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第19話『傷跡』


オルロワージュを打ち滅ぼして以来、アセルスは心に穏やかを失っていた。
妖魔の支配者となったアセルスの元からはかつての仲間も離れ、ジーナともすれ違う。

ルイズを除けばこのハルケギニアでもアセルスが心を開いた相手はいないはずだった。
エルフの少女が住む森で、数少ない心開いた相手と再開する事など露とも思わなかっただろう。

もっとも、アセルスに浮かんだ感情は再開による感動ではなく困惑。

あの日、自分の前から姿を消したと思っていた彼女。
白い薔薇に身を包み、穏やかな微笑みをいつも浮かべてくれた姉のような存在。

彼女の名は白薔薇。
かつてアセルスと逃避行を続けた妖魔。
自らオルロワージュの罰を受ける為に、そしてアセルスを救う為に闇の迷宮で一人犠牲となった。

言葉が紬出せないのは白薔薇とて、同じだった。
静かな森林に似つかわしく無い緊迫した空気が場を支配する。

「あの……白薔薇さん、お知り合いですか?」
不穏な空気を察しながらも、エルフの少女──ティファニアが恐る恐るながら尋ねる。

「アセルス様がなぜこちらに?」
「それは私が聞きたいわ、白薔薇。なぜ貴女が……」
ティファニアの問いをきっかけにお互い混乱しながらも、言葉を交わそうとする。

「テファ、どうしたんだい?」
騒動に気づいた一人の女性が小屋から現れる。

今まで寝ていたのだろう。
寝間着姿のまま気怠そうに頭を掻いて扉を開ける姿。
妙齢をやや過ぎたくらいの女性にアセルスは見覚えがあった。

相手もアセルスを覚えていた。
いや、殺されかけた相手を早々忘れようがないだろう。

「あんた……テファから離れな!化物!!」
先ほどまでの寝ぼけ眼から一転し、アセルスを睨み付け杖を構え叫ぶ。

彼女の名前はマチルダ・オブ・サウスコーダ。
世間一般に知られている呼び名は土くれのフーケ。

以前に魔法学院の宝を狙い、その際にアセルス達と交戦。
その際にアセルスに重傷を負わされ、王都へ拘引されたはずだった。
捕えた本人であるアセルスには、彼女の顛末など些細な出来事でしかない。

アセルスが覚えているのは、彼女がルイズを傷つけた事のみ。

「アセルス様、お待ちください!」
迷わず剣に手をかけようとしたアセルスを白薔薇が制止する。

「ダメ!怪我人がいるの!」
杖を構えたマチルダはティファニアが止めた。

「そいつは貴族だ!追い出しな!!」
「でも酷い怪我をしているの!姉さんお願い、助けてあげて!」
口論する二人を止めるようアセルスが割り込む。

「お願い、彼女を治して」
頭を下げたアセルス。
口調こそ懇願だが、瞳には拒絶を許さない強い重圧。
マチルダが以前、殺されかかった時に感じた殺意を思い出す程に。

妹の望みを無碍にする気もないが、この妖魔を家に招くのも抵抗がある。
マチルダは胸中で秤にかける。

「チッ……」
「姉さん!」
アセルスに姉が殺されかかった事など知らないティファニア。
窘めるように、かつ懇願するように瞳で訴えかける。

「ハァ……」
舌打ちの次はため息が漏れる。
自分がティファニアの頼みを断れるわけがないのは自覚していた。

「わかった、その嬢ちゃんの治療は認める。
けど妖魔、アンタは小屋に近づくんじゃないよ」
ルイズの治療の引き換えとして、マチルダは小屋に近づかない事を命じる。

「白薔薇が治療してくれるなら異論はないわ」
治療に関しては白薔薇に任せる事を告げて、アセルスは条件を飲んだ。
彼女の傍にいれないのは気になるが、白薔薇なら問題ないだろうと判断して。

かつてのアセルスなら決して向けなかったであろう視線。
違和感に気づいたのは、やり取りをただ黙って見ていた白薔薇一人だった。



白薔薇による治療は順調に行われた。
それでも傷は深く、夜になるまで治療は続けられたが。
意識こそ取り戻していないが、ルイズの容態は落ち着いている。

アセルスは眠りにつく気にもならず、ルイズが治療された部屋を眺めていた。

妖魔の睡眠のサイクルは長い。
半妖であるアセルスは妖魔に比べれば眠りが浅いものの、以前は12年ほど眠り続けた。
ルイズといる間は人の時間に合わせた生活を送っていたが、本来アセルスは眠る必要などない。

「アセルス様」
唐突に呼ばれた声に背後を振り返る。

「白薔薇……」
声の主に対して、アセルスは名前を呟く。

忘れていた訳ではない。
ただ白薔薇はルイズの治療に専念していた為、二人はこの時間まで話し合う事ができなかった。

「何故こんなところに……いや、どうやってこのリージョンに来たの?」
アセルスの質問に白薔薇が少し思索しながら答える。

「少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」
アセルスは無言で頷いて肯定する。

「私が闇の迷宮に残った後、私の眼前にはアセルス様の姿が映し出され続けていたのです」
「彼奴の仕業か」
アセルスの脳裏によぎったのはオルロワージュの姿。

「……おそらく私への罰だったのでしょう。目を背ける事も閉じる事もできませんでした」
白薔薇の表情が微かに曇る。

「それなら私があの人を倒した事も知っているんだね」
「はい。オルロワージュ様が滅びた瞬間、闇の迷宮に亀裂のような光が見えたのです」
光──と聞いて、アセルスにも心当たりがあった。
自分がこの世界にくる時に触れた鏡。

「君もこの世界の誰かに呼ばれたのか」
「はい、エルフであるティファニアさんに」
アセルスの質問に白薔薇は頷いて答えた。

「君『も』という事はアセルス様も……」
白薔薇が治療したルイズの部屋を眺める。

「私は彼女──ルイズに呼ばれてきたわ」
アセルスも肯定するが、白薔薇には一つ疑問が浮かぶ。

「アセルス様……」
「何?」
「いえ、何でもありません」
尋ねようとして、自らの失態に質問を取り消す。

「ジーナのことかい?」
口籠った白薔薇の様子にアセルスは何を聞こうとしたのか察した。

「はい」
アセルスに勘付かれた以上、白薔薇は素直に頷く。

「……ジーナは死んだ」
「殺されたのですか!?」
犯人はオルロワージュかと白薔薇は推するが、アセルスは首を振る。

「自殺したんだ」
「……なぜ……?」
自制しようとしたが、どうしても白薔薇には納得できなかった。
アセルスが追い込んだとも、ジーナが自ら死ぬような心当たりもまるでなかった為だ。

「私はただ、ジーナに隣を歩んで欲しかった」
アセルスの言葉に白薔薇は最悪の想定が浮かぶ。

「まさか彼女を妖魔に……?」
「血を与えれば、共に永遠を分かち合えると思っていた。でも彼女は……」
何が彼女を死に追い立てたのか、アセルスが気づいていないと白薔薇は感じ取っていた。
どう伝えればいいか分からず、白薔薇は悲しそうに告げる。

「アセルス様は変わってしまわれたのですね……」
その台詞を聞くのは二度目だった。
アセルスの腕が伸びると白薔薇の首を掴んだ。

「アセルス……様……?」
突然の事に困惑する白薔薇を無視して、アセルスは淡々と尋ねる。

「私の何が変わったというの?」
俯き気味なアセルスの姿勢。
表情こそ見えないまでも、白薔薇が感じる重圧は決してアセルスから向けられなかったもの。

「人からは化物と拒絶され、妖魔からは半妖だと蔑まれ……」
声に抑揚はないが、白薔薇の首を掴むアセルスの手に力が入る。

「失うのも、蔑まれるのも、同情されるのも御免だった。
だから私は力で全てを支配する事にした」
アセルスが顔を上げる。
怒りも哀しみも入り混じった歪んだ表情を浮かべながら。

「私はただ全てを支配した後、愛する人に傍にいて欲しいと願っただけ。
なのに一体何が変わったと言うんだ?」
その姿を見て、白薔薇の頬に涙が伝う。

「ぁ……ぁ……」
微かに呻く白薔薇に流れ落ちる涙を止める術はない。
アセルスの心が壊れてしまっていると気づいてしまったから。
本人はその事実を隠そうとするがあまり、他者に攻撃的になる。

オルロワージュの寵姫の中で最も優しい姫君、白薔薇。
自らの優しさがアセルスの心にひび割れを入れた事を白薔薇は自覚した。

アセルスの心を壊した原因──永遠を生きる者の孤独。
逃亡劇を続ける間、白薔薇の存在はアセルスにとって心の安らぎだった。

だが、失った。
結果として、アセルスの心には喪失感だけが取り残される。

硝子玉をただ落とすより、
持ち上げてから地面に叩きつけたなら、より激しく壊れるように。
そして大切な人を失う可能性を恐れるあまり、ジーナへ抱いていた気持ちが歪み出す。

人としての心を無くせば、人であるジーナと分かり合えなくなる事を知らずに。

失ったのはアセルスの心の弱さが発端ではある。
そう簡単に断ずることが白薔薇にできるのならば彼女は心優しき姫などと呼ばれていない。

故にこう考えてしまう、咎は自分にある──と。

「アセルス様……ごめんなさい、ごめんなさい……アセルス様……」
白薔薇は幼子のように謝るしかできない。
どれほど詫びようとも、アセルスの心は戻らないと知りながら。
始めて見る白薔薇の涙にアセルスの腕から力が抜け落ちる。

(何をやっているんだ、私は……)
怒りに任せて叫んでしまったアセルスが我に返る。

一時の熱が過ぎれば、自分のしていた行動が理解できない。
いや、そもそも何故あれほど激昂したのかすら自分でも分からなかった。

姉のように慕っていた白薔薇を今どうしようとしたのか?
アセルスの思考は淀んだままだが、先に身体が気配を察し動く。

「待って、アセルス……」
か細い声だが、聞き間違えるはずがない。
桃色がかったブロンドに、蔦色の瞳。
姿を表したのはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

ルイズの足元はふらつきながらも、こちらに向かっていた。
治療の際に血を拭うため、服を脱がせたからかシーツをまとっている。

「ルイズ!」
アセルスが声をかけると意識が朦朧としたままのルイズに駆け寄る。
倒れそうになったルイズをアセルスが抱きとめる。

「アセルス……」
「怪我はまだ治したばかりなのに、どうしてこんな無茶を……」
アセルスの戒めにもルイズは喋るのを辞めない。

「今謝らないと、きっと謝れなくなりそうだから……」
「一体何を……」
アセルスにはルイズが謝ろうとしている理由が思い当たらない。
むしろ詫びないといけない立場は自分だと思っていた。
命を落としかねない怪我を負った原因は自分にもあるのだから。

「勝手に思い込んでた……口にしないと伝わらないんだって……気づいてなかった」
ふらつくルイズが何を伝えたいのかアセルスには理解できない。
しかし、彼女の言葉は立ち去ろうとしたアセルスの足を止めた。

「だから……ちゃんと話さないと……」
喋るだけでも息も絶え絶えになっているルイズ。
無理もないだろう、ほんの数時間前まで生死の境目を彷徨っていたのだから。

「私はもうどこにも行かない。だからルイズ休んで……」
それだけアセルスが伝え抱きしめるとルイズは安堵したのか意識を手放した。
眠りに落ちたルイズを腕に抱いて、アセルスも一つだけ覚悟を決めた。

「……白薔薇」
「はい」
白薔薇の返事を受けてアセルスが次の言葉を紡ぐ。

「ルイズを休ませたら少し話をしよう。嫌なら無視してくれて構わない」
憑き物が落ちたようなアセルスの表情。
先ほど白薔薇の首を掴んだ時の形相とはまるで別人のように。

「はい」
白薔薇はルイズとアセルスの間で何があったのかは知らない。
だが、きっと彼女がアセルスの心を繋ぎとめる最後の砦なのだろう。

まだアセルスは全てを失った訳ではない。
安堵しながらも、一抹の不安を感じる。
もし、またアセルスが愛する者を失う事があれば……

「きっと私達ももっと多くの事を話し合うべきだったのでしょう」
「……そうだね」
白薔薇が呟いたのは自戒からだ。
だが、アセルスも心から同意した。

アセルスは逃亡の間、色々な事を白薔薇とは話した。
それでも白薔薇に抱いていた感情を伝える事はなかった。

白薔薇もアセルスに対して本心を伝えたのは一度きりだ。
別れる前に告げた『自由になって欲しい』という言葉だけ。

互いの事を思いながら、自分の感情を伝えようとしなかった二人。

ルイズを抱えて、部屋に連れて行くアセルスが闇に溶ける。
白薔薇もその後を追っていった。

始祖の代から続いたアルビオン滅亡というハルケギニア史上のターニングポイント。
この日はアセルスにとっても永く忘れられない夜となる……


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