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ゼロの使い魔BW-03


「君が軽率に香水の瓶なんかを拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?」
「も、申し訳ありません!」
 優しいシエスタが震えながら平伏して謝っている。
 頬に紅葉を貼り付け、頭からワインを被った金髪の少年――ギーシュが、それを睨みつけていた。
 なにがどうしてこうなった。目の前で繰り広げられる光景を見て、帽子の少年はそう思った。

 発端は、シエスタがギーシュのポケットから落ちた香水の瓶に気づいたことだった。
「ミスタ・グラモン。ポケットから瓶が落ちましたよ」
 最初、シエスタはギーシュにそう声をかけた。それを彼が無視したので、シエスタはそっと瓶を拾い上げると、近くのテーブルに置いた。
 瓶を見たギーシュの友人たちが、その製作者から彼の現在の恋人を推測してはやし立てた。
 すると、あれよあれよと言う間に二股が発覚して、ギーシュは二人の少女から三行半を叩きつけられることとなったのだ。
 そして今、彼はその責任をシエスタに求めている。つまるところは――。

「……ああ、なんだ。二股をかけてたのが原因か」
 余りにストレートで無粋な言葉に、ギーシュの視線がトレイを持った少年へと向いた。
 少年は何処吹く風で、「そうか、これが二股とその末路なんだな」などと一人納得している。
 ギーシュの友人たちがどっと笑った。
「その通りだギーシュ! お前が悪い!」
 ギーシュの頬に、さっと赤みがさした。怒りを込めた視線が、少年へ突き刺さる。
「なんだね、君は?」
 なんだね、と訊かれても困る。未だに彼がなんなのかははっきりしていないのだから。
 ああでも、今のところは、と答えようとしたところで、ギーシュの友人の一人がぽんと手を叩いた。
「ルイズの平民だよ、こいつ」
「ああ、成程。あのゼロのルイズが呼びだした平民か。落ちこぼれの彼女の使い魔なら、貴族の恋愛の機微など分からなくても仕方はないな」
 ギーシュは鼻を鳴らして、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
 気障ったらしく笑う彼に、少年が真顔で首を傾げる。
「二股かけてそれがばれて、頬を張られた上でワインを被るのが貴族の恋愛の機微なの?」
 再び、爆笑の渦がギーシュの友人たちを飲みこんだ。太った少年などは、椅子から落ちそうになるほどに笑い転げている。
 ギーシュのこめかみに青筋が走った。
「どうやら、君は貴族に対する礼を知らないようだな」
「……ミスタ・グラモン! 彼は記憶を失くしているんです! どうかご容赦を!」
 平伏していたシエスタが、すがりつくようにしてギーシュに言う。
「なら、なおのことだ。二度とこんな口をきかないよう、僕が彼に礼儀というものを教えてやろう」
 ギーシュはシエスタの懇願を一蹴すると、高らかに叫んだ。
「決闘だ!」

「決闘だ!」
 そんなギーシュの声が聞こえてきたとき、ルイズは「ギーシュが馬鹿やってる」程度にしか思わなかった。
 あのツェルプストー並みに色惚けな彼のことだ。また、女の子がらみで騒いでいるに違いない。
 だが、その相手が誰かを聞いた途端、思わず椅子を蹴って立ち上がってしまった。
 食堂をぐるりと見渡す。遠くで、少年が立ち去るギーシュをぼんやりと見送っていた。慌てて駆け寄って、その肩を掴んだ。
「あんた、なにやってんのよ!」
「わ、私の、せいなんです……」
 近くで震えていた黒髪のメイドが、そんなルイズを見て口を開く。
 彼女から顛末を聞けば、ギーシュが悪いのは明らかだった。馬鹿が馬鹿をやって馬鹿を見ただけである。
 だが、ルイズは使い魔の目をしかと覗き込むと、強く言った。
「謝っちゃいなさい」
「……なにを?」
「貴族に対して暴言を吐いたことをよ! 今なら許してもらえるかもしれないわ」
 聞き分けの良いこの使い魔のことだ。頷いてくれるとルイズは思った。
 だが、彼はその期待をあっさりと裏切った。
「それは、できない」
「なんでよ」
「彼は、善意から瓶を拾ってくれたシエスタに二股の責任をなすりつけた。
 それだけじゃなく、無関係なはずのゴシュジンサマまで馬鹿にした。そんな奴に謝る言葉を、俺は持ってない」
 その言葉で、ルイズは気づいた。
 この使い魔は、わたしやこのメイドに個人的な恩があるから、それを貶めたギーシュに対して怒っている。
 そこに、貴族や平民なんてものは関係していない。
 貴族などなんとも思っていない、ということではない。
 自分にない力を持つ相手は敬うし、糧を与えてくれる相手には感謝もする。
 ただそれが、相手の所業を全て受け入れることには繋がらない、というだけだ。
 だけど……いや、だからこそルイズは言った。
「聞いて? 平民は貴族には絶対に勝てないの。あんたは怪我をする。
 いや、怪我で済めば運が良いわ。下手をすれば、殺されちゃうかもしれない」
「……それでも」
「それでも、なによ」
「勝負を挑まれたからには、逃げられない、背を向けられない……なんとなく、そう思う」
 ルイズが、「なんとなく」で自分の言葉を蹴り飛ばされたことに衝撃を受けている間に、少年はギーシュの友人に問いかける。
「彼が言っていた、ヴェストリの広場って?」
「こっちだ。平民」
 ギーシュの友人について、少年は歩き始めた。
 ヴェストリの広場は、魔法学院の敷地内、『風』と『火』の塔の間にある。
 西側にある広場なので、日中も陽がささずに薄暗い。決闘にはうってつけの場所である。
 だが普段は閑散としているそこは、噂を聞きつけた生徒たちにより溢れかえっていた。
「諸君! 決闘だ!」
 ギーシュが薔薇の造花を掲げると、集まった生徒たちから歓声が巻き起こった。
「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」
 取り巻きの生徒が、号外を叫ぶ新聞売りのように声を張り上げる。
 それに少年はなるほど、と頷いた。確かに、今のところはそれが唯一の彼の身分である。
 ギーシュは腕を振って、歓声に応えている。そして、今気づいたという風に少年を見やると、気障ったらしくポーズをつけながら言った。
「とりあえず、逃げなかったことについては誉めてやろうじゃないか」
「……一度勝負を挑まれたからには、『相手に背中を見せられない』んだ」
 広場の中央に立ったギーシュが、不思議そうな顔をして少年を見つめた。
「平民のくせに妙なことを言うね。……だがまぁ、その考えは嫌いではないよ。
 決闘のルールは、相手に『参った』と言わせるか、もしくは杖を落とせば勝ちだ。
 もっとも、君は平民だから杖はない。――死にたくなければ、さっさと降参したまえよ?」
 黙ったまま、彼はギーシュを見返す。
「さて、始めようか。ところで、僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」
 少年が頷くと、ギーシュは造花の薔薇を振った。
 花びらが一枚落ちる。それが地面に触れた途端に、青光りする金属の女戦士と化した。
「僕の二つ名は『青銅』。青銅のギーシュだ。したがって、青銅のゴーレム『ワルキューレ』がお相手するよ」
 淡い陽光に輝く青銅の肌を見て、少年の表情が引き締まる。

<<青銅のギーシュ が 勝負をしかけてきた!>>

 ギーシュが薔薇の造花を振り下ろすとともに、青銅の女戦士が弾丸のように飛び出した。
 金属で出来ているとは思えない速度でワルキューレは少年へと迫る。その手は空だが、作った拳は青銅だ。
 一拍遅れて反応した少年は、すんでのところでその拳を避けた。
 脇腹を掠めた拳は見た目通りの重さがあるようで、少年の背筋をひやりとさせる。
 続けざまにぐるんと反転しつつ振り抜かれた裏拳は、浅く肩に当たった。
 これもまた直撃は免れたが、青銅製の一撃だ。痛みに、帽子の下の顔がゆがんだ。
 更に三、四、五と連続して拳が繰り出されるが、彼は危うい動きながらもなんとか直撃を避けてゆく。
 ただ、避け切れてはいない。至るところに青痣を作り、荒い息をつきながら、少年はギーシュを睨みつけた。

「彼の動き、なんかヘンね」
 少年の動きを観察していたキュルケが、隣の小柄な少女に呟いた。
 青い髪の彼女――タバサは、本から目を上げて少年をちらりと見ると、短く言う。
「判断と動きが噛み合っていない」
「判断と動き?」
 詳しく聞きたげなキュルケに対し、タバサは本へ視線を落としたまま答えた。
「ゴーレムの動きは十分に見えている。それへの対処法も分かっている。
 攻撃するべき隙も見定めている。だけど、その判断に身体がついて行っていない」
「成程ね。……でも、それってどういうことなのかしら」
「自分で戦うことのない立場――戦闘指揮官のようなものだったのではないか、と予想する」
 タバサの冷静な声に、キュルケはふうんと納得すると、再び決闘に目を戻した。
 視線の先には、直撃は免れながらも、じわじわと体力を削られている少年の姿がある。
「でもあれじゃ、駄目ね。彼のダメージが蓄積する一方で、どうにもならないわ」
「その通り」
 そのうちダメージと疲労によって動きが止まり、とどめが刺されるだろう。
 ギーシュに傷一つ負わせることも出来ず、敗北する。平民対メイジとしては、当前の結果だ。
「なんか、つまらないわね」
「そう言った」
 タバサがキュルケをじっと見つめる。
 つまらないと言ったのに、無理やり引っ張ってきたのは貴女だ、とその瞳は語っていた。
「……あーもう悪かったわよ! 今度なにかおごるから、それで勘弁して頂戴!」
 こくんと頷いて、タバサは読書に戻った。
 本へと思考が沈んでいく中で、彼女はぽつりと思う。
 彼の動きは、なにか決定的なものが欠けているが故の不自然さのようにも見える。
 極端に高い観察力や判断力に対し、皆無に近い戦闘能力。
 もし、前者の高さに見合う戦闘能力があるとするなら、それは一体どれだけのものになるだろうか?

 体中が悲鳴を上げている。
 青銅の拳が掠めるたびに、それを避けるたびに、動きが鈍くなっていくのが分かる。
 少年の理性は、「参った」と言ってしまえと、逃げてしまえと囁きかけてくる。
 だが、奥底に眠るなにかは「勝負の最中に、相手に背を向けるわけにはいかない!」と叫んでいた。
「ッ!」
 渾身の力で地面を蹴り、振り抜かれた拳を転げるようにして避ける。
 今の自分は間違っている。そんなことは、彼にだって分かっている。これは自分の戦い方ではない。
 腰元のボールが、怒りに耐えかねるように震えている。これはなんだったか。あと一歩が繋がらない。
「……驚いた。ただの平民が、『ワルキューレ』の攻撃をここまで避けるとはね」
 相対する金髪の少年が、感嘆したように声を上げる。
 そして、杖を振った。花びらが落ちるとともに、青銅のゴーレムがもう一体現れる。
「だが、それもこれまでだ」
 二体目のワルキューレが迫ってくる。咄嗟に、横に跳んで避けた。
 次の瞬間、湿った音と共に身体が浮いた。一体目の拳が腹にめり込んでいる。
 吹き飛ばされて、仰向けにぶっ倒れた。
 息が吸えない。吐き気がする。体中が、鈍痛と共に熱を持っている。
 疲労も激しい。無尽蔵の体力を持つ青銅の戦士に対して、少年の体力は有限だ。
 倒れている彼の頭を、ワルキューレが踏みつけた。額が切れて、視界が赤く染まる。
 次いで、左腕に蹴りが入った。鈍い音と共に激痛が走る。そのまま、5メイルほど吹っ飛んだ。
 そのタイミングで、人垣をかき分けてルイズが現れた。
「ギーシュ!」
「おおルイズ! 悪いな。君の使い魔をちょっとお借りしているよ!」
 地面に倒れ、血を流している少年を見やって、ルイズは青ざめつつも憤然とまくしたてる。
「いい加減にして! 大体ねえ、決闘は禁止じゃない!」
「禁止されているのは貴族同士の決闘だけだ。平民と貴族での決闘なんか、誰も禁止していない」
 ルイズは言葉に詰まった。
「そ、それは、そんなこと今までなかったから……」
「それと、やめて欲しければ彼に言いたまえ。『参った』と言って謝れば、矛を収める用意が僕にはある」
 もっとも――とそこで言葉を切って、ギーシュがルイズの背後を指さした。
「彼はまだ、続けるつもりのようだけどね」

 どうしてこの使い魔は諦めないのだろう。
 何処からどう見ても満身創痍だ。土埃にまみれ服は破れ、額は割れて血が溢れている。
 左腕はあらぬ方向に曲がっていて、折れていることが見て明らかだった。
 もうやめて、と言おうとして、声が出なかった。
 燃え上るような闘志を秘めながらも湖面のように静かな眼が、ルイズの喉を詰まらせた。
 力が入らないのであろう四肢を動かして、どうにかして立とうともがいている。
 勝ち目など全くないのに、この使い魔は一体なにを考えているのだろうか。
 痛そうで可哀そうで、泣けてくる。もうやめて欲しい。でも、それが口に出せない。
 誰よりも、使い魔がそれを拒んでいる。
 言葉で駄目なら――。ルイズはぎゅっと唇を噛むと、使い魔とゴーレムの間に立ちふさがった。

「……それで、始祖ブリミルの使い魔『ヴィンダールヴ』に行きついた、というわけじゃね」
 コルベールの話を一通り聞いたオスマン氏は、彼の取ったスケッチを眺めながら確認した。
「そうです! あの少年の右手に刻まれたルーンは、伝説の使い魔『ヴィンダールヴ』に刻まれていたものと全く同じであります!」
「で、君の結論は?」
「彼は『ヴィンダールヴ』です! これが大事でなくて、なんなんですか! オールド・オスマン!」
 そう叫ぶコルベールを前に、立派な髭をしごきながらオスマン氏が頷く。
「ふむ、確かに、ルーンが同じじゃ。ルーンが同じということは、ただの平民だったその少年は、
 『ヴィンダールヴ』になったということになるんじゃろうな。しかし……」
 そこまで言ったところで、不意に扉がノックされた。
「誰じゃ?」
「私です、オールド・オスマン」
 ミス・ロングビルの声だ。
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で、決闘をしている生徒が居るようです。大騒ぎになっています。
 止めに入った教師がいましたが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」
「まったく、暇を持て余した貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れとるんだね?」
「一人はギーシュ・ド・グラモン」
「あの、グラモンのところのバカ息子か。オヤジも色の道では剛の者だったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。
 大方、女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ?」
「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」
 オスマン氏とコルベールの目が鋭く光った。
「教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用を求めています」
「馬鹿馬鹿しい。たかが子供の喧嘩を止めるのに、秘宝を使ってどうするんじゃ。放っておきなさい」
「わかりました」
 ミス・ロングビルの足音が遠ざかる。
「オールド・オスマン」
「うむ」
 緊張した面持ちで促したコルベールに重く頷くと、オスマン氏は壁にかかっている鏡に向けて杖を振った。
 ヴェストリの広場の光景が、そこに映し出された。

 震えながらも彼の前に立った少女の背中が、過去に見た『誰か』の背中に重なった。
 髪の色も、顔の作りも、体型も、服装も、状況も、何もかも違う。いや、『足蹴にされて吹っ飛んだ』辺りは少し似ているか。
 だが何にせよ、弱者が虐げられているのに耐えきれず立ち上がった、というのは同じだ。
 それが誰かということに思い至ると同時に、これまでのことが走馬灯のように思い返される。
 心優しい少女に、生真面目な青年。同じ街の、二人の幼馴染。
 自分にポケモンと図鑑を預けてくれた博士。
 リーグへの道のりと、その道中で戦ってきたジムリーダーたち。
 ポケモン解放を謳った彼と、その理想を大義名分として、ポケモンの独占を企んだ悪の組織。
 ――ああ、なにをしていたんだろうか、自分は。
 わずかな自嘲の笑みを浮かべつつ、懐かしさをこめて腰元の『モンスターボール』を撫でると、それが今度は歓喜に震えた。

 少年が、ゆらりと立ち上がった。
 彼は、目の前で自分をかばうルイズの肩をそっと押しやると、ギーシュを見やる。
 視線を向けられて、ギーシュはたらりと冷や汗を流した。なにかがおかしい。
 今までは感じなかった妙な圧力を、目の前の平民から感じる。
「はじめまして」
「へ?」
 いきなりの挨拶に、ギーシュが間抜けな声を上げた。
「『ルイズの平民』にして、『ポケモントレーナー』のトウヤです。よろしく」
 ぶわりと圧力が膨れ上がった。
 名乗った平民――トウヤは、腰元のボールに手をかける。右手のルーンが光った。
 同時に悪寒がいや増して、思わずギーシュは叫んでいた。
「ワルキュゥゥゥレェェェェッ!」
 いつにない速度で、青銅のゴーレムが動き出す。
 だが、迫るゴーレムに焦ることなく、トウヤは冷静に『なにか』に向かって命令を下した。
「いけ、ドリュウズ。――『ドリルライナー』だ」
 カチリという音と共に、ボールから光が溢れる。そこから、銀と茶の旋風が巻き起こった。
 その高速で回転する『なにか』は、続けざまに二体のゴーレムの胴にぶち当たると、大穴を穿って、それらを完膚なきまでに破壊する。
 二体のゴーレムが一瞬で粉々になった光景に、トウヤを除く全ての人間が息を飲んだ。
 ばらばらになったゴーレムの欠片の上に、それは居た。
 見た目は、ギーシュもよく知る『ジャイアントモール』によく似ている。
 ただ、鋭い眼光と異常に発達した爪、そして銀色に光る鋭角の頭部が、それに言い知れぬ凄みを与えていた。
 ギーシュが呆然と問いかける。
「それは、君の使い魔かい?」
「……違うよ。こいつは俺の『ポケモン』だ」
 トウヤは恐ろしげな幻獣の頭を撫でて見せる。
「そうか。……いや、そうだね。メイジでもない君が、使い魔を持っているはずがない」
 ぶんぶんと頭を振って、ギーシュは薔薇の造花を構え直す。
 呪文を唱えつつ、それを振り下ろした。花びらが舞って、新たなゴーレムが五体現れる。
 全部で七体のゴーレムが、ギーシュの武器だ。平民相手など二体でも十分過ぎると思っていたが、こうなってはそうも言っていられない。
「どうやら、君は結構な牙を持っていたようだ。こちらも遠慮なく行かせてもらうよ!」
 薔薇の指揮に従って、ワルキューレがトウヤとドリュウズに殺到する。
 一、二体は倒せても、残りが彼らを揉み潰す――傍からはそう見えた。ギーシュもそう確信していた。
 だが、トウヤは全てのワルキューレを視界に収めつつ、その場で垂直に跳躍して短く命令する。
「ドリュウズ、『じしん』」
 腹の底に響く重たい音と共に、周囲の空気がびりびりと震えた。
 ワルキューレたちの動きが止まる。
 そして、その青銅の肌に微細なヒビが入った。
 何故と思う間もなく、脆くなったワルキューレたちは自重に耐えきれずに砕け、崩れ落ちる。
「なあっ……!?」
 余りの光景に腰が抜けて、ギーシュはペタンと地面に座り込んだ。
 砕け散ったワルキューレの残骸の上を、トウヤとドリュウズがゆっくりと歩いてくる。
「まだ続ける?」
 静かな声だった。ギーシュは首を振る。戦意などとうに失せている。杖を置き、諸手を上げた。
「参った。……僕の負けだ」

 決闘を覗いていたコルベールが、汗をぬぐって口を開いた。
「……あの少年、勝ってしまいましたな」
「そうじゃの」
「あの幻獣は一体なんなのでしょう。
 ギーシュは一番レベルの低い『ドット』メイジですが、それでも、ああも容易くあしらわれるのは予想外です」
「さあのう。……ただ少なくとも、彼があれを使役したのは間違いない。
 もっと言えば、彼は同じような幻獣を少なくとも後五体は持っておるはずじゃ」
 立派なあごひげを整えながら、オールド・オスマンは言った。
「その理由は?」
「彼は腰元につけた玉からあの幻獣を呼び出しておったじゃろ?
 彼のベルトにはあれを含めて計六つの玉がくっついておった。なら、幻獣も六体おると考えるのが自然じゃろうよ」
 禿げあがった頭を、コルベールはつるりと撫で上げた。
「そんな幻獣たちを操る彼は、やはり『ヴィンダールヴ』なのでしょうか。なら、王室に報告して指示を仰がないことには……」
「その必要はあるまい」
 オスマン氏は重々しく首を振った。コルベールが目をむいて問いただす。
「何故ですか? これは世紀の発見ですよ! 現代によみがえった『ヴィンダールヴ』!」
「ミスタ・コルベール。『ヴィンダールヴ』はただの使い魔ではない」
「その通りです。始祖ブリミルの用いた『ヴィンダールヴ』。
 その姿形は記述がありませんが、あらゆる獣を自在に操り、主人をいかなる場所へも運んだと伝え聞きます」
 更に能書きを続けようとしたコルベールを、オスマン氏が制した。
「で、ミスタ・コルベール」
「はい」
「その少年は、本当にただの平民だったのかね?」
「はい。彼の所有物には不可思議なものが多数ありましたが、彼自身は正真正銘、ただの平民の少年でした。
 ミス・ヴァリエールが呼びだした際、念のために『ディテクト・マジック』で確かめましたが、反応は全くありませんでした」
「その少年を、現代の『ヴィンダールヴ』にしたのは誰なんじゃね?」
「ミス・ヴァリエールですが……」
「彼女は、優秀なメイジなのかね?」
「いえ、というか、むしろ無能というか……」
「さて、その二つが謎じゃ」
「ですね」
「無能なメイジに召喚された平民の少年が、何故『ヴィンダールヴ』になったのか。全く謎じゃ。理由が見えん」
 オスマン氏はしばし考え込んでいたが、ふと頭を振ると、嘆息しつつ続けた。
「なんにせよ、王宮のボンクラ共に『ヴィンダールヴ』とその主を渡すわけにはゆくまいて。
 そんなオモチャを与えてしまっては、またぞろ戦でも起こしかねん。宮廷で暇を持て余している連中はまったく、戦が好きじゃからな」
「ははあ。学院長の深謀には全く恐れ入ります」
「この件は私が預かる。他言は無用じゃ、ミスタ・コルベール」
「は、はい! かしこまりました!」
 杖を握って窓際に向かったオスマン氏は、過去に思いをはせた。
「伝説の使い魔『ヴィンダールヴ』か……。一体、どのような姿をしていたんじゃろうなぁ」
 コルベールが夢見るように呟いた。
「『ヴィンダールヴ』はあらゆる獣を使役し、主を助けたとありますから……」
「うむ」
「少なくとも、命令を下すための口はあったんでしょうなあ」


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