あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第38話 歴史




 「歴史を進めたいって……そもそも歴史って、人の行動の積み重ねで、わざわざ進めないといけないものなんですか?」

 その場にいた者の意見を代表するかのように、なのははジョゼフに聞いた。それに対してジョゼフは、我が意を得たりとでも言うように、喜色満面でその問いを歓迎しているようであった。

 「くくく……そなたはそう思うのであろうな。そなたにとっては、それが当然であるが故に。
 だがな、この世界では違うのだ。時間は積み重なっても、決して歴史は積み重ならない。
 一度始祖に壊されたとはいえ、この世界は元々『変化しない箱庭』として作られているのだ。外来者による干渉無くば、永遠に昨日と同じ今日、今日と同じ明日が続く世界として、な」
 「ちょっと待ってください!」

 さらに続きを語ろうとしたジョゼフを、ヴィットーリオが慌てて止める。

 「今、始祖によって壊された、といいましたが、それはいったいどういうことですか!」
 「ふむ、まあ始祖を祀る教皇としては、確かにそこが気にもなるか」

 ジョゼフは一つ頷くと、ヴィットーリオと、傍らのビダーシャルの顔を交互に見た。

 「まあ、俺もここに関しては正確なことは判らなかった。だが、結果として何があったかだけは判っている。
 永遠に続く世界、それを管理するエルフ。始祖は、それに反逆した。
 おっと、誤解を招かないうちに言っておくが、それは教会の唱えるような崇高な人類愛に満ちた行為では無い。むしろそれとは真逆の、私欲と私怨に満ちた物だ。要は復讐に近い行為と言ってもいい。
 だが結果としてそれが永遠の一日を維持するためのシステムに風穴を開けた。管理者であるエルフ達にももはや元には戻せぬほどのな。無理にでも元に戻そうとしたら、この世界そのものを最初から作り直すしかない。そしてそれはこやつらの権限を越える行為でもあった」
 「貴様、なぜそれを知っている!」

 どうやらこれもまた禁忌であったらしい話に、ビダーシャルが噛みつく。それに対しジョゼフは平然と言ってのけた。

 「なに、そちらのエルフの里にいるこちらに興味のあるエルフの一人と、うちの使い魔が仲良くなってな。古いだけで価値のない里の骨董をいくつか手に入れただけだ。後は……まあそう言うことだ」

 言外にその手の物から情報を引き出せる魔法のことを匂わせつつ、ジョゼフはくくくと笑う。ビダーシャルも憮然とした顔はそのままだが、追求の鉾を収めていた。
 どうやらどこから漏れたのかが気になっていたようだ。彼が独自に入手した情報であると知って納得したらしい。

 「始祖がなにを思ってエルフに反逆し、結果として歴史を動かしたかについては残念ながら判ってはいない。
 教会の資料を調べれば判るのかもしれないが、さすがにそれは教皇に対する禁呪どころか自分たちすべてを破滅させる物だと判っていたようで、先の文書の中にも一切情報は無かった。
 だが、その目的だけは判明している。始祖ブリミルは、聖地の奥にいる、とある人物に会いに行こうとしていたのだ。生きているかどうかはかなり怪しく、死んでいる可能性も高かった。だがもし死んでいても、その遺体を取り戻そうとしたのは確かだ。
 残念ながら始祖の生前にはそれは叶わなかった。管理者たるエルフにとってもそれは最大級の禁忌であり、その阻止のためにはあらゆる制約を解き放った全力を振るうことが許されていた。
 我々が過去に起こした戦争がお笑いになるほどの激しい戦いが起き、始祖の希望はその抵抗によって潰えたのだ。これは私が始祖の香炉から直接見いだした情報だ。まず間違いはあるまい」

 と、そこでヴィットーリオが手を上げ、意見があることを表明した。ジョゼフもそれを見て、一旦言葉を止める。
 それを確認すると、ヴィットーリオはとある提案をジョゼフに示した。

 「その理由は私も知りませんでした。ですが、教皇に伝えられる『聖戦』の最終目的は、聖地にある『何よりも大事な宝』の奪還です。そして、その『宝』の真の名前は、代々の教皇にだけ伝えられています。
 ジョゼフ王、今から私はその名をあえてこの場で明かそうと思います。よろしければ、王もあなたが掴んだという、『とある人物』の名を言っていただけませんか?
 私の考えが正しければ、そしてあなたの調査が正しければ、その名前は一致するはずです」
 「確かに。俺もおそらくは一致すると思う。よかろう。もし一致しなかったら、この場から手を引いてもかまわん。だが、そちらが正直にそれを明かす限り、そんなことはなかろうな」

 そして二人は軽く握った拳を手首で振ることによってタイミングを合わせる。世紀の一瞬を確実に伝えるために、拡声の魔法を維持していた術者達が、改めて術を更新する。
 そして広い戦場に、その言葉は響き渡った。



 プレシア・テスタロッサ



 二人の言葉には、寸毫のずれもなかった。







 「やはり、彼の大賢者でしたか」
 「教会でも知られていたようだな」
 「ええ、『最も恐るべき異端』として伝えられる人物ですからね」

 ヴィットーリオとジョゼフがそう語る脇では、ルイズがパニックになっていた。

 「な、なのは、ぷ、プレシア・テスタロッサって、あ、あの人のことよね」
 「はい……だとすると学院のあの写真、案外本物かもしれませんね」

 なのはの頭の中では、一つの恐ろしい推測がなされていた。

 異端云々はともかく、プレシアは始祖にとって最も大切な人物らしい。
 かつて始祖の肖像として伝えられていた写真は、親友のフェイト・テスタロットにそっくりであった。
 プレシアは娘のアリシアを復活させるのに成功しているらしい。
 フェイトはアリシアのクローンである。

 以上の情報が総合されると、一つの恐ろしい結論が出てしまう。

 ――始祖ブリミルとは、蘇ったアリシアが成長した姿なのではないのだろうか。

 もちろん、それを確定できる情報は無い。
 始祖に伝わる伝承からすると、おかしな点もたくさんある。
 アリシア・テスタロッサには魔法の資質がなかったらしいと言うこと。
 始祖はハルケギニアに魔法をもたらした存在とされているが、その知識をどこから得たのかと言うこと。
 ちょっと考えただけでもこの辺が問題になる。
 プレシアは天才的な魔法技術者であり、彼女の研究を受け継いだという可能性もあるだろう。アリシア自身が天才であった可能性もある。
 正解は、未だ不明。だが、可能性はある。
 なのはは改めてジョゼフの言動に注目した。



 「そういえばタカマチナノハ、そなたはプレシアのことを知っていたのだったな」
 「はい。親友の母であり、私たちの暦で約十年ほど前に、本来決して助からない虚空の彼方へと姿を消しました」

 なぜジョゼフがそれを知っているのかは考えないことにして、なのはははっきりと答える。
 ジョゼフはそれを聞いて、改めて声を大にしてプレシアのことを語り始めた。

 「プレシア・テスタロッサ。世人の知らぬその人物は、始祖の時代が始まる少し前、市井を旅しながら様々な知識を説いた賢人だ。
 およそ世間の人からすれば不可思議な、あるいは当たり前のことを、わかりやすい言葉でそこに明確な『理』があることを教えたのだ。
 貴重な、始祖の時代以前の文献に、『プレシア』の名を記した書がたくさんある。
 大半は市民の覚え書きのような物で、プレシアの語った知識を忘れないように書き留めた物だった。
 これはやや推測も入るのだが、先の通り、始祖の時代以前の平民は文字通りの『人形』で、常にない行動をとることも覚えていることもない。
 だが、数少ない例外が『外部の人間との接触』だった。
 大いなる者が作ったこの箱庭世界に訪れた外部の人間。記録によれば『冒険者』と呼称される人物と接触したときに限り、変化無き日常の枷は外れ、日々に変化が訪れる。
 そしてこれは俺にも理由は分からないが、冒険者と接触した平民は、本人の能力の許す限りに於いて、その行動の記録を残そうとするらしい。
 文字を書ける者は日記のようなものとして、
 町の統治者は公文書として、
 市井の農民はおとぎ話の原案として、
 幾多の活躍が後世に伝えられているのだ。
 この習性は我々にもわずかながら残っているらしくてな。かの有名な『イーヴァルディーの勇者』の物語が、無数の亜流を含めて伝わっているのもその証左のようだ」
 「私たちの間では、危険な禁書なんですけどね。彼の書の叡智は確かにすばらしいが、同時にあなたのような反社会的な人間を生みかねないが故に」

 そう言いつつヴィットーリオがジョゼフを睨むと、ジョゼフはまた機嫌良さそうに笑い出した。

 「そう言うな。確かにあの書の叡智は『魔法』の存在を軽くしかねん。だが、あの書の叡智を『危険』と見なすその行為こそが、俺が俺を含めたこの地の人間を『人形』という根拠なんだぞ」
 「なっ……それは」

 虚を突かれ、ヴィットーリオが思わずうろたえた。
 そこにたたみ込むジョゼフ。

 「始祖が結果としてもたらしたことは、大きく分けて二つある。
 一つは、表というか広く伝わる物、『魔法』を我々にもたらしたことだ。
 そしてそれによる裏面として、我々は繰り返しの日々を抜け出し、新たな歴史を刻み始めたのだ。
 人形であった我々の祖先に掛けられている『枷』に対して、魔法の存在はそれを緩める方向に働く。それ故、後に貴族と言われる者達は、自らの意思で行動することが可能になった。
 人のためになり、人の上に君臨し、時には戦い、時には犯罪を犯す。
 祖先は、人としての生き方を取り戻したのだ。
 だが……その枷はまだ完全に外れたわけではない。
 その証拠が、今までの歴史、そう、『六千年の停滞』だ」

 そこまで言ったジョゼフは、じっとなのはの方を見つめた。
 目が合ってしまい、なのはは目をそらすわけにも行かずに困惑する。

 「聞こう、タカマチナノハよ」
 「は、はい、なんでしょうか」

 声がうわずって真っ赤になるなのは。
 それを遠目に見て取ったジョゼフは、少し間を開けてから改めてなのはに聞いた。

 「そなた達の生きてきた世界に於いて、六千年前と現在とでは、どれほどの差がある?」
 「別物ですね」

 なのはは即答した。

 「さすがに文明の基礎すらろくに無かった時代は長期間変化無かったはずですけど、ゴブリン同然だった人がある程度社会を作ってからはどんどん変わっていきましたよ。
 私の生まれ故郷では魔法がなかったんですけど、千年くらいは大きく変わりませんでしたけど、二百年前くらいに大きな変化があってからはものすごい勢いで変わり続けて、今だと十年単位でくるくる変わりますね。
 どんどん便利な道具ができたりして、いろんなことが大きく変わってます」
 「そうであろうな。そなたの言うめまぐるしい変化の時代、それはこのハルケギニアにおいては始祖の時代からわずか百年で止まってしまったのだ」
 「ええっ!」

 さすがになのはも驚いた。
 最もなのは以外の人には、それのなにが驚きなのかよく判っていないようだった。
 その様子を確かめてジョゼフは言った。

 「それが未だ残る枷、このハルケギニアの人形に残る、停滞の呪いだ。さて、ここでちょっとした問いをしよう」

 ジョゼフは、そう言うと自分の足下を指さした。

 「この世界に於いて、初めて誕生した『フネ』は、いつ頃作られたと思う?」

 その問いに対して、大半の人間は『さて』としか思えなかった。少なくともこの場にいる人々にとって、フネは生まれたときからある物だったからだ。
 そんな中、自信なさげに答えたのはウェールズだった。

 「少なくともアルビオンが誕生したときには当然フネがありました」
 「当たり前だな。まあ、表向きの記録に残っているのでは約三千年前くらいだ。だが最古の物はブリミル歴四十年には実験用の風石船が飛行したことが記録に残っている。そしてブリミル歴百年には、今の民間用の小型船がすでに実用化されている」

 その場にいたアルビオン勢の、特になのはの目が点になってしまっていた。

 「その後、大型化、軍事目的の改装、豪華客船化などの大がかりな改装は行われてきているが、それらのほとんどは理論ではなく、物資や資金面での制約が解決されたことによる進歩がほとんどで、要は『金と人手さえあればいつでも可能だった』という物に過ぎない。
 ほとんど知られていないことだが、このブリミル歴六千年の間に、明確な新発明をした人間はほんの片手ほどしかいない。しかも判っている限りそのすべてが貴族もしくはメイジだ。
 これも先ほどのことと重なるが、我々にはなぜかこの手の変わった出来事を記録にとどめようとする性癖が備わっているせいか、割とたくさんの記録が残されている。最もその大半は異端として教会に葬られ、記録もそこにしか残っていない場合がほとんどだがな」

 そこでじろりとヴィットーリオに視線が向き、彼も思わず困った顔になってしまった。

 「現代においても、既存の技術の改良は大々的に行われている。フネや砲などは新たに開発されている……と、思われているが、こと武器に関する進歩はまやかしだ。理由に関しては教皇聖下がよくご存じだろうが、その理由はまあここで明かす類いのことではない。
 本題からも外れるので、ここは最低限の理由として『見本があった』とだけ言っておこう。今この世界で、そういう意味での真の発明能力持つ人間は、俺の目の届く限り、たった一人しかいない。
 もう一度はっきり言おう。
 この世界は、始祖の時代から比べて、さしたる変化が全くないのだ。
 国としての栄枯盛衰はある。
 地図から消えた村や町も多く、生まれ出でた都市もたくさんある。
 だが、それは戦争という名の陣取り合戦の帰結に過ぎない。
 生活水準や文化という面に於いて、我々の暮らしは六千年前とさして変わっていないのだ。
 判るか……この異常性が。
 そうそう、もう一つ加えておこう。
 貴族と……いや、メイジと平民の間には、実は一つ明確な差がある。
 過去の戦の歴史に於いて、平民が貴族に反抗したことは実は一度も無い。
 貴族がどんな圧政を敷いても、平民が逆らったと言うことは史実に於いて一度も無いのだ。
 歴史に残る反乱は、必ずその中核に、発起人に貴族か元貴族がいる。平民は『貴族に命じられて』初めて反乱を起こせるのだ。
 そしてそれこそが、この六千年の間、無能が多い貴族が社会を維持できた最大の理由なのだ」

 今度こそはっきりと理解できた。できてしまった。
 ジョゼフの言うことの意味、それは、少なくとも魔法の使えない平民は、そうと見えなくとも、かつての、彼の語る『人形』の要素を色濃く残しているのだと。
 もちろん、それが正しいと決まったわけではない。
 だが少なくとも彼はそう理解している。それだけは間違いの無い事実であった。

 「それって……単純に、貴族が、メイジが、魔法を使えない平民より絶対的に強いからじゃないんですか?」

 なのはは、そんなこと認めたくないとばかりに、ジョゼフにそう質問してみる。
 だが返ってきた答えは単純明快であった。

 「ふんっ、貴族とて人間だぞ。眠りもすれば飯も食う。その気になれば毒殺だろうと寝込みを襲うことだろうと簡単にできる。実際そういう手段で暗殺された貴族など腐るほどいる。
 だがな、恐ろしいことに、少なくとも千年前までは平民にその手で殺された貴族はいない。必ず背後に貴族の命令がある。
 そして例外が見られ始めたのは近年になってからだ。その理由は俺には見当がついている」
 「それは?」
 「簡単なことだ。長い年月を経て、メイジの血が薄くはあっても広がりきってきたのだろうよ。今の世界に於いて貴族の数は平民の一割ほど。だが、その貴族はその権力にあかせて幾多の平民をもてあそび、表に出ることのない庶子を大量に世にばらまいた。
 その数は時代を経て増えることはあっても減ることはない。
 そしてさらにその庶子達がまた市井の一平民として子をなしていく。どんどんと薄くなるであろうが、確実にメイジの血を引いた人間は増えていく。
 今となってはどのくらいの人間が可能か判らんが、平民の幼子すべてにメイジとしての基礎教育をしたら、いったいどのくらいの子がメイジとして目覚めることやら。
 俺はおそらく半数を超すとみているぞ。目覚めぬ子もあくまでも血が薄いだけで、メイジとしての素養を全く持たぬ平民の方が、むしろ少数派ではないかと思っている。
 その根拠は『人形』だ。
 メイジの因子は間違いなく人形の枷を緩くする。全くメイジの因子を持たぬ生粋の平民は、ほぼ間違いなく昨日と同じ今日、今日と同じ明日を送ることに疑問を抱かず、また貴族のような因子を持つ者に逆らうという発想を持たない。
 純血という意味においてだから、家族全員がそういう存在の家庭は、昨今ではほぼ見られなくなってきている。
 二百年ほど前の記録には、まだそういう家庭が存在していたらしいことが読み取れるのだがな」

 なのは達は、彼の執念に圧倒されてしまっていた。
 そんな彼女たちに、さらに恐ろしい事実をジョゼフは告げる。

 「もう一つ俺がこの事実を確認するために使った手も教えておこう。
 メイジがこの枷を緩められる理由、それはメイジは魔法という手段を得ることによって、このシステムを逸脱するある存在であると誤認させることが可能になるからだ。
 その存在こそが『冒険者』。かつての大賢者が呼ばれた称号であると同時に、それは世界にとっての『英雄候補』を意味する物になる。
 先に述べた『発明家』も、これに近い存在だ。
 俺はただのメイジと彼ら英雄との差をできうる限り調べ、ある結論を得た。
 そしてその理論を検証するために、政争のために散った弟の娘を利用した」

 弟の娘、の言葉が出た瞬間、それまでジョゼフの言葉に圧倒されていたルイズが叫んだ。

 「それ、それって、タバサのこと!」
 「そうだ。我が姪、シャルロットだ。
 父の死に困惑する彼女を見て、俺は気がついた。どうでもいいと思っていた彼の娘をとことん追い詰めたなら、ひょっとしたら化けるやもしれんと。
 俺は考えられる限りの悲惨な運命というやつを演出してみた。死ぬことが安らぎに思えるような苦境に追い込まれた彼女は、それでも生き延びた。その目には強き意志の炎が宿り、その心は運命に従うことを拒否した。
 資格を得たかもしれない、そう思って俺は彼女を裏の騎士団の人員とした。
 そうしたら案の定だ。まるであつらえたように、何事もなかった我が領内に、いくつもの不穏な事件が起こり始めた。
 まるで彼女にそれを解決してほしいかのように。
 そしてその果てに、彼女はメイジの限界を超えた。物語の主役であるかのように、ただのスクウェアを超えた領域に彼女は突入した。
 馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。だが、これは過去何度もあったことなのだ。
 我が姪のようなものはさすがに珍しいがな。たいていは不完全に目覚めた虚無とその使い魔たるガンダールヴがその座を占めることが多かった。
 そう……六千年間さして代わり映えのしない文学の世界の中、数多の物語が付け加えられ続けた希有な例」
 「イーヴァルディーの勇者……」

 ルイズの口から漏れた言葉を、ジョゼフは耳聡く拾う。

 「そう。虚無とその使い魔は特に世界を逸脱して『冒険者』の資格を得やすい。元々虚無そのものが本来のことわりから外れた、始祖のもたらした力の原点であるが故にな。
 この世の長き歴史を紐解いてみれば、数少ない大きな社会の変化には、必ずこのような人物が絡んでいる」

 圧倒的な事実調査に、なのは達は納得するしかなかった。反論しようとするためには、それを覆す証拠を実測してそろえねばならない。
 それが成し遂げられればこの王は素直に納得するのであろうが、今それをなすのは不可能であった。それ故、この王を説得することはできない。
 そして狂王は、そんななのは達の様子を見て、その野望の、最後の意を宣言した。

 「俺はこの停滞を、進歩を忘れた時代を、学習する意思を奪われたことを憎む。
 俺はこの事実に気がついたとき、これを打破することを夢見、この箱庭に安住する人形をぶん殴って目覚めさせるすべを考えた。
 そして気がついた。
 この俺たちを縛る無意識の枷は、時代とともに間違いなく緩んでいる。始祖が最初の軛を解き放ったことで、枷は絶対の物ではなくなっている。だが、同時にそれは俺たちを間違いなく縛っている。
 外部から刺激を与えられない限り、『冒険者』のように成らない限り、俺たちは真に自由な意思を持てない。
 たとえ真の自由があっても、只人の大半は日々を同じに生きるかもしれない。
 だが、それを理由に枷を無視することは許されない。
 百人のうちただ一人でも解き放たれたいと望むのならば、それを縛る物を許すことはできない。
 俺は始祖の時代を調べ、数少ない歴史の揺らぎを調べ、現代に現れた発明家の過去を調べた。
 始祖は残念ながら例外要素が大きすぎた。魔法をもたらしたこと自体が変革の証だった。
 だが、それ以外の、時代を動かし、枷を解き放ち、自由な発想を形にすることを可能にした人物には、一つの共通した要素があった。
 一つは貴族もしくは元貴族、すなわち発現した魔法の力を持つこと。
 最もこれはあくまでも元から枷が緩いと言うだけのことであろう。イーヴァルディーの勇者のような例もあるからな。
 より重要な点。それは……彼らは例外なく悲惨な過去を背負っていたということだ。
 そこに共通するのは、理不尽な暴虐。人として生きることに疑問を感じるほどの、心を深く傷つける虐待や虐殺だった。
 俺がシャルロットを虐待したのも、それを狙ってのことだ。
 ちなみに虐待は加えられる側であったとは限らない。加える側であった例も多い。
 現に今俺が知る発明家も、かつてとある暴虐の実行犯として軍の命に服した人間だ。
 彼の者がその命の後、心を病んで退役し、地位も名も捨てて生きていく中で、過去の枷を打ち砕いた発想を持つに至ったことも判っている。
 ……そして、その斬新な発想が、ほぼ理解されていないことも。
 おそらくそのものの発想の価値が判るのは、同じようにある意味壊れてしまった余と、外を知るものであるタカマチナノハ、お前くらいであろう」
 「わ、わたし?」

 重い話の中で突然話題を振られて戸惑うなのは。

 「この戦いの後、お前が生きていられたときには、その者の名をお前に伝える手配はできている。その目で俺の言ったことを確かめるがいい。
 さて、そろそろ理解できたのではないかな?」

 そういったジョゼフの顔は、それまで保たれてきた理性がはがれ落ちたかのようであった。
 そして狂王は宣告する。



 ――余はこれから、余の話を聞き、覚えたそなた達を虐殺する。

 ――全員を殺しはしない。半数には生き延び、そして余の暴虐を語ってもらわねばならないからだ。

 ――そして直接攻撃を受け、なお生き延びた者は、おそらくその心の枷が外れているはずだ。

 ――この絶対の死地を生き延びるという劇的な出来事。それがその者に『冒険者』としての道を開く。

 ――たとえ平民であっても、余を殺そうと思うことにもはや何の干渉も受けまい。それが一つの『物語』となるが故に。

 ――望むなら遠慮無く殺しに来るがいい。だが当然余は強い。

 ――虚無の魔法、多数の兵士、臣民の尊敬、そのすべてが敵となる。

 ――工夫せよ。武器を工夫するもよし、技を工夫するもよし。

 ――あるいは政治を、社会を、文化を工夫して余を守る鎧をはぎ取るもよし。

 ――その過程でこの世界は間違いなく変貌を始める。六千年にわたって淀み、腐り果てた水はあふれだし、新たな流れが誕生する。

 ――そう、世界すべてを巻き込むほどの、新たな『物語』が始まるのだ。

 ――但し。



 そこで狂王は、地獄の宣告を打ち切った。そして再びその視線を、眼下のなのは一人に合わせる。
 それを受けたなのはも、その身を緊張させて狂王の圧力に耐える。



 「一つだけ選択の機会を与える。先の約束の通り、余の軍勢は最初の一撃を受けるまでは手を出さない。それがたとえ虚無の一撃であろうとも、だ」

 その言葉に、その場にいたアルビオンの兵士達の脳裏に、かつての奇跡の光景が蘇る。

 「そう、アルビオンの兵士達よ。死にたくないのならば、虚無の担い手とその使い魔が我を滅ぼすことを願え。そして彼らがそれに応えたのならば、我と我が兵達は安らかに始祖の元に行こう。
 反乱が起こることはない。
 我が非道の一端として、余のミューズの手により今ここにいる兵士達すべてに一つの暗示が掛けられている。その暗示ゆえ、我が兵士達もまた、最初の一撃を認識しない限り余に刃向かうことすらできぬ。
 なに、そのときはこの場にいるすべての命を背負い、余を始めとする兵士達すべての命を虐殺することになった虚無の担い手達が、そしてそれを望んだ一抹の兵士達が、虚無の攻撃を受けて尚生き延びた我が兵士が、等しく心に傷を負うことになる。
 その心の傷と命の重みは、間違いなく我々を縛る枷を打ち砕く。
 その使命の重さが、お前達を『冒険者的存在』に導く。
 余からすれば、どちらでもいいのだ。
 余の――俺の望みは、この箱庭を維持するための目に見えない仕掛けを、根本からぶち壊すこと、ただそれだけなのだからな」

 それだけを言い切ると、まさに今狂ったかのような高笑いをする狂王。
 ひとしきり笑った後、再び真面目な顔に戻って、彼は告げた。






 「選べ、虚無の担い手とその使い魔よ。汝はどちらを滅ぼす也や?」















 それは、すべてを見ていた。
 このハルケギニアの地に起こったことで、それが知ろうと思って知ることのできない事は存在していない。
 厳密には皆無ではないが、それは人の営みとは関わらない部分。
 事誰かが何かをなすと言うことに関して、そしてそれを知ることに関しては、それは全能と言っても過言では無かった。
 そしてそれは、空間に映し出された非情な二者択一を迫られた乙女と、それを突きつけた男を眺めていた。



 あなたはどちらを選ぶのかしら。突き進むのか、引くのか……考えるまでもないわね。
 私の知るあなたなら、水の精霊が読み取ったあなたなら、答えなぞ決まっている。そして本来その責を負うべき人にそれを担わせるはずもない。
 そういう所、あなたはお人好しすぎるもの。
 でも、そうすると、少しおもしろいことになるかしら。
 あなたの選びそうな道に進むと、誰にとっても予想外のフラグが立ちそうですものね。
 デウス・エクス・マキナ。
 それはあきらめていた奇跡への道につながるかもしれない。
 文字通り、神が降りてくることになるかもしれない。
 もしそうなってくれたら、なにもかもが終わる。変わる。
 推測でしかないけれど、あなたの知る友があなたの識る通りなら、彼女は来ている。奇跡を開く鍵とともに。
 あなたを救いに来る彼女が、鍵の娘をおいてくるわけがない。
 喜びなさい、狂える王よ。
 あなたの努力は、斜め上に突き抜けた奇跡を起こしそうよ。
 事実は小説より奇なり、精緻な策略は時に愚者の無策に破れる。
 どんな精緻な計算も、前提となる情報が間違っていたら決して正しい答えは出ない。
 そう。真実は時に荒唐無稽。あまりにも馬鹿馬鹿しい現実。
 貴方達は、このあまりにもお馬鹿な事実に耐えられるかしら。



 それは視線を眼前の映像から外し、背後へとそれを移す。
 その動きにつられ、長い金色の髪がふわりと広がる。
 その視線の先には、横たえられたカプセルがある。
 ちょうど人一人が寝られる大きさのカプセルには薄く光る液体が満たされ、その中にはやや年かさの女性と思われる人物が浮かぶように横たわっていた。
 それが横たわる女性を見る目には、果てしない慈愛と憧憬が浮かんでいた。





新着情報

取得中です。