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Mission 37 <破壊者、降臨> 中編




闇の眷属たる悪魔達の住まう魔界は実に様々な環境で構成された領域が存在する混沌の世界だ。

永久凍土に覆われ、その身を骨の芯まで痛めつけるほどの寒さで支配された極寒の領域。

逆に全てを焼き尽くす灼熱の業火と溶岩が広がる、魔界で最も過酷と言われる炎獄の領域。

魔界の住人でさえ参ってしまう瘴気が広がるだけでなく、彼らを飲み込み、森の一部としてしまう生きた深淵の密林が広がる領域。

どこへ行こうとも、魔界へと迷い込んだ者に待っているのはその過酷な環境に耐えられずに死に絶えるか、領域に住まう血に飢えた悪魔達の餌食となるかのどちらかだ。
昼も夜の区別もなく、時間の感覚さえ失いかねない混沌とした地獄の中を生き抜く方法はただ一つ。――己の力によって襲い来る敵を打ち倒すのみ。
スパーダはそれらの過酷な領域を含め、無限に存在する数多の混沌の世界たる故郷を、デルフリンガーと共に渡り歩いていた。
その間、彼らには『休息』『平穏』などといった二文字は決して許されない。
故に久方ぶりの故郷を懐かしみ、見物している余裕もスパーダには無かった。
「相棒っ! またあのエセ天使だぞっ!」
左手に装着されている篭手のデルフが焦ったように声を上げる。
だが、スパーダはデルフからの警告にも悠然と歩を進める足を止めはしない。

神々しい白光で満ち溢れた世界。そこには踏みしめるべき大地と呼べるようなものは存在しなかった。
広大な空間の中には、現世で見られるありとあらゆるものがそこかしこに浮かび無秩序に、上下の別もなく漂っている。
無数の岩塊、大理石の石柱や階段、城壁といった瓦礫などはもちろんのこと、中には巨大な彫像や白亜の城塞、塔さえも形を残しつつ存在していた。
それらの物体はこの光で溢れた空間そのものに照らされながら静かに留まっている。
天界と呼んでも差し支えない壮麗で神秘的な光景ではあるものの、頭上を見上げればそこに広がるのは全く別の光景がある。
禍々しい漆黒の暗雲が渦巻き、その中には巨大な朱色の瞳孔のような影が太陽や月のように、しかし不気味にぼんやりと浮かび上がっている異様なものだった。

そして、この光の領域に住まう魔の眷属達は……。

――ハアアアッ!

荘厳な、威勢のある掛け声と共に光が、空間を漂う瓦礫の上を歩くスパーダ目掛けて右方から突っ込んできた。
眩しいほどの光に包まれたそいつは、手にする長大な青光の槍を突き出す。
スパーダは冷然とその槍を篭手のデルフで掴み取ると、そのまま相手ごと無造作に背後へと持ち上げて叩きつけた。
ガシャンッ、と甲高く割れる音が響くがスパーダは振り返りもせずに無数の幻影剣を発生させると背後に向けて一斉に射出する。

――グオアアアッ!

重々しく威厳のある悪魔の断末魔が響き、気配が一つ消えたことを感じ取る。スパーダの横を背後から羽毛状の光が流れてきて、すぐに溶けるように消えていく。
悪魔の気配そのものは全て消えてはおらず、まだ何体もの悪魔達がスパーダの周りにいるのを感じ取っていた。
(しつこい奴らだ)
この領域へ足を踏み入れてから何度も相手にしている悪魔達ばかりであったが、正直いって鬱陶しいこの上ない。

スパーダの正面上方から突如、三つの眩い光が透けるようにして姿を現した。
宙を漂う光の中にいるのはその体を純白の大きな翼に包み込んだ品格と威風に満ちた灰色の男女。翼と一体化している手の片方には青白く光る長大な槍を手にしている。
肩からも翼を生やし、さらには下半身さえも翼で覆われているそれは天使と見まごうごとき美しく神々しい姿であり、とても悪魔とは思えぬものであった。
だが、この姿も所詮は現世の者達を惑わせるための見せ掛けに過ぎない。
堕天使とも呼ばれる、天使の面をかぶったこいつらはフォールンと呼ばれている中級悪魔だ。

いい加減に見飽きているフォールン達にスパーダは思わず溜め息をつきたくなりつつも、背中のリベリオンを手にして無造作に垂らしながら瓦礫の道を進んでいく。
「ったく、あのエセ天使ども……。しつこいったらありゃしねえな」
デルフも何度となく現れたフォールン達の姿に辟易している様子だ。
6000年前も始祖ブリミルはこんな奴らを相手にしていて、当時のガンダールヴと共に手を焼いていた気がする。
確か、あの時ブリミルは……。

――セイヤッ!

女顔のフォールンが手にする槍をスパーダ目掛けて投擲し、それをスパーダは素早く後に身を引いてかわす。
さらに後へとステップを踏んで下がった途端、瓦礫の地面に突き刺さった槍が雷鳴のような轟音と共に大きく爆ぜた。
まるで天の怒りが降り注いだかのような場面を連想する爆発の余波が、スパーダのオールバックの髪へと流れていく。

――ハアッ!

右側面へ流れるように回り込んでいた男顔のフォールンの一体が槍を力強く振り上げる。
さらにもう一体のフォールンは地面の下からすり抜けて槍を突き上げてきた。
半分実体を持たないフォールンにとって今の状態では地形など全く意味を持たない存在なのである。
だからこそこいつらはこのような奇襲戦法を得意とし、そして地形を壁にすることで相手の攻撃を通さないようにするのだ。
スパーダはまずリベリオンを片手で振るい、右側のフォールンの槍を弾き返す。そして、地面から仕掛けてきたフォールンの槍をデルフを盾にして受け止めた。
「おっとぉ! 通しゃあしねえぜ!!」
フォールンの奇襲を防いだデルフが吠える。
リベリオンの反撃で怯んだフォールンに向かって飛び掛ったスパーダはリベリオンを振るってフォールンの体を覆っている翼に斬りつけていく。
さらに背後に出現した八本の幻影剣がスパーダの攻撃に合わせて様々な角度で振り回され、怒涛の連撃が繰り出されていった。
フォールンを包んでいる翼は中々に強固な結界としての役目を果たしており、このままでは本体に傷を付けることは叶わない。
だが、その翼そのものがスパーダの攻撃で傷付けられ、ヒビが入っていく。

――フンッ!

――ハアッ!

だが、当然他の二体のフォールンもスパーダに攻撃を続けてくる。頭上で槍を振り回す、槍を突き出すという方法で突進してきた。
スパーダは空間転移でその攻撃をかわし、背後から槍を突き出してきたフォールンの頭上に現れる。
フォールンの頭を踏みつけ跳躍し、身を翻すとそのまま瓦礫へと戻っていった。
瓦礫の上へと着地するとリベリオンを背に戻し、ルーチェとオンブラを手にしてフォールン達へと銃口を向ける。
既に発現させていた幻影剣を全てフォールン達に射出し、さらに新たな幻影剣を発現させては射出させていく。
そして、左手のオンブラの引き金を何度もの引き絞っては魔力を固めた銃弾を放ち、幻影剣と共にフォールン達の翼に傷をつけていった。
銃弾と飛剣の雨にフォールン達も焦っているようだ。既に一体は体を覆っていた左腕の翼が砕け散り、その隠されていた体が露となる。

その下にあったのは――醜い顔。
比喩でも何でもなく、大きく口の裂けた顔そのものがフォールンの胸から腹にかけて存在しているのだ。それはあまりにも不気味で奇異でしかない。
これが堕天使フォールンの本性。奴らはこの醜悪な顔こそが本体であり、人間の頭のようなものはいわば角や触覚に過ぎない。

スパーダはその醜く怪異な顔面に容赦なく、魔力を蓄積させていたルーチェから放ったより強力な魔力の弾丸を叩き込む。

――グアアアッ!

強烈な銃声は広大な空間に反響し、フォールンの断末魔もまた大きく木霊する。
眩い光に包まれ、無数の羽毛状の光を魔力の残滓として残しながら、堕天使は昇天していった。

「おいおい、逃げちまうぜ。とっとと仕留めた方が良いんじゃねえか?」
「当然だ」
銃弾と幻影剣で同じように翼を砕かれていた二体のフォールンが醜い腹部の顔を晒しながらスパーダの立つ瓦礫より遠ざかっていく。
あれでフォールンは意外に臆病な存在であり、本体である己の醜悪な顔を傷付けられることを何より嫌う。
あの状態では地形をすり抜けることもできない。だからああして空間を漂う瓦礫などに身を隠そうと必死なのだ。
もっとも、悪魔としての再生力で時間が経てば翼も復活する。その前に仕留めるのである。

……魔を切り裂き、喰らい尽くす閻魔刀を用いればフォールンの結界など無視して本体を仕留めることもできたのだが。
事実、ここに来てから今まではそのようにして手っ取り早くフォールン達を仕留めていた。だが、そればかりではつまらないからこうしてリベリオンも使うことにしたのだ。
大きな瓦礫の影にフォールン達が逃げ込んでいくのを見届けていたスパーダはルーチェ、オンブラを収め僅かに腰を落とすと、
背中から引き抜き斜に構えたリベリオンをさらに後へ引き絞るようにして構えた。
ルーチェ、オンブラに注がれるものよりもさらに強大な魔力がリベリオンの刀身に纏わりつき、赤いオーラを帯びていく。
オーラの色は時と共にさらに濃くなり、魔力の唸りの中にバチバチと魔力が弾ける音が混ざっていた。
いつだったか、ラ・ロシェールの町でロングビルのゴーレムを粉砕した時とほぼ同じ膨大な魔力がリベリオンに注がれている。
あの時はロングビルを配慮して三度に分けて放ったが、今度はその必要はない。
「Break Down!(砕けろ!)」
渾身の力を持って一気に振り上げたリベリオンから魔力が溢れ出し、鋭い剣風と絡み合って巨大な衝撃波を形成する。
ロングビルのゴーレムに放ったものよりさらに巨大な衝撃波がフォールンの隠れる瓦礫へと襲い掛かる。
スパーダの魔力が乗せられた衝撃波に触れた途端、瓦礫は砕け散ることもなく塵と化す。無論、それに飲み込まれたフォールンは断末魔を上げる暇もなく文字通り消滅した。

「しかし、本当にキリがねえな。相棒の忘れ物ってのは、一体どこにあるっていうんだい?」
「心配はいらん。もうすぐだ」
リベリオンを背に戻しながら疲れたように言葉を吐くデルフに答えるスパーダは改めて瓦礫の道を進んでいく。
丸一日、魔界中を突き進み、悪魔達を狩り、ようやくここまで辿り着いたのだ。
スパーダの真の力が封じられている領域はもはや目と鼻の先と言っても良い。
(我が主達と鉢合わせなかったのは幸運だな……)
魔界にはスパーダがかつて仕えていた魔帝ムンドゥスの勢力が残っているはずだった。故にその勢力に属する悪魔達と出会ってしまっても不思議ではなかったのだが、
これまでにスパーダが相見えていた悪魔達はどの勢力にも属さない純粋な魔界の住人達だけであった。
……ましてや、間違って魔帝ムンドゥスと遭遇でもしてしまえば今の自分ではとてもではないが勝ち目がない。
(余計に不気味だな……)
スパーダがこうして魔界へ舞い戻ってきた以上、魔帝ムンドゥスやその勢力が自分の存在を察知している可能性が高い。
それならば逆賊である自分に兵が差し向けられてもおかしくないのだが、何故かその兆候さえ感じられないのが不自然だった。

考えていても仕方あるまい。今は先を急ぎ、己の真の力を手にするのが先決だ。
ハルケギニアで日食が起こるまで時間がない。魔帝ムンドゥス以外の勢力が直接侵攻すれば、ハルケギニアの民達だけではそれを迎え撃つことはできない。
故にスパーダが彼らに力を貸してやらねばならないのだ。
空間を漂う瓦礫の上を歩き、時には飛び移り、先へ先へと魔界の深淵に向かっていたその時。
「む?」
瓦礫の上に飛び乗ったスパーダの視界が突如としてぼやけ始めた。
両目を交互に何度か開閉を続けていると、どうやら左目に映る視界が右目とは全く異なるものになっているようだ。別にモノクルに映像が映っているわけではない。
「どうしたんだい、相棒?」
デルフに呼びかけられつつ足を止めたスパーダは左目に朧げながら映りだした光景に意識を集中する。
すると、頭の中で何やらこの空間とは別の音声がざわめき出していた。


「もう、気持ち悪いったらありゃしないわ!」
頭の中にルイズの癇癪が響く。だが、その視界に彼女の姿は映らない。
シルフィードの上にいるのだろうか。蒼穹の大空が広がる光景がそこには映っている。
そして、その光景の中を飛び交う無数の影。
おぞましい奇声を上げながら突っ込んでくる醜悪なハエに酷似したそれは紛れもなく、下級悪魔のベルゼバブであった。
「ウインド・ブレイク」
ベルゼバブ達が前に座っているタバサの放った突風で吹き飛ばされ、バランスを崩して宙を舞った。
「バーストッ!」
そこに杖を握ったルイズの手が視界に入り、ベルゼバブ達のいる空間がピンポイントで小さく爆ぜた。
粉々に砕け散ったベルゼバブは肉片と体液を撒き散らして地上へと落下していく。
(きゅいっ! 気持ち悪いのね!)
シルフィードが四散したベルゼバブの破片を慌ててかわすと、今度はベルゼバブとは別の金切り声のような奇声と共に赤い影が斜め上方から突っ込んできた。
「ファイヤー・ボール!」
視界には映らないが隣に座っているらしいキュルケが放った火球が赤い影達に殺到する。
だが、赤い影は素早く散開することでかわし、多方向から奇声を上げながら一斉に突進してきた。
液状の体で構成され、巨大なコウモリの翼で飛翔する悪魔達。
細長い腕と尾はあるが足は持たない、長いクチバシで獲物を啄ばもうとするそいつらはブラッドゴイルと呼ばれる下級悪魔だ。
本来はただの石像に過ぎなかったものが、魔力を持つ穢れた血を浴びて溶け合うことで命が宿り、血液状の肉体を持つ悪魔が誕生するのである。
「バーストっ!」
ルイズが杖を振り上げたらしく、その途端にシルフィードの周りを花火のような爆風が小刻みに幾度となく発生していた。
その中に突っ込んできたブラッドゴイルは次々と悲鳴を上げながら元の石像の姿へと戻って硬直し、ボトボトと地上へ墜落していく。
まるで巨大な網を用意して、その中にかかっていく虫か鳥のようだ。
ブラッドゴイルは熱などの急激な温度変化に弱く、先ほどのキュルケが放った炎を浴びればそれだけで液状の肉体が固まってしまうのだ。
それ以外の物理的な衝撃を与えると肉体が分裂し増殖してしまうのだが、彼女達はそれが分かっているのかブラッドゴイルが現れると必ずキュルケとルイズが迎え撃っていた。


(やるな)
関心するスパーダであったが、あまり楽観してもいられない。
視界に映る光景であるが、これはどうやらタルブの草原の上空のようだ。
その空にはアルビオンの旗を掲げている巨大な軍艦が十数隻に渡って停泊しており、飛び上がる竜騎士が悪魔達と共に次々とルイズらに襲い掛かり、タルブの村へも火をかけていく。
村人達であるが、森の方へ逃げていく姿がまばらに窺うことができた。その村人達を庇うようにしてルイズ達は戦っているらしい。
さらに軍艦の甲板から吊るされているロープを使って次々と兵達が草原に降り立ち、近隣の領主のものらしい100にも満たない軍勢が向かっていくのが見える。
(もう仕掛けてきたのか……)
レコン・キスタがトリステインへの侵攻を始めた場面であることは明白だ。
裏で糸を引く悪魔の勢力と同調して、日食の日に攻めて来ると踏んでいたのだが自分の予想は外れたのか?
だが、これはあくまでレコン・キスタ単体による侵攻に過ぎないらしい。悪魔達はブラッドゴイルとベルゼバブの姿しか見えない。

……しかし、何故こんな場面が見えるというのだ?
未だ左目にはハルケギニアでの戦闘が映り意識もそちらに集中する中、スパーダの手は腰の閻魔刀へと伸びていた。
瞬時に抜刀すると一陣の鋭い剣閃が飛び、目の前に現れたフォールンの翼の結界もろとも肉体を斜に断ち切った。
「おい、相棒。どうしたっていうんだい?」
意識をこの場に戻し、体は自然に閻魔刀を納刀する中デルフが話しかけていた。
「ルイズ達の光景が見えるな。何だこれは」
「……ああー、そりゃ使い魔の能力だなぁ。使い魔は主人の目となり耳となる、ってな。そういえばルーンがいつの間にか復活してるっぽいな」
「何?」
背後に気配を感じたので幻影剣を出現させて後方に連続で射出させる中、スパーダは篭手のデルフを外してさらに左手の手袋も外す。
途端に険しい表情となり、そこにあったものを睨みつけた。
忌々しいガンダールヴのルーンがまたしても封印から目覚めており、手の甲で淡い光を放っていたのだ。
だが不思議なのは今までのようにスパーダを服従させようと強制力を働きかけてくるのが、今回に限ってそれを行ってこないのだ。
心なしか、ルーンの気力のようなものもこれまでよりかなり低くなっている気がする。
「ずっと封印されっぱなしだったからなぁ。おまけに封印されていなくても相棒はルーンの力を受けつけるようなタマじゃねえし、自信を無くしたか諦めてるんじゃねえのか?」
ルーンがルーンとしての役目を喪失する。ルーンそのものに明確な意思があるかはよく分からないが、そうだとしたらおかしな話だ。
「ならば何故、あのようなものを私に見せる」
悪魔の気配が無くなったので幻影剣の射出を止め、手袋とデルフを付け直しながら尋ねる。
「さあなぁ。最低限、ルーンとしての役目を果たそうとしてるのかもな。ま、俺もよく分かんねえけどよ」
スパーダを使い魔として服従させられないが、使い魔と主との繋がりだけでも保とうとしている。何と律儀な。
だが、スパーダは決してルーンに服従する気などない。自分に命令を下すことができるのは自分自身、もしくはかつての主のみだからだ。
(しばらくこうしておくか)
このまま封印するのも良いが、ルイズ達ハルケギニアの民の様子を窺うことができるのでせめて現世へと戻るまではルーンの封印は後回しにして良いだろう。
「ボヤボヤしてはいられん。急ぐぞ」
気を取り直し、瓦礫の上を駆け出すスパーダ。
レコン・キスタが攻めてきた以上、早急にハルケギニアに戻らなければルイズ達だけでなく罪のないトリステインの民達も危ない。
あの軍勢ではとてもではないが、トリステイン側の力だけではレコン・キスタの侵攻に打ち勝つことはできないだろう。
ましてや、黒幕である悪魔の勢力が攻めてくれば尚更だ。
自分の代わりに勇敢に戦ってくれている者達に報いるためにも、スパーダは全力で光に満ちた混沌の世界を駆け抜けていた。


王都トリスタニアにアルビオンからの宣戦布告の報が届いてすぐ、城下にもこの一大事が知れ渡っていた。
途端に城下町は騒然となり、市民達は恐怖と不安、混乱に陥る。
アルビオンとは不可侵条約を結んでいたのではないのか。国内は戦争の準備など整っていないのにどうするのか。アルビオンはこのトリスタニアにまで攻めてくるのか。
そして、王宮はアルビオンにどのような対応をこれから取るのか。アンリエッタ姫殿下の婚儀が一体どうなったというのか。
小国であるトリステインにとってアルビオンの戦艦がここトリスタニアまで攻めてくるのも時間の問題だ、と誰かが騒ぎ立てることで市民達の不安と恐怖が煽られる。
平和な日常を送っていたはずの市民達は一瞬にしてパニックに直面していた。
だが所詮は平民に過ぎない彼らにできることなどなく、ただ慌てふためき続けるだけである。
「戦争? 戦争が起きたの?」
「テファは心配しなくて良いよ」
市民達が騒然とするブルドンネ街の中、ロングビル=マチルダは不安に狼狽するティファニアの肩を抱いてやった。
数日後にゲルマニアで行われる予定であったアンリエッタ王女の結婚式。その王女がこれから馬車に乗って出発するはずだったので、せっかくだからティファニアと一緒に
見送ってやろうかと思ってマチルダはこのトリスタニアを訪れたのである。
ティファニアも王女がどういう人物なのか期待していたのだが……。この様子では婚儀どころの話ではないだろう。
「とにかく、今日はもう修道院で大人しくしてなさい」
「マチルダ姉さんはどうするの?」
「大丈夫。テファがそんなに心配する必要なんてないから」
ティファニアの肩を抱きながらチクトンネ街の修道院を目指すマチルダは密かにほくそ笑んでいた。
アルビオンが……レコン・キスタがいよいよ攻めてきた。スパーダは明日の日食の日に攻めてくるかもしれないと言っていたが、一日程度の誤差など何ら問題は無い。
あいつらはマチルダから、ティファニアから大切なものを奪っていった。
レコン・キスタが滅ぼしたアルビオン王家により身分と家族を、そして今度はそのレコン・キスタの手によってこれまでマチルダが守ってきた孤児達の命を奪われたのだ。
彼らの生活費を稼ぐために〝土くれのフーケ〟という盗賊に身をやつし、貴族達への復讐を兼ねて犯罪行為に手を染めてまで守ってきたものを、奴らは容赦なく奪っていった。
(くそっ……あいつら……)
思い出したくもないのに、マチルダの頭の中では未だ子供達の末路が呼び起こされる。

――魔物や亜人の細胞を組み込むことで、我々は人を超える天使の力を得られるのだ。

――やはり、こんな子供を相手に儀式を行っても体も精神も耐えられないみたいだな。

――見ろ。もう人としての意識も持たない、ただの血に飢えた化け物だ。

――こんな役に立たないガラクタどもはな、こうして処分してしまえば良いのさ。

スパーダが仕留めてくれた(正確には違うが)ワルドの酷薄な笑みと言葉。そして見せしめのように見せ付けられた子供達の変わり果てた姿。
ぎり、とマチルダは唇を噛み締め、苦い表情を浮かべていた。
(奴ら……絶対に許さないよ)
悪魔のような所業に手を染め、自分達を苦しめ大切なものを奪い去っていったレコン・キスタへの復讐。それがマチルダの新たなる杖を振るう理由。
〝土くれのフーケ〟を敵に回せばどうなるか、今こそ奴らに思い知らせてやる。
(そろそろ借りも返さないといけないしね)
そして、自分達に何度も救いの手を差し伸べてくれた、人の心を宿す伝説の悪魔、魔剣士スパーダ。
彼は明日の日食にこの世界に現れるという、悪魔達を迎え撃とうとしているという。
現在、レコン・キスタに侵攻されているタルブへと昨日から赴いているそうなので、そこで剣を振るって戦うであろう彼の力になることができる。
そろそろ自分達を助けてくれた恩に報いなければマチルダ・オブ・サウスゴータとして、そして人間としての名折れだ。


アルビオンからの宣戦布告より数時間後の午後。
アンリエッタ王女による陣頭指揮の元、タルブに陣を張ったアルビオン軍を迎え撃つための王軍が編成されていた。
主な構成は状況を既に把握しアンリエッタの呼びかけで即座に召集した、三種の幻獣を駆る近衛の魔法衛士隊。
さらに彼らからの連絡を受け、竜騎士隊や城下に散らばった王軍の各連隊も直ちに召集されていた。
つまるところ戦う意志を持つ者、そしてトリステイン王家に心から忠誠を誓う者達が此度の戦へと赴くことになったのである。
しかし、如何せん急ごしらえでかき集められた軍隊であるためにその兵力はわずか2000程度にしかならない。
元々、戦争の準備を整えていなかったがためにトリステイン王国が配備できる兵力はこれで精一杯だった。
おまけにメルカトール号を始めとする主力艦隊を失い、制空権をアルビオンに完全に奪われてしまったことも致命的な痛手であった。

軍事同盟の盟約に基づいてゲルマニアへ軍の派遣を要請したものの先陣が到着するのは三週間後などという答えが返ってきた。
彼らはトリステインを見捨てる気なのだろう。いくら軍事同盟を結んだとはいえ小国のトリステインへの加勢のためだけに戦力を失いたくはないということだ。
もっとも、アンリエッタ曰く「ならばそれで結構。ゲルマニア皇帝との結婚は無期延期とします」と強気に返していたのだが。

「姫殿下の輿入れが、まさかこんなことになるとはな……」
竜の意匠が鍔に施された大剣を背負う金髪の女剣士は戦争が始まったことによる混乱が続くトリスタニア城下のチクトンネ街の大通りを進んでいた。
平民出の軍人であるアニエスの今日の仕事は、アンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式場の警備のはずであった。
宮廷の貴族達にとって、メイジではない平民でしかないアニエスのような人間は正直邪魔者に過ぎない。

『下賎な平民ごときに何ができる』
『剣しか振れない平民にはちょうど良い似合いの仕事だ』

そうこき下ろされ、嘲笑われる彼女達は必要な時だけ呼び出され、しかもメイジ達にとっては物足りない、もしくは厄介事でしかない仕事を押し付けられてばかりだった。
それはほとんどはした金で雇われ使い捨てられる傭兵のような扱いに等しい。
そして貴族達が与えた仕事で不始末が起きると、彼らは口々にこう吐き捨てる。

『だから平民など役に立たないのだ』

かといってその仕事にメイジ達が割り当てられることはなく、平民である彼女達に任され続ける。
結局は保身が大事である多くの貴族達にとっては些細な失態で不名誉を負いたくないがための矛盾に満ちた意識と行為であった。
まあ、貴族達のそんな考えなど平民のアニエスにとってはどうでも良いことなのだが。
「戦支度くらいはしないとな」
やがてアニエスが辿り着いたのは、一軒の建物。そこは一階が小麦粉などの穀粉を取り扱っている店であった。
店主であるふくよかな中年女性が現れたアニエスの姿に目を丸くする。
「おや、アニエスさんじゃありませんか!? 今日は仕事があるって……」
「ああ。忘れ物を取りに来ただけだ」
そう言いながら、アニエスは店の奥へと入っていき、階段を上がっていく。彼女はこの建物の二階の一部屋を借りているのだ。
部屋に入ると、アニエスは机の上に置いてあったゲルマニアの名工ペリ卿に特注で作ってもらった対魔物・悪魔用の砲銃を手にし、革帯で肩に吊るしていた。
そして同じく机に置かれているベルトを腰に身に着ける。そのベルトの周りには、この放銃に装填される小さな太いドングリ型の弾が10個、並べられるように固定されている。
婚儀の警備にこのような代物を持っていくことができなかっために今日は使わない予定だったのだが、戦となれば遠慮も配慮も必要あるまい。
準備を整えたアニエスは部屋を後にし、建物の外へと出ていく。店の主人は彼女が完全武装して出てきたのを目にして息を呑んでいた。
(お前も存分に振るえそうだな)
馬に乗るため駅に向けて大通りを歩くアニエスは背負っている大剣・アラストルの柄に手をかける。
この稲妻の魔剣は屈強の剣士であるアニエスに更なる力を与えてくれるだけでなく、その命を守ろうとしてくれていた。
力ある強者に大いなる加護を与えるアラストルは、もはやアニエスにとっては無くてはならない相棒といっても過言ではない。
故に今回の戦でもその刃に宿る力を全力で引き出してやろうと闘志を燃やしていた。
「アニエス殿!」
「待たせたな」
ブルドンネ街入り口の駅に到着すると、そこではアニエスと同じく各所を板金で保護した鎖帷子に身を包む20名弱の女戦士達が馬に乗り込んでいた。
全員が腰に剣と短銃を携え、さらにはマスケット銃などを革帯で肩に吊るして武装している。
彼女達は今日、アニエスと共に本来婚儀の警備を行うはずであった同僚達であり、彼女が配属されている平民で構成された一小隊である。
同じ女性ではあるがアニエスと同じく男などには負けない気迫と苛烈さを持ち、熟達した腕前を持つ戦士ばかりだ。
もっとも貴族達にとってはメイジにも劣る弱小集団だと見下されているのであるが。
「既に各連隊はアンリエッタ王女の率いる本隊と共に行軍し、タルブへと向かったそうです」
「よし。我々もすぐに合流する。敵はアルビオンの兵や軍艦だけではない。決して気を抜くなよ!」
『はっ!!』
馬に乗り込んだアニエスから檄を飛ばされ、他の女戦士達もそれに答えて返礼した。
剣と銃を武器にして戦う彼女達は、これからメイジ達でさえ味わったことのない戦いの中に飛び込むことになる。


アンリエッタ王女が率いる2000の軍隊が出陣し始めた頃、タルブの草原では熾烈な戦いが続いていた。
タルブの領主、アストン伯が防衛のために出向いた90名弱の兵達は上空に停泊している戦艦から地上に降り立っていくアルビオンの兵達へと突撃していた。
侵攻拠点とするには最適な場所であるタルブの草原ではあったものの、上陸を開始したばかりのアルビオンの地上部隊はまだ戦闘準備そのものが整っていないために
その軍勢をまともに相手をするのは厄介なことである。彼らはタルブ伯の領軍からの突撃に押され気味であった。
本来ならばアルビオン産の火竜に騎乗した竜騎士達が空から地上部隊の援護を行えば良いのだが、彼らにとっては予想外の事態が起きているのだ。
「生意気な小娘どもめ!」
火竜に搭乗している竜騎兵の一人が舌打ちをし、呻いた。
それはタルブ村上空であるこの空域を飛行している他の竜騎士達とて同じである。
「たった一騎だぞ! 我らがあんな子供ごときに……!」
彼らが忌々しそうに睨んでいたのは、空域を飛び回る一匹の風竜。
初めはたった一騎だということで舐めてかかった竜騎兵達であったが、その侮りこそが彼らの誤りだったのだ。
風竜の吐くブレスは攻撃力こそ低いものの火竜よりも速度に優れるために、火竜のブレスも彼らの魔法も中々当てることができない。
作戦開始から姿を現していた自軍勢である異形の魔物達も、ことごとく屠られていっている。
「ファイヤー・ボール!」
「エア・カッター!」
的の大きい竜を狙らい、当たりさえすればそれだけで搭乗者もろとも地上へ墜落する。火竜の火炎のブレスであれば翼ごと搭乗者を焼いてしまうこともできるのだ。
「何故、効かん!?」
だが、運良く当てることができたとしても風竜の体は一瞬、赤く発光するのみでまるで傷がつかない。
搭乗者の青髪のメイジが杖を振ると、風の障壁によって阻まれて攻撃が届かない。
おまけにその竜に乗っているのは、トリステインの竜騎士などではなかった。
……ただのメイジの学生。それも三人の女だ。

「そろそろ引き上げ時じゃない?」
アルビオンの竜騎士達の攻撃をかわし続けていたシルフィードの上でキュルケが呟く。
横から突っ込んできたブラッドゴイルにファイヤー・ボールによる火球をぶつけて石にし、地上へと落としていた。
「何言ってるのよ! まだいけるわ! このままあの竜騎士達を倒しちゃっても……」
「村人達の避難は済んでいる。これ以上、彼らを引き付ける必要は無い」
杖を振るって自分達を取り囲む三匹のベルゼバブを『炸裂』の魔法で吹き飛ばしながら意気込むルイズであったが、タバサがちらりと地上へ視線をやって冷静に呟いていた。
竜騎士達が放ってくる魔法や火竜のブレスを避けきれないため、エア・シールドによって攻撃をできるだけ通さないようにしているのだ。
シルフィードに当たってしまっても、スパーダから託されていたスメルオブフィアーによる結界を先ほど施していたために万が一、何回かは被弾しても大丈夫である。
「で、でも……あたし達が逃げたらこいつらもあっちへ行っちゃうわよ?」
納得できないルイズが指すのは、草原に降り立ったアルビオン軍と戦っているタルブ領主の軍勢である。
タルブの村人達を逃がすために時間稼ぎの陽動を行っていた結果、つゆ払いのために村を焼いていた竜騎士達はそちらへと急行できないでいたのだ。
このまま陽動を続けていれば、抗戦している領主の軍勢が地上部隊を何とかしてくれるとルイズは思っていたのだが……。
「残念だけど、この竜騎士達がいかなくても彼らは全滅しちゃうわ。見なさいよ」
キュルケが空に停泊し続けている無数の軍艦を指し示す。
「100にも満たない軍勢に、その何倍の数の兵達がどんどん降りてきてるのよ? あれじゃあとてもじゃないけど、勝ち目がないわ」
初めは善戦していた領軍であったが、次第に数を増やしていく敵軍に囲まれて劣勢になっていく。
キュルケの言う通り、全滅するのは時間の問題であるのは目に見えていた。
だからといって、自分達が救援に向かえば二の舞になるだろう。おまけに十数隻もの軍艦が空から地上を砲撃してくるのだ。自殺行為もいい所である。
突きつけられた現実に、悔しげに唇を噛み締めるルイズ。
このまま彼らを見殺しにしなければならないだなんて。自分達メイジの力も、何百もの軍勢や巨大な軍艦相手には無力なのだ。
「とにかく、一度例の門がある広場へ戻りましょう。もしかしたら、ダーリンが戻ってきてるかもしれないし」
「退却」
頷いたタバサが短く呟くと、竜騎士の魔法をかわしたシルフィードが大きく翼をはばたかせ、戦闘空域を離脱するべく反転する。

「逃がしはせんぞ!」
「我らを敵に回して生きて帰れると思うか!」
当然、竜騎士達は自分達の敵である彼女達を易々と帰そうとはしてくれない。
何より、ハルケギニア最強と言われるアルビオン竜騎士隊のプライドもあり、おめおめと敵を討ち漏らすなど屈辱でしかないのである。
「しつっこいわね!」
背後から次々と魔法や火竜のブレスが飛んでくるのをシルフィードは必死にかわしている。
風竜とはいえ幼生であるシルフィードは全速力を持ってしても、良くて火竜よりも僅かに速いくらいのスピードしか出せない。故に中々振り切ることができなかった。
後ろを向いたキュルケは杖から炎の渦を放って竜騎士達を牽制した。左右に避ける竜騎士達の攻撃と追走が一時的に止む。
「ウィンディ・アイシクル」
さらにタバサも氷の矢を拡散させることで回避に徹する竜騎士達が追撃を再開できないようにしていた。
その間にシルフィードは彼らの攻撃の射程外へと逃げることに成功する。
「バーストっ!」
僅かに残ったベルゼバブやブラッドゴイル達はしぶとく追いかけてくるが、ルイズが放った爆発による爆風の中へと突っ込み、そのまま地上へと墜落していく。

三人を乗せたシルフィードは一度、タルブ近郊の空域から外へと向かった。
追っ手が来ないことを確認すると、そこから40メイルほど低空を飛行しつつ大きく迂回して南側からタルブへと戻っていく。
どうやら竜騎士達は地上部隊の援護に向かったようだ。領軍は……考えるまでもない。
「降下」
広場のある森の上へとやってきて、降下を始めるシルフィード。
ルイズはその間、タルブの制圧を推し進めているアルビオン軍を口惜しそうに眺めていた。
(何よ……今に見てなさいよ……)
スパーダが戻ってきたら、彼の力を借りて必ずアルビオンの軍艦を叩き落してやることをルイズは心に固く誓っていた。
悪魔なんかの力を借りてアルビオン王家を滅ぼし、あまつさえこのトリステインを侵略しようとしている恥知らずな輩には鉄槌を下さなければならない。
それを自分の手で果たしてやらねば、ルイズの心から湧き出る怒りは収まりそうもない。
「まだ戻ってきてないのね……」
シルフィードは広場の中央に着陸するが、相変わらず地獄門に開けられた次元の裂け目からは瘴気がこちら側に流れ込んでくるのみだった。
そして、石版の周りではスパーダが従え、留守を任せている悪魔達が静かに佇んでいる。
ゲリュオンは荒々しく息を吐きながら蹄をその場で踏み鳴らし続けている。
無数のコウモリ達を侍らすネヴァンはケルベロスのヌンチャクの輪に腕を通し、くるくると回して弄んでいた。
その隣でネヴァンの姿を写し取っていたドッペルゲンガーはその動きを真似ている。
みんな退屈そうな様子であったが、関わり合いになるのはよそう。
「ま、仕方ないわ。このままここで待ちましょ」
スパーダが帰還していないことを残念がるルイズにキュルケが言う。
明日の日食までもはや時間が無い。それどころかアルビオンが先に攻めてきたという最悪の状況だ。
本当にスパーダが日食の時までに帰ってくるのか、ルイズは少し不安になっていた。


タルブの村人達はアルビオンの戦艦がトリステインの艦隊を全滅させてしまったという光景を陰で目にした時、何か恐ろしいことが起きていると理解はしていた。
戦争が起きたのか? だがしかし、アルビオンとは不可侵条約を結んでいるはずだ。では、今目の前で起きたのは一体なんだ?
不安と困惑が彼らの心に渦巻き、アルビオンの艦隊がこのタルブへと向かっている間もただじっと陰で見ていることしかできなかった。
あまりの異常な事態に、彼らは今すぐすべきことを失念していたのである。
そんな村人達を動かしたのは、一つの叫び。

「 み ん な 逃 げ て え え え ぇ ぇ ぇ っ ! ! 」

村中に突如響き渡った、少女の絶叫。
恐怖と緊張が入り混じりながらも、力をふりしぼって外へと吐き出された声は家の中に引っ込んでいた村人達の耳に届いていた。

――逃げろ。

たったそれだけの言葉が、失念していた村人達を突き動かした。
アルビオンの艦隊が上空に停泊する前に聞き届けられた必死の叫びのおかげで、村が焼き払われる前に全ての者達がその外へと逃げることができたのだった。
「お姉ちゃん、怖いよぉ」
「えぇ~ん!」
村人達を逃がした叫びを発していたシエスタもまた、泣きじゃくる幼い弟妹達を連れて南の森へと向かって走っていた。
父は家にいる母を連れに戻り、我が子達をいち早く安全な場所に逃げるように命じていたのだ。
「大丈夫……大丈夫だから……」
弟妹達をなだめるシエスタの顔は、真っ青だった。
本当はシエスタ自身も、恐怖と緊張でその身を震わせているままだったのだ。激しく高鳴る心臓も、息苦しさも未だ収まる様子がない。
ちらりと肩越しに空を見上げると、そこには目を背けたくなるほどの恐ろしい光景が広がっていた。
(悪魔……)
タルブ上空に停泊する軍艦から次々と飛び上がる竜。だが、それよりももっと恐ろしいものが目に入る。
竜達と共に空を飛び交う異形の影。それはシエスタが密かに存在を感じ取っていた血に飢えた闇の眷属達だった。
気配を感じるだけで苦しくなるというのに、直視をすれば余計にひどくなる。
……とにかく、今は逃げるしかない。
シエスタはもはや振り返らずに弟妹達を連れ、他の村人達と共に南の森を目指して駆けていった。


紫に妖しく輝く雲海が一面に、どこまでも広がっている。
頭上にあるのは空ではなく闇。ただそれだけだ。星も太陽も、月さえもないこの混沌の世界の空に広がるのは、ほとんどが禍々しい暗雲である。
だが魔界の奈落の底、深淵の奥深くともなるとその暗雲はおろか空さえも存在しない領域もあるのだ。
この領域へと足を運ぶのは、実に1500年以上も久しい。
雲海の中から突き出るように伸びているのは、切り立った細い断崖絶壁がいくつも集まることで出来上がった禿山である。
その高さは優に1000メイルにも達し、雲海と闇だけが広がる空間を地平線の彼方までどこまでも見渡すことができる。
ここには道などというものが存在せず、岩場を飛び越えることでしか登ることのできない険しい場所だ。
スパーダはその禿山の岩場を何度と無く飛び移っていくことで、難なくその頂へと上がっていた。
「やっと頂上だな! しっかし、とんでもねえ場所だな。火竜山脈なんか目でもねえぜ」
左腕のデルフが歓声を上げる。光で満ちた空間から一転した闇の空間は、まさしく魔界と呼ぶに相応しい過酷な所だ。
かつて始祖ブリミルが迷い込み、すぐに逃げ帰ってきた所に比べれば天と地以上もの差である。
スパーダは禿山の頂を歩き、前へと進んでいった。この領域に悪魔達の気配はない。
高低差が激しく複雑な地形であった頂の上を歩いていると、その先に何かが見えだす。
「何だ、ありゃあ?」
デルフが怪訝そうに声を上げた。
禿山の頂の一角、岩に突き立てられているものがあった。スパーダは真っ直ぐと、そこへ近づいていく。
「これが、相棒の忘れ物なのか?」
「ああ」
目の前に立ち、見下ろすそれは一振りの両刃の長剣であった。今背負っているリベリオンより少し短い140サントほどの長さである。
剣首には三面の髑髏の意匠が施されており、刃幅もリベリオン並に広いのだが剣先に沿って狭くなり鋭くなっている。
一切の無駄がない造型はリベリオンほどの重厚さや迫力はないものの、逆にリベリオン以上に研ぎ澄まされ洗練された鋭さと威圧感を備えていた。
そのような威厳に満ちた長剣が岩にしっかりと突き立てられていた。まるで御伽噺にでも出てきそうな伝説の剣が封印されているような光景である。
「こりゃあ、ただの剣じゃねえか。こんなもんを取ってくるために里帰りしたっていうのかよ」
デルフが拍子抜けした様子で呟いていた。かつては剣であった彼としてはそこらの店にある品と大して変わらないように見えているようだ。
事実、〝今〟のこの剣からは何の魔力も感じられない。愛用のリベリオンや閻魔刀でさえ振るわずとも魔力を纏っているというのに。
だがそれは表面上に過ぎない。この剣は現在、完全に封印されいわば仮死状態になっているのだ。

(久しいな……)
スパーダは目の前にある長剣――1500年ぶりに、己の分身を感慨深げに見つめていた。
かつてスパーダが魔界と決別する前に振るっていたのも剣であった。魔剣士スパーダを象徴するものはやはり剣であり、様々な魔界の剣を手にして振るったこともある。
だがスパーダが最も長きに渡って使いこなしていた剣はたった一振りのみ。
それが目の前にあるこの長剣。スパーダの魂から作り出された、彼自身の力が写し取られた化身。
その剣を手に魔界の抗争を生き残り、そして魔帝ムンドゥスの人間界侵攻を食い止めたのだ。
だが、この剣は現世に留まる前、魔界の奥深くの領域であるこの場所へと封印した。
己の強大過ぎる力の大半を、この分身へと移すことで人間界で活動するのに支障が出ないようにしたのだ。
本来ならばそれでもう再び使うことは無いと思っていたのだが……。
(今一度、私と共に。我が魂の化身よ)
スパーダは胸元のスカーフからアミュレットを外し、剣の真上でかざしていた。
銀と金、二つの面を持つ縁の中央には血のような真紅に輝く宝玉が淡い光を発し始める。
やがてアミュレット全体が赤い光に包まれると、スパーダの手から離れてひとりでに長剣の中へと吸い込まれていった。
「おおっ!? な、何だぁ!?」
その途端、長剣の全体から夥しいほどの魔力が紫のオーラとなって溢れ出し、炎のように揺らめいていた。
今まで何の魔力も感じられなかった剣から、今度はスパーダもはっきりと分かるほどの強大な魔力が満ち溢れている。
アミュレットは封印を解除するための『鍵』の役目を果たしているのだ。

剣の柄を両手でしっかりと握り締める。1500年ぶりに手にする分身の手ざわりはすぐにスパーダの手に馴染んだ。
それを一気に引き抜いた途端、岩場が突如として大きく揺れだした。
幾多に集まって禿山を成している切り立った岩場が突如として崩れだし、スパーダが立っている岩場を中心にして放射状に弾けていく。
遥か下の雲海へと落ち、そしてせり上がりだしていた。
「我が魂にして、仮初めの化身よ。今一度、我と共に」
スパーダは己の分身――フォースエッジを天に向かって力強く掲げた。
溢れ出る魔力はその元であるスパーダの全身に浸透していき、彼の全身を紫のオーラが包み込んでいた。
フォースエッジと現在のスパーダの身に宿る魔力が融合し、その力はさらに高まっていく。
「とほほ……何てこった。こんなすげえ魔剣があっただなんて。俺の出る幕じゃねえ。完敗だ……完敗だよ……」
フォースエッジから流れ込んでくる魔力を感じ取り、デルフはさめざめと泣き出していた。
かつては伝説の剣であった彼は、このフォースエッジが自分を軽く凌駕する伝説の剣であると認めざるを得なかった。
これだけ強大な力を宿した魔剣など、ハルケギニアのどこを探しても見つかりはしないだろう。
故に同じ剣として、敗北を認めなければならなかったのだ。

スパーダはゆっくりと正面にフォースエッジを構える。未だ溢れ出る魔力が紫のオーラとなって纏わりついている。
リベリオン以上に研ぎ澄まされ、洗練された白刃が静かに煌く。
「フンッ!!」
掛け声と共に袈裟へと力強くなぎ払った。
刃に纏わりつく魔力が剣圧となり、離れた岩場へと直撃する。
フォースエッジの一撃を食らった岩場は、粉々に砕け散ってしまった。
(強すぎるな……)
フォースエッジをゆっくりと前に降ろすスパーダは苦い顔を浮かべていた。
分身であるこのフォースエッジはスパーダの魂そのものであるのだが、この状態はまだ真の力を発揮しているわけではない。
この状態で発揮できる力はせいぜい全体の1/4ほどのものでしかないが、1500年の間に新たに高まった今のスパーダ自身が持つ魔力と合わさることで
全盛期だった頃の半分以上のものとなっていたのだ。
故に、完全に力を引き出してしまうのはやめておいた方が良さそうだ。そうなると全盛期のスパーダの力を超えることになってしまう。
かつてのスパーダをも超えたその力ならば魔帝ムンドゥス級の強大な悪魔を相手にしても不足はしないだろうが……その力を発揮するのは最後の手段とした方が良いだろう。
ましてやハルケギニアでその力を引き出し続ければ安定を崩すどころかハルケギニアそのものを滅ぼしかねないのだ。
(本当の意味での切り札だな……)
強大過ぎる力は使い所を少しでも誤れば己自身をも滅ぼしかねない諸刃の剣となる。それを力ある強者たるスパーダは最も理解していた。


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