あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロのドリフターズ-21



 その少年は一言で言うならば、"普通"であった。今年の誕生日は既に迎えた17歳の高校二年生。
黒髪に黒瞳。青を基調としたパーカーに、群青色のジーンズ。片手にはノートパソコンが入った鞄を提げていた。
学業の成績は中の中。運動能力は優れてはいないが劣ってもいない。
体格も特筆することなく平均的。成長もぼちぼち止まってきたかも知れない172cmの中肉中背。

 性格は良くも悪くも抜けている。アクシデントにも早々動じない。割かし何でもかんでも受け入れる。
良い言い方をすれば柔軟であり、悪い言い方をすれば鈍感だ。物事を深く考えない、ある種の楽観主義的性格。
変なところで負けず嫌いで、好奇心が旺盛だが、それくらいはよくある個性の内。
彼女は今まで一度もつくったことがなく、総じてよくいる平々凡々な男子である。

 彼――平賀才人は、秋葉原からの帰りであった。
以前に修理したノートパソコンはすこぶる調子が良く、不具合らしい不具合は今のところない。
ただしあれやこれやと手を出している内に、メモリ不足を感じて増設に走ったのであった。
いずれはデスクトップパソコンを自作するのもいいな、などと思いながら帰路を歩む。

 才人は携帯電話を開いて時刻を確認する。少し夕食には遅れてしまうだろうか。
今朝方は寒くパーカーを着ていったが、「そろそろ本格的に衣替えの季節かな」などと考える。
明確な不満こそない平凡な生活だが、何かこう劇的な刺激が欲しくもある毎日。
彼女の一人でもいれば高校生らしい青春をエンジョイ出来るのだろうが今一つ・・・・・・。


「・・・・・・なんだこれ?」
声に出てしまっていた。携帯を閉じて歩を早めようとした矢先。
歩き慣れている道。今までに、"こんなもの"は見たことがなかった。
夕暮れ時に"光り輝く鏡"。目の前にあって、しかし"それ"に自分の姿は映らない。

 ということは鏡ではないのだろうか? とはいえ、巨大な電灯にしては・・・・・・。
才人は空いている左手でそっと触れてみる。
熱かったらすぐにでも引っ込めるつもりだが、表面に近付けても特に熱気は感じない。
そのまま止めずに突っ込むと、なんと指が沈み込んでいった。

「うわっ!?」
反射的に手を離す。左手を見つめて握ったり開いたりするも、特になんともないようであった。
「・・・・・・?」
首を傾げる。自分の背丈よりも大きく、薄っぺらい。幅は人一人が軽く通れるくらいの余裕がある。
目を疑ったのは僅かに浮遊していたこと。だがワイヤーかなにかで吊られてるようにも見えない。

「・・・・・・蜃気楼? オーロラ? なわけないよな」
休日の住宅街。こんな直近の地面スレスレに光る自然現象など聞いたことがない。
むしろ人工的なもの。例えば3Dを空間に立体投影するような、SF的な機器が頭に浮かぶ。
もしくは幻覚でも見ているか、眼に異常でもあるかだが、そういうのはあまり考えたくはない。
誰かに尋ねてみようと辺りを見回してみるが誰も見当たらない。
わざわざ他人の家のインターホンを押して、呼んでくるのも憚られる。

 本当になんの気なしだった。ただ本能的な好奇心に才人は従った。
もしも虹の根元が目の前に見えたとしたら、誰もが触ってみたり、くぐってみたりしたくなるだろう。
そんな程度の・・・・・・ささやかで軽い心持ち。

 「よっ」と軽やかにステップを踏んで飛び込んで見る――と、視界全てが純白に染め上げられたのだった。


 才人は予想外の眩さに目を瞑りつつ、多分向こう側の地面につくんだろうなと普通に思っていた。
されど着地のタイミングがズレて、一瞬戸惑ってしまう。

 例えるなら、階段を登っていて、もう一段あると思っていたのになかったような感じ。
あると思っていたものがなく、空転する足。それでもすぐに足裏が引っ付く地面は存在した。
されど視界が閉じられている上に、勢い良く飛んだこと。
さらにノートパソコンという荷物によって体のバランスが崩れ、前のめりに倒れ込む。

 次の瞬間に襲い掛かるだろう痛みを予感するが――別段そんなことはなかった。
それどころか何故だか天国のような気持ち良さ。卸したての最高級寝具でもこうはいかないだろう。
未知の感触がクッションになって、五体無事にいられたのだった。

「う・・・・・・ぶ・・・・・・」
声を発せない息苦しさに気付いて、頭を上げる。ふわりと芳香が鼻腔を伝う。眼前――

 ――ほんの目と鼻の先には"女の子"がいた。さらに地べたは道路ではなく、木目の床になっていた。
外にいた筈だったが、視界の端に映るのはどこかの室内であった。

 頭で理解するのには十数秒とかかったものの、心の中では素直に感じたことを信じようとしていた。
――ここは紛れもなく"天国"だと。少なくとも現実ではない。
事故にでも遭って既に俺は死んでいるのか、あるいは夢でも見ているのかも知れない。

 絡み合う互いの瞳。一切合切が吸い込まれるほどに美しい翠眼。
少女もキョトンと見つめるばかりだが、それがとにかくこの世のものとは思えない美しさ。
テレビや雑誌で見てきたどんな有名人、女優やアイドルすらも比較対象にするのも失礼なくらいに。

 才人自身そんなに詳しくはないが、きっとどのような名画や彫刻だって及ばぬ境地。
女神がいるとすれば、きっとこんな感じなんだろうと・・・・・・才人は呆けていた。


 ティファニアは突然のことに尻餅をつき、その上に何かが覆い被さってきた。
目を開けるとそこにいたのは・・・・・・人間のようだった。
顔が上がって目が合うと"男の子"。それも同じくらいの年の頃ではないかと思う。

 いや――そんなことよりも今の状況であった。
(人・・・・・・?)
確かに。紛れもなく人間である。小動物や幻獣ではない。耳も短くエルフでもない。
どうしようもなく人間で、間違いなく召喚のゲートから出て来たのだ。

(どうして?)
わけがわからない。何故"人間が召喚された"のか。

 ティファニアの胸の内には様々な思いが、自分ではどうにもならぬほどに渦巻いていた。


 金髪のツインテールにメガネをかけて、標準よりも大きな胸を機関の制服で包んでいる女。
『十月機関』の導師――『石棺』のオルミーヌは素直に感じた思いに魅かれていた。

 "大師匠"に命じられて遠間から監視していた筈だったのだが、彼らにいつの間にか引き入れられてしまっていた。
廃棄物に対抗する為に漂流者を集結させる目的を持つ組織の一員が、逆に取り込まれてしまった感。


 血液が染み込んだような真っ赤な甲冑。大刀を豪快に振るう、日本は戦国薩摩の剛将――島津豊久。

 眼帯に着物。日本は戦国の世で培った頭脳を惜しみなく使い、異世界にてまた新たに夢を描く――織田信長。

 二人の時代より遡ること400年。日本の平安は源平の時代より、女と見紛う容姿を持つ弓の名手――那須与一。

 ハルケギニアとは違う異世界、日本の武士達。彼らは彼らの理で、ひた疾走る。
オルテによって弾圧されていた者達を率いて、国を"奪る"と言い放った。
漂流者が漂流者として戦う為に、彼らは彼らの国を作ると行動を開始した。

 既にオルテの占領代官を倒し、帝国に小さくも確実に楔を打ち込んだ。
彼らの武器は何よりもその意志。彼らならばあの強大な黒王軍にも――と思わせられる。

「おい、オルミー乳」
「はぁ・・・・・・なんですか」
名前をわざと間違えてセクハラをしてくる自称魔王をあしらうように、オルミーヌは返事をする。
「さっき言うたのは間違いないな?」
「えぇ・・・・・・まぁ、魔導妨害があるまでは確かにここで捕捉していたらしいです」

 そう言うとオルミーヌは、信長達が眺めている大きめの地図に描かれた街を指差す。
占領代官の館から奪った地図には、信長たちの手によって事細かに書き込まれ、戦略図としての機能を果たしていた。

「まずいにゃあ~、これはヤバイ」
「そんなにまずかか?」
豊久が近付いてきて、地図を覗き込みながら話に入ってくる。

「おーおー、読めるのかのー? 島津の猪武者がのー」
「馬鹿にすっどな、こんぐらいわかる」
鬼島津。豊久自身、英才教育さながらに、数多の戦場経験に裏打ちされた経験と兵法を会得している。

「じゃっどん、黒王とやらを討てば崩壊するんではなかか?」
既に見聞き及んでいる情報を統合した上での豊久の発言。
黒王軍は、軍団の長である黒王自身によるところが大きいと。
猪武者らしい結論に信長は呆れ、問われたオルミーヌが答える。
「確かに可能性はあると思いますが・・・・・・でも・・・・・・」

 大将を潰して軍を瓦解させることは往々にして有り得る話。
しかし問題は件の総大将の首級を如何にして殺るかである。
「ぼくが狙撃しましょうかー?」
そう言って与一が割り込んでくる。弓の達人たる彼ならば、条件さえ揃えられれば不可能ではないだろう。

「無理だな、今のところ聞く限りじゃ根本的な戦力が違いすぎ。磨り潰されんのがオチよ」
現状では到底戦えない。単純な兵力差ばかりでなく、兵站も軍備も何もかも。まだまだ烏合の衆に過ぎない。
直接討つどころか、狙い撃つ為の前提すらも至難。
まともな軍勢を相手にするなら、こちらもまともな軍勢を用意するのが基本である。
されど王制国家には期待出来ない。とどのつまり十月機関が言うような、他国の君主頼みなんてことはありえない。
「少数には少数の利があるど」
「んなこたぁ百も承知よ。だが今はそこまで焦る必要はない」

 織田信長――かつて戦国の世を支配せんとし、成し得ずとも、頂を仰ぐには至った男。
何もかもを失った異世界においても、彼の中には既に確固たる計画が生まれている。
ハルケギニアにおいても朽ちぬ夢――天下布武。

 戦争をするには、軍事力を手にするには、己が上に立つしかない。
その上でしっかりと戦略を立て、戦術を練って挑むべきである。
合戦そのものはそれまで"積んだ"事の帰結。合戦に"至るまで何をするか"が戦。
その本質を理解している信長は、言い聞かせるように豊久達に断言する。

「まずは兵を集め、武器を揃え、調練せねばな」
魔法というものには驚かされたが、やはり必要な物は"誰にでも扱える武器"だ。
特定少数にしか使えないものでは、補充も効かず不確定要素も増える。
強軍を作るには兵器の開発と量産、練兵体制の確立が不可欠であると。

 こっちの世界にも鉄砲は存在する。しかも火縄ではなく火打石を使ったもの。
まずはこれを大量の揃える。同時に火薬も必要になってくる。
魔法使い達が『錬金』で作れこそするものの、生成量には限度がある。

 さらにオルミーヌの話では、"漂流物"の中には使い方のわからない"槍"とやらが存在するらしい。
何でも未来から漂流してくるらしい物品だとかで、"ろまりあ"に保管されていると。
今ある鉄砲よりもさらに進んだ武器。己が知る火薬よりも遥かに凄い威力の物質。
もし仮にそんなものがあったとしたら。それを解き明かすことが可能なのであれば――
大幅な戦力上昇に繋がるやも知れない。ゆくゆくの文明の発展に寄与するやも知れない。
武器に限らず――数寄もあるといいなあなどと思いつつ――さぞ心が踊るというものである。


「――そいじゃ、今はとりあえず逃げるしかなかか」
「おう。しかし問題なのが"どこへ"かってことなんだが」
補給の為に略奪でも行おうものなら、さながら賊軍と変わりなく。
かと言って強行軍でもすれば、日干しにもなりかねない。
オルミーヌが手配している補給も、妨害の所為で明確にいつ届くかわからない。

「・・・・・・押し付けっが」
「おっ、珍しく意見が合ったにゃー」
豊久の案に信長はグニャリと顔を歪めて笑う。一方で豊久自身は、地図を眺めて二の句を紡ぐ。

「こっちの"とりすていん"ってのを利用させてもらう」
「んむ、いずれは組むことがあるとしても、今は仕方ないのう。少し面倒を見てもらおうかの」
「なれば当面の拠点は・・・・・・ここじゃな」
ドンッと音が鳴らんばかりにトリステインの国境線、森の中の一つの廃城を豊久は指で突きつける。
(おうおう、ほんに時折鋭いのォ~)

「そこからどうするんですかー?」
背後霊のように張り付いて覗き込んで聞いてくる与一に信長は答える。
「基本は頃合を見て迂回じゃな」

「んむ、そうと決まれば行くが」
「はっ?」
信長は間の抜けた声を上げて、すぐにその言葉の意味を理解する。
そうだった、こういう奴だった。こまごまとしたことを決めるべきなのに、この電光石火が如き動き。
薩人マッスィーンたる、それが彼らしく"彼の家"の個性で由縁であるのだが――

 確かに豊久の言うことは一理ないこともない。用兵において神速は基本。
早々に拠点を構築出来れば、それだけ長く兵を休めて鋭気を養うことも可能となる。

 西にあるトリステイン国を、少勢ながらも既に軍となっている一団が通るには面倒が多過ぎる。
されどこのまま南下すれば東南に位置する黒王軍とかち合ってしまう可能性が高い。
黒王軍の予測進路を考えれば、いつでもトリステインになすりつけられる位置で様子を見るが上策。
戦略的にも早めに移動すべきなのは信長とて理解しているが、いくらなんでも限度がある。
妨害があるまで連絡をとっていた、補給係との合流も考えなくてはならない。


 ぎゃーぎゃー言い合いながらもどこか楽しそうに軍議に興じる信長と豊久。
それらを微笑ましく眺めつつ、時折横槍を入れる与一を他所にオルミーヌは独りごちる。

(大師匠さま・・・・・・)

 オルミーヌは天井を仰ぐ。なんだかんだでここまで付き合わされている。
彼らは、我ら十月機関の言うことなんてまるで聞こうとしません。
知識が違う。技術が違う。考え方が違い、生き方が違う。何よりも死生観が決定的に違う。
言動も行動も、全てにおいて常軌を逸しているとしか思えない"ニッポン"の"ブシ"。

 彼らはそういうものなのだと納得は出来るが、ついぞ理解することは出来ないかも知れない。
けれどどうあっても魅かれてしまいます。言い知れぬ魔力のようなものに。
さながら火蛾のように、焼かれるとわかっていても吸い寄せられてしまう。

 付き合っていくのは心身共に、冗談抜きできついです。すぐにでも逃げ出したいくらいです。
でも――それでも――今は・・・・・・わたしオルミーヌは、彼らについていこうと思います。


「はぁ~あ・・・・・・」
もう何度目になるのかは数えていない。
ここずっと――月光浴を楽しみながらも――いつも頭に残るモヤモヤ。
年の頃は五歳を数えるくらいに見えるその少女は、夜空を見上げて歩きながら、またも大きな溜め息。

 どうしてこうなったんだろう。最初は単純な好奇心だった。
漂流者は"どんな味"がするのだろうと、そんな些細な出来心であった。
それに漂流者であれば"いなくなっても騒がれない"という打算もあった。

 寝静まる夜半を見計らって廃屋に忍び込むと、四人ほど寝息を立てていた。
漂流者が複数集まっているとは聞いていたが、いっぺんに獲物にありつけるのはありがたい。

 まずは一番屈強そうな男を狙う。ついでに"屍人鬼"にしてやれば、他の者に気付かれた時に対応し易い。
物音一つ立てることなく近付いていき、首筋まで顔を寄せると、わたしは引っ込めていた"牙"を出す。
いざ噛み付いて"血を吸う"ところで、男と眼が合った――瞬間、天井を見つめていた。

「なんじゃお前<おまあ>、女子<おなご>じゃなかか」
すぐさま明かりが灯されて、一瞬だけ目が眩む。
そして自分がようやく躰ごと半回転して組み伏せられていること。
さらに首筋に冷たい何かが当てられているということを認識する。
"獣"。わたしを組み敷いている男の飛び込んできた第一印象は"それ"だった。

 状況把握の為に視線だけ動かせば、眼帯の男は観察するようにこちらを眺めている。
さらに女のような――恐らく――男もこちらを見て薄く笑みを浮べていた。
そしてかなり遅れてから騒ぎに気付いた女は、眼鏡をかけると「ギャー」と叫び声を上げて、部屋の隅まで逃げる。

 獣が如き屈強な男はすぐにでも、わたしを解放して立ち上がると、刃を鞘へと納めた。
「貴様<きさん>はなんぞ」
「ぇ・・・・・・あっ・・・・・・」
「随分と可愛い刺客だにゃー」
「ははっ、でもなんか不穏でしたねぇ」
後に知ったことだが、獣男の名を"トヨヒサ"。眼帯は"ノブナガ"。女男は"ヨイチ"。眼鏡が"オルミーヌ"と言った。


「くっ・・・・・・」
わたしは『先住魔法』を唱えようとするも、ほんの僅かな一瞬の間に、ヨイチが弓を手に矢をつがえていた。
毛ほどにもない気配の変化に鋭敏に対応した早業の前に、躊躇せざるを得ない。
そしてトヨヒサに鋭く見つめられただけで、完全に行動に詰まってしまった。

「・・・・・・あれ? もしかして吸血鬼!?」
オルミーヌが叫ぶ。牙を出しっ放しにしていたのが迂闊であった。
無知な漂流者と思っていたが、存外こちらの知識を有しているとは、甘く見ていたとしか言えない。
もっとも慎重だとしてもあの瞬間、咄嗟にそこまでの思考に至れたかは別であるが。

「"きゅうけつき"? なんじゃそれ<そい>は」
「妖魔です!! 化物ですよ! それはもうすっごく恐ろしい"らしい"――」
「落ち着けいオッパイーヌ」
「あーもう! わたしはオルミーヌだと何度も!!」
「わかったわかった、とにかくそう興奮されちゃ困る。というわけでオルミーオッパイは置いといて本人に聞こうじゃないか」
「わかってないー! 名前覚える気ないだろさては!!」

 考えていることを見透かされるようなそのノブナガの片瞳に、わたしは生唾を飲み込む。
「嘘は吐かんでくれよ、与一の矢が飛ぶでの」
「百発百中ですよ」

 冗談には微塵にも聞こえない圧力と、実際に矢を突きつけられた状況。
もはや真実を語る選択しかなかった。生半な嘘は通じまい。
当然そのまま殺されることすら覚悟をして・・・・・・――


 ――そうしてわたしはいつの間にか、何故だか引きずり込まれてしまっていた。
連中はわたしが吸血鬼であることも無視して・・・・・・というよりは危機感がなく。
十月機関とかいう組織に属するオルミーヌ以上に、ハルケギニアに詳しいわたしを迎え入れた。
恐ろしい力があることすら気にも留めずに、都合良くわたしを使っている気でいる。

 わたしは見た目よりもずっと長く生きている。
人間社会に潜む吸血鬼ゆえに、確かに生きていく為の知識はそれなりにあるつもりだ。 
しかしだからと言って、エルフともまた違う――単一の人間にとって最大の敵性種族。
上手く事を運べば、町一つすら滅ぼせる吸血鬼を知恵袋代わりにするなんて――

(狂気の沙汰よ・・・・・・)
と、吸血鬼でありながら人間の立場で見て素直な感想を心中で呟く。


 わたしと十月機関の情報によって、ハルケギニアの情勢を把握したトヨヒサ達。
時機を見ると、なんとオルテに虐げられていた有翼人をまずは解放した。
続いてオルテの占領土政庁である執政代官の城館を襲撃。
そのまま周辺を平定して、元ゲルマニアの平民、貴族であったメイジまでも傘下に入れた。
最初こそ強固に存在した差別意識も今は薄れつつあり、連中は種族差を取り払った国を作るつもりであった。

 続いてオルテ執政代官を殺して奪った資料の情報をノブナガは統合した。
元が大きい方が奪った時の見返りも大きい上に、亀裂を確信した参謀役のノブナガ曰く――
オルテの支配を解放し、他国とも同盟。オルテを内部から蚕食し「国を奪る」と言い放った。

 一人の漂流者らしい者が作り上げたオルテを地上から消し去る。
その上に諸族を合して他部族連合国家を成さしめると。
トヨヒサを統領として兵権を持ち、内治には各族に自治権を与え、『武士』という制度を作ると。
そこで初めて軍権を掌握し、黒王軍に対抗出来る勢力足り得ると――そう言った。

 人間も、吸血鬼も、有翼人も、他の亜人達も、東のエルフすらも引き込もうと考えている。
およそハルケギニアでは考えも及びつかない。夢想としか言いようがない。
しかし未だ小勢ではあるものの、ここは既に"移動する小さな国"に・・・・・・確かになりつつある。
黒王軍と近い性質を持ちながら、我々は我々の道を進んでいるのだ。

 これにはオルミーヌも頭を痛めているようであった。
されどこれこそが漂流者の本質であると思い知らされる。
古くから流れてきていた"漂流物"の存在意義――

「おう、"えるざ"」
"名前"を呼ばれて"わたし"は振り向いてトヨヒサの姿を確認する。身長差の為に見上げる形で。
「なあに?」
「また夜中の散歩がい」
「わたしの勝手でしょ。それで・・・・・・何の用?」

「んむ。明日以降、強行軍になる可能性がある」
「ふーん、あらそう。・・・・・・大丈夫よ、足を引っ張る気はないから」

 吸血鬼にとって太陽の光は肌を焼く天敵だ。とはいえ素肌を晒さなければいいだけではある。
ローブをまとって日傘でも差しておけばとりあえずはなんとかなる。
そもそも付き合う義理はないのだから、適当に離脱したっていいのだ。
今までだっていくらでも機会はあったが、気まぐれで付き合ってただけだ、うん。

「そうか、んでは――」
納得するとトヨヒサは屈んで膝をつき、腕をまくって素肌を晒した。
「・・・・・・どういうこと?」
「場合によっちゃ俺<おい>も暇じゃなくなるかも知れん」

 つまり今の内に"血を吸え"ということであった。吸血鬼という種族は人間の血液を主食とする。
最初に出会った夜。エルザを利用する代わりに、血を豊久が提供する。
そんな持ちつ持たれつの契約関係が成り立っていた。
信長が「血の気の多い島津武者はちょっとくらい減らした方がいい」と言ったことに端を発した理由。
豊久も最初は渋い顔をしたものの、明確に拒絶することもなく、既に三度ほど少しずつ血を貰っている。

 腹が十二分に満たされているなら半年以上吸わなくても軽く保つ。
それに執政代官の城館襲撃に際しては、オルテ人の血液を摂取してもいる。
現状では飢えて切迫している状況どころか、小腹が空いたとも言えない状態だ。
とはいえ定期的に血を吸わないと死ぬと、トヨヒサ達には後々説明していたのだが――

 豊久としては次がいつになるかわからないから、ということなのだろう。
しかし根本的な"問題"はそこではなかった。
「今、わたしと二人っきりよ?」
「それ<そい>がなんじゃ」

「・・・・・・そう」
呟いてエルザはゆっくりと口を近付けて、牙を突き立てる。生きた人間の血を味わう。
じわりじわりと味が広がり、空いていない胃を満たしていく。

 そして頃合いと見るや口を僅かに浮かせて問い掛ける。
今までは豊久の他にも"誰かしら近くにいた"のだ。
最初に吸う時に至っては、与一に弓矢で狙いをつけられていたくらいだ。
それも当然、人間一人分の血液を飲み干すくらいわけないのだから。

「わたしが、このままあなたの血を吸い尽くしたらどうする?」
「好きにすれば良か」
「なっ・・・・・・!?」
思わずエルザは、中腰になっている豊久を睨みつける。

 血を吸い尽くせばもちろん豊久は死んで、意のままに操る"屍人鬼"にすることも出来る。
「俺<おい>の見る目はそこまで曇っちょらん」
言葉通り、真っ直ぐで迷いのないその双眸にエルザは奥歯を噛んだ。

 生意気だ。本っ当に生意気だ。わたしよりも年下のくせに。
わたしを怖がらない、わたしを責めることをしない、わたしを・・・・・・認めてくれる。

 そうだ・・・・・・トヨヒサも、ノブナガも、ヨイチも――"ここ"は居心地がいい。
気まぐれ、そう・・・・・・気紛れ。文字通り気が紛れていたのだ。
両親を失い、孤独に転々としてきたわたしの・・・・・・"帰ることが出来る場所"。
だから離れようなんて思えない、考えられない。まだ会ってそこまで月日も経ってないというのに・・・・・・。
信頼しているのだ、彼らの作る未来に、わたしの居場所に期待を抱いてる・・・・・・。
わかっていたが、ただ単に認めたくなかっただけだ・・・・・・これまでは。

「ば~か」
「なっ!? なんじゃいきなり<いぎなし>!! 俺<おい>が馬鹿じゃど!?」
「そうよ、ばか、おおばか! お人好し!!」
エルザは「べっ」と舌を出した。呆けた豊久を尻目に背を向けて走り出す。

 ――もう決めた。今決めてやった。わたしはトヨヒサの血"だけ"吸ってやる。
他の誰かの血なんて自ら望んで吸ってやるもんか。
吸血鬼のわたしを信用するなら相応の代償を支払わせてやる。
ざまあみろ。貧血になっても吸ってやる。回復したらまた吸ってやる。
何度も、何度でも、何度だって、嫌だって言っても吸ってやるんだから。

 エルザは立ち止まると夜空の双月を見つめ直して、もう悩むことをやめた――

 両親が死んでから長く、ようやく灯った・・・・・・心の小さな暖かさを胸に抱いて――



新着情報

取得中です。