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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-47


ディーキンは、宝物である2振りの杖を取り戻し、さらに下手人である『土くれ』のフーケをも密かに捕えたので、学院への帰還を皆に提案した。

最初ルイズらは、フーケを捕えずに帰還することにかなり難色を示し、捜索を続けたがっていた。
ディーキンの負傷も癒えたのだし、このまま戻ればフーケを捕えられる見込みはなくなりそうだし、もっと粘るべきではないかというのだ。
だが、ディーキンは譲らず、丁寧に彼女らを説き伏せていった。
実際のところ同行者のミス・ロングビルこそがフーケであり、それを捕えた以上は、ここで待っていても何の意味もないのだから。

ディーキンはまず、先ほどの強襲以降姿を見せていないフーケは多勢に無勢とみて宝物の奪還を諦め、すでに立ち去った可能性が高いと指摘した。
ここで諦め悪く網を張ってもたもた留まっていれば、立ち去ったフーケが準備を整えて戻ってきて、更なる危険に晒される可能性もある。
しかもフーケは先ほど、“何故か”見張りにもかかわらず奇襲を成功させた。
その手口がわからない以上、ここで戦おうとするのは危険で、もう一度同じように襲われれば、今度こそ犠牲者を出す恐れもある。

「もともと、宝物を取り返すのが一番の仕事だよね?
 今はそれを確実に成功させるべきだと思うの。遅くなったら、先生たちも心配するでしょ?」

さらに続けて、自分もさっきの攻撃で“大分”消耗したので、遭遇しても万全の状態で戦えず危険だと話す。

「私もそう思います。大分精神力を使いましたので……」

どこかぼんやりしたような表情のロングビルも、そう言って同調した。

これは現在の彼女の“主人”であるディーキンからの指示によるものだが、まんざら嘘というわけでもない。
実際昨夜からあちこち駆け回ったり、策略を練ったり、呪文を使ったり、その甲斐もなく敗北して操られたりで、彼女は心身ともにかなり疲弊していた。
また、精神に制御を受けてややぼうっとした様子が、意図せずして消耗しているという本人の話に説得力を持たせていた。

結局、タバサやキュルケがもっともな意見だとして帰還賛成に流れたことで、ルイズやシエスタも渋々了解した。

「わかりました……。けど、盗みや人殺しを平気でするような悪党を捕まえられないなんて、悔しいです……!」

「貴族として、盗賊なんかに背を見せるのは嫌だけど……。仕方ないわ……」

悔しげにしているシエスタや、未練がましそうなルイズの姿を見て、ディーキンはいくらか罪悪感を覚えた。
しかし、事実を話せばフーケは間違いなく牢獄へ送られて死刑だろう。彼女の命を救うためには、申し訳ないがやむを得まい。

ルイズやシエスタに満足してもらうために、偽のフーケをでっち上げて戦いを演出し、退治したことにしたらどうかというのも、考えてはみた。
地の精霊(アース・エレメンタル)あたりを召喚してゴーレムに見せかけ、フーケ役も別に用意して芝居をさせれば、どうにかなりそうには思える。

だが、それはかなり難しそうだし、途中で失敗したらなんでこんな真似をしたのかと皆から不信感を持たれてしまいかねない。
それに、退治してもいないフーケをでっちあげで倒したことにして、褒賞をせしめるというわけにもいくまい。
自分の実力を超えた敵を倒せたと錯覚させるのも、長い目で見ればかえってためにならない。

何よりも、今そんなことをしなくても、ルイズらは近い将来、必ずやもっと大きなことをやり遂げられる人たちだとディーキンは信じている。
だというのに、真の英雄たちをそんな要らぬ気遣い、思い上がった欺瞞で、ほんの一時だけ満足させるなど、本当にやるべきことではないはずだ。

「ありがとう、ディーキンは意見を聞いてもらえたことに感謝するよ」

捜索隊は、結局2振りの宝物の杖だけを取り返し、フーケの捕縛はあきらめて学院への帰途に就いた。
せめてものお詫びにと思ったのか、ディーキンは帰りの馬車のなかでルイズらのリクエストを代わる代わる聞いて、演奏を披露し続けていた……。


しばし穏やかな時を過ごしたのちに、馬車は何事もなく学院に到着した。
一行は早速、学院長室に赴いて、事の次第を報告する。

その前にディーキンは、ロングビルの腕を引いて、こっそりと何事か耳打ちしていた。

「……うむ、全員無事でよかった。まずそれが、何よりの朗報じゃ。
 それに、よくぞ学院の宝物を、2つとも取り返してきてくれた。教師一同を代表して、君たちの素晴らしい働きに感謝するぞ。
 このような素晴らしい生徒が……、それに校務員や使用人、使い魔がいるということは、当学院の誇りである!」

一通りの報告を聞いた学院長が顔をほころばせて力強く労いの言葉をかけると、皆、誇らしげに胸を張って一礼した。
オスマンは、一人ずつ順に頭を撫でていく。

「……もしフーケを捕縛していれば、王宮へ爵位や勲章の申請をすることもできたのだが。
 しかし、それは所詮、結果論じゃ。賊を捕えられなかったからと言って、君らの名誉ある行動の価値がいささかも減ずるわけではない。
 それに見合うだけの十分な報奨とは言えまいが、学院から後日、君たち全員に薄謝を進呈しよう」

恩賞の沙汰に、少女たちは皆、程度の差こそあれ嬉しそうな顔をする。
ディーキンもまた、満足そうにウンウンと頷いた。他人からの評価の証として与えられる金銭は、殊に嬉しいものだ。

ただ一人、先程から妙に反応の薄いロングビルをしげしげと見つめて、オスマンは首を傾げる。

「ミス・ロングビル、どうかされたのですか?」

同席していたミスタ・コルベールが、心配そうに尋ねた。

「……ええ。申し訳ないのですが、私、大分疲れたものですから。
 できれば退席して、部屋で休みたいのですが……」

「おお……、そうか、それはそうじゃろうな。君は今朝から、ずっと働き通してくれておったのだからのう。
 いや、すまなかった、大変な苦労を掛けたわい。今日の残りは特別休暇にしておくから、どうかゆっくりと休んでくれ」

ミス・ロングビルは、軽く会釈して早々に部屋から出ていった。
オスマンはそれを見送ると、皆の方へ向き直って、ぽんぽんと手を打った。

「さて、君らも疲れたろう。今日は授業や仕事はよいから、湯でも浴びてしばらくゆっくりしなさい。
 だが、今夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。こうして無事に宝物も戻ってきたことだし、予定通りに執り行おうぞ。
 今夜の主役は何と言っても君らじゃからな、夜には是非とも参加して、英気を養ってくれ」

「まあ、そうでしたわね! フーケの騒ぎで忘れておりましたわ!」

キュルケはぱっと顔を輝かせると、タバサの背を押しつつ、いそいそと部屋から出ていった。親友をつきあわせて、早速支度に取り掛かる気らしい。
シエスタもまた、深々とお辞儀をすると、部屋から出ていった。
ルイズもディーキンを連れて退出しようとしたが、ディーキンは首を横に振った。

「ディーキンはね、ちょっとおじいさんに宝物を調べた説明をしたりとかの用事があるの。
 悪いけど、ルイズは先に戻って休んでてくれないかな?」

ルイズはやや不満そうだったが、そういえばディーキンは、確かに宝物の使い方だかの調査をしていたのだった。
奪還の功労者とはいえ、一介の生徒である自分が同席して、一緒に話を聞かせろというわけにもいくまい。

「仕方ないわね……、わかったわ、でも舞踏会には出なさいよ!」

「もちろんなの。ありがとう、ルイズ」

言われずとも、バードとしては、せっかくの舞踏会に顔を出さないなどということは有り得ない。
たとえ断られようとも、頼み込んででも参加させてもらうつもりだった。

ルイズが教師らに御辞儀をして部屋を出ていくと、オスマンとコルベールは、ディーキンの方に向き直った。
取り返された『破壊の杖』と『守護の杖』が、学院長の机の上に並べられている。

「ふむ、それで……、君はこの『守護の杖』の使い方を調べた、ということであったが。
 調べてみて、何かわかったのかね?」

「うん。その杖はね、ディーキンのいた世界じゃ、すごーく有名だよ!」

ディーキンはそれから、『守護の杖』について自分が知っていることを、順々に説明していった。

まず、この杖の本当の名前が、『魔道師の杖(スタッフ・オヴ・ザ・マギ)』であること。
それから、手に握っているだけで弱い呪文の影響を受けない『呪文抵抗力』が得られるのに加えて、複数の呪文の発動ができること。
発動する呪文の種類によっては、杖に蓄えられた『チャージ』を消費すること。
呪文抵抗力をわざと下げることで、所有者に向けられた魔法を吸収して再チャージができること。
ただし、発動にはそれらの呪文を習得できるクラスの者である必要があり、そうではないこの世界のメイジには残念ながら使用できないこと。
チャージが限界値を超えたり、所有者が杖をへし折ったりすると、内部に蓄えられた魔力が全開放されて、次元をも歪める大爆発を引き起こすこと……。

さらに実演として、許可を得ていくつかの、チャージを消費しない下位の呪文を使用してみせた。

特に、《人物拡大(エンラージ・パースン)》を使用してコルベールの身長を2倍にしてやった時などは、2人とも非常に驚いた様子だった。
フェイルーンでは冒険者等が頻繁に利用するごく低レベルの呪文なのだが、ハルケギニアの系統魔法には似たようなものが存在しないらしい。

「いやはや、なんともすさまじい品ですな、これは!」

「うむ……。流石に、あやつが遺していった品だけのことはあるのう……」

興奮するコルベールと、重々しく頷いて、何事か考え込んでいるオスマン。
ディーキンはそんな2人の様子を見比べながら、小屋でこの杖を見た時から疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「ええと、オスマンおじいさん? もしよかったら、聞きたいんだけど……。
 この杖を遺していった人っていうのは、誰なのかな?」

「む? ああ……、そうじゃな。
 この機会に話しておくべきじゃろう、君も知っておる者かもしれんからの」

オスマンの言葉に、ディーキンは不思議そうに首を傾げた。

「この間の話し合いで君の口からその名が出た時には、まったく驚いたわい。
 二十年ばかり前を最後に、この杖を置いていったきり姿を現さんわしの友人の名がの。
 この杖の持ち主の名は、エルミンスターじゃ」

「……へっ? エルミンスター?」

ディーキンは思いがけないところでその名を聞いて、目をぱちぱちさせた。

「そうじゃ。君は、彼のことを知っておるのか?
 わしはずっと、あやつが何故姿を現さなくなったのか、気にかかっておってのう……。
 もし何か知っておるのであれば、教えてはくれまいかな」

オスマンはそれから、自分とエルミンスターとのかかわりに関する話をかいつまんで説明し始めた。

要するに、エルミンスターの方がある時急に姿を現して、自分は遠く離れた世界から来たメイジだと言ったらしい。
オスマンはいろいろあって彼と茶飲み友達になり、それから、たまに向こうからやって来ては、また唐突に帰ることが幾度かあった。
彼は別に自分が何の目的で来たとも言わなかったが、何か調べ物をしているらしく、よく図書館を借りたり、どこかに出かけたりしていたという。
宝物庫で件の『破壊の杖』を、興味深そうに調べていたこともあった。

だが、彼はもう二十年ばかり、姿を現していないそうだ。

「……ええと、その。知ってるのかっていわれれば、知ってるの。
 でも、個人的に知り合いかっていう意味なら、そうじゃないよ」

エルミンスターは、大いなる魔法使いとして広くその名を知られた、フェイルーンでも屈指の有名人だ。
何もディーキンのようなバードでなくたって、子どもでも名前を知っていて不思議ではない。
そういう意味で知っているのであって、個人的に面識があるわけではないのだ。

ディーキンはその事を、オスマンに説明した。

「ただ、エルミンスターだったら心配しなくても、今でも元気にしてるはずだよ?
 彼が死んだっていう話は、全然聞かないからね」

「そうか……。あやつは、君のいたところではそんなに有名なメイジだったのか。
 まあ、元からどこに住んでおるかも知らぬし、たまに向こうから、ひょっこり訪ねてくるだけだったんじゃがの。
 とにかく、今でも元気だというのであれば安心じゃな。
 だが、そうであればなぜ、この杖をここに置いたまま、急にばったりと足が途絶えたのか……」

「……うーん。二十年くらい前から、ここに来なくなったんだね?」

ディーキンはオスマンがほっとしながらも悩んでいるのを見て、自分も何か思いつくことはないかと、知恵を絞って考えてみた。
二十年ほど前、二十年程前といえば……。

(……“災厄の時”……?)

そのあたりの時期のフェイルーン側の大事件といえば、何といってもそれだろう。

フェイルーンのほぼすべての神がその座を追われ、魔法を司る女神であるミストラが一度滅びて、あらゆる魔法の力が混乱していた時期だ。
そういえばエルミンスターは、ミストラ女神とは特殊な結び付きのある人物であり、この一件にも深く関与していたと聞く。

たとえば、こういう筋書きはどうだろうか?

エルミンスターは、ある時何かのきっかけでこの世界に来る方法を知り、たまに訪れては、オスマンと友好を深めたりしていた。
だが、“災厄の時”の魔法の力の混乱と、その後の再編によって、以前には通じた方法が使えなくなり、この世界へ来ることができなくなってしまった……。

(……ウーン、ありえるかも……)

とはいえ、それは考え得る可能性であって、確証はない。

仮にそうだとしても、エルミンスターはそもそも何の目的でこの世界に足を運んだり、『魔道師の杖』を置いていったりしたのだろう。
この世界に来ていたこと自体は単なる観光程度のものだったのかも知れないが、杖を置いていったのは解せない。
彼ほどのメイジにとっても、この杖は作成不可能、容易には手に入らない貴重品のはずだ。

(もしかして、ミストラと何か関係があるとか?)

フェイルーンの魔法の女神ミストラは“災厄の時”に一度滅び、現在では代替わりして、新たな女性がその名と地位を継いでいる。

しかし、先代のミストラは、実は“災厄の時”のような致命的な事態の訪れを以前から予感し、それに備えていたのだ、とも噂されている。
エルミンスターのような英雄も、実はその計画の一環として、ミストラ自らの介入によって生み出されたものだというのだ。
だとすれば、ハルケギニアへエルミンスターを来訪させたのも、先代のミストラの計画によるものだとは考えられないだろうか?

今まで見聞きした限りでは、この世界はフェイルーンのみならず多くの次元界を揺るがした“災厄の時”にも、特に影響は受けなかったようだ。
そしてまた、フェイルーンとは随分と異なる魔法体系の独自に発展した地でもある。
それでいて、フェイルーンの魔法もすべて、同じ性能で問題なく使えるのだ。

魔法が混乱したときの避難場所として、新たな魔法の研究場所として等、魔法を司る神格にとっては、利用する方法はいろいろと考えられるだろう。
この世界の奇妙な性質や独立性自体が、ミストラないしは太古の他の神格の介入によって調整されたものだということも考えられる。
人間にとっては希少極まりない『魔道師の杖』のようなアーティファクトも、神であるミストラにとっては必要に応じて用意するなど容易いはずだ。

しかるにミストラが策謀虚しく滅びて代替わりしたときに、その計画は自然に消滅し、エルミンスターがここに来る理由も無くなったのかも知れない……。

だがまあ、すべては憶測でしかないし、ここでいくら考えていても、確かことがわかるわけでもない。
もし本当にミストラに関わりがあるのだとすれば、なおさらのことだろう。定命の存在に神の計画の全貌など、正確に把握できようはずもないのだから。

一応、後でエンセリックが戻ってきたら話しておこうと決めると、ディーキンは首を振って思案を打ち切った。

「……まあ、エルミンスターのことはよく分からないけど。
 ディーキンも、彼にはちょっと会いたいと思ったことがあるからね。もし今度会うことがあったら、聞いてみるの」

ディーキンがそう言うと、オスマンは興味深そうに身を乗り出して、ディーキンを見つめた。

「ほう? 君はエルミンスターに会うあてがあるのかね?」

「ンー、まあ、帰るのは問題なさそうだって、この間調べて分かったし。
 エルミンスターは有名な人だから、会おうと思えば会えないことはないと思うの。
 アア……、でもルイズの使い魔をする約束だから、すぐには無理だね」

ディーキンはちょっと首を傾げてそう言うと、ぴっと指を立てて見せた。

「とにかく、その杖はすごーく貴重な物なの。友だちの持ち物なら、なおさらだね。
 おじいさんの恩人の形見だっていうもう片方の杖と一緒に、大事にしてあげたらいいと思うよ」

三十年前にオスマンが『破壊の杖』の元の持ち主によって救われたという話は、今朝その使用法を説明してもらった時に、一緒に聞いている。

「……うむ。まったく、その通りじゃな。
 いや、よくぞ我が友、エルミンスターのことを教えてくれた。長年の胸のつかえが下りた気分じゃ、改めて礼を言うぞ」

顔を綻ばせて頭を下げるオスマンに会釈を返すと、色々と話を聞きたそうなコルベールにまた今度と約束をして、部屋を辞した。
舞踏会の前に、もうひとつ済ませておかなくてはならない用事があるのだ。


ディーキンは真っ直ぐにミス・ロングビルこと『土くれ』のフーケの私室へ向かうと、ドアをコンコンとノックした。

「おねえさん、ディーキンだよ。開けて」

すぐにかちゃりと音を立ててドアが開かれ、フーケが顔を覗かせた。

彼女は未だに外出した時の格好のままで、汚れた服を着替えもしていなかった。
何故ならば部屋に戻るやいなや、すぐにディーキンが事前に指示していた仕事に取り掛かったからだ。
今の彼女にとってはその命令こそが最優先であって、自分の服装などという些事にはまるで気が回らないのであった。

「頼んでおいたのは、書き上がった?」

「ああ……。ここに」

問いかけに対して、フーケは頷くと、文章が書き連ねられた紙の束を差し出した。
口調が何やらいつもと変わっているが、多分これが地なのだろう。
ディーキンは目を通して、内容を確認していく。

「フンフン……、お姉さんは、字が上手だね……」

内容は、フーケの本名や生い立ち、盗賊となるまでの経緯、盗みを働く理由などに関する供述書である。
成る程、上品な字を書くと思ったが、育ちがかなりよいらしい。
今は取り潰されたアルビオンの名家の貴族の生まれで、盗みを働く理由は自身の生活と、貴族社会への恨みと、身内や孤児を養うため。
文末には、『以上、告白します。マチルダ・オブ・サウスゴーダ』というサインが入っていた。

最後まで読むと、ディーキンはその書類を丁寧に束ねて、誰にも読まれないように荷物の奥へ仕舞い込んだ。

「よく分かったの。ありがとう、お姉さん。
 いろいろと事情があるのはわかったよ、無理に書かせて申し訳ないの。
 教えてもらったからには、ディーキンは絶対、あんたに悪いようにはしないって約束するね」

ディーキンは正直なところ、この書面を書くよう指示したときには、かなりの抵抗があるのではないかと思っていた。
最悪術が破れるかもしれないと覚悟して、その場合の行動も考えていたのだが、意外にも彼女はまるで抵抗せずに指示を受け容れた。

フーケとしては、既にどうあがいても逃げられる状況と相手ではなく、逆らうだけ自分の立場が悪くなるだけだと理解しているのだ。
それでも精一杯の抵抗として、指示されたとおり自分のことは隠さずに書いたが、できる限り同情を引けそうな文面にして。
自分自身のことではない、匿っている『身内』の詳細、それが元大公家の娘のハーフエルフであることなどには、触れないでおいた。

もっとも、司法機関にあの供述書が渡って自分の家系が取り潰された理由等を詳細に調べられだせば、遠からず露見してしまうだろうが……。

こいつが自分のことを知って、これからどうするつもりなのか。
基本的にはお人好しなガキに見えるが、油断ならない相手でもあるのは身に染みている。
第一人間ではないのだから、どういう判断を下すものかがまったく読めない。

(……結局、こいつが本当に悪いようにはしないでいてくれるのを、期待するしかないか……)

そんなフーケの苦悩をよそに、ディーキンは会釈すると荷物袋の中から、瓶を一本取りだした。
美しい赤色をした、ワインの瓶だった。

「申し訳ないけど、もうしばらく術はかけたままにしておくからね。
 今日はもう服を着替えて、お風呂にでも入って、ゆっくり休んで。
 ……これは、良かったら飲んでみて。美味しいお酒だよ」

今の状態のフーケを舞踏会に参加させて大勢の人目に晒せば、不信感を招く元になるかもしれない。
ハルケギニアにも、ある種の人の精神を操る呪文や薬は存在するのだ。
せっかくの舞踏会に参加できないお詫びも兼ねて、せめてできる限り寛いで休んでほしいという気遣いから、フェイルーンの珍しい酒を進呈したのである。

ちなみにこれは“ガーネット・ワイン”といって、ドワーフが高山で採れる葡萄から造った、一瓶で金貨90枚もする高価な酒だ。
辛口だが飲みやすく、風味を利かせるために、本物のガーネットの粉末が混ぜ込まれているという。
たぶん、『土』のメイジには相性もいいのではないだろうか。

「ああ、そうするよ……」

「アー……、そうして。
 じゃあね。もしかしたら、後で舞踏会の料理とかお酒とか、持ってこれるかも……」

命令に忠実に、早速服を脱ぎだしたフーケに失礼にならないよう、ディーキンは慌ててそう言って。
ワインの瓶を置くと、回れ右して部屋を出ていった……。


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