第33話
暗殺指令 賞金首はあのコッパゲ!?
暗殺指令 賞金首はあのコッパゲ!?
海凄人 パラダイ星人 登場!
今、世界が危機にさらされていることは、すでに万人の知る普遍的な常識となりつつある。
始祖ブリミルによってハルケギニアの基礎が築かれてから六千年の間、この世界はエルフとの抗争を別にすれば内側での小規模な争いだけで平穏を保ってきた。
しかし、時代は急激にかつ逆流のしようのない強さで動く。ヤプールの襲来をきっかけにして、銀河の辺境の惑星でしかなかったこの星の存在が、次元を超えた宇宙にさえ知れ渡ってしまったのだ。
貪欲な侵略者たちが、地球と同じ美しさを持ちながらも文明レベルではるかに劣るハルケギニアに目をつけないはずはない。数々の凶悪星人が現れては猛威を振るい、人々はその絶大な力に危機感を募らせてきた。
そう、ただでさえハルケギニアの多くの人々は、東にはエルフ、内には山賊やオークという避けがたい恐怖との並住を強いられているというのに、そこにさらなる重みが付加されるとあってはたまったものではなかった。
人間は生きている限り、恐怖からは逃れられない。その恐怖を和らげるためにハルケギニアの人々が頼るものこそ、始祖ブリミルの残した教えであるブリミル教であり、人々はその教えにすがり、日々を懸命に生き延びようとしている。
始祖ブリミルによってハルケギニアの基礎が築かれてから六千年の間、この世界はエルフとの抗争を別にすれば内側での小規模な争いだけで平穏を保ってきた。
しかし、時代は急激にかつ逆流のしようのない強さで動く。ヤプールの襲来をきっかけにして、銀河の辺境の惑星でしかなかったこの星の存在が、次元を超えた宇宙にさえ知れ渡ってしまったのだ。
貪欲な侵略者たちが、地球と同じ美しさを持ちながらも文明レベルではるかに劣るハルケギニアに目をつけないはずはない。数々の凶悪星人が現れては猛威を振るい、人々はその絶大な力に危機感を募らせてきた。
そう、ただでさえハルケギニアの多くの人々は、東にはエルフ、内には山賊やオークという避けがたい恐怖との並住を強いられているというのに、そこにさらなる重みが付加されるとあってはたまったものではなかった。
人間は生きている限り、恐怖からは逃れられない。その恐怖を和らげるためにハルケギニアの人々が頼るものこそ、始祖ブリミルの残した教えであるブリミル教であり、人々はその教えにすがり、日々を懸命に生き延びようとしている。
では、そのすがりつくべき人々の心の支えこそが、人々に対して悪意を抱いていたらどうだろう? 天上に仰ぐ白い羽を持った天子の衣の下に、黒くとがった尻尾が隠されていたらどうだろう?
ハルケギニアに脅威が迫っている。それは事実としても、人々の知る脅威は今や、虚と実のふたつに分かれようとしていた。
ハルケギニアに脅威が迫っている。それは事実としても、人々の知る脅威は今や、虚と実のふたつに分かれようとしていた。
『空が闇に閉ざされてしまったのはエルフの仕業である! 彼らは聖地を奪い、聖地の力を利用して人間を滅ぼそうとしているのだ。今こそブリミル教徒たちは団結し、エルフを打ち倒すべし!』
天使が光臨したあの日から、このスローガンが放たれておよそ一月。聖戦を呼びかける声はハルケギニアの津々浦々に響き渡り、怒涛を生むカウントダウンに入っているように思えた。すでにガリアでは無能王転じて英雄王ジョゼフの下で全面参加が公表されて、ほかの国々でも協議が続いているが、教皇の大命に対しては抗いがたく時間の問題と思われている。
そして、その中心こそがロマリア。いまや、全世界の注目の中心ともいえるブリミル教の総本山にして、救世主ヴィットーリオ教皇聖下のおわす場所。現在では都中が熱狂に包まれ、各国から集まってきた義勇兵がロマリア軍の門戸を叩き、街中に溢れていた浮浪者たちまでもが武器をとってエルフ打つべしと気勢をあげている。
しかし、このロマリアこそが世界を闇に包み込み、破滅へと導こうとしている中心であることに人々は気づいていない。
「どうやら、あなたの可愛い吸血鬼は失敗した様子ですね」
「申し訳ありません。彼女自身はなかなかよく働いてくれたのですが、まさか新たなウルトラマンがやってくるとは。僕の想定が甘かったようです」
大聖堂の奥の間で、ヴィットーリオが神妙な面持ちをしているジュリオに対して言うと、ジュリオは頭を垂れて謝罪した。
彼らはすでに、先日サビエラ村で起きた戦いの詳細を掴んでいた。吸血魔獣キュラノスと化したエルザの力があれば、万一にも連中を逃すことはないと確信していたが、キュラノスは駆けつけてきたウルトラマンコスモスに敗北し、連中は全員無事で、虚無の担い手であるティファニアの奪取にも失敗した。ジュリオの目論見は完全に外れたのだった。
しかしヴィットーリオはジュリオを責めるわけでもなく穏やかに対応し、微笑んでさえ見せた。
「あなたのせいではありませんよ。そのような事態まで想定して行動できるのは、それこそ神くらいしかいないでしょう。それで、そのエルザという吸血鬼はその後どうしました?」
「怪獣化して自爆しましたが、もし爆発の直前に怪獣体を捨てて吸血鬼の姿に戻っていたら生存の可能性はありました。しかし、その後サビエラ村の周辺を調査させましたが、彼女の死体も発見できませんでした。恐らくは、本当に自爆して果てたのだと思われます」
「そうですか、この汚れきった世界を浄化するための同志として期待していたのですが残念ですね。しかし次なるウルトラマンの登場とは、どこの世界でも現れて我らの邪魔ばかりしてくる。計画を少々修正する必要がありそうですね」
ヴィットーリオは沈痛な面持ちで考え込んだ。彼らにとって、現状は有利であってもいつまた何かのきっかけでひっくりかえらないとも限らない。想定外の要素が出てきた今、可能な限り周到で用心深くあって損はない。
そう、すべては愚かな人間たちによって荒らされゆく一方であるこの星を救い、そしてこの星で蓄えた力を持って、かつて救済に失敗した別次元のあの星へと再び行くためにある。長い年月をかけて用意してきたこの計画に失敗は許されないのだ。
恐らくは、今後ロマリアをどう動かしていくのかを思案しているヴィットーリオに、ジュリオは確認するように問いかけた。
「ですが、虚無の担い手を含む一行がトリステインにたどり着くにはまだ少々の時間があります。さらなる追っ手をかけてもよろしいでしょうか?」
「いえ、それには及びません。私はあわよくば、あなたの僕に追い詰められることでティファニア嬢が新たな虚無に覚醒することを期待していましたが、生命の危機に瀕しても彼女に新たな虚無は目覚めませんでした。ここで無理に我々の手に入れても持て余すだけでしょう。強引にさらうのは最後の手段で十分です」
「わかりました。では、もうひとつのほうの工作もそろそろ始まりますが、そちらも変更なさいますか?」
ジュリオが話題を変えると、ヴィットーリオはふむと考えてから答えた。
「あの船、オストラント号への刺客のことですね。私の記憶が確かならば、ガリアのシェフィールド殿から推薦された、暗部を請け負う騎士さまたちだとか。そちらはそのまま進めてよろしいでしょう。我らにとって益にならぬとわかりきっている方々には、早々に消えてもらって間違いはありません」
「同感ですね。あの船のクルーはこの世界のレベルを大きく超えた科学技術を手に入れて、異世界に対する概念も覚えてしまっています。捨て置いて、妙なことを触れ回られては危険でしょう。人間を相手にするのには、やはりその道の人間が一番です。暗殺という手段は、この世界の権力者にとって常套手段ですから」
「同族で血で血を洗う争いを何千年も続ける。人間とはなんと愚かで醜い生き物なのでしょう。しかし彼らも、自分たちの技術が世界の救済に役立つとなれば本望でしょうね。事が終わった暁には、彼らのために祈るとしましょうか、人間の歴史を終わらせるために活躍した人間の英雄に対してね」
ヴィットーリオはジュリオと意見が一致すると、暗い笑いを浮かべた。人間をハルケギニアから消し去るために人間が活躍する、なんと滑稽なことではないか。暗殺者がどこの誰かは知らないが、仕事を終えて大金を手にした彼は、遠からずその功績を誇らしげに吹聴することができるだろう。ただしその相手は酒場の店主に対してではなく、一銭もいらずに聞いてくれる地獄の悪鬼たちに対してであるが。
人間とは、本当になんと愚かなのであろうか。しかし滅びる前に、もう少しくらいはいい夢を見させてあげようと、ヴィットーリオはそれでこの話を打ち切って公務に戻った。表向きの教皇としての仕事も多岐に渡り、ジョゼフのように大臣たちに任せて遊んでいるわけにはいかないのである。
ふたりがこの話題に費やした時間はざっと五分ばかり。ジュリオも報告を終えると、またなんらかの暗躍をするために立ち去っていった。
しかし彼らは決して軽く考えていたわけではない。このハルケギニアにおける暗殺の歴史は古く、長い。政争においては、ひとつしかない権力の座をめぐっての奪い合いなどは日常茶飯事であり、その手段の正当性などには関わらず、勝者、つまり生き残った者がすべてである。そのため、血を分けた肉親たちでさえ当たり前のように相手の首を狙い、歴史の影で暗殺者たちは常に牙を磨き続けてきた。
それはこのロマリアも例外ではなく、教義に反する者は異端者としてあらゆる方法で排除してきた。神の祝福を受けた聖なる都でありながら、ロマリアの歴史の血なまぐささは貴族たちに勝るとも劣らない。それをヴィットーリオは知り尽くしているために、並みの人間が暗殺という手段から逃れることがいかに困難かを熟知しており、まして刺客はあのジョゼフの配下として暗躍してきた北花壇騎士団の人間だという。狙われた人間が生きていられる可能性ははなはだ低いと考えても当然のことである。
そして、その中心こそがロマリア。いまや、全世界の注目の中心ともいえるブリミル教の総本山にして、救世主ヴィットーリオ教皇聖下のおわす場所。現在では都中が熱狂に包まれ、各国から集まってきた義勇兵がロマリア軍の門戸を叩き、街中に溢れていた浮浪者たちまでもが武器をとってエルフ打つべしと気勢をあげている。
しかし、このロマリアこそが世界を闇に包み込み、破滅へと導こうとしている中心であることに人々は気づいていない。
「どうやら、あなたの可愛い吸血鬼は失敗した様子ですね」
「申し訳ありません。彼女自身はなかなかよく働いてくれたのですが、まさか新たなウルトラマンがやってくるとは。僕の想定が甘かったようです」
大聖堂の奥の間で、ヴィットーリオが神妙な面持ちをしているジュリオに対して言うと、ジュリオは頭を垂れて謝罪した。
彼らはすでに、先日サビエラ村で起きた戦いの詳細を掴んでいた。吸血魔獣キュラノスと化したエルザの力があれば、万一にも連中を逃すことはないと確信していたが、キュラノスは駆けつけてきたウルトラマンコスモスに敗北し、連中は全員無事で、虚無の担い手であるティファニアの奪取にも失敗した。ジュリオの目論見は完全に外れたのだった。
しかしヴィットーリオはジュリオを責めるわけでもなく穏やかに対応し、微笑んでさえ見せた。
「あなたのせいではありませんよ。そのような事態まで想定して行動できるのは、それこそ神くらいしかいないでしょう。それで、そのエルザという吸血鬼はその後どうしました?」
「怪獣化して自爆しましたが、もし爆発の直前に怪獣体を捨てて吸血鬼の姿に戻っていたら生存の可能性はありました。しかし、その後サビエラ村の周辺を調査させましたが、彼女の死体も発見できませんでした。恐らくは、本当に自爆して果てたのだと思われます」
「そうですか、この汚れきった世界を浄化するための同志として期待していたのですが残念ですね。しかし次なるウルトラマンの登場とは、どこの世界でも現れて我らの邪魔ばかりしてくる。計画を少々修正する必要がありそうですね」
ヴィットーリオは沈痛な面持ちで考え込んだ。彼らにとって、現状は有利であってもいつまた何かのきっかけでひっくりかえらないとも限らない。想定外の要素が出てきた今、可能な限り周到で用心深くあって損はない。
そう、すべては愚かな人間たちによって荒らされゆく一方であるこの星を救い、そしてこの星で蓄えた力を持って、かつて救済に失敗した別次元のあの星へと再び行くためにある。長い年月をかけて用意してきたこの計画に失敗は許されないのだ。
恐らくは、今後ロマリアをどう動かしていくのかを思案しているヴィットーリオに、ジュリオは確認するように問いかけた。
「ですが、虚無の担い手を含む一行がトリステインにたどり着くにはまだ少々の時間があります。さらなる追っ手をかけてもよろしいでしょうか?」
「いえ、それには及びません。私はあわよくば、あなたの僕に追い詰められることでティファニア嬢が新たな虚無に覚醒することを期待していましたが、生命の危機に瀕しても彼女に新たな虚無は目覚めませんでした。ここで無理に我々の手に入れても持て余すだけでしょう。強引にさらうのは最後の手段で十分です」
「わかりました。では、もうひとつのほうの工作もそろそろ始まりますが、そちらも変更なさいますか?」
ジュリオが話題を変えると、ヴィットーリオはふむと考えてから答えた。
「あの船、オストラント号への刺客のことですね。私の記憶が確かならば、ガリアのシェフィールド殿から推薦された、暗部を請け負う騎士さまたちだとか。そちらはそのまま進めてよろしいでしょう。我らにとって益にならぬとわかりきっている方々には、早々に消えてもらって間違いはありません」
「同感ですね。あの船のクルーはこの世界のレベルを大きく超えた科学技術を手に入れて、異世界に対する概念も覚えてしまっています。捨て置いて、妙なことを触れ回られては危険でしょう。人間を相手にするのには、やはりその道の人間が一番です。暗殺という手段は、この世界の権力者にとって常套手段ですから」
「同族で血で血を洗う争いを何千年も続ける。人間とはなんと愚かで醜い生き物なのでしょう。しかし彼らも、自分たちの技術が世界の救済に役立つとなれば本望でしょうね。事が終わった暁には、彼らのために祈るとしましょうか、人間の歴史を終わらせるために活躍した人間の英雄に対してね」
ヴィットーリオはジュリオと意見が一致すると、暗い笑いを浮かべた。人間をハルケギニアから消し去るために人間が活躍する、なんと滑稽なことではないか。暗殺者がどこの誰かは知らないが、仕事を終えて大金を手にした彼は、遠からずその功績を誇らしげに吹聴することができるだろう。ただしその相手は酒場の店主に対してではなく、一銭もいらずに聞いてくれる地獄の悪鬼たちに対してであるが。
人間とは、本当になんと愚かなのであろうか。しかし滅びる前に、もう少しくらいはいい夢を見させてあげようと、ヴィットーリオはそれでこの話を打ち切って公務に戻った。表向きの教皇としての仕事も多岐に渡り、ジョゼフのように大臣たちに任せて遊んでいるわけにはいかないのである。
ふたりがこの話題に費やした時間はざっと五分ばかり。ジュリオも報告を終えると、またなんらかの暗躍をするために立ち去っていった。
しかし彼らは決して軽く考えていたわけではない。このハルケギニアにおける暗殺の歴史は古く、長い。政争においては、ひとつしかない権力の座をめぐっての奪い合いなどは日常茶飯事であり、その手段の正当性などには関わらず、勝者、つまり生き残った者がすべてである。そのため、血を分けた肉親たちでさえ当たり前のように相手の首を狙い、歴史の影で暗殺者たちは常に牙を磨き続けてきた。
それはこのロマリアも例外ではなく、教義に反する者は異端者としてあらゆる方法で排除してきた。神の祝福を受けた聖なる都でありながら、ロマリアの歴史の血なまぐささは貴族たちに勝るとも劣らない。それをヴィットーリオは知り尽くしているために、並みの人間が暗殺という手段から逃れることがいかに困難かを熟知しており、まして刺客はあのジョゼフの配下として暗躍してきた北花壇騎士団の人間だという。狙われた人間が生きていられる可能性ははなはだ低いと考えても当然のことである。
果たして、ジュリオが放った暗殺者とは何者なのであろうか?
人間の運命は、本人と大勢の人間の意志と行動が複雑に絡み合ってできている。が、人は己の預かり知らぬところで自分に関わることが起きていても、それを感知することはできない。
だからこそ、人生は一寸先は闇であり、人は未来を恐れる。だが、先行きの保障された人生になんの喜びがあるだろうか? そこが矛盾であり、矛盾を内包しているからこそ、人はその歪みの中から善悪美醜様々なものを作り出してきた。それを、ロマリアは今、ひとつの方向へと強制的に動かそうとしている。
人間という不完全なものを排除した世界。それは神の領域である”完璧なる世界”であり、アダムとイブが去った後のエデンの園とでも言えばよいか。
しかし、知恵の木の実を食べたのは人間だけではない。この宇宙には無数の生命ある星が存在し、そこにはさらに無数の知恵ある生命が息づいている。そしてそれらの星の中には、元は楽園のような星であったのに、知的生命体の文明の暴走で滅んでしまったものも数多い。
はたして知恵とは、生命自身を滅ぼす毒なのだろうか? だがなぜ完璧で美しいはずの自然から、絶えずに知恵ある生命が生み出され続けるのであろうか? それは恐らく、滅亡のリスクを背負ってでも得なければならないものがあることを、生命は進化の過程で理解しているからなのだろう。
もし、アダムとイブが知恵の実を食べなければ、人は永遠に楽園にいられた。しかし、もしも楽園になんらかの拍子に一匹の悪鬼でも忍び込んだら、知恵なき人間ではなにもできずに餌食にされ、楽園も奪われていた。しかし、楽園から追われた人間たちの子孫は知恵を使って、悪鬼の襲撃や過酷な自然の試練を乗り越えてきた。
そう、知恵とは力であり自立の象徴なのだ。知恵があるからこそ、人間は楽園とは程遠い外界で繁栄を手に出来た。
しかし、人の繁栄を快く思わない者もいる。この場合に例えるならば、そう、神だ。神は完璧なる世界を愛し、己の定めた禁忌を破った人間を追放した。神話の世界であれば神は絶対善であるからそれでよいが、今この現実の世界において神を僭称する者たちの善はいったい誰が保障するのだろうか? 本物の神であれば恐れる必要などない。だが、偽者は自分たちを守る嘘のヴェールが破られるのを恐れる。そして嘘をあばくものこそが、人の知恵だ。
その知恵を持つ者がトリステインにいる。既存の常識に囚われず、ハルケギニアの基準を大きく超える天才が。
だからこそ、人生は一寸先は闇であり、人は未来を恐れる。だが、先行きの保障された人生になんの喜びがあるだろうか? そこが矛盾であり、矛盾を内包しているからこそ、人はその歪みの中から善悪美醜様々なものを作り出してきた。それを、ロマリアは今、ひとつの方向へと強制的に動かそうとしている。
人間という不完全なものを排除した世界。それは神の領域である”完璧なる世界”であり、アダムとイブが去った後のエデンの園とでも言えばよいか。
しかし、知恵の木の実を食べたのは人間だけではない。この宇宙には無数の生命ある星が存在し、そこにはさらに無数の知恵ある生命が息づいている。そしてそれらの星の中には、元は楽園のような星であったのに、知的生命体の文明の暴走で滅んでしまったものも数多い。
はたして知恵とは、生命自身を滅ぼす毒なのだろうか? だがなぜ完璧で美しいはずの自然から、絶えずに知恵ある生命が生み出され続けるのであろうか? それは恐らく、滅亡のリスクを背負ってでも得なければならないものがあることを、生命は進化の過程で理解しているからなのだろう。
もし、アダムとイブが知恵の実を食べなければ、人は永遠に楽園にいられた。しかし、もしも楽園になんらかの拍子に一匹の悪鬼でも忍び込んだら、知恵なき人間ではなにもできずに餌食にされ、楽園も奪われていた。しかし、楽園から追われた人間たちの子孫は知恵を使って、悪鬼の襲撃や過酷な自然の試練を乗り越えてきた。
そう、知恵とは力であり自立の象徴なのだ。知恵があるからこそ、人間は楽園とは程遠い外界で繁栄を手に出来た。
しかし、人の繁栄を快く思わない者もいる。この場合に例えるならば、そう、神だ。神は完璧なる世界を愛し、己の定めた禁忌を破った人間を追放した。神話の世界であれば神は絶対善であるからそれでよいが、今この現実の世界において神を僭称する者たちの善はいったい誰が保障するのだろうか? 本物の神であれば恐れる必要などない。だが、偽者は自分たちを守る嘘のヴェールが破られるのを恐れる。そして嘘をあばくものこそが、人の知恵だ。
その知恵を持つ者がトリステインにいる。既存の常識に囚われず、ハルケギニアの基準を大きく超える天才が。
物語はここで、今回の舞台となるべき場所へと転換する。
トリステイン王国の誇る巨湖、ラグドリアン。この湖からつながる大河を下ったところに、巨大な造船所を持つ工場街がある。そう、東方号の母港である。
かつてこの町でユニタング、バキシムが暴れた傷跡は、まだ郊外の破壊された倉庫街に生々しい。しかし、街そのものは現在なお活気を呈して、明日のトリステイン軍の主力艦を作るために動いていた。
溶鉱炉に炎と風を送るためのふいごの音が鳴り、巨大な鉄板を裁断するゲルマニア製の金属裁断機が轟音をあげて動く。たとえ空が闇に閉ざされたとしても、彼らは仕事を常と変わらずに進めている。決して無神経やあきらめというわけではなく、彼らは自分の仕事がトリステインにとってどれだけ重要な仕事なのかを自覚しているからだ。
「滑車回せーっ! ノタノタするなーっ! 怠けようなんて奴は、三度のパンとワインを与えてくれる女王陛下に申し訳ないと思え!」
威勢のいい掛け声が響き、工作機械が歯車の音をけたたましく鳴らして動き続ける。それを扱う人間にも、疲れの色はあっても不安はない。
自分のやるべきことを心得ている人間は少しのことでは動じない。世の中に異変が起きたなら、それに対処するべき役割の人間は別にちゃんといる。なら、自分たちはうろたえずに日々の仕事をこなせばいいと考える。ガリアでリュティスの人々がこの世の終わりだとパニックに陥っていたのとは対照的だが、それは国のトップであるジョゼフとアンリエッタへの信頼度の差がそのまま表れたものと言える。
そして、この街で今現在もっとも目立つものと言えば、もちろん帰還してきた東方号である。桟橋に係留してあるとはいえ、ハルケギニアのいかなる船はおろか建造物より巨大な鋼鉄の巨艦の威容は、それを見るすべての人に畏怖の念を抱かせずにはいられない。
東方号は今、以前の旅のなかばでメルバに襲われて負った損傷をほとんど癒して、再度の出撃がいつあってもいいように備えていた。
しかし、意外なことに東方号の親とも呼べるコルベールの姿は現在東方号にはなかった。コルベールがいたのは、東方号のつながれている桟橋からやや下ったところにある桟橋で、そこにある船に足を運んでいたのだ。
「いやあ、何度見てもすごい構造だ。こんな緻密な作りをした船はこれまでに見たこともない。まったく、サイトくんの故郷のものはどれもこれも興味深いなあ」
子供のようにはしゃいだ声でコルベールは、その船をいろんな角度から見たり、手で触ったりしていた。しかし、そんなコルベールを見て呆れたようにつぶやく少女の声があった。
「ミスタ・コルベール、好きなのはよろしいけど、よくもまあ毎日毎日おんなじことを繰り返して飽きないものですわね」
「ん? おお、これはミス・クルデンホルフ殿、いらしていたんですか。言っていただければ、研究資料を持ってこちらからお尋ねいたしましたのに」
「あなたのお話は始まれば終わらないではありませんの。このあいだだって、研究会で説明が長すぎてエーコたちが伸びてしまったのをもうお忘れかしら?」
どうしようもないな、というふうなあきらめを含んだ声が、金髪をツインテールにした小柄な少女の口からコルベールに向けられた。
ミス・クルデンホルフと呼ばれた彼女の名前はベアトリス。東方号のオーナーである大貴族クルデンホルフ家の一人娘であり、現在はコルベールの後ろ盾をしてくれている。
そう、あの東方号建造をめぐる戦いにおいて、大きな役割を果たしたあのベアトリスだ。彼女は今年度のトリステイン魔法学院入学を控えていたが、学院の長期休校が決まったことで、今でもこの街で東方号の面倒をコルベールと見ていたのだ。が、最近はコルベールの技術者バカぶりにやや振り回されぎみで、今日も東方号の工事の進捗状況を確認しに来たのだけれども東方号には不在だと聞いて、またか、といった感覚で仕方なくここまで足を運んで来ていたのだった。
「ほんとに、未来のクルデンホルフ大公国女王を引きずりまわすとは、いい度胸をしているわ。人の趣味にどうこう言うつもりはありませんけど、東方号のほうをおろそかにしてはいないでしょうね?」
「いやあ申し訳ないが、それはもちろん。修復率は九割以上で、普通に航行するぶんにはなんら問題はありません。ですが私としては、この際に東方号を強化改造したいと考えておりまして」
「そのために、この船を参考にしているとは何度も聞きましたわ。けど、実際この奇妙な船はいったいなんですの? あなたの報告書は専門用語が多すぎてわたしにはさっぱりよ」
ベアトリスはそう言って、自分の目の前にある奇妙な鉄の船を見渡した。
その船は、全長にして約百二十メイル強、東方号と比べれば小さいけれども、ハルケギニアの基準に照らしたらかなりの大型船だ。しかし、船体の形はハルケギニアのいかなる船とも似ておらず、全体が鉄でできた円筒形をしており、船上の構造物ものっぺりとしていて窓のひとつもなく、これがハルケギニアで作られたものではないことは明白であった。だが、船体上に大和型にもあるのと同じ二十五mm三連装機銃と、小型の単装砲があるおかげで軍艦だったということはわかる。
おわかりだろう、コルベールの熱意の対象となり、ベアトリスの困惑の対象となっているこの船は地球から来たものである。それは今から一月ほど前に、今でも続いているラグドリアン湖に沈んだバラックシップの残骸の調査の中で、これまで調査の手が及んでいなかった内部から発見されたものだった。
しかし、発見当初はこの船はほとんど原型を保っていたにも関わらずに研究者たちから無視された。形の奇妙さから敬遠されたというのもあるが、バラックシップを構成していた沈没船には多数の戦艦や空母が含まれていたために、申し訳程度に小さな大砲が載せられているだけのこの船に関心を払う者はいなかったのだ。
ところが、そこは好奇心の塊のようなコルベールである。ほうほうの体で帰還してきた東方号の修理に追われるさなかでも、わずかな時間のあいだに視察したラグドリアン湖の調査現場で、この船の特異性に気づいてすぐさま復元と回航を要請した。そして港まで運ばれたこの船を、時間を割いて独自に調べていくうちに驚くべきことを突き止めたのである。
「ミス・クルデンホルフ、この船は信じられないことに、水の中に潜るために作られた船なのです。この船体の内側に水を溜め込むタンクがあり、そこに水を飲み込むと沈んで、吐き出すと浮き上がる仕組みになっているのです。これはなんとも大変な発明ですぞ!」
「水に潜る船……? なるほど、どこを見渡しても窓のひとつもないのはそのせいなのね。けどミスタ・コルベール、水に潜る仕組みがわかったから今はどうだって言いますの? まさか東方号を水に沈めるなんて言いませんわよね?」
「はは、いやあ手厳しい。さすがにそこまでする余裕はありませんよ。ですが、この船は水に潜るために頑強な船殻をしていますので、参考にする部分は多々あります。東方号は船そのものは強靭無比ですけれども、損傷を受けるたびに人員には被害が出ています。私としては、戦いで傷つくものが出るのは仕方ないにしても、それを可能な限りに少なくする努力を怠りたくはないのです」
熱意に始まって、最後は優しさを含んだ穏やかな声色で言葉を結んだコルベールに、ベアトリスは改めて奇異の視線を向けた。ハルケギニアが広しといえどもコルベールのような男はめったにいない。単なる学者バカ、技術者バカというだけならば探せばすぐ見つかるが、ここまで人命を最優先に置いた考え方をする者はコルベールくらいだろう。
だが、それを悪いとは思わない。
「ミスタ・コルベールは、戦って勝つことには固執していられないようですね。そんな気持ちで兵器を作る人を、わたしはミスタ以外に知りません」
「ほめられたと思っておきましょう。これは私の持論なのですが、なにも奪われないだけの力があれば、戦いとは無理に勝つ必要はないのですよ。戦争に勝っても、大切なものを無くしてしまっては意味がない。人は、誰かから奪う喜びはすぐに冷めてしまいますが、誰かから奪われた悲しみはずっと残るものなのです」
「奪われる悲しみ、ですか……ですが、ミスタもロマリアからの発表をお聞きになられたでしょう。ロマリアへと向かった、ミス・ヴァリエールをはじめとした先輩方は……それに、聖戦が」
ベアトリスにも、先日ロマリアから発せられたとてつもない凶報は届いていた。しかしコルベールは落ち着いた様子で、力強い言葉でベアトリスに言った。
「なあに、私の教え子たちはそんなやわではありませんよ。どんなことがあろうと、必ず帰ってきます。私はそのときのために、あらゆる準備をしておくだけです。それに、聖戦なんてバカな真似に女王陛下が同意なさるはずはありません。聖戦などと銘打っても、奪い取るために攻め入る戦いなど、皆に不幸を撒き散らすだけなのですから」
「聖戦について、クルデンホルフは王政府の意向に従うむねを示しているわ。けど、もし聖戦が発動したらクルデンホルフの領地もきっと荒れていくでしょうね……ミスタの言うこと、わたしにも今ならわかる気がします。わたしも以前、他人から大切なものを奪おうとする過ちを犯して、それから大切なものを奪われる悲しみを知りましたから」
ベアトリスは少し遠くを見るような眼差しをして、さして遠くない思い出にわずかに心を浸らせた。
彼女はわずか一年前、なにも知らない高慢で残酷なお嬢様だったが、今は態度に高慢さはあっても冷酷さは影を潜め、若さと幼さの中に落ち着きが生まれつつある。そのおかげで現在ベアトリスのことを、知らなくて恐れる者はいても知っていて恐れる者はいない。それは彼女も、ほかの多くの人間たちと同じように、成長するうえで大切なものを経験してきたからだ。すなわち失敗と、そして苦難を。
コルベールはそんなベアトリスを、技術者の視線から一転して親愛の情を含んだ目で見つめて言った。
「ミス・クルデンホルフとは付き合いを始めてからざっと半年になりますが、大人になられましたな。少し前のあなたとはまるで別人のようですよ」
「んっ! し、仕事をサボってたのをごまかそうとしたってそうはいかないわよ。わたしはクルデンホルフ大公国の後継者にして、現在のあなたの上司なの! あなたごとき下級貴族に値踏みされるほど落ちぶれてはいないわ」
まるで子供が頭をなでられるようにして褒められたので、ベアトリスは照れくささをごまかすように虚勢をはってみせた。しかし、前よりは大人になったとはいえ、本物の大人にはまだまだ通じず、コルベールはにこやかに笑い返した。
「いえいえ、ミス・クルデンホルフもいずれ魔法学院に入学すれば私の教え子になるのです。教師が生徒を観察して評価するのはしごく当然のことです。早く学院が再開して、あなたの……というよりあなた方の入学がとても楽しみです。今日は、いつものご友人のお三方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、エーコたちなら今日は休暇を出してるわ。たぶん、姉妹の皆さんと会ってるんでしょう。今は、あの子たちの姉さんたちもこの街でそれぞれ働いてるから……」
ベアトリスは、あっさりと威圧を受け流されたことに屈辱感を覚えながらも、今むきになってもコルベールにはかなわないと思い直して我慢して答えた。
今、ベアトリスのまわりにはエーコ、ビーコ、シーコの取り巻き三人組の姿はない。言ったとおり、この日は休暇をもらって出かけていた。以前のユニタングの事件で救われた彼女たちの七人の姉たちも、今ではベアトリスに職を斡旋してもらって、それぞれの得意分野で仕事についている。
が、そのことをコルベールに話したベアトリスだったが、実は今ひとつ心配事があった。そのことが表情に出てしまったのであろう、コルベールが気遣うように問いかけてきた。
「なにか、気にかかっていることがおありですかな?」
「むっ、なんでもないわ。わたしの問題くらい、わたしで処理するんだから」
「と、いうことは問題がおありなんですな?」
しまった……と、ベアトリスは思ったがもう遅い。『よければ相談に乗りますよ』と言ってくるようなコルベールの視線がなんともうらめしい。ついでにきらりと光っている頭頂部が腹が立つ。
しかし、実のところ自分ひとりでは持て余している問題だったので、ため息をつくとベアトリスはコルベールに悩みを告白した。
「実は、エーコたちが最近わたしに隠れて特訓をしてるようなのよ」
「特訓、ですか?」
「そう、たまに抜け出してね。あの子たちが話してるのを偶然聞いたんだけど、「姫殿下のお役に立てるように、わたしたちももっと頑張りましょう!」とか言って」
「いいことではないですか、主君のために、いや友情のために努力をしようとしているのは美しいもの。それがどうして問題なのです?」
コルベールは首を傾げた。水精霊騎士隊だって日々訓練しているのだから、彼女たちが自己を鍛えても、喜びはしても頭を抱えるようなものではないはずだ。
だが、ベアトリスは周りを見渡して、自分たち以外に誰もいないことを確認した上で、コルベールの耳元に口を寄せてひそひそとささやいた。
「普通に鍛錬するんだったらうれしいわよ。でもね……」
「うわあ、それはまたなんとも……」
話を聞かされたコルベールも、すぐには返すべき言葉が見当たらずに、頬の筋肉が奇妙な形に歪むのをこらえることができなかった。
とはいえ、当事者であるベアトリスのほうが当然ながら深刻だ。小柄な体から倦怠感を漂わせ、愚痴をこぼすように言う。
「せっかくやる気を出してくれてるのに、うかつにやめろとも言えないし、かといってこのままほって置いたら取り返しのつかないことになりそうだし、どうすればいいのか」
「ミス・クルデンホルフなら、彼女たちにふさわしい教官をつけてあげることができるのではないですか?」
「あの子たちはあれでも誇り高いのよ。どこの誰とも知れない人間に教えを乞おうとはしないでしょうし、わたしが手を回したと知ればなおのことむきになるでしょう。まったく、誰に似たんだか」
主君が臣下に与える影響を完全に度外視してベアトリスはため息をついた。こういう意味ではベアトリスも大物の素質が備わっていると言えるのかもしれない、自分が良識と常識の友人だと信じきっているのだ。
残念ながら、コルベールにはベアトリスに対する有益な助言はできそうもなかった。むしろこの問題には、ギーシュや才人など、この場にいない悪童たちのほうが適任であったろうが、前者はまだ数百リーグのかなた、後者は数百万光年よりも遠くにいた。
「忠誠心が厚いというのも難しいですな。ですが、彼女たちの忠誠心が後のミス・クルデンホルフにとってかけがえのない財産となるでしょう。どうか、短気を起こさないように」
「わかっているわよ。あの子たちは、わたしの墓の隣に墓を建てるまで仕えてもらうつもりなんだから。ところで、話が逸れたけど、東方号の修復は九割完了したと言ったわね。つまり、残りの一割は改造に費やすということでしょ? 具体的なプランを、両日中に出してもらいましょうか」
「ええ、腹案はすでにまとめてあります。難しいですが、この船をモデルにすれば不可能ではないはずです。あなたをあっと驚かせてみせますよ」
不敵に笑ったコルベールに、ベアトリスも釣られるようにして笑いを浮かべた。
「たいした自信ね。ミスタ・コルベール、あなたはわたしに敬語を使いことすれ、下級貴族らしくへりくだることもなく、予算を求めて世辞を使うこともしない。でも、そうされるのがなぜか気持ちいいと思ってるわたしがいる。期待してるわよ」
「力を尽くしましょう。この船は、水に潜る複雑な仕組みを持ちながら、さらに『ひこうき』を中に格納する機能まで持っています。これを応用した設備を東方号に取り付ければ、サイトくんが帰ってきたときにきっと喜んでくれる。実を言うと、もっと強烈な案もあるのですが、それはさすがに次にまわしたいと思います」
「へえ、おもしろいじゃない。ミスタ・コルベール、この船があなたにとっての宝船だというなら、銀貨の一枚も残さないくらい宝を抜き取りなさい。わたしは欲深い人は好きよ」
「宝船ですか、わたしにとっては異世界からやってくるものすべてが始祖からの素晴らしい贈り物に思えます。人は知恵を育て続けることで、空の果てへも、海の底へでも行くことができる。この船は私にそう教えてくれているような気がするのです」
コルベールはそうつぶやき、自分たちが立っている異世界の船の艦橋を見上げた。
そこには、鉄色の船体に白い塗料を使い、日本語で『イ-403』と書かれていた。
潜水艦伊号403、それがこの船の本来の名前である。旧日本海軍の潜水艦伊号400型の四番艦で、全長百二十二メートル、基準排水量三千五百三十トン。第二次大戦当時、世界最大の潜水艦で、さらに水上攻撃機晴嵐を三機搭載する能力を有することから潜水空母とも呼ばれる。大和やゼロ戦と同じく、日本海軍が誇る一大決戦兵器である。コルベールはこの巨大潜水艦を参考にして、東方号を来るべき戦いに耐えられるような強化改造を施そうと考えていたのだ。
しかしコルベールはまだ知らない。その程度の改造では足りないくらいに大きな力を必要とする事態が、すぐそこにまでやってきていることに。
東方号が新たな旅立ちの時を必要とされる日は近い。そのときに、東方号が必要な力を発揮できなかったとしたら、それはそのまま世界の滅亡に繋がってしまうかもしれない。果たして、コルベールに腹案はあるのだろうか。
そしてベアトリスも、エーコたちのひそかな企みが、自分の将来を大きく揺るがす決断に繋がってくるとは、このとき夢にも思ってはいなかった。
潜水艦、伊号403はなにも語らずにじっとその巨体を浮かべ続けている。それを浮かべるラグドリアンの水はきれいだが、その水底の奥には数多くの謎を孕み、人間たちに試練を与えるのを楽しんでいるかのようにたゆとっていた。
トリステイン王国の誇る巨湖、ラグドリアン。この湖からつながる大河を下ったところに、巨大な造船所を持つ工場街がある。そう、東方号の母港である。
かつてこの町でユニタング、バキシムが暴れた傷跡は、まだ郊外の破壊された倉庫街に生々しい。しかし、街そのものは現在なお活気を呈して、明日のトリステイン軍の主力艦を作るために動いていた。
溶鉱炉に炎と風を送るためのふいごの音が鳴り、巨大な鉄板を裁断するゲルマニア製の金属裁断機が轟音をあげて動く。たとえ空が闇に閉ざされたとしても、彼らは仕事を常と変わらずに進めている。決して無神経やあきらめというわけではなく、彼らは自分の仕事がトリステインにとってどれだけ重要な仕事なのかを自覚しているからだ。
「滑車回せーっ! ノタノタするなーっ! 怠けようなんて奴は、三度のパンとワインを与えてくれる女王陛下に申し訳ないと思え!」
威勢のいい掛け声が響き、工作機械が歯車の音をけたたましく鳴らして動き続ける。それを扱う人間にも、疲れの色はあっても不安はない。
自分のやるべきことを心得ている人間は少しのことでは動じない。世の中に異変が起きたなら、それに対処するべき役割の人間は別にちゃんといる。なら、自分たちはうろたえずに日々の仕事をこなせばいいと考える。ガリアでリュティスの人々がこの世の終わりだとパニックに陥っていたのとは対照的だが、それは国のトップであるジョゼフとアンリエッタへの信頼度の差がそのまま表れたものと言える。
そして、この街で今現在もっとも目立つものと言えば、もちろん帰還してきた東方号である。桟橋に係留してあるとはいえ、ハルケギニアのいかなる船はおろか建造物より巨大な鋼鉄の巨艦の威容は、それを見るすべての人に畏怖の念を抱かせずにはいられない。
東方号は今、以前の旅のなかばでメルバに襲われて負った損傷をほとんど癒して、再度の出撃がいつあってもいいように備えていた。
しかし、意外なことに東方号の親とも呼べるコルベールの姿は現在東方号にはなかった。コルベールがいたのは、東方号のつながれている桟橋からやや下ったところにある桟橋で、そこにある船に足を運んでいたのだ。
「いやあ、何度見てもすごい構造だ。こんな緻密な作りをした船はこれまでに見たこともない。まったく、サイトくんの故郷のものはどれもこれも興味深いなあ」
子供のようにはしゃいだ声でコルベールは、その船をいろんな角度から見たり、手で触ったりしていた。しかし、そんなコルベールを見て呆れたようにつぶやく少女の声があった。
「ミスタ・コルベール、好きなのはよろしいけど、よくもまあ毎日毎日おんなじことを繰り返して飽きないものですわね」
「ん? おお、これはミス・クルデンホルフ殿、いらしていたんですか。言っていただければ、研究資料を持ってこちらからお尋ねいたしましたのに」
「あなたのお話は始まれば終わらないではありませんの。このあいだだって、研究会で説明が長すぎてエーコたちが伸びてしまったのをもうお忘れかしら?」
どうしようもないな、というふうなあきらめを含んだ声が、金髪をツインテールにした小柄な少女の口からコルベールに向けられた。
ミス・クルデンホルフと呼ばれた彼女の名前はベアトリス。東方号のオーナーである大貴族クルデンホルフ家の一人娘であり、現在はコルベールの後ろ盾をしてくれている。
そう、あの東方号建造をめぐる戦いにおいて、大きな役割を果たしたあのベアトリスだ。彼女は今年度のトリステイン魔法学院入学を控えていたが、学院の長期休校が決まったことで、今でもこの街で東方号の面倒をコルベールと見ていたのだ。が、最近はコルベールの技術者バカぶりにやや振り回されぎみで、今日も東方号の工事の進捗状況を確認しに来たのだけれども東方号には不在だと聞いて、またか、といった感覚で仕方なくここまで足を運んで来ていたのだった。
「ほんとに、未来のクルデンホルフ大公国女王を引きずりまわすとは、いい度胸をしているわ。人の趣味にどうこう言うつもりはありませんけど、東方号のほうをおろそかにしてはいないでしょうね?」
「いやあ申し訳ないが、それはもちろん。修復率は九割以上で、普通に航行するぶんにはなんら問題はありません。ですが私としては、この際に東方号を強化改造したいと考えておりまして」
「そのために、この船を参考にしているとは何度も聞きましたわ。けど、実際この奇妙な船はいったいなんですの? あなたの報告書は専門用語が多すぎてわたしにはさっぱりよ」
ベアトリスはそう言って、自分の目の前にある奇妙な鉄の船を見渡した。
その船は、全長にして約百二十メイル強、東方号と比べれば小さいけれども、ハルケギニアの基準に照らしたらかなりの大型船だ。しかし、船体の形はハルケギニアのいかなる船とも似ておらず、全体が鉄でできた円筒形をしており、船上の構造物ものっぺりとしていて窓のひとつもなく、これがハルケギニアで作られたものではないことは明白であった。だが、船体上に大和型にもあるのと同じ二十五mm三連装機銃と、小型の単装砲があるおかげで軍艦だったということはわかる。
おわかりだろう、コルベールの熱意の対象となり、ベアトリスの困惑の対象となっているこの船は地球から来たものである。それは今から一月ほど前に、今でも続いているラグドリアン湖に沈んだバラックシップの残骸の調査の中で、これまで調査の手が及んでいなかった内部から発見されたものだった。
しかし、発見当初はこの船はほとんど原型を保っていたにも関わらずに研究者たちから無視された。形の奇妙さから敬遠されたというのもあるが、バラックシップを構成していた沈没船には多数の戦艦や空母が含まれていたために、申し訳程度に小さな大砲が載せられているだけのこの船に関心を払う者はいなかったのだ。
ところが、そこは好奇心の塊のようなコルベールである。ほうほうの体で帰還してきた東方号の修理に追われるさなかでも、わずかな時間のあいだに視察したラグドリアン湖の調査現場で、この船の特異性に気づいてすぐさま復元と回航を要請した。そして港まで運ばれたこの船を、時間を割いて独自に調べていくうちに驚くべきことを突き止めたのである。
「ミス・クルデンホルフ、この船は信じられないことに、水の中に潜るために作られた船なのです。この船体の内側に水を溜め込むタンクがあり、そこに水を飲み込むと沈んで、吐き出すと浮き上がる仕組みになっているのです。これはなんとも大変な発明ですぞ!」
「水に潜る船……? なるほど、どこを見渡しても窓のひとつもないのはそのせいなのね。けどミスタ・コルベール、水に潜る仕組みがわかったから今はどうだって言いますの? まさか東方号を水に沈めるなんて言いませんわよね?」
「はは、いやあ手厳しい。さすがにそこまでする余裕はありませんよ。ですが、この船は水に潜るために頑強な船殻をしていますので、参考にする部分は多々あります。東方号は船そのものは強靭無比ですけれども、損傷を受けるたびに人員には被害が出ています。私としては、戦いで傷つくものが出るのは仕方ないにしても、それを可能な限りに少なくする努力を怠りたくはないのです」
熱意に始まって、最後は優しさを含んだ穏やかな声色で言葉を結んだコルベールに、ベアトリスは改めて奇異の視線を向けた。ハルケギニアが広しといえどもコルベールのような男はめったにいない。単なる学者バカ、技術者バカというだけならば探せばすぐ見つかるが、ここまで人命を最優先に置いた考え方をする者はコルベールくらいだろう。
だが、それを悪いとは思わない。
「ミスタ・コルベールは、戦って勝つことには固執していられないようですね。そんな気持ちで兵器を作る人を、わたしはミスタ以外に知りません」
「ほめられたと思っておきましょう。これは私の持論なのですが、なにも奪われないだけの力があれば、戦いとは無理に勝つ必要はないのですよ。戦争に勝っても、大切なものを無くしてしまっては意味がない。人は、誰かから奪う喜びはすぐに冷めてしまいますが、誰かから奪われた悲しみはずっと残るものなのです」
「奪われる悲しみ、ですか……ですが、ミスタもロマリアからの発表をお聞きになられたでしょう。ロマリアへと向かった、ミス・ヴァリエールをはじめとした先輩方は……それに、聖戦が」
ベアトリスにも、先日ロマリアから発せられたとてつもない凶報は届いていた。しかしコルベールは落ち着いた様子で、力強い言葉でベアトリスに言った。
「なあに、私の教え子たちはそんなやわではありませんよ。どんなことがあろうと、必ず帰ってきます。私はそのときのために、あらゆる準備をしておくだけです。それに、聖戦なんてバカな真似に女王陛下が同意なさるはずはありません。聖戦などと銘打っても、奪い取るために攻め入る戦いなど、皆に不幸を撒き散らすだけなのですから」
「聖戦について、クルデンホルフは王政府の意向に従うむねを示しているわ。けど、もし聖戦が発動したらクルデンホルフの領地もきっと荒れていくでしょうね……ミスタの言うこと、わたしにも今ならわかる気がします。わたしも以前、他人から大切なものを奪おうとする過ちを犯して、それから大切なものを奪われる悲しみを知りましたから」
ベアトリスは少し遠くを見るような眼差しをして、さして遠くない思い出にわずかに心を浸らせた。
彼女はわずか一年前、なにも知らない高慢で残酷なお嬢様だったが、今は態度に高慢さはあっても冷酷さは影を潜め、若さと幼さの中に落ち着きが生まれつつある。そのおかげで現在ベアトリスのことを、知らなくて恐れる者はいても知っていて恐れる者はいない。それは彼女も、ほかの多くの人間たちと同じように、成長するうえで大切なものを経験してきたからだ。すなわち失敗と、そして苦難を。
コルベールはそんなベアトリスを、技術者の視線から一転して親愛の情を含んだ目で見つめて言った。
「ミス・クルデンホルフとは付き合いを始めてからざっと半年になりますが、大人になられましたな。少し前のあなたとはまるで別人のようですよ」
「んっ! し、仕事をサボってたのをごまかそうとしたってそうはいかないわよ。わたしはクルデンホルフ大公国の後継者にして、現在のあなたの上司なの! あなたごとき下級貴族に値踏みされるほど落ちぶれてはいないわ」
まるで子供が頭をなでられるようにして褒められたので、ベアトリスは照れくささをごまかすように虚勢をはってみせた。しかし、前よりは大人になったとはいえ、本物の大人にはまだまだ通じず、コルベールはにこやかに笑い返した。
「いえいえ、ミス・クルデンホルフもいずれ魔法学院に入学すれば私の教え子になるのです。教師が生徒を観察して評価するのはしごく当然のことです。早く学院が再開して、あなたの……というよりあなた方の入学がとても楽しみです。今日は、いつものご友人のお三方はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、エーコたちなら今日は休暇を出してるわ。たぶん、姉妹の皆さんと会ってるんでしょう。今は、あの子たちの姉さんたちもこの街でそれぞれ働いてるから……」
ベアトリスは、あっさりと威圧を受け流されたことに屈辱感を覚えながらも、今むきになってもコルベールにはかなわないと思い直して我慢して答えた。
今、ベアトリスのまわりにはエーコ、ビーコ、シーコの取り巻き三人組の姿はない。言ったとおり、この日は休暇をもらって出かけていた。以前のユニタングの事件で救われた彼女たちの七人の姉たちも、今ではベアトリスに職を斡旋してもらって、それぞれの得意分野で仕事についている。
が、そのことをコルベールに話したベアトリスだったが、実は今ひとつ心配事があった。そのことが表情に出てしまったのであろう、コルベールが気遣うように問いかけてきた。
「なにか、気にかかっていることがおありですかな?」
「むっ、なんでもないわ。わたしの問題くらい、わたしで処理するんだから」
「と、いうことは問題がおありなんですな?」
しまった……と、ベアトリスは思ったがもう遅い。『よければ相談に乗りますよ』と言ってくるようなコルベールの視線がなんともうらめしい。ついでにきらりと光っている頭頂部が腹が立つ。
しかし、実のところ自分ひとりでは持て余している問題だったので、ため息をつくとベアトリスはコルベールに悩みを告白した。
「実は、エーコたちが最近わたしに隠れて特訓をしてるようなのよ」
「特訓、ですか?」
「そう、たまに抜け出してね。あの子たちが話してるのを偶然聞いたんだけど、「姫殿下のお役に立てるように、わたしたちももっと頑張りましょう!」とか言って」
「いいことではないですか、主君のために、いや友情のために努力をしようとしているのは美しいもの。それがどうして問題なのです?」
コルベールは首を傾げた。水精霊騎士隊だって日々訓練しているのだから、彼女たちが自己を鍛えても、喜びはしても頭を抱えるようなものではないはずだ。
だが、ベアトリスは周りを見渡して、自分たち以外に誰もいないことを確認した上で、コルベールの耳元に口を寄せてひそひそとささやいた。
「普通に鍛錬するんだったらうれしいわよ。でもね……」
「うわあ、それはまたなんとも……」
話を聞かされたコルベールも、すぐには返すべき言葉が見当たらずに、頬の筋肉が奇妙な形に歪むのをこらえることができなかった。
とはいえ、当事者であるベアトリスのほうが当然ながら深刻だ。小柄な体から倦怠感を漂わせ、愚痴をこぼすように言う。
「せっかくやる気を出してくれてるのに、うかつにやめろとも言えないし、かといってこのままほって置いたら取り返しのつかないことになりそうだし、どうすればいいのか」
「ミス・クルデンホルフなら、彼女たちにふさわしい教官をつけてあげることができるのではないですか?」
「あの子たちはあれでも誇り高いのよ。どこの誰とも知れない人間に教えを乞おうとはしないでしょうし、わたしが手を回したと知ればなおのことむきになるでしょう。まったく、誰に似たんだか」
主君が臣下に与える影響を完全に度外視してベアトリスはため息をついた。こういう意味ではベアトリスも大物の素質が備わっていると言えるのかもしれない、自分が良識と常識の友人だと信じきっているのだ。
残念ながら、コルベールにはベアトリスに対する有益な助言はできそうもなかった。むしろこの問題には、ギーシュや才人など、この場にいない悪童たちのほうが適任であったろうが、前者はまだ数百リーグのかなた、後者は数百万光年よりも遠くにいた。
「忠誠心が厚いというのも難しいですな。ですが、彼女たちの忠誠心が後のミス・クルデンホルフにとってかけがえのない財産となるでしょう。どうか、短気を起こさないように」
「わかっているわよ。あの子たちは、わたしの墓の隣に墓を建てるまで仕えてもらうつもりなんだから。ところで、話が逸れたけど、東方号の修復は九割完了したと言ったわね。つまり、残りの一割は改造に費やすということでしょ? 具体的なプランを、両日中に出してもらいましょうか」
「ええ、腹案はすでにまとめてあります。難しいですが、この船をモデルにすれば不可能ではないはずです。あなたをあっと驚かせてみせますよ」
不敵に笑ったコルベールに、ベアトリスも釣られるようにして笑いを浮かべた。
「たいした自信ね。ミスタ・コルベール、あなたはわたしに敬語を使いことすれ、下級貴族らしくへりくだることもなく、予算を求めて世辞を使うこともしない。でも、そうされるのがなぜか気持ちいいと思ってるわたしがいる。期待してるわよ」
「力を尽くしましょう。この船は、水に潜る複雑な仕組みを持ちながら、さらに『ひこうき』を中に格納する機能まで持っています。これを応用した設備を東方号に取り付ければ、サイトくんが帰ってきたときにきっと喜んでくれる。実を言うと、もっと強烈な案もあるのですが、それはさすがに次にまわしたいと思います」
「へえ、おもしろいじゃない。ミスタ・コルベール、この船があなたにとっての宝船だというなら、銀貨の一枚も残さないくらい宝を抜き取りなさい。わたしは欲深い人は好きよ」
「宝船ですか、わたしにとっては異世界からやってくるものすべてが始祖からの素晴らしい贈り物に思えます。人は知恵を育て続けることで、空の果てへも、海の底へでも行くことができる。この船は私にそう教えてくれているような気がするのです」
コルベールはそうつぶやき、自分たちが立っている異世界の船の艦橋を見上げた。
そこには、鉄色の船体に白い塗料を使い、日本語で『イ-403』と書かれていた。
潜水艦伊号403、それがこの船の本来の名前である。旧日本海軍の潜水艦伊号400型の四番艦で、全長百二十二メートル、基準排水量三千五百三十トン。第二次大戦当時、世界最大の潜水艦で、さらに水上攻撃機晴嵐を三機搭載する能力を有することから潜水空母とも呼ばれる。大和やゼロ戦と同じく、日本海軍が誇る一大決戦兵器である。コルベールはこの巨大潜水艦を参考にして、東方号を来るべき戦いに耐えられるような強化改造を施そうと考えていたのだ。
しかしコルベールはまだ知らない。その程度の改造では足りないくらいに大きな力を必要とする事態が、すぐそこにまでやってきていることに。
東方号が新たな旅立ちの時を必要とされる日は近い。そのときに、東方号が必要な力を発揮できなかったとしたら、それはそのまま世界の滅亡に繋がってしまうかもしれない。果たして、コルベールに腹案はあるのだろうか。
そしてベアトリスも、エーコたちのひそかな企みが、自分の将来を大きく揺るがす決断に繋がってくるとは、このとき夢にも思ってはいなかった。
潜水艦、伊号403はなにも語らずにじっとその巨体を浮かべ続けている。それを浮かべるラグドリアンの水はきれいだが、その水底の奥には数多くの謎を孕み、人間たちに試練を与えるのを楽しんでいるかのようにたゆとっていた。
後半部へ続く