あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-17


「お、おい? ……あれって、先住魔法じゃないか?」
「何なんだ、どうして亜人がメイドの手伝いをしてるんだ……!?」
「あの子は確か、二年のヴァリエールが召喚した亜人よ……、朝もちょっと見かけたわ」

ディーキンの様子を遠目に伺いながら、生徒らがひそひそと小声で会話している。
そうして食堂中の注目を集めながら、ディーキンはまるで誰かに話しかけるように空中に向かっててきぱきと命令を出していた。

「えーと……。
 我と我が祖霊の名において契約したる見えざる従者たちよ、アー……、
 テーブルの上の、空いた皿を回収せよ……、
 あ、それとそっちの従者は、ケーキの皿を持っといてね」

その命令に応じて、自然に皿が空中に浮かびあがり、ふわふわと運ばれていく。
まるで見えない誰かが皿を持ち上げたかのようだ。
いや、実際にそうなのだ。

ディーキンの傍には現在多数の《見えざる従者(アンシーン・サーヴァント)》………の、影術版が従っている。
《影の召喚術(シャドウ・カンジュレーション)》を使い、《従者の群れ(サーヴァント・ホード)》という呪文を模倣して作ったものだ。
妙な命令の文句は、本から得た知識を元に先住魔法っぽい感じを演出しようと、ディーキンなりに工夫したものである。

ディーキンの冒険者仲間のナシーラ、ドロウの暗殺者にして練達のウィザードである彼女は、状況に応じて様々な呪文を巧みに活用する術を身に付けていた。
彼女からはディーキンも大いに学んだものであり、今回のような影術呪文の有効な使用法もそのひとつだ。
まあ、冒険中にこういう呪文を使うのは大抵当のナシーラの役だったし、ましてや冒険と関係ない雑用などをさせるために使ったのはこれが初めてだが。

シエスタともう一人のメイドは運ばれてきた皿からケーキを切り分けて配っていく。
普段はかさばって重たいたくさんの皿に苦労するものを、今日は代わりに運んでもらえて嬉しげである。
彼女らも、食堂の生徒達も、未知の魔法に対する戸惑いや恐怖は最初多少あったようだが、皿を運ぶだけで別段無害だと分かるとすぐに慣れたようだ。


「へえ、あれが先住の魔法なのね。
 たくさんの皿を別々に運んで……、この学園の精霊と契約でもしたのかしら。
 あの子はまったく、授業中からこっちを飽きさせないわねえ」
「…………」

キュルケも、他の生徒に混じってディーキンの働く姿を面白そうに見つめていた。
タバサはデザートをぱくぱくと平らげつつ、横目で興味深くディーキンの様子を見守りながら、キュルケの話には曖昧に頷き返す。

もちろんタバサは午前中にディーキンと話をしているので、彼の呪文が先住のそれとは違う事は既に聞いて知っている。
だが本人の許可もなく勝手に話していい事でもないと思ったので、キュルケにはなにも言わなかった。
まあ彼はキュルケのことも信頼しているようだし、もちろん自分も話しても問題はないと信じているが、それでも一応本人に確認はするのが筋だろう。

(あれも……風の力は使っていない)

手も触れずに物を宙に浮かべて移動させるとなるとハルケギニアの常識では風系統以外は考えにくい。
もしくはコモン・マジックの念力などだ。

しかし、今回もやはり風の動きは感じ取れなかった。
おまけに彼は見たところ最初に簡単な口語の命令を出しただけであとはそちらに注意を払ってもいないのに、複数の作業を同時にこなしている。
テーブルのあちこちから皿を取りあげて移動させたり、浮かべたまま保持したり……。
系統魔法では風にせよコモンにせよ、そんな作業を集中した様子もなくしかも複数同時に行うことはほとんど不可能である。
精霊を使役して作業に当たらせる先住魔法ならばそれも可能だろうが、彼は自分の呪文は系統魔法に近いもので、先住ではないといっていたし……。

(本当に、興味深い)

タバサは改めて、そう思った。


「こんにちは、ディーキンは注目してもらって嬉しいよ。
 ディーキンはコボルドのバードで、冒険者、今はルイズの使い魔もしてるの。
 ……アア、コボルドに見えない?
 よくそういわれるよ。きっとここのコボルドとディーキンとは、違う種類なんだと思うけど……」

当のディーキンは、“従者”に時折指示を出すだけなので手持無沙汰……、という事もなく。
皿を運ぶ傍ら、自分の噂話をしている生徒や教師らに挨拶をして回っていた。
最初は自分も皿を運ぼうかと思ったが、背が低すぎてかえって迷惑そうなので止めて、この機会に他人と交流を深めることにしたのだ。
注目を浴びたらそれに答えるのは、バードとしても当然の事である。

教師や生徒の中には戸惑いながらも挨拶を返したり、質問をするなど会話に応じてくれる者が大勢いた。
中には、ろくに返事をしない者や見下して鼻で笑う者も、もちろんいた。

ディーキンは言うまでもなく、そのどちらであれ上機嫌で対応していた。
コボルドだと言うだけで追い出されるか殺そうとされるのが当然のフェイルーンから見れば、嫌々でもとにかく存在を許容されるというだけで上々の扱い。
ましてや会話に応じてまっとうな相手として扱ってもらえるなど、望外の厚遇というほかない。
見下された程度で気分を害したりはしないし、特に好意的な対応をしてくれた相手の事は敬意と感謝の念を持ってしっかりと覚えておいた。

そうこうしているうちに、ルイズのいる二年生のテーブルのところまで給仕が進む。
午前中の授業での一件もあってか、この辺りの生徒らの大半には、ディーキンは特に好意的に受けいれられているようだった。

「ちょ、ちょっとディーキン……、さっきから一体何してるのよ?」
「見ての通り、ディーキンは食事を食べさせてもらったお礼にお手伝いをしてるの。
 はいルイズ、ケーキをどうぞ」
「食事をもらうくらい当然の権利じゃない、お礼なんて必要な……、
 いえ、ま、まあ悪い事でもないから、別にあんたの好きにすればいいけど!」

ルイズは最初、また無闇に目立って、と少しばかり腹を立てて文句を言いかけたが、ディーキンが首を傾げたのを見ると慌てて口を噤んだ。
そのまま続けたら、今朝キュルケと揉めた時のように、逆に意見される気がしたのだ。
あの時は別に責められたというわけでもなかったのだが……、なんというか、酷く居心地の悪い気分になった。

ルイズは頑固でプライドが高く、人に遠慮して自分の主張を引っ込めたりは滅多にしないタイプである。
少なくとも、クラスメートや平民の使用人などに対するときはそうだ。
だが、もちろん誰に対してもそうだというわけではない。
厳しい母親や父親、上の姉などに対するときには少なからず萎縮するし、優しい下の姉に対しては素直で甘えがちになる。

使い魔はメイジにとっては無二のパートナーなのだから、家族と同様特別な存在であって当然で、別段不思議はないといえばない。
正規の契約もしておらず、召喚してまだ丸一日も経っていないというのにもうそんな気分になるというのは不思議だったが……、事実なのだから仕方がない。
契約を結ばずとも使い魔と自分との間にそれほどの絆があるとしたら、それは嬉しい事に違いないのだし。

(……なんだか、主従の立場が逆なような気もするけど……。
 あの子の方は私のことを、一体どう思って見ているのかしら……)

ルイズはなんとも微妙な、ちょっとばかり拗ねたような気分になって、そんなとりとめのないことをぼんやりと考えた。
そして、ディーキンの仕事ぶりを眺めながら、ゆっくりとケーキを口に運んでいった。


ディーキンがしばらく給仕の手伝いや挨拶をして回っているうちに、奇異の目で眺めていた教師や生徒らも次第に状況に慣れてきたらしい。
二年生のテーブルでの和やかな様子を目にしたあたりで、彼らの大半はすっかり緊張を解いた。
そしてこの奇妙な亜人から視線を外すと、自分たちの雑談に戻っていった。

そんなことは関係なく、ディーキンは見えざる従者達を伴って、シエスタらと共に給仕を続けていく。
やがて、何やら一風変わった装いのメイジのところへやってきた。
金色の巻き髪にフリル付きのシャツを着た、なかなかに整った面立ちの少年で、薔薇を胸元のポケットに挿している。
ルイズと同じ二年生のテーブルについているが、他の生徒達とやや服装が違うのと、仕草が変わっているために少しばかり周囲から浮いていた。

この人は確か、授業中に教師からミスタ・グラモンと呼ばれていた土系統のメイジだったなと、ディーキンは思い出した。

胸元に挿してある薔薇は、演習の時に彼が手に持って振っていたことから察するに恐らく変則的な形状をしたメイジ用の杖だろう。
先程は彼も他の生徒と同様ディーキンの方に興味の目を向けていたようだったが、じきに慣れて興味を失ったらしい。
今ではディーキンには目もくれず、周囲の友人たちとの雑談に花を咲かせている。

「なあ、ギーシュ! お前、今は誰とつきあっているんだよ?」
「そうだよ、誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

どうやらミスタ・グラモンにはギーシュという名前もあるらしい。
するとフルネームはギーシュ・グラモンだろうか?
いや、ルイズやキュルケの例から察するに、他にもごてごてした言葉がくっついたもっと長い名前かも知れない。

そんなことを考えつつ、ディーキンは彼らの席の空いた皿を従者に回収させてはケーキを置いていった。
午前の授業中にもう名前は覚えてもらっただろうし、会話の邪魔をするのも迷惑だろうと考えて声はかけずに、軽く会釈するだけに留める。
ギーシュはそれに気付きもせず、友人の質問にもったいぶって芝居がかった返答を返した。

「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいないのだよ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

何やら、えらく自分に陶酔しているようだ。
ディーキンにはその姿がまるで安っぽい舞台で自分をアピールするのに夢中な駆け出しのバードのように見えて、内心軽く苦笑した。

(………ン?)

その場を立ち去ろうとしたちょうどそのとき、ディーキンはギーシュのポケットから何か落ちたのに気付く。
中に紫色の液体が入った硝子の小瓶だ。ポーションかオイルの類だろうか?
いや、あるいはフェイルーンでは見られない、変わったマジックアイテムかも知れない。

一瞬正体を調べてみたい誘惑に駆られたが、今は仕事中でゆっくりそんなことをしている時間はない。
第一、他人のものを許可もなく調べ回すなど失礼だろう。
ディーキンはちょっと屈んで小瓶を拾うと、ギーシュの服の裾を引っ張った。

「ええと……、ギーシュさん?
 あんたのポケットからこれが落ちたよ?」

ギーシュはしかし、そちらを顧みることなく、無視して友人たちと話し続けた。
ディーキンはそれを見て、少し不思議そうに首を傾げる。

今、この少年は会話に夢中で気付かなかったのではない。
確かに一瞬だがこちらの方に視線を向け、僅かに困った様子で顔を顰めた。
その上で今、気付かぬふりをしているのだ。

そこまでは気付いたものの、それが何故なのかは流石に分からなかった。
何かこの瓶を持っていたことが知れるとまずい理由でもあるのだろうか……、まさかとは思うが、盗品の類とか?
流石にそこまでは何とも判断がつかないが、この瓶をどう扱うのがいいだろうかと、ディーキンは少し考え込む。

だが、すぐにそんな思案は無用になった。

「あの、グラモン様……。ポケットから、瓶が落ちましたよ?」

その様子を見ていたシエスタが、ギーシュが話に夢中で気付かなかったのだろうと判断し。
ディーキンの傍に屈んでそっと瓶を取ると、そう言って机に置いたからだ。

ギーシュは苦々しげにシエスタを見つめると、その小瓶を押しやった。
友人たちも気付いてそちらの方に注意を向けてしまったため、無視し続けるわけにもいかなくなったのだ。

「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
「え? ですが、私は確かに落ちるところを……」

そうこうしているうちに、ギーシュの友人たちが小瓶の出所に気付く。

「……おっ!? その香水はもしかして、モンモランシーの作った物じゃないのか?」
「そうだ! その鮮やかな紫色は間違いない。
 モンモランシーが自分のためだけに調合しているはずの、自慢の香水だ!」
「そいつがお前のポケットから落ちてきたってことは、つまり……、
 お前は今、モンモランシーとつきあっているんだな!?」

(ふうん……、つまり、付き合ってる人の事を知られたくなかったのかな?)

ディーキンは納得したような困惑したような、微妙な気分で目をしばたたかせた。

彼が無視を決め込んだ理由はどうやら、付き合っている女性との関係を知られたくなかったためらしいが……。
人間、特に若い人間がそう言ったことに気恥ずかしさを感じて隠したがる場合が多い、ということはいろいろな物語などを読んでちゃんと知っている。
とはいえ理屈はまあ分かっているが、感情的には今ひとつ理解できない。

コボルドの雌雄は、そんな微妙な感情の機微を弄ぶような付き合い方は滅多にしないのである。
最初はそう言った物語を読んでも、一体何をやきもきしたり顔を赤くしたりしているのか理解できず、仲間たちにいろいろ尋ねたりしたものだ。

関係を誇って、触れて回るのなら、慎みはないかもしれないがまだしも理解はできる。だが隠す必要がどこにあるというのだろう?
深く愛せる、素晴らしいと思える相手なら、関係を知られることをどうして恥じる必要がある?
そんな態度を取ること自体、好きになった相手に失礼じゃないのか?
……と、ディーキンには思えるのだ。

それはさておき、ギーシュは友人たちに問い詰められてしどろもどろに反論している。

「ち、違う。いいかい、彼女の名誉のために言っておくが……」

そのとき、後ろの一年生たちのテーブルに座っていた茶色のマントの少女が立ち上がり、ギーシュの席に向かって歩いてきた。
栗色の髪をした可愛い少女だったが、今にも泣きそうな顔をしている。

いや、ギーシュの元まで来ると、本当にボロボロと涙をこぼしはじめた。
そして嗚咽交じりにギーシュを睨み、問い詰める。

「ギーシュさま……っ、や、やっぱり、ミス・モンモランシーと……」
「い、いや……、彼らは誤解しているんだよ!
 いいかい、ケティ、僕の心の中に住んでいるのは君だけ……」

さっきは薔薇はみんなのために咲くとかなんとか言ってたけど、とディーキンは内心で肩を竦めた。
知らん顔を決め込んだのは、彼女との関係を隠したかっただけではなく二股がばれるのを怖れたためでもあったらしい。

それにしても、実に下手な<交渉>である。
あれじゃ説得は無理だろうね……、とディーキンが思っていると。
案の定、話し合いはあっさりと決裂し、ギーシュはケティとかいう少女に思い切り頬を引っ叩かれた。

「その香水があなたのポケットから出てきたのが、何よりの証拠ですわ……!
 もう知りません、さようなら!」

だがギーシュの災難は、それだけに留まらなかった。

ケティが泣きながら去っていくと、今度は二年生のテーブルの遠くの席から、一人の見事な巻き髪の女の子が立ち上がった。
ディーキンの記憶によれば、確か彼女は先程の話題に出てきたモンモランシーという名前の少女だったはずだ。
彼女は先程の少女とは違って気丈な性質らしく、ひどく険しい顔つきで、靴音も高くギーシュの席までやってきた。

「モ、モンモランシー、誤解だ!
 か、彼女とはただ、一緒にラ・ロシェールの森へ遠乗りをしただけ……」

ギーシュは首を振りながら必死に冷静な態度を装おうとしたが、その顔色と額を伝う汗がその努力を台無しにしていた。

「……やっぱり、あの一年生に手を出していたのね……?」
「お、お願いだよ、『香水』のモンモランシー。
 咲き誇る薔薇のような顔を、そのような怒りでゆがませないでくれよ。
 僕まで悲しくなるじゃないか!」

モンモランシーは無言でその台詞を聞き流すと、テーブルに置かれたワインの瓶を掴んで、中身を全てギーシュの頭に注いだ。
それが済むと空になった瓶をテーブルに放りだし、そのまま一言も言わずに肩を怒らせて去っていった。

気まずい沈黙が場を包む。
が、当のギーシュはハンカチを取り出して顔を拭くと、首を振りつつ芝居がかった仕草で言った。

「やれやれ、あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」

―――当然のように、周囲から白い目線が向けられた。
ディーキンは肩を竦めると、呆気にとられているシエスタらを促して仕事を再開しようとする。

しかし、それにギーシュが目をつけた。

「君たち、待ちたまえ」
「……ン? 何かディーキンたちに用があるの?」

ディーキンらが立ち止まると、ギーシュは椅子の上で体を回転させ、さっと足を組む。

……空回り気味ではあるが、ひとつひとつの仕草がいちいち気取って芝居がかった少年である。
もしかして才能を磨けば、将来はいい芸人かバードになれるかも知れないな……と、ディーキンは小さく首を傾げた。

「そこのメイド君、君が軽率に香水の瓶などを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。
 どうしてくれるんだね?」

ギーシュはシエスタの方を睨んでそう言った。

「……え……?」

シエスタは突然の言いがかりに困惑し、次に自分が思いがけない災難に巻き込まれたと悟って、さっと顔を青ざめさせる。

「いいかい、メイド君。
 僕は君があの香水の瓶をテーブルに置いたときに、彼女たちのためにちゃんと知らないフリをしたんだ。
 使用人なら状況を察して、間を合わせるぐらいの機転があってもいいだろう?」
「そ、それは………、」

シエスタの青ざめた顔に、今度はさっと赤みが差した。そのまま俯いて、悔しげにぐっと顔をしかめて黙り込む。
不条理な物言いに反論したい怒りの気持ちと、貴族に逆らうべきではない、謝って事態をやり過ごしたいという規律感や怯えとの板挟みになっているようだ。

もう一人のメイドは怯えて萎縮した様子で、シエスタに援護の口出しをするのは無理そうである。
周囲の生徒らは、おおむねギーシュを非難の目で見る者、事態を面白そうに見ている者、そして全く関心がない者、に分けられる。
今のところは、直接口を出す気がある者はいなさそうだった。

ディーキンはそれらの状況を確認してまた少し首を傾げると、口を開いた。

「……アー、ええと……、ギーシュさん?」
「む? ……なんだね、ルイズの使い魔君。僕は今このメイドと話をしているのだ、君は関係ない」
「いや、そうでもないと思うの。
 だって、その瓶を最初に拾ってあんたに渡そうとしたのはディーキンだからね」

ギーシュはそれを聞いて一瞬怪訝そうに眉を顰めたが、すぐに事の顛末を思い出して鼻を鳴らした。
シエスタの方は、話に割って入ったディーキンを驚いた様子で見つめている。

「ふん……、ああ、そうだったね。
 それを拾って、不作法にも会話の途中に僕の服を引っ張ってまで渡そうとしてきたのは君の方だったか?
 そのメイドは君の意を汲んで、僕に瓶を差し出した、ってわけだ」

ディーキンはウンウンと頷く。
ギーシュは少し考え込むと、足を組んだままくるりとディーキンの方に向きを変えた。

いささか不実な面もあるとはいえ、ギーシュは一応、自分を女性を守る薔薇だと自負している男。
平民とはいえ見目麗しい少女よりは、出しゃばって給仕の真似事をしていたこの使い魔に責任を負わせて体面を取り繕う方がいいと考えたのだ。

「そうだな……、確かに。
 元はと言えば君が本来メイドのするはずの仕事にでしゃばって、不作法な渡し方をしたことに問題があったんだ!
 使い魔なら使い魔らしく、主人の傍にいればいいものを……どうしてくれる?」

ディーキンはその言葉に軽く首を傾げると、じっとギーシュの方を見つめた。
この少年は軽薄そうだが、授業中などのこれまでの様子を見た限りでは(まあ、そんなに注目してはいなかったが)根はそう悪くない人物に思える。
ならば無闇に刺激しないようゆっくりと理を説けば、<交渉>をまとめる事は充分にできるだろう。
話をどう運ぶか、頭の中で手早く考えをまとめながら口を開こうとする。

だが、そこでまたしてもシエスタが割って入った。

「お、お待ちください!」

……どうもさっきから、悪いタイミングでシエスタが動く。
ディーキンは開きかけた口を閉じると、少し困ったように顔を顰めてシエスタの方を向き……、
驚いて、軽く目を見開いた。

「オ……?」

つい先程まで、シエスタは怯えて青ざめ、体を震わせていた。
自分の不実を棚に上げた言いがかりに対する怒りも見て取れたが、それを堂々と口に出す勇気はない様子で。
理不尽でも使用人としての立場から規律に従い、じっと災難に耐えようとしていた、臆病で従順な少女としか見えなかった。

それが今は、まるで違う。

いや、今でも怯えているのは変わらないし、体も少し震えている。
だがその恐怖を懸命に押さえつけ、毅然としてギーシュの顔を正面から見据えている。
恐怖に青ざめながらも、不正に立ち向かおうとする意志がその顔から見て取れた。

ディーキンはそんな顔をよく知っている。
パラディンである“ボス”や、旅の最中に知り合った幾人かの高貴な天上界の来訪者たちが、悪と対峙した時に浮かべる顔。
彼らとは比べようもないほど未熟な姿ではあるが、それでも彼女からは一度それを知った者ならば決して間違えようのない、あの高貴さが滲み出ていた。

この世のものではない―――天上の高貴さが。

(やっぱり、シエスタは……)

一方、そんな気配など感じ取れるわけもないギーシュは、話を遮られて不機嫌そうに彼女の方を一瞥する。
そして、追い払うように軽く手を振った。

「……なんだね、メイド君。
 君の非はこの使い魔君に気を利かせたつもりだったということで大目に見よう。
 もういいから仕事に戻りたまえ」
「っ……、そ、そんな訳には、いきません!
 ディーキンさんには何の非もない事です……、そ、その瓶をお、お渡ししたのは、私ですから!」

シエスタは青ざめて体を震わせながらも、勇気を振り絞るようにしてそう言った。
ギーシュは一介の使用人が自分に反論したことに少したじろいだ様子を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻すと、蔑んだような目を向ける。

「はあ……? いまさら何を言っているんだね。僕の話を聞いていたのかい?
 いいか、彼は本来する必要のない給仕の真似事などをして、僕とあの女性たちに対して不作法を働いたんだよ」
「……~~!」

ギーシュの返答を聞いたシエスタは一瞬、悔しそうに表情を歪めて俯いたが……、
すぐに顔を上げると、はっきりと怒りのこもった目でギーシュを睨んだ。

「それは、……違います!」
「……何だと?」
「ディーキンさんは、私たちに食事を食べさせてもらったお礼だといって、仕事を手伝ってくださっているんです。
 料理長や他のみんなの許可だって取っています、何も悪い事なんかしていません!」
「なっ……!?」
「それに、あなたの落とし物を拾って渡そうとしたことだって、善意からではありませんか!
 自分の不実さから招いた災難の責任を押し付けるために、何の非もない善意の人を悪者に仕立て上げようとするなんて!
 あなたのほうこそ、先程のお二方に謝るべきです!」

ギーシュはひどく困惑した。
まさか一介の使用人風情が、こうも公然と貴族を非難してくるとは。

さっきまではただ怯えて自分の非を詫びるばかりだったというのに、何故?
黙っていれば矛先が変わって、無事に罪を免れられるはずだったのに、どうして?

そんなギーシュの困惑をよそに、周囲の生徒たちはどっと笑った。

「そのとおりだギーシュ! お前が悪い!」
「平民のメイドにまでいわれるなんて、情けない奴だな!」

それを聞いて、戸惑った表情を浮かべていたギーシュの顔にさっと赤みが差した。
理由はわからないが、いくらレディーといえども平民にこんな態度を取られ、大勢の前で恥をかかされて黙っているわけにはいかない。

「……どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだな。
 ここまで侮辱されたからには、たとえ女性といえど、容赦するわけにはいかない」

ギーシュはゆっくりと立ち上がると胸元の薔薇を手に取り、シエスタの方に向けた。

「君に、礼儀を教えてやろう。
 そのケーキを配り終わったら、ヴェストリの広場まで来たまえ!」


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