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第17話『偽り(後編)』


針の城。
妖魔の君、そこはオルロワージュが生み出したリージョン。
上級妖魔である彼に刃向かう存在などいるはずもなかった。

彼が気まぐれに一人の少女に血を分け与えるまでは。

アセルスとオルロワージュの因縁。
その光景を夢の中で見続けてきたルイズ。
その夢は今宵決着を迎える。

アセルスの剣技。
ゾズマの邪術。
零姫の幻術。
イルドゥン、メサルティムの妖術。

彼らに対し妖魔の君オルロワージュがとった行動は、何もない。
焦る様子を見せる事すらなく、彼が合図すると背後の肖像画が笑い出した。

「来るぞ!」
イルドゥンの忠告と同時に、衝撃波が巻き怒る。
一流のメイジを何人集めたところで、これ程の破壊力は起こり得ないだろう。

頑丈に幾重も補強された壁に罅が走る。

「やはり耐えれんか」
亀裂をみると、オルロワージュが呟く。
全ての者を魅了し、相手に絶対的恐怖を与える。
それこそが妖魔の君として君臨するオルロワージュの力。

再び、肖像画が笑い声をあげると電撃が放射状に広がる。
同時に粉塵が巻き起こり、アセルス達の姿が見えなくなる。

オルロワージュから見て右方向より、獣が襲いかかる。

妖魔ならば誰でも使える幻夢の一撃による、幻獣の呼び出し。
だが、通常の妖魔であれば何が呼び出されるかは使ってみないと分からないが、零姫はこれを自在に呼び出せる。

術の中で最も攻撃に長けているのが、彼女が呼び出したジャッカル。
そんな獣すら肖像画から放たれた竜巻で阻止される。

「ふむ……自分から姿を現すとは思わなかったぞ、零姫」
「相変わらず全てが思い通り行くと思っておるのか、戯けが」
戒めるような、零姫の言葉。

「私が望むものは全て手に入れ続けてきたのは知っているだろう」
対するオルロワージュに敵意はない。
むしろ愛しい者を見つめるような眼差しだとすら、ルイズは感じていた。

「どうだ?昔みたいに城に戻ってこないか」
「お断りじゃな」
オルロワージュの提案に、零姫は即答する。

「戦いの最中にも関わらず、余裕を見せようとするのもお主の悪癖じゃ」
煙がわずかに揺らぎ、アセルスが姿を見せる。
途轍もない速度のまま、すれ違い様に剣閃が瞬く。

青の血飛沫が吹き出す自分の腕を見て、オルロワージュは満足そうに笑みを浮かべる。

「金獅子の剣か」
アセルスへと振り返るが、彼女は冷たい目で見返すだけだ。

「その娘はお主を滅ぼす事ができる数少ない存在。
手を抜かずに本気を出したらどうじゃ?オルロワージュ」
零姫の言葉にルイズは衝撃を受ける。
これほどの力を見せながら、まだ本気ではなかったというのか?

そして、ルイズは気が付く。
オルロワージュが攻撃を命じたとき、一人ずつにしか命じていなかった事実に。

「いいだろう」
彼の背後にある肖像の全てが笑い出す。

アセルスは構わすに、斬撃を繰り出すが片腕で止められてしまう。

「これは……!?」
驚くアセルスだが、自分の体から力が抜けていくような感覚に気づく。

背後の肖像画が嘲るように笑い声をあげていた。
この肖像画はいずれもオルロワージュの精神によって生み出された通称『三人の寵姫』

その一つ、野生。
彼女によって、アセルスは力を抑圧されてしまう。

アセルスを囮にして、イルドゥンとゾズマが煙の陰から挟撃を仕掛ける。
彼らを邪魔するように飛び交う肖像がオルロワージュにふれる直前の剣と邪霊を阻止した。

「チッ!」
舌打ちすると、肖像画にイルドゥンとアセルスが弾き飛ばされた。
零姫とゾズマはかろうじて後方に回避するも、またオルロワージュとの距離を詰めねばならない。

「アセルス様!」
後方支援に徹していたメサルティムは術でアセルスの傷を治そうとする。

アセルス達の再三の攻撃。
戦いの光景を上から見ていたルイズは気づく。
オルロワージュはまだ一歩も動いてすらいない。

「強すぎる……」
ルイズはアセルスが勝った結果を知っている。

これはどちらかが滅ぶ戦い。
負けたのならば、アセルスが自分の前に現れたはずはないのだから。
一体、どうやってこの相手に勝てたのかがルイズには見当もつかない。

「傷はいい、力が入らないのを治してくれ」
アセルスの身体から流れる紫の血。
徐々に青に色濃く変化していく。

「来るがよい」
オルロワージュが手招く。
アセルスは無言で跳躍すると共に、間合いを詰めようとする。

その前に立ち塞がるのは、3人の寵姫。
肖像画が舞うように宙を踊り、アセルスの攻撃を阻止した。
肖像画を鬱陶しく振り払おうとするが、その様子を背後で見ていたイルドゥンが忠告する。

「肖像画を狙っても無駄だ、あれはオルロワージュが生み出した幻影に過ぎない!」
忠告に気を取られたアセルスが弾き飛ばされる。
体制を立て直すと、肖像画はオルロワージュを加護するように周囲から離れない。

「チッ」
ゾズマが軽く舌打ちする。
アセルスを追撃したなら背後より仕掛けるつもりだったが、気づかれていたらしい。

最大の問題は三人の寵姫。
三体を乗り越えない限り、オルロワージュを倒すどころか傷一つ与えられない。

ゾズマは妖魔としては軽薄な性格だが、決して愚鈍ではない。

自身の力が通用するかは一か八かの賭けとなる。
だからこそ、オルロワージュを滅ぼせる確実な力を持つアセルスを連れてきたのだ。

「ちぇっ、トドメは譲るか」
自分の手で仕留めたい希望はあるが、贅沢を言える相手ではない。

アセルスの方に近づいて、耳打ちをする。
会話の内容はルイズには聞こえなかったが、アセルスは頷くと二つの剣を構え直した。

(来る……!)
ルイズが固唾を飲んで見守る中、肖像画が幾度目か分からない笑い声をあげる。
力を持った妖魔というものは良く言えば自由な、悪く言えば身勝手な者が多い。

つまり連携を取って戦うという事がほぼない。
オルロワージュは妖魔の君である為、当然承知している。

故に、敵が何人集まろうとも問題ないと判断していた。
下級妖魔の水妖以外、いくら強くとも個々としてしか戦わないのだから。

だからこそ、ゾズマが狙ったのは連携。
零姫とイルドゥンの三人で三人の寵姫を抑える。

イルドゥンが言ったように、三人の寵姫はオルロワージュの生み出した幻影。
彼の象徴ともなる力は絶大な反面、オルロワージュ自身は攻撃手段を殆ど持たない。

自分達が抑えている間に、アセルスがオルロワージュに一太刀浴びせる。
倒せないまでも、無傷で済まなければそれでいい。

メサルティムは後方から補助。
ゾズマ達は三人の寵姫を狙う。
そして、アセルスはオルロワージュに向けて跳んだ。

ゾズマの誤算はただ一つ。
アセルスがオルロワージュに攻撃を仕掛けなかった事。
何を思ったのか、彼女は金獅子の剣をオルロワージュの背後へと投げつけた。

「何!?」
全員がアセルスの行動に意表を突かれた。
アセルスはオルロワージュの首を掴むと金獅子の剣が突き刺さった壁へと叩きつける。

脆くなった壁は衝撃に耐えられず、あっさりと砕けた。
アセルスとオルロワージュが共に針の城を落下していく。

アセルスが幻魔を振りかざす。
寵姫から離れた以上、オルロワージュに防ぐ手段はないと思われた。

アセルスの右腕が、肩ごと吹き飛ばされるまでは。

「っ……!」
寵姫の一人に放たせた衝撃派がアセルスの右肩を抉り取る。

「今のは危うかったぞ、娘」
形成は逆転した。
アセルスに残された武器はない。
更にアセルス達が落下する上空からはオルロワージュが三人の寵姫を追わせていた。

「アセルス!」
このままではアセルスは挟撃を受けてしまう。
傍観者であるが故、絶望的な状況に気づいたルイズ。

「オルロワージュ!」
アセルスが叫ぶ。
右腕が再生されると共に、手には剣が握られていた。
アセルスに残された最後の武器──妖魔の剣がオルロワージュの心臓に突き立てられた。

「がっ……!」
短い悲鳴と共に、オルロワージュの口から青い血が吐き出される。

肖像画の姿が崩れ出す。
オルロワージュが三人の寵姫の維持すら困難になりつつある証明。

「私が死ぬのか……!?」
消えゆく身体を見つめながら、オルロワージュが理解できないといった表情を浮かべる。
その光景にルイズはかつて見た夢の言葉を思い出していた。

『オルロワージュめ……自分の血で滅ぶかもしれん』
指輪の君がアセルス達を見送った後に呟いた言葉。
彼の予想通り、気紛れに与えた自らの血が死の原因となった。

こうして、アセルスはオルロワージュを討ち滅ぼした。
それが更なる悲劇を巻き起こすとも知らずに。



「アセルス様!今日はお出にならないかと……」
ドレスを着たジーナがアセルスを迎える。

「何を言うんだジーナ、君は私にとって特別な人だ。私の最初の姫だからな」
王族のような衣装に身を包んだアセルス。
悪魔の角にも似た黄金のクラウン、血で出来たような真紅のドレスが彼女の魅力を妖しく引き立てる。

「アセルス様……」
ジーナが言葉を発するより早く後ろから姿を表したラスタバンが呼び止める。

「アセルス様!それではオルロワージュ様と変わりありません。あなた様は……」
「うるさいぞ、ラスタバン。私はあの人を越えた」
ラスタバンの忠告を遮って、アセルスが振り返る。

「そう、すべての面であの人を越えるのだ。
姫も100人でも200人でも集めてやる。
それから、他の妖魔の君を屈服させる。人間も機械も私の足元にひれ伏させるのだ。」
アセルスの宣告は暴君のような物言い。

「だからいったろう、こんな奴に期待するなと」
柱の影からイルドゥンが姿を表す。
侮蔑の態度を隠す事なく、アセルスを見下していた。

「イルドゥン、もうお前の指導なぞいらん。立ち去れ」
「ふん、 ファシナトゥールも終わりだな。」
世話役の解雇だけを告げるアセルスに、イルドゥンは捨て台詞だけ残して姿を消した。

「お前はどうするんだ、ラスタバン」
アセルスの瞳は酷く冷たい。
ガラス玉のほうがまだ温かみを感じるほどに。

「私はアセルス様について行きます。それが、私の願いでありました。」
首を垂れ、ラスタバンは跪く。

「よし、ではゾズマを捕えてこい。
あいつ、自分であの人を倒した気でいる。だれが妖魔の君か、じっくり教えてやらねば。」
当然だとばかりに命令を下すアセルスの姿に淀みはない。

「棺の姫たちは、いかが致しましょう?」
「棺など永遠に閉じておけ。あの人の食いカスなど興味無い」
路傍の石でも見るように、アセルスには心底どうでもいい話だった。

「アセルス様…………怖い……」
アセルスの変貌にジーナが思わず震える。
ジーナに微笑む姿は確かにルイズが知るアセルスのもう一つの姿。
親愛に満ちた少女の笑顔。

「大丈夫だよ、ジーナ。二人で永遠の宴を楽しもう。私にはその力がある」
ジーナの頬に手を当てながら、アセルスは笑った。

「フフフ……ハハハ……アハハハハハ!!」
アセルスの狂ったような高笑いだけが針の城に響いた。



かくして妖魔の君と成り代わったアセルスだが、近頃は酷く不機嫌だった。

理由は、ジーナの存在。
彼女が以前のように微笑んでくれなくなったのが悩み。

アセルスからの吸血行為を拒んでいる訳ではない。
虜化された筈だがジーナが寵姫となって以来、一度も笑顔を見ていない。
高貴な贈り物を与えようとも自らの愛情をどれだけ伝えても、彼女は寂しそうに微笑むだけだった。

その姿に憤りを覚えるより、何故なのか理解出来ない。
だからこそ、アセルスは二人の間にある致命的な溝を深めてしまう。

「ジーナ……」
夜寝る前にジーナの部屋に訪れるのが、アセルスの日課。
しかし、今日のアセルスはどこか様子が異なる。

「アセルス様?」
心境な面持ちをしたアセルスに対して、ジーナが問いかけた。

「今日は君にお願いがある」
「はい……?」
首を傾げるジーナの手を取って、アセルスが言葉を続ける。

「私と共に永遠を歩んで欲しい」
「それは……どの様な意味でしょうか?」
「私の血を君に与えたいと思う。そうすれば、二人は永遠に離れる事はないから」
オルロワージュの事を忘れた訳ではない。
ただアセルスは自分とジーナは違うと何の根拠もなく信じていた。

「アセルス様……」
告げられたジーナの反応はアセルスが望むものではなかった。
愕然とした表情を浮かべる彼女を見て、人でなくなる事を恐れているのだと身勝手な解釈をする。

「心配はいらない、私はいつでもジーナの傍にいる」
ジーナを抱きとめるが、彼女は震えたままだった。
その恐怖が誰に向けられたものか、悟ったのは傍観者のルイズのみ。

「違うわ、アセルス……ジーナが怯えているのは……」
独り言のような忠告も届く筈もない。
これはあくまでも夢の中の光景に過ぎないのだから。

「アセルス様……代わりに一つお願いが御座います」
ジーナが永遠を受け入れてくれたと、アセルスは思い込む。

「君の願いなら何でも叶えよう」
「ありがとうございます。
以前に務めていた裁縫店に残してある品物を取りに行きたいのです」
二人が始めて出会った裁縫店。
店主がファシナトゥールから出て行った為に、そのまま残っている。

アセルスは配下の者に取りに行かせようとしたが、
ジーナは思い出に浸りたいと一人で向かう事を希望した。

ゾズマやイルドゥンがアセルスに対して反乱を企てているのは、知っていた。
ジーナを一人で城の外に送るのは躊躇したが、周囲の妖魔に近づかないよう命令を出した。
そうしておけば、ジーナに近づく者が現れてもすぐに気配を察する事をができるだろうと判断して。

「アセルス様」
ジーナが城を出る前に、アセルスに呼びかける。

「二人で永遠を手に入れたら、何を望みますか?」
「私はジーナが傍にいてくれるなら、他に何もいらないわ」
アセルスは即答してみせた。
同時に、気になった質問をジーナに投げかける。

「私もアセルス様と同じです、アセルス様さえいてくれたのなら何も……」
寂寥を感じさせる笑顔で返しただけだった。
かつてのアセルスならば、ジーナが浮かべた表情の意味を察しただろう。

しかし、今の彼女には気づく事が出来ない。
彼女が心中で何を思い、何を考えているのかを。



約束の時間を過ぎてもジーナは戻らなかった。
帰りを待ちかねたアセルスが、自ら裁縫店に向かう。
ジーナに不慮の事態があったのかと不安に押し潰されそうになりながら、店に辿り着く。

「ジーナ」
店内に入ると、呼びかけるも反応はない。
明かりが灯っている、2階の部屋に向かう。
ジーナにとって屋根裏が、唯一の安息の地だったと以前に聞いたのを思い出しながら。

部屋の扉を開くと、ジーナの後姿が見えて安堵する。
疲れていたのか、机に突っ伏して眠ったように見えた。

しかし、それが間違いだったとすぐに悟る。
床に滴り落ちた血痕、青褪めていた彼女の顔を目の当たりにして。

「ジーナ!?」
アセルスが抱え起こすも返事はない。
左手首の傷口と反対側の手に握られた鋏が凶器だと理解する。

「どうして……ジーナ!?ジーナ!!」
部屋に争った形跡はない。
右手にも血が付着しているから自殺だろう。
原因は分かったが、彼女が死のうとした動機が分からない。

机の上に手紙が置いてあると気付く。
宛先人にはアセルスの名前が書かれていた。
動揺からか手の動きが定まらないまま手紙を読み進めた。



『アセルス様へ
このような形でしか言葉を残せない私は卑怯者だと思います。

ですが、他に伝える術を思いつかなかったのです。
きっとアセルス様を前にすれば、告げる事は出来なくなるでしょうから』



手紙をいくら読み返しても、現実感に乏しかった。
何が彼女を自殺へと駆り立てたのかがまるで理解できない。

ジーナが手紙に残したのは思い出の内容が大半だ。
最後の締め括りには、こう記されていた。



『私もアセルス様を愛しておりました。
変わりゆく貴女に何も手助けできなかった無力な私を御許しください』



「ジーナ……」
いくら呼び掛けても、彼女が答える事はなかった。

それからの出来事は覚えていない。
ただ彼女の遺体を硝子の棺に入れたのだけは何となく覚えている。

自分の血を分け与えるというのも考えた。
そうすれば自分と同じように、生き返るだろう。

行わなかったのは、脳裏を過る彼女の笑顔。
哀しんでいるような微笑みに、ジーナの心は自分から離れてしまったのだと気付いた。

結果はわかっても、原因がまるで分からない。

ジーナを愛していたのは間違いない。
そして、彼女も自分を愛してくれていたのは手紙に書かれていた。

なら、彼女の心が離れたのはいつか?
思い出を振り返っても、自分が何の失態を犯したのかが思い当たらない。

わだかまりだけがいつまでもアセルス心に残り続ける。

彼女が自ら死んだと言う事実だけが、アセルスの思考力を奪った。
また孤独になってしまった喪失感。

周囲に雨が降っていた事にすら、今のアセルスには気づかない。

針の城から少し離れた墓場。
アセルスが数えきれない人妖を処罰した者が埋められている。
そんな墓場でアセルスを呼ぶ声が小さく響く。

声にはルイズも聞き覚えがあった。
何故なら、それは自分が進級試験で叫んだ呪文。

「宇宙の果てのどこかに居る私の僕よ!神聖で美しくそして強力な使い魔よ!!
私は心より求め、訴えるわ!!!我が導きに、答えなさいっ!!!!」

何よりも求めた使い魔。
しかしルイズが本当に欲したのは使い魔ではなく、自分の苦しみを分かち合える存在だった。



「アセルス!」
ルイズが飛び起きるも、そこに彼女の姿はない。
夢の中でジーナが命を絶った理由をルイズは推察していた。

アセルスは妖魔となったのではない。
妖魔となった事を苦悩する一人の少女のはずだった。

人に絶望し、妖魔となってアセルスは苦悩を撒き散らそうとしてしまった。
事もあろうに自らが愛していると告げた相手に同じ苦しみを与えようとしていた。

だからジーナは怖れたのだ。
身も心も妖魔となってしまった少女の存在を。

彼女が見ていたアセルスの姿は妖魔となった事を苦悩しながらも、妖魔となる事に抵抗する少女。

噂話でアセルスが針の城を抜け出したとジーナが知った時、
二度と会えない事に落胆しながらも、心の何処かで納得していた。

きっとアセルスは針の城に囚われる事を拒むだろうと。
ルイズにとっても、共感できる感情。

アセルスの心を変えてしまった原因はいくつかある。

叔母からの拒絶。
慕っていた白薔薇の喪失。
他者の醜さを目の当たりにした事実。

最大の切っ掛けは、自らが孤独だと悟ってしまった事。

『人として生きれないのだから妖魔として生きる』
決意したのではない。
アセルスの放った言葉にあるのは虚無感だけだった。

ただオルロワージュを超える事に固執し、ジーナとやがてくる死別を恐れた。
妖魔となってしまったアセルスでは、ジーナの望みは叶えられないとも知らずに。

ジーナは『人として』アセルスのそばにいたかった。
アセルスはそんなジーナをも虜化しようとした。

妖魔と人間。
アセルス自身がかつて叫んだように相入れぬ存在。

『私は人間よ』
昨夜、無責任にアセルスに放ったのは存在の拒絶。
ジーナが決して告げようとしなかった台詞をルイズは発してしまった。

ならばどちらにもなれない半妖のアセルスは一体何の為に生まれた存在なのか?

──魔法が使えないメイジ。
生まれた境遇と言う如何とも出来ない忌まわしさ。
いや、自分にはまだ理解者がいるとルイズは頭を振る。

アセルスには誰一人いないのだ。

取り返しのつかない失言でアセルスを傷つけたと今更気いた。
言葉一つで人の心がどれだけ傷つくかは、良く知っているはずなのに。

「アセルス!どこにいるの!?」
謝りたくて、ルイズはアセルスを会いに部屋を飛び出す。
だが、城内にも外にもアセルスの姿を見つける事が出来ない。
失意から部屋に戻ると、机の上に手紙が置いてあるのに気付いた。

差出人は──アセルス。
手紙の内容はルイズにとって激しく衝撃を受けるものだった。

「……もう戻らないって……?」
手紙を読み進める手が震える。
ルイズへ残されたのは、二つの伝言。

……私の事は忘れて欲しい。
もう一つ、期待させてごめんなさい。
……私は貴方の希望になり得ないのに期待させてしまった。

全て読み終えたルイズの手から、手紙が零れ落ちる。
残されたルイズは呆然と立ち尽くすしか出来なかった……



「汝ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。新郎は始祖ブリミルの名において……」
ルイズは自分がなぜこんなところにいるのか、把握できずにいた。
自分の結婚式のはずだというのに、心ここにあらずと言った表情を浮かべている。

「誓います」
「新婦は……」
まるでいつも見ていたアセルスの夢のように他人事のような光景だった。

「……新婦?」
ウェールズ皇太子の呼びかけにハッとして顔を挙げる。

「私は……」
たった一言で済むはずの宣誓。
それがルイズの喉につっかえて出てこない。

好きな人との婚約なのに何をしているのか?
好き……誰を?
ワルドを……それとも……

ルイズの脳裏に浮かんだのは、アセルスだった。
彼女との思い出が走馬燈のようによぎる。
フーケの討伐やギーシュとの決闘で自分を守ってくれた姿。

『いいよ、君を守ればいいんだね?』
使い魔の説明をした時のアセルスの台詞。
彼女は約束通り、自分を守ってくれていた。
周囲の悪意、巨大なゴーレム、盗賊やならず者のメイジから。

それに比べて、自分は何だ。
主人としての役目も果たせず、アセルスが望んだ僅かな要求すら満たせていない。

「私は……」
「新婦?」
ウェールズ皇太子が不思議そうに尋ねる。

「私はこの結婚を望みません」
「ルイズ?」
思いがけない言葉にワルドが名前を呼ぶ。

「ごめんなさい、ワルド。
私、自分の寂しさを紛らわす為だけに結婚しようとしてた」
ルイズが、ブーケを取り外すと頭を下げる。

「それでもいいじゃないか、人は一人でいられるほど強くできてないんだ」
ワルドの言葉には優しい。
それだけでは人は生きていけないとルイズは自覚する。

「私は甘えてたわ。このままだとずっと貴方に頼り続けてしまう」
「存分に頼ってくれればいいさ」
短く首を振って否定する。

「それじゃいけないのよ。
私は子どもの頃から何も成長できないままになってしまうもの」
ルイズの説明にも、ワルドは耳を貸さずなおも食い下がる。

「それでも、僕には君が必要なんだ!」
「……どうして?
私は所詮まだ半人前、心も自制できず、魔法もまともに使えないのよ?」
自虐ではなく、客観的な自分への評価。
ルイズには自分が必要とされる意義が判らない。

「君は気づいていないだけで、素晴らしい力を秘めているんだ!」
ルイズの琴線を揺さぶるにはあまりに粗末な台詞だった。

「何を言ってるのワルド……」
「世界だ、僕は世界を手に入れる!その為には君が必要なんだルイズ!!」
ワルドがルイズの肩を掴んで力説するが、対照的にルイズの心は冷えきっている。

同時に、ワルドの目が自分を見ていないと気づいた。
自分が上級妖魔であろうとするアセルスの上っ面だけを見て、内面を見ていなかったように。

「離して!悩んだ私が馬鹿みたいだわ……
貴方が求めているのはありもしない力だけじゃない!!」
静観していたウェールズも事が穏やかでなくなる様子を見かね、仲裁に入る。

「新郎、落ち着きたまえ。
君がどうあれ彼女はこの結婚を望んでいない。
私は望んでもいない婚約を結ばせる事はできない」
ウェールズの諫めにワルドは力なく項垂れた。

「仕方ない、この旅での目的の一つは諦めよう……」
「目的?」
ルイズが聞き返す。

「ああ、一つは君を手に入れる事」
顔を上げたワルドの形相はルイズが見た事もない歪んだ表情だった。

「ワルド?」
「二つ目は手紙、これはもっとも三つ目のおまけだが……」
ルイズの呼びかけも聞こえていないように淡々と話を続ける。

「貴様……」
ウェールズが警戒して、杖を構えようとするが一歩遅かった。
心臓に穴が開くと同時に、大量の血を口から吐き出して倒れ込む。

「三つ目は貴方の命だ、ウェールズ皇太子」
ワルドの目つきが変わる。

「皇太子!?」
「さては……レコン・キスタか……」
ウェールズが忌々しげにワルドを睨む。
必死に杖を取ろうと手を伸ばすが、ワルドは足で彼の杖を蹴り飛ばした。

「こんな……ところ……で……アン…………」
無念そうにウェールズが呟く。
最期に愛しい人の名前を呼ぶと、弱々しい痙攣を繰り返して地面に力尽きた。

「ルイズ、君を手に入れられなかったのは残念だ。
だが、厄介な妖魔を追い払ってくれただけでも良しとしよう」
ワルドの言葉に耳を疑った。

「何を……」
「君は随分あの妖魔にご熱心だったようだからね、苦労したよ」
ルイズも徐々に理解しつつあった。
ワルドはアセルスが暗殺の邪魔になると感じていた。
妖魔と人間が相入れない存在だと嘯き、仲違いを狙ったのだと。

ワルドの思惑通り、アセルスはこの場にいない。
自分の不用意な失言が原因で……

「あの話は……」
信じられない表情を浮かべるルイズ。
ワルドが首をひねる。

「親友が妖魔に殺されたって話よ!」
ルイズの叫びに、合点がいった様子で笑いだした。

「あんな嘘を信じるなんて純真だな、君は」
人間の最も原始的な悪意、嘘。
ルイズは自分の愚かさを呪い、同時に許せなかった。

目の前で嘲笑う婚約者だった男。
言いように踊らされ、アセルスを傷つけた自分。

「さて……僕がどうして、こうも簡単に白状すると思う?」
ワルドが嫌らしい笑みを浮かべる。
ルイズにはもう、彼の全てが醜悪な物にしか見えない。

「私を消すつもりなんでしょう!」
杖を取り出そうとするが、ルイズの反応は後手だった。
杖を向けると同時に、風の魔法で手首ごとを切り飛ばされる。

「うあああ……あああぁ!」
悲鳴を上げて、蹲る。
傷口を必死に抑えようとするが、痛みも出血も止まらない。

「さて、ルイズ。無駄な抵抗はやめて、僕に着いてきてもらおう。
そうすれば君の命までは奪わない」
見下すワルドの目は硝子のように酷く冷たい。

「…………!」
「何だって?」
倒れたルイズが何かを呟くが、ワルドは聞き取れず顔を近づける。

ルイズは既に杖を失っている。
魔法が使えない以上、ただの小娘でしかないとワルドは警戒を解いていた。

「ファイアー・ボール!」
耳を傾けた隙に、ルイズが渾身の力を込めて呪文を唱える。

メイジの弱点は杖だ。
あらゆる魔法を使うには杖が必要となる。
アセルスは以前に、ルイズへ予備の杖を持たせておいた。
倒れ込んだ時、残った方の手で懐にある杖を握りしめたルイズはワルドの不意を突く。

人間は無意識に力を抑えようとする。
魔法であれば尚更だ、失敗で魔力の逆流が身に振り懸からないよう制御する。
だがルイズは自らの身に及ぶ危険も省みず、ありったけの力を込めて魔法を唱えた。

結果、いつもより遙かに大きい爆発が起きる。
自身も巻き込まれるが、かろうじて意識をつなぎ止めた。

(やった……!)
声を出すのすら、もはやままならない。
それでも協会の残骸に寄りかかるようにして、爆発の中心地に目を向ける。

爆発により舞い上がった粉塵が晴れる。
残されていたのは砕けた仮面とメイジのマントのみ。

(え……)
疑問に思うより早く、ルイズの心臓が貫かれた。
ルイズの微かな体力をも根こそぎ奪う致命傷となって。

「まさか自滅覚悟で爆発させてくるとはね」
教会の扉から陰が差し込む。
人影の顔は逆光で見えないが、紛れもないワルドの姿だった。

(遍在……)
風の魔法の特徴とも言える遍在。
魔法による実体の存在する分身を生み出す。
気づいたところで、ルイズの意識が薄れていく。

ルイズが思い出したのは、フーケ討伐の時。
無謀にもゴーレムに立ちはだかり、死を覚悟した。

アセルスの姿を思い起こす。
自分を守ってくれた彼女の姿。

(……ごめんなさい……アセルス……)
誰にも聞こえない懺悔。
ルイズの身体から力が抜け、崩れ落ちる。

「やれやれ、思ったより厄介な状態になったな」
動かなくなったルイズを見て、ワルドが独り言を漏らす。
爆発によって、異変を気づいた兵士がまもなく来るだろう。

ワルドは手紙を奪うべく、倒れたルイズに近寄る。
懐に触れようと手を伸ばした時、扉から差し込んだ影に気付いた。

とっさにルイズから離れ、扉へと振り返る。
扉に立っていたのはワルドも知っている人物。

血のように赤いドレス。
女性にしては短いが、翡翠のような麗しい緑色の髪。
極上の紅玉を溶かしたような色鮮やかに映える紅の瞳。

「よくも……」
両手に持つ2本の剣に強い力を込めて、握り締める。

アセルスが最初に受けた直感は正しかった。
この男、ワルドは己の欲望にルイズを利用していた。

しかし、対処を行わなかった。
また答えを先延ばしにした結果、ルイズは傷つき倒れている。

『おお、おっかねえ。
相棒相当怒ってるぜ、覚悟しな』
デルフの減らず口すら今のアセルスには気にならない。

ただ一点を睨み、見下ろすように剣先をワルドに突きつける。
今のアセルスを突き動かすのは、オルロワージュにかつて向けた感情と同じ。

「ワルド、決着をつける」

──殺意だった。



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