あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

BIOHAZARD CODE:Zero-01


 闇がある。
 何処までも広がっているかのような、深い闇。
 まるでこの国のようだ、と男は思う。

 数か月前に起きた世界規模のテロ事件。被害者の総数は15万人ともそれ以上とも言われ
ている。標的の一つとなったアメリカもまた、大統領と7万人の国民を失った。
 全てを飲み込むような目の前の暗闇は、まるでアメリカの、いや、この世界の行く末を
暗示しているようではないか。

 ――だとすれば、まだ希望の光は残ってるって事か。

 フラッシュライトの小さな光が、男の眼前を照らし出していた。
 そうだ。まだ大統領と志を共にした、自分達が残っている。そして、世界各地で同じ理
想を目指して戦っている盟友達がいる。
「だからこそ――その光を遮るこいつらを放ってはおけない。そうだよな、アダム……」
 大統領であり友であった男に語り掛けながら、男――レオン・S・ケネディは、光の中
に浮かび上がった影へと、静かに銃口を向けた。





 BIOHAZARD CODE:Zero





 大統領の死による混乱が続く中、情報部が入手したテロリストの潜伏情報。その情報が
久方振りの休暇をどのように過ごそうかと思案していたレオンの元に伝えられたのが、全
ての始まりだった。
 ――俺はトム・クルーズじゃないんだがな。
 休暇を邪魔されるのはいつもの事だ。もはや諦めてはいるものの、次に休暇が取れるの
はいつの事になるのだろう……そう思うと、一言ぼやかずにはいられなかった。

「――泣けるぜ」

 本来であれば、テロリストの制圧は大統領直轄のエージェント組織『DSO』――Divisio
n of Security Operationsに所属するレオンの仕事ではない。しかし、テロリスト達がB.O.
W.を所持しているとなると話は別だ。
 B.O.W.――Bio Organic Weaponと名付けられたそれは、核兵器以降に誕生した最悪の
非人道的武器であり、使用はもちろん所持でさえも国際法で禁じられている。
 B.O.W.を根絶し、バイオテロの脅威から国家を守る。それこそが、DSO所属のエージェ
ントの使命であると同時に、バイオテロによって人生を狂わされたレオンにとっての存在
意義でもあった。



 テロリストのアジトとして利用されていた、今は使われていない地下水道。光の届かぬ
暗闇の中、レオンはその最悪の兵器と対峙していた。
 筋肉組織だけでなく、脳すらも剥き出しとなった異形の肉体。長い手足の先についた鋭
い鉤爪。カメレオンのような長い舌。舐めるもの――リッカーと名付けられたその生物兵
器が、かつては人だったなどと誰が信じられるだろうか。
 辺りに散乱している肉片は、テロリスト達のものだろう。
 馬鹿な事を、と思う。B.O.W.は人の手に負えるようなものではない。奴等が敵も味方も
関係なく、全てを奪っていく光景を、レオンは嫌になるほど目にしている。

 黒板を引っ掻いたような不快な叫び声が、レオンの意識を呼び戻した。
 軽く舌打ちし、構えていたAK-47のトリガーを絞る。分間600発の弾丸がリッカーの体
を撃ち貫いた。
 しかし、身を裂かれながらも、リッカーは怯まない。体を素早く左右に揺らし、器用に
致命傷を避けながら、両手両足でレオンの元へと素早く這い寄ってくる。
 レオンは知っている。この悪魔の使いを地獄へ送り返すには、脳髄を破壊する以外に方
法がない事を。
 銃口が獲物の頭部を捉えたと同時に、リッカーの逞しい後肢が地面を蹴った。

 死を目前にしながらも、レオンは冷静だった。
 上半身を引き、テロリスト達を解体した鉤爪の一撃を寸前で躱す。そのまま仰向けに倒
れ込んだレオンの頭上を、勢い余ったリッカーが飛び越えた。
 逆境が瞬時にして好機へと転じる。
 レオンは目の前にある獲物の無防備な腹部に、ありったけの弾丸をお見舞いした。
 これには流石のリッカーも無事ではいられなかった。真っ黒い血液を撒き散らしながら
転がるように着地すると、レオンから距離を置こうと駆け出す。
 邪魔だと言わんばかりに、レオンはアサルトライフルを地面に転がした。弾倉が空にな
っている。周りには複数の空になった弾倉と、二体のリッカーの骸が転がっていた。
 ――調子に乗って、サービスしすぎたか。
 すかさずサイドアームへと手を伸ばす。
 右太腿のレッグホルスターに収められているH&K VP70では力不足だ。体の向きを反転
させながら起き上がると同時に、黒のレザージャケットの下、左脇のショルダーホルスタ
ーから拳銃を引き抜き、そのまま膝射の姿勢をとる。
 一分の無駄もない、流れるような動きだった。
 その手で握られているのは、カスタム10インチ銃身付きのデザートイーグル50AE。ハ
ンドキャノンの異名を持つ、イスラエル製の大口径オートマグナムもまた、新人警官時代
からの愛用品だ。
 約20メートル先を駆けるリッカーの後頭部に照準を合わせる。
 後は引き金を引けば――――

 瞬間。辺りは眩い光に包まれた。



 Chapter.1



「何でよ……何で出てこないのよ……」
 辺り一面に広がる豊かな草原の真ん中で、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・
ラ・ヴァリエールは一人途方に暮れていた。

 ハルケギニア大陸の西方に位置する小国、トリステイン王国。その中に存在するトリス
テイン魔法学院の二年生へと進級するルイズ達が、試験も兼ねて初めに行う儀式、それが
『春の使い魔召喚の儀式』だった。
 メイジの手足となる使い魔を召喚するだけでなく、使い魔の能力により主の今後の属性
を固定し、専門課程へと進む為の神聖かつ重要な儀式。
 その日はルイズにとって、汚名を返上する絶好の機会となるはずだった。
 昨日もクラスメイトに宣言したばかりだ。私を馬鹿にした奴等全員でも及ばない、神聖
で美しく、そして強力な使い魔を召喚してみせると。
 呪文を唱え、杖を振る。それで使い魔が呼び出される。決して難しい事ではない。現に
ルイズより先に儀式を行った級友達は、使い魔の能力の差異はあれど、一人の例外もなく
儀式を成功させている。
 それなのに。
 のどかな風景に場違いな爆発が巻き起こる。
 ――まただ。
 そう、ルイズが何度杖を振っても爆発が起きるだけで、使い魔となるべき生物は現れる
気配すらない。

「どうした、ゼロのルイズ! また失敗か!?」
 嘲笑が浴びせられる。気が付けば召喚を終えていないのはルイズ一人となっていた。
 その声につられて笑った生徒は半数程度か。残りの半分は、後何度同じ光景を見せられ
なければならないのかと、もはや呆れて物も言えないといった様子だ。
 悔しさから、グレーのプリーツスカートの裾を握る。
 見れば爆風を間近で浴び続けたせいで、スカートのみならず、白いブラウスも黒いマン
トもボロボロである。桃色がかったブロンドの髪も、透き通るような白い肌も煤で汚れて
しまっている。
 自分の惨めな姿に涙が零れそうになり、ルイズは慌てて天を仰いだ。
 しかし、諦めるわけにはいかない。私は由緒正しき名門中の名門、ラ・ヴァリエール公
爵家の三女なのだ。
 震える手で杖を構え直すと、もはや何度唱えたかも分からない呪文を唱える。

「宇宙の果てのどこかにいる我が僕よ! 神聖で美しく強力な使い魔よ! 私は心より求め
訴えるわ! 我が導きに応えなさい!!」

 今までにも増して大きな爆発。
 爆風で巻き上げられた土煙により、視界が遮られる。
 辺りから生徒によるものであろう溜息が聞こえた。
 ――また、失敗なの……?

「お、おい! 何かいるぞ!!」
「嘘っ、ゼロのルイズが成功したの!?」
 もう召喚を行う気力もない。精も根も尽き果て、項垂れていたルイズであったが、周囲
の反応に慌てて顔を上げる。
 確かに、土煙の中に黒い影のようなものがゆらゆらと動いている。
 ――ほ、本当に成功した!?
 影は主を認識したのか、低い姿勢でルイズに向けて歩を進め始めた。
 生徒達の好奇の視線が影へと集中する。
 ゼロのルイズが呼び出した使い魔。きっと矮小な生物に違いない。それともまさか、本
当に強力な使い魔が――?
「あ、あれが、ルイズの使い……魔……?」
 ようやく影が土煙の中から姿を現した時、その場の空気は凍りついた。

 ハルケギニアの子供達が醜悪な生物と聞いて思い浮かべるのは、狂暴で野蛮なオーク鬼
だろうか? それとも、ファンガスの森に住むという合成獣だろうか?
 少なくとも、この場にいた子供達は例外なく認識を改める事となった。
 どのような生物も目の前の異形――リッカーと呼ばれていた生物に比べれば可愛いもの
だと、心からそう思った。
 いや、ただ一人だけ、例外が存在した。
「あ、あなたが……私の使い魔、なのね」
 ルイズは泣き笑いの表情を浮かべ、ゆっくりと自分の使い魔へと近付いていく。
 気持ちが悪くないわけではない。それでも、この生物は自分の呼び掛けに応えてくれた
のだ。それが嬉しかった。
「ほぉら見てごらんなさい! 私の言った通りだったでしょ!? そりゃ火トカゲや風竜も
凄いわよ? でも、こんな使い魔、見た事ある!?」
 自分を馬鹿にしていた級友達を振り返り、高らかに勝利宣言をしてみせる。
 もっとも、それに対する反応は何一つ返って来なかった。
 凄いと言えば凄いのかもしれない。しかし、あれを使い魔にしてもよいと言われたら、
果たして自分は嬉しいだろうか?
 考えれば考えるほどどう反応すればいいか分からず、彼等はただただ呆然としていた。
 唯一リッカーだけが、主のあげた騒音に反応した。
 不快そうに首を回すと、ルイズに向け、大きく口を開く。

「お、おい!」
「へ?」

 高速で射出されたそれは、もはや舌ではなかった。
 当たれば肉を裂き、骨を砕く、肉色の槍。
 後ろを向いているルイズには何が起きているのか分からない。いや、正面を向いていた
生徒達でさえも、咄嗟の事に声をあげる事しか出来なかった。
 そんな中、青い髪の小柄な少女だけが、状況を冷静に判断していた。
 自分の身長ほどもある長い杖を一振りすると、不可視の風の槌がリッカーを横殴りに弾
き飛ばす。エア・ハンマーと呼ばれる魔法だ。
「ちょっと、タバサ!?」
 彼女の隣にいた赤毛の少女が驚いたように声をあげた。
 生徒達の中では有数の実力者である彼女をもってしても、瞬時に目の前の状況を理解す
る事は困難だったようだ。
「あれは、危険」
 タバサと呼ばれた少女は短く呟く。
 理由は分からない。しかし、あの生物を見た瞬間に直感した。
 あれは、この世界にいてはならないものだ。

 吹き飛ばされたリッカーは空中で一回転し体勢を整えると、着地と同時に跳躍した。
 ――まずい。
 子供達の引率者であるジャン・コルベールは慌てて杖を構える。タバサと赤毛の少女も
危険を感じ取り、怪物に杖を向けた。
 直後、タバサは自分の読みがまるで甘かった事を痛感する。
 先程放った渾身の魔法は、怪物に致命傷を与えていないどころか、動きを制限するにも
至っていない。唯一開いたルイズとの距離も、その驚異的な跳躍力の前では時間稼ぎにさ
えならなかった。
「あ……」
 三人に遅れて怪物の方に向き直ったルイズは、ようやく目の前の生物が友好的でない事
を理解した。死は既にルイズの目と鼻の先まで迫っており、その鋭い鉤爪は今まさに振り
下ろされんとしている。

 殺される――――

 反射的に、目を瞑る。それが無力なルイズに出来る小さな、唯一の抵抗。
 暗闇の世界に、轟音が響き渡った。



 生暖かい液体が肌を伝う。
 目を閉じていても、それが血だという事ははっきりと分かった。
 これが死か。
 痛みを感じる間もなかったのは、不幸中の幸いだったのかもしれない。でも、贅沢を言
うなら、心臓を一突きにされた方がよかった、と思う。
 母や二人の姉譲りの美貌は、魔法の才能がない自分にとっての数少ない自慢だった。頭
が潰れた死体を見て、皆は私だと分かってくれるだろうか。
 いや、もうそんな事を考える必要もないのだ。
 ああ、父さま、母さま、姉さま、ちいねえさま。先立つ不孝をお許し下さい――

 ――? あれ?
 どこか釈然としないものを感じ、恐る恐る潰れた頭部へと手を伸ばす。
 ぬるぬるとした不快な感触。しかし、真っ二つに裂かれたはずの頭は、意外にも綺麗な
球形を保っている。
 目も鼻も口も、元あった位置にちゃんとある。それどころか、傷口らしきものさえ何処
にも見当たらない。

 ――私、生きてる……?

 ゆっくりと瞳を開く。
 まず飛び込んできたのは、真っ赤に染まった自身の両手。そして、その先に横たわる、
血溜まりに浮かぶ自らの使い魔の姿。
 剥き出しの脳に穿たれた大きな穴を見て、ルイズは自分を濡らしているのがこの生物の
血液だと理解した。
 ――誰がやったの?
 この場で一番の実力者であろう引率の教師は、杖を構えたままの姿勢で固まっている。
コルベールだけではない。そこにいた皆は同じ様に一点を見つめ、立ち尽くしていた。
 ルイズも我知らず、皆の視線を辿る。
 あれは先程自分がサモン・サーヴァントを行い、使い魔を呼び出した場所ではないか。
 ――何か、いる。
 先程の恐怖がフラッシュバックし、ルイズは思わず体を強張らせた。

 それは、人間の男性だった。
 見た事のない黒い衣服に身を包んだ、金髪の男性。片膝をつき、その両手には銀色に鈍
く光る奇妙な形の銃が握られている。
 鋭い碧眼が真っ直ぐにルイズを捉えていた。



 ――何が起きた。
 激しい光に包まれ、レオンは眼を細めた。
 光がリッカーの前方に集束していく。
 そこに現れたのは強い光を発する鏡――としか言いようのない物体だった。
 何の前触れもなく現れた鏡に、リッカーは気付いていない。この生物は露出した脳髄が
眼球の部分までせり出している為に、目が見えないのだ。
 いや、仮に視覚能力を有していても、突然すぎる障害物の出現に反応出来たかどうか。
 ぶつかる――レオンがそう思った瞬間、リッカーはまるで魔法のように姿を消した。
 鏡の中に吸い込まれた。そうとしか説明しようのない状況に、レオンは考えるよりも先
に駆け出していた。
 恐れも迷いもなかった。
 B.O.W.を世界から根絶する。これ以上奴等によって苦しむ人間を増やさない。その目的
だけが彼を突き動かしていた。
 後には静寂と闇だけが残された。

 受け身を取りつつ回転し、片膝をつき、姿勢を整える。
 おびただしい土煙によって視界は完全に塞がれているが、空気の流れから、自分が室外
に出た事だけはかろうじて理解出来た。
 ――奴はどこだ?
 瞬間。突風がレオンの横を通り抜け、土煙を晴らす。
 開かれた視界に飛び込んできたのは、桃色の髪の少女と、少女に向かい爪を振り上げる
仇敵の姿だった。
 レオンは一瞬の躊躇もなく、引き金を引く。
 ハンドガンの中でも最大級の威力を誇る.50AE弾はリッカーの脳髄へと吸い込まれ、少
女の頭上を抜けていった。
 数秒の後、少女は目を開いた。
 少女の無事を確認し、レオンは安堵する。
「な、ななな……」
 少女の可愛らしい唇がわなわなと震える。あんな化物に襲われたのだ。無理もない。
 驚かせてすまない。怪我はないか?
 そう声を掛けるよりも早く、少女の口から発せられたのは、レオンにとって思いもよら
ない言葉だった。



 ルイズは混乱していた。
 サモン・サーヴァントを行ってから僅か数秒の間に起きた様々な出来事は、彼女の情報
処理能力のキャパシティを大きく超えていた。
 ようやく皆を見返せたと思った。嬉しかった。涙が出そうになった。
 次の瞬間には、死を覚悟した。怖かった。皆ともう会えないかと思うと、悲しかった。
 そして、目を開けたら、これだ。
 結局何が起きたのか、まるで理解が追い付かない。あれこれ考えるうちに様々な感情が
ない交ぜになり、そして、爆発した。

「――何すんのよ、私の使い魔に!!」



 それは異様な光景だった。
 ボロボロの服を着て、体中を赤く染めた少女が、突然現れた男に向かい怒鳴り声をあげ
ている。しかも、その少女は男が救ったはずの少女ではなかったか。
 これにはレオンも流石に面食らったものの、怒鳴られた事自体は問題ではなかった。
 B.O.W.の根絶、彼はそれを自分に与えられた使命だと思っている。決して称賛を求めて
やっている事ではないのだ。
 問題は彼女が放った言葉、その内容だ。
 使い魔、と少女は言った。まるで魔女か何かのような言い方が気になったが、その言葉
が意味するものは一つしかない。
「お前がリッカーを操っていたのか!?」
 思わず声に怒気が孕む。
 確かにレオンは、人間がB.O.W.をコントロールする術を知っている。それが同時に、文
字通り人である事を捨てる結果になるという事も。
 少女は一瞬怯んだ様子を見せたが、再びレオンを睨みつける。
「そ、そうよ! 何回も……何回も失敗して、ようやく成功したのに……」
 怒りとも悲しみとも付かぬ表情で、う~~と唸る少女を尻目に、レオンは素早く周囲を
見渡した。
 土煙のせいで今まで気付かなかったが、黒いマントを羽織った子供達の集団に取り囲ま
れている。
 ――今から楽しいハロウィンパーティー……ってわけじゃないよな。
 そう、レオンを囲んでいるのは子供達だけではない。子供達一人一人の傍らには、およ
そこの世のものとは思えない異形の存在が寄り添っていた。
 尾に炎を灯した大蜥蜴。浮遊する巨大な目玉。中にはドラゴンとしか呼びようのない生
物までいる。
 その光景に、レオンはかつてヨーロッパの辺境の村で関わった事件、その黒幕である集
団を思い浮かべていた。
 ロス・イルミナドス教団。
 あらゆる生物に寄生し、異形の怪物へと変える寄生体『プラーガ』を用い、世界征服を
企んだカルト教団。
 レオンの手によりその野望は潰えた。しかし、生き残りがいないとも限らない。
 デザートイーグルを握る手に力を込める。
 しかし、子供達は戸惑いの表情こそ浮かべているものの、こちらに対する敵意は感じら
れない。それは異形の獣達についても同様であった。
 ――B.O.W.ではないのか?



「あー……少しよろしいですかな」
 どうにも食い違っている様子のレオンとルイズを見かねて、コルベールは口を挟んだ。
「ミス・ヴァリエール、とりあえずあなたは顔を拭きなさい」
 どこから取り出したのか、濡れたタオルをルイズに差し出す。体中に血の雨を浴びてい
る事を思い出したルイズは、慌ててタオルを受け取ると、顔を拭い始めた。
 レオンはこの場にいるおそらく唯一の成人を、ねめつけるように観察する。
 黒いローブに禿げ上がった頭という出で立ちは、否が応にもロス・イルミナドスの神父
を連想してしまう。
「ええと、私はコルベールと申します。あなたのお名前を伺ってもよろしいですかな」
 コルベールの柔らかな物腰に、レオンの警戒心が僅かに緩む。
 確かに、話を聞かなければ何も始まらない。
「レオン……レオン・スコット・ケネディだ」
「では、ミスタ・ケネディ。まずは彼女……ミス・ヴァリエールを救っていただき、あり
がとうございました」
 予想外の感謝の言葉にレオンは呆気に取られた。ルイズはルイズで、ようやく状況が飲
み込めたのか、バツの悪そうな表情を浮かべている。
「ミス・ヴァリエールが先程の獣とあなたを呼び出したのは事実です。しかし、あの獣を
操っていたのは彼女ではありませんぞ。まだコントラクト・サーヴァントを行っておりま
せんからな」
 そうでしょう? と水を向けられたルイズは、う……と声を漏らし、口を噤んだ。
 確かに、使い魔としての契約を行っていない以上、あの怪物はまだルイズの使い魔とな
ったわけではない。
 しかし、レオンが反応したのは別の個所だった。
「ちょっと待ってくれ。俺を、呼び出した……?」
 それはつまり、あの鏡はこのヴァリエールと呼ばれる娘が作り出した物だという事か?
 レオンは再度冷静に、自分の置かれている状況を確認する。
 豊かな草原と、その先に見える城のような石造りの建築物。少なくとも、自分の記憶の
中にこのような風景は存在しない。
 自分は一瞬のうちにまるで異なる場所へと“呼び出された”。さらに、周りを囲む存在
するはずのない生物達……
 レオンの頭に最悪の想像がよぎった。

「ミスタ・コルベール、やり直しを要求します! 私の使い魔……候補が死亡した以上、
それは当然の権利のはずです!」
 しかし、そんなレオンの思考は、ルイズの怒声によって掻き消される。
「それは駄目だ、ミス・ヴァリエール」
「どうしてですか!?」
「何故なら、君が呼び出した使い魔はまだ生きている」
「なっ……」
 ルイズは驚愕の表情を浮かべたまま、ゆっくりと振り返った。レオンの怪訝そうな瞳と
視線がぶつかる。
「まさか……この平民を使い魔に……?」
「そうだ。君も知っての通り、春の使い魔召喚は神聖な儀式。好む好まざるに関わらず、
彼を使い魔にするしかない。例外は認められない」
 状況の把握の為に、言い争う二人を静観していたレオンだったが、聞き捨てならぬ発言
に流石に口を挟もうとする。
「待て。誰を使い魔にするだと? 俺を無視して話を進め――」
「ああ、もう! 静かにしてっ!!」
 レオンは険しい表情でルイズを眺めていたが、やがて諦めたように肩を竦めた。
 警戒を解くわけにはいかないが、どうやら彼等は自分の敵というわけではないらしい。
少なくとも、今すぐに何かをされるという事はなさそうだ。
 ならば、情報が何もない今、しばらくは成り行きを見守るしかない。

 そんなレオンの事など目に入らない様子で、ルイズは俯いてぶつぶつと一人何かを呟い
ていた。
 ――平民を使い魔に? そんな話、聞いた事がないわ。前代未聞よ……
 それも、決して良い意味での前代未聞ではない。目の前の平民は、自分が宣言した神聖
で美しく強力な使い魔からは大きくかけ離れた存在なのだ。
 このままでは、また皆に馬鹿にされてしまう。ゼロのルイズには平民の使い魔がお似合
いだとか何とか。
 ほら、現に今だって――



「は、はは……き、聞いたか? ルイズのやつ、平民を使い魔にするらしいぜ……」
「あ、ああ。ゼロのルイズにはお似合い……だよな……」
 しかし、ルイズの予想に反して、生徒達の反応は控えめであった。
 呼び出された男は、確かにただの平民のはずだ。
 しかし、服の上からでもはっきりと分かる鍛え上げられた肉体が、猛禽類を思わせる鋭
い目つきが、何より、引率の教師ですら止められなかった得体の知れない怪物を、一撃の
もとに葬って見せたという事実が、子供達に嘲笑を浴びせる事を躊躇わせていた。

「ねえタバサ、彼、平民にしてはなかなかイケてない?」
 赤毛の少女――『微熱の』キュルケは隣にいる友人に囁いた。
 長身。健康そうな褐色の肌。洗練されたプロポーションから漂う大人びた色気。ルイズ
とは何もかも対照的なこの少女は、他の生徒とは異なる視点からレオンを観察していた。
 見ればあの平民は背も高く、なかなか精悍な顔立ちをしている。まばらに生えた不精髭
が顔を覆っているが、逞しい体と相まって、それはそれでワイルドだ。奇妙な服装にさえ
目を瞑れば、名のある騎士といった感じだろうか。
 ――あら、珍しい。
 自分から声を掛けておきながら、キュルケは意外そうに友人を見つめた。
 普段であれば、何が起きようと我関せずという感じで読書に勤しんでいるタバサが、そ
の手に開いた本から顔を上げているのだ。
 しかし、キュルケはタバサの視線の先にまでは気を回さなかった。
 彼女の視線はレオンではなく、その少し手前――血溜りに浮かぶリッカーへと向けられ
ていた。
 間違いなく、死んでいる。死んでいるはずである。
 しかし、今なお拭い去れない、この嫌な予感は何だろうか。



 そんなタバサとは違い、ルイズは自分を襲った怪物の事など、すっかりと忘れていた。
 正確には、今現在彼女の頭の中にあるのは『この平民を使い魔にして良いのか否か』、
それだけである。この一大事に他の事を気にしている余裕なんてない。
 目の前の平民に対する自分の想像とはいささか異なる周囲の反応に、ルイズはうむむと
考える。
 これ以上食い下がったところで、ルールだの伝統だのを持ち出され、拒否される事は目
に見えている。
 それならば……
 ルイズは改めて、不服そうに自分を見下ろしている平民を熟視した。
 軍人というわけではなさそうだが、体の鍛え方からして、戦闘を生業としている人間な
のは間違いないだろう。主を守るという使い魔の役割は一応こなせそうだ。
 というか、気が動転して怒鳴ってしまったが、先程もあの怪物から守ってもらったんだ
った。
 ――農民や商人じゃないだけ、まだマシか……
 ルイズは一人頷くと、覚悟を決め――それでも未だ不機嫌そうな表情のままで――自分
の使い魔候補を見上げた。

「しゃがみなさい」
「……いったいどういうつもりだ? せめて状況を説明しろ」
「いいから! 背が届かないじゃない!」
 レオンは諦めて、言われた通りに膝をつく。
 相変わらず状況は飲み込めないが、そんな中でも一つだけ分かった事があった。この少
女は我儘だ。しかも、かつて自分が救った大統領令嬢が可愛く思えるレベルの。
 そのような事を考えていると、突然少女の左手に顎を固定される。
「おい」
「か、感謝しなさいよね。貴族にこんな事されるなんて、普通は一生ないんだから……」
 嫌な予感がする。しかし、まさかとも考える。
 このような展開になる予兆など、どこにもなかったはずだ。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司
るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ――」



 ――俺の悪い予感はだいたい当たるんだ。
 唇に柔らかな感触を感じながら、突然の事に思考停止に陥りかけた頭で考える。
 悪い予感というのは語弊があるかもしれない。しかし、レオンには自分の半分も生きて
いないであろう少女に唇を奪われ、喜ぶような趣味はない。
「……終わりましたっ!」
 レオンがそのような失礼な事を考えているとは露知らず、ルイズはレオンを突き飛ばす
ようにして、前屈みになっていた上体を起こした。
 頬が赤く染まっている。ファーストキスだった。
 しかし、レオンはレオンでそんな事情など知る由もない。あまりにも理不尽な扱いに抗
議の声をあげようとしたその時、
「っ……!?」
 レオンの左手の甲を焼けるような痛みが走った。
「おい、いったい何を……!」
「使い魔のルーンが刻まれてるだけよ。すぐ終わるわ」
 言葉にならないレオンの問いに、苛立たしげにルイズが答える。
 その言葉通り、痛みは数秒の後には嘘のように引いていた。
 レオンは訝しげに左手を視線の先に掲げる。いつの間にか、異国の文字のようなものが
手の甲に浮かび上がっていた。

「ふむ、コントラクト・サーヴァントは一度で成功したようだね。それにしても、これは
……何とも珍しいルーンだな」
 いつの間に隣にいたのか、コルベールがレオンの左手を覗き込んでいた。
 そこに刻まれたルーンの形状をメモ用紙にスケッチし終えると、どうやら満足したらし
い。何の説明もないまま踵を返すと、子供達に教室に戻るよう促し始めた。
「……刻むなよ」
 取り残されたレオンは、呆れたように呟いた。
 レオンはエージェントとなってから、多少の事では動じなくなっていた。日常的に異形
の怪物と戦っているのだから、当然と言えば当然だろう。
 しかし、そんなレオンも、目の前の光景には言葉を失った。
 コルベールを視線で追ったその先で、子供達が一人また一人と宙に浮かんでは、城のよ
うな建物に向かい飛び去っていくのだ。



 ――本当に、俺の悪い予感はよく当たるんだ。

 段々と小さくなっていく子供達を仰ぎ見ながら、レオンは自嘲気味に唇を歪めた。
 また一つはっきりした事がある。先程頭によぎった最悪の想像は、決して勘違いではな
かったという事だ。
 この世界は、自分のいた世界ではない。
 ドラゴンが存在し、人間が空を飛ぶ世界――
「……何よ? 何か言いたい事でもあるわけ?」
 気が付けば、草原にいるのは自分とこの我儘な少女だけとなっていた。
 不機嫌そうな口調とは裏腹に、困ったような表情を浮かべている。彼女自身もこの妙な
使い魔をどう扱っていいか、まだよく分からないのだろう。
「言いたい事、か……」
 言いたい事も尋ねたい事も山のようにある。しかし、いったい何から尋ねたものか。
 しばらく考えていたレオンだったが、やがて諦めたように左手に刻まれた紋章へと視線
を落とす。そして一言だけ、もはや口癖になりつつある台詞を呟いた。



「――泣けるぜ」




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