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Mission 34 <冥府の門を守る者> 前編



今やアルビオンの王権は貴族派の反乱によって完全に潰えていた。
歴史の片隅へと追いやられた王族に代わりアルビオン大陸を支配するレコン・キスタはそれだけでは飽き足らず、更なる野望に向けて準備を進めている。
その日、神聖アルビオン共和国の新たな皇帝となったオリバー・クロムウェルは手中に収めた都市の一つ、港町ロサイスに供の者達を引き連れて足を運んでいた。
かつては王立空軍の工廠であったこの場所には製鉄所など様々な建物が並んでいる。
空軍の発令所である赤レンガの建物には誇らしげに革命によって王権を簒奪したレコン・キスタの旗が翻っているのが見えていた。
「ほほう! 何とも大きく頼もしい戦艦だ! まるで世界を自由にできるような気分が湧いてくるよ! そう思わないかね?」
クロムウェルは工廠で一際目立つ巨大な艦を見上げて喜々とした声を上げた。
全長200メイルにも及ぶその『レキシントン』号と呼ばれる戦艦は旧名を『ロイヤル・ソヴリン』号という。
かつては王党派が所有していた旗艦であったこの戦艦もレコン・キスタによって接収され、彼らが革命戦争と呼ぶ反乱の初の戦勝地の名を付けられていた。
そして今、さらに突貫の工事で改装が行なわれている最中である。
(王権の簒奪者め……)
子供のようにはしゃぐクロムウェルをつまらなそうに見つめるのはレキシントン号の艤装主任であるサー・ヘンリー・ボーウッドであった。
彼は先の革命戦争の際、レコン・キスタに属していた巡洋艦の艦長であったものの別に彼らを支持しているわけではない。
生粋の武人である彼は、〝軍人は政治には関与するべからず〟という意思を強く持っているが故に、たとえ意に反した戦であるとはいえ上官が命令をすれば従わなければならない身であった。
たとえ反乱軍の側につくことになっても体面はそうせざるをえない。
だが、心情的には滅ぼされた王国を支持する彼にとってこのクロムウェルは忌むべき存在である。
(あの化け物達……こいつが呼び出したものか)
それにこの男、話によれば悪魔に魂を売ったなどという噂があるのだ。
革命戦争の最中、ボーウッドは王党派の軍を悉く屠っていった異形の怪物達の姿を思い起こす。
勝手に戦争に参加して殺戮を楽しむオークやトロール共のような獰猛な亜人達とは違い、奴らは明確な反乱軍の指揮の下に戦闘に参加していたのである。
ハルケギニアに生息するいかなる幻獣や魔物達よりもおぞましく、そして狡猾なこの世のものとも思えぬ異形の存在。それらは全てクロムウェルと契約した悪魔なのだろうか。
四年前までただの平民の司教に過ぎなかった彼がどういった経緯で悪魔に魂を売り渡したのか、一介の軍人に過ぎないボーウッドには想像もつかなかった。

「見たまえ、あの大砲を! アルビオン中の土メイジ達を集めて鋳造された長砲身の大砲だ! 従来のカノン砲の1.5倍ほどの射程があるのだ。そうだったね?」
クロムウェルは傍に控えているフードをかぶった黒い長髪の女性を振り返った。
「さようでございます」
その冷たい雰囲気を漂わせる女性、シェフィールドは胸に手を当てて首肯する。
彼女はこのアルビオンで革命戦争が起きてからほどなくしてクロムウェルの秘書として務めることになった人物である。
東方出身の彼女は故郷で培った技術を提供するなどして反乱軍の数々の活動に貢献しており、今では執政官の任も預かるまでになっていた。
だが、別に彼女はレコン・キスタの反乱や革命とやらには興味がなかった。
彼女の目的はただ一つ。ガリアで待つ主より与えられた命を実行するまで。
四年前、ガリアより密かに派遣されていた彼女はこの空の大陸で起きているあらゆる出来事全てを主に報告を行なっていた。
主は無能などと呼ばれているが実際には違う。ハルケギニアの誰よりも智謀に長けた謀略家。
こんな空の上の辺境の地で起きている些細な戦でさえもその裏を知ろうとし、そのために自分を遣わしてくれたのだ。
信頼する主の望みに応えるためにも、シェフィールドは冷徹に、辛抱強く、与えられた大任を果たすべく力を尽くすのである。
もっとも、主が「顔が見たい」などと言ってくれればすぐにでも彼の元へと戻るのだが。

「しかしながら、たかが結婚式の出席に新型の大砲を積んでいくとは、下品な示威行為と取られますぞ」
「ああ。君には親善訪問の概要を説明していなかったな」
クロムウェルがボーウッドにそっと耳元で何がしかを呟く。
その親善訪問の詳細は秘書として活動するシェフィールドの耳にも及んでいる。
シェフィールドは黙って見届けていたが、突如ボーウッドの顔色が変わり青ざめていた。
「そのような破廉恥な行為、聞いたことも見たこともありませぬ! トリステインとは不可侵条約を結んだばかりではありませんか!」
「それ以上の政治批判は許さぬ。これは議会が決定し、余が承認した事項なのだ。君はいつから政治家になったのだね?」
激昂し、わめくボーウッドにクロムウェルは事もなげに言い放つ。
そのようなことを言われ、ボーウッドは唇を噛み締めたまま何も言えなくなっていた。
所詮、軍人は物言わぬ剣にして盾であり、国のための番犬に過ぎない。……だが。
ボーウッドは苦しげに言葉を吐き出す。
「……ですが、アルビオンはハルケギニア中に恥を晒し、悪名を轟かすことになりますぞ」
「ハルケギニアは我々レコン・キスタの旗の下、一つにまとまるのだ。聖地をエルフどもより取り返した暁にはそんな些細な外交上のいきさつなど誰も気に留めまい」
「些細な外交上のいきさつですと? あなたは祖国をもお裏切るつもりか!」
全く気にした風もなく答えるクロムウェルに、ボーウッドはたまらず詰め寄っていた。
「――がっ……!」
途端、ボーウッドは息ができなくなり、首が押し潰されるような感覚をその身に受けながら低く呻いた。
『Don't speak. a puppy.(黙れ。飼い犬が)』
それまでの快活で澄んだ態度と口調が突如として一変し、クロムウェルはドス黒い濁った声で呟く。
クロムウェルはボーウッドの喉を掴み、腕一本で吊るし上げていた。
かつては一介の平民の聖職者であったにも関わらずそれからあまりにかけ離れた凶暴な行動に、ボーウッドは困惑する。
『力無き飼い犬は黙って我が命に従えば良い。我らに力と兵をお与えくださった始祖をも超えし、偉大なる〝羅王〟のためにも我らは結集せねばならん。如何なる手段を使おうがな』
表情はいつもと変わらぬものであった。だが、まるで別の邪悪な存在が語りかけてきているような凶悪な言葉にボーウッドは戦慄した。
やはりこの男、悪魔に魂を売り渡したのだと確信する。そして身も心もその悪魔に支配されてしまったのだと。
「――分かったなら、素直に余に従ってくれるね?」
にっこりと笑い、元の態度に戻ったクロムウェルはボーウッドの喉から手を離す。
地に落とされ激しく咳き込むボーウッドからの答えも聞かずに踵を返して立ち去っていった。

(どちらが傀儡かしら)
シェフィールドはクロムウェルの後ろに付きながら密かに溜め息を零した。
この男、革命を起こす前は何度と無くガリアにアルビオンからの一介の使者として遣わされる仕事をこなしていた平凡な人間であった。
それこそ革命を起こし、他国へ侵略を仕掛けるという大胆なことなど自ら起こせないような小心者だったはずである。
だがその男も今となってはこの世ならぬ魔に魅入られ、悪魔に等しい存在へと成り果てていた。
今、あの男が付けているアンドバリの指輪。あれも彼を堕落させた者の力を借りて手に入れたという。
力を手に入れ、魔に魅入られた男はその悪魔に乗せられるがままに戦を仕掛けている。
自分がその悪魔に利用されていることにも気付いていない。
それこそまさに悪魔に飼い慣らされている犬同然の姿だ。
(あの方の睨んだ通りだわ。……愚かな男)
こうして見ているだけでも唾棄したくなるのをシェフィールドは自分に託された任務のためにも必死に堪えていた。


ルーチェ、オンブラという新たな武器を手にしたその翌日、朝早くからスパーダは学院内にある平民用宿舎を訪れていた。
今日はちょうどアンリエッタ王女とゲルマニア皇帝の結婚式が行なわれる一週間前である。
この日から来週の結婚式が終わるまで学院で勤務している平民の給仕達は休暇をもらい、帰郷することでゆっくりすることができる。
もちろん、それはメイドのシエスタとて同じだ。
そして、スパーダはそのシエスタと先日交わした約束を果たすためにここにいるのである。

スパーダは宿舎の入り口の横で腕を組んだまま静かに佇み、シエスタが現れるまで待ち続けていた。
時間が経つにつれて宿舎からはシエスタ以外の平民の給仕達が私服姿で出てくる。
入り口にいるスパーダの存在に気付いて困惑はされるものの、給仕達は素直に挨拶をしてきていた。
異国の貴族の威厳と風格を持つスパーダは給仕達からの評判も良く、傲慢で接しにくい他の多くの貴族達と違って気楽に話しかけることができるのだ。
普段ならば平民に挨拶をされても無視するのがほとんどである他の貴族達と違い、スパーダは「道中は気をつけろ」「ゆっくり休暇を楽しめ」
などと少々素っ気無かったものの穏やかに返事をしていたのだった。
「待っていたぞ」
そうした対応をしばらく続けていると、入り口から荷物を纏めたシエスタが姿を現したことでスパーダは声をかけた。

「あ、ごめんなさい。スパーダさん。お待たせしてしまったようで……」
シエスタの私服は茶色のスカートに木の靴、草色の木綿のシャツという平民らしく質素な身なりである。
「構わん。気にすることはない」
スパーダは頭を下げようとしたシエスタを制し、肩に手を置くとそのまま彼女を引き連れて正門へと向かっていった。
(スパーダさん、ずっと覚えていてくれたんだ)
シエスタはまさか本当にスパーダが自分との約束を覚えていただけでなくこうして待っていてくれたことに驚いていた。
自分みたいな平民からの誘いなんてもしかしたら忘れられてしまうのではと不安を抱いていたというのに、スパーダはこんな自分との約束まで守ってくれていることがとても嬉しかった。

スパーダが傍にいると、彼が本当に自分の主であるように思えてしまうのがとても不思議だ。
それに何故か、とても親近感が湧くのだ。自分は悪魔の血を引いているというのに……。この湧き上がる様々な思いは何なのだろう。
彼は単なる異国の貴族ではない。彼がいた異国のことなど何も知らないというのに、何故か彼に畏敬の念を抱いてしまう。
誰よりも偉大で侵すことのできない存在であると、はっきり感じることができてしまう。
自分のような何の力もない悪魔が……スパーダを力ある主として自然に認めてしまっている。
(あたし……どうしちゃったのかな)
自身でも訳が分からない思いが湧き上がってくることに、シエスタは困惑し続けていた。
「どうした」
「……い、いえ! な、何でもありません!」
ぼんやりとしていた所にスパーダから声をかけられて、シエスタは我に返った。
今日はせっかく主であるスパーダが自分のために時間を取ってくれたのだから、もっとしっかりしなければ。

「きゃっ!」
ゲリュオンを呼び出すために正門前へとやってきた途端、突如突風が地に吹き荒れた。
シエスタが荷物を入れたトランクを落として悲鳴を上げる。
スパーダが頭上を見上げると、そこには一頭の風竜が羽ばたき降下してくるのが窺えた。
「何の用だ」
降りてきたその風竜――シルフィードの背に主人のタバサ、そしてその親友キュルケの姿を確認して尋ねる。
「ミ、ミス・タバサにミス・ツェルスプトー!? どうなさったんですか?」
突然の二人の出現にシエスタはさらに困惑した。
「ダーリン、今日もまたどこかへ行くんでしょう? だったらあたし達もご一緒してよろしいかしら?」
シエスタに軽く手を振ったキュルケが髪を掻き揚げながら言うと、スパーダはちらりとタバサの方を見やった。
いつもの無表情なその顔には不満の色が密かに浮かび上がっている。
じろりとスパーダのことを射るように見つめてきていた。
(まだ拗ねてるのか)
先週のネヴァンとの一件から三日ほど経った後、その事件に関する報せが魔法学院にも届いていたのだ。
『トリスタニアで密かに暗躍をしていた異形の魔女が二人の剣士達によって倒された。一人は異国から渡ってきた貴族の剣豪である』
スパーダや共に戦ったアニエスの名前こそ出されてはいなかったが、〝異国の貴族の剣豪〟という触れ込みだけで学院の人間達はそれがスパーダであると即座に理解していたのである。
生徒達はスパーダが魔女を倒したという事実に驚き更なる尊敬を抱かれていたのだが、タバサだけは違った。
彼女は当日、やはりガリアへ行っていたためにこの件など知る由もなかったが、自分の留守中に悪魔絡みの事件に首を突っ込んでいたことが不服だったという。
互いに連絡がすぐに取れない状況であったために仕方がなかったことは解るが、それでもタバサはせっかくの獲物を狩ることができないのが不満だったそうだ。
だからタバサはそれこそ四六時中、スパーダを監視する気でスパーダが悪魔絡みの事件に首を突っ込むのを待っていたのだ。

「シエスタ。構わんか」
「え? あ、はい。わたしは全然構いませんよ」
困惑する中、シエスタは二人が同伴するのを了承した。
「では、シルフィードに乗っていくとするか」
ゲリュオンを呼び出す手間が省けたと言わんばかりに、スパーダは事も無げに呟いていた。
シエスタとしてはタルブまでの約二日間、スパーダと二人きりで相乗りをしようと思っていたのに突然の展開に少し納得ができなかったのだが。
それにタバサはスパーダ以外に唯一、自分が悪魔であることを知っている人物。
彼女は秘密にしてくれると言ってくれたのだが、どうして自分達について来ようとするのかその意図がシエスタには解らなかった。

スパーダとシエスタがシルフィードへと乗り込もうとしたその時――
「待ちなさいっ! あんた達ぃ!」
突如、喚き上がる少女の怒号に一行は姿を現したその少女へと顔を向ける。
始祖の祈祷書を手に仁王立ちしていたのは、ルイズその人であった。
昨晩は徹夜をしてまで詔を考えとりあえずある程度マシな物が出来上がったのだが、それをスパーダに確認してもらおうかという所で力尽きてしまった。
つい先ほど目を覚まし、スパーダの姿が見えないので外に探しに出てみたら、シエスタを連れている姿を目にしたのでたまらずにそれを追いかけてきたのである。
「ミ、ミス・ヴァリエール……」
突然現れたルイズの気迫にシエスタは唖然と目を見開いて慄く。
「スパーダっ! パートナーのあたしを置いて一体どこに行こうって言うのよ!」
ずんずんと近寄ってスパーダに食ってかかるルイズ。シエスタは思わずスパーダの後ろに隠れていた。
「タルブの村だ。そこに〝聖碑〟という……遺跡のようなものがあるらしくてな。案内してもらうことになった」
先日、ロングビルにそのことをルイズに伝えてもらうよう頼んでいたのだが、まさか自分から話すことになるとは。
事も無げに答えるスパーダにルイズの眉がさらに吊り上がった。
「何ですってぇ? ……ちょっとあんた! 勝手にあたしに許可なくスパーダを連れ回そうとしないでよ!
スパーダはあたしのパートナーなんだから、あたしに許可をもらうのは当然でしょう!」
「も、申し訳ありません! ミス・ヴァリエール!」
スパーダの後ろに隠れるシエスタに向かって怒鳴ると、彼女は必死に頭を下げて謝罪した。
「良いじゃないの。たかが一緒に同伴してもらうくらい許してあげなさいよ。心が狭いわねぇ」
キュルケが肩を竦めながら言う。タバサは興味がなさそうに本に目を通し、揉め事が終わるのを待ち続けていた。
「黙ってなさい! だいたい、何であんた達まで……!」
「もう良い。……とにかく、私は今日一日タルブへ行ってくる。ミス・ヴァリエールは……」
「だったらあたしも行くわ! パートナーに同伴するのは当然なんだから!」
有無を言わせぬ気迫と勢いでルイズは真っ先にシルフィードに飛び乗っていった。
「ちょっと、ルイズ。あなたまだ新しい杖が届いてないんでしょう? 今のあなたはそれこそ本当に〝ゼロのルイズ〟なんだから」
キュルケが呆れたように言うが、ルイズはむすっと拗ねた顔をするときっとキュルケを睨みつけた。
その通りである。ルイズの杖がネヴァンに壊され、その代わりの杖は未だ彼女の元に届いていなかったのだった。
今の彼女は丸裸同然。敵に襲われでもすればひとたまりもない。
だが、たとえ戦えずとも、ルイズはパートナーであるスパーダと共にいたいのだ。彼が戦うのであれば、それを自分も見届ける必要がある。
「スパーダがあたしを守ってくれるもん」
「……ならば、何があろうと決して前には出るな。いいな」
ルイズの固い意志にスパーダは溜め息を吐くが、厳しく釘を刺す。
どうしても付いてくるのであれば、その身を守り通す。それがスパーダの役目だ。
だがまたしても以前のように無理をされてしまってはスパーダでもどうしようもないのである。
「きゃっ」
嘆息したスパーダがシエスタの体を抱えて荷物と共にシルフィードに乗せると、自らも乗り込んでいった。
(きゅい……また定員オーバーなのね……)
五人を乗せ、空に高く飛び上がるシルフィードの呻きがスパーダの耳に届いていた。


ラ・ロシェールを超えた先に位置するタルブ地方は空間を超越して移動できるゲリュオンを全速力で走らせようと一日を費やすほどの距離にある。
だが、大空を羽ばたく翼を持つ風竜のシルフィードであれば半日もかからずに辿り着くことができた。
「あ、あそこがわたしの村です」
これから日が傾き始めようという時刻の中、シエスタが地上を指差した。
降り注ぐ午後の陽光が穏やかに照らす広大なタルブの草原。その生気に溢れた大地の中、確かに小さな田舎の村が窺えるのが分かる。
道中のシエスタの話によるとこの辺り一帯を治めているのはアストン伯という名の貴族であり、村では良質のブドウが採れるのだそうだ。
それで作られるワインは有名で、トリステイン一とも言われるほどの村の名産なのだという。
実際、ルイズやキュルケも味わったことがあるそうでとても美味しかったと良いコメントをしてくれていた。
「降下」
タバサからの命令でシルフィードはその村に向かってゆっくりと滑空していった。
近隣に点在する畑はもちろん、村の中にはこの地に住まう人間達の姿を見ることができる。幾人かは降りてくるこちらに気付いて何やら慌しくなり始めているようだった。
「あっ! お姉ちゃんだ!」
「すごぉーい! ドラゴンだ! お姉ちゃんがドラゴンに乗ってきたー!」
シルフィードが広場に着陸し、一行がその背から降りるとそこに幼い子供二人が駆け寄ってくる。
恐れることなく真っ先にシエスタの傍にやってきた幼子達の頭を姉の彼女の手が優しく撫でていた。
シエスタが幼い弟や妹に帰郷を歓迎される中、広場には次々と他の村人達が集まり突然の竜の出現と貴族達の来訪に驚き、困惑していた。
「おお。シエスタではないか。一体どうしたのだね。貴族のお客様をお連れするとは……」
「あ、村長さん。こちらはわたしがお世話になっている魔法学院の方達です」
現れた初老の男性にシエスタがスパーダ達のことを紹介してくれた。
村長以下、村人達は風竜の傍にいる四人の貴族達を見やる。
その中で最も注目していたのは背中と腰に剣を携えているスパーダだった。
貴族なのにマントを身に着けてはいないし、何よりメイジの象徴であるはずの杖ではなく平民の武器である剣を手にしているのが不思議な光景であった。
「スパーダ・フォン・フォルトゥナだ。彼女達は学院の生徒でルイズ、キュルケ、タバサ。シエスタには私達も世話になっている」
腕を組みながら前へ出てきたスパーダが名乗り、ルイズ達も紹介する。
このフルネームは以前、キュルケが勝手に付けた偽名である。このハルケギニアではこれからその名で名乗ることにしていた。
貴族らしい威厳と風格を漂わせながらも屈託のない毅然とした態度で、平民に対して自ら挨拶をしてきたスパーダに村人達は呆気に取られる。
「おお、さようでございますか。こんな田舎へわざわざご足労いただき、光栄でございます。どうぞゆっくりご滞在してくだされ」
村長はにこやかに笑顔を浮かべ、ぺこりとスパーダに一礼をする。
「あら。ダーリンったら、あたしの付けた名前を使ってくれてるんだ」
「なっ! どういうことよ、キュルケ!」
キュルケは嬉しそうに笑ったが、ルイズは不機嫌そうに呻いて詰め寄った。
スパーダのフォルトゥナにおける貴族の名前かと思ったのに、何でキュルケが勝手に名前を?
そしてスパーダはどうして平然とその名を名乗れるのだ?
「ダーリンだって元は貴族なんだから名前があったって不思議じゃないでしょ?」
「だから、何であんたが勝手に名前を付けてるのよ!」
二人の貴族の子女が言い争うのを村人達は呆然としながら見つめていた。
ルイズから一方的に食ってかかるだけだったが、キュルケはいつもの余裕の態度で軽くあしらっていた。

それからスパーダ達はシエスタに招かれ、彼女の生家へと案内された。
彼女の家族は父と母、そして八人兄弟というかなりの大家族でありシエスタはその長女であるという。
幼い弟と妹達を連れて戻ってきたシエスタは父と母より久しぶりの帰郷を喜ばれた。
そして娘がスパーダ達、貴族の客を連れてきたために驚かれたが、先ほどと同じように事情を話すと歓迎された。
「お前、本当に大丈夫かい?」
「この間、モット伯とかいう貴族の所へ奉仕しに行ったって話を聞いたぞ。何もされてないな?」
心配そうに母と父はシエスタの肩や体に触れ、安否を確かめる。
どうやらあの時の話はこの実家にまで届いていたようだ。
「大丈夫よ。こちらのスパーダさんと、ミス・タバサのおかげで」
シエスタが腕を組むスパーダと本を読み続けているタバサの方を振り向き、答える。
「わぁー、おじさんかっこいいー!」
「おっきい剣だ!」
「わるい貴族からお姉ちゃんを助けてくれたんだ!」
話を聞いた幼い子供達がスパーダの足元に纏わりついてくる。スパーダはちらりと足元の子供達を一瞥していた。
「ねぇ、タバサ。どういうこと? あのメイドに何があったの? あなた達、何かしたっていうの?」
「モット伯の屋敷に悪魔が現れた。彼女を助けるついでにそれを狩っただけ」
ルイズがタバサの肩を揺するが、本人は手にする本から視線を外さずに淡々と答えていた。
(何よ。あたしに隠し事なんかしたりして!)
もう隠し事はしないと約束をしたのに、スパーダはパートナーであるルイズに全てを話してくれない。それが許せなかった。
もっとも、その約束はスパーダの素性を知った時に交わしたもの。
モット伯が化け物に襲われて死んだという報せはそれよりもずっと前に起きたことなのだ。
スパーダはそんな過去に起きたことなど一々、話す気はなかったのだろう。
(まだあたしに隠し事をしてるんじゃないでしょうね……?)
ルイズは胡散臭そうに目を細め、スパーダの背をじっと睨んでいた。

「どうも、シエスタがお世話になったようでお詫びのしようがありません。本当にありがとうございます、貴族様」
「気にすることはない」
シエスタの父は深く頭を下げて感謝の言葉を述べるが、スパーダは僅かに一瞥して素っ気なく言葉を返していた。
「シエスタ。〝聖碑〟とやらのある場所へ案内してもらいたい」
母に抱かれていたシエスタに声をかけると、シエスタの父が怪訝そうに顔を歪めだした。
「貴族様、あそこに何のご用で……?」
「ただの観光といった所だ」
スパーダが目的を告げるとシエスタの父は要領が悪そうに苦い顔を浮かべだす。
「失礼を承知で仰いますが、やめておいた方がよろしいかと……」
「どうして? ちょっと行って見てくるだけなのに」
シエスタは父からの忠告に訝しんだ。あそこは村のお婆ちゃんでさえ祈りを捧げにいける何の変哲のない場所なのに。
「実はな。半月くらい前からあそこにおっかない化け物が棲みついてしまったんだよ。今じゃあそこには誰も近づかないんだ」
「ば、化け物? どういうことなの、父さん」
予想もしなかった話が父より告げられてシエスタは愕然とした。
化け物という言葉にスパーダはもちろん、ルイズ達も敏感に反応していた。

話によれば、その半月前に聖碑を拝みに行ったある村人がいたという。
聖碑がある場所へ訪れた時、そこでは信じられないことが起きていた。
十数匹のオーク鬼達がいつの間にか聖碑のある場所を棲み処にしていたそうだが、さらにそれよりももっと恐ろしいものを目にしたのである。
何でも氷の力を操る巨大な幻獣が聖碑の前に居座り、オーク鬼達を全て氷漬けにして難なく蹴散らしてしまったのだそうだ。
しかもその幻獣、何と人の言葉も堪能でよく喋るらしい。
その話を信じなかった幾人かの村人は聖碑のある場所へ行ったそうだが、その人語を話す幻獣に追い返されてしまったという。
どうやら自ら危害を加えようとはしなかったそうなので、仕方なくそのまま聖碑を拝みに行く人はいなくなったそうだ。
その幻獣もそこに居座るだけで自ら村まで降りてくる様子もないので領主に討伐の依頼も出されずそのまま放置されているという。
「人を襲わないので追い返すだけなんて、その幻獣何なのかしら?」
「言葉を話す以上は、相当な大物」
キュルケの疑問にぽつりとタバサが答えた。心なしか、その口ぶりには力が込められているのが分かる。
どうやらその幻獣と戦って自分の力を更に引き上げたいと考えているのだろう。

シエスタの父も母も聖碑を見に行くのは危険だということをスパーダ達に忠言した。
シエスタ本人も困ってしまった。スパーダがここに来た目的はその聖碑だというのに、とんでもない事態になっているだなんて。
「……その幻獣とやらがどのような奴なのか確かめておこう」
「面白そうね。どんな大物なのかしら」
「ね、行ってみましょうよ。スパーダ!」
スパーダもキュルケもルイズもそんな話を聞かされたくらいで恐れ戦くことなどなかった。むしろさらに意欲が湧いてくる。
タバサに至っては何かに確信を抱いたのか杖を握る手に力がこもっている。
やはり貴族は恐れ知らずなのだなと、シエスタの父母は嘆息していた。


タルブの村より少し離れた森の奥に、その聖碑と呼ばれる遺跡があるのだという。
とりあえずそこに居座っているという幻獣とやらをお目にかけるためにスパーダ達はシエスタの案内で向かうことになった。
「聖碑ってどんな物なのかしらね」
キュルケがわくわくとした様子ではりきる。
「本当に何もないですよ? ただの大きな石版ですから。村の人達は珍しいって言って拝みに来てるだけなんです」
木漏れ日が差し込む森の中を一行が進んでいる中、スパーダは腕を組みながら僅かに顔を顰めていた。
(なるほど。……どうやら当たりのようだ)
森の入り口に差し掛かった辺りから既に感じることのできる気配と魔力。
それは紛れもなく悪魔のものであり、しかもそこらの有象無象などではないことも解っていた。
奥へ進むにつれて感じられる魔力の波動が強くなってくる。相当な実力者たる上級悪魔が居座っていることは確かだろう。
「でも、そんな恐い幻獣が棲みついちゃってるだなんて……思ってもみませんでした。本当に申し訳ありません」
「謝ることはない。棲みついてしまった以上は仕方のないことだ」
シエスタからの謝罪をスパーダは軽く受け流すと、ちらりと背後のルイズを振り向いた。
「絶対に前には出るな。シエスタと共に離れていろ」
「……わ、分かってるわよ」
念を押してきたスパーダにルイズは剥れ上がる。
本当ならば自分も杖を持ってスパーダと共に戦えるはずだというのに、この屈辱は相当なものだ。
……だからといって無力な自分が戦おうとしても邪魔になるだけ。
今の自分がいるべき場所は戦いの中ですらない。それを理解しなければならない。
これ以上、スパーダの足手纏いにはなれない。我慢するしかないのだ。
「……ちょっと寒くなってきたわね」
森に入って歩き続けてからおよそ十分。キュルケが己の体を抱きながら呟く。
今の時季ではあり得ない寒気を一行はその身に感じていた。極端に寒いというわけではないのだが、突然の環境の変化にはさすがに体が反応し肌寒さを感じてしまう。
森の奥へ進むにつれて気温はさらに下がっていき、しかも地面は冷気の霧で覆われていたのだ。
それだけこの一帯の気温が低くなっていることの証である。
「やっぱり、この先の遺跡に棲み着いちゃったっていう幻獣の仕業なのかしら」
「そいつを見てみれば分かることだ」
ルイズの言葉に答えつつ、スパーダはちらりとタバサの方へ視線を向けた。
(ずいぶんと気合いが入っている)
一見するといつもの無表情に過ぎない。しかしその瞳に宿る闘志は強く、いつ敵が襲い掛かってこようとも即座に迎え撃たんとする気迫に満ちていた。
悪魔と戦うことを望んでいる以上、これから行なわれるであろう戦いのために己の内より湧き上がる闘志をさらに燃え上がらせているのだ。
相手次第ではタバサやキュルケに全てを任せても構うまい。彼女らが敗れた時がスパーダの出番となるだろう。
「あ、見えました。あそこです」
シエスタが指を差した先、そこは森の木々が途切れ日が射し込み明るくなっていた。
スパーダ達の前に広がっていたのは、50メイル四方の面積を有した広場であった。
それまで薄暗かった森の中とは違い、天から降り注ぐ日の光で照らされて明々としている。
「これは……」
広場に出てきてすぐにキュルケが唖然としていた。口から吐き出される息は低い気温によって白い蒸気と化す。
あたり一面、山道以上に濃い冷気の霧で覆われていた。ただ立っているだけで足元が悴んでしまいそうなほどに冷たい。
周囲の森に隣接している木々は完全に凍結され、季節外れの真っ白な樹氷の様相を呈していた。

「きゃあっ!」
シエスタが突然、悲鳴を上げた。
スパーダを除きルイズ達も思わず息を呑む。
彼女達が愕然としていたのは広場の至る所に散在していた氷塊である。
その数はおよそ十四ほど。だが、それが単なる氷塊ではそこまで驚きはしない。
では何故、驚いたのか。理由は簡単である。……その氷塊は紛れもなくオーク鬼が氷像のように氷漬けにされたものであったからだ。
シエスタの父が話していた例の幻獣の餌食になったオーク鬼とやらであろう。
完全に氷結され石像のようにピクリとも動かないオーク鬼達の無残な姿にキュルケは眉を顰めた。
素手で触れただけでこちらも凍りついてしまいそうなほどの冷気が発せられており、少しだけ触ろうとしたのをやめる。
「あれが聖碑っていうやつ?」
「……はい」
ルイズ達の目の前、広場の最奥にそびえ立つのは巨大な板状の物体があった。
およそ15メイルほどの大きさをした長方形の黒い石版のようなものであり、でんと静かに建つその光景はどっしりとした重みが感じられる。
これがタルブの村人達が崇めているという遺跡、〝聖碑〟か。
その聖碑とやらをまじまじと見つめていたルイズは、興ざめしたように溜め息を吐いた。
「何よ。ただの大きい石版ってだけじゃない」
聖碑と呼ばれているくらいなのだからきっと何か歴史的価値がある遺跡なのかと少し期待していただけにこの肩透かし感は相当なものだった。
何の変哲もない石版でしかないものを拝みにくるだなんて、タルブの村人達は相当に変わり者だとルイズは思っていた。
「申し訳ありません、スパーダさん。本当にこれだけしかなくて……」
シエスタが苦い顔でスパーダの方を振り向く。
「……スパーダさん?」
この大きな石版を見上げているスパーダは普段は滅多に見せない顰め面を浮かべていた。
「どうしたのよ、スパーダ」
その深刻そうな面持ちを浮かべているスパーダにルイズとシエスタは狼狽する。こんなただの石版に何をここまで驚いているのだろう。

(馬鹿な……これが、ここに?)
スパーダは聖碑と呼ばれている巨大な石版を目にし、驚愕していた。
かつてスパーダが人間界で領主として治めていた土地、フォルトゥナ。
そこを最初に訪れた理由は、悪魔達の暗躍によりその地に魔界と人間界を繋ぐ門を築き、新たな侵略が仕掛けられようとしていたからだ。
悪魔達はその地に文字通り巨大な門を建造し、人間界に魔界の大勢力を一気に導かんとしていた。
スパーダはその門の魔界と人間界を繋ぎとめ、道を作り出す力を魔を喰らい尽くす愛用の閻魔刀によって切り離し、封印したのである。
その魔界と人間界を繋ぐ門は未だフォルトゥナに残っているはずである。もっとも、閻魔刀の力で封印した以上、再び閻魔刀を用いねば解除はできないのだが。
かつて封じたはずのその門が、今スパーダの目の前に堂々とそびえ立っていたのだ。
もっとも、スパーダの記憶に刻まれているものよりはずいぶんと小さいのだが。

「ところで、幻獣っていうのはどこにいるの?」
「そういえばそうよ。幻獣なんてどこにもいないじゃない」
キュルケが広場を見渡しつつ言うと、ルイズも同調して声を上げた。
広場にあるのは無数の氷像に、目の前にそびえ立つ聖碑の石版だけ。村人が見たという幻獣の姿はどこにもない。
「ミス・タバサ?」
タバサが杖を手にしたまま身構えだしたのを見て、シエスタが困惑した。
キュルケは親友のその様子を目にした途端、全てを承知したかのように自然な動作で自らも杖を引き抜く。
「ミス・ヴァリエール、シエスタ。すぐに後ろへ下がれ。決して出てはくるな」
腕を組むスパーダが二人に向けてそう告げた。
「なっ、何よ。どうしたのよ。……シエスタ?」
突然の宣告にルイズは狼狽したが、シエスタの様子が突然おかしくなり始めたことに気付いた。

(何……? これ……。ドキドキする……)
息を荒くするシエスタは唐突に胸が激しく高鳴りだしたことに動揺した。
ここには間違いなく何かが潜んでいる。その得体の知れない何かが殺気を発し、自分達に牙を向こうとしている。
すぐにここから逃げなければ。そう己の魂が警鐘を鳴らしている。
全く訳の分からぬ感覚をその身に感じているこの状況に、シエスタは困惑し続けていた。
「ちょっと、しっかりしなさいよ!」
崩れ落ちそうになったシエスタの体をルイズが支える。一体、何が起ころうとしているのだ。

(今度は奴か)
聖碑と呼ばれる石版の真下にはオーク鬼達のものとは違う大きな氷像が鎮座している。
その像は獣の姿を模したものであったが、オーク鬼達とは異なり完全に全身が分厚い氷で覆われていた。
高さにしておよそ4メイル。三つの頭を持つという異様な姿であるその氷像からスパーダははっきりと強大な魔力を感じ取っていた。

――バキリ、ピシリ。

大地を揺るがしながら獣の氷像はひび割れていき、氷が剥がれていく。
砕け散り剥がれた氷は氷塊となり地面を転がる。その氷塊を巨大な獣の前足が踏みつけていた。
見る見るうちに氷像の氷が剥がれていき、その下から黒い体の獣が姿を現した。全身を覆っていた氷の一部が未だその皮膚に薄くだが残っている。
氷漬けから解放されたその獣は巨大な犬であった。もちろん、犬といってもそんな可愛らしいものではない。
竜の固い皮膚さえも容易に引き裂いてしまいそうな鋭い爪牙、それぞれ異なる猛々しい面をした三つ首を有し、
その三つ首は巨大な首枷が装着されることによってまとめて拘束されており、繋がれている三つの太い鎖を地に垂らしている。
このハルケギニアでは存在し得ない巨大な幻獣……否、魔獣がスパーダ達の前に姿を現した。

――オオオォォォォンッッッッ!!

一歩を踏み出し、三つ首の魔獣が天に向かって力強く吠える。
森の奥に猛々しい咆哮が轟き、大地に木々、大気さえも揺るがしていた。



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