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ルイズと無重力巫女さん-58-a




 トリステイン王国の中心部であるトリスタニアは規模こそ小さいながらも、かなりの人口が密集している場所だ。
 大小様々な通りや路地裏といった街の中は勿論、劇場に役所などの公共施設にもうんざりするほどの人がいる。
 古めかしい印象漂う旧市街地には浮浪者や貧困層の平民が今も暮らしており、未だ人の住みかとしての役目を続けていた。
 街の地下を通る水道なども家を持てない連中の巣窟となっており、逆に人のいない場所を探せというのが困難だろう。

 ある程度差はあるが、人という種の生物は生まれた時から他者と寄り添って暮らすものだ。
 自分は一人でも大丈夫だと言い切る者も、無意識的に人のいるところへ近づいてしまう。
 中には俗世を捨てた坊さんの様に一人寂しく山奥で暮らすような者たちもいるが、それはほんの少数。

 人間は他の生物と比べ個々の力は弱いものの、群れるとなればその本領を発揮する。
 数多の文明を作り上げてきた手足を使い、敵対する相手を打ちのめす武器を作り上げる。
 相手に勝利した後はその頭脳をもって歴史を作り上げ、後世の子孫たちにそれを言い聞かせて生活圏を拡大していく。
 そうやって安寧の地を作り上げてきた人々は、互いに寄り添う事は大事なのだと無意識に理解しているのだ。

 しかし…。それは決して、お互いを支え合って暮らしているという事ではない。


 ◆

 チクトンネ街にある自然公園。
 夜には昼の倍に活気づくこの街の中央から少し離れた場所に、そこはあった。
 今から二十年前、街の中にもっと自然を入れようという考えから生まれたこの公園には今日も大勢の人が訪れている。
 国中の庭師や建築家達を招集してて作られたここは、正に人工の森と言っても良いだろう。
 散歩道に沿って植えられた木々が初夏の日差しを遮り、歩いている人々を僅かながらにも涼ませている。

 規模を比べればブルドンネ街にある公園よりも小さいものの、中央には池が作られている。
 そこにはカエルやメダカといった小さなものから、タニア鯉やサンショウウオといった大きな水生生物たちが暮らしていた。
 池の周りには囲うようにしてベンチを設置しているほか、貴族専用の休憩小屋まで建てられている。
 水のあるところには必ず人が来ると予想してか、公園の中にはアイスクリームや軽食などの屋台まである。
 少なくとも街中の噴水広場より大きく開放感のある場所の為か、今日はいつにも増して公園を訪れる人が多い。
 平民や貴族といった事は抜きにして家族やカップルに従者を連れた者から、一人で来ている者まで様々だ。


 そんな池の周りに設置されたベンチの一つに、黒髪の少女が座っていた。シエスタである。
 魔法学院で給士として奉公している彼女は、若草色のスカートに半袖のブラウスといったラフな出で立ちをしている。
 溜まっていた休暇を使って午前から街へ遊びに来た彼女は、従妹と一緒にこの公園を訪れていた。
 最も。シエスタが従妹と出会ったのは偶然であり、彼女の家が何をしているのかも知っていたのでその時に軽く驚いたのだが。 
 従妹はチクトンネ街の方で叔父と一緒に夜間営業の店を開いているので、朝と昼の時間は寝ている筈なのだ。 
 寝なければ夜の仕事に影響が出るであろうし、何よりも寝不足というのは女性にとって大敵そのもの。
 それを知らない従妹ではなく一体どういう事かとシエスタが聞いたとき、自分も今日は休みだと彼女は教えてくれた。

「ここ最近は忙しかったからね、久しぶりにアンタと会えるなんてこっちも嬉しい所さ」
 店の看板娘と誇れる綺麗な顔に微笑を浮かべて、彼女はそんな事を言ってくれた。


 そんなこんなでお遅めの昼食をとった後、折角だからとこの公園に来て三十分程が経過して今に至る。
 何か飲み物を買ってくると言った従妹と一時別れたシエスタは初夏の暑さを肌で感じつつ、従妹が帰ってくるのを待っていた。
 燦々と大地を照らす太陽の光と熱が彼女の身体を炙り、平民にしてはやや綺麗な肌からは玉のような汗が滲み出る。
 それをハンカチで拭いつつ一体いつになったら帰ってくるのかと思った時、うなじの部分から何か違和感の様なものを感じ取った。
 暑い空気が漂うこの場所で、その違和感が何なのかすぐに分かったシエスタが後ろを振り向いた瞬間…

「きゃっ…冷たっ!」
 冷たい結露を滲ませた瓶が頬に当たり、彼女は小さな悲鳴を上げた。
 直後、その紙コップを持っていた人物がその顔の筋肉を緩ませて笑い始める。

「ハハッ、ドッキリ大成功だ!」
 まるで落とし穴にはまった阿呆を笑い飛ばすかのようにシエスタの従妹、ジェシカは言った。
 貴重な休暇の真っ最中である彼女の服装はシエスタと同じく、この季節に合わせて涼しげな印象がある。
 白い木綿のシャツは体より少し大きめではあるが、胸が大きいせいかブカブカしてはいない。
 それどころか、彼女の長所の内一つであるそれを周りにこれでもかとアピールしていた。
 無論路地裏にいるような娼婦ほど下品ではなく、いつも仕事で着ている服と比べればまだまだ控えめ程度なのだが。
「もう…真昼間だからって驚かさないでよ」
「イヤァ~悪い悪い、ちょっと戻ってくる途中に魔が差しちゃってね?…っあ、はいコレ」
 シエスタの苦言を軽い言葉と共に聞き流しながら、ジェシカは右手に持っていたアイスティーが入った瓶を手渡した。
 全く反省の色を見せない彼女にシエスタは小さなため息を突きつつ、それを受け取る。
 従姉が受け取ったのを確認してからジェシカも彼女の隣に座り、瓶の中に入っている炭酸飲料を飲み始めた。
 普通の物よりやや大きい瓶の中に入っているオレンジソーダは小さく波打ちながら、ゆっくりと彼女の喉を通っていく。
 一方のシエスタは彼女と違いすぐにアイスティーを飲もうとはせず、申し訳なさそうにその口を開いた。

「…ありがとうジェシカ。お昼ご飯だけじゃなくてわざわざジュースも奢ってくれるなんて」
「う…ひぃって、ひぃって!ふぇつにふぃにひなふてほ」(う…良いって、良いって!別に気にしなくても)
 突然従姉からお礼を言われたことに、ジェシカは瓶を口に着けたまま言葉を返す。
 しかし何を言っているのかわからないうえ行儀の悪い従妹の素行に、シエスタはついついその表情を曇らせてしまう。
 シエスタの顔色を見てすぐに察したのか、ジェシカは少しだけ慌てたように口から瓶を離した。

「もう…貴女って子供の頃からそうよね」
 呆れたような従姉の言葉に、ジェシカは「ヘヘへ…」と照れ隠すように笑う。
「自分はお行儀よく生きてるつもりなんだけどねぇ。…何て言うかな、育ちが違うってヤツ?」
 先程と同じく反省していない様子の従妹にシエスタはまたもため息をつきつつ、ようやくアイスティーを飲み始める。
 つい数分前まで氷水に浸かったおかげでキンキンに冷えた瓶の中身が、彼女の口内を刺激していく。
 少し過剰とも思える程度に冷たいアイスティーの味と香りをじっくりと堪能しつつ、それを喉に通らせていく。
 それから二口分ほど飲んで口から瓶を離し、シエスタはふぅ…と一息ついた。
 彼女の口から出たそれは飲む直前のため息とは違い、生き返ったと言いたげな雰囲気が込められている。

「……美味しいね。冷たくて」
「でしょ?」
 従姉の口から出た感想に、従妹は満面の笑みを浮かべた。

 それは、二人の大事な休日の一シーン。
 細かくすれば、公園の中で起こっている様々なイベントの一つ。
 もっと遠くから見れば、チクトンネ街の中で起こった些細とも呼べぬ出来事。
 そして空の上から見下ろせば…トリスタニアに住んでいる何万人もの平民たちの内、たった二人の会話。
 誰かの目には入るかもしれないが、永遠に記憶されないであろうその会話。
 しかし二人にとっては、青春時代の思い出に刻まれるであろう大切な一時なるのだ。
 まるで制限時間付きの魔法を掛けられたお姫様のように、二人は残された午後の時間を楽しむだろう。

 人という生物は群れる事によって強固な都市を作り、世代を重ねて平和を謳歌する。
 ここにいれば安全に生きていけるし、外敵に怯える夜を過ごさなくても良い。
 だから忘れてしまった。自分たちを脅かす要素が内側からも発生するであろうことに。

 自然公園からもう少し北の方へ進むと、小さな林が広がっている。
 かつて旧市街地の遊歩道兼小さな公園として作られたここは、今や誰も訪れぬ場所となっていた。

 人の手と自然の力によって作られたここは死んだように静まり返っており、遠くの方からは街の喧騒が聞こえてくる。
 まるで墓地のような雰囲気を漂わせるこの場所には、唄を囀る小鳥もいなければ野を駆ける動物たちもいない。
 そこから進んだところにある樹海の入り口とここを隔てるように設置された錆びた鉄柵の所為で、外の世界から来る者がいないのだ。
 風に吹かれてなびいた木々が自然の音楽を奏でてはいるが、それがかえってこの場所を不気味にしている。
 碌に整備されず好き放題に伸びた雑草が荒廃した雰囲気を作り、遠くから聞こえてくる明るい喧騒が空しさを駆り立てる。
 まるでここは箱庭。ただ砂の地面に木や芝生の置物だけを設置して構成された空虚な世界。
 普通の神経を持った人間ならば、すぐにでもここを離れて人気のある場所へと走るだろう。
 それは常識的に最も正しい答えであり、大衆が賛同する模範的解答例に違いない。

 しかし――――゛少女゛は好きであった。人気のないこの小さな世界が。
 誰もが忘却してしまった朽ちた箱庭のような此処が、なんとなく好きになってしまったのである。


「……………」
 一見すればボロ布と勘違いされるであろう黒いローブを羽織った゛少女゛は何も言わず、ただじっと空を見上げていた。
 枝と木の葉が擦れる音を耳に入れつつ、゛少女゛は雲が緩やかに流れていく光景を目に焼き付けている。
 朝方と比べ幾分か冷たくなった初夏の風が特徴的な少女の黒髪と、後頭部に着けた赤いリボンをフワフワと揺らす。
 まるで鱗翅目の中で中々麗しい容姿を持つ蝶のような形をした赤色のリボンは、この場所で最も目立つ色をしていた。
 腰ほどまで伸びた黒い髪は陽の陽の光に当たり、艶やかに輝いている。
 肌の色はハルケギニアに住む人間と比べると若干黄色が混じってはいるが、近くで見なければまずわからないだろう。
 無表情ではあるが顔の方も均整がとれていて文句は無い。正に花すら恥じらうという言葉が似合う程。
 ここまで言えば容姿端麗の美少女なのだが。唯一意義を唱えるべき個所が一つだけあった。


 ゛目゛だ。

 ゛少女゛の眼窩に嵌っている、二つの球体状のそれ。
 赤みがかった黒い両目は確かに美しいものの、どこか虚ろな雰囲気があった。

 まるで路地裏に暮らす孤児のように、何かを悟り諦めてしまったかのような絶望感。
 生きていく希望や理由すら失い、生ごみでも食んで毎日を無作為に過ごしていくような虚無感。

 まともな人生を歩んでいる人間が浮かべる事の出来ないようなそれが、その両目から惜しみなく滲み出ている。
 きっと゛少女゛がその両目で睨めば多くの人間が怯み、自ずと消え失せていくであろう。
 しかし、゛少女゛はそれでも良いと思っていた。他人の為に気を使うならば、ずっと一人でいる方が気楽だと。
 だから好きになれたのかもしれない。自分と同じように、誰からも愛されなくなったこの場所を。

「………」
 空を見上げていた゛少女゛は、ふと何かを思い出したかのように頭を下ろす。
 青と白の美しい景色から一転して目に映るのは、周りを囲むように生えている雑木林。
 十年近くも前から手入れされなくなったこの場所は、夏が訪れようとしているのに薄ら寒い何かが漂っている。
 かつて人から名前を貰ったこの土地も、多くの人々の記憶から忘れ去られた今では死に体も同然。
 撤去されたベンチの埋め合わせで生えてきた雑草は少女の膝くらいの高さにまで伸びており、お世辞にも歩き易い場所ではない。
 少し厚めの靴下を履かずに歩こうものなら、無駄に成長している草たちでその足を切ってしまうだろう。
 幸いにも゛少女゛が今いる場所はそれほど成長しておらず、注意して歩けば怪我をすることはない。
 しかし、゛少女゛はそんな理由で頭を下げたのではなかった。

 頭を下ろした゛少女゛を囲むようにしてできている小さな雑木林。
 リスやトカゲといった小動物はいないものの、きっとコガネムシやバッタなど昆虫たちの住処と化しているだろう。
 雑木林にその身を囲まれている゛少女゛はその場から動くことなく、ゆっくりと周囲を見回し始めた。
 まるで何かを探しているかのように、頭だけを動かして見回している。
 顔色一つ変えずそのような事をしている゛少女゛の姿は、何処となく不気味な何かが漂っている。

 やがて十秒ほど辺りを見回した時、突如゛少女゛の動きが止まった。
 まるでリードを引っ張られた犬の様にその体をビクリと止めた゛少女゛の視線の先にあるのは無論、雑木林。
 常人が一見すれば何の変哲もないであろうその林…否、その林の゛向こう゛から、゛少女゛は感じ取っていた。

 自分をここまで連れてきた、゛怒り゛の根源であろう゛何か゛の気配を―――――

 ゛少女゛は目の前をじっと見据えたまま、思い出し始める。
 なぜ自分がこんな場所へとやって来たのか、その理由と経緯を。


 数時間前、゛少女゛をとある苦痛から助け出した゛怒り゛の感情がこんな事を教えてきた。
 『お前は今から、ある場所へ行け』と。 ゛少女゛自身の心が、゛少女゛の体にそう命令したのである。
 ゛少女゛はその指示に従って森の中を歩き、途中襲いかかってきた豚頭の怪物を葬ってここへ来た。
 その時近くにいた二人の人間が襲いかかってきたのだが、その人たちがどうなったのか゛少女゛は良く知らない。
 襲われた張本人である゛少女゛自身が覚えていないというのはどう考えてもおかしいが、本当に何も覚えていないのだ。

 ただ。二人の内一人が何かを言ってきた時、自分の意識が混濁したことだけはハッキリと覚えていた。
 何を言われたのかという事も覚えてはいないが、きっとその言葉は自分にとって一番言われたくない言葉だったのだろう。
 もしもそうならば、むしろ思い出す必要は無いと決めて゛少女゛は考える事をやめた。


 そうして何も考えずただ゛怒り゛の指示に従って歩き、今に至ってようやく゛少女゛は理解した。


 ――――――゛怒り゛は、導いてくれたのかもれない。
             自分を苛んでいた痛みの根源である、゛何か゛と会わせるために…


 その瞬間であった。
 目の前の林から二つの小さくて薄い物体が飛び出してきたのは。

 少なくとも亜高速の銃弾より遅いであろうそれはしかし、並大抵の人間の目では決して捉える事はできないだろう。
 それ程の速度で迫ってくる二つの物体に対し゛少女゛は頭で考えるより先に体を動かし、咄嗟に左手を前に突き出す。
 突き出したと同時に二つの物体と左手が見事衝突した瞬間、不思議な事が起こった。
 何とその物体は、まるで糊が塗られているかのようにピッタリと゛少女゛の左手に貼りついたのである。

「あっ…――…えっ?」 
 一体何なのかと軽く驚きそうになった瞬間、そこで゛少女゛は気づく。
 自分に目がけて飛び出してきた物体の正体が、二枚の紙であったことに。
  長方形の白いそれには、赤い墨を使って文字か記号の様なものが書かれている。
 それが目に入った瞬間、今まで無表情であった゛少女゛の目がカッと見開かれた。

 ゛少女゛は知っていた。この紙に書かれている文字がどういう意味を示しているのか。
 そして、これの直撃を喰らう事が非常に危険だという事だと。
 直後、゛少女゛の左手に貼りついた二枚の紙がパッと一斉に光り輝く。

 まるで信号弾のように青白いその光は、あっという間に彼女の体を包み込み―――――爆発した。

 黒色火薬や系統魔法のどれとも違うそれは、本来はこの世界に無い力に包まれている。
 それ程強くもない爆発だというのにそこから生まれた風は強く、地面の雑草を吹き飛ばし雑木林を激しく揺れ動かす。
 地面の土が煙となって一斉に舞い上がり、爆発の中心にいた゛少女゛ごと周囲を包み込む。
 爆発自体は一瞬であったものの、その一撃はあまりにも強かった。
 しかも爆弾や魔法でもない、たった二枚の紙がそれを引き起こしたのである。
 もしこの事を知らない人間に事情を話しても、すぐに有り得ないの一言でバッサリ切られてしまうだろう。



「――――――成る程。…こりゃまた、とんでもないのがやって来たわね」


 辺り一帯が土ぼこれに包み込まれ、爆風の余波で今も揺れ動く林の木々。
 先程とは一変してやかましくなったその場所へと、一人近づこうとしている゛彼女゛がいた。
 爆発に巻き込まれた゛少女゛と同じ色の髪に同じ色とデザインの赤いリボンを頭に付けた、赤みがかった黒い瞳の゛彼女゛。
 紅白の服と黄色のスカーフを身に着け、服とは別になっている白い袖を腕に着けている゛彼女゛の表情は不機嫌なものとなっている。

「まぁ、ここ最近は動きが無かったから充分休ませてもらったけど…」

 ゛彼女゛は黒いローファーを履いた両足でゆっくりと歩きながらも、一人何かを呟きながら歩いている。
 白いフリルがついた赤のセミロングスカートをはためかせ、爆発の中心部へ向かって一歩一歩確実に近づいていく。
 右手には先程の爆発を起こした原因である白い紙と同じものを三枚、しっかりと握り締めていた。
 もしもあの爆発を見ていた者がいたら、きっと気づく者は気づいていたに違いない。
 あの爆発を起こしたのは、もしかすると゛彼女゛かもしれないと。
 生憎この場に居合わせているのは゛少女゛と゛彼女゛の二人だけであったが、それは間違っていない。
 あの紙を゛少女゛に投げつけ、爆発させたのは゛彼女゛の仕業だった。 

「だからって、来ただけで散々人を驚かせるなんて…ちょっと趣味にしては悪質よねぇ?」

 尚も濃厚な土煙が漂う爆発の中心部の前で足を止めた゛彼女゛は、まだ呟いている。
 もしもこの独り言が他人に聞かれたとしても、きっとその言葉に含まれている事実を知ることは出来ないだろう。
 立ち止まった゛彼女゛はその場でジッと土煙を睨み、その中にいるであろう゛何か゛を見据えようとしている。
 中心地に何がい今はどういう状況になっているのかという事も知らなかったが、゛彼女゛は感じていた。
 わざわざ自分を街の中央から、こんな人気のない場所へと導いたであろう傍迷惑な゛存在゛の気配を。

「メイジとかキメラといい――――…そしてアンタといい。本当、この世界は面白くて厄介だわ」

 独り言をつづけながらも、゛彼女゛はジッと睨み続けている。
 初夏の風に吹かれて少しずつ薄れていく土煙の中から見える、黒い人型のシルエットを。
 奇妙な事に、そのシルエットの正体が突き出したままであろう左手がボンヤリと薄く光っている。
 煙越しに見ているせいかもしれないが、まるで空中に浮かぶ火の玉のようだ。

「さてと、痛い目にあわして色々と聞きたい前に一つだけ質問するけど…」

 ゛彼女゛がそう言った時、段々と薄くなっていく土煙の中からゆっくりと゛少女゛が歩いてきた。
 左手を突き出した姿勢のまま、突如攻撃をしてきた゛彼女゛と同じ歩調で足を前に進めて迫ってくる。
 段々とその姿がハッキリと見え始めた時、゛彼女゛は静かに身構えた。
 まるで飢えた猛虎と対面した獅子のように、いつでも先手を打てるよう左手を懐に伸ばす。
 その直後。爆風の中からようやく出てきた゛少女゛が、目の前にいる゛彼女゛と対峙するかのようにその場で足を止めた。

 爆発でその身に羽織っていたローブが破け去った今、゛少女゛の着ている服が明らかとなった。

 紅白を基調とした服に黄色のスカーフ。そして服とは別々になっている白い袖。
 赤いセミロングのスカートには白いフリルがついており、土煙の所為で少しばかり汚れている。
 足に履いているのはローファーではなくブーツであったが、それ以外は゛彼女゛と全く同じ容姿をしていた。


 そう、全く同じ容姿をしていたのだ。瓜二つや双子という言葉では例えられない程に。

 顔の形や肌と目の色も全て、型を取って量産された安い置物のように二人の姿は九割方一致している。
 違っている点は履いている靴とその顔に浮かべた表情、そして体から滲み出ている゛怒り゛であった。
 ゛彼女゛の体からは、段々と熱くなっていくお湯の如く怒りに満ちていく気配と癇癪玉の如き不機嫌さが募った表情。
 ゛少女゛の体からは、心の芯まで冷えてしまうような氷の如く冷静な怒りの気配と人形の様な無表情。

 だが…それ等を別にして何より目立っていた共通項は、双方ともに光り輝く゛左手゛であった。
 先制攻撃を仕掛けてきた゛彼女゛の左手にはルーンが刻まれており、それを中心にして薄く輝いている。
 一方の゛少女゛の左手には何も刻まれていないものの、夜中の墓地を彷徨う幽霊の様にボンヤリと光っている。

 人気失せて久しい森林公園の中。
 そこに今、殆ど同じ容姿をした二人の少女が対面している。
 見れば誰もが困惑するであろう。段々と現実から離れてゆくその光景に。



「アンタ、一体何なのよ?」

 ゛彼女゛―――博麗霊夢の口から出た唐突な質問に、

「…それは、こっちが聞きたいくらいよ」

 ゛少女゛――…博麗霊夢は手短に返した後。戦いが始まった。

 方向性はそれぞれ違うものの、二人の心が゛怒り゛のそれへと染まりきった状況の中、
 全く同じ姿と声を持ち、互いに左手が光っている二人の霊夢の戦いが、今まさに始まろうとしていた。





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