あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ルイズと無重力巫女さん-59





 日暮れの時が迫りつつあるチクトンネ街。 
 その一角でルイズと魔理沙の二人は、予想だにしていなかった相手と鉢合わせになっていた。
 花も恥じらう美女の姿をしたその者は異国情緒漂う白い導師服に身を包んでおり、周囲に場違いな雰囲気を放っている。
 彼女の名は八雲紫。霊夢と魔理沙の故郷である幻想郷の創造者で境界を操る程度の大妖怪だ。
「久しぶりね二人とも、元気にしてたかしら?」

 まるで故郷で旧友と再会したかのような気軽さでもって、紫は目の前にいる二人へ話しかける。
 本来ならこのハルケギニアにいないであろう彼女を前にして、ルイズは恐る恐るといった感じで返事をする。
「ユカリ…一体何の用かしら」
「別にコレといった用事はありませんけど、アレといった用事で少し足を運んでみただけですわ」
 まるで尋問のようなルイズの質問を、暖かい笑みを浮かべる紫はワケのわからない言葉で返した。
 ルイズ自身後ろにいる魔理沙や今この場にいない霊夢とは違って付き合いが短いせいか、その言葉の本質をすぐには見出せない。
 しかし、あまりにも深く考えすぎるとこの妖怪の手中に嵌ってしまうようが気がするので、敢えて考えないようにしていた。
 そしてここ最近、霊夢や魔理沙にデルフと言った厄介すぎる連中と同居し始めた所為かルイズ自身の沸点は少しだけ高くなっている。
 おかげで、ある程度ワケのわからない事を聞いても言われてもあまり怒る気にはなれなくなっていた。

「じゃあ言うけど、アンタの言うアレといった用事は…霊夢の事よね?」
 一月前なら不機嫌になっていたであろうルイズは冷静な表情と気持ちでもって、二度目の質問を投げかけてみる。
 思いのほか怒らなかったことに、紫は「あらあら?」と不思議そうなモノを見る目で首を傾げた。

「流石にあの二人と暮らしていると、一々怒るのにも飽きてしまったのかしら?」
 以前彼女に杖を突きつけられた紫はそんな事を言いつつ自身の右足をスッと動かし、一歩前へ進み出る。
 飾り気はないものの綺麗に手入れされた黒のロングブーツの底が石造りの地面を軽く叩き、景気の良さそうな音が周囲に響く。
 街の喧騒と比べればあまりにも儚すぎるそれは、あっという間に聞こえなくなってしまう。
 ただ単に生まれ、何も生み出さずに消えた音の事を気にする者はおらず、その一人であるルイズが返事をする。 
「言っておくけど、これでも結構我慢してる方なのよ。そういう風には見えないのかしら?」
 怒るのに飽きたという紫の言葉に対して返された彼女の言葉には、僅かではあるが怒りの念が滲み出ていた。
 その念から並の妖怪を退ける何かも出ていたのか、紫はヤレヤレと言わんばかりに肩を竦める。
「その様子だと色々あったようですわね。私から見れば、まずまずといった所ね」

 何がまずまずといった所なのかは知らないが、それでもルイズは突っ込まない。
 地面に腰を下ろしている魔理沙とは違いジッと佇んで身構えており、その姿は人見知りの激しい猫そのもの。
 正に動かざること山の如しな今のルイズの態度につまらない何かを感じてしまったのか、紫はフゥとため息をついた。
「…何よそのため息?アタシは何もしてないんだけど」
 しかし偶然にも、残念なモノを見た時の様な反応がルイズの癪に障ったらしい。
 思わず顔を顰めた彼女を目にして、咄嗟に右手で口元を隠した紫は目を細め「ふふふ」と小さな声で笑う。
「別に何もありませんわ。ただ、目の前の貴女が水で固めただけの砂の城だとわかって安心しただけですのよ」
「は…?砂の城…?…水で固めた…どういう意味よ」
 先程のため息とは一変して楽しそうな雰囲気漂う彼女の言葉が、またしてもルイズの耳に入る。
 言葉の意味がよく分かっていないルイズの怪訝な様子に、笑顔を浮かべる紫自身がその答えを告げた。
「水で固めた砂の城は中々崩れないけど、その気になれば赤子の手足でも簡単に壊れてしまうものよ」
「つまり?それと私に何の関係があるっていうの?」
 これが最後の質問だと言いたげな嫌悪感を放ち始めたルイズに、紫はトドメの一言を放つ。

「今の様に突けば突くほど、面白いくらいに反応を見せてくれるわね。貴女という人は」
「な――――……あ!」
 叩いて蹴って崩れてしまう、砂の城みたいにね。最後にそう付け加えて彼女はその口を閉じる。
 それを聞くまで何を言われているのか理解できなかったルイズは、今になって気づいてしまった。
 自分が今の今まで、言葉を使ってからかわれていたという事に。
 からかわれないようにと自然に気を付けていたのにも拘らず、気づかぬ間に彼女のペースに嵌っていたのである。
 それを理解したと同時に沸々と心の底から小さな怒りがゆっくりと湧きあがり、ついでその両手がゆっくりと震え始めた。
「あらら、思ってたよりも随分溜まってたのかしら。手が震えていますわね」
そして追い打ちともいえるその一言に、ルイズの怒りがその一部をさらけ出してしまう。
「よ、余計なお世話よ!」
 今まで頑なに閉じていた口を開けてそう叫んだ彼女は、慣れた動きで腰にさした杖を手に取った。
 幼少の頃から使ってきたソレの先端が、風を切る音とともに紫の方へと向ける。
 何の迷いもなく向けたそれはしかし、持ち主の手が震えている所為かそれと連動するかのように小刻みに動いている。
 だがその震えは恐怖からくるものではなく、怒りからくるものであった。

 そんな時であった、ルイズの後ろから魔理沙の声が聞こえてきたのは。

「お、何だ何だ?今から派手で面白そうなモノが見れる気がするな」
 今まで黙っていた魔理沙が杖を抜いたルイズを見て、興味津々と言いたげな表情でもって呟く。
 その姿はまるで、路上で行われる大道芸を見れることにドキドキしている子供そのものである。
 彼女の声に気づいてか、ルイズと対峙する羽目になった紫はその視線を魔理沙の方へと向けた。

「今から私が大変な目に遭いそうだというのに、随分したたかにしているわねぇ」
「何を今更。お前ならあのインチキじみたスキマでどうとでもなるだろう」
「あらひどい、まるで私のスキマが何でも出来るみたいじゃないの?」
「そうか?私が見てきたものだと並大抵の事はできたような気はするが?」

 そんな二人の会話をしている間にも、怒り心頭となってしまったルイズは詠唱を行っていく。
 鋭く細めた両目でもって自分を睨みつけてくる彼女に対して、紫は至極冷静であった。
 まるでずっと遠くで大暴れしているハリケーンを見つめるかのような、物見遊山な雰囲気がある。

 一方の魔理沙も山の時の様にルイズを止めることなく、その場に腰を下ろしたままルイズの詠唱を見物している。
 霊夢を探してここまで走ってきて疲れていた事もあるが、別に紫とは特別親しい間柄でもない。
 何より、ルイズの使う魔法を拝めるチャンスがようやく舞い込んできたのだ。
 この三つの理由のおかげで魔理沙は立ち上がる事もなく、楽しそうにルイズの背中を見つめている。
 そして詠唱を終えたルイズはというと、震えが止まった右手で握る杖を振り上げ…
「エア・ハンマー!」
 と覇気のある声でそう叫び、勢いよく振り下ろした。

 瞬間、紫とルイズの間でパッと閃光が走り―――爆発が起きた。


 本来なら風で出来た不可視の鎚となるはずだった魔法は、周囲を巻き込む衝撃波と煙幕に変わったのである。
 爆発の威力自体はそれほど無かったが、それを引き起こした張本人とその後ろにいた魔理沙にとって只事ではなかった。
「うわ、な…うぅっ!?」
 全く予想していなかった事態に直面した彼女は、ルイズの近くにいた為かモロにその衝撃波を喰らってしまう。
 灰色の煙幕と共にやっきてたソレに、魔理沙は思わず左腕で顔を隠して凌ごうとする。
 着ている服や右手に持っていた帽子がバタバタと揺れ、露出した肌を容赦なく撫でて通り過ぎていく。
 それから五秒ほどして衝撃波も無くなり、周囲には煙だけが不気味に漂っている。


「あ~、アレか。空気を叩いて爆発させた……のか?」
 薄くなっていく煙の中で魔理沙は冗談交じりにそう呟いて立ち上がり、ルイズの方へと目を向ける。
 爆発の威力自体はさほど大したものではなかったおかげで、彼女が被った被害は微々たるものであった。
 服やマントに破けた所は無く、自慢のピンクブロンドや白い肌にも傷一つ付いていない。
 もっとも魔理沙より至近距離にいた為か所々煤けており、まるで工場の煙突から出る黒煙の中を通って来たかのような姿だ。
「ケホ…ケホッ!」
 そしてルイズはというとつい煙を吸ってしまったのか、左手で口を押えて咳き込んでいる。
 咳き込む彼女の後姿を見つめていた時、魔理沙はふと紫の事が気になった。
 スッと頭だけを動かしてあの大妖怪が立っていた場所を見てみると、案の定その姿は消えている。
 最初からそこに存在して無かったかのように、何の痕跡すらも残さず。

「ケホッコホッ……あれ?ユカリの奴は何処に行ったのよ」
 魔理沙に続くかのように咳が止まったルイズも気づき、煤けた出で立ちのまま目を丸くする。
 ついカッとなって唱えてしまったし「エア・ハンマー」は見事に失敗し、爆発魔法へと変異したのだ。
 ここ最近、授業でも日常でも魔法を使っていなかった事もあってかルイズ自身も驚いてしまい、咳き込んでしまった。
「まさかあの爆発で木端微塵…って事はないわね」 
 杖を持っていない方の手で顔についた煤を拭きながら、そんな事を呟く。
 あの爆発が大したものではないと彼女自身も理解できるほど、思考に冷静さが戻っていく。
(ムシャクシャしてやった…ってのはこういう事なのかしら)
 死んだとは思えないが先程まで自分をからかってきた相手が目の前から消えたことに、怒りという名の刀身が鞘に収まる気がした。
 それを体の内側で感じていた時であった、上の方から紫の声が聞こえてきたのは。

「結構な爆発でしたわね。ちょっと驚いてしまいましたわ」

 ルイズと魔理沙がそれに反応して頭上を見上げた瞬間、目の前の空間に横一文字の線が現れた。
 まるで先端が少し太めの羽ペンで引いたかのようなソレが、ジッと空中で静止している。
 現実とは思えない光景を目にしたルイズはハッとした表情を浮かべ、その場から数歩後ろへ下がった。
 下がる間にも頭上からは尚も紫の声が聞こえてくる。人ならざる者の妖美なる声が。
「何もない所から爆発の力を引き出す程の魔力、中々の代物ね」
 その言葉と共に細い線の真ん中が突如パカッと開き、中から一本の手が飛び出してくる。
 ついで、二本目の手も同時に飛び出して来たかと思うとそのまま上半身まで抜け出てきた。
 ルイズや魔理沙とは違いその服に傷や煤は付いておらず、新品同然といっても過言ではないだろう。
「でも未だ扱いきれてないせいか、コントロールはイマイチといった感じかしら?」
 空中に出来た一本の線――スキマから上半身を出している紫は、後退るルイズへとその目を向ける。

「正に癇癪玉と言って良い様な貴女を、今の霊夢がいる場所へ行かせるのは危険極まりないわ」
 眼下の少女へ向けてその言葉を放った紫は、不敵な笑みを浮かべていた。
 この言葉の後に彼女がどのような事を喋り、どのような行動を移すのか予想するかの様に。



 自分の最大の敵は、自分自身である。

 その言葉をどこで知ったのか、霊夢自身あまり覚えていない。
 自身が何時の頃にどのような経緯で、そしてどんな媒体から得たのか。それすら忘れてしまっている。
 物心ついた時には既に、頭の中に入っていた様々な知識の中の一つとしてこの言葉がこっそりと入っていたのだ。
 しかし。そんな言葉に拘るような性格をしていない彼女にとって、あまり役に立つ知識ではなかった。
 彼女が日々考える事は今日一日をどのようにして過ごそうか、何で神社にまともな人間が参拝しに来ないのか。
 幻想郷の平和を維持する博麗の巫女にしてはあまりにもふしだらな事を、お茶を飲みつつ暢気に考えているのが霊夢であった。

 だが…今日に限って、彼女の脳内に一つの言葉が浮かんでいる。
 自分を見つめ直し、生き方を変えようともしない博麗霊夢には似つかわしくないその言葉が。


「自分の敵は自分…ねぇ」
 トリスタニアの繁華街から少し離れた公園の中。
 ルーンが刻まれた左手が不自然に光っている霊夢はひとり呟きながらも、四メイル先で佇む゛もう一人の自分゛を睨みつけている。
 不機嫌さを隠そうともしない彼女の視線の先には、文字通り二人目の゛レイム゛がいたのだ。 
 紅白の服や白い袖に赤いリボン。肌や髪の色にその顔立ちや瞳の色に青白く光るその左手まで。
 まるで鏡に映りこんだ自分自身のように、生き写しやそっくりさんというレベルでは済まないその姿。
 その全てが全く同じ過ぎるあまり、不気味な印象を周囲に漂わせている。
 最も、周囲には霊夢以外の人はいないので大した意味は無いのだが。

 だが…その印象を感じている唯一の人間である霊夢にとって、目の前のレイムは非常に苛立たしい存在であった。
 ルイズによってこのハルケギニアに召喚されて以降、彼女は色々な相手と戦ってきた。
 学院の生徒から魔法使いの騎士といった人間や、野犬から得体の知れない合成生物。
 そして人間などあっという間に踏み潰せる巨大なゴーレムまでその種類は幅広く、そして一応は勝利している。

 それ等を相手にしていた時の彼女は、今よりも大分落ち着いていたし冷静であった。
 常に自分がどう動けばいいのか考慮し、相手がどの様な手を打ってきても対処できるよう構えておく。
 幻想郷で度々起こる異変を解決し、時には凶暴な妖怪と戦う博麗の巫女にとってそれは当たり前の事。
 我を忘れて攻撃すれば致命傷を喰らいかねないし、逆に相手が冷静ならば罠に嵌ってしまう可能性もある。
 歴代の巫女と比べて一番ヒドイと評される彼女であっても、戦いの時は常に冷静であれと心がけている。
 どのような相手を前にしてもペースを崩さず落ち着いた気持ちで対応し、自分のペースを忘れずに戦ってきた。

 しかし、今目の前で佇む相手はこれまで目にしてきたどんな相手よりも、腹立たしい気持ちを感じていた。

 まるで鏡に映った自分が自分とは違う意思を持ったようなソイツに、今の霊夢は憤っている。
 人には決して分からないであろう、自分がしないような事をしているもう一人の自分を見るようなある種の不快感。
 例えるならば禁酒を始めた自分の目の前に突如、酒を嗜むもう一人の自分が現れた…と言えば良いだろうか。
 普通ならば決して有り得ないであろうが、今の霊夢が直面している状況は正にそれであった。
 自分と似た姿を持ちながら、自分とは絶対的に違う何かを含んだ歪な存在。
 そんな存在を前にして珍しくも、霊夢は自身の体から拒絶にも近い嫌悪感を放っていた。

 こんなモノを目にするのは不快だ。今すぐ消し去ってやりたい―――という意思と共に。


「何処の馬鹿が仕組んだのかは知らないけど…悪趣味にも程があるわね」
 ただいま不機嫌キャンペーン中の彼女はそんな事を呟きながら、右手をゆっくりと頭上に掲げていく。
 まるで届きもしない太陽を掴もうとするかのような右手は、三枚のお札を握り締めている。
 そして一度目を瞑って軽く深呼吸したのち、その手を勢いよく振り下ろす。

 瞬間。握っていたお札が手から離れたと同時に、まるで自我を持ったかのように偽者へと突撃した。
 風を切る音を出しつつ迫りくる紙切れに対し身構えた偽者は、左手をスッと胸の前まで上げる。
 奇妙な事にその左手は青い光に包まれており、誰が一見しても異常だという言葉を漏らすほかないだろう。
 まるで鬼火のように妖しい光を放っているソレでもって、もう一人の霊夢は迫りくるお札を受け止めようとしているのだろうか?
 遅くもなくかといって速くもないお札は、四メイルの距離を僅か三秒の時間を使って通過し、偽者の方へと突っ込む。
 当たれば二度目の直撃になるであろうその攻撃に対し、偽者は青く光る左手を振った。
 まるで水平チョップのようにして振られた光りの尾を引くその手は、飛んできたお札と見事衝突する。
 先程ならそのまま左手に貼りつき、妖怪や幽霊が苦手な゛ありがたい言葉゛が籠った霊力を周囲にばら撒いていたそのお札。


 しかし…
 そのお札以上に不可思議な光を放つ左手の前では、単なる長方形の紙も同然であった。
 水平チョップの要領で振られた偽者の左手が、霊夢の投げつけたお札と衝突した瞬間。
 霊力の籠った゛ありがたい言葉゛が書かれた三枚の紙は、いとも容易く引き裂かれたのである。


 まるで障子に張られた薄い紙を子供がイタズラで破くように、たった一瞬で紙屑と化す。
 邪気を払う霊力や゛ありがたい言葉゛も、単なる紙くずに付与されていては何の意味もない。
 文字通り力を奪われた元三枚のお札は塵紙となって、偽者の前でヒラヒラと地面へと舞い落ちる。
 それを見ていた霊夢は軽い溜め息をついてから、服と別離した左袖の中へと右手を伸ばす。
「何でアンタの左手が光ってるのか大体分かったけど、私の方の原因が分からないのはどうも癪に来るわね」
 対峙してからまだまだ五分も経ってもいないが、相手の攻撃方法(?)が何なのか霊夢は既に理解していた。
 彼女の偽物の左手は濃密な霊力に包まれており、青白い光となって目視できている。
 そして余りにも力が濃いせいか盾と矛…つまりは攻防一体の武器と化してしまっているのだ。
(あんなに強いと、そりゃお札も破れるわな) 
 左手がそのまま武器となっている自分の偽物に対し、心底面倒だと言いたげな霊夢は心の中で呟く。
 先程は成功した自分の攻撃が防がれたのにも関わらず、その体からは新たに余裕の雰囲気が伺える。
 相手の攻撃方法がある程度分かった以上、対処法はあっという間に思い浮かべられるのだから。
 まだ手札が残っている可能性は否定できないものの、その手札を出す前に潰すのだから問題は無い。
 不快な程に瓜二つな偽物をどのように対処するか既に考えた霊夢は、それを実行する前に一つだけ聞きたい事があった。

 彼女は知りたかったのだ。自分をここまで導いた゛何か゛の正体を。

 折角の休日だからとルイズや魔理沙と一緒に街へ赴いた今日という日。
 サプライズのつもりで買ってもらった服の事について、街中のレストランで話をしていたのがついさっきの事。
 素直になれないルイズに自分の意見を述べようとしたところで、思わぬ横槍が入ったのだ。
 突然周りの音が聞こえなくなり、それに便乗するかのように光り出す左手。
 この世界で伝説と呼ばれた使い魔のルーンが刻まれたその手は、今もなお輝いている。
 そして自分の身に降りかかった出来事を冷静に対処しようとしたところで、妨害が入ったのである。
 音が聞こえなくなった耳に入ってくる、博麗霊夢自身の声。
 口からではなく自分の周りから聞こえてきたその声に、あの時の彼女は驚いた。
 更に追い打ちをかけるかの如く現れた謎の女性と、「奴を追え」というノイズが混じった謎の声。
 博麗の巫女である自分とよく似たその女性は霞の様に消え去り、ノイズ混じりの声は男性とも女性でもなかった。
 その声に導かれるかのようにここまでやってきた霊夢は、自身と全く同じ姿をした存在と対峙している。
 ブルドンネ街のレストランからここに来るまでの原因となった謎多き出来事、そして辿り着いた先にいたもう一人の自分。
 あまりにも不可解過ぎる出来事の真実から正しい答えを探すことは、非常に困難であろう。
 しかし霊夢は、その答えを自分の偽者へと聞こうとしていた。

 ここまで自分を連れて来たのはお前か?それとも別の誰かなのか?
 そして、お前をけしかけたのは誰なのか…ということも。

「アンタ。一体何の目的があってやってきたのかしら?…っていうか、何で私の姿をしてるのよ」
 右手を左袖の中に入れたまま投げかけた霊夢の質問に対し、意外にも偽者は反応する。
 しかし…それは言葉としてではなく、首を横に振るだけであった。
 言葉が無くとも相手の言いたい事が理解できたのか、霊夢は澄ました表情で肩をすくめる。
「まぁ、簡単に言うワケ無いわよね…。何となくそんな気がしてるから期待もしちゃいなかったけど」
 ここぞと言わんばかりに、彼女は自分と同じ姿をした存在へ嫌味な言葉を容赦なく投げかける。
 もしもこの光景を第三者が見ていたら、とても奇妙な光景だと思う事は間違いないだろう。
 しかし。偽物であっても霊夢の姿をしていた所為か、一方的に文句を言われるのはキライだったらしい。
 本物が呆れた表情で毒づいてから数秒後、偽物がゆっくりとその口を開けて呟いた。
「―――…いわ」
「………ん?何よ?岩?」
 虫の羽音程小さくはないソレに本物が気づくのには、数秒ほどの時間を要した。
 自分の文句より小さすぎる偽者の声に気づいた霊夢は、怪訝な表情を浮かべる。
 もしかしたら何か思い出しかのと勝手に思い、右手を左袖の中に入れたまま次の言葉を待ってみる事にする。
 二度目の言葉は、霊夢が予想していた範囲内の時間で偽者の口から出てきた。
 ただし、それを耳に入れたと同時にまたも自分の期待を裏切られたと勝手に落胆することとなったが。

「…わからないわ。何もかも」
 まるで自分自身に言い聞かせるかのような言い方に、霊夢はまたもため息をつきたくなった。
 今までこの世界で戦ってきた敵と比べて変わっていたから何か知っているかと思ったが、それは過剰評価だったらしい。
「あっ、そう。じゃあ言いたいことはそれだけ?他に言いたい事があるのなら手短に述べなさい」
 もうすぐ夕食の時間だから。最後にそう付け加えて、左袖の中に入っていた右手をスッと引き抜いた。

 服と別離している袖の中から出てきた右手は、四本の細い針をしっかりと掴んでいる。
 裁縫や針治療に使うとも思えない程の長さを持つそれを、霊夢やその周りにいる者たちは「退魔針」や「封魔針」と呼ぶ。
 その名の通り妖怪退治などで使う武器の一つで、妖怪だけではなく実体を持たぬ幽霊相手にも一応刺すことは出来る。
 他にも普通の人間や動物相手なら普通に凶悪な武器として使えるのでお札より幾らか便利なのは確かだ。
 唯一の欠点を挙げれば、お札と違って使った後の手入れが面倒な事と補充しにくいという事だけだろうか。
 つまり二つの短所にさえ目を瞑れるのなら、非常に使い勝手のいい武器なのだ。

「本当にわからないのよ…。自分が誰で、アンタがどんな名前なのかも……」
 霊夢が手にした針の方へ目を動かしつつも、偽者は独り言を呟いている。
 身構えた体勢のままじっと相手の武器を見つめる姿は、正に戦士そのものと言ったところか。
 いつでも戦えるという偽者とは対照的に、一方の本物はこれから戦うという意思を見せていない様に見えた。
 まるで街角に佇む暇な若者のように、一見すれば体の力を抜いているかのような雰囲気が伺える。
 こうして見比べてみると、本物夜も偽者の方が強そうに見えるのは火を見るよりも明らかだろう。
 しかし本物である霊夢の体からは外見とは真逆である怒りの気配を放っており、近寄り難い雰囲気を漂わしている。
 一方の偽者も並々ならぬ雰囲気をまき散らしており、一触即発としか言いようのない状況。
 どちらか一方が攻撃を始めてしまえば取り返しのつかない、所謂冷戦状態と言っても過言ではないだろう

「でも、自分の中にある゛怒り゛が導くままにここへ来て――――…私と瓜二つのアンタと出会った」
「瓜二つって言いたいのはコッチの方なんですけど、それはどうなのかしらねぇ?」
 まるで劇に出てくる役者のセリフみたいな言葉に突っ込みを入れながら、霊夢は針を持つ手に力を入れた。
 既に針全体の霊力は通っており、このまま投げて命中すれば致命傷を与えられる。
 仮に相手が普通の人間だったのならば、単に刺さるだけだがそれでも接近して一撃を与える事はできるだろう。
(どっちにしろ早く片付けないと。…全く、何だって今日はこんなにも面倒事が多いのかしら)
 霊夢は心中で愚痴を漏らしながらも、ここに来る羽目となった原因は何だったのか考えていた。
 突然耳が聞こえなくなった事に、今まで光らなかったルーンが突如として光った事。
 自分の声が自分の耳に入ってきた事や、博麗の巫女みたいな姿をした女性の幻影まで見てしまった事。
 そして男とも女とも断定できない、ノイズ混じりの声が聞こえてきた事を思い出したところで、霊夢はふと思い出す。

 女性の姿が掻き消えて少なからず動揺していた時、あの声が聞こえてきた。
 その後、まるで声に導かれるようにしてここまでやってきたのである。
 そこまで思い出し終えた時だ。霊夢の脳内で一つの結論ができあがったのは。
(もしかして…あの声の主が、私をここまで連れてきた張本人?とすると、ソイツが…)

―――――幻想郷に未曾有の異変をもたらしたっていう、黒幕なのかしら?

 霊夢がその様な結論を下した直後であった、彼女の偽者が突如地面を蹴って跳躍したのは。
 地面を覆う雑草を幾つか吹き飛ばし、飛蝗の様に跳びあがったレイムを霊夢はハッとした表情で見上げる。
 彼女と同じ姿をした偽者は霊力で光る左手を振り上げた姿勢のまま、本物の方へと落ちて行く。
 もしもこのままジッとしていれば振り下ろし左手に脳天をチョップされてしまうだろうが、それを受け入れる霊夢ではなかった。

「人が考え事してる最中に攻撃してくるなんて、とても出来の酷い偽者ね!」
 こちらへ向かって落ちてくる偽者へ他人ごとではない言葉を投げかけつつ、霊夢は右手に持った針を投げつける。

 襲いかかってくる相手が何なのか、一体何が目的なのかも未だわからない。その相手が何もわからないと言っているのと同じように。
 ただ一つ。自分を殺しに掛かってきている事は確かだと、絶対的な確信を得ることは出来た。

 夕刻の時が間近に迫りつつあるトリスタニアの一角。
 歴史と伝統で飾られた街から離れてしまった公園で、戦いがはじまった。




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