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暗の使い魔‐08


深い深い森の中を、双月の明かりが薄っすらと照らす。
月明かり以外に照らす物は存在せず、漆黒の闇が辺りを支配していた。
時折、虫や梟の鳴き声が辺りに響くも、静寂そのもの。
そんな、学園からそう遠くない森の中であった。
森の奥にかまえたボロボロの廃屋内で、置かれた小さな椅子に腰掛けながら笑みを浮かべる人物が一人。
室内を、杖の先から出る明かりが灯し、ぼんやりとその姿が浮かび上がる。
やや青みがかった髪が、目深く被ったフードから覗く。年の程は20代前半程だろうか。
黒いローブに身を包んだ、細身の若い女性がそこに居た。
「フフ、全く運がいいね。こうも容易く『破壊の杖』を手に出来るなんて」
そう、彼女が手にしているのは、学院の宝物庫に眠っていた筈の秘宝『破壊の杖』。
彼女こそ、あの巨大なゴーレムを操り、堅牢な宝物庫から秘法を盗み出した張本人。盗賊、土くれのフーケであった。
土くれのフーケといえば、トリステイン中の貴族を恐怖に陥れている大盗賊。
神出鬼没で、ありとあらゆる手段を用いて、貴族達の持つお宝の数々を盗み出す。
そして、その実力も折り紙つきであり、王宮の衛士隊ですら捕まえるのに手を焼く、手だれのメイジであった。

そんな彼女だが、現在一つの問題に直面していた。
「破壊の杖ねぇ……。名前は大層だけど、どうすれば使えるんだいこいつは」
そう。フーケは早速力を試そうと、その破壊の杖を振るった。しかし、一向に効果が現れないのだ。
魔法をかけてもうんともすんとも言わない。効果を発動するための条件が全く見えなかった。
「困ったね、これじゃあ盗み出した意味が無いじゃないか」
これから学院に戻って、使い方の情報を得ようかとも考えた。
しかしこの状況では不自然であるし、なによりリスクが大きすぎる。
「どうしたものかねぇ……」
フーケが顎に手をやり考える。と、そのときであった。
「ッ!誰だい!?」
フーケは、自分以外の気配がこの小屋の中にあることに気がついた。急ぎ明かりを消し、奇襲に備える。
「おや、お気づきでしたか。流石は土くれ」
暗闇の中から、丁寧な口調で男の声が聞こえた。部屋の隅から聞こえる声に、フーケが警戒を強めた。
「こんな夜中にレディを覗き見なんて、いい趣味してるじゃない。」
「これは失礼。お楽しみであったようで、つい声を掛けそびれてしまいましたよ」
変わらぬ口調で、暗闇の中の男は返す。フーケの顔に一筋の汗が流れた。一体どうやってこの小屋に忍び込んだのだろう。
長年盗賊家業をやってるフーケだったが、知らず知らずの内にここまで近寄られたのは初めてであった。
フーケは短くルーンを唱えると、杖を振るった。すると、黒一色だった視界が急に良好になった。
『暗視』。暗い視界で目をきかせる魔法である。
本来は水系統の魔法だが、トライアングルのフーケに使えない呪文ではなかった。
視界が良好になると、フーケは辺りを見回す。部屋の隅に、一人の黒いローブを纏った男の姿を見つけた。
フードを深く被り顔は分からない。長身の男だった。
再び即座に詠唱し、杖を振るう。すると、男の足元の床を破り、無数の土の腕が現れた。そのまま男の両足を拘束する。
「折角こんな夜に出会えたっていうのに悪いね。この私を土くれと知ったからには消えてもらうよ」
「それは困りましたね」
男は口調を崩さずに言った。その間に、男の身の回りに岩で出来た槍のようなものが練成されていく。
フーケが杖を振り下ろすと、岩の槍が一直線に男を貫く――筈であった。
「何!?」
ドスドスと、木の壁に槍が突き刺さる音が虚しく響いた。
見れば男はその場から消え、土の手もボロボロに崩れ落ちている。
「馬鹿なっ!どこへ?」
一体どうやってアース・ハンドの拘束から逃れたのだろうか。いつの間に消えたのか。
部屋の中に男の影は見当たらない。彼女は焦りを隠さず辺りを見回す。
と、ついとフーケの首筋に冷たい金属の感触が触れた。
「お静かに。杖を捨てなさい」
どっと汗が吹き出る。背後より、先程とは打って変わって低い声が聞こえた。首筋の皮が僅かに切れ、血が滴る。
フーケは言われたとおりに杖を放り投げた。
「くっ……どうするつもりだい」
「ご安心を。貴方をどうこうするつもりはありません。私はただ取引がしたいのです」
「はんっ!随分と強引な取引だこと」
男がクックックと背後で笑うのを、フーケは苦虫を噛み潰したような表情で聞いていた。
「貴方は、そこの『破壊の杖』とやらが扱えないのが不満なご様子」
「それがどうしたんだい」
「しかし私は、その杖の力を引き出す方法を知っています」
「何?」
フーケは耳を疑った。この男は何を言っているのだろう。
魔法学院の宝物庫に眠っていた破壊の杖は、学院にいる教師達くらいしか情報を持っていない筈。
それを、あろうことか扱う方法を知っていると言ってきたのだ。フーケは平静を装いながら続けた。
「へぇ、それで?」
「その方法を教えて差し上げましょう、ただし条件があります」
「条件?」
「はい、それは貴方にこれから言う場所を襲って欲しいのです」
「ある場所を襲え?それだけかい」
思っていた以上に簡単そうな話であった。襲うだけであれば、自慢のゴーレムを使えばすぐカタがつく。
一体こいつにどういった意図があるかは知らないが、渡りに船だ。と、フーケはそう思った。
「そうです、私の言う手順に従えさえすれば」
男が付け加える。
フーケはしばしの間考えると。
「いいよ。その条件飲もうじゃないか」
唇の端を吊り上げながら、そういった。首筋から刃の感触が消える。
男が背後からゆっくりとフーケの前にまわった。
「で、どこを襲えばいいんだい?」
フーケはやれやれと肩をまわしながら、男に尋ねた。男はややあって、ゆっくりと口を開いた。
「王宮勅使の館。ジュール・ド・モット伯邸」


暗の使い魔 第八話 『ルイズの誇り』


所変わり、トリステイン魔法学院。
翌朝の学院内は、蜂の巣をつついたような大変な騒ぎになっており、学院の教師達は一人残らず宝物庫に集められていた。
「一体どういうことですかな、これは!」
教師の一人が怒鳴り散らすと、ミセス・シュヴルーズがビクリと肩を震わせた。
「も、もうしわけありません」
「申し訳ないで済みますか!ミセス・シュブルーズ!あなたが当直をサボっていたからこうなったのですぞ!
一体どう責任をとるおつもりですかな?」
教師が尚のこと追求を始めると、シュヴルーズは顔を青くして床に崩れ落ちた。
「わ、私家を建て始めたばかりでして」
そのままめそめそと泣き出してしまう。と、そこへようやくオールド・オスマンが現れた。
「これこれ。女性を苛めるものではない。ミスタ……えーっと、誰だっけ」
「ギトーです!お忘れですか!」
「そうそんな名前じゃったか。ギトー君、君は怒りっぽくていかん。」
オスマンがまあまあとギトーを宥めた。そして長くたくわえた髭を弄りながら、ゆっくりと辺りを見回した。
「諸君、これはわれわれ全員の責任じゃ。無論わしも含めてのな。考えてもみよ。
一体誰がこの学院に賊が入り込むなどと予想しておった?この多数のメイジが集いし学院に。」
集まった教師一同が顔を伏せた。確かにそうである。この中の誰もが、賊などものの敵ではない、と油断していたのだ。
当直をまともにしていなかったのはミセス・シュヴルーズだけではない。
「しかし賊はこの通り、大胆にも忍び込み『破壊の杖』を奪っていきおった。つまり、我々は油断していたのじゃ。
繰り返すようじゃが、これは我々全員の責任じゃ。大事な事なので二回言うぞい」
「おお、オールド・オスマン!貴方様の慈悲のお心に感謝いたします!」
シュヴルーズが感激しながらオスマンに抱きついた。いいのじゃいいのじゃ、とオスマンがシュヴルーズの尻を撫でる。
「わたくしのお尻でよかったら!そりゃもういくらでも!はい!」
辺りを非常に微妙な空気が包んだ。この空気を誤魔化すようにオスマンがコホンと咳をする。
「で、現場を見ていたのはこの三人かね?」
「はい」
コルベールが自分の後ろに控えていた三人を、前へと促した。
ルイズ、キュルケ、タバサそして官兵衛の四人が前へ進み出た。ちなみに官兵衛は使い魔であるので数には入っていない。
「ふむ、君達か……」
オスマンは興味深げに官兵衛をじろじろと見た。
「(なんだ一体?)」
官兵衛はオスマンの視線に違和感を感じた。自分のこの成りを怪しんでいるのかと思えばまた違う。
なにか値踏みをされているような、そんな感覚だった。
オスマンはうむ、と頷くと早速彼女らにフーケ目撃時の状況の説明を求めた。
ルイズらが詳しい状況を代わる代わる説明していく。
説明を一通り聞き終えたオールド・オスマンは、再び頷くと、考えるようにゆっくりと目を瞑った。
「成程、後を追おうにも手がかり無し、というわけじゃな……」
辺りを気まずい沈黙が支配した。教師一同も落胆したようにため息が漏れる。
そんな沈黙を打ち払うかのように、オスマンが口にする。
「ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
ミス・ロングビルは、オールドオスマンの秘書を努める女性である。
蒼緑色の長い髪の、眼鏡が知的な人物で、若いながらも、その仕事の正確さと機敏さが特筆すべきものがある。
オスマンがある種の信頼を寄せる人物である。
「そういえば今朝から姿が見えませんな」
「この非常時にどこに行ったのじゃ」
そんな風にざわざわと噂していると、突如宝物庫の扉がバンと開かれた。急いだ様子で、ミス・ロングビルが駆け込んできた。
「ミス・ロングビル!何処に行っていたんですか!大事件ですぞ!」
「申し訳ありません、朝から急いで調査をしておりましたの」
「調査?」
「そうですわ。今朝方起きてみれば大騒ぎじゃありませんか。そして宝物庫はこの通り。
すぐに壁のサインを見つけたので、あの大怪盗フーケの仕業だと判明し、すぐに調査をいたしました」
ロングビルは落ち着き払った様子で、オスマンに告げた。
「仕事が早いの。ミス・ロングビル。それで、どうじゃった?」
オスマンが落ち着いた様子で促す。
「はい、フーケと思われる足取りが掴めました」
「な、なんですと!?」
コルベールが素っ頓狂な声を上げた。
「誰に聞いたんじゃね?」
「はい、ここから徒歩で一時間程の距離にあるモット伯爵の館で、衛士がそれらしい人影を見ています。
明け方、黒ずくめのローブの怪しい人物を見かけ、声を掛けたところ逃げられたとのことです」
「黒ずくめのローブ?それはフーケです!間違いありません!」
ロングビルの報告を聞いたルイズが叫ぶ。ロングビルが続ける。
「さらには、予告状がモット伯爵の元に届いています」
「なんじゃと?」
オスマンは髭を弄るのを止め、目を鋭くした。
「はい、それによれば明日の夕方。モット伯爵の元に参り、物品を洗いざらい頂戴いたします、と書かれているそうです」
「う~む……」
オスマンが何やら考え込む。そしてしばらくすると口を開いた。
「急遽ジュール・ド・モット伯爵の元へ使いを出すのじゃ」
すると、コルベールが驚いたようにオスマンを見やった。
「オールド・オスマン、王室への連絡はよろしいのですか?王室衛士隊に兵隊を差し向けてもらわなくば……」
それに対してオスマンが目を瞑り、ややあってコルベールに告げる。
「まずは使いを出すのが先じゃ。王宮への報告はすでにモット伯がしているかもしれん。」
オスマンが重々しく呟いた。そして立ち上がり、宝物庫に集まった面々を見回すと。
「一先ずはこれにて解散とする。今は我々だけで動くべきではない。この後の判断については追って報告する、以上じゃ」
そう声高々に言い放った。

宝物庫で解散したあと、ルイズと官兵衛はひとまず自室に帰された。本日の授業はこの騒ぎにより、全て休講となっていた。
ルイズは自室のベッドに退屈そうに腰掛けながら、ぼんやりとしていた。
「どうした?浮かない顔して」
官兵衛がルイズに問いかけた。
「私のせいだわ。私達があの時フーケを取り逃がさなければこんな事にはならなかったのに」
「おいおい。あんなでかいヤツ捕まえろって方が無茶だ。気に病む事じゃない」
官兵衛が落ち込むルイズを見かねて、そう声を掛ける。しかし当のルイズは上の空であった。
はぁ、とため息をつくとルイズは俯いたままになった。やれやれ、と官兵衛が手をすくめる。
「お前さん、何でそこまで色々気負う?今回の件だって、前の失敗爆発だって、そこまで引き摺ることでもないだろう。」
官兵衛は思った。この娘っ子はプライドが高いばかりにいろいろな失敗事が許せないのだろう、と。
しかし、それは官兵衛からしてみれば非常に馬鹿らしい。
何があっても泥臭く生きてきた官兵衛にとって、理解しがたいものであった。
そんな官兵衛の心情を察してか、ルイズが反論する。
「なによ、あんたは悔しくないの?目の前でおめおめ秘宝を盗まれて。あざ笑われて。それでいて何一つ出来ない自分が!」
ルイズが勢い良く立ち上がる。
「あんたにはわかんないでしょうね。貴族に生まれた人間の心の内なんて。
私達はただ闇雲に杖を振るっているわけじゃないのよ」
そういうと、ルイズは扉の方向へと歩き出す。
「おい、どこへ行くんだ?」
「オールド・オスマンの所よ。私、フーケ捜索の為に志願するわ」
その言葉に、官兵衛は驚き振り返った。
「何言ってる!無茶だ」
「無茶でも何でもいい!私やっぱり、このままでなんていられないわ。」
そう言うとルイズはバタンと勢い良く扉を閉めた。官兵衛は深くため息をついた。
「はぁ……全くあの娘っ子は」

「意気込みが良いのはいいが、小生の飯はどうするつもりだったんだかな。」
ルイズが出て行った後、官兵衛は腹の虫が鳴ったことに気がつき、厨房へと向かっていた。
シエスタに賄いを恵んでもらう為だ。
ルイズに、飯の事などすっかり忘れられている事に腹が立ったが、厨房にいけば全て丸く収まるのでそれ程気にしていない。
また薪割りでも手伝うか、と思いながら官兵衛は厨房の扉をくぐった。
「よう我らの鉄槌、良く来たな!」
相変わらずの調子でマルトーが官兵衛を迎えた。いつも済まないな、と官兵衛が笑いながら返す。
いつもどおりの光景である筈であった、しかし。
「どうしたマルトー殿。いつもより元気なさそうだぞ?」
「ん?ああ、そうか?そうかもな……」
おかしい。いつもは喧しいくらいのマルトーが、今日に限って覇気がないように感じた。
官兵衛が厨房を見回す。と、そこはいつもよりもどんよりとした空気が広がっていた。
「どうした一体?朝の宝物庫騒ぎの所為か?確かに物騒だが、そんなに落ち込むほどのことでも……ん?」
と、そこで官兵衛は、いつもイの一番に挨拶に来る、ある人物がいない事にようやく気がついた。
「おい、シエスタは今日は非番か?」
マルトーが何も言わず、深くため息をついた。嫌な予感が官兵衛の中に走る。
「シエスタならな」
マルトーが閉ざされた口をようやく開いた。
「朝一番に、馬車に乗っけられて行っちまったよ」
「何だって?何処にだ。この騒ぎの中、一体何で?」
官兵衛が次々と疑問をぶちまける。
「急遽モット伯って貴族に仕えることになったんだとさ。お偉いさんに気に入られたとあっちゃあ、断れる筈もねえ」
「モット伯だと?」
心底残念そうに言う。マルトーの顔には、怒りと諦めが織り交ざった表情が見て取れた。
「所詮、俺達平民は貴族には逆らえねぇのさ……」
マルトーは席に官兵衛を案内すると、寂しそうな背中を見せながら、厨房の奥へと消えていった。
その弱弱しい背中を、官兵衛は唖然とした様子で見ていた。

身分の高い人物に見初められ、仕える。それが意味するところが、官兵衛に分からない訳が無い。
戦国の世でも、そうして見初められた侍女が、身分の高い武将の側室になる例は多々あった。
様はシエスタは、モット伯爵の妾として迎え入れられたのだ。
中庭で鉄球にぼんやりと腰掛けながら、官兵衛は空を仰いでいた。
「まあいい話なんじゃねぇか?そのメイドにとって。
身分の高いメイジに仕えるって事は、その分羽振りも良くなるってもんよ」
腰に差したデルフリンガーが官兵衛に語りかける。
「そうだろうな。よくある話だ」
それに対して官兵衛は、うわ言のようにそんな事を呟いた。
そう、よくある話である。官兵衛は先程から何度もそう思っていた。
この世界でも、やはり身分の低い者の意思が尊重されるような事は、稀なのだろう。
しかし、そんな事を気に病んでもキリが無い。何より自分には関わりの無い事なのだから、水に流そう。
そう、官兵衛は考えようとしていた。しかし。
『いつでも厨房にいらして下さいね、私待ってます』
その度に、シエスタが最後に言った言葉と、あの穢れの無い笑顔が彼の脳裏に思い出されたのだった。
ハッとして頭を振り、考えを打ち消す。
「何考えてるんだ」
自分らしくない、そう思った。やれやれと肩をすくめながら、官兵衛は立ち上がり、ルイズの部屋へ戻ろうとする。
と、その時だった。
「あの、もし」
唐突に後ろから声が掛けられた。見ると学院のメイドと思しき格好の女性が一人そこに立っている。
何度か厨房で見かけた、シエスタの同僚のメイドだ。メイドはおずおずと官兵衛に話しかける。
「カンベエさんですね。シエスタから伝言があって探してました」
「伝言だと?」
官兵衛は首を傾げた。
「はい、シエスタからの伝言はこうです。
『カンベエさんのお陰でこれから何があっても頑張っていけそうです。今までありがとうございました。』」
「そうか……」
シエスタの伝言を聞いて、官兵衛は短くため息をついた。律儀な娘だ。わざわざ自分なんぞに伝言を残していってくれるとは。
そんなメイドに礼を言うと官兵衛は歩き出そうとした、しかし。
「カンベエさん、言おうか迷っていたんですけど。一つだけ宜しいですか?」
その歩みはメイドの次の言葉で留められた。
「シエスタがモット伯爵のところへ仕えたのは知っていますよね?実はその話は前々からあったんです」
「前々から?どういうこった」
「はい、実はモット伯爵は度々学院に視察に来ていて。その度に気に入った平民のメイドに目をつけていました。
シエスタもそんな内の一人でした」
メイドが険しい表情で続ける。
「ですがシエスタは懸命にその誘いを断っていました。彼女は学院での生活を楽しんでいましたし、それに……」
「それに?」
「いえ、これは私の口からは。ですが昨晩のことです、モット伯が強引に彼女をメイドとして雇う事を決めたのは」
強引に、という言葉に力が篭っているのを官兵衛は聞き逃さなかった。メイドの手が難く握られ震える。
「あの子は無理やり連れて行かれたんです。そこに何か口約があったかは分かりません」
官兵衛は無表情で、しかし同じように拳を握り締めた。
「あの子、伝言を伝える時泣いていました。穏やかで明るいあの子が、普段は想像もつかないくらい。
それ程嫌だったんでしょうね。ここを離れモット伯に仕えるのが」
メイドがキッと官兵衛を見やった。
「別に貴方にどうこうしろとは言いません。相手は王宮の勅使で、学院の生徒とは全く違いますから。でも……」
そこまでいうと、メイドは一瞬辛そうな表情をしたが再び官兵衛を見据えて。
「あの子がどういう想いでここを出て行ったか、良く知っておいて下さい。他ならぬ貴方に知っておいて欲しいんです」
そういうとメイドは頭を下げ、耐え切れなくなったかのように駆けて行った。
そんなメイドの必死の姿を見て、官兵衛は鉄球にずしりと座り込んだ。額に手をやりしばし黙考する。
「やれやれ」
官兵衛はゆっくりと立ち上がると、デルフリンガーを鞘に収め、学院の本塔のほうへと消えていった。

そのころルイズは、本塔最上階にある学院長室の前に来ていた。
緊張で喉が渇く。荘厳な造りの扉を前に、ルイズはゴクリと喉を鳴らした。
オールド・オスマンに会って話をするのだ、と意気込んだとはいえ、彼女は緊張していた。
自分の要望がそう簡単に呑まれるだろうか。状況が状況である。
扉に手を掛け、ノックしようとした瞬間。
「あらルイズ」
と、不意に彼女を声が引きとめた。見るとそこにはキュルケとタバサが仲良く立っていた。
「キュルケにタバサ。どうしたのよこんな所で」
「それはこっちのセリフ。貴方こそどうしたのかしら」
キュルケの言葉にルイズが言葉を詰まらせる。
「べ、べつにちょっとオールド・オスマンにご用があって来ただけよ。」
「ふーん……」
キュルケがそんなルイズの様子をじろじろ見た。
そしてふっと笑うと、再び口を開いた。
「どうせ貴方の事だし、フーケ探索にでも志願しに来たんでしょ?」
「な、なんでわかったのよ」
「あら、貴方の考えなんてお見通しよ。大方プライドが許さなかったんでしょう?」
「そんなんじゃないわ!私は――」
キュルケの言葉に反論しようとしたルイズであったが。そのとき、学院長室からミス・ロングビルが現れた。
「あら、みなさんどうされましたか?」
いきなりの登場にルイズはたじろいだ。ロングビルが、不思議そうに三人を見つめる。
「わ、私、オールド・オスマンに用があって参りました。是非とも私をフーケ探索隊に加えて頂きたく――」
しどろもどろになりながらルイズが言った。
続いてキュルケ達も同じ旨の発言をする。
それに対してルイズは振り返りながら、驚いた目でキュルケ達を見た。
「考えることは皆同じみたいよ?ルイズ」
キュルケが笑みを浮かべながら、ルイズをみやった。
タバサも静かに頷く。
二人のそんな様子に対してルイズもふっと笑った。
「わかりました。ではすぐにオールド・オスマンにお話を」
ミス・ロングビルが、話を聴き終えると、三人をスッと学院長室の中へと案内していった。
重厚な造りの扉が、静かに閉じていった。密かに浮かべていたミス・ロングビルの笑みを、そっと隠すかのように。



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