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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-67


タバサがディーキンらを連れてオルレアンの屋敷へ戻ってから、2日目の晩のこと。
屋敷の最奥、オルレアン公夫人の部屋では、最後の仕込みが行われていた。

「じゃあ、申し訳ないけどあんたはいつもベッドの上に居て、おかしくなったままのフリをしててね。
 それと何かあったら、すぐにディーキンに連絡を入れて。わかった?」

「はい、心得ておりますわ」

先刻やっと完成した《似姿(シミュレイクラム)》のオルレアン公夫人が、ディーキンの指示に従順に頷く。
ディーキンはウンウンと頷くと、続けてもう一体のシミュレイクラムにも指示を伝えた。

「それから、あんたはこの人の世話をするフリを続けて。屋敷の掃除とかも、これまでどおりにちゃんとしてね」

「はい、しかと心得ました」

ペルスランのシミュレイクラムも、畏まってお辞儀をする。

これらの似姿は、粗雑な型どりをした雪や氷の像に本人の体の一部を入れ、影術による半実体の幻影を重ねて作られた複製品だ。
像を製作するにあたってはタバサにも協力を要請して、一体あたり半日以上の時間を費やして作った力作である。
2体とも本物そっくりで、本物の着衣を譲り受けて着込んでおり、ちょっとした知り合い程度ではまず見分けがつかないだろうと思われた。

夫人の方のシミュレイクラムには、必要があればすぐにディーキンに連絡を入れられるような細工もしておいた。
これで、万が一査察などの結果偽装が露見したとしても、直ちにその事を知って対策を取ることができるだろう。

「……うん。これで、しばらくは大丈夫だと思うの」

ディーキンは満足そうに笑みを浮かべて仲間たちの方を振り向くと、丸々一昼夜以上にも渡った作業の完了した旨を伝えた。

「ありがとうございます。あなたには何から何まで、よくしていただきました。
 この御恩はいずれ必ずお返しします。杖に誓って……」

先程治療を受けて正気を取り戻した本物のオルレアン公夫人は、ディーキンに対して臣下のように恭しく跪いて、礼を述べた。
まだ頬などはこけたままだったが、その目にはすっかり知性と生気の輝きが戻っている。

彼女にしがみ付くようにして寄り添っていた、嬉し泣きに泣き腫らした赤い目をしたタバサも、母親に倣った。
そして主らの後ろに控えた、ペルスランとトーマスも。

「えーと……。別に、冒険者仲間とかでは普通のことだからね。
 あんまり気をつかわないで?」

ディーキンは、ちょっと困ったように頭を掻いた。

もちろん、彼女らが本心から感謝してくれているのはわかるし、それは嬉しい。
それに、貴族として払わねばならぬ礼儀というものがあるのだということもわかる。
だが正直に言って、このくらいであまり大げさなお礼をされても逆に居心地が悪いのだ。

それは、他人からそんな態度で接された経験がろくにないから、というのもある。
しかしそうでなくとも、冒険者内では心を病んだら治してもらうとかは、ごく普通のことなのである。

ディーキンとしては、できれば今回かかった経費を負担してもらえると嬉しいな、という程度の気持ちだった。
その経費にしても、タバサが屋敷の骨董品等をヴォルカリオンに売りに出して、いくらかは既に負担してくれている。
売ったのが大切な先祖伝来の品々であっただろうことなども鑑みれば、これ以上何かしてもらうのはかえって申し訳ないくらいだ。

シルフィードだけはそんな堅苦しい人間の作法には従わず、代わりにそこらをぴょこぴょこと跳ねまわって喜びを体で表していた。
そういう自然な感謝の方が、ディーキンとしても気が楽だった。

「きゅいきゅい! お姉さまのお母さまがよくなられて、良かったのね。
 これからはお姉さまも、危ないことなんかせずに、心安らかにお過ごしになれるわ!」

「…………」

礼を終えて、改めて母に寄り添い直したタバサは、自分の使い魔のそんな様子を温かい目で見つめながらも……。
心の中では、そうはいかないのだ、と考えていた。

自分は、母とペルスラン、それにトーマスの当面の住処と安全を確保したら、また元通りの生活に戻らなくてはならない。
ガリアからの呼び出しにも今まで通り応じて、危険な任務もこなしていかなくてはならないのだ。

今、急に自分が生活の仕方を変えて、王家からの呼び出しにも応じなくなれば、敵に異変を知らせるようなものである。
一度ガリア王家に自分の叛逆を悟られたら、いつまでも逃げおおせられるとは思えないし、周囲の人々にも危険が及ぶだろう。
せっかくのディーキンの配慮も、すべて無駄になってしまう。

できることならこの懐かしい人たちと共に、また退屈なほどに穏やかで幸福な、昔のような日々を過ごしていきたかった。
だが、ままならぬことである。

母は救ったが、父の復讐はまだ終わってはいない。
それに、一度冷徹な戦いの世界に慣れた自分が、いまさら何も知らなかった小娘の頃の生活に、完全に戻ることなどできようか。
自分はもう、子どもではないのだ。

(でも……)

でも、もう少しは、この安らぎに身を委ねていてもいいだろう。
母の腕を甘えるように抱き寄せ、母から優しく抱き返される幸せをしみじみと噛みしめながら、タバサはそう考えた。





――――タバサは、ラグドリアンの湖畔に立つ屋敷の中庭で、家族と一緒に和やかな時を過ごしていた。

優しい父と母がテーブルを囲み、楽しげに料理を摘みながら談笑している。
そしてタバサ自身は、いやシャルロットは、二人に見守られるようにして、人形の『タバサ』を相手に絵本を読んで聞かせていた。

絵本のタイトルは『イーヴァルディの勇者』、ハルケギニアでも一番ポピュラーな英雄譚だった。
幼い頃、母はむずかる自分を寝かしつけるために、枕元でよく本を読んでくれたものである。
自分は特にこの本が大好きで、何度も何度もせがんで読んでもらった覚えがあった。

そのうちに興味は別のものに移り、読んでもらうことも、自分で開くこともなくなった。
だが、自分に読書の楽しみを最初に教えてくれたのは、この『イーヴァルディの勇者』だったといっていい。
この本を読むのは、もう何年振りだろう。

(何年振り?)

シャルロットはそこで、はたと気が付いた。

(これは、夢)

ああ、そうか。
自分は今、夢を見ているのだ。
今の自分は、もう家族と幸せに暮らしていた幼い少女ではないのだった。

そう気がついて、改めて自分の姿を見てみると、もう自分はシャルロットではなかった。
トリステイン魔法学院の制服に身を包んだ、『雪風』のタバサがそこにいた。

顔を上げると、傍らにはもはや人形はなく、机を囲む両親の姿ももうなかった。

そうだ、あんな風に温かい笑顔を浮かべる父は、もうどこにもいない。
そして母も、あの恐ろしい毒杯を口にして……。

(……?)

いや、違う。
なにかがおかしい。

自分の手の中には、まだ『イーヴァルディの勇者』の本があった。
『雪風』のタバサは、こんな本は読まない。

けれど、確かに読まないのだろうか。
自分がこの本を読むのは、本当に何年か振りだっただろうか。

いいや、つい最近にも読んだことがあったはずだ。
あれは一体、どこでだったか……?

(あれは……)

確か、そう、この屋敷で。
母さまに……。

「まあシャルロット。ずっと一人で本を読んでいたの?」

背後から、懐かしい声がした。

振り向くと、そこにいたのは確かに母だった。
屋敷から今出て来たばかりで、先程よりも少し年を重ねてやつれたようには見えるけれど、変わらぬ温和な笑顔を浮かべていた。

「母さま……」

「そんな風に一人で寂しそうにしていないで、もうすぐお友達が来るのでしょう。
 ふふ、それとも、男の子のことでも考えていたのかしら?」

そうだ、自分は母を治療してもらうために、“あの人”と一緒にこの屋敷へきたのだった。
そして治療の準備が整うまでの間、あの人の作業の手伝いをする合間に、母にこの絵本を読んで聞かせたのだった。
それで母が元に戻ることはなかったけれど、話を聞いている間は終始穏やかで、読み終わったときには、私に笑顔を向けてくれさえした。

その後、あの人は母をすっかり治してくれて、今ではまた、こうして笑顔を……。

「奥さま、お嬢様のお友達の方々がお見えになりました」

執事のペルスランが屋敷の奥から姿を現し、そう言って頭を下げた。
傍らには、トーマスも一緒にいる。
2人とも、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「今日はお嬢さまとお友達とのパーティのために、とっておきの手品を用意して参りましたよ」

その時、中庭にシルフィードが降り立った。

「お姉さまのお友達を連れてきたのね!」

自慢げにそう言う使い魔の顎を優しく撫でてやると、シルフィードは嬉しそうにきゅいきゅいと鳴いて、目を細めた。
次いでシルフィードの背から、学院の仲間たちが次々と姿を現す。

ルイズやシエスタが、花束や菓子の包みを渡してくれた。
キュルケが、いつものようににっこりと笑って、自分を抱きしめてくれた。
タバサは、自分の心の中が氷が解けたように暖かくなってゆくのを感じた。

そしていつの間にか、“あの人”がやって来ていた。

「お招きにあずかって、ディーキンは本当に光栄に思ってるの」

傍らの、先程まで人形を座らせていた椅子に座って、タバサの顔をじっと見上げている。
タバサははにかんだ笑みを浮かべて、彼から目を逸らした。

抱えていた『イーヴァルディの勇者』の絵本が、手からすべり落ちた。

そして、ささやかなお茶会が始まった。
学院の友人たちが和やかに談笑し、母とペルスランが傍らで見守る。
トーマスが手品を、ディーキンが歌と物語を披露する。

どこまでも優しく、温かい夢が続いていった。

(私は、仕えるべき勇者を見つけたのだろうか)

椅子の上に立ち上がるようにしてリュートを鳴らし、勇ましい英雄の物語を語るディーキンの姿を見つめながら、タバサはふとそう思った。

だがそう思ったことは、実のところ、これが初めてではないのかもしれない。
思えばタバサは何度も、彼こそが自分にとっての『イーヴァルディ』なのではないかと、心のどこかで考えていたような気がした。

彼に一方的に戦いを挑み、そして過ちに気が付いた時に。
あの恐ろしいデーモンに追い詰められ、そして救われた時に。
彼が心を病んだ母を笑わせ、そして癒してくれた時に……。

幼い頃のタバサは、何度も夢見た。自分を助けてくれる勇者が、いつか現れないだろうか、と。
タバサは勇者ではなく、勇者に助けられる姫になりたいと願っていた。
自分の手を引いて、幸せながらも退屈な日常から自分を連れ出してくれる勇者をこそ、かつてのタバサは求めていたのだ。

ならば、今の自分も心のどこかで、かつてと同じことを夢想していたのだろうか。
退屈な日常からではなく、過酷な運命から、自分を救い出してくれる勇者を求めていたのだろうか。

そんな勇者の幻想を求めるのではなく、自ら戦わなければならないことを、自分は知った。
自分が『雪風』のタバサになったあの日に、今は亡き一人の狩人の女性が、その事を自分に教えてくれた。
それでも、心のどこかでは、未だにそんな弱い幻想、姫願望を……。

自分をじっと見つめるタバサの視線に気が付いたのか、ディーキンは彼女の方に顔を向けた。
にっこりと笑い返すと、演奏を終えて楽器を置き、とことこと近寄ってくる。

「ねえタバサ、もしかして待ちきれないの?
 だったらそろそろ出かけるの!」

拍手をしようとしていたタバサは、まじまじとディーキンを見つめ返す。

「……出かける?」

「そうなの。無限の彼方へ、さあ行くの!」

ディーキンはタバサの手を取って、屋敷の外の方へ向けてくいくいと引っ張った。

「む、無限の彼方……?」

タバサはわけがわからなかったが、所謂“もののたとえ”なのだろう、と判断した。

「その、何を……しに?」

「ンー? そりゃもちろん、タバサが望んでることだよ!」

「私の、望んでいること……」

タバサは少し考えた。

「……、父さまの復讐をしに行く、ということ?」

それを聞いたディーキンは、ぴたりと足を止めると、顔をしかめてふるふると首を横に振った。

「復讐? タバサは英雄なの!
 英雄は、ただの復讐なんかには興味ないの!」

「でも、私は」

「デモもストもないの。ディーキンたちは、もっと英雄らしいことをしに行くんだよ!」

「英雄らしいことって……」

タバサは、また考え込んだ。
ふと、先程取り落とした、『イーヴァルディの勇者』のことを思い出す。

「……悪い竜を退治する、とか?」

「オオ、それはなかなかいいね。
 ンー……、でもディーキンは、竜を退治するより、竜とお話をして仲良くなって、改心させる英雄の方が好きかな」

それから、少し首を傾けて。

「ええと、例えば……。ここにはほら、タバサのお父さんがまだいないじゃない。
 お父さんを探して連れ帰りに行くっていうのは、どうかな?
 叔父さんを殺すよりは、いいんじゃない?」

タバサはそれを聞いて顔を曇らせると、首を横に振った。

「……それは、無理」

「お母さんは戻ってきたのに?」

「無理」

ディーキンは、また目を閉じてかぶりを振った。

「無理だとか無駄だとか言った言葉は聞き飽きたし、そんなの英雄には関係ないの。
 やるか、やらないかなの。無理っていうのはないんだよ!」

タバサは困惑した様子で、まじまじとディーキンの顔を見つめた。
自信に満ちて、きらきらと輝く目……。

「……本当に?」

「輝いた瞳には不可能がないの。
 みんながついててくれれば、英雄にはなんだってできるの!」

ディーキンは、タバサの後ろを指差した。
そこには、いつの間にかすっかり出かける準備を整えたキュルケたちの姿があった。
誰の顔にも、疑いのない自信に満ちた、明るい笑顔が浮かんでいる。

それを見ていると、本当に何でもできそうな気がしてきた。
この人と、この温かい人たちと、一緒なら……。





「――――さま。お姉さまってば、居眠りしてらっしゃるの?」

シルフィードの声で、タバサははっと目を覚ました。
体を起こしてきょろきょろと周りを見回すと、そこはオルレアンの屋敷の中庭ではなく、雲海を下に見下ろす遥かな上空だった。

寝惚けた頭が、冷たい夜風で急速に覚醒していく。

「大分お疲れみたい、大丈夫なのね?」

「大丈夫」

心配そうなシルフィードにそう返事をして、気遣いのお礼にぽんぽんと背を撫でてやった。

タバサは屋敷でディーキンたちと一旦別れ、今は一人シルフィードに乗って、トリステインへと帰る途上だった。
作業の手伝いや母の世話等でろくに寝ていなかったため、ついうとうととシルフィードの背で微睡んでいたのだ。

シルフィードに母やペルスランなどが乗っているところを見られて疑いを持たれないようにと、念には念を入れて別行動にしたのである。
ディーキンは今、見つからぬよう慎重に他の皆を連れて、トリステインへと戻っているはずだ。

母とペルスラン、そしてトーマスには、ひとまず『魅惑の妖精』亭へ行ってもらうことにしている。
スカロンやジェシカは間違いなく協力してくれるし、絶対に他言したりはしないということは、ディーキンが力強く保証した。
もしかしたら、いずれキュルケなどにも協力を仰いで、また別の場所へ移ってもらうことになるかもしれないが……。
できれば、会いに行きやすいように学院から近い場所の方が、タバサとしても嬉しかった。
あの店なら学院からもそう遠くないし、身を隠すのにも好都合であろう。

自分も早く向こうで母たちと合流して、店のオーナーであるスカロン氏へお願いをして、手配を済ませよう。
それから学院へ戻って、欠席の件を教師たちに謝罪して、ディーキンの『主人』であるルイズにも、謝っておかなくては……。

それにしても、おかしな夢を見たものだ。
タバサは、思わず苦笑した。

(不愉快な夢では、なかったけど)

むしろ、とても温かい気持ちになれる夢だった。
後半は何だかおかしな話の流れになっていたけど、何だかつい、わくわくしてしまった。
姫君として勇者の訪れを待っているよりも、彼と、仲間たちと一緒に冒険をして回る方が、もっと素敵なことかもしれないと思えた。

(そんな日がいつか来てくれたら、いいな……)

タバサは、素直にそう思った。

けれど、いつまでも夢にばかりかまけているわけにもいかない。
タバサは気持ちを切り替えて、今度は母のことを考えた。

今後の安全などについて不安はまだあるけれど、母が元に戻ってくれたことが、まず何よりも嬉しい。
それに、心を壊した母が、最期に絵本を読んだ時に笑顔を見せてくれたことも嬉しかった。
母を癒したのは結局ディーキンだったが、自分も作業の手伝いはできたし、少しは母のために役に立てたと感じた。

(そういえば……)

タバサはそこでふと、母に絵本を読んでいた時に起きた、妙な出来事を思い出した。



タバサはディーキンの助言を考慮して、無理に娘として接するのを止め、母を穏やかな気持ちにする方法はないかと頑張って考えてみた。
いろいろ考えた末に、かつて母がよく読み聞かせてくれた『イーヴァルディの勇者』を読んでみよう、と思いついたのである。

そうして、母が自分にしてくれたように穏やかな調子で本を読み聞かせているうちに、彼女の様子に変化が現れた。
腕の中の人形と自分とを、困惑したように交互に見比べ始めたのだ。

もしかして、人形ではなく自分の方が娘かもしれないと、認識しつつあるのではないか。
そんな期待を抱いたタバサは、思い切って彼女に今一度、「母さま」と呼びかけてみることにした。
じきにディーキンが治療してくれるとはいえ、やはり自分の力で母にできる限りよくしたい、認められたいという思いは強かったのだ。

結果、母は、これまでのように怯えたり喚いたりはしなかったものの、妙な反応をした。
タバサの言葉にしばらくぼうっとした後、ふいに体を震わせて、ぽつりと呟いたのだ。

『……ジョゼット? ジョゼットなの? おお、なんということ……』

そして、手で顔を覆って泣き始めてしまった。
タバサは困惑して、一生懸命なだめてはみたが、泣き疲れて眠るまで手の施しようがなかった。



(ジョゼットとは、一体誰のことなのだろう?)

考えてみても、思い当たる相手はいない。
タバサは、答えの出ない問いに頭を悩ませながらも、トリステインへの帰路を急いだ……。


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