あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

Neverwinter Nights - Deekin in Halkeginia-07


―――神話や宗教は滅多に歴史家に影響を与えないが、少数の例外はある。
ハルケギニアにおいては始祖・ブリミルにまつわる伝説などがそうであり、フェイルーンにおいてはいくつもの宗教で語られる創世神話などがそれに当たる。

フェイルーンの歴史は、神々にとっての神である超越神エイオーが、現在トーリルの世界がある宇宙を創造したときに始まったとされる。

宇宙の全ては最初、霧のかかった影の国であり、やがてその影の本質から双子の女神が生まれた。
それが夜の闇の女神シャアと月の光の女神セルーネイであり、彼女らが協力して惑星トーリルや、他の多くの天体を創造し、命を吹き込んだのだという。

その過程で、現在のトーリルの世界を体現する大地の女神ショーンティアが生まれた。
ショーンティアは地上に生命を育むための暖かさを願ったが、それについて双子の女神の意見は分かれた。
合意をみることはなく、ついに彼女らは自分たちが生み出したものの運命を掛けて戦いを始めた。

セルーネイは宇宙を突き抜けて火の元素界へと達し、純粋な炎を使用して天体の一つに火を着け、ショーンティアが暖まるようにした。
シャアはそれに激怒し、宇宙にあるすべての光と暖かさを消し始め、セルーネイを手酷く弱らせた。

彼女たちの激しい抗争によって、戦争、病気、殺人、死などを司る多くの恐ろしい神々と、そして最初の魔法の女神であるミストリルが生まれた。
2人の女神の魔法の本質から生まれたミストリルは光と闇双方の魔法から成る神であった。
だが、彼女は最初の母であったセルーネイを好んでおり、最終的には両母の争いを平定して停戦を成立させたという。

その創世時代の終焉がどれだけ昔の事なのか、現在のフェイルーン人は知らない。
少なく見積もっても幾万年か…、あるいはそれ以上昔の事とも言われている。

確かなことは、彼女らの争いは今もなお続いているということだ。
シャアは未だに孤独を心に抱いて闇の中に潜みながら復讐を誓っており、一方セルーネイは現在では光と共に満ち欠けしながらトーリルの回りを巡っている。
彼女は多くの子らに囲まれ、更には他の世界からやってきた“もぐり”の神々とも友好を結んでいるという。

そう、フェイルーンの空に昇る月は創造神である光の女神そのものであり、セルーネイと呼ばれているのだ。
かの地の賢者たちが注意深い観察や忍耐強い占術によって調べたところでは、彼女自身が一つの世界と呼べるほどに大きいらしい。
地上からは腕を伸ばした先にある人間の掌くらいの大きさにしか見えないが、それはトーリルの回りを約2万マイルも離れて回っているためだという。
実際にはセルーネイの直径は、おそらく2千マイル以上あるだろうと賢者たちは推測している。
セルーネイはとても明るく、満月になると薄い影を落とすほどだ。
彼女は弧を描いて空に広がりながら月を追いかける美しい数多くの発光体を伴っており、それらはセルーネイの涙と呼ばれている……。


――――窓の外に見える2つの月を眺めながら、ディーキンはフェイルーンの創世神話にぼんやりと思いを馳せていた。
ルイズは既にベッドの中で、ぐっすりと眠っている。

ここがフェイルーンではない事は間違いないと既に確信していたので、作業の準備をしていた時にふと窓から見えた見慣れぬ月にもさして驚きはしなかった。
そもそもディーキンはこれまでにも、アンダーダークや影界、地獄などの、空にセルーネイの月が登ることの無い世界に行った経験があるのだ。
とはいえ2色の月が夜空に登るという光景は新鮮で美しく、しばし見入っていた。

「ウーン、あの2つの月はどんな神様なのかな……。
 もしかして仲のいい双子の兄妹とかだったら、いい詩の題材になりそうだね」

さておき、ここがフェイルーンでないことは夜空に輝く2つの月を見ても間違いない。
だがディーキンは、まだここがトーリルではない別の物質界または次元界に違いないとまで結論することはしていなかった。

勿論、距離が離れたくらいで1つの物が2つに見えたり、色や姿が変わってしまったりはしないというくらいはディーキンも理解している。
だが、セルーネイは伝承の通り単なる物体ではなく神そのものであり、そういった常識が通じるものかどうかは怪しいだろう。

カラ・トゥアやマズティカなど、トーリルにあるフェイルーン以外の文化圏では、フェイルーンとは異なる神々のパンテオンが信仰されているらしい。
ならば、それらの地方にはセルーネイの月が登らず、その地方で信仰されている神の月が空に輝いていても、あるいは空に月が無くてもおかしくはあるまい。
ゆえにハルケギニアがトーリルの中にあって異なる神々のパンテオンを信奉する別の大陸である可能性もまだ残っている、と踏んだのだ。

「……ンー、まあ、歴史や神話の本っぽいのも何冊か借りてきたし、読んでみればわかるかな。
 そろそろ勉強を始めないといけないね―――」

ディーキンはいい加減に月を眺めるのを止めて、借りてきた文献を読む作業に取り掛かることにした。
なんにせよ、明るい月明かりが窓から差しているのは好都合だ。
ルイズが寝ているので明りは灯したくないが、完全な暗闇で暗視能力を頼みにすると視界が白黒になってしまうのだ。
それだと本は読みにくいし、少しでも明りがあってくれれば他のさまざまな作業をする上でも大いに助かる。
ディーキンには完全な暗闇でも見える暗視に加えて、低光量の視野を改善する夜目の能力もある。
そのため、このくらいの月明かりがあれば昼間と同じようによく物が見えるのだ。

まずは図書館で借り出してきた十数冊の本の表紙にざっと目を通す。
いずれも、タイトルが全く読めない。
どうやら召喚時に《言語会話(タンズ)》に似たような呪文の効果は付加されたが、読み書きまでは可能になっていないらしい。

だが、勿論そんなことは図書館で本を選んでいた段階で既に分かっていたことだ。
ディーキンは構わず、それらの中から一冊を手に取った。

途端にそれまで読めなかった本のタイトルが頭の中で意味を成し、読解可能になる。
これは《魔法感知》と同様、以前にスクロールで《永続化》して定着させておいた《言語理解(コンプリヘンド・ランゲージズ)》の効果によるものだ。
各地を旅する冒険者、特にバードとしては必須の呪文であり、いちいちかけなおさなくて済むのはとてもありがたい。
なお《言語理解》では魔法の文字は読めるようにならないが、ディーキンは同様に《魔法読解(リード・マジック)》も永続化しているため問題はない。

ディーキンは順番に手に取って本のタイトルを確認し直しながら、まず何から読んだものかと思案する。
暫し考え込んだ後、まずはハルケギニア語の辞書と簡単な語学の学習書を通読することに決めた。
歴史や神話、魔法学などの興味ある本にすぐに取り掛かりたいのは山々だが、まずはこちらの言葉の読み書きを魔法に頼らずできるようにしておきたい。

《言語理解》の効果は決して万能ではない。
この呪文では書かれた文面や相手の話を理解できるようにはなっても、こちらが書いたり話したりできるようにはならないのだ。
加えて理解したい書面やクリーチャーに接触しなくては効力が発揮されないし、読む速度も決まっていて、スムーズに読めるというにはやや遅い。
会話については《言語会話》に似た効果を既に貰っているので問題なさそうだが、文書を満足に読めないというのは不便だろう。
例えば道の看板ひとつ読むのにも、いちいちそこまで歩いて行って触れなければならないということなのだから。
なによりも、現地の言葉もまともに分かっていない、というのではバードとしての立場が無い。

無論、ここの言語を学ぶにしても、普通ならば相応に時間がかかる。
分厚い辞書や学習書などを《言語理解》の効果に頼りながら地道に読んでいたのでは、習得に一体幾日かかるかわかったものではあるまい。

だがしかし、それに関してもディーキンには既に計画があった。
目の前に並べた二冊の本を、早速開いて読み始める……、のではなく。
本はそのままにしておいて、荷物袋をがさごそとかき回すと一本のワンドを取り出した。

ワンドはフェイルーンではごく一般的なマジックアイテムの一つであり、秘術・信仰の別を問わず多くの呪文使いが頻繁に使用しているものだ。
外見は通常指揮棒のように細い杖で木や骨で出来ており、4レベル以下の呪文を一種類、50発分内部に蓄えた状態で作成される。
蓄えられた呪文はその呪文を習得し得るクラスの術者ならば誰でも、実際には習得していなくてもコマンドワードひとつでワンドから解放できるのである。

フェイルーンの呪文使いの多くはこういったアイテムを用意することで、レパートリーの不足を補ったり手数を増やして非常時に備えている。
より上級のマジックアイテムであるスタッフや、一回使いきりのスクロールなどにも同じことがいえるだろう。

「《エケス》」

ディーキンはワンドを左手に持つと、呪文開放のためのワードを唱えた。
途端に頭がすうっと冴えわたるような爽快感を伴う魔力の流れが、ワンドからディーキンの全身に伝わっていく。
そうして呪文に意識を集中したままゆっくりと右手を伸ばし、辞書の表紙に触れる……。

途端に凄まじい量の知識が渦を巻いて、書物からディーキンの頭に流れ込んでいった。
新たな知識を得て突然世界が明るく広がるような新鮮な歓びと、急激な知識の流入による微かな眩暈を感じながら、ディーキンは本から手を離す。

今使用したワンドには、《学者の接触(スカラーズ・タッチ)》という呪文が込められている。
これを使用すればどんなに分厚い本であろうと開くまでもなく、数秒接触しただけで内容をすべて熟読したに等しい知識を得ることができるのだ。
これまでの冒険が戦いの連続であったため、戦闘時に有用な呪文主体に選択してきたディーキンは自力では習得していないが、非常に便利な呪文といえる。

もちろん本来なら自分の目でゆっくり読む方が断然好きだし、ワンドを使えば金もかかる。
しかし、今は早くここがどんな場所なのか知りたいし、知識不足では十分な仕事ができずルイズにも迷惑が掛かってしまうだろう。
他にもルーンを調べたり色々とやりたいことがあるので、本をのんびり読んでいるわけにはいかない。
一息つくと更にもう一度ワンドを使用し、続いて語学の学習書の方にも触れて内容を吸収した。

これで、とりあえずこちらで使われている単語の綴りと文法に関しては、入門書を一回通し熟読した程度の知識は得ることができたはずだ。
あとは《言語理解》の助けを借りたり、これらを見返したりしながら本を読んでいけば、まあ簡単な文書くらいはさほど時間もかからずに……。

「………ンン?」

そこまで考えて、ディーキンは妙な事に気が付いた。
自分は今、“読んだ”内容に関して詳しく思い返そうともしていないし、もう本に触れてもいない。
なのに何故、目の前にある十数冊の本のタイトルが自然に読めているのだろう?

《学者の接触》はあくまでも一回通し本を熟読したに相当する知識を与えてくれる魔法であり、完璧な記憶力や習得能力を提供してくれるわけではない。
最近は竜の血に目覚めたせいか妙に頭が冴えてきた気もするが、とはいえ辞書と学習書を一回通読しただけで未知の言語を母国語同然に習得できるなど。
そんな桁外れの知能が、自分にあるはずがないのに……?

「ウーン……、これももしかして、ゲートを潜った時の効果かな?
 タンズの魔法みたいなものかと思ってたけど、勉強の役にも立つなんてスゴイや!
 これならディーキンは言語学者にもなれるかもね……。
 よーし、ボスのところに戻るまでに50ヶ国語くらい覚えてディーキン・ザ・スカラーって呼んでもらおうかな。イッヒッヒ!」

以前に砂漠に埋もれたアンドレンタイドの地下遺跡を冒険したとき、ディーキンは古代の偉大なミサルの魔力の幾許かを目の当たりにしたことがある。
それには都市部全体に掛けられた通訳の魔法も含まれていた。
アンドレンタイドがまだ空中にあった頃には、千の国から人々が訪れたという。
そこではすべての人々が相手の言葉を自分の母語として理解でき、取引や知識の交換を不自由なく行っていたらしい。
都市が墜ちて砂漠に埋もれた現在でもその機能が生き残っていたらしく、石化した自分達を捕えたアサビ族とも支障なく会話ができていた。

そのミサルの魔力は都市すべてに作用する大規模なものだったが、しかし都市から出れば消え失せ、後に知識を残してくれるわけでもない。
アサビ族と意志を疎通したからと言って、彼らの言葉を習得できたわけではないのだ。
対してルイズの召喚によって付与されたこの力は召喚された生物一体に対して働くだけだが、僅かな学習で未知の言語を習得することさえ可能にするとは。
部分的に見ればミサル以上かも知れないその効果にディーキンは感嘆し、すっかり舞い上がっていた。

なんだかディーキンの工夫とこの素晴らしすぎる効果とのコンボのせいで、どこぞの青い髪の少女との素敵なイベントが潰れてしまったような気もするが。
そんなことは当のディーキンには知る由もないのである。
まあ、それはさておき。

「♪~………、ア、いけない」

舞い上がってはしゃいでいたディーキンは、思わずリュートを鳴らして鼻歌を歌い……、同じ部屋でルイズが寝ていることを思い出して、慌てて止めた。
そう大きな音では無かったとは思うけど、独り言を言ってはしゃいだり笑ったり、歌ったりしたせいで、起こしてしまってはいないだろうか?

ルイズの不機嫌な顔を想像しておそるおそる振り返ってみる。
……が、彼女はまるで何の変化もなくぐっすりと寝ていた。どうやら随分と寝つきがいいらしい。

「……ンー、ルイズは冒険者には向いてないっぽいの」

アンダーマウンテンあたりでこんなのんきに寝ていたら、目が覚めたころには首と胴体が泣き別れになっていそうである。
ディーキンはほっとしながらも肩を竦めてそうひとりごちると、顔の向きを元に戻した。

さて、予想外の速さで言語を習得できたのは嬉しいが、とはいえ普通に読書を愉しむのは後回しだ。
ワンドのチャージはまだ十分にあることだし、借り出した本を早いところすべて読破してしまおう。
ある程度状況の把握ができ次第、今後の方針なども考えなければならない。
加えてルーンの偽装もしなくてはならないし、興奮は収まらないがちゃんと眠って呪文の力も回復させておかなくてはならない。
翌朝になればルイズから頼まれた仕事もあるのだ。もたもたしてはいられない。

ディーキンはワンドを左手に握りなおすと、早速残りの本に取り掛かった……。





「このイルククゥが許しても、大いなる意志がお前のちびさ加減を許さないのね。
 っていうかその青い髪は何なのね、人間の髪の毛でそんな色なんて聞いたことないのね。
 大体風竜みたいな色は生意気なのね、お前はジャイアントモールみたいな茶色の毛でも生やしてればいいのね。
 ……ところでおなかがすいたのね、召喚主として私の食事には責任を持つべきなのね~……」

所はやや変わって、ここはルイズのクラスメイト・タバサの私室である。
先程からベッドで寝ている彼女に向かって窓の外から首を伸ばし、呪詛めいた言葉を吐きまくっているのは、彼女が召喚した風韻竜のイルククゥだ。
どうやら韻竜という偉大な種族として立派なメイジに召喚されていると思っていたのに、生意気でちびな少女が主だったことが気に入らないらしい。

その後、実は寝ていなかったタバサが唐突にベッドから起き上がってビビったり、
絶滅したはずの韻竜だとばれては面倒だから今後喋るなと命じられて抗議したり、
しかしタバサの迫力に負けて結局押し黙らされたりと、一悶着あった。

「……う~~、……あっ、そうなのね!
 ほ、ほら、さっき召喚されてたちっちゃい子、あの子も喋ってたじゃない!
 ちょっと騒ぎにはなってたけど誰も喋るなとはいわなかったわ、なのにイルククゥはダメなのね?
 これは明らかに不公平なのね!」

タバサとの<威圧>合戦には負けたものの、このままずっと喋れないなんて冗談ではない。
そう考えたイルククゥは、あわてて知恵を絞った結果、今度は先ほど召喚された別の使い魔を例に挙げて<交渉>を試みた。

一方その言葉を聞いたタバサは、表情こそ変わらないものの、少し首を横に傾げた。

「………何のこと?」
「むっ、さてはとぼける気なのね?
 ほら、さっきあんたと同じくらい変な桃色の髪の奴が呼び出してた子よ!
 お前らみんなであれだけわいわい騒いでたのに、忘れたとは言わせないのね!」

……ああ、ヴァリエールの使い魔の事か。
突然予想外の話を持ち出してきた使い魔に、タバサは内心で溜息を吐いた。

確かに亜人の、しかも未知の種類の使い魔となれば、非常に珍しいし危険だとみなされる恐れも高い。
だが、ヴァリエールはこのトリステインでは有数の名門貴族の娘だ。
その使い魔が珍しいからとか危険だからと言って、奪い去ったり処分したりすることはまず考えられない。
一方自分は、何の後ろ盾もないどころか本国からの命令があれば逆らえない身分だ。
韻竜を使い魔にしたなどと知れたら、気まぐれな従姉妹や憎むべき叔父からどんな要求をされるか分かったものではない。

……しかし、それをこの子に委細余さず説明する必要は少なくとも今はないだろう。
ここは亜人と韻竜の差異にだけ言及して、要求を退けておこう。

「状況が違う。あの子は亜人であなたは竜」

それを聞いたイルククゥはますますぷんすかして抗議を続ける。

「きゅいきゅ~い! 違うのね、騙されないのね!
 あの子は見たことないおかしなちびすけだけど、確かに竜なの。イルククゥがその匂いを間違うはずが無いのね。
 っていうか、イルククゥを一目で韻竜だって見抜いたお前がそれに気付いてないっていうの?
 嘘くさいのね~、誤魔化そうとしてもそうはいかないわ!」

……あの子ども(だと思う)の亜人が、竜?

「……本人はコボルドだと言っていた」
「お前は思ったよりおめでたいやつなのね、あんなコボルドがいるわけないのね!」
「あんな竜はもっといない」

確かに、あの亜人は本で読んだコボルドとはまったく姿が違っていた。
念のため部屋に戻ってから挿絵付きの図鑑を見返してみたが、姿も性格も明らかに異なるようだった。
しかしなんとなく犬っぽいところもあったし、未知の亜種とかかもしれない。
仮にコボルドではないにせよ、亜人だというほうが、ドラゴンの仲間だというよりは無理があるまい。

「火竜や水竜だって風竜族とは随分姿が違うし、魔法で姿を変えることもできるんだから見た目で判断しちゃいけないのね。
 いい、コボルドってのは土臭くて犬臭くて淀んだ水みたいな奴なの。
 あの子からは私たち竜の力強い匂いと、新鮮な葉っぱみたいないい香りがしてたのね。
 イルククゥは自分の鼻を信じるのね!」
「……………」

タバサはじっと押し黙って、今の話を検討する。
この様子からすると、喋れなくなるのが不満で無理に理屈をでっちあげてごねているだけではなさそうだ。
今日は本当に興味深い事が色々と起こる日だ。
絶滅したはずの韻竜が生きていて、自分の使い魔になったというだけでも随分驚かされた(表情は変えなかったがちゃんと驚いていたのだ)というのに。
あの使い魔が本当にドラゴンの一種なのだとすれば、それ以上に興味深く、知識欲が刺激される。
この子の言うように魔法で竜の姿を変えているとすれば、先住の風の使い手?
しかし風韻竜ではなさそうだし、第一あんな変わった亜人になって、コボルドだなどと名乗らなくても……。

「―――きゅいきゅい! ちょっと、聞いているのね!?」

……今は目の前できゅいきゅいと話を続ける煩い使い魔を黙らせるのが先か。

こんな風にいつまでも窓に張り付かれて騒がれていたのでは、既に夜とはいえいずれ誰かに見咎められ不審がられてしまうかもしれない。
それに今は一応、空気の流れを魔法で若干操作して声が漏れにくいようにしてはいるが、建物を伝わる音や振動は風の操作では遮断できないのだ。
暴れて窓枠に首をガンガンぶつけられでもしたら振動で近くの部屋の生徒に不審がられる恐れがあるし、第一壊れたら困る。

では、どうやって黙らせよう。
杖で殴るなり魔法をぶちかますなりするか?
それとも、もう一度無言で威圧してみるか?
いや、納得させるのは難しいにせよ、一応は理屈を説いてからでなくては横暴に過ぎるか。

「……彼が竜かどうかは知らない。けど、要は他人からどう見られるか。
 彼は亜人に見え、あなたは竜に見える。それが問題」
「きゅいい!? つまり外見で差別するの!?
 不公平なのね、失礼なのね、私みたいな美少竜を捕まえて『外見がダメ』なんて!
 イルククゥは韻竜の誇りに掛けても断固抗議……」


―――――イッヒッヒ!♪~……


そんな風に両者が議論していると、下の部屋から突然犬がきゃんきゃんいうような笑い声と、リュートの音色が聞こえてきた。
別段大きな音でもなく普通の人間ならばほとんど聞こえもしなかっただろうが、優秀な風の使い手であるタバサとイルククゥの聴覚は鋭いのだ。
あの声が今丁度話題に上っていたヴァリエールの使い魔のものだということは、2人ともしっかりと認識できていた。

「きゅい! あの子はちょうど真下の部屋にいるみたいね。
 丁度いいの、同じ竜族としてご挨拶がてら私の扱いの不適切さについて話し合うのね」

そう言って下に向かおうとする使い魔を、タバサは無言で杖で殴る。

「きゅい、痛い! なにするのね~!」
「……もう遅いのに迷惑。
 それに、彼があなたと同じ韻竜だとしても、あの部屋で話せばヴァリエールにもあなたの正体が漏れる」
「……うう~~!」

あくまで不満そうにこちらを睨んで来る自分の使い魔に、タバサは小さく溜息を吐いた。

「……明日になったら、私が折を見て話をしてみる。
 彼が本当に竜なら、人のいないところであなたも一緒に話せばいい。
 あなたの処遇についてもその時に考える、とにかくそれまでは話しちゃ駄目」
「きゅい、本当? ……わかったの、それなら今夜一晩は我慢してあげるのね」

イルククゥはようやく納得した様子で口をつぐむと、眠るのに適当な場所を探すために中庭へ向かって行った。
タバサはそれを見届けると、明日の行動予定をぼんやりと考えながら、自分もベッドに潜り込んだ……。





「……うう~~ん……」

ディーキンは、考えをまとめようと部屋の中でしきりにうんうん唸っていた。
羊皮紙にメモを取ろうかと思ったが、考えがまとまってから書かないと紙が無駄になってしまいそうだ。
傍には、チャージが半分ほどに減ったスカラーズ・タッチのワンドが転がっている。

借りてきた本は既にすべてワンドの力を借りて読破したが、それによって得られた情報は非常多く、かつディーキンにとっても予想外の事が多々あったのだ。

「ディーキンには考えることが多すぎるの。
 アア、ボスやナシーラがいたら、きっとディーキンと一緒に考えてくれるのに!」

一人で考えをまとめるのは、正直言って辛い。
以前のように自信が無くて誰かに依存したいというわけではないが、しかし己の知識には限りがあるのだ。
そうでなくても自分一人で考えていては、重要なことを見落としたり考えが偏ってしまう恐れがある。
誰かに意見を求められれば、知識や知恵を貸してもらえれば、どんなに助かるか。

ルイズは……、まあ、まだ無理だろう。
使い魔になったのだし隠し事をする気ないが、先程の話でさえ疑われていた様子だったのにいきなりこんな話を振っても取り合ってもらえるとは思えない。
ではオスマンやコルベールならどうだろうか。
役に立つかはわからないが、話を聞いて相談に乗るくらいはしてくれるかもしれない。

しかし重要な問題として、ルイズは今寝ているし、オスマンもコルベールも今ここにはいない。

誰か、今すぐ相談できる相手はいないものか。
それもできれば多くの知識を持つ、賢明で見識の深い相手がいい。
荷物袋の中にはボスや仲間たちと通信ができるような品はあるかも知れないが、しかしこんな未知の場所で相談ひとつのために消費するのは却下だ。
もっと重要な場面でいつ必要になるか分かったものではないし、使ったらここでは補充が効かないかも知れないのだから。
となると……。

「………ア、あの人がいたの」

たしか、元はウィザードだといっていたし、こういう時に話すのにはいいかも知れない。
いつも相談すると嫌がるのだが、他に相手もいないことだし。

ディーキンは荷物袋の武器入れをごそごそと探ると、一本の短剣(ダガー)を抜き出した。

鞘も持ち手も、刃までもが黒い。
しかも、見るものに禍々しさを感じさせるような赤黒い仄かな輝きが、刀身に宿っている。
しかしディーキンは気にした様子も無く、抜いたダガーに向かって“話しかけた”。

「こんばんは、久しぶりだね。
 なんだか顔色が赤黒いよ、あんたは元気なの?
 具合が悪いなら磨いてあげようか?」
「やあ、コボルド君。こんばんは。
 手入れはいつでも歓迎ですが、使ってくれる方がなお結構。
 ……おや、今日は君の“ボス”は一緒じゃないのですか?」

ダガーはどこから出ているのかわからない、まるで人間の男のような声で返事をした。

彼の名は『灰色の』エンセリック。
以前にアンダーマウンテンで手に入れた、魔術師の魂が宿った武器である。


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