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ルイズと無重力巫女さん-61-a





 トリスタニアのチクトンネ街にある自然公園から、少し出たところ。
 繁華街にある公園として、芝生や植木の整備がちゃんと行き届いている敷地の向こう側と言えば良いか。

 公園とは対照的に放置された為にできた小さな雑木林を挟んだ先には、旧市街地が存在している。
 半世紀も前に放棄されたそこはすっかり荒れ果て、ちょっとした遺跡と言っても過言ではない。
 最も、繁華街との距離が近い為か、人がいたと思われる目新しい痕跡が大量に残っていた。
 雑貨店の安物絵具で描かれたであろう建物の落書きは、芸術家を気取る若者の浅ましい欲望が垣間見える。
 かつては大流行しているファッションを大衆に見せつけていたであろうブティックのショーウインドウは、内側から破壊されていた。
 飛び散ったガラスは道路に四散したまま放置され、もはや過去の栄光すら映し出すことも無いだろう。

 そんな退廃的かつ物悲しい雰囲気が漂う廃墟群の路地裏で、霊夢は体を休めていた。 
「う~ん、護符がもうボロボロね…っていうかもう使えないし」
 先程までいた公園跡地よりも、人の気配を大分感じられるようになった場所へと身を移した霊夢は一人呟いた。
「全く、護符はいくらでも作れるけど…こんな調子で消費してたらすぐにストックが無くなるわね」
 彼女はそう言って自らの着ている服を捲り、その下に巻いているサラシへと手を伸ばす。
 無論肌に直接巻きつけている白く細長い布を外すのではなく、その上に貼られている何枚かの護符を剥がす為だ。
 弾幕ごっこで被弾しても軽症で済むように張られた長方形のお札のあちこちには、見るも無残な焦げ跡が付いている。
 札の端っこや中央に書かれていた゛ありがたい言葉゛は自分の弾幕に被弾した際に消滅しており、もはや護符としての役目は果たせない。

 ため息をつきながらも焦げたお札を剥がしていく霊夢は、ついでにと周囲の気配を軽く探ってみる。
 少し歩けば人が多すぎる繁華街にたどり着けるとは思えないこここには、隠れる場所など腐る程あった。
 それを留意してはいるものの、割れたショーウインドの奥や薄暗い路地裏からは何の気配も感じられない。
 博麗の巫女である霊夢がこんな場所で警戒している理由…それは彼女に襲い掛かってきた自身の偽者が原因だった。

 何者かに導かれるように訪れた公園で戦い、今の様な非常に面倒くさい状況を作り出した傍迷惑なパチモノの巫女。
 そして自分よりも接近戦に長けたアイツに距離を詰められた瞬間、直前に放っていたスペルの光弾が偽レイムの傍で爆発。
 偽者と一緒に吹き飛ばされた直後の記憶は曖昧ではあるが、ふと気づけば荒れ果てた雑草の中で気絶していた。
 目を覚ました後に慌てて辺りを見回したが、不思議な事に偽者の姿は何処にも見当たらなかった。
 一体どこに消えたのであろうか?そう思いつつも彼女は公園跡地を離れ、今いる場所へとその身を移して今に至る。

(今の状態で下手に攻撃喰らっちゃう事を想定すれば…楽観視できる状況じゃないわね)
 霊夢は剥がし終えた゛元゛護符を足元に捨てながら、これからどう動こうか考えていた。 
 今の彼女の脳内は、二つほど浮かんできた考えの内どれか一つを選ぼうと目まぐるしく動いている。
 一つ目は微妙に手強かった偽者を捜しだしてしっかりと退治する。ついで、可能ならば事情聴取らしい事もやりたい。
 ヤツは何も覚えてないと言ったが、今までの襲い掛かってきた連中とは明らかに違うのだ。詳しく追及してみても損は無いであろう。
 二つ目はルイズたちがいるであろう繁華街へこのまま戻り、彼女らと再会して自分が体験したことを話すか。
 それを聞いた二人が偽者捜しを手伝うと言い出しそうだが…まぁ捜してくれるだけなら十分にありがたい。
 しかし二つ目のそれを考えていたところで、それは無いなと言いたげに首を横に振る。

 ルイズはともかく魔理沙まで来られると、十中八九厄介な事になると霊夢は思っていた。
 森での戦いでは命を助けてくれたから良いものの、次はあの様なヘマはしないし何より人気の多い場所がすぐ近くにあるのだ。
 あの黒白の魔法使いが弾幕の火力を調節するとは思えないし、相当派手な戦いになるのは火を見るより明らかである。
 しかも魔理沙の「騒ぐ」はこの世界の常識では「花火」と呼べるほどに騒々しい弾幕のオンパレードだ。
 下手に騒いで人が来ればややこしくなるし、うまく偽物を倒したとしても人が来てややこしくなるのは変わりない。

(やっぱり学院で倒した蟲の時みたいに、一人でやるしかないか……って、あれ?)
 二つ目の考えをあっさりと放棄して偽者を自分だけで倒すと決めた瞬間、霊夢は気づく。
 彼女にしては珍しくハッとした表情を浮かべ、自分の手を懐や服と別離した白い袖の中へと忍ばせる。
 布の擦れる音と共に彼女の左手は五秒ほど動き、やがて諦めるかのように引っ込めた。
 一つ目の選択肢を選んだ彼女が今になって気づいた事。それは手持ちの武器が殆ど無くなってしまったという事であった。
 今日は何も起こらないだろうとお札も針も、そしてスペルカードですら最低限の分しか持ってきていない。
 そして、先程の戦いにおいて持ってきていた分が底をついてしまったのに、霊夢自身が今になって気が付いたのである。
(迂闊だったわね…こんな事になるとわかってたら、もうちょっと持ってきた方が良かったかしら?)
 朝の自分を軽く恨みつつ、彼女は唯一の武器であり今のところ有効打にならないだろうスペルカードを何枚か取り出す。

 今手元にあるコレだけでも充分に戦える自信はあったのだが、相手は自分自身と言っても良い。
 少し一戦を交えた程度だが、あの偽物が自分と同じくらいの回避能力を持っていることだけは理解していた。
 今手元にあるカードは、今の魔理沙でも十分に避けれるであろう単調なモノばかりである。
 最も、スペルカードを知らない者から見れば最大の脅威と言えるが、弾幕ごっこに慣れている人妖ならば今の霊夢に言うだろう。

「そんな弾幕じゃあ、Easyモードが限界だよ」と


 スペルカードがダメならば肉弾戦という手もある。しかし、生憎にもそちらの方は偽者に分があるらしい。 
 別に苦手というワケでも無いし、どちらかと言えば幻想郷の妖怪相手でもそれなりに戦える。
 だからといって得意ではなく、魔理沙や紅魔館のメイド長の二人は霊夢よりも上手だ。
 星形やレーザー系統の弾幕をよく放つ魔理沙は素手の戦いでも強いし、箒を武器にして殴り掛かってくることもある。
 彼女とは何回か戦った事のある霊夢も、黒白の魔法使いが手足のみの喧嘩に強い事は知っていた。
 そして紅魔館のメイド長に関しては…何というか、ズルに近いものがある。
 正直に言わなくても、あの銀髪メイドが正面から来ることは殆どないだろうから。

 というよりも、霊夢自身彼女との接近戦は御免こうむりたいものがある。
 彼女が持っている能力は霊夢が知っている中ではかなり厄介で心臓に悪いという、非常に悪質なものだ。
 そして接近戦を避けたい理由はズバリ、彼女が一番得意とする獲物のナイフにあった。
 霊夢の御幣や魔理沙の箒とは違い、見た目と殺傷能力がストレート過ぎる青い柄の刃物。
 一人のメイドが持つには少々危なっかしい凶器を、彼女は体のどこかに何十本か隠し持っている筈だ。
 弾幕として大量の刃物を一気に投げつけてくる姿を見れば誰だって不思議に思うだろう。
 あのメイド長は一体何処からあれ程の゛キョウキ゛を取り出し、どうやって一斉に投げつけているだろうか?…と。

(まぁ、そのタネは複雑に見えて単純なんだけどね…―――って、アッ…)
 いつの間にやら幻想郷にいる顔見知りの事を思い出していた霊夢は、ふと我に返る。
 こんな何時襲われても仕方ない時に、あまり親密になりたくない人間二人の事を思い出しているのだろうか。
 霊夢は無に等しい反省を覚えつつ体を動かそうとしたとき、ふと自分が地面に座っている事に気が付く。
 どうやら自分でも知らぬ内に胡坐をかいて座っていたらしく、それに気づいた彼女の顔に思わず苦笑いが浮かぶ。
「何か…私が思ってる以上に体が疲れてるのかしらね?」
 脳内に浮かび上がる言葉をそのまま口に出した霊夢はその場で顔を上げ、空を仰ぎ見る。

 気が付くと青かった空に朱色がほんのりと混じり、夕焼けの空を作り上げている。
 水彩絵の具で描いたような雲の群れは夕日に照らされ、焼きたてのパンを思わせる色合いだ。
 今の霊夢がいる場所周辺は今の時間は陽が入らないせいか、ここへ来た時よりも更に薄暗くなっている。
 ここが幻想郷なら、後二時間ほどもすれば陽が完全に落ちて妖怪たちの時間が始まるであろう。

「あぁ、もうそんな時間なのね…どうりで疲れるわけか」
 一人呟きながら重くなった腰を上げた霊夢は、その場でゆっくりと欠神する。
 両手を天高く掲げ、無垢と言える程に綺麗な腋を晒す彼女の姿を見る者は生憎な事に一人もいない。
 ここに来るまで数々の異常事態に見舞われた彼女にとって、今は身体の力を抜くのに丁度いい時だった。
「さて…本当にどうしようかしら」
 上げていた両手下ろし、一息ついた霊夢はそう言ってこれからの事を考える。

 お札と針が切れ、スペルカードはあまり頼りにならないものばかり。
 偽者を捜して倒そうと思えば倒せるがその分苦戦するだろうし、何より無駄に痛い思いをするのは御免だ。
 自分のそれとほぼ同じ霊力で包んだ左手に殴られるところを想像して、霊夢はその身を震わせる。
 戦っていた時は一度も喰らわなかったが、アレをまともに受けていたら人間と言えど軽傷では済まないだろう。
 しかも霊力に包まれている最中は、剣になるどころか盾の役目も務めているらしい。
 最初に公園跡地で見つけた霊夢が奇襲代わりにとお札を投げつけたのだが、何とそれを左手一つで防いだのだ。
 あの光景を見たのならば誰だって、直接喰らわずとも相当危険な左手だと認識できるだろう。
 しかも自分の身を守ってくれる護符すら貼りつけてない今は、殺してくださいと言ってるようなものだ。

 つまり、最終的に倒すつもりではあるアイツと戦うのなら、今の状態では非常に苦しいのである。
 せめてお札と針を目いっぱい装備して護符も貼り直し、保険として強力なスペルカードも欲しいところだ。

「どっちみち倒すつもりだけど、やっぱりルイズ達のところか、もしくは学院へ一旦帰った方が良いかな?」
 心の中でこれからの事を考え終えた霊夢は一人呟き、路地裏からひょっこりとその身を出す。
 同じように荒んだ状態のまま放置された通りの真ん中に佇み、改めて周囲を見回した。
 旧市街地の大きさはブルドンネ街と比べれば、あまりにも小さい。
 ブルドンネ街が三とすれば、ここは三分の二程度しかないのである。
 通りを挟むようにして共同住宅が建てられているが、そこから人の気配は感じられない。
 目を凝らしてみれば建物の幾つかに大きな罅が入っており、まるで蚯蚓腫れの様に建物全体を蝕んでいる。
「人がいないとこんなに荒むなんて、まるでこの街の人間すべてが座敷童みたいね」
 周囲にある他の建物や道路にも小さなひび割れがあり、それに気づいた霊夢はポツリと呟く。

 大多数の者たちが新しい街へと移り住み、ここに残されたのは僅かな人々と退廃の空気。
 その人々は職を持たぬ浮浪者や犯罪者たちであり、彼らが街の為に何かをする筈もない。
 故にこの場所は死んだような気配を醸し出し、ここに住む者たちはそれに慣れてドブネズミのような生活を営む。
 移り住んだ者たちは目をそらし続け、新しい住処で人生を謳歌しつつこれからの発展を願い続ける。

 古い過去を捨てて、現在から未来を築くのが最善か?
 それとも醜い現実から目をそらし、古き良き過去を選んだ方が良いのだろうか?
 二つの疑問をまとめて抱いた霊夢は頭を横に振り、それを払いのけた。 
 彼女はこの街で生まれ育ったわけではないし、何よりここで生きていくという気も無い。
 どっちにしろ霊夢にとって、トリスタニアという都はあまり良い場所とは思えなかった。

(ルイズや魔理沙はどうか知らないけど…あたしには人里ぐらいが丁度いいわ)
 旧市街地の通りに佇み続ける彼女がそう思った時。――――それは聞こえてきた。

―――――捜せ

 それは急な戦いから離れ、一時の休息を堪能していた彼女にとって青天の霹靂であった。
「……ん?」
 くたびれきった通りを歩こうとした霊夢の耳に、誰かの声が聞こえてくる。
 まるで男性と女性のそれが混じったような声のせいで、相手の性別が何なのかわからない。
 それでも霊夢はキョトンとした顔を浮かべて振り向いたが、後ろには誰もいない。
 通りの端に生えた雑草が風でフワフワと揺れているだけで、生物の影すらないのだ。
 一体何なのか?そう思った時、またしても声が囁いてきた。

―――――戦え

「誰…誰かいるの?」
 考える暇もなく聞こえてくる性別不明な声に対し、霊夢は何となく声をかけてみる。
 男女混合のせいか酷いノイズになりかけている声と比べ、彼女の声はあまりにも綺麗だ。
 気の強さと清楚さが伺える美声は誰もいない旧市街地に響き渡るが、返事は無い。
 きっと神の如き天から見下ろせば、誰もいない通りで一人声を上げる巫女の姿は奇妙であろう。
 遠くから聞こえてくるアホゥアホゥというカラス達の鳴き声は、そんな彼女をあざ笑っているかのようだ。
 何なのだろうか。そう思った時、霊夢はハッとした表情を浮かべる。
 思い出したのである。いま体験している出来事がつい一時間ほど前にもあったという事を。
(そういえば、レストランを出る直前に…)
 心の中で呟いて思い出そうとしたとき、またも声が聞こえてくる。


―――――殺せ

 何処からか聞こえてくる声は、博麗の巫女へ物騒な事を囁いてくる。
 通算で三回目となる声はしかし、先に出てきた言葉よりも過激さが増していた。
(はぁ?…殺す?何を殺せばいいのよ)
 常人なら怯える筈の声に対し、嫌悪感丸見えの表情を顔に浮かべた霊夢は心の中で突っ込みを入れる。
 既によく似た異常事態を体験してきた彼女にとって、これはもう動揺する程の事でもない。
 だからこそもしやと思い、ふと自分の視線から外れていた左手に目をやった。
 何も持っていない彼女の左手の甲。そこに刻まれているルーンが青白い光を放っている。
 左全体ではなくルーンだけが光っているその光景は、誰の目から見ても異常としか認識されないであろう。
 事実、ついさっきまでいたレストランでこれを見た霊夢はおろか、その場にいたルイズや魔理沙も驚いていたのだから。
(ホント参るわぁ…どうしてこう、落ち着いてきたって時に厄介事が舞い降りてくるのかしら)
 二番煎じに近い謎の声に対し、そろそろ辟易に近い何かを感じ始めた時であった。

―――――殺せ

 四度目となる声を聞いた直後、ふと頭に痛みが走るのを感じた。
 まるで頭の中を直接指で突かれたような感触を覚えた彼女の右手は、無意識に頭を押さえる。
 時間にすれば一瞬であったそれに、思わず怪訝な表情を浮かべた瞬間―――それは始まった。


「……――――…つッ!!」
 一瞬だけ感じたあの痛みが先程より何倍も強いモノとなって、彼女の頭の中を巡り始めたのである。
 狂った野獣と化した刺激は彼女の頭を走り回りながら、縦横無尽に引っ掻きまわしていく。
 突然であり強烈な頭痛に流石の霊夢も声を上げ、頭を抱えてその場に蹲ってしまう。
 人気のない旧市街地の通りに人が倒れる音が響きわたるも、それを聞いて駆けつけてくる者など当然いない。
 先程までウンザリしたとような表情を浮かべていた彼女の顔には、苦痛の色がハッキリと見えている。
 文字通り廃墟の中にいる霊夢はたった一人だけで、痛みに苦しんでいた。

「あぁっ…つぅっ、…イタ…あぁっ…!」
 傍から見れば頭を抱えて土下座しているように見える彼女の口から、苦しげな喘ぎ声が漏れている。
 彼女の声を聞く者が聞けば、今感じている痛みがどれぐらいのものかある程度分かるかもしれない。
 それ程までに、今の霊夢は自身の想像を軽く超えていた強烈な痛みに襲われていた。
 唐突な刺激に声も出せず、状況把握すらできない彼女に追い打ちをかけるかのように、再び声が聞こえてくる。


―――――殺せ

「ぁあっ!…あぁあぁっ!!」
 五度目となる声は霊夢の頭の中に響き渡り、それが痛みをより激しいものへ変化させる。
 喘ぎ声は小さな叫び声となり、蹲っていた彼女の体から力が抜けてその場に倒れ伏した。
 それでも尚止むことは無い頭痛に頭を掴む指の力を強め、横になった体が魔意識に丸まっていく。
 投げ出された両足の膝が丁度の顎に当たりそうなところで動きが止まる。けれど痛みは止まらない。

 頭の中を直接フライパンで叩かれているかのような痛みは彼女の体を蝕み、心さえも汚し始める。
 胎児の様に丸まった霊夢の叫び声には涙声が混じり始めたその姿は、痛みに屈しかけているとも言えた。
 最も、それに屈したところで痛みが消えるモノならばとっくにそうしているだろうが。
 しかしどう屈せばいいのか、そもそも何故こんな事になっているのかさえ彼女には分からなかった。
 そして、なぜ自分がこんなに目に遭うのかという理不尽さを抱いた霊夢は…

(何よ…私が一体なにをしたっていうのよ……何を…!)

 叫んだ。そう、痛みに潰されそうな心の中で
 姿すら見せない正体不明の声の主と、自身の頭を這い回る激痛に対して叫んだのだ。
 それが奇跡的にも、六度目となる謎の声は彼女の叫びに応えたのである。


―――――武器を、持て


 耳を通して激痛走る頭の中に、再び声が聞こえてくる。
 男か女とも知らぬその声はしかし、五度目のそれと違い無駄に頭痛を刺激しなかった。
 まるで痛む部分だけを避けるかのように、身体を丸めた霊夢の耳に入ってくる。
 そして一呼吸置くかのように数秒ほどの時間を空けて、謎の声は彼女に囁き続ける。


―――――相手を突きさす槍や、切り裂く剣を見つけ出し、その手に持て


(武器を……―――手に、持て…?)

 先程のそれとは違う声の言葉に、霊夢がそう呟いた直後であった 

「―――――はっ!…――あ―イタ…?―…っぅあ…えぇ…?」

 今まで彼女の頭を蝕んでいた激痛が、何の前触れもなくフッと消えたのである。


 まるで肩の荷を下ろした時の様な間隔に襲われた彼女は、閉じていた目をカッと見開かせる。
 次いであんぐりと開いた口から酸素を取り入れて吐き出すという事を何回か繰り返し、忙しげに深呼吸を行う。
 ガッシリと力を入れていた手の指から力を抜きながら自分の頭を擦り、もうあの痛みが過去のモノになった事を理解した。
 丸めていた体からも力が抜けたかと思うと、皮膚から一気に滲み出てきた汗が彼女の服に染みこんでゆく。
「消えた…の?」
 確認するかのように一人呟いた時、彼女の額から一筋の冷や汗が垂れ落ちる。
 常人ならば泣き叫んでいたで痛みを味わいながら、霊夢はその目から何も零してはいない。
 その代わりと言うのだろうか?最初に落ちた一粒を始まりにして、何粒もの汗が彼女の顔を伝って地面に落ちていく。
 右腕を下にして寝転がっているせいか、顔から滴り落ちる大量の汗が彼女の右肩を濡らし始めていた。

「一体何だっていうのよ、今のは」
 これ以上倒れていても意味はない。そう判断した霊夢は立ち上がる。
 季節が夏に近いという事もあってか、既に彼女の体は冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

「あ~…何だって今日は、こんなにも運が悪いのかしら?」
 服まで汗まみれの彼女は嫌悪感が混じるため息をつきつつ、先程の言葉を思い返す。
 彼女を一分ほど苦しめた突然の頭痛を消し去ったであろう声は、武器を手に取れと言っていた。
 それもわざわざ左手で取れと細かい注文をしていたのも、当然覚えている。
 一体なぜあんな事を言った来たのか?そもそも頭痛の原因は何だったのだろうか?
「考えれば考えるほど泥沼に浸かるなんて事は…これが初めてね」
 何がどうなっているのだろうか?理解不能な状況に見舞われている霊夢は無意識に頭を掻き毟る。
 冷や汗で濡れた髪に触れた途端、冷たさよりも先に不快感が湧きあがってくる。
 さっきまで唐突な頭痛に苦しめられた彼女の息は荒く、立っているだけで精一杯という感じだ。

「…何かもう、やる気とか戦意がバカみたいに無くなっちゃったわ」
 足がふらつくのを何とか堪えつつ、霊夢は気怠そうに呟く。
 本当ならまだ近くにいるかもしれない偽者探しと行きたかったが、生憎そうもいかなくなった。
 手持ちの武器は少なく、それに追い打ちをかけるかのごとき強烈な頭痛と武器を探せとかいう変なアドバイス。
 そして頭痛が治まった後に出てきた大量の汗で、全身びしょ濡れという悲惨な状態。
 色んな事がいっぺんに起きたおかげか、今の霊夢にやる気というモノは無くなっていた。 
「とにかく、学院へ帰れたらお風呂に入ってすぐ寝よう。また頭が痛まないうちに…」
 心が真っ青になりつつある彼女は一人呟きつつ、未だに光り続ける左手のルーンへと目をやる。

 まるで数匹の蛇がのたくって出来たようなソレは、ルイズの使い魔である何よりの証拠。
 そしてこれまで出会ってきたこの世界の住人たちの話を聞いて、何て読むのかは聞いていた。
 ガンダールヴ。今から約六千年前…゛始祖ブリミル゛というメイジが使役していたらしい使い魔。
 ありとあらゆる武器や兵器を使いこなし主人を守ったその姿から、「始祖の盾」やら「神の左手」という異名があるらしい。
 しかし今の霊夢には、どうにも鬱陶しい事このうえない呪いのルーンだった。

「ガンダールヴだか何だか知らないけど…いい加減光るのをやめてくれない?」
 彼女はそう言って、光る左手を光っていない右手でペシペシと叩いた。
 それで光が止まる事もなく、煌々と輝くルーンを相手に苛立たしい気持ちが湧き上がってくる。
 人や動物に物が相手ならまだしも、使い魔のルーンに対し怒りを覚える使い魔はきっと彼女が初めてであろう。
 最も、霊夢自身は誰が何と言おうとルイズの使い魔になる気は全くないので仕方ないとしか言えない。
「このまま一生…って事はないと思うけど、何時になったら消えるのかしら」
 叩いてどうにかなるモノではないと感じた霊夢は忌々しげに呟き、チクトンネ街へ向けて歩き始める。
 力を抜けばふらついてしまいそうな両足で地面を踏みしめる彼女は、このルーンをどうしようか悩んでいた。
 このままバカみたいに光り続けてくれたら目立つだろうし、今後の生活にも影響してくる。


 想像してもらいたい。左手が光り続ける博麗霊夢の一日を。

 朝起きて、顔を洗おうとすると光手が光っているのに気付き何かと思い見てみると、目にしたのはガンダールヴのルーン。
 服を着てルイズや魔理沙と一緒に食堂へ向かい、朝食を食べている最中にも光り続ける左手。
 朝食が終わり部屋に戻ってデルフと暇潰しをしている最中にも、空気を読むことなく光る使い魔の証。
 お昼になれば一足先に食堂へと入り、後から入ってきたルイズたちに向けて光りの尾を引く左手を振る霊夢の姿。
 午後は軽くお茶を嗜んでから昼寝をしたいというのに、無駄に神々しく光るルーンでベッドに寝転がっても中々寝付けない。
 夕食を食べ終え風呂に入ってからの就寝でさえもルーンは光り続け、疲れ切った彼女の顔をいつまでも照らしている。

 博麗霊夢にとって何の変哲もない一日は、ルーン一つで異常なモノへと変貌してしまうだろう。


「少なくとも…今夜までにはどうにかしないと」
 左手が光り続けるかもれしれないこれからの人生を想像し、身震いした霊夢は小さな決意を胸に秘めた。
 とりあえずルーンの事は一応ルイズに聞くとして、どうやって光を止めるのか考えなければいけない。
 彼女がそれを知っていれば苦労はしないが、それはないと霊夢自身の勘が告げていた。
 今日はとにかく自分の考えている事とは違う方向に動き過ぎているうえに、まだそちらの方へ進み続けている。
 本来ならルイズや魔理沙と一緒に学院行きの馬車に乗っていたかもしれないのに、実際には廃墟の中に一人いる始末。
 ただの買い物目的で街へ赴いたというのにこんな事になってしまった事自体、運が悪いとしか言いようがないだろう。

 つまりルイズの所へ行っても今の状況が良い方向に向くとは限らない。彼女の勘はそう告げているのだ。
 だからといって何かしら動かなければ状況は変わらないし、ルーンが光ったままでは鬱陶しいにも程がある。
 じゃあどうすればいいのだろうか?それを考えようとした霊夢はしかし、既にその答えとなるヒントを自分で出していたことに気づく。
 無論それを覚えていた彼女は暫し顔を俯かせたのち、盛大なため息をついた。
 結局のところ、それが今一番考えられる最善の答えかという感想を心中で漏らしつつ、一人呟く。
「やっぱり…見つけちゃったのなら何とかしとかないと、ダメなのかしらねぇ?」
 面倒くさい仕事に取り掛かる前の愚痴と言える言葉が出た瞬間…

―――――来る

 見計らったかのように、性別すらハッキリしない謎の声が聞こえてきた。
 通算七回目となるそれには、六回目までには無かった何かが含まれている。
 ここで聞こえた今までの声は淡々と話しかけてくるような感じだったのだが、今の声は違っていた。
 まるで誰かに注意するかのような、僅かではあるが焦燥と警戒心に近い何かをその声から感じ取ったのである。
 霊夢は何処からか聞こえてくる声に対し何も言わず、ただその場で軽く身構える。
 既に彼女は気づいていた。妙な懐かしさが感じられる殺気が背後から近寄ってくる事に。

「わざわざ其方から来てくれるなんて。随分御親切じゃないの」
 後ろにいるであろう相手に、霊夢は心のこもっていないお礼を述べた。
 その直後、後ろの方から此方へと近づいてくる足音が聞こえてくる事に気づく。
 ゆっくりとした歩調で足を進める相手の殺気は、酷いくらいに冷たい何かが含まれている。
 そして、殺す意味は知らないがとりあえず殺せばどうにかなるだろうという投げ槍的な適当さも感じられた。
 そんな相手が近づいてくるのにも関わらず、身構えたままの霊夢は暢気そうに言葉を続けていく。

「丁度こちらも捜そうと思ってたんだけど、色々と可笑しい事があったから帰ろうとおもってた最中なのよ」  
 気楽そうに話しかける彼女の姿は、まるで故郷の友人と異国の地で出会ったかのようだ。
 しかし、相手から漂ってくる殺気がそれで消えるはずもなく足音は段々と大きくなっていく。
 背中を向けているために正確な距離は分からなかったが、そんな事はどうでもよかった。
 ただ、後ろの相手がどのタイミングで一気に近づくか、今の霊夢にとってそれが一番の悩み事であった。
 そんな時、またしても謎の声が聞こえてくる。

――――武器を、取れ


「で、その可笑しい事ってのがね、何処からか声が聞こえ来るのよ」
 しつこいくらいに囁いてくる謎の声を無視するかのように、霊夢は後ろの相手に話しかける。
 体が石になったかのようにじっと身構え、自分が捜そうとして向こうから来た相手の出方を待っていた。
 その間にも足音は近づいてくるのだが、彼女は振り返ろうともしない。
 ただじっと体を動かさず、相手がどうでてくるか背中越しに伺っている。
 ひしひしと感じられる殺気をその身に受けながら、霊夢はまたもその口から言葉を出した。


「――もしかして、その声が聞こえる原因は…アンタにあるのかしら?」 
 霊夢がそう言った瞬間だった、聞こえ初めて一分ほどが経つであうろ足音に変化が起こったのは。


 先程までの霊夢が何を言っても止まる事の無かった足音のテンポが…一気に速いモノへと変わったのである。
 ゆっくりと歩いていた感じのソレはあっという間に早歩きへと変わり、足音の主は霊夢の方へと近づいてきたのだ。
 その時になってようやく霊夢は素早く振り返り、慣れた動作でもって急ごしらえと言える結界を自身の目の前に展開する。
 幻想郷にいる人間の中ではトップに入るほど結界のプロであり、尚且つ博麗の巫女である彼女作りだす結界。
 見た目は青白い半透明の板であってもその防御力は桁外れであり、ちょっとやそっとの攻撃では壊れない程度の強度はある。

 しかし、振り返った先にいた相手はその結界の程度を把握していたのだろう。
 霊夢と同じように光る゛左手゛を勢いよく前に出し、それを結界へと突き刺した。

 直後、鏡が割れるような耳に良くない音が人気のない通りに響き渡る。
 霊夢の結界をいとも簡単に突破した相手の゛左手゛は力強く放たれた矢の如く、その指先でもって霊夢の顔を貫かんと迫ってくる。
 だがあと少しというところで゛左手゛が不自然に揺れ動き、眼前で停止した指先を霊夢はジッと凝視していた。

 結果的に割れる事は無かった結界だが、相手の先制攻撃を完璧に防ぐ程度の力は無かったらしい。
 数秒ともいえぬ短い時間で作られたそれの真ん中に突き刺さった相手の左手があり、そこを中心にして結界に罅が入り始める。
 薄い氷を割るような音が微かに聞こえるなか、酷く落ち着いている霊夢は相手に向けてこう言った。

「もしそうなのなら手加減は出来ないけど、それ相応の事をしたんだから恨まないでよね」
「――――面白い事言うじゃないの。…それなら」
 彼女の口から放たれたその要求に対し相手―――偽レイムは淡々と返しつつ言葉を続ける。



「私がアンタを殺しても、恨むのは無しってことよね?」
「あら、悪いけど私は恨むわよ。だって何も知らないままで死ぬのは嫌ですから」
 不気味なくらいに赤色に光る瞳に睨まれながらも、霊夢は自分の事を棚に上げて宣言した。
 互いに左手を光らせ、その身を退かせることなく罅割れていく結界越しに睨み合う二人の霊夢。
 どちらかが倒れるまで終わる事のない戦いが、今まさに始まろうとしている。


 そんな時であった。偽レイムの手が突き刺さった結界が、音を立てて盛大に弾け飛んだのは。
 少女と少女の戦いの始まりを告げるゴングの音は、あまりにも綺麗で儚い音色だった。 





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