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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-59


サキュバスのリスディスが放った《示唆(サジェスチョン)》の魔力がタバサを襲い、その考えを捻じ曲げようとする。

「――ぅ……?」

タバサの目が途端に虚ろになり、宙を泳いだ。

「ふふ……」

さあ、これで今度こそ、こいつの唇を奪うことができるのだ。

(メス犬の分際で上品ぶって、散々に焦らせやがって……!)

まずはその若々しい精気を乾涸びる寸前まで、存分に吸い上げてやろう。
それから連れの2人も籠絡して、互いに背信と背徳の限りを尽くさせ、その魂を奈落に堕としてやるのだ。

リスディスは心の中で舌なめずりをしながら、そんな算段を立て始めた。
だが、次の瞬間。

「――――嫌。絶対に嫌!」

タバサの目に元の輝きが戻り、きっぱりと要求を拒絶した。
同時に目の前の女性が自分に対して何らかの魔力を使ったことを悟り、飛び退くようにして席を立つ。

彼女はその強固な意思力で、《示唆》の影響を寸前ではねのけたのだ。

「な……!?」

リスディスは、驚愕に思わず声を漏らして、席から立ち上がった。

まさか、こんな卑しい小娘などに、自分の術が破られるとは。
《思考の感知(ディテクト・ソウツ)》によって思考は容易く読めたというのに……。
それほどまでに、唇を奪われることには抵抗があったということか?

ああ、自分はなんという軽率なことをしたのだろう!

呪文や疑似呪文能力は、抵抗に成功した者には何らかの術を掛けられたことがわかるものだ。
しかも相手に呼びかけねばならない《示唆》は、万が一抵抗されれば術の出所が自分だということまで明確に悟られてしまう。
そんなことは、十分に心得ていたはずなのに。
折角これまで我慢に我慢を重ねて積み重ねてきたものを、一時の衝動で台無しにしてしまうとは……。

リスディスの顔が、怒りと後悔とで歪む。
しかし、周囲の観客たちがまだまったく事情を把握してはいないことに気が付くと、いくらか冷静さを取り戻した。

(……いいや、まだ取り返しはつくさ……!)

冷静に考えればこいつは今、杖も持っていない無力なガキなのだ。

所詮この小娘は、一度かろうじて自分の術に打ち勝っただけに過ぎない。
こいつが逃げる前に《怪物魅惑(チャーム・モンスター)》の術を使って心を捕らえ、捕獲して屈服させれば済むことだ。

たとえ再び耐えたとしても、その抵抗が崩れるまで、何度でも術をかけ続けてやる。
この場で騒いだところで何がどうなるわけでもあるまい、周りのおろかな観客どもは大方こっちの味方なのだから。


リスディスはそう考えて、タバサに対して魅了の“力”を呼び起こそうとした。
しかし、そこへ。

「――この化け物がッ!
 お嬢様に、それ以上狼藉を働くな!」

脇の方から、怒気を孕んだ鋭い声とともに、2本のナイフが飛来した。
ナイフは狙い過たず、リスディスに襲いかかる。

「なっ!?」

リスディスはとっさに腕で1本のナイフを叩き落したが、もう一本のナイフが剥き出しの脇腹に当たった。
突然の狼藉に、観客たちの悲鳴が上がる。

だが、じきに観客の1人が、妙なことに気が付いた。

「……な、なんだ?
 あ、あの女、血が出ていないぞ?」

「え? ……そ、そういえば、確かに……」

高速で飛んできたナイフを払い落とした華奢な腕にも、確かにナイフが直撃したはずの艶やかな肌にも……。
リスディスの体には、出血はおろか、かすり傷ひとつついてはいなかったのである。

(し、しまった!)

自分の正体がただの人間ではないと明かしてしまいかねない失態に気がついたが、もはや後の祭りだ。

(畜生……!)

一体どこのどいつが、こんな真似をしやがったんだ。
リスディスは怒りに顔を歪めて、ナイフの飛来した方を振り返った。

「……え?」

そこには、鋭い目つきをした厳しい表情の若い男……給仕のトマが立っていた。

つい今しがた、奥への扉から出て来たらしい。
タバサとの勝負に気を取られていて、気が付いていなかったのだ。

(ばっ、馬鹿な、なんでこいつが!?)

リスディスは、驚きに目を見開いた。

あの男は、確かに自分の術の虜になっていたはずだ。
それがどうして、私を攻撃することができる?

自然に術が解けるには早すぎる、最後に術を掛けたのは、確か……。

「お姉様、これを!」

そうこう考えているうちに、また別の場所で声が上がった。
はっとして、声の方を振り返る。

そこにはいつの間にか、シルフィードが姿を現していた。

しかもどうやったのか、受付に預けていたはずのタバサの杖を持ってきたらしい。
自分の方に向かって放られたそれを、タバサは素早くキャッチして身構えた。

「ぐ……!」

おのれ、どいつもこいつも。
リスディスは美しい顔を無残に歪めて、ぎりぎりと歯軋りをした。

だが、明らかに状況が不利になってきたことは、認めざるを得なかった。

自分は戦いが得手ではない、さすがに脆弱な人間ごときにはそうそう後れを取るつもりはないが……。
とはいえ、3人を相手にして勝てるかどうかは少々心もとない。
それに、たとえ勝てたところでその様子をここにいる観客どもに見られては、自分の正体が人間ではないことが露見してしまう。

残念だがこうなった以上は、もはや事態を収拾するのは困難であろう。
このカジノはもう、放棄するしかない。

リスディスは煮え滾る怒りを押し殺してそう心に決めると、すぐにこの場から逃げるための算段を立てはじめた。

サキュバスである彼女は、念じるだけで《上級瞬間移動(グレーター・テレポート)》の疑似呪文能力を使えるのである。
幾十人に囲まれていようとまるで問題にもならない、造作もなく逃走できる。

先に奥の間の方へ行って、持ち出すべき物を急いで回収してからどこか遠くへ逃げ出そう。
ついでに口封じのためにも、憂さ晴らしの意味でも、奥の間に待機させている傀儡どもを残らず処分してやる。
いずれ必ずやどこかで再起して、今日の復讐をしてみせる。
その時には、こいつらにも自分が味わった万倍の屈辱を味わわせてくれよう。

素早く考えをまとめたリスディスは、早速瞬間移動の“力”を呼び起こそうとする。
だが、そうは問屋が卸さなかった。

「《ビルズリクァス・トレスクリー 》!」

突然、呪文を紡ぐ声と共にどこからか放たれた緑色の光線が、リスディスの体に命中したのだ。

邪悪な女性は、一瞬にして全身を煌めくエメラルド色の場に包まれる。
彼女が呼び起こそうとした《上級瞬間移動》の魔力はその場に阻まれて、効果を表すことなく消散した。

(な……!?)

これは、次元間の移動を阻む秘術呪文ではないか。
なぜ、このような高度な呪文を使える者が、こんな世界のこんな場所などにいるのだ?

リスディスはひどく狼狽しながら、光線の飛来した方に目を向けた。

「……遅くなって本当にゴメンなの、タバサ。
 やいこら、タバサにこんなことをするなんて、ディーキンはあんたが気にいらないの!」

そこには、使用済みのスクロールを手近な机の上に放り捨てたディーキンが、腰に手を当ててぷんすかしていた。

(あ、あんな小さなガキが……?)

リスディスはようやく、自分の方がいつの間にか絡め取られて、追い詰められていたことを悟った。
屈辱のあまり、腸が煮えくり返る。

だが、まだ諦めはしない。

「……こ、これはどういうことですの!?
 いかに私のような端女に対してとはいえ、このような狼藉を!」

怯えて引き攣った顔を装って、助けを求めるように近くの観客に縋り付こうとする。

ここは何とか観客どもを味方につけて、とにかくこの場から逃れるのだ。
最悪こいつらを盾に使ってでも、連中の攻撃を凌げれば……。

だがそこで、すかさずトマが警告の叫びを発した。

「騙されてはいけません、その女の正体はおぞましい怪物なのだ!
 皆様もご覧になったでしょう、私のナイフを受けても血の一滴さえ流さなかったのを!」

観客たちはその言葉に、互いに戸惑ったように顔を見合わせた。
縋りつかれそうになっていた客は、慌てて後ずさって、リスディスから離れる。

(……っ! この、裏切り者のクソ野郎が!)

リスディスは現在、既に深く自分の虜になっている者たちを、奥の間の方に移動させてしまっていた。
それはこの後“新しい玩具”を3人加え次第、さっそく退廃的な宴を催そうというつもりだったからだが、それが仇となった。
彼らがいれば、テレパシーで自分の盾になるよう指示して、なんとかこの場を切り抜けられたかもしれないというのに。

彼女は、憎々しげにトマを睨んだ。
そして、他人に聞かれぬよう、口には出さずにテレパシーで彼に言葉を送り、恫喝しようとする。

『てめえ、トマ! 恩人のギルモアがどうなってもいいってのか!?』

それに対して、トマは憎悪のこもった険しい視線で彼女を睨み返し、同じように頭の中で思い浮かべることで返答を返した。

『よくもぬけぬけと! ディーキンス様がお前の術を解いてくださった後、私はあの方と一緒に奥の間を調べたのだ!
 路頭に迷っていた私を拾ってくださったギルモア様を、よくも……!』

それを聞いたリスディスは悔しげに顔を歪めると、ぎりぎりと歯軋りをした。
ちくしょうめ、もうバレていたのか。

彼女は最初にギルモアという名のカジノのオーナーを意のままの操り人形とした時には、彼を生かしておくつもりだった。
表向きは彼を支配者としたまま、その陰に隠れていた方が都合がいいと考えたからだ。

だが、彼女はその衝動的な性質から、ある夜に少々いきすぎた行為をして、オーナーを死なせてしまったのである。

その後は彼の死体を奥の間の一室に隠し、その変身の能力や読心や魅惑の術を駆使して、彼がまだ生きていると周囲に思わせ続けていた。
それがよりにもよって、この男に露見してしまうとは。
使用人の中でも抜きんでて優秀であるがゆえに、生命力を奪いもせず利用し続けていたこの男に……。

そこへ、さらなる追い討ちがかかった。

「《レキッブ・ボーア》!」

ディーキンがどこからか、宝石で飾られた美しい金細工の豪奢な手鏡を取り出した。
それを邪悪な女性のほうへ向けて、素早く呪文を紡ぐ。

「!? ぎっ……、」

リスディスは突然自分を襲った呪文の効力に必死に抵抗しようとしたが、まるで波に洗われる砂の城のようなものだった。
ディーキンの強力な魔力は、彼女の呪文抵抗力を容易く突き崩して、その効力を発揮する。

鏡の中に映し出された優美な姿が、呪文の完成とともにみるみる醜く歪んでいった。
醜く捻じ曲がった蝙蝠の翼が衣類を破きながら背中から生え出し、脚には獣毛が生えだして山羊のような蹄に変わる。
口の端からは伸びた犬歯が剥き出しになり、汚れた唾液を滴らせた。

そして彼女自身の体もまた、鏡の姿と同様に捻れて変形し、野獣の様相を呈していた。
ディーキンの放った《内なる美(イナー・ビューティー)》の呪文が、邪なサキュバスの本性を暴き出したのである。

観客はその光景にパニックとなり、一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う。
ごく近くでその変容を目撃したものなどは、腰を抜かして必死にはいずりながら、おぞましさのあまり嘔吐していた。

(ま、まさか……、噛ませ犬は、あたしの方だったってのか?)

リスディスは、愕然とした。
そんなはずがなかった。物質界の下賤な種族の者どもに、魔族であるこの自分が。

あまりの事態に一瞬取るべき行動を見失い、棒立ちとなる。
その時、冷たい怒りを全身に漲らせたタバサが、呪文を完成させた。

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ……!」

逃げ惑う客たちが放り捨てたグラスから零れた酒が、詠唱に応じて多数の氷の矢を形成した。
タバサが杖を振ると共に、それらが四方八方からリスディスに襲い掛かる。

「――――はっ!?」

我に返ったリスディスは慌てて身をかわそうとするが、《内なる美》の呪文によって捻くれた体は、いつものように敏捷に動いてくれない。
避け損ねた矢が、次々とその身に食い込んだ。

「ぐ……!」

リスディスの口から、苦痛の呻きが漏れる。

見た目に似合わず強靱な魔族の身体ゆえ、一本一本の矢は大して深くは刺さっていない。
人間相手ならば開いた傷口へ更に凍傷を負わせるであろう氷柱の冷気も、どうということはない。

だが、幾本もの矢が全身のあちこちに突き立っては、流石に軽傷とはいえなかった。

「覚悟しろ、この化物め!」

そこへ、怒りに燃え立つトマが、手に短剣を握って突っ込んできた。

「……この畜生共が! 調子に乗るんじゃねぇ!」

リスディスは苦痛を憤激に変えて駆け寄ってくるトマを迎え討ち、彼の頭上へ爪を振り下ろした。

トマはその鋭い爪に肩の肉を僅かに裂かれながらも、辛うじて直撃を避け、体当たりするように懐へ飛び込んだ。
そのままの勢いで、邪悪な魔族の腹に深く短剣を突き立てる。

「がぁ……、っ!?」

リスディスは、激痛に目を見開いた。

ただの鋼の短剣では、これほど深く自分の身体を抉れるはずがない。
この刃は、“冷たい鉄”でできている。
この世界では使われていないと思っていたのに……。

さてはこれも、あのガキの仕業か。
リスディスは、憎悪に燃え立つ瞳でディーキンを睨んだ。

あの野郎、高度な呪文を使うあたり、見た目通りのガキじゃあないに違いない。
最初からこっちの正体をわかっていて、あたしを騙しやがったのか?

(馬鹿にしやがって……!)

怒りのあまり、見るも無残に形相を歪めて、リスディスはがちがちと歯を鳴らした。

この状況ではどうあがこうと、もう自分は助かるまい。
間もなく自分はこいつらに殺されて、奈落へと送り返される。

ならばどうする、せめて今自分を刺した、目の前のトマだけでも殺すか?
今一度爪を振り下ろせば、こいつ一人くらいなら引き裂いて道連れにできるかもしれない。

しかし、リスディスはその考えには満足しなかった。

(嫌だよ、こいつだけだなんて……!)

あたしはもっともっと、このカスどもを殺したいんだ。
そのためにこそ我慢して行儀よくしてきたってのに、あと一人しかやれないなんて、そんなのありかよ。
あたしを刺しやがったこのトマも、手を叩きやがったあの小娘も。コケにしてくれたあのガキも、馬鹿そうな使用人の女も。
この場にいる間抜けな観客どもも、みんな、みんな殺してやる。

最後を悟った今、リスディスは、これまで押さえてきた殺害欲を一気に噴出させていた。

奈落の卑劣な魔族どもにとっては、すべての物事は己を中心に回っている。
それ以外のものは、彼らにとっては意味がないのだ。
全員が究極の利己主義者であり、しかも残忍極まりないその欲求は、他者を痛めつけることでこそ満たされる。
物質界で弱き者どもの間を闊歩し、何の恨みもない連中を苛み、不幸と絶望の底に落す時間が、魔族にとってどれほど甘美であることか。

その悦びの時が、理不尽にも、あと僅かで終わりになろうとしている。
ならば、この世界など滅びてしまえばよい。

実際、そうできる力さえあれば、躊躇せずに今すぐに実行に移しただろう。
自分が楽しめない世界など、リスディスにとっては価値がないのだ。

だが、それだけの力は彼女にはない。
ならば次善の方法は、一人でも多く殺すことだ。
そのためには……。

「……」

リスディスは成功を祈りながら、精神を遠い故郷の奈落界へ送り、他の魔族との交信を試み始めた。

数秒後に、その成果が表れた。
カジノの入り口近くに不浄な炎で縁取られた扉が現れ、それをくぐって新たなデーモンが出現する。

それは、大きな人間とハゲワシとを掛け合わせたような姿のデーモンだった。
逞しく引き締まった四肢は小さな灰色の羽毛で覆われ、長い首の先にはハゲワシのような頭がついている。
羽毛に覆われた翼はとても大きい。

ヴロックと呼ばれる、サキュバスよりも遥かに強靭な、奈落の飛行強襲兵である。

(よし……!)

リスディスは試みが成功したことで、ようやく幾許か溜飲を下げて、しばし暗い愉悦に浸った。

ざまあみやがれ、愚かな人間どもが。
これでヴロックが、てめえらを一人残らず引き裂いてくれるだろうさ。

ああ、お上品な真似などさっさとやめて、もっと早くこうしていればよかった。
これから起こる血濡れの惨劇を自分の目で見留められないことが、つくづく口惜しい……。

そう、悔やみながら。

次の瞬間にはもう、胸を裂くように斬り上げられたトマの短剣と、背から貫通したタバサの氷柱とによって、リスディスは絶命していた。
激痛で目の前が真っ赤になり、ぐるぐると世界が回ったかと思った途端に、リスディスの魂は高速で奈落に引き戻されていく。
抜け殻となった彼女の肉体はその場に頽れ、瞬く間に悪臭を放ちながら腐り落ちて、骨だけになっていった……。


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