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ウルトラ5番目の使い魔、第三部-23


 第23話
 あの湖に希望を込めて

 古代怪鳥 ラルゲユウス 登場!


「いまよ! シルフィード、飛んで!」
「わかったのね! あとはシルフィーにまかせるのねーっ!」
 怪獣ゴルゴスの爆発の炎と煙がヴィルサルテイル宮殿の庭園を焦がす。
 飛び散る岩。かつて建物やガーゴイルの一部だった残骸が白い尾を引いて四方に飛び散っていき、その爆発の起こした強烈な爆風を翼に受けてシルフィードが大空高く飛び上がっていく。
「うわーぉ! やっぱりあなたの背中は最高ね。前より速くなったんじゃないの」
「ふふん、シルフィも日々成長しているのね。さ、こんなところはおさらばしてトリステインまで急ぐのね。しっかり捕まってるのねっ!」
 背中にジルとキュルケ、タバサの母を乗せてシルフィードは一路西を目指して飛んだ。あの爆発の中、超低空で飛んでジルとキュルケを拾い上げて、その大きな体で守って飛び上がったシルフィードもまた、以前に比べて大きく強くなっていたのだ。
 翼を大きく広げ、高空の風を掴んだシルフィードは風韻竜本来の力を存分に発揮して、鳥よりも速く飛翔する。もう王宮警護の竜騎士が気づいても手遅れだろう。風韻竜はこの世のどんな生き物よりも速い、その誇りがシルフィードの胸に芽生えつつあった。
 しかし、リュティスから急速に遠ざかりつつあるシルフィードを背後から猛追する複数の影があった。
「おい、後ろから何か来る。鳥じゃない……ちっ、追手だよ!」
 ジルの狩人として鍛えた眼が、かなたからの刺客を素早く捉えた。黒い点のようなものが次第に大きくなり、コウモリのような翼を持ったガーゴイルの形をとっていく。数はざっと二十体、こちらより速い、このままでは追いつかれる!
「きゅいい! わたしより速いって、どういうことなのね!」
「向こうは余計な人数を乗せてないからな、軽い分速いんだろう。しかしあの女、しつっこいものだね」
「声色からプライドの高さはうかがえたものね。わたしにも見えてきたわ、空中戦用の鳥人型ガーゴイルみたいね。ゲルマニア軍が似たようなものを使っているのを見たことがあるわ」
 キュルケの視力でもわかるくらいだから、かなり近づいてきていると言えるだろう。実際、両者の距離は急速に縮まりつつあった。それはガーゴイルが魔法先進国であるガリア製であることと、もうひとつ、送り込んできた張本人であるシェフィールドの執念によるものだった。
 ゴルゴスが爆破されたとき、シェフィールドはゴルゴスに一体化していたガーゴイルとの交信がすべて消えたことで敗北を悟った。しかし、もはや追い詰められるところまで追い詰められたシェフィールドは、なりふり構わずに手持ちの最後のガーゴイルを使ってまで追ってきたのであった。
「貴様らだけは、貴様らだけは何としてでも生かして帰すわけにはいかない。殺してやる、私のすべてと引き換えにしてでも殺してやる!」
 ガーゴイルやゴーレムは、その操る人間の技量と感情に応じて能力が上下する。今、怒りと屈辱の極致に達したシェフィールドの執念が乗り移ったガーゴイルは、小鳩を見つけた猛禽がごとくシルフィードに襲いかかろうとしている。
 振り切れない! さらにガーゴイルたちはジルが見たところ近接戦用の爪などだけでなく、腹部に奇妙なふくらみがある。
「まずいな。あのガーゴイルども、腹の中に爆薬を抱えてるぞ」
「ええっ! それってもしかして、シルフィーに抱きついて……ドカーン! きゃーっ!」
「落ち着きなさいよ。わたしだってまだ死にたくないんだからね。まったく、もうほとんど精神力は残ってないってのに、度を越えたアンコールは無粋の極みよ!」
 追撃を阻止するため、ジルとキュルケは再び武器をとった。弓に矢をつがえ、杖をかざして呪文を唱える。
 だが、すでに矢玉も精神力も尽きかけている。はたして二十体ものガーゴイルを撃退することができるかどうか。
「きゅいい! ジルにキュルケ、お願いだからお願いするのね! あんなのといっしょにドッカーンなんて絶対イヤなのね!」
「好きな人間がいたらお目にかかりたいわね。あなたは黙って飛んでなさい。ちょっとでも速くね! 疲れたなんて言ってたらみんな揃って花火よ!」
 シルフィードは全力で飛んで、少しでも敵が追いついてくるのを遅らせようとがんばった。本来ならガーゴイルの到達できないほどの超高空まで逃げるか、雲に飛び込んで撒くかするのだが、これ以上高く飛べば虫の雲に突っ込むことになる。また、こんなときに限って身を隠せるほどの雲は無い。
 つまり、ひたすらに真っ直ぐ飛んで逃げるしかないわけで、シルフィードが振り切れない以上、運命はジルとキュルケに託された。
「残りの矢は三本か。キツいねえ、狼の大群に囲まれたときのことを思い出すよ」
 まずはジルが弓を引き絞り、先頭のガーゴイルに矢を放った。狙いは違わず、矢尻はガーゴイルの頭に突き刺さり、次いで巻きつけられている火薬筒に引火して赤黒い炎がガーゴイルを両隣と後ろにいたのを合わせて四体ほどスクラップに変えた。
 しかし、炎の中から別のガーゴイルが群れをなしてまた出てくる。生き物ではないからひるみもしない様子にジルはうんざりしたように言った。
「狼ならリーダーを潰せば逃げ出すんだけどねえ。これだから貴族の作るものは嫌いだよ、値段だけは張るくせにかわいげがない」
「凍矢をお守りにしてる人がよく言うわね。でも、ガリアの商品はダメなのが多いわよねえ。あの国でショッピングしようと思うと錬金の真鍮めっきと混ざりものの宝石のアクセサリーばっかり。寮で隣の部屋の子に買っていってあげたら、「だから高級品はトリステインの上品なものに限るわ」って言うんだけど、よく見たら『トリステイン王国・クルデンホルフ公国立工房製』って保証書に書いてあるのよね。だから目利きは大切なのよ、まあわたしは目利きされなくても美しいけど」
 芝居の台詞のように早口でまくしたてながらも、キュルケは流れるような繊細さで杖を振るい、凝縮した火炎弾を撃ち放った。
 爆発! またも数体の不運なガーゴイルが使い物にならないゴミになって空に舞い散っていく。まったくもったいない話だ。今ぶっ壊したガーゴイルに使われた分の税金でいくらの没落貴族が仕事にありつけることか。
 ジルとキュルケがほぼ同じくらいの数を撃破したことによって、敵の数はぐっと減った。が、脅威は変わらずに迫ってくる。一体でも取り付かせたらこっちの負けだ。
「ははは、早くなんとかしてなの! 怖い気配がどんどん近づいてきてるなのお!」
「うるさいよ。こっちだって疲れてるんだ。揺らさずにまっすぐに飛びな」
 ジルの矢とキュルケの魔法がガーゴイルたちを狙い撃って吹き飛ばす。しかし、相手も今度は編隊を広く取ってきたので同時に倒せた数はさっきより少ない。
「これが最後の矢だ」
「奇遇ね。わたしも次の魔法で打ち止めみたいよ」
 ふたりは同時に魔法と矢を放った。ガーゴイルの編隊のど真ん中でふたつはひとつになって、先にゴルゴスを粉砕したほどではないが、それなりに大きな爆発を引き起こしてガーゴイルたちを吹っ飛ばした。
 そして……それによってふたりの武器は尽きた。
 ジルは、ふうと息をつくとシルフィードの背中に腰を下ろした。次いでキュルケも杖をしまうと、ポケットから櫛を取り出して髪をすきはじめた。
「ちょちょ! どうしたのねふたりとも! まだガーゴイルはふたつ残ってるのね! すぐ後ろまで来てるのね」
「矢がない」
「精神力もないわ」
 簡潔にきっぱりとふたりは答えた。使える攻撃手段は今ので使いきり、今のふたりはなんのあらがいようもできないただの人間にほかならなかった。
 目の前に迫ってきているガーゴイルに対して打てる手は、ない。この期に及んでじたばたとするよりは、逃げ切れるほうに懸けて余計なことはしないほうがいいだろう。
「と、いうわけで。シルフィード、あとはよろしくね」
「ええええええええ!!」
 最終的に責任を丸投げされたシルフィードは当然のように仰天した。当たり前だが、彼女としてはジルとキュルケがなんとかしてくれるものと期待していた。なのに、最後がコレとはきつすぎやしないか。
「ちょちょ! シルフィーじゃ逃げられないって言ってるでしょ! まだ二体もガーゴイル残ってるでしょ! ドッカーンてなっていいの! ドッカーンって!」
「矢がなくちゃどうにもならないよ。風韻竜は世界一速いんだろ、もうトリステインとの国境間際じゃないか。根性みせろ」
「ジルの鬼ーっ! 悪魔ーっ!」
 シルフィードは、平気で無茶ぶりしてくるところもやっぱりタバサの師匠だと思った。超実戦主義で、毎回背水の陣のスパルタを当たり前のようにやってくる。こちらの意思なんかちっとも考えちゃいないのだ。
 追いつかれたら爆弾で丸ごとにドカーン。それが嫌なら必死で逃げるしかないので、シルフィードは文字通り死んだ気になってがむしゃらに飛んだ。
「へえ、ガーゴイルどもが引き離されていくぞ。やればできるじゃないか」
 ほめられてもちっともうれしくなかった。今回一番肉体労働してるのは間違いなく自分だろう。そっちはやることやりきって気が楽だろうけど、こっちだって疲れているんだ、もう少し感謝のこもった言い方はないものか。
 しかし、シルフィードが速く飛べば飛ぶほど疲れるのに対して、ガーゴイルたちは疲労などなく同じ速さで追撃してくる。一度は引き離したものの、またも距離がぐんぐんと近づいてきた。
 まずい……シルフィードは一気に力を出した分スピードが衰えている。そこへ、それを見通したかのようにガーゴイルからシェフィールドの声が響いてきた。
「あははは! どうやらそこまでが限界のようね。あなたたちもよく頑張ったけど、勝負はより多く駒を持つほうが勝つものなのよ。さあ、もう遊ぶのも飽きたわ。このまま揃ってハルケギニアの空に輝く星にしてあげる!」
 勝ち誇るシェフィールドの笑い声。しかし今回は前までと違って油断してはおらず、ガーゴイルたちは無駄な動きをせずにまっすぐに迫ってくる。あの女は今度こそ本気だ。取り付かれたら、有無を言わさず大爆発を起こして吹き飛ばされるだろう。
 対して、こちらには打てる手が尽きている。シルフィードは、羽根の感覚がなくなりそうな中で必死に叫んだ。
「ふたりともーっ! お願いだからなんとかしてーっ!」
 すると、ジルは深々とため息をついてつぶやいた。
「……ふぅ、やれやれ、どうにか逃げ切れてくれと期待したんだけれど、やはり少し無理だったか。仕方ない、できれば使いたくなかったんだけど、奥の手を使うか」
 そうしてジルは片ひざを立ててしゃがむと、義足に打ち込まれているピンを数本引き抜いた。それで義足はジルの足から外れて、ごろりと転がった。
「やれやれ、こいつを作るのには苦労したんだけどな本当に」
「なんですのそれ? ああ、おっしゃらないでもわかったわ。爆弾でしょ、その義足」
 キュルケのQ&Aに、ジルは軽く口元をゆがめると、義足のももの部分の奥に火縄を突っ込んで火をつけた。
 これで爆発する。起爆は十秒後、投擲するタイミングを計っているジルにキュルケが呆れたように言った。
「驚いた人ね。爆弾を足に仕込んだまま、これまで跳んだり跳ねたりしてたの。わたしも大概だけど、あなたほど危険な香りのするレディは見たことないわ」
「使えるものは全部使うのが狩人の流儀でね。前に足をドラゴンに食われたから、今度は腹の中から吹き飛ばしてやろうと思って作ったのさ。シルフィード、腹減ってるなら半分食わせてやってもいいぞ」
「死んでもお断りするのね!」
「そうか、なら向こうにくれてやるとしよう」
 そう言って、ポイとジルは義足を宙に放り出した。義足はそのままくるくると宙を舞って、近づいてくるガーゴイルのほうへと飛んでいく。
 そして、ガーゴイルたちの正面に到達したとき、火縄が火薬に届いて起爆した。そう、例えるならばルイズの失敗魔法くらいの規模の爆発で。
「うわっ、と! すごいわね、ここまで衝撃が来たじゃない。あなた、いったいどれだけ火薬詰めてたのよ」
「うーむ、昔の恨みで詰めれるだけ詰めてたんだが、ちょっとやりすぎたかな。次はもう少しは減らすか」
「いえ、できれば金輪際やめてくださいなの。歩く爆弾抱えて飛ぶなんておっかないことイヤすぎるの!」
 爆発が晴れると、後にはガーゴイルのカケラも残ってはいなかった。奥の手というよりは最終兵器というんじゃないかという威力で、こんなものを抱えた人間とさっきまで火の粉が舞い散る戦場で戦っていたかと思うとぞっとする。
 それなのに、当のジルはといえば他人事のように涼しげで気にした様子も無い。今度はシルフィードだけでなく、キュルケもジルがタバサの師匠なのだとしみじみ思った。涼しい顔をして当たり前のように過激なことをする。それも冗談ではないレベルで実行するので心臓に悪いったらない。
 とはいえ、ジルの奥の手のおかげでどうにか追手を撃退できたようだ。後ろから迫ってきていたガーゴイルの姿はもうなく、キュルケはやっと一息をついた。
「やっと終わったみたいね。シルフィード、もうゆっくり飛んでもいいわよ」
「きゅい? も、もう大丈夫なのね?」
「ええ、もう追手の姿は見えないわ。それに、いつの間にかもうトリステインの領内に入ってるじゃない。ここから先はのんびりいきましょ」
「そ、そうね。シルフィーもやっと休めるのね。ふぅー」
 全力を出し切って疲れきったシルフィードは、気が抜けたように息を吐いて、ゆっくりとした飛び方に変えた。
 ここまで来たら、もう大丈夫だろう。トリステインに入ってしまえば、あとは魔法学院までたいした時間は必要ない。長い幽閉生活から解放されて、キュルケは懐かしい自分の部屋を思い出して思わずほおを緩めた。

 だが、シルフィードが安心して速度を落としたのを見計らったかのように、彼女たちの真上から二体のガーゴイルが逆落としに降ってきたのだ!

「きゅいーっ!」
「っ! しまったぁ!」
 二体のガーゴイルにがっちりと組み付かれ、シルフィードは悲鳴をあげ、ジルは怒りの叫びをあげた。
 完全に油断した。ガリアの領域を抜けたとばかり思っていて、自分としたことが気を抜きすぎてしまった。
「くそっ、しつこい女め!」
「言ったでしょう。お前たちは必ず死んでもらうと! こうしてお前たちが油断する時を待っていたわ。勝負は、最後の最後まで切り札をとっておいたほうが勝つのよ」
 シェフィールドの勝ち誇った声がガーゴイルから響く。ジルとキュルケは、必死にガーゴイルを引き剥がそうとするが、人間の力ではビクともしなかった。
「無駄よ。このガーゴイルは自爆用の特別製、一度食いついたら二度と離れないわ。さあ、あと十秒よ、始祖にお祈りでも捧げなさい」
「ふざけるんじゃないわよ!」
 キュルケもジルジルも、とりついたガーゴイルをなんとか引き剥がそうとした。不意を打たれてしまったのは自分たちが油断してしまったせいだ。目的地に着くまでは安心すべきではなかったのに。
 しかし、ふたりの懸命さもむなしくガーゴイルは離れず、シェフィールドの声だけが愉快そうに響く。
「あはは、そんなことをしても武器も精神力も尽きたあなたたちにはなにもできないわ。ここは高度千メイル以上、不時着しようとしてももう遅い。選ぶなら爆死するか、飛び降りて墜落死するかだけよ」
「ざっけんじゃないってば! タバサなら、あの子なら絶対にあきらめないわ」
「ふん、シャルロット姫ね。ならばお前たちも今すぐに後を追うといいわ!」
「きゅいーっ! そんなことないの! おねえさまはきっとまだ生きてるのね!」
 激昂したシルフィードの声が、あと数秒の命だというのにガーゴイルに突き刺さる。するとシェフィールドはガーゴイルを通して、三人に絶望を叩きつけるべく言い放った。
「なら教えてあげるわ! シャルロット姫はもうこのハルケギニアのどこにもいないのさ。ロマリアの妖怪どもの術によって、別の世界に追放されてしまったんだそうよ。死んで魂になってさえ戻ってこれないような、そんな異世界へね!」
「異世界……!?」
 シルフィードとキュルケは、タバサの屋敷での戦いでタバサを吸い込んでしまった空の穴を思い出した。
 あれが異世界への扉? そういえば、ヤプールもあんなふうに空に穴を開けて違う世界からやってきていた。ならば、タバサを救う方法など……
 キュルケ、ジル、シルフィードの心に雹が降る。やれる限り、できる限り戦い抜いてなお、望みが叶わないものなんだと打ちのめされる絶望が心を掴む。
 そしてなによりも、もう時間がない。シルフィードに取り付いたガーゴイルの体は赤熱化して、あと瞬き一回分で爆発してしまうに違いない。
 打つ手はもはや三人ともなにもなく、墜落していくシルフィードとともにすぐに全員が同じ運命を辿るだろう。もはや勝利を逃すわけもなくなったシェフィールドの笑い声が不愉快に響くが、どうしようもないどうすることもできない。
「さあフィナーレね。最後の情け、お前たちの死に顔だけはこの目に焼き付けておいてあげるわ!」
 起爆の時間が来た。ガーゴイルの体内に仕掛けられた爆弾が膨れ上がり、シェフィールドの興奮も最高潮に達する。

 ガーゴイルの目を通したシェフィールドの視界の中で、対になるガーゴイルの体表にひびが入り、炎が噴出すのが見えた。
 終わった。これで連中は死んだ! 爆発を見届けたシェフィールドは、爆発の閃光で自分の目までやられないようにガーゴイルとのリンクを切った。それに一瞬遅れて、ガーゴイルの自爆を証拠としてすべてのコントロールも消滅した。
 やった……これであの連中は死んだ。満足げに微笑むシェフィールドに、ジョゼフが問いかけてくる。
「ミューズよ、片はついたのか?」
「はっ、ジョゼフさま! シャルロット姫の母君と使い魔と他数名、たった今トリステインとの国境近辺にて爆死いたしましてございます」
「そうか……これで、シャルロットの忘れ形見も消えたか。また、なんとも悲しいことだな」
 そんな感情など微塵も感じさせずに言うジョゼフに、シェフィールドはうやうやしく頭を下げたまま尋ねた。
「死体を回収いたしましょうか?」
「無用だ。シャルロットに見せ付けてやるならまだしも価値はあるが、今はただの屍よ。それよりも、余はこれから忙しくならねばならぬようだ。余は無能王だからな、つまらぬ仕事でこれ以上疲れたくない、すまぬが面倒を引き受けてもらえぬか?」
 そう言ってジョゼフの見下ろした先には、丸こげの死骸と化したカイザードビシどもの哀れな姿が累々と転がっていた。
 やったのは、もちろんジョゼフである。彼の発動したエクスプロージョンの威力によって、当て馬として用意された怪獣たちは与えられた役目どおりに派手に倒され、彼らの目論見どおりにリュティス中の人間の目を引いていた。

「おお、なんだ……あの化け物たちが一瞬で」
「魔法、魔法なのか? けど、あんな魔法見たこともないぞ」
「見ろ! あれ、あの空の上!」

 市民の何万、何十万という目が自分へ向いてくるのをジョゼフは感じていた。
 さて、ここまでは作戦どおり。リュティスの市民の頭の中に、エクスプロージョンは最高の形で刷り込むことができた。あとは、市民たちの頭の中が真っ白なうちに、伝説の虚無の名と救世主の存在を刻み込めばいい。
 が、ここまで来てなんだが、ジョゼフは市民に向かって名乗りをあげて演説をぶるということに、気乗りがまったくしなかった。ジョゼフにしては珍しいことに、自信がないと言ってもいい。
「民に語りかける仕事か。シャルルのやつならうまくやったであろうなあ。しかし俺はどうも、なにを言えばいいのか皆目わからん。シャルルとはいろいろ張り合ったが、こいつばかりはな」
「ジョゼフさまは凡人には理解できぬお方。それゆえ、愚民の機嫌とりなどは似合いませぬ。わかりました、ここはわたくしめがジョゼフさまの口となって、愚民どもに甘美な夢を見せてやりましょう」
「フフ、では任せるぞ。では、余はせいぜい偉そうに立っていることとしよう」
 おもしろそうに、ではお手並み拝見とばかりに不敵な笑みをジョゼフはシェフィールドに見せた。
 そしてジョゼフはガーゴイルの上に胸を張って立ち、リュティス全域を鋭い眼光を持って見渡した。その、たくましくも精悍な姿に人々の目は吸い込まれ、まるで神話の英雄のようにさえ神々しく見えた。

「あれはジョゼフ王! もしや、いやまさか」
「まさか、あの無能王が! い、いや、しかし」

 流れを察した市民たちの動揺が大きくなる。ジョゼフの精悍な姿に見惚れる心と、無能王を疑う心が人々の中でぶつかり合っているのだ。
 しかし、迷い戸惑う気持ちは心を混沌にして、どんなに聡明な人間の心にも空白を生じさせてしまう。
 シェフィールドはまさにその心の空白を突き、全リュティスの市民の心に影のように滑り込んだ。

「すべてのガリアの民よ、聞きなさい! この地を襲った悪魔の使者は今倒されました。あなたたちは救われたのです! 見たでしょう、怪物を倒した神々しい光を! あれこそ、始祖ブリミルの与えたもうた伝説の系統、”虚無”なのです! そして虚無を操り、奇跡を起こしたお方こそ誰でしょう! ガリアにあって始祖の血を引くお方! この国の正当なる統治者、ジョゼフ一世陛下なのです!」

 風魔法のマジックアイテムで増幅されたシェフィールドの声がリュティス全域に響き渡った。
 市民たちの中をいままでで一番の衝撃と動揺が走った。虚無、まさか! ジョゼフ王が、まさかそんな!
 人々の心は揺れ動き、一部ではすでに壮観なジョゼフの偉容に見惚れている者も出始めている。
 それでも、無能王ジョゼフを疑う目はなお多い。しかし、それでいいのだ。シェフィールドの呼びかけはあくまで呼び水なのだから。ほら、もう本命がそこまで来ている。

「リュティス市民の皆さん! 我々はロマリア宗教庁、教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下の使いの者です。我々は、今この時を持ち、始祖ブリミルの御名においてジョゼフ一世どのを虚無の担い手と認定いたしました!」

 聖獣ペガサスを駆って飛び、ジュリオが準備していたロマリアの神官団がジョゼフを前にして高らかに宣言した。
 そして、大勢はこの時に決したと言ってよかった。

「おお、あれは本物のロマリアの! すると、やはり本当だったんだ」
「虚無の担い手。始祖ブリミルの再来だ! おお、なんて頼もしいお姿だ」
「ジョゼフ王こそ救世主、ガリアの英雄だ」
「英雄王ジョゼフばんざーい! ばんざーい!」

 本当はシェフィールドとジュリオの差し向けた神官とのあいだに、あと二言三言の言葉のやりとりがあったのだが、もはやそれはどうでもよかった。
 怪獣を倒した魔法という直接的な証拠と、なによりハルケギニアで絶対的な権威を持つロマリア宗教庁の公認。それらが絶対的なインパクトと説得力を有して人々の思考を完全に支配してしまったのだ。
 かくして、無能王は英雄王になった。
 リュティスの市民たちは、昨日まで蔑んでいた相手に歓呼の声を送り、ジョゼフもそれに応えてかっこうよく杖を掲げる。
 しかし、ジョゼフの本当の心を知る者は誰もいない。
 なんともはや、予定通り、計画通り。ジョゼフはあまりのたやすさに興奮などなく、ひたすら馬鹿馬鹿しさばかりを感じていた。
”シャルルよ見ているか? 俺は今、英雄になったんだぞ。実に簡単だった、俺は今こそお前を超えることができたのかもしれん”
 心中で棒読みの言葉を並べつつ、ジョゼフは形だけは完璧な英雄王を演じ続けた。もはや眠気さえ覚えてくるけれど、これも英雄のつとめだと思って我慢した。
”それにしてもシャルルよ。俺とお前は昔、この国の民のために国をもっとよくしていこうと誓っていた。しかし、民とはいったいなんなのだろうな……?”
 そしてシェフィールドは、輝ける存在になったジョゼフの勇姿に感動しつつ、精一杯の演出に心を砕いていた。
 無言を貫くジョゼフに代わって弁舌をふるい、ジョゼフの威光をさらに高めるべく訴える。たとえそれがわずかな期間だけの、虚構で作られたものだったとしてもシェフィールドは構わなかった。
 彼女は思う。ジョゼフさま、あなたは今まさに何者にも負けないくらい輝いております。たとえあなた様がそれを望まなかったとしても、ジョゼフさまほどの王の才覚を持つ人間などおりませぬ。憎むべきは、類まれな才能をさずかった天才を活かせずにあなどり続ける愚劣なガリアと、世界の人間たちのほうです。ならば、シャルルさまのお耳に届くよう、ヴァルハラまで響く愚民どもの断末魔のオーケストラを奏でてやりましょう。わたくしは永遠にあなた様にお供いたします。そしてすべてが終わった後で、地獄でわたくしが酌をしながらあなた様の覇業を語りましょうと。
 ジョゼフの心に根ざす闇の詳細は、シェフィールドさえせいぜい表層しか理解できていない。従って、こうした行いが本当にジョゼフの喜びになるのか、実のところ彼女にも自信などなかった。
 しかし、シェフィールドはそれでいいと思っている。自分の考えで計りきれるほどジョゼフの器は小さくも浅くもない。それでも、今の自分にはジョゼフから与えられた役割がある。それがある限り、自分はジョゼフにとって不要なものではないはずなのだから。
 シェフィールドの見渡すリュティスの景色は、すでにジョゼフへの歓呼一色となっていた。これから、ロマリアの口からジョゼフが無能王と呼ばれてきた所業のすべてはエルフによるものだということが語られて、ジョゼフはその洗脳から解放されて救世主として現れたのだと言えばすんなり受け入れられるに違いない。
 そして、憎むべきはエルフだということになり、高らかに『聖戦』が宣言される。ガリアの人間は奇跡の虚無の力に浮かれて、エルフ討つべしと気勢をあげるのも目に浮かぶ。その先に用意されているのは地獄だというのに。
 ともあれ、茶番劇の幕は開いた。あとは大団円まで引っ張れるかは演者の腕にかかっている。だが、世界の破滅の懸かった茶番劇だ、腕のふるいがいがある。なにより、シャルロットをはじめとする邪魔者はもはやいないのだ。
 そう、我らの大望をはばむ者はもういない。ガリアはこれで完全に支配下におき、ロマリアの教皇の権威が後押ししてくれている以上、遮る者はすべて異端者として処理できる。ゲルマニアもロマリアには逆らえないし、小国トリステインなど歯牙にもかからない。もはやハルケギニアをあげた聖戦の発動は決まったも同然なのである。
 邪魔者が消えた以上、自分の残りの人生はジョゼフさまの望みを成就させる一点にのみ使う。シェフィールドの心は情熱で燃え上がり、それ以外のすべてを忘れて輝いていた。


 が、シェフィールドはこのとき、たったひとつ計算違いをしていたことに気づいていなかった。
 それは、確実に始末したと思ったキュルケたちの生死についてである。
 あのとき、シェフィールドは爆発寸前のガーゴイルから、自分の目がやられることを恐れてリンクを切った。ところが、リンクを切ってから実際にガーゴイルが爆発するまでの間に、ほんのコンマ数秒だけタイムラグがあったのだ。
 もちろん、そんな瞬きひとつするだけで終わってしまう時間でキュルケたちに打てる手などあるわけがない。しかし、シルフィードの必死の努力によってかろうじてトリステイン領空へと飛び込めていたことが、キュルケたちの運命を天国への門から引きづり戻すことになったのだ。

 爆発寸前のガーゴイルに組み付かれて墜落していくシルフィード。だが、その様子をトリステインに入ってから、彼女たちの頭上より、ずっと鋭い視線で睨み続けていた者がいたのだ。
 それは、最初は空を飛んでいても誰も気に止めないほどの小さな存在でしかなかった。その正体とは、白い文鳥のような一羽の小鳥である。それゆえ、シェフィールドにもシルフィードにも気づかれていなかったのだが、全速力で飛ぶシルフィードにやすやすとついてくる速さとスタミナは文鳥のものではない。
 そしてその小鳥は、目の前で繰り広げられた戦いをじっと見守り続けていたが、シルフィードがガーゴイルに組み付かれて墜落していくのを見ると、シルフィード目掛けて雷のように急降下を始めた。
 小鳥の視界の中でシルフィードが見る見るうちに大きくなっていく。シルフィードの背に乗っているキュルケやジルの姿も、すでにくっきりとその眼に捉えていた。
 シェフィールドが、ガーゴイルとのリンクを切ったのはちょうどその時である。強いて言えば、このときシェフィールドの視界に小鳥は入ってはいた。ところが、あまりにも小さくありふれた小鳥の姿だったので、シェフィールドは完全にそれを見過ごしてしまっていたのだ。
 だが、もしもあとほんの一瞬でも長くシェフィールドがガーゴイルと視界を共用していたら、彼女はとてもジョゼフの演劇に気持ちよく参加することはできなかったに違いない。
 なぜなら、シェフィールドが目を離したまさにその瞬間だった。それまで手に乗るほど小さかった小鳥が、一瞬にして翼長五十メートルもの巨鳥へと変貌し、シルフィードとのすれ違い様に爪の一撃で持ってガーゴイル二体をバラバラに引き裂いたのである。
 決着はそれで着いた。バラバラにされたガーゴイル二体は風圧で数百メートルは吹き飛ばされ、そこで起爆して空のチリとなった。もちろんシルフィードにはなんの影響もない。
 そして、巨鳥はくるりとUターンして戻ってくると、墜落し続けていたシルフィードを鷹が雀を捕えるように空中で掴みあげて、そのままトリスタニアのある方角へと飛び立った。
 シルフィードと、ジルやキュルケはあまりに一瞬の出来事にわけもわからず、ショックでそのまま気を失った。しかし、巨鳥はシルフィードを守るようにがっちりと掴んだまま、音の速さにも近い猛速で飛んでいく。その行く手を遮ることは、何人たりとて許さないという王者の飛翔。行く手の山々で猛禽は逃げ出し、オークやトロルも脅えて巣穴に引きこもる。圧倒的な威圧感を振りまきながら巨鳥は闇に包まれた空の下を飛翔して、やがて人里近くにやってくると速度を緩めて、王都トリスタニアのトリステイン王宮の中庭へとゆっくりと降りていった。


 それから、およそ半日ほど時間が過ぎた頃になる。戦いの疲れから深い眠りについていたキュルケは、どこか見覚えがあるような寝室で目を覚ました。
「ここは、えっと……ヴァルハラ、じゃないみたいね」
 質素ながらこぎれいに片付けられた寝室のベッドから身を起こし、周りを見回したキュルケは、自分がまだ天国とやらに導かれたわけではないらしいことを悟った。
 手は動く、足も動く。胸に手を当てれば、ルイズが血涙を流して悔しがる豊満なふくらみを通して心臓の鼓動が伝わってくる。心配せずとも、まだ幽霊でもゾンビでもないらしい。
「どうやら、助かっちゃったみたい」
 口に出して言うことで、キュルケは自分自身を安心させた。
 完全に死ぬかと思ったけれども、死なずにすんだようだ。しかし、いったいどうして助かったんだろうかと、キュルケは寝ぼけが残る頭を揺さぶって、自分がどうなったかを確かめようと試みた。
 服は清潔な寝巻きに着替えさせられているが、自分の杖は枕元に置いてあった。六人分のベッドが並べられた寝室には自分以外には誰もいないけれど、自分に危害を加えてきそうなものは見当たらない。
 ここはどこか? 少なくとも、かなり大きめの施設か屋敷のようだけれど、不思議とどこかでこの部屋を見たような気がする。どこだったろうか? その答えが見つかるかもと思い、キュルケは窓辺に歩み寄ると、板戸で閉ざされていた窓を大きく開けて外の景色を見渡した。そして、さしものキュルケも驚いて自分の目を疑った。
「ここって、トリステイン王宮じゃないの!」
 夢の続きかと思ったが、紛れもない現実がキュルケの網膜に飛び込んでくる。窓の外に広がっていたのは、何度も訪れたことのあるトリステイン王宮の光景そのままであった。
 見回りをしている兵士がいる。庭の草木の手入れをしている庭師が窓の下で働いている。右を見れば城門が、左を見れば高い尖塔が幾本もそびえる王宮がある。王宮の建物に刻まれた、メカギラスとの戦いの際の火災の跡もそのままだ。
 完全に思い出した。見覚えがあるのも当然。ここはバム星人との戦いがあったときに、一休みしていた兵士の控え室ではないか。それに気づくと、記憶と風景が見事に合致する。ここは天国でもヴァルハラでもなく、間違いなくトリステイン王宮だ。
「ど、どういうことよ! わたし、ええっ!?」
 パニックに陥りかけ、なんとか落ち着こうと自分に言い聞かせるものの、納得できる答えなど思いつけるわけもなかった。
 最後の記憶はトリステインの国境線の空の上。それがなにをどういう経緯を辿れば王宮に来ているのか、キュルケは豊かな想像力を持っているほうではあったけど、これらをつなぐシナリオを推理しろというのは神業でもなければ無理だったろう。
 と、そうして騒いでいるのが聞こえたのだろうか、部屋のドアのノブがガチャガチャと回される音がしてキュルケは振り向いた。
「おっ! 赤いのやっと目が覚めたみたいなのね」
 入ってきたのはすでに元気いっぱいに回復したシルフィードだった。また人間の姿になっているが、彼女の身につけているものはトリステインの女性兵士の衣装であった。
「シルフィード、あなた。無事だったのね。ああ、さっそくで悪いけど教えてちょうだい。あのときいったいどうやって助かったの? あなたが王宮まで運んでくれたの?」
「わわわ、そんなにいっぺんに言われてもわからないのね。えっと、えっと」
 シルフィードの頭では矢継ぎ早の質問にはパンクしてしまいそうだった。それでも、なんとかリクエストに答えようと頭をひねるものの、口数の少ないタバサを相手にするよりずっと難しいキュルケにどう答えたものか脳みそがついていかない。
 だが幸いにも、キュルケの疑問はシルフィードの後から入室してきた麗人によって氷解された。桃色の髪を持つルイズに良く似たその麗人に睨みつけられると、興奮していたキュルケの血液も一気に冷え込んでしまう。そして、麗人は息を呑んでいるキュルケの目を見据えて言った。
「それだけ元気が余っていれば余計な前置きはいりませんね。お久しぶりですね、ミス・ツェルプストー」
「は、はい、お久しぶりです。ヴァリエール、せ、先生」
 恐縮しながらキュルケは答えた。不遜が服を着て歩いているようなキュルケでも、この人に直接睨まれると子兎のようになってしまう。この、『烈風』カリンことルイズの母親カリーヌ・デジレ。学院で前学期に教師をしていたころは生徒たちを例外なく恐怖のどん底に叩き込んだ眼光はいささかの衰えも見せてはいない。
「さて質問に答えましょう。簡単なことです。ガリアからあなたたちがトリステインに入ったときから監視していたのですよ、私の使い魔がね」
「使い魔……あっ!」
 キュルケは、カリーヌの肩に止まっている小さな文鳥を見てはっとした。
「わかったようですね。私は、世界中の空が閉ざされた時から使い魔を放って、トリステインに敵が侵入する気配がないかを監視し続けていたのです。そこに偶然、あなたたちが飛び込んできたというわけです。事情はどうあれ、あなたたちは私の教え子のひとり。ガーゴイルどもを破壊させて、気を失ったあなたたちをここまで運ばせてきました。理解できましたね?」
「は、はい!」
 そういうわけかとキュルケはすべてを飲み込んだ。カリーヌの使い魔、巨鳥ラルゲユウスの力は主人ともどもハルケギニアでは伝説となっている。爪の鋭さは竜を上回り、五十メイルを超える巨体が音よりも早く飛べば眼下の町はその羽ばたきだけで灰燼に帰す。あらゆる幻獣を上回るパワーだけでなく、あるときは手のひらに乗るくらいまで小さくなることもできるので、それを利用して多様な計略をおこなうこともできる。『烈風』カリンがいるために、小国トリステインが他国から侵されなかったのはこの文鳥のように愛らしい守護神がいたおかげでもあるのだ。
 なるほど、『烈風』の使い魔となればあの絶望的な状況をひっくり返すことも不可能ではない。キュルケは、あらためて最上級の形で礼を述べ、そしてこれまであったことの知っている限りを伝えた。
「……というわけです。ガリアのジョゼフ王は恐ろしい男です。無能王などと呼ばれていますが、実際は悪魔的な底知れなさを持つ破滅主義者です。側近のシェフィールドとかいう女を使って、恐ろしい謀略の数々をおこない、タバサも奴の手で……」
 訥々と話すキュルケに、カリーヌは黙ってじっと聞いていた。ガリアの無能王の暗部、それが世界を滅ぼそうとしているほどのものとは常識的には信じがたいが、しかし。
「わかりました。数ヶ月間の幽閉生活、本当に大変でしたね。生徒の窮状になにもできなかったことは、教師の立場として申し訳ありませんでした。ガリアに対しては、私から女王陛下に具申して対策を練りましょう」
「あ、ありがとうございます!」
 意外にあっさり信じてくれたことにキュルケは驚いた。実際のところ、話半分でもいいところだと思っていたのだけど、しかし『烈風』は嘘をついたりはしない。
 だが実は、カリーヌにはキュルケの言をすでに信じざるを得ない材料が揃っていたのだ。キュルケが眠っている間にガリアから届いた速報、ジョゼフ王の虚無の担い手であることのロマリアの証明と聖戦への参加、これに裏がないと思うほどおめでたい頭をカリーヌはしていない。ただ、目覚めたばかりのキュルケにこれ以上の心労をかけてはいけないと気を遣ったのである。
 そしてカリーヌは、さらにキュルケに驚くべきことを告げた。
「学生の身の上でありながらの貴女方の奮闘は賞賛に値します。ですが、事態はすでに貴女たちの力を超えて巨大化しているようです。これからは、貴女たちは私の指揮下として働いてもらいましょう」
「えっ! ですが、わたしはゲルマニアの。いえ、それよりもわたしたちには」
「わかっています。事情のおおまかなところはそちらの風韻竜からも聞きました。貴女方にはまずシャルロット姫の救出をおこなってもらいます。あまりきれいなやり方ではありませんが、ジョゼフ王に対抗するにはシャルロット姫こそが最大の切り札となりましょう。わかりますね?」
「それはもちろん、タバサもきっとジョゼフを止めようとすることでしょうし……けれど、タバサはもう」
 カリーヌの意外な提案に、キュルケは喜ばしくも逡巡した。確かにカリーヌやトリステインが味方についてくれれば心強いことこの上ない。しかし、すでにタバサは奴らの手によってハルケギニアから消されてしまったのだ。
 ところが、そんなどうしようもない絶望に打ちひしがれるキュルケの元に希望がやってきた。カリーヌの後ろから扉をくぐり、義足の代わりに松葉杖を突いたジルが入ってきて言った。
「そのことなら、もう私たちが見通しをつけてある。お前は寝すぎなんだよ。シャルロットを取り返せるかもしれないわずかな可能性、見つかったぜ」
 誇らしげに語るジルと、唖然とするキュルケ。そしてジルの後ろからもう一人、優しげな笑みをたたえてカリーヌから覇気と烈気を抜き、柔和さと温厚さを代わりに抱かせたような女性が現れた。
「シャルロット姫が異世界に飛ばされてしまったということは聞きました。ですが、可能性がないわけではありません。トリステインに伝わる伝説のひとつに、ラグドリアン湖の底には異世界へとつながる扉があるというものがあります。ミス・ツェルプストー、あなたには妹のルイズがお世話になったようですね。姉として、そのご恩に報いるために力を貸させてくださいな」
 キュルケの手を握り、穏やかに述べた彼女の眼には偽りならぬ光が宿っていた。
 ルイズと同じ桃色の髪と、正反対にふくよかな体つき。およそ争いごとには向かないであろう印象を与える彼女は、しかし『烈風』の血を引く意志の強い瞳をして、自らを「カトレア・ド・フォンティーヌ」と名乗った。


 続く



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