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るろうに使い魔外伝-02



 ガリア王国――――。
 トリステインから南西に位置する、ハルケギニア一と言われる魔法大国。
 その首都リュティスの郊外に築かれたヴェルサルテイル宮殿―――その一角にあるプチ・トロワと呼ばれる宮殿内にて。
 この館の主、現ガリア国王の娘である王女イザベラは、随分鬱屈そうな表情で一人玉座に腰掛けていた。
「イザベラ様があんな表情をするなんて…」
「一体何かあったのかしら…?」
 普段のイザベラを知る使用人や侍女は、今の彼女の様子に尋常じゃない雰囲気を覚えた。
 いつもはこんなものではない。何かにつけて呼び出したかと思うと、酷薄そうな笑みを浮かべては怯える侍女達をいじり倒してきた。
 そんな彼女が、今回はどういう訳か大人しい。というより、何かを恐れているかのようなものを感じさせた。

 一体何が起こるのだろう……? 

 尋常じゃないイザベラの様子だからこそ、使用人たちもまた、その尋常じゃない不安を感じたのだった。
 伝染するようにその不安が部屋中を満たす中、それを打ち砕くように一人の召使が姿を現した。
「北花壇騎士。シシオ様が、参られました」
「……通しな」
 かつて無い真剣な表情…シャルロットには決して見せないような固い顔で、イザベラは言った。

「なっ…」
 やがてやってきたのは、一人の男だった。その姿を初めて見た使用人は唖然とする。
 その男は、全身にくまなく火傷を負った包帯男だった。…ただそれを、口に出して指摘する者は誰一人としていなかった。
 純粋に恐ろしいからであった。包帯から覗くあの視線、それは貴族とかの階級とか関係ない、生物として根源的な恐怖を煽るからだ。
 その男……志々雄真実は、『シュヴァリエ』にしか着用できないマントを肩に担ぐように手に持ち、イザベラに対しぞんざいな口調で言った。

「んで、俺を呼ぶ程の依頼ってのは何だ?」

 イザベラはギリッと口を噛んだ。王女に対してこの振る舞い…とことん腹が立つ男だ…。
 だが、努めて冷静に頭の血圧を下げる。ここで怒ってもどうしようもない。自分の短絡さを露呈するだけだ。
 この男に、弱みというものを見せたくない。だからこそイザベラは、すぐ爆発しそうな血圧を下げて、あくまで平然を装うかのような対応を取った。
「…ミノタウロスって奴を、あんたは知っているかい?」
 それを聞いた侍女達は、ひっ…と恐れるような声を上げた。
 ミノタウロス…それはハルケギニアに数いる亜人の中でも、エルフや竜に次いで厄介だと言われる怪物だった。
 首をはねてもしばらく動き回る生命力、巨大ゴーレムに劣らない腕力。剣や弾丸をもろともしない硬い皮膚、そして人の肉を喰らうその凶暴性。
 一流のメイジであっても、ミノタウロス討伐を渋る者がいるくらい、この世界では恐ろしい怪物なのであった。
 そして、このハルケギニアに来て、結構な時を過ごした志々雄も、その存在くらいは知っていた。
「まぁ、それなりには聞いてるぜ」
「なら話は早い。あんたにはその討伐に出向いて欲しいのよ」
 これだけ聞けば、並のメイジは震え上がり、直ぐに辞退を宣言することだろう。
 しかし志々雄は、臆した風も怯えた様子すらなく、ただ凶悪な笑みを浮かべてイザベラを見た。
 その目がたまらなく気に入らないイザベラは、更に追い討ちをかけるかのように続けた。
「言っとくけど、支援や増援は一切ないわよ。元々この依頼があった場所の村は貧しいところでね、まともな資金一つ用意できないのよ。普通ならこんな依頼は聞き流すところなんだけど、ほら…メンツってのがあるじゃない? わたしにもさ」
 嘘だ。単にこの男が気に入らない。だからこそたまたま耳に入ったミノタウロスという餌を使って、こいつがどんな反応をするか見てみたかったのだ。
「てなわけで、あんた一人で行くわけ。報酬はそこの村に言いなさいな」
 資金一つ出せない村に対してこの物言い。これが本当なら只の骨折り損である。まともな神経なら、まず断ってくるはずだ。
 これくらい言っとけば、流石にコイツも…とイザベラが、内心ほくそ笑んだ矢先だった。
「…強ぇのかそいつ」
「……はぁ?」
「だから、俺が束の間の『余興』として楽しめるくらいには、そいつは強いのかって聞いてんだ」
 凄惨な笑みと強大な剣気を、ここぞとばかりにイザベラに向けて、志々雄は言い放った。
「………っ!!」
 イザベラは、一瞬頭の中が真っ白になった。気絶し倒れる一歩手前だ。
「あっ…ああ……」
 何とも言えないような声を出して、イザベラは答える。
「そうかい」
 そう言うと、もう用はないとばかりに志々雄は身を翻した。
「場所を教えてくれ。俺は何時でもいいぜ。『暇潰し』程度にはなりそうだ」
 ミノタウロス討伐を『暇潰し』と称しながら、只々楽しそうに嗤う志々雄を見て、部屋にいる誰一人、言葉にすることは出来なかった。
 志々雄が悠然と去ったあと、緊張の糸が切れたかのようにイザベラはぐったりとした。
「で、殿下…具合の方は…」
 使用人の一人が恐る恐る聞いたが、イザベラは返事をしなかった。
 只々、先程とは違う、恐ろしいものを見るかのような目で、志々雄のいなくなった扉の方を見つめていた。

 あの男が、嫌いだった。

 イザベラは、ふと最初にあの男に会ったことを思い出した。
 あれはどれくらい前だろうか? 父が気まぐれに起こした召喚術で、その男がやって来たのは覚えている。
 平民ということで、周りからは失笑をかったこともあったが、何より驚いたのは、男は契約を結ぶことを拒否したのだ。
 普通なら、まずありえないことだろうが、男にはそれを押し切るだけの力があった。
 そこから先の詳細は分からない。只あの男の発した凄まじい気迫と殺気が、まだ幼かった私の理性を悉く奪っていった。
 気が付けば、あの男は『使い魔ではなく、一人の友として』認め合った父と意気投合し、北花壇騎士へ入ることが決まっていた。
 ちなみに、召喚術に立ち会った私を除く貴族たちは、皆謎の死を遂げていた。

 あの男が、嫌いだった。

 男は強かった。メイジではないのにそれはもう、とてつもなく。
 後の忌まわしい『人形七号』や、金を積めばどんな任務も成功させる『元素の兄弟』が霞んで見える程、男は凄まじく強かった。
 実際にその強さを目の当たりにしたわけじゃない。けど、『分かる』。そう言い切れるほど、男は強く、そして恐ろしかった。
 しかもその強さは、過酷な任務をこなす度、どんどんと際限なく増していっているようにも思えてきた。
 やがて父から、私に北花壇の団長の地位を授けられた。それからというもの、それ以上に奴の凄さを理解した。その時父が楽しげにこういうのを覚えている。

「奴は北花壇創設以来…いや、全花壇騎士を含めても奴以上の手練はいないだろう」

 こうして奴は、新米でありながら北花壇騎士…いや、あくまでも『裏』の北花壇だから公にこそなってはいないものの、恐らく全花壇騎士『最強』の称号をその手にした。
 ありえない平民から貴族への昇進、『シュヴァリエ』の取得。皆あの男の実力が成せる業だった。

 だけど私は、この男が嫌いだった。

 北花壇の地位に就き、奴の上司になったからこそ、嫌でもわかる。あの男は、上司である私を見ていない。もっと大きな野望を抱えている。こんな地位に留まるような男じゃないのだ。
 男は、与えられた任務を忠実にこなす。誰よりも早く、誰よりも正確に…。失敗なんて言葉は聞いたこともなかった。
 だけどそれは、ある種私に対する『見せつけ』にも思えるのだ。自分の実力はこれほどにもあるのだと、私に知らしめているようにしか見えない。奴を任務でかりだす度、そういう強迫観念に囚われた。
 何度か、父に進言したこともある。貴族昇進の度、シュヴァリエ授与の度、私は反対した。気に入らないとかじゃない。奴は遠くない未来、自分たちを脅かす存在になる。それが怖いからこその進言だった。
 しかし父は、それを無下にしてきた。私の話など聞いてはくれなかった。その時の父の狂ったような表情は、今でも忘れられない。
 そして今、奴は良からぬことを企んでいる風でもあった。レコン・キスタ結成、アルビオン崩壊、更にトリステイン進撃と、それら全てがこの男に起因しているのではないのかと勘ぐってさえいた。
 父は何か知っている感じではあったが、例によって教えてもらえず、何も分からぬ存ぜぬまま……。
「…父上は、一体何を考えてあの男に……こんな…」
 イザベラは、返ることのない言葉を空に投げかけた。父は、あの男をどうしたいのだろう。あの男は、何を企んでいるのだろう。
 それが分からない…ただイザベラは、無力な少女の様にそう呟くしかなかった。



     外伝第二幕『タバサとミノタウロス』



「……ねえ、お姉さま」
「…何?」
「わたしたち、今何しているのね?」
 シルフィードはため息を吐いた。そしてやり切れなさそうな顔でタバサを睨みつける。
 さっきまで自分達は料亭でご飯にありついていたはずである。なのに……。

「もう、ミノタウロス討伐とか、無茶もいいとこなのね!!!」
 シルフィードの遣る瀬無い叫びが、周辺に響いた。
 その料亭で、一人の老婆とタバサ達は出会ったのだ。どうやらタバサを騎士と見込んで頼みごとを持ってきたようだった。
 その内容は…あろうことかミノタウロス討伐任務。村を荒らし、生贄という名の人質を要求する。今の惨状に困った老婆は、なけなしの金で必死にお願いしてきたのだ。
 普通なら、単独でミノタウロスを討つなんて自殺行為もいいところである。だがタバサは、あろうことかこれを了承したのだ。
 今日の昼頃まで、楽しげに肉料理を頬張っていたシルフィードは、この現状を憂いた。
その鬱憤をタバサにぶつける。
「そしてこの格好はなんなのね!!」
 今タバサとシルフィードは、薄暗くなる月夜の中、早速討伐に乗り出した訳なのだが…。
 引きつけ役に(勝手に)選ばれたシルフィードは、何故か本来生贄にされるはずだった少女の成りをさせられ、おまけに縄でグルグル巻きにされて連行されていた。
 主人と同じ自慢の青髪は今、その少女に似せるため茶色に染められており、服もそれみたいなものを着せられている。
 こんな囮まがいの行為ですら許せないというのに、自分の鱗を象徴する色まで替えられた事に、シルフィードは大変ご立腹だった。
「おいちびすけ、わたしを何だと思っているのね。この誇り高き古代種シルフィードに向かってこんなこと…、種に対する敬意ってものを少しはみせてほしいのね」
 縛られ連行されながらきゅいきゅい喚くシルフィードを無視しながら、タバサは連れ歩く。
 やがて見えてきたのは、広々とした空間に切り立った崖、そこにポッカリと空いた空洞だった。あそこがミノタウロスが潜むという噂の洞窟だ。
「じゃあ、わたしはこれで」
「ちょ…おねえさま! ……おいこらちびすけ!! まだ話は―――」
 シルフィードはその洞窟の前で転がされると、タバサはいそいそと茂みの奥に隠れていった。
「いつか噛み付いてやる……」
取り敢えず呪詛の言葉をタバサの方へ投げつけたシルフィードは、改めて洞窟の中を覗き込んだ。
(うぅ…やっぱり怖いのね…)
 曲がりなりにも竜族であるため、それなりに夜目が効くシルフィードでも、暗い洞窟の奥では中がどうなっているのか分からない。
腕を縛る縄は、いつでも抜けるように出来てるとは言え、それでもこの光景はシルフィードの恐怖を煽った。
 そして、こうやってずっと佇んでいると、様々な不安がシルフィードを襲ってくる。
(おねえさま、本当に勝算があるのね?)
 シルフィードは疑問だった。何度か躍起になって説得を試みたが、流石にミノタウロスを知らないなんてことはないだろうし、タバサだって勝目のない戦いはしないはず。それは短くも長い付き合いの中で分かっている。
 けど…とシルフィードは思う。魔法にも相性がある。タバサの扱う『風』系統は、刃を使った攻撃が多い。そのため頑丈な皮膚が刃を通さないミノタウロスには、とことん不利な相手なのだ。
 そんな相手に囮だけで何とかなるものだろうか…と思案した矢先、ズシン…、ズシン…と響くような音が洞窟から聞こえた。

(き、来たのね……)
 その瞬間、周りの森に住んでいた鳥や動物はは群れをなして逃げていく。その中シルフィードだけは縛られたまま、ただぽつんと一人座っていた。
「…きゅい……、きゅい!」
 伝説の古代種の割には、何とも情けないような声をシルフィードは上げた。
 真っ暗闇だった洞窟から、二つの小さな光が現れる。それが月夜に照らし出され、目の形を作り出した。
 それと共に、その全貌が徐々に明らかになる。腕、足、体格と順々に……。
 シルフィードは、体を震わしながら『それ』を見上げた。

 筋骨隆々の体躯に、二メイル近くはある巨大な背丈。
 体こそ人間のそれと同じだが、首から上は雄牛そのもの。突き出た角が禍々しくねじれ、口からは獣のような臭いを発散させている。そして右腕には巨大な大斧が握られていた。
 凄まじい圧迫感を醸し出すそれは、間違いなく凶悪な怪物、ミノタウロスのそれだった。
「お…おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「きゅいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
 怪物の咆哮と共に、シルフィードもはち切れんばかりの悲鳴を上げる。
 慌てて逃げ出そうとするが、縄で縛られていた事を思い出し、ズテンとすっ転ぶ。
 縄を解こうにも、ミノタウロスのひと睨みがシルフィードの身体を金縛りにした。
「お、…おねえさま……」
 涙目になってタバサの方を振り向くシルフィードに構わず、ミノタウロスはその大斧を思い切り彼女めがけて振り上げ―――――。

 ―――――そして、シルフィードの目の前にズドンと突き刺さった。

「………?」
 目を瞑って天命を待ったシルフィードは、何事も起こらない今の状況にゆっくりと目を開けると……。
 何故かはらりと、腕を縛っていた縄が解けた。
「? ? ?」
 何が何だか分からないシルフィードは、恐る恐るミノタウロスの方を見上げた。
「怪我はないかい、お嬢ちゃん」
 牛の形相をした口から、はっきりとした人間の声が聞こえてきた。シルフィードはますます混乱した。何で? 何で助けたの?
いやそれより…何で喋ってんの?
「お、おねえさま……?」
 訳が分からないシルフィードは、思わずまたタバサの方を振り返った。見ると、タバサも茂みから姿を現し、不思議そうな表情でミノタウロスを見ている。

「貴方は、ミノタウロス…?」
「いかにも。まあこの姿を見ればそうだな」
 そう言って、ミノタウロスは親密そうな声でラルカスと、そう名乗った。
 ラルカス…? と聞いてシルフィードはピンと来た。
「あ、そう言えば村の人が言ってたのね! 昔いたミノタウロスを倒した英雄だって!」
 それを聞いたラルカスは、少し困った様な表情をした。
「そういう風に広まっているのか…まあ今の村の民がこの姿を見たら驚くことだろうな」
 きょとんとしたシルフィードが、再びまくし立てるように尋ねる。
「何で英雄が怪物になっているのね? それに最近の人攫いはあなたの仕業じゃないのね?」
「おいおい、人攫いとは失敬な。それを言うなら君たちこそこんな所で何をやっていたんだい?」
 それぞれの疑問をぶつけ合うシルフィードとラルカスを置いて、タバサは一人考え込む。
 こんなフレンドリーなミノタウロスに会ったことにも驚いたが、何より自分の予想していた事が外れたことに疑問を持っていたのだ。
 元々ミノタウロスは選り好みなんかしない。若い娘なら何でもいいはずだ。わざわざ指定なんかしてこない。
そこに引っかかったタバサは出かける前、予め怪物が書いたと思われる、生贄についての書体をその目で見たのだが……、あれは間違いなく『人間』が書いたものだった。
 あのミノタウロスも、完全な白とは言い切れないが…、少なくともあの大きな手で筆を握るのは難しいはず。
そう思ったタバサは、生贄についてのあらましをラルカスに話した。


「ふむ…そんなことが起こってるのか…」
 事情を聞いたラルカスは、暫くタバサと同じように考えを巡らしていたが、すぐに答えは帰ってきた。
「そう言えば…近頃子供が誘拐される事件というのを聞いたな。それに最近、ここいらを縄張りにして彷徨く連中が現れ始めたのだが…もしかしてそっちを追っていたのか?」
 ラルカスの問いに、タバサはコクリと頷いた。タバサにとっての本命は、寧ろそっちだったからだ。
 ミノタウロスの存在の噂も、自分のような貴族を寄せ付けないためのカモフラージュとして活用していたと考えれば、噂ありきのこの場所は絶景の隠れ家と言えた。
まさかそこで本物のミノタウロスに出会うとは思っても見なかったのではあるが…。
 ラルカスからの話を聞く限り、まずこの推理に間違いはないだろう。タバサはそう確信した。その時―――――――。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 悲鳴が、森の方から聞こえて来た。タバサ達は素早くその方角を振り向く。
「え…何なのね…?」
「噂の人攫いか、だが……?」
 ラルカスも森の茂みを見てそう推測する。だが流石にこの距離では何が起こっているのか、完璧には分からなかった。
 そうこうしている間に、タバサは走り出す。
「あっ、待ってなのね!! おねえさま!!」
 タバサの後ろ姿を追うように、シルフィードとラルカスも後に続いた。





 それは、タバサ達がラルカスに出会う、少し前のことだった。
 巷で噂の連中、俗に言う人攫いの連中はこの時、鬱蒼とした森の中を馬車で走らせていた。
 馬車の荷台には屈強な男たちが数人、剣やら銃やら槍やらをチラつかせながら、『商品』を愛でるように眺めていた。
 その『商品』…。人さらいにあった若い女性達は、皆一様にして縄で縛られ、叫べないよう猿轡を噛ませられた状態で、只々泣いて震えていた。
「今日は大量だな。ジェイク」
「ああ、まあ最後のひと仕上げが残ってるけどな」
 ジェイク、と呼ばれた大男は、ミノタウロスの被り物を手で触りながら、そう言った。
 最後の仕上げ。それは紛れもなくあの貧しい村の娘のことだった。
 ハルケギニアでもこういう光景は珍しくない。誰かに攫われ、何処かに売り飛ばされる。このような不安定な世情では、それが平然とまかり通るのも致し方のないことだった。
「ま、どうせ直ぐ終わるさ。あっちはこの嘘っぱちなミノタウロスを信じきってんだからな!!」
 被り物を叩いてジェイクは大声で笑うと、その後ろから諌めるような声が飛んだ。
「気を抜くな、任務というのは金をもらうまでが仕事だ。いつ、どこで、何が起こるか分からんからな…」
 そういうのは、この人攫いのリーダー格とも思しき男。杖を持つところからメイジのようだが、貴族とは思えないような垢抜けた容姿をしていた。
 男に名は無かった。否、捨てたと言ったほうが正しいか。勢力争いに負け、傭兵に身をやつす元貴族もまた、この世界では当たり前のことだった。
「おいおい、生贄として差し出された娘を頂くだけの仕事だぜ! どこに不安材料があるってんだよ!」
 メイジを見て他の男が笑う。皆はもう、すっかり楽な仕事だとタカをくくっていた。
 だが、不幸というものは時として何の前触れもなく襲い来るものである。

彼等の不幸は、道中あの男に出会ってしまったことだった。

「うぉっ!! 何だ!?」
 ジェイクが慌ててそう叫ぶ。目的地にはまだ着いてもいないのに、急に馬車が止まったのだ。
「おいテメェ!! 一体何やって……」
 ジェイクは馬乗りに文句を言おうとして、荷台から身を乗り出し……、そして何故急に馬が止まったのか、その理由を理解した。
 馬の進行方向を、道行く一人の男に塞がれてしまっていたのだ。
 今度はジェイクは、その男を怒鳴り込んだ。
「おいそこの!! さっさとどきやがれ!! 轢き殺されてぇのか……」
 暗闇に目が慣れたことで、男の容姿を視認できたジェイクは、そこで一瞬言葉を失った。
 目の前にいるのは、全身包帯で巻かれた木乃伊のような男だった。肩に担いでいるマントを見て、どうやら貴族であるらしかった。
 ジェイクは、男が貴族だということよりも、その焼け爛れた姿を見て驚いていた。
対する男は、呑気そうな声でこう言うと、その馬車をまじまじと見つめた。
「んあ? ああ悪かったな。馬の蹄が聞こえたんでな、何かと思ったまでだ」
「いいから早くどきやがれ! 邪魔だって言ってんだよ!!」
 ジェイクはイライラしながら怒鳴り込んだ。時間がないというのもあるが、正直この男と余り関わりたくなかったのである。
 その時、荷台の方からバタバタと音がした。

「こら!! 暴れんな…てめえ!」
 そんな声が聞こえたかと思うと、今度は縛られ猿轡をされた女性が数人、荷台の方から落っこちてきたのだ。
 貴族が助けに来てくれた。そう思い込んだ女性達が、ここぞとばかりに気力を振り絞って外へとはい出てきたのである。
「んむぅぅ…んんんん!!」
 女性は、男の尋常じゃない容姿を見て、驚きとも恐怖ともつかぬ声を上げたが、肩に持っているマントを見て、貴族だと安心して助けを求めた。
 困ったのは人攫いの方である。まさか人に見られる失敗を犯すなんて、考えもしなかったのだろう。
 対する男は、こんな状況にも関わらず平然とした様子で、薄らと笑みまで浮かべて言った。
「人攫いも結構だが、次はもっとバレねえようにやんな」

 これで、人攫い達は覚悟を決めた。
 剣、銃、槍で完全に武装しながら、男を囲むように荷台から降り立った。ジェイクもまた、怪物用の大斧を取り出し立ちはだかった。
「わりぃが…見られたからには生かしておけねえ」
「恨むんならさっさと退かなかったテメェの愚かさを恨みな」
 そう言いながら、殺気を放って男に滲みよる。何時でも討ってでる準備が整った。しかし、我先にと斬りかかる奴は居なかった。
 皆少し怯えていたのだ。貴族であるからには魔法を使うはず。なのに杖らしきものが見当たらない。
一応あの腰に獲物は差しているようではあるが…。
 そんな人攫いたちの不安を嗅ぎ取ったのか、薄らと酷薄な笑みを浮かべながら男は一歩進み出る。
「どうした? 来ねえのか?」
「…舐めるなよ、騎士風情が」
 一人が銃を構え、先手を打つ。この距離ならば杖より銃の方が早い。メイジとの戦いを知っている人間ならば誰もが知っている常識だった。
 ただ、彼らは一つ間違いを犯していた。そんな常識は…この男には通じない事だった。
「死ね!!」
 そう叫んで一人が銃を男目掛けてブッ放つ。鉛の放つ音が空に響く。
それと同時に、男の視界が両断された。
「遅ぇよ」
「……へっ……?」
 それが銃を撃った男の、最後の言葉となった。
 銃声と同時に至近距離まで詰めた包帯男による、頭から股にかけるまで一刀両断に斬り裂かれた一撃を、彼が気付くことは永久に無かった。
「て…てめぇ…!」
 この異様な光景に改めて男達は戦慄を覚える。ここで一人が再び包帯男に向かって襲撃をかけた。
 しかし男は、あろうことか剣筋を空いた素手であっさりと止め、さらに一閃。血に塗れた胴体が上下綺麗に分離されていった。
胴体を真っ二つにした二人目を蹴散らした男は、背後からくる槍の一撃を振り向きもせず脇に避け、刀をそのまま後ろに突き立てた。
 ごぼっ、と槍を持って突貫した男は血を吐いて倒れ、そして動かなくなった。
「きさまあああああああああああああああああああ!!!」
 ジェイクが叫んで、怒りのままに大斧を振り上げようとした。それを迎え撃つように男も刀を突き出すように構えた。しかし――――。
「ぬっ――――」
「ほう…!」
 その直前を、刃のような風が飛んできため二人は距離を置いた。いつの間にか二人の前に、この人攫いのリーダー格らしきメイジが杖を構えていたのだった。
 風の魔法を飛ばしたメイジは、この惨状を見てやれやれと首を振った。
「全く、何事かと思ったら―――」
「チッ…出るのが遅えんだよ!! 見ろ、この惨状をよ!!」
「だから言ったのだ。任務は金がもらうまでが仕事だと。油断するからこうなるのだ」
 と、仲間が殺された状況にも関わらず、冷静にジェイクを諌めるそのメイジは、その冷たい目を男に向けた。
「その紋章…ガリア国の貴族様だとお見受けするが…?」
「お前が頭か?」
「その通り。だが残念なことに名乗る名は捨ててしまってね。まあ『オルレアン公』とでも呼んでくれたまえ」
 ガリアの元『王族』だった男の名を口にしながら、メイジはゆっくりと杖を構え、そして男の眼を見た。
成程自惚れるだけの力はあるようだ。だが―――。
「所詮は平民の剣。悪いがガリアには浅からぬ因縁があるのでな。その首、ここに置いていってもらおう」
 どうやらメイジも、この男の力はまだ魔法の力には遠く及ばないと推測していたようだった。それもそうだ。剣と魔法、どちらが強いかと問われれば十人が十人、同じ答えを出すことだろう。
 だからこそ、他の人攫い達がやられていても、メイジである自分なら与し易い。油断こそしていないが、極度に緊張もしてなかった。

「―――いくぞ!!」
 そう叫び、メイジは呪文を唱える。直ぐ様柱のような氷の槍が形成され、それが回転を始めて男に殺到する。
 しかし男は、それを平然とした目で見据えながら――――何もせずに佇んでいた。
「…―――!!?」
 その光景には、一瞬メイジも唖然とした。しかし氷の槍はそのままドゴォン!! と大きな音を立てて男の顔面に、確かに直撃した。
「ふん!! 反応できずに死んだか!!」
 ジェイクはそう思ったのか、口の端を釣り上げて歪んだ笑みをした。しかしメイジはどことなく嫌な予感を覚える。
(何故だ? 確かに当たった筈なのに、この悪寒は―――)
 そして、改めて直撃を受けた男を見て、驚愕の表情をした。
「なっ―――!!」
 それに気づいたジェイクも口を只々開ける。そこにいたのは―――。

「どうした? それで終いか?」

 まだ回転しきっている氷の槍の先端を、再び素手で…しかも片手で受け止めながら、不敵な笑みを浮かべる男が立っていたのだった。
「生温いにも程があるぜ。この程度の『氷の槍』なら、アイツの方がまだ強ぇ」
(……バカな!! 何だコイツは!!?)
 メイジは思わず心の中で驚きの呻き声を上げる。魔法を使い続けて数十年。同じ魔法でなら兎も角、素手で…しかも片手で受け止められたのは初めてであった。
 対する男は、氷の槍の回転が止まったのを見届けると、詰まらなさそうに地面に投げ捨てた。
「終わりか、じゃあ行くぜ」
 そう言い放ち、男は急速にメイジ達に接近してきた。
「―――ひっ!!」
 その光景に異常な危機感を覚えたメイジは、今度はあらん限りに氷の矢を打ち出す。しかし緊張からか狙いが定まらず、大半が外れ、その半分も紙一重で避けられていった。

「う…うわあああああああああ!!!!!」
 しかし、メイジも必死だった。本能的にはち切れんばかりの悲鳴を上げ、矢を放つ。
その、とにかくなんでも当てなくては、という気概が功を奏したのか、矢の一撃が男の顔面を捉え、衝突した。
「やった―――!?」
 思わずメイジも手に力を込めた。間違いなく死んだ筈だ。何せ完全に額に刺さっ―――。
 そう思い込んだ彼の視界に、まず最初に飛び込んできたのは、歯で氷の矢を受け止め噛み砕く男の姿。
「なっ――――」
 次にメイジが見たのは、そのまま大口を開けて迫る男の姿。
「―――えっ……」
 その次に見えたのは、獣の如く喉元を、まさに文字通り食いちぎられ、その肉と血を咀嚼している男の姿だった。
「…っ…ぁ…!!?」
喉笛をやられたせいで、魔法どころかまともな呻き声すら上げられない。
肉を食いちぎられるという、初めて味わう地獄の痛みに歯を食いしばって見上げると、そこには既に頭に向かって振り下ろされた刀の姿が…。
(ああ、そうか―――)
 そして最後に見えたのは…自分の生涯。生まれてから貴族として仕え、そして道を踏み外して今に至る光景…所謂走馬灯だった。
(俺はここで死ぬのか…つまらん人生だったなぁ…)
 そんなことをぼんやり考えながら…メイジの視界は、闇に覆われていった。

「ひっ…」
 ジェイクはただ腰を抜かしてしまった。体を動かそうにも動いてくれない。
 ただ、少しは信頼していたリーダー格のメイジの喉笛をかっ喰らい、そしてゴミのように吐き捨てた…この突然現れた死神に、絶望するしかなかったのだ。
「不味いな。毒にも薬にもなりゃしねえ」
 そして、ゆっくりとジェイクの方を向いて、その血に濡れた刀を持ちやって来る。 
「ま、待ってくれ!! い、命だけは…―――」
 斧を捨て、必死に命乞いをするジェイクだったが…。
「お前さんは、そう言ったら素直に聞き入れてくれた連中を、今まで見たことがあったのか?」
「あああ……」
 次に見たのは、高々と振り上げた刀だった。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 月夜が照らす灯りのもと、ゆっくりと刀を納めた男は…ふいにこちらにやって来る足音を耳にした。
 やがて姿を現したのは、二メイルはあろうかという怪物だった。成程、その仰々しさを見れば、こいつが標的だということがひと目で分かった。
(ほう…まさかこっちから出向いてくれるとはな。探す手間が省けたってもんだ)
 男は、ニヤリと薄ら笑いを浮かべると、先ほど納めた刀の柄に手をやり…そしてその怪物の足元にいる、二人の少女に気付いた。
「―――ん?」
 一人は知らん女だ。身なりからして恐らくどっかの村娘だろう。
 だが、もう一人の少女には……、あの綺麗な青髪には、見覚えがあった。



「これは……?」
 悲鳴が聞こえてから僅かにして数分。
 やっとの思いで現場に来たタバサ達は、驚きで目を見張った。
 目の前で繰り広げられていたのは、血だまりを作った傭兵達の死体と…馬車の荷台から覗く縛られた若い女性達。
 恐らくタバサが追っていた、人攫いであろう彼らの死体に立つのは、一人の男。
 全身を包帯で巻かれ、見る者を本能的に恐れさせるような目をした男だった。
「…きゅ……いっ…!!」
 シルフィードはガクガクと震えた。人どころか竜も食い物にしていそうな男の表情に、恐怖を感じたのだ。
(な、何なのねアイツ……怖いのね……)
 見上げれば、ミノタウロスであるラルカスも少し気後れしたような表情を見せた。
 勝てるわけない…シルフィードはタバサに言った。
「おねえさま、ここは逃げるのね。シルフィ、食べられるの嫌なのね」
 しかし、タバサは返事をしない。
「……おねえさま…?」
 もしかしてタバサも腰を抜かしたのだろうか? そんな考えが頭をよぎったが、顔を覗き込んでそうではないと確信した。
 いや…と言うより、タバサのこんな表情は初めてであった。召喚されて幾数日。こんな歳相応の『少女』らしい顔は…しかもこの恐ろしそうな男に対して…。
「シシオ…さん?」
「おお、その声はやっぱりお前だったか」
「え………………ぇ………えぇえ!!!!?」
 シルフィードは今、世界七不思議に出会ったかのような体験を覚えた。あのタバサが、あのぶっきらぼうで無愛想で返事すら一言二言で済ますタバサが・・・『人の名前を呼んだ』のだ…しかも親しみを込めるような声で…。
 男…志々雄もまた、そんなタバサを見て懐かしむような口調で言った。
「暫く見ねえ内に随分と逞しくなったな。なあシャルロット」
 志々雄にそう言われ、タバサは少し頬を赤くした。
(はあ? ちょ…どういうことなのね!!?)
 再びシルフィードは絶句した。何故あの男は隠された主人の本当の名前を知っている? 何でウチの主人はまるで女の子のような反応をこの男にする? 最早訳がわからなくなった。
 度重なる疑問に遂に耐え切れなくなったのか、シルフィードが叫んだ。
「待って待って!! おねえさま、誰なのねアイツ!! あんな人どころか竜も食ってそうなミイラ男の名前を、なんでそう親しげに呼ぶのね!?」
 シルフィードはそうまくし立て、今度は志々雄の方を指差した。
「そしてお前はだれなのね!? まさかおねえさまの恋人とか!? だったらこのシルフィード、全力でそれを否定せざるをえないのね!!! おねえさまは―――」
 ここでタバサが、ゴンゴンと杖でシルフィードの頭を叩きまくった。思わず頭を抱えて蹲るシルフィードに対し、「違う」とそっけなく言った。
「じゃあ、どんなカンケイなのね…?」
「…シシオさんは……」
 ふと昔を思い出すような目…あどけない少女のような表情で空を見上げながら、タバサはポツリといった。
「私の…命の恩人」


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