あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

第18話『激情』


──ルイズの魔法による爆発で壊れた教会。
もうまもなくアルビオンへの一斉攻撃が始まる頃だと、ワルドは目算する。

対峙するワルドとアセルス。
構えるワルドに対して、アセルスは悠然と歩み寄る。

妖魔相手に真っ向勝負では勝ち目はない。
だからこそワルドは、相手が仕掛けてくる前に先手を打つ。

「妖魔の癖に、人間の主人が気にかかるのかい?」
ワルドが、ルイズの容態へ目を向けるよう誘導する。
彼女の痛ましい姿を見て、一瞬気を取られたアセルスの背後から影が襲いかかる。

『相棒……!』
デルフが警告するより早くアセルスは動いていた。
アセルスは敵を一瞥する事すらなく、2本の剣を引き抜く。
影──即ち偏在は斬られたとすら自覚できぬまま倒された。

偏在がいとも容易く打ち破られたワルドだが、内心ほくそ笑んでいた。

──獲物が罠にかかったと。
アセルスが二刀流を使うのは決闘で承知していた。

本来メイジならば、接近戦を選ぶ必要はない。
接近させたのは、遍在のマントで視界を遮る為。
撹乱した今、潜ませた遍在との挟撃が可能になる。

「ライトニング・クラウド!」
風の魔法でも最大級の威力を誇る雷の呪文。
二重の攻撃に対処する手段はないと言うのがワルドの打算。

『相棒!俺をかざすんだ!!』
デルフの叫びにアセルスは剣で雷を防ぐように構える。

雷はデルフに吸い込まれるように消え去ってしまった。

「何!?」
ワルドは確かに見た。
雷が当たる前に剣に吸い込まれてしまったのを。
デルフの錆びた刀身がひび割れ、中から新品同様の剣が姿を表す。

『思い出したぜ、デルフリンガー様の本当の姿をよ!』
魔法を吸収できる剣。
アセルスはその特性を理解しつつあった。

一方窮地に立たされたのはワルド。
メイジにとって、魔法が奪われるというのは最大の切り札を失うに等しい。

しかし、人間が他の動物より優れているのは知力。
経験を重ねた技術や計略はより精錬され、より狡猾になる。

「保険をかけて置いて良かった」
二重三重に張り巡らされた罠。
歪な笑みを浮かべ、アセルスもデルフも予期せぬ方向から襲撃を試みる。

気配を感じたアセルスが天井に目を向けると、そこにもう一人のワルドの姿があった。

「カッター・トルネード!」
「もらったぞ、ガンダールヴ!」
天井から降りた遍在と地にいるワルドの魔法による多重攻撃。
だが、遍在の突き出したレイピアも風の刃も空しく宙を斬った。

「なんだと!?」
ワルドは何が起きたのか理解できぬまま、うろたえる。
遍在も同様で周囲を見回す相手に、アセルスは上空から剣を振り下ろした。

自らの遍在が縦横に引き裂かれる。
剣どころか相手の動きにすら着いていけない事実をワルドの遍在は最期に理解した。

人間の優位が知略なら、妖魔が持つのは純然な力。

身体能力、耐久力、魔力、そして妖力。
人間では決して及ばぬ力を知覚して振るう。

アセルスは半妖である。
妖魔の力を使うのに時間がかかるのが彼女の難点。
ワルドがマントの小細工を弄した隙に、アセルスは妖魔化を終える。
普段は抑えている妖魔の力を解放、反撃に転じた。

「遍在、だと……?」
傷一つ負わせれなかった以上にワルドが衝撃を受ける。
アセルスが最後の遍在を倒した時、彼女の姿が4人に分かれていた。

無論、アセルスの放った技は遍在などではなく剣技。
高速で四方から、十字架状に切り裂くロザリオインペール。
そんな技術を知らないワルドには魔法を使ったようにしか見えないだろう。

アセルスの力を上回る手段や策略がワルドには存在しない。
魔法は吸収され、更に自らが切り札とした遍在に似た技を使われる。

(逃げなければ……だがどうやって……)
冷や汗を流し、追い詰められる。
勝ち目がないのは、ワルド自身が誰よりもよく悟っていた。
追い詰められた彼が思いついたのは、見栄も体裁も無い悪魔の所業。

「ウィンド・ブレイク!」
残った魔力を搾り出すように、魔法を放つ。

アセルスは気付く。
ワルドの視線が自分を向いていないと。
彼が放ったのは風で吹き飛ばすだけの呪文に過ぎない。

──ただし狙ったのはアセルスにではなく、倒れていたルイズだった。

意識の無いルイズの身体が上空に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
アセルスは落下先に駆け寄ると、落ちてきたルイズの身体を片腕で受け止めた。

「イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ!」
ワルドは爆発した教会の裂け目から、フライの詠唱を唱えて飛翔する。

「ガンダールヴ!この借りは必ず返すぞ!」
捨て台詞と共に、ワルドは空高くへと逃げ延びた。

『あの野郎、嬢ちゃんを囮に使いやがった!』
非道な行為にデルフが怒鳴る。
しかし、アセルスはワルドを追いかけようともしない。

『おい、相……棒……』
追いかけない理由はデルフにもすぐに察する。
アセルスはルイズの脈を取るように、首に手を当てている。

「ルイズ……」
名前を呼びかけるも返事は無い、。
脈はあるものの、反応がどんどん小さくなっていく。

「ルイズ……ルイズ……!」
必死に回復の術を試みるが、傷が深く焼け石に水だった。

アセルスは回復の術は白薔薇に依存していた。
自身の傷を治す事は出来ても、他者を癒す術が苦手なのだ。

「……アセルス……?」
僅かながら効果があったのか、ルイズの瞼が開く。
彼女には何故ここにアセルスがいるのか分からない。

「ルイズ!」
自分の名前を呼ぶアセルスの姿は幻覚か。
夢や幻でも構わないと、ルイズは自分が伝えたかった言葉を口にする。

「……ごめんなさ……い……」
ルイズが喋ったのはたったの一言。
それだけで再び意識を失って、身体から力が抜け落ちる。

「ルイ……ズ……!」
何故謝るんだ、謝らなければいけないのは私のほうなのに!
君を守ると言いながら、守れなかった。
自分の運命に巻き込みたくないと言いながら、また逃げようとしていた。

その結果、ルイズは傷つき倒れた。
可憐な顔は、煤に汚れてしまっていた。
白雪のような肌は擦り傷や血に塗れてしまっている。
腕は切り落とされ、傷を塞ごうとしても血が止まらない。

「うぁぁ………」
血を流す程強く、唇を噛み締める。
ルイズの身体を強く抱きしめるも、彼女は何の反応も示さない。

「ああああああああああああ──────っ!!!!」
アセルスの慟哭。
叫ばなければ、自分の心が壊れてしまいそうだった。

『相棒、よせ!それ以上感情を昂ぶらせたら壊れちまうぞ!!』
ワルドとの交戦から、デルフは握られたままだ。
だから察した使い手のガンダールヴの昂った感情。

ガンダールヴの力は使い手の感情により真価を発揮する。

しかし、今は力をぶつけるべき相手がいない。
結果として、溜まりに溜まった力は発散されず、アセルスの身体を蝕む。

常人であれば気が狂いそうな程の力の逆流。
アセルスに流れる妖魔の血がガンダールヴの力を取り込もうとする。

人間の激情。
ガンダールヴのルーン。
妖魔の支配者、オルロワージュの血。

本来ならば重なるはずのない力は、彼女の身体にも影響を及ぼした。

アセルスが妖魔化する時、頭髪は青色が混じり襟足が僅かに伸びる特徴がある。
だが、今までの変化とは比べ物にならないほど、アセルスの髪が長く伸びていた。
彼女が嫌った妖魔の君オルロワージュのように長く……



──教会を抜け出したワルドは戦線をフライで離れている最中だった。

ルイズを手に入れる目的と、手紙を受け取る任務は失敗した。
最重要なのはウェールズの暗殺だった為に、この二つの失態は問題ではないと考える。
妖魔の情報を教えておけば、弁明には十分だろうと胸中で打算する。

ワルドは自分が逃げ切った気でいた。
教会は点景となる程に遠ざかっていた。
己の邪心が、悍ましい化物を生み出してしまったと気付くはずもない。

この日、アルビオンに存在する7万以上の人間。
たった一人の行動の代償として、貴族派も王族派も全て等しく姿を消す事となる。



──時はアセルスとワルドの交戦から半日後のアルビオンに進む。

空の大陸に近づく一匹の風竜。
背に3人の人影を乗せており、闇夜に生じて岸に降り立つ。

「さてと…」
最初に降り立った少女。
キュルケが赤い長髪をかきあげたながら、呟く。

「向かうならニューカッスルでしょうけど、正面から行けるかしら?」
「無理」
キュルケの提案に、タバサは正論を返す。
ルイズの身を案じて、3人で追ってきていた。
昼に近づけば流石に気づかれるだろうと、夜まで待つ事となったが。
もう一人の人影、侍女のエルザは先ほどから辺りを世話しなく見回していた。

エルザは吸血鬼だ。
妖魔としての真価は夜に発揮される。
人間より遙かに優れた五感が、周囲の異変を察知していた。

「どうしたのよ?」
「人影がまるで見あたらないの」
キュルケの問いかけにエルザが答えた。
戦場近くだと言うのに、静寂に包まれている。

原因は分からないまま、城付近へ近づく。
途中で貴族派のキャンプ地と思わしき拠点が見つけた。
仮設の建物のようだが、灯りは点っておらず人の気配は感じられない。

「ちょっと、タバサ?」
キュルケが寄り道を咎めようとするが、止まらない。
タバサは手がかりを求めて、警戒しながら建物に近づく。

「妙」
「撤退したんじゃないの?」
キュルケの推察をタバサは首を振って否定する。

「貴族派は圧倒的優位、撤退する理由がない」
扉を調べ、罠の有無を確認する。

「まるで幽霊船のお話みたいね」
キュルケとしては他意もない独り言だったのだが、タバサは思わず杖を落とす。

「……どんなお話?」
タバサが苦手とする数少ないものが幽霊だ。
本当は聞きたくないのだが状況が似ている以上、気にならないと言えば嘘になる。

「漂流していた船があってね。その船を別の船乗りが見つけたの。
船乗りたちが乗り込むと、奇妙な事に船には誰も乗っていなかった」
キュルケの顔を照らす松明の火が風で揺らめく。

「でも、誰かがいた痕跡は残っている。
スープのカップもまだ温かく、食事もそのまま」
月明かりすらない暗闇は、タバサの想像を悪い方向にかき立てる。

「それで……?」
話の続きを促すタバサ。

「船乗り達が港に戻ると、彼らは船の出来事を貴族に話した。
その貴族が調査隊を向かわせたけど、船はどこにも見つからなかった。
自分達が騙されたんじゃないかと、貴族達は船乗りを呼び出そうとしたの。
でも、それは不可能だった」
キュルケが少し間を置く。

「……何故?」
尋ねるタバサの声が僅かに掠れていたのだが、キュルケは気付かないで先に進める。

「船乗りは全員、原因不明の病で亡くなっていたの。
船乗りだけじゃないわ。貴族や調査隊達も後を追うように病に倒れて……」
キュルケが首を振る。

「それ以来、誰も乗っていない船は幽霊船だと。
幽霊船に近づいたら、亡霊に憑き殺されてしまうって船乗りの間で言い伝えられているそうよ」
キュルケの話を聞き終えてタバサが、扉にアンロックをかける。

内心では少し、いや大分怯えながらタバサが扉を開けた。
表面は冷静を装っているが、先頭に立つんじゃなかったと後悔している。

建物に入ると、タバサは卒倒しそうになる。
幽霊船の話と建物の中が瓜二つだったからだ。
異なるのは些か時間が経っていると予想できる冷めた飲み物程度。

交戦した痕跡等はどこにも見あたらない。
食料や火薬入りの樽など、戦闘の準備が行われていたのは確かだろう。

更に部屋の状況を調べようとすると奥から物音が響いた。

「大丈夫ですか?」
思わずよろけたタバサをエルザが支える。

「誰かいるの!?」
キュルケが大声で問いかけるも、返事がないまま静寂が再び場を支配する。

「調べてみましょう」
キュルケがテーブルに置かれていた携行用のランプを灯して先導する。
置いて行かれるまいと、タバサも足早についていった。

「きゃ!?」
キュルケが通路を曲がった途端、姿勢を崩す。
エルザは暗闇の中、嗅ぎ慣れていた匂いに気づいた。

「何よ……」
転んだ拍子に落とした松明を向けると、絶句する。
彼女が躓いたのは首に剣が突き刺さった兵士と思わしき遺体だった。

「せ、戦死者?」
キュルケの声がうわずる。

吸血鬼であるが故、エルザは死体にも慣れている。
だからこそ、倒れていた死体の違和感にいち早く気がついた。

「……でも、血は?」
血痕は首にこびり付いているが、地面には僅かな量しかない。
過去の『食事』経験から死体は半日程度が経過していると判断。
どこからか死体を運んできた可能性も考えるが、地面に引きずった跡もない。

首を傾げる一同に、再び奥側から物音が響く。
先に進むと、物音がしたと思われる扉が見つかった。
三人は顔を見合わせて同意すると、警戒しながら扉を強引に蹴り開ける。

いたのは部屋の片隅でうずくまる傭兵らしき男。
憔悴しきった表情で灯り一つつけずに震えていた。

「ねえ貴方、ここで何があったの?」
「うぁ……」
キュルケの質問にも男は、何も話そうとしない。
というより、こちらの認識にすらできていないように思われる。

「おそらく無駄」
「どうして?」
「精神が壊れている」
タバサの口調にほんの僅かな苛立ちが混ざる。
傭兵の様子は彼女にとっての心傷にも重なるものだった。

そんな二人を後目に、エルザが無警戒に傭兵に近寄る。
キュルケが何をするのかと聞くより早く、エルザは傭兵の首に牙を突き立てた。

「何を……!?」
キュルケの制止にも構わず、血を吸い続ける。

タバサは気づいた。
吸血鬼の能力、血を奪う事で屍人鬼を生み出す。

エルザは日頃の吸血行為を禁じている。
それは主であるアセルスに命じられているからに過ぎない。

「何があったか話せ」
主の為ならば、いかなる手段とて彼女は使う。
他者の命を奪うのも、自らの命を差し出す事も厭わない。

「ぁ……ぁ……わからない、なにが起きたのか」
屍人鬼となった傭兵がゆっくりと口を開く。

「ただ……次々傭兵が消えていった。
報告に向かったら、いきなり見ず知らずの暗い部屋にいた……」
説明を受けても、何が起きていたのか把握できない。

「暗い部屋って?」
「わからない……ただ階段を下りると出口らしき灯りのある広場を見つけた……」
男の焦点が遙か彼方を見上げる。

「その前に座り込んだ別の傭兵達がいた……
何で出ないのかと聞くと出口への階段が昇れないとか、おかしな事を言いやがった。
すると、なにを血迷ったのか……一人がいきなり剣を自分の首に突き刺した……」
説明を受けて、三人の脳裏に浮かんだのは先ほどの死体。

「死んだはずの男が地面に倒れると姿を消したんだ……
訳が分からなくなり、俺は逃げるように出口に向かって…………」
弦の切れた楽器のように、男の説明が唐突に止まる。

「何?続きを……」
「ぁ……ぁぁぁ……あああああああああ!!!!」
エルザが説明を促そうとすると、男は突然キュルケの持っていた松明を奪い取って走り出す。

「何を……止まれ!」
エルザが命じるも、男はそのまま別の部屋へと走り去る。
その部屋が何の役割を持つ物なのか、扉を開けた時に放たれた匂いでタバサが察する。

硫黄──つまり火薬庫。

「駄目!」
タバサが珍しく大きな声で警告するも遅かった。
風の障壁を張ると同時に爆発と熱風が巻き起こる。

軽減はできても完全に打ち消すことは困難で、三人は木製の壁を突き抜けて吹き飛ばされた。

地面を転げながらも、何とかキュルケが体を起こす。
木製の建物は跡形もなく消え去り、炎と煙だけが残されていた。

「何が起きてるのよ……」
痛みを抑えながら立ち上がったキュルケが呟く。
彼女の疑問に答えることができる者は誰もいなかった……



──舞台はアセルスが教会にいた頃に遡る。
既に交戦が始まったのか、外で砲撃音が聞こえていた。

教会へと姿を見せたのは城の兵士達。
爆発に対して、異変を察知した兵士が武器を手にようやく駆けつけた。

「皇太子様、無事ですか!?」
「殺されているぞ!」
「そこの貴様、貴様が殺したのか!?」
信じられない光景を目撃した兵士達が口々に騒ぐ。
アセルスにとって彼らの声は雑音でしかなく、耳に入っていなかった。

兵の一人がアセルスの口元から流れる紫の血に気付く。

「妖魔め!よくも……!」
兵士が口にした言葉はアセルスの脳裏に響く。
彼女の中に渦巻いていた力を、おぞましい感情に形を変えて。

──そうだ、私は妖魔の君だ。
歯向かう者、全てに不幸を。支配を。屈服を。
恐怖に怯えさせ、何者であろうと足元にひれ伏させるべき存在。

悪意を与える場合、どのように行われるか?
自身が苦痛に感じるであろう処罰を味わわせようとする。

アセルスも同様だった。
オルロワージュを超えようと確執したアセルスがただ一つだけ使わなかった手段。

否、使えなかったのだ。
自分の大切な者を奪ったオルロワージュの悪意の象徴なのだから。

アセルスは自らが受けた悪意をばら撒こうとする。
目の前の少女、ルイズを傷つけた報いを全ての者に与える為。

「私に逆らう愚か者達よ、『闇の迷宮』で永遠に彷徨い続けるがいい!」
アセルスが告げた、全ての断罪。
これこそがアルビオンを襲った異変の元凶だった。



「何だ!?何が起きたのだ!?」
突然目の前に現れた壁によって、ワルドは身体を叩きつけられた。

「ここは……どこだ?」
理解の及ばない出来事に周囲を警戒する。
周囲は底無しのように暗く、一筋の光も差し込んでいない。

「チッ……」
止むを得ず、ライトの魔法で付近を照らす。
調べて分かったのは、壁に覆われた部屋だという事。
長い階段を下るとようやく広場にたどり着き、出口らしき明かりが見えた。

「こんな所にお客さんとは珍しい」
背後から聞こえた声に杖を構えて、警戒する。

「何だ?貴様。ここがどこか知っているのか?」
「ここは闇の迷宮、抜け出すためには誰かを置き去りにしなければ出れないぞ」
赤いカブのような化け物が口を開く。

「ならばお前が犠牲になれ」
フライを唱え、出口に向かうワルドだったが見えない壁にぶつかる。

「ぐぉ!?」
鼻を強く打ちつけて思わずフライの制御を崩す。

「貴様、よくも出鱈目を!」
ワルドが振り返り、赤カブに怒りをぶつける。

「怒るな。迷宮の掟が変わったんだ」
「掟だと?」

「犠牲が必要なのは前の妖魔の君が作った掟だ。
今の妖魔の君は闇の迷宮に更に歪んだ掟を与えた」
赤カブが言う妖魔の君。
ワルドの心当たりは一つしかない。

「妖魔の君というのは、アセルスとか言う女か?」
「知ってるなら話は早い。
何があったか知らんが、随分怒っている」
本題を切り出そうとしない赤カブに苛立ちを覚えながら、ワルドが叫ぶ。

「そんな事はどうでもいい!ここから出る方法を教えろ!!」
「簡単さ、飛ばずに階段を上がって出口に向かえばいい」
余りに容易な脱出手段。

「ならば貴様は何故出ない?」
「一段昇ってみれば分かる」
疑問に対して答えない相手に、ワルドはやむを得ず試みる。

恐る恐る階段に踏むと、ゆっくりと一段上がる。

ワルドの脳裏に浮かんだのは、母の姿。
自らが故郷を裏切ってでも聖地に向かおうと志した理由。
母の顔が溶けて、のっぺらぼうのように消えてなくなる。

「うおっ!?」
目の前に浮かんだ光景に、思わず仰け反る。
その反動で階段から足を踏み外してしまった。

すると、母の顔は元に戻っていた。

「何だこれは!?」
ただ訳が分からず混乱するワルドに、赤カブが声をかける。

「お前さんは脱出の権利があるらしい」
「どういう意味か説明しろ!
貴様さっき歪んだ掟が追加されたとか言っていたな?」
飄々とした妖魔の口調に、ワルドは詰め寄る。

「そのままの意味さ、新しい妖魔の君が望んだ掟。
『出る為には、その者の最も大切な存在が犠牲』となる」
「大切な存在だと……」
ワルドが尋ね返すと、赤カブは頷いた。

「その大切な存在とやらがない場合は!?」
「簡単さ。俺のように、この迷宮から出られない」
あっけらかんとした絶望の答え。
そして、母親が顔が消えていく感覚にワルドは察しつつあった。

「……大切な存在が既に亡くなっていた場合はどうなる?」
「さぁ?思い出でも消えるんじゃないか?」
軽口を叩く妖魔に、ワルドの表情は青ざめていた。

「ふ……ふざけるな!他に脱出する手段はないのか!?」
「ないね、お前さんは暴君を怒らせてしまったんだ」
暴れ回るように剣を構えて脅迫するが、赤カブは否定する。

「俺は聖地に行かねばならんのだ!母を……母を取り戻すために!!」
ワルドの望みは母の為、聖地へ向かう事。
しかし闇の迷宮から出るためには、母の存在を奪われる。
相反する脱出条件の恐ろしさを、ワルドはようやく理解する。

「だったら、そのまま階段を昇ればいいさ。
最もその頃には、お前さん母親の事は覚えてないだろうけど……」
「黙れぇーーーーー!!!!」
軽口を辞めない赤カブにワルドが怒りの矛先を向ける。
放たれたエア・カッターであっさりと輪切りにされ、地面に崩れ落ちた。

「忘れるなどあり得るものか……
祖国も婚約者も全て裏切って、俺は母を取り戻す為に聖地へ向かうのだ……忘れるなど……」
呪詛のような独り言を延々と繰り返すワルド。
一段昇るだけですら、蛞蝓のように歩みが遅い。

必死にワルドは登り続けた。
たった1メイルを進むのに、途方もない時間をかけて。
どれほど険しい山道を昇っても、これほど消耗しないだろうと思える汗が額から流れ落ちる。

文字通り心が削られる痛み。
それでも後一歩で、光が届く所までたどり着いていた。

母の記憶が掠れつつあるが、必死に思い出そうとする。
優しい笑み、暖かな手。
その手に触れるようにワルドは手を伸ばす。

「この温もりがあれば俺は何も……」
求めたはずの手は直前で消えた。
同時に、ワルドの視界が暗闇に包まれる。

「母さん……?」
わずかに呟くが、ワルドには何も思い出せない。
母と交わした会話、髪や瞳の色も、声も、どんな人物だったかも。
自分が、何故こんなところにいるのかさえも今のワルドには分からない。

記憶とは、人格を成形する全ての根元だ。
見た絵画に感動して、自身も芸術家を目指した者もいる。

ある殺人鬼は母親に似ていたと言う理由で女性を殺した。
彼に母親の記憶が一切無ければ、凶行に駆られなかっただろう。

そんな記憶を奪われた人間はどうなるか?
答えを知るにはアルビオン陥落から半年後に時を進める──

「母さん、今日はいい天気だね」
海岸沿いを車椅子を押しながら歩く一人の青年。

「潮風が心地よい?それは良かった」
ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドと呼ばれた貴族。
今の彼はかつての風貌など何一つない面影になっていた。

痩せこけた頬。
浮浪者のような薄汚れた服装。
整えられていた髭も無精髭のようにボサボサになっており、
彼が牽引している車椅子も質素な上に部品にガタが来ている。

油の切れた車輪が軋む音も気にせず、ワルドは海岸を歩く。

「親子でじゃなくて恋人と歩きなさいって?
いやだなぁ、母さん。僕にはまだそんな人はいないよ」
早朝の海岸は人影もまばらで、散歩を続ける。

「婚約者って……ああ、ルイズかい?彼女はまだ子供だよ」
ワルドの足下はおぼつかない。
しばらく歩くと砂浜に足が取られて、転倒する。

反動で車椅子も倒してしまう。
最も、搭乗者が怪我する事はない。

何故なら──車椅子には誰も乗っていないのだから。

「ごめんよ母さん、すぐ立つから……」
いくら腕に力を込めても立ち上がれる気配すらない。

「待ってよ、母さん。置いていかないでくれ……」
空の車椅子に手を伸ばす。
しかし、その手は何も掴めないまま力無く事切れた。

ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドはこの日を境に歴史から姿を消した。
彼に与えられた評価は祖国の裏切り者、そして発狂した哀れな男。

彼が祖国を裏切った調査と共に、ただちに探索が行われた。

国家への謀反を企んだ罪人として裁くために。
アルビオン近くの国境で発見され捕縛されるも、既に彼は変わり果てていた。
逮捕した憲兵も本当に同一人物なのか確証が持てず、他のグリフォン隊の隊員が確認に向かう。

確認に訪れた隊員すら、彼が隊長と断定できなかった。

焦点の定まらぬ目に半開きの口。
何を呼びかけても一切反応せず、ただ虚空に向かって呻くのみ。
その姿は違法秘薬の中毒者のようであった。

身につけている装飾品や体格から本人と判断されるが、トリスティン王国は彼を裁判にかける事を断念。

代わりに、アルビオンの非道な犠牲者として彼をプロパカンダに利用した。
グリフォン隊から、裏切った者が出たというのはトリスティンの恥を晒す事になる。

恥を差し引いても、他の売国を行う貴族への牽制となると判断したのだ。
つまりアルビオン側についた者の末路を見せしめにして、揺さぶりをかける。
絶大な効果とまではいかなくとも、アルビオン側の動揺が収まるまでの時間稼ぎとはなった。

その後の歴史の動乱を知るものは多くても、ワルドの顛末を気にかける者はいない。

レコン・キスタに寝返るも、禁制の薬物により廃人とされる。
逮捕後、統治能力なしとして貴族階級と領地、グリフォン隊隊長の座の剥奪。
半年後には海岸で倒れているところを漁師に発見されて、共同墓地に埋葬された。

たったそれだけの短い文章がワルドの人生だった。



混乱の坩堝に包まれたアルビオンを抜けたアセルスがたどり着いたのは、見ず知らずの森だった。

アルビオンに残されていたワルドのグリフォン。
妖魔の剣でこれを吸収し、崖から地面に飛び降りた。
着地寸前に羽根を羽ばたかせて、地面への衝撃を和らげる。
降りる際、タバサ達と入れ違いになってしまった事はお互い気づいていない。

「ルイズ……」
アセルスが呼びかけるも、やはり反応はない。
彼女を両腕で抱えながら、アセルスはとある方角に歩き続けた。

『相棒、行く宛があるのかい?』
「この先に妖魔の気配がある、話が通じるならルイズの治療を協力させる」
ふと浮かんだ疑問をデルフが口にする。

『通じなかったら?』
「消すわ」
当然のように即答する。
しばらく歩くと女の人影が木々の隙間から見えた。
後ろ姿である為、顔は見えないが長く伸びた耳が人ではないと確信させる。

『やべぇぞ、相棒。ありゃエルフだ』
距離はまだある為、小声でデルフが警告しておく。

「エルフ?」
『強力な先住魔法の使い手だ。
人間のメイジや相棒の従えてる吸血鬼より遙かに強い魔法を使うから注意を……』
デルフが説明を一通りするが、警戒した様子もない。
それどころかアセルスは武器すら取らず、エルフに近づこうとしている。

『お、おい相棒』
「エルフにも性別はあるの?」
『え?そりゃあったはずだが……あ』
デルフもアセルスが何をしようとしているのか察する。
吸血鬼のエルザと同様に、虜化妖力で従えるつもりなのだと。

『えげつねえなぁ……』
半ば呆れ気味に呟くが、事情がある。
ルイズの命にも関わる事なので、それ以上は口を噤んだ。

大分近くまで寄ったが、相手はまだ気づいていない。
気配を察するのが鈍いのか、アセルスから声をかけた。

「ねえ」
突然後ろから聞こえた声に、驚いたように相手は身体をすくめる。

「だ、誰?」
どうやら水浴びをしようとしていたらしい。
振り返ったエルフと思われる少女が脱ぎかけていた服で胸元を隠す。

金髪の長い髪に白く透明な素肌。
黄金比率のように整った顔立ち。
それより特徴的なのは、服と腕だけでは隠しきれない程大きな胸と先端の尖った耳だった。

「彼女を助けてほしい」
相手に敵意がない為に、アセルスは本題を切り出す。

「酷い怪我……!」
少女はアセルスに視線を奪われていたが、ルイズの様態を見て近寄る。

「怪我を治せる者はいない?」
「わ、私は無理ですけど一人治癒魔法が使える人が」
どもりながらも、正直に答える。

「私はアセルス、貴女は?」
「ティファニア……です」
少女がしどろもどろ答える。
アセルスはそんな彼女の様子に構わず、彼女の瞳を見つめた。

「お願い、ティファニア。その人のいる場所へ案内して」
口調こそ柔らかいが、その眼光は拒絶を許さない。

「は、はい」
人気のない村に住むティファニアにも事情はある。
しかし、怪我している相手を見過ごせるほど、薄情にはなれなかった。
服を急いで着直すと、ティファニアはアセルスを連れて森を案内する。

アセルスはその後ろをついていく。
ルイズを愛おしそうに抱きしめたまま。

「あの人間……じゃないですよね?」
案内する道中、ティファニアが遠慮がちに尋ねる。

「ええ、妖魔よ。どうしてそんな事聞くの?」
アセルスはなぜ気づいたのかと思ったが、すぐに氷解した。
ルイズを抱えたまま口元を手袋で拭う。
白い手袋に紫色の血がこびりつく。

「ごめんなさい!知っている人に雰囲気が似てたものでつい」
謝るティファニアだったが、アセルスは気にしていない。
むしろ、雰囲気が似ているという相手……妖魔が気になった。
気配を探ってみると、確かにティファニアからは妖魔の感覚はない。

アセルスが感じ取った妖魔の気配は別人という事になる。
進行先に気配を感じている為、それが彼女の言う似た雰囲気の者だろう。

「着きました、ちょっと待っててくださいね」
小屋に着くと、ティファニアは急いで連れてこようとする。
扉の中に入っていく彼女を見ながら、アセルスはルイズの身体を木の幹にゆっくりと降ろす。

改めて彼女の傷跡を見る。
切り落とされた腕は治せない可能性もある。
ここに来る間も治癒の術は使い続けたが、アセルスの術では繋ぎ止めるまで至らない。

「……ごめん、ルイズ」
アセルスが術でルイズの傷を治そうとする。
些細な治療かもしれないが、それでも唱え続けた。
腕だけならまだいい、このまま目を覚まさないかもしれない。

人間と妖魔のジレンマ、自分が抱いた苦悩。
そんなものを思い起こした為に、ルイズを守れずに傷つけた。

だからこそ、決心する。
何があっても彼女から離れるものかと。
そんなアセルスの決心を揺らがせる出来事が待ち構えているとも知らずに。

「こっちです!」
アセルスの背後から誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。
ティファニアが治癒を行える者を連れてきたのだろう。

「アセルス様……?」
名前を呼ばれ、反射的に振り返る。
聞こえてきた声には聞き覚えがあった。

「白……薔薇…………」
闇の迷宮で別れたはずの白薔薇の姿。
何故彼女がここにいるのかアセルスには理解できなかった。
白薔薇も同様で、持ってきた治療用の道具も落として愕然としている。

久しぶりの再会にも、二人は時が凍り付いたように動けなかった……



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