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Another Mission <雪風の試練 亡者と呪い人形> 前編



晴れた昼空の下、地上から数百メイル上空を飛翔する一頭の風竜の姿があった。
「だからもう嫌なのね! お姉さまも考え直すのね!」
風竜はその大きな口で、己の背に乗る者に対して食って掛かっていた。
体長6メイル、翼長にして10メイル以上になる巨体の上でちょこんと座る青い髪の少女は手にする本に目を落としたまま沈黙していた。
「あんな悪魔と関わり続けたら、そのうち絶対にとんでもない目に遭うのね!」
知に優れた古代種族、風韻竜であるシルフィードが主のタバサにこうも激しく忠言するのには理由がある。
シルフィードは思い出したくもないが、どうしてもその脳裏に浮かび上がってしまう。
あの恐ろしい悪魔が、自分の前に姿を現したあの日を……。
「もうっ! あの桃髪の女の子、何でよりによって悪魔なんか呼び出しちゃうのね! いつ化けの皮が剥がれるかどうか分からないのに、
使い魔として一緒にいるだなんて命知らずも良い所なのね! お姉さまもあの悪魔と関わり合うのはやめるのね!
これは200年生きてきたシルフィからの忠告なのね! 大いなる意思も、それは望んでいないのね!」
初めてあの悪魔……スパーダが呼び出された時、シルフィードはその姿を目にした途端に体中の全細胞が悲鳴を上げて恐怖してしまった。
自然の中で生きてきた竜としての本能が、あのスパーダという男が人間ではないという事実を直感で悟り、この世のものではない恐ろしい力を宿した悪魔であることまで看破していたのである。
それはシルフィードだけではなかった。あの時、他の生徒達が使い魔として呼び出した動物や幻獣達もスパーダの本性を察していたのであろう。
だからシルフィードも他の使い魔達も悪魔の恐怖に耐えられず、取り乱してしまったのだ。
シルフィードは己の翼を広げて逃げ出したいという衝動に駆られたが、恐怖に支配された体を思うように動かせなかったのだ。
そして、何より恐るべきはその恐怖をもたった一言で封じさせてしまった圧倒的な威圧感と威厳。

あのスパーダはとんでもなく恐ろしい悪魔だ。力を発揮していない時の彼を目にするだけでシルフィードは底知れぬ恐怖が湧き上がってくるのである。
そして、いつ悪魔としての本性を現すのかと思うと緊張してしまい、安心して眠ることもできない。
他の使い魔達、キュルケのサラマンダーのフレイムやギーシュのジャイアントモール、ヴェルダンデだってスパーダのことを恐れ、警戒しているのだ。
それだというのに、主のタバサは……。
「彼が悪魔だとはまだはっきりしてない」
「お姉さまは鈍感すぎるのね! 今にあの悪魔の化けの皮が剥がれるのね!」
タバサは忠告を受け入れずスパーダのことを人間として認識していることにシルフィードは我慢がならない。
「もしも本当に悪魔なら、善意で人間を助けたりはしない」
「きゅい……」
およそ二週間前、スパーダは悪魔の巣窟と化した貴族の屋敷へ赴き、魔法学院から引き抜かれたメイドを救い出した。
そのメイド、実は悪魔の血を引いており自分の力と血を恐れてもいたのだが、スパーダはそのメイドが人間であることを諭していた。

――Devils Never Cry.(悪魔は泣かない)

――心を持たない悪魔は、決して涙を流すことはない。

――感情を高ぶらせて流れ落ちる涙は人間だけの特権であり、人間である証。

――もしも涙が流せるのであれば、それはもはや悪魔ではない

シルフィードからしてみれば妙に臭いセリフだと思った。悪魔があんな言葉を口にするなんて。
だがシルフィードはどうしても、本能的に悪魔であるスパーダのことを信用することはできなかったのだ。
どうせあの言葉も人間を惑わすための、悪魔の囁きなのだ。偉大なる古代の眷族たる韻竜のシルフィードはそこまで考えがついていた。

「ひとまず彼のことは様子を見る」
タバサとしては、彼が何者であろうが構わない。自分達に害を成す存在となれば、その時は杖を交えるのみだ。
だがそれまでは、スパーダが行う悪魔退治……デビルハンターの仕事にこれからも同行するつもりでいた。
(彼のことを、悪魔のことをもっと知りたい)
スパーダの元にいれば、タバサが知ることのできなかった未知の出来事を体験することができる。
未知の存在たる悪魔の生態、その異形と戦い続けるデビルハンターにして異国の剣豪、スパーダの力。
彼はただの異国の剣豪というだけでなく、どうやら未知の魔法も使いこなせるようだ。あの幻影剣とかいう魔法がそうである。
杖も使わずにどこからともなく剣を呼び出し、思いのままに操り敵を倒す。まるで先住魔法のような力。
……どうにかして、あの未知の魔法を自分も会得できないかと考えてもいた。

それに異形の存在である悪魔との戦いは自分の力を高めるにはちょうど良い経験となる。
悪魔は一般の魔物と違って、全く油断ができない狡猾な存在だ。オーク鬼や竜のように愚直に力だけを振りかざすようなものと違い、ありとあらゆる手段を持って獲物を狩る。
タバサは様々な妖魔に関する知識は豊富であったのだが、悪魔に関する知識は残念ながら持ってはいない。
故に、悪魔に対しては己の身を持ってその生態を確かめ、理解しなければならないのである。
一切の常識や理を覆す異能を持つ敵との戦いこそ、タバサが望んでいたものなのだ。
悪魔を打ち倒し戦いの経験を身につけ、スパーダの力を近くで目にし、その技を物にできればまさに一石二鳥なのである。
だからこそ、これからも彼の仕事についていくことを決意していた。
(彼と、戦ってみたい……)
そして、何よりタバサが望んでいたのはスパーダの力を直接、この身で確かめることだった。
だが、彼と決闘しようにも中々きっかけが掴めない。普通に頼んだ所で彼が了承してくれるだろうか?
何より彼自身が毎日忙しいのだ。昼間は彼の力に惚れ込んだギーシュに剣を教えているし、最近は彼に師事する生徒が増えてきた。
それ以外は図書館に入り浸るか、異国の技術や学問に興味を持ったというコルベールに個人的な教授をしているという。
……これでは彼とまともに関わり合いになれる時間がほとんどないのだ。

「……まあでも、今日は悪魔なんかと関わり合いにならないからちょうど良いのね」
忠言に聞く耳を持たない主に呆れるシルフィードだったが、すぐに気を取り直して意気揚々と翼を広げ、空をゆったりと飛び続けた。
さて、どうしてタバサとシルフィードが魔法学院を離れてこのような場所にいるのか。
ここガリア王国は人口はおよそ1500万。トリステイン王国の10倍もの国土を有しているハルケギニア最大の国家だ。
タバサは一時間ほど前、ガリアの首都・リュティスにてガリア王女にして従姉であるイザベラに呼び出されて彼女のいる小宮殿プチ・トロワへと足を運んだのだ。
ガリア王家の宮殿ヴェルサルテイルに造られた無数の壮麗な花壇。ガリア騎士団はそれらの花壇にちなんで命名されている。
ただ、本来その花壇は北側には存在しない。故に表向きにはその方角にちなんだ騎士団はないはずなのだ。
実際は、その存在しない花壇にちなんだ騎士団、表沙汰にはできない汚れ仕事を引き受ける組織が存在する。
そのガリアの暗部が、タバサの所属する北花壇騎士団なのである。
タバサはその騎士団の団長であるイザベラより任務を預かってきたのだ。

その際、彼女から子供じみた嫌がらせを受けたりしたものだが、タバサは特に意に返さなかった。
「それにしてもあの生意気な従姉姫! 本当に腹が立つのね! さっきだって自分でお姉さまの服を汚しておきながら、「汚いから脱ぎなさい」ですって!?」
シルフィードは代わりに憤慨していたが。
本をしまうと、タバサはイザベラより預かってきた書簡を開き、中を改める。
そこには、これからタバサが行うべき任務の詳細が記されていた。


リュティスを発っておよそ二時間。シルフィードは北方のゲルマニアとの国境沿いに位置するアルデラ地方の上空へと差し掛かった。
深い森が広がるこの土地は二国から『黒い森』という名で呼び習わされている。
その土地の一角に森に囲まれた小さな田舎村、エギンハイムはあった。
あの村では林業が営まれており、切り倒した材木を街で売ることによって生計が立てられている。
そこで今、村人達が森の一角を占拠し、材木の伐採の邪魔をするという亜人――翼人という異種族達と争っているのだ。
タバサに与えられた任務はその翼人達を掃討することにある。
「向こうへ飛んで」
エギンハイム村の上空数十メイルほどにまで降下してくると、何やら村から少し離れた森の方が騒がしくなっている。
ライカ欅の木々が生い茂るそこには空の上からでも分かるほどに大きく太い、一本の見事なライカ欅の巨木が突き出ていた。
その近辺から男達の怒号や悲鳴が上がっているのが聞こえてくる。
「逃げるな! 相手はたったの四匹じゃねえか!」
「ひいいいぃっ! 先住の魔法だ! 先住の!」
「森の悪魔の先住の魔法だぁ!」
どうやら、村人達が正面から翼人に立ち向かっているらしい。
見れば、木々の間から猟師達が弓を放り出して逃げ出していくのが覗える。
恐らくは翼人達に矢を射掛けたのだろうが、先住魔法で防がれたのだろう。

先住魔法――ハルケギニアの先住民達たる異種族が操る、メイジの四系統魔法とは全く性質の異なる力。
杖を使わずとも力を行使できるというその力は、自然の力を利用したものだという。
故に効果はその場の環境に左右されるが、その力はいずれも強力なものばかりだ。
「先住がどうした! 貴族の魔法だろうが、先住の魔法だろうが関係ねえ! 木こりの意地を見せてやる!」
威勢の良い怒声と共に、10名ほどのいかつい木こり達が斧を振り上げ、駆けていく。
森の上で羽ばたきながら静止しているシルフィードの上で、タバサはここで初めて彼らが相対している翼人の姿を垣間見た。
一枚の布を体に巻きつけただけの単純な衣装をまとった若い男女のような姿だが、その背中からは一対の大きな翼を生やしている。
その翼を広げ、ふわふわと宙に浮かび上がっている。あれがハルケギニアの先住民たる亜人の一種、翼人なのだ。
(彼だったら、どう戦うのだろう)
土くれのフーケのゴーレムの巨躯の一撃を受け止め、逆に破壊するほどの剣技を持って対抗するのか。
それとも、あの幻影剣とかいう未知の魔法を放って仕留めるのか。
タバサは思わず、もしも彼が翼人と戦った時の様子を考え、頭の中でシミュレーションしていた。

「あちゃー、もうほとんどヤケッぱちなのね。精霊の力に真正面から挑むだなんて。あれじゃ何も考えないで突っ込むイノシシと変わらないのね」
シルフィードが特攻していく村人達を見て呆れたように呟く。
その言葉を示すように村人達は地面から突き出た木の根に転ばされ、更にはその体をめきめきと伸びてくる木の枝に絡めとられ、身動きが取れなくなっていた。
「は、離せ! 離してくれーっ!」
「枯れし葉は契約に基づき水に代わる力を得て刃と化す」
翼人達は腕を振り上げ、朗々と詠唱を行っている。まるでこれから起こる事象を淡々と読み上げるように。
これ以上、静観していても村人達の被害が大きくなるだけだ。
「お、お姉さま!?」
タバサは杖を握り締めると、躊躇することなくシルフィードの背の上から身を躍らせた。
すぐ様、アイス・ストームの呪文を詠唱すると地上に向かって降下しながら杖を振り下ろす。
杖の先から放たれた無数の氷の粒が混ざった竜巻が、翼人と村人達の間に向けて突き進んでいく。

地面に倒れた村人達に向けて飛来した無数の鋭利と化した枯れ葉は、タバサの放った雪風の竜巻によって次々と吹き飛ばされていった。
突如吹き荒れた竜巻に翼人、村人は双方共に呆気に取られたが、翼人達は即座にタバサの方を見上げるなり、矛先を変えてきた。
翼人達が手を振ると地面に散っている落ち葉が舞い上がり、硬く張り出した。
鉄のように硬質化した枯れ葉はさながらナイフのような鋭さをもってタバサに襲い掛かる。
(彼の技に比べれば緩い)
タバサはフライの呪文によって落下の軌跡を変え、あっさりと枯れ葉の刃をかわす。
枯れ葉はそれでもタバサに向けて飛来してくるが、ひらりひらりと避け続けながら地上へと降りていった。
直線的に正面から飛んでくるその刃は、スパーダの幻影剣に比べれば射出速度も攻撃力も、何より奇襲性に劣る。

地上に降り立ったタバサに対し、何本ものライカ欅の枝が勢いよく伸びて次々と迫ってきた。
タバサは素早く冷静に、今度はエア・カッターの呪文を唱えて風の刃を放って枝を切り払う。
翼人達とタバサは15メイルほどの置いて正面から対峙する。
杖を構えるタバサは既にウインディ・アイシクルの呪文を唱え終わっていた。後は力を解放するだけで、翼人達を大量の氷の矢が襲い掛かるはずだろう。
だが、タバサは動かぬまま翼人達を凝視し、感覚を研ぎ澄ませている。
先住魔法を用いる亜人を相手に、力押しは非常に危険だ。確実に仕留められる隙を突かなければならない。
対する翼人達もタバサが相当な実力者と見たらしく、攻撃の機を窺っているようだ。

互いに睨み合い、膠着状態が続く。どちらかが先に動き、その攻撃が失敗すれば反撃でやられてしまうだろう。
すっかり蚊帳の外となってしまった村人達は突然現れ、悪魔のように恐ろしい翼人達と互角に渡り合うタバサに戸惑っていた。
「もうやめて! あなた達! 森との契約をそんな事に使わないで!」
突如、響き渡った悲鳴のような叫び。
「アイーシャ様!」
翼人達が頭上を見上げると、亜麻色の長髪の美女の翼人が梢の上からゆっくりと、ぎこちなく舞い降りてくる所だった。
と、その翼人が突如ぐらりとバランスを崩して落ちそうになった所を他の翼人達が慌てて飛び寄り、その体を抱える。
見ればその翼人は左の翼を炎で焼かれたのか、あちこちに焦げ跡が残り羽のほとんどを失った痛々しい傷を負っていた。

注意が突然現れたその翼人の方へと逸れた。この間隙をタバサが見逃すはずがない。
「お願いです! お願いでございます! 杖を収めてください!」
翼人達を一掃するべく、杖を振り上げようとした途端、アイーシャという翼人と同じように悲痛な叫びと共に腕をがしりと掴まれた。
緑の胴衣に身を包んでいるやせっぽちの少年は恐怖に身を震わせながらも、必死にタバサの腕を両手で掴み、制止してくる。

「アイーシャ様! 無理をなさらずに!」
「わたしは大丈夫です。それよりもみんな、すぐに退いて。争ってはいけません!」
仲間達に介抱されるアイーシャは顔を僅かに苦痛で歪めながらも毅然とした態度でそう命じる。
翼人達は一瞬、躊躇うかのように顔を見合わせるが傷を負っているアイーシャの体を一番に心配したのか、すぐにアイーシャを抱えたままライカ欅の梢の上に飛び上がっていく。

タバサの腕を掴んだまま少年、ヨシアはほっと安心して翼人達の一行を見上げる。だが、すぐにその顔は悲痛なものへと変わっていた。
彼の視線は仲間達に介抱されるアイーシャへと吸い付いている。
翼に負った傷を見て、一層悲しみの色が濃くなっていた。
アイーシャは苦悶の顔を浮かべながらも、ちらりとヨシアの方を見返すと悲しそうに目を伏せる。

翼人達は高くそびえるライカ欅の梢の上へと消えていった。一人の少女と翼人の戦いは、思いもせぬ展開で呆気なく幕を切っていた。
呆然と成り行きを見届けていた村人達の中から、逞しい体格の青年がタバサへと駆け寄ってくる。
「あの……も、もしかしてお城の騎士様で?」
「ガリア花壇騎士、タバサ」
頷き、簡潔にタバサがそう述べると村人達の間から次々と歓声が沸き上がった。
そして、タバサに寄ってきたその青年、サムは未だタバサの腕を掴んだままのヨシアを睨みつける。
「この罰当たりが! 騎士様の腕から手を離せ! おまけに魔法の邪魔をしやがるとは、どういうことだ!」
バシン、とサムに顔を張り手で強く打たれ、ヨシアの細い体は地面に叩きつけられる。
「それじゃあ騎士様。ちゃっちゃと連中をやっつけてくださいな」
それからサムは揉み手をせんばかりの勢いでにじり寄り、タバサを促していた。
が、何故かタバサは呆然と立ち尽くしたままその場を動かない。
「どうなさったんで?」
サムが戸惑ったように尋ねると、タバサは自らのお腹に手を当てる。
そして一言、抑揚のない声で呟いた。

「お腹が空いた……」
そういえば、今日は魔法学院で朝食をとってから何も食べていないのだった。


それからタバサは村へと案内され、村長の屋敷でもてなしを受けていた。
お腹が空いたということで、タバサは大量の馳走を振舞われ、とりあえず満腹になるまで料理を胃袋に詰め込んだ。
本来ならば一人では食べきれないほどの量であったのだが、健啖家であるタバサはそれをぺろりと平らげてしまった。
サラダで出されたハシバミ草は大好物。おかわりをしたくらいである。

そしてその日の夜、タバサは村長宅のあてがわれた二階の客間のベッドで寝転がっていた。
今日はもう休み、明朝すぐに翼人達を掃討することになったのである。
明日の戦いに備え、精神力を温存するために明かりをもたらすライトの呪文さえ使わず、ランタンの明かりだけで持参した本を読んでいた。
「ねえねえお姉さま、お酒飲みたい。ちょっとでいいの。そしたらお姉さまのためにお歌を歌ってあげる」
「Shut up.(うるさい)」
客間の窓から顔を突っんでいるのは、使い魔のシルフィードである。
タバサはおしゃべりなシルフィードに対して、たまにスパーダが呟くことがある異国の言葉でそう返していた。
何故かタバサには、というより他の者達も彼の異国の言葉の意味が何となく分かるのだ。
当然、ハルケギニアの訛りとなって彼のような口調では口ずさめないが。
「きゅい、きゅい! お姉さま、あの悪魔の言葉なんか使っちゃ駄目なのね! 呪われた悪魔の言葉なんか口にしたら、不幸になるのね!」
シルフィードが猛抗議するが、タバサは知らん顔で無視する。

先刻、村人達から料理を振舞われていたタバサであったが、そこに主人を追って現れたシルフィードが人目も憚らずに人語を口にしてしまった。
古代種たる韻竜であるシルフィードは人語を流暢に口にして話すことができるが、それはタバサだけしか知らない秘密のはずだった。
韻竜は本来ならば絶滅したと伝えられており、もしも人間に見つかれば色々と面倒なことが起きてしまうのである。
人語を話せないただの風竜を装って誤魔化していたのに、シルフィード自身が喋ってしまってはご破算になる。
当然、村人達は突然現れたシルフィードに混乱したのだが、聡明なタバサはシルフィードをガーゴイルであると説明し、何とかその場を切り抜けることができた。
魔法先進国であるガリアの民であったからこそ、すぐに理解し納得してくれたのである。

そして、この村ではガーゴイルだということでシルフィードはお構いなく喋るようになったのである。
「まったく、この韻竜を捕まえてガーゴイル扱いなんて失礼しちゃうのね! ガーゴイルなんだから、気兼ねなく喋っちゃうんだから!
シルフィがうるさいのは、お姉さまのせいなのね! これを人間の言葉で、自業自得なのね! きゅいきゅい!」
やかましくまくし立てるシルフィードであったが、タバサは全くの無反応。
主人が使い魔に構ってくれないで黙っているのがつまらないようで、シルフィードはさらに首を伸ばしてくる。
「お姉さまこっち向いて欲しいのね。シルフィのお相手をして欲しいのね!」
シルフィードが駄々をこねる子供のように要求すると、ようやくタバサはぱたん、と本を閉じて反応してくれた。

タバサは無言でベッドの横に立てかけてあった愛用の杖を手にしだす。
その様子を見て、シルフィードもぴたりと喋るのをやめていた。
人の気配を、扉の向こうから感じる。タバサは扉の向こう側にいる者に対して話しかけた。
「誰?」
「ぼ、僕です……ヨシアです……」
怯えた小さな声が聞こえてくる。
昼間、タバサが翼人を攻撃しようとしたのを邪魔したあの少年は村長の息子だった。
その兄がサムであり、料理を振舞われていたタバサの元に縄で縛りつけた弟を突き出し、罰を与えるように告げたのだ。
だが別にタバサは罰を与える気などこれっぽちもない。確かにあの時に邪魔されたのはせっかくのチャンスを逃してしまったわけだが、それならば次の機会を待つのみだ。
サムはそのことに安心したようだった。彼も弟が大事だったのだろう。
ヨシア自身は思いつめた様子であったが、タバサには彼の思惑など特に興味がない。

その彼が、こんな夜更けに何の用だろうか?
「ちょっとお話があるんです」
「明日にして」
「お願いです。今、話がしたいんです」
食い下がるヨシアに、仕方なくタバサはベッドから起き上がると扉を開け、ヨシアを部屋に招く。
「用件は?」
率直に用事の内容を尋ねるタバサに対し、ヨシアがタバサに望んだのは、翼人達への攻撃をやめてこの村での一件から手を引いて欲しいということだった。
当然、タバサは冷徹にそれを拒否するが、ヨシアは尚も食い下がって様々な事情を語りだした。

彼が言うには、この季節は翼人達の家族が増え、そのための巣を作るには幹が太くて立派なライカ欅が必要であり、故に村の外にあるの大きなライカ欅を家としているという。
村の財源は確かにきこり達が木を切り、それを売ることで賄われている。だが、それはあのライカ欅を切らずとも他の木を切るだけで充分なのだそうだ。
だが、村人達は翼人達の巣であるあのライカ欅の方がより高く売れると欲に目が眩んでおり、それで翼人達を排除し追い出そうとしているのだ。
目先の利益が得られるならば、より大きな益がもたらされる方を選ぶ。その為ならば他者の犠牲は考えないのである。
ましてや、相手が動物や亜人ならば尚更だ。
欲望は容易く人を狂わせ、正しい判断を行える理性を奪う。

翼人達は半年前にあの場所に家を作り、その後からここにやってきてこの土地の所有者を勝手に名乗っているのは自分達人間の方だ。
彼らから住処である木を奪う必要は無い。ヨシアは村人達を説得し、翼人達と話し合うなどしようと持ちかけたが、村人達は矢を射掛けて追い出せば良いと聞く耳を持たない。
そのため、こうしてタバサにも説得に来たのである。
「任務」
だが、タバサは首を縦に振らない。そう。これはタバサに与えられた任務。それを果たさずに帰ることはできない。
「そんな、どうしてですか! 騎士様にはお情けというものはないんですか? 勝手すぎるじゃないか!」
素っ気無い態度で返事をするタバサに、ヨシアも喚き立て詰め寄る。
「お姉さまはね、駒なの」
いきり立つヨシアに対し、窓から顔を突っ込んだままのシルフィードが言う。
「それが騎士というものなの。一旦、命令を受けて出てきたら、何としてでもその任務を果たさなければならないの。自分ではどうにもならないわ。
こうして村で何か問題事が起きて、領主様に訴えて、それがお城に伝わって、それでお姉さまはここに派遣されてきたの。
せめて、村の総意で「お引取り願う」ってならないと、お姉さまは罰を受ける破目になっちゃうわ。ましてや一個人の頼みじゃね」
的を得ているがどこか他人事のようにぺらぺらと話すシルフィードに、ヨシアも項垂れるしかない。
「それにしても、あなた翼人達のことに詳しいのね。おまけに彼らの肩を持って。どうしてなのね?」
「そ、それは……」
ヨシアが声を詰まらせ、口ごもったその時である。

「ヨシア」
シルフィードが顔を突っ込む窓の外から透き通った声が聞こえてきた。
タバサとシルフィードが振り向くと、窓の隙間から顔を覗かせる女の姿が見える。
見覚えのあるその姿。それははたして、昼間に翼人達を制したあのアイーシャという女であった。
「ま、待ってください! 彼女は危害を加えに来たんじゃありません!」
タバサが咄嗟に杖を構えると、慌ててヨシアが声を上げて制止していた。

ちらりとタバサはアイーシャを見やる。彼女もこくりと頷くと、そのまま窓から部屋の中へ足を踏み入れようとした。
「っ……!」
「アイーシャ!」
床に足をつけた途端、がくりとよろけたアイーシャの体をヨシアが抱きかかえ、支える。
背中に生えた彼女の髪と同じ亜麻色の大きな鳥のような立派な翼。その片翼は、見るも無残な痛々しい傷を露にしている。
「大丈夫かい? こんなに酷い怪我なのに……」
「わたしは平気よ。ヨシア」
彼女の身を案ずるヨシアに、アイーシャは健気に答えていた。
そんな二人を見ながらタバサはベッドに腰をかける。
それからヨシアの力を借りて、アイーシャは椅子に腰を下ろす。その傍で彼女を守るようにヨシアは寄り添っていた。
「すごい、すごい。翼人と人間が恋仲なんてすごい! きゅいきゅい!」
二人の関係を聞かされたシルフィードが驚き、興奮している。
そう。この二人は今、シルフィードが言ったように恋人同士なのだそうだ。昼間に兄のサムがヨシアに、翼人がどうのと詰め寄っていたのだが、そういうことか。
それを肯定するように、ヨシアは照れ笑いを浮かべ、アイーシャも頬を染める。
二人の少年と翼人の少女の馴れ初めは、森でキノコ狩りをしていたヨシアが不慮の事故で足を怪我をして動けなくなった時、アイーシャが先住魔法で治してくれたという。
二人はこっそり森で会っては話し合い、その内に無二の仲となっていたという。それから種族は違えど、互いのことを理解しようと真剣に考え始めたという。
翼人達にしか分からないことをアイーシャはヨシアに教えてくれる。ヨシアはまるで自分のことのように、朗々と話を続けていた。
聞かされる方としては、のろけ話も徐々に飽きてくるのだが。

しかし、実際の所異種族同士が互いを理解し合い、共存しようというのは非常に難しいものだ。

人間にとって翼を生やし、先住の魔法を操る翼人は異形の悪魔。

翼人からしてみれば、人間は何もできない地を這い回る虫けら。

互いの種族は異なる種族をそのようにしか見ていない。
突きつけられる現実に、二人は悲しそうに俯いていた。
「翼人達とはもっと協力し合うべきなんです。なのに、お互いにいがみ合って……。でも、僕はもっと君や君達のことを知りたいよ。これからも、ずっと」
悔しそうに呻くヨシアの手を、そっとアイーシャが握ると彼女は心底寂しそうな顔を浮かべていた。
「あのね、ヨシア。そのことだけど……今日はお別れに来たの」
「そんな! 一体、どうしたんだい? 急に、そんな……」
アイーシャの言葉にヨシアは動揺し、困惑しながらも尋ねていた。
「わたし達は、あの木を去ることにしたわ。色々と話し合ったの。それで結論が出たわ。争うくらいなら、増えなくても良いって」
苦渋の決断だったのだろう。アイーシャも苦しそうな表情を浮かべている。
タバサとしては、それで翼人があの木を去るというのであれば村人達の脅威も無くりライカ欅を自由にできるので、自分も御役御免となる。
「僕が、みんなを説得してみるよ! もっとやってみる! 最後まで諦めちゃ駄目だよ!」
「あなた達の族長は強力な戦士を派遣してきたし、本当だったら精霊の力を争いに使いたくはないの。それに、あなたがたとえここで去っても別の誰かがまた来るだけですものね」
必死になってヨシアは引き止めるが、アイーシャは首を横に振り、ちらりとタバサの方を見つめる。
タバサは無言のまま、じっと彼女の傷を負った翼を見つめていた。
「そういうことなのね。さっきも言ったけど、一個人で何とかできるって問題じゃないのね」
「そんな……! 騎士様! どうか、どうか……お引取りを! それかお城に訴えて……」
溜め息交じりに言うシルフィードの言葉に、ヨシアは躍起になってタバサに懇願する。
たった今、アイーシャとシルフィードが言ったことがまだ理解できないのか。

「ヨシア。それだけじゃないの」
我を忘れたように喚くヨシアを諭すように、アイーシャは続けた。
「わたし達の氏族は、村人達のことは関係なしにどうしても近いうちにあそこを離れなければならないの。そうしなければ、わたし達は皆殺しにされてしまうわ」
「ど、どういうことだい? 僕ら以外に、誰かが君達を?」
アイーシャの発言に何か引っ掛かりを覚え、彼女に問う。
タバサもそれが気になったのか、耳を傾けていた。

「この傷、どうしてできたと思う?」
アイーシャは、己の左翼にできた痛ましい傷を見せつけていた。
「……そ、そうだ! どうして、こんなことに……。一体、誰がこんなひどいことを……」
愛する者の傷を目にし、ヨシアは狼狽する。そしてアイーシャはたった一言、その犯人の名を口にした。
「悪魔よ」



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