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Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-10


「おはよう、ルイズ」

ディーキンとルイズが部屋を出るとすぐに、廊下にいくつか並んだ似たような木でできたドアの一つが開いた。
そこから顔を出した燃えるような赤い髪の女性が挨拶をしてくる。

褐色の肌をしていてルイズより背が高い、彫りが深い顔立ちの美しい女性だった。
ブラウスのボタンを二番目まで外し、大きなバストの胸元を覗かせている。
身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさなど、様々な点でルイズとは対照的な印象を受ける女性である。
ディーキンは、そのひときわ特徴的な容姿を見て彼女が昨日召喚の場にいた生徒の一人だということを思い出した。

一方ルイズは彼女を見ると途端に顔をしかめて、嫌そうに挨拶を返した。

「……おはよう。キュルケ」

キュルケと呼ばれた女性はルイズと、次いでそのすぐ後ろに付き添って歩くディーキンの姿を見て、僅かに不思議そうな顔をして首を傾げた。

「……あら、あなたの使い魔は、その子?」
「そうよ」
「ふーん、そう……」

キュルケは今ひとつ釈然としない様子である。

(昨日召喚したときに見たけど、ルイズの亜人に翼なんか生えてたっけ……?)

昨夜召喚された際にディーキンは《変装帽子(ハット・オブ・ディスガイズ)》を身につけていたため、当然キュルケの記憶と現在の姿には食い違いがある。
ディーキンはずっとあの帽子を使用し続ける気などないので、もしその点を誰かに問われた場合には正直に話す気でいる。
姿形を多少変える魔法程度は、高度とはいえハルケギニアの系統魔法や先住魔法にもあるようだ。
なら、そういうマジックアイテムを持っていると知られても別段問題にはなるまい。

さておきキュルケが記憶を手繰っている間に、話題に上げられた当のディーキンは一歩進み出てやや大仰に御辞儀をした。

「はじめまして、ディーキンはあんたにご挨拶するよ。
 ディーキンはディーキン・スケイルシンガー。バードで、ウロコのある歌い手、物語の著者。
 そして昨日からは、ルイズの使い魔もやってるよ」
「ん……、あら。ルイズの使い魔にしては行儀がいいじゃないの。
 ご丁寧にどうもありがとう、私はキュルケ・アウグスタ・ フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は『微熱』。
 ゲルマニアから来た留学生よ、よろしくね」
「ええと……、よし」

ディーキンは彼女の長い名前をさらさらと羊皮紙にメモすると、満面の笑顔(コボルドなりの)を浮かべて、もう一度会釈する。

「それじゃよろしくなの、キュルケお姉さん」

牙をむき出した笑顔と、好奇心に満ちてきらきら光る目。
キュルケは微笑ましくそれを眺めながら、先ほどの些細な疑問を頭から追いやった。

記憶違いか。あるいは、翼が収納可能な亜人とかも世の中にはいるのかもしれない。
それとも、これだけ流暢に話す子なら先住魔法の一種とか。
どうとでも説明はつくし、案外かわいい子で危険もなさそうだ。別にこだわることはないだろう。

キュルケはにやっとした笑みを浮かべると、ちらりと視線をディーキンからその主である少女へ移して様子を伺った。
流石に、ただ単に初対面の相手に挨拶することに口をさしはさむほど不寛容な事は控えたようだが……。

「…………」

案の定というか、自分の使い魔が“宿敵”へ丁重に挨拶をしたことが不本意らしく、むっつりとした表情をしている。
これはひとつからかっておかねばなるまい。

「ええ、よろしくね、ディーキン君?
 ……にしても、『サモン・サーヴァント』で亜人を喚んじゃうなんて、変わってるわねえ。
 あなたらしいじゃないの、流石はゼロのルイズね」

それを聞いたルイズの白い頬にさっと朱が差し、眉間に皺が寄った。

「うるさいわね……、ただ物珍しいってだけで人の使い魔にケチをつける気なの?
 ツェルプストーにはメイジとしての礼儀も備わってないのかしら」

キュルケはルイズに睨まれても涼しい顔で、ただ軽く肩を竦めた。

「あら、ただ珍しいって言っただけでそんな気はないわよ?
 ちょっと変わってるけどいい子そうね、なかなかの使い魔じゃない?
 ……けど、私の使い魔だって負けていませんことよ。紹介するわ、フレイム~!」

キュルケが声を掛けると、待っていたかのように彼女の部屋からトラほども大きさがある真っ赤なトカゲが顔を出す。
フレイムという名らしいその使い魔がのそのそと近くに寄ってくると、むっとした熱気が感じられた。
見れば尻尾が燃え盛る炎で出来ており、口からもチロチロと炎が迸っている。

「オオ? これは……」
「これって、サラマンダー?」

ルイズが微妙に悔しそうな顔でキュルケに尋ねた。
それを聞いて、まじまじとそのトカゲの様子を見つめていたディーキンが首を傾げる。

「ああ……、これが、こっちのサラマンダーなの?
 うーん、そういえば、さっき読んでた図鑑にも出てたかな……」

どうやらこれもまた、フェイルーンとハルケギニアで共通の名称を持つ別種の生物の一例のようだ。
なんとなく見た覚えはあったが、言われて初めて本の中で見たサラマンダーの挿絵だという事を思い出した。
やはり一回通し本で読んだだけなのと目の前で見るのとではまた違うらしい。
本を読み返したり現地調査をしたりして早くこっちの知識をしっかり身に着けないといけないな、とディーキンは改めて実感した。

フェイルーンの方でサラマンダーと言えば、炎と煙、溶岩で満たされた灼熱の世界、火の元素界に住まう来訪者の一種である。
彼らはたくましい人型生物に似た上半身と鷹のような顔を持ち、腰から下は大蛇のようで、赤と黒の鱗や炎のようなトゲで全身が覆われた姿をしている。
自己中心的で冷酷、他者を苦しめることに喜びを見出す強靭かつ邪悪なクリーチャーであり、故郷では輝く金属の都市に軍勢を成して住んでいる。
また、並みの人間を凌ぐ高い知能と炎に対する完全な耐性、そして優れた金属加工の技術を持つ、最高の鍛冶職人でもある。
ゆえに彼らは戦士としても、鍛冶場の働き手としても、しばしば物質界に召喚される。

一方で、ハルケギニアのサラマンダーは見たところ爬虫類タイプの魔獣、もしくは亜竜の一種のような姿をしている。
少々うろ覚えだが、知能面では通常の動物と大差ないという旨の記述があったような気がする。
もっとも、フェイルーンと同様にハルケギニアの方でも使い魔は通常の動物よりもかなり知能が上がるらしいが。

「こっちの? ……ええ、そうよ、火トカゲよ。
 見てよ、ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は間違いなく火竜山脈のサラマンダーね。
 ブランドものよー、好事家に見せたら値段なんかつかないわ」

キュルケは得意げに胸を張った。

「そりゃよかったわね……。
 ふん、だけどディーキンだって負けてないわよ。
 火竜山脈だろうが何だろうがサラマンダーよりずっと珍しいし、魔法だって使えるんだから!」

ルイズも負けじと小さな胸を張り返した。
それを聞いたキュルケはそれ以上ルイズと張り合おうとするでもなく、首を傾げてディーキンを見つめる。

「へえ……、ディーキン君は先住魔法が使えるの?
 小さいのにすごい子ねえ。大したもんだわ、主人のあなたはゼロなのにね」
「……ぐっ……!」

痛いところを付かれてぎりぎりと歯を噛みしめて睨んで来るルイズを尻目に、キュルケは屈み込んでディーキンの顔を見つめ、にっこりと笑いかけた。
大きく開いた胸の谷間が丁度見えるような位置関係になっており、それを見たルイズの眉がますます吊り上がる。
流石に色ボケツェルプストーといえども亜人を誘惑しようなどという意図があるわけではないだろうが、とにかく色々と気に食わない。

さて当のディーキンはその胸元を一瞥して……、それからキュルケの顔を見つめ返して、首を傾げた。

ディーキンにも人間の美醜や色気の有無くらいは大体分かるが、あくまで経験や芸術的な感性によるものであって本能に根差した類のものではない。
さほど異性に関心はないものの、ディーキンはいたって健全なコボルドの雄である。
爬虫類系生物であるコボルドに、卵も産まずウロコも生えてない、柔らかい肉剥き出しの異質な生物に欲情しろというのは土台無理な相談というものだ。
ディーキンは人間に対してまったく抵抗なく対等の相手として付き合えるが、性的な対象として見てはいない。

彼女にしても、おそらくそれは同様のはずだろう。
色気を強調するような姿勢やそういった仕草をしている時に発する色っぽい猫撫で声は、おそらく身に染み付いた彼女の癖のようなものだろうか。

(んー……、この人は、“白のセスタ”みたいな人かな?)

セスタはウォーターディープに住む、美の女神スーニーに仕える女司祭で、自分達がアンダーマウンテンに挑戦するのを助けてくれた人物である。

スーニーの使徒たちは、あらゆる美を崇拝している。
美しいと感じるものを所有したいと欲し、そして、その望みを隠さない。
どのような美を求めるかはそれぞれに違いがあるが、彼女の場合は主として異性との交わりがそれにあたるらしい。

ドロウの暗殺者がウォーターディープの有力者達を暗殺してまわっていた時、優秀な司祭である彼女は無事だった。
自分が無事なのは、「独りでは寝ないように気を付けている」ためだと彼女は言ったものだ。
一度彼女が口説き落とす予定の名簿とやらを見せてもらったことがあるが、ボスの名前も当然のようにその中に入っており、彼には内緒だと釘を刺された。

ボスはその振る舞いにはやや眉を顰めてはいたが、彼女が結局は善良な人物であることは認めていたし、彼女の信念を尊重してもいた。
地下世界からのドロウの進行によってウォーターディープが脅威に晒された時にも、彼女は進んで危険な地に留まり、街を守るために尽力していた。
倒れた冒険者たちへの治療や蘇生を無償で行い、神殿が所有する多くの貴重な品を仕入れ値で売ってくれた。
さらにはアンダーダークへ先行した冒険者達を救うために、貴重な蘇生の魔力を持つロッドを無償で提供してくれさえしたものだ。

ディーキンもまた彼女には感謝しているし、多分に好感を持っている。
あのロッドのお陰で、自分や仲間が何度命を救われたことか。

目の前のキュルケからも、彼女とどことなく似たような良い印象を受ける。
分野こそ違えど魅力で人を惹き付ける存在という意味ではバードはまさに専門家であり、ディーキンは自分の見立てにはそれなりに自信があった。
なぜかルイズの方は、どうも彼女に良い印象を持っていないようだが……。

もっとも、仮にディーキンが人間の男だったとしてもキュルケにさほどに惹かれはしなかっただろう。
キュルケは所詮は貴族の娘であり、男を誘惑するのに手慣れているとはいっても、アマチュアの域は出ない。
それに対してセスタは、いわば“その分野”の一流の専門家だったのだ。

それにディーキンは、自然そのものが肉体的美しさを纏って顕現した存在とされるニンフに出会ったことがある。
老若男女の別も種族の如何も問わず、あらゆる者を誘惑して堕落と破滅へ誘うエリニュスやブラキナなどといった妖美を誇るデヴィルを見たこともある。
そして、魂から滲みだすような高貴な美しさを持つ、天上界のセレスチャルと友好を深めたことも。

正しくこの世のものではない美や高貴さを持つ存在と遭遇した経験が何度もある以上、人間の貴族の外見などに今更取り立てて惹かれるところはない。
彼らと比べてみれば殆どどんな人間でも、容姿にせよ立ち居振る舞いにせよ、比較にならないほど凡庸だと感じられる。

更に付け加えて言うなら、ここの人間は……。
フェイルーンの人間とは、なんだかえらく容貌が違うのだ。

ルイズやキュルケは、多分可愛くて美人なような気はするのだが……、
正直言って、今ひとつ確証が持てない。
なんというか、ここの人間はフェイルーンの人間に比べて全体的に華奢で、異様に目がでかくて、口が小さくて、顔が逆三角で……、
まあ、可愛いといえば可愛いが、見方によっては気色悪いという意見もありそうである。
メリケンチックなフェイルーン人と、ビッグアイ・スモールマウスなハルケギニア人とのデザインギャップに、ディーキンはいささか戸惑っていた。

そんなディーキンの内心など露知らず、フレイムはディーキンの傍にのそのそとやって来ると口を開いた。

『よう、ちっこいの。俺はフレイムだ、よろしくな』
「……アー、はじめましてなの、フレイム。
 ディーキンはディーキンなの、よろしくお願いするよ、………?」

ディーキンはにこやかに挨拶を返したが、すぐに妙なことに気が付く。

使い魔になれば知能が上がるのだから、フレイムが喋ったことを不思議だとは思っていない。
問題は、彼(オスであろう)の喋った言語だ。
言葉を発するのに慣れていないのであろう獣の喉から発せられたゆえのたどたどしさや、聞き慣れない訛りはあった。
だがそれでも、間違いなくフェイルーンで用いられている『竜語』と同じものだったのだ。

召喚時に付与されたと思しい翻訳魔法の効力だろうかとも考えたが、すぐにその可能性を否定する。
何故なら、これまでに出会った人々の言葉はすべて、訛りの感じられない共通語に聞こえていたからだ。
フレイムの言葉だけが竜語、それも聞いたこともない妙な訛りの入ったものなどに翻訳される理由がない。

つまり、翻訳魔法とは無関係に、フレイムは確かに竜語を喋っているのだ。
そこでディーキンは、竜語に切り替えて彼と会話した。

『……ねえフレイム、あんたの種族……、サラマンダーは、竜語を話すものなの?』
『ん?いや、違うぜ。
 俺達サラマンダーは……、まあ、人間が俺達のことをそう呼んでるってのは俺も昨日知ったんだが……、普通は言葉とやらを喋らないもんだ。
 このご主人様の使い魔とやらになったときに自然にできるようになったのさ、会話ってやつは実は今お前としてるのがはじめてだ。
 ちっこいの、お前だって同じ言葉を喋ってるじゃないか……、お前の方はそうじゃないのか?』
『ふうん……、そうだよ、ディーキンの種族はもともとこの言葉を使ってるの』
『へえ、そうなのか。まあ、お前さんも人間と同じ二本足の類らしいしな……。
 ああ、ご主人様の使う人間の言葉も、話すことはできんが何言ってるのかは分かるようになったぜ』

ディーキンはそんな調子でフレイムと情報を交換しながら、考えをまとめていく。

使い魔になった時知能が上がり、竜語での会話が可能になるというのは、ここのメイジが与えた特殊能力の一種だろう。
しかし、ルイズやキュルケの「さっきから使い魔同士で何を話してるの?」という感じの表情を見る限りでは、彼女らの方は竜語を知らないらしい。
フェイルーンでは、竜語は多くの秘術呪文使いが学ぶ基本教養に近いものなのだが……。

せっかく言語能力を与えるというのに、一体何故主人と同じ言葉ではなく、主人に理解できないような言葉を話す能力を与えるのだろうか。
ディーキンの話す言葉の方は召喚時の魔法で翻訳されているが、どうもフレイムの方にはそれが掛かっていないのか、彼の言葉は通じていないように見える。
はっきり言って、どういう意図なのか理解に苦しむ。

まあそれは、とりあえず置いておこう。
今もっとも気になるのは、むしろ『ハルケギニアでフェイルーンと同じ竜語が使われていること』である。

正確な事情は分からないものの、これもフェルーンとハルケギニアの間に大昔に交わりがあり、今は無いという証拠のひとつだろうとディーキンは推測した。

共通語は交わりを断ってから数千年の間に、双方共にほぼ原型をとどめないほど変化してしまっている。
だが、竜語は共通語とは違い、より古く根源的な、魔法的な言語にも近い性質のものなのである。
そのような言語は言葉それ自体に力があり、意志の疎通を不可能にしてしまうような根本的な変化に強く抵抗する、と言われている。
事実、フェイルーンにおける竜語は明らかに、ここ数千年の間殆ど変化していないのだ。
異なる種類のドラゴンの間ではそれぞれ異なる訛りは見られるものの、意志の疎通自体ができないほどにまで変化してしまった例はない。
ゆえにハルケギニアの竜族および他の古い種族の間に伝わっていたであろう竜語もまた、数千年の時が経過してなお大きな変化をせずに残っていたのだろう。

そんな風にディーキンが思案を巡らせていると、首を傾げて傍に屈み込んでいたキュルケから声が掛けられた。

「ねえフレイム、さっきからディーキン君と何を話してるのかしら。
 ……にしてもディーキン君、そんなにフレイムに近づいて熱くないの?」

先程からディーキンは炎をちらつかせたフレイムと話をして考え込んだり、合間に姿形を間近で観察したりしながら、羊皮紙に何やらメモを取っている。
時には尻尾の炎に触れるのではないかと思うほど顔を近づけて観察したりもしているが、まるで熱そうな様子がないことにキュルケは首をひねった。
彼女は火のメイジなので、そういった点にはよく気が付くのである。

「ン……?ああ、平気だよ。ディーキンには涼しいくらいなの。
 でもキュルケお姉さんのおかげでうっかり羊皮紙を焦がさなくて済んだの、ディーキンはあんたの気遣いに感謝するよ」

ディーキンは言われて初めて気が付いたように少し羊皮紙を炎から遠ざけると、キュルケに礼を言った。
実際のところ、単なるコボルドだった少し前までのディーキンならばともかく、赤竜の血を覚醒させた今のディーキンにはフレイムの火など全く熱くない。
自分がそういう体になっていることを時々失念してしまうので、キュルケに声を掛けられなければ本当に羊皮紙を焦がしていたかもしれない。

「それでディーキンもお返しに聞くけど、お姉さんも随分フレイムの近くにいるよ。人間なのに熱くないの?
 思うにあんたは、素敵なコボルドのバードと話すのに夢中で、うっかり火傷するのを忘れてるんじゃない?」
「……あはは! あなた、面白い事をいうわね。
 ええ平気よ、私も涼しいくらい。私は火のメイジだもの、このくらいの熱ならどうってことはないわ。
 コボルドは土に近しい生き物だって聞いた覚えがあるけど、あなたはむしろ火に近しいのかしら?」

「そうなの? ウーン……。
 ディーキンの事は、ディーキンにもよく分からないの」

ディーキンはキュルケに返事をしながら、もう一度じっと彼女の姿を観察した。
フェイルーンの人間とは随分違う造形は人種の差異によるものとしても、おおよそ人間にはありえないような鮮やかな赤い髪をしている。
洗い場で出会ったシエスタの容貌にはいくつか人間離れした特徴を見て取れたが、ごく僅かながら彼女の姿からもそれと似たような印象を受ける。
加えて普通の人間とは違い、[火]のエネルギーに対する抵抗力を持っているという。

昨夜はハルケギニアのメイジはシュゲンジャの流れを汲むものと推測したが、彼らの能力はシュゲンジャとは違って、血筋による先天的なものだという。
そして、例外なく生まれつき四大元素のいずれに属するかが決まっているらしい。

フェイルーンには、“ジェナシ”と呼ばれる遠い祖先に元素の次元界からの来訪者を持つ変わった人間が存在している。
そのうちのファイアー・ジェナシにはキュルケによく似た赤い髪を持つ者が多く、また[火]に対して若干の抵抗力を持つという点なども共通している。
フェイルーンのソーサラーがしばしば己の祖先を竜や天使、悪魔、神などの存在だと主張するように、ハルケギニアのメイジはブリミルを祖と仰いでいる。
だがその力の起源は、もしやすれば太古の昔、ハルケギニアに入ってきたであろう元素界の来訪者に求められるのかも知れない……。

まあ、正しいかどうかわからないし、仮に正しかったとしても今のところ「だからどうした?」という話ではあるが。
一応頭の片隅にでもおいておいて、後でエンセリックに話してみよう、とディーキンはひとりごちた。

そんなディーキンの思案など知る由も無く、キュルケはフレイムの顎を撫でると話を切り上げて顔を上げる。

「さて、お互いに親交を深めたいところだけど、早く行かないと朝食の時間に遅れちゃうし。
 じゃあディーキン君、ついでにルイズも、お先に失礼するわね~」

最後にそういって軽く会釈し、炎のような赤髪をかきあげてキュルケは去っていった。
フレイムもディーキンに別れを告げ、ちょこちょこと大柄な体に似合わない可愛い動きでその後を追う。

ルイズはむっつりと睨むようにしてその姿を見送り、ディーキンは挨拶を返した。

「じゃあまたね、キュルケお姉さん、フレイム。
 ……ねえルイズ、もう食事の時間ならキュケルたちを見送ってないで、こっちも行った方がいいんじゃないの?」

「ふんっ、何よ、もう。
 ……ええ、もちろん行くわよ、でもキュルケと一緒に行く気はないの。
 ディーキン、私の使い魔として、これからはあんまりあのキュルケに近づかないようにしてちょうだい!」

腰に手を当て、むっつりした顔でそう言い放つ。
ディーキンはそれを聞くとルイズの顔をじっと見て、小首を傾げた。
ルイズは怪訝そうにそんな使い魔の様子を見ていたが……、ふと何かに気が付いたように顔をしかめて、ぼそぼそと言葉を足した。

「………まあ、その。
 あのサラマンダーとは仲良くなったみたいだし。
 使い魔同士の付き合いくらいは、あんたの気持ちに任せるけど」

本音を言えば非常に不本意だが、しかし使い魔同士の交友関係まで縛るのは行き過ぎだろう。
あまりに狭量では、主人としての度量に障る。
それに内心、正規の契約をしたわけではないディーキンの行動を無闇に縛ることには気が引けてもいるのだ。

「ウーン……、ディーキンはルイズの使い魔だから、ルイズの頼みは無暗に断らないつもりだよ。
 もしルイズがドラゴンと戦えって言うなら……、がんばって戦うし、パンを買って来いと言うならそうするの。
 でも、キュルケと付き合うなっていうのは、ディーキンには理由がよく分からないよ。どうして?」
「それもそうね……、いいわ、説明してあげる。
 まず、さっきキュルケも言ってたけど、あいつはゲルマニアの人間で……」

それから、ルイズは自分がキュルケを(というか、彼女の実家であるツェルプストー家を)嫌いな様々な理由を並べ立てた。

曰く、キュルケはゲルマニアの貴族で、私は成り上がりのゲルマニアが大嫌いだの。
ルイズの実家もキュルケの実家も共にゲルマニアとトリステインとの国境沿いにあって、先祖代々、戦争のたびに殺しあっているだの。
さらには先祖代々、婚約者や奥さんを寝取られているだの。

「……というわけだから、キュルケには近づかないようにしなさい。わかった?」
「ウーン……、ルイズの話は、その、分かったの。けど……」

ルイズの話を聞き終えたディーキンはあいまいに口を濁しながら、何やら物言いたげな顔でルイズをじっと見つめた。

「……何よ、まだ何かわからないことでもあるの?」

「ええと、ディーキンは不思議なの。ルイズのご先祖様が、キュルケのご先祖様とケンカしたことは分かったよ。
 でも、キュルケ自身はどうなの?
 ディーキンには、彼女は悪い人には見えないの」

それを聞いたルイズは、いかにも不快そうに顔をしかめてディーキンを軽く睨む。

「……ふーん、亜人のあんまであいつの色香に騙されてるってわけ?
 私に対するあの態度を見たでしょ、あいつはいつも私の事をからかうの。
 それに何人もの男をとっかえひっかえして……、ろくなもんじゃないわ、例外どころか野蛮で品の無いゲルマニア人の典型よ。
 そうでなくても、ヴァリエール家の一員として自分の使い魔がツェルプストー家の者と慣れ合ったりしたらご先祖様に顔向けできないわ!」

それを聞いたディーキンは、少し考えてからじっとルイズの顔を見つめた。

「ええと……、ルイズがゲルマニア人を嫌いな理由は分かったし、それは正しいかも知れないね。
 昔から酷い目に合わされてきたし、意地悪で汚いんだっていうんだね。
 だけどルイズ。ディーキンは――― コボルドなの」

「………はあ? あんたがコボルドだってのは前に聞いたわよ、一体何がいいたいの」

ルイズは自分の指示に素直に頷かない上、唐突に脈絡のなさそうな話をしだした使い魔にいらいらした様子で眉を顰める。
昨夜はルイズの僅かな癇癪にも少し怯えた様子を見せていたディーキンは、しかし、その様子に動じるでもなく、真っ直ぐに彼女を見つめたまま話を続けた。

「こっちのコボルドはディーキンのいたところのコボルドとは違うみたいだから、どうかわからないけど。
 フェイルーンでは、コボルドはみんなから嫌われてるの。みんな言うの。コボルドには昔から酷い目に合わされてきたし、意地悪で汚いって」

それを聞いたルイズは、ディーキンの言わんとするところを察して困ったように視線を泳がせた。

「そ、そりゃ、そうかもしれないけど……。
 でもね、なんていうか……、あんたのいうことと、ツェルプストーとの件とはまた話が、」
「違うの? でも、どう違うのかディーキンにはよく分からないの」

ルイズの返答が終わらないうちに、それを遮るように言葉を返す。
ディーキンにしては珍しい行動であり、じっと視線を外さない様子と相まって、そこに強い意志が篭っているのをルイズもなんとなく理解した。

「ディーキンは、どうしてコボルドがそんなふうに思われるのか知ってるよ。
 ノームとか人間とか、エルフとかドワーフとか……、
 みんなそろって『コボルドは卑劣で、卑屈で、そのくせ弱い者いじめが好きで。意地悪で汚い、どうしようもない連中だ』って言うの」
「…………」
「みんなの言うことは別に間違ってないよ、それが真実なの。
 だけど、ディーキンはコボルドの事も、みんなよりはよく知ってるよ。
 コボルドは、自分たちはノームに人間に、エルフにドワーフに……、どいつもこいつもに、昔から酷い目に合わされてきたんだ、って言ってるの。
 それで、『あいつらはみんな、コボルドをチビで馬鹿なろくでなしだと決めつけて見下してくる。意地悪で汚い連中だ』って思ってる」
「ちょっとあん、………う、」

ルイズは何かいい返そうとするが、ディーキンと目が合うと口篭もってしまう。
亜人と人間の争いを名誉を持って戦う貴族同士の抗争と同一視されたことは腹立たしく、反射的に怒鳴りつけてやろうかとも思った。
だが、こちらを真っ直ぐに見つめるディーキンの目を見た途端、感情に任せた言葉は喉に詰まって出てこなくなってしまった。

「もしディーキンがバカなら、みんなからぜんぶのコボルドが意地悪で汚いと思われてるみたいに、みんなのことも意地悪で汚いと思うの。
 他のコボルドがそうしているみたいにね。
 だけどディーキンはバカじゃないし……、みんながコボルドを嫌いな理由はよく分かるの」

ディーキンは決して感情的にならず、むしろ淡々として穏やかに、しかし断固とした調子で話し続ける。
ディーキンがルイズの家とキュルケの家の諍いの話を聞いて、すぐに思い浮かべたのはコボルドとノームの事だった。

コボルドの主神カートゥルマクは、長年に渡ってノームの主神ガールを非常に憎んでいることが知られている。
カートゥルマクはコボルド達にノームを皆殺しにせよと命じており、ガールとノームが成した悪事の数々を吹聴して、彼らに対する憎悪を煽っている。
そのため殆どのコボルドは、ノームを見るや殺しにかかる。

しかし、ディーキンは旅立つ前から様々な本を読んでいたから、そのような一方的な見方には疑問を抱いていた。
そして実際、人間の街へ出て彼らと会ってみると、ノーム達の悪意の無いユーモアのセンスや発明の才を大変に気にいった。
しかもノーム達は寛大な心を持っていて、ディーキンが悪意の無い存在であると理解するとコボルドだからといって追い回したりすることもなかった。

ディーキンは自分の経験から、伝聞を鵜呑みにして安易によく知りもしない者達を嫌ったり蔑んだりすることは誤りだと確信している。
コボルドの側も、他の種族の側も……、もちろん、同じ種族の者同士での争いでも、それは然りだろう。

「いつか、コボルドはドラゴンみたいになって、チビで卑怯で怖がりな嫌われ者じゃなくなるよ。
 ディーキンはルイズの使い魔の仕事が終わって、他にも色々な事をしたらだけど……、いつか部族の元へ戻って、族長になる。
 そうして、みんなを洞窟から追い出すの。きっとそうしてみせる。
 ディーキンはもしかしたら文明化された土地へ行くようになった最初のコボルドかも。
 だけど、行きたいと思うコボルドはディーキンだけじゃないと思うし、とにかく、ディーキンは挑戦する最後のコボルドにはなりたくないの」
「そ、それは、その……、あんたの志は立派だと思うけど。
 けど、この件に関してはそれは大げさっていうか、ええと、その。
 つまり……、買いかぶりよ。あいつは、そんな立派なやつなんかじゃ……」
「もちろん、そうかもしれないね。
 キュルケやツェルプストーやゲルマニアには、ディーキンはルイズほど詳しくないの。
 もしかしたらルイズの言う通りかもしれないし、ルイズがそう考えることはディーキンに止める権利はないの。
 だけどボスなら絶対にそんなことは言わないし、それにディーキンは挑戦する者なのに、他の人をダメだって決めつけるのはアンフェアだと思う」
「うー……、」
「えーと、つまり……、何が言いたいかっていうと。
 キュルケが本当に嫌な人だってルイズが確信してるんだとしても、ディーキンにも自分でそれを確かめる機会を与えてほしいの。
 ディーキンはルイズが寛大な人だってことは知ってるよ、だからお願いするの。
 ルイズは召喚した最初からディーキンの無理も聞いてくれたし、さっきもフレイムとは話してもいいっていってくれたもの。
 チビのコボルドに、そんなふうに気を使ってくれる人はそういないの」

酷く真剣な調子でじっとこちらを見つめてくるディーキンを困ったようにちらちらと見つめながら、ルイズは口篭もった。

「……、その、あんたの話は分かったし、そういうことなら、その、認めてあげてもいいんだけど……。
 ほ、ほら。万が一にも使い魔をツェルプストーの人間に獲られたりしたら、ご先祖様に申し訳が……。
 い、いえ、もちろん自分の使い魔の事を疑ったりなんてしないけど……」

ディーキンの話にはルイズもいささか感じるところが多かったし、こうも誠実な態度をとられた上にやたらと持ち上げられては。
自分でもいささか狭量だと認識している命令を、これ以上押し通すのは恥ずかしい。

だが話の筋はともかくとして、そもそもどうしてキュルケと話すなという指示にここまで真剣に反対したのだろうか。
まさか亜人がとは思うが、よもや本当にキュルケに惹かれているなどという事は……、と、ルイズは疑心暗鬼になってきていた。
使い魔を疑うようなことはしないししたくないが、どうしても気になる。

「……な、なんであんたは、そこまでしてキュルケと話すことにこだわるのかしら?」
「だって、キュルケはディーキンとまともに話をしてくれたもの。
 なのに今後はお付き合いしないなんて失礼だし、嫌なの。そうでしょ?」
「は……?」
「人間でコボルドとあんな風に話してくれる人はそういないってことはディーキンはよく知ってるの。
 ここには親切な人が多いし、ディーキンはキュルケを避けてまわるなんて、受けた親切を裏切るようなことはしたくないの。
 それはバカなコボルドとか、いやな奴がすることだからね」
「そ、それだけ……?」
「そうだよ。だってそれは、人間がディーキンにしてくれる中でも随分いい事だからね。
 あと……、ディーキンにはルイズのご先祖様の事はよく分からないけど。
 ディーキンは昨日、ルイズの使い魔になるって約束をしたの。
 それは、互いに信じあえると思ったからなの。
 なのにキュルケに獲られるっていうのは、ルイズはもしかしてディーキンが裏切って、キュルケの使い魔になると思ってるってこと?」
「え……、いえ、その……、」
「ディーキンには、それが冗談だって分かるよ。あんまり面白くないけどね。
 この辺では、そういう冗談が流行ってるの?」
「…………」
「ボスなら絶対にそんな心配はしないし、ディーキンはルイズの事も信頼できる優しい人だって信じてるもの。
 だから、そんなことを本気でいうはずはないの。
 そうでしょ、ルイズ?」
「……わ、わかったわよ!
 キュルケがどんなに節操のない軽薄な女か、時間を無駄にして自分で確かめてみたいっていうなら、そうしてもいいわ!
 だけど、その為に私の使い魔としての仕事をおろそかにしたりだけはしないこと、いい!?」

真顔であくまでも真っ直ぐルイズの顔を見つめてくるディーキンの視線にいたたまれなくなったルイズは、逃げるように顔を逸らして、そう返事を返した。

「勿論だよ、ディーキンはルイズとの約束をおろそかにしたりはしないの。
 ディーキンは優しい大きな親切に感謝するよ」

ルイズは満面の笑みを浮かべて深々とお辞儀をするディーキンを、さまざまな感情が入り混じった顔で見た。
彼が顔を上げる前に、またぷいとそっぽを向く。

「ふ、ふん。このくらいの頼みを聞いてあげるのは、主人として当然よ。
 ……ほ、ほら! 話し込んでてすっかり遅くなっちゃったし、朝食に行くわよ!」

つんっとした態度を無理に装って足早に食堂へ向かいながらも、ルイズは自分の使い魔について思い悩んでいた。

見るからに小さな姿から、これまで子どもだとばかり思っていた。
だが、召喚された時の動じない落ち着いた振る舞いと教師達を交えての議論、そして今の会話。
自分は安易に他人に意見を左右されない確固とした姿勢が貴族の態度だと弁えているのに、簡単に命令を翻させられた。
それも見たところ演技じみたところも何もない、ただ素直で真っ直ぐな、誠実そのものといった態度で自分の意見を語っただけで。

(……もしかしてこの子って、見た目は小さいけど実は私より年上とか?)

そう考えながら、背後からついてきているディーキンの様子をちらりと伺った。

「♪ ア~、忘れは~、しないブルー……、
 レッドリボン・ア~ミ~……」

先程の真剣な態度などすっかり忘れたかのように、上機嫌で妙な鼻歌をうたいながらリュートをかき鳴らしている。
無邪気そうなその姿に、ルイズは溜息を吐いた。

(まさか………ねえ)


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