これがあれば外に出ていて警備の者に咎められても大丈夫でしょう。
 しっかりとした硬質の紙でできてますので、ポケットに入れて取り出す際に指を切らないよう気を付けてくださいね」

 そういってテーブルに置かれていた一枚を手に取り、魔理沙の前に差し出した。
「おぉっ、ありがとうな姫さん…って見た目より結構しっかりしてないかコレ…?」
 嬉しそうに両手で受け取った魔理沙であったが、その感触と硬さに不思議そうに首を傾げて言った。
 何も知らない魔理沙を見てすかさずルイズが説明を入れてくる。
「それは切り離すと゛固定化゛の魔法が掛かるよう作られてるマジックアイテムよ。平民が使ってるようなメモ帳だと直ぐに破けて使い物にならなくなるじゃない」
 彼女の説明に魔法使いは「成程なぁ~」と返しつつメモの両端を持って頭上に掲げている。
 その嬉しそうな様子にアンリエッタも微笑み、次いで二枚目の証明書を手に取ってルイズの前に差し出す。
 わざわざこんな事までしてくれた姫様に、ルイズは感謝を述べつつそれを受け取った。
「一応警備上の都合もありますので…夜五時以降の退室と、外出は控えてくださいね」
 アンリエッタがそう言うと、証明書を大事そうに懐に入れた魔理沙がおぅ!と言葉を返した。
「わざわざご丁寧な説明ありがとな。言ってくれなかったら今夜は外に出ていたところだったぜ」
 何せこんなに気分が良いからな!最後にそんな言葉を付け加えてきた魔法使いにルイズは頭を抱え、アンリエッタは「あはは…」と苦笑いを浮かべた。

「まったく…こんな事ならルイズと一緒か、別々の部屋にしてもらいたかったわね…」
 そんな三人をベッドの上に腰かけながら見つめていた霊夢が、愚痴に近い言葉を一人呟く。
 声が小さかったせいで魔理沙には聞こえなかったが、まぁ聞こえていても本人は気にすることすらなかっただろう

 ●

 それから夜が明けて、身支度を終えた二人は部屋の掃除等を侍女たちに任せて、ルイズの所へ行こうとしていた。
 窓から漏れる朝陽で体を温めながら、軽い足取りでレッドカーペットの敷かれた廊下をスタスタと歩いていく。
 部屋は昨晩のうちに教えられていたし、歩いて二、三分もすれば目的の部屋に到着できる――――…はずであった。

 しかし、部屋から持ち出してきたデルフを背負い、箒を持って歩いていた魔理沙がふと途中で足を止めてこんな事を霊夢に聞いてきた。
「なぁ霊夢。そういや昨日、アンリエッタの姫さんが自由に王宮を見学しても良いって言ってたよな?」
 黒白の言葉に紅白は「あ~、そういやそんな事を言ってた気もするわねぇ…」と曖昧気味な返事をよこす。
「じゃあさ、ちょっとだけ探索でもしないか?どうせ時間なんてまだまだあるんだし」
 そういって横の道へと進路を変えた魔法使いに軽いため息を吐きつつも、仕方なく彼女の後をついていくことにした。
 正直に言えばついて行きたくないのだが魔理沙の言うとおり、早く行き過ぎても仕方がない。

「全く…私はそういうの趣味じゃないけど、気にならないと言えばうそになるし…。…まぁアンタについて行こうかしら」
「だろ?紅魔館以上に大きな建物なんて初めて歩くからな、とりあえず図書室でも探しに行こうぜ?」
 その気になってくれた友人に笑顔を向けて総いった魔理沙の背後で、デルフがカチャリと動いた。
 何かと思い二人が足を止めると勝手に鞘から顔(?)の部分だけを出して喋り出す。
『おいおい、悪いことはいわねーからやめとけって。オメーら見たいな田舎者が下手に歩き回っても迷うだけだぞ』
「たかが剣如きが偉そうに言ってくれるわね。第一誰が田舎者ですって?」
 魔理沙の後ろにいた霊夢はそんな事を言いながらデルフの持ち手を握り締めると、彼も負けじと『オメーらだよオメーら』と言い返す。
『この手の建物なんか無駄に曲がり角や階段が多いって相場が決まってるもんだろ?』
「そんな話聞いたことも無いわよ…っと!」
 デルフの文句に霊夢はそう返しつつ、最後に思いっきりデルフを鞘に収めた。
 ハッキリとした音が廊下に人気のない廊下に響き渡ったのを耳にしてから、魔理沙が再び足を動かし始める。
 何やら嬉しそうに喋る彼女とは逆に、霊夢は端正な顔に憂鬱な表情を浮かべて一人呟く。

「まぁ…、迷ったら迷ったでどうにかなるでしょ?」
 独り言の後に、図書室を目指そうとか言ってる魔法使いの後を彼女はゆっくりと続いていく。
 そして結果は――――――デルフが考えていたとおりの事になってしまったというワケだ。

 ■

 それから二十分ほど経ったぐらいであろうか―――――

「あれ?確かここって…」
『間違いねぇぜ、やっとこさ戻ってこれたというワケだ』
 何度曲がったかも分からない角を超えた先にあった廊下に、見覚えのあった霊夢はふと足を止め、
 そんな彼女を後押しするかのように、魔理沙に背負われていたデルフがそう言った。
 窓の位置と廊下の隅に置かれた観葉植物に、偉そうな顎鬚のオッサンが描かれた絵画が、霊夢達を睨み付けるように飾られている。
 デルフの言うとおり、確かにここはルイズの部屋へと続く廊下だった事を彼女は思い出した。
「はぁ…全く、魔理沙の気まぐれひとつでこんなに疲れるなんて…」
 一人怠そうにぼやいた霊夢は大きなため息をつきつつ、後ろに魔理沙をじろっと睨み付ける。

 あの後、激しく行き来する人ごみの中を避けつつ二人と一本は何とか戻ってこれた。
 途中王宮の人たちが教えてくれた曲がり角を間違えかけたり、あちこちにある階段に惑わされたりもしたが、
 何とか朝食の時間までに、最初の過ちとも言えるあの廊下に辿り着くことができた。

「ルイズとの合流時間まであと五分か…。まぁちょっとしたハプニングだったな」
 時間にすればほんの二十分程度王宮の中で迷ったのだが、その発端である魔理沙は妙にあっけらかんとしている。
 しかも壁に掛かった時計を見て時刻を確認した後、まだ五分もあるのかと余裕満々で言ってのけていた。
 一方の霊夢はというと、そんな魔法使いを見てついて行けないと言わんばかりの二度目のため息をつく。
 そして妙にテンションの高い彼女の横顔をジト目で睨み付けながら、

「だからイヤだったのよ。こんな事くらいになるのなら素直にアンタと別れてルイズのところに行ってた方がよかったわね…」
 思いっきり憎まれながらも魔理沙は怯むことなく、満面の笑みを浮かべつつ言葉を返す。

「まぁまぁそう言うなって。案外楽しい冒険だったじゃないか?そうだろう?」
『こいつはおでれーた。まさかここまで開き直れる人間がいたなんて初めてみたぜ…ん?』
 完全に開き直りつつある黒白の魔法使いにさすがのデルフも呆れていると、後ろから足音が聞こえてきた。
 赤いカーペットが敷かれた廊下をカツカツとしっかりとした音を立てて誰かが近づいてくる。
 話し込んでいた二人もデルフに続いてそれに気が付き、音の聞こえてくる方角へと顔を向けた。
 そして、丁度その時になって近づいてきた人物はその足を止めて一言つぶやいた。

「………貴女達、一体どこから入ってきたのかしら?」
 その人物…長身にロングのブロンドという出で立ちの女性は呟いた後に、掛けているメガネを指でクイッと掛け直す。
 年のころは二十代後半といったところだろうか、ダークブルーのロングスカートに白いブラウスの組み合わせからは落ち着いた雰囲気が感じられる。
 そこだけを見れば特に少し良い所のお嬢様…なのだが、その女性の最も特徴的な所は顔にあった。
 まるで服装の雰囲気を全て飲み込むかのようなツンとしたその顔は、どこかルイズと似ている。
 そのルイズの気の強い部分を水と一緒に鍋で煮詰めて完成させたかのような、キツめの顔を持つ女性であった。

「ワケあって暫くここで居候する羽目になった哀れな巫女さんよ。大体、アンタこそ誰なのよ?」
 まるで不審者を見るかのような目で見下ろしてくるのに対し、霊夢はそう返しつつ女性の名を尋ねた。
 やや売り言葉に買い言葉のような言い方ではあったせいか、女性はスッとその目を細める。
 そんな軽い動作一つでも、キツめの顔が更に鋭利な刃物の様に鋭くなってしまう。
「アンタこそ誰…ですって?…生憎、貴女みたいな無礼者に教える名など持ち合わせていなくってよ」
「何ですって?」
 その言葉にさすがの霊夢も眼を鋭くさせ、目の前に佇む女性を静かに睨み付ける。
 伊達に妖怪退治専門にしている博麗の巫女である。年相応の少女に相応しくない眼光でもって、相手を威嚇しようとする。
 その様子を彼女の後ろからただただ眺めていた魔理沙は、どうしようかと頭を悩ませていた。
「やべーなデルフ…、まさに一難去ってまた一難ってヤツだぜ」
『だな。こりゃー下手に横槍入れたら余計トラブルになりそうだな。それが嫌なら、黙って様子見といた方がいいぜ』
「いやあの二人の事は別に良いんだが…このままだと朝飯抜きだな~って思って…」
『ちょっと待て、お前ら本当に友達なのか?どうも分からなくなってきたぜ』
 デルフの疑問に魔理沙は軽く笑い、霊夢と謎の女性がにらみ合っている状況に包まれた、王宮の廊下。
 窓から差す陽光が無駄に神々しい廊下に充満する異様な空気の中、それを切り捨てたのは一人の少女の叫びだった。

「レイムッ、マリサ…!……って、アァッ!?…え、エレオノール姉様!!」

 後ろから聞こえてきた聞き覚えのある声に、一瞬身を縮ませた魔理沙は何かと思いそちらを振り向く。
 彼女が思っていた通り、そこにいたのは魔法学院の制服とマントを身に着けたルイズが立ちすくんでいた。
 部屋からここまで走ってきたのであろう、肩で息をしつつ驚愕に満ちた顔で霊夢と女性の方を凝視している。

「おぉルイズか、わざわざ出迎えに―――――…って、ちょっと待てよ?今何て言ったんだ?」
 手を上げて挨拶しようとした魔理沙は、ルイズの最後の一言に気が付く。
 それは霊夢も同じだったようで、女性の方を向けていた顔を彼女の方へと向けた。

「姉、様…ですって?」
 その言葉にフンッと軽い息をついてメガネを再度掛け直してルイズの方を見やる金髪の女性。
 彼女こそ、ヴァリエール家の長女であり朝から王宮に乗り込んできた訪問者、エレオノールであった。




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